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幼児(児童)虐待(その3)(幼児虐待事件が相次いでいる中 メディアがぜったいに触れないこと[橘玲の日々刻々]、特集 虐待 “一時保護所”の苦悩、三つ子虐待事件の母親を追い詰めた「男社会」の限界) [社会]

幼児(児童)虐待については、2月22日に取上げた。今日は、(その3)(幼児虐待事件が相次いでいる中 メディアがぜったいに触れないこと[橘玲の日々刻々]、特集 虐待 “一時保護所”の苦悩、三つ子虐待事件の母親を追い詰めた「男社会」の限界)である。

先ずは、作家の橘玲氏が週刊プレイボーイに寄稿した記事を2月25日付けダイヤモンド・オンラインが転載した「幼児虐待事件が相次いでいる中、メディアがぜったいに触れないこと[橘玲の日々刻々]」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/195185
・『目黒区で5歳の女児が虐待死した事件につづいて、千葉県で小学4年生の女児が父親の虐待によって死亡しました。このふたつの事件に共通するのは、児童相談所など行政をバッシングする報道があふれる一方で、メディアがぜったいに触れないことがあることです。 報道によると、今回の事件で逮捕された父親と母親は沖縄でいちど結婚したあと離婚し、そのあと再婚しています。被害にあった10歳の女児は最初の結婚のときの子どもで、再婚後に次女(1歳)が生まれたようです。 長女を虐待していた父親は沖縄の観光振興を担う財団法人に勤めていましたが、千葉への転居を機に退職、18年4月からは同じ法人の東京事務所の嘱託社員として働いていました。「家族の話も頻繁にし、同僚は家族仲が良いと思っていた」とされ、沖縄時代の元同僚も「愛想が良かった」と証言しています。 ここから浮かび上がるのは、ジキルとハイドのような「モンスター」的人物像です。そうでなければ、職場ではごくふつうに振る舞い、家庭では子どもを虐待するような非道な真似がどうしてできるでしょう。 たしかにそうかもしれませんが、実はもうひとつ可能性があります。 あらゆる犯罪統計で幼児への虐待は義父と連れ子のあいだで起こりやすく、両親ともに実親だった場合に比べ、虐待数で10倍程度、幼い子どもが殺される危険性は数百倍とされています。逆に、実の子どもが虐待死する事件はきわめて稀です。長大な進化の過程で、あらゆる生き物は自分の遺伝子を後世に残すよう「設計」されているからです。――不愉快かもしれませんが、これが「現代の進化論」の標準的な理論です』、私がこの事件で感じていた疑問を見事に代弁してくれた。
・『そう考えれば、真っ先に事実関係を確認すべきは父親と長女の血縁関係です。報道では実子にように扱われていますが、戸籍上はそうなっていても、実際に血がつながっているかどうかはわかりません。 英語圏を中心に9カ国約2万4000人の子どもを検査したところ、約3%の子どもが、「父親」と知らされていた男性と遺伝的なつながりがないことがわかりました。イギリスでは2007~08年に約3500件の父子鑑定依頼が持ち込まれましたが、鑑定の結果、約19%の父親が他人の子どもを育てていました。こうしたケースは、一般に思われているよりずっと多いのです。 目黒区の事件では、5歳の女児を虐待していたのは継父でした。仮に今回のケースでも父親が長女を自分の子どもではないと疑っていたとしたら、その行動を(すくなくとも)理解することは可能です。だとしたら、行政はDNA検査を促すこともできたのではないでしょうか』、「父親が長女を自分の子どもではないと疑っていたら」とあるが、再婚前の子どもなので、初めから自分の子どもではないと思っていたと考える方が自然なのではなかろうか。行政としては、真の親子関係を母親に確認すべきで、これをプライバシー尊重を口実に怠ったとすれば、怠慢のそしりを免れないだろう。
・『もしこの仮説が正しいとすると、検査の結果、実子であることが証明できれば虐待は収まるでしょう。逆に別の男との子どもであることがわかれば、子どもの身の安全は強く脅かされますから、行政が女児を保護する正当な理由になります。 ひとつだけたしかなのは、「なぜ虐待したのか」を知ろうとせず、行政担当者の不手際を集団で吊るしあげて憂さ晴らししているだけでは、問題はなにも解決しないということです。このままでは同じような悲劇がまた起きるでしょう』、これには違和感がある。継父だったとすれば、保護しなかった行政担当者の不手際は一層深まる筈だ。再発防止策は、行政の介入強化を如何に円滑に進めるかにあると思う。

次に、3月23日付けNHK NEWS WEB「特集 虐待 “一時保護所”の苦悩」を紹介しよう。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190322/k10011854611000.html
・『虐待を受けた子どもたちが入る「一時保護所」って知っていますか? 保護された子どもが真っ先に行くことになる施設です。去年6月の時点で全国に137か所あり、年間延べ2万人の子どもが虐待を理由に預けられています。子どもを親から引き離し命を守るためのこの施設は、プライバシーが厳重に管理され内部はおろか場所すら非公開。しかし今回、特別に撮影が許可されました。知られざる「一時保護所」。その実態をお伝えします』、殆ど知られることのない存在だけに、興味深い。
・『ひっそりたたずむその建物は…  私たちが向かったのは岡山市。 秘密の施設は、意外にも街中にありました。建物は大人の背丈以上ある塀に囲まれ入り口には監視カメラ。 表札もなく、中で子どもを保護しているとは誰も思わないような建物。それが今回の舞台、「一時保護所」です』、人里離れたところにあると思っていたので、「街中」とは驚いた。
・『一時保護所って?  取材のきっかけは増え続ける子どもの虐待事件でした。 虐待の対応件数は毎年「過去最多」を更新。千葉県野田市で小学4年生の女の子が「お父さんにぼう力を受けています」とSOSを発しながら誰にも助けられずに死亡するなど深刻な事件が相次いでいます。 こうした事態に政府は「躊躇(ちゅうちょ)なき保護」を推し進めています。でも、無事に保護できたとして、その先、子どもたちはどうなるんでしょうか。 昨年度、虐待を理由に一時保護された子どもは延べ2万1000人余り。その6割は一時保護所に入っていました。 過ごす期間は原則2か月まで。児童相談所が親への指導や調査を行い、子どもを家庭に戻すか、里親や養護施設に預けるかを決めるまでのいわば仮住まいです。 今回、岡山市が子どもの匿名性を守り場所が特定されないという条件で撮影を許可してくれました。
・『鍵、鍵、鍵…  ここでは2歳から18歳までの最大25人を受け入れています。 職員の案内で施設に入ってまず驚いたのが徹底的な施錠です。建物の出入り口はもちろん、廊下も空間を仕切るように、ところどころ鍵付きのドアが設けられていました。 子どもたちには一人一人に六畳一間の個室が与えられます。ただ窓は10センチ程度しか開きません。 学校の教室のような部屋もありました。
施設にいる間は通学ができなくなるため、勉強する場所が必要です。午前中だけが学習の時間にあてられ、1つの教室に小学生から高校生が集まってドリルなどを使って自習をします。 教員のOBたちが勉強を教えに来ますが、学校と比べると、十分な学習環境とは思えませんでした。 なぜこれほどまでに行動が制限されるのか。 案内してくれた岡山市こども総合相談所の佐藤靖啓さんは、「子どもの安全を守るためにやむを得ない面がある」と言います。 虐待のケースでは、保護に反発する親が子どもを無理やり連れ戻そうとする危険があります。 また、一時保護所には、暴力などの問題行動を抱えた子どもも保護されています。子どもの安全を守りトラブルを避けるため、徹底した管理が行われているのです』、親の強引な連れ戻しだけでなく、暴力などの問題行動を抱えた子どもへの対応もあるのであれば、警備が厳重になるのもやむを得ないようだ。
・『窮屈な生活  屋外にはフットサルができるくらいの小さなグラウンドがあります。塀に囲まれた中で子どもたちが、夢中になってサッカーボールを追いかけていました。 決められた日課に沿って過ごし、規則正しい生活によって落ち着きを取り戻す子もいるといいます。それでも子どもたちが窮屈な生活を送っていることも確かです。 岡山市の一時保護所が今回取材に応じたのは、こうした事実も広く知ってもらいたいという思いがあったからだということです。 佐藤さんは「子どもたちをこんな窮屈な空間で生活させて本当にいいのかいつも葛藤があります。子どもの中には“優しい刑務所”と表現した子もいました。必要なときは躊躇なく保護すべきですがやみくもに保護して衣食住だけ保障しておけば良いというわけではないと思っています」と話していました』、確かに親元から引き離された不安を抱える子どもたちへの対応は難しそうだ。
・『心の回復が遅れた…  一時保護所で過ごした子どもは、どう感じているのか。 私たちは、中学生のころに都内の施設で3か月余り過ごしたという20代の女性に話を聞くことができました。 安全管理の方法は施設によって違います。女性が入っていた都内の施設では、子どもたちは岡山市よりも厳しく管理された生活を強いられていました。 「他の子どもとの会話だけでなく目を合わせることすら禁止でした。24時間見張られて寝るときも常に緊張していました。当時は考える余裕もなく従うしかありませんでしたが、虐待で受けた心の傷の回復がとても遅れたと感じています」 厚生労働省は去年7月、一時保護所での生活や行動の制限を必要最小限にすることとするガイドラインをまとめました。施設の改修や生活ルールの改善がようやく始まろうとしています』、厚労省が遅ればせながらも、「ガイドラインをまとめました」というのは結構なことだ。
・『里親家庭の活用を  実は一時保護所のほかにも保護された子どもたちを受け入れる場所があります。 その1つが「里親」です。里親は子どもにとっては、見知らぬ他人ですが、子どもたちの事情をよく理解し、家族と同じように温かく迎え入れてくれます。 また、地域に開かれた「児童養護施設」も受け入れが可能です。多くの場合、一時保護所よりは生活に制限が少なく、学校に通うこともできます。 ところが、実際にはあまり活用されているとは言えません。昨年度、虐待を理由に一時保護された延べ2万1000人余りのうち、里親に預けられたのはわずか約7%、児童養護施設は約13%にとどまっています。 里親や児童養護施設に預けられるのは、親が連れ戻しに来るリスクが無いなど子どもの安全に問題がない場合に限られるということも要因としてありますが、最大の理由は受け皿不足です』、「里親や児童養護施設に預けられるのは」合計20%とは、残りは「親が連れ戻しに来るリスク」があったり、「受け皿不足」などがあるにしても、一体、どう対応しているのだろう。親元に戻したり、一時保護所での預かり延長、などで対応しているのだろうか。説明不足なのが残念だ。
・『深刻な受け皿不足  特に東京などの都市部では虐待の急増で、里親や児童養護施設のもとで暮らす子どもが慢性的に多く、一時保護の子どもを受け入れる余裕がないのです。 さらに、受け入れの余裕が無いのは「一時保護所」も同じです。保護される子どもが急増し都内を中心に定員を超えての受け入れを余儀なくされているところがあります。 東京都の担当者は、「受け皿の拡大には取り組んできたが、虐待で保護が必要になる子どもが予想以上に増え、対策が追いついていない」と話していました』、受け皿はどの程度不足しているのだろう。
・『保護の遅れにつながりかねない  日本社会事業大学の宮島清教授は、受け入れ先が見つからずに保護の判断が遅れてしまうことにもつながりかねないと警鐘を鳴らしています。 「受け皿に余裕がない状況では、危険度がそれほど高くないケースの保護は、後回しにせざるを得なくなる。しかし、施設の空きを待っている間にシングルマザーの母親が暴力的な男と同居を始めるなど家庭環境が急激に悪化することもあり、その結果、保護が遅れて子どもを救えなかったケースが過去に何度も起きている」 すでに危機的な状況にあるという宮島教授。受け皿の拡大とともに虐待の芽を早期に摘む努力も不可欠だと指摘します。 「里親や児童養護施設などの受け皿の拡大に早急に取り組まなければならないが、どうしても時間がかかる。同時並行で児童相談所の職員などがトラブルの起きた家庭で親にも寄り添って子育てを支え、保護が必要になる子どもを減らすなど、やれることはすべてやるという覚悟を持って対応すべきだ」』、「受け皿不足」が「保護の遅れにつながりかねない」というのは、深刻だ。
・『岡山市の一時保護所を取材して最も心に残ったのは被害者である子どもたちが保護された先でも窮屈な生活を強いられている現実でした。もちろん必要な場合は積極的に保護すべきですが、何より大切なのは一時保護所で過ごす子どもをいかに減らしていくかを考えていくことだと思います』、これは余りに「キレイ事」過ぎる。問題は難しくて、簡単な答えはないということのようだ。

第三に、健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏が3月26日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「三つ子虐待事件の母親を追い詰めた「男社会」の限界」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00015/?P=1
・『今回は、かなりとっ散らかった内容になるかもしれない。と同時に、新聞記事に書かれていた情報以外は入手できなかったので、あくまでも「考える」ためのきっかけとして取り上げることをお許しいただきたい。 3月15日、ある事件の被告に実刑判決が言い渡された。2018年1月、三つ子の母親が生後11カ月の次男を床にたたきつけ、死亡させた事件である。報じられている事件の経緯や判決の量刑理由を読むと、言葉が出ない、というか、ただただ鬱屈とした感情だけが募ってしまう……。そこで、皆さんと共に考え、ご意見をいただきたいと思った次第である。 事件が起きるまでの経過はこうだ。 17年1月、夫婦は不妊治療の末に三つ子を授かるが、3人とも低体重だった。出産後、母親は実家に帰省。しかしながら、飲食店を経営する両親を頼ることはできず、同年5月に夫が待つ自宅に戻った。夫は半年間の育児休業を取得していたが、おむつの取り換えに手こずったり上手にあやせなかったりしたため、母親は夫を次第に頼らなくなったそうだ。 3人の赤ちゃんを育てる生活は想像以上に過酷で、寝る暇もない毎日だった。市の保健師の訪問を受けた際に相談したところ、子どもを一時的に預けられる「ファミリーサポートセンター」の利用を勧められたが、事前面談に3人の乳児を連れていけず、結果的に利用しなかったという。 そんな中、事件が起こる。 18年1月11日の夜、子ども部屋に寝かせていた次男(当時11カ月)が、泣き始めた。その泣き声に母親は激しい動悸と吐き気をもよおし、次男をベッドから抱き上げ、畳の上に投げ落とした。再度、泣き続ける次男を投げ落としたところ、「気持ちが少し落ち着いた」という。 しかし、直後、母親は慌てて119番通報。事件当日、夫は夜勤で留守にしており、救急車が駆け付けるまでの間、母親は次男を抱きかかえて心臓マッサージをしていた。その2週間後、次男は搬送先の病院で息を引き取った。 最終陳述で、母親は「大好きだし、大事な私の子どもだというのはずっと変わらないです。何も悪くない次男に痛い思いをさせ、将来を奪ったこと、本当にごめんなさい」と涙ながらに語るも、裁判官が言い渡したのは実刑判決。 被告は犯行時、うつ病の状態だったが、完全責任能力があったと認定。「無抵抗、無防備の被害者を畳の上に2回たたきつける態様は、危険性が高く悪質」と判断された。 弁護側は近く控訴する予定で、双子や三つ子を育てる「多胎育児」の母親たちは、控訴審に備えて署名活動を開始。現時点で3万3000人を突破しているそうだ』、私もこのニュースには、判決に対し憤りを感じた。せめて執行猶予を付けるべきだと思ったからだ。保健師のおざなりの対応にも腹が立った。
・『「いなくなればいい」って、何回もそう思ったよ  ……ほんと、何と言えばいいのだろう。 3人もの乳児を1人で……。想像しただけでも涙が出る。 残念ながら私は育児経験がないまま“戦力外”になってしまったが、友人などの話は聞いているので、子育ての大変さも多少は分かっているつもりだ。 双子を授かった友人は以前、「こんなこと絶対に思っちゃいけないんだけど、うちの子は夜泣きがすごかったから。『いなくなればいい』って、何回もそう思ったよ」と話した。また、別の友人は、「ず~っと子育てしてるでしょ。するとさ、永遠に子どもと2人だけの世界に閉じ込められてしまうんじゃないかって、恐怖に襲われるんだよ」と、夜遅くにしか帰らない夫への不満をこぼした。 「実家でもっと何かできなかったのか」と思う人もいるかもしれないけど、商売をやっているとなかなか難しいという話を聞いたこともある。一口に「親子」と言っても、10組の親子がいたら10通りの親子関係があるし、報道されている以上のことはわからないので、何ともコメントしようがない。 ファミリーサポートセンターの事前面談の件についても、さまざまな意見があるだろう。弁護側は「行政や医療機関から適切な支援がなされず追い込まれた」と訴えたそうだが、判決では「行政などの対応が(被告への)非難の程度を軽減できる事情があったとも認められない」としている。 私は今回の“事件”に関し、「誰が悪い」とか「誰に問題がある」とか、特定の誰かを責め立てる話をしようとは思っていない。ただ、そもそもの「国のあり方」、さらには「私たちのあり方」を、一度立ち止まって考えてみるべきなのではないか……と感じている。より具体的に言えば、「ケア労働」への理解が深く、「ケア労働」を重んずる社会であったなら、痛ましく悲しいこのような事件は防げたのではないかと思えてならないのである。 生きていくためには「お金」が必要なので、私たちは“有償”の「市場労働」に勤しむ。一方で、生きていくために、ご飯を作ったり、部屋を掃除したり、子どもや高齢者の面倒を見たりといった“無償”の「ケア労働」も担う。 男とか女とか関係なく、どちらも、私たちが生きていくためには必要不可欠な労働であることを、否定する人はいないはずだ。しかしながら日本では、なぜか無償のケア労働はないがしろにされ、「育児なんて誰もできる」と、いけしゃあしゃあと言い放つ輩までいる始末だ。 日本では「市場労働」に女性たちを参加させることには積極的だが、男性を「ケア労働」に参加させるのには消極的。女性を市場労働に参加させるのであれば、男性のケア労働への参加も同時進行で行わなければならないのに、「育児と仕事の両立」が求められるのは主として女性だ。 「そんなことはない!最近は男性のケア労働への参加も進んでいるじゃないか!」と反論する声もあるかもしれないが、現実は決してそうではない』、その通りだ。
・『結局は、“なんちゃって育休”  例えば、改めて書くまでもなく、男性の育児休業取得率はいまだに絶望的に低い。 「男性の育児休業率 過去最高記録達成だ!」と、メディアは騒ぎ立てるが、たったの5.14%(2017年度)で、女性の83.2%と比べれば雲泥の差(厚生労働省調べ)。おまけに半数以上が5日間未満で、17年度の男性の育休取得が「22.9%を超えました!」と胸を張った千葉市でさえも、その取得日数は10日未満が7割だったと聞く。申し訳ないけど、“なんちゃって育休”でしかなく、言葉も文化もわからない土地に海外旅行し、「いや~、いい経験になりましたよ!」というのと変わりないのである。 その一方で、「育休を取得したい」と考えている男性は多い。 昨年、明治安田生活福祉研究所が発表した出産・子育てに関する調査「2018年 25~44歳の子育てと仕事の両立」では、子どもがいない25~44 歳の既婚者・未婚者のうち、子どもが欲しい気持ちがある・あった男性に「今後、子どもが生まれた場合に、育児休業を取得したいですか?」と聞いたところ、「ぜひ育児休業を取得したい」と「できれば育児休業を取得したい」を合わせると、実に7~8割が育休を希望している事実が明らかになった。 にもかかわらず、依然として育休を取る男性が少ない背景には、「社会のまなざし」と「制度の問題」が大きく影響していることを、誰もが分かっているはずだ。そうなのだ。「誰もが分かっている」のに、なぜ、いまだに「会社での(有償の)仕事の方が、(無償の)家庭の育児より価値がある」と思ってしまう人たちが多いのか。 「育休? まさか遊びたいだけじゃないよな?」「戻ってきたときには席はないと思っていたほうがいいぞ」「女性社員が増えて、育休だ、時短だって現場はてんやわんやなのに、育休取るって? どういう神経してるんだよ」「あそこのダンナさん、育休だって。結構なご身分ね~」などなど、いまだ社内だけでなく、ご近所さんからも、白い目で見られる始末だ。 育児や家事は、限られた時間内で「タスク」を達成するための高いマネジメント能力が必要とされる仕事であるにもかかわらず、「ケア労働」はあたかも「市場労働」より質の低い仕事と見られてしまいがち。ケア労働への社会の無理解が「母親」たちを追いつめ、結果的に、最も弱い存在である小さな命に刃が向けられてしまうこともある。 以下の表は、以前、当連載の記事中(男だ女はもう「114」。埋まらぬ日本の格差問題)に掲載したものだが、今一度見てほしい。これは、社会政策の国際比較を行い福祉国家の類型化を試みたスウェーデンの社会政策学者セインズベリーの研究をべースに、「市場労働とケア労働を国の政策としてどう考えているのか?」を横軸に、「社会におけるジェンダー役割」を縦軸に、私が作成したものだ。 ご覧の通り、日本は「男性稼得者型」、すなわち「男は仕事、女は家庭」という価値観の強い国であるだけではなく、「市場労働」のみ評価する国という位置づけになる。この中ではドイツが比較的日本と似た価値観を持つのだが、異なるのは、国が先導役となって「男性を家庭」に“参入”させる策を粘り強く講じてきた点にある』、「“なんちゃって育休”」とは言い得て妙だ。「「ケア労働」はあたかも「市場労働」より質の低い仕事と見られてしまいがち。ケア労働への社会の無理解が「母親」たちを追いつめ、結果的に、最も弱い存在である小さな命に刃が向けられてしまうこともある」、というのはその通りだろう。
・『日本と似ていたドイツの挑戦  ドイツが最初に取り組んだのは、「時間」だ。 これまで「市場労働」に費やされていた男性の時間を「ケア労働」に移動させるために、政府はさまざまな時間調査を行い、国民がどのように時間を使っているかを綿密に分析。「ケア労働に持続的に参加できる」、つまり、育児や介護などさまざまな人生の出来事に対応して自分の時間を使えるよう、何を、どうすればいいかを考え続けた。 政府はまず、法律で「1日10時間以上働くこと」を原則として禁止。抜き打ちの監査が入るほど厳重に徹底され、残業超過が発覚した場合には、雇用者(もしくは管理職)に最高1万5000ユーロ(約180万円)の過料もしくは1年以下の懲役という罰則付きだ。有給休暇も、年間で最低24日間と定め、100%近い消化率となっている。 また、残業した分は「労働時間口座」に貯蓄し、後日休暇などで相殺し、「自分時間」に転換することもできる。つまり、「この時間は誰のものか?」という管理を徹底的に行っているのである。 「ケア労働=無償労働」に積極的に関われるように、育児のための「親時間」、家族介護のための「介護時間」の確保に向けた環境整備も進めてきた。 例えば、「両親時間」と名づけられた育児休業では、両親は子どもが生まれてから最長36カ月育児休業を取得でき、元の職場への復帰も保証されている。育児休業中は、それまでの月額収入の67%程度に相当する「両親手当」が12カ月間支給される。両親がともに休業を取得した場合は、14カ月支給されるため、両親そろって「ケア労働=育児」に専念する期間の確保が容易になる。子どもに手がかからなくなるまで、パートタイムの“正社員”として働く人たちも多い。 一方、介護を例にとると、短期の場合は最長 10 日間の休業、長期介護の場合は最長 6 カ月間の休業もしくは部分休業(介護時間)が可能なほか、最長で 24 カ月間、労働時間を短縮しパートタイム労働に従事することもできる。ドイツは日本の介護保険制度のお手本となった国なのだが、介護をしている家族には、「介護手当」が支給される』、何と手厚い育児・介護政策なのだろう。「介護保険制度のお手本」とつまみ食いするだけでなく、こうした幅広い政策もお手本にしてもらいたいところだが、経団連などの経営者団体は猛反対だろう。
・『日本の「哲学」って……  もちろん、どんなによく見える制度も100%完璧というわけではないだろうし、悪用する人たちだっているかもしれない。すべてがそのまま、日本で活用できるわけでもない。 しかしながら、日本と同じように「男は仕事、女は家庭」というかなり強固な価値観がはびこっていた社会で皆がいかに共存できるかを考え抜いた結果、ドイツは変わった。男女関係なく、個々の「自分時間」の確保により人生を豊かにする国づくりに向けて、歩みを進めた。 時間に関する政策を通じてドイツは、ケア労働と市場労働のバランスを保ち、個人・企業・社会のいずれもが、それぞれの責任を負い、互いに協力し合い、働く人たちが最後まで無理なく「働き続けられる制度」を試行し続けている。 その土台には、「仕事だけをやっていたんじゃ、豊かな人生は手に入らない」「豊かな人生のためには、自分の自由になる時間が欠かせない」「お金につながること(有償労働)だけに、人生の意味があるわけではない」という考え方に基づいた、国の「哲学」が存在する。そして、その哲学は、国を支える国民の中から生まれるもの……。 かたや日本はどうなのだろう? どんな「哲学」の下、女性の労働参加や、イクメン政策が進められているのだろう? 日本の制度や法律は、海外と比較しても引けを取るものではない。むしろ「人に優しい」法律も多い。しかしながら、本当に守らなければならない人たちを守りきれないのはどうして?「はい、相談窓口作りました!」「はい、サポート施設作りました!」「はい、きちんと情報は伝えました!」だけでは、悩みのどん底にいて、自らSOSを出すエネルギーさえ持てないギリギリの人たちを救うことはムリ……。 私たちの確固たる「哲学」って何だろう? ケア労働であれ市場労働であれ、どちらも「責任」と「疲れ」がストレスの雨を降らすけれど、雲の隙間から一瞬光が漏れたときの「喜び」はとてつもなく大きい。その光は必ずしも「お金」がもたらすわけではなく、精神的なゆとりや、手を差し伸べ、傍にいてくれる人が与えてくれる自己有用感などから生まれるものだ。そうした喜びをもたらしてくれる「自分の時間」をもう少し持てる社会であれば、穏やかな光で包まれる幸せな国になるのではないか。 先日、世界の国や地域156カ国の「幸福度」をランキングにした国連の報告書が公表され、日本は昨年より4つ順位を下げて58位で、G7の中で最下位。「健康に生きられる年数」は上位だが、「社会の自由度」は64位で、「他者への寛大さ」は92位に沈んだ。ただ、「寛大さ」は、過去1カ月間での慈善団体などへの寄付額で測定されていて、幸福度に占める割合も5%程度とされている。 「寄付文化の違いだ!」「たったの5%だ!」と調査結果に疑問を感じたり、反発したりする人もいるかもしれない。でも、私は、苦しんでいる人の“光”になる寄付のようなちょっとした思いやりは、有償労働外の「自分の時間」から生まれることが多いと考えている。だから、92位という順位は、とても気になる。 「自由と寛大さがないのは、余裕がないからでしょ?」 ふむ。そうかもしれない。だからこそ、余裕を生む「時間」を、“お互いさま感”の中で作っていけばいいのでは?』、ドイツが、「「仕事だけをやっていたんじゃ、豊かな人生は手に入らない」「豊かな人生のためには、自分の自由になる時間が欠かせない」「お金につながること(有償労働)だけに、人生の意味があるわけではない」という考え方に基づいた、国の「哲学」が存在する」というのは、我々の今後の進むべき方向を示していると思う。 ランキングが、「G7の中で最下位」とは恥ずかしい限りだが、「他者への寛大さ」では、寄付以外でも、生活保護への厳しい風当たり、ネット右翼の暴言、ヘイトスピーチなど、明らかに「狭量」な動きも高まっている。河合氏が言うように、「「自分の時間」をもう少し持てる社会」に変えてゆくことで、もっと自由で寛大な社会にしていきたいものだ。
タグ:橘玲 週刊プレイボーイ 日経ビジネスオンライン 児童養護施設 ダイヤモンド・オンライン 河合 薫 ヘイトスピーチ NHK News web 幼児(児童)虐待 (その3)(幼児虐待事件が相次いでいる中 メディアがぜったいに触れないこと[橘玲の日々刻々]、特集 虐待 “一時保護所”の苦悩、三つ子虐待事件の母親を追い詰めた「男社会」の限界) 「幼児虐待事件が相次いでいる中、メディアがぜったいに触れないこと[橘玲の日々刻々]」 目黒区で5歳の女児が虐待死 千葉県で小学4年生の女児が父親の虐待によって死亡 児童相談所など行政をバッシングする報道 あらゆる犯罪統計で幼児への虐待は義父と連れ子のあいだで起こりやすく、両親ともに実親だった場合に比べ、虐待数で10倍程度、幼い子どもが殺される危険性は数百倍とされています 真っ先に事実関係を確認すべきは父親と長女の血縁関係 目黒区の事件では、5歳の女児を虐待していたのは継父 今回のケースでも父親が長女を自分の子どもではないと疑っていたとしたら、その行動を(すくなくとも)理解することは可能 初めから自分の子どもではないと思っていたと考える方が自然 行政としては、真の親子関係を母親に確認すべきで、これをプライバシー尊重を口実に怠ったとすれば、怠慢のそしりを免れないだろう 継父だったとすれば、保護しなかった行政担当者の不手際は一層深まる筈だ。再発防止策は、行政の介入強化を如何に円滑に進めるかにあると思う 「特集 虐待 “一時保護所”の苦悩」 一時保護所って? 昨年度、虐待を理由に一時保護された子どもは延べ2万1000人余り。その6割は一時保護所に入っていました 過ごす期間は原則2か月まで 子どもを家庭に戻すか、里親や養護施設に預けるかを決めるまでのいわば仮住まい 保護に反発する親が子どもを無理やり連れ戻そうとする危険 暴力などの問題行動を抱えた子どもも保護されています 子どもの安全を守りトラブルを避けるため、徹底した管理が行われている 窮屈な生活 心の回復が遅れた… 里親家庭の活用を 里親に預けられたのはわずか約7%、児童養護施設は約13% 最大の理由は受け皿不足 深刻な受け皿不足 保護の遅れにつながりかねない 「三つ子虐待事件の母親を追い詰めた「男社会」の限界」 三つ子の母親が生後11カ月の次男を床にたたきつけ、死亡させた事件 市の保健師の訪問を受けた際に相談 「ファミリーサポートセンター」の利用を勧められたが、事前面談に3人の乳児を連れていけず、結果的に利用しなかったという 子ども部屋に寝かせていた次男(当時11カ月)が、泣き始めた。その泣き声に母親は激しい動悸と吐き気をもよおし、次男をベッドから抱き上げ、畳の上に投げ落とした。再度、泣き続ける次男を投げ落としたところ、「気持ちが少し落ち着いた」という。 しかし、直後、母親は慌てて119番通報 事件当日、夫は夜勤で留守 裁判官が言い渡したのは実刑判決 「いなくなればいい」って、何回もそう思ったよ 双子を授かった友人 実家でもっと何かできなかったのか」と思う人もいるかもしれないけど、商売をやっているとなかなか難しい 「誰が悪い」とか「誰に問題がある」とか、特定の誰かを責め立てる話をしようとは思っていない そもそもの「国のあり方」、さらには「私たちのあり方」を、一度立ち止まって考えてみるべきなのではないか……と感じている 「ケア労働」への理解が深く、「ケア労働」を重んずる社会であったなら、痛ましく悲しいこのような事件は防げたのではないかと思えてならない “有償”の「市場労働」 “無償”の「ケア労働」も担う 女性を市場労働に参加させるのであれば、男性のケア労働への参加も同時進行で行わなければならないのに、「育児と仕事の両立」が求められるのは主として女性だ 結局は、“なんちゃって育休” 男性の育児休業取得率 たったの5.14%(2017年度)で、女性の83.2%と比べれば雲泥の差 半数以上が5日間未満 日本は「男性稼得者型」、すなわち「男は仕事、女は家庭」という価値観の強い国であるだけではなく、「市場労働」のみ評価する国という位置づけになる ドイツが比較的日本と似た価値観を持つのだが、異なるのは、国が先導役となって「男性を家庭」に“参入”させる策を粘り強く講じてきた点にある 日本と似ていたドイツの挑戦 これまで「市場労働」に費やされていた男性の時間を「ケア労働」に移動させるために、政府はさまざまな時間調査を行い、国民がどのように時間を使っているかを綿密に分析 政府はまず、法律で「1日10時間以上働くこと」を原則として禁止。抜き打ちの監査が入るほど厳重に徹底され、残業超過が発覚した場合には、雇用者(もしくは管理職)に最高1万5000ユーロ(約180万円)の過料もしくは1年以下の懲役という罰則付きだ。有給休暇も、年間で最低24日間と定め、100%近い消化率となっている 「ケア労働=無償労働」に積極的に関われるように、育児のための「親時間」、家族介護のための「介護時間」の確保に向けた環境整備も進めてきた ドイツは日本の介護保険制度のお手本となった国 日本の「哲学」って…… 日本と同じように「男は仕事、女は家庭」というかなり強固な価値観がはびこっていた社会で皆がいかに共存できるかを考え抜いた結果、ドイツは変わった。男女関係なく、個々の「自分時間」の確保により人生を豊かにする国づくりに向けて、歩みを進めた 時間に関する政策を通じてドイツは、ケア労働と市場労働のバランスを保ち、個人・企業・社会のいずれもが、それぞれの責任を負い、互いに協力し合い、働く人たちが最後まで無理なく「働き続けられる制度」を試行し続けている 「仕事だけをやっていたんじゃ、豊かな人生は手に入らない」「豊かな人生のためには、自分の自由になる時間が欠かせない」「お金につながること(有償労働)だけに、人生の意味があるわけではない」という考え方に基づいた、国の「哲学」が存在する 世界の国や地域156カ国の「幸福度」をランキングにした国連の報告書 日本は昨年より4つ順位を下げて58位で、G7の中で最下位 「社会の自由度」は64位で、「他者への寛大さ」は92位 生活保護への厳しい風当たり ネット右翼の暴言 「狭量」な動きも高まっている
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外国人労働者問題(その12)(「消えた留学生」問題は必然 安倍政権が生む「外国人労働者大量逃亡時代」、「日本語学校」の悲惨な実態 授業崩壊・入学翌日に失踪…) [経済政策]

外国人労働者問題については、1月24日に取上げた。今日は、(その12)(「消えた留学生」問題は必然 安倍政権が生む「外国人労働者大量逃亡時代」、「日本語学校」の悲惨な実態 授業崩壊・入学翌日に失踪…)である。

