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女性活躍(その6)(114位 男女平等が進まないニッポンへの処方箋、熊本「子連れ市議」の行動は政治家として評価できない、「#子連れ会議OK」アナタの常識はNOと言う? “赤ちゃんが可哀想”同伴出社拒否する薄っぺらい正義) [経済政策]

女性活躍については、11月20日に取上げた。今日は、(その6)(114位 男女平等が進まないニッポンへの処方箋、熊本「子連れ市議」の行動は政治家として評価できない、「#子連れ会議OK」アナタの常識はNOと言う? “赤ちゃんが可哀想”同伴出社拒否する薄っぺらい正義)である。

先ずは、11月15日付け読売新聞が上智大学法学部教授 三浦まり氏とのインタビューを掲載した「114位、男女平等が進まないニッポンへの処方箋」を紹介しよう(▽は小見出し、Qは聞き手の質問、Aは三浦氏の回答、+は回答内の段落)。
・スイス・ジュネーブの研究機関「世界経済フォーラム」が今月2日に発表した2017年版の男女平等度(ジェンダー・ギャップ)世界ランキングで、日本は昨年より3つ順位を落とし、144か国中114位に沈んだ。安倍政権は「女性の活躍」を重要政策と位置づけているが、男女が平等でなければ、それも絵に描いた餅になる。男女平等を推進するにはどんな処方箋が必要か。「ジェンダーと政治」に詳しい上智大学の三浦まり教授にインタビューした。(聞き手・読売新聞メディア局編集部次長 田口栄一)
▽取り残された日本
Q:男女平等度ランキングで、日本は114位で過去最低となった。これをどう見るか。
A:安倍政権は女性活躍推進を看板に掲げ、それなりに取り組んできた。にもかかわらず、順位を落としていることは、深刻な状況を表している。日本の取り組みにはスピード感が全然足りない。他の国がどんどん状況を改善する中で、日本は取り残されている。
Q:順位を落とした原因はどこにあるのか。
A:男女の平等度にはいろいろな測り方があるが、世界経済フォーラムのランキングには、専門職や管理職、国会議員や閣僚といった要職にどれだけ女性が就いているかが、大きく反映される傾向がある。日本の場合、政治においては女性議員、女性閣僚、企業においては女性の管理職や役員が少ないことが響いて、この順位になった。
+安倍内閣は第2次改造内閣では女性閣僚が5人だったが、4人、3人と徐々に減って今は2人。今年のランキングには1月時点の「3人」という数字が反映されたが、このまま行けば、来年は「2人」となり、女性閣僚比率はさらに低下する。
Q:女性閣僚を増やすと言っても、短期の努力ではなかなか難しそうだ。
A:大統領制であれば議会の外から人材を引っ張って来ることができるが、日本は議院内閣制で、基本的には国会議員の中から閣僚を任命するというシステムになっている。国会議員の女性比率が高まらないと、女性閣僚比率の向上は難しい。 現在、衆議院自民党の女性比率は7.8%。数が少ないため、ある程度当選回数を重ねた「適齢期」の人の中から適材適所で選ぶのが難しくなっている。女性の方が早く要職に就けるが、経験値が低いままなので、その分、失敗する可能性も高くなりがちだ。下積みを続けている男性からは嫉妬の目で見られており、少しでも失敗をすると、難しい立場になってしまう。
▽女性議員が増えたことによる変化
Q:最近、新政権が発足したカナダやフランスでは、閣僚が男女半々だと聞いた。
A:フランスでは2000年からパリテ法(候補者の男女比を50・50にする法律)が施行されていて、閣僚の男女が同数のパリテ内閣は珍しくない。オランド前政権もそうだった。国会議員は小選挙区制度で選ばれるので、まだ半々になっていないが、地方議会のレベルではすでに半々だ。パリテはデフォルト(標準)で、政治に女性がいるのは当たり前ということだ。ただ、地方でも女性の首長は16%でしかなく、女性の首相はいたことがあるが、女性大統領はまだ誕生していない。
+女性の議員や閣僚が増えると政策がどのように変わるのか、因果関係を学術的に示すのは実は難しい。政党によるイデオロギーの違いも大きく、また、女性だから女性政策に力を入れるとは限らないし、男性でも熱心にワーク・ライフ・バランスに取り組む人もいる。パリテが実現する前に長い歴史があるわけで、その蓄積の中でいろいろなことが変わっていく。
+ただ、議会の透明性が向上するとは言えるかもしれない。台湾では女性の総統が誕生し、議会も女性が38%を占める。変わったのは夜の会合が減ったことだという指摘もある。今までは、男性たちが密室に集まって情報交換をして、そこが実質的な意思決定の場だった。ところが、今はそれをやっても、議会で採決をした時に4割弱いる女性たちにひっくり返されるかもしれないので、そうすることの意味がなくなってしまった。直接的に政策がどう変わるという以前に、透明性が確保され、民主主義の質が上がることはとても意義のある変化だと思う。
▽順位が上位の国は何が違うのか
Q:ランキング上位の国は日本と何が違うのか。
A:4位にアフリカのルワンダが入っているが、これは特殊なケースだ。内戦による虐殺で男性が非常に少ない中で、女性議員の比率が6割を超えている。10位のフィリピンは、管理職に占める女性の割合が5割を超えており、この結果も当然という気がする。 上位で目立つ北欧の国々は、男女平等が保障されている。それはつまり、生き方が自由であるということだ。男性であれ、女性であれ、自分が生きたい生き方を自分で選ぶ可能性が開かれている。
