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”ひきこもり”問題(その4)(橋下徹「息子殺しを僕は責められない」川崎殺傷と元次官の事件で思うこと、「中年息子の引きこもり」事件で明らかになった「8050」問題 あなたの隣家も実は…、政府とマスコミが「引きこもり」と言い続ける限り 惨劇の連鎖が止まらない明確な理由、「安心して引きこもれる」仕組みづくりこそ 8050問題の解決策だ) [社会]

昨日のテーマに関連して、今日は、”ひきこもり”問題(その4)(橋下徹「息子殺しを僕は責められない」川崎殺傷と元次官の事件で思うこと、「中年息子の引きこもり」事件で明らかになった「8050」問題 あなたの隣家も実は…、政府とマスコミが「引きこもり」と言い続ける限り 惨劇の連鎖が止まらない明確な理由、「安心して引きこもれる」仕組みづくりこそ 8050問題の解決策だ)を取上げよう。前回は4月30日に取上げたが、社会問題をカットし、” ”を付け加えた。なお、今日の4番目の記事は、特に極めてユニークで参考になるので、お薦めである。

先ずは、元大阪市長・元大阪府知事の橋下 徹氏が6月4日付けPRESIDENT Onlineに寄稿した「橋下徹「息子殺しを僕は責められない」川崎殺傷と元次官の事件で思うこと」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/28837
・『私立小学校の児童と保護者が犠牲になった川崎殺傷事件。犯人が自殺したことを受けて、ネットやメディア上でさまざまな意見が飛び交った。その後、官僚トップを経験したこともある父親が、「他人に危害を加えかねない」として息子を殺害する事件も発生した。本質的な問題はどこにあるのか。橋下徹氏が「絶対的な第1順位」を提示する。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(6月4日配信)から抜粋記事をお届けします――』、個人的には橋下徹氏は好きではないが、今回は比較的まともな主張なので、紹介する次第である。
・『他人を犠牲にしないことが絶対的な第1順位  5月28日朝、子供たちを殺傷し、51歳の犯人の男も刃物で自殺した川崎殺傷事件。 犯人の男を「自殺するなら1人で死ぬべきだ」と非難する意見に対しては、「それは冷たすぎる。自殺しないようにしていくのが社会の役割だ」という意見も出された。 僕は、自殺に悩んでいる人をサポートすることや、悩みがあれば支えていくよというメッセージを社会が出すことは当然であるけれど、しかし「どうしてもやむを得ず死を選ぶ場合には絶対に他人を巻き添えにしてはいけない、死ぬなら1人で死ぬべきだ」というメッセージを出すことも重要だという立場だ。生き方のみならず、死に方というものもしっかりと子供たちや大人たちに教えていくべきだと思う。 僕の意見には、「『死ぬなら』と死ぬことを前提とすることは優しくない。自殺もダメだし、他人を殺すこともダメで、生きることを説くことが大切だ」と、テレビ朝日の玉川徹氏に批判を受けた。 現実を見ない人は抽象論で語る。 自殺に悩んでいる人たちへのサポート体制は、僕も知事、市長のときに政策として実行してきた。全国各地の自治体でも同じようなサポート体制は構築しているだろう。その甲斐があったのか、かつては全国で年間3万人を超えていた自殺者が、近年は2万人程度で推移している。(略)自殺者が0なら、死ぬことを前提にする話はしなくてもいいだろう。しかし自殺者は0にはならない。そうであれば自殺者が出ることを前提に対応策を講じることが必要だ。 他人を犠牲にすることは絶対にあってはならない。他人を殺すことは、自分が死のうが死ぬまいが絶対にやってはいけない。他人を犠牲にしないということが絶対的な第1順位だとすれば、それを守るためには自分1人で死んでもらう場合もある。 これは他人を犠牲にしてはいけないということを、どれだけ強く想うかにかかっている。 特に、このような事件の被害者のご遺族に直接会った経験があるかどうかが左右するだろう。 僕は、ある。 自殺に思い悩む人を助けようとするカウンセラーの人たちには敬意を表するが、しかし彼ら彼女らは、何の罪もない子供の命を奪われたご遺族がどんなに苦しい思いをしているかを実際に見たことはあるだろうか。まだ人生がたっぷり残っている状態で命を絶たれた子供の無念さをどれだけ感じているのだろうか。 それはそれは、言葉で言い表せないほど、辛く、苦しく、無念だ。これらに比べれば、自殺に思い悩んでいる状態の方がまだましだ。 自殺に思い悩んでいる人を支援することは大切だ。しかし、自殺者を出さないようにすべきだと当たり前のことを叫ぶ人に限って、他者に不条理に命を奪われた者のご遺族と会った経験もないことがほとんだ。テレビで偉そうにきれいごとを喋っているコメンテーターも、そのようなご遺族に会ったことはないだろう。一度でもそのようなご遺族と会うことがあれば、社会の第1順位として、他人を犠牲にしてはならないということの絶対性を理解することができるだろう。 たとえば、自殺するにも、高所から飛び降りることがどれだけ他人を犠牲にする危険があるのか、そういうことを知らずに飛び降りをしてしまう者もいるだろう。自宅に放火して自殺したという事例もある。 年間2万人ほどの自殺者が存在する現実を前にして、このようなことは絶対に避けなければならない。自殺者を救うという視点のみならず、他人を犠牲にしてはならないという視点からも、飛び降りや自宅放火が絶対にダメなことはしっかりと教えるべきだ』、現実的な主張のようだ。
