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女性活躍(その13)(反パンプス運動「痛い靴で働くのは嫌」は当たり前、小田嶋氏:鳴らさなかった終了のホイッスル) [社会]

女性活躍については、6月8日に取上げた。今日は、(その13)(反パンプス運動「痛い靴で働くのは嫌」は当たり前、小田嶋氏:鳴らさなかった終了のホイッスル)である。

先ずは、コラムニストの河崎 環氏が6月5日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「反パンプス運動「痛い靴で働くのは嫌」は当たり前」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00030/060500018/?P=1
・『「おい、職場なんだから、ちゃんとした格好をしろよ」。いつかどこかで聞いたことのあるフレーズではないだろうか。あるいは、自分自身が常日ごろそう部下に言って回る立場だという方もいらっしゃるだろう。接客業の場合はもちろん、内勤でも顧客対応の時はネクタイ・ジャケット着用が社会人として「マナー」であると教えられる企業や業界は数多い。 ところがいま、働く女性や就職活動をする女子学生の中から「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動としてハイヒール強要について上がった抗議の声が話題になっている。「#KuToo」とは、「靴」と「苦痛」をかけてもじった造語だ。「なぜ足を怪我しながら仕事をしなければいけないのか」とハイヒール強要の職場で理不尽な思いをした実体験を持つ女性が「職場でのパンプス、ヒール靴の強制をなくしたい」とネットで呼びかけた結果、1万9000人近くにのぼる署名が集まり、大手企業の学生採用面接が解禁される6月に合わせて厚生労働省へ提出されたのだ。カナダの一部の州やフィリピンでは企業によるハイヒール着用の強制を行政が禁ずる動きもあり、「反パンプス」の波は世界的に広がりつつある』、「#KuToo」とはなかなかよく出来た造語だ。
・『苦痛なのにそれでも履く「なぜ」  ヒールやハイヒールと聞いて読者諸兄が想起するのは、女性の間では大抵「パンプス」と呼ばれる靴だろう。ヒールやハイヒールそれ自体はかかとの高さを指すことが多く、その意味でヒール靴とはサンダルでもブーツでもあり得る。パンプスとは、足をかかとからサイド、つま先まで本革や合成皮革・布帛などの素材でぐるりと包み込んだ、足を滑り込ませるタイプの靴であり、職場で最も一般的な「ヒール靴」の形態だ。そのパンプスやその他のヒール靴を履くことで「足を怪我しながら仕事をする」とのフレーズに、首を捻る男性は多いかもしれない。だが、そのフレーズにこそ首肯する女性もまた、多いのだ。 リビングくらしHOW研究所の「靴と足の悩み」調査(2018年)によると、普段ヒール靴を履かない女性のうち4割超が「本当は履きたいが、履いていない」と答える一方で、ヒール靴を履く人の中にも、仕事での必要やおしゃれのために我慢するが、「本当は履きたくない」という人が3割超もいることがわかった。 調査に寄せられたアンケート回答から読み取れる、女性がヒール靴を「履いていない」あるいは「本当は履きたくない」の本音に通底する理由とは、「ヒール靴は足が疲れるから」「痛いから」「危ないから(転倒の可能性や走れないなど)」に尽きる。 男性がかかと部分を数センチから時には10センチ以上も細めの棒で持ち上げて足を斜めに前傾させる器具を常に履いたまま1日外出し歩き回ることを考えると、ヒール靴が本来的に持つコンセプトの「異様さ」「危うさ」をお感じいただけるだろうか。西洋に起源を持つ「洋装」の美意識においては、それがより足を細く長く見せて美しいのだ。しかもその前傾した足からフォーマルさが感じられるのだ……とされてきたにせよ、自然な人類の姿からは明らかに、足元のみ前傾した姿で立ちっぱなしで働く、まして歩く、走るのには圧倒的に不適であることは想像に難くないだろう。 