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女性活躍(その12)(「無職の専業主婦」呼ばわりと低賃金容認社会の闇、上野千鶴子「私が東大祝辞で伝えたかったこと」 MeTooと東京医科大問題で世論は耕された、上野千鶴子「東大生も追いつめる自己責任の罠」 子どもたちはいったいなぜ壊れ始めたのか) [社会]

女性活躍については、5月4日に取上げた。今日は、(その12)(「無職の専業主婦」呼ばわりと低賃金容認社会の闇、上野千鶴子「私が東大祝辞で伝えたかったこと」 MeTooと東京医科大問題で世論は耕された、上野千鶴子「東大生も追いつめる自己責任の罠」 子どもたちはいったいなぜ壊れ始めたのか)である。

先ずは、健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏が5月14日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「「無職の専業主婦」呼ばわりと低賃金容認社会の闇」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00023/
・『先週、「年金」に関する週刊誌の記事が炎上し、記事の内容以上にその書きっぷりに批判が殺到するという騒ぎがあった。 記事のタイトルは「働く女性の声を受け『無職の専業主婦』の年金半額案も検討される」。 これだけですでに「ん?」と眉間にシワがよってしまうのだが、記事によれば「共稼ぎの妻や働く独身女性などから『保険料を負担せずに年金受給は不公平』という不満が根強く」あることから、「政府は男女共同参画基本計画で〈第3号被保険者を縮小していく〉と閣議決定し、国策として妻たちからなんとかして保険料を徴収する作戦を進めている」らしい。 また、厚労省関係者談として「第3号を廃止して妻に国民年金保険料を払ってもらう案、妻には基礎年金を半額だけ支給する案、夫の厚生年金保険料に妻の保険料を加算して徴収する案などがあがっている」といった具体案まで記されていた。 ……ふむ。いったいこの記事はナニを煽(あお)ろうとしたのだろうか』、確かにこの記事は中途半端で、私も首を傾げた。
・『「それは記事どおり『働かないと年金はもらえないぞ!』と専業主婦に警告したかったんだろ?」「っていうか“働く女性の声”を代弁したんじゃないの?」「んなわけないでしょ。専業主婦をバカにしすぎ。どんだけ重労働だと思ってるのよ」「専業主婦には10連休もないんだよ。記事書いた人やってみろっつーの」「“働く女vs専業主婦”みたいな構図で書かないでほしい」「そーだよ。年金制度の失策を専業主婦に押し付けるな」「だいたい専業主婦が保険料払ってないみたいな書き方してるけど、第2号被保険者の配偶者が第3号被保険者の分も含めて保険料を支払ってるでしょ!」 記事がネットに転載された途端、こうしたコメントが殺到した。私自身“働く女性”の1人として言わせていただくと「専業主婦ってズルイ」などと思ったこともなければ、そんな“声”を聞いたこともない。 ましてや「無職の専業主婦」って‥‥。このワード、少々乱暴すぎやしませんか。 まさかこの記事を書いた記者さんは、家にルンバと洗濯機と電子レンジさえあれば、専業主婦の仕事は完結するとでも思っているのだろうか? 以前、“島耕作”が「能力の低い男性に家庭に入ってもらえばいい(笑)」と発言し問題になったことがあったが、無職という言葉を専業主婦に結びつける思考を持っている方には、ぜひともひと月くらい家庭に入って専業主婦をやっていただきたいものである。 私は専業主婦未経験者だが、母は完全な専業主婦だったのでその「スゴさのハンパなさ」は痛いほどわかる。であるからして、今突然、専業主婦をやらなくてはならない事態に追い込まれたら……、泣く。「外でがんばって稼いでくるから許してくれ!」と悲鳴をあげるに違いない。 主婦業とは、限られた時間とリソースで予測不可能な出来事に対処する仕事である。子どもの不意の病気や事故への絶えざる不安、隣人の気分や夫の帰宅時の機嫌など、様々な脅威と常に背中合わせで、いかなる異変にも対応できるだけの高度な判断力とマネジメント能力が求められる。 つまるところ、専業主婦とは家庭の責任者として極めて多様なスキルが求められる職業であり、それは家庭外の活動と同じ、いやそれ以上に価値ある仕事だ』、「保険料を負担せずに年金受給は不公平」とのデッチ上げられた「働く女性の声」に安易に同意せず、母親を通じて専業主婦の仕事の大変さを身に染みて感じたというのは、さすがだ。
