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ビジット・ジャパン(インバウンド)戦略(その8)(大阪・ミナミが「アジア人」で大混雑する理由、「日本は退屈な国」欧米人アンケートの衝撃結果に挑む観光庁の勝算、日本に1円も落とさない中国人観光客が急増する理由) [経済政策]

ビジット・ジャパン(インバウンド)戦略については、昨年11月24日に取上げた。今日は、(その8)(大阪・ミナミが「アジア人」で大混雑する理由、「日本は退屈な国」欧米人アンケートの衝撃結果に挑む観光庁の勝算、日本に1円も落とさない中国人観光客が急増する理由)である。

先ずは、昨年12月31日付け東洋経済オンライン「大阪・ミナミが「アジア人」で大混雑する理由 もはや異国! データで読み解く「大阪の今」」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・大阪の難波や心斎橋界隈の繁華街、通称「ミナミ」は、かに道楽やグリコの看板などコテコテの大阪文化が堪能できるスポットとして知られる。 この大阪を代表する繁華街が今、異様な熱気に包まれている。中国人や韓国人を中心とするアジアからの訪日客で、大混雑しているのだ。特定の日、時間だけ混雑しているわけではない。連日、朝から深夜まで芋を洗うようなにぎわいだ。
▽関空のLCC増便が追い風に
・2016年に日本を訪れた外国人は2012年比で2.9倍に増加。一方、大阪は全国の伸び率を大きく上回り、同4.7倍に拡大している(図表①)。 背景には、格安航空会社の利用客が増加している点が挙げられる。関西国際空港(関空)では2014年ごろからアジア圏からの航空便が徐々に増加。2017年1月末にはLCC専用だった第2ターミナルビルを拡張し、国際線の乗り入れも増やしている。この関空のLCCに軸足を置いた戦略がうまくはまり、アジアからの訪日客が急増したのだ。
・実際、ミナミを歩いていると、ベビーカーを押して歩く家族、大きなキャリーバッグを引きずる青年、肩を組んで歩く若いカップルなど幅広い層の訪日客が群がっている。 現在、大阪の訪日客のうち約8割をアジア圏の人々で占める。中でも、中国と韓国人の占める割合が56.5%と、東京の42.7%よりも高い(図表②)。
・アジアの外国人を中心に大阪の訪日客数は941万人と、東京の1159万人に比べてもそれほどの遜色がない。この数が集中して押し寄せているため、ミナミは連日ごった返しているのだ。
▽「キタ」より「ミナミ」が人気
・三菱総合研究所の調査によると、訪日客の人気はキタ(梅田・大阪駅周辺)や関西のほかの観光名所よりもミナミ(心斎橋、難波)のほうが高い(図表③)。 ミナミは買い物や食事をする店が狭いエリアに集まっており、訪日客は効率良く観光を楽しむことができる。その反面、キタはミナミほど集まっておらず、施設間の移動も地下街を使うことが多いので、訪日客が迷ってしまうケースもあるようだ。
・こうした複数の要因から、多くの訪日客がリピーターとしてミナミを訪れている。三菱総研による関空から出国した訪日客に対する滞在期間調査では、韓国や香港、タイなどのアジア人は日本での滞在期間のうちのほとんどを大阪で過ごしていることがわかる(図表④)。
・最初は団体客として訪日し複数の観光名所を巡った外国人が、最近はミナミで周遊することを目的にLCCを使って個人で再訪している行動が浮かび上がる。
▽心地よい大阪流のサービス
・訪日客の急増を好機ととらえ、企業は需要の取り込みに力を注ぐ。代表的なのは百貨店だ。大阪に店を構える百貨店の売上高は今年1月から10月まで10カ月連続で前年同月を上回った。浮き沈みを繰り返す東京の百貨店とは対照的である(図表⑤)。 「大阪流の人情味があり、温かみがある接客サービスが、アジア人にとって心地よいのでは」(百貨店業界関係者)との見方もある。
・難波にある高島屋大阪店は今年3~9月までの免税売り上げが前年同期と比べて1.8倍を記録。毎日、開店する10時前には訪日客が30~50人ほどが並んでいる。キャリーバッグをいす代わりにして座って待ち、開店と同時に化粧品やベビー用品売り場に殺到する。 同店は2017年9月から、店内の案内を4カ国語対応にした。11台だった免税カウンターも11月から18台に拡張した。
・家電量販店も訪日客の集客に尽力する。ビックカメラなんば店は10月の免税売り上げが前年同月比40%増と、単月で過去最高を更新した。「かつてはカメラや炊飯器が人気だったが、最近はステンレスポットやドライヤー、電動歯ブラシなどが売れている。布団クリーナーは売り場に並べていたら、あっという間に売れていく」(同店の村田泰大副店長)。
・実は、ビックカメラなんば店では菓子類が最近の売れ筋の1つとなっている。店頭では、「キットカット」などのチョコレート商品や「コロロ」のようなグミ系商品を山積みしている。 大阪観光局の調査でも、訪日客が大阪で買ったものは、洋服や化粧品を押さえ菓子がトップになっている(図表⑥)。
・売れ筋商品の変化の背景には、ネットで情報を発信するブロガーの存在も大きい。ここ数年、日本に関するブログの記述が急激に増えている。 特に、台湾人はネット情報に対する感度が高く、中国人や香港人もネット情報を頻繁に利用する。実際、大阪観光局の調査によれば、訪日客が旅行前に使用する情報源は「SNSやネット」が圧倒的に多い(図表⑦)。
▽地元住民に支障のケースも
・インフルエンサーと呼ばれる影響力のあるブロガーが発信すると、その商品情報が瞬く間に広がる。どの商品に、いつ火がつくかわからないため、販売店では売れ筋商品の見極めがより重要になっている。 訪日客の増加はミナミにとっては恩恵ではあるが、キャリーバッグを持ち歩いて周遊する訪日客が多く、地元住民が歩行に支障を来すこともある。「大きなキャリーバッグを2つもガラガラと引っ張っている人がいて、通勤の際に迷惑している」(難波のオフィスで勤務する男性)。
・「今のミナミは訪日客だらけ。どこに行っても大混雑しているので、最近は避けている」と話す大阪の住民もいる。ミナミが地元住民からも愛され続けるための課題は決して少なくない。
http://toyokeizai.net/articles/-/202206

次に、ノンフィクションライターの窪田順生氏が2月15日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「「日本は退屈な国」欧米人アンケートの衝撃結果に挑む観光庁の勝算」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・「日本は退屈」――欧米人アンケートの衝撃結果に、観光庁が動き出した。特設サイトをつくり、PR動画を用意したのだが、これで本当に「日本は面白い」と思ってもらえるだろうか?
▽欧米人には日本は退屈!? 観光庁アンケート結果の衝撃
・2月6日、観光庁と日本政府観光局(JNTO)がインバウンド促進キャンペーンとして、日本の観光資源を世界にアピールするプロモーション動画を公開した。 というニュースを耳にすると、「最近じゃ、どこへ行っても外国人観光客だらけなんだから、もうそんなに来てもらわなくてもいいよ」なんてことを思う方も少なくないかもしれない。
・たしかに、2017年の訪日外国人観光客は過去最高の2869万人と華々しく報じられているが、実はこの「日本人気」はベトナム、中国、台湾、韓国というアジア限定。欧米などのその他のエリアからの訪日外国人観光客となると300万人程度で、これは「中国やタイにも負けている」(田村明比古・観光庁長官)というのが現実なのだ。
・「日本のホニャララを世界が称賛!」「世界で最も愛される日本人!」なんてネタが大好物の方たちからは、「日本に憧れている人が多いけど、物価が高すぎるからだ!」「タイの人気が高いのは夜遊び目的だ!」というような苦しい言い訳がたくさんで出てきそうなので、あらかじめ説明しておくと、日本がタイや中国よりも観光先として選ばれないのは、ごくごくシンプルに「退屈」というイメージが強いことが大きい。
・観光庁が、ドイツ、英国、フランス、米国、カナダ、オーストラリアの6ヵ国を対象に、海外旅行に関するアンケート調査を実施したところ、「日本には『富士山』『桜』『寺』があるくらいで、長期間滞在する旅行先としては退屈だと思われていること」(田村長官)が判明したというのだ。
▽欧米人向け特設サイトは退屈イメージ払拭に役立つか?
・腹の立つ方も多いかもしれないが、世界には日本のテレビに出て「日本にやってくるのが夢でした」「生まれ変わったら日本人になりたい」とかリップサービスをしてくれる外国人ばかりではない。日本がどこにあるのかもちょっと怪しいくらいの人がウジャウジャいるのだ。
・そこで、観光庁はこういう現実を謙虚に受け止め、改めてアジア以外の国をターゲットにして「退屈ではない」と訴求しようとなったわけだ。 このような試みは大変素晴らしいと思うし、ぜひ成功していただきたいと心から願う。
・アジア圏以外の観光客は長期滞在の傾向があり、より多くのお金を落とすとされる。この層が増えれば、観光収入も増え、観光が「基幹産業」となっていく道筋も見える。労働人口がいくら減ったところで移民を受け入れられぬこの国で、観光産業は、地方が生き残るための重要な切り札でもあるからだ。
・では、どうやって日本の「退屈」イメージを払拭していくのか。 「Enjoy my japan」という特設サイトを訪れると、「どのような伝統体験をしたいですか」なんて感じの質問が3回出てきて、個々の興味関心に合わせて、日本の観光スポットや体験できることを紹介した「パーソナライズムービー」が流れる。また、サイト内にも「伝統文化・歴史」「食」「自然」「エンターテインメント」「アート」という7つのコンセプトにあった動画も用意されている。
・これらはいずれも、日本の美しい風景や観光スポットを欧米人の方たちが旅しているイメージビデオで、たとえば、神社をお参りしたり、お寺でお坊さんの話を聞いたりしているほか、機織り体験や座禅体験、欧米人の家族連れが畑で大根を抜いて調理するなど、「日本の田舎体験」なんかをしている映像もある。
・悪くないじゃないか。そんな反応の方も多いと思うが、一通り映像を見た筆者はぶっちゃけ、かなり不安になった。今回のキャンペーンのキモである「退屈イメージの払拭」という点では不十分に思えたからだ。
▽美しさや映像の質は合格でも「面白さ」が伝わってこない
・像制作をした方たちの努力や苦労も知らず、偉そうなことをと怒られるかもしれないが、動画にケチをつけているわけではない。映像のクオリティも素晴らしく、欧米の方たちが見れば間違いなく美しい国だと感じてもらえるだろうし、中には「行ってみようかな」と思う人も出てくるかもしれない。
・ただ、残念ながら「日本ってのは面白い国なんですよ」というアピール面では、やや弱い感は否めない。  サイトの映像をご覧になっていただけば話が早いが、動画の欧米人旅行者たちは、神社仏閣をめぐって、温泉につかって、雄大な自然をハイキングする。さらに、鉄板焼き料理を楽しんだり、沖縄で三線を奏でたり、座禅に挑戦するなど「体験型観光」も行う。つまり、「Enjoy my japan」の映像は、日本の観光情報サイトが、イチオシとされるスポットや体験ツアーを紹介しているのだ。
・面白そうじゃないかと思うかもしれないが、自分が「外国人旅行者」として、文化の異なる国のプロモーション映像を見たと想像してほしい。 次から次へと流れる美しい風景、見たことのない街並み、見たことのない食べ物が続々と映し出される旅のイメージビデオは見ていて楽しいが、それだけで、大して知らない遠い異国へ旅立ってみようという決断になるだろうか。 難しい、と筆者は考える。
・観光スポットやツアー情報を伝えることもたしかに大事だが、数十万円という航空券を購入して、仕事を休んでわざわざ遠い異国の地を訪れるわけだから、そもそもその国に対して「面白い」と興味をかきたてられなくてはいけない。この国に行けば、お金では買えない経験ができるか、日常とかけ離れたような異文化体験ができるか、というポイントを訴求しないことには、「この国に行ってみたい」という「動機」にならないのではないだろうか。
▽タイ観光庁の映像には ストーリーがある
・そのあたりをよく押さえているのが、日本よりも多くの欧米人が訪れているタイのプロモーション映像だ。  「Open to the New Shades」(新しい色合いへのいざない)と銘打たれたタイ国政府観光庁のビデオは、日本の「Enjoy my japan」同様に、幅広い観光客のニーズに応えられるよう、多種多様なスポット、アクティビティをイメージビデオ的に流している。が、それだけではなく、「タイって面白い国なんですよ」というアピールを、ストーリー仕立てでしっかり行っているのだ。
・たとえば、こちらの動画では、若い女性と年配の男性、2人の旅行客のドラマを描いている。バッグパックを背負った若い女性の旅行者の場合、ムエタイの練習場の前を通りかかり、やがて自分も厳しい練習に参加。最終的には試合にまで出場して、母国の家族に「もう少し羽を伸ばすことにするわ」と手紙を書く、というストーリーだ。
・また、年配男性はタイの高級リゾートホテルに宿泊し、運転手付きの高級車で小さな町の横を通りかかる。彼はそこで車を止めて、その小さな町の食堂に入り、手づかみで食事をする。そこで口にした果実に興味を持ち、タイの普通の人たちとも触れ合う。そして、帰国してから会社の同僚と思しき人たちの前で「タイには多様性がある」とスピーチをするという流れだ。
・このように、タイで「長期滞在」する欧米人旅行者のドラマを柱にして、ナレーションで「お金では買えない経験」「素晴らしい異文化体験ができるでしょう」というメッセージを訴求していくという構成なのだ。
・タイも日本も、ほとんど予備知識がないという外国人が、この映像と「enjoy my japan」の映像を見たら、おそらくタイの方に興味を抱くのではないかと思う。 どのような観光スポットがあって、どういうツアーができるかのかという情報量や、切り取られた映像の美しさでは日本の方に軍配が上がるかもしれないが、タイの方が明らかに「この国へ行ったら何か面白い異文化体験ができるかも」という期待を抱かせるからだ。
▽宮城県の壇蜜動画に見る「面白さ」の重要性
・特に観光プロモーション映像というものは、美しければいいというものではない。 宮城県がタレントの壇蜜さんを起用して、セクシーなPR動画をつくって物議を醸し出した際に、この連載(「壇蜜起用の宮城県動画が炎上!『エロでPR』が絶えない理由」)で述べたが、なぜ宮城県があのような炎上商法に走ったのかというと、これまで多額の税金を投入して、宮城の美しいスポットをドローンで空撮したPR動画がまったく視聴されなかったことが大きい。
・この映像は、宮城県の観光業者や宮城県ファンから「宮城の美しさがよく表現されている」と大絶賛だったが、観光プロモーションとしては結果が出なかった。厳しい言い方だが、自己満足で終わってしまったのである。 だから、とにかく炎上しようとも「見られる」「話題になる」ということを追求した結果、壇蜜さんのエロ動画になったのだ。これが良い悪いは別にして、ターゲットに「面白い」と感じてもらわないことには、見向きもしてもらえないというのが、観光プロモーション動画の現実だ。
・さらに厳しいことを言わせていただくと、「Enjoy my japan」というキャンペーン名にも不安を覚える。俺たちの国を楽しみなよ、という「上から目線」な感じがして、日本の観光業全体にも共通する「押し付けがましさ」がにじみ出てしまっているからだ。
・先ほども触れたように、動画に登場する欧米人旅行者は、日本の観光業者が考える定番スポット、定番体験ばかりを行っている。これは言い換えれば、我々日本人側が「こういう風に日本を楽しんでくれたらいいな」と思うような「模範的な欧米人観光客」の行動を映像化したものともいえる。 観光客はこのコースを歩いて見学してください。観光客はこういうコース料理を食べてください。観光客はこういうものを見て喜んでください。「おもてなし」という言葉が大好きなわりには、日本の観光サービス業は、供給者側の都合に「客」を合わせさせることが圧倒的に多い。
▽供給側の一方的な「ゴリ推し」では観光客は感動しない
・今回の映像も残念ながら、日本の観光業者側の「欧米人はこういのが好きなんでしょう」という思想が随所にちりばめられている、ように見えてしまう。そのあたりこそが、「退屈」というイメージをつくってしまっているのではないか、と個人的には考えている。
・いずれにせよ、欧米人観光客を増やすという政府の取り組みは素晴らしく、ぜひ応援したいが、いまの方針では一方的な「日本って綺麗なとこでしょ」という「ゴリ推し」で終わってしまう恐れがある。 あれもPRしたい、これも訴求したい、という気持ちはわかるが、映像というものは、要素を詰め込みすぎても結局、何が言いたいのかよく分からないことになってしまうのだ。まずは、日本という国が、欧米ではできない多種多様な異文化体験ができる、お金では買えない滞在体験ができる、というシンプルなメッセージに絞って、とにかくまずは「退屈さ」と無縁の「刺激的でおもしろい映像」をつくったらどうだろう。
・我々がお手本にすべきタイの政府観光庁は、以下のような秀逸なメッセージを発信している。 「心をオープンにして多彩でユニークなライフスタイルを満喫しましょう」
・「これが日本らしい」「こういうところが欧米人は好きに決まっている」という考えにとらわれず、ぜひとも多彩でユニークな観光スタイルを提案して、「退屈」というイメージを吹き飛ばしていただきたい。
http://diamond.jp/articles/-/159825

第三に、2月28日付けダイヤモンド・オンライン「日本に1円も落とさない中国人観光客が急増する理由」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・いわゆる「爆買い」は一息ついた観があるが、中国人観光客は相変わらず増加の一途をたどっている。そうした日本に慣れていない中国人観光客を、在日中国人がターゲットにし、しゃぶり尽くす「同胞食い」が水面下で拡大しているという。DOL特集「地下経済の深淵」第9回は、その実態を余すところなくお伝えする。(ライター 根本直樹)
▽在日中国人が中国人観光客を狙う「同胞食い」が急増中
・膨大な“有象無象”を抱える中国では、仮にどんなに親しい間柄であっても、血族以外の人間を心から信用していないところがある。他人は敵であり、カモに過ぎない。 これは筆者の偏見などではなく、以前取材した、ある中国人ジャーナリストが語っていたことだ。彼はこうも言っていた。「他人は常に自分の財布を狙っているもの。中国人にとってそれが当たり前の感覚です」。 そして、こう続けた。 「その典型は“同胞喰い”です」と。
・一時の「爆買い」現象は下火になったとはいえ、中国人観光客が減っているかといえばそんなことはない。その人数は増加の一途で、昨年は国別で第1位、735万6000人にも上った。今も相当な経済効果があるのは事実だが、昨今は喜んでばかりもいられない。ある傾向が水面下で進んでいるからだ。
・東京・池袋で旅行代理店を営むU氏(上海出身・55歳)は「“日本初心者”の同胞が大量に押し寄せてくるんだから、日本を熟知したわれわれ在日中国人にとってはまさに千載一遇のチャンス。当然だけど、われわれは中国語ができるから、旅行者にとっては安心感がある。そこに付け込む。大陸からの観光客を騙すのは、日本人を騙すより簡単だよ」と語る。 中国人が中国人を食い物にする。これこそが “同胞喰い”ということらしい。 では、その実態を見ていくことにしよう。
▽成田や関空で横行する「白タク」 予約は出発前の中国国内から
・成田国際空港や、関西国際空港周辺の道路を注意深く観察していれば、ピカピカに磨かれたワンボックスカーに、スマホ片手にうろうろしていた中国人観光客たちが、次々と吸い込まれていく光景を目にすることができるだろう。その大半が違法な、いわゆる「白タク」である。
・成田空港で客待ちをしていた日本人のタクシー運転手は、苦々しげにこう言っていた。 「最初の頃は、客を奪いやがってと頭にきていたが、だんだんどうも様子がおかしいと気がついた。白タクの運転手たちは、空港前で客引きをしているわけじゃない。最初から乗せる客が決まっているんだ。それじゃ、しょうがねえなって、最近は諦めてるよ」
・実際その通りなのだ。 空港で白タクを利用する中国人観光客の大半は、中国国内ですでに予約も支払いも済ませている。前出の旅行代理店社長は言う。 「中国の大都市圏では、配車アプリによる“ライドシェア”が当たり前。そうしたアプリは、海外の車も予約もできるようになっていて、日本に来る個人ツアー客の間でも広く利用されているんだ」
・それも当然だろう。例えば、成田空港から新宿まで、正規のタクシーに乗れば料金は3万円を超えるが、白タクなら1万5000円前後とほぼ半額。これを聞いたら、日本人でも乗りたいと思う人がけっこういるかもしれないが、残念ながら「日本人禁止」の車がほとんどだ。 さらに、中国人旅行者の大半は、違法であることを知らずに白タクを利用している。ライドシェアといえば聞こえはいいが、その実態は“裏タクシー会社”とでもいうべき元締めグループがいくつかあり、組織的な闇ビジネスといっていい。
・「最近は、在日中国人だけでは人手が足りず、日本在住経験のある人間が大陸から短期ビザで来日し、運転手をやっているケースもある。免許?もちろんあるよ。偽造免許証だけどね(笑)」(旅行代理店社長)
▽キックバック文化が同胞食いを加速させている
・白タクの運転手は、“同胞喰い”のキーマンでもある。 都内で飲食店を営む張曙光氏(ハルビン出身・50歳)は言う。 「白タクの運転手の多くは、日当8000〜1万5000円程度のギャラで組織から雇われいるが、それで満足する中国人なんていない。知り合いの飲食店や、免税店に自ら営業をかけ、キックバック契約を結ぶのが当たり前になっているんです。うちの店もそうだけど、白タクの運転手が客を連れて来たら、売り上げの15パーセントをバックしてます」
・張氏によれば、白タクの運転手は“日本初心者”の観光客を、車中で“洗脳”するのだという。 「食事なら『日本人の食通の間でも有名な店』とか『酒井法子がお気に入りの店』なんて適当なことを言って、知り合いの在日中国人が経営する、いかにも日本風な居酒屋に案内し、こっそりキックバックを得るんです」
・そして「数年前の、まだ団体客がほとんどだった時代も、中国人のバス運転手が『ヤマダ電機やビックカメラはぼったくりだから絶対に入るな』と演説して、自分が契約している中国系量販店に無理やり連れて行くって手口がありました。どっちにしても、中国系の店とは絶対に言わない。こうして“洗脳”されたツアー客たちは日本の店だと思い込んでいるんです」と明かす。
・笑えないのは、一部の個人旅行客が熱望する“夜のツアー”でも、同様な展開が待っていることだ。張氏は続ける。 「日本の女性に、性的な憧れを持つ中国人男性はたくさんいる。日本のアダルトビデオの影響ですよ。だから最近は、白タク運転手が企画する夜の“オプショナルツアー”に参加するスケベな客もけっこういます。都内なら歌舞伎町か、池袋がメイン。女性のいるパブで飲んで、希望者はデリヘルで“一発”という流れです」 
・しかし、ここでも彼らは「してやられる」のだ。 「パブはパブでもチャイニーズパブ。日本語のできる中国人ホステスがつくんだけど、さすがに『お前、中国人だろ!』と怒り出す客もいる。そんなときは『私、日本で生まれたハーフよ』とか適当なことを言って、ごまかすわけです。もっと悲惨なのはデリヘル。中国人が経営するレンタルルームに連れて来られ、ドキドキして待っていると、中国のオバチャンが現れるなんてこともあります(笑)」
▽食事、買い物、夜のお遊びに加え 泊まる宿まで闇民泊でしゃぶられる
・食事も済んだ。買い物もした。夜のお遊びも終了。後は宿に戻って寝るだけだ。だがその宿も、中国人が運営する“闇民泊”というケースが増えている。 前出の旅行代理店社長は言う。 「池袋は多いですよ。民泊が騒がれる数年前から、目端の利く在日中国人でカネのある連中は、こぞって築20年以上の古い賃貸物件を借りまくり、中国人の内装業者を使ってそれっぽく改装し、違法な民泊を始めていた。池袋だけで、数百室はあると言われてるね」
・これも白タクと同様、中国国内の「民泊アプリ」から予約することが可能だ。 「アプリの会社にとって、日本で違法だろうが、そんなこと関係ないからね」(社長)。 せっかく日本に来たのに、日本人が経営する店には一度も行かず、中国人の作る食事を食べ、中国人女性と遊んで、中国人の部屋に泊まって帰国する。こんな哀しき中国人旅行者たちが急増中なのだ。
・しかも困ったことに、日本人の懐には1円も入らず、潤うのは在日中国人の懐ばかり。こんな笑えない喜劇のような光景が、日々繰り広げられているのが、“観光大国”を目指すニッポンの現実なのである。
http://diamond.jp/articles/-/161522

第一の記事で、 『大阪・ミナミが「アジア人」で大混雑』、というのはなるほどと納得した。ミナミのコテコテ感は、アジアの主要都市にも共通する部分があり、アジア人にとっては、違和感が少ないのかも知れない。 この要素の方が、『心地よい大阪流のサービス』、よりも利いているのではなかろうか。
第二の記事で、 『観光庁が、ドイツ、英国、フランス、米国、カナダ、オーストラリアの6ヵ国を対象に、海外旅行に関するアンケート調査を実施したところ、「日本には『富士山』『桜』『寺』があるくらいで、長期間滞在する旅行先としては退屈だと思われていること」(田村長官)が判明したというのだ』、というのは、かねてから小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏が指摘していた通りだ(このブログでは、2016年5月18日、2017年8月11日などで紹介)。 観光庁の特設サイト、「Enjoy my japan」の画像は、 『一方的な「日本って綺麗なとこでしょ」という「ゴリ推し」で終わってしまう恐れがある。 あれもPRしたい、これも訴求したい、という気持ちはわかるが、映像というものは、要素を詰め込みすぎても結局、何が言いたいのかよく分からないことになってしまうのだ。まずは、日本という国が、欧米ではできない多種多様な異文化体験ができる、お金では買えない滞在体験ができる、というシンプルなメッセージに絞って、とにかくまずは「退屈さ」と無縁の「刺激的でおもしろい映像」をつくったらどうだろう』、というのは大賛成だ。
第三の記事で、 『在日中国人が中国人観光客を狙う「同胞食い」が急増中』、 『成田や関空で横行する「白タク」 予約は出発前の中国国内から』、 『キックバック文化が同胞食いを加速させている』、 『食事、買い物、夜のお遊びに加え 泊まる宿まで闇民泊でしゃぶられる』、などはさすが利に敏い中国人だ。ただ、楽観的に考えれば、観光客の方もSNSなどで情報交換することで、悪質な業者は徐々に淘汰されてゆくのではなかろうか。
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日本のスポーツ界(その7)(市民ランナー川内圧勝の裏で 実業団選手は必死に駅伝調整、貴乃花親方バッシングに見る相撲協会とマスコミの「狂気」、五輪「日本大躍進」報道のウソ 日本がメダル量産国になれない理由)

日本のスポーツ界については、2月14日に取上げたが、今日は、(その7)(市民ランナー川内圧勝の裏で 実業団選手は必死に駅伝調整、貴乃花親方バッシングに見る相撲協会とマスコミの「狂気」、五輪「日本大躍進」報道のウソ 日本がメダル量産国になれない理由)である。

先ずは、昨年12月18日付け日刊ゲンダイ「市民ランナー川内圧勝の裏で 実業団選手は必死に駅伝調整」を紹介しよう。
・「合わせ技一本」だ。 17日の防府読売マラソンに出場した川内優輝(30)が、2時間10分3秒で大会3年ぶり3度目の優勝を果たした。川内は、3日の福岡国際では2時間10分53秒の9位だった。「日本人3位までで2時間11分以内(同4~6位・2時間10分以内)」の条件はクリアできなかったが、対象となる2レースの平均が2時間11分以内となり、東京五輪マラソンの代表選考会(マラソングランドチャンピオンシップ=MGC)の出場権を獲得した。
・すでに代表引退を表明している川内もマラソンをやめたわけではない。2週間後にレースに出ることなんて屁のカッパだが、今はマラソンどころではないのが、元日の全日本実業団対抗駅伝を走る選手たちだ。彼らにとってニューイヤー駅伝こそが、年間行事における最大イベント。企業の「広告塔」として、最高の走りをするため、12月は調整に余念がない。
・よって、東京五輪のマラソン代表を狙う者たちは元日の駅伝が終わってから、別府大分、東京、びわ湖毎日などのレースでMGCの出場権を取りにいくことになるわけだが、日本のマラソン低迷の原因が実業団の駅伝重視にあることは、関係者たちがいくら否定しても明らかだ。実業団を退社し海外へ飛び出していった大迫傑(26)が福岡国際で、国内歴代5位の2時間7分19秒で3位に入った事実もそれを物語っている。
・東京五輪まで950日を切った。意識のレベルが違う大迫に、「駅伝第一」の実業団選手が勝てるはずがない。マラソンに対する意識や取り組み方なら市民ランナーの川内の方がはるかに上だ。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/219754