筆者は上背があることもあって、女性ながら足のサイズが25.5センチあり、日本人女性としては大足の部類に入る。おかげで、これまでの人生でヒール靴とは愛憎溢れる関係を築いてきた。ファッションが好きだったため、お洒落と考えられている、ヒールのある靴に何かと目が向く。仕事で「ちゃんとした」スーツを着る時ならなおさら、その足元が「ちゃんとした」ヒール靴でないというのは美意識が許さない。背筋もピンと伸びる気がするし、仕事モードに切り替わり、何よりもそれが相手に失礼のない「ちゃんとした格好」だと思っていたからだ。 だが、小柄な男性並みの足の大きさでヒール靴を履き、一日中仕事をしたり歩き回ったりした日の終わりには、足はズタズタだ。前傾のせいで足の指は狭い三角形のつま先にギュウギュウと押し込められて皮が剥けたり爪が食い込んだり変色したり、足裏は不自然な部分に体重がかかって底マメができ、かかとも靴擦れで水ぶくれが赤く腫れ、あるいは横一直線に切れて出血したりする。実は20代の時には、足に合わないヒール靴を履き続けた結果、巻き爪が悪化して二度も足親指の外科手術を受けている(足先というのは神経が密集しているので、筆舌に尽くしがたい激痛である)。切除した足親指の爪は、もうまともな形には生えてこない。靴を優先して、生身の爪を失ったのだ。 「なぜそこまでして」と、我ながら思う。そんな風にしてまさに「足を怪我しながら仕事をする」のが「ちゃんとしている」「フォーマル」「社会人として当たり前」と思っている私のありようは、一応豊かな文明の中で生きているつもりだったが、ひょっとして不自然で不健康極まりないのではないか? 女である私はハイヒール靴をファッションの選択肢として当然視し、痛くてもお洒落のためには我慢して履くことに慣れて疑問を持たなくなってしまっているけれど、男性はハイヒール靴を履くとどんな感想を持つのだろう。試しに、私と同じ靴サイズであるビジネスマンの夫と、中学生の息子に私のヒール靴を履いてもらった。彼らは異口同音に「つま先が痛い」「横もかかとも痛い」「膝が曲がって歩けない」「不快」「なんでわざわざこんなものを履くの? やめたら?」と、早々に脱いでしまった』、「足を怪我しながら仕事をする」というほどに酷いものだとは初めて知った。ただ、その割には、「ヒール靴を履く人の中にも・・・「本当は履きたくない」という人が3割超もいる」というのは、想像以上に少ない気がする。
・『女性の職場ファッションにも「クールビズ」的な風穴を  様々な男女がいる職場では可視化されてこなかった。しかし、働く女性たちは、職場でヒール靴を履くことを「社会人として当然のマナー」として強要されたり、暗黙の了解のもとで求められる問題に対してみなそれぞれに工夫したり自衛したり、あるいは明確なアンチとしての立場を表明している。「#KuToo」運動に寄せられた女性たちのツイートには、厳しい言葉が並ぶ。 「ハイヒール履く自由も、履かない自由も与えられるべき!」「靴擦れや外反母趾の負担をどう思うの? そりゃ慣れるよ、見た目も良いよね。でも、それがマナーだなんて、纏足(てんそく)なのって話。履いて走ってみなさいよ。」「パンプスも大好きだけど、ハードに一日動くための靴じゃないよね。職場はもっぱらペタンコ靴か太めローヒール。十分スーツ勢と並んで違和感ないわ。」 また、都内勤務の女性総合職(28歳)はこう語る。「痛みはほぼ毎日感じてます。厚め、薄め、シリコンなど多種多様なインソール(足の痛みを軽減する靴中敷き)を愛用。毎日同じ場所が痛くならないように、1日ごとに履くパンプスを変えたり、ヒールが7センチ高のパンプスの時は、翌日はスニーカーあるいはペタンコ靴で会社に行くようにしてます。イベント仕事はパンプス必須ですが、出番以外、あるいは通勤時はスニーカーで移動したり。働き始めた頃に比べて、ヒール靴を履く機会は減りました」 以前ニュース報道の最前線を取材した時、そこでテレビ画面と時計をにらみながら時間勝負で働き、テレビ局内を走り回る女性たちのデスクの足元には脱いだ(あるいは来客に備えた)ヒール靴が散らばり、しかし彼女たちの足元はスニーカーであることに気づいた。