+逆に男女平等の度合いが低い国というのは、男性の生き方、女性の生き方が固定的で、それに合わせられる人はいいが、そうではない人には大きな抑圧構造となっている。
Q:男女平等を実現するために、どんな方策が考えられるか。
A:ノルウェーは新しいことを始める傾向のある国だ。候補者のクオータ(あらかじめ決められた比率に男女を割り振ること)を始めたのはノルウェーで、政治でも企業の役員でもクオータを導入しているし、パパ・クオータという形で父親が育児休暇をとる仕組みを整えている。
+法律にうたわれる性差別禁止は、最終的には、経済面での男女の賃金格差解消として表れる。賃金格差が生まれる理由のひとつは、育児の時期に女性の方が大きな負担を負わされてしまい、キャリアが断絶することがあるからだ。
+賃金の男女格差を小さくするには、管理職の男女比、男性がどのくらい育児休暇をとっているか、ワーク・ライフ・バランスがどうなっているか、など全てのことが関わってくる。賃金格差を見れば、その国がどの程度、男女平等を実現しているかがわかる総合指標ともいえるものだ。いろんな制度を組み合わせないと、目標達成には至らない。
▽日本的経営、社会の仕組みにメスを
Q:日本で男女平等がなかなか進まない原因はどこにあるのか。
A:日本は性差別を断固たる態度で是正していくという政治的意思が弱い国だと思う。その上、経済でも日本企業自体が性差別の上に成り立っている。 総合職と一般職という形で入り口から分け、主に女性からなる一般職の人にはキャリア向上のチャンスを与えない。総合職も女性の割合はわずか9%だ。大学では女性の方が一般的に成績は優秀なのに、男性の方から就職が決まっていく。
+日本企業は雇用体系に性差別を組み込んでいる。そこを変えるのは、日本的経営を変えるということだ。日本の場合、女性を活躍させないという経営判断にある種の合理性があると考える経営者が多かったのかもしれないが、世界的に見るとむしろ逆だ。女性が活躍できないから日本企業のパフォーマンスがよくないのではないだろうか。そこに、いつ日本の経営陣は気付くのかということだと思う。
+80年代、先進国は男女平等に舵を切ったが、日本はなるべく専業主婦を優遇するようにという真逆の政策を実行した。日本では、税制や年金で専業主婦を優遇しつつ、働きたい女性はパートで働いてもらうという流れを作った。パートは正社員と賃金の差があり、いつでもクビを切ることができる。そのうまみを企業は手放したくない。一般職の女性の生産性が低いという研究結果があるが、それは政策的に作り出した差別の帰結だ。
+製造業が強かった時代は、男性が稼ぎ主となるモデルが続く。ただ、サービス業が主体になってくると、共稼ぎが当たり前になってくる。今、共稼ぎと専業主婦世帯の割合は2対1だ。だが、それを後押しする税制、社会保障になっていない。配偶者控除もまだ廃止には至っていない。待機児童問題も長時間労働も解決していない。女性が働いても不利にならないような仕組みを整え、かつ、キャリアが形成できるように性差別禁止法を導入する。パートと正社員の差別を禁止するなど、様々な方策を組み合わせなければ、男女平等は実現しないが、日本はどれもやっていない。
▽女性活躍、安倍政権の取り組みをどう見る?
Q:安倍政権は「全ての女性が輝く社会づくり」を掲げているが。
A:安倍政権は女性活躍政策を経済政策としてやると言っている。日本は人口が減っているので、女性の労働力を活用しなければ、日本の経済力はもっと落ち込んでいく。この政策しか選択肢はなく、どの政権であっても推進しなくてはならない政策だ。だが、男女平等や人権の尊重など社会政策の側面に目を向けず、経済政策としてやってしまったがゆえに、安倍政権の政策には限界があると思っている。
+「これからは女性活躍だ」と時代の空気を変えたところまでは良かった。だが、性差別が組み込まれた雇用制度にまで切り込まないと、男女平等にはなっていかない。経済政策と言っている限り、そこには切り込めないと思う。
▽地方議員に女性を増やす
Q:現状を変えるためには、どこから手をつけたらいいか。
A:まず、女性の地方議員を増やすことが重要だ。都道府県議会の女性比率は9.8%、市区町村議会は12.8%で、衆議院とあまり変わらない。大阪府の島本町のように5割のところもある一方で、町村議会の3割が女性議員ゼロだ。
+女性は政治を人ごとだと思ったり、「汚い永田町の世界」のように見たりするが、実は、地域で活躍している。町おこし、学校の問題、保育や介護、食の安全、土地開発の問題など、いろいろな場面で女性が活躍しているのに、そうした活動が政治と結びつかない。 だが、地方の政治は地域活動の延長線上にある。地域活動をやっていた女性が議会に入ると、とたんに政治が身近なものになる。議会に入った女性たちが、都道府県政、国政に携わるようになれば、市民社会から国政までもっとつながりがよくなると思う。
+女性議員の増やし方にはいろいろあるが、女性が女性を押し上げることが決定的に重要だ。上からの一本釣りで、「キラキラ系」の女性候補を公認し、落下傘的に擁立する傾向があるが、それでは地域の女性とはつながっていないので、信頼を勝ち取ることは難しいだろう。そうして選ばれた彼女たちが失敗でもしようものなら、女性議員を増やそうという機運がしぼんでしまう。
+やはり、この人を応援したいと思う女性が出てくることが大切だ。トップが選んだ人が結果的にそうであればいいが、往々にして女性の目線で下から選ぶ場合と、男性が上から「こういう人がいいだろう」と選ぶのでは、視点がずれる。下からの声をちゃんと反映させないと持続性がない。
