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災害(その1)(いわき新防潮堤の愚、MEGA CRISIS~第1集 加速する異常気象との闘い、大川小学校問題) [社会]

今日は、災害(その1)(いわき新防潮堤の愚、MEGA CRISIS~第1集 加速する異常気象との闘い、大川小学校問題) を取上げよう。

先ずは、精神科医の和田秀樹氏が8月9日付け日経Bpnetに寄稿した「災害被害から何を学ぶか~いわき新防潮堤の愚」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽布袋寅泰さんが吉川晃司さんと建てた児童施設
・布袋寅泰さんというミュージシャンがいる。言わずと知れたロックの神様だが、地道に東日本大震災の被災者などの支援活動などをされている。 東日本大震災による被災地の復興支援のため、ライブエンタテインメントを通じた様々な活動を行う「チームスマイル」という一般社団法人があるのだが、その主催で彼らが運営するPIT(Power into Tohokuの略だという)で布袋さんが連続コンサートを行った。
・私も原発の廃炉作業を行う人たちへの心のケアのボランティアを続けているということで、8月4日の夜に、いわきのPITで行うコンサートに呼んでいただいた。 翌日は、午前中にいわき近辺の復興状況と彼が吉川晃司さんとで寄付した児童施設を見に行くために、ちょっとしたバスツアーに同行させていただいた。
・実は、親を亡くした子供のための児童施設を作ろうにも、税制やさまざまな規制のために、その手の施設を作るのが困難だという。最終的に、地元の復興に熱心な政治家の尽力で、市などを迂回した形の寄付の形態をとって布袋さんたちの善意が実ったわけだが、穿った見方をすると、この手の規制があるから、何か寄付行為や善行を行いたくても、政治家に頭を下げないといけないし、その政治家の手柄になってしまう。役人が作った余計な規制を撤廃するのが政治家の仕事のはずなのに、これでは、この手の規制を撤廃する気になれないのは、もっともなことにしか思えなかった。
・で、その児童施設に、その国会議員が来ていたのだが、彼女によると、建物は寄付で建っても、運営のための寄付集めが大変だし、ある年限を経ていないので、いまだにそういう運営ができる形態のNPOの認証が取れていないから、なおのこと大変だという。
・ちょっと嫌みのつもりで「先生が、自民党を動かして、規制を緩和すればいいじゃないですか」と言ってみたところ、「これでも頑張って緩和したんです」とのことだった。その議員の真摯な態度に、自分のひねくれたものの見方にちょっと反省をしたが、多くの役人や政治家の古い体制は私の予想以上のものだった。今後も同じような災害は起こり続けるだろうが、ちょっとずつよくなっても、まだまだ寄付の受け皿や有効活用できるようにすら法や規制がなっていない現状に寒気がした。もちろん、その児童施設の無邪気な子供たちの楽しむ姿や笑顔をみて、布袋さんの善意が結実してよかったと思ったことも確かなのだが。
▽いまだに続く風評被害
・失敗学を提唱する東大名誉教授の畑村洋太郎氏に言わせると、失敗から学べない限り、失敗は繰り返されるだけで、失敗は成功のもとにならないだけでなく、次なる失敗のもとになる。 このような失敗から学べていないと思えることが、この見学中に別のところでもあった。
・実はいわきのあたりの魚は、まだ食べてはいけないということで漁港の復興はおぼつかないものだった。  地元の商店街のおばさんの話では、風評被害はまだ続いているとのことで、福島の桃はいまだに売れないらしい。 私も何度か送ってもらって食べたことがあるが、高級とされている岡山や山梨の桃よりずっと甘いのにとても残念なことだ。風評被害という言葉がこれだけ有名になり、根も葉もないということはおおむねコンセンサスを得られていると思っていたが、5年以上たち線量だって大幅に減っていても風評被害が続いている現状に、まだ失敗から学んでいるというのとは程遠い状況にあることが思い知らされた。
・失敗から学んでいない例として、防潮堤もそうだ。東日本大震災のときに、いわき市では7メートルの津波があったということで、8メートルの防潮堤がものすごい距離で建てられていた。
