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就活(就職活動)(その6)(小田嶋氏:レッツ・ゲット・土下座) [社会]

就活(就職活動)については、2月18日に取上げた。今日は、(その6)(小田嶋氏:レッツ・ゲット・土下座)である。

コラムニストの小田嶋 隆氏が2月22日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「レッツ・ゲット・土下座」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00008/
・『NHK総合が放送している朝の情報番組「おはよう日本」の番組内の「おはBizキーワード解説」というコーナーの中で、先日「“叱られ方”を学べ!」という取材構成のVTRが放送された。 番組公式ツイッターが紹介している以下のリンク先で、その内容と動画を(リンク切れになるまでは)確認することができる。 視聴者へのアピールという側面から考えると、これはこれで理にかなった番組づくりなのだろうとは思う。 というのも、若い世代の「打たれ弱さ」に当惑している中高年はそれこそ星の数ほどいるわけだし、番組の主たる視聴者層は、おそらくは、そうした「若い連中のだらしなさへの対処に困惑している中高年」であるはずだからだ。 ただ、NHKみたいなメディアを通じて「未熟な人間としての正しい叩き直され方」みたいな屈辱的な扱われ方を大々的に拡散されてしまっている就活生の立場からすると、これは、たまったものではない。 私立大学の就職課が、内定の決まった学生を対象に「叱られ方」を学ぶ講座を開講しているという事実が物語っているのは、 「おまえたちの叱られ方はまるでなっていない」てな調子の叱責を求めている学生がそれなりのボリュームで存在しているという、さらにひとまわり衝撃的な事実だったりする。 なかなか重苦しい状況だ。 しかも、この講座を公共放送の情報番組が、肯定的なニュアンスで紹介している。 彼らはいったいわれわれに何を伝えようとしているのだろうか。 現実問題として、この講座に参加している「正しい叱られ方を身につけようと考えるほどまでに萎縮しきってしまっている企業内定者」の若者たちは、将来的に、イノベーションや新市場開拓を果たせるものなのだろうか』、この動きについては、初耳だが、ありそうな話ではある。
・『番組がツイッター上で話題になった直後、私は、当該番組への感想を書き込んでいた武田砂鉄氏のツイートにコメントを付加する形で、以下のようなツイートを投稿した。《独善的な教師やバカな上司による理不尽な叱責に慣れていたオレらの世代が、若い人たちの叱られ耐性の低さに面食らっているのは、たしかに一面の事実ではある。ただ、「叱られ耐性」は、洗練された奴隷根性に過ぎない。そんなものを高めたところで、パワハラオヤジをエンパワーするだけだと思う。》 若い人たちの側が「叱られ方」を学ぶべきであるのかどうかはともかくとして、私の世代を含む中高年の人間の多くが、「叱り方」ないしは、若い人たちとのコミュニケーションの取り方に思い悩んでいることは、21世紀のビジネスパーソンなら誰もが知っている事実だ』、小田嶋氏のツイートはもっともだが、ちょっと叱ったつもりなのに、いきなり出社拒否に及ぶ「叱られ耐性」の低い若者も相当数いるようだ。
・『5年ほど前だったか、高校の同級生が集まった席の中で、「若いヤツを叱ることの難しさ」が話題になったことがある。 きっかけは、その日集まったメンバーのうちの一人が、人事の人間からパワハラ案件として事情を聴かれたというエピソードだった。 当人の話では、そんなに強く叱ったわけでもなければ、怒鳴ったり脅したりした自覚もないのだが、部下が出社しなくなっていることの責任を問われる事態になるかもしれないというのだ。 「また、部活ノリの先輩ヅラで恫喝したんじゃないのか?」 「そんな無茶できるはずないだろ」「お前は知らないだろうけど、いまの30代以下の若いヤツとか、ちょっと怒鳴ると泣いちゃうんだぞ」 「ホントか?」 「だから、怒鳴るとかバカ呼ばわりするとかは論外なわけでさ。明らかなミスの指摘だって3分以内で手早く済ませないとパワハラを疑われるんだから」 「ウソだろ?」 「ウソなもんか。お前みたいにものの言い方のキツいヤツは、間違いなく部下に告発されるぞ」 「ええ? この地蔵菩薩みたいに心優しいオレがか?」 「そうだよ。オレが見るにお前は必ずやパワハラで部下を出社拒否に追い込むタイプだぞ」  「だな。典型だよ」 と、私は、その会合の中で、参加者全員によって「会社に置いておけば必ずパワハラ体質の上司になるタイプ」に認定された次第なのだが、それはまた別の話だ。とにかく、5年前の段階ですでに、私の同世代の会社員たちは、異口同音に若い社員たちの叱られ耐性の低さを訴えていた。それほど、われわれの世代から見て、若い連中は「打たれ弱」く見えるわけだ』、その通りだ。