Q:妊娠した議員がバッシングに遭うなど、まだまだ女性議員を取り巻く環境は厳しい。
A:「職務放棄」などといった言葉は世間の無理解だと思う。そういう声を放置すると、女性議員のなり手を減らしてしまいかねない。 党のリーダーが率先して「わが党は母親であることも議員を全うする上で重要な資質の一つと考えている」などと言い返すべきだ。反論もできないようでは、バッシングを是認したことになってしまう。
+また、女性議員が怒り、「妊娠したことで、むしろ母親の気持ちがわかるようになる」と言い返すことも必要だ。女性が女性を支えていかないと、ただでさえ数が少ない女性議員が孤立してしまう。
Q:企業はどう変わるべきか。
A:キャリア形成の仕組みに性差別がひそんでいないかを各事業所、職場で見つけ、取り除かないといけない。ある百貨店では、新人はみんな最初、売り場に配属されるが、男性はすぐに管理部門に移るのに、女性はいつまでたってもお客様対応をしていた。そういう人事慣行を無意識のうちにやっていたことに気付き、是正し始めている。職務配置にステレオタイプが潜みこんでいないか、自己点検と改革が必要だ。
Q:男性の側にも変えるべき点がありそうだ。
A:男性が、専業主婦の妻がいることを前提に、24時間働くことができる働き方を見直さないといけない。男性も育児をするし、男女ともに家庭や地域での生活があり、仕事があり、そのバランスをとるというモデルに全体で移行しないといけない。社会全体のモデルチェンジだから、一つの企業で対応できる話ではない。ここに政府の出番がある。
+今、「女性活躍」という言葉が多用され、男性に焦点が当たりにくくなっている。日本の男性は家事に費やす時間が先進国で一番短い。男性の働き方改革といえば、残業時間の削減や過労死防止の話になっていて、ワーク・ライフ・バランスや家庭内の家事分担の見直しに及んでいない。そういうところに切り込む必要がある。
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20171110-OYT8T50005.html

次に、政治ジャーナリストの黒瀬徹一氏が12月5日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「熊本「子連れ市議」の行動は政治家として評価できない」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・11月22日、熊本市議会で緒方夕佳市議が議場に赤ん坊を連れ込むという騒動が起きた。議場には選挙で選ばれた議員以外は入ることができないルールになっており、すったもんだの末、緒方議員は子どもを預けて一人で出席し、40分遅れて議会は開会した。「子育て支援」が声高に叫ばれ続ける中で、我々が直視すべき本質的な課題とは何か。
▽議員は子連れでできる仕事?本気かパフォーマンスか
・女性が活躍できるような議会になってほしい――。 確かに子育ては大変だが、「子育て支援」を正義の御旗にしても何も解決しない。本質を考えるべきだ 11月22日、熊本市議会で緒方夕佳市議が強行的に0歳の赤ちゃんを議場に連れ込んだ。議場には選挙で選ばれた議員以外は入ることができない規則があり、議長は緒方議員を注意。すったもんだの末、緒方議員が子どもを預けて一人で出席することで決着した。議会は40分遅れて開会した。
・この問題を論じる前提として、まず、議員という仕事は「子連れ」でも問題なく務まるものなのか、という素朴な疑問が湧いてくる。 例えば、道路工事の危険な現場に乳児を連れていく人はいないだろうし、その発想すら出てこないはずだ。ホワイトカラーの仕事であっても、カネや人事といった激しい議論をする会議の場に、子連れで参加するのは抵抗を感じる人が多いだろう。
・結局、市議会の定例会など、さほど議論らしい議論はなされず、ただ座って適当に話を聞いていればいい仕事だということを露呈しているようなものだ。 もし、それが議会の姿ならば、子連れを認めても全く問題ないだろう。 ただし、子連れを認めたとしても、許容範囲の議論は必ず生じる。あちらこちらに乳児や幼児がいる場で条例や予算が審議されているのもおかしな話だ。
・何歳まで認めるのか、乳児がいいなら介護高齢者も認められるべきではないか。議員以外の議場への参加を認めない規則の意味も含め、それなりに議論と合意を要するのは仕方ない。 したがって、こうした交渉を経ずに強行行為に出た以上、緒方議員が処分されること自体は妥当としか言いようがない。 もっとも、緒方議員は処分を受けることは承知の上で、あえて今回の行動に出たことは明らかだ。
・なぜなら、議長に注意を受けたら、結局、人に預けて出席したというのだから、子どもを預けることが可能な状況にもかかわらず、“あえて子連れで議場に出向いた”ということになる。 乳児を抱いて議場に入るのは、結構な労力だ。 控え室から議場までの道中でも目立っただろうし、途中で声をかけた方もいたに違いない。入念に準備した上でパフォーマンスに踏み切ったとしか思えないのだ。
▽パフォーマンスとして逆効果な理由 日本と海外の決定的な違い