先ずは、ノンフィクションライターの窪田順生氏が3月21日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「「消えた留学生」問題は必然、安倍政権が生む「外国人労働者大量逃亡時代」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/197546
・『消えた留学生問題が大騒ぎになっている。しかし、日本政府が外国人労働者を受け入れ始めれば、さらに多くの外国人が「消える」ことになるのは間違いない。そもそも、日本人もいやがる低賃金労働を「外国人ならやってくれるはず」という思い込みは間違っている。なぜなら、彼らが日本に来る動機は間違いなく「お金」だからだ』、消えた留学生問題が改正法を強行採決してからだいぶ経った今頃になって報じられたのには、政府がもはや抑える必要が薄らいだと判断したため、なのかも知れない。
・『消えた留学生問題から予想できる将来の日本の惨状  後からボロボロとこういう話が出てくるということは、これもまだ「氷山の一角」に過ぎないのではないか。 ベトナム、ネパール、中国国籍などの留学生約700人が「所在不明」になっている東京福祉大学で、文科省などが調査を進めたところ、所在不明者は700人どころの騒ぎではなく、過去3年間で1400人にも上ることがわかったというのだ。 報道によると、この「消えた留学生」たちの多くは、授業に出たのはわずか数回で、ある日忽然と姿を消し、学費未納で「除籍」扱いになった者である。 じゃあ、そこでこういう人たちは故郷に帰るのかというと、そうではなく、多くはビザが切れても不法残留し、外食や建設現場など、日本人労働者に敬遠される「人手不足業界」で、労働力として重宝されているのだという。 という話を聞くと、「ほらみろ、こういうことになるから、留学生とかじゃなくて外国人労働者としてしっかりとした受け入れ体制をつくらないといけないのだ!」なんて感じで胸を張る人たちがいるが、筆者の考えはまったく逆である。 こういう問題が起きるから、外国人労働者の受け入れ拡大はやめた方がいいのだ。 今の流れのままでいけば、数百人、数千人規模の外国人労働者が「所在不明」となる。今回の「消えた留学生」問題というのは、近い将来に日本を震撼させる「消えた外国人労働者」のプロローグに過ぎないのである。 今回の一件から我々が学ばなくてはいけないことは、「外国人留学生にはもっと厳しい監視が必要だ」とか、「留学生を受け入れると補助金が出ることも問題だ」というような規制や制度うんぬんの話ではなく、ごくシンプルな「人間心理」である。それを一言で言ってしまうとこうなる。 「人間は時にルールを破ってでも、待遇の良い方向へ流れていく」 留学生が学校を除籍になれば当然、不法残留になる。にもかかわらず、留学生たちは学校から消えた。学費を支払いながら留学生を続けるよりも、バイトでガッツリ稼いだ方がよほど稼げるからだ。待遇の良さが、リスクを上回ったのだ』、私も東京福祉大学の話は酷いと当初は憤慨したが、「今回の「消えた留学生」問題というのは、近い将来に日本を震撼させる「消えた外国人労働者」のプロローグに過ぎないのである」、との鋭く本質を突いた指摘に改めて問題の深刻さを再認識させられた。
・『外国人労働者は制度を守って働いてくれるのか?  このような「人の心」という視点が昨年、選挙のために政府がゴリ押しした「外国人労働者の受け入れ拡大」ではゴッソリ抜けている。 安倍政権によると、「外国人労働者」は「移民」ではなく、「特定技能」という在留資格で、14業種の特定産業分野で働くことを条件として在留が許可される人だ。つまり、介護職で日本に来た人は介護職を辞めたら日本から出てってね、というわけだ。 だが、この制度を適応する相手は「奴隷」ではなく、職業選択の自由を持つ人間である。当然、「消えた留学生」らと同じような心理が働く。 例えば、介護職の「特定技能」で日本にやってきた中国人の女性がいたとしよう。しかし、ご存じのように、日本の介護現場はハードな割に賃金も低い。今や中国の介護現場の方が待遇がいいという話もあるくらいだ。 ということで、程なくしてこの女性、勤務先どころか、日本で介護の仕事をすること自体を辞めたいと思い立った。 介護を辞めれば、「在留資格」を奪われて日本から出ていかなければならないのだが、彼女はサクッと職場から消えた。同郷の友人から紹介された夜の仕事でガッツリ稼げるからだ。待遇の良さが、不法残留というリスクを上回ってしまったのだ。 こうして一人、また一人と外国人労働者が何の断りもなく職場から姿を消して行き、気がつけば、「人手不足の救世主」と崇めていた外国人労働者が、何千人も「所在不明」となり結果、日本は、何をしているのかよくわからない「不法移民」が溢れかえる国になりましたとさ――。 「はいはい、妄想おつかれさん」という声が聞こえてきそうだが、筆者がこういう最悪な未来を予想してしまうのは、他にも理由がある。実は今回の「消えた留学生」問題というのは図らずも、政府が推進する「特定技能外国人労働者」という制度の致命的な欠陥を露呈させてしまっているからだ』、政府の甘い想定に対する手厳しい批判で、その通りだろう。
・『外国人留学生の第一目標は当然「お金」である  この制度は、「特定技能」を持つ外国人労働者の皆さんは、人手不足に悩む業界で文句ひとつ言わずにキビキビ働いてくれる、ということが大前提となっている。 これらの業界は、仕事がきつくて、賃金も安いということで、日本人労働者から敬遠されているが、外国人労働者の方たちは「日本で働けるだけで幸せです!」と考えるであろうという前提がある。だが、「消えた留学生」問題を見る限り、それは何の根拠もない「妄想」だと言わざるを得ない。 そもそも、消えた1400人の外国人留学生に限らず、東京福祉大学に来ているほとんどの外国人留学生は、この学校を経て日本で仕事に就きたい、キャリアアップをしたいということを目的としている。要は「お金」が目的である。 もちろん、「少子高齢化で悩む日本の方たちを助けるため、介護施設で働きたいんだ!カネなんて二の次だ!」という、ありがたい外国人の方たちもいらっしゃるかもしれないが、入学希望者の多くは「お金」を第一目標としている。その動かぬ証拠が、東京福祉大学留学生向けパンフレットにデカデカと記されたこの文言だ。《「お金持ち」になる夢につながる》 わざわざカギカッコと赤字で「お金持ち」を強調しているのだ。こういう呼びかけをして、それに応じてやってきた留学生の多くが「お金」を目的として、日本にやってくるのは当然である。 そう聞くと、金目的で日本に来る留学生を批判しているように聞こえるかもしれないが、そんなつもりは毛頭ない。むしろ、安くない学費を捻出して海外で勉強をしようという者ならば、当然のモチベーションだ。 そして、このモチベーションは「外国人労働者」になれば、さらに高くなることは言うまでもない。 しかし、先ほども申し上げたように、「外国人労働者」が働けるのは、「人手不足業界」に限定されている。なぜこれらの業界が人手不足になっているのかというと、仕事がハードということもあるが、何よりも賃金が低いからだ。 もう何を言わんとしているかお分かりだろう。政府の進める「外国人労働者の受け入れ拡大」というのは、「お金」が目的で日本にやってくる外国人たちに、彼らの来日目的にマッチしないどころか、自国民が嫌がるような「低賃金労働」をあてがう、というかなり無理のある話だ』、「東京福祉大学留学生向けパンフレットにデカデカと記されたこの文言だ。《「お金持ち」になる夢につながる》」とまで露骨に謳っているとは、驚かされた。政府も外国人労働者たちの訪日の目的を分かっていながら、建前では「キレイ事」を前提にして制度づくりをするとは、やがて矛盾が爆発する懸念も強いといえよう。
・『年間85万円の学費を4年払って月給23万円の将来はアリか?  どれくらい無理かというと、経営者やエリートビジネスマンと結婚したいと願う女性に、アルバイトで夢を追いかける若者とお見合いさせるくらい無理だ。どんなにゴリゴリ押しても「破談」間違いなし、というのが日本の「外国人労働者の受け入れ拡大」なのだ。 そして、このような日本側が外国人に求めることと、外国人が日本に求めることの悲劇的なすれ違いの結果が、「消えた留学生」問題である可能性が極めて高い。 多くの所在不明者を出した、東京福祉大学の「研究生」の1年間の学費は62万8000円。この準備過程を終えて学部に編入すると年間85万かかる。かなりの額だ。では、このような学費を毎年払い続けて、晴れて日本で働くことができた時、果たして「パンフレット」に書かれていたような「お金持ち」になれるのかというと、かなり難しい。 例えば、東京福祉大学卒業生の多くが進むであろう「介護職員」(施設)の1ヵ月の賃金は約23万3600円(平成29年賃金構造基本統計調査)である。国内での業種の中でも決して高いとは言えない賃金だ。 いや、これなどまだマシな方だ。昨年7月に放映された「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)が取り上げた、介護施設で働くフィリピン人看護師の月給は14万だった。果たして、このような賃金を手にして、彼らは「お金持ち」だと感じるだろうか。感じるわけがない。 国によっては祖国へ仕送りすれば、一家全員が暮らせるくらいの額にはなるが、働いている外国人自身も日本で生活しなくてはいけないのだ。中には、「聞いていた話と違う」「騙された」と思う人もいるだろう。 いずれにせよ、「お金」が目的で日本にやってきた留学生たちとって、日本で福祉や介護の職に就くということは、あまりにも費用対効果の悪い話だったことは間違いない』、「日本側が外国人に求めることと、外国人が日本に求めることの悲劇的なすれ違いの結果が、「消えた留学生」問題である可能性が極めて高い」、問題の本質を突いた鋭い指摘だ。
・『外国人を「部品」のように扱う心なき日本政府の行く末は  「仕事ってのはそんな甘いもんじゃない!そういう苦労をすれば、いつかちゃんと報われるんだ」と怒り出すおじさんも多いかもしれない。 ただ、日本人相手ならそういう説教も通用したかもしれないが、彼らは「外国人」である。日本人のように責任を求めるなら、日本人と同じような権利を与えるのが筋だ。それができないのに義務やリスク、そして重労働を押し付けるのなら、「お金」などの見返りを保障するしかないのだ。 しかし、現行の「外国人労働者の受け入れ拡大」にはそういう視点はゼロだ。 外国人は、日本人が嫌がる低賃金・重労働の仕事を黙々とこなせばよし。外国人には職業選択の自由はないので、決められた仕事以外はしてはならぬ――。そんな都合のいい「奴隷」制度のような話がうまくいくわけはないのである。 「消えた留学生」問題は、この国が「外国人」という人たちの「心」をまったく考慮せず、「部品」のひとつのようにしか捉えていないという事実を、これ以上ないほどわかりやすく露呈させた。 これまで本連載で繰り返し指摘してきたように、人手不足業界の待遇改善、つまりは賃金を上げていくことをせずに、外国人労働者を受け入れても、日本人の低賃金労働の現場で既に起きているブラック企業、パワハラ、バイトテロなど「恥」を世界へ向けて発信することにしかならない。 今回の問題を受けて、TBSの取材に対して東京福祉大学は「留学生を増やすという国策に沿ってやっている」と答えていた。 これから外国人労働者をめぐるトラブルが日本中で増える。劣悪な労働環境やパワハラ、長時間労働を強いたとして告発されるブラック企業、悪徳ブローカーなども、自分たちの正当性を主張するため、「だって、これは国策ですから」というような釈明をするのは、容易に想像できる』、「「消えた留学生」問題は、この国が「外国人」という人たちの「心」をまったく考慮せず、「部品」のひとつのようにしか捉えていないという事実を、これ以上ないほどわかりやすく露呈させた」、というのも手厳しい政府批判だ。
・『実はこの構図は、70年を経てもいまだに日本を悩ます「従軍慰安婦」や、「徴用工」の問題とまったく同じである。 慰安所に女性を売り飛ばした韓国の女衒や、外国人の炭鉱夫をこき使った企業は口が避けても、「外国人は低賃金でこき使えるから」とは言わなかった。では、どういう大義名分を掲げたかというと、「日本のため」である。 このように、日本人労働者から敬遠されるブラック業界の救済のため、「国策」を持ち出してしまったことが、すべての悲劇の始まりなのだ。 日本に来たい、働きたい、と言っていた外国人が、ある日を境に「被害者」へと変わるのがこの手の問題の恐ろしいところだ。やはり「外国人労働者」問題の行き着くところは、「従軍慰安婦」や「徴用工」のような国際的人権問題なのかもしれない』、最後の予言はそら恐ろしいが、こんな制度を作ってしまった以上、日本国民として覚悟が必要なようだ。

次に、ジャーナリストの姫田小夏氏が3月22日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「「日本語学校」の悲惨な実態、授業崩壊・入学翌日に失踪…」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/197557
・『ベトナム人留学生の万引き、モンゴル人留学生の無免許運転、ネパール人留学生の刃物を持ち出した喧嘩――、アジア人留学生が起こす問題が多発し、その対応に追われる日本語学校。その現場は、もはやまともな日本語教育どころではない、というところにまで来ている。 元凶は、日本政府の政策にあるといえるだろう。政府は2013年に、アベノミクスの第三の矢として「日本再興戦略」を打ち出し、「人材こそが最大の資源」という認識から“優秀な外国人留学生”の積極的な受け入れを始めた。少子高齢化と人口減が急速に進行する中、留学生を就業人口として定着させることも視野に入れ、2020年までに30万人を受け入れる目標を立てた。2019年には29万8980人を受け入れ、目標達成はすでに射程距離に入っている。 注目すべきは、2013年以降2018年までの5年間における“急激な人口増”だ。この短期間で留学生は13万0835人も増えた。この数は、神奈川県海老名市や千葉県成田市の人口に匹敵する。日本語学校への留学生も急増している。2018年は9万79人となり、この5年間で5万7453人も増加した。 現在、留学生の受け入れが可能な日本語学校は全国で749校ある。いずれも規定をクリアした日本語学校として、法務省が告示する日本語教育機関に名を連ねている。中には、留学生をきちんと選考し、寄り添うようにして面倒を見るまともな日本語学校もある。だが、ここで取り上げるのは、リスト中にある大手有名校の惨状だ。 筆者は複数の日本語教師から話を聞いた。この日本語学校をA校とし、登場する日本語教師をBさん、Cさん、Dさん、Eさんとした。それぞれの話から浮き彫りになるのは、学生を金づるとしか思わない日本語学校と、金稼ぎが目的でやってくる留学生、そしてその間に挟まれて報われない労働を強いられる日本語教師たちだ』、日本語学校の実態とは、大いに興味をそそられる。
・『授業崩壊が始まる日本語学校  卒業式を終え、教師たちがほっとしたのもつかの間、4月から始まる怒涛の新学期に向けて、A校は静かに臨戦態勢に入りつつあった。というのも、A校ではこの春、前代未聞の数の新入生を迎えるからだ。通常なら1学年5~6クラスが編成されるが、今年はなんと16クラスになるという。 近年、教室の主流を成すのはベトナムとネパールからの留学生で、ミャンマーとスリランカが次に続くという。一昔前の主役だった中国人は、すでに数を減らしつつある。その留学生たちと向き合うのは、担任となった常勤の日本語教師だ。Bさんは「こんなに増えた留学生に教えるのは正直気が重い。なぜなら、まともな授業にならないから」と打ち明ける』、クラス数が一挙に3倍というのは、信じられないような話だ。
・『筆者は近年、A校以外の日本語学校でも「手の施しようがない学生が送られてくる」という声をよく耳にしていたが、大手のA校でも状況は同じようだ。授業に出席しない学生、単元テストで集団カンニングする学生、それでも合格点をはるかに下回り、追試をしても、“追追試”、“追追追試”となってしまう学生、自分の名前をローマ字入力のカタカナで打てない学生――Bさんは「何年も前から授業は崩壊しています」と嘆く。 さらに目も当てられないのは、「入学した翌日から来なくなる新入生」だという。Bさんによれば、「学校は長期欠席で、(学校が把握している)バイト先にも姿を見せない。そんなふうにして失踪していく学生はとても多い」という。 Cさんも、「日本に来るのは稼ぐため。留学生の目的は日本語の習得ではない」と言い切り、こう続ける。 「学校側は海外の提携先に依頼して、とにかく誰でもいいから日本に留学したい学生をかき集めています。その勧誘トークは『日本に行けば金が稼げる』、『家電も買えるし、化粧品も買える』というもの。学生たちの日本留学の動機なんてその程度のものです。留学期間中はできるだけアルバイトをして祖国に送金し、貯金を蓄えて帰国するパターンです」 結果として“大手有名A校”には、“優秀な外国人留学生”とは程遠い、日本政府の期待から大きく外れた“出稼ぎアルバイター”が集まってしまった。 留学生の中には、ベトナムの窃盗団に関わっている生徒もいるという。酒に酔った勢いでの派手な喧嘩も少なくない。女性教師に深夜に誘いの電話をかける男子留学生や、売春で金を稼ぐ女子留学生もいるという。「本当に勉強がしたくて日本に来る子はほとんどいない」と、Cさんは繰り返す』、こんなことでは、「消えた留学生」による日本人への犯罪が多発するのも時間の問題だろう。
・『日本語教師は報われない  そんなA校では、辞めていく日本語教師が後を絶たない。そこにあるのは、どんどん辞めていく日本語教師の穴を、どんどん採用して補うという不毛な循環だ。A校はこの春、数百人規模の新入生を迎えるわけだから、日本語教師は輪をかけて不足する。 しかも、業務内容は多岐に及ぶ。日本の文化や生活習慣を正しく教えるという役目も担う、日本語学校の教師の仕事は実にエンドレスなのだ。 「日本語教師は日本語だけ教えていればいいと思われていますが、決してそうではありません。クラスの出欠管理や校内行事の準備はもちろんのこと、アルバイト希望者への対応や進路指導、果てはゴミの分別などの日本の生活指導まで、細かく行わなければなりません」(Dさん) DさんはA校に入社した際の契約で、「週に10コマを教える」というのが労働条件だったが、いつの間にか「週20コマ」も持たされるようになった。その結果、契約で定められた「8時30分~17時30分」の勤務時間帯を大きく超過する状況に陥り、朝8時から終電間際までといった残業が続くようになった。しかも、給料は依然としてスズメの涙ほどの残業代しかつかない“薄給”である。 教育職は人間が相手だ。ましてや言葉も習慣も異なる留学生が相手となれば、なかなかその指導も一筋縄ではいかない。気力体力も限界に達し、入社当時の熱意も枯渇寸前となり、誰もがギリギリの状況に追い詰められ、そして辞めていってしまう。 Eさんは日本語教師という仕事を「報われない仕事」だという。 「日本語を一所懸命に教えようとしても、留学生も学校側も、それを望んでいないからです」 日本における日本語教師の地位は決して高いとはいえない。ベテラン教師が少ないといわれているのも、専門職として相応(家族を養える程度)の報酬を得られないためでもある。こうした空気は留学生にも伝わり、日本語教師は留学生との距離の取り方に腐心する。 「留学生は日本語教師という存在に敬意を払っていません。日本語教師は女性が多く年齢も留学生たちとさほど変わらないので、『友達になろう』くらいの感覚で接してくるのです。ひどい場合は“恋愛対象”にさえなることがあります。高齢の先生にも敬意を持たない子が多いですね。卒業間近ともなると、学生は教師を無視して授業中の教室で堂々とトランプ遊びをしています」(Eさん) 現場では日本語教師の地位向上どころか、質の低下が進んでいる。政府が打ち出した「30万人計画」のおかげで留学生は激増したが、とにかく手が足りず、日本語教師すら“かき集め”てくるのが実態なのだ。 「最近は学校側も『教壇に立てるなら誰でもいい』といった状況で、応募してくるのも『働けるならどこでもいい』といった人材が多くなりました。留学生にきちんとした教育を与えようなどという志なんか、あったものではありません」(Cさん) 日本語教師になるには、大学で日本語教育を専攻するか、あるいは日本語教育能力検定試験に合格することが求められる。それらと並ぶ資格として、「日本語教師養成講座420時間コース」の修了がある。採用面接に際しては、教案を提出し、模擬授業を行うというプロセスを踏むが、A校ではだいぶ以前からこのプロセスを省いているという。辞める教師があまりに多すぎるからだ。 日本語教師が次々と辞めていく中、いくら募集をかけても人材は追いつかない。「検定合格者や養成講座修了者を待っていたら、担任不在のクラスができてしまう」(Cさん)ため、まったくの無資格者でも起用することさえあるという』、「日本語教師は日本語だけ教えていればいい」わけではなく、幅広い指導力が本来は必要となのにも拘らず、「「日本語を一所懸命に教えようとしても、留学生も学校側も、それを望んでいないからです」というのでは、本当に「報われない仕事」だ。
・『“二重名簿”で学生管理  さて、急増する留学生に対応するために、A校ではこんな「苦肉の策」を講じている。それは“二重帳簿”ならぬ“二重名簿”だ。 法務省入国管理局の「日本語教育機関の告示基準」は、「日本語の授業は、同時に授業を受ける生徒数を20人以下とする」と指導しているが、A校では出席簿を20人の名簿と5人の名簿に分け、教室には25人を詰め込んで授業を行っているのだ。当局の検査が入るときには“余分な机”をみんなで一斉に隠すこともあるという。 かつては、一般財団法人日本語教育振興協会(以下、日振協)がこうした「現場チェック」を行っていたが、今では「第三者機関が評価を行うという定期検査はなくなった」(法務省入国管理局)。日振協は現在、会員である日本語学校258校に対して検査体制を維持している。日振協は昨今の実情を踏まえ、「評価事業は質の維持・向上には欠かせない」(同)と主張する。年間70校という異例の数で増え続ける日本語学校は玉石混交、そんな中でさらに厳しい管理体制が求められるのは必然だ。 過去3年間で1400人の外国人留学生の「所在不明者」を出した東京福祉大学も根っこは同じところにある。留学生だけではない。労働者も観光客も“数の確保”ばかりが先走る。 ひたすら数字だけを追う「留学生のかき集め」は、若い留学生の将来を歪め、日本の教育水準を低下させ、果ては日本語教師の熱意をもくじく。負の循環を断ち切れる有効策を期待したい』、これほど酷い状況では、国内の治安問題だけでなく、国際的にも批判の的になりかねないだろう。安倍政権の罪は誠に深いようだ。
タグ:ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 東京福祉大学 アベノミクス 外国人労働者問題 姫田小夏 (その12)(「消えた留学生」問題は必然 安倍政権が生む「外国人労働者大量逃亡時代」、「日本語学校」の悲惨な実態 授業崩壊・入学翌日に失踪…) 「「消えた留学生」問題は必然、安倍政権が生む「外国人労働者大量逃亡時代」」 消えた留学生問題 消えた留学生問題から予想できる将来の日本の惨状 「氷山の一角」 所在不明者は700人どころの騒ぎではなく、過去3年間で1400人にも上る 多くはビザが切れても不法残留し、外食や建設現場など、日本人労働者に敬遠される「人手不足業界」で、労働力として重宝されている 今回の「消えた留学生」問題というのは、近い将来に日本を震撼させる「消えた外国人労働者」のプロローグに過ぎないのである 人間は時にルールを破ってでも、待遇の良い方向へ流れていく 外国人労働者は制度を守って働いてくれるのか? この制度を適応する相手は「奴隷」ではなく、職業選択の自由を持つ人間である 気がつけば、「人手不足の救世主」と崇めていた外国人労働者が、何千人も「所在不明」となり結果、日本は、何をしているのかよくわからない「不法移民」が溢れかえる国になりましたとさ―― 今回の「消えた留学生」問題というのは図らずも、政府が推進する「特定技能外国人労働者」という制度の致命的な欠陥を露呈させてしまっているからだ 外国人留学生の第一目標は当然「お金」である 東京福祉大学留学生向けパンフレットにデカデカと記されたこの文言だ。《「お金持ち」になる夢につながる》 なぜこれらの業界が人手不足になっているのかというと、仕事がハードということもあるが、何よりも賃金が低いからだ 「お金」が目的で日本にやってくる外国人たちに、彼らの来日目的にマッチしないどころか、自国民が嫌がるような「低賃金労働」をあてがう、というかなり無理のある話だ 年間85万円の学費を4年払って月給23万円の将来はアリか? 日本側が外国人に求めることと、外国人が日本に求めることの悲劇的なすれ違いの結果が、「消えた留学生」問題である可能性が極めて高い 外国人を「部品」のように扱う心なき日本政府の行く末は 「消えた留学生」問題は、この国が「外国人」という人たちの「心」をまったく考慮せず、「部品」のひとつのようにしか捉えていないという事実を、これ以上ないほどわかりやすく露呈させた 「恥」を世界へ向けて発信 実はこの構図は、70年を経てもいまだに日本を悩ます「従軍慰安婦」や、「徴用工」の問題とまったく同じである やはり「外国人労働者」問題の行き着くところは、「従軍慰安婦」や「徴用工」のような国際的人権問題なのかもしれない 「「日本語学校」の悲惨な実態、授業崩壊・入学翌日に失踪…」 「日本再興戦略」 “優秀な外国人留学生”の積極的な受け入れを始めた 2020年までに30万人を受け入れる目標 日本語学校への留学生も急増している。2018年は9万79人となり、この5年間で5万7453人も増加 通常なら1学年5~6クラスが編成されるが、今年はなんと16クラスになるという 手の施しようがない学生が送られてくる 授業に出席しない学生、単元テストで集団カンニングする学生、それでも合格点をはるかに下回り、追試をしても、“追追試”、“追追追試”となってしまう学生、自分の名前をローマ字入力のカタカナで打てない学生 「入学した翌日から来なくなる新入生」 「学校側は海外の提携先に依頼して、とにかく誰でもいいから日本に留学したい学生をかき集めています。その勧誘トークは『日本に行けば金が稼げる』 日本語教師は報われない 日本語教師は日本語だけ教えていればいいと思われていますが、決してそうではありません。クラスの出欠管理や校内行事の準備はもちろんのこと、アルバイト希望者への対応や進路指導、果てはゴミの分別などの日本の生活指導まで、細かく行わなければなりません 「日本語を一所懸命に教えようとしても、留学生も学校側も、それを望んでいないからです」 「報われない仕事」 最近は学校側も『教壇に立てるなら誰でもいい』といった状況で、応募してくるのも『働けるならどこでもいい』といった人材が多くなりました “二重名簿”で学生管理 国内の治安問題だけでなく、国際的にも批判の的になりかねないだろう 安倍政権の罪は誠に深い
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日本の構造問題(その11)(堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」、「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める) [経済]

日本の構造問題については、1月22日に取上げた。今日は、(その11)(堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」、「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める)である。

先ずは、2月21日付け日経ビジネスオンライン「堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00015/021200001/?P=1
・『「団塊の世代」など時代を切り取る数多くのキーワードを生み出した作家の堺屋太一さんが2月8日、亡くなりました。83歳でした。堺屋さんは1960年に旧通商産業省(現経済産業省)に入省後、大阪万博や沖縄海洋博の企画などに関わりました。経済企画庁長官も務め、戦後経済のプランナーとして活躍しました。 日経ビジネスは戦後70年の特別企画として2014年12月29日号の特集「遺言 日本の未来へ」で、戦後のリーダーたちが次代に遺す言葉を集めました。その中で堺屋さんは“遺言”として、「官僚主導の日本を壊し、『楽しい日本』をつくろう」というメッセージを託してくれました。 インタビューで堺屋さんは戦後日本を振り返り、「敗戦で日本人のメンタリティーは、物量崇拝と経済効率礼賛に180度変わった」「欧米が文明を転換している間に、日本はひたすら規格大量生産を続け、それが一時の繁栄をもたらし、バブルとなって大崩壊した」と分析していました。 堺屋さんをしのび、当時の記事を再掲載します。堺屋さんは、「3度目の日本」を目指そうと私たちに語りかけています。 ご冥福をお祈りいたします』、時代を風靡した堺屋氏の遺言とあれば、必読だ。
・『私は戦時中、大阪偕行社小学校という、陸軍の将校クラブ「偕行社」の附属小学校に通っていました。当然、その学校は軍隊教育が売り物で、体罰を交えながら帝国不敗という信念を叩き込まれました。陸軍の退役少将だった校長は、「我が大和民族は極東尚武の民であり、帝国軍人は忠勇無双である。よって我が陸海軍は無敵、不敗」と生徒たちに教え込んでいました。「我が1個師団は、米英の3個師団に対抗できる」――。そういう訓示を朝礼のたびにしておりました。 私は昭和17年の4月に入学したものですから、毎日のように『軍艦マーチ』が鳴って、戦果とどろく臨時ニュースが入ってきていました。当然、日本が勝っている、と私たちは思っていました。 ところが、だんだんと戦場が日本に近づいてくる。入学した時には南太平洋のはるかかなた、ガダルカナルで戦っていたのが、やがてラバウルになり、ソロモン諸島になり。ひょっとしたら日本は負けているのではないかと、小学校2年生の時にはそんな感じを持つようになっていました』、小学校2年生ながら、主戦場の変化で負けに気付くとは、さすがだ。
・『やがて空襲警報が鳴るようになって、昭和20年の2月1日だったんですが、奈良県御所市に古い実家があったので、そこに疎開しようと考えている、と親父に連れられて校長先生に言いに行きました。そうしたら校長先生は、「おたくは8連隊の近所で帝国陸軍に守られているから大丈夫だ」と言うのです。それでも父は疎開させました。結局、6月1日の空襲で丸焼けになっちゃったんです。それでもしばらく焼けなかった間に、大八車で荷物を運べたのは有難かったと思います。 終戦は疎開先の奈良県御所市の旧宅で迎えました』、軍人あがりの校長の助言を無視して疎開させた父親の判断もさすがだ。
・『「兵隊はアホやで」と大阪市民は冷めていた  終戦間際のことで、今でも記憶に鮮明に残っているのは、私の知る限り、大阪市内では反戦運動や停戦を求めるような動きは全くなかったということです。勝っている時にもちょうちん行列や旗行列もあった、という記憶はありません。 大阪市民は冷めていたのかもしれませんね。もしくは、まあ、いい加減だったんでしょう。 昭和19年、つまり敗戦の前年の11月か12月、学校で教えられた通りに町で出会った陸海軍の将校に挙手の敬礼をしていた時のことです。初めの頃は「行儀がいい」とか、「かわいい」とか言う声があったのに、その頃には「あの子ら何をやっているんね。アホやな。兵隊はアホやで」と、聞こえよがしに語る人が増えていました。 だから、少なくとも大阪の中心街では、既に昭和19年の年末にはそういう雰囲気が漂っていたのです。負け戦を感じ始めていて、その感情を抑えきれなくなっていたのでしょう』、「大阪の中心街では、既に昭和19年の年末には・・・負け戦を感じ始めていて」、空襲が始まる前から既にそんな雰囲気になっていたとは初めて知った。
・『その当時とはどんな時代だったかというと、B29が時々10機ほどの小編隊で、近所にあった砲兵工廠に爆弾を投下していました。まだ絨毯爆撃は始まっていませんでしたが、物資はどんどんなくなって食糧難になりかけていました。徴兵検査で不合格になった人まで徴兵されるような時代で、町では「贅沢は敵だ」ということで防空演習が盛んに行われていました。 それで年が明けた3月、東京大空襲は3月1日ですが、大阪は13日に大空襲がありました。その頃からしゃかりきになって一億玉砕という人が出たんですが、私は疎開前の昭和20年1月、先生が「一億玉砕」ということを言い出したことを覚えています。私は一瞬考えて、「日本国民一億が玉砕したら、この戦争は負けではありませんか」と先生に聞いて、ぽかぽか殴られた記憶があります』、勇気ある鋭い質問をしたとは、さすが堺屋少年だ。
・『官僚システムの行き着いた先が「一億玉砕」だった  私がこうした戦争中の経験から今に思うのは、なぜ一億玉砕が言い出されたのか。これが官僚システムの恐ろしいところだ、ということです。官僚というのは、消去法で可能性のある道だけを探る。要するに、この戦争は勝てない。しかし、日本は降参しない。そうすると玉砕よりほかはない。だから悪人でもアホでもない軍人や官僚が、真剣に一億玉砕だと言っていた。小学校の先生まで同じことを言い触れていた。 誰が考えても、一億玉砕したら日本は負けだということは分かっていたはずです。しかし、そういうことを言うと殴られる。それが、今の日本と非常によく似ている』、「官僚システムの行き着いた先が「一億玉砕」だった」とは言い得て妙だ。「今の日本と非常によく似ている」とは不気味だが、正論が押しつぶされる社会という意味であれば、理解できる。
・『官僚システムというのは、自分の官僚としての権限、立場、既定の方針などが変わらないことを前提としている。要するに、日本は降参しないということですね。それで勝てないとなったら、玉砕という選択しか残らない。それを当たり前のように吹聴して、それ以外のものを異端分子としてみんなで弾圧する。それを普通の官僚がみんなやるという官僚システムの恐ろしさを、子供心に思ったんですね』、これは多分に後付けの理屈だとは思うが、「官僚システムの恐ろしさ」を的確に指摘している。
・『そういう私も大学を卒業すると官僚になりました。1960年のことです。その当時は成長一途でしたから、官僚の方針と日本の国益は一致していました。この状態が1980年まで続きます。私は幸いにも、その頃の日本の大事件にほとんど主体的に関わりました。 大阪万国博覧会、沖縄復帰、石油ショック、阪神大震災の復興。小渕恵三内閣で経済企画庁長官をしていた時の大不況。戦後の大事件の多くに傍観者としてではなくて主体的に関われたことは、非常に幸せだったと思います。そして、私がやった仕事の多くは、官僚機構としては異端でした。例えば、万国博覧会を提唱するなんていうのは、大異端だったわけです』、異端の仕事をこなしてきたからこそ堺屋氏も成長したのだろう。
・『佐藤栄作総理は「沖縄の人口を減らすな」と言った  印象深かったことの1つに、沖縄復帰があります。私は沖縄復帰の日に、沖縄開発庁那覇事務所に通商産業部企画調整課長という肩書きで行き、そこで観光開発をやることになりました。 1972年4月の初め、佐藤栄作さんに総理公邸でお目にかかった時に、「総理が取り返された沖縄はどうなったら成功なんですか」と、訊ねました。それに対して佐藤さんは、「人口を減らすな」とお答えになりました。 当時、沖縄の人口は96万人でしたが、復帰後の15年間で約4割まで減少するだろうと言われていました。それは、地域コミュニティーがほとんど崩壊することを意味します。だから「沖縄復帰は悲劇である」というような論調もありました。 それに対して佐藤さんは、人口さえ減らなければ、それは喜んで住んでいることを意味するんだ。だから人口を減らすな。こういう話でした。 それで沖縄へ行って、どうやって人口を保つかを考えました。その時、気がついたんです。戦後日本というのは、官僚が東京一極集中政策を猛烈な勢いでやっていたんですね。それで特に全国規模の頭脳活動、つまり、経済産業の中枢管理機能と情報発信と文化創造活動の3つは東京以外でしちゃいけない、ということになっていた』、「沖縄の人口を減らすな」と言った」佐藤元首相の指示は、ずいぶん重い課題だったようだ。
・『官僚が進めた東京一極集中の弊害  だから金融貿易は東京以外でしちゃいけない。大きな会社の本社も東京に置け。そのために各種業界団体の本部事務局は東京に置けと。つまり、沖縄での頭脳活動は一切ダメというわけですよ。地方は頭がないんだから、手足の機能に専念しろ。つまり、農業や製造業、建設業の現場になれ、というわけです。その代わりに東京はお米を高く買い、建設補助金をばら撒き、公共事業を盛んにするという仕掛けにしていたんですね。 そんな官僚が作った規制から外れているのは、観光業しかありません。それで沖縄で観光開発を打ち出し、海洋博覧会を契機に沖縄を訪れる観光客の数を10倍にしようという話を作ったんです』、東京一極集中自体は、命令ではなく、行政が大きな裁量を持っているので、ここに働きかけるには、「業界団体の本部事務局は東京」に自ずから集中したということだろう。
・『その時にお目にかかったのが、世界的な観光プロデューサーと言われたアラン・フォーバスというアメリカ人です。この人は、当時の日本で行われていた観光開発は全部間違っている、と言うんです。道路を造るとか、飛行場を造るとか、ホテルを建てるとかいうのは、これらは観光を支える施設ではあるが、観光の施設ではないと。 じゃあ、観光に必要なものは何かというと、「あれがあるからそこへ行きたい」という“アトラクティブス”だと言うんです。それは6つの種類がある。ヒストリー、フィクション、リズム&テイスト、ガール&ギャンブル、サイトシーン、そしてショッピングだと。この6つの要素のうち3つそろえろと言うんですね』、さすが「世界的な観光プロデューサー」だが、こうした意見を聞く耳を持った堺屋氏の度量の大きさもにも感心させられた。
・『沖縄の悲しい歴史にはあえて目をつむった  それで結局、沖縄の観光開発では歴史にはあえて目をつむろうと考えました。当時、沖縄へ来る観光客のほとんどは「ひめゆりの塔」とか、「摩文仁の丘」とか、つまり戦争の悲しい歴史だった。それよりも、風光明媚を売ろうと。それで篠山紀信さんに撮影を頼んで、南沙織さんという若い歌手をモデルにして『美しき沖縄』という写真集を撮ったり、あるいはあえて批判精神に溢れる加藤登紀子さんや田端義夫さんに『西武門節』や『十九の春』という沖縄民謡を歌ってもらったり。そして最後に、沖縄は健康ランドというフィクションを流行らせた。プロ野球のキャンプは、その目玉です。 それで、沖縄に来る観光客の数は復帰前年には24万人だったんですが、それを10年間で10倍の240万人、1000万泊にすることを目標に掲げた。結局、14年かかりましたが、その後も観光客は増え続けています。 しかし、沖縄観光が成功する一方で、日本の青春もそこで終わったんです』、沖縄観光を成功させた功績は確かに大きいようだ。
・『「団塊の世代」の警鐘、聞き入れられず  そして石油ショックが来て、これで日本の青春が終わります。その後の10年を私は「紫雨の季節」と呼んでいるんです。温度は高いけれども、ロッキード事件が起こるなど何となく気色悪い。そんな時代が10年も続いたわけです。 この間に日本は、新しい産業、経済社会体制を作るべきだった。だけど、その時はまだイケイケどんどんの香りが高かったから、政治的にはロッキード事件など気色悪いことがあったけれども、経済的にはみんなまっしぐらに規格大量生産を追求していました。 日本万国博覧会の頃に、吉田寿三郎さんという厚労技官が来られて、戦後ベビーブーマーの問題が大変なことになると警鐘を鳴らされました。それを私は、「団塊の世代」と名付けたんですが、吉田さんは終戦直後に膨れ上がった人口がだんだんと年を取り重荷になるので、その時に備えなくてはならないとおっしゃっていた。しかし、それは当時の厚生労働省では完全に少数意見で、むしろ日本の最大の問題は人口過剰にあるという見方がまかり通っていた。 従って、海浜や沼沢を干拓し、離島や山間に道路を造って、いかにして可住地を広げるか、これが最大の課題だと言っていたわけです。人口過剰に対応するために、何としても土地を作らないといけない。このためには公共事業をばんばんやるべきだというような考え方です。田中角栄さんはその代表でしょう。それが、その後のバブルに繋がっていくんですね。 そもそも敗戦で日本人のメンタリティーは、物量崇拝と経済効率礼賛に180度変わっていました。戦争に負けたのは、アメリカの物量に負けたのだと。それが規格大量生産で高度成長を引っ張る原動力になっていました』、「団塊の世代」の契機が厚労技官の警鐘だったとは初耳だったが、それを聞き流して従来型の公共事業などを推進した政策ミスは、今にしてみれば重大だ。
・『規格大量生産時代が終焉。しかし日本は変わらなかった  実際、大阪万博は、日本が規格大量生産社会を実現したことを世界に知らしめた行事でした。1970年代は世界中がそうでした。しかし、その一方で70年代に世界の文明は転換します。きっかけは、ベトナム戦争でした。ベトナムで規格大量生産の武器で完全武装した米軍が、サンダルと腰弁当のベトコンに勝てなかった。なぜだということが盛んに議論されたんですね。その結論がまさに、規格大量生産の限界でした。アメリカで草の根運動や反戦運動が盛んになったのは、そうした文明の転換が背景にありました。 20世紀の技術というのは、大型化と大量化と高速化、この3つだけを目指していたんです。それでジャンボジェット機ができて、50万トンのタンカー船ができて、5000立米の溶鉱炉ができた。まさに、あらゆる分野で最高速度、最大規模の製品が生まれたのが、70年代でした。そこが限界だったんです。 それから以後、ジャンボジェットより大きな飛行機は、最近のエアバスの超大型機ぐらいまでありませんでしたし、50万トンのタンカーなんてもう造らなくなった。溶鉱炉も石油コンビナートも大きくなくなり、多様化の時代に文明が一気に変わったのです。 ところが日本は、その後もまだ高速化、大型化を志向し続けた。アメリカやヨーロッパが文明を転換をしている間に、日本はひたすら規格大量生産を続けた。だがら、その間の80年代に輸出が猛烈に伸びたわけです。欧米と日本の文明のズレが、一時の繁栄をもたらしたんです。これが1つの日本の頂点、戦後の頂点ですが、それでそれが行き過ぎてバブルになって大崩壊した』、「大型化と大量化と高速化」が世界では終わっていたのに、日本が気づくのが遅れたというのは、その通りで、バブルとその大崩壊という大きな代償を払わせられたのは残念だ。
・『役人が国民の人生を決めてきた  私は最近、「3度目の日本」ということを言っているんですよ。1度目の日本は明治日本。明治維新で誕生した、軍人と官僚が専制した日本です。この日本は、ただひたすら「強い日本」を目指していました。 2度目の日本というのは、戦後日本。これは「豊かな日本」を目指しました。規格大量生産で、官僚主導で東京一極集中、終身雇用、年功賃金。社会は核家族で住宅は小住宅・多部屋式。生まれたらすぐに教育を受けさせ、教育が終わったら直ちに就職。就職したら蓄財をして、その後で結婚して子供を産んで、家を買って、老後に備えるために年金を掛けろと。 官僚が個人の人生設計まで全てを決めていました。それに従っていれば、それなりの中流になれた。いわゆるジャパニーズドリームですね。逆に、官僚が敷いたルートから外れると、とことん損をした。役人の言う通りに生きるのが良い国民で、それに反するのは悪い国民だと。だからニートとか、パラサイトとか、もう散々悪く言われるんですよ。 官僚が作った人生設計に従うと、教育年限が延びるに従って結婚が遅くなるわけですよね。その結果、人口減少がものすごく速くなった。今、日本はなぜ人口が減少しているかというと、24歳以下の女性で子供を産む人が非常に少ない。アメリカは1000人の女性のうちで140人が24歳以下で子供を産むのに、日本は40人しか産まない。この差が今の日本の人口減少の最大の理由なんです。これはもう、全部役人が決めたんですね。 頭脳活動に関わりたい人は、東京に住まなきゃいけない。地方では住めない。例えばマスコミであるとか、貿易関係であるとか、国際関係だとか、これは必ず東京へ来いというような、官僚の思うがままの日本をつくったわけです。一人ひとりの官僚はそんな大げさなことをしているつもりじゃないんだけど、全体としてはそういう官僚の意志が働いている。いわゆる、「大いなる凡庸」という状態になっている』、この部分についてはやや誇張もある気もするが、興味深い指摘ではある。
・『「楽しい日本」を目指し官僚システムを壊せ  だから、今、日本がやらなきゃいけないのは、この官僚システムを壊すことです。 官僚は皆、ものすごい正義感を持っている。ちょうど戦争中の軍人が中国に侵略することも、真珠湾を不意打ちすることも、正義感を持ってやっていたのと同じように。この官僚の制度を破壊するというのが、3度目の日本です。 3度目の日本。それは、官僚制度ではなしに、本当の主権在民を実現する「楽しい日本」です。今、日本は「安全な日本」なんですよ。安全という意味では世界一安全です。だけど全然楽しくない。 例えばお祭りをやろうとしても、リオのカーニバルなんかでは何人も死ぬんですよ。そんな行事がいっぱいある。アメリカの自動車レース「デイトナ500」なんかもそうでしょう。楽しみと安全とを天秤にかけて、多少は危険だけどこの楽しさは捨てられない、というのが外国にはあるんですよ。 ところが日本は、どんなに楽しくても、少しでも危険があったらやめておけ、やめておけと、官僚が統制してしまう。それがマスコミや世間でも通っているんですよ。 安全だけでいいなら、監獄に入ればいい。それでもみんな入りたがらないのは、監獄には幸福を追求する選択性がないからです。その意味で、今の日本はまるで監獄国家とも言えるほどです。その監獄国家から、幸福の追求ができる選択国家にしなきゃいけない。そうすると、ベンチャーを起こす冒険心も復活する。この官僚主導からいかにして逃れるかが、これからの2020年までの最大の問題なんですね』、「今の日本はまるで監獄国家」とは言い得て妙だ。「官僚主導からいかにして逃れるか」が「最大の問題」というのには完全に同意する。ただ、私としては、官僚は狭義の官僚というより、民間企業にも根強く存在する官僚主義も含めた広義で捉えたい。