・『私自身は、サラリーマン生活から1年足らずで逃げ出した人間でもあれば、チームで働いた実績や部下を持った経験をしたことすらほとんど持っていない生粋の独立自営貧民でもあるので、この件に関して、断定的な見解を述べる資格はないと思っている。 また、私は、当連載の中で何度かご説明した通り、就活を遊び半分でこなしたあげくに、新卒で入社した会社を1年足らずで辞めて、以来、30歳近くまで定職に就くこともなくブラブラした若者だった。 なので、現役の学生が直面している就職活動の悩みに、横から(あるいは上から)アドバイスをするつもりもない。 ただ、つい4~5行手前のところで、「就活を遊び半分でこなした」と書いたばかりでこんなことを言い出すのもなんだか気が引けるのだが、私は、いまでも時々あの就活期の悪夢を見ることがある。つまり、40年近くを経ていまだに悪夢を見るほど、私は、卒業から就職に至る2年ほどの期間、重苦しい気分の中にいたのだ』、小田嶋氏が、「40年近くを経ていまだに悪夢を見る」というのは信じ難い話だが、彼ですらそうなるということは、就活が人生のなかで大きな問題の1つなのだろう。
・『してみると、私が、遊び半分で就活に臨んだのは、とてもではないがマジメに取り組めないほどに気持ちが塞いでいたからでもあったわけで、つまるところ、私は、「社会人」という設定へのキャラクター変更に適応できていなかったのだと思う。 そんな私から見て、「叱られ方講座」は、あらためていやな気持ちになる圧迫的なワードだ。 リンク先の番組動画を観直してみて思うのは、この番組の放送原稿がほぼ100パーセント「叱る側」の立場に立って書かれているということだ。 別の言い方をすれば「叱る側が常に正しい」というドグマをアタマから信じているのでなければ、こういうテイストの特集企画は制作できないということでもある。 当たり前の話だが、叱責は、必ずしもこちらに非があるケースでだけ発生するイベントではない。 叱る側の人間が、誰かに当たり散らす目的で部下の粗探しをした結果として始まるケースもあれば、第三者に自分の権力の大きさや精勤ぶりを見せつける目的で展開される場合もある。単に序列関係を確認するだけのそれこそゲラダヒヒのマウンティングみたいな叱責も、そんなに珍しくない。 要するに、権力を握った人間の中には、権力を自己確認するための日常動作として叱責を撒き散らしているタイプが必ず一定の割合で混入しているのであって、新入社員が自覚的に対応しなければならない対象は、その種のバカな上司が繰り出すバカな叱責であるはずなのだ。 もっとも新入社員と上司という関係の中で発生する叱責に話をしぼれば、それは確かにやりとりされる叱責の8割以上は、部下の側のミスや未経験や判断力不足に起因しているのだとは思う。 私自身、生まれてこのかた様々な立場の人間から浴びせられたあらゆる種類の叱責を振り返るに、ほとんどのケースにおいて、原因は私の側が提供した失策や不見識に求められる』、ただ、新入社員が「バカな上司が繰り出すバカな叱責」に遭遇したら悲劇だ。
・『ただ、叱られる側の立場からしてみると、自分のミスで叱責されることへの対応は、実のところそんなにむずかしくない。 要するに、悪いのは自分なのだから、きちんと謝って反省を示せば良い。それだけのことだ。 私自身、かなりひどい人格攻撃を含んだ叱責を浴びた経験もあるが、そもそも相手が怒っている原因がこっちにあるのだからして、そんなに腹は立たない。 むしろ、苦しいのは、こっちに非がないのに叱られている時だ。 あるいは、ほんのささいなミスにかこつけて生き方だの目つきだの会社員としての心構えだのといった派生的な(あるいはどうでも良い)事柄について、やたらと偉そうな説教をカマされ続けているケースだ。 反発すべきなのか、適当に受け流したものなのか、反省したふりをしてとりあえずその場を切り抜けるべきなのか、それともいっそ真正面から反論して対決に踏み出すべきなのか、心は千々に乱れる。 もし「叱られ方」という項目を立てて、あえて対策を学ぶ必要があるのだとしたら、この種の「理不尽な叱責」の事例集に対してであるはずだ。 自分に非がある時の対処法は、誰でも知っている。 明確な謝罪の意を表明して、真摯な反省を態度で示す。それだけの話だ。こんなことは特に優秀な人間でなくても、ふつうに社会生活を営んできた人間であれば誰であれあらかじめ身につけている所作に過ぎない。 ところが、NHKの放送を見ると、動画で紹介されていたケースを見る限り、「上司の側が理不尽な説教をカマしてきた場合」の対処法は、扱われていない。こっちの方が本命でなければならないのに、番組では、新入社員がミスをしたケースしか紹介されていない。こんなものはなんの参考にもならないと思う』、「理不尽な叱責」がNHKの放送にはなかったというのは、NHKの制作能力もお粗末になったものだ。