・では、緒方議員はなぜ今回のようなパフォーマンスに踏み切ったのか。 斜に構えた見方をすれば、選挙対策だ。 緒方議員は前回の選挙では当選者13人中10位での当選であり、盤石とは言いがたい。「女性の活躍」で話題になれば、次の選挙での当選をより確実にすることができる。 さらに、全国的に知名度を上げることで、県議会や国政への道も開ける、という野心によるパフォーマンスだったとしたら、子どもを政局の具にすることも厭わない、なかなかの“策士”だといえよう。
・しかし、緒方議員の言葉を素直に受け止め、本当に女性が活躍できるような議会や社会を実現するために、今回のパフォーマンスを強行したとすれば、正直、逆効果であり、“政治家の行動”としては評価できない。
・確かに、海外では子連れで議会に参加する例もある。ただ、だからと言って、子連れで議会に参加することを是とするのはあまりに短絡的だろう。子連れで参加した場合のパフォーマンスへの影響も十分吟味すべきだ。 なにより、特に欧州における議員の報酬は極めて低く、日本の議員報酬が世界的に見ればかなり高い水準であることは「周知の事実」になってきている。 高額な議員報酬を支払っている理由は、議会活動に専念させるためであり、高所得者である議員が保育園やベビーシッターにコストをかけることなく、子連れで議会に参加すれば、批判されても文句は言えまい。
・議員をやっている以上、支援者でも友人でも子どもを預けることのできる人はいくらでも周囲にいるはずだし、その人脈さえ持たない人が議員をやっているのはそもそもおかしい。 つまり、緒方議員は「預けようと思えば預けることは可能」な状況下でこのパフォーマンスをやっているわけで、本当に困っている人たちに対して不快感さえ与えてしまう危険性がある。
・一部で「子連れ会議OK」の議論を巻き起こした点については功績があるかもしれないが、処分覚悟であえてやったパフォーマンスならば、世間は彼女を“ヒーロー視”してはならず、緒方議員は御沙汰を甘んじて受け入れるべきだ。 そして、その上で「女性の活躍」などという抽象的なワードではなく、もっと本質的で具体的な議論を喚起しなければ、政治家の行動としては極めて稚拙だと酷評せざるを得ない。
▽「子育て支援」を正義の御旗にしても何も解決しない
・では、緒方議員のパフォーマンスから、われわれが真剣に直視すべき本質とは何か。 まず、現代社会においては、「子育て」に対する考え方が根本的に変容してしまったという現実がある。 元々、子育ては親族や地域に支えられながら親が寄り添ってやるものだったし、人が動物である以上、子孫を残すのが当然だった。 ところが、現代社会では、子育てをする場が「家庭」であることに変わりない中で、家庭は親族や地域から孤立し、カネを支払うプロの保育士に預けざるを得ない状況に陥っている。子どもをつくることの他にも楽しいことややりがいのあることが数多くあるため、「子孫を残す」という動物の“本能”さえ忌避するような風潮にもなっている。
・このような状況下、「子育て支援」を正義の御旗として振りかざしていても、何も解決しないことをわれわれはそろそろ真剣に自覚すべきだ。 もっとも、社会変化の結果として、子育てが極めて難しい社会になっていることは事実だ。解決すべきは「少子化」ではなく、単純に「子育て」という人類にとって最重要な“営み”が困難になっており、そこを支援していくことに他ならない。
・それにはまず、「長時間労働の是正」など、効率的で自由な働き方を認めるべきだ。男性が家庭に入って女性も働けるだけでなく、小さな子どもがいる間は「両親ともに仕事を休む」といった働き方も含め、大胆な改革も視野に入れた議論と改革が必要になるだろう。
・そして何より筆者が懸念するのは、子育てに対するネガティブなメッセージばかりが社会に蔓延してしまうことだ。 子育てには困難もあることは承知しているが、それ以上に喜びがあるはずで、むしろそちらをもっと発信しなくてはならない。今回の子連れ議員騒動が、正直、社会――特に若者に対して、プラスの影響を与えたとは思えない。
・総理大臣や議会や議員に子育て支援をお願いするだけでなく、私たち自身が考え方や行動を改め、子育てに対するポジティブな環境と印象を広げていくしか解決策はないのだ。 ちなみに、筆者の記事は子連れでお読みいただいてもOKである。
http://diamond.jp/articles/-/151730

第三に、健康社会学者の河合 薫氏が11月28日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「「#子連れ会議OK」アナタの常識はNOと言う? “赤ちゃんが可哀想”同伴出社拒否する薄っぺらい正義」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・今回は「常識と非常識」について考えてみる。 もう散々あっちこっちで“正義”のぶつかり合いが展開しているので、取り上げるつもりはなかったのだが、これまたあっちこっちから「意見」を聞かれるので取り上げることにしました。 と、しょっぱなから長い言い訳で申し訳ない。 だが、私の答えは決まっているのだ。
・「いいじゃない。お母さん・お父さんからのケアが必要な赤ちゃんも、幼稚園で預かってもらうのが難しい障害を持つ子供も、家族からのケアが必要なおじいちゃんおばあちゃんも、み~んな“同席する”。そんなにぎやかで、開かれた議会があってもいいじゃない」――。これが私の見解である。
・もし議長が、「実は昨日、申し出があったんですけど『それについてはまた後日、ゆっくり話しましょう』って言ったんですよね。でももう今日、彼女は赤ちゃん連れてきちゃったんで、とりあえず今回は特例ということでこのまま議会を始めます。後日、本人の意見も聞き、みなさんと議論をしたいと思います」 そう宣言してくれれば“チャンチャン”だった。
