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恋愛・愛情・結婚(「同棲」に対するスタンスで年齢がバレる? 過去50年の「日本の同棲観」の変遷を読み解く、離婚とは違う「卒婚」という新しい夫婦のあり方 「自分の好きに生きたい」40代以降に急増中、生涯結婚しない「子ども部屋おじさん」が急増 日本が「存続の危機」にさらされている?) [人生]

今日は、恋愛・愛情・結婚(「同棲」に対するスタンスで年齢がバレる? 過去50年の「日本の同棲観」の変遷を読み解く、離婚とは違う「卒婚」という新しい夫婦のあり方 「自分の好きに生きたい」40代以降に急増中、生涯結婚しない「子ども部屋おじさん」が急増 日本が「存続の危機」にさらされている?)を取上げよう。

先ずは、東京大学先端科学技術研究センター助教の佐藤 信氏が6月25日付け東洋経済オンラインに寄稿した「「同棲」に対するスタンスで年齢がバレる? 過去50年の「日本の同棲観」の変遷を読み解く」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/286948
・『結婚前の同棲は是か非か。個人的な問題であり、どちらが正しいとも言い切れない問題であるが、実は同棲にはその時々の日本人の価値観や考え方が大きく反映されており、単に恋愛観や結婚観だけでなく、人口問題を紐解くヒントも隠されている。 戦後日本の結婚や夫婦のあり方について独自の考察を『日本婚活思想史序説』にまとめた筆者が、同棲の歴史とこれからについて解説する』、興味深そうだ。
・『「三畳一間の小さな下宿」:1960~70年代  婚活本を読むと、結婚前に同棲するのがいいのかどうか、今でも議論が分かれている。「独身脱出」を優先する立場は同棲すると幻想が崩れるからNG、他方、結婚後の「結婚生活」を重視する立場はむしろ結婚前のすり合わせをベターとする。結婚観の違いが同棲観にも反映しているわけだ。 しかし、これらの立場に共通しているのは結婚からバックキャスト(注)して同棲を捉えている点だ。よりよい結婚に結び付くかどうかで同棲の善しあしが決せられる。 かつてはそんなことはなかった。若者はもっと無鉄砲で恋愛の先に同棲を捉え、そこから先がむしろ隔絶していた。戦後日本の同棲について最も有名な歌はかぐや姫の「神田川」(1973年)だろう。 この時代には上村一夫のマンガ『同棲時代』も話題になり、評論家の四方田犬彦も「若いカップルの同棲がいたるところで目に付くことになった」と書いている(『歳月の鉛』)。私を含め知らない世代の読者のために記しておけば、この歌は神田川を見下ろす「三畳一間の小さな下宿」、当然風呂は付いていなくて銭湯へ通う、そんな同棲生活を懐かしむものだ。 このストーリーは、作詞の喜多條忠の学生時代の体験を基にしているというから、1947年生まれの喜多條が早稲田大学を中退するまでの60年代後半、1965年の日韓条約批准への反対運動から大学紛争へと学生運動が高揚していく時代の風景がモデルになっている。 紛争の時代。とくに日大なんかそうだったわけだけれど、私大の紛争の前提には学生数の爆発的増大があった。その多くはもちろん地方から上京してくる若者たちだ。彼らは安い下宿を借りて、働きながら大学へ通うか、もしくは通わずに喫茶店でキザに本を読む。もしくは喜多條のようにパチンコを打って、親からの仕送りをパーにする。紛争の時代は下宿の時代でもある。 人文地理学者の中澤高志が言うように、親の家に住む(パラサイトする)未婚者は、いくら成人していても、親が定めた住まい方のルールに従う「子ども」でありつづけることになる(由井義通編著『女性就業と生活空間』。 だからこそ、実家を出ることは自立のための大きな一歩だ。東京では60年代から一人世帯が急増しており(一人世帯の増加は全国的傾向ではあったが、それと比較しても2倍ほどの割合だった)、下宿はそうした一人世帯の増加を引き受けたのだった。 だが、その下宿の時代も70年代前半には下降傾向に入る。寄宿舎・下宿屋の数で見ると、70年代前半をピークに数は減っていくし、住宅総数との比率で見るとピークはもう少し前に存在している。とにかくそれから下宿の数は右肩下がりに下がっていくのだ。「神田川」が若干の郷愁を誘いながらも、若い人々にもよく理解されたのは、70年代前半がまさにこの転換期だったからにほかならない』、残念ながらパラサイトだった私にとって、下宿や同棲は高値の花のあこがれだった。
