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働き方改革(その18)(鴻上尚史×河合薫対談 その1「不死身の特攻兵」からみる「残念な職場」、その2 個を殺す残念な日本型組織を抜け出そう、河合 薫:働かされすぎた人が「自殺」を選ぶ本当の理屈) [経済政策]

働き方改革については、7月25日に取上げた。今日は、(その18)(鴻上尚史×河合薫対談 その1「不死身の特攻兵」からみる「残念な職場」、その2 個を殺す残念な日本型組織を抜け出そう、河合 薫:働かされすぎた人が「自殺」を選ぶ本当の理屈)と、3つとも河合薫氏が登場する形になった。

先ずは、9月25日付け日経ビジネスオンラインが掲載した健康社会学者の河合 薫氏と、作家・演出家の鴻上尚史氏の対談その1「「不死身の特攻兵」からみる「残念な職場」」を紹介しよう。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/082900178/?P=1
・『『残念な職場』を書いた河合薫さんがベストセラー『不死身の特攻兵』の著者、鴻上尚史さんと対談。9回出撃して9回生還した特攻兵、佐々木友次氏の生き方、現代の職場に通じる課題などを語った。 鴻上:河合さんの『残念な職場』は興味深い点が多数ありました。なかでも印象に残ったのは、女性が「職場でポジティブな気分を感じている」のに対して、男性は「家庭でポジティブな気分を感じている」という部分です。一方、ストレスを感じると上昇する「コルチゾール値」は男性、女性ともに家庭よりも職場のほうが低い。つまり職場のほうがストレスは小さいのですね。すると、男性は家庭でポジティブな気持ちであると同時にストレスを抱えていることになります。 河合:ストレスのような生体反応が、気分と矛盾するのは実はよくあることです。「たいへんだけど仕事にやる気がみなぎってくる」ように、ストレスがかかっていても、気分のうえでは満足感が高いことがあります。ストレスがあることと満足感を持つことは必ずしも一致しないのです。女性の場合、職場のほうがストレスは小さく、気分もポジティブな状態にあります。男女でなぜこうした違いがあるのかといえば、男性は職場でたいへんなことがあっても、家庭ではくつろぐことができる面があります。女性は職場を出て家庭に戻ってからも、今度は家庭での仕事がある、などの理由が挙げられます。 鴻上:男性、女性ともに家庭のほうがストレスが大きいとは、なかなか複雑ですね。 河合:職場では「頑張った」「君のことを必要としている」と言ってもらえることがあるのに対し、家庭ではあまりほめてくれないことがストレスにつながっていると思います。家庭に比べてストレスの小さい職場ですが、そこには階層社会があります。そして、階級社会の特徴はその場の状況に染まると、外から見たときに「それはおかしいだろう」ということが見えなくなることです。『残念な職場』を通じて伝えたかったのは、おかしいはずのことが「当たり前」になる理不尽さです』、河合氏の指摘はいつもながらうなずける。
・『(河合:)鴻上さんの『不死身の特攻兵』を読んでまず感じたのは、「ここにも残念な職場があった」ということです。この本で鴻上さんが書いたように、戦前の日本軍において佐々木友次さんは優秀なパイロットであるにもかかわらず、特攻隊に任命されました。軍はせっかく佐々木さんを育てたにもかかわらず体当たりをしたら、もう飛べなくなります。これはあまりにもおかしなことです。次に感じたのは、鴻上さんによるインタビューに対して佐々木さんの感情がすごく「割れている」ところです。特攻隊として「絶対に突っ込もう」と思っていたとする一方、「なにがあっても生き延びてやる」でもあったという。組織の人間としての感情と一人のパイロットとしての感情の両方があり、もっと知りたいと思いました。 鴻上:まず『残念な職場』について、組織がブラックになればなるほど、所属する人は本音が言えなくなる、ということではないでしょうか。当時の状況に対して、佐々木さんにはやはり「残念だ」という気持ちがあったと思います。では、そんななかで佐々木さんはなぜ、9回特攻に出て9回帰って来られたのか。なせ生き延びたのか。それが知りたくて、僕は何回も佐々木さんとお会いしました』、「9回特攻に出て9回帰って来られた」、そんなケースがあったとは驚かされた。