次に、元外資系アナリストで小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏が3月8日付け東洋経済オンラインに寄稿した「「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/269653
・『オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。退職後も日本経済の研究を続け、『新・観光立国論』『新・生産性立国論』など、日本を救う数々の提言を行ってきた彼が、ついにたどり着いた日本の生存戦略をまとめた『日本人の勝算』が刊行された。 人口減少と高齢化という未曾有の危機を前に、日本人はどう戦えばいいのか。本連載では、アトキンソン氏の分析を紹介していく』、アトキンソン氏の主張は、鋭く深いので、このブログでもたびたび紹介してきたが、今回はさらに面白そうだ。
・『経営を「サイエンス」に変えよう  日本経済がこれほどまで長きにわたって低迷し続けている最大の理由は、経営戦略が間違っているからです。 日本以外の先進国ではこの30年間、できる限り経営をアートからサイエンスに変えていくべく、ビッグデータの活用をはじめ、調査分析能力の向上に努めてきました。私がアナリストとして駆け出しだった1990年ごろと比べて今の時代は、データの種類は非常に多く、データの入手も簡単です。高度な分析も、パソコンで簡単にできるようになりました。 データそれ自体には、価値はありません。ただ単にデータを集めるだけではなく、仮説を立て、分析・検証をしたうえで戦略を立案・実行するという経営スタイルがすでに一般的になりつつあります。 このような検証重視の動きは民間企業だけではなく、国の政策立案にも及んでいます。データに基づき仮説検証を行ったうえで政策を立案する方法は、evidence based policy makingといいます。 その方法は、とりあえずの仮説をデータで検証したうえで、シナリオ分析をし、客観性を強化していくというものです。人の感覚はデータを解釈するときや、データや分析をどう展開していくべきかを決めるときのみに使うことが基本となっています。データの結果を人間が見る、人の感覚をデータで確認する、この2つが重要だと思います。 一方、日本ではいまだに多くの経営者にとって、経営は「アート」のままです。「俺はそう思わないから」という根拠のない理由で、物事を判断する経営者がまだまだいます。国にいたっては、evidence based policy makingに必要不可欠な統計があのような状況です。最近になるまで統計の誤りに気づくことができないほど、データを大切にしてこなかったのでしょう。 アートという言葉は「芸術」と訳されることが多いので、なんだかすばらしいことのように感じるかもしれませんが、データを無視した感覚だよりなので、こと現代の企業経営にはそぐわない古い考え方なのです。 人口が激増している時代は、管理さえしっかりとやれば、誰が経営者になっても成功する可能性が高い時代でした。アートでもなんでもよかったのです。その成功体験を引きずって、「時代の幸運」を自分の経営手腕だと勘違いしている社長が多いと感じます。 しかし人口減少時代には、もっと高度な経営が求められているのです』、私が知る限り、evidence based policy makingをしてきた日本人経営者は、セブン・イレブン会長だった鈴木敏文氏ぐらいで、彼我の差は誠に大きい。
・『意見を言う前に、データに当たろう  『日本人の勝算』を書きながら、海外と国内の分析・調査・検証のレベルの違いを改めて認識しました。118人のエコノミストの書いた論文やリポートに目を通したのですが、海外では経済の動向や経済政策が徹底的に検証されていることを痛感したのです。 例えば、最低賃金に関する論文を探して検索すると、腐るほどの数の論文が発表されていることがわかります。加えて、最低賃金を分析した一つひとつの論文を集めて、コンセンサスや分析の偏重をさらに分析したメタ分析もされています。 それに比べて、日本では最低賃金の引き上げを提案すると、「最低賃金を上げたら、韓国のようになるぞ」とか、数パーセントの従業員にしか影響しないのにもかかわらず、「中小企業の大量倒産が起きるぞ」といった、実に幼稚な反論が返ってきます。 しかも、こういう幼稚な反論が、経営者や社会的に影響力の大きい人からも上がってくるので、いつもびっくりさせられます。 本来であれば、最低賃金をいくらあげたら、何パーセントの労働者に影響が出て、どのくらいの数の企業が、どういう影響を受けるかを分析し、議論するべきところです。しかし、極論、感情論、感覚的な反論が多いので、議論が一向に建設的になりません。 一般の方がこういう反論をしてくる分には気にもなりませんが、経営者や社会的に影響力の大きい人が、この程度の低レベルの議論しかできないとしたら、それは大問題です。 こういう状況を目の当たりにし続けているので、私は日本の生産性が異常に低い問題の原因は、労働者ではなく、経営者をはじめとした指導者にあると断言しているのです。 もちろん、データの裏付けもあります。世界経済フォーラム(WEF)の分析によると、労働者の人材評価は世界第4位なので、労働者に問題はありません。一方、統計的な分析に長けているIMDによる「IMD World Talent Ranking 2017」によると、日本の経営者ランキングは、機敏性が63カ国中第57位、分析能力が第59位、経営教育を受けたことがある割合が第53位、海外経験が第63位でした』、最低賃金引上げ論を主張している筆者には、日本人の反応がよほど腹に据えかねたのだろう。それにしても「日本の生産性が異常に低い問題の原因は、労働者ではなく、経営者をはじめとした指導者にあると断言」、というのには完全に同意する。
・『書籍や本連載でも繰り返し強調しているように、日本のような大幅な人口減少問題を抱えている先進国はほかにありません。日本はまさに世界のどの国も経験したことのない、未知の世界に突入するのです。 このように先が見通せない時代では、経営者の果たすべき役割は大きくなり、同時に責任は非常に重くなります。人口が増加するという経営者にとっての追い風は一切期待できない状況が訪れるので、個々の経営者のスキルアップが不可欠です。 なぜならば、生産性を上げないといけないこれからの時代は、逆に、生産性が上げづらくなる逆風が吹き始めるからです。 国際通貨基金(IMF)がまとめている論文には衝撃的な事実が映し出されています。IMFの分析では、年代別に見ると40代の社員の生産性が最も高く、労働人口に占めるこの世代の割合が高くなればなるほど、その国の生産性が高くなるという結果が出ています。 日本では、2015年までこの世代の割合が増えていたので、ちょうど第二次安倍政権が始まったころから、生産性が上がりやすい状況にありました。しかし、これからはこの世代の占める割合が減るので、状況はマイナスに変わります。 40代の減少という逆風が吹き始めているので、生産性向上はそう簡単に進まなくなります。だからこそ、経営者の改革が必要で、彼らを突き動かす力強い政策が不可欠なのです』、「40代の減少という逆風が吹き始めている」というのは初めて知ったが、確かに深刻だ。
・『日本の経営戦略の問題点はどこにあるのか  日本が今どんな状況に置かれているのかご理解いただいたところで、次に日本の経営戦略のどこに問題があるのかを検証したいと思います。 IMFがまとめた、1990年から2007年までの各国の生産性を見ると、1990年には世界10位だった日本の生産性は、それ以降低迷し、ほかの先進国と差が拡大してしまいました。つまり、この研究の分析期間がちょうど、日本の低迷が始まった時期と重なっているのです。 この研究は、生産性の向上の中身を分析しています。生産性は3つの要素に分解することができます。 1つは人的資本です。これは人間の数、働く日数、時間の投入などで計算することができます。 2つ目は物的資本です。簡単に言うと、設備投資、機械などへの投資です。1人の社員に対して、どのくらいの資本を設備投資などに使っているかを指します。 3つ目は全要素生産性です。全要素生産性は、人間と機械の使い方だけでは説明がつかない要素のことで、簡単に言うと生産性を計算して先の2つの要素を引いた残りです。 全要素生産性は説明が難しいのですが、技術、ブランド、デザイン、工夫、教育などだと捉えてください。工夫とは、人と資本の組み合わせを変えたり、ビジネスモデルをいじったり、ビッグデータを使ったりすることを意味しています。 同期間のG7のGDP成長率は2.1%でした。そのうち、人的資本によるものが0.5%、物的資本によるものが0.9%でした。 2.1%の生産性向上の中で人的資本と物的資本では説明がつかない0.8%が、全要素生産性による生産性の向上で、全体の4割弱を占めます。 日本も、人的資本では他国に負けているわけではありません。とくに労働市場への参加率を高めてきたことによって、生産年齢人口が減っても、労働人口は増えています。G7の平均成長率0.5%に比べ、日本は0.4%です。物的資本の増加率もG7平均の0.9%に比べ、あまり変わらない0.8%です。 ではなぜ、日本の生産性が先進国最低になってしまったのか。その原因は全要素生産性にあります。G7平均の0.8%に比べて、日本はたった0.2%で、G7の中で最下位です』、確かに全要素生産性の伸びが「G7の中で最下位」とは深刻だ。
・『日本で全要素生産性が伸びない2つの原因  日本で全要素生産性が伸びない原因は2つ考えられます。 原因1:高齢化  1つ目は、環境の問題です。同じIMFの研究では、高齢化の影響があるのではないかという仮説を示しています。 生産年齢人口に対する高齢者人口の比率と、全要素生産性の向上率との間に、強い相関関係が見られるようになりつつあると指摘しています(ただし、データがそろっておらず、まだ十分な検証はできていないので、あくまでも仮説だとされています)。 私は、この説はかなり的を射ているように感じます。高齢になればなるほど、若い頃のように工夫ができなくなるのは、どの国でも共通している傾向です。以前の記事でも指摘したように、高齢者はデフレを好み、若い人はインフレを好む傾向があるという分析結果とも合致しています。また年齢が高くなればなるほど保守的になり、若い人のように変化を好まなくなるものです』、「高齢化の影響」とは大いにありそうだ。
・『原因2:そもそも「苦手分野」だった  もう1つの原因が、そもそも日本では全要素生産性が相対的に低かったということです。このことを分析した研究も存在します。 日本の経営者は人を雇う、機械を買うなど、管理型の経営はうまいと思いますが、調査や分析に基づき、企業のあり方などに自ら進んで変化を起こすことが、とくに1964年以降あまりうまくなかったように見受けられます。 とくに「日本人が大好きな『安すぎる外食』が国を滅ぼす」で紹介した「いいものを、安く、たくさん」のように、コストを下げることは上手であっても、付加価値を高めることに関しては、これまでの歴史を紐解いても、芳しい実績はあまり見つかりません。 つまり日本の経営戦略は優秀な人を多く、安く使う、機械を使うという単純な管理の領域を超えていないとも言えるのです。わかりやすく言うと、いいものを安くは作れるけれど、ダサいのです。機能性を重視するあまり、デザイン性、ブランド力が弱い。人的・物的生産性はいいのですが、デザイン性やブランド力が伴わなければ、全体の生産性は低いままになってしまいます』、松下幸之助の「水道哲学」がいまだに大手を振るっているように、日本人にはデザイン性やブランド力は苦手のようだ。
・『一部の企業が頑張るだけでは、日本はもたない  ここ数年、日本で生まれた商品が、かつてのウォークマンのような世界的なヒットになることはほとんどなくなってしまいました。一方、日本企業はすばらしい部品を作っていて、iPhoneなどでも盛んに使われています。そういうすばらしい部品を手に入れやすい状況にあるにもかかわらず、世界的にヒットする最終商品を作れていないというのは、まさに人的・物的な生産性が高く、全要素生産性が低い最たる証拠です。 人口減少が加速する日本では、今後一部の企業だけが頑張っても、どうにもなりません。日本全国、津々浦々の企業に生産性向上への貢献をしてもらわないと、年金や社会保障費の捻出ができなくなります。それには、最も難しいと思われる全要素生産性の向上が不可欠になります。 先ほども説明したとおり、アベノミクスは40代の人口構成比が増えるという、誰も気がついていなかった追い風が吹く中で進められてきました。結果として、一定の成果を収めてきたのは事実です。しかし、これからは全面的に逆風が吹きます。正に正念場を迎えつつあるので、経営者改革は待ったなしです。 もちろん、いくら「経営者を改革すべし」と訴えても、政策が伴わなければ「お題目」にすぎません。だから私は、継続的に最低賃金を上げていくべきだと主張しているのです。この政策は、日本全国津々浦々の経営者に生産性を上げさせる「プレッシャー」をかけて、彼らを動かすことができる、唯一の政策なのです』、説得力溢れた主張で、諸手を挙げて賛成したい。
タグ:東洋経済オンライン 万国博覧会 日経ビジネスオンライン デービッド・アトキンソン 日本の構造問題 『日本人の勝算』 (その11)(堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」、「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める) 「堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」」 「団塊の世代」 戦後経済のプランナー 「遺言 日本の未来へ」 「官僚主導の日本を壊し、『楽しい日本』をつくろう」 「敗戦で日本人のメンタリティーは、物量崇拝と経済効率礼賛に180度変わった」 「欧米が文明を転換している間に、日本はひたすら規格大量生産を続け、それが一時の繁栄をもたらし、バブルとなって大崩壊した」 「兵隊はアホやで」と大阪市民は冷めていた 官僚システムの行き着いた先が「一億玉砕」だった この戦争は勝てない。しかし、日本は降参しない。そうすると玉砕よりほかはない。だから悪人でもアホでもない軍人や官僚が、真剣に一億玉砕だと言っていた 官僚システムというのは、自分の官僚としての権限、立場、既定の方針などが変わらないことを前提としている 私がやった仕事の多くは、官僚機構としては異端 佐藤栄作総理は「沖縄の人口を減らすな」と言った 官僚が進めた東京一極集中の弊害 金融貿易は東京以外でしちゃいけない。大きな会社の本社も東京に置け。そのために各種業界団体の本部事務局は東京に置けと 地方は頭がないんだから、手足の機能に専念しろ 世界的な観光プロデューサー アラン・フォーバス 道路を造るとか、飛行場を造るとか、ホテルを建てるとかいうのは、これらは観光を支える施設ではあるが、観光の施設ではない 観光に必要なものは何かというと、「あれがあるからそこへ行きたい」という“アトラクティブス” 沖縄の悲しい歴史にはあえて目をつむった 「団塊の世代」の警鐘、聞き入れられず 吉田寿三郎さんという厚労技官が来られて、戦後ベビーブーマーの問題が大変なことになると警鐘を鳴らされました 当時の厚生労働省では完全に少数意見で、むしろ日本の最大の問題は人口過剰にあるという見方がまかり通っていた いかにして可住地を広げるか、これが最大の課題だと言っていたわけです 規格大量生産時代が終焉。しかし日本は変わらなかった 日本は、その後もまだ高速化、大型化を志向し続けた 役人が国民の人生を決めてきた 「3度目の日本」 「楽しい日本」を目指し官僚システムを壊せ 「「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める」 経営を「サイエンス」に変えよう 日本経済がこれほどまで長きにわたって低迷し続けている最大の理由は、経営戦略が間違っているからです ビッグデータの活用をはじめ、調査分析能力の向上に努めてきました 仮説を立て、分析・検証をしたうえで戦略を立案・実行するという経営スタイルがすでに一般的になりつつあります evidence based policy making 日本ではいまだに多くの経営者にとって、経営は「アート」のままです 人口が激増している時代は、管理さえしっかりとやれば、誰が経営者になっても成功する可能性が高い時代 人口減少時代には、もっと高度な経営が求められているのです 意見を言う前に、データに当たろう 最低賃金の引き上げを提案すると、「最低賃金を上げたら、韓国のようになるぞ」とか、数パーセントの従業員にしか影響しないのにもかかわらず、「中小企業の大量倒産が起きるぞ」といった、実に幼稚な反論が返ってきます しかも、こういう幼稚な反論が、経営者や社会的に影響力の大きい人からも上がってくるので、いつもびっくりさせられます 私は日本の生産性が異常に低い問題の原因は、労働者ではなく、経営者をはじめとした指導者にあると断言 世界経済フォーラム(WEF)の分析によると、労働者の人材評価は世界第4位なので、労働者に問題はありません IMDによる「IMD World Talent Ranking 2017」によると、日本の経営者ランキングは、機敏性が63カ国中第57位、分析能力が第59位、経営教育を受けたことがある割合が第53位、海外経験が第63位 IMFの分析では、年代別に見ると40代の社員の生産性が最も高く、労働人口に占めるこの世代の割合が高くなればなるほど、その国の生産性が高くなるという結果 日本では、2015年までこの世代の割合が増えていたので、ちょうど第二次安倍政権が始まったころから、生産性が上がりやすい状況にありました。しかし、これからはこの世代の占める割合が減るので、状況はマイナスに変わります 日本の経営戦略の問題点はどこにあるのか 日本も、人的資本では他国に負けているわけではありません。とくに労働市場への参加率を高めてきたことによって、生産年齢人口が減っても、労働人口は増えています。G7の平均成長率0.5%に比べ、日本は0.4% 物的資本の増加率もG7平均の0.9%に比べ、あまり変わらない0.8% 日本の生産性が先進国最低になってしまったのか。その原因は全要素生産性にあります。G7平均の0.8%に比べて、日本はたった0.2%で、G7の中で最下位 日本で全要素生産性が伸びない2つの原因 高齢化の影響 そもそも「苦手分野」だった 調査や分析に基づき、企業のあり方などに自ら進んで変化を起こすことが、とくに1964年以降あまりうまくなかったように見受けられます コストを下げることは上手であっても、付加価値を高めることに関しては、これまでの歴史を紐解いても、芳しい実績はあまり見つかりません いいものを安くは作れるけれど、ダサいのです。機能性を重視するあまり、デザイン性、ブランド力が弱い 一部の企業が頑張るだけでは、日本はもたない 継続的に最低賃金を上げていくべきだと主張 日本全国津々浦々の経営者に生産性を上げさせる「プレッシャー」をかけて、彼らを動かすことができる、唯一の政策
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大震災 その後(除く原発事故)(その2)(震災7年 「巨大防潮堤」に隔てられた生活、被災者置き去り「復興レース」 予算消化の工事ばかりが進む現実、ぐっちーさん「お涙頂戴復興」はもうやめよう 本当に復興するとはどういうことだろうか) [社会]

大震災については、2016年3月16日に取上げた。久しぶりの今日は、大震災 その後(除く原発事故)(その2)(震災7年 「巨大防潮堤」に隔てられた生活、被災者置き去り「復興レース」 予算消化の工事ばかりが進む現実、ぐっちーさん「お涙頂戴復興」はもうやめよう 本当に復興するとはどういうことだろうか)である。なお、タイトルは小幅に変更した。

先ずは、2018年3月9日付けロイター「ブログ:震災7年、「巨大防潮堤」に隔てられた生活」を紹介しよう。なお、これは昨年書かれたので、「震災7年」となっている。
https://jp.reuters.com/article/wider-image-jp-sea-walls-idJPKCN1GL182
・『2011年3月11日に東日本大震災が起きた時、かき漁師の藤田敦さんはいつものように海辺で働いていた。まもなくして、藤田さんの暮らす町に巨大な黒い波が押し寄せ、約2000人が命を落とした。 あれから7年──。東北の沿岸部に暮らす藤田さんら大勢の人々は、巨大な防潮堤の内側で生活を立て直している。もし再び巨大津波が起きた場合、この防潮堤が守ってくれる、と専門家は言う。日本のような地震活動が活発な国では、津波は不可避だとする向きもある。 12.5メートルの高さでそびえ立つコンクリートの壁が、東日本大震災による津波にのみ込まれた4メートルの防波堤に取って代わった。マグニチュード9.0という未曾有の地震と、一部で高さ30メートルを記録した巨大津波は、約1万8000人の命を奪い、福島第一原発事故を引き起こした。 「塀の中で働いているような感じ。悪いことしたわけじゃないが、牢屋にいる感じ」と52歳の藤田さんは言う。 震災後、一部の自治体では海岸付近の平地における建設を禁止し、住民を高地へと移動させた。あるいは岩手県陸前高田市のように、新たな建物を建設する前に土地を数メートルかさ上げした。 だが共通の課題は、津波にのみ込まれた防波堤の代わりとなる防潮堤の建設だ。約395キロに及ぶ壁の建設には約1.35兆円の費用が投じられた。「防潮堤は津波を食い止め、陸地が浸水しないようにする効果がある」と、国立研究開発法人「海上・港湾・航空技術研究所 港湾空港技術研究所」の河合弘泰氏は語る。 「非常に大きな津波が防潮堤を超えた場合でも、防潮堤がない場合に比べて、浸水が始まる時刻を遅らせ、避難するための時間を稼ぐことができる」』、河合弘泰氏の説明は推進する立場からのメリット論に過ぎない。巨大防潮堤は構想段階から批判が強かったが、政府と自治体の建設強行で、姿を現しつつあり、問題点も改めて明らかになってきたようだ。
・『当初、防潮堤建設という考えを多くの住民は歓迎したが、時間の経過とともに批判的な見方も出てきた。計画段階で十分な助言を求めなかったことを指摘する意見や、防潮堤建設に費用が充てられることで、住宅など他の再建が遅れることを懸念する声も聞かれる。 また、防潮堤によって観光業が悪影響を受けると心配する人もいる。 「50年ほど前、小さな子どもを連れてここへ来たときには、奇麗な海と入り江とドライブを楽しんだ」と、飯島玲子さんは防潮堤の向かいにあるかき小屋でこのように語った。「でも今は、その面影もなくて」 宮城県気仙沼市の防潮堤の一部には「窓」がある。だがこれにも苦情が出ている。「パロディーだ」と伊藤雄一郎さんは言う。伊藤さんは自宅と弟を津波で失った。「誰も望んでいないものを造った中で、慰め程度にこんな窓を造った」 かき漁師の藤田さんは、津波が海底をかき回し、堆積していた汚泥が除去されたことで、この地域のかき養殖は改善した一方で、防潮堤が陸地からの自然な水流を妨げ、将来のかき漁に影響を及ぼす可能性があると懸念する。 自治体の多くが、建物の再建について、まずは巨大防潮堤が建設されてから許可されると語った。 「この防潮堤ができることで建築許可が下り、また同じ場所で再建できた。この防潮堤を低くしてとか、いらないとか、そんなことは絶対言わないし、この防潮堤のおかげで今、現在仕事ができている」と、震災前と同じ場所で民宿を営む畠山勝弘さんは言う。 しかし、多くの人が防潮堤になじめないでいる。 「海とともにみんな生きてきた。ずっと代々。この防潮堤ができることによって、その海と決別するような生活をこれからしていくというのは、われわれはどうしても耐えられない」と、マグロ卸売業を営む 臼井壮太郎さんは語った』、ができることで建築許可が防潮堤完成を前提にしているのでは、住民は賛成するしかなかったのだろう。防潮堤ありきの復興については、次の記事でも取上げる。

次に、朝日新聞編集委員の大月規義氏が本年3月14日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「被災者置き去り「復興レース」、予算消化の工事ばかりが進む現実」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/196829
・『東日本大震災から8年がたち、被災地では道路や公営住宅などの整備はそれなりに進んだ。だが国や県などから聞こえてくるのは、「復興の加速」「工事を急げ」といった声だ。 10年間で32兆円が計上されている復興予算のタイムリミットまで、あと2年。巨額の復興予算を使い切ろうと、国と自治体が二人三脚で猛ダッシュをする。 多少つまずいても、気にするそぶりはない。被災者そっちのけの“復興レース”の様相だ』、“復興レース”であれば無駄遣いもきっと多い筈だ。
・『“住民無視”で進む防潮堤工事 工期が迫り「ずさん設計」  太平洋を仰ぐ宮城県南三陸町の志津川湾に、カモメの鳴き声が響く。 8年前の巨大地震と津波で、南三陸町では死者・行方不明者合わせて831人が犠牲になり、町内の6割近い3143戸が全壊した。 街を元に戻そうと、道路や「復興商店街」の整備が進められ、志津川港には高さ8.7メートルの防潮堤を約30メートルにわたって建設する計画も作られた。 3月1日、町を訪れたが、商店街は開業2周年イベントを2日後に控え、準備に追われていた。一見すると復興は順調そうだ。防潮堤の周辺工事も2019年度の完成予定で始まっている。 だが、なにやら地元の住民の思いと違った動きも起きている。 防潮堤工事の「異変」に気付いたのは、地元で環境アセス関係の仕事を請け負う鈴木卓也さん(47歳)だ。 今年1月11日、港に続く八幡川の河口付近で、数台の重機が土砂を入れていた現場を見た時だった。「ずいぶんおかしな場所で、工事をしているなあ」 県と地元のまちづくり協議会が、2015年8月に合意した防潮堤の整備計画では、防潮堤は、浜辺を残すために、海岸線から離れた陸地側に、しかも陸地側に膨らむような形で曲線的に建設されることになっていた。 県の当初案では、防潮堤は水際に沿って、直線に建設することになっていた。これでは、海と浜辺が分断してしまうと、地元が反対し、2年半もの話し合いをへて、防潮堤の位置を陸側に30メートルほど後退(セットバック)させ、浜辺が残るようにしたのだ。 もともと河口付近は、国定公園に指定された「松原公園」があった。志津川湾には、200種類におよぶ海藻や、豊かな海洋生物の存在が認められ、ラムサール条約湿地にも登録されている。 大津波で浜辺はえぐられたが、翌年には海辺の生態系の回復が確認され始めていたこともあって、地元には浜辺を残したいという声が強くなっていた。 防潮堤と海の間に砂浜が再生されるスペースが確保できれば、地元の人たちが憩い、バードウオッチを楽しんでいた「震災前」が取り戻せる。海辺に残る東日本大震災で壊れた防潮壁の残骸も、「震災遺構」として、観光の呼び水にする――。 そんな地元の期待を裏切るかのように、埋め立ての土砂は、合意にはなかったはずの場所に投入されていた。 すぐに町を通じ、県に確認すると、県は長期にわたる地元との協議を台無しにし、海と浜辺が水際の防潮堤によって遮断される当初案で、工事を進めようとしていたことが分かった。 改めて業者が持っていた設計図を見せてもらうと、防潮堤は水際にせり出し、浜辺は合意内容の4分の1ほどに圧縮されていた。まるで、物差しを当て「えいや」で直線を引いた感じで、地元が了承した時の設計図面とは全く違うものだった。 鈴木さんが見た土砂の搬入現場は、水際に造る防潮堤のための土砂を運び込むための「仮設道路」を造るためだとも分かった。 海辺を保全するには防潮堤を陸側に湾曲させて造らなければならないのに、設計図面には防潮堤が直線状に延びていて、大ショックでした。業者にしてみれば、ショートカットに造ったほうが造りやすいということだったのでしょうか」 地元の思いを離れた形で進む「復興」に、鈴木さんは「不信感の塊になってしまった」と話す』、県が「2年半もの話し合い」を無視して、業者が工事し易いように勝手に設計変更したとは、驚きだ。
・『「予算打ち切り」恐れる自治体 復興予算使えるのはあと2年  「ずさん」な防潮堤計画になぜなったのか。 県は2月、「担当者が入れ替わった時の引き継ぎミスだった」と釈明し、設計のやり直しを発表した。防潮堤の本体工事は遅れることになる。 それでも、20年度末までには、なんとか工事を完了させなければならないという。県が工事を急ぐのには理由がある。 東日本大震災の復興財源は、20年度までの約10年間で32兆円が特別会計として計上されている。 被災自治体が負担する割合は事業によって異なるが、平均するとわずか0.07%(220億円)。ほとんどが国費で建設される。 なかでも、土地のかさ上げや港や河川の再整備、防潮堤建設は「被災者の命を守る」基幹事業と位置づけられ、20年度までに完了すれば100%国費で賄われる。 だが20年度を過ぎると、県などの地元負担は50%に一気に跳ね上がる。 政府は20年度末で廃止される復興庁に代わり、新たな後継組織を設置する方針だが、復興特会は繰り越しを除いて原則20年度で打ち切られる。 財源の約3分の1は、所得税や法人税の「臨時増税」で賄われているから、だらだらといつまでも続けるわけにはいかないというわけだ。 建設が計画されている防潮堤の総延長は、青森から千葉県まで460キロメートル、完成には1.4兆円かかる。現在、防潮堤を含めた海岸対策事業は、計画の半分しか終わっていない。 国費で建設できるうちにと、被災自治体が建設を急ぐあまり、各地で住民とのあつれきが起きた。どの地区でも合意までに数年単位を要したが、予算の終わりは20年度と一律で決まっている』、「予算の終わり:は予め決まっているので、それを前提に合意、設計をしまければならなかった筈だ。駆け込みのドサクサに紛れて、合意を反故にするとは、自治体にあるまじき行為だ。
・『「海が見えないことは 故郷がなくなること」  宮城県気仙沼市の内湾地区では、県が高さ4.1メートルで設計していた防潮堤を、設計より「22センチ」高く建設していたことが、昨年4月に判明し、地元と県との対立が続いている。 市側は「造り直し」を求め、工事を一時、中断させた。 村井嘉浩知事はミスの責任が県にあることは認めたものの、造り直しには応じなかった。当初の目標通り、工事を18年度内に終わらせることを優先し、昨年10月に工事を再開させた。 このごたごたにも復興予算の期限が迫る問題が影を落とす。 問題が発覚した時点で、工事は半分近くが終わっており、造り直しとなると、費用が膨らむうえに、再設計によって復興期限を過ぎる恐れがあった。 「工程上のタイムリミットが近づいている」。記者会見などで村井知事が繰り返すのは、工期優先だ。 それにしても、わずか「22センチ」の違いで、県と市対立するとはどういうことなのか。 地元新聞社の幹部が、住民の気持ちをこう代弁する。 「気仙沼市民は海と共に生きてきた。防潮堤を造るにしても、海が見えて、海とのつながりが実感できるように1センチでも低くしてほしいという思いなのです」「漁業をやっていない普通の人でも、海岸とともに生きた思い出がみんなあって、一度は都会に出ても、Uターンしてくる人が少なくない。だが、震災後、子どもたちの中には高台に移転して、海岸とは全く無縁になった。こうした子どもが成人して県外に出たら、気仙沼に戻ろうという気持ちにはならないのではないか」「いわば海が見えないことは、故郷が見えないのと同じ。だから、22センチというのは大問題なのです」 だがこうした地元の訴えや気持ちは国や県には伝わらないようだ。 ある復興庁幹部はこう話す。「当初の設計よりも高くなったのは、震災で一時、沈んだ気仙沼の内湾の土地が、震災後に自然に隆起して、その分がかさ上げされたから。造り直して、元の高さに戻しても、数年たてば地面がまた隆起して高くなる可能性がある。そのたびに造り直していたら、復興期間どころか、いつまでたっても完成しない」』、地盤が「隆起」したので、22センチ高くなったというのはあり得る話だ。ただ、設計より高くするのではなく、低くするのであれば、設計をやり直すにしても簡単に済みそうな気もするので、県の言い分は解せない。
・『「防潮堤より大切なものが」「巨大な壁」に抵抗感  同じ気仙沼市の前浜地区でも、防潮堤建設と住民の気持ちがかみ合わないままだ。 13年ごろ、防潮堤建設の話が始まったが、今も設計作業にすらたどり着いていない。 遠洋マグロの漁師として40年働いた前自治会長、菊地敏男さん(71)によると、防潮堤の話し合いが始まった翌年、住民アンケートを実施し、地区の約100世帯はいったん、「建設」で合意した。 ただ、いろんな意見があったので、合意文書には『将来変更もあり得る』との留保条件を付けて市に出したという。 当時から、防潮堤建設で海が見えなくなるのは寂しいという声はあった。 菊地さんも「建設反対」の立場だった。だが、「命を守るものがほしい」という賛成派の人たちの声が多数になり、自身も従った。 だが、時間の経過とともに、再び反対へと傾き始めた。 先行して建設が始まった近隣地区の防潮堤には、15メートル近い高さがあるものがあり、威圧感を覚えながらの生活を余儀なくされる。 東北の沿岸部は津波で2万人余りが犠牲になり、残った人たちも都市部や内陸へ人口が流出した。 「防潮堤で『国土の保全』は図られるとしても、移住せず踏みとどまった人たちは、巨大なコンクリートの壁の下で『故郷』を感じる機会を奪われることになりかねない」。そんな気持ちが強まるばかりだ。 合意文書に「留保条件」を付けていたことを理由に、菊地さんたちは、市の防潮堤建設に「待った」をかけた。 震災後、地域のうち海際の一帯は、「災害危険区域」に設定され、そこに家があった6世帯は、防潮堤ができたとしても居住することはできない。 「もし危険区域を超えるような津波が来ても、高台のほうに一気に避難できる道路が整備されていれば、防潮堤はいらないのではないか」 防潮堤建設が見通せないことに、気仙沼市の焦燥感は強い。 市の担当者は「住民の気持ちは分かるが、悠長に構えていると、20年度までに工事が終わらない。期限が過ぎて半分を地元が負担するとなると、市の財政事情から何年かにわけて建設することになる。場合によっては防潮堤建設を放棄せざるを得ないのです」。 それでも菊地さんは、禍根を残さないようにと、将来の地域を担う中学生らの意見も取り入れる「協議会」を立ち上げ、防潮堤について考え直そうと呼びかけている。 「賛成派と反対派に分かれて、地域の絆が壊れてしまうことだけは避けたいので、どこかで妥協点は見つけたい。ただ、震災から8年たって冷静に考えると、防潮堤よりも大切なものがあるのだと分かってきたのです」』、本来は防潮堤ではなく、頑丈な避難所を何か所かに作る方が、安価で、問題も少なかったろう。国や県が「防潮堤ありき」で膨大な予算を付けて、走り出したことこそが問題だった。
・『「復興加速」の政府 住民の気持ちを置き去り  震災から8年。防潮堤や道路、公営住宅、高台移転などのハードの整備が猛スピードで進む陰で、住民の思いはどんどん取り残されている現実がある。 東日本大震災の被害金額は16.9兆円と、当初算定された。当時の民主党政権は「単純な復旧ではなく、創造的復興を」と、復興増税や子ども手当の見直しで、5年で19兆円と、被害額を上回る復興予算を組んだ。 その後、自民党政権になると、前政権との違いをみせつけるため、「復興加速化」の名目のもと、一気に復興予算は25兆円に増やされ、さらに15年には、その後の5年分も追加し、総額32兆円へと膨らんだ。 工事価格などはゼネコンの「言い値」で決まったとの批判もある。 大盤振る舞いの工事を担うのは、大手ゼネコンが中心であり、建設にあたる作業員らも県外からの人が多い。そして予算消化の掛け声が国や県からは叫ばれるなかで、住民の気持ちや思いはかき消されがちだ。 復興庁ができて7人目の渡辺博道復興相も、定例記者会見で「復興の加速化を実現させ、20年度までにできるだけ事業を完了させたい」と呪文のように繰り返す。 だが、被災地で暮らす人たちには、20年度までに工事が間に合うかどうかは関係ない。むしろ、「加速化」によって、行政への不信感や住民同士の分断といった新たなストレスが降りかかっている。 それもこれも、無計画に風呂敷を広げすぎた副作用だ。その認識が、政権に欠落している』、復興予算が政権交代で「大盤振る舞い」になったが、住民には「行政への不信感や住民同士の分断といった新たなストレスが降りかかっている」、というのは本末転倒だ。復興庁も後継組織が出来るようだが、復興予算の期限も延長して、無駄な予算消化などといった事態は回避すべきだろう。