・『息子を殺した元農水次官・熊沢氏の行為を僕は責められない  さらに、重要なことは、何の罪もない子供の命が他者に奪われ、最愛の子供を一瞬にして失ってしまうという事態を日本社会は絶対に認めないという姿勢を示すことだ。 亡くなった子供、そしてご遺族の苦しみを想えば、このような加害者や事件を絶対に許さないという姿勢を社会が示すべきだ。そのような社会の姿勢がなければ、亡くなった子供やご遺族はどうなる! このような姿勢を示す社会こそが優しい社会だと思う。カウンセラーやテレ朝の玉川氏は被害者への想いが弱過ぎる。 そしてこの事件の後、元農林水産事務次官の熊沢英昭氏が自分の息子を殺した事件が起こった。熊沢氏は、「息子は中学校時代から家庭内暴力を起こしており、最近、家庭内暴力が激しくなってきた。そして、近隣の小学校がうるさいと言い始め、川崎の殺傷事件を見て、息子も人に危害を加えるかもしれないと思い自ら殺した」旨を供述しているようだ。 何の罪もない子供の命を奪い身勝手に自殺した川崎殺傷事件の犯人に、生きるための支援が必要だったと主張する者が多いが、それよりももっと支援が必要なのはこの親御さんのような人だ。自分の子供を殺めるのにどれだけ苦悩しただろうか。どんな子供であっても、親にとっては最愛の子供なのである。 しかし、その自分の子供が他人様の子供を殺める危険があると察知し、それを止めることがどうしてもできないと分かったときに、親としてどうすべきか? 今の日本の刑法では危険性があるだけで処罰などはできない。ではその息子をどうしたらいいのか? 自殺で悩む人へのサポート体制はたくさんあるが、このような親へのサポート体制は皆無だ。確かに引きこもりに対してのサポートは色々とあるが、成人している息子がそのサポートを受けてくれなければどうしようもない。 他人様の子供を犠牲にすることは絶対にあってはならない。何の支援体制もないまま、僕が熊沢氏と同じ立場だったら、僕も熊沢氏と同じ選択をしたかもしれない。熊沢氏がどこまで手を尽くしたかがこれから問われるところだが、本当に熊沢氏の息子に他人様の子供を殺める危険性があり、熊沢氏にそれを止めることがどうしてもできなかったのであれば、刑に服するのは当然としても、僕は熊沢氏を責めることができない。むしろ本当にこれで他人様の子供が犠牲にならなかったのであれば、ホッとしてしまう。 近代国家の刑法としては、危険性があるだけでは処罰はできない。しかし、本当に他人を犠牲にしてしまう危険が自分の子供にあると判断した時に、社会が処罰できないのであれば、親が処罰するしかない。もちろんその後の責任は全て親が被ることになるが、他人を絶対に犠牲にしてはならないということをとことん突き詰めると、これだけ厳しい判断を迫られることになる。このような究極の選択も、死ぬのであれば1人で死ぬべきだと言うことも、他人を絶対に犠牲にしてはならないという、人の命を最も大切にした、きれいごと抜きの態度振る舞いだと思う。 この原稿を書いた夜、うちの子供を集めてこの話をした。子供の意見を聞きながら、僕の考えを伝えたら、社会人になった長女が「まあ究極の親の責任やね」と言ってくれた。大学生の長男のところには、友人から「お前、ちゃんとせなあかんぞ」と、からかい半分のメールがいくつも来たらしい。中学1年の三女は、宿題があるからといってさっさと離れていった。この中学以下の三女と四女には、話す機会をまた作ろうと思う。 僕は子育てを妻に任せっきりにしてきた。今の風潮からすれば、完全に父親失格である。妻の子育ての苦労は半端なかったと思う。もちろん今も大変だ。生まれたての赤ん坊を大人にするというのは、想像を絶するほどの手間暇がかかるし、だからこそその反面、喜びと幸せも伴う。 ここまでやっと育ったこのうちの子供たちが、自殺者の犠牲になるなど、考えるだけでゾッとする。川崎殺傷事件の被害者のご遺族の悲しみはいくばくであろうか。自殺に悩んでいる人を支援することは社会として当然だ。世の中に苦しんでいる人が多いのも事実だろう。その人たちが生きる活力を得られるような社会をつくっていくのも当然のことだ。 しかし、繰り返し言う。「もし自殺するならこのうちの子供たち、その他の子供たちを絶対に犠牲にするな!」。そして、うちの子供たちだって今後、他人様を傷つけることがあるかもしれない。子育てには常にそのようなリスクが付きまとう。だからこそ、「他人様を絶対に犠牲にしちゃいけない。それはたとえ自分が死を決意したときでも」と、僕はうちの子供たちに言い続けていく。 人の命を大切にする社会を作るためには、死にたいと思い悩んでいる人の苦しみを解放してあげることと同時に、いかなる場合であっても絶対に他人を犠牲にしてはいけないということを親が自分の子供に言い続け、そして社会全体がそのような姿勢を示し続けることが必要だと思う』、「他人様を絶対に犠牲にしちゃいけない。それはたとえ自分が死を決意したときでも」、というのは確かに重要な考え方だ。

次に、6月7日付け現代ビジネス「「中年息子の引きこもり」事件で明らかになった「8050」問題 あなたの隣家も実は…」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65036
・『中年の引きこもり息子と、その親。両者が続けざまに起こした事件によって、高齢化にともなってこの国でひっそりと進行している問題が浮き彫りになった。苦悩しているのはあなたの隣人かもしれない。発売中の『週刊現代』では、「8050」問題について特集している』、興味深そうだ。
・『腕力では負ける  「英一郎君が、中学1年生のときからすでに家の中の物を壊したり、お母さんに暴力を振るったりしていたという報告は受けていました。学校でも、周囲からちょっといじめられたりすることもあって、ストレスを溜めていたのかもしれません。 勉強は好きではなく、成績は芳しくなかった。あの学校では、小学校では飛び抜けて優秀でも、自分よりできる子がゴロゴロいるので、ショックを受ける子供も少なくありません。 とはいえ、彼の場合はお父さんも華麗なる履歴の持ち主で、学歴への信仰は強かった。 インターネット上でお父さんのことを自慢していたという報道を見るにつけ、『自分はこんなはずではない』という強いコンプレックスが、彼の生涯に暗い影を落としていたのかな、と思います」 沈痛な面持ちでこう語るのは、元農水事務次官の父・熊澤英昭容疑者(76歳)に殺害された、熊澤英一郎さん(44歳)の高校時代の担任教員だ。 