(注)バックキャスト:目標となる未来を定めた上で、そこを起点に現在を振り返り、今何をすべきか考える未来起点の発想法(マーケティングキーワード)
・『夢の同棲  この下宿こそが若い男女2人の慎ましやかな同棲を準備する。喜多條の当時の詩に「ふたり」というのがある。 今日のあらゆる喧噪から離れて 今はあくまでふたりであろうとする あしたはスープをつくろっと おいしいスープを みち子は冷蔵庫を開けながら 微笑する 僕はそれを横目で見て 美しいと思う(「ふたり」『神田川』1974年) 「喧噪」とは学生運動のこと。詩の最後には「今日は一つの学校が潰れた日/ここまで滅びさせた奴らだけが/再建だ入試だとほざいた日だ」とある。彼にとっての下宿とは、そうした闘いから逃避する場所にほかならなかった。 冷蔵庫があるくらいだから、生活も決して貧しいわけじゃなかったんだろう。彼は、大学を出てからも同じような同棲をしたいと夢見ている。 ときどきふっと淋しい気持に落ちていく。隔絶した両親、厚い壁のできたR、近いが手を握れないH、そしてみち子までが、僕から遠ざかってしまうときがある。僕はあわててみち子との「壁が四方にある部屋のなか」での楽しい生活を夢見る。(「5/December」『神田川』) その個室は外界からの避難所であるだけではなく、淋しさを埋める場所でもある。温かさが漏れ出さないために四方はしっかりと囲まれていなければならない。コンクリートで囲まれた団地の住居に比べるとずいぶん守備力は落ちるとはいえ、彼にとっての木造アパートは「2人の城」だったのだ。 もっとも、その「2人の城」を手に入れることは簡単ではなかった。同棲生活の象徴のように扱われる「神田川」でも、彼/彼女は二人とも大阪の人で、上京しているのは喜多條だけだから、同棲が実現したのは彼女が一時的に上京したほんのわずかな時間だけだ。まして実家暮らしの都会出身者にとっては同棲など夢のまた夢。だからこそ、三畳一間での同棲が憧憬と郷愁をもって語られるのだ。 現在でも上京した若者にとって同棲は憧れの的だろう。とはいえ、今も昔もそれは将来への展望を欠いたものとなりがちだ。木造アパートでの彼女との貧乏同棲生活を続けていくことを夢見ていた喜多條自身、母親から「あんたが結婚するまでお父さんが生きていたら、家の建て売り一軒くらいはプレゼントする」と言われた瞬間、将来の生活のイメージがガラガラと変わっていく。 僕は今まで心に描いていた、彼女との四畳半一間の天井にシミのついた家から、木の匂いがして、窓から庭の植木の見える二人だけの壁のある部屋へと、イメージチェンジしていく[…]寒さに凍え、縮まることもなく、空腹故の心の絶望的なまでの苛立ちや、今までの、今の、そして明日からの見通しのないさめた顔を見つめ合うときも持たずに、その代わりに、温かい湯気の向こうからみち子の顔がうっすらと見え、僕は柔らかな音楽と甘い視線のなかで「生きている安定」を噛みしめる。(「20/December」『神田川』) 貧乏同棲の魅力が潮引けば、同棲の外側で共同生活を伴わない恋愛が追求されるようになる。事実、非親族世帯(2人以上の世帯で、世帯主の親族がその世帯内にいない)の割合は1970年代後半から1980年にかけて大きく落ち込んでいる。 しぜんと、同棲を実現しやすい一人暮らしより、金銭的に余裕ができる実家暮らしが尊ばれるようになる。1988年の『ポパイ』に「結論ひとり暮しはモテる!」(9月7日号)という特集が打たれたのは、それ自体がすでに「ひとり暮らしはモテない」というイメージが固着していたことの表れだろう。 この間、「婚活」の原型ともいうべき現象をつくった1983年創刊の雑誌『結婚潮流』も創刊後すぐに同棲に反発する特集を打っている。それは結婚と結び付けて同棲を否定するものというより(処女性との関連でそうした議論をしたものはあったが)、むしろ恋愛からそのままなだれ込む同棲を無批判に賛美することに疑問符をつけるものだった。そして、同棲とは離れた恋愛が追求される。 どうやらわたしたちがいま慣れ親しんでいる、結婚からバックキャストして考える同棲の日本での源泉は、このあたりにありそうだ』、「実家暮らしの都会出身者にとっては同棲など夢のまた夢。だからこそ、三畳一間での同棲が憧憬と郷愁をもって語られるのだ」、というのはその通りだ。