・『飛行機で飛ぶことが好きで本当にワクワクしていた  (鴻上:)そもそも佐々木さんは「人間はそんなに簡単に死ぬものではない」と思うところがありました。佐々木さんの父親は日露戦争を生き残り、勲章をもらっていましたし、佐々木さんが所属していた部隊長は「死ぬな」と言っていました。ただし、もっとポジティブでプリミティブな理由があったと思います。それは佐々木さんが空を飛行機で飛ぶことが好きで本当にワクワクしていた、ということです。乗っていたのはあまり性能がよくない飛行機でしたが、その飛行機も佐々木さんは大好きだったのです。にもかかわらず、飛行機で体当たりをすれば当然壊れるし、もう飛べなくなります。それが嫌だというのが一番の理由だったのではないかと思います。それでも組織が大きくなるほど、階層が厳密になるほど、「好きだ」という原初的な言葉は通じなくなります。だから、佐々木さんはそうした言い方をしなかったのではないか、という気がします』、なるほど。
・『河合:特攻隊は「死ぬのが当たり前」とされていたと聞きますが、佐々木さんは特攻隊についてどうとらえていたのでしょうか。 鴻上:やはり「死ぬ覚悟はあった」とおっしゃっていました。飛行機乗りになった以上、どこかで死ぬことはわかっていましたが、いざ死ぬときには「効率的な死に方をしたい」「意味のある死を迎えたい」と考えていたのだと思います。特攻隊は初期のうちベテランのパイロットが選ばれていました。ベテランにはスキルがあり体当たりができると考えたのでしょう。しかし、それならば「自分を一回の特攻で殺す」よりも、「撃ち落とされるまでは出撃を繰り返す」ほうがさらに効率はいいはずです。佐々木さんにとっては「自分たちも戦いがいがある」ということだと思います。一方、上官がベテランパイロットを選んだのは「奇跡を起こすためにはこんな優秀な人たちが自らの命をささげて戦っている」と国民と軍隊内部に示す面もありました。 河合:それはあまりにもおかしい状況です。 鴻上:上官たちは日本人が好きな精神性で、必死で忠を尽くしていれば頑張ればなんとかなるというわけです。そして、戦後70年以上たってもそんな構造は変わってないと思います。店長が身を粉にして働き、体を壊すか精神を病むかの直前で表彰の対象になる。月100時間、200時間の残業が称えられ、愚かなことだと気づかない状況と似ています』、そうした精神性の強調は、確かに現在でも続いているようだ。
・『河合:精神主義は日本人に特有だと思われますか。 鴻上:「上が責任取らない」「現場のせいにする」は日本人だけではありません。また、戦争中のことを調べてみると、例えば、米国のリーダーでもとんでもない決定をした人がいます。日本と米国の違いは「その後」です。米国ではとんでもない決定をしたリーダーはクビになったり、地位をはく奪されたりします。これに対して日本の場合、とんでもないリーダーでも身内だからとかばう面があります』、米国の例も引き合いに出して、単純な日本特殊論に陥らないところが、鴻上氏のすごいところだ。
・『情でみるとき、100%いい悪いにならない  『不死身の特攻兵』に書きましたが、敵前逃亡でフィリピンから一人で逃げたにもかかわらず、結局責任を取らないまま軍に復帰した司令官がいます。日本人は直接ぶつからない、言わないで気を回すことを美徳とする文化があるため、「あなたは能力がないから司令官になれない」と言えなかったのです。現状維持で残そうとするため、敵前逃亡の司令官まで軍務に復帰したのです。これは最近さまざまな場面で出てきた忖度と似ています。 河合:日本の職場も同じだと思います。つぶれた会社について調べてみるとダメな会社、残念な会社の原因となった人も、なぜかかばっていることが多いのです。これが果たして日本人に特有なのかどうかはわかりませんが、国によって「違うな」と思うことはあります。私は小学校4年生から中学1年生まで米国でも田舎のアラバマ州にいました。日本人は私の家族だけでしたが、当初は国が違っても人は本質的な部分は同じだと思っていました。しかし、遊んでいて岩から10メートルほど下の池に飛び込んだとき、あまり泳ぎが得意でない私はおぼれかけたにもかかわらず、米国人の友達はジョークを言っていました。私が死にそうだというのに「ここで言うのか」と思いました。こうした違いは戦争のような究極状態だと出やすいかもしれません』、フィリピンで敵前逃亡した司令官まで責任を取らずに軍務に復帰したケースがあったというのも初耳だが、会社でも同様のことがあり得るというのも、うなずける。