英一郎さんが通っていた私立・駒場東邦高校は、毎年50人以上を東京大学に送り込む、都内有数の中高一貫の進学校だ。 在学中は親しい友人もおらず、部活にも入らずにゲームに熱中していた。 「大学受験に失敗し、浪人して1年目か2年目に、突然高校に現れて『アニメの学校に合格した』と報告してきました。そのとき、アニメの楽しさを一席ぶった。気分が高揚していたのでしょう。 その後は、日本大学の理工学部土木工学科に進学したと聞いています。在学中は文系だったので驚きました。 お父さんの影響でしょうか。長く別居していたということですが、生活費はお父さんがずっと出していたのだと思います」(元担任) その後、流通経済大学の大学院に進学しCGについて学び、'01年に修了。大学院卒という肩書は得たものの、彼が定職に就いたという話は一向に聞こえてこない。 本人は「パン職人の資格を持っている」と周囲に語っていたが、実際には親の脛をかじりながら同居生活を送っていた。親元を離れたこともあったが、事件の10日ほど前に老親の暮らす実家に舞い戻ったという。 その直後から、両親への暴力が始まった。老親にとっては、中学時代に息子がいじめを受け、母親に暴力を振るうようになってから繰り返された悪夢の日々が、ふたたび始まったのだ。 昔はその気になれば腕力で抑え込むこともできただろうが、76歳の父親にもうその力は残っていない。 「川崎のような事件を起こさないか不安だった」という熊澤容疑者の心境も、かなり切迫したものだったのだろう。だが、近隣では、熊澤容疑者が息子と同居していたことすら気づいていなかった』、大学や大学院の専攻は確かに一貫性がなく、思い付き的に選択したようなので、就職が上手くいかなかったのもやむを得ないようだ。
・『傍からは気づかない  川崎の20人連続殺傷事件に、今回の元農水事務次官による子殺し。相次いで起こった「中年息子の引きこもり」を巡る事件を機に、にわかに注目を集めている言葉が「8050問題」だ。 80代の親と、引きこもりが長期化する50代の子供が暮らす世帯が様々な問題を周囲に抱えながら、次第に社会から孤立していく―。 今年3月末、内閣府が発表した調査結果によれば、自宅に半年以上閉じこもっている「引きこもり」の40~64歳は、全国で推計約61万人にのぼる。これは、15~39歳の推計約54万人をはるかに上回る数字だ。 40~64歳の総人口は約4224万人のため、割合は約1・5%。50人クラスなら1人くらい引きこもりがいてもおかしくないという計算だ。しかも、引きこもり期間が7年以上のケースが半数を占めている。 「8050問題」を長期的に取材しているジャーナリストの池上正樹氏が言う。 「ひきこもり当事者たちも、当初は『何とかもう一度社会に出たい』『人とつながれる居場所を得たい』と、自分の状況を変えなければという危機感を覚えている場合が多いのです。 しかし、受け皿がなかったり、自分の声を聞いてもらえなかったりして次第にどうしたらよいかわからなくなる。そして、どこかでふっと気持ちが切れて、生きることに対する意欲を失ってしまうのです」 もちろん、中年の引きこもりが今回の2件の事件のような極端なケースにつながることは、ごく稀なことだ。むしろ、自室で息をひそめ、怯えるように暮らしている人のほうが多いだろう。 それだけに、傍から見ればごく普通の生活を送っている家庭が実は「8050問題」を人知れず抱え込んでいるというケースは、日本中にたくさんある。 栃木県に住む富田法子さん(82歳・仮名)もこの問題に悩む一人だ。 富田さんは現在、54歳になる息子・宏治さん(仮名)と同居している。 宏治さんが長年勤めていた東京の家電メーカーを辞め、実家に戻ってきたのは'08年のことだった。 宏治さんは、直属の上司と反りがあわず会社を1年以上休職した末に依願退職。それがきっかけで、長年連れ添った妻と離婚した。 「一人だと精神的に心配だと思ったので『帰ってきたら』と言ったんです。最初は、久々に一人息子が戻ってきて、喜んでいたんですけどね。 でも、こっちには本人が求めるような正社員の仕事はなくて、だんだんハローワークからも足が遠のき、いつしか家にいることが多くなりました」』、富田さんの場合は、「直属の上司と反りがあわず」とあるが、実態はリストラが原因なのではなかろうか。
・『どこにも相談できない老親  当時、富田さんの夫も存命で、二人分の安定した年金収入もあったために、同居人が一人増えても、即座に生活に困ることはなかった。 「そのままにしていたのが悪かったのでしょうか。家の2階の部屋に一日中引きこもって、インターネットをしたり、子供の頃に習わせていたピアノを弾いたりしている。その頃から、だんだん心配になりました」 そうして、2年が経過した頃、空気を一変させる出来事が起きる。富田さんの夫が「お前、いい加減働いたらどうだ」と宏治さんをやんわりと諭したところ、宏治さんの態度が急変したのだ。 「顔を真っ赤にして泣きながら、ワーッとまくしたてたんです。『全部お前たちのせいだ』と。それから、近くにあったデスクライトを摑んで壁に投げつけた。 そのとき壁に空いた穴は、いまもそのままになっています。あれ以来、私も夫も、あの子に何も言えなくなってしまいました」 二人が萎縮したことで、宏治さんの行動はエスカレートしていく。 「私達に直接手を上げることはないのですが、物を投げつけたり、怒鳴りつけることは日常茶飯。いまではもう、下の階に降りてくることもありません。私が毎日三食を宏治の部屋に運び、しばらくしたら皿を回収しています」 '15年に父が82歳で死んだときも、宏治さんが葬儀や告別式に顔を出すことは一切なく、死後の手続きから、葬儀の準備まで、高齢の富田さんがすべて一人でこなした。 いぶかる親族に、富田さんは「息子は海外赴任中だ」と取り繕ったという。 「夫は、地元の銀行で支店長まで務めあげた人。生前から『宏治が戻ってきたことは周りには絶対言ってはいけない』と言っていました。近所の人は気づいていたかもしれません。 