▽防潮堤の最大の欠点は「人を油断させる」こと
・東北地方の被災地支援活動をしている人も同行していたのだが、その人の話では、いわきよりはるかに高い波が押し寄せ、甚大な被害を被った釜石では、住民の反対で防潮堤を建てるのが中止になったということだった。 確かに景観にも悪いし、観光には害になる。また人によっては、そういう防潮堤を見ることで、震災の記憶のフラッシュバックがよけいに起こりやすくなるという。そういうデメリットと、かかる膨大な費用を考えて、防潮堤を作るのをやめて、避難塔をいくつも建てることになったのだという。
・実際、津波というのは、地震と違って予知できないものではない。揺れてから何分後かにくることがおおむねわかっている。その間の避難訓練とか、避難しやすいような状況を作るほうが、はるかに現実的で安全につながる。その上、景観なども悪くしない。
・もう一つ、私が、当地が失敗から学んでおらず、油断だらけだと思ったのは、防潮堤の延々とした工事は続いているのに、その手の避難塔らしきものが、一つもなかったことだ。 8メートルの防潮堤というのは、前回の津波だったら安全なものに過ぎない。実際、もっと北の海岸では、15メートル級の津波が押し寄せている。
・8メートルだから安全という保証はどこにもないのだ。 たとえば、次回の地震で10メートルの津波が押し寄せたとすれば、8メートルは当然超える。その際に、防潮堤を作ったから安全と油断していて、避難訓練もしていなかったり、避難塔のようなものが用意されていなかったりすれば、甚大な人的被害は十分起こり得る。 防潮堤の最大の欠点は、むしろ人々を油断させることかもしれないと感じさせられた。
▽防潮堤に安心して避難塔も退避道路もないという危険性
・そういう目で見ていると、明らかにこの地域(あるいは、行政)が油断していると思わせられることがあった。 海岸沿いの長い道が続くのだが、海から山側に向かう道が、1キロに1本くらいしかないのだ(これはあくまでも目測だが、とにかくその海沿いの道は分岐が少ない。海沿いから海岸に向かう道はいくつかあるのだが、山側に向かう道がない)。
・前回の震災の際も、津波を油断して逃げなかったという問題以上に、津波が近づいてきたときに、逃げ惑う自動車で大渋滞が起こったという事態があった。 確かに一気に普段よりはるかに多くの車が押し寄せれば、渋滞は十分起こり得る。これは人口の大して多くない地域でも起こったことのようだ。 ただ、こうやって現地を見ていると、逃げる方向の道がこれだけ少なければ、渋滞もさもありなんと思い知らされる。
・防潮堤を建てるのに、膨大な金を使うくらいなら、山側や市街地に向かう道を今の3倍くらいに増やしたほうが、津波が防潮堤を超えた際にははるかに安全だ。避難塔で人命は救われたとしても、家に残した自動車は使えなくなってしまう。鉄道網などの公共交通の少ない地域では、それは相当のダメージになるだろう。だったら、海からの逃げ道をたくさん作ったほうが賢明ではないのか? これも、防潮堤さえ作れば、津波が押し寄せることはないという油断によるものだろう。
▽恐怖心や不安が人間の判断力を狂わせる
・こういう失敗から学べないことを批判することは簡単だが、恐怖心や不安が人間の判断力を狂わせるのも、また重大な心理学的事実だ。 津波の大被害で、多くの死者や行方不明者を出せば、当然パニックにもなるし、もう二度と起こらないでほしいと願い、その解決を急ぐのは、当然の心理かもしれない。その答えが防潮堤だったとしても異常なこととは言えない。
・問題は、5年たっても風潮被害が収まらないのと同様に、いつまで経っても不安に基づく判断が変わらないことだ。 釜石の住人は、防潮堤を建てようとしたのは、パニック心理だったのだと考えなおし、景観を守ることや避難をどうするかという現実的な対応をやり直した。 要するに、時間の経過を経て、不安心理からある程度冷静になれたときに、判断のやり直しや対処法の考えなおしが必要ということだろう。
▽パニック心理に基づく判断の危うさ