・『鴻上:戦前の軍隊は典型的なブラック企業であり、ファクトを見ていませんでした。代わりに見ていたのが「情」です。特攻もファクトでなく情を見て、情にフォーカスしていたから「命がけでやっている以上間違いなく戦果は上がっているはずだ」としていたのです。特攻の後期には、訓練時間が100時間ほど、本来ならば離着陸だけでも必死という人を特攻に出したとき、「お前たちの気持ちさえあれば」などと、情から言っていました。僕は河合さんの『残念な職場』を読みながら、「日本的」とはいったいなんだろう、と思いました。ファクトでなくて情でみることは、100%いいとか100%悪いということはありません。だからその分、やっかいです。僕は「cool japan」というテレビ番組を13年ほどやっていますが、外国の人が言うのは、日本人の思いやりは例えば東日本大震災のとき、スーパーやコンビニが襲われなかったうえ、帰宅途中にある商店が夜も店を開けて暖かいコーヒーを配るといったことに表れているというわけです。そのすごさは情がポジティブに表れ、うまく機能したのだと思います。しかし、情はマイナスに働くと「気持ちさえあればどんなに腕が悪くても特攻の成果が上がる」といった方向に向かうのです』、鴻上氏が情のマイナス面も的確に捉えているとはさすがだ。
・『河合:佐々木さんについて、私はSOCがとても高いと感じました。SOCとは究極の悲観論の上のポジティブな感情を指します。首尾一貫感覚が直訳ですが、私たちが使うときは「生きる力」「対処力」としています。特攻隊では自分が突っ込んでいく指令が出ましたが、佐々木さんにとって一番大切にしなければならないのが飛行機だったからこそ、飛行機で自分のスキルを最大限使い、最後は飛行機で乗って帰ってきたわけです。これは究極の悲観論の上のポジティブな感情というSOCにあてはまります』、「究極の悲観論の上のポジティブな感情」とは言い得て妙だ。
・『「最後には傘を差しだしてくれる人がいる」感覚  鴻上:興味深い指摘だと思います。SOCを磨くにはどうすればいいのでしょうか。 河合:人生経験で育まれますが、特に影響を与えるのは子供のときの親子関係です。分かりやすく言えば、親子間におけるSOCとは、「裏切られることも理不尽なこともあるだろう。でも最後には傘を差しだしてくれる人がいる」という感覚です。 鴻上:その感覚は演出家としてよくわかります。僕は稽古場を失敗しても大丈夫な場にしておかなければいけないと思っています。その理由は自分の一番ナイーブなところを差し出していくからです。例えば、恋人同士になっていちゃつく場面では、本当にいちゃついてなければお客さんは見抜くわけです。一方、本当にいちゃつくのは自分の恥ずかしい部分を人前でさらすことでもあります。だからこそ稽古場はそれができる場でなければならないし、その分失敗しても平気な場所にしなければいけないのです。誰かが一人でも稽古が終わった後、「お前、普段あんなふうにいちゃついているんだろ」とからかったら、次から二度と人前で見せられなくなります。だから、そうしたことを言う者がいたら、僕はすぐ「もう稽古にこなくていい、帰れ」と言います。その感覚はSOCと同じだと思います。その意味で、僕の言葉で言うと「親にきちんと愛されなかった」俳優をリラックスさせるのはすごくしんどいですね。世界が最終的に微笑んでくれるという確信を持たない人は最後の最後でやはり心を閉じますから』、鴻上氏の稽古場に対する考え方は芯が通っている。