・『「前奏曲」としての同棲  結婚の前駆として同棲を捉えることは、なにも日本に特有の現象ではない。欧米では若者における同棲が結婚の「前奏曲」(プレリュード)として機能することが増えていると指摘されている。 例えば、スウェーデンのサムボという同棲を法的に保証する制度をみてみよう。35~44歳のカップルについてみると、法律婚カップルの9割はサムボを経験している。それらの結婚に至る年数は3年以内が半分程度となっていて、確かに結婚の試験期間として機能していることがわかる。 同棲は結婚を準備するだけでなく、出生率や子どもの厚生にも貢献しうる。例えばアメリカでは、4割の子どもが未婚の母の下に生まれる。さらに、ある推計によれば、未婚の母の4割は子どもが12歳になるまでに同棲を経験し、さらにその割合は全児童の5割近くにまで上昇すると見込まれている。 一般的に同棲の下にある子どもはシングルマザーの下の子どもに比べて社会的にも経済的にも生活の安定性が高いから、安定的な同棲を促進することは、出生率改善や次世代の厚生にもつながりうるのである。 実際、同棲は出生率、しかも計画的な妊娠を促進するといわれている。 もちろん、日本で突然同棲カップルが増えるということは考えにくいし、まして子どもを産むのは結婚してからという固定観念の強い中、突然に婚外子の出生が増えることはないだろう。 それでも、ここで論じたとおり日本社会の中でも同棲の意味づけは大きく変化してきた。これからも若者たちが同棲をどのように捉え、実際に同棲するかは変化していくだろうし、そんな極めて「私」的に思われることは、実は日本社会の恋愛観や結婚観や、出生率といった「公」的な問題とも絡み合っているのである』、日本でも欧米流の「同棲」が増えていくのだろうか。

次に、日本メンタルアップ支援機構 代表理事の大野 萌子氏が7月22日付け東洋経済オンラインに寄稿した「離婚とは違う「卒婚」という新しい夫婦のあり方 「自分の好きに生きたい」40代以降に急増中」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/292378
・『こんにちは。生きやすい人間関係を創る「メンタルアップマネージャ?」の大野萌子です。 人生100年時代、長い時間を費やしていく中で生き方も多様化し、結婚しない人も増えましたが、結婚してもその関係性はさまざまです。夫婦だからずっと一緒に過ごすという価値観も変化しつつあるのかもしれません。 そんな中、離婚とは違う「卒婚」に注目が集まっています。離婚を考えるほどではないけれど、お互いに干渉せずに自分の時間を持ちたいという切実な思いからか、最近は卒婚に関するご相談や取材、公共機関からの講演オファーなどが増えています』、「卒婚」とは初耳だが、興味深そうだ。
・『そもそも卒婚とは?  夫婦としての籍は入ったままで、お互いに自立した生活を送る形を指します。ある程度夫婦の時間を共にしてきた後、子育てや仕事に邁進してきた時期を過ぎた40代以降に多くみられます。 人生も半ば、少し落ち着いて今後のことを考えるに当たり「もう自分の好きにしたい」「好きなことや趣味に没頭したい」という気持ちから関係性を見直していくに当たっての1つの選択肢です。 別居と同居の形があり、別居の場合は、夫婦のどちらかが、親の介護などを理由に自分の実家に戻る、もしくは、独身の子どもが家を出るタイミングでどちらかの親と一緒に暮らすというパターンがあります。経済的なことを考えると、この2つが最も実現しやすい別居のカタチです。 また、住居費が安い地方にどちらかが移住するというケースもみられます。バブル時代に一世を風靡した地方の観光地などには、格安で購入できるリゾートマンションや別荘などがあり、若いころ憧れていた土地に移り住む方も増えているようです。 