・これは昨今のテロ対応などでも同じことが言えるのではないか? 9.11テロの際も、パニック心理が復讐という判断を呼んだ。 結果的に証拠のない形でアフガニスタン攻撃を行い、さらにイラク戦争につながった。  結果的に、よけいにテロ組織に武器が流れることになり、現在のイスラム国につながっているという説が強い。 少なくともパニック心理による判断が、アメリカのイスラム憎悪だけでなくイスラム世界(その一部かもしれないが)の欧米への憎悪につながっているのは間違いないだろう。
・しかし、テロが頻発するにつれ、冷静に考えなおそうという機運より、パニックによる判断のほうが強まり、各国で極右的な政党が支持を伸ばしている。 失敗学の発想や、パニック心理からの脱却と判断のやり直しを国の規模や国際的な規模で行うのは困難かもしれない。
・しかしながら、個人のレベルでなら、失敗から学び、その反省を生かすことや、一時的な感情に流されたり、パニックになったりして、自分の損になる、むしろ自分を危機に陥れる判断をしたとしても、冷静になってから再考する習慣をつけることは可能だろう。 東日本大震災の爪痕をみて、そういうサバイバル思考を思いついたので、それを読者の皆様に伝えたい。
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/306192/080800038/?P=1

次に、9月4日のNHKスペシャル 「MEGA CRISIS 巨大危機 ~脅威と闘う者たち~ 第1集 加速する異常気象との闘い」のポイントを紹介しよう(▽は小見出し)。
・想定を上回る大規模地震災害、予測困難な異常気象、新種ウイルスの感染爆発・・・日本社会の行く手にはいくつもの過酷なリスクが予見されている。私たちは“巨大災害の時代”をどんな知恵と力で乗り越えていくのか。「MEGA CRISIS 巨大危機」は、脅威の正体を科学的に解き明かし、その対策の最前線に全4回で迫る、新大型シリーズだ。
・「MEGA CRISIS 巨大危機」の第1集は、異常気象に立ち向かう科学者たちの物語。2020年、北極の夏の氷が全て溶けてゼロになる可能性が指摘。アラスカやシベリアでは永久凍土が融け、温暖化の加速要因となるメタンガスの大量放出も危惧。北極の氷がゼロになる時、何が起きるのか。地球では寒波や熱波が相次ぐとみられているが、“未知の領域”だ。世界中の気象学者たちが結集し、未来を予測するための挑戦を始めている。
・日本列島での激増が恐れられているのは、スーパー台風、ゲリラ豪雨、落雷など。局所的に起こるこうした現象の詳細な予測は、現在の技術では困難とされているが、今、科学者たちは、不可能を可能にしようと新たな観測技術で解析を続けている。残された時間はあとわずか。温暖化の加速期に突入したとも言われる地球の気象の未来を読み解く新たな闘いを追う。
▽異常気象
・今世紀末には東京の最高気温は43度、1日で平年の2か月分の310mm(今年は106mm)の豪雨が予想(気象庁シュミレーション)。巨大台風10号が東北に大被害(海水温上昇で水蒸気発生量増加したため。北海道を襲った台風7号、11号も同様。台風が最強になる地点は、1982-2012で150Km北上。地球温暖化は、一旦は停滞したかに見えたが、最近は急加速。
▽北極海破局のシナリオ
・永久凍土層が溶け出すと、温室効果がCO2の28倍もあるメタンが放出される。シベリアにはメタンが放出された跡に巨大なクレータ。北極海で夏に氷が融けることで太陽熱を反射しなくなり海水温上昇、巨大な低気圧が発生、風が強まり氷がさらに減少、海水温もさらに上昇。メタン放出の影響はシュミレーションには織り込まれてない
▽未知の気象災害の恐怖
・記録的短時間大雨が全国60カ所以上で発生。巨大積乱雲(スーパーセル、直径が数十キロ~100キロと普通のもの(同数キロ~十数キロ)よりはるかに大。その発生頻度も今世紀末には2-3倍に。1時間100mm超の局地的豪雨や雷も。シンガポールでは落雷で石油タンク火災も。米加州では落雷による山火事も頻発。雷の威力も増大し、避雷針では保護し切れなくなる恐れも。雷サージによる被害は、病院、鉄道、コンピュータなど高度情報化社会では大きくなる。