▽ヒーローになり損ねた議長
・というか、そうすれば熊本市の澤田昌作議長は、一躍“ヒーロー”になったに違いない。 だって、働く女性が増え、共働きが当たり前になり、どう考えてもケア労働者は足りていないわけで(ケア労働についてはこちら 『男だ女はもう「114」。埋まらぬ日本の格差問題』)。新たな問題を解決するために前例を壊し、それでまた問題が起これば、そこで一つひとつ何をすべきか考えればいい。
・が、“常識”好きの人たちはそれを許さない。 「何を言ってるんだ! だから河合薫はダメなんだよ!!」と、既に口を尖らせている人たちの顔が山ほど見える。 この手の問題については“自説”こそが正義で、早急な解決が必要にも関わらず「他人がなんと言おうと考えを変えるつもりが毛頭ない」人たちで溢れているのだ。
・ええ、そうです。遅くなりました。 取り上げるのは、平成のアグネス・チャンこと“熊本市の緒方夕佳議員(42歳)”が、市議会に生後7カ月の長男を連れて着席した“事件”です。 緒方議員の“行動”に議会は紛糾。結局、出席は認められなかった。緒方議員は長男を友人に預け、議会は40分間遅れで開会した。
・この“事件”はかなりのメディアが一斉に報じたが、大切な部分が切り落とされ、極めてセンセーショナルに伝えられている。なので、赤ちゃん同席に至るまでの経緯も含め、確認できた範囲で紹介する。
・緒方市議は今年が1期目で、1人会派「和の会くまもと」に所属。熊本市議会では前例のない任期中の出産(第2子)をした。4月以降は「出産後の体調不良」を理由に議会を欠席し、本会議出席は約8カ月ぶりだった。
・妊娠が判明した昨年から、「議会開会中に子供を預ける場所がない」として、乳児を連れての本会議出席や市議会への託児所設置、保育園やベビーシッター助成の整備などを議会事務局に相談。  しかしながら、「自分でどうにかして欲しい。議員を特別扱いできない」と言われるばかりで、前向きな回答はなかった。
・そこで「(子育ては)社会問題になっているのに職場では個人的な問題にされてしまう」との思いから強行を決意。「子育て世代の代表として、子どもと一緒に議会に参加して発言できる仕組みを整えるよう主張したかった」と記者団に話している。
・一方、熊本議会では市議会の規則で「本会議中は議員以外が議場に立ち入ることはできない」とされているため、今回の“事件”を事務局は「赤ちゃん連れでの着席はこの規則違反にあたる」と判断。 また、澤田昌作議長は記者団に対し、「今回のことはいきなりだった。子育てが大変で思い詰めた部分もあったのだろう。子連れでも議会に参加できる仕組みを考えたい」と述べ、近く開催する議会活性化委員会で議論する方針を示したとされている。
▽オーストラリアに於ける「歴史的授乳」
・ところが、である。 「いきなりだった」と言っていた澤田議長が、夜の報道番組の取材に「前日に緒方議員から申し出があった」と明らかにし、「それについてはまた後日、ゆっくり話しましょうという話をした」と答えている。 まぁ、あったのに「ない」という前提で報道が先行したことに他意はないのかもしれないけど、「また後日ゆっくり」と言われてもね……。
・いずれにせよ“事件”の一報が報じられるや否や、ネットでは賛否両論入り交じり、メディアも識者とされる人たちにインタビューしたり、街頭インタビューしたり、海外の事例などをいっせいに報じた。 ちなみに……  一番最初に議会に赤ちゃんを同席した議員は、1998年のカナダの国会議員ミッシェル・ドックリル氏(7か月の赤ちゃん)。 以下続々と、 2010年、イタリアのリチア・ロンズーリ議員(18か月の赤ちゃん)  2010年、オーストラリアのサラ・ハンソンーヤング議員(2歳)  2012年、カナダのサナ・ハッサイニア議員(3か月の赤ちゃん)  2016年、スペインのカロリーナ・べスカンサ議員(5か月の赤ちゃん) などが赤ちゃん連れで出席し、退場を命じられたのはハンソンーヤング議員のみだ(すべて女性議員です)。
・また、2015年にはアルゼンチンのビクトリア・ドンダ議員が、赤ちゃん連れで議会に出席し、自席で授乳。2017年には、オーストラリアのラリッサ・ウォーターズ議員が、生後2か月の娘に授乳し「歴史的授乳」と報じられた。 そのときの様子は→こちら。 
・ふむ。子供のころ電車の中で時折みた光景である。 “授乳”という言葉に「歴史的」という一大事を思わせる接頭語が付いたことに個人的にはいい意味で笑ってしまったのだが、この見出しにはもっともな理由がある。 オーストラリア議会では2016年、議会規定が改訂され、子供を持つ母親や父親が子連れで議場に入ることが認められるようになった。 議員が水を飲むように赤ちゃんもミルクを飲む。 「赤ちゃんがお腹を空かせたから議場で授乳したの(by ウォーターズ議員)」――。ただそれだけなのである。
・ちなみにイタリアのロンズーリ議員の“同伴出社”はこんな具合に記録されている→こちら。 どれもこれもなんだかとってもハッピーな空気が漂ってくる。いいね、コレ。
▽一部の議会では「つえの持ち込み」も禁止でした
・ついでと言ってはなんだが、西日本新聞が熊本県内の地方議員や首長、街の声を取材しているので紹介しておく→こちら。 賛否に関しては、全体では「反対」6割に対し「賛成」が2割、「どちらとも言えない」が2割だった(サンプル数は60人)。