・『河合:「最後に微笑んでくれる」はまさにSOCです。人生思い通りにいかないけれども終わるときに「まあいい人生だった」と思える感覚です。稽古場で失敗を言えるようにするために鴻上さんは何をしているのですか。 鴻上:僕だけがしゃべり周りが黙る稽古場は絶対うまくいきません。だからまず、全員が同じように発言する環境を作ります。それができたらほぼ芝居の半分以上成功という感じです。厄介なのは「ダメな中年のおじさん」です。これは河合さんの言う「ジジイ」に関係しますが、「お前らそんなこと言うんじゃない」と言い出すわけです。そうした「教育」をする人は本当に困ります。 河合:若者は聞きたいことがあっても、「聞いたらだめなやつだと思われる」から聞かないし、言いたいことがあっても言わない傾向があります。学生に「どうするつもりなのか」と尋ねると、「キャラを演じているのがつらいのです」と言いながらも、実際には集団から落ちていくことのほうが怖いのです。これではジジイの文化が広がるばかりです。 鴻上:僕は学校教育の原因だと思っていますが、若者には「許されることしかやらない」発想が目立ちます。第三舞台を解散したあと「虚構の劇団」という劇団を若者と10年ほどやっていますが、第三舞台のときと違い「そんなことしていいんですか」という言葉をよく聞くのです。 河合:「そんなことしていいんですか」は、私もこれまでたびたび学生から聞かされてきました。 鴻上:若手が小さな発表会を開くというので、僕は「初めてだから音響も照明も自分たちでやってみよう」と言ったことがあります。ただし、劇場には音響と照明のブースがあり、窓がついていました。舞台からの声が聞こえないため、担当者はできるだけ広く窓を開けたかったのですが、うまくいかず困っていました。そこで僕は「窓自体をはずしてしまええばいい」と言って、実際に窓をはずしました。若手は驚いた顔で「そんなことしていいんですか」というわけです。僕は若手に言いました。「この劇場は自分たちが借りた以上、自分がルールを作ればいい」』、鴻上氏の発想の柔軟さには恐れ入る。
・『若者は戦うための牙を完全に抜かれている  ムダで無意味な校則で育ってきた人は、枠組み自体を疑う発想がないのです。「すごくやばい」と思います。そして、企業はこうした教育を受けて育った人を社員として受け入れるわけです。いつの時代もジジイを倒したのは若者ですが、これでは若者は戦うための牙を完全に抜かれている気がします。僕は上が学生運動の世代で、そうした人から例えば早稲田大学では「学生運動のとき、大隈講堂の中でたき火をして焼き芋を焼いた」といった話を聞いてきました。教授が学内に機動隊を入れるかどうか議論した末に「入れるしかない」と機動隊を入れると、大隈講堂では皆が焼き芋を食べて帰ったあとだった、と。そうしたことを知っているので、枠組み全体を疑うのは当たり前だと思っています。伝説を聞いた世代だから「校則が間違っている」「辞書が間違っている」と普通に言えますが、下の世代は「学校の名誉のため」といったわけのわからない言葉でさまざまなことを押し付けられています。そんな牙を抜かれた若者がジジイ文化に取り込まれたり負けたりするのはある意味、しょうがないとも思います。 河合:私はジジイたちが一掃され新しい世代になればそんな状況も変わるのではないか、とあるときまで思っていました。しかし、最近になって、「そうではない。むしろ逆だ」と考えるようになります。若者はジジイに何か言われると疑問を持つことなく、流されていくだけになっています。ジジイの壁はどんどん厚くなっています。 私はストレスを雨に例えて話します。人生の雨であるストレスは生きてればずっとついてきます。でもそのとき、傘があれば濡れずに済みます。SOCとはストレスを乗り越える力でもあります。傘は自分の心の中にあれば、周りにもいろいろ傘があります。自分がどうしようもなくなったとき、傘を貸してくださいと言えるかどうかだと思います』、「牙を抜かれた若者がジジイ文化に取り込まれたり負けたりする」というのは情けない話だ。傘の話も面白いが、「傘を貸してください」と言えない若者が増えているのではなかろうか。

次に、上記の続きを、9月28日付け「個を殺す残念な日本型組織を抜け出そう 鴻上尚史×河合薫対談 その2」を紹介しよう。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/082900179/?P=1