・積乱雲発生予測は、現在は2KM四方に区切り、1時間ごとの更新などで、発生初期のものが捉えられない。現在、理化学研では、100M四方、フェーズドアレイ・レーダーで雲全体を一度に捉える実験を、スーパーコンピュータ京でやっており、10年後の実用化を目指している。現在は、気象庁の高解像度ナウキャストがスマホでも見られる。首都圏の鉄道の雷による遅延は年間800時間にも。JRではケーブルに雷対策中(100億円)
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160904

第三に、10月6日付け朝日新聞「(インタビュー)大川小の校庭から 「小さな命の意味を考える会」代表・佐藤敏郎さん」を紹介しよう(――は質問)。
・東日本大震災で、宮城県石巻市の大川小学校に通っていた12歳の次女を亡くした。犠牲者は児童74人と教職員10人。学校で起きた悲劇の教訓は何か。第三者による検証委員会でも、別の遺族による裁判でも真相はわからない。中学の国語教師だった佐藤敏郎さんは、語りの不在と可能性について考えるようになったという。
――28年続けた教職を離れ、防災について講演したり、地元ラジオ局でDJをしたり。熊本にも毎月通うなど、「あの日」について語ることが多いですね。
・「大学生になった長女の言葉を時折、思い出すんです。あの朝、妹から『お姉ちゃん、おはよう』って言われたけど、機嫌が悪くて返事をしなかった。そしたら、そのまま帰ってこなかった。あんなに後悔したことはないって。いつかやるだろう、誰かやるだろうって、いろんなことを後回しにしてきた。それを突きつけられたのが震災だったはず。だからもう、後回しや人任せはやめよう。そう思って動いています」
――語ることについて考えるきっかけは何だったのですか。
・「震災の2カ月後、勤めていた女川の中学校で俳句の授業をしたんです、校長から言われて。傷ついた生徒をさらに傷つけるんじゃないかと正直、怖かったですよ。恐る恐る、何でもいいから詠んでみろって呼びかけると、生徒たちはすぐに指を折り、五七五の言葉を探し始めたんです。驚きました。俺の授業であんなに集中する姿は見たことなかったです」
・ただいまと聞きたい声が聞こえない/みあげればがれきの上にこいのぼり/見たことない女川町を受けとめる
・「語ること、言葉にすることで輪郭が取れるというか、自分の身に起きたことがくっきり見えてくる。そうやって背中のリュックに何が入っているかが整理されると荷物の重みが変わるんですね。そうすると現実と向き合えるようになる。生徒たちから、語ることの意味を教わりました」
――10代の語り部たちも育てていますね。
・「震災から3年ほどして、ある生徒の話を初めて聞きました。あの日、津波に流されていく大人の男性が目の前で、助けを求めて手を伸ばしてきた。でも、動けなかった。男性はそのまま波にさらわれ、見殺しにしてしまったというのです。当時、小学5年生。3・11について触れるのはタブーのような空気があって誰にも言えなかった、と。大人が封じてたんですかね。『あの体験が次の被害を防ぐのに役立つのなら伝えていきたい』と言って教え子の何人かが語り部を始めました。語ることの意味を見つけたようです」
――佐藤さんは大川小学校で、見学者の案内を続けています。
・「震災の3日後、顔まで泥をかぶった子どもたちの遺体が川べりに並んでいました。あんな光景、絶対にあっちゃいけないですよ。ただ、俺たちのいまが、過去の多くの人々の悲しみの上にあるのだとすれば、悲しみは価値のないものではないはず。起きたことを、未来にとって価値あるものにしなきゃいけない。そう思うんです。だから案内の最後に、こう語りかけます。ここを何かを生み出す場所にしてほしい、って」
――大川小の子どもたちは地震の後、校庭で50分ほど待機し、川にかかる橋のたもとに避難しようとして津波にのまれました。
・「最も安全なはずの学校で、あの子たちはなぜ死ななければならなかったのか。いまだに、わからないままなんです。石巻市教育委員会は生き残った子どもたちから聞き取りをしたにもかかわらず、記録を廃棄していました。その後、第三者の検証委員会が1年1カ月と5700万円かけて調査したものの、真因に迫ろうとしたようには見えません」  「生き残った子どもたちによると、校庭の裏にある山に逃げさせよう、と何度か口にした先生がいたそうです。前任校で防災マニュアルを改訂し、地域の自然教室で教えるなど防災意識が高かった。でも、『山へ』という声は組織の意思にはなりませんでした」 