・政治家と一般人を比べると……、 県議、市町村議員などは「反対19人、賛成2人、どちらでもない5人」であるのに対し、 街の声は「反対16人、賛成10人、どちらでもない8人」と賛成派が増える。 否定的な意見はメディアで報じられたものと似たり寄ったりで、 「議員が規則を無視するなんて言語道断」「もっと丁寧に進めるべき」「行動を取る前に、規則を変える働きかけをすべき」「議長に事前に相談すべきだった」 など、極めて“優等生的”なモノ。
・西日本新聞の記事でちょっと興味深かったのが、つい最近まで「つえの持ち込み」を禁止していた南阿蘇村議会の男性議員の意見だ。 「女性の社会進出を考えれば、こうしたケースを想定した規則の改正も必要。子どもが議会活動の足かせになってはいけない」。
・あまり大きく報じられていなかったので、ご存じない方も多いかもしれないけど、昨年まで「凶器になり得る」との偏見から一部の都道府県議会では「つえの持ち込み」を禁止していた。 2015年に障害者団体などから「今の時代に合っていない!」と要望が出され、昨年改訂されたのだ(要望書のPDFファイルは→こちら)。
・町を歩けばつえをつく高齢者、障害者の方に頻繁に出会う。 バリアフリーという言葉が一般化してから15年以上の歳月が経っているのに、昨年まで規制されていたとは……にわかに信じ難い。 議会とは「私たち」のことを議論し、決める場所なのに、いちばん「私たち」から遠い場所になってしまっているのかもしれない。 
・ともあれ、批判的な意見を述べる人たちの正義は、
 「強行突破は逆効果」と“やり方”を問題にするタイプ
 「神聖な議会の場、仕事の場に赤ちゃんを連れてくるのはおかしい」という“場”を問題にするタイプ
 「赤ちゃんは泣くからうるさい、集中できない」といった“赤ちゃん”を問題にするタイプ 
 の3つに大まかに分類できる。
・どれもこれも一見“常識的”で、「そうそう、そうだよね」とうなづきたくなるのだが、  “前例や常識に囚われる人たちの壁”がどうやっても壊せないから、強行突破したのだろうし、  “神聖な場”、“仕事の場”で、居眠りしてる議員さんは山ほどいるし、  “赤ちゃんの泣き声”より、“下品なヤジ”の方がよほどうるさい。
・要するに、「現状維持」の視点からちょっと離れれば、いかに上滑りな意見かがわかるはずだ。
▽しょせんは、「偏見のコレクション」
・育児経験者のママタレントが舌鋒鋭く、「授乳は逆セクハラ」だの 「仕事しながら赤ちゃんの面倒みれるほど育児は簡単じゃない」だの 「赤ちゃんがかわいそう」だの 批判し続けてたけど、だったら「テレビ会議」のように自宅から参加できるようにすればいい。
・「赤ちゃんがかわいそう」という誰も批判できない美しい言葉が、悪戦苦闘する母親や父親を追いつめ、この美しい言葉が発せられた途端、問題の解決は遠のいていく。 「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う」とは、アインシュタインの言葉だが、“否定派”の常識って、いったいいつの常識なのか? 
・その“常識”を見つめ直す作業こそが、「働き方改革」なんじゃないのか? 真の働き方改革、一人ひとりが輝く社会というのは、それまで見過ごされていたこと、仕方がないとされていたことを「みんなの問題」として考え、解決しようと努力することだ。 隠伏されてきた悲鳴を掘り起こし、仕事がより効率的にできるように働き方やモノを変える。 「今まで当たり前」だったことを、「本当に当たり前なのか?」「本当に必要なのか?」と考えてみる。
・その当たり前を壊すには、ときには強行突破も必要だ。 なんて言い方をすると「ルールを守らなくていいってことか!」と口を尖らせる人がいるけど、常識を変えるには、まず、後先考えず行動しちゃうしかない場合のほうが圧倒的に多いと私は考えている。 だって、人は変わるのをもっとも苦手とする動物で。 いったん「これだ!」と確信すると、その「確信を支持する情報」を探し、受け入れる一方で、「確信に反する情報」は目に入らない。
・この心の動きは、確証バイアスと呼ばれ、心理学者のピーター・ウェイソンによって名付けられた。 確証バイアスの存在を証明した有名な実験のひとつが、1979年に行われた「死刑制度の論文検証」実験である。(Lord, C.et al.. Biased assimilation and attitude polarization: The effects of prior theories on subsequently considered evidence) アメリカでは、当時、死刑制度の賛否が社会問題となっていたのだが、議論は平行線をたどり一向に進まなかった。
・そこで、実験では「死刑制度に反対か賛成かの確固たる意見」をもった人を被験者に選択。 そして、まず最初に被験者に「あなたは死刑制度は、犯罪を減らす効果があると考えているか?」と改めて聞き、「イエス・ノー」を答えてもらうことからスタートした(予想どおり半分がイエスだった)。  自らの考えを表明したのち、被験者は「死刑制度は犯罪を減らす効果がある」と結論付けた研究レポートを読み、研究が「信頼できるか否か」、判断を下すよう求められた。 その後「死刑制度は犯罪を減らす効果はない」と結論づけた研究レポートを渡され、再び読むように指示される。