次に、ノンフィクションライターの窪田順生氏が12月28日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「貴乃花親方バッシングに見る相撲協会とマスコミの「狂気」」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・マスコミが連日垂れ流す貴乃花親方バッシング。まるで集団リンチのような暴行事件そのものよりも、貴乃花親方の言動の方がはるかに問題だ、とでもいうような風潮が出来上がってしまっている。ここには、日本社会が蝕まれている重大な「病」が潜んでいる。
▽何も語らぬ貴乃花親方に向けたバッシングが止まらない
・日本型組織の「制度疲労」から来る不正や不祥事が連発した2017年もようやく終わりを迎えようかという年末、最後の最後に日本型組織のクレイジーさを象徴するような「騒動」が起きてしまった。 今日、日本相撲協会から重い処分が言い渡される貴乃花親方に対し、連日のように行われている「バッシング」である。  貴乃花親方が何も語らぬのをいいことに、「協会関係者」なる人物たちが好き勝手に貴乃花親方をディスり、それをマスコミがノンフィルターで右から左へ垂れ流すという、見ていてあまり気持ちよくない「印象操作」が続いているのだ。
・わかりやすいのは、貴乃花親方の聴取が行われた翌日、マスコミが報じた「協会関係者」なる人物の主張だろう。「警察から協会に事情を伝えた方が正確だ」という趣旨のことを親方が主張していることに対して、こんな調子で一蹴した。
・《「そんな話は世の中に通じないだろう」と述べ、巡業部長としての責任を果たしていないとの認識を示した。》(日テレNEWS24 12月26日) 翌日になると、この聴取で貴乃花親方が、「自分は間違っていない」とダダッ子のように主張したという情報が相撲協会からリークされ、再び「協会関係者」が登場。誰も頼んでいないのに、ワイドショーのコメンテーターばりに「論点整理」を行っている。 「協会の執行部が事態を把握したあと理事会にすぐに報告しなかった方が問題だ」(日テレNEWS24 12月27日)
▽貴ノ岩の主張が正しいならば事件は「集団リンチ」である
・こういう報道ばかりが世に溢れると、素直でピュアな日本人は、なにやらこの騒動の元凶は、非常識で、組織人失格の貴乃花親方にあるような気がしてしまう。事実、ワイドショーに出ている相撲記者歴ウン十年みたいなロマンスグレーのおじさま方や、評論家のおじさんたちは、「こんなワガママは組織人として許されませんよ!」とか声を張り上げている。
・だが、筆者に言わせると、これは完全に相撲協会側の「印象操作」がもたらしたミスリードだ。 今回の騒動で本当に「問題」なのは、貴乃花親方による報告がなかった云々ではない。 白鵬という、この世界の絶対的権力者が、日馬富士が貴ノ岩をボコボコに殴っていた間も、ずっとそれを見ていたということ。さらに、現場にいた力士たちと、被害者である貴ノ岩の主張が完全に食い違っているということだ。
・もし貴ノ岩の主張が正しければ、これは日馬富士による単なる暴行事件ではなく、大横綱・白鵬の「この生意気な奴に体で分からせてやれ」という思いを「忖度」した、横綱や力士たちによる「密室の集団リンチ」である。
・このような組織内の絶対権力者が関与した犯罪を、組織内で断罪することが困難を極めるというのは、さまざまな事例が証明している。たとえば、シリコンバレー発の最先端企業Uberでも、「ハイパフォーマー」と呼ばれる超エリート社員にセクハラされた女性が人事部に訴えたところ、「キミのことを切ろうと思えばいつでも簡単に切れる」と逆に脅され、この女性はクビに追いやられた。
・もし貴ノ岩と貴乃花親方が暴行発覚後に協会にすべてを打ち明けても、彼らの主張はネグられ、日馬富士と白鵬という「ハイパフォーマー」を擁護するような対応が行われた可能性が高いのだ。
▽マスコミはなぜ相撲協会の思惑に乗るのか?
・なぜ「殴られる理由がない」と主張する貴ノ岩がボコボコにされる間、白鵬はカラオケのリモコンという凶器が登場するまで止めなかったのか。「問題」の根っこはここにあるのではないか。 今年1月、貴ノ岩は白鵬から初金星を挙げた。そのおかげで、白鵬は優勝を逃している。そのようにメキメキと頭角をあらわしてきた後輩を、説教の末、密室で「かわいがり」を行えば、かねてから囁かれる「モンゴル勢の星の回し合い」が疑われても仕方がない。
・このあたりを追及するために、マスコミが白鵬を連日追いかけ回すのなら分かるが、現実には、マスコミは貴ノ花親方を追いかけ回して、やれ「非常識だ」「態度が悪い」「ここまでくると異常だ」と大騒ぎをしている。  要するに、大横綱がからむ「集団リンチ」の真相究明ではなく、「組織への報告がない」ことの方が「問題」だというのだ。
・完全に狂っている。では、なぜ狂ってしまうのか。 相撲協会は興行のドル箱である白鵬や鶴竜という横綱にこれ以上、ネガティブイメージを付けたくないという思惑があるが、マスコミまでが、なぜかその思惑に丸乗りし、貴ノ花親方バッシングに加担をしている。
・バカなのか。いや、バカではない。実は相撲協会とマスコミはある一点で非常によく似ている。それは「極度に閉鎖的なムラ社会」だということだ。「ムラ社会」というのは基本的に、貴ノ花親方のようなタイプの人間は大っ嫌いである。「ムラ」の秩序を乱す者は、組織の総力を挙げて潰さなくてはいけない。
・その逆に、少しくらいの不正、少しくらいの暴行などを行っても、それが「組織のため」という大義名分があれば、「ムラの功労者」として表彰される。後輩をボコボコに殴った日馬富士が「礼儀を教えるため」だと述べたことに対して、「男らしくて立派だ!」「引退なんてしなくていい!」ということをおっしゃる方がいるのが、その証左だ。
▽ムラの論理という「病」に蝕まれている日本人
・この「ムラの正義」は日本の伝統みたいなもので、たとえば、古くはロッキード事件の時の大企業が分かりやすい。事件が摘発され、某大手商社の総務課長と、秘書課長が逮捕された。2人は事件への関与が疑われた同社の会長や専務の自動車行動表などを破り捨て、「証拠隠滅」を図ったという容疑だった。2週間近く拘置されて釈放された2人は、会社のあちこちから「ごくろうさま」と声をかけられ、「英雄」として祝福された。若い社員が当時、「朝日新聞」の取材にこう述べている。 「企業防衛のために、トップの指示に従った社員が逮捕されるなんて……。僕がその立場だったら、同じことをしていた」(朝日新聞1981年1月5日)
・「ムラ社会」では、「ムラ」を守る人は常に清く正しい。その逆に「ムラ」を裏切る人間は、私利私欲にまみれて汚れているとされる。業界の不正や悪習を「内部告発」した人間が総じて激しいバッシングに遭うのは、この「ムラの論理」があるためである。
・こういう考えは閉鎖的な業界であればあるほど強い。相撲協会はその典型だが、実はマスコミも負けていない。記者クラブ制度に代表されるように、この世界では、「ムラ」に入らないと情報にアクセスすらできない。  つまり、貴ノ花親方へのバッシングというのは、相撲協会とマスコミという2つの「ムラ社会」が、「ムラの秩序を乱す者への憎悪」をこじらせた結果なのだ。
・なんてことを言うと、マスコミや相撲協会を特殊な社会だと言っているように思うかもしれないが、そんなことはない。「ムラの論理」というのは、何もこれらの業界だけではなく、日本社会全体が長い歴史の中で侵されてしまっている「病」のようなものだからだ。
・1921年、「タイムマシン」「宇宙戦争」などで知られる作家H.G.ウェルズが、「増子」と「野口」という2人の日本人と会って、教育について議論をした。その際にこの2人の日本人は自国の教育について、このように述べたという。 「日本人が子供を育てる方法は欧米の夫れと全く正反対である。日本人はその子供を本来の性質とまったく異なった方向に向けて了ふ。日本人の中心思想は従順と奉公である。我々のあらゆる感情や詩歌、数世紀に亙る伝統は忠誠――盲目的な没批判な忠誠、妻は夫に、下僕は主人に、そしてすべての臣民は君主に対して忠誠でなければならぬと教えるのである。此の忠誠は全く宗教的である」(朝日新聞1921年11月30日)
▽大正時代から今に至るまで日本人の根本は変化していない
・マスコミや相撲協会が、目の前で放置されている白鵬が関わる「問題」よりも、貴ノ花親方の立ち居振る舞いを「問題」だと大騒ぎするのは、すべてはこの100年以上前から続く「宗教」のせいなのだ。 働き方改革を謳っても過労死やパワハラがなくならいのも、多様性が大事だと謳ってもセクハラや差別がなくならないのも、「組織に対する盲目的な忠誠」というものが、宗教のように我々の心に刷り込まれているからではないか。
・「従順と奉公」が正義とされる社会では、「上」に逆らうものにはどんな手を使ってでもこの正義を分からせなくてはいけない。では、どう分からせるかというと、罵詈雑言を浴びせたり、白鵬のような説教をしたりして精神的に追いつめて従わせるか、力づくで従わせるしかない。これが日本社会に蔓延するパワハラや「いじめ」の正体だ。
・そんなのはお前の妄想だという声が聞こえてきそうだが、先ほどご紹介した、H.G.ウェルズと議論した2人の日本人も、「従順と奉公」が我々日本人にとって、自分の力だけではなかなか克服できない「病」のようなものだと認めている。彼らは欧米では、自由思想を養い、おかしなことは目上の者であっても批判するという文化があるとして、以下のように述べている。 「恐らく此の方法は結局に於て優れたものであり、力強いものであらう。然し乍ら日本人にはそれが正常なものではない危険なものだと言う風に思われるのである」(同上)
・おかしなことを「おかしい」と指摘して行動を起こした者は「異常」であり、「危険」な存在とされる。大正時代の人々が気づいた日本人の「病」を、平成の世に生きる我々は、まだ克服できていない。
http://diamond.jp/articles/-/154602

第三に、同じ窪田順生氏が2月22日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「五輪「日本大躍進」報道のウソ、日本がメダル量産国になれない理由」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・平昌五輪を巡る報道にインチキが散見される。日本はメダル量産国ではないのに、見出しに「メダル量産」の文字が踊り、競技人口が少ない種目なのに「戦力が厚みを増している」との解説も。戦中の大本営発表にそっくりな報道に慢心するばかりでは、不足している競技人口の増加や選手サポート体制強化という、本当の量産国になるために必要な課題を見えなくさせる。
▽日本は「メダル量産国」ではない マスコミ報道のインチキぶり
・なぜこの国のマスコミは、アスリート個人の功績を「日本の功績」にすりかえようとするのだろうか。 ご存じのように、テレビや新聞では朝から晩まで、メダリストたちの感動の瞬間をレポートしている。彼らの素晴らしいパフォーマンス、これまで歩んできた苦難、支えてきた周囲の方たちの絆を知って胸が熱くなった、という方も多くいらっしゃることだろう。筆者もまったく同じ思いだ。
・が、そのような個人にスポットライトを当てた報道に紛れ込ませるような形で、読者や視聴者が「日本ってすごいんだな」と錯覚してしまう、かなり盛りに盛った話があふれているのは、見ていて不安しか感じない。日本人を気分良くさせるためには多少の行きすぎたハッタリをかましてもお咎めなし、というあまり褒められない環境になってしまっているからだ。
・たとえば分かりやすいのが、先日の産経新聞だ。 『日本メダル量産、最多タイ「戦力に厚み」 スピードスケート牽引 どこまで伸びるか』(産経ニュース2月19日) こう聞くと、なんとなく「日本の快進撃が止まらない」みたいなイメージを抱くだろうが、2月21日現在、平昌五輪公式ホームページの「Detailed Medal Standings」を見ると、日本は韓国、イタリアに続く11位。30個のメダルを獲得しているノルウェー(1位)や、23個のドイツ(2位)という本当のメダル量産国の背中すら見えない。
・国際オリンピック委員会(IOC)のデータで平昌以前の冬季五輪の獲得メダル総数を見ても、100個以上が当たり前となっている西側諸国と比較して日本は45個。ダブルスコア以上の差をつけられていて、アジア勢の中国・韓国(共に53個)よりも少ない。
・「そういうレベルなんだから、はしゃいだらみっともない」、とか意地の悪いことを言いたいわけではない。日本のウインタースポーツを盛り上げるためにも、お祭り騒ぎのような「自画自賛報道」だけではなく、冷静かつ客観的に自分たちの置かれた状況も解説すべきだと申し上げたいのだ。
▽「大本営発表」と見まがうばかりの欺瞞あふれる自画自賛報道
・また、この産経ニュースの記事では「躍進の一因は、スピードスケート勢の復権だ」とうれしそうに述べているのだが、これもかなりビミョーなもの言いだ。 「復権」とは、ひとつの時代を築き、栄華を誇った者が衰退して、また復活した際に使われる言葉だが、平昌以前の日本のスピードスケートのメダル獲得数は15個だ。オランダのように、これまで獲得したメダルが107個もあるような国が、低迷期を経て乗り越えたというのなら「復権」と言うのも分かるが、「まだまだこれから」というレベルにある日本が言うことに違和感を覚える。
・実際、オランダから見れば、日本は「スケート途上国」である。ソチ五輪後に、代表選手の強化のために招聘されたオランダのヨハン・デヴィット氏のアシスタントはこう述べている。 「日本には才能に恵まれた選手はたくさんいたが、彼らはそれを生かすことができていなかった。日本は世界2位のスピードスケート大国になれる可能性を持っているのに、その可能性を生かしていなかった」(AFPBBニュース2月10日)
・ちなみに、「ショートトラック大国」だと自画自賛している韓国は、これまで同競技で42個のメダルを獲っている。日本の15個で「復権」はいくらなんでも盛りすぎだ。
・ただ、なによりもこの記事で筆者が危ういと感じるのは、「戦力に厚み」というタイトルだ。 大会前はメダル候補だと思われていなかったフリースタイル男子モーグルの原大智選手が銅メダルに輝いたことを受け、JOC関係者による「戦力が厚みを増している」という分析から引用したわけだが、これは太平洋戦争の大本営発表にも負けず劣らずの誇張ぶりである。
・スキーの競技人口は激減しており、フリースタイルモーグルとピンポイントになるとさらに厳しい。ソチ五輪時には600人弱ではないかと報じられている。小平奈緒さんや高木美帆さんのようなスターを輩出しているスピードスケートですら、笹川スポーツ財団のホームページによると、「競技人口は約2500人」だという。
▽サポート体制が不十分な中でメダルを獲った選手の凄み
・日本のマスコミが勝手にライバル視しているオランダは、日本の8分の1程度の人口しかいないにもかかわらず、スピードスケードの競技人口は1万人以上。複数のプロチームがあって切磋琢磨している。こういう国が「戦力に厚みを増してきている」と言うなら分かるが、ペラペラの薄い戦力層しかない日本が言っても強がりにしか聞こえない。
・なんてことを言うと、「こいつは反日サヨクだ!」、「メダリストの活躍を素直に讃えられないなんて日本人じゃない!」とすさまじい誹謗中傷にさらされてしまうので、断っておくと、筆者は日本代表アスリートや彼らを支えている方たちをディスっているわけではなく、彼ら個人の功績を、さも「日本の功績」のように語っている現状がおかしいと指摘しているのだ。
・平昌五輪に出場しているアスリートのほとんどは、自助努力で競技者人生を続けている。自分の限界に挑みながら、家族、友人、篤志家などに頼り、「資金集め」にも悪戦苦闘しなければいけない。 小平さんの競技活動やオランダ留学費用などをサポートしていた相澤病院が注目を集めているが、大企業から支援を受けられるのは、フィギュアスケートの一部選手やプロスノボーダーのみなさんなど、ほんの一握り。なかには資金面で夢を諦めざるをえないプレーヤーもいる。
・強化費や代表選手のサポート体制も以前よりは整ってきているものの、いまだに日本のマイナースポーツは「個人のがんばり」に依存している、という動かしがたい事実がある。 そういうブラック企業にも似た環境のなかで、小平さんや高木さんは、戦力の厚みもあり、国や大企業から十分なサポートを得ているメダル量産国の選手たちよりも素晴らしいパフォーマンスを見せたのだ。
・これは選手個人の努力はもちろん、それを支え続けた家族や周囲の人々の協力もあって成し遂げたすさまじい偉業である。もちろん、これまで冬季五輪で45個のメダルを獲得してきた選手たちや、残念ながらメダルに手が届かなかった選手たちにも同じことが言える。
▽「日本すごい」報道がスポーツ振興の邪魔になる理由
・だが、なぜか日本のマスコミでは、そのような「個人」を讃えながらも、ちょいちょい「日本メダル量産」とか「戦力の厚み」なんて言葉を用いて、「日本全体が成し遂げた偉業感」をぶっこんでくるのだ。 「すごい」と評価されるべきは、小平選手であり、彼女の夢を支え続けた相澤病院や、スピードスケートの関係者という「個人」であり、「日本」がすごいわけではないのだ。メダルの数と色ばかりにこだわっているマスコミによって、それがいつのまにかごちゃまぜに語られるようになってしまうのだ。
・そんな屁理屈こねて面倒くさいヤツだなと思われるかもしれない。ただ、なぜ筆者が個人の功績を「日本の功績」とごちゃまぜにしてはいけないとここまで強く主張をするのかというと、マイナースポーツが今まで以上に衰退してしまうからだ。 たとえば、今日にいたるまでのテレビ・新聞の平昌五輪報道で、みなさんはどれくらいの日本代表の名前を覚えただろうか。特に熱狂している方でなければ、メダルを獲得した8人にプラスして、レジェンド・葛西紀明さんや、フィギュア男女、「カー娘」くらいで、ざっと20人ほどではないか。
・しかし、平昌五輪で戦っているアスリートは124人いる。マスコミは「がんばれ日本!」と絶叫しているわりに、ほんのひと握りのアスリートの活躍しか報じていないのだ。 つまり、アスリート個人の功績を「日本の功績」と混同してしまうと、どうしてもメダルの数や色に国力を重ねて、増えた減ったと大騒ぎする五輪報道に終始してしまうのである。
・これはサッカーW杯と同様に「愛国エンターテイメント」なので、「にわかファン」は瞬間風速的に増える。だが、その競技の面白さや、アスリート個人のパフォーマンスの偉大さを伝えているわけではないので、本当のファンは定着しない。当然、競技者人口も増えず衰退していくというわけだ。
▽選手個人のがんばりをナショナリズムに利用するな
・ひたすら個人にのみがんばらせるという、ブラック企業のような発想で、スポーツ振興などできるわけがない。 一方で「国力」によって、選抜されたアスリートをサイボーグみたいに強化するだけ、というのも考えものだ。かつてのソ連など共産圏諸国では、そうして悲劇のアスリートが量産された。東京五輪に向けて強化予算が増えて、才能のある子どもをサポートする体制もつくられてきているが、それだけでは不十分だ。愛国エンタメではない五輪報道が行われ、スポーツを真に楽しむことができるファンが増え、競技者の裾野が広がってはじめて、国家による後押しの意味があるのだ。
・今回の平昌五輪では、選手個人のがんばりとナショナリズムをごちゃまぜにしたことで、韓国と北朝鮮の南北合同チームが結成されるなど、さまざまな醜いトラブルがあったが、日本も同じ穴のムジナだ。個人の手柄を国がかっさらうような環境を改めない限り、東京五輪でも残念な報道が垂れ流され、世界に恥をさらすことになるだろう。
・日本人が大好きな「がんばれ日本!」という言葉は、実は1964年に公開された映画のタイトルに端を発する。これは「ナチスの宣伝五輪」といわれたベルリン五輪の記録映画「民族の祭典」から日本人選手の活躍を抜き出して編集したものだ。総指揮は、多くのナチス・プロパガンダ映画でメガホンを取ったレニ・リフェンシュタールがつとめている。 まずはこの全体主義丸出しのスローガンから卒業することをから始めないか。
http://diamond.jp/articles/-/160841

第一の記事で、 『日本のマラソン低迷の原因が実業団の駅伝重視にあることは、関係者たちがいくら否定しても明らかだ』、これだけマラソンがブームになっているのに、実業団は駅伝を重視しているというのは驚かされた。その理由に言及してないが、もっとマラソンを重視するようになってほしいものだ。川内さんが代表引退を表明したとは、残念だ。
第二の記事で、 『実は相撲協会とマスコミはある一点で非常によく似ている。それは「極度に閉鎖的なムラ社会」だということだ。「ムラ社会」というのは基本的に、貴ノ花親方のようなタイプの人間は大っ嫌いである。「ムラ」の秩序を乱す者は、組織の総力を挙げて潰さなくてはいけない』、というのはその通りだろう。ただ、窪田氏が貴乃花親方に甘く、擁護しているのには違和感を感じた。私は貴乃花親方の行動も余りに不自然で、協会から批判されてもしょうがない部分があると思っている。 『大正時代から今に至るまで日本人の根本は変化していない』、というのは残念ながら認めざるを得ないようだ。
第三の記事で、 『日本は「メダル量産国」ではない マスコミ報道のインチキぶり』、 『「大本営発表」と見まがうばかりの欺瞞あふれる自画自賛報道』、 『「日本すごい」報道がスポーツ振興の邪魔になる理由』、などの指摘は、私が平昌五輪報道で感じていた印象を見事に代弁してくれた。 『日本人が大好きな「がんばれ日本!」という言葉は、実は1964年に公開された映画のタイトルに端を発する。これは「ナチスの宣伝五輪」といわれたベルリン五輪の記録映画「民族の祭典」から日本人選手の活躍を抜き出して編集したものだ。総指揮は、多くのナチス・プロパガンダ映画でメガホンを取ったレニ・リフェンシュタールがつとめている』、というのは初めて知り、驚いた。なお、全く無関係ではあるが、2010年2月2日に田母神俊雄、水島総らが中心となって結成した右翼系団体として、「頑張れ日本!全国行動委員会」というのがあるようだ(Wikipedia)。窪田氏が呼びかけている、『まずはこの全体主義丸出しのスローガンから卒業することをから始めないか』、には大賛成だ。
タグ:日刊ゲンダイ ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 日本のスポーツ界 (その7)(市民ランナー川内圧勝の裏で 実業団選手は必死に駅伝調整、貴乃花親方バッシングに見る相撲協会とマスコミの「狂気」、五輪「日本大躍進」報道のウソ 日本がメダル量産国になれない理由) 「市民ランナー川内圧勝の裏で 実業団選手は必死に駅伝調整」 日本のマラソン低迷の原因が実業団の駅伝重視にあることは、関係者たちがいくら否定しても明らかだ 「貴乃花親方バッシングに見る相撲協会とマスコミの「狂気」」 実は相撲協会とマスコミはある一点で非常によく似ている。それは「極度に閉鎖的なムラ社会」だということだ。「ムラ社会」というのは基本的に、貴ノ花親方のようなタイプの人間は大っ嫌いである。「ムラ」の秩序を乱す者は、組織の総力を挙げて潰さなくてはいけない ムラの論理という「病」に蝕まれている日本人 大正時代から今に至るまで日本人の根本は変化していない 「五輪「日本大躍進」報道のウソ、日本がメダル量産国になれない理由」 日本は「メダル量産国」ではない マスコミ報道のインチキぶり 「大本営発表」と見まがうばかりの欺瞞あふれる自画自賛報道 「日本すごい」報道がスポーツ振興の邪魔になる理由 選手個人のがんばりをナショナリズムに利用するな 「がんばれ日本!」 まずはこの全体主義丸出しのスローガンから卒業することをから始めないか
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医療問題(その14)(進行が早く悪性度の高い膵がん 罹患率は漸増中、医者の本音「がんで死ぬのは意外と悪くない」 確かに怖い膵がん けれど怖がりすぎなくていい、医者への「袖の下」、どう思いますか?、「復帰したい」 針治療 整体…執念のリハビリ 医療もリハビリ技術もまだまだ発展途上だ) [社会]

医療問題については、2月11日に取上げたが、今日は、(その14)(進行が早く悪性度の高い膵がん 罹患率は漸増中、医者の本音「がんで死ぬのは意外と悪くない」 確かに怖い膵がん けれど怖がりすぎなくていい、医者への「袖の下」、どう思いますか?、「復帰したい」 針治療 整体…執念のリハビリ 医療もリハビリ技術もまだまだ発展途上だ)である。

先ずは、医師兼マンガ家の近藤 慎太郎氏が2月14日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「進行が早く悪性度の高い膵がん、罹患率は漸増中 星野監督も九重親方も、膵がんで亡くなった」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・本連載ではこれまで肺がんや胃がん、前立腺がん、大腸がんについて解説してきました。これらのがんは、原則的に自治体や健保組合でがん検診が受けられます(前立腺がんについては対応が分かれます)。 より正確に言うと、受けられるがん検診には肺がん、胃がん、大腸がん、子宮頸がん、乳がん、一部で前立腺がんの計5~6種類があります。
・しかしがんにはもっと多くの種類があります。それなのに、なぜこれらのがんだけ検診があるのでしょうか。 それは、「がん検診をする意味があるから」です。早期発見すれば完治する可能性が高いから、とも言い換えられます。だからこそ、自治体や健保組合は慢性的な財政問題を抱えつつも、その多くを負担してがん検診を実施しているのです。
・では、そのほかのがんは検診する意義がないのかというと、決してそういうわけではありません。しかし、例えば頻度が非常に少ないがんであれば、全員一律で検診を実施することは非効率的でしょう。 もう一つ、検診の導入が難しいがんがあります。それは「進行するのが速くて早期発見・治療が難しい悪性度の高いがん」です。
・そのようながんは1年に1回検査を受けていても手遅れになってしまうこともあるし、大抵は早期発見する妥当な検査(安価で体の負担が少ないもの)がありません。そんな「悪性度の高いがん」は何種類もありますが、中でも「悪性度が高く、患者数も多い」というある意味最も怖いがんは何かといえば、やはり「膵がん」でしょう。
・膵がんで亡くなった有名人には九重親方(元・横綱千代の富士)やスティーブ・ジョブズ、最近では星野仙一・元監督がいます。膵がんは進行がとても早いので、いずれも発病してから亡くなるまでの期間はあまり長くはありません。 膵がんはたとえステージI期(早期ということ)で見つかっても、5年生存率が50%にも達しない、とてもやっかいながんなのです。
・ただし、ここで大事なポイントです。5年生存率は「診断されてから5年後に生存している人の割合」です。つまり発表されている統計は「5年以上前に診断された人」のデータだけで算出されています。 医療は日進月歩で、ここ数年で膵がんの治療法も進歩しています。そのため今、膵がんと診断された場合の5年生存率はもう少し高くなる、ということを心に留めておいてください。
・さて、では膵がんになる人は、どのくらいいるのでしょうか。 男性の場合、膵がんの死亡数は5番目に高くなっています(多い方から順に、肺がん→胃がん→大腸がん→肝臓がん→膵がん)。そして2015年の実際の死亡数は、男女合わせて3万3475人と報告されています(がん情報サービスより)。それなりに多い、ということです。 それも下記の図の通り、ここ最近膵がんの罹患率は漸増傾向にあるのです。
▽膵がんの手術ってこんなに面倒なの!?
・なぜ膵がんの罹患率が増えているのかは明らかではありません。ただいずれにしても、私たちは「非常にやっかいな状況に置かれている」と言っていいでしょう。 ほぼすべてのがんに共通することですが、完治させる前提条件は早期に発見することです。では、膵がんを見つけるにはどんな方法があるでしょうか。
▽膵臓の検査、腹部エコーだけでは“死角”も?
・簡便さから言うと、まずは腹部エコーです。安全性も高いし、肝臓、胆のう、腎臓、脾臓など、ほかの臓器も同時に観察できるため非常に便利です。 ただし、膵臓は人体の背中側に位置しているため、エコーが届かない死角ができてしまいます。また胃腸のガスが多かったり、肥満が高度だったりしてもエコーが届かないことがあります。結局、エコーで膵臓を100%観察することは困難なのです。なお、肥満は様々な病気の原因になるだけではなく、時に検査自体を困難にすることがありますので、どうか留意してください。
・では本気で膵臓の検査をしようと思ったら、どうすればいいでしょうか。 その場合は、造影剤を使ったCT、特殊なMRI(MRCP)、超音波内視鏡(EUS)などが有用です。ただしどれもそれなりに大掛かりな検査なので、あるかないか分からない膵がんのために、健康チェックとして1年に1回きちんと受け続けるという人は少ないでしょう。
・以上のように、膵がんの検査、治療というのは、やってやれないことはないけれども、相当にハードルが高いということが分かります。 では膵がんには打つ手がないのかというと、決してそんなことはありません。一つだけやれることが残っています。 検査と治療が難しければ、あとは「膵がんができないようにする」しかないのです。 つまり膵がんのリスクを上げる因子をできるだけ避ける、ということです。
・今まではっきりと言及してきませんでしたが、実は予防医学には時系列として「一次予防」「二次予防」「三次予防」の3段階があります。このうち三次予防は、病気を発症した人が対象で、重症化の防止、合併症の発症や後遺症を予防することなので、ここでは割愛します。
・一次予防は健康人が対象で、発病そのものを予防することです。例えばタバコやアルコール、肥満、食生活を改善することや、ピロリ菌の除菌など、「リスク因子を避ける」ということです。 二次予防は発病した人が対象で、できるだけ早期に発見し、早期治療することです。画像検査を中心とした、いわゆるがん検診は二次予防に相当します。
・がんを遠ざけるうえで一次予防(リスク因子を避ける)と二次予防(がん検診)は欠かすことのできない両輪です。ただし、がんの種類によっては、どちらかのウエイトが大きくなることがあります。 例えば胃がんの場合、一次予防としてピロリ除菌はとても重要ですが、もし除菌をしなかったとしても、1年に1回胃カメラ検査を受けていれば、胃がんで命を落とすリスクはかなり少なくなります。 逆に、ピロリ除菌をしっかりやったとしても、胃がんのリスクはゼロにならないので、胃カメラは受け続ける方が安全です。結局、胃がんの場合は二次予防、検査を受けることのウエイトが大きいということになります。
・一方で、膵がんのように現状では二次予防が非常に難しいがんは、相対的に一次予防のウエイトが大きく、発がんリスクをできるだけ減らすことが重要になるのです。 では膵がんのリスク因子には何があるのでしょうか。大事なことなので、次回詳しく解説します。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/091200163/012900022/?P=1

次に、上記の続き2月21日付け「医者の本音「がんで死ぬのは意外と悪くない」 確かに怖い膵がん、けれど怖がりすぎなくていい」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・前回に引き続き、膵がんについて解説いたします。 がんを遠ざけるうえで、一次予防(リスク因子を避ける)と二次予防(がん検診)は欠かすことのできない両輪です。 ただし、膵がんのように現状で二次予防が難しいがんは、相対的に一次予防のウエイトが大きくなります。つまり、発がんリスクをできるだけ減らすことが重要なのです。
・では膵がんのリスク因子には何があるかというと、次のようなものが挙げられます。 ①がんの家族歴 ②慢性膵炎 ③肥満 ④糖尿病 ⑤タバコ ⑥アルコール
・アルコールの回(「『適量のアルコールは認知症に良い』はウソ!」)で解説しましたが、②の慢性膵炎は、膵がんのリスクを8~13倍に上昇させます。そして慢性膵炎の原因の半分以上はアルコールです。 つまり①の家族歴を除くと、上記のほぼすべての因子が、生活習慣に関わることになります。これは決して、悪いことではありません。むしろ改善、予防する余地があるということを意味していますから。
・では、それぞれの因子はどれぐらいリスクを上げるのでしょうか。報告によってバラツキはありますが、次のようなデータがあります。  肥満 2.6倍 糖尿病 1.9倍 タバコ 1.7倍 アルコール 1.2倍  肥満、タバコ、アルコールは今までも出てきているので、ここでは糖尿病について少し解説しておきます。
・糖尿病は、インスリンの作用が不十分になることによって、慢性的に血糖値が上昇する疾患です。血糖値が高くなると血管が損傷され、様々な合併症を起こします。心筋梗塞、脳卒中、網膜症(失明のリスク)、腎障害(透析のリスク)、神経障害、EDなどです。血管は全身をくまなくカバーしているので、その分だけ合併症も多岐にわたるのです。
・そして、実は糖尿病にはもう1つ重大な合併症があります。それは、すべてのがんのリスクが平均して1.2倍に上がることです。 「1.2倍」と聞くと、「それだけ?」と思うかもしれません。けれど、あるがん患者数が5000人で済むところが、6000人になってしまうのです。医療の世界では十分に重みのある数字と言えます。
・糖尿病ががんのリスクを上げるということはかなり重要な事実なのですが、残念ながら、医療者の中でもあまり認識されていません。対策の難しい膵がんへの影響力がより強い(リスク1.9倍)ので、十分な注意を払うべきでしょう。 血糖値をコントロールするには、食事の管理と適度な運動が欠かせません。またその結果、肥満(リスク2.6倍)が解消されれば、膵がんの発症リスクをぐっと抑えることもできるでしょう。
▽膵嚢胞(すいのうほう)が見つかったら注意!
・糖尿病が膵がんのリスクを上げる一方で、その逆に膵がんが血糖値を上昇させることもあります。今まで問題なかったのに、新たに糖尿病になった場合や、コントロールできていた糖尿病が急に悪化した場合には、背後に膵がんが隠れている可能性があるのです。不自然な変化が膵がんの早期発見に繋がるケースもあるので、非常に重要なポイントです。
・繰り返しますが、膵がんにおいて、肥満や糖尿病、タバコ、アルコールはコントロールが可能なリスク因子です。さらに残念ながらコントロールはできませんが、実はもう一つ、あまり知られていないリスク因子があります。それが「膵嚢胞(すいのうほう)」です。
・みなさんの中には、今まで腹部エコーやCT検査を受けて、「肝臓や腎臓に嚢胞(のうほう)がある」と言われた人もいるはずです。嚢胞とは、中に液体が入った袋状の病変です(水風船のようなイメージです)。肝臓や腎臓の嚢胞はしょっちゅう見つかるもので、「問題にならない所見」の代表格。医療者も見つければ指摘しますが、基本的に放置で構わないと説明します。
・ただし、「膵臓の嚢胞」は、全く意味合いが違います。膵嚢胞と診断された人は、それがない人に比べて、約3倍も膵がんのリスクが高くなるのです。膵がんは嚢胞の部分にできることもあるし、全く別の場所にできることもある。それなのに、なぜリスクが高くなるのか、仕組みは解明されていませんが、これは統計的に判明していることです。
・この情報も、残念ながら医師の中でもあまり知られていません。肝臓や腎臓の嚢胞と同じ感覚で、「膵嚢胞がありますが問題ありません」と説明しているケースもありえます。もし膵嚢胞があると言われたら、消化器内科(できれば胆膵専門)を受診して、定期的なフォローを受けることをお勧めします。
▽がんで死ぬのは恐ろしいことなのか
・さて、ここまで厄介者の膵がんについて解説してきました。早期発見は難しいので、リスク因子を避けることが何よりも重要ですが、それで必ず予防できるとも限りません。膵がんは、確かに怖い病気です。 けれど、ここで少し立ち止まって考えてみましょう。
・これまで、がんを早期発見・早期治療するための話をしてきましたが、そもそもがんで死ぬということは、そんなに許されないことなのでしょうか。 身も蓋もない言い方をしてしまうと、人間はいつか必ず死にます。しかも、3人に1人ががんで死ぬ時代です。死因はがんに続いて、心疾患や肺炎、脳卒中などと続きますが、結局は何が原因で死ぬのかという違いに過ぎないとも言えます。
・もちろんこれは、個人の死生観によって異なるでしょうが、心筋梗塞や脳卒中によって、「死の恐怖を感じる時間もなくあっという間に死にたい」という人もいれば、「身の回りをきちんと整理し、家族にもお別れを言ってから死にたい」という人もいるはずです。 そして後者を望む人にとっては、ある程度の時間的猶予のあるがんという病気は、最悪の選択肢ではないのかもしれません。加えて、がんの痛みや苦しさも、緩和ケアの発達した現代では、多くの部分をコントロールすることができるようになりました。
・「がんで死ぬのは意外と悪くない」。こう思っている医療者も、実は少なからずいるのです。 もちろん当たり前のことですが、がんに限らず、治る病気は治した方がいい。治すタイミングを逃してしまった場合、やはり「やっぱりきちんと節制すればよかった…」「健診を受けておくべきだった…」「症状をほったらかしにしなければよかった…」といった、「○○しておけば」という後悔で、残りの人生が押しつぶされてしまうかもしれませんから。
・「治りにくい病気」が世の中にたくさんある中で、「治る病気」はきちんとケアして、「やるべきことはやっている」状態にすることが、精神衛生上とても大切になります。 今回の膵がんは治りにくい病気の代表格ですが、それについても一次予防をきちんとし、時々はお腹のエコーを受けて、もし膵嚢胞があれば専門家に相談する。そこまですれば現状では十分合格です。後は自然の流れに身を任せるでも構わないと思います。
・膵がんは怖いというのは、ある意味事実ですが、その情報がひとり歩きしている印象もあります。ことさら膵がんだけに注目して恐れ続けるのも不合理でしょう。 本来、「健康」とは人生を充実させるための手段であって、目的ではないはずです。どう頑張ったところで、人間にとって死は避けられない。健康維持のためになすべきことを淡々と実行すれば、後は毎日、できるだけ楽しく生きることが大切なのではないでしょうか。
▽人生は「贈りもの」(全てマンガ)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/091200163/021900023/?P=1