第三に、投資銀行家のぐっちーさんが3月17日付け東洋経済オンラインに寄稿した「ぐっちーさん「お涙頂戴復興」はもうやめよう 本当に復興するとはどういうことだろうか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/271459
・『再びこの日がやってきました・・・・・・。 例によってテレビを筆頭に、メディアは追悼番組ばかりです。このように言うと叱られるかもしれませんが、全てとまでは言わないものの「お涙頂戴」の連発です。東日本大震災から8年経ったわけですから、ちょっとは違う発想になれないものでしょうか』、私もメディアの安直な姿勢に腹を立てた。
・『ズレる「震災後報道」は「復興の邪魔」  日本で、およそ万人に体験として記憶に残るものとしては(私は生まれていませんが)終戦日の1945年8月15日、神戸・淡路大震災、そして東北を中心とした東日本大震災くらいのものではないでしょうか。 その意味で、今生きている方はこのうち2つも経験されていることになります。お涙頂戴、つまり「いかに不幸か」、という番組ばかりがメディアに流される一方で、例えば現地ではすでにこんな声が出てきています。ハフポストの記事です。この記事に出てくる方は被災した宮城県・女川町を本拠に蒲鉾の製造販売をしている、高政の高橋正樹社長です。 まさに高政さんのツイッターも紹介されていますが、とにかく報道の人たちは本当に事故がどうだったかではなく、お涙頂戴によく合うような事例を探していて、それに合うインタビューを取って帰るので、お断りだ、と言っているわけです。ふつうこれだけ言われればさすがに方針を変更しそうなものですが、どうやらそうでもないんですね。 高橋社長は、高政のツイッターでこんなことをおっしゃっています。「甚大な被害を受けた女川町は、それでも明るく楽しい街を目指し、一日も早く被災地と呼ばれないために復興を進めた。 起業する人や、若い世代を中心に遊びに来る人も増えつつある。 「忘れない」 悲しい物語が溢れた。 明るい空気が人を呼ぶのに、悲しい場所に引き戻され、復興の邪魔だとさえ感じた」(3月13日のツイートより)。 せっかく前に進んで、新しい女川町を作ろうとしているときに、なぜ、時計の針を戻して悲しい女川町を8年もたって放送するのか、神経がわからんということです。 さて、もう少し違う視点から物を見てみましょう。ご存知の通り、グッチーの会社は震災後本社を岩手県・紫波町に移しました。どうせ同じ法人税を払うなら、被災した岩手県に払った方がいいだろう、と思ったのです。そして、震災直後1週間で現地入りしてから、今までずっといわゆる復興事業に携わってきました。 その意味では、たまにしか現地を訪れないジャーナリストの人にはわからないことも肌身をもって体験しています。それはNHKの桑子真帆アナもがんばっておられましたが、いかんせん1年に1回しか来ないのでは、自分の目で何かを見て判断するのは不可能でしょう。朝日新聞なんぞ、アメリカのラストベルトに記者が入って住んでみて報告しているくらいですから、被災地に1人くらい入ってずっと居を構えて発信しているメディアがあってもおかしくない、と思います。今や、地元のFM局のメディアなども自腹でやっているので、あっという間に困難な状況におかれてしまいます。ここは大手メディアの活躍の場なのではないでしょか』、正論ではあるが、大手メディア記者で、現地に「居を構えて発信」しろと命令されるというのは、「流刑」のようで可哀そうだ。
・『被災地は高齢化・人口減を前提に計画を立て直せ  さてー、グッチーのいる現場を見てみると・・・…結論から言うと、実にやばいことが進んでいます。現在進行形です。しかもこの種のことは途中でだめだから、と止まったためしがありません。予算が付いたらそのまま突っ走っていきます。 私たちがやったオガールプロジェクトは、補助金に依存せずに黒字化を成し遂げた日本初、唯一といってもいい公民連携プロジェクトです。当然、被災地からのオガールへの視察は頻繁で、100を超える市町村の人たちを研修として受け入れてきました。ところが・・・・・・ われわれのプロジェクトの基本は地方経済において 1) 高齢化は絶対に止まらない。  2) 人口も、どうあっても絶対に増えない でありまして、つまりは人口減少社会を大前提にした「稼ぐ」プロジェクトでした。そして実際に人口がほぼ横ばいの紫波町(約3万3000人)の中で40億円という売り上げを達成し、5期連続黒字となっております。当然被災地の人々にも、人口減少の中の、稼ぐ事業として復興の参考になるものだとばかり思っていました。 ところが・・・・・・。 せっかく見学に来ても、実際には100%民間資本による人口減少前提のオガール型の復興施設を作ったところは100以上の市町村がやって挙句、残念ながらほとんどありません。 オガールの成功事例と経験が全くといっていいほど、使われていません。それどころか、なんと、この期に及んで、人口増加を前提とした復興案を地方議会が提出しています。政府から莫大な補助金を得るだけならまだしも、今後の維持管理費をどうするのか、と言いたくなるような巨大なハコモノ施設が、東北中で次々と建設、完成しつつあるのです。 現実的ではない夢を追いかけても、復興は実現しない 例えば釜石市は、現在の人口は紫波町と変わらない3万人強の市ですが、新日鉄ができる前の1960年代には9万人弱の人口がありました。それが震災前までに減少をし続けて3万人台になっているのに、多くの箱物を建設中です。市は謳ってはいないものの、はたから見ると、まさか釜石市の人口が増えると考えているのでは?と思ってしまいます。人口減少は震災のせいでもなんでもなく、震災前から起きていた現象なのです。しかし、国から援助を受けつつ、そういうものを建設している。 これは、何も釜石市に限ったことではなく、東北の被災地でこの種の開発がなされているのが現実であります。どうして、今のこの世の中に、震災前から人口が減少していた町の人口が増えるという前提に立てるのか。ここには皆様の貴重な税金がぶち込まれているんですよ。他人ごとではありません。 果たしてこれが本当の復興なのでしょうか。 根拠もない人口増加を前提として復興計画を出し、震災前の姿を取り戻そうと思っているのだとしたら、何か間違ってますよね。最初はオガールに協力を求めてきても、このあたりの話で必ずブレーク(破綻)します。「一体どうやったら人口が増えるのか、具体的な対策を見せてくれ」と言っても、ただ「人口が増える」としか書いていなかったりします。 仮に膨大な外国人を連れてきて字面の人口を増やしても、最初は稼いでくれませんので、その社会コストの維持だけで精一杯になることは目に見えているでしょう。どうして現実的でない夢を追いかけて、それが復興ということになるのでしょうか。 町の賑わいを取り戻す、と言って寄付を集めてイベント型の催し物をやる市町村も後を立ちません。確かにその場は何万人、何千人か人が来るかもしれません。しかし、それが持続的に続いて黒字化していき、納税者になっていった、という話はついぞ聞きません。お祭りと同じで、一時的にわーわーやってそれをメディアが取り上げてなんかやってる、という雰囲気に浸っているだけで、なんの解決にもなっていないのです。 よく東北から東京に出かける催事なども、同様の現象です。日本を代表する百貨店の伊勢丹などに、補助金をもらって出て行って、キャッチフレーズを打って、「売れた売れた」といって帰ってくる。しかし、すべてのコスト(人件費)などを入れた結果、実際に継続的に黒字になったようなプロジェクトを見たことがありません。そしてそこを指摘すると、そこで仮に収支がとんとんあるいはマイナスであっても、「お客様が来てくれればいいんだ」と、答えるわけですね』、「被災地からのオガールへの視察は頻繁で、100を超える市町村の人たちを研修として受け入れてきました・・・せっかく見学に来ても、実際には100%民間資本による人口減少前提のオガール型の復興施設を作ったところは100以上の市町村がやって挙句、残念ながらほとんどありません。 オガールの成功事例と経験が全くといっていいほど、使われていません。それどころか、なんと、この期に及んで、人口増加を前提とした復興案を地方議会が提出しています」、というのは、政府のお仕着せの「地方再生」のやり方が、補助金のアメもあって、やはり強力なようだ。
・『本物の復興とは「持続的なビジネス」に結びつけること  では、実際にそのあと伊勢丹のその催事に来ていただいたうち、どれだけのお客様が三陸に足を運び、どれだけ売り上げが増えたか(通信販売でもいいでしょう)、客単価が上がったか、などのフォローがほとんどゼロです。社長はただ、伊勢丹でやったことしかいいませんし、「東京でやってさ、20万人が来てよ、すごかったよ。でもいくら儲かったかわかんねけど、そのうちだれか来てくれるべ・・・」と言ったって、ほとんど誰も来るはずはないのです。 いくらその場でお金を費やして「賑わい」を作り出してもだめです。にぎわいは何かがあったあとに結果としてついてくるもので、さきに賑わいができたから、何が起きるわけでもありません。実際にモノを売る際に100万円以上コストをかけて伊勢丹で売れた売り上げと、一銭もかけずにグッチーポストで宣伝、販売したものでは、後者の方がはるかに売り上げが多い、というデータはいくらでもあります。うに、いくら、とうもろこし・・・・・・東京にわざわざ出ていく必要性はゼロなのです。これこそ復興を一過性のお祭りにしてはならず、持続的なビジネスとして取り上げて行かねばならない良い証拠ではないでしょうか。 そして、くどいようですが、この震災復興に使われているお金はみなさまの税金です。復興税と称して徴収され、こうして人口増加を前提としたハコモノ行政にふんだんに使われています。もうかるのは建設関係の会社だけ、というこの現実こそ、3月11日の週に見つめなおすべき現実ではないでしょうか』、説得力溢れた指摘だ。もっと、グッチーさん流に地に足のついた復興、地方再生を目指してもらいたいものだ。 
タグ:ロイター 東洋経済オンライン ダイヤモンド・オンライン ぐっちーさん 大震災 その後(除く原発事故) (その2)(震災7年 「巨大防潮堤」に隔てられた生活、被災者置き去り「復興レース」 予算消化の工事ばかりが進む現実、ぐっちーさん「お涙頂戴復興」はもうやめよう 本当に復興するとはどういうことだろうか) 「ブログ:震災7年、「巨大防潮堤」に隔てられた生活」 12.5メートルの高さでそびえ立つコンクリートの壁 「塀の中で働いているような感じ。悪いことしたわけじゃないが、牢屋にいる感じ」 約395キロに及ぶ壁の建設には約1.35兆円の費用が投じられた 当初、防潮堤建設という考えを多くの住民は歓迎したが、時間の経過とともに批判的な見方も出てきた 計画段階で十分な助言を求めなかったことを指摘する意見 防潮堤建設に費用が充てられることで、住宅など他の再建が遅れることを懸念する声 防潮堤によって観光業が悪影響を受けると心配する人も 建物の再建について、まずは巨大防潮堤が建設されてから許可される 大月規義 「被災者置き去り「復興レース」、予算消化の工事ばかりが進む現実」 10年間で32兆円が計上されている復興予算のタイムリミットまで、あと2年 巨額の復興予算を使い切ろうと、国と自治体が二人三脚で猛ダッシュをする “住民無視”で進む防潮堤工事 工期が迫り「ずさん設計」 地元が反対し、2年半もの話し合いをへて、防潮堤の位置を陸側に30メートルほど後退(セットバック)させ、浜辺が残るようにした 県は長期にわたる地元との協議を台無しにし、海と浜辺が水際の防潮堤によって遮断される当初案で、工事を進めようとしていた 業者にしてみれば、ショートカットに造ったほうが造りやすい 「予算打ち切り」恐れる自治体 復興予算使えるのはあと2年 被災自治体が負担する割合は事業によって異なるが、平均するとわずか0.07%(220億円)。ほとんどが国費で建設される だが20年度を過ぎると、県などの地元負担は50%に一気に跳ね上がる 「海が見えないことは 故郷がなくなること」 気仙沼市の内湾地区 防潮堤を、設計より「22センチ」高く建設 気仙沼市民は海と共に生きてきた。防潮堤を造るにしても、海が見えて、海とのつながりが実感できるように1センチでも低くしてほしいという思いなのです 当初の設計よりも高くなったのは、震災で一時、沈んだ気仙沼の内湾の土地が、震災後に自然に隆起して、その分がかさ上げされたから 「防潮堤より大切なものが」「巨大な壁」に抵抗感 「復興加速」の政府 住民の気持ちを置き去り 「ぐっちーさん「お涙頂戴復興」はもうやめよう 本当に復興するとはどういうことだろうか」 ズレる「震災後報道」は「復興の邪魔」 報道の人たちは本当に事故がどうだったかではなく、お涙頂戴によく合うような事例を探していて、それに合うインタビューを取って帰るので、お断りだ、と言っているわけです 被災地は高齢化・人口減を前提に計画を立て直せ オガールプロジェクトは、補助金に依存せずに黒字化を成し遂げた日本初、唯一といってもいい公民連携プロジェクト 被災地からのオガールへの視察は頻繁で、100を超える市町村の人たちを研修として受け入れてきました せっかく見学に来ても、実際には100%民間資本による人口減少前提のオガール型の復興施設を作ったところは100以上の市町村がやって挙句、残念ながらほとんどありません。 オガールの成功事例と経験が全くといっていいほど、使われていません それどころか、なんと、この期に及んで、人口増加を前提とした復興案を地方議会が提出しています。政府から莫大な補助金を得るだけならまだしも、今後の維持管理費をどうするのか、と言いたくなるような巨大なハコモノ施設が、東北中で次々と建設、完成しつつあるのです 本物の復興とは「持続的なビジネス」に結びつけること
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原発問題(その11)(原発汚染水処理 対応を急げ、経団連会長の「原発巡る公開討論」早くも腰砕け 脱原発団体が呼応も 経団連は「時期尚早」、原発事故処理費用「81兆円」衝撃の数字はこうして算出された 「減額」のヒントもここにある、除染後も深刻な高線量 グリーンピース調査 国の除染作業で賃金不払い 違法労働も横行) [国内政治]

原発問題については、昨年3月18日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その11)(原発汚染水処理 対応を急げ、経団連会長の「原発巡る公開討論」早くも腰砕け 脱原発団体が呼応も 経団連は「時期尚早」、原発事故処理費用「81兆円」衝撃の数字はこうして算出された 「減額」のヒントもここにある、除染後も深刻な高線量 グリーンピース調査 国の除染作業で賃金不払い 違法労働も横行)である。

先ずは、昨年9月25日付けNHK時論公論「原発汚染水処理 対応を急げ 水野倫之解説委員」を紹介しよう。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/306030.html
・『福島第一原発の汚染水を処理した後に残る大量の放射性のトリチウム水をどう処分するのか。 基準以下に薄めて海へ放出することを軸に検討を進めてきた政府が開いた公聴会では、放出に反対する意見が続出、慎重な対応を求める声が強まっている。ただ今のままではいずれ汚染水処理ができなくなるおそれがあり、新たな対応を急がなければ』、確かに敷地を埋め尽くすように林立する汚染水タンクの姿は不気味だ。
・『福島第一原発でなぜトリチウム水がたまり続けるのか。 政府が福島と東京で開いた国民から意見を聞く公聴会では40人あまりが意見を表明。その多くが海への放出に反対。 このトリチウム水とは一体どんなものか。そのサンプルをみると一見きれいで普通の水のよう。しかし基準を超えるトリチウムが含まれており、このままでは処分できない。 福島第一原発ではさまざま対策がとられてきたものの、未だに建屋地下に地下水が流れ込んで冷却水と混じり合い、毎日百数十tの汚染水が発生。 これをALPSと呼ばれる装置で浄化。高性能フィルターで、セシウムなどほとんどの放射性物質を基準以下に取り除くことができると説明。 しかしトリチウムだけは、水の一部として存在するため、除去できず東電はタンクにため続けている。 その量は92万tにのぼり、タンクも800基。今後も最大で毎年10万t弱のペースで増える見通しですが、敷地には限界があり、政府と東電は今のようなタンクによる貯蔵はあと数年が限界と説明。 そこで政府は専門家会合でトリチウム水の処分方法の検討。トリチウムを分離する技術は実用段階にはないと結論づけ、▼基準以下に薄めて海に放出する方法、▼加熱して蒸発させる方法 ▼地下深くに埋設する方法などを提示。このうち海への放出が最も安く、短時間ででき合理的だとする趣旨の報告書をまとめ、事実上、海洋放出を軸に検討。 トリチウムは、宇宙からの放射線で大気中にも存在、原発の運転でも発生。 政府や東電、規制委は、「トリチウムの放射線はほかの物質の放射線よりエネルギーが小さく、体内に取り込んでも水として存在し速やかに排出されるため、濃度が低ければ健康への影響はほとんど考えられない」と説明、全国の原発では基準以下であることを確認して海へ放出。 規制委の更田委員長は「海洋放出が現実的で唯一の選択肢」として早めに判断するよう求めてきた』、全国の原発で海へ放出されるトリチウムに比べ、メルトダウンした福島第一原発の汚染水の濃度は遥かに高いので、水で薄めて海洋放出しようと考えているのだろうが、風評被害がさらに酷くなる恐れがある。
・『トリチウム水の処分を福島の漁業者はどう考えているのか  これを受けて政府は最終判断に向けて公聴会を開いたが反対が続出。中でも目立ったのが漁業者の反発。事故で福島県沖の魚から国の基準を超える放射性物質が検出され、漁は全面自粛。その後安全性が確認された魚から試験的に漁が再開され、ここ数年は国の基準を超える放射性物質が検出されることはなく、現在はほとんどの魚を取ることができる。 それでも福島県産をためらう消費者もいて、水揚げ量は事故前の1割あまり。こうしたなかトリチウム水が海に放出されれば、本格操業が遠のき、苦しい状況に引き戻されるのではないかと懸念。 その背景にあるのは政府・東電への不信。安全という政府・東電の言葉を信じ切れない思いがあるといい、そうであるなら福島で作られた電気を使っていた東京の海・東京湾に流せばいいという意見も。 その政府・東電への不信が増大しかねない問題が。政府・東電は浄化装置でトリチウム以外の放射性物質は基準以下に処理できるとこれまで説明。 ところが一部のタンクに基準以上の放射性のヨウ素が残されていることがわかった。 公聴会でも多くの参加者が「事実を隠していたのではないか。話が違う」と問題視。 これに対して政府や東電は「フィルターを使い続けると一部で基準を上回る場合もあるが、汚染水の浄化は被ばくなどのリスクを下げることが目的で、濃度もホームページで公開してきた。」と、当初問題ないとの立場。 ただ東電は会見や説明会などで積極的に説明しようとはしなかった。東電は不都合な情報の公開には消極的。こうした体質が改善されない限り、信頼回復は進まない』、「一部のタンクに基準以上の放射性のヨウ素が残されている」、ことが判明したとは驚きだ。このような東電・政府の隠蔽体質では、信じろという方が無理だ。。  
・『政府・東電は今後どう対応すべきか  政府・東電がまずやらなければならないのは公聴会で出された意見や疑問に対して一つ一つ丁寧に答えていくこと。浄化装置で基準超えの物質が残っていることをなぜ積極的に公表しないのか。各タンクの放射性物質の濃度は。基準を上回る放射性ヨウ素はどう処理するのか、説明を。 また公聴会ではトリチウムが健康に与える影響を疑問視し、石油備蓄基地で使われる10万t級の大型タンクに置き換えてさらに長期間保管する提案も。 ほかの対策のように安全性やコストなどを試算していかなければ。 さらに今回意見を聞いたのは福島と東京の3か所だけ。政府はさらに広く公聴会などを開催し対話を積み上げていくことも考えていかなければ』、その通りだ。

次に、2月18日付けダイヤモンド・オンライン「経団連会長の「原発巡る公開討論」早くも腰砕け 脱原発団体が呼応も、経団連は「時期尚早」」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/266340
・『日本経済団体連合会(経団連)の中西宏明会長(日立製作所会長)が提唱した、原子力発電の是非を巡る「公開討論」が頓挫しかかっている。 中西会長は大手新聞各社との年初に際するインタビューで、「(原発の是非について)一般公開の討論をすべきだと思う」と述べていた。 小泉純一郎元首相が顧問を務める市民グループの「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」(原自連)がこれに呼応。2月14日に記者会見を開催し、事務局長の河合弘之弁護士は、1月11日および2月13日の2度にわたり経団連に公開討論会開催の要請書を手渡したことを明らかにした』、経団連会長としては、珍しい勇み足だ。
・『経団連が火消しに回る  しかし2月13日の申し入れからわずか2日後の15日、経団連は原自連に「現時点において公開討論会を開催する考えはない」と電話で伝えた。 「現在、4月をメドに電力政策に関する提言を取りまとめているところであり、国民の理解を得るための広報のあり方についても検討中であること」(経団連広報本部)が理由だという。 原自連の吉原毅会長(城南信用金庫相談役)は、「書面で回答を求めたのに電話で済ませようとしてきた。あくまでも書面回答を待つ」と粘り強く働きかけていく構えだ。 そもそも事の発端は中西発言だった。1月5日の東京新聞朝刊は、「国民が反対するもの(=原発)はつくれない。全員が反対するものをエネルギー業者や日立製作所といったベンダー(設備納入業者)が無理につくることは民主国家ではない」と、新聞各社のインタビューで中西会長が述べたと伝えている。 この発言について河合氏は「先進的な意見だ」と高く評価した。吉原氏も、「企業は国民によって支えられている。国民の意思の反することをすれば、企業イメージの低下は免れない。(中西会長の)ビジネスマンとしての考え方が滲み出た発言ではないか」と述べた。 吉原氏によれば、顧問を務める小泉元首相からは、「公開討論会はすばらしいことだ。頑張ってくれ。僕も出るよ」と激励されたという。 原自連は昨年1月、「原発ゼロ・自然エネルギー基本法案(骨子案)」を公表。各政党に脱原発への取り組みを要請した。これに呼応する形で立憲民主党は昨年3月、社民党など3野党とともに「すべての原発の即時停止、5年以内の廃炉」などを柱とした法案を国会に提出した。だが、与党の反対から審議に入れないまま、現在に至っている。 そうした中で、中西会長による「公開討論」の発言が飛び出した。中西会長はその後の1月15日の経団連の定例記者会見で、「原発の再稼働はどんどんやるべきだ」と発言。内容を報じた読売新聞(1月16日朝刊)によれば、この場でも「公開での討論を行いたい考えを示した」という。 同じ時期に、自身が会長を務める日立がイギリスの原発事業の中断を発表、多額の損失処理に見舞われることが明らかになっている。原発推進がままならない中、国(経済産業省)任せでは事が進まないとの焦りからの発言とも読み取れる』、如何に「焦り」があったとしても、原子力ムラの一角をなす経団連会長発言としては、「勇み足」では済まないだろう。
・『試される中西会長の度量  しかし、中西会長は早々にトーンダウンした。2月14日に中部電力・浜岡原発を視察した中西会長は、「まずは提言をつくることが優先課題」と記者団に答えた。 原自連によれば「1月11日の公開討論会の呼びかけに際しても、まずは提言の公表を見てもらいたいとの返答があった」(河合氏)という。河合氏は「それでは意味がない。中身がまとまってから討論しても、今までと同じく意見対立にしかならない。だからこそ再び申し入れた」と説明する。だが、経団連のガードは堅く、門戸は閉ざされている。 日本では原発を含むエネルギー政策が国民的レベルで議論されたことは皆無に等しい。それだけに、中西会長の言動に注目が集まったが、早くも腰砕けになった。 吉原氏は「今こそ経済界と市民が本音で話し、問題解決に取り組むべきだ」と述べたうえで、「時期尚早」とした中西会長の翻意に期待しているという』、どう考えても「翻意」はあり得ないだろう。

第三に、経済ジャーナリストの町田 徹氏が3月12日付け現代ビジネスに寄稿した「原発事故処理費用「81兆円」衝撃の数字はこうして算出された 「減額」のヒントもここにある」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63366
・『試算の3.7倍…  昨日(3月11日)、旧ソビエト連邦のチェルノブイリ原発と並ぶ人類史上最悪の原子力事故を引き起こした東京電力・福島第一原発では、事故の発生から9年目を迎えた。しかし、事故処理作業は今なお、迷走している。 この事故処理費用について、老舗の民間シンクタンク「日本経済研究センター」が新たなヒアリングを踏まえて2年ぶりに再試算したところ、最大で81兆円と3年前の経済産業省の試算22兆円の3.7倍に膨らむ恐れがあることが明らかになった。 政府の皮算用を大きく上回った理由は、今なお続く膨大な地下水の流入で処理すべき汚染水の量が増え続けていること、廃炉を実現するための核燃料デブリの除去が目論見通りに進まない可能性が高まっていることの2つだ。 電気料金や税金の形で国民負担に転嫁される事故処理費用をどうすれば、少なくできるのか。今週は、「的確な予測・責任ある提言」を標榜する日本経済研究センターのレポートが示唆した解決策を紹介したい』、日本経済研究センターは日経新聞社の関連会社であるが、政府の無策に我慢できなくなったのだろう。
・『なぜ、ごまかそうとするのか  福島第一原発事故は、INES(国際原子力事象評価尺度)で最悪を示す「レベル7」(深刻な事故)に分類されている。これは、1986年のチェルノブイリ原発事故と並び、1979年に米国のスリーマイル島原子力発電所で起きた「レベル5」(事業所外へのリスクを伴う事故)を上回る深刻なものだ。 東京電力の福島第一原発は福島県大熊町と双葉町に立地し、6基の原子炉を持つ発電所だったが、事故当時、運転中だった1~3号機の3機が東日本大震災で全電源を喪失して原子炉を冷却できなくなり、メルトダウン(炉心溶融)に発展。3月12日の1号機を皮切りに次々と水素爆発を起こすなどに至り、大量の放射性物質を広い地域に放出する事態に陥った。 今なお、福島県内の7市町村には帰宅困難地域が残っており、福島県によると、この事故を含み、東日本大震災に被災して同県の内外に避難している人の数はいまだに41299人にのぼっている。 福島第一原発事故の処理に必要な費用は大別して、「廃炉・汚染水処理」「除染」「賠償」の3つある。「廃炉・汚染水処理」は、主に原発敷地内で必要な費用で、作業員の人件費、機材の開発・購入費用、核燃料デブリの冷却に使う水やビル敷地内に流れ込む地下水の浄化費用が該当する。「除染」は、外部に放出された大量の放射性物質の除去の費用だ。そして、「賠償」が、帰宅できなくなった人々への補償や避難にかかる費用である。 この3つを合わせた費用に関する政府・経済産業省の見積もり額は、2011年6兆円、2013年11兆円、2016年12月21.5兆円と膨張を続けてきたが、今なお、算出根拠が曖昧であり、過少見積りではないかとの批判が存在する。これらの費用は、全額を電気料金に転嫁するか、税金で賄うかしかない。 そのため、最初から巨額の国民負担の必要性を明らかにして、世論の反発を受けたくないとか、脱・原発議論が勢いづくのを避けたいといった政治的判断が時々の政権に働いたとみられている』、政府・経済産業省の見積もり額は確かに「政治的判断」如何でどうにでもなる数字だ。
・『さらに11兆円増えた理由  そんな状況に業を煮やしたのだろう。日本の民間シンクタンクの草分け的な存在である日本経済研究センター(理事長:岩田一政元日銀副総裁)は、2年前の2017年3月公表のレポート「エネルギー・環境選択の未来・番外編 福島第一原発事故の国民負担」で、「事故処理費用は 50 兆~70 兆円」とする独自試算を示し、政府の見積もりの3倍以上に達する可能性があると指摘。 また、「負担増なら東電の法的整理の検討を」「原発維持の根拠、透明性高い説明を」といった副題を掲げて、エネルギー政策の抜本的な見直しを提言していた。2017年3月14日付の本コラム『原発廃炉に70兆円必要!? 保守系調査機関が算出した驚くべき数字』・・・でも紹介した通りである。 そして、同センターがこの試算を改定したのが、先週木曜日(3月7日)に公表した「エネルギー・環境選択の未来・番外編 続・福島第一原発事故の国民負担」・・・だ。 筆者は2年前と同じで、岩田一政理事長と、特任研究員の鈴木達治郎氏(長崎大学核兵器廃絶研究センター長・教授)、元日本経済新聞記者で経済部や科学技術部のキャップを歴任した小林辰男主任研究員の3人となっている。 レポートが衝撃的なのは、国民負担が前回(2年前)の試算よりもさらに11兆円強増えて、81兆円に膨らむとした点だ。「2年という時間の経過を踏まえて、関係者へのヒアリングなどを通じて得られた」情報をもとに再試算した結果だという。 その内訳を見ていくと、廃炉・汚染水処理、賠償、除染の3つの費用のうち、「除染費用」は30 兆円から20 兆円に縮小した。というのは、環境省が、除染の必要ながれきや土壌の分量見積もりを従来の2200 万㎥から1400 万㎥に下げたからである。 その一方で、「廃炉・汚染水処理費用」が前回試算より19兆円多い51兆円に急膨張した。 レポートは直接言及していないが、この背景にあるのは、福島第一原発が阿武隈山系から太平洋に流れ込む膨大な地下水の通り道に位置することだ。凍土壁の建設など一定の流入防止策が講じられてきたものの、今なお流れ込む地下水が少なくない問題が影を落としているようだ。 レポートは、福島第一原発の1~3号機の原子炉内にある燃料デブリの冷却に使って汚染されるものとあわせて、空気で冷やす乾式貯蔵が可能になる2030年頃までの間に80万トン程度の新たな汚染水が発生すると指摘。 この結果、処理が必要になる汚染水は、すでに福島第一原発の敷地内のタンクに溜まっている120 万トン弱の汚染水と合わせて、合計200 万トン程度に達すると言及。その前提で試算し直したところ、必要な費用は「40 兆円」になった。その結果、「廃炉・汚染水処理費用」は前回試算より19兆円多い51兆円に増えたという。 残りの「賠償費用」も膨らんだ。東京電力の支払い分がすでに8兆7000 億円を超えていることが原因で、この費用は前回試算の「8兆円」から、「今後10 兆円程度」に膨らむとしている。 これら3つの費用を合算した結果が、総額で、前回の試算より11兆円多い最大で81兆円という結論なのだ』、「除染の必要ながれきや土壌の分量見積もりを・・・下げた」のは、除染をある程度あきらめたためなのかも知れない。それでも、総額81兆円とは巨額だ。
・『レポートが示した二つの方策  81兆円と言えば、今国会で審議中の2019年度予算(一般会計101兆4571億円で、過去最大)の8割に相当する巨大な金額だ。電気料金にしろ、税金にしろ国民負担として転嫁されるのだから、もう少し効率よくできないものか。 実は、レポートは2つ方策を示している。 第一は、200万トンの汚染水の処理方法だ。現在は、ストロンチウムなどの放射性物質だけではなく、自然界に存在するトリチウムも取り除く処理をしたうえで、福島第一原発の敷地内に設置したタンクに保管し続けることになっている。レポートはこの処理に40兆円必要としているが、そのほとんどがいらなくなる方法があるという。 原子力規制委員会が安全上の問題が無いとして推奨していることに従い、放射性物質の除去を終えてトリチウムだけを含む状態の「処理済み汚染水」を薄めて、海に放出する方法に切り替えるのだ。そうすれば、廃炉・汚染水処理費用が51兆円から11兆円に激減する。 従来、この方法がネックとされてきたのは、政府や東京電力が事故以来、迅速に透明性のある情報開示をして来なかったことが原因だ。地元の漁業関係者の信頼を失い、理解を得られる状況にないという。 薄めてもトリチウムを含む処理済み汚染水を海に放出すれば、消費者が不安にかられて風評被害が起きても不思議はないのに、政府・東電がその種の風評被害は無視すべきものだとして海洋放出を強行しようとしたことが、事態の悪化を決定的なものにした。 そこで、 レポートは、風評被害に備えて、漁業関係者に追加的な補償を行う枠組みも予め用意しておくことによって、海洋放出を実現すべきではないかと提言している。試算によると、その補償コストは、「漁業関係者1500人に対して、40年分の補償をしたとしても、賠償費用が3000 億円程度増える」だけだという。事故処理費用を40兆円近く減らして総額41兆円程度に抑えることが可能だと、歴然たる効果を明らかにした』、漁業関係者の反対を追加的な補償で宥められれば、事故処理費用圧縮には確かに大きく寄与しそうだ。しかし、「カネで買う」ようなことに漁業関係者が納得するかが問題だろう。
・『第二の節約策は、ここへ来て技術的な困難さが指摘されている核燃料デブリの取り出しを断念し、チェルノブイリ原発で行ったような「石棺」化、もしくは「水棺」化して、永久管理するというものだ。核燃料デブリとは原子炉の事故で、炉心が過熱し、溶け落ちた核燃料が原子炉に使われていたコンクリートや鉄パイプなどと混ざり合った後、冷えて固まったものを指す。 依然として高レベルの汚染の中にあるうえ、コンクリートや鉄パイプが混じって体積が大幅に大きくなっているため、実態調査が当初予定よりも大幅に遅れているだけでなく、技術的に取り出せるかどうか疑問視する向きが少なくない。先月になって、ようやく本格的な現状調査が始まったものの、東京電力の担当役員らが新聞インタビューに応じ、完全撤去の難しさを認める発言をし始めているのが実情だ』、「「石棺」化」は確かに有力な選択肢だろう。ただ、「石棺」はすぐ劣化するため、補修費用も必要になる筈だ。
・『国民に負担を押し付けるだけでなく  この問題について、レポートはあくまでも、技術的な問題が解決できず、そうせざるを得ない場合のコストとして計算している。 それによると、40兆円の節約が可能な処理済み汚染水の海洋放出とあわせて、核燃料デブリの取り出し(廃炉)を断念し、石棺化(もしくは水棺化)して永久管理する方策に変更すれば、さらに6.7兆円程度の節約が可能だ。「廃炉・汚染水処理費用」が4.3兆円程度に、事故処理費用総額が35兆円程度にそれぞれ抑制できる計算となっている。 ただ、この35兆円には、廃炉を前提として、すでに帰還を果たした住民への新たな賠償や移住問題や、石棺化などをした際の2050 年以降の原子炉の管理費用が含まれていない。 そこで、賠償費用として、福島県内に避難している約9000 人に対して直ちに1人年間 1000 万円の補償を始め、30 年間かけて金額を徐々に減らし、2050 年にゼロにする賠償を行うとすると、その費用は1兆 4000 億円程度になるという試算も示した。廃炉費用に比べれば4分の1以下で賄える計算で、石棺化も検討すべき方策だと解釈することが可能だろう。 福島第一原発事故の発生時の民主党・菅直人内閣、後継だった野田佳彦内閣、そして政権奪還に成功した安倍晋三内閣と、歴代の政権はこれまで、世界最悪の福島第一原発事故の悪影響を少しでも小さく見せようと、事故処理費用の過少見積もりを公表してきた。脱・原発論が勢い付くのを嫌い、直接の被害者にも費用や技術の面から原状復帰はできない可能性が大きいことを告げずに来たのだ。 そのために、不都合な真実には悉く蓋をせざるを得なかった。原子力規制委員会の見解として海洋汚染の懸念はないとしながら、漁業関係者の反発が再燃するのを恐れて、ストロンチウムなどの放射性物質を除去した処理済み汚染水の海洋放出の判断・決定を東電に押し付けてきたことや、住民に帰宅可能だと言い張り続けるために、廃炉を不可能と見る専門家が多いにもかかわらず、核燃料デブリを除去するとの空手形を切り続けてきたのである。 しかし、その費用は電気料金や税金で賄われる仕組みになっている。事故から8年の歳月が経ったにもかかわらず、手をこまねいて、国民負担を膨張させ続けているのだ。将来、重い負担が待っていることを、国民が知らされていない問題は大きい。 日本経済研究センターのレポートは、それらの問題の一端を明らかにした。われわれ国民は、その知見を活かして、福島第一原発の事故処理を抜本的に見直すように、政府に迫るべきだろう。 さらに看過できないのは、不都合な真実をひた隠しにして、国民に膨大な負担を押し付ける政府の無責任な姿勢が、福島第一原発の事故処理だけでなく、エネルギー・原子力政策全般に共通している点だ。 実は、今回のレポートは、後半部分で、この問題に触れている。直近の電源別の1kWhあたりの発電コストの比較表を掲載して、メガソーラー(大規模太陽光発電)をはじめとした再生可能エネルギーと原子力の格差が大幅に縮小していることを明示、経済的に廉価という理由で原子力存続を押し進める政府の姿勢に疑問を呈しているのだ。 筆者から見ても、今なお、最終処分場も決められない政府に、原子力発電・堅持を唱える資格はないだろう。あの深刻な事故から8年。原子力政策の抜本的な見直しが避けて通れない時期を迎えているのである』、確かに政府は、エネルギー・原子力政策の見直しを先送りせずに、正面から取り組むべきだ。そのためには、徹底した情報開示とそれに基づいた選択肢の提示が必要だ。