いずれにしても、2重生活になるわけですから、ある程度の経済的な後ろ盾が必要になります。お互いが収入を得ていることなどが条件にもなるでしょう。別居の場合は、定期的に会う場合もあれば、盆暮れや親や子どものイベントで会うなど、生活スタイルに合わせて適宜交流をされているようです。 一方、同居の場合は、家事など生活の基本に関して互いに依存せず、自分のことは自分でするというスタイルです。共用スペースのあるシェアハウス的な生活をイメージしていただけるとよいかもしれません。それぞれに違う趣味や活動を持ち、干渉し合わないというカタチです。 夫婦というより、友人関係に近いのかもしれません』、私の友人たちのなかには、親の介護のため親の家に夫だけが同居するケースや、冬以外は清里の別荘に夫だけが過ごすケースなどがあり、既にかなり広がっているようだ。
・『「愛情=面倒を見ること」ではない  「夫婦の愛情とは何か」と問えば、壮大な議論になってしまいそうですが、愛情=面倒を見ること(見てもらうこと)ではありません。実は、この「愛情」と表現される感情の裏には、攻撃性が潜んでいることがしばしばみられます。 お互いを必要な人と認識し、頼る、相談するなどの関わりを持つことは大切ですが、相手への依存が強くなればなるほど、相手に対しての攻撃性を持つようになります。依存度が高い相手に攻撃性が高くなるのは、誰よりも自分の理解者であるべき相手に対して、自分と相手の境界線があいまいになり、相手を自分の思いどおりにコントロールできないことに憤りを感じるようになるからです。 過度な依存は、相手を支配下に置き、相手を尊重せずに自分の価値観を押し付ける暴力行為でもあります。  抵抗なく1人で決められますか?  +服装・髪型 +友人(人付き合い) +整理整頓(持ち物) +趣味 +仕事 以上の項目について、脅しと感じる言動、支配される感覚、たびたび不愉快に感じることがあれば、愛情というよりも支配に傾いているといえます。 多くのことに口出しをされる環境にいると、1人で決断するのを恐れるようになってしまいます。 さらに「お前に任せてはおけないから」などと理由をつけて、ことごとく夫が口うるさく言うのは、自分がふがいないせいだと思い込む妻も多く、暴力的な支配に気づいていないこともあります。また、「GPS妻」とも表現される、夫を徹底的に管理する妻に抵抗できない夫もいます。 支配的なパートナーのよく使う言葉には 「あなたのやることを見ているとハラハラ(イライラ)する」「普通(常識)は、○○だ!」「世間の人は、そう思う」といった、相手にケチをつける基準が非常にあいまいな傾向があります。 また意見すると、激しい怒り、もしくは泣き落としと脅しを繰り返すといった特徴もみられます。さらには、ダブルバインドと呼ばれる2重拘束を押し付けてくることもあります』、こんな束縛をするのは論外で、長年連れ添っているうちに、相互にほどよい距離の取り方が身についてくるケースが多いのではなかろうか。
・『「外へ出なさい。でも無駄使いはダメ」  「好きにしていい。でも家事には手を抜くな」「仕事を持ちなさい。でも職場仲間と夜遅くまで飲みに行くなんてもってのほか」 依存に屈せず適切な距離感を築くためには… このようなパートナーとの葛藤を軽減するためには、依存に屈しないことが大切です。そのためには、 +パートナーに言わないことがあってもよい +パートナーのアドバイスをつねに求めない +自分の意思で行動を決めていく ことが大切です。そんなことをしても相手が変わらないと無理だ、私が我慢すればよいのだからと思っているなら、ご自身にも相手への依存があります。自分が関係性を変えようとしない限り何も変わりませんし、依存から抜け出せないのは、自分の責任でもあります。 自己主張と怒りは違いますし、考え方が違うのは裏切りではありません。 相手の感情に巻き込まれず、自分の信念を持ち、相手と適正な距離を保てる位置まで少しずつ、物理的、精神的に離れることが大切です。 卒婚を成功させるには、夫婦とはこうあるべきといった「べき論」を手放すことも必要です。そもそも夫婦は、1人の人間同士です。それぞれの思いがあり、価値観があり、考え方があります。お互いを認め合い、尊重することができれば、よりよい関係性を築いていくことができるでしょう。 自分の意思や気持ちを大切にし、相手も大切にするためには、関係性を変化させることを恐れず、心地のよい距離感を探っていくことが必要です。長い人生、快適なパートナーシップが育まれますように』、「卒婚を成功させるには、夫婦とはこうあるべきといった「べき論」を手放すことも必要です」、というのはその通りだろう。