・『実際、イタリアでは主婦にはcasalinga(カサリンガ)という職業名がつけられていて、医師、警察官、ジャーナリスト、作家同様、プロフェッショナルな職業に分類されている。かつて主婦を軽視していた米国でも「stay-at-home dad(子育てに専念する父親、主夫)」がこの数年間で急増し、ケア労働の価値が見直されている。 そもそも年金問題を語るのに「無職の専業主婦」というワードなど必要ないと思うのだが……。 なるほど。どのレベルの「厚労省関係者」かは不明だが、「国策として妻たちからなんとかして保険料を徴収する作戦」を考える人たちの中には、専業主婦を「3食昼寝付きのお気楽な身分」といったシーラカンス並みの価値観が残っているということなのだろう。 と、一気に記事内容に対する批判を書き綴(つづ)ってしまったが、この記事が出た背景には「専業主婦を安い賃金で雇いたい!」という思惑があると、個人的には考えている。 何がなんでも「『第3号被保険者』の妻は約870万人(前述の記事より)」から「保険料を取りたい!」という国の執念と、人手不足解消に「専業主婦を労働市場に引き出したい」という企業の意向が合致したのではないかと』、「この記事が出た背景には「専業主婦を安い賃金で雇いたい!」という思惑がある」、との深い読みもさすがで、その通りなのだろう。
・『高度成長期に人手不足を補うために、専業主婦を安い賃金で「パート」として雇ったように、だ。 念のために断っておくが、専業主婦の方たちが働くことに反対しているのではない。育児や家事で培った経験を生かし、活躍できる支援策は進められるべきだと考えている。 だが、「無職の専業主婦」というワードと、「仕事の内容を問われることなく、低賃金・不安定な働き手として容認されてきたパート」がダブって仕方がないのである。「主婦は家族を養わなくてもいい存在(養えるだけの賃金は不要)」として扱われるような気がして、薄ら寒さを感じている。 高度成長に突入した1950年代、日本では「臨時工」を増やしてきた歴史がある。臨時工とは今でいう非正規。企業は正規雇用である「本工」より賃金の安い臨時工を増やすことで生産性を向上させた。 臨時工の低賃金と不安定さは労働法上の争点として繰り返し議論され、大きな社会問題に発展。そこで政府は1966年、「不安定な雇用状態の是正を図るため、雇用形態の改善等を促進するために必要な施策を充実すること」を基本方針に掲げ、1967年に策定された雇用対策基本計画で、「不安定な雇用者を減らす」「賃金等の処遇で差別をなくす」ことを今後10年程度の政策目標とした。 ところが、1970年代になると人手不足解消に臨時工を本工として登用する企業が相次ぎ、臨時工問題は自然消滅。その一方で、主婦を「パート」として安い賃金で雇う企業が増え「パートは補助的な存在」との認識が広まることになる。 本工と臨時工の格差問題では、「家族持ちの世帯主の男性の賃金が安いのはおかしい」という声に政府も企業もなんらかの手立てを講じる必要に迫られたが、パートは主婦だったため議論は盛り上がらなかった。「本来、女性は家庭を守る存在であり、家族を養わなくてもいい人たち」という共通認識がそうさせたのだ』、確かに、労働組合は正社員だけのものだった時代が最近まで続いていた。
・『パートとは本来、フルタイムに対する言葉でしかないのに、「パート=主婦の家計補助的な働き方」という分類が“当たり前”となり、賃金問題は置き去りにされてしまったのである。 その“当たり前”は現場でパートが量的にも質的にも基幹的な存在に変わってからも、変わらなかった。どんなに婦人団体が抗議しても、「パートは所詮主婦。男性正社員とは身分が違う」という意味不明の身分格差で反論され、次第に「パートの賃金は安くて当たり前」という錯覚が社会に浸透した。 1976年に朝日新聞社に入社し、経済部の記者としてキャリアを歩んできた“働く女性”のパイオニア・竹信三恵子さんは、いかにパートが企業にとって便利な存在だったかを、中小企業の社長さんの言葉として著書『ルポ賃金差別』(ちくま新書)で紹介している。 「女の時代って、本当にいいですね。女性が外で活躍してくれるようになり、大学院を修了した人や大卒のすばらしく優秀な女性が、パートや派遣として正社員の半分の賃金でも働いてくれるんですから」 社長さんがこう嬉(うれ)しそうに語った1980年代は、男女雇用機会均等法ができ「均等法で会社に男女差別はなくなった」というイメージが社会に膨らんでいた時代だった。しかしながら、「パートの賃金は安くて当たり前」というあからさまな差別は無分別に続いていたのである。 そして、今。時代は昭和から平成、そして令和へと変わり、「夫が勤め人・妻が専業主婦」という世帯は1990年代を通じて漸減し、2000年以降は「共働き世帯数」が「夫が勤め人・妻が専業主婦世帯」を上回り、その差は年々拡大している。 本当は家計を支えるために働きたいのに、子どもを預けられないから余儀なく専業主婦になった「消極的専業主婦」も誕生し、世帯主の女性=シングルマザーも増えた。 が、“女性”が便利な働き手であることは変わっていない。 日本がGDP(国内総生産)で米国、中国に次ぐ世界3位の経済大国にもかかわらず、シングルマザー世帯の貧困率が先進国で突出していることも、「パートの賃金は安くて当たり前」という旧態依然とした価値観が根っこにあるからではないか。 働いても働いてもいっこうに生活が楽にならず、子どもと向き合う時間もないシングルマザーたちは、「パートは所詮主婦。男性正社員とは身分が違う」という“当たり前”のもと、「主婦の家計補助的な働き方」に分類された人たちである。 日本の母子家庭の母親の就業率は、84.5%と先進国の中でもっとも高いにもかかわらず、就業しているひとり親世帯の相対的貧困率が、日本では54.6%とOECD加盟国平均の21.3%を大幅に上回っているのは、いったいなぜ?(『Educational Opportunity for All』、OECD)』、「就業しているひとり親世帯の相対的貧困率」が日本で異常に高いのは驚かされた。