・『鴻上:軍隊のなかで、パイロットはほかの職種と違う部分があります。完全な技術職のため、空に飛んだら抑圧的な「上下」の関係が通じないのです。上官から無茶な命令を出されても、パイロットは空の上では個人でいられるのです。自分の思いに対して忠実にできるのです。飛行機を降りたら怒られますが、技術のない上官も「ガミガミ言いすぎたら、敵機と遭遇したときに守ってくれないのではないか」と思ったでしょう。戦争が続いていたら佐々木さんは何度でも帰ってきたと思う反面、撃ち落とされたかもしれないとも思います。おそろしいのは司令官側が佐々木さんをこっそり殺していた可能性もあったことです。上官が佐々木さんの暗殺指令を出していたのは事実のようです。上官からすると、天皇に戦死を報告したのに帰ってくるのは責任問題ですから最終的に死んでもらわなければならない。ブラック企業の究極です』、パイロット職種の特殊性はなるほどである。「上官が佐々木さんの暗殺指令を出していた」とは驚いたが、それを生き延びた佐々木さんもすごい。
・『河合:佐々木さんはそのことは知っていたのでしょうか。 鴻上:知らなかったようです。捕虜として収容所に入ったときに知り、驚いていました。 佐々木さんに対し、「逃亡した司令官をどう思いますか」と何度も聞きました。しかし、立場が「雲の上」の人を佐々木さんがジャッジすることはありません。これは大企業の新入社員が社長をジャッジしないのと同じです。ジャッジできなかったのだと思います。 河合:そもそも鴻上さんはなぜ、佐々木さんが生きて帰ってきた理由を知りたいと思ったのですか。 鴻上:21歳の若者が40代、50代の上官の命令になぜ背けたのか。その理由を知りたかったのです。 河合:軍隊に「ノー」という答えは用意されていないと考えていたからですか。 鴻上:その通りです。この本の「命を消費する日本型組織に立ち向かうには」という帯の言葉は担当編集者がつけてくれたのですが、戦前の軍隊のような日本型の組織はずっと生き延びています。その究極が特攻隊というメカニズムだと思っていたため、あれほど佐々木さんに会いたかったのだと思います。 河合:「命を消費する」とは、日本型組織は人をコストとしてしか見ていないということです。そんなコスト意識に佐々木さんは勝ったのですね。 鴻上:上官たちがいたにもかかわらず、21歳の若者がコストにならないで戦ったすごさです。 河合:佐々木さんにとって、心のよりどころはどこにあったのでしょうか。 鴻上:よくわからないのです。「ご先祖だ」と言うので、「ご先祖にお祈りしているのですか」と尋ねると、「そんなにしていない」と言うし、「お守りを持っているのですか」と聞いても「持っているけれど、肌身離さず持っているわけではない」と言うのです。結局、空を飛ぶことが大好きだったんだと、僕は考えました』、「命を消費する日本型組織」というのは、確かに現在でも通じる困った特徴だ。
・『・・・(鴻上)河合さんが挙げられたSOCは面白い概念ですが、日本語として理解しにくいですね。 河合:わかりやすい言葉にできればもっと広められるので、それは私にとってテーマになっています。「つじつまを合わせる感覚」という表現があるのですが、それだと伝わらない面があり、SOCのままにしています。 鴻上:河合さんがジジイ文化を意識するのは、帰国子女として外側から日本を見た経験が関係していると思います。群れるのが苦手という精神文化があるのではないでしょうか。 河合:自分ではストレートに言っているつもりはないのですが、「直球だ」とよく言われます。 鴻上:階級社会の軍隊において、佐々木さんがそれを抜け出せたのは、空の上では全ての責任を自分でコントロールするパイロットだったからだと思います。とにかく時間があったら訓練していた、とおっしゃっていました。戦争も後半に入ると「ガソリンがもったいないからやめろ」と言われたそうですが、それまでは訓練は「いいこと」であり、佐々木さんはうれしくて飛んでいました。スキルアップになるわけだから周囲からも「とてもいい」と言われた。パイロットは裁量権があります』、確かに、パイロットには裁量権があるとはいえ、上官の命令を無視した特攻隊員は佐々木さんだけだったのは、何故なのだろう。