第三に、総合南東北病院外科医長の中山 祐次郎氏が1月17日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「医者への「袖の下」、どう思いますか? 第22回 患者さんから現金をもらう医者、断る医者」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・こんにちは、福島県郡山市にあります総合南東北病院外科医長の中山祐次郎です。 日経ビジネスオンライン読者の皆様、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。昨年2月から始まったこの連載「一介の外科医、日々是絶筆」は、2月で一周年を迎えます。どうにかクビにならずに済んでいるのは、皆様がお読みくださっているおかげでございます。ありがとうございます。
・さて近況でございます。年末年始を私は福島で過ごしました。結婚して初めての年末年始でして、両家に顔を出さねばなあと思っておりましたところ、どちらにも行かないことに。私、実家は神奈川県なのですが、両親が幼子のいる妹一家の渡米に付き合い米国へ行ったため、実家に帰る理由がなくなったのです。妻の家族は郡山の私の家に遊びに来てくれたため、お義母さんの美味しい雑煮をいただくことができました。
・年末年始はオンコールという自宅待機の当番で、12月30日、31日、1月1日とずっと「いつ緊急手術が来るか」と神経を張っておりました。やっぱり3件ほどは緊急手術になり、こんな具合で手術室へ。病気に休日はありませんからね。
▽晦日、「メス納め」のあとでも緊急手術。みなぎる気合
・年始しばらくして落ち着いたところで、郡山で一番大きな神社に初詣に参りました。これまで毎年鎌倉の八幡様にお参りしていたので、雪の中の初詣なんて初めてで興奮しました。出店のラインナップも、「芋煮」や「田舎汁」など地元色があふれていましたね。
▽ドクターにお金、渡したことありますか?
・では本題です。今回は病院でたまに耳にする、患者さんからの「袖の下(お金)」についてお話ししたいと思います。このお金というのは、保険診療で支払う費用とは別に、医師に直接手渡しする現金や金券のことです。
・本記事に先立って私はYahoo!ニュースにこんな記事を書きました(日経ビジネスオンライン編集部の皆様、すみません)。 「患者さんからの「袖の下」 医師は受け取る?」 この中で私は、4割の医者が「基本的に受け取る」、もう4割が「基本的に受け取らないが断れないときもある」であることを明かしました。つまり8割の医者は受け取った経験があるということになります。さらには弁護士にインタビューし、賄賂罪や脱税といった法的問題がある点について指摘しました。
・日経ビジネスオンライン読者の皆様の世代ですと、ご自身が病気になって入院し、点滴や手術などを受けたことのある方が多いかと思います。あるいは親御さんのご病気で病院に付き添ったことがある方も多いでしょう。 皆様は、治療の前後で医者にお金を渡したことがあるでしょうか
▽ガンガン受け取る医者もいる
・私の経験を少しお話します。私は患者さんからお金を受け取らないと決めているのですが、それでも時々私にお金を渡そうとなさる患者さんがいます。多くは社長さんや大企業の重役などお金がありそうな方で、だいたいが個室に入院されています。そして執刀医であり主治医の私に、退院間際に「先生、これ」と言って、封筒を白衣のポケットにねじ込もうとなさいます。多くの方が、固辞してもなお強引に渡そうとするのです。「本当に困ります」と声をあげて、やっと諦めていただけることが多いですね。
・諦めていただけず、その場ではどうしても「お金じゃないから」と言い渡された封筒の中を確かめると、やっぱり一万円札が数枚入っていてすぐに返しに行くなんてこともありました。 この「患者さんから医師がお金を受け取る」ことについて、皆様はどうお考えでしょうか。いろいろなご意見があると思うのですが、私はやっぱり強い違和感を覚えるのです。そりゃ現金をもらえれば誰だって嬉しいし、イメージほど裕福ではない勤務医の家計は助かるでしょう。私の知る偉い医師や高名な医師の中には、ガンガン受け取る人も多くいます。ある超有名病院では、医者の給料がかなり安くて、「そちらのお金」で収入を補っているという噂もあるほどです。
▽袖の下の2パターン
・ちなみに、お金を渡すタイミングには2パターンあることを説明しておかねばなりません。 一つは、手術や治療前に「どうぞこれでよろしくお願いします」というニュアンスを込めたタイミング。そしてもう一つは、治療が終わり退院間際になり渡すものです。
・前者は、医師に暗黙の「優遇」や「便宜」を求めているようにも取れます。医師側としては、「分かってんだろうな、お金渡してるんだからキッチリやれよ」というメッセージが同じ封筒に入っているような気になります。一方で後者の方は、もう治療は終わっているわけですから「感謝」のお気持ちが込められているのでしょう。 
・この2つを考えると、前者はあまりよろしくないような気がします。なぜなら、お金を受け取ったことで医者が患者さんを差別してしまう可能性があるからです。もちろん多くの医者は否定するでしょうが、病院内でその患者さんに対して極めて大きな裁量権(入院患者さんの生活から治療までほぼ全ての指示は主治医が出します)を持っている限り、意識的にせよ無意識的にせよ影響が皆無とは言い切れません。私は、受け取ってもその裁量権に全く影響を及ばさない自信がないので、受け取りません。
・ところが後者はどうでしょうか。収賄や脱税などの法的問題さえなくなれば、私はそれほど悪いことだとは思わないのです。感謝の気持ちとお金の余裕のある人が、治療した医師に感謝の気持ちとしてお金を渡す。それ自体は自然な行為であろうと思います。まあその後の治療への影響を考えると、前者と同じ要素も少し含むのですが。
▽「金持ち長生き、貧乏早死に」になるおそれ
・しかしここで気になるのが、これが進むと医者は金持ちばかりを向くようになるのではないかという点です。お金のある患者さんに対してだけ医者は丁寧になり、その患者さんの取り合いになるでしょう。こうしてお金のない人はそっぽを向かれることになります。突き詰めると、「金持ち長生き、貧乏早死に」という、まるで米国のような状況になってしまいかねません。言い換えれば、経済格差がどれほど寿命の格差に反映されることを許容するか、ということでしょう。日本では基本的になるべく許容しない方針で医療・福祉政策をしていると思います。
▽この問題提起に対する反応は……
・少し話が大きくなりました。私はこの問題を、どこかのジャーナリストや週刊誌がスッパ抜くよりも先に問題提起したいと考えていました。本件は大人なら誰でも知っているが誰も声高には言わない、暗黙の了解です。しかし医者としては、どうせいつかは「バレる」のですから、だったら先に自分たちでなんとかしちゃいませんか? そう思っております。
・しかし、この話をYahoo!ニュースに書き、かなりの人数の方に読んでいただきましたが、何かが起きたでしょうか。答えは、「無風」でした。誰も、何も言ってきません。この程度では何も変わらないのかもしれません。もしかすると同業者の医師は「やれやれなんでアイツ、いきなりそんな面倒なことを」とお思いかもしれません。
・この「袖の下」の解決法として、私は「医師へお金を渡すのではなく、渡したい人は病院へ寄付する」という提言をしました。病院側はそのお金を医師への給与としてもいいし、半分は病院の収入としてもいい。なんならふるさと納税のように、使途を決めて寄付してもいいですよね(「受付の椅子を新しくして」「空調を良くして」など)。それにはいくつかの法改正などのハードルがありそうですが、十分検討する意義はあると思います。
・読者の皆様はいかがお考えでしょうか。コメント欄にご意見いただければ幸いに存じます。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/011000038/011500025/

第四に、ジャーナリストの財部 誠一氏が2月6日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「「復帰したい」、針治療、整体…執念のリハビリ 医療もリハビリ技術もまだまだ発展途上だ」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽「回復期」に集中的なリハビリで効果を最大化
・最近、初台リハビリテーション病院(東京都渋谷区)のテレビでの露出がやたらに目につくものだから、この連載の中で触れるのも、宣伝臭い感じがしてはばかられるのだが、3年前に実際に入院していた病院だからお許し願いたい。
・初台リハビリテーション病院が優れた病院であることは間違いない。だが完全無欠な病院などあろうはずもなく、リハビリに対する考え方そのものに疑問を感じることも少なくない。初台といえばハードワークが売り物だ。365日、1日も休まず、厳しいリハビリをする。それは脳梗塞による麻痺症状の急速な改善が期待される「回復期」と呼ばれる3カ月間に、集中的にリハビリをすることで、効果を最大限引き出そうと考えているからに他ならない。
・そのためにリハビリスタッフの人数も充実しているし、1人の患者に対して医師や看護師、ケアワーカーなどがチームを組んで対応する見事なシステムを備えてもいる。人にもよるが、1日も早い社会復帰を切望していた私にはハードワーク・オンリーの初台のリハビリはうってつけだった。自主トレも含め、ストイックに全力でリハビリに取り組んだ。
▽「休息」という発想は皆無だった
・当たり前のことだが、1日も休まず、手抜きもせず、ひたすらリハビリをやり続ければ私も疲労困憊してしまう。それを見かねた看護師が「やりすぎだ」とリハビリスタッフに抗議したこともあったし、リハビリの合間にはベッドで横になって休息しろと言われたこともしばしばあった。しかし理学療法士や作業療法士たちには「休息」という発想は皆無だった。限られた時間内にできる限りのことをやることが、自分に与えられたミッションだと信じこんでいるようだった。
・私はそのリハビリのハードさを批判しているわけではない。繰り返すが私にはそれが合っていたし、望んでもいたことだったので、個人的にはありがたかった。しかしハードワークは休息とセットで初めて効果を発揮する。
・この連載でも脳梗塞のリハビリとジムで行う筋トレはまったく異なるとたびたび指摘してきた。血栓ができ司令塔としての機能を失ってしまった脳に、手足を動かすことで刺激を入れ、その機能の復活を図るのがリハビリだ。つまり目的が違うのだ。
・最近は女性の間でも筋トレがちょっとしたブームになっていて、美しいシックスパックの(6つに割れた)腹筋に羨望の視線を送る筋トレ女子もいる。筋トレのやり方に関する情報もネット上には溢れかえっている。もちろん情報の質はピンキリだが「筋トレは毎日やってはいけない」は筋トレの常識である。
・筋肉はトレーニングで強い負荷をかけることと、休息による「回復」のバランスが大切とされる。最近流行語となっている「超回復」とは、筋トレ後に48時間の休息を与えることで筋肉は急速に回復することを指すという。それにどの程度科学的な裏付けがあるのかないのか、私にはわからないが、筋トレは休息とのバランスによって効果を生むことだけは間違いない。
・脳梗塞のリハビリと筋トレはまったく異なるものなのだが、両者には重なり合う部分もある。股関節や腹筋を鍛える作業は筋トレそのものだし、歩行訓練も結果としてふくらはぎや太モモの筋肉を鍛える運動になっている。リハビリをやると脳もかなりの疲労感を覚えるのだが、筋肉痛も起こるし、身体力の消耗も激しい。
▽自分で考え、自分でやるしかない
・だが初台リハビリテーション病院ほどの病院でも、リハビリで消耗した身体や筋肉をどう回復させればいいのかまでの配慮はない。リハビリを連日続けながら、どうやって効果的な「休息」をとればいいのか。 自分で考え、自分でやるしかない。
・入院中という環境の下ではできることにも限度がある。食事や入浴も含め1日のスケジュールが詳細に決められているため、時間的な制約が大きい上に、病院外に自由に出かけることもできない。いかにして効果的な「休息」をとるか。元気にリハビリに臨むためには何ができるか。考え抜いた末に、私はふたつの結論を得た。もちろん入院中だから勝手な行動は許されない。自分が入院しているフロアの責任者である医師に相談した。
・ひとつはニンニク注射など、身体力回復の助けとなる医療的な措置をしてもらえないかという提案だった。じつは私には不整脈対策として「メインテート」という薬が処方されており、これが結果的に血圧を大きく低下させ、疲労感を倍増させていた。 「医学生時代にこの薬を飲んで柔道をやらされたことがありましたが、ものすごい疲労感を経験しましたから、おっしゃることはよく理解できます」とその医師は共感こそしてくれたものの、疲労回復のための特別な措置はこの病院では何もしていないと否定されてしまった。
▽「鍼灸師による施術を許可して欲しい」と提案した
・2つ目の提案は鍼灸師による施術を許可して欲しい、だった。 脳梗塞になってしまって何をいいやがると言われてしまいそうだが、私は常日頃から自分の身体には人一倍気を使ってきた。人間ドックは毎年かかさずに続けて受けてきたし、脳ドックやがんマーカーもやってきた。今振り返ってみると、とんでもないほどオーバーワークだったし、相当ストレスフルな生活を送っていたものの、疲れを引きずらないようにするためにマッサージや鍼灸治療もこまめに通っていた。
・マッサージについては、ヨーロッパで修業しホテルオークラ(東京都港区)で「ゴッドハンド」の名を欲しいままにしていた方に、独立開業された後、約10年間お世話になっていた。しかし、あいにく私が入院中、彼女は出産間際で施術は困難だった。このため、六本木ヒルズ(同)などの中にあるヒルズスパでお世話になり、その後フリーになった鍼灸師の方にお願いしようと考えたが、病院内で鍼灸治療をすることはかなりハードルが高いように思えた。
・果たしてフロアの担当医師が認めてくれるかどうか。 「鍼灸の効果はよく理解しています」 担当医師が予想外の反応を見せた。 「私自身が体験的にその効果を知っています。ただ火を使うお灸は認められませんが、針治療ならいいでしょう」
▽意外なほどあっさりと許可が出た
・意外なほどあっさりと認めてくれたのである。ただし「置き針」と呼ばれる特殊な針は許可できないと言われた。1ミリほどの短い針を小さな絆創膏で身体に貼ったままにしておくのが「置き針」だが、かつてその「置き針」によって看護師が怪我をしたことがあったからという理由だった。
・1週間に1度の針治療は入院生活の潤いだった。 脳梗塞患者への施術も豊富なその鍼灸師は私の状況に応じて、慎重に針治療を行ってくれた。疲労回復のために足裏やふくらはぎにはオイルを使ったマッサージを施してくれた。初台リハビリテーション病院のハードなリハビリに全力で取り組めた背景に、間違いなくこの鍼灸治療による「休息」があった。
・さらに有益だったのはこの鍼灸師からの情報だった。脳梗塞になる以前からお世話になっていたから、脳梗塞の前後で身体がどのように変化したかをその鍼灸師は詳細に把握していた。また1週間に1度来るたびに、身体がどう変化していくのかも詳細に語ってくれたりもしたが、何よりもありがたかったのは、筋肉の拘縮(こうしゅく=収縮し固まって動かしにくくなる状態)に対しては初台のリハビリは無力に等しいという事実に私自身が気づいたことである。
▽針治療にも「回外」を可能にさせる効果はなかった
・代表的な事例をあげよう。健康な人なら手のひらを真上に向けることなど、なんということもなくできる動作だ。ところが脳梗塞で麻痺症状が起こると、このまったくなんてことはない動作ができなくなってしまう。手のひらを外側へ開くことから、この動作は「回外」と呼ばれるが「回外」が出来なくなる理由は手首から肘にかけての筋肉や腱の硬直である。初台のリハビリスタッフも説明はしてくれるものの、なす術を誰ひとりとして持っていなかった。残念ながら針治療にも「回外」を可能にさせる効果はなかった。
・「回外」だけではない。脳梗塞や脳出血を患って麻痺が残ると、手足が自由に動かなくなるばかりか、手足が変形したり、正常なポジションをとることが出来なくなったり、見た目には正常でも可動域が狭くなったりする。しかし初台リハビリテーション病院でも、この領域への対処に関しては、何も出来ないというのが現実だ。リハビリスタッフは筋拘縮の解説はしてくれるが、筋拘縮に対してはお手上げだ。幸い、私の場合は筋拘縮がそれほど強くはなかったが、「回外」はだめだった。右手の手のひらは真下からを真上に向けようとすると親指を180度回転させなければならないが、せいぜい100度くらいしか回らなかった。もちろん作業療法士も「回外」ができるようにと、マッサージのようなことはしてくれたが、焼け石に水だった。
▽「ゴッドハンド」と呼ばれる施術師
・そんなとき、初台リハビリテーション病院に見舞いに来てくれた親戚からある施術師を紹介された。 世の中には「ゴッドハンド」と呼ばれる施術師たちがいる。整体、鍼灸、指圧、マッサージ等々、ジャンルに関わらず、その施術師の手にかかると、長年苦しめられてきた肩痛や腰痛がたちどころに消えてしまうという類の話である。半信半疑ではあったけれど、藁をも掴む気分でもあったから、初台リハビリテーション病院の退院直後に予約を取ってもらった。
・東京都港区の青山にクリニックをかまえる山下たえこ氏は一切宣伝をせず、クリニックにも看板ひとつない。セレブだけを相手に高額な治療費をとるわけではないが、口コミで広がった利用者のなかには、身体の維持管理に執念を持つ著名人も少なくない。そんなこととは露知らず、住所と電話番号だけを頼りに必死の思いでクリニックにたどり着いた。バリアフリーとは縁遠い古いビルには、エレベーターに乗る前に、急な階段が数段あり、病院を退院したばかりの私には、とても登りきれるとは思えなかった。一瞬、このまま帰ってしまおうか思ったが、妻の叱咤と助けで乗り切った。
・山下たえこ氏は強いて言えば「整体師」に分類されるのだろうが、その施術は文字どおり「身体を整える」ものだ。その思想を簡単に要約すれば、カラダの不調が生まれるのは、日常生活で積みあげた“くせ”が原因。それがカラダの深層部で働いている小さな筋肉を過度に緊張させるなどのダメージを与え、カラダにゆがみをもたらし、本来あるべきポジションからずれたまま固定化する。それが肩こりや腰痛といったカラダの不調となって現れるという。そのゆがみを修正し、本来あるべき身体に整えるのだ。
▽激痛に耐える2時間だったが、施術が終わってみると
・初めて山下氏の施術を受けた時のことは忘れられない。 ベッドに仰向けに寝た状態で1時間以上、足首周辺だけほぐしていくのだが、とにかく痛い。入院中にあれほど歩行練習を繰り返し、指先があがるようにと足首を動かしていたにもかかわらず、私の足首はガチガチに固まっていたのである。
・足首の次は右腕の施術に移ったが、これがまた痛い。肩関節などの可動域を力まかせに広げることによる痛みではない。上腕二頭筋や三頭筋のような大きな筋肉ではなく、その奥にある深層部の小さな筋肉が極端に硬くなっていることが実感できた。
・初回の施術は激痛に耐えるだけの2時間であったが、終わってみると、激痛は感動に変わっていた。初台の3カ月間のリハビリでもいっこうに改善しなかった「回外」が、できるようになっているではないか。完全にではなかったものの右手の手のひらが、ほぼ真上に向けられるようになっていた。
・これは奇跡ではない。医師やリハビリの専門家たちは、麻痺による筋肉拘縮は仕方のないもので限界だとする考えに、取りつかれているだけだ。だが山下氏の施術は極めて論理的で、再現性が高い。標準化されたメソッドとして十分に確立されうるものである。「山下メソッド」が理論化され、広く医療界で実証されれば、どれほど多くの患者の救いになるかわからない。私が山下氏の施術を受けるようになってから、もう2年半以上になるが、ついにそれが現実のものになり始めた。
▽「山下メソッド」の理論化と実証の動き
・大阪府羽曳野市の「医療法人はぁとふる 運動器ケア しまだ病院」が山下メソッドを導入し、その理論化に協力し始めたのだ。「運動器」とは身体を自由に動かすために必要な骨や関節、筋肉、神経などを指すが、しまだ病院はプロスポーツ選手から脳卒中患者のリハビリまで、運動器を総合的にケアする大規模な病院グループだ。リハビリスタッフも50人を超えている。理事長の島田永和氏はスポーツ界では有名な整形外科医である。その島田医師の理解と協力のもと、ベテランリハビリスタッフが山下氏の理論と実技を学んでいる。
・もっとも山下メソッドを、医療界の誰でもが簡単に理解できるわけではない。山下氏の技術を医療言語に落とし込まなければ、一般化できない。今まさにその取り組みが本格化している。 また国立がん研究センター 中央病院でも、乳線外科長の木下貴之医師の理解のもと、乳がん手術後のリハビリにも山下氏は関わろうとしている。
・医療もリハビリもまだまだ発展途上である。山下メソッドの理論化と実証が早期に進むことを期待したい。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/051000048/020100010/

第一、二の記事で、 『一次予防は健康人が対象で、発病そのものを予防することです。例えばタバコやアルコール、肥満、食生活を改善することや、ピロリ菌の除菌など、「リスク因子を避ける」ということです』、 『膵がんのリスク・・・①の家族歴を除くと、上記のほぼすべての因子が、生活習慣に関わることになります。これは決して、悪いことではありません。むしろ改善、予防する余地があるということを意味していますから。 では、それぞれの因子はどれぐらいリスクを上げるのでしょうか。報告によってバラツキはありますが、次のようなデータがあります。  肥満 2.6倍 糖尿病 1.9倍 タバコ 1.7倍 アルコール 1.2倍』、ということは、やはり正しい生活習慣を身につけることが肝要なようだ。 『心筋梗塞や脳卒中によって、「死の恐怖を感じる時間もなくあっという間に死にたい」という人もいれば、「身の回りをきちんと整理し、家族にもお別れを言ってから死にたい」という人もいるはずです。 そして後者を望む人にとっては、ある程度の時間的猶予のあるがんという病気は、最悪の選択肢ではないのかもしれません。加えて、がんの痛みや苦しさも、緩和ケアの発達した現代では、多くの部分をコントロールすることができるようになりました。 「がんで死ぬのは意外と悪くない」。こう思っている医療者も、実は少なからずいるのです』、私も後者を望んでいるので、なるほどと納得した。
第三の記事で、 『治療が終わり退院間際になり渡すもの』、は 『収賄や脱税などの法的問題さえなくなれば、私はそれほど悪いことだとは思わないのです』、というのは理解できる。 しかし 、『突き詰めると、「金持ち長生き、貧乏早死に」という、まるで米国のような状況になってしまいかねません。言い換えれば、経済格差がどれほど寿命の格差に反映されることを許容するか、ということでしょう。日本では基本的になるべく許容しない方針で医療・福祉政策をしていると思います』、というのは悩ましい問題だ。 『「袖の下」の解決法として、私は「医師へお金を渡すのではなく、渡したい人は病院へ寄付する」という提言をしました』、というのは確かに良さそうな解決策だ。
第四の記事で、有名な初台リハビリテーション病院でも、 『1日も休まず、手抜きもせず、ひたすらリハビリをやり続ければ私も疲労困憊してしまう。それを見かねた看護師が「やりすぎだ」とリハビリスタッフに抗議したこともあったし、リハビリの合間にはベッドで横になって休息しろと言われたこともしばしばあった。しかし理学療法士や作業療法士たちには「休息」という発想は皆無だった。限られた時間内にできる限りのことをやることが、自分に与えられたミッションだと信じこんでいるようだった』、 『「ゴッドハンド」と呼ばれる施術師・・・初台の3カ月間のリハビリでもいっこうに改善しなかった「回外」が、できるようになっているではないか』、というのには驚いた。 『医療もリハビリもまだまだ発展途上である』、というのは、自分も受ける立場になった時のことを考えると、いささか心配になる。 『山下メソッドの理論化と実証が早期に進むことを期待したい』、のは強く同意する。
タグ:医療問題 日経ビジネスオンライン 中山 祐次郎 近藤 慎太郎 (その14)(進行が早く悪性度の高い膵がん 罹患率は漸増中、医者の本音「がんで死ぬのは意外と悪くない」 確かに怖い膵がん けれど怖がりすぎなくていい、医者への「袖の下」、どう思いますか?、「復帰したい」 針治療 整体…執念のリハビリ 医療もリハビリ技術もまだまだ発展途上だ) 「進行が早く悪性度の高い膵がん、罹患率は漸増中 星野監督も九重親方も、膵がんで亡くなった」 進行するのが速くて早期発見・治療が難しい悪性度の高いがん 膵がんの検査、治療というのは、やってやれないことはないけれども、相当にハードルが高い 一次予防は健康人が対象で、発病そのものを予防することです。例えばタバコやアルコール、肥満、食生活を改善することや、ピロリ菌の除菌など、「リスク因子を避ける」ということです それぞれの因子はどれぐらいリスクを上げるのでしょうか。報告によってバラツキはありますが、次のようなデータがあります。  肥満 2.6倍 糖尿病 1.9倍 タバコ 1.7倍 アルコール 1.2倍 膵がんにおいて、肥満や糖尿病、タバコ、アルコールはコントロールが可能なリスク因子 「身の回りをきちんと整理し、家族にもお別れを言ってから死にたい」という人もいるはずです。 そして後者を望む人にとっては、ある程度の時間的猶予のあるがんという病気は、最悪の選択肢ではないのかもしれません 「医者への「袖の下」、どう思いますか? 第22回 患者さんから現金をもらう医者、断る医者」 一つは、手術や治療前に「どうぞこれでよろしくお願いします」というニュアンスを込めたタイミング。そしてもう一つは、治療が終わり退院間際になり渡すものです 後者はどうでしょうか。収賄や脱税などの法的問題さえなくなれば、私はそれほど悪いことだとは思わないのです 「金持ち長生き、貧乏早死に」になるおそれ 「袖の下」の解決法として、私は「医師へお金を渡すのではなく、渡したい人は病院へ寄付する」という提言をしました 財部 誠一 「「復帰したい」、針治療、整体…執念のリハビリ 医療もリハビリ技術もまだまだ発展途上だ」 初台リハビリテーション病院 「休息」という発想は皆無だった 「ゴッドハンド」と呼ばれる施術師 「山下メソッド」の理論化と実証の動き
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働き方改革(その12)(小田嶋氏の見解) [経済政策]