・『くしくも、2018年の女性の就業率が全年齢ベースで51.3%となり、50年ぶりに5割を超えたことがわかった。 具体的には、+女性の就業者は前年に比べ87万人増え、男性の45万人に比べ2倍近く増加 +25~34歳が77.6%で、前年より1.9ポイント増加 +35~44歳は75.8%で、前年より2.5ポイント増加 とこれまで子育てで仕事を離れがちだったミドル層も軒並み上昇した。『出所:「平成30年労働力調査」(総務省統計局)』 ところが雇用形態別には、男性の場合、正規雇用が29万人増え、非正規は22万人増だったのに対し、女性では正規雇用が24万人増え、非正規は62万人増。圧倒的に非正規が多く、男性の非正規雇用の実に3倍近くだったのである。 現在働いている人の3人に1人が非正規雇用だが、女性に限ると2人に1人。 正規雇用の場合、男性の平均年収は547万円なのに対し、女性は376万円。非正規では、男性229万円に対し女性はわずか150万円。 男性を100とした場合の女性の賃金は73.4で、これも先進国では最低レベルだ(2017年賃金構造基本統計調査)。 繰り返すが、女性が働くことも、「働きたい」とひそかに思っている専業主婦が「やっぱり働こう!」と背中を押されるような政策は大歓迎である。 だが、「無職の専業主婦」というワードが、国の年金制度を語る記事の中で堂々と使われるのは、正社員の既得権益を守るための単なる“コマ”として使われているようで釈然としないのだ。 以前、参加させていただいた労働問題を意見する場で、パートの賃金の低さを指摘され、「賃金の違いは差別ではない。能力の違いなんだよ」と答えた男性がいた。 身分格差の次は、能力格差‥‥か。能力ってナニ? だれかぜひとも教えてほしい』、「能力の違いなんだよと答えた男性」は、きっとどこかの経営者なのだろうが、こんなお粗末な人物を委員に選んだ官庁もお粗末だ。

次に、5月30日付け東洋経済オンラインが掲載したジャーナリストの治部 れんげ氏と上野千鶴子氏の対談「上野千鶴子「私が東大祝辞で伝えたかったこと」 MeTooと東京医科大問題で世論は耕された」を紹介しよう(Qは治部氏の質問)。
https://toyokeizai.net/articles/-/283309
・『4月、東京大学の入学式で同大学名誉教授の上野千鶴子さんの祝辞が大きな話題となった。東京医科大の入試における女子差別問題、#MeToo運動に代表される性暴力の問題。そして何より、大学入学で喜ぶ新入生に「あなただけの努力でここまできたわけではない」ことを示しつつ、東大内のジェンダーギャップを明らかにした。 祝辞は即日、東大のウェブサイトに掲載され、多くのメディアが紹介した。しかし周囲の騒ぎをよそに、本人は「ずっと前から言っている、当たり前のことをエビデンスに基づいて言っただけです」と落ち着いている。日本を代表するフェミニストが祝辞で性差別を告発するに至った経緯とは。そして「当たり前のこと」とは一体何なのか。上野さんのこれまでの発言を多数収録した『上野千鶴子のサバイバル語録』の名言とともに紹介する』、興味深そうだ。
・『祝辞は尊敬する方に「やりなさい」と背中を押され ■上野語録1:人の器と、理解力 人は自分の器に応じた理解力しかないからね。『快楽上等!』  Q:東大入学式の祝辞は、日本国内の性差別を問題視する人をはじめ、多くの男女から熱狂的に支持されました。また「上野氏に祝辞を依頼した東大の意思決定」を評価する声もSNSで多数見かけました。一方で、入学式の祝辞という形で日本の性差別を指摘したことに拒否反応を示す人もいました。 上野千鶴子(以下、上野):東大から祝辞の依頼を受けたときは「ご冗談でしょう?」と思った。最初は断ろうと考えました。私は入学式も卒業式も、儀式というものがキライな人間ですから。 でも、学内には水面下で私をノミネートするために尽力してくださった方々がいることがわかりました。また、尊敬する方に相談したら「やりなさい」と背中を押されました。その方は東大嫌いなのに、勧めてくださった。だから受けることにしました。 祝辞の原稿は事前に大学へ提出していました。だから式の直後に大学のウェブサイトにも掲載されました。東大側から指摘を受けたのは、数字に関する訂正のみ。内容については何の干渉もありませんでした。感謝しています。』、上野氏への祝辞依頼では、学内での事前根回しは相当のものがあったのだろう。「原稿は事前に大学へ提出」したが、「指摘を受けたのは、数字に関する訂正のみ」とは、さすが東大だ。