第四に、3月26日付け東洋経済オンライン「除染後も深刻な高線量、グリーンピース調査 国の除染作業で賃金不払い、違法労働も横行」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/273070
・『2011年の福島第一原子力発電所事故を機に立ち入りが厳しく制限されている福島県内の「帰還困難区域」のほか、すでに避難指示が解除されて住民の帰還が進められている区域でも深刻な放射能汚染が続いていることが、国際環境NGOグリーンピースの調査によって明らかになった。 グリーンピースは2018年10月、福島県浪江町の帰還困難区域のほか、飯舘村と浪江町の避難指示が解除された区域で、空間放射線量を詳細に測定した。それによると、浪江町の帰還困難区域である大堀、津島の3つの測定場所でそれぞれ平均値として毎時4.0マイクロシーベルト、毎時1.2マイクロシーベルト、毎時1.3マイクロシーベルトを記録(地表から1㍍の高さの空間放射線量率を、ヨウ化ナトリウムシンチレータ測定器を用いて1秒ごとに測定)。 すでに避難指示が解除され、居住が認められている浪江町の2カ所と飯舘村内1カ所の計3カ所の測定場所でも、平均値がそれぞれ毎時1.9マイクロシーベルト、1.8マイクロシーベルト、0.7マイクロシーベルトに達していた。 いずれの場所も、追加被ばく線量年間1ミリシーベルトを達成するために日本政府が除染実施の目安としている毎時0.23マイクロシーベルトを大幅に上回っていた。こうした事実を踏まえ、報告書は「避難者が戻って安全に暮らせるレベルになっていない」「日本政府は現状の避難指示解除政策を見直すべきだ」と結論付けている』、最近は除染後の線量についての一般マスコミの報道が殆どないなかで、実際はこんあに酷いとは貴重な情報だ。帰還を進める政府には不都合なので、一般マスコミは自粛しているのかも知れない。
・『居続けると原発労働者を上回る被ばく  グリーンピースは原発事故直後である2011年3月以来、福島県で放射能汚染の実態を調査してきた。29回目となる今回、調査したのは浪江町および飯舘村の計6カ所。それぞれの場所で、ゆっくり歩行しながら一定間隔でそれぞれ数千ポイントに及ぶ詳細な測定を実施した。 そのうち浪江町の大堀、津島は帰還困難区域である一方、その一部が政府から「特定復興再生拠点区域」に認定され、除染を実施したうえで2023年3月の避難指示解除を目指すとされている。しかし、福島原発から西北西約10キロメートルの距離にある大堀地区の汚染レベルは深刻で、グリーンピースが調査した場所の平均値は毎時4.0マイクロシーベルト。最大値は同24.3マイクロシーベルトに達していた。 毎時4.0マイクロシーベルトを政府の計算式に基づいて年換算すると20ミリシーベルトを超えており、そこに居続けた場合、福島第一原発で働く労働者の年間平均被ばく線量3.7ミリシーベルト(2019年1月の月間実績値を年換算)をも大幅に上回る。 また、福島第一原発から北西約30キロメートルの津島地区で避難住民の自宅を測定したところ、平均値が毎時1.3マイクロシーベルトと、国の除染目標である毎時0.23マイクロシーベルトを大幅に上回っていた。この避難者宅は政府のモデル除染事業の実施対象に選ばれ、2011年12月と翌2012年2月に大掛かりな除染が実施されたものの、依然として放射線量が高いままだ。自宅敷地内では最高値として毎時5.9マイクロシーベルトという高線量も記録した。 浪江町や飯舘村のすでに避難指示が解除された地域でも、線量の低減が十分でないことが判明した。浪江町のある小学校・幼稚園に隣接する森を調査した結果、平均値が毎時1.8マイクロシーベルト、最大値は毎時2.9マイクロシーベルトもあった。小型無人機(ドローン)を用いて測定したところ、小学校の敷地と隣接する南側では除染が終わっていたが、小学校の北側の森林では、道路沿いから20メートル離れたエリアが除染されていないこともわかった。「立ち入り制限がなく、子どもも自由に出入りできる場所でこのような放射線レベルが存在するのは憂慮すべきことだ」と、調査に従事したグリーンピース・ドイツのショーン・バーニー核問題シニアスペシャリストは3月8日の記者会見で述べている。 原発から北西約32キロメートルにある、飯舘村の農家の敷地内では、「除染終了後の2016~2018年に放射線量の低下が見られなかった」(バーニー氏)。周囲を森に囲まれており、「山林の未除染部分の放射能が、裏山の下方および家屋近くを再汚染しているとも推定される」とグリーンピースの報告書は述べている。家主はやむなく家屋の解体を迫られ、現在も別の場所での避難生活を余儀なくされている。こうしたことから報告書では、「住宅の除染の効果が限定的であったこと」や「帰還した場合の被ばくリスクの低減も限定的になるだろう」と指摘している』、こんな不十分な除染で帰還させるとは、犯罪的行為だ。
・『ずさんな除染労働、人権侵害も  グリーンピースは、国が進める除染についても問題視している。低賃金や賃金の不払いが横行しており、被ばく管理もずさんだという。 3月8日の記者会見に同席した元除染労働者の池田実さん(66)によれば、「雇われた会社から支給されたのは、サージカルマスクとゴム手袋、軍手、ヘルメットだけ。上着もズボンも長靴もすべて自分で用意し、汚れたままの服装で汚れたままの服装で宿舎と現場を行き来した。除染作業のリスクについてきちんとした説明がないまま現場に配置され、高線量下の場所で、草刈りや汚染土壌の運搬に従事させられた」という。 池田さんが除染作業に従事したのは放射線レベルの高い浪江町の帰還困難区域で、2014年2月から5月までの4カ月間。「現場ではアラーム機能のない積算線量計を配付され、空間線量は知らされないままに作業した。ホールボディカウンターによる内部被ばくの結果も伝えられないまま、退職願いを書かされた」(池田氏)。 池田さんが自分で持っていた空間線量計でためしに測ってみたところ、「現場では毎時25マイクロシーベルトもの高線量が計測された」(池田さん)という。 その後、福島第一原発で廃炉作業にも従事した池田さんは、「仲間ががんや白血病になっていることから、健康に不安を感じている」という。 3月8日の記者会見には国際人権NGOヒューマンライツ・ナウの伊藤和子事務局長も出席し、「原発事故被災者への政府の対応は非常に不十分。人権が侵害されている」と指摘した。問題ある実例として伊藤氏は、「原発事故直後に年間20ミリシーベルトを避難の基準に設定していること」や「山形県内で自主避難者が住宅の明け渡し訴訟を起こされていること」などを挙げた』、現場作業員への被爆対策は、聞きしにまさる酷さだ。
・『外国人技能実習生が除染作業に従事  弁護士でもある伊藤事務局長は「国連の場で日本政府の対応はたびたび問題視され、国際的に認められた被ばく限度の順守や広範囲に及ぶ健康診断実施の勧告を受けている。にもかかわらず、勧告を無視し続けている」と批判した。また、外国人の技能実習生や難民認定申請者らが技能実習計画で説明された仕事とは異なる除染作業に違法に従事していることにも言及した。 2018年以来、国の放射線審議会では、除染の目安として設定した毎時0.23マイクロシーベルトの数値が一人歩きし、「あたかも(0.23マイクロシーベルトを年換算した)年間1ミリシーベルトが安全と危険の境界であるといった誤解が生じている」などといった議論が続いている。追加被ばく線量の計算式そのものを見直し、より高い数値に置き換えようという動きも政府内にある。そうなった場合、「(国際的に合意された)1ミリシーベルト基準が守られなくなる」と伊藤事務局長は警鐘を鳴らしている』、「外国人の技能実習生や難民認定申請者らが技能実習計画で説明された仕事とは異なる除染作業に違法に従事している」というのも酷い話だ。国連でも問題視されるなかで、安倍首相はよくぞ「アンダー・コントロール」などと大見得を切れたものだ。これでオリンピックを迎えるとは、日本も「厚顔無恥」になったものだ。
タグ:東洋経済オンライン 風評被害 ダイヤモンド・オンライン 福島第一原発 原発問題 現代ビジネス 日本経済研究センター NHK時論公論 町田 徹 (その11)(原発汚染水処理 対応を急げ、経団連会長の「原発巡る公開討論」早くも腰砕け 脱原発団体が呼応も 経団連は「時期尚早」、原発事故処理費用「81兆円」衝撃の数字はこうして算出された 「減額」のヒントもここにある、除染後も深刻な高線量 グリーンピース調査 国の除染作業で賃金不払い 違法労働も横行) 「原発汚染水処理 対応を急げ 水野倫之解説委員」 大量の放射性のトリチウム水をどう処分するのか トリチウムだけは、水の一部として存在するため、除去できず東電はタンクにため続けている 92万tにのぼり、タンクも800基 専門家会合でトリチウム水の処分方法の検討 トリチウムを分離する技術は実用段階にはないと結論づけ 海への放出が最も安く、短時間ででき合理的だとする趣旨の報告書 漁業者の反発 背景にあるのは政府・東電への不信 一部のタンクに基準以上の放射性のヨウ素が残されていることがわかった 東電は不都合な情報の公開には消極的。こうした体質が改善されない限り、信頼回復は進まない 政府はさらに広く公聴会などを開催し対話を積み上げていくことも考えていかなければ 「経団連会長の「原発巡る公開討論」早くも腰砕け 脱原発団体が呼応も、経団連は「時期尚早」」 中西宏明会長 が提唱した、原子力発電の是非を巡る「公開討論」が頓挫しかかっている 年初に際するインタビューで、「(原発の是非について)一般公開の討論をすべきだと思う」と述べていた 「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」 2度にわたり経団連に公開討論会開催の要請書を手渡した 経団連が火消しに回る 試される中西会長の度量 「原発事故処理費用「81兆円」衝撃の数字はこうして算出された 「減額」のヒントもここにある」 2年ぶりに再試算したところ、最大で81兆円と3年前の経済産業省の試算22兆円の3.7倍に膨らむ恐れがあることが明らかに 処理すべき汚染水の量が増え続けていること 核燃料デブリの除去が目論見通りに進まない可能性が高まっていること 必要な費用は大別して、「廃炉・汚染水処理」「除染」「賠償」の3つ 政府・経済産業省の見積もり額は、2011年6兆円、2013年11兆円、2016年12月21.5兆円と膨張を続けてきたが、今なお、算出根拠が曖昧であり、過少見積りではないかとの批判が存在 世論の反発を受けたくないとか、脱・原発議論が勢いづくのを避けたいといった政治的判断が時々の政権に働いた さらに11兆円増えた理由 「エネルギー・環境選択の未来・番外編 続・福島第一原発事故の国民負担」 前回(2年前)の試算よりもさらに11兆円強増えて、81兆円に膨らむ 「除染費用」は30 兆円から20 兆円に縮小 環境省が、除染の必要ながれきや土壌の分量見積もりを従来の2200 万㎥から1400 万㎥に下げたから 「廃炉・汚染水処理費用」が前回試算より19兆円多い51兆円に急膨張 80万トン程度の新たな汚染水が発生 タンクに溜まっている120 万トン弱の汚染水と合わせて、合計200 万トン程度に達する 「廃炉・汚染水処理費用」は前回試算より19兆円多い51兆円に増えた 「賠償費用」も膨らんだ 前回試算の「8兆円」から、「今後10 兆円程度」に膨らむ 総額で、前回の試算より11兆円多い最大で81兆円という結論 レポートが示した二つの方策 トリチウムだけを含む状態の「処理済み汚染水」を薄めて、海に放出する方法に切り替えるのだ。そうすれば、廃炉・汚染水処理費用が51兆円から11兆円に激減 風評被害に備えて、漁業関係者に追加的な補償を行う枠組みも予め用意 「漁業関係者1500人に対して、40年分の補償をしたとしても、賠償費用が3000 億円程度増える」だけ 第二の節約策は、ここへ来て技術的な困難さが指摘されている核燃料デブリの取り出しを断念し、チェルノブイリ原発で行ったような「石棺」化、もしくは「水棺」化して、永久管理 国民に負担を押し付けるだけでなく 石棺化(もしくは水棺化)して永久管理する方策に変更すれば、さらに6.7兆円程度の節約が可能だ 賠償費用として、福島県内に避難している約9000 人に対して直ちに1人年間 1000 万円の補償を始め、30 年間かけて金額を徐々に減らし、2050 年にゼロにする賠償を行うとすると、その費用は1兆 4000 億円程度になるという試算 将来、重い負担が待っていることを、国民が知らされていない問題は大きい さらに看過できないのは、不都合な真実をひた隠しにして、国民に膨大な負担を押し付ける政府の無責任な姿勢が、福島第一原発の事故処理だけでなく、エネルギー・原子力政策全般に共通している点だ 今なお、最終処分場も決められない政府に、原子力発電・堅持を唱える資格はない 「除染後も深刻な高線量、グリーンピース調査 国の除染作業で賃金不払い、違法労働も横行」 国際環境NGOグリーンピースの調査 「避難者が戻って安全に暮らせるレベルになっていない」「日本政府は現状の避難指示解除政策を見直すべきだ」と結論付けている 居続けると原発労働者を上回る被ばく ずさんな除染労働、人権侵害も 外国人技能実習生が除染作業に従事 国連の場で日本政府の対応はたびたび問題視され、国際的に認められた被ばく限度の順守や広範囲に及ぶ健康診断実施の勧告を受けている
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道徳教育(その4)(中学初の道徳教科書と問われる文科省、道徳を「教科化」してもいじめは減らない!? きれい事ばかり並ぶ残念な中身) [社会]

道徳教育については、2017年5月11日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その4)(中学初の道徳教科書と問われる文科省、道徳を「教科化」してもいじめは減らない!? きれい事ばかり並ぶ残念な中身)である。なお、従来のタイトルには、教育(そのX)を付けていたが、これは削除した。

先ずは、昨年3月29日付けNHK時論公論「中学初の道徳教科書と問われる文科省」を紹介しよう。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/293434.html
・『今年の小学校に続き、来年春から中学校で教科となる道徳の初めての教科書検定が終わりました。奇しくも物事を広い視野から多面的・多角的に考え、生き方についての考えを深めるという「考える道徳」の実現に向けて教育現場の理解を得なければならないはずの文部科学省にとって、現場の信頼を失いかねない事態が起きています。 初の中学校道徳教科書検定の内容と問題点に加え、前川前事務次官が中学校で行った授業への文部科学省の対応を通して、道徳教育のあり方について考えます』、安倍首相をはじめとする文教族の国会議員は、道徳教育に異常なまでにこだわるが、モリカケ問題などの不祥事を引き起こしておいて、道徳教育とは聞いてあきれる。
・『小中学校の道徳は、教科外の特別活動などと同じ位置付けでしたが、文部科学省はいじめ問題への対策などを理由に特別の教科に格上げすることを決め、小学校はこの4月から、中学校は来年4月から実施されます。教科になるにあたって、文部科学省は「読み物道徳」と揶揄されてきた状況を改めて、「考える道徳」「議論する道徳」といった問題解決型の道徳に変えることを目指しています。教科になれば検定を受けた教科書を使い、成績を付けることになります。中学校の道徳の教科書は、今年度文部科学省の検定を受けていて、その内容が公表されました。どんな特徴があるのでしょうか。 今回の教科書検定には、出版社8社が申請しました。そのうち7社は去年、小学校の道徳の教科書も出版していて、純粋な新規参入となるのは1社だけです。いずれも記述を修正した上で合格になりました。 小学校の道徳の教科書では、文部科学省が教科化を見据えて配布してきた文部科学省版の教科書とも言える「わたしたちの道徳」と共通する教材を取り上げた出版社が多く、総じて横並び感や画一的な印象が指摘されました。こうした傾向は、中学校でも現れていて、中学校向けの文部科学省版教材から多くの教材を取り上げたものが目立ちました。一方で、こうした教材にほぼ頼らない形で教科書を編集した老舗の出版社もあり、差別化を図ろうという動きも見られます』、殆どの教科書は文科省のタネ本「わたしたちの道徳」を下敷きにしているらしい。
・『では、中学校の道徳の教科書検定で付いた意見には、どんなものがあるのでしょうか。 特徴的なのは、3つの出版社の教科書に「内容全体」を対象に「学習指導要領に示す内容に照らして、扱いが不適切である」という意見が付いたことです。どういうことなのか。道徳の学習指導要領には「節度、節制」「思いやり、感謝」「友情、信頼」など22にわたる項目が示されていて、教科書ではこれらの項目を必ず取り上げることになっています。これらの項目にはさらに細かく要素が示されています。例えば「節度、節制」では、「望ましい生活習慣を身に付け、心身の健康の増進を図り、節度を守り節制に心掛け、安全で調和のある生活をすること。」となっています。 ある出版社の1年生の教科書は、「節度、節制」のうち、「安全で調和のある」の部分が扱われていないという理由で、教科書の内容全体が不適切とされたのです。この出版社は、「中村久子~ヘレン・ケラーが抱きしめた女性」という検定意見の付かなかった教材を載せるのを止めて、自転車で小学生にぶつかりそうになり、急ブレーキをかけて自分が大けがをおった「曲がり角」という交通安全の教材に差し替えることで修正が認められました。体裁を整えるため、問題のない教材が押し出された形です。交通安全は大事ですが、発達段階を考えればこの教材への差し替えがふさわしいのかとの疑問も浮かびます。学習指導要領のたがを一言一句はずさない方針が、意見が付かない子どもたちの探究心を育む教材を差し替えることにつながる可能性を示しています』、「道徳の学習指導要領には・・・22にわたる項目が示されていて、教科書ではこれらの項目を必ず取り上げることになっています。これらの項目にはさらに細かく要素が示されています」、何とがんじがらめの押し付け教育なのだろうか。
・『なぜこんなことが起きるのか。 背景にあるのは、道徳特有の検定の難しさです。教科書検定では、基本的に学術的な根拠に基づいて事実関係などに誤りがないかを判断し、必要があれば検定意見が付けられます。しかし、道徳の場合は、学術的な基盤が定まらない事柄が多く、何を根拠に検定意見を付ければいいのかがはっきりしないため、当初から検定に馴染まないという声が文部科学省の教科書検定審議会の委員の間からも上がっていました。教科書の編集に長年携わって来た出版関係者の1人は「1つの細かな事由で全体が不適切というのは、道徳以外では例がないのではないか」と指摘します。学習指導要領の項目に当てはめることが目的化しているようでは「考える道徳」への足かせになるだけです』、その通りだ。
・『今回合格した教科書には、もう一つ、気になる点があります。すべての教科書に道徳の授業について振り返って学んだことや自分の成長を記録する欄が設けられている中で、5つの出版社の教科書は生徒自身が自らの理解度を3段階から5段階といった方法で評価するようになっていることです。道徳の教科化に伴い、もっとも議論となったのが成績をどうするのかという問題でした。教科となる以上、付けざるを得ないという結論になったものの、子どもたちの内面に点数を付けることはできないとして、段階別や点数での評価はしないことになった経緯があります。文部科学省は「先生が点数で評価するわけではなく、生徒の自己評価であれば問題ない」との立場です。しかし、道徳教育に関する文部科学省の調査に中学校の先生の43%が「指導の効果を把握することが困難だ」と答えています。そこに数値があれば、利用したくなっても不思議はありません。文部科学省はもう1度、成績のあり方について学校現場に周知する必要があります』、「生徒の自己評価であれば問題ない」との文科省の姿勢は、評価の問題から逃げているだけの無責任なものだ。甘くつける生徒と、厳しくつける生徒の間の衡平をどうするのだろう。
・『教科書はできましたが、「考える道徳」の実現に向け課題は多く残されています。 そうした中、文部科学省と学校現場の信頼関係を崩しかねない事態が明らかになりました。前川前事務次官を授業の講師に招いた中学校にその理由や授業の内容の報告を求めていた問題です。この問題では自民党の文部科学部会の部会長と部会長代理の2人の国会議員が、文部科学省が学校にメールで報告を求める前に問い合わせを行っていたことも明らかになっています。メールの内容が、前川氏が天下り問題で辞任していたことや、出会い系バーの店を利用していたことを指摘するなど、個人への中傷とも取られかねないおよそ道徳的とは思えない内容が含まれていることにも批判があります。前川氏が行った授業というだけで法令違反でもないのに詳細な質問をすること自体、現場の萎縮や忖度を生むおそれがあり、行きすぎだという声が教育関係者の間にも広がっています。当初、文部科学省は授業が行われたことを地元紙の報道で知ったと説明していましたが、国会議員からの指摘でわかったと説明を変えたり、議員の指摘で学校への質問内容を修正したりしたことも明らかになり、釈明に追われています。およそ道徳教育を司るにふさわしいとは思えない対応にはあきれるばかりです。文部科学省と各地の教育委員会や学校との関係がぎくしゃくすれば学校教育全体がゆがむことにもなりかねません。影響を受けるのは子どもたちだと言うことを忘れてはならないと思います。 道徳の教科化にあたっては、戦前の教育勅語体制下の「修身」の復活につながるという根強い批判があります。学習指導要領の型にはまった窮屈な教科書や学校現場の萎縮を生むような文部科学省の対応がそのことを想起させるようなことはあってはなりません』、前川氏の授業への介入問題を引き起こした自民党の文教族と、これに従った文科省の対応は、お粗末の一言に尽きる。「およそ道徳教育を司るにふさわしいとは思えない対応にはあきれるばかりです」とは言い得て妙だ。

次に、3月14日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した教育評論家の森口朗氏へのインタビュー「道徳を「教科化」してもいじめは減らない!? きれい事ばかり並ぶ残念な中身」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/196826
・『2018年度から小学校で教科化された「道徳」。文部科学省は、道徳教科化の目的として、いじめ問題の対応を第一に挙げているが、はたしてどのような効果が期待できるのだろうか。著書『誰が「道徳」を殺すのか』(新潮新書)がある、教育評論家の森口朗氏に話を聞いた』、「いじめ問題の対応」は口実に過ぎず、「道徳教科化」を虎視眈々と狙っていたのだろう。
・『道徳の「教科化」 きっかけは壮絶ないじめ事件  道徳が教科になったとはいえ、授業時間は1年生から6年生までずっと、週1時間であることに変わりはない。では、これまでと何が違うのかというと、大きく2つある。 1つ目は、文部科学省の検定を受けた教科書を使って、授業が行われるようになること。これまで道徳は、教科外の活動とされていたため、各学校で内容がバラバラだった。そこで、学校現場でしっかりと学習指導要領に沿った内容の教育を行なうことが義務づけられたというわけだ。 2つ目は、通知表で評価が付くようになることだ。ただ、評価といっても、数値化するのではなく、生徒1人1人の道徳性の発達を見て、記述による積極的評価を付けることになっている。 なぜ教科外だった道徳が、このタイミングで教科化することになったのか。森口氏はこう説明する。 「2011年10月11日、滋賀県大津市立皇子山中学校で2年生の男子生徒が自殺した事件が直接のきっかけです。この事件は、男子生徒の手足をハチマキで縛り、口を粘着テープで塞ぐほか、トイレや廊下での暴行、万引の強要、ハチの死骸を食べさせるなど、あまりに凄惨ないじめだったため、社会的に大きな注目を集めました。この事件で明らかになったのは、教師や教育委員会がいかに信用できないのかということ。その表れが道徳の教科化に結びついたというわけです」(森口氏、以下同)』、大津市の悲惨ないじめで問題になったのは、「教師や教育委員会」の対応だった筈なのに、「道徳の教科化に結びついた」とはすり替えもいいところだ。マスコミも一体、何をしていたのだろう。
・『道徳教育を本格化させてもいじめの認知件数は増える理由  森口氏は、学校現場がまったく信用できないからこそ、国は道徳を教科化することに踏みきったと語る。ただ、いじめに関する行政の統計データがデタラメであるため、道徳教育といじめ問題を関連づけて、効果を論じることは難しいとも指摘している。 「たとえば、全国のいじめ認知件数を公表しているのは文科省ですが、この数字は市町村の教育委員会が学校に調査を依頼し、学校から報告を受けたデータを積み上げているだけ。教育行政も『いじめは本来あってはならないものだが、起きたらしょうがないからきちんと報告しなさい』というスタンスから、『いじめは起きるものだから、気づいたらすぐ正直に報告しなさい』と、考え方をシフトしたため、報告しやすくなっている。つまり、これから道徳教育を開始しても、いじめ認知件数は増えていく可能性が高いのです」 2015年度の統計によると、小中高の児童生徒1000人あたりのいじめ発生数が最も多かったのは京都府で96.8件。反対に最も少なかったのは香川県の5.0件と、約20倍の差が出ている。 森口氏の言うように、文科省が公表するいじめ認知件数は、学校の正直度を表す調査にすぎないともいえるのだ』、文科省が「香川県の5.0件」のような不自然な報告をノーチェックで集計するとは、「いじめ認知件数」の信頼性を貶めるものだ。
・『道徳教科書は大丈夫か!? 具体性を欠く内容  とはいえ、道徳教育が無意味だというわけでは決してない。森口氏も、むしろ今回の教科化には大賛成だという。ただ、現在採択されている教科書の内容には問題があると指摘する。 たとえば、森口氏が問題とするのは、小学校6年生向けの道徳教科書に掲載されている。『青の洞門』という物語だ。 簡単に物語のあらすじを説明すると、ささいなことをきっかけに主人・中川四郎兵衛を殺してしまった武士・福原市九郎という男がいた。罪滅ぼしのために僧になり、名を禅海と改め、何か村人の役に立てないかと交通が不便だった場所に洞門(トンネル)を掘り始める。 25年間も掘り続けたある日、禅海が殺した中川四郎兵衛の息子・実之助が、父の敵を取るために姿を現す。すると、禅海は「洞門を掘り終わるまで待っていただけないだろうか」と懇願。ボロボロになりながらも、必死に頑張る姿に心を打たれた実之助は了承してしまう。 それから5年後、洞門がついに完成。禅海が「もう思い残すことはない。さぁ、お斬りなされ」と首を差し出すと、実之助は固く握手を交わしただけで、その場を去っていくという話だ。森口氏は、この物語を道徳の授業で扱うことに苦言を呈す。 「常識的に考えれば、『人を殺すことは絶対にやってはいけないこと』とまず教えないといけないはず。ですが、この話は人殺しよりも高い道徳があることを教えているようなものです。これははっきり言って、反道徳教育と言い切ってもいいでしょう」 森口氏によれば、道徳の教科書の内容は、物語中心になっているが、その前に、たとえば「なぜ人を殺してはいけないのか」、「なぜ人をいじめてはいけないのか」など、人として誰もが守らなければならない道徳律(ルール)をまずは教えなければならないはずと、強調する。 ほかにも、「なぜ法律を守らなければいけないのか」といった順法精神や、現実に起こったいじめの事件を教材に取り上げることなど、現状の道徳教育の内容はまだまだ改善の余地があると、森口氏は語る。 2019年度からは中学校でも同様に、道徳教科化がスタートする。道徳教育がどのような成果を上げるのか。長い年月がかかるが、しっかりと注視する必要があるだろう』、「道徳律(ルール)をまずは教えなければならないはず」、というのはその通りだが、ということは、何ら体系だった内容にはなっておらず、単なるエピソードの寄せ集めになっているのだろう。これでは、全く時間の無駄だ。
タグ:道徳教育 森口朗 ダイヤモンド・オンライン すり替え NHK時論公論 (その4)(中学初の道徳教科書と問われる文科省、道徳を「教科化」してもいじめは減らない!? きれい事ばかり並ぶ残念な中身) 「中学初の道徳教科書と問われる文科省」 来年春から中学校で教科となる道徳の初めての教科書検定が終わりました 「考える道徳」 文教族の国会議員 モリカケ問題などの不祥事 文部科学省はいじめ問題への対策などを理由に特別の教科に格上げすることを決め 「考える道徳」「議論する道徳」といった問題解決型の道徳に変えることを目指しています 成績を付けることになります 今回の教科書検定 文部科学省版の教科書とも言える「わたしたちの道徳」と共通する教材を取り上げた出版社が多く 3つの出版社の教科書に「内容全体」を対象に「学習指導要領に示す内容に照らして、扱いが不適切である」という意見が付いた 道徳の学習指導要領には「節度、節制」「思いやり、感謝」「友情、信頼」など22にわたる項目が示されていて、教科書ではこれらの項目を必ず取り上げることになっています。これらの項目にはさらに細かく要素が示されています ある出版社の1年生の教科書は、「節度、節制」のうち、「安全で調和のある」の部分が扱われていないという理由で、教科書の内容全体が不適切とされたのです 学習指導要領のたがを一言一句はずさない方針が、意見が付かない子どもたちの探究心を育む教材を差し替えることにつながる可能性 背景にあるのは、道徳特有の検定の難しさ 教科書検定では、基本的に学術的な根拠に基づいて事実関係などに誤りがないかを判断し、必要があれば検定意見が付けられます 道徳の場合は、学術的な基盤が定まらない事柄が多く、何を根拠に検定意見を付ければいいのかがはっきりしないため、当初から検定に馴染まないという声が文部科学省の教科書検定審議会の委員の間からも上がっていました 学習指導要領の項目に当てはめることが目的化しているようでは「考える道徳」への足かせになるだけ 生徒自身が自らの理解度を3段階から5段階といった方法で評価するようになっている 文部科学省は「先生が点数で評価するわけではなく、生徒の自己評価であれば問題ない」との立場 「考える道徳」の実現に向け課題は多く残されています 前川前事務次官を授業の講師に招いた中学校にその理由や授業の内容の報告を求めていた問題 民党の文部科学部会の部会長と部会長代理の2人の国会議員が、文部科学省が学校にメールで報告を求める前に問い合わせを行っていたことも明らかになっています メールの内容が、前川氏が天下り問題で辞任していたことや、出会い系バーの店を利用していたことを指摘するなど、個人への中傷とも取られかねないおよそ道徳的とは思えない内容が含まれていることにも批判 およそ道徳教育を司るにふさわしいとは思えない対応にはあきれるばかりです 道徳の教科化にあたっては、戦前の教育勅語体制下の「修身」の復活につながるという根強い批判 「道徳を「教科化」してもいじめは減らない!? きれい事ばかり並ぶ残念な中身」 『誰が「道徳」を殺すのか』(新潮新書) 道徳の「教科化」 きっかけは壮絶ないじめ事件 大津市立皇子山中学校で2年生の男子生徒が自殺した事件が直接のきっかけ この事件で明らかになったのは、教師や教育委員会がいかに信用できないのかということ 道徳教育を本格化させてもいじめの認知件数は増える理由 いじめに関する行政の統計データがデタラメ 『いじめは起きるものだから、気づいたらすぐ正直に報告しなさい』と、考え方をシフトしたため、報告しやすくなっている これから道徳教育を開始しても、いじめ認知件数は増えていく可能性が高いのです 文科省が公表するいじめ認知件数は、学校の正直度を表す調査にすぎないともいえるのだ 道徳教科書は大丈夫か!? 具体性を欠く内容 小学校6年生向け 『青の洞門』という物語 この話は人殺しよりも高い道徳があることを教えているようなものです。これははっきり言って、反道徳教育と言い切ってもいいでしょう 人として誰もが守らなければならない道徳律(ルール)をまずは教えなければならないはず
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貧困問題(その1)(34歳貧困男性が「今が幸せ」と感じる深刻原因 ブラック企業で働くよりバイトのほうがいい、生活困窮者を囲い込む「大規模無低」のカラクリ 生活保護受給者の「収容」はなぜ加速するのか、東京の「生活保護」はまったく機能していない まの日本は「階層」がはっきりしている) [社会]

