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戦後70年談話(その3) [外交]

戦後70年談話については、本欄の5月28日、6月10日で取上げてきた。一時は閣議決定は見送り、個人的談話とする案まで出てきたが、最終的には8月14日に閣議決定の上で発表された。
今日は(その3)として、この問題を取上げよう。

先ずは、18日付け日経BPnetへの田原 総一朗氏の寄稿「八方に気を遣い過ぎ、安倍談話は間接話法ばかり」のポイントを紹介したい。
・歴代内閣の立場を継承することを明言したが、大事なところで主語が抜け落ちている。
・「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」と述べたが、そこには主語がない。そして、「植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」と続くが、この文章も客観的な記述であり、大事なところで主語が抜けているのだ
・満州事変以降について次のような言い方をしている。 「世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました」
・つまり、満州事変以降の戦争は単なる侵略戦争でなく、その背景には経済的、外交的な事情があったと言っているのだ
・「満州事変、そして国際連盟からの脱退」につながったと事情を説明し、「進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました」としているが、ある意味ではやむを得なかったという言い方をしているようにも受け取れる
・1954年生まれの安倍晋三首相は「戦争を知らない世代」である。その意味では仕方がない面もあるのだが、安倍談話の全体が、当事者としての主体性に欠け、当事者としての直接的話法ではなく、間接話法になっている
・さらに、「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました」と述べているが、あくまでも「してきた」として、自分自身の反省にはなっていない。  これは、私たち自身が痛切な反省と心からのお詫びをしているのでなく、これまで先輩たちがしてきたこと、と間接的話法になっているのだ
・おそらく安倍談話に批判的な人から見れば、こうしたことが物足りないとされる点だろう。そして、「逃げている」と捉えられるかもしれない
・安倍談話では、第一次世界大戦について「一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争」と述べているが、「一千万人」とは第一次世界大戦全体の犠牲者のことである。  しかしその後、「先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました」と述べ、第二次世界大戦で失われた日本国民の命については触れても、第二次大戦で日本によって、中国やフィリピンなど多くの国の人々の命が失われたことには触れていない。そのことに対する不満もあるだろう
・また、「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません」という一文がある。これは従軍慰安婦のことを指しているのだろう。しかし、そこに従軍慰安婦という言葉はない。それについても不満は多いだろう。特に韓国の人々の不満が強いだろう
・安倍談話は、八方に気を遣い過ぎて客観的・間接的話法が多くなり、そのため曖昧な内容になり、不満が残るものとなったように思われる
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/100463/081800025/?P=1

次に、より批判的な記事として、20日付け日刊ゲンダイへの高野孟氏の寄稿「頑なに「侵略」を認めない右翼的心情が浮き彫りに」のポイントを紹介しよう。
・戦後70年談話とその発表会見を通じて改めて浮き彫りになったのは、なんとしてもかつての戦争が日本の「侵略」であったことを認めまいとする安倍晋三首相のいじらしいまでの右翼的な心情であった
・確かに、世論の圧力と公明党の懇請によって「侵略」という単語は談話に取り入れたものの、それは歴史認識の問題とはまったく無関係な個所にポコッと放り込まれただけだった
・この談話は21世紀構想有識者懇談会の報告書の上に立って作成したものだと強調。その報告書は「日本は、満州事変以後、大陸への侵略を拡大し、……世界の大勢を見失い、無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えた」と述べていたのだが、安倍はこの中から「世界の大勢を見失い」という部分だけを借用し、前後は無視
・天皇も今年の新年にあたっての感想で「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えることが、いま極めて大切」と言っていて、少なくとも満州事変以降の中国や東南アジアへの侵攻が侵略でなかったなどと言う人はあまりいないが、安倍はその極少数派のひとりである
・有識懇報告書は、侵略の言葉を使いながら、それに「複数の委員より異論があった」と注釈を付し、その理由として(1)国際法上、侵略の定義は未定、(2)歴史的考察からも満州事変以後を侵略と断定することに異論がある、(3)他国が同様の行為をしていた中、日本だけを侵略と断定することに抵抗がある――の3つを挙げていた。聞くと、それを頑強に主張したのは安倍ブレーンの中西輝政であり、他に1人がややそれに同調したとのことで、つまりこの3点は安倍の考えだということだ(だったら談話でそう言えばよかったのに!)
・侵略の定義は、1974年の「侵略の定義に関する国連総会決議」の第1条・第3条でほとんど定まっている。日本政府も08年12月の参院外交防衛委の答弁でそれを「相当包括的な内容」のものと認めている。国際的に定まっていないのは、主として、その定義を国連安保理の侵略認定や国際刑事裁判所の侵略犯罪判断にどう適用すべきかという「運用方法の問題」であって、定義そのものではない
・侵略について日本と世界の常識からかけ離れた考えを持っている安倍に、集団的自衛権による海外武力行使の判断を委ねるなど危険極まりないことが、この談話・会見でますますはっきりした
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/162890/1