・『Q:祝辞は東大を超え、日本中で読まれて大きな反響でした。ウェブメディアはもちろん、ワイドショーでも祝辞原稿を紹介しながら、女性に対する差別を扱っていました。 上野:たくさんのメディアから取材依頼を受けましたが、ほとんどすべてお断りしました。読んでいただければわかるからです。その影響か、これまで刊行した本の売れ行きがよくなったようですね。 私は同じことをずっと言い続けてきました。すべてエビデンスのあることばかりです。今回も、ごく当たり前の正論を、祝辞の10分程度にまとめて話しただけ。 ただし、メッセージが届くような工夫はしました。大学の新入生は18歳。まだ子どもです。子どもにわかる言葉で伝わるよう、専門用語を使わないように努めました』、なるほど。
・『「男子を脅かさない存在であるべき」というプレッシャー  Q:子どもといえば、小学5年生の息子に上野先生の祝辞を読ませたら、納得しながら読んでいました。確かに、子どもにもわかるようにかみ砕いてお話しされていました。 一カ所だけ、東大女性が東大生であることを隠すというくだりは、小5男子には理解できないようでした。「日本でいちばん頭のいい大学でしょ。すごいよね。何で隠すの?」と。 上野:小学5年生といえば、11歳ですね。まだ、その年齢だと、東大女子が大学名を隠すような性規範に染まっていないかもしれません。多くの男女は第二次性徴の頃から、ジェンダー・ソーシャライゼーション(男の子向け/女の子向け社会化)を受けます。「男はこうあるべき、女はこうあるべき」という規範を刷り込まれていきます。 とくにメディアや少女漫画からの刷り込みは大きいですね。女子は男性を脅かさないかわいい存在であるべき、という有形無形のプレッシャーを感じることになります。小学生だと、まだそういう社会的な圧力を、男女共に感じていないのでしょう』、「多くの男女は第二次性徴の頃から、ジェンダー・ソーシャライゼーション・・・を受けます。「男はこうあるべき、女はこうあるべき」という規範を刷り込まれていきます」、なるほどと説得力がある。
・『東大の女子学生比率が2割を超えない理由は、応募者が増えないからです。これを「女性の自己選択の結果だ」と言う人もいるようですが、先ほど述べたように、女子には「男子を脅かさない存在であるべき」というプレッシャーが働きます。親も「女の子は無理して東大を受けなくてよい」とか「東大に行ったらお嫁に行けない」などと誘導したりする。その結果「アスピレーション(達成欲求)のクーリングダウン(冷却)」が起きます。この部分だけは祝辞の中で、専門用語を使いました。自己選択そのものが、性差別の結果なのです。 女子が東大を受験しない理由については、あんなに短い祝辞の中でもすでに説明していますから、ちゃんと読んでくださいと言いたいですね。 Q:確かに、祝辞ではフェミニストとして長年、本や講演などで伝えてきた性差別の問題を具体的な事例とデータを交えて話しました。なぜ、今、ここまで広範な反響を呼び起こしたのでしょうか。 上野:私からすれば「ずっと同じことを言ってきた」気分です。 反響が大きかったのは、それを受け止める社会の側が変化したからでしょう。とくに昨年起きた2つの事件の影響が大きかったと思います。1つは福田淳一元財務次官のセクハラに伴う#MeTooの動きで、もう1つは東京医科大の性差別入試事件。この問題をめぐって、「世論が耕されていた」から、東大が私に依頼し、また聴衆とメディアに届く条件が生まれたのではないでしょうか』、「自己選択そのものが、性差別の結果なのです」というのはその通りなのだろう。「世論が耕されていた」とは上手い表現だ。
・『「被害者でい続けることが新たな加害を生む」 ■上野語録2:抑圧され続けたら、慣れてしまう マルクスの絶対的窮乏論がなぜ誤りかというと、被支配階級というのは、抑圧し、抑圧し、抑圧し抜くと、反発して立ち上がるのではなく、抑圧に慣れるからです。『結婚帝国』(Q:性暴力を告発する「#MeToo運動」を、どう評価しますか。 上野:よくメディアから「日本では#MeToo運動が盛り上がらないのはどうしてか」と聞かれます。すごく腹が立ちますね。性暴力について異議申し立てをしている人は大勢いるし、支援する人もたくさんいる。#MeTooについても、各地で集会や抗議の動きがあったのに、「メディアがきちんと報道しない」ことが問題ではないでしょうか。 伊藤詩織さんが自ら受けた性暴力を公表したことは、日本社会に大きな影響を与えたと私は思います。反応の中で最も印象に残っているのは、中島京子さんの『本の窓』(2018年1月号、小学館)での伊藤さんとの対談です。 中島さんは伊藤さんに対して「もし私たちの世代がちゃんと声を上げていれば、社会も少しは変わっていたかもしれない。詩織さんがひとりで頑張らなければならない状況にしてしまい、本当に申し訳ない」と謝りました。同じような謝罪を、新聞労連の女性が後輩に対して述べていました。 