――生き残った先生が1人だけいますよね。
・「はい。それが『山へ』と呼びかけた先生でした。いまも教壇に立つことはできず、家にこもりがちだと聞きます。せっかく生き残ったのに、彼が不幸になってはいけないですよ。生き延びたことを誰も責めたりしないでしょう。でも、あの日についてはずっと口をつぐんだまま。震災直後に1度だけ、遺族説明会にきて謝罪してくれたんですが、このときの説明は残念ながら矛盾だらけでした」
――亡くなった同僚の責任を問うことになるのを避けたかったのか。生き残った後ろめたさがあったのでしょうか。真相を語ることが、先生自身を救うことにはなりませんか。
・「無理に向き合わせてはいけないし、蓋(ふた)をし続けるのもよくないと思います。ただ後になるほど、いろんなものが重なって蓋は上げづらくなる。もしかしたら、本人は話したくても、止めようとする外部の力が働いているのかもしれません。あるいは、すでに記憶を入れ替えてしまっているかもしれない。語っても語らなくてもいいのですが、ずっと出てこられないのはおかしいですよ。彼が再び、前に進めるように支えるのが市教委の役割ではないでしょうか」  「真相解明をめぐっても、市教委は責任逃れの組織の言葉ばかりで、子どもの命の話にならないんです。あのとき、子どもたちはどんなに怖かったか。目の前で子どもを亡くした先生たちはどんなに悔しかったか。そこを出発点にしてほしいのですが」
――犠牲を招いた原因は何だと思いますか。
・「あの日、先生たちは必死だったと思います。みんな、助けたいと思っていた。なのに助けられなかった。もう1人、覚悟をもって『山へ』と言えていれば、みんなで議論できていれば……。でも、できなかった。想定外や初めてのことが起きたとき、いろんな意見が出るのは当然です。ただ、違う意見は批判と取られてしまう。自由に語りづらい。そんな日常の延長に、あの校庭があったのではないかと思います。だから講演でこう話すんです。『もしも』は『いつも』の中にある」
――教師だったからこそ、見えることもあるのでしょうか。
・「震災直後に考えたのは、目の前の生徒にとって大事なのは何かということでした。人手が足りない、教材もない。混乱の中で通達は省略され、書類づくりも会議もない。それでも、学校は回っていた。何もないからこそ、本質に向き合うことができたのでしょう。逆に言うと、いかに必要ないものに囲まれていたか、ということです。見た目とか形式とか日程消化とかにとらわれていないか。上の指示やマニュアルに従っていればいい、と思ってはいないか。それで、いざというときに、大切なものを守れるでしょうか。きっと、日本のいろんなところに『大川小の校庭』があるんだと思います。だからこそ、空白の50分を解き明かすことが大事なんです」
――校舎は震災遺構として保存されることが決まりました。いまも年間1万人以上が訪れるそうですね。
・「残したい、と最初に声を上げたのは、間一髪で生き延びた当時11歳の男の子でした。彼は大川小に通う妹、母親、そして祖父を亡くしています。誰のために残すかといえば、やはり50年、100年先に生きる未来の人のためです。でも、簡単に決めたわけじゃないんです。もう目にしたくないという声もあった。それでも昔の人が残すことにしたのはなぜか。無言だけど雄弁な校舎を見て、その理由を考えてもらいたいですね」
――この間、もどかしい思いをすることもあったようですね。
・「何か言うと、すぐに『遺族が騒いでる』となって、対話が断たれてしまうんです。考えが違うだけで『対立』と報じられる。子どもの命を救える学校にしなきゃいけない、という思いは同じはずなんですけどね。意見が違うからって敵じゃない。言葉を重ねるうちに何かが見えてくる、と信じたいじゃないですか。だって、敵じゃなくなれば無敵でしょ。市教委も先生も遺族も裁判官も記者も、みんな同じ船の乗組員なんです。そこには、あの子たちも乗っていると思います」
――とはいえ、異論と共存するのは簡単ではなさそうです。