でも、伝えたところで世間様がどうにかしてくれるわけではない。死ぬまでは面倒を見るつもりですが、私がいなくなったら、あの子はいったいどうやって生きていくのか……」 熊澤容疑者のケースしかり、この富田さんのケースしかり、「なぜ、誰にも相談しなかったのか」という疑問は誰もが抱くところだ。 だが、筑波大学教授で、心理学者の原田隆之氏は、「いざ自分のこととなると、そうした『援助要請』をすること自体が、心理的に難しい」と語る。 「今回の事件を起こした熊澤容疑者も聡明な人ですから、外に色々な支援の窓口があったことは頭ではわかっていたはずです。それでも、結局は問題をずっと家族の中で抱え込んでしまった。 一般論として、一番大きな原因はやはり日本人が社会の中で刷り込まれている『内と外』という考え方がいまだ根強いことでしょう。 子供が引きこもった時点で、『これは家の中の問題だから』と線を引いてしまう。そして、育て方が悪くてこうなってしまった以上、『親の責任』で何とかしなくてはいけないという心理が働く。 もちろん、世間体を気にして『恥ずかしい』と思う気持ちもあり、それらがないまぜになって人を頼ることが出来なくなってしまう」(原田氏)』、「一番大きな原因はやはり日本人が社会の中で刷り込まれている『内と外』という考え方がいまだ根強いことでしょう。 子供が引きこもった時点で、『これは家の中の問題だから』と線を引いてしまう。そして、育て方が悪くてこうなってしまった以上、『親の責任』で何とかしなくてはいけないという心理が働く」、という説明はその通りなのだろう。
・『親の遺体と同居  長すぎた老親との同居生活により、引きこもり中年の社会的コミュニケーション能力は低下していく。そして迎える、老親の死。 識者の中には、引きこもり中年たちのために生活保護費が増大するとの指摘もあるが、事態はより深刻だ。 彼らは、自ら役所に相談することも、生活保護を申請することもままならない。現実に、近年そうした親に先立たれた引きこもり中年を巡る事件は頻発している。 '18年1月には、北海道で82歳の母親と52歳の娘が自宅でそろって遺体で発見されるという事件も起きている。娘は、高校卒業後に一度は就職したものの、職場に馴染めずに退職。以後、20年以上引きこもりの生活を送っていた。 母親は、娘の食事や身の回りの世話などをすべて代わりに行っており、その母親が亡くなると、娘は為す術なく、ただ餓死するのを待つしかなかった。 さらに、'18年の11月には、神奈川県で当時81歳の母親の遺体を、死んでから10ヵ月近く放置したとして、49歳の長女が死体遺棄容疑で逮捕されている。 この長女は、当初は母の介護のために仕事を辞めて実家に帰り、自身も引きこもりの状態になっていた。 役所に母親の死を伝えることより、とりあえずなかったことにして「平穏な毎日」を送ることを選んだのである。 中高年の引きこもりは、学校でのいじめや就職の失敗などが原因に挙げられる。荒れる学校が社会問題化し、ドラマ『3年B組金八先生』がスタートしたのが1979年。 この前後に少年期を過ごした世代は、団塊ジュニアも含めて就職難の時代に直面し、派遣切りなどの理不尽な目に遭った人も少なくない。 社会に絶望した彼らが、中年になり自宅に籠城するかのように老親と同居生活を送っている。そんな暮らしは破綻することがわかっていながら、SOSを発することもできない。 我々が考えている以上に、今回の二つの事件に「次はわが家も」と苦悩している家庭は多い。 それは、一見平穏に見えるあなたの隣家の姿かもしれない・・・』、母親の死を伝えなかったのは、母親の年金が入らなくなることを避けたという可能性もあるのかも知れない。しかし、「死んでから10ヵ月近く放置」というのは悲惨だ。

第三に、6月6日付けMONEY VOICE「政府とマスコミが「引きこもり」と言い続ける限り、惨劇の連鎖が止まらない明確な理由」を紹介しよう。
https://www.mag2.com/p/money/701781
・『ここのところ「引きこもり」が報道の主役になっている。この言葉を定義したのは誰か。自己責任視点の言葉であり、これを使っているうちは連鎖は止まらない。(『世に倦む日日』)※本記事は有料メルマガ『世に倦む日日』2019年6月3日号の一部抜粋です』、『世に倦む日日』の著者はブロガーの田中宏和氏。 
・『悪意あるレッテル貼りが引き金に。自己責任で片付けてはいけない 見えてきた凶行の動機  6月2日放送の『バンキシャ』で川崎殺傷事件を起こした岩崎隆一の生い立ちが報道され、従兄弟に当たる伯父夫婦の子どもがカリタス小学校に通っていたという説明があった。 自宅の部屋からは動機解明に直接繋がる証拠は得られてないが、この事実こそが犯行の動機を雄弁に物語っている。復讐だ。 バンキシャの報道では、この家にはかつては祖母がいて、この子はうちの子じゃないからと近所の者に言っていたという。伯父夫婦の子どもは坊ちゃん刈りの散髪だったのに、隆一は丸坊主にさせられていたという証言もある。 本人の資質や素行の問題もあったかもしれないが、引き取られた伯父一家の中で陰湿ないじめに遭い、差別と虐待の境遇で育っていた。「火垂るの墓」のような毎日を送っていた。 歪んだ人格になるのも無理はない。警察は、家からPCやスマホが出て来なくて全容解明が難しいか言っているが、傍から見ているわれわれからは、もう十分という感じで、事件について完全に把握できたという気分でいる。 伯父夫婦にはマスコミの前に出て来て過去について証言して欲しいし、彼らにはその責任がある』、伯父夫婦に責任があるかのような主張には、賛成できない。