かつて性暴力被害を告発した女性たちは、同じ女性から冷ややかな視線を向けられました。「みっともない」「恥ずかしい」とか「いなすのが大人の女」と言われて被害を耐え忍んできた。でも、受忍は新たな被害を生んでしまうんです。 「被害者でい続けることが新たな加害を生む」というのは構造的な問題です。構造化された負の連鎖を断ち切るためにも、女性が被害者でい続けてはいけない。 被害者が自分の被害を告発するのは容易なことではありませんが、受忍することで被害者も加害の構造の加担者になることもあります。だから今回、年長世代の女性からセクハラを告発した女性に対する謝罪が見られたことは、大きな変化でした』、「受忍することで被害者も加害の構造の加担者になることもあります」というのは、確かに難しい問題だ。
・『日本型経営は間接差別の温床になっている ■上野語録3:無能で横暴な上司に仕えるつらさ 宮仕えのつらさは自分より無能で横暴な上司に仕えるつらさ。それを「パワハラ」と表現できるようになったことは一歩前進ですが。『身の下相談にお答えします』(Q:#MeTooと並んで日本社会のジェンダー問題に対する受け止め方を変えた事件として、東京医科大の入試における性差別を挙げています。 上野:これは言い訳無用の女性差別でしたね。入試という公平なはずの制度を差別的に運用する実態が明らかになりました。文部科学省も無視できなくなりましたし、社会に対するインパクトは大きかったと思います。だから東大の祝辞でも、この問題を取り上げました。 社会がこれだけショックを受けたというのに、この性差別入試に対する医療業界の反応は冷ややかでしたね。「必要悪」という反応がもっぱらでした。女性医師の側からも「男性医師たちのおかげで自分たち女性もサポートしてもらって感謝している」と、男性医師を「立てる」ような発言がありました。これが女性医師たちの生存戦略なのかと、胸が痛みました。 Q:医療業界の特殊な環境が問題ということでしょうか。 上野:いいえ。問題は医療業界に限らないはずですよ。ほかの職場でも同じことが起きているでしょう。ただ医師の職業が極端な長時間労働であるせいで、問題がクリアに見えるのでしょう。 病院に限らず、日本型経営は間接差別の温床になっています。長く同じ組織で働いている人、長時間労働している人だけを「正規メンバー」として認める仕組みだからです。そこでは育児や介護といったケア労働を担う女性は、「二流の戦力」として、メンバーにカウントされにくいのでしょう。 実際、東京医科大だけでなくほかの多くの私立医大では、女子合格者数を抑えるという操作を行っていました。ここまであからさまではなくても、日本の組織が女性を間接的に差別している例はたくさんあります。6月8日に日本学術会議主催の公開シンポジウム「横行する選考・採用における性差別:統計からみる間接差別の実態と課題」を実施しますから、よかったらいらしてください。そこでは医療、企業、教育、メディアなど各分野について、詳しい報告が行われる予定です。(後編に続く)』、「病院に限らず、日本型経営は間接差別の温床になっています。長く同じ組織で働いている人、長時間労働している人だけを「正規メンバー」として認める仕組みだからです。そこでは育児や介護といったケア労働を担う女性は、「二流の戦力」として、メンバーにカウントされにくいのでしょう」、説得力溢れた指摘で、その通りだろう。後編が楽しみだ。


第三に、上記の後編、6月2日付け東洋経済オンライン「上野千鶴子「東大生も追いつめる自己責任の罠」 子どもたちはいったいなぜ壊れ始めたのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/283310
・『東大入学式の祝辞で、日本中に女性差別に関する議論を起こした上野千鶴子さん。広範な支持を集めた理由に、#MeToo運動や東京医科大の入試差別があったと上野さんはみる。女性差別についてこれまであまり気づいていなかった人も問題の存在を知り「世論が耕されていた」ことが、幅広い人々による東大祝辞をめぐる議論の背景にあるという。 一方で何十年も変わらない問題もある。職場や家庭、社会における女性の地位は、どのくらい変わったのか。変えた要因は何か。残る問題は何なのか。上野さんのこれまでの発言を多数収録した『上野千鶴子のサバイバル語録』の名言とともに、聞いた。 Q:前回記事で、#MeToo運動や東京医科大の入試差別により、世論が耕されたとおっしゃいました。一方、解決していない、変わらない問題もあるかと思います。何が変わって、何が変わっていないのでしょう。 上野千鶴子(以下、上野):私が見るところ、この数十年でタテマエは変わりましたね。 例えば、結婚しない女、産まない女、離婚する女は、昔も今もいますが、彼女たちに対するスティグマ(社会的烙印)は払拭されてきた。それに、結婚した女が働くことは当たり前になりましたが、かつては外聞が悪いことでした。夫が十分に稼ぐことができない証拠と見られたからです』、「この数十年でタテマエは変わりましたね」、言われてみればその通りなのかも知れない。