逆に、海外大都市の大手企業で働く女性たちが、通勤はスニーカーで、職場ではヒール靴だった姿も思い出す。 働く女性として、それぞれの職場で求められるマナーやTPOと折り合いをつけ、現実的に対応してプラクティカルに働いている彼女たちのスタイルは、きっと職場フォーマルの定義を現代的に更新しているのだろう。何が「ちゃんとしているか」なんて、結局社会通念も美意識もその人が所属する「世間」の価値観にすぎないのだ。 今回の「#KuToo」運動には、男性から「革靴もつらい」との反応もあった。至極もっともなことだと思う。革靴だって硬いし蒸れるし擦れるしつらい。さらに言うなら、ネクタイだって暑くて苦しくてつらい。ジャケットだって重くて肩が凝ってつらい。 どこかの男性ファッション誌が「ダンディズムとは我慢の美学だ」と書いていたのを思い出した。男性だって女性同様に「我慢が美学」とムリをしてきて、俺はダンディズム派だからムリが好きだと貫く好事家がいる一方、ムリはやめましょう、環境にも悪いし、と現実に対応してみんなで始めたのが「クールビズ」だったのではないか。 ヒール靴やストッキングやブラジャーなど、シャネルがコルセットから解放した女性の洋装にもまだ制約が残り、女性たちにも内面化されている。私はそれが好きなのよという向きは、そのままでいい。だが日本の男性の職場ファッションに「クールビズ」が起き得たのだから、日本の女性の職場ファッションにだって「クールビズ」的な風穴が開いていい、いや、これからのためにしっかりと開けるべきだと思うのだ』、風穴を開けるべく頑張られんことを期待している。

次に、コラムニストの小田嶋 隆氏が6月12日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「鳴らさなかった終了のホイッスル」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00025/
・『先週の水曜日(6月5日)の衆議院厚生労働委員会で、立憲民主党・尾辻かな子議員が、女性に職場でハイヒールやパンプスの着用を義務付けることの是非について質問し、根本匠厚生労働相が答弁した。 この時のやりとりが各紙で記事化され、話題となった。 答弁の詳しい内容は、以下のリンク先 に詳しい。 根本大臣は、こう言っている。「職場において女性にハイヒールやパンプスの着用を指示すること、これについては今、パワハラという観点からのお話でした。当該指示が社会通念に照らして業務上必要かつ相当な範囲を超えているかどうか、これがポイントだと思います。そこでパワハラに当たるかどうかということだろうと思います。一方で、たとえば足をケガした労働者に必要もなく着用を強制する場合などはパワハラに該当し得ると考えております。そこは職場でどういう状況の中でなされているのかというところの判断かなと思います」 関連記事を一覧すると、まず共同通信が【パンプス「業務で必要」と容認 厚労相発言、波紋呼びそう】 という見出しで報道し、以下それぞれ 毎日新聞【根本厚労相「パンプス強制、パワハラに当たる場合も」】 朝日新聞 見出し:「容認」 本文:容認する姿勢 産経新聞 見出し:「業務で必要なら…」 本文:事実上容認 読売新聞 見出し:「パワハラに該当しうる」 本文:「~範囲」にとどまるべき という論調で伝えている。 上に引用した各社の伝え方については、バズフィード・ジャパンの記事が詳細に報じている』、たまにはこういう息抜きの国会論戦があるのもいいものだ。
・『原稿の書き方として有力なのは、以上でご紹介した記事を踏まえて「では、大臣の真意はどこにあったのか」 を明らかにすべくあれこれ臆測を並べることなのだが、今回はその手法は採用しない。 理由は、私の思うに「大臣は事実上何も言っていない」からだ。 もう少し噛み砕いた言い方で説明するなら、根本厚労相は、尾辻議員の質問をはぐらかして一般論を述べてみせただけで、いわゆる「#KuToo運動」に対してはコメントを供給すること自体を拒絶している。 