第三に、ニッセイ基礎研究所生活研究部准主任研究員の天野 馨南子氏が8月4日付け東洋経済オンラインに寄稿した「生涯結婚しない「子ども部屋おじさん」が急増 日本が「存続の危機」にさらされている?」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/295065
・『最近「子ども部屋おじさん」という造語が、インターネットを中心に大きな話題を呼んでいます。「社会人になっても親元を離れず、実家の子ども部屋に住み続けている中年独身男性」の存在を揶揄(やゆ)するものです。 この「子ども部屋おじさん」の急増により、日本が存続の危機にさらされる可能性があることを、ご存じでしょうか? ニッセイ基礎研究所の天野馨南子氏の新著『データで読み解く「生涯独身」社会』を一部抜粋して解説します。 いま日本では「未婚化」がものすごいスピードで進んでいます。50歳の時点で一度も結婚経験がない人の割合を示す「生涯未婚率」の数字が激増しているのです。 2015年国勢調査の結果から、すでに日本人男性の4人に1人が「50歳時点で結婚の経験が一度もない」ということがわかりました。一方で、同条件下で結婚の経験がない女性は7人に1人と、その数字には男女で開きがあります。 ちなみに1990年の時点では男性の18人に1人、女性の23人に1人と、生涯未婚率に「男女格差」はほとんどありませんでした。 男女の生涯未婚率の「格差」はどのようにして生まれたのでしょうか?結婚しない男性が急増する理由とは何なのでしょうか?このまま「子ども部屋おじさん」が増え続けるとどうなるのでしょうか――?一つひとつ、見ていきたいと思います』、「子ども部屋おじさん」のタイトルに惹かれて紹介することにしたが、確かに困った現象だ。
・『結婚願望がないのか、かなわないのか  女性に比べ、男性の生涯未婚率は高くなっています。10年くらい前に「草食系男子」という言葉が流行したこともあり、結婚に興味を持たない「おひとりさま志向」の男性が増えているのでは?というイメージを持つ人も少なくないようです。 しかし、18~34歳までの若い男女に対して実施された、興味深い調査結果があります。「一生を通じて考えるならば、いつかは結婚したい」と思っている34歳までの若い男女は、2015年の時点で約9割。実は過去30年間にわたってこの割合は大きな変化がないまま推移しているのです。 この調査結果からは「結婚しない」のではなく「その希望がかなわない」人が増えている可能性があることがわかると思います。その原因として、「やはり長期不況のせいではないか?」と考える人も多いようです。 結婚・子育てにはとにかくお金がかかるイメージがあるようですが、実際のところはどうなのでしょうか』、結婚できない男性が増えている真の理由は知りたいところだ。
・『「お金がない」が原因ではなかった! 2014年に実施された、民間シンクタンクによる意識調査で「生涯未婚率はなぜ上昇していると思うか」という質問に対し、既婚者を含む男女ともにいちばん多かった回答は「雇用・労働環境(収入)がよくないから」というものでした。「お金がないから結婚できない」という認識はとても一般的なようです。 しかし、ここに興味深いデータがあります。「結婚生活に最低限必要な世帯年収」について、20~40代の未婚男女・既婚男女にそれぞれ質問した意識調査の回答結果です。いくつか注目すべきポイントはあるのですが、そのうちの1つを紹介しましょう。 必要と思う最低世帯年収に「400万円以上」を選んだ人は、未婚者では66.1%、既婚者では48.6%でした。「既婚の人よりも独身の人のほうが、結婚生活に求める世帯年収が高い人が多い」ということがわかると思います。 