・『フェニミズムがタテマエを変えてきた  それに、今では子どもがいる女性が働くことも、当たり前になりました。確かに陰でいろいろ言う人がいるかもしれませんが、公共の場で結婚した女、子どもを持つ女が働くことを非難する声は減ったし、非難すればその人が批判を受けます。 社会変革とは、タテマエが変わることを意味します。人間の劣情やホンネは変えられません。でも最低限、公共の場で性差別的な言動をしたらアウトだよ、というタテマエが共有されてきました。それを変えてきたのが、フェミニズムです』、「フェニミズムがタテマエを変えてきた」、「社会変革とは、タテマエが変わることを意味します。人間の劣情やホンネは変えられません」、などは実に深い洞察だ。
・『上野語録1:夫や子どもより、自分のほうが大事な女性 日本の女性が非常に変わったところは、自分の利益のほうを夫や子どもの利益よりも優先するようになったこと。私はそれをフェミニズムの影響とは夢にも思いません。少子化の影響が大きいですね。(以下略)『家族を容れるハコ 家族を超えるハコ』  Q:タテマエのレベルでは社会が変わったとして、個人はどうでしょうか。 上野:私は、女は変わったと思います。一方で、男はあまり変わっていないように見えます。 先ほどお話したタテマエの男女平等は何によってもたらされたと思いますか?親からです。そして親を変えたものは何かと言ったら、少子化です。 かつて、家父長制が根強い時代には「末っ子長男」が多かった。跡継ぎとして男の子を望んで、男の子が生まれるまで子どもを作り続けたからです。今では状況は一変しました。データによれば娘が1人または姉妹のみの世帯は子どものいる世帯の4割に上ります。こうなると、息子だけを優遇することは、もはやできません。だって息子を持たない家族が多くなっていますから。 少子化で、ますます子ども中心になった日本の家庭で、娘にも教育を受けさせ、能力を伸ばすよう期待する傾向が増えてきた、と感じます。 ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんが3月に来日しましたが、彼女のお父さんがすばらしい発言をなさいました。「娘の翼を折らないように育てた」と。 かつて、女の美徳は夫と子どもの利益を自己利益より優先するところにあるとされました。今やそういう美徳は通用しません。専業主婦を希望する女性ですら、夫や子どもの利益を自己利益より優先しようと思って選んでいるわけではありません。夫は最初から自己利益のほうを優先していますから、当然、夫とも衝突が起きます。 妻と夫との間で、対等な葛藤が生じてはじめて、がっぷり四つに組んだまともなカップルが生まれるのではないでしょうか。日本の夫婦が「波風立たない」でいられるのは、妻が不平不満を呑み込んでいるからこそです』、「娘の翼を折らないように育てた」とのノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんのお父さんの発言は、我々凡人にはなかなか出来ない難しい課題だ。「妻と夫との間で、対等な葛藤が生じてはじめて、がっぷり四つに組んだまともなカップルが生まれるのではないでしょうか」、というのはその通りなのだろう。
・『ネオリベラリズムによってかえって生きづらくなった  ■上野語録2:心が折れない理由 逆風に慣れていると、心も折れにくいのだよ。『快楽上等!』  Q:少子化によって女性の解放が進んだとすれば、近年の変化はフェミニズムの観点からは肯定的に評価できますか。 上野:功罪両方ですね、困った変化も起きています。少子化は数十年かけて進んできた変化ですが、同じ時期に浸透したネオリベラリズム(新自由主義)は人々を生きづらくしています。ネオリベラリズムは競争と自己決定・自己責任を強調するところに特徴があります。 社会学者の橋本健二さんの著書『新・日本の階級社会』によれば、自分の現在置かれた状況は自分の能力と努力の結果である、と考える人は、階層の高さと相関があるそうです。ひらたく言えば、お金持ちほど「自分が頑張ったから今の地位を得た」と思いやすいということです。それに加えて、階層が低い人の間でも、自分の現状は自己責任であることに同意する人が少なくありません。 つまり、社会的経済的に困難な状況にある人が「それは自分が招いた結果だ」と考えて助けを求められないことにつながります。 大学教師として学生を見ていて、2000年代から、こうした変化を感じるようになりました。この頃から、自傷を伴うメンタルヘルスの問題を抱える学生が増えたのです。 かつて、社会にうまくなじめない若者といえば、非行少年になるなど、外に向けてエネルギーを発散する傾向がありました。他方、自分で自分を傷つける若者たちは、攻撃性を内に向けてしまいます。学生の変化を見ていて「子どもが壊れ始めている」と、愕然としたことを覚えています。 Q:2000年代、上野先生は東大で教えていました。今お話のあった「壊れ始めている子ども」は東大生のことでしょうか。 上野:そうです。東大は、もともと学生の自殺率が高いなど、メンタル的に問題の多い大学でしたが、ここ数十年の自傷系の学生の増加は、例外と言えないほどに大きいと感じます。東大生は、偏差値が高いだけの普通の子どもたち。特殊ではありません。 中学・高校の先生方に聞いても同じ、その子どもたちが数年後に大学に入ってくるのですから。先ほど話した自己責任の原理によって、彼/彼女たちは「自分は頑張って東大に入った」と思っています。そして「次も頑張って勝たなくてはいけない」と思っています。競争は1度では終わらないのです』、「ネオリベラリズム」によって、東大生にも「壊れ始めている」学生が増えているというのは驚きだが、ありそうなことだ。