大臣が言っているのは、あくまでも「社会通念に照らして業務上必要と考えられる指示であるのなら、それはパワハラではない」というあらためて文字にするのも愚かな一般論であって、そこから一歩踏み込んだ 「職場の上司が女性従業員にハイヒール(あるいはパンプス)の着用を求めることがパワハラに当たるのかどうか」という問いかけに対しては明言を避けている。 であるからして、答弁の言葉を解読して大臣の「真意」を読み取る努力は、不毛であるのみならず有害な仕事になる。 なんとなれば、「わたくしには『真意』といったようなものはございません」というのが、結局のところあの日の答弁を特徴づけている「真意」だったからだ。 根本大臣は、「必要なものは必要だし、不必要なものは不必要だと考えます」という感じの、「白い雲は白い」「忘却とは忘れ去ることです」といったあたりの命題に等しい、人を食ったような観察を陳述したにすぎない』、官僚が答弁を作ったのだろうが、巧みだ。
・『思うに、あえて読み解くべきポイントは、大臣答弁の中で「社会通念」というやや大げさな言葉を振り回したところにある。 大臣の言う「社会通念」とは、つまるところ 「職場世論の大勢」「暗黙の了解」「アンリトン・ルール」「時代思潮」「一般常識」「無言の圧力」といったあたりのあれこれを含めた、現実にわが国の職場のガバナンスを決定している「空気」のことだ。 言うまでもないことだが、われわれの社会を事実上動かしている「空気」は 「魚心あれば水心」「目配せと忖度」「ツーと言えばカー」といったコール&レスポンスによって醸成される 「ルールなき強制」を含んでいる。 この「空気による自律的ガバナンス」の問題点は、指揮系統が存在せず、文書主義が顧みられず、誰一人として結果責任はおろか説明責任すら果たしていない中で、謎の強制だけがゆるぎなく機能してしまっているそのがんじがらめの構造それ自体の裡にある』、「空気による自律的ガバナンス」についての指摘は、本質を突いて鋭く、見事という他ない。
・『要するに、この日の大臣の答弁のなんともいえない気持ちの悪さは、職場のメンバーたるジャパニーズビジネスマンが、その、どうにもジャパニーズなヌエの如き同調圧力に従うべきであることを暗示したことから醸し出されているもので、だからこそ一部の新聞はあえて底意地の悪い解釈で見出しを打ってみせたのである。 一方、尾辻議員は、おそらく、わが国の労働現場が、服務規程なり職場規則なりといった成文化されたルールによってではなく、戦前の隣組じみた謎の同調圧力に支配されている現状を憂慮している。だからこそ彼女は、一部で盛り上がりつつある、KuToo運動に、大臣がエールを送ってくれる展開を(ダメ元で)期待した。 で、「職場の空気だの社会通念だのみたいな、現場の同調圧力に丸投げにするんじゃなくて、ここはひとつ大臣としての公式見解を出してくださいよ」という、いささか芝居がかった質問を持ち出したのだと思う。 つまり、尾辻議員は、大臣に「鶴の一声」を求めた。 ところが、大臣は自身の見解を明らかにしなかった。 その代わりに木で鼻をくくったような一般論を並べ立ててみせた。 っていうか、根本氏は 「そのへんは、まあ、職場の空気次第だわな」という、実に身も蓋もないオヤジの世間話を投げ返して寄越したわけだ。 大臣の回答を俗に噛み砕いた言い方に翻訳すると 「それぞれの職場で必要だと判断されたのであればそれは必要だということなのであろうし、不要と判断されたのであればそれは不要だということなのではないかと愚考いたします」といった調子の同語反復に着地する。 要するに、あらゆる問題点を「職場の空気」ないしは「社会通念」に委ねているだけの話だったりする。 こんな答弁をするくらいなら 「尾辻委員のご質問は、職場ごとに当事者がケース・バイ・ケースで考えるべき課題であると考える。少なくとも私はお答えすべき立場にはございません」と言った方が正直な分だけまだ誠実だった』、「尾辻議員は、大臣に「鶴の一声」を求めた」というのもお粗末だが、予想される答弁に対して、直ちにツッコミを入れるぐらいの気構えが欲しかった。
