So-net無料ブログ作成

新渡戸記念館廃館問題 [社会]

今日は、ややローカルでニッチな話題ながら、何とも不可思議な 新渡戸記念館廃館問題 を取上げよう。

先ずは、2月2日付け産経新聞「『武士道』が泣いている 編集委員・安本寿久」を紹介しよう。
・「市としては、資料は称徳館に移そうと考えています。どう展示するかはその後、考えたい。向こうは拒否されていますが」 この説明を聞いたとき、裁判になるほどもめている理由がわかった気がした。青森・十和田市立新渡戸記念館の存廃をめぐって、市と新渡戸家が争っている問題についてである。
・騒ぎの発端は昨年2月だった。同市が、同館の耐震診断を行ったところ、極低強度と判明したとして、4月1日からの休館と館の取り壊しを発表したのである。休館後の資料保存、展示のための代替施設案は示されなかった。
・同館は、同市発展の基礎になった三本木原の開拓に尽力した新渡戸傳(つとう)、十次郎父子らの足跡を伝えるため、昭和40年に開館。もともとは十次郎の三男で国際連盟事務次長を務め、著書『武士道』で知られる新渡戸稲造の蔵書、遺品などを収めた私設新渡戸文庫だったために、新渡戸家が無償貸与した土地に市が館を建て、資料を新渡戸家が寄託する形を取った。館長には新渡戸家の人が就任してきた。
・市の発表が急で一方的だったため、館長の新渡戸家8代目、常憲氏が専門家に耐震性の調査を依頼。補強すれば使用は可能という判断を得て再調査や館の存続を求めたが、市は応じず、資料の撤去や鍵の返還などを求めたため、新渡戸家が廃館・取り壊し決定の差し止めと耐震診断の再調査を求めて提訴した。
・新渡戸家が憤慨し、懸念も持っているのは約8千点に及ぶ資料の扱い方である。市は、東北地方で同様の耐震診断で問題があった博物館が約10館あったが、すべて財団法人や自治体が寄贈を受けた資料を保存展示していると指摘。市の予算を使っての保存は今後しないと告げ、資料の寄贈か撤去を求めている。もし寄贈した場合はどう扱うのか。筆者が市の担当者に質問した際の回答が冒頭のものだ。称徳館とは、名馬の里でもある同市が、馬に関する資料5千点を展示している馬の文化資料館である。新渡戸稲造の蔵書などが、馬の資料と同等の価値という判断なのである。
・「今も資料を市の所有物である展示ケースから出せ。その後は段ボール箱にでも入れておけばいいといわれている。その判断は人類共通の遺産である文化財の保存上、妥当なものでしょうか」 館長はそう語る。市がこの遺産の展示・保存のために支出する年間予算は館長、学芸員の給与も含めて2300万円である。その費用対効果ともいえる入館者数は平成26年度で1万308人。稲造が五千円札になって5万3831人を集めた昭和59年度ほどの集客力は今はないが、それでもコンスタントに1万人前後が入館する。
・作家・童門冬二氏の呼びかけで、地元ゆかりの先人を街づくりに生かそうとする自治体が集まる「嚶鳴(おうめい)フォーラム」という団体がある。参加自治体の一つ、岐阜県恵那市は江戸期の儒学者、佐藤一斎の「三学の教え」を生かした街づくりをしている。 〈少にして学べば即ち壮にして為す有り。壮にして学べば即ち老いて衰えず。老いて学べば即ち死して朽ちず〉 この教えを実践するため、教える意志と知識のある人たちに公民館などを開放したところ、高齢者の病院通いが減り、医療費が減ったという。先人は十分、活用方法があるという好例である。
・今年開かれる岩手国体は「東日本大震災復興の架け橋」という冠が決まっている。新渡戸稲造の「我、太平洋の架け橋とならん」という言葉にちなんだものだ。新渡戸家はもともと盛岡藩士。岩手県は先人の価値を熟知しているが、青森県では『武士道』が泣いている。
http://www.sankei.com/life/news/160202/lif1602020026-n1.html

第二に、十和田市は昨年6月27日に「新渡戸記念館の廃止について」を以下のように公表した。
・本日、十和田市議会の議決を経て、十和田市立新渡戸記念館廃止条例が可決されました。 昭和40年に建設された十和田市立新渡戸記念館は、十和田市の開拓に係る新渡戸家三代に関する史料や新渡戸稲造先生の遺品等が展示・保管されていますが、昨年度に実施しました耐震診断の結果、コンクリート強度が極端に低いことが判明し、補強工事が困難とされたことから、万が一に備え、入館者の身の安全を第一に考え、そして、貴重な史料等を保全するため、廃止条例の提案をしたものであります。
・当該廃止条例は可決されましたものの、当該記念館には、現在、貴重な史料が保存されていることから、直ちに解体することはありませんし、当面は、電気、水道等を止めることもありません。 市といたしましては、新渡戸家の史料等を安全に保存していくため、一時的に十和田市馬事公苑内の称徳館にて保存、展示してまいりたいと考えておりますが、新しい施設につきましては、今年から進めている公共施設整備計画の中で、市民の方々のご意見を伺いながら、検討してまいります。
・新渡戸家の所有する史料の取扱いや保存等につきましては、これからも新渡戸家と協議をしてまいりますので、どうか、皆様には、以上の点につきまして、ご理解を賜りたいと存じます。  平成27年6月26日  十和田市長 小山田 久
http://www.city.towada.lg.jp/docs/2015062600035/

どうも産経の記事でも、十和田市の公式発表でも、何故、このように問題がこじれたのかが今一つはっきりしない。新渡戸家による三本木原の開拓史は、新渡戸記念館のHPにあるように、現在の十和田市の発展に大いに寄与したことは明白だ。
http://www.nitobe.jp/reclamation/index.html
新渡戸稲造氏については、下記のWikipediaが参考になる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%B8%A1%E6%88%B8%E7%A8%B2%E9%80%A0
入館者数も1万人前後を維持しているのを、僅か1回の耐震診断だけで廃館を決め、記念館側の耐震診断結果は完全に無視するというのは、信じられないような暴挙だ。市長と新渡戸家の間に何か軋轢でもあったのでは、と疑わざるを得ないほどだ。
なお、本件に関しては、change.orgが下記のように、キャンペーンを行っているので、趣旨に賛同の方はクリックされたい。
https://www.change.org/p/未来に遺したい日本の精神-新渡戸記念館を廃館-取り壊しにしないで/u/17419049?tk=hpcaJ5hkdDAPQQRg7CspQass1vsP8LtSe4H9hiE2Xms&utm_source=petition_update&utm_medium=email
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0