・『勉強以外の多様な世界のことを知ったほうがいい  けれども、就職活動は受験勉強のように点数だけでは勝負が決まりません。私が教えていた文学部の学生は就職氷河期には東大生であっても苦労をしています。入社試験のペーパーテストはクリアしても、面接で落とされる。本人はなぜ落とされたのか理解できず、人格否定と受け止めます。そして「自分には価値がない」「生きている意味がない」に短絡する傾向があります。 どれほど経歴が立派でも、一生勝ち続けることはできません。挫折体験がなかったり、価値多元的でなかったりすると、心が折れやすくなります。勉強の出来不出来とは異なる価値基準を持った多様な世界があることを、子どもたちには早めに体験させたほうがいいと思います』、「勉強の出来不出来とは異なる価値基準を持った多様な世界があることを、子どもたちには早めに体験させたほうがいい」というのはその通りだが、どう体験させるかは難題だ。
・『■上野語録3:父親から愛された自信 父親にわけもなく愛された経験は、男にきっと愛されるというわけもない自信をわたしに与えた。もちろん、これは根拠のない自信である。この期待は現実によって何度も裏切られたけれども、それでもこりずに男に期待することにおじけづかないという、基本的な楽天性をわたしに与えた。『ミッドナイト・コール』  Q:ご自身のお父様に「愛された」と書かれています。父娘仲良しだったのでしょうか。 上野:父親には愛されましたが、「愛してくれたオヤジを尊敬しなかったイヤな娘」です(笑)。 男兄弟の間に挟まれ、兄とは年が離れていたので、私は文字どおり父親からはネコかわいがりされました。息子には厳しく、娘には甘い父親だった。ただし、その愛情はペットに対するような愛でした。息子たちにはかけた期待を娘の私にはかけなかった。 今でも覚えているのは、お正月に父が「お兄ちゃんは何になる?〇〇になったらいい。社会の役に立つから」と言いました。弟にも同じように話をしましたが、私の順番は飛ばされた。 それで自分から「チコちゃんは?」と尋ねると、「あ、そこにいたの」という顔をして、「チコちゃんはかわいいお嫁さんになるんだよ」と。そうか、兄や弟のようには期待されていないのか、とショックでした。 だから反対に何をやっても許された。父にとっては理解できない社会学をやりたいと言っても、反対されなかった。期待はされない代わりに、好きなようにさせてくれた、という意味で、感謝しています。私は「翼を折られる」女としての社会化に失敗して今がある、と思っています(笑)』、「愛してくれたオヤジを尊敬しなかったイヤな娘」、「私は「翼を折られる」女としての社会化に失敗して今がある、と思っています」、には、さもありなんと微笑みを禁じ得なかった。
・『日本の企業と男性が変わらなければならない  Q:話を現代に戻すと、今や世帯数では共働きが片働きを上回るようになりました。 上野:先ほど、男性はあまり変わっていない、とお話しましたが、学生を見ていると変化を感じます。多くの男子学生は「妻に働いてほしい」と思っています。自分1人の収入で妻子を養うのは容易ではなく、自分と同じ学歴の妻が働いたら2倍豊かな生活ができることを体感的に知っているからです。 家事・育児などについても男性の意識が変わってきたことは感じます。今では、夫が家事を「手伝う」「協力する」は禁句ですからね。妻が容赦しません。 ただ、彼らが望むように家庭に関われるかどうかは、働き方の問題です。最終的には日本の企業と男性が変わらなければならないでしょう』、「日本の企業と男性が変わらなければならない」、というのは耳が痛いが、全面的に同意する。上野氏には、日本での女性活躍社会の実現に向けて、さらに発信してもらいたい。