・『さて、大臣が、「社会通念」という言葉を使ってこの間の事情を語ったことは、当日の答弁にもうひとつ別のニュアンスを生じさせている。 というのも 「社会通念」という言葉は、単なる「職場ごとの個別の事情」という着地点を超えて、「社会に生きる者が等しく従うべきスタンダード」 さらには「国民の義務」 あたりを示唆する空恐ろしい強圧を導き出して来かねない用語でもあるからだ。 実際、大臣の真意が 「職場の空気がそう命じているのなら、その空気に従うのが従業員の義務だ」ということなのだとすると、この考え方は 「職場の空気がサービス残業を求めるのであれば、黙って働くのが賢明な社会人としての処世だわな」「つまりアレだ。男性社員は育児休暇をとらないというのが暗黙のうちに共有されているジャパニーズビジネスマンのアンリトン・ルールだというわけだよ」「っていうか、新入社員が有給全消化とか、単に喧嘩売ってる感じだしな」「まあ、そこまでは言わないにしても、せめて有給の申請に当たっては一応それらしい理由で周囲を納得させるのが大人の知恵ではあるのだよヤナセ君」といったあたりの奴隷道徳に至るまで、無限にエスカレートして行く。 実態に即した話をすれば、運送会社の出庫係にハイヒールを強制するのは、一般常識から考えて不当な服装規定だと思う。逆に、ホテルのフロア担当係がウエスタンブーツというわけには参らぬだろう。 ただ、ここに挙げた例は、あくまでも「個々の実例」にすぎない。逆に言えば、明確な回答が示せるのは、個々の具体的な職場に限定した、個別の質問に対してだけだったりもする。 ということは、 「パンプスあるいはハイヒールの強制はパワハラではないのか」みたいな雑なくくりの質問には、誰が回答者であったとしても、答えようがない。 大臣(あるいは、答弁の原稿を書いた役人)の側からすれば 「そんな罠みたいな質問にひっかかってたまるかよ」ということですらある。 実際、大臣の立場で 「パンプスならびにハイヒールは、現状のわが国の一般的な労働環境から推し量って、必ずしも着用を義務付けることが適当なアイテムであるとは考えない」てなことを断言してしまったら、それはそれで一部の業界に多大な影響を及ぼしたはずだし、うっかりすると「炎上答弁」になった可能性がある』、「「社会通念」という言葉は・・・「社会に生きる者が等しく従うべきスタンダード」 さらには「国民の義務」 あたりを示唆する空恐ろしい強圧を導き出して来かねない用語でもある」、というのはその通りで、気を付ける必要がありそうだ。「そんな罠みたいな質問にひっかかってたまるかよ」と分かった上で、質問をかわしたのだとすれば、厚労省の役人も捨てたものだはないようだ。
・『ただ、個人的な見解を述べるなら、私は、根本大臣に、多少の炎上は覚悟の上で 「社会通念」を変えるに至る、一歩踏み込んだ回答をしてほしかったと思っている。 というのも、「社会通念」は、万古不変の鉄則ではないわけだし、大臣というのは、その「社会通念」に風穴を開けることが可能な立場の人間だからだ。 政治家なり官僚が「社会通念」を変えた代表的な例として「クールビズ」がある。 正直なところを申し上げるに、私は、この官製ファッション用語の押し付けがましさ(あるいは「ドヤ顔感」)がどうしても好きになれないのだが、その一方で、この「上からの服飾改革運動」が、結果として日本のオフィスに顕著な変化をもたらしたこと自体は大いに評価しなければならないと考えている。 「うちの国の熱帯仕様の夏にネクタイ着用が義務付けられている労働環境って、単なる拷問じゃね?」「だよな。こんなもの誰か影響力のあるファッションリーダーなり、政府の偉い人なりが、一言やめようぜって言えばみんな喜んでやめると思うんだけどな」「だよな」という声は、私が勤め人だった時代からオフィス内に充満していた。 とはいえ、ノーネクタイでの勤務が可能になる時代がやってくることを、本気で信じている勤め人は、ほとんど皆無だった。 それが、 「クールビズ」という軽佻な和製英語とともに、オフィスの服飾革命はある日突然、わりと簡単に実現したのである。 「いやあ、うちの会社も最近なんだかクールビズなんてことを言い出しましてね。個人的にはノーネクタイというのはいかにも気持ちが定まらない感じで困惑しておる次第なんですが」とかなんとか言いながら、人々は、徐々にネクタイを外しはじめた。 