・『伯父「甥っ子のことはわからないよ」  事件当日、伯父を取材した週刊ポストの記者に対して、伯父は「(岩崎はふだん家に)いるような、いないようなだね。一緒に暮らしてるってもんじゃないよ。甥っ子のことはわかんないよ!」と履き(正しくは「吐き」)捨てている。 娘を刺された被害者の家族から見れば、この発言は納得できないものだろう。伯父夫婦は、カリタス小学校の子どもが襲われたと聞いて、すぐに事件の意味を了解できたはずだ。 2人が犠牲になり、18人が重軽傷という事件の大きさを知りながら、そして動機も察知し、被害者と隆一の関係性を承知しながら、また、この返答が即座に活字になって配信され被害者家族の目に届くことも分かりながら、「甥っ子のことはわかんないよ!」という言い方はどういう態度だろう。 伯父夫婦からすれば、自分たちも被害者だと言いたいだろうが、被害者家族からすれば、この殺人鬼を生み出した原因と責任は、まずもって伯父家庭の環境と教育に帰するという認識になるだろう。 伯父夫婦は事件に向き合うべきだし、責任ある立場として被害者家族に謝罪の言葉を言うべきではないか。事件の犠牲者2人は、伯父夫婦の身代わり(代償)のようなものだ』、この主張には、前述の通り、私は賛成できない。
・『「引きこもり」という言葉を安易に使った行政  川崎市の対応にも問題があるように思う。報道では、今年1月に伯父夫婦が市の訪問介護を受ける準備が始まり、スタッフが家に入って岩崎隆一と接触することを恐れた夫婦が、隆一に対して文書で説得を始め、その過程で隆一が「引きこもりとはなんだ」と逆ギレしたという経緯が紹介されている。 全体の状況は理解できるが、どのようなやりとりの詳細だったのだろう。重要なことは、もしこの一件がなければ、今回の事件は起きてないだろうということである。 もっと踏み込んで言えば、行政が、このように「引きこもり」という言葉を安易に使って事務を処理してはいけないということで、デリケートに接することが必要だということである。 伯父夫婦は、隆一を「あまり刺激したくない」と言っていた。 明らかに行政側の「引きこもり」の言葉が隆一を傷つけていて、そこから、自殺、通り魔の巻き添え犯行という惨事へ発展している。 家の中にいる「引きこもり」がこうした言葉に刺激されて絶望から殺人鬼に豹変し、ソフトターゲットをテロする大事件に繋がることを、行政は教訓にしなければいけないだろう。 会見で説明に出た川崎市の市官僚は、その危険な真相について全く自覚がないようだった』、この点については、全面的に賛成だ。
・『「引きこもり」という言葉の破壊力  「引きこもり」という言葉は、それを言われる方からすれば、全人格を否定される不当な決めつけであり、侮辱と差別を感じるレッテルだろう。 川崎市の市官僚は、その言葉を衒(てら)いなく使い、会見でも説明のキーワードにして振り回していたが、その態度は冷血冷酷で、事件の真実についてセンシティブな考察がない。関与した責任の一端があるという反省がないものだ。 実際に、岩崎隆一と同じ境遇とにいる者が全国に無数にいて、似たような状況で苦悩している家族の現場が無数にある。 そこに刺激となる言葉(差別語・侮辱語)が発されて着火すれば、人を悪魔に変え、恐ろしい事件を誘発するのである』、「「引きこもり」という言葉の破壊力」、は言われてみれば、その通りで、同氏のこの主張は新鮮だ。
・『事件は連鎖していく…  現実に、今回の事件の報道が刺激要因となり、次々と惨劇が発生してしまった。 登戸の事件から4日後の31日、福岡で40歳代の引きこもりの男が家族を襲い、母親と妹に重傷を負わせ、本人は割腹自殺して市営住宅に放火した。 「仕事をしなさい」と母親が言ったところ、口論になって逆上したとある。明らかに登戸の事件が刺激になっている。 元農水事務次官が44歳の長男を刺殺  さらに、その翌日の6月1日、東京の練馬で、元農水事務次官が44歳の引きこもりの長男を自宅で刺殺するという痛ましい事件が続いて起きた。 元事務次官の熊沢英昭は、「川崎の事件を知り、長男も人に危害を加えるかもしれないと思った」と供述している。自宅の隣に小学校があり、運動会の音をうるさいと長男が言っていて、その懸念が現実にあったのだろう』、その通りだ。
・『引きこもりは全国に200万人  厚労省の調査では、引きこもりは全国で95万4,000人いて、そのうち40歳~64歳が推計で61万3,000人いる。 だが、引きこもり研究の専門家である斎藤環氏によれば、全国で200万人は確実にいるという結論を出していて、私はこの数字が正しい、あるいはもっと多いだろうと考えている。 いわゆる「人手不足」も、引きこもりが多いゆえの現象であって、外国人労働者の数が引きこもりの数と均衡する点に注目しないといけない』、「「人手不足」も、引きこもりが多いゆえの現象・・・」は言い過ぎだ。引きこもりが「人手不足」を深刻化させている、程度の表現が妥当だろう。
・『誰が「引きこもり」を言語化したのか?  現在、政府の行政上の概念として定着している「引きこもり」とは、一体、どこで誰が言語化したものだろう。 社会一般に使用されている「引きこもり」の語は、精神疾患の問題と関連して語られることが多く、その属性と表象が定着している。だが、私は、200万人(斎藤環氏の説)の全員が精神病患者だとは思えないし、仮にそうした傾向があったとしても程度の差があり、重症者は少ないと想像する。 引きこもりについては、社会学や精神医学ではなく、経済学の言葉で対象化することが必要だ』、「経済学の言葉で対象化する」ことが出来ればいいが、私には疑問だ。
・『引きこもりは「長期失業者」  本質的には、引きこもりは「長期失業者」として把握すべき対象なのだろう。 「長期失業者」が大量に発生して滞留している原因は、賃金が安すぎるからであり、雇用が不安定だからであり、人として生きられない労働環境になっているからである。 働きに出ても、そこにはブラック企業が口を開けて待っている。ブラック企業の罠に捕まったら、善人ほど身も心もボロボロにされて立ち直れなくなる羽目に陥る。ブラック企業の餌食になるより、家に籠もっていた方が安全だというのは正しい護身の選択だろう。ブラック企業の経営者に対する処罰はなく、今ではデフォルトのようになって横溢(おういつ)している。 退職するのに弁護士が必要などと、われわれの昔の常識からは考えられないことだが、今ではそんな現実が当たり前のように語られている。この20年ほど、就職と労働の問題がどれほど人を傷つけてきたことか。 それにもかかわらず、日本人はまるで拒食症の重症患者のように、ネオリベ政権を熱狂的に支持し続け、もっとネオリベの労働政策をやってくれと望み、テレビで「働き方改革」を宣伝し、昨年は高プロ(残業代ゼロ)と移民法を成立させた。 人しか資源のない国なのに、人を傷つけ、人を卑しめ、労働者としての能力を低下させ、国の競争力を低下させている』、失業者の定義を拡大して、”ひきこもり”も含めて、長期失業者と言うことは理解できる。しかし、「「長期失業者」が大量に発生して滞留している原因は、賃金が安すぎるからであり、雇用が不安定だからであり、人として生きられない労働環境になっているからである」というのは、言い過ぎで、”ひきこもり”のように対人接触を忌避し、労働市場に参入することを拒否している人々は、「労働環境」を改善しても救えない場合もあるような気がする。