・『「全員が志願だった」の違和感  河合:佐々木さん以外に、何回か生きて帰った人はいるのでしょうか。 鴻上:機材が不調で何回か帰ってきて最終的に生き残った人はいますが、佐々木さんほどはっきり「死なない」ことを意識して、生き延びた人はいなかったようです。佐々木さんの場合、9回帰ったうち途中からは「爆弾を落として帰ってきます。体当たりしません」と言い放っています。そして、だからこそ戦後、佐々木さんはずっと沈黙しました。突入して亡くなった人がいる以上、「言ってはいけない」と考えたのだと思います。 河合:特攻として出撃した人は当時、それをよきことだと信じていたのでしょうか。それともどこかに良心の呵責を抱えながらだったのでしょうか。 鴻上:一人ひとりに聞くしかないですが、命令した側が「全員が志願だった」と言い続けているのは、後ろめたさの表れではないかという気がします。「自分を次の特攻に出させてほしい」と宴会の席で詰め寄られたとか、廊下を歩いてると「自分を次に出撃させてください」と言われたとか、寝ようとするとドアの前に志願者が列をなしている、などの記述が命令した人が書いた本にはあります。しかし、僕からすると「そんなことはないだろう」というほど描写が異常です。命令された側の手記を読むと「絶対に志願ではない。命令だった」とあります。「志願するものは手を挙げろ」と言われても誰も手を挙げなかったのに「行くのか行かんのかはっきりしろ!」と怒鳴られ、全員が反射的に手を挙げたこともあったと聞きます。それだけに「全員が志願でにっこり微笑んだ」と言った記述が命令した人の本にあるのは、どこかやましいことがあったのではないか、と思います。していることに自信があるなら、むしろ「強制になった人もいた」と書くはずなのです。これは社長の命令によって社員が疲弊しているのに、「全員が志願して働いている」というのと同じことです』、その通りだろう。
・『河合:佐々木さんの乗った特攻の飛行機は自分で爆弾を落とせるようにしていたとあります。これは整備にあたる人の「生きて帰ってほしい」という思いだったのでしょうか。 鴻上:上層部がどんなにダメでも現場はわかってくれます。それはある種の希望です。絶望的な状況下にあっても、現場は特攻という攻撃の愚かさを知っていた。援護する飛行機もなく一機で出発させることの不合理さを現場はよくわかっていました。 河合:パイロットのなかには、佐々木さんが生きて帰ってくるのが希望になったこともあったそうですね』、「上層部がどんなにダメでも現場はわかってくれます」というのは、佐々木さんが生き延びた背景の1つだろう。
・『日本社会の枠組みに苦しんでいる人が読んでいる  鴻上:最初は「なぜあなたは帰ってきたのか」と周囲の人がとがめたりもしましたが、佐々木さんは「何回も出撃して爆弾を落とすほうが正しい」と当たり前のことを言うわけです。これを耳にしたあるパイロットは「自分も生き延びようと決めた」という手記を残しています。 もちろん戦争だから、結果的に撃ち落とされ死ぬことはあります。それでも1%でも可能性のある戦い方を選ぼう、という佐々木さんの言葉を信じた人もいます。 河合:その意味では「心の上司」になっていたのではないでしょうか。仕事とは人が生きる上ですごく大切なことであり、本当は楽しいことでもあるはずなのに、なぜこれほどしんどいことになるのか、とよく思います。佐々木さんはパイロットの仕事を極限とも言える場面でも楽しいと感じています。そのことはとても印象に残りました。 鴻上:『不死身の特攻兵』は当初、歴史物が好きな人が読み、やがてビジネスマンが読んでくれ、ツイッターで「理不尽な命令はうちの会社とまったく同じ構造だ」といった声が広がりました。そのうち今度は女性が手に取り始めてくれるようになりました。そこでは「PTAと似ている」「ママ友の会話が同じ」となっていました。日本社会の枠組みに苦しんでいる人や、「うっとうしいな」と思っている人が読んでいると思います。息苦しいし、このままではだめだと思っているから、読まれている面があります。帰国子女である河合さんはそうしたことに敏感ではないでしょうか。一方でこうした共同体に没入することで安心を得ようとする人もいます。実に厄介です。 河合:鴻上さんはそうした社会になじんでいるのですか、それとも生きづらさを感じているのですか。 鴻上:僕は帰国子女ではないですが、両親とも教師でした。特に父は厳格でしたが、いつも理想を語っていました。理想を語るのは、社会を語ることだと思います。例えば、近所づきあいについても、「あいまいにするのもおかしい」と言っていました。