さらに、当初は単にノーネクタイの白ワイシャツ姿の若手社員あたりから出発したクールビズは、やがて半袖開襟シャツや、無地のポロシャツをも容認する方向に拡大し、昨今では柄シャツで出勤する管理職すら珍しくなくなっていると聞く。 こういう歴史を知っている者からすると、夏場の男のネクタイ以上に理不尽かつ有害で、のみならず健康被害の原因にさえなっている女性勤労者のパンプスやハイヒールについて、責任ある立場の人間が、そろそろ終了のホイッスルを鳴らして然るべきだと考えるのは、そんなに非現実的な願望ではない。 ところが、根本大臣は 「それ、ケース・バイ・ケースだよね」という逃げの答弁に終始してしまった。 なんと残念な態度だろうか。 根本さんの内部に、自分が日本のオフィスのドレスコード解放運動におけるリンカーンの立場に立つという野心は存在していないということなのだな』、根本大臣の顔を見る限り、そうした野心とは無縁のようだ。
・『最後に余談をひとつ。 フジテレビ系の「ワイドナショー」という番組の中で、MCの松本人志氏が、 「凶悪犯は不良品だ」という趣旨の発言をした件について、フジテレビの石原隆取締役は6月7日の定例会見 の中で 「差別的な意図はなかった」と説明している。 この種の発言について「差別の意図の有無」を語ることには、あまり意味がない。 というのも、差別的な発言は、発言者に差別的な意図があるかどうかとは関係なく、それを聞かされる側の人間を傷つけるからだ。であるから、むしろ、差別的な意図もないのに差別的な発言が漏れ出してしまうのは、発言者の中に確固たる差別意識が根を張っているからだ、というふうに考えなければならない。 同じ意味で、ハイヒールやパンプスについて 「強制の意図はない」と考えている現場の責任者は多い。 彼らの意識としては、「自分が具体的な指示や文書を通じて、ハイヒールやパンプスの着用を強制したことはない」と思いこんでいる。 うっかりすると彼らは 「自分がきれいに見られたい一心で無理なヒール履いてるくせして、それを強制されたとか言い出すってどんな被害者意識なんだ?」くらいに受けとめている。 とにかく、この問題についてはっきりと認識しておかなければならないのは、現実として 「誰も指示なんかしていないのに、職場の空気としてパンプスを履かざるをえない圧力が一人ひとりの女性従業員を圧迫している」ことだ。 別の言い方をすれば 「ハイヒールを履け」「パンプスを履け」という明確な言葉なりルールに裏打ちされている明らかな強制よりも、 「職場にはふさわしい服装で出勤すべきだ」という、 「社会通念」によってやんわりと推奨されているパンプス着用義務の方が、問題の根は深いということでもある。 根本大臣には、半日でもよいから、5センチ以上のハイヒールを履いて業務をこなすことを経験してほしい。 私は、20代の頃、さる雑誌の企画で女装をしたことがあって、以来、ハイヒールにはトラウマをかかえている。 それゆえ、ああいうものを部下に履かせて平気でいられる人間が、人を使ってよいはずがないとも思っている。 してみると、ハイヒール強制の解除を叫ぶより、管理職に就く男性社員に、一定期間の女装勤務を強制する方が、この問題を共感とともに解決するソリューションとしては現実的だろう。 ぜひ、実現してほしい』、「差別的な意図もないのに差別的な発言が漏れ出してしまうのは、発言者の中に確固たる差別意識が根を張っているからだ、というふうに考えなければならない」、「「ハイヒールを履け」「パンプスを履け」という明確な言葉なりルールに裏打ちされている明らかな強制よりも、 「職場にはふさわしい服装で出勤すべきだ」という、 「社会通念」によってやんわりと推奨されているパンプス着用義務の方が、問題の根は深いということでもある」、などというのはその通りだ。「ハイヒール強制の解除を叫ぶより、管理職に就く男性社員に、一定期間の女装勤務を強制する方が、この問題を共感とともに解決するソリューションとしては現実的だろう」とのオチは、秀逸だ。
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