未婚男女は、実際に結婚している既婚男女よりも<結婚後に高い年収が必要>だと考えてプレッシャーを感じているのかもしれません。また、「男性が収入面で一家を支えなければならない」というのも、単なる<思い込み>によるプレッシャーである可能性が高いのです。 日本では共働き夫婦が増えています。厚生労働省の調査で、世帯主が29歳以下の子どもがいる世帯を見ると「平均有業人員」は1.43人となっています。わかりやすく言えば、夫婦のどちらか1人だけが働いているのではなく、もう1人くらいは稼ぎ手がいる家庭も少なくない、ということがわかるデータです。 つまり、男性の収入だけに頼って生活している家庭ばかりではない、ということです。専業主婦(夫)は少なくなりつつある、というイメージは世間的にも広がっているかもしれません。ちなみに、2017年の国民生活基礎調査でも18歳以下の子どもの7割、6歳以下の子どもの6割の母親が有業という結果です。 それでは、「結婚の希望がかなわない」人が「男性」に多いのはどうしてなのでしょうか。 いろいろな分析ができますが、ここではいくつかのポイントに焦点を絞りましょう。 1つ目に指摘しておきたいのは、男性のほうが「婚活」にあたって女性よりも悠長に構えていること。女性は男性と比較して早く行動しています。 2015年国勢調査結果を見ると、20代前半では約9割の女性が婚歴がない(以下、未婚と表記)のですが、20代後半ともなるとその未婚率は約6割、30代前半では約3割にまで縮小してしまうのです。その一方で、30代前半の男性の約半数が未婚のままなのです。 2つ目に指摘しておきたいのは、「年の差婚」の難易度の高さについてです。 「男性は妊娠・出産しないので、婚期が遅くなっても問題ないのでは?」と考えている人も少なくないのですが、実際に統計にもとづくリアルデータを見ると「夫が妻よりも7歳以上年上の初婚同士カップルの結婚」は全体の約1割。つまり、30後半の男性が20代の女性との結婚を望んだり、40代の男性が30代前半の女性を求めたりする場合には、この約1割という「希少枠」に切り込んでいくことになるのです。 もちろん、可能性はゼロではありませんが、相当なレアケースです。若い女性に執着し続けたまま男性が年齢を重ねてしまうほどに、成婚は発生確率的に至難の技となります』、「男性のほうが「婚活」にあたって女性よりも悠長に構えていること」、「「男性は妊娠・出産しないので、婚期が遅くなっても問題ないのでは?」と考えている人も少なくない」、いずれも男性が高を括っているためのようだ。
・『「モテ再婚男性」に女性が集中し、男性余りが発生!?  3つ目に挙げられるのは、いわゆるモテ男性による、<女性の独占>が起こっていることです。男女の未婚者数の格差は、一夫多妻制をとる国では当然のこと。1人の男性が何人もの妻を持つために「男性余り」が生じるのです。 当然ながら日本の法律では一夫多妻制は認められていません。しかし、時間をずらして、1人の男性が初婚女性と何回も結婚することはできます。つまり、女性から人気のある、「モテ再婚男性」が、初婚の女性と結婚を繰り返した結果、統計上男女の未婚者数の格差が生じているのです。 ここで、「子ども部屋おじさん」についても言及したいと思います。「子ども部屋おじさん」とはインターネット上のスラング(俗語)で、広義には「社会人になっても親元を離れず、学生時代と同じ子ども部屋に住み続けている未婚の中年男性」を指します。 「子ども部屋おばさん」だっているはずなのに、「子ども部屋おじさん」ばかりがクローズアップされるのは不公平だ、という意見もよく聞きます。そう言いたくなるのももっともだと思いますが、これまで見てきたように、未婚男性が未婚女性を数と割合で圧倒していますので、客観的に見て、世間で「子ども部屋おじさん」のほうが「子ども部屋おばさん」よりも目立つのは自然な流れなのかもしれません。 子どもが実家からなかなか独立しない(できない)大きな理由の1つとして、親子同居のメリットの大きさが挙げられます。例えば、子どもが社会人になってからも両親と共に3人で暮らしている場合、OECD(経済協力開発機構)の計算方法を用いると、一人暮らしをしたら100万円かかっていたコストが58万円程度で済むのです。 