幼いころに社会の枠組みをそんなふうに刷り込まれたのですが、残念ながら日本は「世間」で生きる人が多く、何かあったときに「そこは飲み込もう」となりがちです。世間は中途半端に壊れていますが、これから先も壊れ続けるかどうかわからない。不安になったら皆世間にしがみつくためで、東日本大震災の後は絆といった形で世間の揺り戻しがきています。世間原理主義と僕は呼んでいますが、これは個を殺す状態でもあります。震災の後、一週間で道路が直されるなど、個を殺して協力することがプラスになることもあればマイナスになることもあります。なぜ日本人は個を殺しやすいのかを追求していくのが僕の仕事かなと思っています』、「不安になったら皆世間にしがみつくためで、東日本大震災の後は絆といった形で世間の揺り戻しがきています」というのはその通りだ。「世間原理主義」とはピッタリの表現だ。
・『ずっと戦い続けるしかない  河合:個を殺すのは、海外での生活を経て日本に帰ってから私が一番息苦しかったことです。日本人は米国を競争社会だと思っていますが、実際には米国は「自分がマックスになる社会」であり、それが結果的に競争社会になっています。それが日本では、目立ってはいけない、黙っておくのが一番だとなります。 鴻上:ずっと戦い続けるしかないと思います。その意味で河合さんの『残念な職場』は苦しんでいる職場の若手にとって希望の本になると思います。そして、それは僕の演劇の演出の心構えとすごく似ています』、両氏の今後の戦いを注目したい。

第三に、上記の河合 薫氏が10月19日付け東洋経済オンラインに寄稿した「働かされすぎた人が「自殺」を選ぶ本当の理屈 長時間労働がトリガーとなり段階的に進む」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/243003
・『「またか……」という思いでニュースを聞いた人も多かったことでしょう。 9月下旬に複数の大手新聞が報じた、三菱電機の社員2人の過労自殺。2014年から2017年にかけて、自殺した2人を含む技術職・研究職の社員5人が、長時間労働が原因で精神障害や脳疾患を発症して労災認定されたといいます。 大手広告代理店の電通に勤務していた高橋まつりさんが自殺したのが、2015年12月25日のことでしたが、その2カ月後にも、別の過労自殺が起きていたのです。 なぜ、日本からは過労自殺がなくならないのでしょうか?』、自殺にまで追い込むとは、改めて日本企業の裏面の闇の深さを思い知らされた。
・『遺書には、必ず謝罪の言葉が残されている  拙著『残念な職場』でも触れていますが、「過労死」と「過労自殺」は同義ではありません。過労死等防止対策推進法で、“等”という文字が入っているのもこのためです。 過労死は長時間労働と直結していますが、過労自殺はその他のストレス要因の影響が大きく、長時間労働はあくまでも引き金です。 1.業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡 2.業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死 (※脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害も、死に至らなくとも「過労死等」に含まれる)(過労死等防止対策推進法より) 過労死という言葉を最初に使ったのは医師の上畑鉄之丞氏(2017年没)ですが、「過労自殺」という言葉は過労死問題に長年取り組んできた川人博弁護士による発案で、1998年の著書『過労自殺』の中で初めて使われました。 1995年、川人弁護士の古くからの友人が突然失踪。3カ月後に自殺体となって発見されました。その後の調べで、友人の職場では同時期に3名もの男性社員が自殺していたことがわかり、これをきっかけに川人弁護士は「過労自殺」が疑われる事案に本格的に取り組むようになったそうです』、「友人の職場では同時期に3名もの男性社員が自殺していた」というのには本当に驚かされた。