・『「引きこもり」という言葉を変えるべき  10年ほど前、本田由紀氏が「ニートって言うな」と言っていたことがある。 ニートという言葉もよくないが、引きこもりという言葉もよくない。言葉から変えたらどうだろうか。 誰も引きこもりになりたくて引きこもりになったわけではない。この言葉は差別的だし、悪意があるし、社会的矛盾の犠牲者や被害者の責任をその本人に帰する自己責任視点の言葉だ。経済学の問題を社会学の問題にスリカエて、問題を茶化す言葉だ。 引きこもりという表現が妥当なのか、それを言われる側の心理はどうなのか、それを言う者と言われる者の関係性はどうなのか、事象と言説の根本に立ち帰って考え直す必要がある』、この点については賛成である。私がこのブログのタイトルで”ひきこもり”と、引用符でくくったのは、このためである。

第四に、ノンフィクションライターの窪田順生氏が6月6日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「「安心して引きこもれる」仕組みづくりこそ、8050問題の解決策だ」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/204720
・『引きこもりを巡る殺人事件が連続して起きて、にわかに注目されている「8050問題」。これまでも「自立支援」の名目で支援の手は差し伸べられてきたが、全国の中高年引きこもりの数は約61万人。とてもではないが、草の根の支援体制でどうにかできる人数ではない。それよりも、目指すべきは「親亡き後も、安心して引きこもれる体制」づくりではないか』、一般的に言われていることとは真逆なので、真意をみてもよう。
・『「安心して引きこもれる」環境づくりこそが望ましい 川崎の殺傷事件に続いて、元農水事務次官が息子を刺殺する事件が起きたことで、「8050問題」が注目を集めている。80代の後期高齢者にさしかかった親が、50代の中高年引きこもりの生活の面倒をみるケースのことだが、これからの日本の大問題になるというのだ。 内閣府の調査によると、40~64歳の中高年引きこもりは約61万人ということだが、そんなものではないという専門家もいる。世間体を気にして家族が周囲に隠す「隠れ引きこもり」や、親の身の周りの世話をするという名目で同居する「パラサイトシングル」も含めると、もっと膨大な数に膨れ上がるという。 では、そんな8050問題を解決するにはどうすればいいか。 メディアや評論家の主張の「王道」は、「1人で問題を抱えこまず周囲に相談」である。行政や専門家の力を借りて、中高年引きこもりが自立できるよう社会全体で支援をすべき、要は「自立支援」で引きこもりを1人でも減らしていこう、というわけだ。実際、某有名引きこもりの自立支援施設は、「引きこもりをなくす」というスローガンを掲げている。 しかし、事件取材で少なからず、引きこもりの人たちや家族と過ごしてきた経験から言わせていただくと、この「解決策」はあまり良くない。「引きこもりをなくす」という表現からもわかるように、自立支援施策は、「引きこもり=撲滅すべき悪いこと」という大前提に立っている。そういう考えで、引きこもりの人たちと向き合っても、うまくいくどころか、事態を悪化させる可能性が高いのである。 では、どうすればいいかというと、「なくす」のではなく、いかにして「無理なく続けられるようにするか」だ。親が亡くなってからも、中高年引きこもりがこれまでの生活を継続できる仕組みを早急に整備することだ』、なるほど。
・『従来の引きこもり支援では歯が立たない3つの理由  役所に行かずとも、生活保護の申請などの面倒な手続きができるような制度の整備、親が遺した不動産や資産を活用して、安心して引きこもり生活が送れるようなアドバイス、そして誰とも顔を合わせずにできる在宅ワークの斡旋などなど、「引きこもり生活の支援」である。 もちろん、社会復帰したいという方には、これまで通りの就労支援をすればいい。が、引きこもりは10人いれば10通りの問題があり、中には社会に出たくないという人もいる。というよりも、そっちが大多数なのだ。そのような人たちを無理に外へ引っ張り出して、「みんなと同じように働け」と迫るより、これまでのライフスタイルを維持しながら、引きこもりの人なりに社会と関わる方が、本人にとっても、社会にとっても幸せなのだ。 「はあ?そんな甘っちょろいやり方では、引きこもりが増えていく一方で何の解決にもならないぞ!」と怒る方もいらっしゃるかもしれないが、現実問題として、初老にさしかかったような人の生き方・考え方をガラリと変えさせるのは非常に難しい。しかも、60万人以上という膨大な数の人々を変えることなど不可能だ。 だったら、社会が変わるしかない。「引きこもり」は撲滅するようなものではなく、「サラリーマン」とか「専業主婦」とかと同じような位置付けで、この社会の中に当たり前のように存在する生き方として受け入れて、それを継続できる仕組みを国や行政がつくるという方が、よほど現実的なのだ。 そこに加えて、筆者が従来型の「引きこもり自立支援」をもうやめるべきだと思うのは、以下の3つの理由が大きい。 (1)20年継続して状況が改善していない (2)引きこもりの人たちの「プライド」を傷つける (3)腫れ物扱いが「被害者意識」を増長させる』、なかなか現実に即した考え方のようだ。