・「被災地で音楽の支援を続けるゴスペラーズのメンバーとも話したんですが、ハモるには自分の音をしっかり出すだけじゃなく、ほかの音にも耳を傾けなきゃいけない。そうすることで、ドでもミでもソでもない、ドミソの和音ができる。それがハーモニーなんだって。ひとつの考えに染めたり、自分だけ主張したりするから不協和音になる。いろんな声がハモれる世の中になってほしいですね。あの校庭が、そのきっかけの先端の1ミリにでもなれば」
http://www.asahi.com/articles/DA3S12594207.html

和田氏の記事で、失敗学を提唱する畑村教授の言葉として、『失敗から学べない限り、失敗は繰り返されるだけで、失敗は成功のもとにならないだけでなく、次なる失敗のもとになる』、は至言だ。『いわきよりはるかに高い波が押し寄せ、甚大な被害を被った釜石では、住民の反対で防潮堤を建てるのが中止になった・・・避難塔をいくつも建てることになった』、というのは賢明な措置だ。『時間の経過を経て、不安心理からある程度冷静になれたときに、判断のやり直しや対処法の考えなおしが必要ということだろう』、というのはさすがに精神科医らしい的確な指摘だ。
MEGA CRISISで指摘している『北極海破局のシナリオ』、は本当に恐ろしい話だ。中国などは北極海航路が使えるようになったと有頂天になっているようだが、とんでもないことだ。『雷の威力も増大し、避雷針では保護し切れなくなる恐れも』、というのは、落雷による停電が長時間になると、原発の冷却にも悪影響が及ぶだけに、万全を期してほしいところだ。
大川小学校問題で、『石巻市教育委員会は生き残った子どもたちから聞き取りをしたにもかかわらず、記録を廃棄していました』、ということは、学校側によほど都合が悪い内容があったからではないかと、意地悪い推測もしたくなる。
いずれにせよ、災害に対しては、国や自治体の対策が基本だが、個々人ベースでも必要最小限の備えだけは忘れないようにしたいものだ。
明日の金曜日は更新を休むので、土曜日にご期待を!
タグ:災害 朝日新聞 異常気象 和田秀樹 NHKスペシャル 日経BPnet )(いわき新防潮堤の愚、MEGA CRISIS~第1集 加速する異常気象との闘い、大川小学校問題) 災害被害から何を学ぶか~いわき新防潮堤の愚 防潮堤の最大の欠点は「人を油断させる」こと いわきよりはるかに高い波が押し寄せ、甚大な被害を被った釜石では、住民の反対で防潮堤を建てるのが中止になった 防潮堤を作るのをやめて、避難塔をいくつも建てることになったのだという 防潮堤の延々とした工事は続いているのに、その手の避難塔らしきものが、一つもなかったことだ 防潮堤に安心して避難塔も退避道路もないという危険性 恐怖心や不安が人間の判断力を狂わせる ・問題は、5年たっても風潮被害が収まらないのと同様に、いつまで経っても不安に基づく判断が変わらないことだ 時間の経過を経て、不安心理からある程度冷静になれたときに、判断のやり直しや対処法の考えなおしが必要 パニック心理に基づく判断の危うさ MEGA CRISIS 巨大危機 ~脅威と闘う者たち~ 第1集 加速する異常気象との闘い 異常気象に立ち向かう科学者たちの物語 スーパー台風、ゲリラ豪雨、落雷など 地球温暖化は、一旦は停滞したかに見えたが、最近は急加速 北極海破局のシナリオ 夏に氷が融けることで太陽熱を反射しなくなり海水温上昇、巨大な低気圧が発生、風が強まり氷がさらに減少、海水温もさらに上昇 メタン放出の影響 雷の威力も増大し、避雷針では保護し切れなくなる恐れも 大川小の校庭から 「小さな命の意味を考える会」代表・佐藤敏郎さん 石巻市の大川小学校 校庭で50分ほど待機し、川にかかる橋のたもとに避難しようとして津波にのまれました 石巻市教育委員会は生き残った子どもたちから聞き取りをしたにもかかわらず、記録を廃棄していました 生き残った先生が1人だけいますよね 『山へ』と呼びかけた先生でした いまも教壇に立つことはできず、家にこもりがちだと 想定外や初めてのことが起きたとき、いろんな意見が出るのは当然です。ただ、違う意見は批判と取られてしまう。自由に語りづらい。そんな日常の延長に、あの校庭があったのではないかと思います
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