昨日に続いて、働き方改革(その12)(小田嶋氏の見解)を取上げよう。

コラムニストの小田嶋 隆氏が2月23日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「司令官たちの戦争、僕らの働き方改革」を紹介しよう。
・今国会は「働き方改革国会」と位置づけられているのだそうで、なるほど、進行中の国会審議では、働き方改革関連法案をめぐる議論が行ったり来たりしている。 現今の主たる争点は、政府がこれまで裁量労働制で働く人の労働時間について「一般労働者より短いデータもある」としていた国会答弁を、安倍晋三首相が撤回したところだ(こちら)。
・この問題を、時事通信は「データ誤用」という言葉を使って記事化している(こちら)。 「データ誤用」の具体的な中身は、日刊ゲンダイのまとめではこのとおりだ。 -略- 同省(厚労省)は19日、根拠としたデータ(2013年度労働時間等総合実態調査)を精査した結果を公表。それによると、一般労働者の残業時間については、1カ月のうち「最も長い日」のデータに法定労働時間の8時間を単純に加えて1日の労働時間を算出した一方、裁量労働制は通常の1日の労働時間を用いて比較していたという。(ソースはこちら) 
・ということだ。つまり、二つの働き方を比べるにあたって、それぞれ前提の違うデータを持ち出して比較していたことになる。これは、悪意を疑われても仕方のないところだろう。 日刊ゲンダイの記事はさらに、 -略- 塩崎恭久前厚労相は2015年7月の衆院厚労委、17年2月の衆院予算委でそれぞれ、〈厚生労働省自身の調査によりますと、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べますと一般労働者よりも短いというデータもございまして、例えば一般の平均的な方が9時間37分働いていらっしゃいますが、企画業務型の裁量労働制の方は9時間16分ということで、約20分短いというデータもございます〉と答弁していた。 -略-  と、3年前の国会審議から、一貫して同じデータが引用されていた点を指摘している。
・ともあれ、3年間にわたって引用され、議論の基礎となってきたデータ自体が「捏造」とは言わないまでも、明らかな「誤用」ではあったわけで、とすると、これまで積み上げてきた議論の前提自体が崩れてしまう事態は避けられない。
・前述のリンクにある日刊ゲンダイの記事では、 《-略- 野党6党が国会内で開いた合同会議では、厚労省の担当者が「異なるやり方で選んだ数値を比較したことは、不適切だった」と頭を下げた。 -略-》 ことになっているが、これはアタマを下げればそれで済む問題ではない。
・ベースとなる説明のデータが「誤用」だったことがはっきりした以上、法案そのものをリセットするか、審議をゼロに戻すか、でなければ、今国会での法案の成立そのものを断念するのがスジだ。 しかし、たぶんそんなことにはならない。 法案は、間違いなく成立する。 私はそう確信している。
・私が法案の成立を確信する理由は、表向きには、与党勢力が衆参両院においてともに過半数を超える議席を確保しているからなのだが、私の内心を圧迫している理由は、実は、それだけではない。 個人的には、目先の議席数の多寡よりも、そっちの理由の方が本質的だと考えている。
・今回は、その話をする。 私がなんとなく観察している範囲では、国会の議席数とは別に、世論は、政府の働き方改革の内容、というより気分を、大筋において支持している。 気分というのは、働き方改革を働き方改革ならしめている設計思想の部分というのか、「日本の企業の収益力を高めるためには、労働者にある程度泣いてもらわなければならない」といった感じの、「割り切り」ないしは「切り捨て」の部分に、思いのほか広範な支持が集まっているように見える、ということだ。
・「だってさ、日本の企業の国際競争力を高めるためには、労賃を節約する施策が必要なわけだろ?」 「そりゃ、企業の収益力の向上には人件費を抑えることが一番の近道なわけだし」 「だとすれば、安価で優秀な労働力の確保を最優先にした施策を打ち出すのは当然だよな」 てな調子でこの法案を受けとめている人たちが日本人の多数派を占めている(ように見える)ということだ。
・なぜ、労働者である自分たちの権益が削がれるかもしれない法案に平気な顔で賛成できるのか、そこのところの理屈は実は、いまのところはまだ、うまく解明できていない。 ただ、一介の労働者に過ぎない多くの日本人が、なぜなのか、国策や日本経済を語る段になると「経営者目線」で自分たちの暮らしている社会を上から分析しにかかっていることは、明らかな事実だったりもする。
・とすれば、お国の打ち出す施策が経営者にとって望ましい方向に近似して行くことは、これはもう自明の理だ。 昔からそうだが、男の子が戦争の話をする時には、司令官の目線で語ることになっている。 どこどこの戦線を打開するためには、これこれの戦力をこんな手順で投入してとかなんとか、夢想の中の戦争は、常にマクロの視点からの戦略として発想され立案される。そして、ゲーム盤の上のストラテジックでスリリングで、血湧き肉躍るヒロイックなストーリーは、あるタイプの人々に常に変わらぬ陶酔をもたらすのである。
・もちろん、現実に戦争が起こってみれば、ほとんどすべての兵士は盤上の一個のコマになりはてる。 が、具体的な肉体としてミクロの戦線に放り込まれ、物理的な泥沼の中で火薬と鉄と血と涙にまみれたまま転がされる一個の肉体たる兵士の気持ちなど、知ったことではない。戦争を夢見る人間は、兵隊の夢なんか見ない。国家の戦争を夢見る人間は、ほかの誰かが死ぬ夢と、凱旋パレードの夢だけを選択的に反芻することになっている。
・おそらく、国策や企業戦略についても事情はそんなに変わらない。 夢見がちな人々が娯楽として思い浮かべるのは、ミクロな労働者の個人的な懊悩や、貧困にあえぐ失業者の陰にこもった失意や、日々の暮らしに疲弊した非正規労働者を襲う無力感ではない。彼らが繰り返し思い浮かべては頬を緩めるのは、国際社会を舞台にイノベーションを追求する若きアントレプレナーの野望と成功であり、画期的な改革案を胸に会議に臨む架空のビジネスエリートのスチャラカ出世物語だったりするのである。 
・…何を言いたいのか説明する。 21世紀にはいってからぐらいだと思うのだが、私の目には、この世界のなかで起こるさまざまな出来事を「経営者目線」でとらえることが優秀な人間の基本的マナーですぜ的な、一種不可思議なばかりに高飛車な確信が広がっているように見えるのだ。
・その「経営者目線」は、別の言葉で言えば、「勝ち組の思想」でもあるのだが、経営でも政策でも戦略でも受験でも、自分が労働者であるよりは経営者であり、負け組であるよりは勝ち組であり、とにかく勝っている側に立って考えるべきだとする前提が、あまたの自己啓発書籍の教える勝利の鉄則だったりするということだ。
・で、そういう、決して負けを想定しない勝ち組理論の中では、弱い者や貧しい者や運の悪い人間や恵まれない育ちの仲間は、「自己責任」というよく切れる刀で切って捨ててかえりみないのが、クールな人間の振る舞い方だってなことになっている。
・一番短い言葉で言えば、「ネオリベラリズム」ないしは「市場原理主義」ぐらいの言葉に集約できる思想なのかもしれない。ともあれ、こういう、本来なら本当の勝ち組の人間を想定したバカなラノベ(注)の主人公が本文中で生存者バイアス丸出しでしゃべり倒すにふさわしい軽薄極まりない思想が、どうしてなのか若い世代やイケてるつもりの連中の合言葉になってしまっているようにみえる。
(注)ラノベとは日本で生まれた小説の分類分けの1つ、定義はあいまい(Wikipedia)
・この事態に、私はいまだにうまく適応できずにいる。 「勝ち残ったオレは優秀だ」 「優秀なオレが勝ち残ったんだから、この競争は公正だ」 「優秀なオレが勝ち残る市場をビルトインしているわけなのだからこの世界はフェアで正しくて美しい」 「負けた人間は自分の能力不足で負けただけなのだからして、同情には値しない」 「負けた人間に温情をかけるのは、その人間の弱さを助長する意味でかえって残酷な仕打ちだ」 と、乱暴に要約すれば、こんな感じの、中二病どころか小学校5年生の実写ジャイアンみたいな思想が蔓延しているのだとすれば、裁量労働制が支持されるのは当然の流れというのか、時代の必然と申し上げねばならない。
・働き方改革と呼ばれている一連の施策が、実際にはシバキ上げ改革であり、裁量労働制の実態が「賃金固定制」ないしは「残業手当廃止制度」であるのだとしても、はじめから脳内俺様劇場において自分を勝ち組の側に固定してしまっている経営者目線の国民たちは、まさか自分が労働の成果を搾取される側の人間であるとは思いもよらぬがゆえに、いそいそと支持にまわる。
・……というのはあまりに馬鹿げた想定だが、あまりに馬鹿げているがゆえにかえってありそうに思える話でもあると思うのだがどうだろうか。 司令官として腕を振るうシミュレーションでしか戦争を考えたことのないアタマでっかちのオタクが、一兵卒として泥水の中で飢えて死ぬ自らの近未来像を想定しないように、働き方改革をなんとなく支持する国民も、自分が最低賃金すれすれの報酬でひと月のうちの28日を非正規労働者としてのたうちまわる未来が訪れる可能性についてはまったく無頓着だ。
・先週にも触れた日曜日の民放のバラエティー番組で、今度は、MC役の松本人志氏がネットカフェ難民について 「働いてほしい」 という発言をして話題になっている。 -略- 番組では、ネットカフェ難民が就労先を探すも住所がないことが支障になり悪循環に陥っているという現状を伝えたが、松本は「わからんようにちょっとずつ(部屋を)狭くしたったらどう?」と珍案を提示。出演者たちは笑いながら「追い出す話じゃないですよ」「その人たちが出ていった時に行かれるところを作らなきゃいけない」と諭したが、松本は「なんかみんな優しいなぁ、話を聞いてると。俺は若干、イライラしてきてる」と反論。「(ネットカフェ難民に)ちゃんと働いてほしいから」と自身の考えを説明した。
・-略- (ソースはこちら) つまり、ネットカフェみたいなそこそこに居心地の良い環境に甘えられる現状が、必死で職探しをしない生き方を続けさせてしまっている、という見方なのだろう。 自分では愛のムチのつもりで言っているのだと思う。 よくある無知のムチというやつだ。 人には個々の事情があるという、そこのところに想像が及ばないのだろう。
・「甘えるな」の一言で問題が解決するのなら、それこそ政府などはじめから必要ないし、社会保障もハローワークもいらないことになるってなあたりのあれこれについても、マトモに考えたことがないのだろう。 松本氏の発言は、お笑い芸人によるウケ狙いの逆張りだということで大目に見るのだとして、個人的には、むしろ、上記の日刊スポーツの記事で引用されている社会学者の古市憲寿氏の言葉に大きな問題を感じている。
・-略- 社会学者の古市憲寿氏は「30代で夢を追うためにネットカフェって別にいいと思うんですよ、自分の人生だし」と理解を示す一方で、40~50代のネットカフェ難民も増えていることについて「昔はフリーターってイメージ的に若者が多かったじゃないですか。でも昔フリーターだった人が今どんどん高齢化していて40代、50代になりつつある。だから、それで一生いいの? っていう話はある。まだ健康なうちはいいけど、50代、60代で体の健康とかも悪くなって病気になったりとか、親が介護になったり死んだりとかって場合にどうするのっていう問題。フリーターの高齢化みたいな問題で考えると悩ましい」と語った。 -略-
・そりゃたしかに、ネットカフェに一夜の宿を求めながら、ロケンローラーの夢を追っている青年がいないとは言わないし、吟遊詩人やダンサーやユーチューバーになりたくて、あえて正社員での採用を蹴飛ばして不安定な非正規の仕事で糊口をしのいでいる野心あふれる愛と青春の旅立ちなヤングピーポーだって、探せば見つからないこともないのだろう。
・だが、大多数のネットカフェ難民は、夢だとかポエムだとかいったそういうふわふわした言葉とはまるで無縁な暮らしの中で、余儀なく住所不定の日常に追い込まれているはずなのだ。40~50代のフリーターに対しても、古市氏は「それで一生いいの?」とかいうお気楽な質問をカマしてしまっているが、50ヅラ下げたフリーター本人が自分で自分の生活についてそれでいいと思いつつ夢を追うオレの人生ってセツナウツクシイとかなんとか、そんなことを考えてるはずがないではないか。
・にもかかわらず、彼は、ネットカフェ難民が、非正規で働くことや孤独であることも含めて、経済的に自立できずにいることや、一寸刻みに若さを喪失しながら四十の坂を上り詰め五十の坂を転げ落ちたりしていることのすべてを、「本人が自己責任で自ら選んだこと」として語ってしまっている。 致命的にダメな分析だと思う。
・ただ、論点は、そこではない。 私が当稿で訴えたいのも彼らの至らぬ点についてではない。 問題は、こういう発言が受けているということだ。 視聴者の多くが、これらの発言を問題視しないどころか、大筋において共感をもって受けとめているからこそ、番組は成り立っている。ということはつまり、私が非常識だと思ってくどくどと責め立てていた彼らの発言こそが、実は現代の日本の庶民の多数派が抱いているところの最大公約数の世論だったということで、とすると、非常識なのは私の方だったということになる。なんということだろう。
・おそらく、世間の少なからぬ層の人々は 「ネットカフェ難民なんて甘ったれてるだけだからどんどん追い出してホームレスから再出発させればいいんだよ」 「40代で夢追ってフリーターとかイタいっすよね」 というそのままの感想を保持している。
・つい2日ほど前にも、さる上方の落語家がツイッター上に 《世界中が憧れるこの日本で「貧困問題」などを曰う方々は余程強欲か、世の中にウケたいだけ。 この国では、どうしたって生きていける。働けないなら生活保護もある。 我が貧困を政府のせいにしてる暇があるなら、どうかまともな一歩を踏み出して欲しい。この国での貧困は絶対的に「自分のせい」なのだ。》 (ツイートはこちら) という書き込みをして話題になった。
・この発言について、 「落語家というのは、貧困者や慮外者に寄り添う語り芸の体現者ではなかったのか?」 「強欲って、どういう文脈から出てきた言葉なわけ?」 などと、各方面から批判の声が集まった。  私は何も言わなかった。 無力感に襲われたからだ。
・今回のこれに近い問題に関連して、私は、昨年の9月に 《その昔「不謹慎だけど笑える」ネタは、「反権威・反秩序」の話で、それをとがめるのは「保守・封建・伝統」主義のおっさんだった。それが、ある時期から、笑えるネタが「反人権・反ポリコレ・反フェミニズム」方向にシフトして、眉をひそめるのは「良識・リベラル」派の亜インテリてなことになった。》(こちら) 《何が言いたいのかというと、お笑いが反体制だというのは、20世紀の話(それも多分に幻想)で、21世紀のお笑いは大衆を慰安することで権力の統治を補完しているのではないかということです。まあ、お笑いに限らずロックをはじめとするサブカル全般に言えることなのでしょうが》(こちら) というツイートを発信している。 いまも、この立場に変化はない。
・現代にあって、お笑いは、新自由主義的な、市場原理主義的な、勝ち組が負け組を嘲笑して悦に入る的な、功成り名遂げた先輩芸人が下っ端の芸人やアガリ症の素人を小突き回してその挙動不審のリアクションを冷笑するみたいな娯楽になっているということだ。
・意気阻喪しつつ思うのは、結局のところお笑いが反権力的な技芸だった時代は、歴史上一回も存在していなかったのかもしれない、ということだ。 無論、お笑いは、いまも昔も「反抗」ないしは「逆張り」を旨とする芸能ではある。 しかしながら、その「反抗」の対象が、「国家権力」や「現政権」であるケースはごく稀で、でなくても、現代のお笑いが風刺の対象としてロックオンしているのは、もっぱら「いい子ちゃん思想」や「偽善的な建前」であり、最近では「ポリティカル・コレクトネス」あたりが格好のターゲットになっている。
・もう少し踏み込んだ言い方をすれば、現在お笑いが攻撃の対象としているのは、ヘタをすると、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という日本国憲法の三大原則にあたる思想だったりする、ということでもある。
・彼らは、インテリくさい建前が大嫌いなのだ。 「そんなん、きれいごとやんか」 「ガッコでベンキョできた人らの言う理想っちゅうこっちゃ」 であるからして、彼らの世界で言う「戦っているネタ」 や、「ぶっこんできてる笑い」 や、 「ギリギリで勝負してる芸」 の、「戦い」や「ブッコミ」や「ギリギリ」の相手は、「権力」でもなければ「体制」でもない。当然だが、「首相」でも「政権与党」でもない。
・彼らの戦う相手は、むしろ、政権の敵だったりする場合が多い。 残酷でもあれば不謹慎でもあり、時には下品でも無作法でもあり、なおかつ「ホンネ」を恐れずに表出する人間である彼らが戦っているのは、世の「良識」であり、世間の「きまりごと」であり、いい子ちゃんたちが大切にしている「素敵ぶったマナー」だ。
・それらを嘲笑し、揶揄し、踏みにじり、ケチョンケチョンにやっつけることが、すなわち「戦ってる」ことであり「ギリギリの笑い」を追求しているってなことになる。 もっとも、私は、松本氏が、政権をバックアップするために、意図的にあのような発言をしているとは思っていない。安倍総理と会食したからとかいった理由で、彼が政権にとって有利な話を選択的に選んでいるとも考えない。
・日本のお笑いの世界の人間がおおむね親政権的に見えるのは、別に官邸が世論操作のために大衆文化を使嗾しているからではないし、芸人が権力に迎合しているからでもない。単に、政権のバックグラウンドにある思想と、お笑いの世界を支えている感覚が大筋において似通っているからに過ぎない。 
・具体的にいえば、同じように非インテリ的で反リベラルで本音至上主義的な人間たちである彼らが同調するのは、当然のなりゆきだということだ。 大切なのは、現政権を動かしている思想と当代一流の人気コメディアンの価値観が一致しているのは、必ずしも癒着とか迎合とかではなくて、彼らのアタマの中にある考えは、われら現代の日本人の主流をなすど真ん中の思想であるということだ。
・ということは、これは、正しいとか間違っているとか、そういう話ではない。 われわれは、善し悪しはともかくとして、こういう時代に立ち至っているのだ。 なんとも、オチがつけられない。 そういうのは当代一流の芸人に任せるべき、ということだろうか。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/022200132/?P=1

小田嶋氏が、 『ベースとなる説明のデータが「誤用」だったことがはっきりした以上、法案そのものをリセットするか、審議をゼロに戻すか、でなければ、今国会での法案の成立そのものを断念するのがスジだ。 しかし、たぶんそんなことにはならない。 法案は、間違いなく成立する。 私はそう確信している・・・私がなんとなく観察している範囲では、国会の議席数とは別に、世論は、政府の働き方改革の内容、というより気分を、大筋において支持している。 気分というのは、働き方改革を働き方改革ならしめている設計思想の部分というのか、「日本の企業の収益力を高めるためには、労働者にある程度泣いてもらわなければならない」といった感じの、「割り切り」ないしは「切り捨て」の部分に、思いのほか広範な支持が集まっているように見える、ということだ』、と予想外に深い社会の潮流から分析しているのは、大いに参考になり興味深い。  『一介の労働者に過ぎない多くの日本人が、なぜなのか、国策や日本経済を語る段になると「経営者目線」で自分たちの暮らしている社会を上から分析しにかかっていることは、明らかな事実だったりもする。 とすれば、お国の打ち出す施策が経営者にとって望ましい方向に近似して行くことは、これはもう自明の理だ』、という風潮が強まっていることは確かで、嘆かわしいことだ。  社会学者の古市憲寿氏が40~50代のネットカフェ難民について、厳しい発言をしたことについては、私もそれまで古市氏はなかなか参考になる見方をすると思っていただけに、驚き失望した。 『無論、お笑いは、いまも昔も「反抗」ないしは「逆張り」を旨とする芸能ではある。 しかしながら、その「反抗」の対象が、「国家権力」や「現政権」であるケースはごく稀で、でなくても、現代のお笑いが風刺の対象としてロックオンしているのは、もっぱら「いい子ちゃん思想」や「偽善的な建前」であり、最近では「ポリティカル・コレクトネス」あたりが格好のターゲットになっている』というのは、アメリカでトランプが「偽善的な建前」を攻撃、草の根の世論がこれを支持している構図と何故かうり二つのようだ。  『働き方改革と呼ばれている一連の施策が、実際にはシバキ上げ改革であり、裁量労働制の実態が「賃金固定制」ないしは「残業手当廃止制度」であるのだとしても、はじめから脳内俺様劇場において自分を勝ち組の側に固定してしまっている経営者目線の国民たちは、まさか自分が労働の成果を搾取される側の人間であるとは思いもよらぬがゆえに、いそいそと支持にまわる』、というのであれば、最終的に自分が「搾取される側の人間である」ことが分かるまでは、現在の風潮は変わらないのかも知れない。或いは、分かる頃には、自分がした判断を忘れて、無反省のまま終わるのかも知れない。やれやれ・・・。
タグ:古市憲寿氏 働き方改革 経ビジネスオンライン 小田嶋 隆 (その12)(小田嶋氏の見解) 「司令官たちの戦争、僕らの働き方改革」 政府がこれまで裁量労働制で働く人の労働時間について「一般労働者より短いデータもある」としていた国会答弁を、安倍晋三首相が撤回したところだ 世論は、政府の働き方改革の内容、というより気分を、大筋において支持している 、「日本の企業の収益力を高めるためには、労働者にある程度泣いてもらわなければならない」といった感じの、「割り切り」ないしは「切り捨て」の部分に、思いのほか広範な支持が集まっているように見える、ということだ 一介の労働者に過ぎない多くの日本人が、なぜなのか、国策や日本経済を語る段になると「経営者目線」で自分たちの暮らしている社会を上から分析しにかかっていることは、明らかな事実だったりもする 21世紀にはいってからぐらいだと思うのだが、私の目には、この世界のなかで起こるさまざまな出来事を「経営者目線」でとらえることが優秀な人間の基本的マナーですぜ的な、一種不可思議なばかりに高飛車な確信が広がっているように見えるのだ 勝ち組の思想 、「ネオリベラリズム」ないしは「市場原理主義」ぐらいの言葉に集約できる思想 働き方改革と呼ばれている一連の施策が、実際にはシバキ上げ改革であり、裁量労働制の実態が「賃金固定制」ないしは「残業手当廃止制度」であるのだとしても、はじめから脳内俺様劇場において自分を勝ち組の側に固定してしまっている経営者目線の国民たちは、まさか自分が労働の成果を搾取される側の人間であるとは思いもよらぬがゆえに、いそいそと支持にまわる 40~50代のネットカフェ難民も増えていることについて「昔はフリーターってイメージ的に若者が多かったじゃないですか。でも昔フリーターだった人が今どんどん高齢化していて40代、50代になりつつある。だから、それで一生いいの? っていう話はある。まだ健康なうちはいいけど、50代、60代で体の健康とかも悪くなって病気になったりとか、親が介護になったり死んだりとかって場合にどうするのっていう問題。フリーターの高齢化みたいな問題で考えると悩ましい」と語った
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働き方改革(その11)(ギグワーカー化を推奨 「働き方改革」はいかがわしさ満載、年収制限のない「定額働かせ放題」ってマジ?「働かせ改悪」につながるタチ悪法案が今国会で成立見込み、安倍首相が窮地も…「働き方法案」断念できない3つの理由、「働き方改革」のイメージはなぜこれほど胡散臭くなったのか) ・・・タイトル変更(アベノミクスを外す、女性活躍も同様) [経済政策]

働き方改革については、昨年12月31日に取上げた。今日は、タイトルからアベノミクスを外し、(その11)(ギグワーカー化を推奨 「働き方改革」はいかがわしさ満載、年収制限のない「定額働かせ放題」ってマジ?「働かせ改悪」につながるタチ悪法案が今国会で成立見込み、安倍首相が窮地も…「働き方法案」断念できない3つの理由、「働き方改革」のイメージはなぜこれほど胡散臭くなったのか) ・・・タイトル変更(アベノミクスを外す、女性活躍も同様)である。

先ずは、同志社大学教授の浜矩子氏が1月8日付け日刊ゲンダイに寄稿した「ギグワーカー化を推奨 「働き方改革」はいかがわしさ満載」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・2018年の干支は「戌」ではなく「人」じゃないか――。今年は「ヒト」がフォーカスされる年になると思います。 「ヒト・モノ・カネ」という言い方をしますが、グローバル時代が幕開けした当初は、ものづくりが国境を越え、それがどう発展していくのかがテーマでした。そのうちカネが国境を越え、リーマン・ショックが起きるなどして注目された。今度はいよいよ「ヒト・モノ・カネ」の主役であるヒトです。移民や難民、労働生産性や賃金、そしてAIやIoT、ロボットとヒトがどう共存していくのかなど、ここへきてヒトにまつわる話題が増えてきました。
・そんな中、「ギグエコノミー」という言葉が世界的にはやってきています。ギグは「パフォーマンスをする舞台」という感じの言葉。要は、芸人さんが巡業するようなもので、フリーランスや個人事業主となって仕事から仕事へ渡り歩くというライフスタイル。さまざまな理由でギグワーカーが増え、渡り職人化していく人々が増えてきた。被雇用者ではない彼らの働く者としての生存権や基本的人権は、従来の労働法制の枠組みによっては守り切れない。この事態にどう対応するか。この点が世界的に議論されています。
▽労組も復権に向けて頑張って
・ところが日本では、そのような議論に参加することなく、無防備なギグワークの世界に政府が人々を積極的に押し出そうとしている。「柔軟で多様な働き方」の名の下に、「働き方改革」がギグワーカー化を推奨しているのです。つまりは、生存権や基本的人権への配慮に煩わされることは一切なく、使う側が安上がりにこき使える「個人事業主」を増やそうということなのです。税制改正で、19年度から給与所得控除を減らし、基礎控除を増やすことになりました。いかにも、「税金をまけてあげるから、『渡り職人』になりなさい」といっている感じで、いかがわしさ満載です。世界は人々のギグワーカー化を心配している。ところが、日本はそれを奨励している。これが怖い。
・「生産性」という言葉を巡る論議も怪しげです。生産性が上がらないから賃金が上がらないということが盛んにいわれる。ところが、実をいうと、企業は省力化、つまりは人件費を節約するために生産性増強投資をしている。ということは、放置すれば、生産性増強投資が行われれば行われるほど、働く人々の所得は増えなくなることを意味しているわけです。生産性さえ上がればおのずと賃金が上がるというわけではないということです。この辺が実に混迷した形で議論されている。意図的に議論を混乱させている向きもあるでしょう。生産性上昇の成果を労使でどう分かち合うかということに関しては、労組の交渉力が大いに問われるところです。人が焦点となる年においては、労組にも復権に向けて頑張って欲しい。
・生産性上昇は誰のため、何のためなのか。この点について、あくまでも人を中心に据えるまっとうな共通認識が形成されていくといいと思います。さもなくば、これからの人間たちは、ひたすら生産性上昇を目指して頑張りまくることを強要されるか、さもなくば、そのうち機械に取って代わられるか、ということになってしまう。
・時あたかも、アホノミクスが五輪の年だ、日本にとって「目標年」だと騒いでいる2020年が近づいてくる。ますます「生産性だ」「競争力だ」「第4次産業革命だ」「ソサエティー5・0だ」などということが言われるようになるでしょう。そういう話にあおられて、猛烈に効率よく働かないと置いてきぼりにされると不安になったり、世をはかなんだりしないように、我々はしっかり考えなければなりません。
・2018年が人がいじめられるという意味での「人年」ではなくて、人が大切にされる「人年」となるよう、我々は常に覚醒された意識をもって、とんでもないことのごり押しを決して許さない構えで一年を過ごして参りましょう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/220832/1

次に、健康社会学者の河合 薫氏が1月23日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「年収制限のない「定額働かせ放題」ってマジ?「働かせ改悪」につながるタチ悪法案が今国会で成立見込み」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・先日、出演したテレビ番組で、「飲食業会で急増する“お得なサービス”」という特集があった。 月2000円を払えば、一回の来店に付きハンドドリップのコーヒーが一杯飲めるコーヒースタンド。毎日来てもいい。いや、朝晩来てもいい。いやいや、一日何回でも無制限に来店していいので、行けば行くほど、お得になる。 店長曰く、「来店するお客さんはコーヒーを飲むだけじゃなく、サンドイッチなども買ってくれるので利益はかなり大きい」とのこと。
・また月8600円で毎日、豚骨、味噌、汁なしの中から選んで一杯食べられるラーメン屋さんもある。大きなチャーシューとモヤシがトッピングされた、かなりボリュームのあるラーメンである。 店長曰く、「お客さんが新規のお客さんを連れて来ることが多いので、お店の売り上げは昨年比を大幅にクリアしている」とのこと。
・極め付けは月に1万5000円支払うと、料理食べ放題とワイン飲み放題が、何度でも楽しめるフレンチレストラン。店の雰囲気はかなりおしゃれ。ワインの種類も豊富にある。 やはり店長曰く、「連休や天気が悪くなったりするとキャンセルが増えるが、定額だとそれを心配する必要がない」とのこと。
・どれもこれも「こんなにお客さんにサービスしちゃって、お店は損しちゃうんじゃない?」と傍目には心配になる。だけど、なるほど、“定額制”はお店にとってお得なサービスらしい。
・で、まさかまさか「その流れに乗っちゃえ!」ってことではないのだろうけど、定額制が「働き方改革」に盛り込まれることになった。今国会で「企画業務型裁量労働制の適用拡大」、別名「定額働かせ放題法」が成立する見通しである。
▽年収の制限なく「働かせ放題」って
・厚生労働省の「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」の答申には、次のような一文がある。 「企画業務型裁量労働制の対象業務への『課題解決型の開発提案業務』と『裁量的にPDCAを回す業務』の追加と、高度プロフェッショナル制度の創設等を行う」 メディアでは「高度プロフェッショナル制度」、いわゆる“残業代ゼロ法案”のことばかりが取り上げられているが、「裁量労働制の拡大」は運用次第では相当にタチの悪い法案になる。どちらも法律が定める労働時間規制から完全に逸脱する制度であるが、最大の違いは年収の制限の有無だ。
・既に知られているように「高度プロフェッショナル制度」では年収1075万円以上という制限がある。だが、「裁量労働制」には年収の制限がない。 企業側としては「見なし残業代を加えた賃金(定額)になっているんだから、どんどん働いてくださいな!労働時間の長さじゃなく、労働の質や成果で評価するのだから、効率よく能力を発揮してね」と、大手を振って「本音」が言えるようになる。 それが年収500万円だろうと、300万円だろうと、はたまた200万円という低賃金の労働者でさえ対象にすることが可能になるのだ。
・だいたい裁量労働制とは名ばかりで、対象となる労働者に「裁量」が与えられているかも、はなはだ疑問だ。それに「課題解決型の開発提案業務」と「裁量的にPDCAを回す業務」という、言語明瞭意味不明な言い回しも妙に気になる。 というわけで今回は「定額働かせ放題法のリスク」について、あれこれ考えてみる。
・まず本題に入る前に、裁量労働制について説明します。 裁量労働制は、正式には「裁量労働のみなし時間制」と呼ばれ、1987年の労働基準法改正で導入された。当初は、システムエンジニアなどの専門職だけに適用されていたが、98年の改正で「企業の中枢部門において企画・立案・調査・分析の業務」を行なう一定範囲のホワイトカラー労働者を適用対象とする新たな制度が設けられた。
・前者が「専門業務型裁量労働制」、後者が「企画業務型裁量労働制」である。時間外労働はあくまでもみなし時間が適用されるので、さっさと切り上げれば得するが、残業が増えれば増えるほど損をすることになる(時給が減る)。 企画業務型の方が濫用されるおそれがあるため、現行では労使委員会における5分の4以上の多数決による決議を要するなど、専門業務型より要件は厳格になっている。
▽「見なし残業」が激増しそうな予感…
・厚労省によれば、「専門業務型裁量労働制」を導入している企業は2.1%であるのに対し、「企画業務型裁量労働制」は0.9%と少ない(「平成 28 年就労条件総合調査の概況」より)。 また、みなし時間の根拠の算出方法について調査したところ、専門業務型では、「通常の所定労働時間」の割合が最も高く47.6%、次いで「今までの実績から算出」が33.5%。 企画業務型では、「不明」が44.9%で最も高く、「通常の所定労働時間」が31.7%、「今までの実績から算出」が20.0%(データはこちら)。
・以上のことからお分かりのように、「適用のハードルが高く、半数近くの企業がみなし残業の根拠もなんだかよく分かんな~い」としている企画業務型が、今回の法案で拡大される見込みなのだ。 「課題解決型の開発提案業務」と「裁量的にPDCAを回す業務」という、算出方法の不明以上に意味不明の文言が連なっているが、提出される法律案を読んでみると「な、なぬ!?」って感じでして。
・「課題解決型~」とは法人を顧客とした営業マンっぽい人、「裁量的~」とは管理職っぽい仕事をしてる人と解釈できる。 「法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該顧客に対して販売又は提供する商品又は役務を専ら当該顧客のために開発し、当該顧客に提案する業務 (主として商品の販売又は役務の提供を行う事業場において当該業務を行う場合を除く)」(by 提出される法律案、該当記述は10ページ目))
▽野村不動産では問題をサキドリ
・17年末、野村不動産が裁量労働制を社員に違法に適用していたとして是正勧告を受けたが、これぞサキドリ! 野村不動産によれば、全社員約1900人のうち、約600人に裁量労働制を適用。課長代理級の「リーダー職」と課長級の「マネジメント職」に就く30~40代が中心で、営業戦略の企画・立案と現場での営業活動を担っていた。 つまり、先に説明したとおり、現行では「営業職」は違法だが、改訂されれば違法ではなくなる可能性が高い。
・ってことは……? ええ、そうです。「定額働かせ放題」の対象者は、とんでもなく増えるリスクが存在しているのである。 といった書き方をすると、 「裁量制の何が悪い?」 「煽ってる」 と口を尖らせる人たちがいるが、私は「裁量制を悪い」と言ってるわけじゃない。ましてや、煽っているわけでもない。
・「自分で自由に決めることができる権利」である裁量権は、ストレスの雨に対峙するための大きな傘であるとともに、働く人のやる気を喚起し、職務満足感や人生の満足度を高めるうえで非常に重要な役目を担う。国内外の多くの実証研究でも確かめられているし、寿命にも影響するほど強い影響力を持つ。
・そして、恐らくこれから組織を動かしていく上でも、個人の働き方を追求する上でも裁量制はキーワードになる。少なくとも、私はそう考えている。上司と部下の関係に代表される組織風土や人間関係と同程度、あるいはそれ以上に重要な、ストレスの雨に対峙する傘となることだろう。
・だが、 国会に提出される法律は、表向きには裁量権があるように見えるが、企業側に都合良く使われる可能性が高い。
・働き方改革だの、柔軟な働き方だの、過労死や過労自殺を撲滅したいのであれば、
 •インタバール規制(11時間)の徹底と厳罰化
 •みなし時間の根拠を明確にする義務と罰則規定
 •実労働時間の把握の義務と罰則規定 を付け加えるべき。努力義務ではダメ。罰則は必須だ。
・これらがない限り、働く人は雇用者側が投げかける「自由」という「不自由」に、囚われてしまうことになる。  それに裁量制の根底にあるのは、“ペイ・フォー・パフォーマンス”の考え方だ。 ならばそのパフォーマンスに見合ったペイを算出する方法の議論も欠かせないはずなのに、すべては企業任せだ。「職務内容・達成度・報酬などを明確にした労使双方の契約」とするなら、それが達成できなかったときのペナルティーは、いったい誰が払う? 働く人? そう。立場が弱い働く人。“命”をすり減らして働き続けることでペナルティーを払うという選択を余儀なくされるのだ。
▽グラフで見る「裁量労働制」の問題点
・2014年に厚労省と労働政策研究所が、「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査」を行なっているのだが、その結果をみれば問題点がより明確になる。 (「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査」の結果を基に河合作成)。
・「企画業務型裁量制の社員」と「一般の社員」の労働時間を比較すると、裁量労働制の方が労働時間は長いことが分かる。収入のボリュームゾーンは700万円前後。900万円以上が20.9%である一方で、500万円未満も14.3%。現在の厳しい条件の中でこれなのだから、今後対象者が拡大されれば当然、懸念すべきだ。そもそもみなし残業の算定を半数近くが「不明」としている時点で、“ペイ”の妥当性に言及しないのはおかしい。
・次に「裁量労働性への満足度」だが、7割以上が満足していると回答しているが、不満とした2割強に注目すべきだ。 不満の原因を探ると、
 •半数近くが「労働時間(在社時間)が長い」とし、
 •4割が「業務量が多過ぎる」とし、
 •3割が「賃金が低い」とした。  さらに、
 •3割弱が「パフォーマンス(人事評価)が不適切」とし、
 •4人に1人が「みなし時間の設定が不適切」としている。
・裁量労働制の適用を拡大するのに、これらの不満を解消する手立ては議論されたのか? 法律案に生かされているのか? 検証するための貴重な資料なのに、これをムダにしてどうする? さらに、現行では「企画業務型裁量制の対象業務に当たるか否かは、個々人の労働者ごとに判断され、「企画課」などの部門の全業務が対象業務になるわけではない」としているのに、調査では、59.1%が「部門または職種全体が適用されることとなっている」と回答している。
▽現状の「裁量労働制」にも課題ありあり
・で、ここからが「裁量制=自由、働きやすい」という方程式を議論する上で大切なのだが、「裁量労働制の適用は期待通りであったか?」との問いへの答えは次のようになった。
 •「仕事の裁量が与えられるので仕事がやりやすくなる」については、半数以下の45.1%が「概ね期待通り」 •「仕事を効率的に進められるので、労働時間を短くできる」については、3人に1人(38.3%)が、「あまり期待通りとなっていない」
 •「能力や仕事の成果に応じた処遇が期待できる」については、31.2%が「概ね期待通り」、41.1%が「一部期待通り」としている一方で、26.6%が「あまり期待通りとなっていない」。
・「仕事と生活のバランスを保ちやすくなる」については、
 •「概ね期待どおり」34.0% •「一部期待どおり」32.9%
 •「あまり期待どおりになっていない」31.7% と意見が割れた。
・いかなる試み(プログラム)も実態を捉え、当初目的とした成果が上げられているかどうかを評価し(プロセス評価)、問題点を見極め、それを改善しなきゃダメ。それをないがしろにして対象者を広げれば、どんどんと目的から外れ、使いものにならないプログラムと化す。
・繰り返すが「裁量制」という人が生きる力を高めるリソースを、いたずらに使わないでほしい。もし、今のまま法案を成立させるなら、裁量労働制などと、あたかも労働者に聞こえのいい言葉を使わず、堂々と「定額働かせプラン」と言ってほしい。 
・ふむ。ポスターにでも使えそうなフレーズだな。 「“定額制働かせプラン”でコストカットを! 厚生労働省」  労働者が払うのは「労働力」であることをお忘れなく……。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/012200140/?P=1