今日は、貧困問題(その1)(34歳貧困男性が「今が幸せ」と感じる深刻原因 ブラック企業で働くよりバイトのほうがいい、生活困窮者を囲い込む「大規模無低」のカラクリ 生活保護受給者の「収容」はなぜ加速するのか、東京の「生活保護」はまったく機能していない まの日本は「階層」がはっきりしている)を取上げよう。

先ずは、ジャーナリストの藤田 和恵 氏が昨年9月28日付け東洋経済オンラインに寄稿した「34歳貧困男性が「今が幸せ」と感じる深刻原因 ブラック企業で働くよりバイトのほうがいい」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/239250
・『現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。 今回紹介するのは「転職を繰り返したせいで税金や国保の滞納があり、毎日の生活に不安や不満が付きまといます」と編集部にメールをくれた34歳の独身男性だ。 大学院卒業の前年、リーマンショックが起きた。就職が決まっていた会社からは内定を取り消され、なんとか入社した別の会社は半年で倒産。その後、転職を重ねた先は、異常な長時間労働やサービス残業、ノルマの強制などが横行する問題企業ばかりだった。 30歳手前からは、ファミリーレストランやパチンコ店でアルバイト。ホームレス、生活保護、“ネットカフェ難民”を経て現在は、マンションなどの清掃員として働いている。 神奈川県在住のカナメさん(34歳、仮名)の“経歴”である』、「大学院卒業前年、リーマンショックが起きた」、典型的就職氷河期の犠牲者だ。文系か、理系かは不明だが、前者では就職したくないので、取り敢えず大学院進学というモラトリアム人間までいたようだ。
・『滞納した税金が給与から差し引かれる  いま、ひとつ困っていることがある。ホームレス時代などの一時期、市県民税を滞納したため、給与の差し押さえに遭っているのだという。毎月およそ20万円の手取り額から滞納分を差し引かれ、カナメさんの手元には13万円ほどしか残らない生活が、ここ半年ほど続いている。13万円は、地域の生活保護水準とほぼ同額である。 「生活保護と同じといっても、僕は(生活保護利用者と違って)医療費はかかるし、働いているので昼食代とか出費もかさみます。(生活保護利用者よりも)確実に僕のほうが苦しい。もちろん、払わなかった自分が悪いんです。でも、布団もカーテンもない暮らしから、頑張ってやっとここまで挽回したのに……。落とし穴にでもはめられた気分です」 払わないとか、減額してほしいと言っているわけではなく、杓子定規に生活保護と同じ水準になるまで差し引くのはあんまりなのではないか――。自治体の担当者に電話をかけ、そう文句を言った。しかし、返ってきたのは「法律で決まっていること。どこで決まったか?国会です」という冷たく、短い答えだったという。 カナメさんは「貧困を知らない人が、制度や法律をつくっていると思います」と訴える』、「毎月およそ20万円の手取り額から滞納分を差し引かれ、カナメさんの手元には13万円ほどしか残らない」、というのは同情する他ないが、自治体もこの程度の事情で特例を設ける訳にはいかないだろう。
・『母親の“恐怖政治”に縛られてきた  生まれ育った家庭は「裕福なほうでした」。父親は国家公務員で、母親はフルタイムで働く派遣社員。幼い頃から、水泳教室や英語教室などに通い、大学進学では、浪人も許された。大学院卒業までの学費は、奨学金の返済も含めて親が負担したという。 しかし、カナメさんは両親のことを、特に母親のことを「毒親」だと非難する。毒親とは、虐待やネグレクト、過干渉、抑圧などによって、子どもに悪影響を与える親のことを指す。2000年以降に広まった言葉である。 「小さい頃から、母親の“恐怖政治”に縛られてきました。いつも母親の機嫌ばかりうかがっていました」とカナメさん。 殴る蹴るといった直接の暴力は受けなかったが、リモコンやラジカセ、茶わんなどのモノをよく投げつけられた。「星一徹ばりのちゃぶ台返し」も何度かあったという。 「何より嫌で、怖かったのは、でかい声で怒鳴られること。たとえば『私はお前の家政婦じゃねえんだよ』とか。後は、産みたくて産んだんじゃない、みたいなこととか。今でも、(仕事などで)大きな声で怒鳴られると体がキュッとなります」 親子関係ばかりは、他人が簡単に理解することはできない。子どもに経済的に不自由をさせない親の中にも、毒親はいるだろうし、一方で、カナメさんの両親にも、言い分はあるだろう。 ただ、息子がホームレス状態になったとき、そのことを人づてに聞いたらしい両親は「今、お前には会いたくない」と、これもまた人づてに伝えてきたという。 カナメさんは「親子の縁は自分からぶった切ったんです。今はなんの感情も、憎しみもありません」と言う。ただ、取材中は、母親について「ウソつき」「結婚生活の不満を子どもにぶつけていた」「今度会ったら殺す、くらいの気持ち」と恨み言を繰り返した。 子どもが毒親の呪縛から逃れるのは、そう簡単なことではないのではないか。 カナメさんはこれまで10社近い会社で正社員として働いてきた。そこでは、さまざまな違法・不当な働かせ方がまかり通っていた。いわゆるブラック企業が、いかに野放しにされているかという話である。同時に、彼には実家という“一時避難先”がなく、失業しても、まともな転職先を探す余裕もなかったのだろう。 オール電化システムの購入を勧める営業の仕事では、会社が決めた出退勤時刻に従い、朝礼にも参加しなくてはならなかったが、個人事業主としての契約だった。1日200軒以上の住宅を訪問し、やり取りはボイスレコーダーで録音するよう命じられた。トラブル防止と説明されたが、「僕たちがさぼっていないかを監視することが目的だったと思います」。 毎晩の帰宅時刻は、日付が変わる頃。顧客が家にいる可能性が高い週末は、まず休むことはできなかったという。 その後、勤めたIT関係の会社では、会社で寝泊まりするのは当たり前。残業時間や深夜割増手当などという概念はないも同然だったという。 ただ、営業はむいていたのか、カナメさんの成績は悪くなかった。上司や同僚から「お前のおかげで目標達成だ!」「支店のエース」などと言われると、うれしかったという。 「洗脳されていたと思います。会社で寝泊まりしていたときも、不思議と苦痛じゃなかった。頭を空っぽにしないと、頑張るのっていいなと思わないと、やってられないというのもありました」 収入は、オール電化の訪問販売だけは歩合制だったため、月収40万円近くなることもあったが、それ以外は15万円から、多くても20万円台なかば。正社員とはいえ、ボーナスは一度ももらったことはなく、有給休暇を取ったこともないという』、親子関係は複雑だが、母親から『私はお前の家政婦じゃねえんだよ』と言われたのであれば、本人にも家事に協力しないなどの問題があった可能性もある。「これまで10社近い会社で正社員として働いてきた」というのでは、「辞めグセ」とみられて、キャリア上では完全にマイナスだ。
・『同じことの繰り返し  一方で、カナメさんが会社を辞めた理由は、「人を見下すような上司の怒鳴り方が、母親に似ていた」「異動先の支店で営業成績を上げられず、給料が下がったから」「インフルエンザになったから」「やりがいを感じない」など、必ずしもやむをない事情があったわけではないようだった。 ブラック企業など、とっとと辞めるというのはひとつの選択肢だし、メンタル不調に陥るよりはずっといい。しかし、転職先もまたブラックでは、同じことの繰り返しだ。 「不況と言われる割に、選ばなければ、仕事はあっさり見つかったんです。だから変に辞め癖が付いてしまったというか……。」 ホームレスを経験したのは、30歳を過ぎたころ。きっかけは、当時住んでいた部屋から引っ越しをするため、退去手続きを取った矢先に、勤務先の社長とトラブルになり、会社を辞めたことだった。すぐに敷金礼金を用意して新しい部屋を見つけることは難しく、宿無し、一文無しの生活は4カ月に及んだ。年齢が高くなるにつれ、特に正社員の仕事は確実に見つけづらくなっていた。 現在のマンション清掃の仕事は、アルバイトである。長時間労働も、サービス残業もない。職場には、勤続数十年の先輩アルバイトもおり、不当な雇止めの話も耳にしたことがない。皮肉なことに、非正規労働の今が、最も法律に守られた働き方をしているという。 「人間関係もすごくいいんです。正社員になることもできるそうなんですが、(基本給などが低く抑えられているので)正社員のほうが、年収が低いんです。なら、アルバイトのままでいいかなって。これ、“フリーターあるある”なんですよね」』、確かに「マンション清掃の仕事」では、正社員といっても、たかがしれているのかも知れない。
・『「今がいちばん、幸せ」  リーマンショックのあおりをもろに食らい、一方で、ここ5、6年の「アベノミクス景気」の恩恵はみじんも受けていないカナメさん。それでも選挙には必ず行く、と胸を張る。 何を基準に投票するのかと尋ねると、「勝ちそうなところに入れる」。勝利しそうな政党や、当選しそうな候補に投票するという。理由を問うと、カナメさんはこう説明した。 「自分に世の中を見る目があるかどうかを確認するためです。事前にニュースとかを見て、勝ちそうだと思うところに入れる。結果、その政党や候補が勝てば、自分には世の中の状況を見極める目があるってことになりますよね」 自分の1票を死票にしたくないということなのか。現行の制度や法律に不満を抱きながら、政治による変化は期待しないのか。見る目も何も、よほどの接戦は別にして、普通に新聞やテレビを見れば、たいていの勝敗は予想がつくのではないか。選挙での圧勝は、時に権力の暴走にもつながるのではないか。 私がさまざまな疑問をぶつけると、カナメさんは「はあ、そういう考え方もあるんですね」とあいまいな笑顔を見せた。 「今がいちばん、幸せだなって思うんです」と、カナメさんは言う。生活保護水準の暮らしは苦しいが、それもあと少しの辛抱だ。 「プロ野球の(横浜DeNA)ベイスターズのファンなんです。深夜まで働いていた頃は、野球は結果を見るだけでした。でも、今は家で野球中継を見ることができる。こんな生活、社会人になってから初めてなんです。夕食も、モヤシを(中華調味料の)ウェイパーと一緒に煮るとおいしいし、時々、それに豚バラを乗っければ十分。貧乏だし、10年後も今の仕事ができているかどうかはわからないけど、今すごく幸せだなって感じる自分がいるんです」。 今が幸せ――。社会学者・古市憲寿の著書『絶望の国の幸福な若者たち』の中には、同じような思いを抱く若者たちが登場した。古市はあるインタビューの中でこう語っている。 「人は将来に希望をなくしたときに、『今が幸せ』と感じるのではないでしょうか」』、さすが古市氏だけあって鋭い指摘だ。カナメさんも自らを慰めるためそう思い込もうとしているのだろうか。

第二に、3月1日付け東洋経済オンライン「生活困窮者を囲い込む「大規模無低」のカラクリ 生活保護受給者の「収容」はなぜ加速するのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/268225
・『昨年12月30日、暮れも押し詰まったこの日の夜、東京都町田市内のアパート「町田第二荘」に住む72歳の無職男性は、同居する61歳の無職男性に殺意をもち、首や胸を包丁で刺した。その後、刺された男性は搬送先の病院で死亡した。 警視庁や関係者によれば、殺害現場となった部屋では加害者、被害者を含め2DKに4人が同居。ダイニングやキッチン、トイレと風呂が共同で、2段ベッドが置かれた部屋で暮らしていたという。加害者が飲酒しているのを被害者がとがめたことで口論となり、殺害に至ったとされる。このアパートでは飲酒が禁止されていた。 その4カ月前の昨年8月、東京都江戸川区内のアパート「葛西荘」に住む46歳の無職男性が、同じ部屋に住んでいる70代男性に「生活音がうるさい」と注意されたことに腹を立て、顔を殴るなどの暴行を加えた。殴られた男性はその後死亡。暴行との因果関係は明らかになっていないが、2人は一部屋で生活していた』、中高年の男性が同室というのでは、こうしたトラブルは不可避だろう。
・『生活保護受給者が集団生活  両事件の現場となった町田第二荘と葛西荘は、一見普通のアパートのような外観だが、生活保護受給者など生活困窮者を対象とした施設、「無料低額宿泊所」(無低)だ。 無低は生活困難者が一時的に暮らすため、無料または低額な料金で利用できるとされる社会福祉法に基づく施設。厚生労働省の調査によれば2018年時点で、全国569施設に1万7000人が入所、そのうち生活保護受給者が1万5000人に及ぶ。法的位置づけのない無届け施設も加えると、入居者数は2015年時点で約3万2000人に及んでいる。 厚労省の無低に関する現行ガイドライン(2015年改定)は、居室は原則として個室とし、居室面積は7.43平方メートル(4畳半)以上、地域の事情によっては4.95平方メートル(3畳)以上と定める。ただし改定以前からの施設を中心に、ガイドラインの居室面積を満たしていない施設や、相部屋、また一部屋をベニヤ板などで区切っただけで天井部分が完全につながっている「簡易個室」も「一定数存在する」(厚労省)のが現状だ。 この無低業界の最大手で、上記の町田第二荘(定員20人)、葛西荘(同47人)を運営しているのが、NPO法人(特定非営利活動法人)の「エス・エス・エス」(SSS)(菱田貴大理事長)だ。同法人は無低を首都圏に122施設、定員数は4839人(2018年10月末時点)と大規模展開。2018年度の年間収入は51.7億円、収支は4300万円の黒字を確保している。 SSSは1998年に人権擁護などを掲げる政治団体「日本人権連合会」(NJR)(高橋信一代表)として発足。2000年に改称し、NPO法人に認証された。2012年から菱田氏が理事長に就任している。 メディアへの露出は少なく、東洋経済の取材依頼に対しても、「取材については日頃から慎重に対応しており、今回の取材対応については控えさせていただきたい」(広報担当者)としている。政治家に対しても同様の対応だ。「議論にあたってその現状を知るために、最大手のSSSに施設の視察を依頼したが、にべもなく断られた」。民主党政権時代に無低に関する議連を立ち上げるなど、同問題に詳しい初鹿明博衆議院議員はそう振り返る。複数の地方議会議員も視察依頼を門前払いされたと話すなど、SSSの施設運営の内実やその経営実態についてはベールに包まれている』、支援してくれそうな政治家に対してもベールで覆い隠すとは、後ろめたいところがある可能性を勘ぐられても覚悟の上なのだろう。
・『6割弱が相部屋か簡易個室  SSSによれば、2018年10月末時点で、施設のうち完全個室は4割強にとどまる。残る6割弱が町田第二荘や葛西荘のような多人数居室(相部屋)、もしくは簡易個室だ。「耐火ボードで2つに分けた部屋は3畳程度。布団を敷くと足の踏み場もない。仕切りの板は背丈より少し高い程度なので、照明や生活音が気になってゆっくり眠ることはできなかった」。生活保護を受給しSSSの簡易個室で半年ほど暮らしていた、50代の男性は話す。 「エアコンは共有でリモコンはボードの向こうの相方の部屋にあったので、自分で操作できなかった。真夏の暑いさなかに相方が不在だった折は大変だった」と振り返る。施設の入居者はみな他人同士の中高年男性ばかりのため、「人間関係のトラブルが頻繁で、暴力沙汰のけんかも何度も目にした」という。住宅費と朝夕の食費、水光熱費などとして毎月10万円近く徴収され、支給される生活保護費は手元にほとんど残らなかったと話す』、「ボッタクリ」のような印象を受ける。
・『無低の施設利用料は、本来低額のはずだが、実際は簡易個室であっても、それぞれ一部屋分の生活保護の住宅扶助基準の上限額が設定されている場合が多い。高額な食費が徴収されたり、不透明な名目の利用料が徴収されたりする場合もある。その結果、厚労省の調査によれば、86%の無低で本人の手元に残る生活保護費は3万円未満とされる。 昨年12月、無低の今後のあり方を議論する厚労省の検討会に、同省は簡易個室について「プライバシーが十分確保されているとは言いがたい」として、「段階的に解消を図っていく」「現存する簡易個室については一定の条件を付したうえで使用を認める経過措置を設けてはどうか」といった方向性を示した。 相部屋についても同様だ。一見、簡易個室の全廃に向けて舵を切ったようにも見えるが、福祉関係者からは「廃止時期の目安も示されないなど踏み込みが足りない。これではなんら具体性がない」と危惧する声が上がる。 厚労省が規制強化に強く踏み込めない背景には、生活保護などの事務を取り扱う各自治体の福祉事務所と、SSSのような大規模無低事業者との間にある依存関係がうかがえる。 「福祉事務所は多忙なため、つい手間がかからない無低事業者に頼ってしまいがちだ」。元ケースワーカーの男性はそう語る。都市部では1人のケースワーカーの担当が100世帯を超えることもザラであり、アパート探しをはじめ丁寧な対応で困窮した当事者の生活の安定を担うことは容易ではない。 他方で、「生活保護の受給さえ決まれば、大規模無低なら送迎付きで引き受け、どこかの空き施設で受け入れてくれる。その後も自治体によってはトラブルがない限り入れっぱなしにしている」(同)。 厚労省の2015年時の調査によれば、本来は一時的な居所であるはずの無低に、入所期間4年以上に及ぶ入所者が全体の3分の1を占めている。千葉県による昨年5月の調査でも、無低における1年以上の入所者率は7割に上っている。「一度入所すると、無低事業者は生活保護費から毎月取りはぐれなく利用料を得られるし、行政は事業者に丸投げすることで細かなケースワークの手間が省ける。両者はウィンウィンの関係だ」(別の元ケースワーカーの男性)。 表だって行政側は「個別の無低を斡旋・紹介することはない」としているが、例えばSSSはホームページ上で「利用のきっかけ」というデータを公表しており、そこでは入所者の96%が役所からの紹介だとアピールしている。では福祉事務所側はどうか。各福祉事務所には来所した当事者からの相談内容を記録する面接記録票が置かれているが、さいたま市の福祉事務所の一部では、「SSSへの入所契約」を前提とするような記録票を作成、設置していたことが、昨年9月に明らかとなった』、福祉事務所が事実上、「無低を斡旋・紹介」しているとは、無低にとっては「おいしいビジネス」のようだ。
・『入居者に選択の余地はほとんどない  こうした両者の「蜜月」の反面、生活保護受給者の選択権は著しく阻害されることになる。かつて大規模無低に入居していた50代男性は、福祉事務所で近隣の無低の一覧表を提示されたとき、以前と同じ団体の施設だけは避けたいと強く思っていた。 それは10年ほど前に都内のある団体の施設を利用した際、ワンフロアに二段ベッドがいくつも詰め込まれた相部屋に入れられ、プライバシーは自らのベッドの上だけという生活を余儀なくされていたためだ。 ところが、入りたいと思った施設にたまたま空きがなかったため、ケースワーカーから「ここを予約したから」と告げられて、以前と同じ団体の施設への入所を余儀なくされた。「部屋が簡易個室だということも、施設利用料がいくらかでさえも、実際に入所するまで知らなかった」 意に沿わない施設への入所を求められた結果だろうか、無低からの失踪者は少なくない。先の千葉県の現況調査によれば、無低からの退所者のうち、失踪が3割弱を占めている。 生活保護法では生活扶助は被保護者の居宅において行うという「居宅保護」の原則が定められている。居宅での保護ができない場合に限り施設に入所させるとされ、施設保護は例外という位置づけだ。だが実際に、多くの福祉事務所の現場では、施設入所が生活保護開始の条件かのように説明されることが少なくない。 今回の厚労省の検討会は、生活保護費を搾取する「貧困ビジネス」の排除を目的の1つに掲げている。無低をめぐる構造問題にメスを入れるべきだが、少なくともこれまでの議論は「無低の存在ありき」の施設保護を前提にした話ばかりに終始している。 簡易個室については踏み込み不足とはいえ規制の方向性が打ち出されたが、長期にわたる入所やサービス内容に見合わない高額な利用料については手付かずのままだ。無低問題に詳しく同検討会の構成員でもある、日本福祉大学の山田壮志郎准教授は、「原則3カ月以内、最大6カ月を目安に入所期間ないし契約期間を限定すべきだ」と主張する』、厚労省の検討会の「議論は「無低の存在ありき」の施設保護を前提にした話ばかりに終始している」とは、厚労省のやる気のなさを表している。
・『社会福祉士会から強い懸念  社会福祉の職能団体からも懸念の声が上がる。2月に入り、埼玉県社会福祉士会、東京社会福祉士会、千葉県社会福祉士会から、立て続けに厚労省の検討会宛の声明、意見が示された。そこでは簡易個室の廃止に向けての具体的スケジュール・段階の明示や、入所期間の短縮化、検討会に当事者の意見が反映されることなどを求めている。 実際、検討会の構成員は山田准教授のような学識者を除き、施設運営者と自治体幹部が占める。SSSの菱田理事長も構成員の1人だ。無低への入所を余儀なくされている当事者の意見は反映される仕組みとなっていない。千葉県弁護士会は昨年11月の会長声明で、「事業の運営に対する規制のあり方を検討するうえで、中立的、且つ費用面で利害相反する利用者の立場に純粋に寄り添う議論ができるのか、疑問なしとは言えない」と危惧を表明している。 検討会では施設運営者側から、金銭管理面や生活習慣面の課題を挙げ、入所者の居宅生活の難しさが主張されてきた。ただ今日では、認知症の高齢者など要介護者や重度の障害者であっても、できるだけ住み慣れた地域での生活を続けられるよう支援する地域包括ケアが社会福祉政策の根幹となっている。生活困窮者にのみ、逆行する「施設収容」を是とするならば、それは生活保護受給者への差別以外の何物でもないだろう』、厚労省は他の政策でもさんざんミソをつけてきたが、この問題での対応も実に酷いものだ。社会福祉士会からの要請にもっと真摯に答えてほしいものだ。一般のマスコミも取上げて、不当な「貧困ビジネス」に歯止めをかけるべきだろう。

第三に、3月23日付け東洋経済オンラインが掲載したNPO法人ほっとプラス代表理事の藤田 孝典氏と、ノンフィクションライターの中村 淳彦氏の対談「東京の「生活保護」はまったく機能していない いまの日本は「階層」がはっきりしている」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/271689
・『大学卒業後に重くのしかかる奨学金、いくら成果を出しても変わらない派遣の給与、収入が低くても受給できない生活保護……。貧困を救う制度は名ばかりなのか、貧困に喘ぐ女性が急増している。彼女たちを取り巻く大きな問題は、「1年後の自分が見えない」ということだ。大学生のような若者だけではない。派遣で働く独身女性、子どもを育てるシングルマザー……、あらゆる世代の女性たちから同じような嘆きの声が聞こえてくる。 明日に希望を持てない人が増える国に、明るい未来はあるのだろうか?いったい彼女たちに何が起こっているのか?貧困者の個別支援活動と貧困問題の改善に向けた提言を行っているNPO法人ほっとプラス代表理事の藤田孝典氏と、1億2000万PV超の人気連載「貧困に喘ぐ女性の現実」をもとに書き下ろした『東京貧困女子。』(4月5日発売)を執筆したノンフィクションライターの中村淳彦氏に、貧困に喘ぐ女性の現状について語ってもらった』、興味深そうだ。
・『SOSを求めてくる人は、どんどん増えている  中村:藤田さんはいま、ZOZOTOWNの労働問題やコンビニオーナー問題をやっていますが、雇用の問題は、本当に諸悪の根源。女性だったら非正規の単身やシングルマザーというだけでかなり厳しい貧困になる。貧困は生活が苦しいというだけでなく、健康を壊したり、子どもの未来を奪ったり、命を絶とうというところまでいく。 藤田:僕のところには年間300件くらいの相談があって、男性のほうが若干多い。ネットカフェで生活しているとか、友人宅を転々みたいな人が、どうにもならなくて相談にきます。生活困窮なり借金なり、精神疾患、障害を抱えながらSOSを求めてくる人は、どんどん増えていますね。 中村:追いつめられて助けを求めにきた人に対して、具体的になにをするの? 藤田:生活保護の申請に付き添うとか、精神疾患とかで病院に付き添うとか、借金の整理で弁護士さんのところに行くとか。アパート探しも付き添うし、やることは多岐にわたりますね。 中村:徹底して個別対応をするわけですね。藤田さんみたいな活動家がいるから、僕は取材だけに集中できる。僕はアドバイスや支援はしないけど、気づいたのは困難な現在を誰かに話すことによって、気分が楽になったり、自分がするべきことの整理がついたり、というポジティブな手応えはあった。 藤田:僕はもともと就職氷河期世代で、ホームレス状態の人とか、困窮する人たちにシンパシーがあった。「自分も将来なるんじゃないか」という恐怖感からです。路上生活者を訪問しながら味噌汁を配ったり、おにぎりを配る活動をしていると、誰もが普通に貧困になる可能性を実感する。本当に他人事ではなかった。 中村:非正規化が進んで本当に仕事が安定しなくなった。僕も含めて想像ができるのは来年くらいまでで、もうその先はわからない。女性の厳しすぎる現状を目の当たりにして、個人的には正直、近いうちに自分は死ぬかもって覚悟するようになった。最近は明るいこと、前向きなことを考えようって気持ちの方向転換をしています。現実逃避だけど』、確かに「明るいこと、前向きなことを考えようって気持ちの方向転換をしています」、そうしないとやってられないのだろう。
・『「生活保護」を嫌がる女性たち  藤田:貧困の現場からは声を上げる必要はあって、まだまだ悲惨な現実が中流以上の層には届いていない。例えば、生活保護はほとんど機能していません。 中村:かなり苦しい状態でも、女性たちは生活保護を嫌がりますね。郊外になると、特にその傾向があって、誰かに迷惑はかけたくない、みたいな言葉は何度もでてきた。 藤田:支援しながら常々思うのは生活保護なり、制度をもうちょっと使いやすくする必要性があるということ。女性は受けにくいし、高齢者も持ち家や年金があると受けにくい。ほかの国と比べると捕捉率が低いので、国民がどんどんと貧困化している。 中村:どのような制度がどのようになれば、いいのでしょう? 藤田:生活保護は、生活扶助費、住宅扶助費、医療扶助費など、8項目の扶助があるのですが、それを分解できれば圧倒的に使いやすくなります。若い女性でいえば、住宅扶助があれば助かるとか。 中村:いまの非正規の賃金水準だと、生活保護の最低生活費を割ることもある。家賃のかかる単身や、ひとり親ではとても普通の生活はできない。人によるけど、貧困のボーダーラインの人たちは家賃分程度、大雑把にいえば月5万円くらいのお金が足りていない。 藤田:生活保護の分離論というのですけど、いまの制度はもう生活に困窮したら8つの扶助をガーンと全部支給。ほかの国だと、困窮する前に予防的に分離して支給する。とことん困る前に社会保障を支給することは、世界的にみると標準的な福祉政策です。 中村:東京だと家賃がかかるだけで貧困化する。住宅扶助だけで生活が立て直せる人は、たくさん存在しますね。 藤田:日本はもうどうしてもホームレス化とか、あるいは風俗店に行っても精神疾患で働けない、みたいにならないと生活保護受給にならない。本当はその手前、家賃だけとか医療費だけでも支給してあげれば、ずいぶん変わるはずですよ。 中村:社会保障のもっといい在り方はさまざまなところで議論されているけど、国を動かす層で聞いてくれる人はいるの?女性の貧困は国や自治体の政策からはじまっている印象がある。加害者というか、貧困に誘導している張本人に相談しても、聞く耳を持たないような気がする。 藤田:そうですね。あまり、いません(笑)。基本的には生活保護はなるべく支給したくない、税金もこれ以上、上がるのは嫌という意識。社会保障を増やすのは世論の理解を得ないといけないので、地道に取り組み続けるしかない。すぐには変わらないですね。 中村:いまの自己責任の論調をみていると、中流以上のほとんどは貧困層の救済は反対でしょう。 藤田:だから、中村さんにもっと貧困の現実を可視化してもらいたい』、多少「貧困の現実を可視化」したところで、自己責任論を乗り越えるのは容易ではなかろう。
・『大学生に対する支援が「なにもない」  中村:女性の貧困はもうどの世代を眺めても、深刻な状態にあるけど、特に女子大生は大変なことになっている。大袈裟じゃなく、膨大な人数がパパ活や風俗に流れていて、正直メチャクチャなことになっている。 藤田:すごい数ですよね。 中村:これからの社会を支える若い子にそんなことさせて、なにもいいことがないどころか、とんでもない社会的損失。ほとんどの女子大生たちは風俗の仕事なんかやらないで、勉強とかサークル活動とか恋愛をしたいでしょう。 藤田:そうですね。いいことないですね。大学生に対する支援がやっぱりなにもない。高騰する学費が足りないし、なおかつ生活費も足りない。親からの仕送りも少ないし、貸与型奨学金なんてローンです。もう、どうにもならないですかね。 中村:大学生のひどい現実は、まだまだ知らない人が多い。本当のひどさは現場にいないとわからない。 藤田:本来、大学の学費は無償化、あるいは支給するのが一般的な先進諸国ですよ。OECDの加盟国でも大学の学費がこれだけ高騰、高くて、なおかつ給付型の奨学金もないなんていう国は日本くらいですから』、日本でも所得制限付きとはいえ、大学の学費は無償化されることになった筈である。
・『中村:給付があれば、女子大生たちが夜系の仕事に割いている時間は減る。その金額分だけ、あるべき姿に正常化します。数ある女性の貧困問題の中で、最も優先したほうがいいことだと思いますね。 藤田:いまの日本は、とにかく階級がはっきりしている。夜系には中間層よりも下の出身家庭が多い。上もいるけど、少数。出身家庭によって人生が左右されるのは痛々しいし、もう少し減らしていけるといいなと思います。 中村:貧困は自己責任と言うアッパーミドルの人たちも、いまの若い学生たちの現状を知れば危機感を覚えるでしょう。 藤田:基本的にはその層がやっぱり政治力も発言力も持っているし、力もある。この社会をどうしていくかを一緒に考えてもらう人を増やさないといけないですね。 中村:あと、これまでの取材で憤りを感じたのは「官製貧困」ですね。自治体の臨時職員とか、介護も保育もそう。今回の取材では、非正規の図書館司書に話を聞いたんだけど、彼女の痛々しい言葉はいまでも忘れられない。 『その日暮らしは十分できます。もっと経済的に厳しい人がいるのも十分承知はしています。けど、ずっとギリギリの生活で、なんの贅沢もしていないのに貯金すらできない。嘱託は1年契約、更新は最長5年と決まっていて、いまは4年目です。来年はすごく頑張っても、仕事で成果を出しても確実にクビになります。低賃金なので蓄えはないし、年齢ばかり重ねて、私はいったいどうなってしまうのだろう』って。 国や自治体が関わる非正規雇用は、最低賃金や最低生活費に合わせて制度設計している。国や自治体が積極的に国民や市民を貧困化させているので、もう救いがない。 藤田:自治体の窓口に行くと、だいたい生活保護基準ぐらいの手取り給料で働いていますからね。昨日まで困窮者の相談を窓口で受けていたけど、その2カ月後には自分が生活保護とか。平気でそういうケースがある。どこの自治体も非正規雇用は多いし、部署によっては過半数以上が非正規。低賃金の人は激増していますね。 中村:自治体が市民を貧困に追い込んでいるんだから、もう仕方ないのかなと思う部分がある。公的機関の男性正規職の女性非正規に対するパワハラもすごいみたいだし、もう日本はダメなんだなって感じる』、「官製貧困」は確かに酷い話だが、是正すれば税負担が重くなることを覚悟する必要がある。
・『「ちゃんと賃金上げろ」という労働運動が必要  藤田:だから労働運動が必要なの。「ちゃんと正社員として雇え」とか「ちゃんと賃金上げろ」とか「職場改善しろ」と要求していかないと変わらない。抵抗をしないとそのままです。先ほどの大学の学費も同じで、貧困に慣れてしまって、このままでいいやって意識がずっと続いているんですよね。 中村:やっぱりそこしかないんですね。 藤田:希望はそこしかないですね。だから中村さんが可視化した後は、僕らがそれを引き取って、当事者に立ち上がってもらう。当事者が「ちょっとこれはおかしいよ」っていうことを言って権利を要求していかないと、ひどくなるばかりですね。 中村:まあ、そうでしょうね。消費税増税は貧困層に直撃だし、認知症老人は数年以内に700万人を超える。危機的状況なのに、どこをみても社会保障の削減の議論ばかり。 藤田:社会保障費はずっと上がり続ける中で税収は増えない。でも、生活保護がどんどん増えているから、社会保障費を削りながら、年金医療も削減という流れは2021年以降はとくに顕著でしょうね。近い将来は「少ない金額でもよければ、どうぞ」ってなっていくかな。 中村:いままで3食食べていたのに1食に減らして、みんななんとか生き延びろってこと?路上で野垂れ死にする人を見ることが日常になるのも、もう秒読みじゃないかって覚悟しています。 藤田:いま、階層が二極化していて、株などの金融資産を持っている富裕層とか超富裕層が増えている。でも、いちばん増えているのは「第1・十分位」って言うんですけど、所得を10階層に分けたいちばん下の層(下位10%)です。 中村:それはアンダークラスと言われる生活保護基準程度で暮らす人たちですね。 藤田:働いていても、年金も受けていても、生活保護水準以下の人が増えている。今後、その人たちは高齢者になる。相当、層が分厚くなります。特に2021年以降、日本は破滅的な状況になってくるんじゃないですか。いまはまだ貧困化の過度期、僕はまだまだ底に落ちていくというイメージをもっています。 中村:所得だけでなく、男女、世代とさまざまなところが分断されていますよね。人は貧しいといがみあう。女性の貧困も原因をたどれば、すべて国の政策だし、公的機関が貧困や分断を助長している現実がある。 藤田:世代間のギャップは激しい。いまはもう10歳ぐらいの差で、かなり分断があります。たぶん、中高年はいまの若い人の状況を理解できない。所得が低い人は、低い人同士だけのつながりが深い。非常に不健全な状況はありますね』、「いまはまだ貧困化の過度期、僕はまだまだ底に落ちていくというイメージをもっています」との不吉な予言は確かにありそうなシナリオだ。
・『周りに同じような所得階級の人しかいない  中村:上層は上層だけの環境なので、どんどんおかしな政策が進んでいく。もうすでに統治ができているとは思えない。 藤田:昔だったら地域にごちゃまぜにいろいろな人たちがいたけど、いまはもうゲーテッドコミュニティという、要はマンションだったらマンションで同じような所得階級の人しかいない。ほかの人の暮らしとか、ほかの家の子どもの姿とか、見えなくなっている。 中村:心がどんよりしてきます。 藤田:僕もなにか気分が落ち込んできました(笑)』、ゲーテッドコミュニティとは、ゲート(門)を設け周囲を塀で囲むなどして、住民以外の敷地内への出入りを制限することで通過交通の流入を防ぎ、防犯性を向上させたまちづくりの手法(Wikipedia)。東南アジアなど貧富の差が大きい国で富裕層が安心して暮らせるようにしたものだ。
・『中村:なにか予防策はあるの? 藤田:個人がそれぞれ自分を防御するしかないでしょう。そのためには、まず可視化が必要。本当に大事なこと。僕も相談の許される範囲での可視化と、その次の段階である政策提言につなげています。やはり現実の悲惨な状況を1人でも多くの人に知ってもらいたい。 中村:藤田さんの話を聞いて、僕の役割は貧困の現実の可視化に力を入れることなんだと改めて思いました。今日は、どうもありがとうございました』、しっかりした「可視化」と、「政策提言」に大いに期待したい。
タグ:可視化 東洋経済オンライン ゲーテッドコミュニティ 貧困問題 政策提言 同じことの繰り返し 藤田 孝典 (その1)(34歳貧困男性が「今が幸せ」と感じる深刻原因 ブラック企業で働くよりバイトのほうがいい、生活困窮者を囲い込む「大規模無低」のカラクリ 生活保護受給者の「収容」はなぜ加速するのか、東京の「生活保護」はまったく機能していない まの日本は「階層」がはっきりしている) 藤田 和恵 「34歳貧困男性が「今が幸せ」と感じる深刻原因 ブラック企業で働くよりバイトのほうがいい」 いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」 大学院卒業の前年、リーマンショック 就職が決まっていた会社からは内定を取り消され、なんとか入社した別の会社は半年で倒産。その後、転職を重ねた先は、異常な長時間労働やサービス残業、ノルマの強制などが横行する問題企業ばかり 滞納した税金が給与から差し引かれる 母親の“恐怖政治”に縛られてきた これまで10社近い会社で正社員として働いてきた。そこでは、さまざまな違法・不当な働かせ方がまかり通っていた。いわゆるブラック企業 変に辞め癖が付いてしまった 「今がいちばん、幸せ」 古市憲寿の著書『絶望の国の幸福な若者たち』 「人は将来に希望をなくしたときに、『今が幸せ』と感じるのではないでしょうか」 「生活困窮者を囲い込む「大規模無低」のカラクリ 生活保護受給者の「収容」はなぜ加速するのか」 生活保護受給者が集団生活 「無料低額宿泊所」(無低) 2018年時点で、全国569施設に1万7000人が入所、そのうち生活保護受給者が1万5000人 無届け施設も加えると、入居者数は2015年時点で約3万2000人 厚労省の無低に関する現行ガイドライン 原則として個室 ガイドラインの居室面積を満たしていない施設や、相部屋、また一部屋をベニヤ板などで区切っただけで天井部分が完全につながっている「簡易個室」も「一定数存在する」 エス・エス・エス 無低を首都圏に122施設、定員数は4839人(2018年10月末時点)と大規模展開。2018年度の年間収入は51.7億円、収支は4300万円の黒字 メディアへの露出は少なく 今回の取材対応については控えさせていただきたい 複数の地方議会議員も視察依頼を門前払いされた 6割弱が相部屋か簡易個室 一部屋分の生活保護の住宅扶助基準の上限額が設定されている場合が多い。高額な食費が徴収されたり、不透明な名目の利用料が徴収されたりする場合もある 福祉事務所と、SSSのような大規模無低事業者との間にある依存関係がうかがえる 一度入所すると、無低事業者は生活保護費から毎月取りはぐれなく利用料を得られるし、行政は事業者に丸投げすることで細かなケースワークの手間が省ける。両者はウィンウィンの関係だ 入居者に選択の余地はほとんどない 厚労省の検討会 議論は「無低の存在ありき」の施設保護を前提にした話ばかりに終始している 社会福祉士会から強い懸念 中村 淳彦 対談「東京の「生活保護」はまったく機能していない いまの日本は「階層」がはっきりしている」 SOSを求めてくる人は、どんどん増えている 「生活保護」を嫌がる女性たち 大学生に対する支援が「なにもない」 「ちゃんと賃金上げろ」という労働運動が必要 いまはまだ貧困化の過度期、僕はまだまだ底に落ちていくというイメージをもっています 周りに同じような所得階級の人しかいない
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ビジット・ジャパン(インバウンド)戦略(その11)(忍び寄るオーバーツーリズム 日本も危機に?、ベイブリッジがくぐれないほどの「超大型客船」が横浜港に押し寄せる理由、外国人が震える旅館の実は怖い「おもてなし」 プライバシーがダダ漏れ過ぎる問題、中国人の「日本製品信仰」に陰り?観光客の消費は曲がり角) [経済政策]