第三に、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院 客員研究員の加藤嘉一氏が、中国の反応を分析した18日付けダイヤモンド・オンライン「安倍談話が中国で予想以上の批判を受けた理由」のポイントを紹介しよう。
・国営新華社通信は、東京発の社論として『安倍談話はごまかしの産物で、誠意に欠ける』を配信。安倍首相が歴代内閣の歴史認識を振り返る形で“反省”や“おわび”を提起しただけで、加えて「戦後に生まれた日本人には謝罪の宿命を背負わせるべきではないとも言った」と振り返った
・同社論は、安倍談話に対して、次のような解釈を与えている。「歴代政府はおわびをしてきた、もう十分だ、という意味である」 「これは、日本が今後いっさい過去の侵略と植民地支配に対しておわびをする必要はないと言っているに等しいではないか!」「明らかなのは、“安倍談話”は20年前の“村山談話”を越えられなかったどころか、日本政府が反省やおわびを軸とした戦後の歴史認識に終止符を打とうとしているということだ」
・新華社が8月15日に北京発で配信した『侵略の歴史に対する反省がごまかされてはならない』という記事では、日本、ロシア、韓国、マレーシアの専門家による批判的なコメントを引用しつつ、中国だけではなく、日本を含めた国際社会も安倍談話に対して不満を持っている印象をつくり出そうとした。安倍首相に対する歴史批判で日本や国際社会における世論も巻き込もうとしているのは明らかだった
・3つのキーワードが盛り込まれた、すなわち、中国側の要求を満たしたにもかかわらず、中国の政府が日本を牽制し、メディアが日本を批判したのは何故であろうか。 キーワードとしてのボトムラインは満たしたけれども、村山談話の精神を継承していない、という認識と判断を、中国側が持ったからなのであろう
・安倍首相は“心からのお詫び”を歴代内閣が表明してきたこと、今後の内閣も引き継いでいくことを明言したが、自らが今現在どう考えているかに関するコメントは避けた。“侵略”に関する記述も、その行為に対して直接向き合い、それに対してお詫びの気持ちを表明したというよりも、キーワードを盛り込むことに神経が集中され、それ自体が目的化されたという感想を、国内外を問わず多くの読者が抱いたのであろう
・結果的に、中国の政府と世論は、安倍談話を“誠意の欠如”“ごまかしの産物”と捉え、世論全体としてもこの2点をクローズアップしたが、私から見て、新華社や人民日報という共産党の立場や意思を直接的に反映する機関を含め、メディアがかなり批判的に安倍談話を評価する一方で、政府としてはある程度抑制的なスタンスを堅持していくものと思われる
・その1つの根拠が、外交部の華春瑩外交官が8月14日の記者会見で開口一番表明した、次のコメントである。 「中国政府は日本の指導者による談話を承知している。外交部の張業遂副部長がすでに日本の木寺昌人駐中大使に対して中国側の厳正な立場を伝えてある」 “批判”や“抗議”ではなく、“立場”という言葉を使用。この事実を以て、筆者は中国政府が、安倍談話そのものに対して、抗議や批判を赤裸々に、延々と繰り広げるつもりはない立場を持っているであろうことを察知した。仮に中国側がボトムラインを脅かされたと認識したのであれば、“立場”ではなく、“抗議”を表明するはずであるからだ
・安倍談話が村山談話の精神を継承する産物ではないという解釈を下したからか、8月15~16日にかけて、中国メディア・世論では、日本の一部閣僚が靖国神社を参拝し、安倍首相が“自民党総裁の名義で”玉串料を自費奉納したことに対する批判が蔓延した。安倍談話に対する不満の延長線だと解釈していいだろう
・私から見て興味深かったのが、“靖国問題”で日本に対する批判的な政府見解やメディア報道が目立った一方で、新華社を含めた中国メディアが、8月15日に行われた全国戦没者追悼式における天皇陛下の「さきの大戦に対する深い反省と共に」という初めてなされた発言を大きく取り上げたことである
・中国共産党指導部にとって、天皇という存在は特別であり、と同時にその発言に敬意を示し、中国の人民たちに上から伝えることによって、日中関係を安定的にマネージしていきたいと考えているのだろう。 私は、共産党を代表、あるいは代弁する宣伝機関である新華社が安倍談話を牽制・批判する過程で、(1)日本の学者の見解を多数引用していたこと、(2)日本の新聞の社説を引用しつつ、“日本の主流メディアも安倍談話に懐疑的である”と強調していたこと、(3)天皇陛下の発言を大々的に“宣伝”していたこと、の3点を以て、自らの人民に対して、日本社会においてすべてのプレーヤーが安倍談話に賛同しているわけではなく、意見や価値観が多様的である現状を伝えようとしていたと捉えた。 その目的は、何と言っても、対日関係の安定的なマネージメントにある
・国交正常化の前夜や改革開放プロセスにおける対日関係に関わってきた共産党関係者は、「安倍談話には満足していない。習近平は対日関係を引き続き重視していくが、どこまで安倍晋三という政治家と話をし、どんな政策をどこまで打ち出していくかに関して、より慎重な姿勢で挑んでいくだろう」 「私はむしろ日本の国民、特に若い方々に同情的だ。安倍首相は“私たちの子や孫に、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません”とおっしゃったが、今回、村山元首相や小泉元首相のように、下手な小細工は入れずに、潔く謝らなかったが故に、逆に子孫に謝罪の宿命を背負わせてしまったのだから」
http://diamond.jp/articles/-/76873