・『まず、(1)に関してはじめに断っておくと、自立支援に尽力されている方たちを批判するような意図はまったくない。そのような方たちの血のにじむような努力によって、引きこもりではなくなったという方もいらっしゃるだろうし、献身的な活動をされている方たちに対しては、尊敬の念しかない。 が、そのような立派な方たちがどんなに頑張ったところ、61万人以上という圧倒的なスケール感の前には歯がたたない。B29に竹やりで挑むようなものだと言いたいのである。 引きこもりが社会問題となった1980年代から「自立支援」という対策は続けられている。1990年代後半から2000年代にかけて、「引きこもりに対する理解を深めて、彼らの自立を支援しよう」という、現在にもつながる考え方が社会に広まり始める。支援をする人たちも増えていった。 そこから20年が経過した結果が、「中高年引きこもり61万人以上」である。もちろん、自立支援をする方たちの血のにじむような努力で、引きこもりから社会復帰したという方もいらっしゃるが、社会的には「状況は改善していない」というのが、動かし難い事実なのだ』、「そのような立派な方たちがどんなに頑張ったところ、61万人以上という圧倒的なスケール感の前には歯がたたない」、20年が経過しても「状況は改善していない」、などは重い事実のようだ。
・『「自立支援」という言葉自体が引きこもりに喧嘩を売っている  これはつまり、この問題が「草の根の頑張り」で解決できるような類いのものではないということである。多少の税金を投入して、引きこもり支援の人員を増加するとかではなく、これまでとはまったく異なる方面からアプローチしなくてはいけないということなのだ。 そこに加えて、従来の自立支援が問題なのは、(2)の《引きこもりの人たちの「プライド」を傷つける》という側面があるからだ。 偏見とかディスっているわけではなく、引きこもりの人というのは、一般の人よりも「自尊心」が高いという傾向がある。それは内閣府の調査(生活状況に関する調査、平成30年)でも浮かび上がっている。 「他人から間違いや欠点を指摘されると、憂うつな気分が続く」という質問に、「はい」「どちらかといえば、はい」と答えた人の割合が、引きこもりではない人たちが34.8%だったことに対して、「広義の引きこもり群」は55.3%と明らかに高くなっている。 また、「自分の生活のことで、人から干渉されたくない」という質問に関しても、引きこもりではない人たちが79.9%なのに対して、「広義の引きこもり群」は93.6%となっている。 皆さんの周りにいる、他人の意見に耳を貸さない人、間違いを指摘されると不機嫌になる人を思い浮かべていただければわかるが、このような人たちは基本的に、プライドが高いのである。では、そういう人たちが「あなたが自立するように支援しますよ」「手を差し伸べますよ」なんて言われたら、どういう感情が湧き上がるのかを想像していいただきたい。 憂鬱、苦痛、不機嫌――中には、侮辱されたと怒りの感情を爆発させる人もいるのではないか。プライドが高い人に対して「引きこもり自立支援」というのは、明らかに「上から目線」で喧嘩を売っているようなものなのだ』、説得力溢れる主張だ。
・『「かわいそうな人」扱いが他責傾向を増長させる  その典型的なケースだった可能性が高いのが、川崎の事件を起こした岩崎隆一容疑者だ。 今年1月、引きこもり傾向を相談していた市職員からアドバイスを受けて、おじが手紙を書いた。手紙の中で自分のことを「引きこもり」と書かれていることに対して、岩崎容疑者はカチンときたようで、「自分のことはちゃんとやっている。食事も洗濯も自分でやっているのに、引きこもりとは何だ」と怒ったという。 もちろん、引きこもりの人はすべてプライドが高いなどと言うつもりは毛頭ない。受け取った手紙に「引きこもり」という文言があっても、なんとも思わないという方もいらっしゃるだろう。しかし、9割の人が「他人に干渉されたくない」と思っているのも事実だ。 そういう人たちに、「自立支援」という、かなり一方的で押しつけがましい「干渉」をしても、反感を買うだけというのは容易に想像できよう。 また、「自立支援」というスタンスの最大の問題なのは、(3)の《腫れ物扱いが「被害者意識」を増長させる》ということだ。 「支える」「助ける」という「上から目線」の扱いがまずいのは、引きこもりの人たちに「自分は社会からサポートされるようなかわいそうな立場の人間なのだ」と錯覚させてしまうことにある。そういう被害者意識を植え付けられた人は往々にして、周囲を困らせるパターンがよくあるのだ。 10年くらい前、世間を震撼させた猟奇事件を起こして服役していた人物と親交があった。当時で50代後半だったが仕事はなく、大企業の役員をしていた父の家で暮らし、その父が亡くなった後も、父の残した資産で食べ繋いでいた。今でいう「中高年引きこもり」だ。 最初は普通に友人付き合いをしていたが、何かにつけて社会が悪いとか、自分のことを評価しない、誰それが悪いという愚痴っぽい話が多いので、次第に距離を取るようになっていった。すると、ある日、携帯電話にこんな留守電が入っていた。 「そんなに僕に冷たくするのなら、これから包丁を持って渋谷のスクランブル交差点に行って誰かを刺します。捕まったら、友人から避けられて人生が嫌になったと言ってやりますよ」 私は速攻で自宅に伺って、話相手になってご機嫌取りをする羽目になった。なにせ相手は一度、人を殺した経験がある人物なのだ』、「「かわいそうな人」扱いが他責傾向を増長させる」、というのはその通りなのだろう。筆者の考え方は、すごい経験に裏打ちされたもののようだ。