昨日に続いて、ビジット・ジャパン(インバウンド)戦略(その11)(忍び寄るオーバーツーリズム 日本も危機に?、ベイブリッジがくぐれないほどの「超大型客船」が横浜港に押し寄せる理由、外国人が震える旅館の実は怖い「おもてなし」 プライバシーがダダ漏れ過ぎる問題、中国人の「日本製品信仰」に陰り?観光客の消費は曲がり角)を取上げよう。

先ずは、昨年10月17日付けNHK NEWS WEBで国際放送局記者 望月麻美氏が取材した「忍び寄るオーバーツーリズム 日本も危機に?」を紹介しよう。
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_1017.html
・『旅好きの皆さん!「オーバーツーリズム」という言葉をご存じですか? 今、世界の有名観光地の多くがこの問題に直面しています。そもそも、観光地は、お客さんに1人でも多く来てもらえればうれしいはず。でも、もし期待よりもはるかに大勢の観光客が押し寄せてきたらどうなるでしょうか…。増えすぎる観光客でさまざまな弊害が起きる事態。それが「オーバーツーリズム」です』、昨日の小田嶋氏のコラムでも触れられていた深刻な問題である。
・『急浮上してきた問題  この「オーバーツーリズム」、2年ほど前から世界で使われ始めた造語ですが、今や世界の観光を語るうえで、業界でも学術界でも欠かせない言葉になっています。 観光地に人があふれると、まず、街の混雑、交通渋滞、夜間の騒音、ゴミ問題、トイレ問題、環境破壊…さまざまな問題が起き、地元の人たちの日常生活に大きな影響を与えます。 さらに、こうした問題の発生で、観光地が魅力そのものを失ってしまうこともあります。オーバーツーリズムはこうした状態の総称と言えます』、昨日はバルセロナでの不動産価格高騰で、賃料が上昇、古くからの住民が追い出されかねないエピソードも紹介した。
・『世界では深刻な事態も  このオーバーツーリズム、世界各地で深刻な事態を生み出しています。 イタリアのベネチアでは、増えすぎた観光客に地元住民が「激怒」。怒りの矛先は、一度に大量の観光客を運び込む大型豪華客船に向かい、港に近づく船の周辺をボートで取り囲み「ベネチアに来るな」と海上デモを展開するまでになりました。 これを受けて政府も、観光船のルート変更を決めたほか、ピーク時には路上にもゲートを設置、地元住民を優先して通行させる措置を取らざるをえませんでした。 オランダのアムステルダムでは、去年、街の中心部から名物が消えました。一度に10人前後の人たちがビール片手にペダルをこいで進む観光用の乗り物「ビアバイク」です。観光客が増える中、交通渋滞や酔っ払って騒ぐなどマナーの悪化が頻発。とうとう裁判所も、「無秩序な振る舞いはまかりならん」と、営業禁止にゴーサインを出しました。 フィリピンのボラカイ島は、環境破壊が深刻化。観光客激増によるゴミや排水の汚染で海の水質が悪化したとして、政府はことし4月、観光客の立ち入り禁止措置を取りました』、大型豪華客船の大量の観光客は、宿泊代や夕食代を地元に落とさないだけに、ベネチア住民が怒るのも当然だろう。
・『島に向かう船乗り場「観光客は禁止」  改善が見られたとして10月、一部立ち入りを認めることになりましたが、私たちの取材に応じたフィリピン観光相は、観光による発展と環境保全の両立がいかに難しいかを切々と語っていたのが印象的でした』、島であれば環境保全は持続的発展に必須だ。
・『日本では?  いずれの観光地も「増えすぎた観光客」によって、その地域の持つ本来の良さを失ってしまっていることが分かります。 そして、日本にもこの「オーバーツーリズム」、じわじわと忍び寄っています。日本を代表する観光地、京都を取材してそのことを痛感しました。 バスに乗れない京都の住民  国内外から年間5000万人以上が訪れる京都。私たちは9月中旬の連休に、まず世界遺産の清水寺近くの大通りに向かいました。 そこには、観光客によるバス待ちの長い列。京都のあちこちで、もうすっかりおなじみの風景になってしまったそうです。 バスを待っていた京都在住の女性は「すごく混んで乗れないときもありますし、普通でも1、2台は待たないと乗れません。秋の紅葉シーズンはこれに渋滞が重なってバスが動かなくなります」と諦め顔。 また男性住民は「この辺りは観光で食べてますから、観光客が来ないほうが良いとは言えませんが、いろいろ弊害も出ています」と複雑な心境をのぞかせました。 また近くの住宅地で取材した別の女性住民は民泊の増加をあげ、「この辺りは住宅密集地ですが、民泊が増えて、夜中すぎても騒がしくなりました」と戸惑った様子でした。 私は2008年まで奈良放送局に赴任していて、ここ京都にもよく足を運びましたが、確かに10年前と比べ、今の外国人観光客の増加ぶりには目を見張ります。それだけ、地元住民の方々には、切実な問題が迫っていると感じました』、観光で生きている京都ではどうやっているのだろう。
・『京都は「3つの分散化」で対応  京都は、日本がオーバーツーリズムの問題に取り組むモデルケースになる。そう感じた私は、門川大作京都市長を取材しました。 市長は9月、東京で開かれた観光関連の国際的な展示会に出席、オーバーツーリズムに対する市の取り組みを紹介しています。 市長の取り組みの鍵は「分散」です。やって来る観光客の量を「制限」するのではなく、その量を「散らばらせる」ことで、混雑や渋滞などの問題を解消しようというものです。 門川市長は「混んでる時間に、混んでる場所に行ったら、混んでいるのは当たり前。これをどう分散させるかが勝負」と語ります』、「分散」は確かに平準化させるといった一定の効果はあるだろうが、絶対数が増え過ぎれば、焼け石に水だろう。
・『分散その1 時間の分散 ~朝観光の推進~  ことし、京都を代表する世界遺産 二条城は、夏季、オープン時間を、通常よりおよそ1時間早い8時に設定、観光客の分散を図りました。 8時の開城とともに訪れたアメリカから来たカップルは、「混んでなくて良いです。朝早くに来られてよかったです」と満足そうでした。 また二条城では、オープンをただ早くしただけではなく、城内の「香雲亭」を特別公開、そこで予約制の朝食を提供しました。連日満席の盛況ぶりで、「朝観光」は成果を上げていたようです』、朝に強い観光客にはいいだろうが、弱い人はついていけないだろう。
・『分散その2 場所の分散 ~新たな魅力開拓~  京都市南部の伏見区は伏見稲荷大社が混雑スポット。つまりそこ以外は比較的すいていて、観光客をどう呼び込むかが課題だったため、混雑が激しい場所から観光客を「分散」させようというのです。 私が取材した地元の商店街や観光業者らの組合が考え出したのは、まだ認知度の低い「酒どころ伏見」をアピールするツアー。酒蔵の見学と利き酒体験がセットになっています。人気も上々とのことで、取材した日には、アメリカやノルウェーなどから12人が参加していました。 イスラエル人の男性は「市の中心部とは一味違った体験でした」。また、イギリス人女性は「すいていて良いです。また来たいです」と、「人混みのない京都」を堪能していました』、これは新たな観光資源を開拓したことになり、上手くいけば効果は大きいだろう。
・『分散その3 季節の分散 ~桜と紅葉以外も楽しんで~  京都は桜の春、紅葉の秋が混雑のピークです。このため、この2つのピーク以外の季節に観光客を呼び込めないかと生まれたアイデアが、「青もみじ」です。 要するに初夏の若々しい青葉のもみじを取り上げ、「美しいのは春と秋だけではありませんよ」とアピールしているのです。 京都市は市内の寺社とも連携し、SNSによる写真の拡散につながるはたらきかけを積極的に行い、今やネットで「京都・青もみじ」と検索すれば、インスタ映えしそうな鮮やかな緑の風景がずらりと並びます。認知度も徐々に上がってきているということです』、これは、やや無理があるような気がする。
・『日本の未来とオーバーツーリズム  今、日本は、文字どおり国を挙げてインバウンド(訪日外国人旅行)の増加を狙っています。東京オリンピック・パラリンピックの2020年には、外国人旅行者を今より1000万人以上多い、4000万人に増やすことも目標としています。 観光客が増えれば当然、地域の経済効果は大いに期待できるでしょう。しかし、それはとりもなおさず、日本各地の観光地が今後、程度の差こそあれ、オーバーツーリズムの問題に直面する危険性が増すことも意味しています。 私が取材した国連世界観光機関のポロリカシュヴィリ事務局長は「世界の観光客は、ここ5年の間、毎年3%から4%の割合で伸びている」と語り、格安航空会社の進出や途上国の経済発展が、世界の「旅行ブーム」に拍車をかけている現状を指摘し、「持続可能な観光の発展」が国際社会にとって急務であることを強調していました。 国連は2017年を「持続可能な観光国際年」と定め、各国で会合を開いて問題の解決策を議論しています。そして、国連世界観光機関は先月末、提言書をまとめ、11項目の解決策を提示しました。閑散期に、観光客をひきつけるイベントを作るなど、やはり、時間や場所の「分散化」、観光関連の仕事を増やすなど「地元にメリットを感じてもらう」、混雑時のう回路などインフラを整える「まちづくりの改善」などを挙げています。 観光は地域や国の発展には欠かせない重要な要素です。観光と地域の共生のためには、なすべきことが多くあります。そして、旅を愛するひとりとして、地元の方の生活や文化を尊重する、環境や文化財を守るためにできることをもっとする、穴場のスポットを積極的に探してみるなど、訪れる観光客の側にもできることが多くあるのではと感じています』、国連でも「11項目の解決策を提示」とは、この問題の世界的な広がりを表しているようだ。日本政府もインバウンド観光客数の目標を威勢よく掲げるだけでなく、課題解決にももっと注力してほしいものだ。

次に、2月5日付けダイヤモンド・オンライン「ベイブリッジがくぐれないほどの「超大型客船」が横浜港に押し寄せる理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/192672
・『近年、客船の巨大化が著しい。2018年4月には、東京タワーを横に倒したよりもまだ長い全長362.12m、高さ66m、総重量23万トンの超大型客船「シンフォニー・オブ・ザ・シーズ」が就航した。客船の巨大化に伴い、船を受け入れる港も近年変化しつつあるのだという。今、港には何が起きているのか?横浜市港湾局の藤岡信剛氏に話を聞いた』、興味深そうだ。
・『全長300m超えの超大型客船が近年立て続けにデビュー  「横浜港のメインターミナルとなる大さん橋ふ頭の長さは、450mあります。そのため長さの面だけで見れば、たとえば全長300m超えの客船であっても、港に着けること自体は可能です」(藤岡氏、以下同) ただし、大きな船は、その分高さもある。大さん橋ふ頭に着く以前に、横浜ベイブリッジの下を通過することができないという問題が立ちはだかる。 「海上から橋まで約56mですので、それ以上の高さの船は、ベイブリッジの下を通過できません。過去には、高さ56.6mのキュナード社の大型客船『クイーン・エリザベス』が大さん橋に寄港したこともありますが、干潮時、海面が低くなる時間帯を狙っての寄港でした。昨年横浜港に寄港した『クァンタム・オブ・ザ・シーズ』のような客船は、たとえ干潮時でも、大さん橋ふ頭まで入ることはできないでしょう」 現存する船で、ベイブリッジを通過できないであろう超大型客船は、ほかにも多数ある。「シンフォニー・オブ・ザ・シーズ」の姉妹船で、全長362.12mを誇る「ハーモニー・オブ・ザ・シーズ」をはじめ、「オアシス・オブ・ザ・シーズ」、「MSCメラビリア」などだ。いずれも全長300m超え、総重量は20万トン近い。 しかし、横浜港ではこうした超大型客船を受け入れる対応策がすでにある。横浜ベイブリッジをくぐれない船を迎え入れる際は、大さん橋ふ頭ではなく、大黒ふ頭を利用しているのだ。横浜ベイブリッジよりも手前(東京湾側)にあるため、橋をくぐる必要がない。大黒ふ頭は、主に自動車専用船のために利用されてきたが、現在では、超大型客船の受け入れにも利用されることが決まっている。 横浜港の過去のデータを見ると、2017年、横浜港に全長300m超えの船が寄港したのは1回のみ。ところが2018年は11回に。2019年は「さらにその倍は寄港することが予想されている」というのだ。 「すでに寄港が決定している超大型客船はいくつもあり、さっそく4月、5月には、『クイーン・エリザベス』が大黒ふ頭で発着クルーズを行う予定です」』、大黒ふ頭が既に超大型客船の受け入れにも利用されているとは、初めて知った。
・『日本のレジャーの1つにクルーズが浸透してきた  大型客船が増加している背景には、日本人のクルーズ需要の高まりが関係しているのでは、と藤岡氏は分析する。ここ数年、外国船社が日本人をターゲットにクルージング事業を広く展開するようになっており、客足は好調なのだという。 「クルーズというと、かつては資産を持つシニア層の楽しみのようなイメージがありましたが、今は違います。1泊1万円程度のクルージングなど、若い世代でも手が届きやすいプランもたくさんあります」 クルーズ需要が伸びるに従い、客船もより大きなものへと変化していく。そして客船の就航隻数が増えれば必然的に寄港数も増えるというわけだ。加えて、日本が寄港地として人気を伸ばしているという側面もある。 国土交通省が発表した『2017年の訪日クルーズ旅客数とクルーズ船の寄港回数(速報値)』によれば、2017年の訪日クルーズ旅客数は、前年比27.2%増の253.3万人。クルーズの寄港回数は前年比37.1%増の2765回と、いずれも過去最高を記録している。 訪日クルーズ、すなわち、外国船社が運航するクルーズ船の寄港回数も、近年急激に増えている。日本船社が運航するクルーズ船の寄港回数が横ばいであることとは対照的だ。とりわけ、春と秋の行楽シーズンは人気が高く、寄港数が集中する傾向にある。 「外国人の多くは中国人観光客が占めており、沖縄や九州に多く訪れていると聞いています。2017年の寄港数は、第1位が博多港、第2位が長崎港、第3位が那覇港です。3泊や4泊のショートクルーズが人気だそうです」』、奄美大島にもクルーズ船が寄港できる港湾設備を作ろうとする動きがあったが、反対運動で流産になったようだ。
・『4月からは大黒ふ頭客船ターミナルが全面供用開始  増加する大型客船受け入れのため、横浜港では、新たな取り組みが着々と進んでいる。大黒ふ頭には、今まで出入国審査や税関検査をするためのターミナルがなかった。そのため、乗客は下船したあとにバスなどを使って、入国手続きができる場所まで移動するなどの対応をしてきた。この状況を打破すべく建設中なのが大黒ふ頭客船ターミナルというわけだ。 「今年の4月から、大黒ふ頭でも出入国審査や税関検査、乗船チェックインなどができる、ターミナルの供用が開始されます。また、見物客が集まるような大型客船の寄港に向けて見学スペースも整備中で、横浜ベイブリッジの下を通る『横浜スカイウォーク』の一部を開放し、そこを客船の見学施設にする予定です」 『横浜スカイウォーク』は、大型客船を真下に見ることができる絶好の見物スポットということで、ぜひ行ってみたいところ。ただし、スペースが限られているため、詳細については現在調整中とのことだ。 前述した『クイーン・エリザベス』をはじめ、今年は超大型客船が多数、横浜港に姿を見せる。一度その目で超大型客船の迫力を味わってみてはどうか』、「大黒ふ頭客船ターミナル」の供用開始、「見学スペースも整備中」、などは離島と違ってマイナスが余りないだけに、楽しみだ。

第三に、Agentic LLC(アメリカ)代表でプロデューサーの ジュンコ・グッドイヤー 氏とAgentic LLC共同創設者でBizSeeds編集長の村山 みちよ 氏が2月6日付け東洋経済オンラインに寄稿した「外国人が震える旅館の実は怖い「おもてなし」 プライバシーがダダ漏れ過ぎる問題」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/263394
・『日本では来年、東京オリンピックとパラリンピックが開催され、2025年には、大阪万博の開催が決定している。訪日観光客の数は年々増えており、この傾向はこの先もしばらくは続く見込みだ。多くの企業や自治体はそれを商機と捉えているだろう。 だが、本当の意味で外国人を取り込みたいのであれば、性別や人種などの偏見・差別を防ぐために政治・社会的に公平な言葉や表現に配慮する「ポリティカル・コレクトネス」は避けて通れない道だ。本連載では、日本人にはOKでも、外国人にはNGといったあれこれを検証する』、面白そうだ。
・『旅館について宿泊客一同が固まった  日本の旅館での宿泊は、欧米型ホテルとは異なる体験ができるとあって、「日本に行ったら、ぜひ旅館に宿泊したい」という外国人は多い。女将のお出迎えから始まり、美しい庭、畳の部屋、豪華な食事にお風呂と、日本でなければ体験できないそれらの一つひとつは、海外の人からするとエキゾチックで、期待に胸が膨らむだろう。 しかし、旅館にとっては長年の慣習であっても、今の時代では変えたほうがいいものもある。それが「お出迎え看板」だ。 久しぶりに帰国し、旅館を借りて顧客との打ち合わせをした際に、自分たちの名前が歓迎のお出迎え看板に掲げられていたことがある。黒い板に白字で「歓迎、○○御一行様」と書かれた、あの看板だ。私たちはそれを見て、あまりの驚きにその場で固まってしまった。そして、さらに驚いたのはその日に宿泊する部屋のドアの横に、「歓迎○○様」という張り紙が貼られていたことだ。 廊下を見渡すと、どの部屋にも宿泊客の名前が貼り出されていた。「この習慣は、まだあったのか」――。しかも、それは海外からも頻繁に客が来ると知られる老舗の旅館であったため、驚きは大きかった。 旅館に限らず、この歓迎スタイルは日本の多くの場所で見られる。観光バスや、それで乗り付けるような地方のレストランの入口などにも、こうした歓迎看板を目にする。しかし、これは客のプライバシーに触れることでもある。 守られるはずのプライバシーが、このように堂々と公開されることをありがたいと思わない人も、世の中には大勢いるはずだ。「海外生活が長いので久しぶりに歓迎看板を見ましたが、今でもある習慣なんですね」と、少し皮肉のつもりで旅館のスタッフに話しかけると、「これこそ日本の『おもてなし』ですから」と胸を張って答えていた。 セキュリティの観点からも、客の中には「自分がその旅館にいることを外部に知られたくない」という人もいるはずなのだ。それなのに、なぜ日本では先にそれを個々に尋ねないのだろうか?』、「海外からも頻繁に客が来ると知られる老舗の旅館」でもいまだにこんな有様とは、恐れ入った。海外系の旅行代理店からクレームなどが来ないのだろうか。
・『太っている人を揶揄するのも「アウト」  ポリティカル・コレクトネス(以下、ポリコレ)と聞いて、それがなんだかハッキリ答えられる人は少ないかもしれない。「デジタル大辞泉」によると、「人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まない中立的な表現や用語を用いること」とある。しかし、多種多様な民族や宗教背景を持つ人で人口が構成されているとは言えない日本では、理解しにくい部分があるかもしれない。 移民や性の多様性に寛大であろうとする欧米諸国ではもともと、公平や中立さに欠ける発言や、差別や偏見が少しでも含まれる発言は、人として口に出してはいけないという風潮はあった。が、特にアメリカでは、ポリコレは前オバマ政権下において、社会の「常識」として定着した感がある。 例えば、性の多様性への理解は、ポリコレの浸透によって劇的に高まった例と言えるだろう。アメリカ連邦最高裁判所は、2015年に合衆国憲法下での同性婚を合法化したが、こうした動きは、全世界的にマイノリティーの人権理解に対して大きく貢献したと言える。 ポリコレによる新しい常識は、かつてのアメリカの常識を「非常識」にもした。例えば、以前はアメリカでも、「太りすぎは自分をコントロールできない証拠」などと、よく言われていた。 が、これはポリコレ的には正しくない。人の体型に関する発言をすることは、今のアメリカでは許されないからだ。今は、「どんな体型であっても、すべての人間は美しい」という考えが、社会では正しいものだと認識されている。 こうした中、日本人としてアメリカに暮らし、時折、日本に仕事で戻ることを繰り返す筆者たちは、毎回、日本に帰国するたびに日本のポリコレ対策は十分ではないとヒヤヒヤすることが多い。 ポリコレがアメリカにおける一握りの特異な文化であるならそれほど心配はないかもしれない。しかし実際には、世界を牽引するグローバル企業がこぞってポリコレを重視する傾向もあることから、経済活動を妨げないためにも、ポリコレの常識は知っておいたほうがいいのではないか』、「ポリコレ」はトランプ時代になってからは、やや下火になってはいるようだが、日本は余りにも遅れているのは確かだ。
・『年齢や結婚歴などは親しくないかぎり聞かない  日本とアメリカを往復して感じるのは、日本人はひょっとしたらプライバシーについてとても大らかな国民なのではないか、ということだ。例えば年齢や結婚歴、子どもの有無などは、欧米ではかなり親しいか、相手がその話を出さないかぎりは「あえて」話題には出さないプライベートなことだ。 しかし、日本ではこれらをいきなり人に質問することが多い。日本の履歴書の定型フォームなどを見ても同じことが言える。日本では履歴書に性別や生年月日を必ず記載することになっているが、アメリカでは性別や生年月日を開示する必要はない。 重要なのは過去に、その人物がどんなキャリアを築いてきたか、どんなスキルを持っているかであって、年齢や性別などは選考には関係ないからだ。そして、その情報によってバイアスがかかってしまうことは避けるべきと考えるのが一般的なのだ。 このように、プライバシー情報の扱い方に関する欧米諸国と日本との認識のずれは、日本社会のあらゆるところに潜んでいる。前述の旅館の例なども、日本人の視点で考えれば、旅館の看板は純粋な「おもてなし」であり、それ以上でも以下でもないと思えるだろう。 しかし、プライベート情報の開示に関する文化が日本とは異なる諸外国では、その「おもてなし」はともすると「個人情報の侵害」でしかない可能性につながることは、頭の隅においておいたほうがいいのではないか。 実際にアメリカやヨーロッパからの顧客にアテンドして、日本人とアメリカ人が同席する会議や会食などに立ち会うと、ほぼ毎回、外国人側から「日本人は、どうしてこちらのプライベートな情報について聞きたがるのか?」と質問される。 以前、ある交渉の席で日本人ビジネスマンが、身長がそれほど高くないドイツ人の男性に対して、「いやー、ドイツにも自分と同じような背丈の人がいるんですね。親近感を覚えますよ」と言って握手を求めたことがあった。無神経な言い方ではあるが、日本人であれば、この日本人男性が相手に対し親しみを込めて発言したと推測できるだろう』、こんなのは外国人だけでなく、日本人に対してであっても失礼なことだ。
・『人の体形へのコメントはプライバシーの侵害  しかし、この発言がきっかけで、その場の空気が凍った。日本語を理解するこのドイツ人は、求められた握手には応じなかった。これはポリコレ的にも非常によくない発言である。その場を出たドイツ人は、「あんなにズケズケとプライベートな部分に突っ込む指摘を人から受けたのは、生まれて初めてだ」と憤慨していた。 その後、取引の交渉がどのような結果に至ったかは想像にかたくないだろう。人の体形に対してコメントをするということは、欧米ではプライバシーの侵害でもあるのだ。「本当のことなのに、なぜ言ってはいけないのか?」と納得いかない方もいるかもしれないが、本当のことだとしても口にはしてはいけないことがある。それがポリコレなのだ。 これからの訪日外国人対策において、日本流のコミュニケーションやおもてなしが海外のポリコレに対応しているかどうか、は日本ではほぼ議論されていない。ポリコレには賛否両論もあり、欧米でも「ポリコレを気にするあまり、円滑なコミュニケーションが取りにくい」など、これによる弊害を指摘する人もいる。 しかし、世界の経済の中心を動かすような大手グローバル企業ほど、ポリコレを重視する傾向がある流れを考えると、オリンピック開催前のこの機会に世界的なポリコレの動きを理解し、日本が誇るおもてなしが世界の流れに合っているかを検証してみても損はないだろう。 今はソーシャルメディアを通じて何でもすぐに拡散されてしまう。せっかくのオリンピック商機に日本でのネガティブな経験が世界に拡散されないためにも、ポリコレをある程度は意識することや、海外の慣習の常識への対応策を用意しておくのは悪いことではないと思うのだが、どうだろうか』、その通りで、全面的に賛成だ。

第四に、ジャーナリストの姫田小夏氏が2月8日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「中国人の「日本製品信仰」に陰り?観光客の消費は曲がり角」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/193352
・『横づけされた観光バスからドッと降りてくる観光客。店内はにわかに活気づき、販売スタッフも汗だくになって接客――今や日本でも恒例になった春節商戦が今年も始まった。春節が到来した銀座・数寄屋橋界隈では中国人観光客がにわかに増え、売り場は臨戦態勢に切り替わった。 だが、過去と比べると大きな変化に気づかされる。銀座四丁目の交差点では、すでに“トランク族”が姿を消していた。“ブランド品買いまくり族”も減った。かつては、大量の買い物をしてトランクに詰め込んで歩く中国人観光客が目立った銀座だったが、その光景もどうやら過去のものとなってしまったようだ。 その変化は旅行消費にも表れる。2015年に前年比70%増の高い伸びを見せたものの、その後の伸びは鈍い。観光庁の「訪日外国人消費動向調査」速報値によれば、2018年の訪日外国人客による旅行消費額は4兆5064億円(3119万人)と過去最高を記録したが、前年比の伸び率はわずか2%増にとどまった。 そのうち、訪日中国人客の旅行消費は1兆5370億円(838万人)と、全体の3分の1を超える。日本のインバウンド市場は、中国人観光客による消費に大きく依存していることは周知のとおりであり、その底上げに貢献したのが「代購(代理購入)」だった。 しかし、今年は違う。インバウンド動向に詳しい(株)クロスシーの山本達郎氏によれば「1月1日から中国で施行された『中国電子商取引法』により、海外からの代購に規制がかかったのと越境ECの普及で、訪日旅行者の買い物が消極的になっている」という。「空港の税関では取り締まりが強化されている」(日本人出張者)ことも、消費マインドを冷やす可能性がある。恐らく今年は1人当たりの購入単価がさらに減るかもしれない』、「爆買い」などの異常現象が沈静化したのは、好ましいことだ。
・『欲しい日本ブランドは減る傾向に  中国人観光客が欲しい日本ブランドも減ってきた。一昔前まで土産品に喜ばれたのは「髭剃り」だった。2014年に発売された「iPhone 6」には中国人バイヤーが殺到した。「炊飯器」「温水洗浄便座」などの電気製品もバカ売れした。だが、こうした電気製品の購入にはすでに一服感が現れている。 中国でスマートフォンの一番人気はもはや「iPhone」ではなく、国産の「シャオミ」や「ファーウェイ」だ。炊飯器も国産メーカー各社がおいしく炊ける自社ブランドを開発している。パソコンがそうだったように、電気製品は技術移転が進められたため、もはや中国で何でも生産できてしまうのだ。中国人観光客にとって「日本ブランド」の家電製品は“卒業間近”なのかもしれない。 こうした傾向を如実に映し出すのが、家電量販店の売り場だ。観光客向けの売り場は、家電製品ではなく化粧品や健康食品の棚が広がる。エスカレーターを上がりきって正面の、最も目立つゴールデンゾーンに「化粧品コーナー」を設ける家電量販店もある。 今や百貨店、家電量販店、ドラッグストア、免税店とさまざまな業態で力を入れるのが化粧品、健康食品だ。“際立つ日本ブランド”が減る傾向にある中で、比較的単価の高い化粧品は日本ブランドの頼みの綱だ。 銀座には「空港型免税店」という新しい業態ができたが、化粧品と海外のオーソリティブランド以外にも、中国人観光客向けに日本ブランドを陳列したコーナーがある。100年余の歴史を持つ腕時計や、保温・保冷機能付きのステンレスマグは依然人気アイテムだ。しかし、中国では国産ブランドが追い付け追い越せで迫っている。 ステンレスマグは、中国産ブランドが力をつけている。筆者は中国の高速鉄道駅の待合室で巨大スクリーンに繰り返し映し出される中国産ブランド「SUPOR」の広告に圧倒された。「もはや時代は中国産だ」と洗脳するには十分すぎる迫力と効果がある。このスクリーン広告費は5秒で最低70万元(約1120万円)。製品の超薄型と超軽量を実現する技術力もすごいが、人気女優を起用しての高額な広告費をポンと支払えてしまう「国産メーカー」の資本力も恐れ入る。 上海の旅行関連企業に駐在する日本人職員は、“日本ブランド信仰”がこの先いつまで続くか心配している。 「時代は『中国で生産し中国で消費する』という大きな流れの中にあることは間違いありません。中国人にとって魅力的な日本ブランドも、技術を移転させたり、企業を買収しながら、いずれは中国産に置き換えられていくでしょう」』、“日本ブランド信仰”も危ういというのは多少ショッキングだ。「もはや時代は中国産だ」ばる中国企業のキャッチコピーも残念ながらリアリティを感じさせる。
・『日本のインバウンド市場に参入する外国資本  日本のインバウンド市場には、外国資本の日本ブランドも参入する。前回もこのコラムで取り上げたが、日本や中国、そしてアジアの国々で販路を広げる“中国資本の日本コスメ”もある。 一方、某大手化粧品メーカーの関係者によれば、「定年退職後、中国企業に再就職する日本人は少なくない」という。ひと昔前は、電機や自動車業界で日本人退職者が中国企業に雇われるといった話をよく聞いたが、ついにそれは化粧品にまで及んでいるというわけだ。 外国資本には度肝を抜くような健康食品を開発する企業もある。銀座の中国系ドラッグストアでは、納豆のねばり成分であるナットウキナーゼのサプリメントが、通常価格24万8000円で売られていた。目下、セール中につき14万8000円にまで値段は下げられているが、380粒入りで約25万円のナットウキナーゼサプリとは、いったいどんな商品なのだろうか。 バングラデシュ人が代表を務めるこの企業に「価格の根拠」について電話で尋ねたが、原稿の締め切り時点でついにそれへの回答はなかった。 大阪市に拠点を置く日本ナットウキナーゼ協会にこの会社について尋ねたところ、「確かに認証マークを与える会員企業だが、価格については各社戦略があるので把握していない」とのこと。ちなみにナットウキナーゼのサプリメントは1粒が1日分(1日の摂取量の目安2000FUを含有)として30粒入りのパッケージで6000~7000円が相場だという。消費者にとって身近な製品としては、小林製薬のナットウキナーゼ(2000FU)30粒入りは通常価格1620円、DHC(3100FU)の30粒入りは1430円がある。 「やり過ぎ」は消費者の商品への信頼にとどまらず、外国人観光客の日本に対する信頼をも損ねないので要注意だ』、「大手化粧品メーカーの関係者によれば、「定年退職後、中国企業に再就職する日本人は少なくない」」、ここまできたかというのが正直な感想だ。外国系の悪徳業者は、悪評が中国でも広がれば、淘汰されるだろうが、それまでにボロ儲けしていることだろう。
・『上海でも高級品が売れなくなった  ドラッグストアでも賑わっているのは化粧品売り場だが、そこにも変化が現れている。ドラッグストアの陳列からは、売り手が注力するのが資生堂「エリクシール」であることが見て取れる。 資生堂が販売する数あるブランドの中で、エリクシールといえば中間ラインに相当する。ドラッグストアや家電量販店の売り場では、一部商品に「売り切れ」の札がかかるものもあるように、昨年から今年にかけて欠品が出るほど需要が殺到している。中国人観光客のお好みは「百貨店で売られているような高級路線」だと信じられていたが、必ずしもそうではなくなったようだ。 中国の消費市場に目を移せば、そこにもひとつの変化が始まっている。流通小売業の動向に詳しい日本人駐在員の話は興味深い。 「上海では昨年夏以降、高級百貨店、高級飲食店の売り上げに陰りが見えています。その一方で、カジュアルな小売業態や商品はよく売れています。消費をより安価なものに置き換えていく傾向が強い。今後これが消費の本流となるのかどうかは見極めどころです」 さて、冒頭で新法の施行について触れたが、「代購」への規制は一時的なものではなさそうだ。代購を一言でいうなら、「個人による仕入れ・転売」だが、これら“転売ヤー”の関税のすり抜けに中国当局は頭を痛めてきた。 他方、日本のインバウンド市場は過去数年間にわたり、このグレーゾーンでのビジネスに大きく依存してきたわけだが、「今後は正規ルートの輸出に切り替える必要がある」(日本の某化粧品メーカー)。 振り返れば昨秋、上海で輸入博覧会が開かれた。この博覧会が発したのは「中国は対外開放する」。だから正規ルートで納税せよ、というメッセージに他ならない。“代購だのみ”はこれにて手仕舞い、日本ブランドもこれからは“正規輸出”が勝負どころとなりそうだ』、現地生産では「日本ブランド」ではなくなってしまうのだろうか。それにしても、“正規輸出”で勝負できる強いブランドを持った企業はそう多くはないだろう。いずれにしろ、中国人観光客に偏ったインバウンド消費ではなく、裾野をもっと広げたいものだ。
タグ:ベネチア 戦略 二条城 東洋経済オンライン インバウンド ダイヤモンド・オンライン NHK News web ビジット・ジャパン 姫田小夏 ジュンコ・グッドイヤー (その11)(忍び寄るオーバーツーリズム 日本も危機に?、ベイブリッジがくぐれないほどの「超大型客船」が横浜港に押し寄せる理由、外国人が震える旅館の実は怖い「おもてなし」 プライバシーがダダ漏れ過ぎる問題、中国人の「日本製品信仰」に陰り?観光客の消費は曲がり角) 望月麻美 「忍び寄るオーバーツーリズム 日本も危機に?」 増えすぎる観光客でさまざまな弊害が起きる事態 急浮上してきた問題 2年ほど前から世界で使われ始めた造語 街の混雑、交通渋滞、夜間の騒音、ゴミ問題、トイレ問題、環境破壊…さまざまな問題が起き、地元の人たちの日常生活に大きな影響を与えます 観光地が魅力そのものを失ってしまうことも バルセロナでの不動産価格高騰 古くからの住民が追い出されかねないエピソード 世界では深刻な事態も 増えすぎた観光客に地元住民が「激怒」。怒りの矛先は、一度に大量の観光客を運び込む大型豪華客船に向かい、港に近づく船の周辺をボートで取り囲み「ベネチアに来るな」と海上デモを展開 アムステルダムでは、去年、街の中心部から名物が消えました。一度に10人前後の人たちがビール片手にペダルをこいで進む観光用の乗り物「ビアバイク」 フィリピンのボラカイ島は、環境破壊が深刻化。観光客激増によるゴミや排水の汚染で海の水質が悪化したとして、政府はことし4月、観光客の立ち入り禁止措置 島に向かう船乗り場「観光客は禁止」 日本では? バスに乗れない京都の住民 民泊が増えて、夜中すぎても騒がしくなりました 京都は「3つの分散化」で対応 分散その1 時間の分散 ~朝観光の推進~ 分散その2 場所の分散 ~新たな魅力開拓~ 「酒どころ伏見」をアピールするツアー 分散その3 季節の分散 ~桜と紅葉以外も楽しんで~ 「青もみじ」 日本の未来とオーバーツーリズム 国連世界観光機関は先月末、提言書をまとめ、11項目の解決策を提示 「ベイブリッジがくぐれないほどの「超大型客船」が横浜港に押し寄せる理由」 全長300m超えの超大型客船が近年立て続けにデビュー 横浜ベイブリッジの下を通過することができないという問題 大黒ふ頭を利用 1泊1万円程度のクルージングなど、若い世代でも手が届きやすいプランもたくさんあります 外国人の多くは中国人観光客が占めており、沖縄や九州に多く訪れている 4月からは大黒ふ頭客船ターミナルが全面供用開始 村山 みちよ 「外国人が震える旅館の実は怖い「おもてなし」 プライバシーがダダ漏れ過ぎる問題」 「ポリティカル・コレクトネス」 旅館について宿泊客一同が固まった 「お出迎え看板」 「これこそ日本の『おもてなし』ですから」と胸を張って答えていた 海外からも頻繁に客が来ると知られる老舗の旅館 太っている人を揶揄するのも「アウト」 年齢や結婚歴などは親しくないかぎり聞かない 人の体形へのコメントはプライバシーの侵害 「中国人の「日本製品信仰」に陰り?観光客の消費は曲がり角」 欲しい日本ブランドは減る傾向に 日本のインバウンド市場に参入する外国資本 上海でも高級品が売れなくなった “正規輸出”が勝負どころ
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ビジット・ジャパン(インバウンド)戦略(その10)(小田嶋氏:われわれの国は「安く」なった) [経済政策]