第四に、元外交官の天木直人氏は自らの18日付けブログで、「自らを縛ることになる安倍談話」で「褒めごろし」を呼びかけ。そのポイントを紹介しよう。
・安倍首相を支持する読売や産経は、安倍談話を評価する世論が、評価しない世論を上回ったからといって、よかったと安堵している。産経などは、内閣支持率も少しあがったといって喜んでいる。これほど愚かなことはない。あそこまで譲歩して評価されなかったら終わりだろう。読売は支持率はそれほど上がっていないと言っている
・あんないい加減な談話でも、いや、いい加減な談話を出したばかりに、安倍首相は自らを縛ってしまったのだ。もう後戻りは出来ない
・反安倍政権の者たちは、安倍談話をいまいましく思う必要はない。安倍談話を頭ごなしに批判するなど愚の骨頂だ。むしろ褒めごろすのだ。よくぞ村山談話を引き継いでくれたと
http://new-party-9.net/archives/2516

安倍談話に至る内幕ものは、日経新聞でも15,16日と検証記事が出たので、ここには触れない。中国政府が「大人の対応」をしてくれたようなのが、せめての救いか。ただ、「私たちの子や孫に、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」には国内的には評価が高いようだが、中国共産党関係者の「潔く謝らなかったが故に、逆に子孫に謝罪の宿命を背負わせてしまった」と逆の見方もあり得るようだ。
タグ:天皇 中西輝政 日刊ゲンダイ 新華社 閣議決定 高野孟 天木直人 全国戦没者追悼式 ダイヤモンド・オンライン 加藤嘉一 田原 総一朗 国営新華社通信 戦後70年談話 侵略の定義 日経BPnet 八方に気を遣い過ぎ、安倍談話は間接話法ばかり 大事なところで主語が抜け落ちている 満州事変以降の戦争は単なる侵略戦争でなく、その背景には経済的、外交的な事情があった 「進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました」 ある意味ではやむを得なかったという言い方 当事者としての主体性に欠け 当事者としての直接的話法ではなく、間接話法 痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました 自分自身の反省にはなっていない 逃げている 第二次世界大戦で失われた日本国民の命については触れても 日本によって、中国やフィリピンなど多くの国の人々の命が失われたことには触れていない 深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいた 従軍慰安婦という言葉はない 八方に気を遣い過ぎて客観的・間接的話法が多くなり 曖昧な内容 不満が残るもの 頑なに「侵略」を認めない右翼的心情が浮き彫りに 「侵略」であったことを認めまいとする安倍晋三首相のいじらしいまでの右翼的な心情 「侵略」 歴史認識の問題とはまったく無関係な個所にポコッと放り込まれただけだった 21世紀構想有識者懇談会の報告書 安倍はこの中から「世界の大勢を見失い」という部分だけを借用し、前後は無視 満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えることが、いま極めて大切 安倍はその極少数派のひとり 侵略の言葉 複数の委員より異論 「侵略の定義に関する国連総会決議」の第1条・第3条でほとんど定まっている 略について日本と世界の常識からかけ離れた考えを持っている安倍 集団的自衛権による海外武力行使の判断を委ねるなど危険極まりない 安倍談話が中国で予想以上の批判を受けた理由 、“安倍談話”は20年前の“村山談話”を越えられなかったどころか、日本政府が反省やおわびを軸とした戦後の歴史認識に終止符を打とうとしている キーワードとしてのボトムラインは満たしたけれども、村山談話の精神を継承していない、という認識と判断を、中国側が持った 自らが今現在どう考えているかに関するコメントは避けた 安倍談話を“誠意の欠如”“ごまかしの産物”と捉え、世論全体としてもこの2点をクローズアップ メディアがかなり批判的に安倍談話を評価 政府としてはある程度抑制的なスタンスを堅持 “批判”や“抗議”ではなく、“立場”という言葉を使用 天皇陛下の「さきの大戦に対する深い反省と共に」 日中関係を安定的にマネージしていきたい 日本社会においてすべてのプレーヤーが安倍談話に賛同しているわけではなく 意見や価値観が多様的である現状を伝えようとしていた 対日関係の安定的なマネージメント 共産党関係者 安倍首相は“私たちの子や孫に、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません”とおっしゃったが、今回、村山元首相や小泉元首相のように、下手な小細工は入れずに、潔く謝らなかったが故に、逆に子孫に謝罪の宿命を背負わせてしまったのだから 自らを縛ることになる安倍談話 安倍首相は自らを縛ってしまったのだ 安倍談話を頭ごなしに批判するなど愚の骨頂だ むしろ褒めごろすのだ よくぞ村山談話を引き継いでくれたと
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