・『被害者意識が募って家族を脅す人もいる  そういう「他責癖」のある人が、周囲の人間を「放っておいたら何するかわからないよ」と脅すというのを、身をもって体験した立場から言わせていただくと、今回の元農水事務次官による事件には、かなり思うところがある。 被害者の44歳の息子は刺される前、隣接する小学校の運動会の「騒音」を巡って、容疑者である父と口論になって、こんなことを口走ったという。 「うるせえな、子どもをぶっ殺すぞ」 男性はSNSでいろいろな人と交流を持っていて、殺害される直前もメッセージを投稿するなど、情報的には社会とつながりを持っていた。この発言が事実なら当然、川崎の事件を意識してのことであることは間違いない。 一方で、この男性はSNSで母親を執拗にディスって、「勝手に親の都合で産んだんだから死ぬ最期の1秒まで子供に責任を持てと言いたいんだ私は」と主張するなど、かなり「他責癖」のある人だった。裏を返せば、強く自分のことを「被害者」だと思っていたのだ。 自分のような引きこもりが、川崎の事件のようなことを起こせば、父と母に対してこれ以上ないダメージを与えることになる。このような「脅し」をすれば、機嫌を直してくれと懇願して、父もひれ伏すはずだ――。そう思ったのではないか。 もちろん、これはすべて筆者の想像に過ぎない。しかし、引きこもりの人が「暴走」する際に、強烈な「被害者意識」が原動力になることが多いのは、紛れもない事実だ。つまり、引きこもりの人を必要以上に「かわいそうな人扱い」をすることは、本人のためにも、周囲の家族のためにもならない』、「引きこもりの人を必要以上に「かわいそうな人扱い」をすることは、本人のためにも、周囲の家族のためにもならない」、というのもその通りなのだろう。
・『引きこもりを「変える」のではなくそのままで暮らせる社会づくりが重要  「引きこもりにもっと理解を」「社会みんなで手を差し伸べましょう」というのは、一見すると引きこもりの人たちに優しい社会ではあるのだが、他方で、引きこもりの人たちに「俺は社会から気を使われる存在」だと思わせて、その強烈な「被害者意識」から「暴走」をさせてしまう恐れがあるのだ。 以上が、引きこもりの「自立支援」がよくない理由である。 この手の話が注目が集めると、お約束のように「引きこもりというレッテル貼りはやめるべき」「引きこもりの人たちへの差別や偏見を助長するような言葉は控えるべき」とか騒ぐ人たちがいる。 その主張には何の異論もないが、そのような優等生的な意見だけでは何も変わらないという現実も直視すべきだ。 まずすべきは、引きこもりの人たちを「変える」とか、どうにかして社会に適応させるなんて、「上から目線」の傲慢な考え方を捨てることだ。 一方で、過度な哀れみや配慮もやめるべきだ。引きこもりの人が傷つくので、これを言うな、ああいう問題と結びつけるなと「タブー」扱いをしても、本人たちがいらぬ勘違いをするし、口を封じ込められた人たちの憎悪も増す。何もいいことはない。 そういう「弱者を守れ」的な政治運動に利用するのではなく、引きこもりという人たちのありのままを受け入れればいい。そして、彼らの生き方を持続できるシステムを整備するだけでいいのだ。 そうすれば、高齢の親に寄生することなく、1人で引きこもることができる。多くの悲劇が家族間で起きているという現実に鑑みれば、我々が目指すべきは、「引きこもりのいない社会」ではなく、「家族と離れても引きこもりができる社会」ではないのか』、”ひきこもり”問題についての、最も現実的で、説得力のある解決策のようだ。諸手を上げて賛成したい。
タグ:ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 PRESIDENT ONLINE 現代ビジネス ”ひきこもり”問題 (その4)(橋下徹「息子殺しを僕は責められない」川崎殺傷と元次官の事件で思うこと、「中年息子の引きこもり」事件で明らかになった「8050」問題 あなたの隣家も実は…、政府とマスコミが「引きこもり」と言い続ける限り 惨劇の連鎖が止まらない明確な理由、「安心して引きこもれる」仕組みづくりこそ 8050問題の解決策だ) 「橋下徹「息子殺しを僕は責められない」川崎殺傷と元次官の事件で思うこと」 他人を犠牲にしないことが絶対的な第1順位 息子を殺した元農水次官・熊沢氏の行為を僕は責められない 「「中年息子の引きこもり」事件で明らかになった「8050」問題 あなたの隣家も実は…」 腕力では負ける 傍からは気づかない どこにも相談できない老親 一番大きな原因はやはり日本人が社会の中で刷り込まれている『内と外』という考え方がいまだ根強いことでしょう。 子供が引きこもった時点で、『これは家の中の問題だから』と線を引いてしまう。そして、育て方が悪くてこうなってしまった以上、『親の責任』で何とかしなくてはいけないという心理が働く 親の遺体と同居 MONEY VOICE 「政府とマスコミが「引きこもり」と言い続ける限り、惨劇の連鎖が止まらない明確な理由」 悪意あるレッテル貼りが引き金に。自己責任で片付けてはいけない 見えてきた凶行の動機 「引きこもり」という言葉を安易に使った行政 「引きこもり」という言葉の破壊力 事件は連鎖していく… 引きこもりは全国に200万人 誰が「引きこもり」を言語化したのか? 引きこもりは「長期失業者」 「引きこもり」という言葉を変えるべき 「「安心して引きこもれる」仕組みづくりこそ、8050問題の解決策だ」 「安心して引きこもれる」環境づくりこそが望ましい 従来の引きこもり支援では歯が立たない3つの理由 従来型の「引きこもり自立支援」をもうやめるべきだと思うのは、以下の3つの理由 (1)20年継続して状況が改善していない (2)引きこもりの人たちの「プライド」を傷つける (3)腫れ物扱いが「被害者意識」を増長させる 「自立支援」という言葉自体が引きこもりに喧嘩を売っている 「かわいそうな人」扱いが他責傾向を増長させる 被害者意識が募って家族を脅す人もいる 引きこもりを「変える」のではなくそのままで暮らせる社会づくりが重要
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