第三に、2月22日付け日刊ゲンダイ「安倍首相が窮地も…「働き方法案」断念できない3つの理由」を紹介しよう。
・裁量労働制の拡大を含む「働き方改革」関連法案をめぐって、安倍政権が窮地に陥っている。20日の衆院予算委集中審議でも厚労省の“捏造”データについて野党から徹底攻撃され、安倍首相は言い訳と防戦一方。政府は、今月下旬か、ずれ込んでも3月上旬、という関連法案の国会提出姿勢を崩していないが、与党内からは「これはまずいんじゃないか」と先行きを不安視する声も出てきた。
・「捏造」データは、一般労働者の「1カ月で最も長く働いた日の残業時間」と裁量労働者の「1日の労働時間」を同列で扱い、裁量の方が労働時間が短いという結論を導き出したヒドいものだ。野党6党は法案提出の断念を求めることで一致。8本の関連法案から裁量労働制拡大の部分を外すことやデータの再調査などを提案している。これに政権は平謝り。だが、安倍には法案断念に絶対応じたくない理由が3つある。
①アベノミクスの代替(「日銀頼みの金融緩和政策も限界。それに取って代わる成長戦略が働き方改革です。法案が出せなければ成長戦略のシナリオが狂ってしまう」(官邸関係者) 少子高齢化を「国難」とする安倍政権の懸念は労働力不足で国力が落ちること。「生産性革命」のために老若男女問わずモーレツに働いてもらわなければならず、そのための法案なのである。)
②財界・連合とのバーター(法案は厚労省の諮問機関である労働政策審議会(労政審)の議論を経て決定されたものだが、その労政審の上に置かれたのが「働き方改革実現会議」だ。経団連の榊原会長と連合の神津会長はメンバーだった。 財界にとって残業代を減らせる裁量労働制の拡大は悲願。人件費抑制につながる働き方改革実現のため自民党への献金額を増やし、賃上げの官製春闘にも応じてきた。一方、連合も「長時間労働是正」とセット扱いにされ、法案作成で官邸と握ってきたのが実態だ。 「だからなのでしょう。今回の不適切なデータについて、連合はもっと批判していいのに反応が鈍い」(野党関係者) 連合を黙らせるためには8本セットで法案提出が絶対というわけだ。
③安倍首相のメンツ(実はこれが一番大きいかもしれない。今国会を「働き方改革国会」と命名したのは安倍首相本人である。 「安倍さんが自らクビを絞めてしまった。働き方法案は今国会の目玉ですから、予定通り出さなければ政権は持ちません」(自民党関係者) とはいえ、自民党内からは、「データを再調査してスッキリさせた後の方がいいのは事実」「生煮えのまま出したら、国会審議が持たない」「森友問題より世論の批判は激しくなるんじゃないか」などという見方も出てきている。安倍首相は、このまま押し切れると思っていたら甘い。)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/223688/1

第四に、百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏が2月23日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「「働き方改革」のイメージはなぜこれほど胡散臭くなったのか」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽働き方改革関連法案が紛糾 何がいけなかったのか?
・国会で働き方改革関連法案に関する論戦が繰り広げられている。安倍晋三首相は裁量労働制で働く人の労働時間について「一般労働者より短いデータもある」と答弁し、「前提とするデータが不適切だ」と野党から追及されて、発言を撤回した。その影響もあってか、厚生労働省は裁量労働制拡大の実施を延期する検討に入った。与党は働き方改革関連法案を今国会中に成立させたい構えだが、議論は依然、紛糾している。
・この問題は、乗せられた安倍首相にももちろん責任はあるが、根本的には厚労省が自らの策に溺れた観がある。今回の働き方改革関連法案が、国民に胡散臭いイメージを与えてしまった段階で、すでによくないのだ。
・働き方改革には、「高度プロフェッショナル制度」という、より悪質な問題が控えているのだが、今回は国会で問題になっている裁量労働制を軸に、この問題を解説してみたい。 そもそも裁量労働について語り始めると、私が入社した頃の外資系コンサルファームでの出来事を思い出す。入社2年目、ある巨大企業の企業改革のコンサルティングが始まったばかりのことだ。
・プロジェクトが始まった当初、私を含むコンサルティングチームは、クライアントの本部長、部長級の管理職、現場のキーマンなどに対し、10日間かけて初期ヒアリングを重ね、会社の問題点を整理する作業に忙殺されていた。 週明けにクライアント幹部との最初の大きな検討会があり、そこではその巨大企業が抱える問題が何であり、それをどのように改革すべきか、コンサルファームとしての問題提起をぶつけることになっていた。私たち若手社員はほぼ2日間徹夜で、これまでのヒアリング作業をとりまとめていた。
・その日、コンサルファームのパートナー(共同経営者、つまり社内で一番偉い人)に対して、コンサルティングチームとしてのドラフト(ほぼ完成させた報告書)を見てもらい、内容を吟味する目的の社内ミーティングが開かれた。 私を含め、それほど寝ていない赤い目をしたチームメンバーが、10日間の幹部ヒアリングでわかったことを整理して報告した。「この会社の問題はAである」と。
・それを聞いていたパートナーは、おごそかに口を開いて我々にこう言った。 「おまえらは何もわかっていないんだな」 「実はな」とパートナーは話を続けた。「一昨日、今回のプロジェクトのキーマンである経営企画担当専務と1対1で話し合いをした」というのである。
・専務はこう言ったそうだ。 「おそらく御社のコンサルタントからは『Aが問題だ』という話が挙がって来るだろう。しかし、そんなわかり切ったことのために高い報酬を払ってコンサルファームを雇ったわけではない。その裏にある誰も気がついていないBという問題について取り上げることが、今回の依頼の中心命題なのだ」 
・覚えているのは、そこからまた2日間、週末を全部つぶして必死になってヒアリング資料を読み返し、Aという問題の陰にBという、より本質的な問題が存在しているという報告書に不眠不休で書き換える作業を行ったことだ。
▽若いときにいたコンサルでは時給が「マック以下」だった
・私ではないが、会社に土日を含めて朝9時から夜12時まで毎日いる若手社員がいた。彼が計算してみたところ、当時の1ヵ月の給料を実労働時間で割ると、マクドナルドの時給より低かったという。 その頃はそういった働き方が当然だと思っていたが、今になってみると理不尽であったことに改めて気づかされる。前述の話で言えば、パートナーがクライアント専務からの情報を入手した段階でチームに共有していれば、我々の週末作業は必要なかったのだから。
・残業代が支払われる会社だったら、この一件のようにチーム全体での週末作業が起きれば、100万円単位の残業代が追加発生する。だからそうならないよう、経営者も考えて指示を出すはずだ。しかし、裁量労働制で実労働時間と対価がクリアになっていないから、経営者は手抜きをして指示が遅れるのだ。
・足もとで働き方改革が叫ばれるようになった大きなきっかけの1つが、電通の女性社員が週に10時間しか寝られない環境下で働き続け、過労によって自らの命を絶った事件だ。ところが今回の法案では、これまで一部の仕事に限られていた裁量労働制の範囲を、顧客のニーズを分析して提案を行う営業社員にまで広げることが盛り込まれている。
・広告代理店の営業は、クライアントの置かれた状況を分析し、そこに対して最適な広告プランを提案し、クライアントから受注したプラン通りの広告を制作し、媒体に載せる仕事だ。だから今回の法案では、亡くなった電通社員も裁量労働者になってしまう。
・そもそも裁量労働とは、プログラマーがいる一部の職場のように、能率がよい社員が定時に帰り、能率が悪い社員がだらだらと残業をするような職場環境を是正するために導入されたものだ。ITエンジニアの世界で、能力が低い社員の方が残業と収入が増えるのは悪い労働環境だ、と言われるのはわかる話だ。これでは日本のIT競争力が下がってしまうという議論が起き、裁量労働制が導入されたのは理解できる。
・しかし、一部の広告営業もそうかもしれないが、お客の発言力が強くて逆らえない一方、上司が理不尽な仕事を要求してくるような職場は、世の中に少なくないはずだ。そうした現状を精査せず裁量労働制を導入するような法案を、厚労省がなぜ働き方改革の柱の1つと考えているのかは理解できない。
▽本当に企業の生産性は上がる? 成長戦略の部品となった働き方改革
・私は、過去のコンサルティング・プロジェクトで関わってきた経緯もあり、こうした問題はよくわかっているつもりだが、裁量労働制を導入して生産性が上がり、従業員が早く帰れるようになりそうな業務はそれほど多くはない。広告営業、不動産営業といった提案営業の分野では、むしろ労働時間は悪化する。ITの分野でも、プロダクト営業にとって裁量労働は、同様によくない仕組みだ。
・公正を期すために申し上げておくと、電通社内では女性社員過労自殺事件をかなり重く受け止めており、経営幹部は真剣に改革に取り組んでいる。この点はきちんと評価すべきことだと私は考えている。 しかし、厚生労働省の中ではこの事件はもう風化しているように感じる。働き方改革は関連法案の中で、日本の生産性を上げるための柱として提案されている。しかしその実は、企業に対する「ムチ」として残業時間の上限規制や同一労働同一賃金が唱えられる一方、それを緩和するための「アメ」として高度プロフェッショナル制度や裁量労働制の拡大が盛り込まれているのが実情だ。
・つまり冒頭で述べた「なぜ働き方改革が胡散臭く思えるのか」という理由は、働き方改革が企業の手を離れ、労働者の労働環境の改革ではなく、国の成長戦略の一部品になってしまったからなのだ。
http://diamond.jp/articles/-/160999

第一の記事で、 『日本では、そのような議論に参加することなく、無防備なギグワークの世界に政府が人々を積極的に押し出そうとしている。「柔軟で多様な働き方」の名の下に、「働き方改革」がギグワーカー化を推奨しているのです。つまりは、生存権や基本的人権への配慮に煩わされることは一切なく、使う側が安上がりにこき使える「個人事業主」を増やそうということなのです』、との鋭く厳しい指摘は、さすが浜氏だ。 『生産性上昇の成果を労使でどう分かち合うかということに関しては、労組の交渉力が大いに問われるところです。人が焦点となる年においては、労組にも復権に向けて頑張って欲しい』、というのはその通りだ。
第二の記事で、 『裁量労働制とは名ばかりで、対象となる労働者に「裁量」が与えられているかも、はなはだ疑問だ。それに「課題解決型の開発提案業務」と「裁量的にPDCAを回す業務」という、言語明瞭意味不明な言い回しも妙に気になる』、 『国会に提出される法律は、表向きには裁量権があるように見えるが、企業側に都合良く使われる可能性が高い・・・これらがない限り、働く人は雇用者側が投げかける「自由」という「不自由」に、囚われてしまうことになる』、などは的確な批判だ。 『「企画業務型裁量制の社員」と「一般の社員」の労働時間を比較すると、裁量労働制の方が労働時間は長いことが分かる』、というのは、その後、問題化した厚労省の「捏造」データで、安部首相に誤った発言をさせたことを、明白に否定する材料だ。 『いかなる試み(プログラム)も実態を捉え、当初目的とした成果が上げられているかどうかを評価し(プロセス評価)、問題点を見極め、それを改善しなきゃダメ。それをないがしろにして対象者を広げれば、どんどんと目的から外れ、使いものにならないプログラムと化す』、というのはその通りだ。
第三の記事で、 『連合も「長時間労働是正」とセット扱いにされ、法案作成で官邸と握ってきたのが実態だ・・・今回の不適切なデータについて、連合はもっと批判していいのに反応が鈍い』、というのでは連合は余りに情けない。かつてであれば、法案は当然、流産になるところだが、連合がこの体たらくでは、安部首相や経産大臣がいまだに強気なのもうなずける。
第四の記事で、 『裁量労働制を導入して生産性が上がり、従業員が早く帰れるようになりそうな業務はそれほど多くはない。広告営業、不動産営業といった提案営業の分野では、むしろ労働時間は悪化する。ITの分野でも、プロダクト営業にとって裁量労働は、同様によくない仕組みだ』、というのは豊富な経験に裏付けられているだけに、説得力がある。
連合はやる気がないとしても、野党はどこまで政府を追及するのだろう。余り期待しないで、見守りたい。
タグ:鈴木貴博 日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 浜矩子 河合 薫 企画業務型裁量労働制 専門業務型裁量労働制 「働き方改革」 11(ギグワーカー化を推奨 「働き方改革」はいかがわしさ満載、年収制限のない「定額働かせ放題」ってマジ?「働かせ改悪」につながるタチ悪法案が今国会で成立見込み、安倍首相が窮地も…「働き方法案」断念できない3つの理由、「働き方改革」のイメージはなぜこれほど胡散臭くなったのか) ・・・タイトル変更(アベノミクスを外す、女性活躍も同様) 「ギグワーカー化を推奨 「働き方改革」はいかがわしさ満載」 日本では、そのような議論に参加することなく、無防備なギグワークの世界に政府が人々を積極的に押し出そうとしている 柔軟で多様な働き方」の名の下に、「働き方改革」がギグワーカー化を推奨しているのです 「年収制限のない「定額働かせ放題」ってマジ?「働かせ改悪」につながるタチ悪法案が今国会で成立見込み」 年収の制限なく「働かせ放題」って 国会に提出される法律は、表向きには裁量権があるように見えるが、企業側に都合良く使われる可能性が高い 「安倍首相が窮地も…「働き方法案」断念できない3つの理由」 厚労省の“捏造”データ 安倍には法案断念に絶対応じたくない理由が3つある ①アベノミクスの代替 ②財界・連合とのバーター 安倍首相のメンツ 「「働き方改革」のイメージはなぜこれほど胡散臭くなったのか」 裁量労働制を導入して生産性が上がり、従業員が早く帰れるようになりそうな業務はそれほど多くはない。広告営業、不動産営業といった提案営業の分野では、むしろ労働時間は悪化する。ITの分野でも、プロダクト営業にとって裁量労働は、同様によくない仕組みだ
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アベノミクス(その28)(教育無償化を迷走させた安倍政権ポピュリズム政治の罪、アベノミクスが終わって景気後退が始まる 放漫財政で社会保障の危機が残った、安倍政権の「生産性革命」が また日本をおかしくする) [経済政策]

アベノミクスについては、1月27日に取上げた。今日は、(その28)(教育無償化を迷走させた安倍政権ポピュリズム政治の罪、アベノミクスが終わって景気後退が始まる 放漫財政で社会保障の危機が残った、安倍政権の「生産性革命」が また日本をおかしくする)である。

先ずは、金沢大学法学類教授の仲正昌樹氏が1月8日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「教育無償化を迷走させた安倍政権ポピュリズム政治の罪」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・昨年12月8日の臨時閣議で、「人づくり革命」と「生産性革命」の二つを柱とする新しい「経済政策パッケージ」が決まった。 安倍首相はオリンピックが開催される2020年に向けてパッケージを実行することによって、「日本が大きく生まれ変わる」契機にしたいと表明した。しかし、このパッケージは方向性の違う政策を無理やり詰め込んだ観が強く、ちぐはぐという指摘がされている。 どうちぐはぐなのか、「人づくり革命」の中核と位置付けられた「教育無償化」に即して考えてみよう。
▽誰を、何のために支えるのか 目的や方向性がちぐはぐ
・ちぐはぐが目立つのが、政策目的だ。 誰のために、何を実現しようとするのかはっきりしないのが、今回の無償化論議の特徴だろう。 例えば、幼児教育を無償化した場合、直接の利益を受けるのは、幼稚園や保育所に子どもを預けている両親である。だが子どもがいない人は一方的に税負担を強いられることになるし、全面的に無償にすれば、高額所得者や、“お受験”中心の幼稚園に通わせている親にも恩恵が与えられる。
・また待機児童問題が解決しない現状で導入すれば、たまたま保育所に子どもを入所させることができた運のいい親だけが恩恵を受けることになる。 政府は、一定の条件を満たした未認可の保育施設も無償化の対象にすることを検討しているようだが、それだけでは全てのニーズをカバーし切れないだろうし、対象となる施設の選定をめぐって混乱が起こるだろう。
・恣意的な基準で選抜すれば、「森友・加計問題」の再来になりかねない。機会均等や再分配という目的からすれば、むしろマイナスだし、教育の質の確保という点からも疑問が残る。 経済面で子育てしやすくし、少子化対策にするという目的から見れば、一応プラスだが、待機児童問題が解決しないと、子育て中の女性の社会進出を促すことにはならず、少子化対策の効果はあまりないかもしれない。
・一方で、子どもの利益を考えると、また話は違ってくる。 人材育成あるいは教育の機会均等という目的から幼児教育を充実させたいのであれば、幼稚園や保育所に子どもを通わせることを準義務化し、各施設の教育の質を確保することを最優先すべきである。
・高校や大学の無償化についても、経済的再分配や誰もが高等教育を受けられる“機会均等”のためか、優秀な“人材育成”のためかを考える必要がある。 後者が目的であれば、一定の才能や努力を示していることを無償化の条件にしたうえで、貧しい家庭に育っても高度な教育を受けられる環境の整備に力を入れるべきだろう。中卒、高卒で就職して所得税を払っている人とのバランスも考える必要がある。
▽財政健全化計画との整合性もはっきりせず
・財源をどうするのかや、財政健全化計画などの他の政策とのちぐはぐも目立つ。 消費税増税分の使途を突然、変更し、教育無償化に充てることを打ち出したことで、従来の財政健全化計画や「税と社会保障の一体改革」との齟齬が生まれた。
・政府・与党はこれまで消費税率を10%にした時の増収分を、高齢化のため毎年、自然に増え続ける福祉関係予算に充て、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の回復を目指すと説明していた。 それが、「子育て世代への投資」に集中的に割り当てる、という方針に変わり、幼児教育無償化、待機児童解消、所得の低い家庭の子どもたちに限っての高等教育の無償化などが具体的項目として挙げられた。
・政府は、2%の増税による増収分は5兆円強と試算している。 従来は、このうちの4兆円を国の借金返済に充て、1兆円強を福祉予算に充てるとしていた。 だが今回の閣議決定では、財政再建に充てるのは半分程度とし、残りのうちの1.7兆円程度を、幼児教育無償化や、低所得者に限定した高等教育の負担軽減など教育関連と介護人材の確保に充てるとしている。
・当然、財政健全化計画で掲げられているプライマリーバランスの黒字化の目標は遠のき、年金生活者などの福祉は、数千億円分は割を食うことになる。 教育全体の無償化には5兆円が必要とされており、政府がこの政策を追求し続ければ、財政の健全化はさらに混沌とすることになろう。
・無論、プライマリーバランスより成長戦略が重要だという考え方や、福祉の重点を高齢者から子育て世代や子どもに移すべきだという考え方もある。財政的な観点のみで無償化政策を否定すべきではなかろう。  問題は、「教育無償化」が、何を目指した政策なのか、政府や与党自身が分かっているのか、ということである。
▽「保育園落ちた」の投稿が引き金 教育政策が“アキレス腱”に
・政府が「教育無償化」に前のめりになっていく最初のきっかけになったのは、恐らく、2016年2月に、はてな匿名ダイアリーに投稿された「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログ記事だ。 この記事は山尾志桜里議員(当時、民主党)によって衆議院予算委員会で取り上げられた。
・この記事のことを首相が知っているかという質問に対して、首相が承知していないと答えたため、同議員は、それを待機児童問題に対する安倍首相の“関心の低さ”と見なして攻撃した。 このやり取りは、「働く母親の立場を代表する山尾氏vs働く女性の気持ちに鈍感な首相」、という構図を印象付けることには成功した。 野党やマスコミ、ネット世論で安倍内閣が掲げる「女性が輝く社会」や少子化対策は単なるかけ声ではないのか、との論調が広がり、女性の内閣支持率は10%前後低下した。
・この問題がその年7月の参議院選挙に与えた影響は――TPP等他の争点もあったため――限定的だったが、12月に発表されたユーキャン新語・流行語大賞のトップ10に「日本死ね」が選ばれ、再び「待機児童問題」に関心が集まった。
・この直後に発表された民進党の次期総選挙向け公約原案では、幼稚園から大学までの授業料や、小中学校の給食費の免除、無利子奨学金の拡充など、「教育無償化」が盛り込まれた。日本維新の会も既に参議院選挙の時から教育無償化を掲げていた。
・政府・自民党は愛国心教育に力を入れる一方で、子育て支援、教育への投資に消極的ではないか、との印象が徐々に強まっていった。 もう少し遡ると、2015年前半のピケティブームの際に、教育格差を通しての格差の世代間継承が改めて話題になった頃から、教育政策が自民党の“弱点”になり始めていたのかもしれない。
・さらに2017年2月に森友学園問題、5月に加計学園問題が浮上したことで、現政権の教育政策の杜撰さが余計に際立つことになった。 前者では愛国心教育、後者では国家戦略特区制度を利用しての大学の規制改革がクローズアップされた。いずれも安倍政権が売りにしていたはずの政策だ。
・2008年年末から09年年初にかけての「年越し派遣村」に象徴される格差問題が、崩れかかっていた自民党政権を崩壊させ、民主党政権を誕生させるきっかけになったように、「日本死ね」に始まる一連の教育政策での対応の不手際が、安倍政権のアキレス腱になりそうな様相を呈した。
▽唐突だった「憲法改正で無償化」 総選挙前に再び目玉政策に
・昨年5月の憲法記念日、安倍首相がかなり唐突に、憲法改正の目玉として九条と並んで「教育無償化」を掲げたのは、教育への熱意をアピールする狙いがあったのだろう。 しかし、自民党結党以来の目標である「九条改正」と、野党が先行する形で急浮上した「教育無償化」を並べるのは、いかにも不自然だった。
・さらに無償化に伴う財政支出の大幅な増加、しかもその増加分を憲法によって恒久化することは、小泉内閣以来進めてきた財政改革に逆行するように思われる。 教育無償化を憲法改正の眼目にするのなら、憲法とはそもそも何を規定し、何を目指すものなのか、そして、自民党は現行憲法をどういう性質のものと認識し、どう変えたいのか、憲法の本質をめぐる議論が必要だ。
・異質な論点を持ち込む以上、安倍首相自身がどうして改正に拘るのか改めて説明すべきだろう。 野党や憲法学者だけでなく、党内からも批判が出たため、この案自体はうやむやになった感がある。 しかし、野党側の足並みの乱れを見越して急遽、決めた10月の解散・総選挙に向けて、首相は再び「教育無償化」を打ち出し、自民党も公約に掲げた。
・そのため今度は、政府・与党は何のために増税するのかが疑問に付されることになった。 政府・与党はこれまで増税分を財政再建に充てると言っていたはずだ。この財政健全化目標は諦めるのか。諦めるのであれば、増税は一旦白紙に戻すべきだった。
・だが自民党の総選挙公約では、「財政健全化の旗は明確に掲げつつ、不断の歳入・歳出改革努力を徹底」することと、「『全世代型社会保障』へと大きく舵を切」ることも謳われており、素朴に考えると、教育無償化の費用を主として高齢者福祉関係の予算の削減で賄おうとしていることになる。 だとすると、「自然増加分+教育無償化対策費」を毎年、削減しなければならない。これはかなり非現実的な想定である。
▽世論受けを狙う税金の無駄使いに終わる恐れ
・結局、「教育無償化」は、自民党と野党の間の“教育”におけるイニシアティヴ争いの中で浮上してきたため、長期的政策として十分に練られていないまま、政府の目玉政策に位置付けられ続けているのが実情だ。  財政政策、特に教育関係の政策には様々な当事者や利害が関わってくるし、人の成長という予測しにくい要素が関わってくるので、焦点がぶれやすいのはある意味で仕方がない。
・しかし、だからこそ教育政策を決定するに際して、成り行き任せにならないよう、何を目的とした政策なのかその都度、十分に審議し、優先順位や実現手段(PDCA)を確認する必要がある。 政府は他にも、生産性革命のために、政府の設定した「3%賃上げ」目標を達成した企業を減税し、賃上げに熱心でない企業には「ペナルティ」として租税特別措置の優遇を止めることを決めたが、企業ごと、業種ごとの事情の違いを無視して、政府が数字だけを見てコントロールするのは、規制改革の趣旨に反するのではないか。
・AI、ICT、IoTなどの先端技術を積極的に導入する企業を優遇する方針も出しているが、企業が必要としている技術について、政府が口出しするのもおかしい。 各企業がそれぞれの事情に合わせてIoTの導入や適材適所の人材配置による生産性の向上を図れば、平均賃金はむしろ下がるかもしれない。賃上げと生産性向上は別の問題であり、一つのカテゴリーに入れることには無理がある。
・その時々の世論に一番受けそうなキーワードに従って、予算配分したり税制をいじったりして、とりあえ
ずやる気”を見せるのは、単なるポピュリズムであり、税金を無駄遣いするだけに終わる可能性が高い。
http://diamond.jp/articles/-/155053

次に、NHK出身のジャーナリストの池田 信夫氏が2月9日付けJBPressに寄稿した「アベノミクスが終わって景気後退が始まる 放漫財政で社会保障の危機が残った」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・2月に入って世界の株価が急落した。特にニューヨーク証券取引所のダウ平均株価は、6日に下げ幅としては史上最大の1175ドルを記録した。その後は値を戻したが、かつての勢いはない。市場にも「上がりすぎた株価の健全な水準訂正だ」という評価が多い。 これに連動して、日経平均株価も大きく下がった。2008年の「リーマンショック」ほど深刻な影響は見られないが、アベノミクスによる金余りで続いてきた相場に冷や水を浴びせたことは間違いない。この後に来るのは、世界的な景気後退だろう。
▽「恐怖指数」が暴落の引き金を引いた
・ダウ平均の暴落の原因は、1987年の「ブラック・マンデー」と似ている。このときはコンピュータで自動的に取引する「プログラム取引」が原因だといわれた。このときは値下がりした株をコンピュータが自動的に売る仕組みだったのに対して、今回はVIX(volatility index)という指数が原因だというのが多くの専門家の見方だ。
・これは株価の変動幅が大きくなると上がる指数で恐怖指数とも呼ばれるが、6日には2倍以上に急上昇した。これによってその逆指数オプションを組み込んだファンドが90%以上も値下がりしたことが、暴落のきっかけだったという。
・VIXは「株価が大きく変動する」という指数だから、その逆指数ファンドは、顧客に「値下がり保険」を売っているようなものなのだ。普段はもうかるが、株価が暴落するとVIX逆指数ファンドは大きく値下がりする。これによってコンピュータが株を自動的に売り、それがさらに値下がりを呼ぶ・・・という悪循環になる。
・このプログラムが発動されると一瞬でファンドの株式をすべて売って債券を買うので、ニューヨーク証券取引所の暴落が起こったのは、10分ほどの間だったという。 機関投資家のもっているVIX逆指数ファンドの残高は1500億~1750億ドルにのぼり、売りが売りを呼ぶリスクが大きい、とIMF(国際通貨基金)は警告していた。リーマンショックを生んだのは不動産担保証券というデリバティブ(金融派生商品)だったが、今回もVIXというデリバティブがショックを引き起こした疑いが強い。
▽世界的な金利上昇で取り残される日銀
・ただ今回の値下がりは、リーマンショックのような構造的なものではなく、上がりすぎた相場で市場参加者が「売り場」を求めていたという見方が多い。 アメリカの株価はトランプ大統領の積極財政を予想して値上がりが続いてきたが、大幅減税で財政赤字が膨らみ、インフレで長期金利が上がる懸念が出てきた。FRB(連邦準備制度理事会)は政策金利を引き上げる方針を表明しており、長期金利が上がり始めていた。株式の理論価格は債券との裁定で動くので、金利が上がると株が売られるのは当然だ。
・この点では、日本への影響は限定的だろう。日本国債の40%以上は日銀が保有しており、金利が上がりそうになったら日銀が買えばいいからだ。日経平均もダウ平均に比べると割安だといわれ、大幅に下がるとは思えない。 しかし株価は、経済の体温計にすぎない。上がっていた熱がちょっと冷めたからといって、病気が直ったわけではない。日本の病はアメリカより深い。金利と物価が連動するアメリカに対して、日本はマイナス金利を続けても、物価も成長率も上がらないからだ。
・厄介なのは、日銀の量的緩和が失敗に終わって「出口戦略」が話題になっているとき、景気に不安が出てきたことだ。教科書的なマクロ経済政策では、こういうとき金利の引き下げで対応するが、日本の政策金利はこれ以上は下げられない。長期金利も「イールドカーブ・コントロール」でゼロ近辺に抑えている。
・これから世界的には金利上昇局面になるので、日本だけマイナス金利がいつまでも続けられるとは思えない。日銀が国債を無理に買い支えると、日銀だけではなく民間銀行も含み損を抱えるので、金利が正常化したとき大きな評価損が出る。
▽弾を撃ち尽くした政権
・2013年に始まったアベノミクスは、大規模な放漫財政パッケージだった。2%のインフレ目標を掲げて「2年で2倍」の量的緩和で「インフレ期待」を起こそうという黒田総裁の政策は、結果的にはインフレを起こせず、日銀が際限なく国債を買う財政ファイナンスになった。
・この結果、財政規律が失われ、安倍政権は二度も消費税の増税を延期した。これによって財政赤字が拡大し、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化は、見通せる将来には不可能になった。 金融政策も財政政策も景気対策としては大した効果がなかったが、日銀のバランスシートと政府債務は史上空前の規模に拡大した。このまま放漫財政を続けると「時限爆弾」が爆発するリスクは小さくない。アメリカの金利上昇は、その第一歩かもしれない。
・それが爆発しなくても、大きな構造問題が残る。それは社会保障会計の隠れ借金が膨張することだ。民主党政権時代の三党合意では、消費税の増税分はすべて社会保障の財源に当てる予定だったが、それが減ったので社会保障会計の赤字は急速に増える。
・団塊の世代は年金を満額もらって死んでゆくが、その後の世代は保険料が返ってこないので、その年金は国の借金で払うしかない。厚生労働省は年金会計が最大800兆円の債務超過になると計算している。 
・もう1つ深刻なのは医療費だ。増税が延期されたため、団塊の世代が後期高齢者になる「2025年問題」を解決するチャンスを逃した。2025年には2200万人が後期高齢者になり、医療費は1.5倍になって54兆円に増える。それを埋める財政赤字も激増する。
・今まではこういう将来不安を景気回復が打ち消していたが、景気が悪化すると所得が下がり、消費が冷え込み、不安が高まる。景気回復は永遠には続かないし、政府が景気を維持することもできない。安倍政権の5年間に景気が回復したのは、世界経済の回復に乗った幸運だった。
・政権が最後の手段として考えるのは、2019年10月に予定されている消費税の10%への増税の再々延期だろう。いま思えば2017年4月に予定通り増税するのが、景気循環を打ち消す最後のチャンスだった。金融も財政も弾を撃ち尽くした政権は、運ではなく実力で景気後退を乗り切らなければならない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52312