タグ:東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン 伊藤詩織 女性活躍 河合 薫 マララ・ユスフザイ (その12)(「無職の専業主婦」呼ばわりと低賃金容認社会の闇、上野千鶴子「私が東大祝辞で伝えたかったこと」 MeTooと東京医科大問題で世論は耕された、上野千鶴子「東大生も追いつめる自己責任の罠」 子どもたちはいったいなぜ壊れ始めたのか) 「「無職の専業主婦」呼ばわりと低賃金容認社会の闇」 「共稼ぎの妻や働く独身女性などから『保険料を負担せずに年金受給は不公平』という不満が根強く」あることから、「政府は男女共同参画基本計画で〈第3号被保険者を縮小していく〉と閣議決定し、国策として妻たちからなんとかして保険料を徴収する作戦を進めている 私自身“働く女性”の1人として言わせていただくと「専業主婦ってズルイ」などと思ったこともなければ、そんな“声”を聞いたこともない 専業主婦未経験者だが、母は完全な専業主婦だったのでその「スゴさのハンパなさ」は痛いほどわかる 専業主婦とは家庭の責任者として極めて多様なスキルが求められる職業であり、それは家庭外の活動と同じ、いやそれ以上に価値ある仕事だ イタリアでは主婦にはcasalinga(カサリンガ)という職業名 プロフェッショナルな職業に分類 この記事が出た背景には「専業主婦を安い賃金で雇いたい!」という思惑がある 本工と臨時工の格差問題では、「家族持ちの世帯主の男性の賃金が安いのはおかしい」という声に政府も企業もなんらかの手立てを講じる必要に迫られたが、パートは主婦だったため議論は盛り上がらなかった 「パート=主婦の家計補助的な働き方」という分類が“当たり前”となり、賃金問題は置き去りにされてしまった 日本の母子家庭の母親の就業率は、84.5%と先進国の中でもっとも高いにもかかわらず、就業しているひとり親世帯の相対的貧困率が、日本では54.6%とOECD加盟国平均の21.3%を大幅に上回っている 2018年の女性の就業率が全年齢ベースで51.3%となり、50年ぶりに5割を超えた 女性では正規雇用が24万人増え、非正規は62万人増。圧倒的に非正規が多く、男性の非正規雇用の実に3倍近く 正規雇用の場合、男性の平均年収は547万円なのに対し、女性は376万円。非正規では、男性229万円に対し女性はわずか150万円 治部 れんげ 「上野千鶴子「私が東大祝辞で伝えたかったこと」 MeTooと東京医科大問題で世論は耕された」 東京大学の入学式 名誉教授の上野千鶴子さんの祝辞が大きな話題 上野千鶴子のサバイバル語録 上野語録1:人の器と、理解力 人は自分の器に応じた理解力しかないからね 「男子を脅かさない存在であるべき」というプレッシャー 多くの男女は第二次性徴の頃から、ジェンダー・ソーシャライゼーション(男の子向け/女の子向け社会化)を受けます。「男はこうあるべき、女はこうあるべき」という規範を刷り込まれていきます 自己選択そのものが、性差別の結果なのです 昨年起きた2つの事件の影響 1つは福田淳一元財務次官のセクハラに伴う#MeTooの動き もう1つは東京医科大の性差別入試事件 「被害者でい続けることが新たな加害を生む」 上野語録2:抑圧され続けたら、慣れてしまう 受忍は新たな被害を生んでしまうんです 日本型経営は間接差別の温床になっている 上野語録3:無能で横暴な上司に仕えるつらさ 病院に限らず、日本型経営は間接差別の温床になっています。長く同じ組織で働いている人、長時間労働している人だけを「正規メンバー」として認める仕組みだからです。そこでは育児や介護といったケア労働を担う女性は、「二流の戦力」として、メンバーにカウントされにくいのでしょう 「上野千鶴子「東大生も追いつめる自己責任の罠」 子どもたちはいったいなぜ壊れ始めたのか」 この数十年でタテマエは変わりましたね フェニミズムがタテマエを変えてきた 社会変革とは、タテマエが変わることを意味します。人間の劣情やホンネは変えられません 上野語録1:夫や子どもより、自分のほうが大事な女性 お父さんがすばらしい発言をなさいました。「娘の翼を折らないように育てた」と 妻と夫との間で、対等な葛藤が生じてはじめて、がっぷり四つに組んだまともなカップルが生まれるのではないでしょうか。日本の夫婦が「波風立たない」でいられるのは、妻が不平不満を呑み込んでいるからこそです ネオリベラリズムによってかえって生きづらくなった 上野語録2:心が折れない理由 逆風に慣れていると、心も折れにくいのだよ 自分で自分を傷つける若者たちは、攻撃性を内に向けてしまいます。学生の変化を見ていて「子どもが壊れ始めている」と、愕然としたことを覚えています 東大は、もともと学生の自殺率が高いなど、メンタル的に問題の多い大学でしたが、ここ数十年の自傷系の学生の増加は、例外と言えないほどに大きいと感じます 勉強以外の多様な世界のことを知ったほうがいい 上野語録3:父親から愛された自信 父親にわけもなく愛された経験は、男にきっと愛されるというわけもない自信をわたしに与えた。もちろん、これは根拠のない自信である。この期待は現実によって何度も裏切られたけれども、それでもこりずに男に期待することにおじけづかないという、基本的な楽天性をわたしに与えた 「愛してくれたオヤジを尊敬しなかったイヤな娘」 私は「翼を折られる」女としての社会化に失敗して今がある、と思っています 日本の企業と男性が変わらなければならない
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