・『過労自殺をいろいろと調べていくと、「長時間労働、休日労働、深夜労働」などの過重労働による肉体的負荷に加え、納期の切迫やトラブルの発生などからくる精神的なストレスがかかっていたことが判明。 そこで川人弁護士は、「仕事による過労・ストレスが原因となって自殺に至ること」を過労自殺と定義し、過労自殺の多くは、うつ病などの精神障害に陥った末の自殺であるとしたのです。また、過労自殺した人が残す遺書には、必ずといっていいほど謝罪の言葉が残されていると、川人弁護士は指摘します。「もう何もやる気の出ない状況です。会社の人々には大変な心配、迷惑をかけている」「すいません。何も感じない人だったら、このようなことはしなかったと思います」「なさけないけどもうダメだ。ごめんなさい」etc……。 彼らを苦しめているのは“職場”なのに。なんと悲しい言葉なのでしょう。 1996年3月には、高橋まつりさんと同じ電通の男性社員(24歳)が自殺しました。それが仕事の過労によるものと認められたことをきっかけに、“過労死110番”に自殺相談が相次いだため、97年10月18日に“過労自殺110番”を設置したところ、1日だけで146件も相談が殺到します。 それまでのストレス研究が、 +職場の心理社会的要因や長時間労働とストレス症状の関係(心臓疾患、脳疾患、精神障害) +精神障害と自殺との関係 と分けていたのを、川人弁護士は「過労」という言葉で職場と自殺を結び付けました』、川人弁護士の功績は非常に大きいようだ。
・『長時間労働が直接「過労自殺」を生み出すわけではない  長時間労働は過労自殺の引き金になります。ただ、それ以外の要因、精神を病むようなストレスの影響が大きいので「長時間労働だけ」を規制しても過労自殺の撲滅にはつながりません。過労自殺する人の多くはうつ傾向やうつ病などの精神障害を発症しているとされていますが、長時間労働と精神障害との直接的な関係は「ない」とする研究結果も、少なくありません(量的調査による統計的な分析)。ただし、“overwork ”、すなわち「自分の能力的、精神的許容量を超えた業務がある」という自覚と精神障害との関係性は多数報告されています・・・そして、overwork には、実際の「長時間労働」が影響を与えることがわかっています。 つまり、「長時間労働」⇒「overwork」⇒「精神障害」⇒「過労自殺」という具合に、長時間労働は「過労自殺」のトリガーになる絶対的に悪しき要因なのです』、説得力がある説明だ。
・『「overwork」に苦しむ  「1日20時間とか会社にいると、もはや何のために生きてるのか分からなくなって笑けてくるな」(高橋まつりさんのツイート)「今から帰宅だが、どう見積もっても時間が足りないぞ?苦手なことがあると効率が悪くなりすぎるな…」(同上) 「体が痛いです。体がつらいです。気持ちが沈みます。早く動けません。どうか助けて下さい。誰か助けて下さい」(大手飲食店勤務の26歳の女性社員)「家帰っても全力で仕事せないかんの辛い……でもそうせな終わらへんよな?」(英会話学校の22歳の女性講師) 彼女たちのつぶやきを振り返れば、いかに彼女たちが“overwork ”に苦しんでいたのかがわかるはずです。 新国立競技場の建設工事の現場監督だった男性社員(当時23歳)が、2017年3月に失踪し、遺体で発見された事件がありました。男性のひと月の残業時間は200時間を超え、ほぼ1日拘束(例:朝7時に出勤、翌日朝8時に退勤)が3回、休日は5日だけ、という過酷なものでした。友人に「もたない、やめたい」などと話していたそうです。 また、自殺した現場には、「突然このような形をとってしまい申し訳ございません。身も心も限界な私はこのような結果しか思い浮かびませんでした」と書いたメモも見つかっています。 重い責任、過重なノルマ、達成困難な目標設定などにより精神的に追いつめられ、長時間労働で肉体的にも極限状態に追い込まれる。過去10年で10倍も増えた過労自殺(未遂者も含める)をなくすには、「長時間労働」に加え、「職場のストレス要因」の軽減も必要なのです』、過労自殺が「過去10年で10倍も増えた」というのは、過労自殺の問題化に伴い認定基準が広がった可能性もあるとはいえ、やはりすごい増加だ。責任感が強い若者が、こんなことで命を絶つような悲劇は、早く終わりにしたいものだ。
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