年金を受給している祖父母も加わって5人暮らしをしているともなれば、1人当たりのコストは45万円程度にまで下がります。一人暮らしに比べ、親との同居は圧倒的にコスパがいいのです。 経済的なメリットのほかにも、食事の支度や掃除、近所付き合いを親頼みにできることなど、子どもにとってさまざまな利点があります。しかしその一方で、「結婚しても家のことが何もできなさそう」というイメージが先行するようで、「実家住まい」の男女は婚活市場では人気がありません』、「女性から人気のある、「モテ再婚男性」が、初婚の女性と結婚を繰り返した結果、統計上男女の未婚者数の格差が生じているのです」、とは結婚にまで格差が押し寄せているらしい。「子ども部屋おじさん」の方が「圧倒的にコスパがいいのです」、というのはその通りなのだろう。
・『母親の歪んだ“息子愛”が元凶だった!?  また、2016年に実施された興味深いアンケート調査結果があります。母親と父親が、その息子・娘に対して<いつ頃までに結婚してほしいか>を尋ねたところ、父親から息子・娘への結婚希望時期は「20代後半まで」が1位、母親から娘への結婚希望時期も「20代後半まで」が1位であるのに対し、母親から息子への結婚希望時期だけは「30代前半まで」が約4割を占め、1位となっています。 しかし先ほども話しましたが、30代前半になるとすでに同年代では未婚女性が3割程度しか残っていません。では、若い女性と年の差婚をと考えても、初婚を目指す男性についての年の差婚の発生確率は厳しいのです。 「子ども部屋おじさん」を生み出す元凶の1つに、母親による「男の子の結婚は、女の子より遅くていいのよ」という意識があることを、指摘できるデータといえるかもしれません。 「最近の子は親に甘えて親から離れられない」という意見を持つ人もいるかもしれませんが、1つ強調しておきたいのは、子ども側の独立志向は以前に比べて高くなってきているということです。 あるアンケート調査結果では、「できるだけ早く独立したい」あるいは「親との同居は、自分に経済的自立ができるまで」と考えている若い未婚男性は合わせて7割近くもいることがわかりました。父親世代ではその割合が4割以下だったにもかかわらず、です。 日本は1995年以降、既婚者と未婚者を合わせた出生率の合計特殊出生率が1.5未満となる超少子化社会に突入し、すでに20年以上が経過しています。統計的に見ると、日本の既婚夫婦が持つ最終的な子どもの数は長期的にはあまり変化がなく、2人程度で推移しています。 また、婚外子(結婚している夫婦以外のカップルに生まれる子ども)の割合は極めて小さい国なので、統計上有効な少子化対策としては、夫婦の間に生まれる子どもの数を増やそうとする従来の「子育て支援策」よりも、急増する「未婚化対策」により真剣に取り組む必要があるのです。 政策としての未婚化対策がよい結果を出せなければ、日本はこのまま民族絶滅の危機、すなわち<絶滅指定危惧種>に指定され続けます。すでに中国やアメリカの知識層からは「(民族絶滅により)日本の文化が消えてなくなるのは残念だ」といった声までも上がっています。 データからは「子ども部屋おじさん」が急増する背景には「わが子かわいさ」のあまり、いつまでも息子との同居を許してしまう母親と、そんな妻(子ども)のありように無関心な夫、という日本の夫婦の姿が見え隠れします。しかし年齢差を考えれば、親が子どもの「生涯の伴侶」になることはできないのです。また、子どもは親のペットではありません。 この日本で、先進国のなかでは異例の割合で子どもを「子ども部屋」に囲い続け、親離れさせないのはいったい誰なのか――。私たちは考える必要があるのではないでしょうか』、「「子ども部屋おじさん」が急増する背景には「わが子かわいさ」のあまり、いつまでも息子との同居を許してしまう母親と、そんな妻(子ども)のありように無関心な夫、という日本の夫婦の姿が見え隠れします」、というのは嘆かわしい事態だ。 
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