第三に、慶應義塾大学経済学部教授の金子 勝氏が1月10日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「安倍政権の「生産性革命」が、また日本をおかしくする」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・安倍政権は、掲げた政策目標を達成できないまま、すぐに別の政策目標を次々と掲げる。こうしたやり方を続けていくと、政策の失敗を検証されずにすむからだ。今国会で関連法案が審議される「働き方改革」や、「生産性革命」も同じだ。 「経済優先」を掲げるのはいいが、間違った政策を繰り返すのでは、日本社会がおかしくなるだけだ。
▽次々打ち出される新政策 失敗の上塗りはどこまでも続く
・安倍政権での政策目標の「存在の限りない軽さ」を象徴するのが、デフレ脱却を掲げた「物価目標」だろう。 5年前の2013年4月に掲げた「2年で2%」という消費者物価上昇の目標は6度目の延期となった。にもかかわらず、最近では、政権はもはや「デフレではない」状況を作り出したと言い出している。
・昨年12月の生鮮食品を除く消費者物価上昇率は0.9%だが、生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価上昇率は0.3%にとどまっている。 つまり消費者物価の上昇は金融政策の効果というより、ほぼ石油などエネルギー価格に左右されている。しかも、2017年の実質賃金はマイナス0.2%になった。緩やかな物価上昇が人々の消費を増やしていく経済の好循環をもたらしているとは、とても言える状況にはない。
・そもそもデフレ脱却が達成できたというなら、なぜ日銀は大規模な金融緩和を続ける必要があるのか、説明がつかない。 「異次元緩和」を推進してきた黒田東彦日銀総裁は再任が固まったと言われているが、金融政策は出口のない「ネズミ講」のようになっている。
・金融緩和をやめようにも、国債の購入を急激に減らせば、国債価格が下落して金利が上昇し、国債利払い費が増加して財政が破綻に向かう。日銀を含む金融機関が巨額の含み損を抱え込む。そして金利の上昇に加え、日銀の株購入の減少ないし停止は株価の急落をもたらすだろう。 失敗は明らかなのだが、もはややめられないのだ。
▽生産性上昇で陥る「罠」 GDPが停滞すれば労働強化に
・こうした中で、また政策目標のすり替えが起きている。 昨年12月8日に、「人づくり革命」と「生産性革命」を両輪にした「新しい経済政策パッケージ」なるものが打ち出された。 この「生産性革命」も極めて効果の怪しい政策だ。 そもそも「労働生産性」とは何か。 分子が「GDP(国民総生産、1年に作り出す付加価値の合計)」で、それを分母の「就業者数×労働時間」で割ったものだ。 つまり労働生産性を上げるには、分母を小さくするか、分子を大きくするか、どちらかになる。
・「生産性革命」の基本となっているのは「働き方改革」で、残業時間規制とともに高度プロフェッショナルという残業代ゼロの裁量労働制を導入しようとしている。 つまり、「働き方改革」は、分母を小さくすることで生産性を上げようとする動きである。  残業時間を規制し、能力と成果に応じて働く裁量労働制を入れれば、表面上、労働時間を減らすことができる。さらに、「人づくり革命」による教育無償化でラーニング効果(学習効果)をもたらせば、働き手の能力が上がって生産性が上昇するというわけだ。
・ところが、事はそう単純ではない。 就業者1人当たりの生産性で見れば、低賃金の非正規雇用の増加は労働コストを下げても、必ずしも、実際の仕事の生産性を上げるとは限らない。 一方で、労働時間当たりの生産性で見れば、裁量労働制などでサービス残業を「合法化」してしまえば、表面上の残業時間が減り生産性は上がる。
・他方、国民1人当たりの生産性を考えれば、生産年齢人口(15~64歳)が減るだけで生産性は落ちてしまう。 そこで、政府は「人生100年時代」と称して、高齢者にもリカレント教育を行って働いてもらおうということで、「人づくり革命」なる政策を唱えるわけだが、一方でそのことは、年金支給年齢の引き上げによる「財政赤字削減」政策のほうに重きがあるように思われる。
・分子のGDPが増えない中で、労働生産性を上げるため分母を小さくすることは、分母の残業規制がゆるいと、企業は賃金引き下げとブラック労働を引き起こすだけになりかねないのだ。 「失われた20年」は、まさにそうした事態が起きてきた。そして雇用や労働が壊れることになった
▽「経営者精神」忘れた企業トップ 投資せずに賃金抑制
・転換点は、1997年11月に北海道拓殖銀行や山一證券が経営破綻してバブル崩壊の影響が本格化してからである。 この時期を境にして、名目GDPの伸びは見られなくなり、代わって財政赤字(長期債務)が急速に伸びることになった。(図1) つまり、財政赤字を出し、借金の返済は次世代に負担を先送りして未来の需要を先食いしながら、何とか「現状維持」をしてきたのが、実態だ。その結果、今や日銀は出口のない金融緩和に突っ込んで、経済を持たせるのが精一杯の状態に陥っているのである。
・企業は企業防衛を優先し、法人税減税や繰延欠損金を使って負債を返し、潰れないよう動いた。 国際会計基準の導入とともに、M&A(企業買収)が行われるようになってから、こうした傾向は一層加速した。 それまで家計が貯蓄主体となって、その資金が金融機関を通じて、企業の設備投資資金として提供されるパターンが崩れた。図2が示すように、賃金低下と高齢化に伴って家計の貯蓄は低下し、企業(非金融法人部門)が新たに貯蓄主体となって、内部留保をため込むようになってきた。
・つまり、企業は貯蓄主体となって内部留保をため込むことを優先して、設備投資や技術開発投資を積極的にせず、賃金支払い総額を抑えてきた。 GDPが伸び悩み、デフレ圧力が加わる下で、企業は収益を上げるために、図3が示すように賃金支払いを抑制し、非正規雇用を増やして、労働分配率を低下させてきた。 労働組合(連合)も、経営者の「企業防衛」に協力し「正社員クラブ」の利益を確保するために非正規雇用の拡大を黙認した。 これが、企業の「生産性上昇」の取り組みの中心だった。
・だがこうした動きがデフレを定着させることになった。これでは投資も消費も伸びず、分子のGDPは伸びなかった。 就業者の1人あたり総労働時間は減少してきたが、それで、表向き生産性が上がったとして、雇用や働き方が改善されたわけではない。
・とくに、労働集約的なサービス産業を中心に雇用の非正規化が進み、いくら働いても残業代は同じという「固定残業代」に基づいてブラック労働が横行してきた。 要するに、分子のGDPが増えない下で、企業が収益を高めようとすれば、表面上の残業時間を削り、賃金支払い額を抑制するのが最も手っ取り早い手段だからである。
▽「高度プロ」制度は長時間労働を「合法化」する
・安倍政権が打ち出した「働き方改革」は、こうした状況を転換するものではない。それどころか、状況をひどくする面を持っている。 まず裁量労働制をとり、能力や成果に基づいて賃金を支払う「高度プロフェッショナル」を設ける。これはノルマの設定次第で、勤務時間内に仕事ができなければ、それは本人の能力が足りないとされ、残業代ゼロになってサービス残業が「合法化」される。
・安倍首相と加藤厚労相は「厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均か平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもある」という国会答弁をしたが、結局、間違いだと撤回した。実際には裁量労働制のほうが長く、その残業代をゼロにする範囲が拡大されることになる。
・残業時間規制も導入されるというが、規制といっても、通常は月平均80時間、例外的に月100時間というと、過労死ラインギリギリである。 結局は、「名ばかり管理職」のように、職場を非正規雇用で回し、ごく少数の正規雇用に「責任」を追わせる現行のサービス産業の労働実態を追認することになる。 そして、この残業時間に少しでも満たなければ、たとえ過労死してもそれは「合法化」されることになるのだ。
▽同時に考えるべきはまともな成長戦略
・労働生産性の問題は、分子のGDPを伸ばす成長戦略に大きく依存する。分母を少なくすること以上に、より問題なのは、安倍政権では成長戦略も間違ったやり方で行われていることだ。 昨年12月に閣議決定された「人づくり革命」と「生産性革命」を両輪とする「新しい経済政策パッケージ」にも、労働生産性を直接、引き上げる効果を持つものとして、自動走行や小型無人機を軸にしてICTやAIやロボット化などの「第4次産業革命」が掲げられている。
・しかし、問題を産業政策全般に広げてみれば、これまでの成長戦略は、世界の最先端とはずれたものとなっている。 例えば、自動運転にしても、旧来の自動車メーカーに替わるようにテスラやグーグルのようなIT企業が中心になっている米国に比べて、日本では自動車メーカーが中心だ。また自動車メーカーが日本のIT企業と組んで大規模な自動運転の技術開発を行っているわけではない。
・世界的に進む電気自動車への転換に対しても、日本ではコストの高い水素ガスステーションをまだ推進している。 さらにひどいのは脱原発と再生可能エネルギーへの転換だ。 東京電力の事故処理・賠償費用が膨らみ、アメリカで相次ぐ原発の建設中止・中断によって、米国の原発産業に参入した東芝が経営危機に陥っているにもかかわらず、政府は、総額3兆円という日立のイギリスへの原発輸出プロジェクトを推進している。 政府系金融機関を動員して出資させ、メガバンクの融資については国民の税金を使って政府保証をする方針を出している。
・国内では、電力会社は原発再稼働を前提に、再生可能エネルギーの系統接続を拒否したり、多額の接続費用を要求したりしているために、再生可能エネルギーへの転換で世界から遅れをとっている。電力使用量が3倍のリニア新幹線も明らかに時代遅れだ。
▽古い産業と「お友達」におカネを注ぎ込む時代錯誤
・安倍政権の「成長戦略」は、実際には新しく伸びる産業に向かわず、後ろ向きの古い産業の救済ばかりにお金を注ぎ込むだけである。 しかも、安倍首相の「オトモダチ」に資金をばらまく縁故資本主義(クローニー・キャピタリズム)のような様相だ。
・ペジー・コンピューティング社のスーパーコンピュータの補助金詐取問題は、首相と親しいとされる元TBS記者が媒介したとされる。生命科学とバイオ産業の分野では、加計孝太郎理事長の加計学園に対する不透明な認可が問題になった。 「原発輸出」の中西宏明・日立製作所会長、リニア新幹線での「談合」疑惑では、葛西敬之・JR東海名誉会長など、安倍首相と親しい間柄の人物が、“登場”している。
・事業を受注した際の手続きには、公正さや透明性が欠けている。こうしたやり方がまかり通るのでは、GDPを押し上げる効果や生産性上昇は期待できない。 結局、バブルを引き起こして分子のGDPを上昇させるしかない。 日銀の出口のない金融緩和もその一環としか思えない。もちろん、それでも労働生産性は表向き、上昇はするが、何の意味もないことだ。
・いまの「働き方改革」や「生産性革命」が分母の労働時間のことだけを議論しているあり方そのものが問題なのだ。 分子のGDPを増やす成長戦略が間違っていれば、かえって残業がひどくなり残業代ゼロが拡大しかねない。労働生産性を問題にするなら、分母の労働時間とともに分子を増やすまともな成長戦略も同時に議論すべきである。
http://diamond.jp/articles/-/160513

第一の記事で、 「教育無償化」は 『誰を、何のために支えるのか 目的や方向性がちぐはぐ』、 『財政健全化計画との整合性もはっきりせず』、  『結局、「教育無償化」は、自民党と野党の間の“教育”におけるイニシアティヴ争いの中で浮上してきたため、長期的政策として十分に練られていないまま、政府の目玉政策に位置付けられ続けているのが実情だ・・・人の成長という予測しにくい要素が関わってくるので、焦点がぶれやすいのはある意味で仕方がない。 しかし、だからこそ教育政策を決定するに際して、成り行き任せにならないよう、何を目的とした政策なのかその都度、十分に審議し、優先順位や実現手段(PDCA)を確認する必要がある』、などの指摘はその通りだ。 特に、『その時々の世論に一番受けそうなキーワードに従って、予算配分したり税制をいじったりして、とりあえずやる気”を見せるのは、単なるポピュリズムであり、税金を無駄遣いするだけに終わる可能性が高い』、との批判は痛烈な正論だ。
第二の記事で、 『厄介なのは、日銀の量的緩和が失敗に終わって「出口戦略」が話題になっているとき、景気に不安が出てきたことだ。教科書的なマクロ経済政策では、こういうとき金利の引き下げで対応するが、日本の政策金利はこれ以上は下げられない。長期金利も「イールドカーブ・コントロール」でゼロ近辺に抑えている。 これから世界的には金利上昇局面になるので、日本だけマイナス金利がいつまでも続けられるとは思えない。日銀が国債を無理に買い支えると、日銀だけではなく民間銀行も含み損を抱えるので、金利が正常化したとき大きな評価損が出る』、 『2013年に始まったアベノミクスは、大規模な放漫財政パッケージだった。2%のインフレ目標を掲げて「2年で2倍」の量的緩和で「インフレ期待」を起こそうという黒田総裁の政策は、結果的にはインフレを起こせず、日銀が際限なく国債を買う財政ファイナンスになった・・・このまま放漫財政を続けると「時限爆弾」が爆発するリスクは小さくない。アメリカの金利上昇は、その第一歩かもしれない。 それが爆発しなくても、大きな構造問題が残る。それは社会保障会計の隠れ借金が膨張することだ・・・金融も財政も弾を撃ち尽くした政権は、運ではなく実力で景気後退を乗り切らなければならない』、などもアベノミクスが抱える問題点を鋭く指摘している。
第三の記事で、 『安倍政権での政策目標の「存在の限りない軽さ」を象徴するのが、デフレ脱却を掲げた「物価目標」だろう。 5年前の2013年4月に掲げた「2年で2%」という消費者物価上昇の目標は6度目の延期となった。にもかかわらず、最近では、政権はもはや「デフレではない」状況を作り出したと言い出している・・・そもそもデフレ脱却が達成できたというなら、なぜ日銀は大規模な金融緩和を続ける必要があるのか、説明がつかない』、野党はこの矛盾をもっと厳しく追及すべきだ。 『スーパーコンピュータの補助金詐取問題は、首相と親しいとされる元TBS記者が媒介したとされる』、ことへの野党の追及も物足りない。 マスコミに至っては、「仲間意識」があるためか、殆ど無視を決め込んでいるようだ。 『労働生産性を問題にするなら、分母の労働時間とともに分子を増やすまともな成長戦略も同時に議論すべきである』というのは、その通りだ。
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リニア入札不正・談合(その2)(リニア談合捜査「特捜・関東軍」の暴走が止まらない、相次ぐ談合疑惑、問題はゼネコンだけなのか リニアや外環道の工事で浮かび上がった課題、「地検特捜部と全面対決も辞さない姿勢」を大成建設が見せる理由) [産業動向]

リニア入札不正・談合については、2月5日に取上げたが、今日は、(その2)(リニア談合捜査「特捜・関東軍」の暴走が止まらない、相次ぐ談合疑惑、問題はゼネコンだけなのか リニアや外環道の工事で浮かび上がった課題、「地検特捜部と全面対決も辞さない姿勢」を大成建設が見せる理由)である。

先ずは、東京地検特捜部検事出身で弁護士の郷原信郎氏が2月6日付けの同氏のブログに掲載した「リニア談合捜査「特捜・関東軍」の暴走が止まらない」を紹介しよう。
・東京地検特捜部のリニア談合事件捜査が、常軌を逸した「暴走」となっている。 この事件で、特捜部が立件しようとしているスーパーゼネコン4社間の談合による「独禁法違反の犯罪」が全くの無理筋であることは、昨年末以来、【リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】【「大林組課徴金全額免除されず」でリニア談合独禁法での起訴は“絶望”か】で指摘してきたところだ。ところが、東京地検は、年明けから捜査体制を増強し、「引き返すことができない状況」を作り上げた上、強引に捜査を継続していた。
・4社のうち、大林組、清水建設の2社は「談合を認めている」とされ(これも、本当の意味で、「独禁法違反の犯罪」を全面的に認めているか否かは疑問だが)、大成建設、鹿島の2社は、全面否認していると報じられている。特捜部は、私が上記ブログで「独禁法起訴は“絶望”か」と書いた2月1日の夜、「徹底抗戦」の2社のみを対象に、再度の捜索を行った。その際、大成建設では、法務部に対する捜索で弁護士が、捜査への対応・防禦のために作成していた書類や、弁護士のパソコンまで押収し、さらに検事が社長室に押しかけ「社長の前で嘘をつくのか」「ふざけるな」などと恫喝したとして、大成建設側が「抗議書」を提出したところ、その日の夜、同社だけに「3度目の捜索」を行った。特捜部が行っているのは、「リニア談合事件の真相解明」などとは凡そ異なる、被疑者側を屈服させるためだけの捜査権限の濫用だ。まさに「狂気の捜査」と言う他ない。
・米国などでは、弁護士の法的助言を得るためになされた、依頼者と弁護士の間の秘密のコミュニケーションについて秘匿特権が認められている。日本の刑事訴訟法上では、弁護人自身の押収拒絶権は認められているが、それ以外に捜査機関に対して秘匿特権を認める明文はない。しかし、身柄拘束中の被疑者には、立会人なしに弁護人と接見交通を行う権利が与えられていることからしても、被疑者と弁護人とのコミュニケーションの秘密を尊重しようとする趣旨は伺えるのであり、今回のように、それを正面から侵害する目的の押収は、適正手続に反し違法の疑いがあり、少なくとも不当なやり方であることは間違いない。また、社長室に乗り込んで、社長の目の前で恫喝するというのは、検察捜査の常識を逸脱したやり方だ。特捜部はいつからヤクザ組織になってしまったのであろうか。
・このような非道がまかり通ってしまうのはなぜか。戦前、張作霖爆殺事件や満州事変を独断で実行し、その後の日中戦争や太平洋戦争(大東亜戦争)で日本を破滅的な敗戦に導いた「関東軍」と同様に、現在の特捜部が検察組織内において「統制が働かない存在」になっているということだろう。
・このような「特捜の暴走」が生じることも、検察組織がそれを抑制できないことも、現在の検察幹部の顔ぶれからすると、必然のように思える。 特捜の現場を率いる森本宏特捜部長と、地検ナンバー2の山上秀明東京地検次席検事は、佐藤栄佐久福島県知事を逮捕・起訴した贈収賄事件の中心メンバーだ。山上検事は、佐藤氏を取調べて自白(佐藤氏によれば「虚偽自白」)に追い込んだ。森本検事は、佐藤氏の弟を取調べ、「知事は日本にとってよろしくない。いずれ抹殺する。」と言ったとされる(佐藤氏の著書【知事抹殺】のカバーにも書かれている有名な言葉)。
・私がペンネーム由良秀之で書いた推理小説【司法記者】(講談社文庫:WOWOWドラマWシリーズ「トクソウ」の原作)のモデルになったのが1993年のゼネコン汚職事件当時だが、当時、山上検事は、約30名の特捜部所属検事の中で最も若輩で、二番目の私とは個人的にも親しかった。体格もよく(本人曰く「あんこ型検事」)、取調べの迫力はすさまじかった。小説「司法記者」の中でもしばしば出てくる「目的のためには手段を選ばない取調べ」の典型だった。
・森本検事は、私が委員として加わった、法務省の「検察の在り方検討会議」の事務局の一員だった。大阪地検特捜部の不祥事を受けて設置された会議だっただけに、佐藤氏の著書に出てくるような「武闘派」的な面は見えなかったが、検察官の「取調べの可視化」を最小限に抑えようと委員を熱心に説得していた姿は印象に残っている。
・このような特捜部長と次席検事の組合せであることが、特捜検事全体にも影響を与え、今回の「暴走」の一因になっているのではなかろうか。しかも、その上司に当たる検察幹部の体制も、特捜部の暴走を抑えることができるメンバーではない。甲斐行夫東京地検検事正、稲田伸夫東京高検検事長、西川克行検事総長、という各庁のトップは、いずれも検察の現場経験が乏しく法務省畑一筋の人たちだ。笠間治雄元総長のような特捜部を含めた現場経験豊富な幹部でなければ、到底この「暴走」は止められない。
・さらに深刻なのは、このような誰が考えても、「捜査権限の濫用」としか思えない捜査を、マスコミが全く批判しないことだ。大成建設での「非道な捜査」について、一部のマスコミは大成建設が出した「抗議書」の内容だけは報じた。しかし、朝日新聞に至っては、特捜部の捜索のことは大きく報じる一方で、抗議の事実はまともに報じようとすらしない。まさに、前記【司法記者】で描いた特捜検察と司法マスコミの「癒着」そのものであり、関東軍の「大戦果」ばかり報じて、批判的機能を全く果たさなかった戦前の新聞と軍部の関係と同じ構図である。
・このような権限濫用が容認されてしまえば、今年、日本型司法取引の導入等を含む刑訴法改正が施行されることもあって、「検察の暴走」には歯止めが効かなくなる。陸山会事件での東京地検特捜部による虚偽捜査報告書作成事件も、検察組織が決定した小沢一郎氏に対する不起訴処分を虚偽の書面で検察審査会を起訴議決に誘導することで覆そうとしたという、重大な問題だった(【検察崩壊 失われた正義】毎日新聞社)。この事件に関して、検察が統制機能を発揮できなかったことについて指摘した懸念が、今、現実のものになっている。
・「特捜の暴走」は、今後どうなるのか。この「関東軍」には、捜索だけではなく、逮捕の権限という武器が与えられている。最悪の場合、関係者の逮捕というような「暴挙」に及ぶこともあり得ないことではない。このような「狂気」の捜査がまかり通ってしまえば、今後、いかなる非道な捜査に対しても歯止めをかけることは困難になる。 「特捜の暴走」を誰がどのように止めるのか。真剣に考えなければならない状況に至っている。
https://nobuogohara.com/2018/02/06/%e3%83%aa%e3%83%8b%e3%82%a2%e8%ab%87%e5%90%88%e6%8d%9c%e6%9f%bb%e3%80%8c%e7%89%b9%e6%8d%9c%e3%83%bb%e9%96%a2%e6%9d%b1%e8%bb%8d%e3%81%ae%e6%9a%b4%e8%b5%b0%e3%80%8d%e3%81%8c%e6%ad%a2%e3%81%be%e3%82%89/

次に、2月15日付け東洋経済オンライン「相次ぐ談合疑惑、問題はゼネコンだけなのか リニアや外環道の工事で浮かび上がった課題」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・「色々とお騒がせして、どうもすみません」――。 今年に入り、複数のゼネコン関係者からこうした言葉を耳にした。特に注目を集めたのが談合疑惑だ。昨年はNEXCO東日本・中日本が東京外かく環状道路(外環道)工事の入札を中止。年末にはリニア中央新幹線の建設工事をめぐる入札談合の疑いが浮上。東京地検特捜部や公正取引委員会が大手ゼネコン各社を家宅捜索し、トップニュースをさらった。 2月13日発売の『週刊東洋経済』は「ゼネコン 絶頂の裏側」を特集。相次ぎ浮上した談合疑惑の深層に切り込んでいる。
▽受注前の情報交換が問題に
・「あれを『談合』と言われたら厳しいな」。リニアの話題を振ると、ある中堅ゼネコン幹部はこうこぼした。「われわれだけではリニアは建設できない。やっぱりスーパーゼネコンがいないと」。 スーパーゼネコンとは、日本の建設業界でトップに君臨する大林組、鹿島、清水建設、大成建設、竹中工務店の5社を指す。今回浮上したリニアの談合疑惑では、トンネルなどの土木事業を手掛けていない竹中を除いた4社が家宅捜索を受けた。
・焦点になっているのは、受注前に工事に関する情報交換をしていたことだ。大林組は公正取引委員会に独占禁止法の課徴金減免制度(リーニエンシー)に基づいて談合(受注調整)を申告した。清水建設も「この情報交換が談合だといわれると、認めざるをえない」と言う。一方で、鹿島と大成建設は「必要な情報交換であり、談合ではない」と否認している。
・スーパーゼネコン各社は2005年末に「談合決別宣言」を出した。当時、談合事件が続発し、独占禁止法の罰則が強化された。それにもかかわらず、なぜリニア工事で疑惑が浮上したのか。 品川―名古屋間約286キロメートルの大半がトンネルで、中でも山梨、静岡、長野にまたがる南アルプストンネルや品川駅地下、名古屋駅地下は超難関の工事とされている。大手4社抜きにしてリニアは建設できないというのは、業界関係者であれば誰もが認めるところだ。
・「リニアについては利益を確保しながらきちんと工事を行うためには受注調整が必要だという発想が、ゼネコンだけでなくJR東海にもあったのだろう。現場に行けば行くほど、工事をきちんと行うことに意識が向き、発注者や他社と協力しようという発想につながる。受注前のこうしたやりとりも談合に当たると認識しないかぎり、談合は今後もなくならない」と独占禁止法が専門である上智大学法科大学院の楠茂樹教授は指摘する。
▽発注方法に問題はないのか
・外環道については、発注方法を疑問視する声がある。問題となっているのは外環道と中央自動車道とを結ぶ中央ジャンクションだ。「世界最大級の難工事」(国土交通省)で、リニアと同じく、スーパーゼネコンでなければ完成は難しいとされている。
・NEXCOが発注にかけたのは4つの工事だ。入札は「一抜け方式」という特殊な方式が取られ、1つでも工事を受注したゼネコンはそれ以外の工事を実質的に受注できない仕組みになっていた。 スーパーゼネコン4社に対し4つの工事を用意すれば、均等に住み分けがなされ、競争性が犠牲になるのは当然だ。加えて難工事であることを勘案してか「スーパーゼネコンしか受注できないような条件を設けていた」という声も上がる。
・リニアにしても外環道にしても技術を持つスーパーゼネコンに受注させたいなら、競争入札ではなく随意契約(任意で決定した相手と契約)を結ぶ手段がある。だがその場合には「なぜそのゼネコンを選んだのか」という説明責任が生じる。競争入札は「価格が一番安いから」というだけで説明がつき、談合が起きても被害者の立場を取れるため、発注者にとって楽な制度だ。
・リニア、外環道の疑惑は、「談合=暴利を貪る」というこれまでの構図では語りきれない。最適な受注業者を選ぶにはどうすればよいのか。長年の課題があらためて浮き彫りになっている。
http://toyokeizai.net/articles/-/208577

第三に、ジャーナリストの伊藤 博敏氏が2月15日付け現代ビジネスに寄稿した「「地検特捜部と全面対決も辞さない姿勢」を大成建設が見せる理由 年度内決着に向かうのか」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽理解できない点
・首都圏を走る小田急線沿線の新百合ヶ丘駅からバスで約15分。大学や市民健康施設などが立ち並ぶ住宅地の幹線道路(尻手黒川線)沿いに、高い塀に囲まれた一角があり巨大クレーンが何本も立っている。  工事車両が出入りする時以外、中をうかがうことは出来ないが、行われているのはリニア中央新幹線のトンネル発進立杭となる非常口(直径36メートル、深さ100メートル)の建設工事である。施主のJR東海は、2015年10月2日に開始した公募競争見積方式で選定手続きを進め、16年11月7日、大林組JVに決め、契約を結んだ。
・この「東百合丘非常口」の工費は明らかにされていないが、同じ大林JVが受注、リニア中央新幹線事件の引き金となった「名城非常口」の工費が約90億円とされており、その程度の金額だろう。 実は、この工事は大成建設優位で進んでいた。その証拠に、約1万8500平方メートルの敷地を取得していたのは大成である。同社は、12年3月、前所有者の化学メーカーからこの土地を先行取得。まだリニア中央新幹線のルート公表前の段階で、大成はリスクを取ったのだが、JR東海が選んだのは大林だった。
・この思惑違いの逆転劇が、リニア談合の曖昧さの証明である。同時に、ここには、二度、三度と家宅捜索を受け、検察に散々イジメを受けながらも、談合を認めずに突っ張り続ける大成の意地が秘められている。  「特捜VS大成」の対立構図は、既に周知のものとなり、マスコミの司法担当記者はその様子を詳しく伝え、『週刊文春』は「リニア捜査が重大局面 大成建設<段ボール40箱>証拠隠し」(2月16日号)と報じた。
・大成顧問のヤメ検が、特捜検事が大成の役職員らを社長室に呼び出し、「ふざけるな!」と怒鳴りつけて威圧する捜査手法を批判、<大阪地検特捜部の証拠改ざん問題があったにも関わらず、検察の体質が変わっていないことを示すもの>という「抗議書」を送付すれば、特捜部はOBをあざ笑うように、その後も家宅捜索に入り、大成が幹部寮に隠していたリニア関係資料40箱を押収した。
・この種のケンカが面白くないハズがない。 ただ、理解できないのは、弱ったとはいえ公訴権と捜査権の二つを持ち、起訴しやすい方向で捜査を進めることが出来るという意味で、「最強の捜査機関」には違いない特捜部に、なぜ大成が刃向かっているのか、という点である。それを解く鍵となった「東百合丘非常口」とはどのようなものか。
・リニアの研究を続け、山梨実験線で走行試験を繰り返していたJR東海は、07年4月、東京―名古屋間に25年開業(その後27年に)を目標としたリニア建設計画を公表、それを受けて国が直線ルートでの整備計画を発表したのは11年5月だった。 川崎市麻生区の麻生区民会館で、リニアに関する環境アセスメントの説明会が開かれたのは11年10月で、その際の質疑応答で示されたルートは、3キロの幅で大雑把に示したもので、「詳しいルートの公表は環境アセスなどの諸手続が進んだ約2年後を予定。立杭のための非常口は5~10キロごと、広さは1万平方メートルぐらいで設置位置は未定」と、説明された。
▽全面対決
・環境アセスを経て、JR東海が東京―名古屋間の正式な駅とルートを発表したのは13年9月である。12年3月にこの場所を取得していたということは、非公表のハズのルートと非常口候補地を、大成は正確に知っていたと考えるのが自然だろう。客観的にみればそれを伝えたのはJR東海以外には考えられず、スーパーゼネコン4社のなかで、リニア担当幹部に最も深く食い込んでいたという大成元常務が、情報を入手していた、ということではないか。
・であれば、受注は大成となるのが“筋”である。ルートは決まったが、正式発表前にJR東海が購入するのははばかられる。だが、一等地ゆえ、抑えておかなければ他に売却される恐れがある。そこで、信頼関係がある大成に、先行取得してもらったということだろう。そのうえでJR東海は、正式発表後の15年3月、大成から購入している。
・談合が、かつての「業務屋」と呼ばれる談合担当が施主や仲間内との「貸し借り」だけで決まる時代なら、受注していたのは間違いなく大成だろう。だが、結果は大林だった。 リニアで談合仲間だった大成元常務と大林の前副社長は、早稲田大学理工学部土木工学科の同級生。二人の間でなんらかの「貸し借り」があった可能性もあり、JR東海が「汗をかいた大成を裏切った」という単純な話でもあるまい。
・ただ、公募にせよ、JR東海は工事契約手続きにおいて、複数の業者から見積書と技術提案を受け、価格と安全面と技術面を総合的に判断して決める。それに向けて土木営業のリニア幹部は提案をしているのであって、調整はしても、それは営業努力の範囲内だという自負がある。そのうえ、「受注予定表」はあっても、その通りに決定はなされておらず、談合ですべてが決定しているわけではない。
・大成は、この論理で突っ張るのだろう。その証明が「東百合丘非常口」である。 検察にとっては誤算だろう。久々に特捜部が手がける本格案件で、幸先は良かった。公正取引委員会からリニア談合の相談を受けていた特捜部は、昨年12月9日、証拠が挙がっている大林JVの「名城非常口」の偽計業務妨害容疑で捜査に着手した。
・過去、談合摘発が続いて弱気になっていた大林は、あっさりと白旗を揚げ、課徴金減免制度(リニエンシー)に逃げ込んで罪を認めた。特捜部は、スーパー4社の一角が落ち、さらに清水建設がリニエンシーに応じ、大林、清水の両社が特捜部のいうままに供述するのだから、大成と鹿島建設も、認めざるを得ないと楽観していた。
・だが、ここまで両社、特に大成が突っ張っている以上、全面対決だ。年度内決着に向けて、押収した40箱から決め手となるような証拠が出てくるのかどうか。「特捜VS大成」からは、目が離せない。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54466

第一の記事で、 『特捜部が立件しようとしているスーパーゼネコン4社間の談合による「独禁法違反の犯罪」が全くの無理筋であることは、昨年末以来、・・・で指摘してきたところだ』、と独禁法に詳しい郷原氏が指摘していることは注目される。しかも、特捜部の大成建設に対する捜査で、 『社長室に乗り込んで、社長の目の前で恫喝するというのは、検察捜査の常識を逸脱したやり方だ。特捜部はいつからヤクザ組織になってしまったのであろうか』、というのは驚く他ない。 『さらに深刻なのは、このような誰が考えても、「捜査権限の濫用」としか思えない捜査を、マスコミが全く批判しないことだ。大成建設での「非道な捜査」について、一部のマスコミは大成建設が出した「抗議書」の内容だけは報じた。しかし、朝日新聞に至っては、特捜部の捜索のことは大きく報じる一方で、抗議の事実はまともに報じようとすらしない』、というのはマスコミの通弊ではあるが、なんと朝日新聞が検察寄りの代表格とは、空いた口が塞がらない。 『このような権限濫用が容認されてしまえば、今年、日本型司法取引の導入等を含む刑訴法改正が施行されることもあって、「検察の暴走」には歯止めが効かなくなる』、というのは空恐ろしいことだ。
第二の記事で、 『受注前に工事に関する情報交換』、が談合か、或いは、「必要な情報交換か」は確かに微妙なところかも知れないが、複雑で難しい工事であれば、必要な情報交換と考えられなくもない。
第三の記事で、「東百合丘非常口」の経緯は、JR東海に恩を撃った大成建設ではなく、大林組が受注したことから、確かに談合とみるのは無理があるかも知れない。大林、清水の両社がリニエンシーに応じ 『特捜部のいうままに供述する』、にも拘らず、大成と鹿島建設は認めず、『特に大成が突っ張っている以上、全面対決だ』、というのは面白い展開になってきた。
タグ:談合 東洋経済オンライン 郷原信郎 現代ビジネス 同氏のブログ 伊藤 博敏 リニア入札不正・談合 (その2)(リニア談合捜査「特捜・関東軍」の暴走が止まらない、相次ぐ談合疑惑、問題はゼネコンだけなのか リニアや外環道の工事で浮かび上がった課題、「地検特捜部と全面対決も辞さない姿勢」を大成建設が見せる理由) 「リニア談合捜査「特捜・関東軍」の暴走が止まらない」 スーパーゼネコン4社間の談合による「独禁法違反の犯罪」 全くの無理筋 特捜の暴走 このような権限濫用が容認されてしまえば、今年、日本型司法取引の導入等を含む刑訴法改正が施行されることもあって、「検察の暴走」には歯止めが効かなくなる 「相次ぐ談合疑惑、問題はゼネコンだけなのか リニアや外環道の工事で浮かび上がった課題」 受注前の情報交換が問題に 必要な情報交換 「「地検特捜部と全面対決も辞さない姿勢」を大成建設が見せる理由 年度内決着に向かうのか」 東百合丘非常口 非公表のハズのルートと非常口候補地を、大成は正確に知っていたと考えるのが自然だろう。客観的にみればそれを伝えたのはJR東海以外には考えられず、スーパーゼネコン4社のなかで、リニア担当幹部に最も深く食い込んでいたという大成元常務が、情報を入手していた、ということではないか かつての「業務屋」と呼ばれる談合担当が施主や仲間内との「貸し借り」だけで決まる時代なら、受注していたのは間違いなく大成だろう。だが、結果は大林だった
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マスコミ(その6)(小田嶋氏:いま、そこにある恐怖) [メディア]