・が、実はここにはトリックがあった。 なんと、2つ目の研究レポートの中身は、最初に渡されたレポートと全く同じもので、結論だけが書き換えられていたのだ(もちろん被験者には知らされていない)。 普通に考えれば、読み進めるうちに被験者は「このレポートの結論はおかしい」と矛盾に気付くはずだ。なんせ、最初に熟読してもらったレポートと全く同じなのだ。
▽新しい常識は「それもアリ」から生まれる
・ところが、である。 被験者たちは全く異なる反応を示す。 2つのレポートが「同じ内容」であることに全く気付かないばかりか、「自分の意見(犯罪に効果があるかないか)」を支持する研究を「これは質の高い優れた研究だ」と評価し、もう一方を「内容的にお粗末な研究」との見解を示したのである。 これが「確証バイアス」。不思議な心の一端である。
・人が何を見て、どう判断するかは「心の目」によるものが大きい。 心の目は、ときに「偏見」と化し、ときに「真実」を曇らせる。 前例を壊すことの難しさ、人が変わることの難しさを、この実験は証明したのだ。
・野村総研によれば、少なくとも31.1万人の児童の保護者が「すぐにでも保育サービスを利用したいのに利用できていない」とし(2016年度)、2020年に政府目標である「25歳~44歳の女性就業率77%」を達成するには、追加で88.6万人の児童を保育する受け皿が必要となると試算している(出典はこちら)。
・え? それでもやっぱり赤ちゃんは泣くから、大人の仕事の場に同伴すべきじゃない? 赤ちゃんにとって泣くのも仕事。“彼ら”の仕事を五感で味わえば、見えなかった真実が見えてくると思いますよ。 だいたい「仕事に行かねばならない、でも家に置いていけない」から「連れてきただけ」のこと。それ以上でもそれ以下でもない。新しい常識を生むのは「排除」じゃなく「寛容性」だ。
・ご批判のある方はどうぞ! 私には見えてないものを教えてくださいませ! 是非!
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/112700133/?P=1 

第一の記事については、一般紙の記事は通常、取上げないことにしているが、面白かったのであえて紹介した次第。記事では、 『日本の場合、政治においては女性議員、女性閣僚、企業においては女性の管理職や役員が少ないことが響いて、この順位になった』、 『日本企業は雇用体系に性差別を組み込んでいる。そこを変えるのは、日本的経営を変えるということだ』、『80年代、先進国は男女平等に舵を切ったが、日本はなるべく専業主婦を優遇するようにという真逆の政策を実行した。日本では、税制や年金で専業主婦を優遇しつつ、働きたい女性はパートで働いてもらうという流れを作った。パートは正社員と賃金の差があり、いつでもクビを切ることができる。そのうまみを企業は手放したくない』、『男女平等や人権の尊重など社会政策の側面に目を向けず、経済政策としてやってしまったがゆえに、安倍政権の政策には限界があると思っている』、などの指摘は的確だ。
第二の記事で、『日本の議員報酬が世界的に見ればかなり高い水準であることは「周知の事実」になってきている。高額な議員報酬を支払っている理由は、議会活動に専念させるためであり、高所得者である議員が保育園やベビーシッターにコストをかけることなく、子連れで議会に参加すれば、批判されても文句は言えまい』、というのは1つの見方だ。しかし、『議員をやっている以上、支援者でも友人でも子どもを預けることのできる人はいくらでも周囲にいるはずだし、その人脈さえ持たない人が議員をやっているのはそもそもおかしい』との批判は、通常の人脈で赤ん坊の世話までは依頼できないケースもあることを度外視した一方的見方だ。いずれにしろ、河合氏が批判している「常識論」の1つといえよう。
第三の記事で、批判論に対し、『 “前例や常識に囚われる人たちの壁”がどうやっても壊せないから、強行突破したのだろうし、  “神聖な場”、“仕事の場”で、居眠りしてる議員さんは山ほどいるし、  “赤ちゃんの泣き声”より、“下品なヤジ”の方がよほどうるさい』、との論駁はさすがだ。 『「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う」とは、アインシュタインの言葉だが、“否定派”の常識って、いったいいつの常識なのか? その“常識”を見つめ直す作業こそが、「働き方改革」なんじゃないのか? 真の働き方改革、一人ひとりが輝く社会というのは、それまで見過ごされていたこと、仕方がないとされていたことを「みんなの問題」として考え、解決しようと努力することだ。 隠伏されてきた悲鳴を掘り起こし、仕事がより効率的にできるように働き方やモノを変える。「今まで当たり前」だったことを、「本当に当たり前なのか?」「本当に必要なのか?」と考えてみる』、『人は変わるのをもっとも苦手とする動物で。 いったん「これだ!」と確信すると、その「確信を支持する情報」を探し、受け入れる一方で、「確信に反する情報」は目に入らない。 この心の動きは、確証バイアスと呼ばれ・・・』などの指摘は、説得力があり、完全に「脱帽」だ。