・『就活は、対等なコミュニケーションではない。 「選ばれる者」と「選ぶ者」「職を求める者」と「職を与える者」というあからさまな上下関係を背景とした、極めて特殊なステージだ。 だからこそ、このステージにキャストとして登場する人間は、ある種のコメディを演じざるを得ない。 採用側は、「権力」という役柄をこなすことになるし、被採用側は、「萎縮」という役柄にハメこまれている。 その意味で、就活は、一時的にであれ人間を歪める。 こんなものを普遍化してはいけない。 通過儀礼としてなら、ギリギリそれなりの意味を持っているかもしれないが、就活の常識をビジネスの常識にすることだけは勘弁してほしいと思う』、就活に「権力」と「萎縮」という役柄があるとは、面白く参考になる見方だ。
・『NHKには強くこのことを訴えたい。 たとえば、最近ネット上で話題になったこんな記事がある。 記事によれば、インターシップや就職相談にかこつけたセクハラの事例が後を絶たないという。 ありそうな話だ。 そう考えていたら、就活生にわいせつな行為をした疑いで、大林組社員が逮捕された事件が報じられた。 もう何十年も前から、うちの国では、萎縮した状態の人間を選別する儀式がすなわち就活というイベントの基本設定になっている。 ということはつまり、就活生に求められる最も基本的なマインドセッティングは「萎縮」ということになる。 その「萎縮」につけこんで、セクハラが発動され、あるいは「叱られ方講座」が開講されている。 最も意地の悪い角度から見ればの話だが、私の目にはそんなふうに見える。 21世紀の若い人たちが、叱られることに慣れていないことは、これは、おそらく誰もが認める事実だと思う』、「21世紀の若い人たちが、叱られることに慣れていない」ようにしてしまったのは、本稿では触れられてないが、親たちが、子供に叱ることを余りしなかったという親の責任でもあるようだ。
・『ただ、その「叱られ慣れていない」ことを、一概に欠点と見るべきなのかどうかはまた別の話で、別の見方をすれば、叱られ慣れていないからこそ、さりげない指摘を真摯に受け止めてくれるという美点もあるはずなのだ。 私の世代の人間は、戦中派や団塊の世代を含むどうにも強圧的で頑迷な世代の人間たちから、極めて無礼で一方的な叱責を日常的に浴びてきた来歴を持っている。 私は、その中でも最も強烈に叱責を浴びたてきた個体だった。 理由は、私が失策を犯しがちな子供であったからでもあれば、常に小面憎い態度を貫く若者でもあれば、多少強い言葉で叱りつけたところでケロリとしている学生でもあったからだ。 つまり、「叱りやすい人間は叱られやすくなる」という実に簡単な話だ。 してみると、叱られ慣れることは、無用な叱責を誘発する意味で、くだらない能力だということになる。 理不尽な叱り手は、無差別に叱っているようでいて、その実、叱る相手をきちんと選別している。 彼らは、怒鳴ったり殴ったりしても大丈夫な部下を選んでいる。 私は様々な組織の中で、一貫して、そういう「怒鳴っても大丈夫な下っ端」な役割をこなしていた。 怒鳴って大丈夫というのは、「打たれ強い」ということでもあれば「生意気」ということでもある。 ついでに申せばだが、打たれ強さは、精神の強靭とはあまり関係がない。 単に、慣れに過ぎない。 最後に、ずっと昔に書きかけて完成しなかった歌詞を紹介して、稿をおさめることにする。 タイトルは、 「レッツ・ゲット・土下座・アンド・フィール・オール・ライト」で、歌詞の内容は 「さっさと謝ってすっきりしようぜ」という感じのお話だった。 思いつきだけで書き始めた歌は、多くの場合、完成しない。 でもまあ、完成する必要もないのだ。 就活も同様だ。 うまくいかなかったらやめれば良い。 やめた先にも人生はある』、「叱りやすい人間は叱られやすくなる」から、「叱られ慣れることは、無用な叱責を誘発する意味で、くだらない能力だ」をひねり出すとは、さすがだ。感服した。
タグ:就活 日経ビジネスオンライン ツイート 小田嶋 隆 (就職活動) (その6)(小田嶋氏:レッツ・ゲット・土下座) 「レッツ・ゲット・土下座」 「“叱られ方”を学べ!」 若い世代の「打たれ弱さ」に当惑している中高年 私立大学の就職課が、内定の決まった学生を対象に「叱られ方」を学ぶ講座を開講 独善的な教師やバカな上司による理不尽な叱責に慣れていたオレらの世代が、若い人たちの叱られ耐性の低さに面食らっているのは、たしかに一面の事実ではある。ただ、「叱られ耐性」は、洗練された奴隷根性に過ぎない。そんなものを高めたところで、パワハラオヤジをエンパワーするだけだと思う 「叱られ耐性」は、洗練された奴隷根性に過ぎない 「叱る側」の立場に立って書かれている 権力を握った人間の中には、権力を自己確認するための日常動作として叱責を撒き散らしているタイプが必ず一定の割合で混入 新入社員が自覚的に対応しなければならない対象は、その種のバカな上司が繰り出すバカな叱責であるはず 苦しいのは、こっちに非がないのに叱られている時 「理不尽な叱責」 採用側は、「権力」という役柄をこなすことになるし、被採用側は、「萎縮」という役柄にハメこまれている 21世紀の若い人たちが、叱られることに慣れていない 「叱りやすい人間は叱られやすくなる」 してみると、叱られ慣れることは、無用な叱責を誘発する意味で、くだらない能力だということになる
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