マスコミについては、昨年12月15日に取上げた。今日は、(その6)(小田嶋氏:いま、そこにある恐怖)である。

コラムニストの小田嶋 隆氏が2月16日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「いま、そこにある恐怖」を紹介しよう。
・今回は、さる国際政治学者がテレビ番組の中で発信したコメントの余波について書こうと思っている。 番組内での発言そのものについては、この数日、様々な場所でさんざんに議論されてもいるので、簡単な紹介にとどめるつもりでいる。
・以下、番組を見ていない人のために、国際政治学者の三浦瑠麗氏が、「ワイドナショー」(毎週日曜日午前10時よりフジテレビ系列より放送)の中で「スリーパーセル」について語った部分の書き起こしを引用する。  三浦:もし、アメリカが北朝鮮に核を使ったら、アメリカは大丈夫でもわれわれは反撃されそうじゃないですか。実際に戦争が始まったら、テロリストが仮に金正恩さんが殺されても、スリーパーセルと言われて、もう指導者が死んだっていうのがわかったら、もう一切外部との連絡を断って都市で動き始める、スリーパーセルっていうのが活動すると言われているんですよ。 ※ここで『スリーパーセル 一般市民を装って潜伏している工作員やテロリスト』というテロップが画面上に表示される。
・東野:普段眠っている、暗殺部隊みたいな?
・三浦:テロリスト分子がいるわけですよ。それがソウルでも、東京でも、もちろん大阪でも。今ちょっと大阪やばいって言われていて。
・松本:潜んでるってことですか?
・三浦:潜んでます。というのは、いざと言うときに最後のバックアップなんですよ。 そうしたら、首都攻撃するよりかは、他の大都市が狙われる可能性もあるので、東京じゃないからっていうふうに安心はできない、というのがあるので、正直われわれとしては核だろうがなんだろうが、戦争してほしくないんですよ。アメリカに。
・番組への反響や、三浦氏からの再反論についてより詳しく知りたい方は、リンク先にあるハフポストの記事を参照してほしい(こちら)。 多くの人が指摘している通り、「スパイ」なり「工作員」なりが実在することはまず間違いなく事実だ。わが国にせよ、ほかの国にせよ、北朝鮮の工作員や、ほかの国や組織から送り込まれたスパイの暗躍を完全に阻止できている国はおそらく存在しない。
・その意味からすれば、三浦氏が、市民になりすまして潜伏する工作員の存在を示唆したことそのものは、さして目新しい指摘でもなければ、驚くべき暴挙というのでもないのだろう。 ただ、彼女は、「スリーパーセル」という通称を明らかにしつつ、「大阪」という地域を特定したうえで、「ヤバい」という言い方で危機意識を煽っている。
・さらに、その大阪の地に潜伏する工作員について、「指導者が死んだっていうのがわかったら、もう一切外部との連絡を断って都市で動き始める」「テロリスト分子」「いざという時の最後のバックアップ」などと、具体的な描写をしている。 こういうふうに特定の都市を名指しにして具体的な危機を指摘する言葉は、一般論としての注意喚起とは別のカテゴリーのトピックになる。
・たとえば 「インフルエンザが流行っています。外出時には気をつけてください」 という呼びかけと 「豊島区東池袋でインフルエンザが流行しています。健康に見える市民の中にも多数の保菌者が含まれています。付近を通りかかる方は細心の注意をはらって行動してください」 という警告ではかなりニュアンスが異なる。ここで言っているインフルエンザという病名をほかのもう少し深刻な伝染病の名前に差し替えれば、この警報はさらに破壊的な響きを獲得することができる。
・この種の無思慮な警告や扇動がいかに凶悪な影響力を及ぼすのかについて、われわれは、この数年来、福島と“放射能”をめぐる噂や言説を通じて、さんざんに学習してきたはずだ。とすれば、大阪という具体的な地域名を持ち出して「スリーパーセル」なるものの一斉蜂起を暗示した今回の三浦氏の言葉は、やはり地上波のテレビ経由で発信されるメッセージとしては、軽率だったと申し上げざるを得ない。
・「スリーパーセル」という言葉が指し示す人々の行動計画や実態が、どの範囲の人々の間でどの程度具体的に共有されているのかについて、私はほとんどまったく情報を持っていない。 情報収集なり物品調達なりに従事している工作員がおそらく、いまも日本のどこかで活躍しているのであろうことはなんとなく想像できるし、実際にそうなのだろうとも思っている。
・でも、指導者の死を知った瞬間に、外部との連絡を一切断って一斉に蜂起するべく訓練されたテロリストたちが、本当に大阪に潜伏していて、いまもその牙を磨いているのかと言われたら、私個人としては、そういう人間がいないと断言することまではできないものの、鵜呑みにすることもまたできない。
・とはいえ「スリーパーセル」という言葉が地上波のテレビ番組を通じて拡散され、その刺激的な名前で呼ばれる人々が大阪に潜伏しているという情報が有識者と目される人間の口から確信をもって語られたことで、テロリストの狙いは半ば以上成功したと言って良い。
・というのも、テロリストに課せられた最も重要な任務は、平和に暮らす人々の心の中に棲みついて疑心暗鬼の暗闇の中に引きずり込むことだからで、その人心の惑乱は、自分たちの暗躍の噂がまことしやかに広められたことにより、すでにして果たされているはずだからだ。
・もうひとつ、私が今回の件に関して不可解さを感じているのは、この「ワイドナショー」という番組が、生放送で送出されているコンテンツではなくて、事前収録のうえで録画放送されている番組である点だ。通常、出演者の不適切発言が問題化し炎上するのは、生放送の番組を舞台にしたケースに限られる。その意味で、今回の炎上は、普通の炎上とは性質が違っている。
・テレビ出演は、緊張を強いられる経験で、それゆえ、出演者が口を滑らすのは珍しいことではない。 出演者は、自分の考えや感想を、限られた秒数で端的に伝えなければならないという強いプレッシャーに晒されている。であるから、時に激越な表現に頼ってしまったり、ただし書きとしてつけ加えておくべき限定辞をうっかり省略してしまう。であるから、生放送の番組から飛び出す不規則発言や不適切コメントは、ある程度割り引いて受け止めてあげないといけない。人は誰でもミスをするものだし、ましてスポットライトとカメラに包囲されたスタジオの中に身を置くことは、そのこと自体、判断ミスなのかもしれないからだ。
・だが、収録番組における不適切発言は、「言葉の勢い」や「行きがかり」といった生放送の時に使われる弁解で免罪できるものではない。 不適切ならカットすれば良いし、ミスがあったのなら撮りなおせば良い。編集ができるというのはそういうことだ。 収録番組は、スタッフなりプロデューサーなりが、責任を持って大丈夫であることを確認した上で放送される編集済みのコンテンツとして送出されている。とすれば、最終的な責任は出演者でなくて、番組制作者の側にあると考えなければならない。
・というよりも、スタジオ収録の情報番組をナマでなく、収録済みコンテンツとして編成することの意味は、ライブ配信に伴うリスクを回避するところにあるはずなのであって、ということはつまり、収録番組の中で出演者が漏らす言葉についての責任の半ば以上は、放送局の人間が負うべきものなのだ。
・三浦瑠麗さんが、収録中にああいう言葉で危機を煽ったことそのものは、スタジオのやりとりの中ではあり得る話だったのだろうと思っている。 それどころか、しゃべりの達者な芸人に囲まれて言葉のやりとりをしている素人が、過剰な言い方で自説を強調してしまいがちなのは、むしろ当然のなりゆきと言って良い。というのも芸人にしてみれば、緊張した素人から何らかの過剰さを引き出すことで笑いを拾うこともまた芸のうちなわけで、いずれにせよスベらないためにはジャンプしてみせないとおさまらないのがサーカスの実相だからだ。
・そういう意味で、この問題は、ご本人が「言い過ぎました。すみません」と言えばそれで済んだ話でもある。  それ以前に、番組のスタッフが、当該部分の表現をあらためるべくお願いして撮り直すか、でなければ、まるごとカットしてしまえばそもそも問題にすらならなかったはずだ。
・にもかかわらず、現時点で、番組スタッフから釈明らしい釈明が聞こえてこない。 以前「ワイドナショー」について「ワイ、どないしよ」の含意があるのではないかという仮説を提示したことがあるのだが、本当に”What shall I do?”(われ如何に生くべきや)を標榜する番組であるのなら、現在求められているのは、現今の状況についての責任ある説明だと思う。
・まあ、名ばかりのワイドショーだというのならそれでもかまわない。 どっちにしても私は見ない。 上にリンクを張ったハフポストの記事によれば、三浦瑠麗さんは、twitterなどを通じて、氏の発言が在日コリアンへの差別や偏見を助長するという意見が多数寄せられたことに対して 「私は番組中、在日コリアンがテロリストだなんて言っていません。逆にそういう見方を思いついてしまう人こそ差別主義者だと思います。」 と反論している。
・「曲解だ」 「こじつけだ」 「誤読だ」 「歪曲だ」 と、三浦氏の側に差別を助長する「意図」がなかったことを強調する人たちも、それはそれでたくさんいるはずだ。 が、実際に、あの放送を見た多くの人間が、在日コリアンとテロリストを結びつけた見方に立った情報発信をしている事実は動かしようがない。 
・人々の読解力は、偏見に多くの部分を負っている。 別の言い方をすれば、偏見を持った人たちは、自分の偏見に沿った読み方でしか文章を読解しないものなのだ。 とすれば、ある種の偏見の持ち主を大喜びさせる形式で情報発信してしまったことの責任は免れ得ない。
・「大阪がヤバい」 「大阪に北朝鮮のスリーパーセルが潜伏している」 というこの二つの情報は、 「大阪には在日コリアンが多い」 という人々がその内心にあらかじめ抱いている情報とセットになって、 「大阪には在日コリアンのスリーパーセルが大量に潜伏していてヤバい」 というひとつながりの情報となって拡散する。 で、実際に拡散している。
・これはとりかえしがつかない。 ひとつの傍証をあげておく。 2月14日の未明私のツイッターアカウントに、sionさんという在日コリアン3世の20代男性からこんなメッセージが届いた。 《こんにちは。今回の三浦瑠麗氏の発言について書かせて頂きました。私は在日コリアン3世です。ああいう言い方は私たちの命に直結すると思います。もし宜しければお読み下さい。》 
・私はリンク先のブログの文章を読んで、 《色々な立場の日本人に読んでほしい文章だと思いました。RTしてもかまいませんか?》  とお断りして許可を得た後、彼の最初のメッセージをリツイートした。 以下に示すのは、その私のRTに対して寄せられたリプライ(返事)の一部だ。
・《北朝鮮のスパイと疑われたく無いなら気違い染みた金正恩体制を厳しく批判すりゃ良いだけ、日本で生まれ育った癖にそんな簡単な事すら出来ない連中が被害者面すんなって話しだわ》  《積極的に北朝鮮批判をして自浄作用を示せば、信頼を勝ち取れるかもしれませんよ?なぜやらないのでしょうか?》  《非国民はすっこんでおれ》  《日本人は朝鮮人と違って、相手のことを考えて行動できる人が大半ですから、そこまで気に病む必要はないですよ。ちゃんと相手を見て判断すると思います。》  《反日教育をし差別教育を未だしている朝鮮人が差別するなという権利はない。被害者ズラして三浦氏の日本人に対しての助言を不用意って頭おかしいんじゃない?》  《どこまでも他人事なのね。北のやってる事だから関係無いってか。自浄作用の無さに呆れる。むしろ在日コリアンの間で自らスパイ狩りやってみるくらいしたらどうなんだ。ミサイル撃たれたりテロされれば在日だろうが日本人だろうが区別なく被害受けるんだぞ。》  《在日コリアン様 祖国でお暮らしになれば、万事解決します。 止めませんのでお早目に、どうぞ。》 《そもそも、何故日本に居ついているの? 3世に永住権は無いのだから、韓国で幸せに成ればよいですよ。》
・以上、アカウント名とリンクは伏せてある。オリジナルのメッセージに興味のある向きは、実際にリツイートにぶらさがっているコメントを読みに行くか、フレーズ検索で当該のツイートを見つけてください。 いくらかなりと共感を感じられた方には、そもそも確たる証拠が何もない時点での言葉であることと、もし「スリーパーセル」が居るのならば、その人たちはむしろ「北朝鮮批判」をすることによって、疑われることを避けようとするんじゃないか(ん?)、という点について、考えてみてほしい。
・上に列挙したのは、私がRTしたメッセージ(sionさんへの巻き込みリプライを含む)に対して寄せられたリプライに限っている。このほか、sionさんに単独で届いたリプライには、さらに凶悪なものが含まれているはずだ。
・私のツイッターは、一般の人から比べれば、かなり荒れたアカウントだと思っている。 毎日のように誹謗中傷や罵詈雑言のメッセージが寄せられるし、その中には脅迫を含んだものもある。 今回、sionさんのメッセージのRTへのリプライを読んでみて思ったのは、今までの私のアカウントは、まだまだ平和だったのだなあということだった。
・スリーパーセルが現実に潜伏していて、決起の時を待っているのかどうかについて、私は確たる情報を持っていない。見当をつけることさえできずにいる。 ただ、日朝間に不穏な事件が勃発する近未来がやってきたのだとして、その時に「スパイ狩り」「工作員狩り」が起こるのかどうかについて申し上げると、相当に高い確率で、それが実際に起こってしまうのではないかと思っている。
・私のアカウントに寄せられている在日コリアンへの偏見に満ちたメッセージについて申し上げるなら、こちらは、まぎれもない現実であり、無視できない恐怖だとも思っている。 個人的には、まず目の前にある現実に対処したいと考えている。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/021500131/?P=1 

タイトルの「いま、そこにある恐怖」は、言うまでもなく、映画にもなったトム・クランシーの小説「今そこにある危機」をもじったものである。 『国際政治学者の三浦瑠麗氏』、は東京大学政策ビジョン研究センター講師で、近年テレビで活躍「している才女である(Wikipedia)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B5%A6%E7%91%A0%E9%BA%97
それが、何とも不用意な発言をし、本来、テレビ放送に不適切な武運がないが否かをチェックすべきテレビ局が、録画された番組をそのまま放映したことが、問題を大きくしたようだ。 『実際に、あの放送を見た多くの人間が、在日コリアンとテロリストを結びつけた見方に立った情報発信をしている事実は動かしようがない』、それも素人の発言ならばいざ知らず、国際情勢の機微に精通しているべき国際政治学者の発言とは信じられない。「スリーパーセル」についての根拠が、どの程度の信憑性があるのか不明だが、単なる「噂話」に毛が生えた程度のものだったとしたら、「デマ」に近い「フェイク・ニュース」そのものだ。関東大震災での朝鮮人大虐殺も「デマ」が引き金になったことを思い起こすべきだ。 『日朝間に不穏な事件が勃発する近未来がやってきたのだとして、その時に「スパイ狩り」「工作員狩り」が起こるのかどうかについて申し上げると、相当に高い確率で、それが実際に起こってしまうのではないかと思っている』、という小田嶋氏の懸念はその通りだ。トランプ大統領によるアメリカでの民族問題の深刻化を、笑ってばかりはいられないようだ。
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北朝鮮問題(その15)(東京ドーム周辺で開催「ミサイル避難訓練」の隠された狙い、米国が静かに進めている北朝鮮「軍事攻撃」の準備 グアム島に集結する主力爆撃機、米国で浮上した「北朝鮮攻撃シナリオ」の中身) [世界情勢]

北朝鮮問題については、1月16日に取上げた。今日は、(その15)(東京ドーム周辺で開催「ミサイル避難訓練」の隠された狙い、米国が静かに進めている北朝鮮「軍事攻撃」の準備 グアム島に集結する主力爆撃機、米国で浮上した「北朝鮮攻撃シナリオ」の中身)である。

先ずは、弁護士の大前 治氏が1月21日付け現代ビジネスに寄稿した「東京ドーム周辺で開催「ミサイル避難訓練」の隠された狙い 政府はなぜ威力や恐怖を伝えないのか」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・北朝鮮の弾道ミサイル発射を想定した避難訓練が各地で実施されている。頭を抱えてしゃがみこむ訓練の様子も報道され話題となった。 1月22日には東京ドーム周辺でも避難訓練が行われる(東京都「弾道ミサイルを想定した住民避難訓練の実施について」)。この訓練に意味はあるのか。無意味というだけでなく国民を統制する危険な動きではないだろうか。思考停止にならずに考えてみよう。
▽「近くで爆発が起きたらテレビを見よう」?
・内閣府が作成した冊子「武力攻撃やテロなどから身を守るために」(2017年10月改訂版)には、身の回りで爆発が起きたときの対応法を次のように説いている。 とっさに姿勢を低くする、テーブルの下に隠れる、警察や消防の指示に従って落ち着いて行動する、テレビやラジオで行政機関からの情報収集に努める、というのが内閣官房の指示である。
・遠くではなく「身の回り」での爆発が起きたとき、悠長にテレビを見ていられるだろうか。 文章だけでなく表紙にも挿絵にも緊張感がない冊子からは、爆発の威力や怖さが伝わってこない。
▽「核爆発が起きたら、目で見ないでね」?
・この冊子には核爆発への対処法も書かれている。閃光や火球が発生した場合には目で見ないように、口と鼻をハンカチで覆って爆発地点から遠く離れましょう、と指示している。 あまりに非現実的な対処法に驚く。 核ミサイルは落下場所が予告されない。瞬時に爆発して閃光を発し、大量の熱線・爆風・放射線によって都市を破壊する。 「あっ、核爆発だ。見ないようにしよう」と思う暇などない。政府は国民に不可能なことを指示している。
・本来、災害対策の前に、火災・洪水・地震・津波など各種災害の威力や被害実態を周知することが重要である。それによって対策の必要性が理解され、日頃の備えを促すことができるからである。 それは弾道ミサイルや核攻撃への対策でも同じはずである。 一瞬で都市を火の海にする核爆発の威力や放射線の悪影響を国民に理解させ、中途半端な対策では安全を守れないことを国民に知らせなければならない。
・現状のミサイル訓練は、それとは真逆である。 ミサイル技術の専門家による破壊力のシミュレーションもなく、建築の専門家による対ミサイル防護建造物の検討もない。ただ逃げましょう、避けましょうと言っているだけである。 これでは、迫りくる危険から国民の安全を守るために政府が本気を出しているとは評価できない。
・イギリスの国際戦略研究所(IISS)は、東京が核攻撃を受けると瞬時に数十万人が死亡すると算出し、アメリカの研究機関の運営サイト「38North」には死者69万7千人、負傷者247万4千人の被害が生じるという予測が掲載されている。 こうした予測を、日本政府は何一つ公表していない。
▽なぜミサイル攻撃の実相を知らせないのか
・国民にミサイルの威力を分からせるには、イラク戦争での米軍の空爆映像を見せればよい。 核攻撃の威力を分からせるには、広島・長崎の被害映像を示すとともに長期にわたる放射線被害を知らせればよい。  そうした被害を受ける危険が、安倍政権の外交施策のもとで生じているのだと、正々堂々と言えばよい。
・なぜ政府は、ミサイル攻撃への危機感を煽るばかりで、いま迫っている具体的な被害像を示さないのか。理由を考えてみたい。 一瞬で大量の死傷者が生じるという被害予測を示したら、それに対応できる救急体制が整っていないことが明らかになり、市民の不安は増大するであろう。 ミサイル攻撃から身を守るのは容易ではないと分かったら、「北朝鮮を挑発するな、ミサイルを撃たせないため対話の努力をせよ」という政府批判が巻き起こるであろう。
・政府の失政によって危機が生じたのだから、国家予算で防空シェルターを建設せよ、防護資材や防空施設を提供せよ、被害者には補償せよ、という批判も巻き起こるだろう。 核兵器への理解を広めるために放射線の危険を知らせることは、脱原発の世論を喚起したり、原発再稼働の政府方針への支障を生じたりするだろう。 核兵器の非人間性を知らせることは、アメリカを含むすべての国に核廃絶を求める世論を高めるとともに、国連で核兵器禁止条約に賛成しなかった安倍政権への疑問を強めるだろう。
・このように、被害予測をリアルに国民へ知らせることは、政府にとって都合が悪いものであると分かる。  本当にミサイル危機が迫っていて、この方法で国民の生命を守れると考えるならば、安倍政権は避難訓練の有効性を客観的根拠や科学的データを示して国民に理解させるべきである。
・それができないのであれば、避難訓練は国民を思考停止させるだけで、百害あって一利なしである。 こうしたなか、2017年10月に内閣が実施した「外交に関する世論調査」では、北朝鮮について関心があることとして「ミサイル問題」を挙げた人は83.0%と、前年より11.5ポイント増えている。 何となく不安で、漠然とした関心が高まっているが、対処法が分からない。そんな国民の思いに応えるだけの情勢分析や対処方法を示すのが日本政府の責務ではないだろうか。 「国難だ」といって選挙に利用するばかりの安倍政権に危うさを感じる。
▽国民を怖がらせない防空訓練
・日本政府は、過去にも似たことをした。 第二次世界大戦でアメリカに宣戦布告する前、空爆に対する訓練(防空訓練)の実施方法を説いた「宣伝要領」は次のようにいう。
・民防空啓発宣伝要領(1941年8月13日 情報局)
 +我が国に対する空襲が、あたかも第一次大戦時の欧州におけるが如く大規模に実施され、または関東大震災の如き惨害を生ずるような誤解を与えないこと
 +国民に対しては「自発的」に防空準備を実行するよう促進すること
 +政府の措置を信頼させること
 +防空に関する美談を紹介して防空思想を涵養させること
・防空訓練が戦争への恐怖を生み出してしまっては逆効果である。18年前に起きた関東大震災のような大きい被害は生じないと安心させて訓練を実施するのが政府方針であった。疑問を抱かせないよう政府を信頼させることも重要方針として明記された。
・政府の防空啓発ポスターも、空襲の恐怖を受け付けるより「落ち着け」と呼びかけている。 こうした方針のもとで、爆弾は怖くない、空襲の火災は簡単に消火できる、といった安全神話が流布された。関東大震災に匹敵する東京大空襲で10万人が死亡したのは、この3年半後である。
・日本政府による情報操作や避難政策が被害を拡大したことは、過去の記事(「空襲から絶対逃げるな」――トンデモ防空法が絶望的惨状をもたらした)で触れたとおりである。
▽「自発的な行動」を指示する恐ろしさ
・上記の「宣伝要領」には、もう一つ注目してほしい点がある。 国民に「自発的」な行動を求めている点である。人々の自由が制限された戦時体制下でも、防空活動は命令や強制ではなく「自発的」にするものとされたのである。 政府や軍部の指導に背くことはできない時代であった。「自発的」とは名ばかりで、政府方針を忖度して防空活動に従事する以外に選択肢はなかった。 それでも「自発的」であることに意味はある。強制とか拒否できるとかいう考えを排して、「国民は国家の一員として、当然に国家に協力するものである」という風潮の確立に資するからである。
・自発的に行動するか否かは、法律の問題ではなく、精神や道徳の問題となる。これに反する者は異端者であり非国民とされる。戦時中の国民にとっては法の裁きよりも恐ろしい重圧となる。国民全体が参加する総力戦体制は、こうして可能になった。
・現在の法律も「自発的」であることに重きを置く。武力攻撃に対する訓練や避難について定める「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」の第4条は、以下のように定めている。
 第1項 国民は、この法律の規定により国民の保護のための措置の実施に関し協力を要請されたときは、必要な協力をするよう努めるものとする。
 第2項 前項の協力は国民の自発的な意思にゆだねられるものであって、その要請に当たって強制にわたることがあってはならない。
・強制してはいけないと明記している点は、戦前戦中とは大きく異なる。 しかし、この法律に基づいて防空訓練に「自発的に」協力せよというキャンペーンが展開されると、「こんな訓練が役に立つのか」と疑問を述べることもできない空気が社会に充満しそうで怖い。 近時の避難訓練でも、「行政の指示に従うこと」が繰り返し強調されている。パニックや混乱防止の名目で、統制への従順さが試されている。
・戦争協力を強制されるのは恐ろしい。しかし、もっと恐ろしいのは、強制されていないのに多くの国民が自発的に避難訓練に参加して一斉にしゃがみ込む姿である。
・今なら間に合う。避難訓練への参加は拒否できるし、おかしいと思うことはおかしいと言える。 怖くない戦争が日常に入り込み、気付いたときには戦争が怖くても逃げられなくなった。それが過去の教訓である(過去記事を参照)。二度と同じ過ちを繰り返さないために、私たちは疑問をもつことを止めてはいけない。
・過去から学ぶことは数多い。戦時中のポスターなど200点以上の写真・図版を掲載した著書 『逃げるな、火を消せ! 戦時下 トンデモ 防空法』をぜひ手に取っていただき、多くの市民が疑問を持たないままどのように戦争が始まったのか、当時の空気を感じ取っていただければ幸いである(解説サイトはこちら)。)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54185

次に、戦争平和社会学者の北村 淳氏が1月25日付けJBPressに寄稿した「米国が静かに進めている北朝鮮「軍事攻撃」の準備 グアム島に集結する主力爆撃機、日本も心の準備を」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・北朝鮮が韓国文在寅政権に対して平昌オリンピック参加を餌に揺さぶりをかけることにより、南北直接対話が開始された。その結果、アメリカ軍による挑発的な軍事圧力や軍事攻撃(予防戦争)は一見して遠のいたかに見える。日本のメディアによる北朝鮮騒ぎも、ひとまず下火になっているようである。
・しかしながら、北朝鮮が、アメリカ本土を直接攻撃可能な核搭載長距離弾道ミサイル(ICBM)を取り揃えようとする限り、トランプ政権が対北朝鮮軍事オプションを放棄することはあり得ない。 実際、昨年(2017年)末から現時点にかけても、米軍では来たるべき対北朝鮮「予防戦争」発動に備えた訓練や具体的準備が静かに進められている(もちろんペンタゴンとしては、できうる限り避けたい事態であるのだが)。
▽地上軍の投入が必要
・アメリカ国防当局が決して望まない事態であるとはいえ、トランプ政権が決断を下した場合には、米軍による対北朝鮮軍事攻撃は現実のものとなる。 この「予防戦争」の戦端を開くのは、ICBMを中心とする核・弾道ミサイル関連施設に対する米空軍爆撃機部隊、戦闘攻撃機部隊によるピンポイント猛爆撃であり、それとタイミングを合わせて着弾するように米海軍艦艇からも大量の長距離巡航ミサイルが発射される。引き続いて、空軍爆撃機部隊の第二波爆撃と共に、海軍や海兵隊の戦闘攻撃機による爆撃も実施され、韓国内からも巡航ミサイルや長射程火砲による砲撃が実施される。この段階で、「予防戦争」の戦争目的である北朝鮮のICBM戦力や核戦力は壊滅することになる。 
・だが、それらの目標を空爆しただけでは目的を完遂することにはならない。海兵隊の少数精鋭部隊を先鋒として、それに引き続く大規模な陸軍侵攻部隊が北朝鮮領内に侵攻して核施設を接収していかなければ「予防戦争」は終結しない。 このように地上軍を投入しなければならないという点が、米軍首脳が「予防戦争」実施を躊躇する大きな要因の1つである。
▽訓練を開始した米陸軍
・米軍は過去10年間以上にわたってイラクやアフガニスタンでの戦闘に従事してきたが、主たる敵はテロリスト集団が組織する武装勢力であって、いわゆる国家の軍隊ではなかった。そのため、猛爆撃により大打撃を与えた後とはいえ、北朝鮮に侵攻して朝鮮人民軍(以下、北朝鮮軍)という正規の陸軍部隊と戦闘を交えるのは米軍陸上部隊にとっては久しぶりということになる。
・もっとも、あらゆる状況下でアメリカの尖兵として敵地に乗り込む役割を負っている海兵隊は、海岸線沿岸地帯の敵勢力を撃破し、後続する陸軍部隊を迎え入れる、といった類いの訓練は常に実施している。だが、米陸軍がこれまで対処してきたのは、イラクの砂漠、アフガニスタンの荒野や山岳地帯でのテロリスト武装集団や非正規叛乱軍などの武装蜂起やテロ攻撃である。北朝鮮に侵攻して、テロリスト武装集団より格段に訓練が行き届いた正規陸軍と戦闘を交えるためには、これまでとは異なった訓練を実施しなければならない。
・そこで昨年暮れには、ノースカロライナ州で48機の攻撃ヘリコプターと輸送ヘリコプター、それに多数の将兵が参加して、実弾砲撃の中で陸軍部隊と大型兵器資機材を移動させる実戦さながらの訓練が実施された。それに引き続いて、米陸軍の精鋭部隊である第82空挺師団は、ネバダ州で100名以上の隊員による夜間降下侵攻訓練を実施した。これらの限りなく実戦に近い訓練が北朝鮮侵攻を念頭に置いたものであることは明らかである。
・そして間もなく、1000名もの米陸軍予備役将兵が参加する、緊急時における予備役動員訓練が実施されることになっている。また、平昌オリンピック・パラリンピック開催期間中には、韓国に駐屯している米陸軍特殊部隊を大幅に増強する予定も明らかになった。それらの特殊部隊は、予防戦争勃発と共に北朝鮮領内に侵入して、空爆目標の誘導や各種破壊活動などを実施する役割を持っている。
▽大型貫通爆弾で地下施設を攻撃
・前述したように、米軍による対北朝鮮「予防戦争」は、空軍爆撃機部隊による北朝鮮のICBM関連施設への奇襲空爆によって開始される。この第一波攻撃で、アメリカ領域を攻撃できるICBM関連施設を破壊しなければ、アメリカ本土に対する報復核攻撃が実施される可能性もある。
・北朝鮮のICBMをはじめとする弾道ミサイル関連施設や移動式ミサイル発射装置は、いずれも地下施設や山岳地帯の洞窟式施設などに潜んでいる。そのため、先制奇襲攻撃では、地下深くの攻撃目標を破壊するために開発されたGBU-57大型貫通爆弾(MOP:最大60メートルのコンクリートを貫通した後に爆発し目標を破壊する)を使用する必要がある。
・巨大なMOPを搭載することができる爆撃機は、B-52戦略爆撃機とB-2ステルス爆撃機のみである。米空軍爆撃機部隊が北朝鮮攻撃の主たる前進拠点としているグアム島アンダーセン米空軍基地に常駐しているB-1B爆撃機には、MOPを搭載することはできない。よって、B-2ステルスを奇襲攻撃に投入し、B-52とB-1Bが共に第二波攻撃で大量の各種爆弾を投下する役割を担うことになる。
▽グアムに15機の主力爆撃機が勢揃い
・いずれにせよ、米軍による対北朝鮮軍事攻撃が敢行される場合には、グアム島アンダーセン米空軍基地に、B-1B爆撃機、B-2ステルス爆撃機、それにB-52戦略爆撃機が集結していなければならない。B-2もB-52も、アメリカ本土から北朝鮮上空に飛来して爆撃を実施し、日本やグアムの基地に帰還することは十二分に可能であるが、攻撃のタイミングや兵員の疲労などを考えると、できるだけ多くの爆撃機を、できるだけ攻撃目標に近い基地から発進させる必要がある。
・そのため、アンダーセン空軍基地や、場合によっては日本の米軍基地などにも、B-2やB-52が展開している状況を作り出し、予防戦争開始のタイミングを敵にも味方にも悟らせないようにする準備態勢作りが肝要になっている。
・実際に、1月8日には、ミズーリ州ホワイトマン空軍基地から3機のB-2ステルス爆撃機と200名の関係要員がアンダーセン航空基地に展開し、現在配備されている6機のB-1爆撃機部隊と合流した。超高価なため米空軍といえども20機しか保有していないB-2ステルス爆撃機を前方に配備するのは、専門スタッフの配置も必要であることから、まさに実戦を想定した動きに近いといえる。
・引き続いて1月16日には、ルイジアナ州バークスデール空軍基地から6機のB-52H戦略爆撃機と300名のスタッフがアンダーセン航空基地に到着した。これによってグアムには、合計15機の3種類のアメリカ空軍主力爆撃機が勢揃いしたことになる。
・これらの爆撃機部隊増強は、平昌オリンピック開催期間中の不測の事態を抑止するための威圧目的で、期間限定の展開とされている。ただし、上述したように、対北朝鮮「予防戦争」を念頭に置く米空軍、そして米太平洋軍司令部としては、奇襲攻撃が迫りつつあるサインを北朝鮮側に悟らせないためにも、今後恒常的にB-2ステルス爆撃機やB-52をアンダーセン航空基地に展開させるものと思われる。
・このように、南北会談や平昌オリンピック・パラリンピック開催といった動きと平行して、静かながらも着実にアメリカによる「予防戦争」実施準備は推し進められている。現実に「予防戦争」が開始された場合、北朝鮮軍による報復攻撃として弾道ミサイルの飛来が十二分に予想される日本としても、心の準備を怠ってはなるまい。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52165