タグ:読売新聞 世界経済フォーラム 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 確証バイアス 女性活躍 河合 薫 黒瀬徹一 熊本市議会 (その6)(114位 男女平等が進まないニッポンへの処方箋、熊本「子連れ市議」の行動は政治家として評価できない、「#子連れ会議OK」アナタの常識はNOと言う? “赤ちゃんが可哀想”同伴出社拒否する薄っぺらい正義) 三浦まり 「114位、男女平等が進まないニッポンへの処方箋」 2017年版の男女平等度(ジェンダー・ギャップ)世界ランキング 日本は昨年より3つ順位を落とし、144か国中114位に沈んだ 日本の場合、政治においては女性議員、女性閣僚、企業においては女性の管理職や役員が少ないことが響いて、この順位になった 女性閣僚比率はさらに低下 カナダやフランスでは、閣僚が男女半々 議会の透明性が向上するとは言えるかもしれない ランキング上位の国は日本と何が違うのか 上位で目立つ北欧の国々は、男女平等が保障されている。それはつまり、生き方が自由であるということだ。男性であれ、女性であれ、自分が生きたい生き方を自分で選ぶ可能性が開かれている 男女平等の度合いが低い国というのは、男性の生き方、女性の生き方が固定的で、それに合わせられる人はいいが、そうではない人には大きな抑圧構造となっている 賃金の男女格差を小さくするには、管理職の男女比、男性がどのくらい育児休暇をとっているか、ワーク・ライフ・バランスがどうなっているか、など全てのことが関わってくる 日本企業自体が性差別の上に成り立っている。 総合職と一般職という形で入り口から分け、主に女性からなる一般職の人にはキャリア向上のチャンスを与えない。総合職も女性の割合はわずか9%だ。大学では女性の方が一般的に成績は優秀なのに、男性の方から就職が決まっていく 日本企業は雇用体系に性差別を組み込んでいる。そこを変えるのは、日本的経営を変えるということだ 80年代、先進国は男女平等に舵を切ったが、日本はなるべく専業主婦を優遇するようにという真逆の政策を実行した 日本では、税制や年金で専業主婦を優遇しつつ、働きたい女性はパートで働いてもらうという流れを作った。パートは正社員と賃金の差があり、いつでもクビを切ることができる。そのうまみを企業は手放したくない 男女平等や人権の尊重など社会政策の側面に目を向けず、経済政策としてやってしまったがゆえに、安倍政権の政策には限界があると思っている 「熊本「子連れ市議」の行動は政治家として評価できない」 方夕佳市議 議場に赤ん坊を連れ込むという騒動 議員は子連れでできる仕事?本気かパフォーマンスか 特に欧州における議員の報酬は極めて低く、日本の議員報酬が世界的に見ればかなり高い水準であることは「周知の事実」になってきている 高額な議員報酬を支払っている理由は、議会活動に専念させるためであり、高所得者である議員が保育園やベビーシッターにコストをかけることなく、子連れで議会に参加すれば、批判されても文句は言えまい 社会変化の結果として、子育てが極めて難しい社会になっていることは事実だ。解決すべきは「少子化」ではなく、単純に「子育て」という人類にとって最重要な“営み”が困難になっており、そこを支援していくことに他ならない 長時間労働の是正」など、効率的で自由な働き方を認めるべきだ 「「#子連れ会議OK」アナタの常識はNOと言う? “赤ちゃんが可哀想”同伴出社拒否する薄っぺらい正義」 4月以降は「出産後の体調不良」を理由に議会を欠席し、本会議出席は約8カ月ぶりだった 子育て世代の代表として、子どもと一緒に議会に参加して発言できる仕組みを整えるよう主張したかった 市議会の規則で「本会議中は議員以外が議場に立ち入ることはできない」 一番最初に議会に赤ちゃんを同席した議員は、1998年のカナダの国会議員ミッシェル・ドックリル氏(7か月の赤ちゃん) 2015年にはアルゼンチンのビクトリア・ドンダ議員が、赤ちゃん連れで議会に出席し、自席で授乳 017年には、オーストラリアのラリッサ・ウォーターズ議員が、生後2か月の娘に授乳し「歴史的授乳」と報じられた 一部の議会では「つえの持ち込み」も禁止でした 批判的な意見を述べる人たちの正義は 「強行突破は逆効果」と“やり方”を問題にするタイプ 「神聖な議会の場、仕事の場に赤ちゃんを連れてくるのはおかしい」という“場”を問題にするタイプ 「赤ちゃんは泣くからうるさい、集中できない」といった“赤ちゃん”を問題にするタイプ “前例や常識に囚われる人たちの壁”がどうやっても壊せないから、強行突破したのだろうし、  “神聖な場”、“仕事の場”で、居眠りしてる議員さんは山ほどいるし、  “赤ちゃんの泣き声”より、“下品なヤジ”の方がよほどうるさい 「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う」とは、アインシュタインの言葉 その“常識”を見つめ直す作業こそが、「働き方改革」なんじゃないのか? 真の働き方改革、一人ひとりが輝く社会というのは、それまで見過ごされていたこと、仕方がないとされていたことを「みんなの問題」として考え、解決しようと努力することだ 伏されてきた悲鳴を掘り起こし、仕事がより効率的にできるように働き方やモノを変える。 「今まで当たり前」だったことを、「本当に当たり前なのか?」「本当に必要なのか?」と考えてみる 人は変わるのをもっとも苦手とする動物で。 いったん「これだ!」と確信すると、その「確信を支持する情報」を探し、受け入れる一方で、「確信に反する情報」は目に入らない だいたい「仕事に行かねばならない、でも家に置いていけない」から「連れてきただけ」のこと。それ以上でもそれ以下でもない。新しい常識を生むのは「排除」じゃなく「寛容性」だ
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