第三に、スタンフォード大学教授のダニエル・スナイダー氏が2月9日付け東洋経済オンラインに寄稿した「米国で浮上した「北朝鮮攻撃シナリオ」の中身 朝鮮半島の緊張は収まっていない」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・凍てつくような寒さの韓国で、平昌冬季オリンピック開会式が明日に迫る中、朝鮮半島の冷えきった政治情勢も露になりつつある。韓国では、文在寅大統領が、90歳になる北朝鮮の名目上の元首、金永南と、金正恩氏の妹、金与正を接待する一方で、日本では米マイク・ペンス副大統領と、安倍晋三首相が固い握手を交わしていた。
・金永南率いる北朝鮮の代表団は、少数の選手と応援団、芸術団、職員などで構成されている。今回の目的は、韓国だけでなく、全世界の視聴者に向けてプロパガンダという弾幕を見せつけることである。
▽緊張緩和は難しい状況にある
・一方、ペンス副大統領は、「冬季オリンピックという強力な象徴を、北朝鮮政権にかかわる真実を覆い隠すために使わせない」ため、「反プロパガンダキャンペーン」を率先して行うと述べた。今回は、北朝鮮に17カ月間も拘束された後、昏睡状態でアメリカへ帰国し、数日後に亡くなった米国人学生の父、フレッド・ワームビアを連れだってやってきた。
・ペンス副大統領は韓国に向かう途中で日本に立ち寄り、安倍首相と会談。オリンピックにおける北朝鮮のプロパガンダをできるだけ抑えることで合意した。両首脳は、北朝鮮との関係改善の糸口を見出そうとしている文大統領に対して懐疑的な見解を示すとともに、北朝鮮に対する制裁がようやく効果を表しつつある中、韓国政権が、制裁を緩める行動に出ることに対する懸念を共有した。
・文大統領は、少なくともオリンピック開催期間中は確保されている停戦協定の維持に笑顔で全力を尽くすだろう。しかし、緊張関係が続いていることに変わりはなく、今後、それが何らかの形で表面化することは間違いない。
・実際、米政権周りでは最近、戦争をほのめかす発言が増えてきており、緊張緩和はますます難しい状況にある。北朝鮮の人権擁護運動に反発する動きがこうした流れを後押ししており、イラク戦争前にイラクとサダム・フセインに対して中傷行為が増えたのと同じように、戦争に向けた「雰囲気作り」が着々と進んでいると見る向きもある。
・ニューヨーク・タイムズ紙は今週初め、統合参謀本部の上級軍事指導部と、ジェームス・マティス米国防長官は、ホワイトハウスから軍事行動という選択肢を問われ、軍事行動が実際に実行可能であるという確信を与える恐れがあるとして、故意に抵抗したと伝えている。
・軍事行動を行うべきか否かに関する議論がワシントンでは大きな熱を帯びている。トランプ政権が駐韓アメリカ大使候補に指名していたビクター・チャが、任命に向けて何カ月も準備を進めていた中、突如として内定が取り消されたとの報道があったからだ。チャは著名な学者であり、ブッシュ政権時には国家安全保障局の高官を務めた人物だ。 ホワイトハウスの主張によると、内定が取り消されたのはあくまで個人的事情で、夫人の親戚が朝鮮半島にいるため利害の衝突が生じることとの絡みだという。
▽チャの「暴露」と内定取り消し
・一方、チャはワシントン・ポスト紙に寄稿して意見を述べ、ホワイトハウスの主張よりはるかに印象的な説明をにじませていた。寄稿記事では限定的かつ予防的な軍事行動を行うという考え方に対し、慎重な言い回しながらも強く異を唱えていた。軍事行動については北朝鮮の「面子をつぶす」ためだという者もいる。
・チャは、軍事攻撃が衝撃を与える効果を持ち、段階的にエスカレートしている米朝の応酬を引き起こすことはないという考えに注目。これに伴うリスクについてこう書いている。 「そのような攻撃をせずに金正恩を阻止することはできないと考えるのであれば、攻撃によって金正恩が同じようなことをする可能性がある、とも考えられないか。金正恩が予測不可能で、衝動的で、まるで理性のない人物であるならば、敵対者(金正恩)が(米国による)警告や抑止力について合理的に理解することを前提としているエスカレーションラダー(戦争規模拡大梯子)をどうやってコントロールするのだろうか」
・この記事が、チャが内定を取り消された理由かどうかは明らかにはなっていない。しかし、チャの「暴露」は米政権が北朝鮮への早期の軍事行動を検討している証拠だと、結論づける政府関係者も出てきている。  筆者自身は、国家機密に通じているわけではないが、複数の信頼度の高い情報源の話を聞くかぎり、早期の軍事行動ということはなさそうである。国務省の高官たちは、引き続き外交的解決の可能性があるという信念を表し、韓国が北朝鮮との対話を行うのを試みるのを支援している。
・高官たちは、韓国の当局者に軍事的選択は圧力をかける作戦の一部にすぎないと伝えている。ペンス副大統領でさえもレックス・ティラーソン国務長官に同調し、駆け引きにおいて北朝鮮との対話を行う可能性を残したままにしている。北朝鮮との対話が実現する可能性はとても低いが、高官たちは、制裁の圧力を弱めたり、安全保障同盟の土台を揺るがすことがないのであれば、北朝鮮政府と対話することに反対していない、と文政権に伝えている。
▽「予防型ピンポイント攻撃」は選択肢に入っている
・筆者は先週、米国の複数の高官たちと話す機会があった。彼らは、韓国と日本における米軍とハワイの太平洋軍の幹部であり、横須賀の第7艦隊司令部を訪れていた。少なくとも表面上は、高レベルの警戒態勢に備えている様子はなかった。 第7艦隊で最も強力な軍艦、原子力空母のロナルド・レーガンは横須賀港に停泊し、メンテナンスを受けていた。韓国の上級司令官たちは、オリンピック期間中延期された共同演習の再開に向けた準備を行っており、米韓同盟は揺るぎのないものだとの自信を滲ませていた。
・また、今のところ、韓国に駐屯する米軍の家族や米高官とその家族、民間人を韓国から避難させる、いわゆるNEO (非戦闘員救出作戦)に向けた準備をしている兆候も見られない。
・現時点でも、ピンポイント攻撃より現実的な「予防型ピンポイント攻撃」の選択肢は検討されている。いくつかあるシナリオの1つは次のようなものだ。 米国が、北朝鮮による長距離ミサイルの準備(2つある主要なミサイル発射場のうち、1つでもミサイル発射台に搭載されていること)を確認した場合、これは国連安保理決議に違反している主張すると同時に、北朝鮮に対してミサイル発射を行わないように警告する。北朝鮮側がミサイル発射を拒否した場合(これは可能性のあることだ)、米国は死傷者を最小限に抑えるために、精密照準爆撃でそのミサイルを破壊する。
・米国はその後、精密照準爆撃について、限定的な攻撃であり、国連決議を実行するために意図したものであること、そして金政権への広範な攻撃を狙ったものではないことを明らかにするための声明を発表する――。
▽過去にも軍事攻撃の選択肢は考えられた
・このシナリオでは、北朝鮮はショックに陥り、また、争いが広範に及ぶのをおそれて、即座に反応することはできない、と想定されている。 実は、この選択肢は、ジョージ・W・ブッシュ政権時代の2006年6月22日にワシントン・ポストに掲載された、民主党の著名な安全保障専門家の2人による共同意見記事の中で詳細に述べられ、議論されたことがある。そのうちの1人はウィリアム・J・ペリー元国防長官であり、もう1人は当時のハーバード大学の教授であり、後にオバマ政権で国防長官を務めることになるアシュトン・カーターだった。
・その意見記事は次のようなものだった。 「米国は、ある国が米国にあからさまな敵意を向けて核武装し、米国領土に核兵器を打ち込むことのできる大陸間弾道ミサイルを完成させるのを許すべきであろうか。われわれはそうは思わない。ゆえに、もし北朝鮮が発射準備を続けるのであれば、米国は、北朝鮮のテポドンミサイルを発射前に攻撃・破壊するとの意図を直ちに表明すべきである。これは、たとえば破砕弾頭を備えた潜水艦から発射する巡航ミサイルなどにより実行可能だ」
・韓国政府は間違いなく米国を支持しないだろうが、いずれにしても米国はそれを遂行すべきであるとまで両者は述べた。米国は「北朝鮮がさらにエスカレートしていくことに対して強い警告を与えるべき」である、と。北朝鮮が戦争を起こすと威嚇してきても、政権を終わらせる可能性を恐れて「それを実行に移すとは考えにくい」と彼らは考えていた。
・ペリーとカーターは当時、外交努力では北朝鮮のミサイル発射性能競争を止めることはできないとの考えだった。そしてICBMの打ち上げを成功させれば、「北朝鮮をさらにつけあがらせることになるだけ」であると主張していた。すなわち、軍事攻撃以外の選択肢はないと言っていたのだ。
・しかし、現在ペリーは、北朝鮮の核兵器やミサイル性能の開発と向上により、もはやこの選択肢は実行可能なものではなくなった、と考えている。しかし、トランプ政権の現在の判断では、これは明確に「今現在」の選択肢なのである。
▽「オリンピック休戦」はいつまで続くか
・軍事計画担当者たちが個人的に明かしてくれたところによると(そして、これはホワイトハウスにも通達済みである)、このシナリオは北朝鮮の反応をエスカレートさせる、という重大なリスクを冒さずに実行することは不可能だという。しかし、こうした警告をトランプ大統領や側近アドバイザーたちが真剣に考慮しているのか、あるいは受け入れているのかは、まったく明らかにされていない。
・この選択肢が残されるとすれば、それが実行されるのは、今年の終盤になってからだろう。また、NEOや朝鮮半島界隈に駐屯する米軍の増強といったかなり大掛かりな準備の兆候がないかぎり、実行される可能性は低い。しかし、これには文政権が公然と反対の態度を示すことは明らかだ。
・従って、当面はおそらく朝鮮半島では「オリンピック休戦」が続くことが予想される。世界中のテレビの視聴者は、競技の模様や、スケートリンク、ステージ上での宣伝合戦さえ、ソファでくつろいで見ることができるだろう。
・しかし、韓国で雪が溶けるとき、多くの場所で凍結が終わり、凍った地面の下から何が現れるのかを目にすることになるだろう。
http://toyokeizai.net/articles/-/208032

第一の記事で、 『北朝鮮の弾道ミサイル発射を想定した避難訓練・・・この訓練に意味はあるのか。無意味というだけでなく国民を統制する危険な動きではないだろうか』、というのはまさにその通りだ。 『一瞬で都市を火の海にする核爆発の威力や放射線の悪影響を国民に理解させ、中途半端な対策では安全を守れないことを国民に知らせなければならない。 現状のミサイル訓練は、それとは真逆である・・・ただ逃げましょう、避けましょうと言っているだけである。 これでは、迫りくる危険から国民の安全を守るために政府が本気を出しているとは評価できない』、 『一瞬で大量の死傷者が生じるという被害予測を示したら、それに対応できる救急体制が整っていないことが明らかになり、市民の不安は増大するであろう。 ミサイル攻撃から身を守るのは容易ではないと分かったら、「北朝鮮を挑発するな、ミサイルを撃たせないため対話の努力をせよ」という政府批判が巻き起こるであろう・・・「国難だ」といって選挙に利用するばかりの安倍政権に危うさを感じる』、などは私がTV画面で感じていた違和感を見事に言い表してくれた。  『戦前の『防空訓練・・・防空啓発ポスターも、空襲の恐怖を受け付けるより「落ち着け」と呼びかけている。 こうした方針のもとで、爆弾は怖くない、空襲の火災は簡単に消火できる、といった安全神話が流布された。関東大震災に匹敵する東京大空襲で10万人が死亡したのは、この3年半後である・・・日本政府による情報操作や避難政策が被害を拡大』、 『自発的に行動するか否かは、法律の問題ではなく、精神や道徳の問題となる。これに反する者は異端者であり非国民とされる。戦時中の国民にとっては法の裁きよりも恐ろしい重圧となる。国民全体が参加する総力戦体制は、こうして可能になったと』、と戦前の体制に近いものが既に現在の法律に書き込まれている、というのは衝撃的だ。 『二度と同じ過ちを繰り返さないために、私たちは疑問をもつことを止めてはいけない』、というのは正論だ。
第二の記事で、 「予防戦争」の 『第一波攻撃で、アメリカ領域を攻撃できるICBM関連施設を破壊しなければ、アメリカ本土に対する報復核攻撃が実施される可能性もある』、とあるが、北朝鮮は既に潜水艦からミサイルを発射できる筈で、そうした潜水艦の位置を探るのは極めて困難である。これに対する作戦については、言及した記事をまだ見たおとがないが、そこはプロの米軍のことなので、怠りないと信じてよいのだろうか。
第三の記事で、チャ氏が 『金正恩が予測不可能で、衝動的で、まるで理性のない人物であるならば、敵対者(金正恩)が(米国による)警告や抑止力について合理的に理解することを前提としているエスカレーションラダー(戦争規模拡大梯子)をどうやってコントロールするのだろうか』、と述べているのは正論で、大使任命を取り消したホワイトハウスの焦りが伺える。 ペリーが 『このシナリオは北朝鮮の反応をエスカレートさせる、という重大なリスクを冒さずに実行することは不可能だという。しかし、こうした警告をトランプ大統領や側近アドバイザーたちが真剣に考慮しているのか、あるいは受け入れているのかは、まったく明らかにされていない』、ということであれば、あとは文政権の抵抗に期待する他ないのだろうか。
タグ:東洋経済オンライン 北朝鮮問題 JBPRESS 現代ビジネス 北村 淳 ダニエル・スナイダー (その15)(東京ドーム周辺で開催「ミサイル避難訓練」の隠された狙い、米国が静かに進めている北朝鮮「軍事攻撃」の準備 グアム島に集結する主力爆撃機、米国で浮上した「北朝鮮攻撃シナリオ」の中身) 大前 治 「東京ドーム周辺で開催「ミサイル避難訓練」の隠された狙い 政府はなぜ威力や恐怖を伝えないのか」 北朝鮮の弾道ミサイル発射を想定した避難訓練 「核爆発が起きたら、目で見ないでね」? 国民を怖がらせない防空訓練 自発的に行動するか否かは、法律の問題ではなく、精神や道徳の問題となる。これに反する者は異端者であり非国民とされる。戦時中の国民にとっては法の裁きよりも恐ろしい重圧となる。国民全体が参加する総力戦体制は、こうして可能になった 「米国が静かに進めている北朝鮮「軍事攻撃」の準備 グアム島に集結する主力爆撃機、日本も心の準備を」 訓練を開始した米陸軍 グアムに15機の主力爆撃機が勢揃い 「米国で浮上した「北朝鮮攻撃シナリオ」の中身 朝鮮半島の緊張は収まっていない」 駐韓アメリカ大使候補に指名していたビクター・チャ 突如として内定が取り消された
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日銀の異次元緩和政策(その28)(ノーベル賞の行動経済学で考える「インフレ目標」そのものへの疑問、日銀 金融政策 次の一手、日銀は「出口戦略」をコッソリと始めている) [経済政策]

日銀の異次元緩和政策については、昨年11月30日に取上げた。今日は、(その28)(ノーベル賞の行動経済学で考える「インフレ目標」そのものへの疑問、日銀 金融政策 次の一手、日銀は「出口戦略」をコッソリと始めている)である。

先ずは、東短リサーチ代表取締役社長の加藤 出氏が昨年12月21日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「ノーベル賞の行動経済学で考える「インフレ目標」そのものへの疑問」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・先日、スウェーデンのストックホルムでノーベル博物館を見学したが、入り口付近に今年ノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授の展示があった。 彼が、受賞理由である行動経済学の研究に情熱を注いできた背景には、「人間は合理的に判断する」という従来の経済学の仮定に対する強い違和感があった。
・『かくて行動経済学は生まれり』(マイケル・ルイス著)によると、若き日のセイラー氏は「経済学は人間の本質を研究するはずのものなのに、人間の本質に目を向けていない」と感じていた。大学院での評価も低く、悶々としていたとき、彼はダニエル・カーネマン氏とエイモス・トヴェルスキー氏というイスラエル人心理学者たちの共同研究を読み、衝撃を受ける。
・「心理学が詰まったトラックが、経済学の内部の聖域に突っ込んで爆発するかもしれない」と直感したセイラー氏は、心理学と経済学の統合に没入していく。
・経済学が人間をあまりに単純化して考えてしまう例は、近年も時折見られる。「中央銀行がインフレ目標を掲げると、国民のインフレ予想がそこに収斂していく」という見解は、まさにそれだ。 わが国では、2013年1月に政府と日本銀行の間で2%のインフレ目標が合意された。それから間もなく5年が経過するが、インフレ目標の達成は全く見えてこない。現段階では、日銀は19年度にインフレ率が2%近辺になると言っているが、来年には7回目の目標達成の先送りが決定するだろう。
・以前にこのコラムでも紹介したが、オークランド工科大学のSaten Kumar博士らの論文によると、インフレ目標導入の先駆例として紹介されることが多いニュージーランドでさえ、2%のインフレ目標を知っている企業経営者は12%しかいないという。インフレ目標が人々のインフレ予想を固定しているわけではないと、同論文は結論付けている。
・米連邦準備制度理事会(FRB)も2%のインフレ目標を掲げているが、この5年間のインフレ率(コア個人消費支出物価指数前年比)の平均は1.55%。大半の月で2%を下回っている。 そのため、2%未満の長期化を許容しない方がいいのではないか、との懸念がFRBの内外から出始めており、ベン・バーナンキ元FRB議長は「一時的な物価水準目標」を提唱し始めた。11月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でも、それが話題になっている。
・現在のインフレ目標は物価が毎年2%ずつ上昇することを目指している。だが、目標未達が何年も続くと、2%ペースで上昇していた場合と実際の物価水準の開きが徐々に大きくなる。そんなときには、例えば一時的にインフレ率が3~4%になることを許容して、物価水準が2%ペースに戻るまで金融引き締めを行わなければよい、との考え方だ。
・しかし、この手法は実際にはうまく機能しないだろう。前述のように、FRBは近年インフレ率を制御できていない。それなのに、必要が生じたら一時的にインフレ率を高めに誘導し、必要がなくなればまた2%に戻すという器用な芸当は到底こなせないだろう。 株式などの資産市場が乱高下する恐れもある。
・「人間の本質に目を向けるべき」というセイラー氏の主張に、中央銀行はもっと耳を傾けるべきだろう。ちなみに、彼はノーベル賞の賞金をできるだけ非合理的に使ってみせるとジョークを言っている。
http://diamond.jp/articles/-/153812

次に、財務省出身で慶応義塾大学准教授の小幡績氏が1月23日付け同氏のブログに掲載した「日銀 金融政策 次の一手」を紹介しよう。
・いよいよ出口戦略開始だ。 黒田総裁は会見で出口の議論は時期尚早と従来からの説明を繰り返したが、市場やメディアが出口議論を催促するとは世の中とは意外と正しく変化するものだ。 間違っているのは政治だけで、日銀内部ももちろん出口へ向かう議論をしているはずだ。 総裁人事で黒田再任となり、国会承認も得られ、4月に次の任期が始まれば、いよいよ出口開始だ。
・まず、何からやるか。 普通に考えれば、次々追加の手段を繰り出したのだから、逆に最後に追加したものから一つずつ外していくのが自然。となると、まず長期金利コントロール、正式にはイールドカーブコントロール、これをまず外し、次にマイナス金利を外し、その後、ETFを6兆円から3兆円、80兆を目途という長期国債を60兆へ、戻していく、ということになる。
・しかし、米国FEDの手順を見ても、金利がゼロになってから量的緩和(正式にはバランスシートポリシー)となったのだから、これをまずやめ(いわゆるテイパリング)、追加買い入れを停止し、その後、バランスを縮小し、最後に金利をゼロから上げていくことになるはずだが、実際には逆で、金利を先にあげた。
・これは市場に与える影響が小さいものからゆっくりやっていく、あるいは市場にとって必要なものからやっていく、ということで、金利のゼロが低すぎるのでまず解消ということだった。 日本はどうか。
・日本の難しいところは、世界でもっともイノベイティブな中央銀行であり、その創造的な手段は異次元だ。  長短金利操作というのは、一旦はじめたらやめにくい、不可逆的な政策手段の変更だった。 つまり、今日、黒田総裁も答弁していたのだが(実はここが今日の記者会見でもっとも重要なところだった)、もはや目標は量ではなく長短金利(イールドカーブ)なのだから、国債買い入れ額が年間で80兆を下回る60兆でも何の問題もない、80兆というのも厳密な目標ではなく目途に過ぎないからね、と答えた。
・すなわち、量の目標は捨てたので、そして量を目標にする、というのは異常なことなので、むしろ長期金利を目標にするのは世界中央銀行史上初とはいえ、理論的には、金利こそが実体経済に影響を与え、国債の買い入れ量はバーナンキも発言したように、なぜ金融政策として効果があるのか理論的にはわからないのだ。
・実際、私の個人的予想としては、長期金利目標を外すと市場は大混乱し、乱高下となるだろう。そうであれば、長期の目標金利をゼロ程度から0.1%とか0.2%などへ上げ、量に関しては目途であるから80兆はそのままにあいまいにしておくほうが金融市場のかく乱は小さく、もっと重要なことに、失(正しくは「実」)態経済への影響も小さいだろう。
・私が現実的に望ましいと思う順番は、
 1 今年前半に、マイナス金利解除でゼロ金利に戻し、長期金利は0.1%程度とする。
  2 今年後半あるいは年末にETFの買い入れを6兆円から3兆円に徐々に減らすスケジュールを提示する。
 3 来年前半に80兆円という数字はなくし、長期金利0.1%という数字一本にする。
 4 来年後半にETFを3兆円から0に減らしていくスケジュールを提示する。
 5 再来年前半に長期金利ターゲットを0.2%または0.25%に引き上げる。
 6 再来年年末にかけて長期金利ターゲットを外し、短期金利ゼロという伝統的な手段の枠組みに戻し、その中での最大限の金融緩和を継続する。
 7 その後は景気判断にあわせて、短期金利を上げていく(あるいは上げない)  以上。
http://blog.livedoor.jp/sobata2005/archives/2018-01.html

第三に、前日銀審議委員で野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミストの木内 登英氏が2月16日付け東洋経済オンラインに寄稿した「日銀は「出口戦略」をコッソリと始めている 木内登英・前日銀審議委員が分析」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・米国FRB(連邦準備制度理事会)は利上げ局面に入り、欧州中央銀行も金融緩和の縮小へ向かっている。一方、日銀の黒田東彦総裁は、現状は「2%の物価安定目標にはほど遠い」として、まだ金融緩和の出口を検討する段階にはないと強調する。
・しかし、実は出口戦略は、すでにコッソリ始められているという。 どういうことか、『金融政策の全論点』で大規模金融緩和の副作用を論じ、黒田日銀の政策に厳しい評価を下した木内登英・前日銀審議委員が分析する。
▽2017年に政策変更がなかったわけ
・2017年の1年間、日本銀行は政策変更をまったく実施しなかった。これは2013年4月に量的・質的金融緩和が導入されて以降、初めてのことだ。 物価上昇率が高まらないなかでも、以前のように追加緩和が実施されなかったのは、政策の基本姿勢がすでに変わっていたからだろう。
・そのきっかけとなったのは、実は2016年1月のマイナス金利政策の導入だ。 マイナス金利は、物価上昇率2%に向けて勢いをつけるための、いわば起死回生策だった。しかしこの政策は日銀の予想を裏切って、円高、株安といった悪い反応を引き起こした。
・マイナス金利という不意打ちを食らった金融機関からは、日銀を強く批判する声が上がった。一般国民にも「どうしてそこまでやるのか?日本経済はそれほど深刻なのか?」と、日銀にとって予想外の不信感を抱かせてしまうことになった。
・マイナス金利政策の導入後に湧き起こった各方面からの強い批判を、日銀は史上空前の逆風と感じたと思う。 そうした状況を受けて実施されたのが、2016年9月に発表された「総括的な検証」と、短期金利に加えて長期金利も操作する「イールドカーブ・コントロール」の導入だった。
・これは、①金融機関の収益見通しを悪化させる長期・超長期金利の過度の低下を抑え、金融機関との関係修復をめざす、②国債買い入れ策の持続性を高める、という2点を意図した枠組みだったと考えられる。 その政策をひとことで表してみよう。それ以前の政策を、多様な手段で金融緩和を推し進める「攻めの政策」と呼ぶなら、ここからは「守りの政策」だ。
・守りの政策のもとでは、よほど経済環境が悪化しないかぎり、追加緩和措置は見送られる。2017年に政策変更がなかったことには、そうした背景がある。 2016年9月、こうしたレジームチェンジが行われたのだが、そこにはもうひとつ、重要なポイントが含まれていた。
・それはイールドカーブ・コントロールの導入時、国債買い入れの増加ペースが政策の操作目標から外されたことである。それにより国債買い入れの決定権は、政策委員会から現場のオペレーションに移った。 このことは現場主導で事実上の金融政策正常化(出口戦略)を進めることができる環境が整えられた、ということを意味している。
・実際、買い入れのペースは以前よりも抑制され、日銀が保有する国債残高の増加額は縮小している。2016年9月には増加額のめどとして「年間80兆円程度」という数字が示されたが、現実の増加額は、2017年12月には、1年前との比較で58兆円となっている。 直近では、保有残高の増加額は「年間80兆円程度」というめどに対して、年率換算で年間50兆円前後のペースになっているだろう。
・もしも日銀による国債買い入れが限界に達し、国債の流動性が極度に低下したら、金融市場はパニックになる。国債の買い入れペースの抑制により、そのリスクはひそかに軽減されているといえる。
▽金利目標は10年から5年に短期化へ
・2018年にはこうした措置の延長線上で、現場主導での事実上の正常化策がさらに進められると見ておきたい。 筆者が望ましいと考え、また2018年に実現可能性が相応にあると見られるのが、金利目標を10年から5年にする短期化措置である。目標の短期化によって長期金利のコントロール力が高まり、国債買い入れ増加ペースをより着実に縮小させ、買い入れの限界を回避することができる。
・ただし、金利目標を短期化してもその水準を0%で変えなければ、「政策変更ではなく技術的な調整である」と日銀は説明することができるだろう。そのため、このやり方は2%の物価目標との整合性が問われないという利点もある。それでもこれは、紛れもなく事実上の正常化策なのである。
・またこの措置によって、5年以上の金利を上昇させ、イールドカーブをスティープ化(長短金利の差が大きくなり、イールドカーブが右肩上がりになること)させることを通じて、金融機関の収益を改善させることもできる。
・日銀は2016年9月の「総括的な検証」のなかで、長期・超長期金利の低下が経済に悪影響を与えることを初めて認めた。それは生保・年金の資産運用を悪化させ、銀行の利ザヤを縮小させて金融仲介機能を低下させてしまうためである。 しかし10年金利を政策の目標としている限り、長期・超長期金利の上昇余地は限られ、金融機関の収益改善は実現できない。その意味でも金利目標の短期化は必要なのだ。
・他方、金利目標を10年から5年へと短期化する措置は、金融市場において、事実上の金融政策正常化ではないかとの見方が浮上すれば、為替市場では円高が進むだろう。 債券市場はすでに2016年9月以降、事実上の正常化が進んでいるとの認識を持っているため、この措置に過剰に反応することはないとみられる。しかし為替市場は債券市場よりも海外プレーヤーの比率が高い。彼らはこれまで日銀の政策意図を十分にとらえてこなかったため、金利目標の短期化は大きなサプライズとなるだろう。
・もし日銀が円高を恐れて事実上の正常化をためらえば、日本経済は円高どころではない多くのリスクを中長期的に抱えてしまう。異例の金融緩和が長期化した結果、もはや無傷での正常化を望むことはできない。ある程度の円高リスクは甘受すべきではないか。
▽政策正常化と引き換えとなる銀行リストラ
・最後にもうひとつ、今後の金融政策と絡んだ注目点を挙げておきたい。 日銀は2017年10月、半期に一度の金融システムレポートで、銀行の低い収益性に焦点を当て、そのビジネスモデルに根ざした問題点についても指摘した。これは通常と比べてかなり踏み込んだ内容だといえる。
・このレポートはもちろん、日銀は銀行の収益力に配慮して、金融政策のさらなる正常化を進める考えを持たないという意味ではない。 日銀の真の意図は、すでに大手銀行では始まっている構造改革が、地域銀行も含めて広範囲かつ持続的に進められるのであれば、金融政策も銀行の収益性に配慮して運営するという、一種の交換(トレード)を示唆することではないか、と筆者は受け止めている。
・金融政策正常化の過程で金利が回復すれば、金融機関の収益は改善する。日銀は、こうしたことは銀行自らが身を切る構造改革とのセットでなされるべきだと考えているのではないか。 今後、政策の正常化は安易な銀行救済につながりかねないという見方も出てくるかもしれない。そのときには日銀だけではなく、世論からも銀行の構造改革に対する圧力が高まってくるだろう。
http://toyokeizai.net/articles/-/207538

第一の記事で、 『経済学が人間をあまりに単純化して考えてしまう例は、近年も時折見られる。「中央銀行がインフレ目標を掲げると、国民のインフレ予想がそこに収斂していく」という見解は、まさにそれだ・・・政府と日本銀行の間で2%のインフレ目標が合意された。それから間もなく5年が経過するが、インフレ目標の達成は全く見えてこない』、 『「人間の本質に目を向けるべき」というセイラー氏の主張に、中央銀行はもっと耳を傾けるべきだろう』、などというのはインフレ目標導入論に対する手厳しい批判で、その通りだ。
第二の記事で、 出口政策について、『私が現実的に望ましいと思う順番』、で列挙されている順番は、よく練られていると思う。
第三の記事で、 『2016年9月に発表された「総括的な検証」と、短期金利に加えて長期金利も操作する「イールドカーブ・コントロール」の導入・・。それ以前の政策を、多様な手段で金融緩和を推し進める「攻めの政策」と呼ぶなら、ここからは「守りの政策」だ。 守りの政策のもとでは、よほど経済環境が悪化しないかぎり、追加緩和措置は見送られる。2017年に政策変更がなかったことには、そうした背景がある』、との指摘は、さすが審議委員をしていただけあって、説得力がある。 『イールドカーブ・コントロールの導入時、国債買い入れの増加ペースが政策の操作目標から外されたことである。それにより国債買い入れの決定権は、政策委員会から現場のオペレーションに移った。 このことは現場主導で事実上の金融政策正常化(出口戦略)を進めることができる環境が整えられた、ということを意味している』、 『筆者が望ましいと考え、また2018年に実現可能性が相応にあると見られるのが、金利目標を10年から5年にする短期化措置である。目標の短期化によって長期金利のコントロール力が高まり、国債買い入れ増加ペースをより着実に縮小させ、買い入れの限界を回避することができる』、などの指摘は、その通りだ。それにしても、読む前にはタイトルの 『日銀は「出口戦略」をコッソリと始めている』、には驚かされたが、読んで後はすっかり納得させられた。さすが木内だ。
タグ:日銀 東洋経済オンライン 行動経済学 ダイヤモンド・オンライン 小幡績 異次元緩和政策 同氏のブログ 加藤 出 (その28)(ノーベル賞の行動経済学で考える「インフレ目標」そのものへの疑問、日銀 金融政策 次の一手、日銀は「出口戦略」をコッソリと始めている) 「ノーベル賞の行動経済学で考える「インフレ目標」そのものへの疑問」 背景には、「人間は合理的に判断する」という従来の経済学の仮定に対する強い違和感があった。 ・経済学が人間をあまりに単純化して考えてしまう例は、近年も時折見られる 中央銀行がインフレ目標を掲げると、国民のインフレ予想がそこに収斂していく」という見解は、まさにそれだ 「日銀 金融政策 次の一手」 長短金利操作というのは、一旦はじめたらやめにくい、不可逆的な政策手段の変更だった 私が現実的に望ましいと思う順番 木内 登英 「日銀は「出口戦略」をコッソリと始めている 木内登英・前日銀審議委員が分析」 「イールドカーブ・コントロール」の導入 導入時、国債買い入れの増加ペースが政策の操作目標から外されたことである。それにより国債買い入れの決定権は、政策委員会から現場のオペレーションに移った。 このことは現場主導で事実上の金融政策正常化(出口戦略)を進めることができる環境が整えられた、ということを意味している
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