ビジット・ジャパン(インバウンド)戦略については、昨年6月10日に取上げた。久しぶりの今日は、(その10)(小田嶋氏:われわれの国は「安く」なった)である。

コラムニストの小田嶋 隆氏が3月22日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「われわれの国は「安く」なった」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00012/?P=1
・『4年ほど前、さる月刊誌の編集部から取材依頼の電話を受けた。 なんでも、次の発売号の特集で、「『ニッポン凄い』ブームの実態をさぐる」的な特集企画を予定しているということで、私に求められていた役割は、制作中の記事のうちの一本を読んで、感想のコメントを提供することだった。 記事は、電話を受けた時点では、まだ執筆途中だったのだが、ざっと以下のような内容だった。 「日本にやってくる外国人観光客は、数の上では、中国、韓国をはじめとするアジアからの人々が圧倒的に多い。ところが、アジアからの観光客が増えている事実とは裏腹に、どうしてなのか、テレビで放映されている日本礼賛番組でコメントしている外国人は、ほぼ非アジア圏からの観光客に限られている。編集部ではこの不可解な食い違いの謎を解くべく……」 なるほど。好企画じゃないか。 私は、その旨(「素晴らしいところに目をつけましたね」)を伝えた上で、ラフ段階の原稿についての暫定的なコメントを送った。 ところが、1週間ほどすると、電話がかかってきて、「申し訳ありません。あの企画はボツになりました」 という残念な報告を聞かされなければならなかった。 企画が流れた理由は、尋ねなかった。たぶん、中国や韓国からの観光客の声を積極的に紹介しようとしないテレビ番組制作現場を支配しているのとよく似た空気が、雑誌の編集部にも流れてきているのだろうと思ったからだ』、その雑誌の企画は興味深い問題意識で、是非知りたいところだったが、流れたというのは残念だ。
・『われわれは、飲み込みにくい事実よりは、納得しやすいファンタジーを好む。それは、テレビ視聴者や雑誌読者にしても同じことで、だからこそ、制作側の人間には、事実を飲み込みやすい形に加工する技巧が求められる、と、どうせ、そんな調子の話なのだ。 ちなみに、その雑誌は今年の1月をもって不定期刊に移行している。まあ、事実上の休刊(あるいはもっとあからさまな言葉を使えば「廃刊」)ということだ。あんなにまでして生き延びようとしていたのに。 参考までに、2015年5月23日のツイートを採録しておく。 《ある雑誌の若い編集者が「日本にやって来る観光客の数は中国、韓国がトップなのに、テレビの日本礼賛番組に登場するのが非アジアからの外国人観光客ばかりなのはなぜか」というテーマで、実数を調査して書き進めていた記事にコメントしたのだが、企画自体がボツになったとのこと。残念。》 この時以来、私は、テレビの番組テーブルの中で相変わらず異彩を放っている「ニッポン礼賛企画」の行く末を、なんとなく気にかけている。本当のところ、われわれの国は世界の人々の憧れと愛着の対象なのだろうか。それとも、テレビ局のスタッフが「ニッポン」への称賛を集約して番組に結実させたがるのは、わたくしども日本人が、称賛の声を聞かされ続けていないと自分を保てないほどに自信を喪失していることのあらわれなのだろうか』、「ニッポン礼賛企画」については、このブログでも「クール・ジャパン戦略」として、最近では3月12日に取上げた。「自信を喪失していることのあらわれ」とは鋭い考察だ。
・『つい先日、その私の年来の疑問に貴重なヒントをもたしてくれる本を読んだ。タイトルは「観光亡国論」。東洋文化研究者のアレックス・カー氏と、ジャーナリストの清野由美さんの共著で、中央公論新社(中公新書ラクレ)からこの3月に出版されたばかりの新書だ。 本書の「まえがき」の中でも明らかにされている通り、「日本ブーム」は、少なくとも来日観光客の増加カーブを見る限り、現在進行系の、明らかな事実だ。 データを見ると、2011年には622万人に過ぎなかった観光客数が、7年後の2018年には、3000万人を超えている。実に5倍増に近い急激な増加ぶりだ。 この調子だと、東京オリンピックが開催される2020年には、政府が目標としてあげている来日外国人4000万人を達成することになるはずだ。 ただ、来日外国人の数が増えて、インバウンド需要が拡大すれば、すべてがめでたしめでたしの好循環でうまく回転するのかというと、話はそう簡単には進まないと思う。 現在でも既に、急激な観光客の増加は、さまざまな場面に軋轢や摩擦をもたらしている。 早い話、ビジネスマンの地方出張でホテルが取りにくくなっている。ビジネスホテルの宿泊料金の相場は、この先、オリンピックに向けてますます上昇するだろうと言われている。 これ以上観光客が増えたら、いったいどんなことが起こるものなのだろう。 今回は、うちの国が歩みつつある「観光立国」の行く末についてあれこれ考えてみたい』、漸くオーバーツーリズムの諸問題が取上げられるようになりつつあるようだ。
・『今年の2月、京都にある製薬会社のお招きで、ほんの束の間だが、3年ぶりに京都を訪れた。 食事の間、その会社の人たちとしばし歓談する時間を持つことができたのだが、話題になったのは、やはりご当地の観光客の急増についてだった。 3年前の秋に、ほぼ30年ぶり(その前年に一瞬だけ通りかかったことがあったのだが)に京都を訪れた折、私は、観光客の圧力に圧倒されて、街路を歩く意欲を失ってしまった次第なのだが、当地の人たちの言うには、観光客は、その3年前の京都旅行の時点から比べても、さらに確実に増加しているらしい。 「ホントですか?」「ほんまです」「だって、3年前ですら、四条河原町のメインストリートは、渋谷のセンター街みたいな人だかりでしたよ」「それがいまはスクランブル交差点みたいなことになってはるわけです」「ホントですか?」「まあ、ちょっと大げさですけど。ははは」 京都の人は、洛外の人間の前で、観光客の殺到ぶりに苛立っているようなそぶりは見せない。あっさりはんなりというのか、いとも鷹揚に受け止めている。そういうところはさすがだと思う。でも、それにしても、こんな調子で人が増えたら、いずれインフラが崩壊して、その時は応仁の乱以来の生き地獄が現出するはずなのだが、京都の人たちはそういう修羅場に立ち至ってもなお、あの余裕の構えを崩さないものなのだろうか』、京都の人が「いとも鷹揚に受け止めている」のがいつまで続くかは確かに問題だろう。
・『「観光亡国論」の中では、都市のキャパシティーを超えた観光客によるオーバーツーリズム(観光過剰)の問題を世界各地の観光地に材をとってていねいに紹介している。 たとえば、つい10年ほど前までは、地域再生の成功例として世界中から注目を集めていたバルセロナは、現在、「ツーリズモフォビア」(観光恐怖症)という造語で説明される、次の段階の困難に直面している。 歴史を振り返ると、バルセロナは1992年のバルセロナ五輪を機に、旧市街や観光名所の再整備を敢行し、独自のプランで「まちおこし」を本格化させた。この時、市が経済発展の基盤として重点を置いたのが観光で、そのために、市は、サグラダ・ファミリア教会に代表される文化資産を再評価し、住宅街、商店街の再整備事業を推進し、さらに国際会議なども積極的に誘致した。この試みは、世界中から観光客を呼び寄せることに成功し、都市再生と観光誘致の理想形として、世界で絶賛された。 ところが、人口約160万人に過ぎないバルセロナ市に、年間4000万人とも5000万人とも言われる観光客が常時押しかけるようになると、やがて肝心の市民生活が機能不全に陥る局面に到達する。人々は自分たちが住んでいる町のバスに乗れなくなり、自宅の前の道路を自分のクルマで走るのに、恒常的な渋滞に悩まされるようになる。 それだけではない。土地価格の高騰に伴って、オフィスや賃貸住宅の相場も急上昇する。と、平均的な市民は、やがて、自分たちが生まれ育った町で暮らすための最低限の家賃を支払えなくなる。 そうこうするうちに、「観光客は帰れ」というスローガンを掲げたデモが頻発し、街路には、「観光が町を殺す」という不穏なビラが張られる事態に立ち至っている。 よくできた寓話みたいな話だが、これは、現実に起こっているリアルな都市での出来事だ』、「恒常的な渋滞」だけならまだしも、「自分たちが生まれ育った町で暮らすための最低限の家賃を支払えなくなる」というのでは、「観光客は帰れ」となったのは十分理解できる。
・『日本では、京都の例が有名だが、実のところ、ちょっとした観光地はどこであれ似たような問題に直面しつつある。 私がこの何年か、年に3回のスケジュールで通っている箱根も同様だ。 あそこも、最近は中国人観光客のための温泉地に変貌しつつある。 私の箱根通いは、まだ3年目にはいったばかりで、通算でも7回目なのだが、一緒に卓を囲む(まあ、麻雀合宿をやるわけです)メンバーは、なんだかんだでこの20年以上、毎年3回2泊3日の箱根泊を敢行している箱根通ばかりだ。 その彼らに言わせると、この5年ほどの変化は、まことにすさまじい。 良い変化なのか悪い変化なのかの評価は措くとして、とにかく、食事のメニューや冷蔵庫の中身や、浴衣や手配といった、あらゆるサービスの手順が、徐々に中国人観光客向けにシフトしてきているというのだ。 その変化を一概に「サービスの質の低下」と断じることはできないが、それでも、その変化の中には、20年来の常連客からしてみれば、配膳されるメニューのコメのメシへの適合度の低下といった、年配の人間にはなかなか受け入れがたい退廃が含まれていたりする。 外国人観光客が増え続けてきたこの10年ほどの変化をどう評価するのかについては、二つの相反する見方がある。 ひとつは、来日観光客増加の原因を、ほかならぬわれら日本人の「おもてなし」の精神に根ざした質の高いホスピタリティや、日本文化の繊細さや、日本の四季の自然の美しさに求める考え方だ。 要するに、わが日本に外国人が蝟集(いしゅう)するのは、この国が安全で快適な土地柄で、われら日本人自身が世界の誰よりも正直で心の温かい民族だからだという評価だ。 この評価が間違っていると断ずるつもりはない。 ただ、一方には、観光客増加の理由を、単に日本の「安さ」に求める意見があることも、意識しておいた方が良い。 バブル崩壊からこっちの約30年間にわたって、物価も実質賃金も低迷したままで、おまけに通貨としての円の価値自体も、最も強かった時代から比べれば3割以上安くなっている。 ということは、日本を訪れる外国人の立場から見て、日本での滞在費は、食事、交通費、宿泊費なども含めて、すべてが破格に「安い」ということになる。 もちろん、日本の治安の良さやホスピタリティの優秀さが評価されているという側面はあるにしても、日本の経済が低迷していて、外国人から見てあらゆる商品が割安であることが観光地としての日本の魅力の大きな部分を占めているということだ。そうでなければ、たった7年で来日観光客が5倍に増えるようなことが起こるはずがないではないか』、「日本の「安さ」に求める意見」というのは確かに最も有力そうだ。
・『ちなみに、円は震災直後の11年3月17日に史上最高値の76円25銭を記録している。 そこから換算すると、昨今の111円台の円相場は46%ほど安い。ということはつまり、同じ1ドル紙幣が1ドル46セントの価値を持つことになる。 それ以上に、500円以下でランチが食べられる日本の物価は、どう安く食べようと思っても絶対に10ドル以下では満足な食事ができない欧米の観光都市と比べて、破格に廉価だ。 これは、見方によっては、日本の経済の敗北というふうに見ることもできる。 要するに、われわれの国は、「安い」国になったのである。 1980年代の半ば過ぎ、たぶん1985年か86年だったと思うのだが、フィリピンのネグロス島にあるドゥマゲティという町に遊びに行ったことがある。 きっかけは、青年海外協力隊の一員としてフィリピンで暮らしていた高校時代の同級生Kが、当地にある大学の学長の娘さんと結婚したからだった。 当時、フィリピンの物価は、日本人の若者であった私から見て、アタマがくらくらするほど安かった。 円が高かった(1985年の円/ドル相場は250円前後)こともあるが、とにかくフィリピンの田舎の物価は、おとぎ話の中の猿とカニの取り引きみたいだった。ゴルフを一日やってプレイフィーが400円。LPレコードが300円。昼飯は100円あれば充分に食えた。 何をお伝えしたいのかを言おう。 フィリピンに向けて出発する前に、友人のKが口を酸っぱくして言っていたことを、私はいまでも覚えている。 「いいか。考えなしにチップをばらまくなよ」「特に子供たちには安易にドルを与えてはいけない」「20ドル紙幣とかばらまいたらぶっ殺すぞ」と、彼はくどくどと繰り返していた。 「なんでさ」「喜捨って言うじゃないか」「現地の人間が喜ぶことをして何が悪いんだ?」という私の質問を、Kは丁寧に論破した。 「いいか、フィリピンみたいな国で外国人がドルをばらまくと、現地の子供は自分の国の大人をバカにするようになる」「大人だけじゃない。マジメに働くことや、きちんと勉強することもバカにするようになる」「どうして」「考えてもみろよ。路上で観光客に煙草を1本売って、気前の良い日本人が気まぐれに20ドルくれたら、それだけでオヤジの一週間分の稼ぎになるんだぞ」「了解。チップは1ドルにする」「子供には1ドルでも多い。クルゼーロというコインを両替しておいて、それを与えるようにしてくれ」「お前には関係ないだろ」「お前はフィリピンのことなんかどうでも良いと思ってるからそういうことを言ってるけど、ドルっていうのは、あれは国を滅ぼすんだぞ」 あの時のKの説教を、どう説明したら現代の日本の読者に伝わるだろうか。 ともあれ、Kは、フィリピンで言うパトリオット(愛国者)で、彼なりに国を憂えていた。 で、そのKに言わせれば、今の言葉で言う「インバウンド需要」で国が潤うことは、外国人の落とすカネで暮らす人間がそれだけ増えるということで、国の経済のおおもとのところが、タカリ体質に変貌することにほかならなかった。そのことを彼は警戒していたのである。日本のためにではない。フィリピンのために、だ』、友人のK氏のアドバイスは極めて的確で、まさに「パトリオット」だ。
・『インバウンド需要のすべてが悪いとは言わない。 インバウンドで潤う業界があるのはそれ自体としては悪いことではないし、そこから派生したカネがめぐりめぐって国の経済を活性化するのであれば、それは歓迎すべき流れなのだろう。 ただ、カジノや万博やオリンピックや行きずりの観光客が落とす日銭を当てにしたところから経済計画を立案する態度は、一国の経済政策としては好ましくない。一人の愛国者として、私はそのように考える。 もうひとつ、旅嫌いの出不精の人間の偽言と思って、3割引きくらいの力加減で聴いてもらって差し支えないのだが、私は、観光地の商売というものをいまひとつ信用していない。 行きずりの観光客相手の商売は、リピーターを増やすために努力している街場の人間の商売とは性質が違う。 であるから、世界中どこに行っても、観光客相手に土産物を商う人々の価格設定は、地場の人間に必需品を売る商人の値付けとはその根本の精神が違っている。 悪い言葉を使えば、観光客相手の商売人は、ぼったくることをなんとも思っていない。どうせ同じ客とは二度と会うこともないからだ。 もっとも、観光業に従事する誠実な人たちがたくさんいることもわかっている。 だが、インバウンドの客を相手にするということは、行きずりの客相手に商品を売るということで、これは、商売の質そのものが荒れるということでもある。 日本人の商店主が諸外国の商売人と比べて正直だと思われている原因のひとつは、コミュニティー外の人間と取引をすることの少ない島国の人間であるわれわれが、瞬間的な稼ぎよりも長期的な信用を重んじる態度で商売をしてきたからだと思う。 その伝統が海外からの客を相手にしているうちに、じきに失われるのではないかと危惧している。 というのも、「どうせあの人たちは値打ちがわからないから」「どうせ、二度と来ない客だから」という感じの、モロな観光地商売を展開する人間は、いずれ、商品と価格への真摯な感覚を失うはずだからだ。 典型的な観光地の典型的な土産物屋の商売が、行き当たりばったりの出たとこ勝負であること自体は、たいした問題ではないし、それはそれで天晴な態度ですらある。 事実、世界の観光ビジネスはそういう原則で動いている。 ただ、日本中にインバウンドの経済が影響を与えるようになり、この国の主要な産業が観光だということにでもなったら、われわれは、いずれその種の商道徳で世間を渡る人間になって行くはずだ。 具体的にどういう人間になるのかというと、空港前の路上で、信号待ちの度にタクシーの窓ガラスを叩いてバラ売りの煙草を売りにやってくる5歳児みたいな人間ということなのだが、その5歳児は、煙草が売れないとなると、母親を売ろうとするのだ。 いや、これは、「キャッチ22」からパクったネタなのだが、たいして面白くもないうえに、品も良くなかった。 いつでも品の大切なのは、良い人間として振る舞おうとする心がけだ。それを忘れてはならない。 インバウンド需要に特化した日本人が、自分たちの品格を保てるのかどうか、私はその部分をとても心配している』、こうしたインバウンド経済の副作用を的確に指摘した小田嶋氏には、いつもながらさすがと頭が下がる。インバウンドのあり方を冷静に見直してみる必要がありそうだ。
タグ:バルセロナ 戦略 フィリピン 日経ビジネスオンライン インバウンド ビジット・ジャパン 小田嶋 隆 「われわれの国は「安く」なった」 ニッポン礼賛企画 本当のところ、われわれの国は世界の人々の憧れと愛着の対象なのだろうか それとも、テレビ局のスタッフが「ニッポン」への称賛を集約して番組に結実させたがるのは、わたくしども日本人が、称賛の声を聞かされ続けていないと自分を保てないほどに自信を喪失していることのあらわれなのだろうか 「観光亡国論」 急激な観光客の増加は、さまざまな場面に軋轢や摩擦をもたらしている 地方出張でホテルが取りにくくなっている 「観光立国」の行く末 3年前ですら、四条河原町のメインストリートは、渋谷のセンター街みたいな人だかりでしたよ それがいまはスクランブル交差点みたいなことになってはるわけです いとも鷹揚に受け止めている 都市のキャパシティーを超えた観光客によるオーバーツーリズム ツーリズモフォビア 恒常的な渋滞に悩まされる 平均的な市民は、やがて、自分たちが生まれ育った町で暮らすための最低限の家賃を支払えなくなる 「観光客は帰れ」 根も同様だ。 あそこも、最近は中国人観光客のための温泉地に変貌しつつある 観光客増加の理由を、単に日本の「安さ」に求める意見があることも、意識しておいた方が良い 約30年間にわたって、物価も実質賃金も低迷したまま 円の価値自体も、最も強かった時代から比べれば3割以上安くなっている 外国人から見てあらゆる商品が割安であることが観光地としての日本の魅力の大きな部分を占めている 要するに、われわれの国は、「安い」国になったのである 「いいか。考えなしにチップをばらまくなよ」「特に子供たちには安易にドルを与えてはいけない」「20ドル紙幣とかばらまいたらぶっ殺すぞ」 ドルっていうのは、あれは国を滅ぼすんだぞ 「インバウンド需要」で国が潤うことは、外国人の落とすカネで暮らす人間がそれだけ増えるということで、国の経済のおおもとのところが、タカリ体質に変貌することにほかならなかった 観光客相手に土産物を商う人々の価格設定は、地場の人間に必需品を売る商人の値付けとはその根本の精神が違っている ぼったくることをなんとも思っていない 日本中にインバウンドの経済が影響を与えるようになり、この国の主要な産業が観光だということにでもなったら、われわれは、いずれその種の商道徳で世間を渡る人間になって行くはずだ インバウンド需要に特化した日本人が、自分たちの品格を保てるのかどうか、私はその部分をとても心配している
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消費税増税問題(その4)(無意味な消費増税対策や“粉飾計画”でなくまともに「財政危機」に向き合え、政府のポイント還元事業、その「意外な狙い」 増税を機にキャッシュレス決済は普及するか) [経済政策]

消費税増税問題については、2015年12月に取上げた。久しぶりの今日は、(その4)(無意味な消費増税対策や“粉飾計画”でなくまともに「財政危機」に向き合え、政府のポイント還元事業、その「意外な狙い」 増税を機にキャッシュレス決済は普及するか)である。たお、タイトルから、軽減率制度などを外し、増税問題に変えた。

先ずは、立教大学大学院特任教授・慶應義塾大学名誉教授の金子 勝氏が昨年12月5日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「無意味な消費増税対策や“粉飾計画”でなくまともに「財政危機」に向き合え」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/187342
・『19年10月の消費増税の際に景気の落ち込みを防ぐ目的で、来年度の当初予算からという異例の対策が検討されている。 予算編成作業は増税対策作りがまるですべてのようになり、肝心の財政再建は脇に置かれてしまっている。「今度、消費税率引き上げに失敗すれば、二度と消費増税はできない」ということからなのだろうか。 だが、ポイント還元やプレミアム商品券配布で景気を維持しようとしたところで無意味だ。そもそも安倍政権のもとで改定された財政健全化計画自体が、大幅に“かさ上げ”された成長率や物価見通しのもとで作られているからだ』、どうも安倍政権は、重要政策でまで「粉飾」をしまくっているようだ。
・『財政健全化計画の「嘘」かさ上げされた成長率や物価  国の借金は2017年度で1087兆円に達する。だが国の財政再建シナリオは実現可能性があるとはいえないものになっている。 内閣府が「新財政健全化計画」策定に伴い今年7月に出した「中長期の経済財政に関する試算」では、プライマリーバランスの達成時期が従来の2025年から2027年に引き延ばされた。 しかもそれだけでなく、試算はあちこちで“粉飾”が施された代物だ。 「試算」の数値とグラフは以下を参照していただきたい。 http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2018/0709/shiryo_01.pdf  もともとこの手のシミュレーションは恣意的ではある。経済成長率(GDP成長率)を高く設定し、金利を相対的に低く設定すれば、財政は健全化するようにできる。 だが安倍政権で改定された計画はかなりひどい。 健全化計画の前提になっている成長率や物価、金利などの見通しを詳しく見ると、名目経済成長率が来年2019年度に1.7%から2.8%に跳ね上がる一方で、名目長期金利はほぼ0%で推移し、21年度にようやく0.3%になる。 消費者物価上昇率も2018年が1.1%で、19年度には1.5%、20年度には1.8%になる。21年度には1.9%と、政府が「2%物価目標」で掲げる水準にほぼなり、「デフレ脱却」が達成される。 それを踏まえ、実質経済成長率は、1.5%前後から21年まで2%に上がっていって、そのままで推移する。 これは、20年の東京オリンピックの後も現在の異常な金融緩和政策が続く中で、景気が上昇するというシナリオだ。だが、こんな楽観的なシナリオが成り立つだろうか。 異次元緩和を柱にしたアベノミクスが5年半も続けられてきたが、それでも2%の物価上昇すらも実現できていない。それが、これから先の2~3年で経済が「正常化」するとはとても思えない。 試算が発表された翌月に明らかにされた今年4―6月期の実質GDPの速報値は前期比年率でマイナス1.6%となった。3期ぶりのマイナス成長である。米中貿易戦争の影響で対中国輸出が減少し、災害などもあって個人消費が落ち込んだからだ。 消費者物価上昇率についても、同時期に日銀が発表した展望レポートでは、19年の見通しは0.9%に引き下げられた。試算の1.5%を0.6%ポイントも下回る』、「試算」はどうみても不自然に楽観的なシナリオだ。いくら「辻褄合わせ」とはいえ、現実離れし過ぎている。
・『安倍政権の任期後に急速に正常化が進む?  奇妙なのは、アベノミクスの成果を政府がこれだけ強調していながら、安倍政権の任期が過ぎる2021年から急に日本経済が正常化して動くというシナリオになっていることだ。 名目成長率が来年2021年度の3%から23年度には3.5%に跳ね上がっていき、名目長期金利は21年の0.3%から27年度の3.5%まで急速に上がっていく。 エコノミストや民間のシンクタンクの多くが、少なくとも東京オリンピック後に景気が落ち込むと予想しているのに、しかも、どんどん産業競争力が低下していく中で、どうして名目経済成長率3.5%を達成できるのだろうか。 とにかく政権在任中は、この健全化計画で財政再建が達成できるかのように帳尻を合わせておくといった感じだ。 どう見ても、5年半の失敗が急速に取り戻されるとは考えにくい。真実味が著しく欠けているのだ。 むしろ、成長率や物価上昇が思うように伸びないまま、日銀が国債などを購入し続けて、財政赤字のファイナンスを続けていくことになると考えるのが自然だろう。27年度の財政健全化目標を実現するのは難しいと予想される』、「安倍政権の任期が過ぎる2021年から急に日本経済が正常化して動くというシナリオになっている」のは、在任中に正常化してないとの批判を逃れるためだろうが、姑息なやり方だ。
・『消費増税対策は無意味 数字のつじつま合わせ  こうした非現実的な財政健全化計画を見直そうともせず、政府や自民党が奔走しているのが、消費増税対策作りだ。 安倍首相は、これまで、2度の消費税引き上げを先延ばしした。そのポピュリスト的体質から考えて、来夏の参議院選挙前に、また延期を言い出す可能性はなくはないが、今のところ、来年10月に予定されている消費税の8%から10%への増税を実施すると言っている。 この消費税の増税によって、5.6兆円の増収が見込まれている。そのうち半分は財政赤字の削減(国債発行の抑制)のために、1.7兆円が幼児教育や保育士増員などの少子化対策に、1.1兆円が低所得者の高齢者支援など社会保障費に充てられる予定だ。 しかし、増税の影響で消費が減退しGDP成長率の数字が落ち込むと、財政健全化目標が達成されないことになるので、当面、計画の数字の信憑性が完全に失われるのを防ぐために、あれこれ対策を検討しているわけだ。 その1つが、クレジットカードなどを使ったキャッシュレス決済をすれば、増税2%分を超えて5%もポイントで還元する制度(つまり3%消費税減税)を、2020年の東京オリンピックまで導入することだ。 だがこれだと、カードを持たない人はポイント還元が利用できないことになり、今度は公明党が抜け穴をカバーするために低所得者向けプレミアム付き商品券の発行を提案している。 一方、自民党の税制調査会(宮沢洋一会長)は住宅ローン減税の拡充や自動車取得にかかる税負担の軽減措置などの検討を始めた。大型の設備投資を行った医療機関の消費税負担の軽減という声も出ていて、まるで「消費増税対策」を名目にしたばらまきオンパレードの様相だ。 だが本当に効果があるのか、これが恒久化しないか、きちんとした検証が必要である。 GDP成長率の数字のつじつま合わせのために、消費税の使い道を変えたり、他の税で減税をしたりというのでは、本末転倒である。何より効果が怪しい。 2014年の消費税率5%から8%への引き上げの際にも、経済成長を損なわないためとして法人税減税が実施された。 2014年には復興特別法人税の前倒し廃止、15年は法人税率を25.5%から23.9%へ引き下げ、16年は23.4%へ引き下げ、18年は23.2%へと引き下げられている。だが効果は疑わしいものだった。 この法人税減税に合わせて、租税特別措置や繰越欠損金の見直しや外形標準課税の強化といった課税ベースの拡大も実施されたから、税率引き下げだけで効果を判断するわけにはいかないが、それでも法人税全体では減収になった。 2018年10月18日に行われた野党5党による合同ヒアリングでの財務省担当者の説明によれば、安倍政権になってから法人税減税による減収は5.2兆円になるという。 だが結果はどうだったか。結局、この間、企業は内部留保を大幅に積み上げ、企業同士が受け取る配当収入を増やしただけだ。しかも、外国企業が日本への投資を増やす効果があったかどうかも疑問が残る』、「「消費増税対策」を名目にしたばらまきオンパレードの様相だ」とはポピュリズムもここに極まれりだ。
・『成長の果実で社会保障をまかなえるのか  悪循環が生じている。 政府まず社会保障財源が足りないから消費税増税が必要だという。ところが、消費税増税は消費を落ち込ませ景気を悪化させるからという理由で、さまざまな減税措置を導入する。 こうしていつの間にか、成長で税収を増やして成長の果実で社会保障をまかなうという論理にすり替わってしまう。 ところが、思ったほどに経済が成長せず、減収効果が効いて税収不足になる。そして、国民に社会保障や福祉の実感が届かないまま、また社会保障の財源不足が強調されるという具合である。 今回の消費税増税で、もうひとつの焦点になっているのは、食料品などの税率を8%に据え置く軽減税率が導入される点である。これに伴う1兆円程度の減収分の財源は一部しか確保されていないまま実施が予定されている。 また家計消費の低迷とともに、消費税増税の増収効果が落ちている可能性があり、結局、見込み通り5.6兆円の税収が確保できるかどうかも疑わしい。 そうした状況下で、軽減税率が本当に必要な政策かどうかはきちんと考えておかねばならない』、公明党のメンツを立てるために効果の疑わしい軽減税率を導入することで、さらに混乱をひどくしているようだ。
・『軽減税率で逆進性緩和の効果は疑問  現在、軽減税率に関しては、外食やケータリングと食料品との区別、包装紙や容器はどうするか、食品と物品がセットになっている商品はどう扱うか、など扱いの不公平や手続きの煩雑さが問題になっている。 だが、問題の本質はこうした実務上のことではない。食料品や生活必需品に軽減税率を設ける理由は、所得の低い者ほど負担が重いという「逆進性」への対処である。 だが、そもそも軽減税率を導入すれば、逆進性が緩和されるのかどうか、その効果自体は疑わしい。 実際、2010~11年にかけて、イギリスの有名な財政研究所(Institute of Fiscal studies)が発表した「マーリーズ・レビュー(Mirrlees Review)」では、食品や子ども服に関する付加価値税の軽減税率やゼロ税率は鈍い効果しかなく、廃止すべきだと提言した。※Mirrlees ReviewはDimensions of Tax Design(2010)とTax by Design(2011)からなる。 理由は2つ。1つは、ずっと低所得の人もいるが、若いときに低所得でも年齢が上がると所得が高くなる人もいる。生涯所得で見れば、ずっと逆進性が働く時期が続くとは限らず、所得再分配効果は低くなるという点だ。 もう1つの理由は、高所得の人は高い食費を支払っており、高所得者ほど軽減税率やゼロ税率の効果が及ぶことである。 それゆえ、「マーリーズレビュー」は軽減税率やゼロ税率を廃止し、その税収増加分で、失業手当や税額控除、あるいは低所得層への所得支援や住宅手当を行った方が、所得再分配効果が上がるとしている。 この結論を活かすとすれば、効果が鈍い軽減税率やゼロ税率の導入は見送り、この分も含めて、消費増税の増収分は全額を社会保障や福祉に回すべきである。 それがもともと、今回の消費増税を当時の民主、自民、公明が約束した「3党合意」の趣旨だったはずだ。 ちなみに、一部の論者から、金融緩和をさらに行い、「貨幣発行益」で社会保障をまかなうというポピュリスト(大衆迎合)的な主張が語られているが、これもまともなやり方とは思えない。 今の異次元緩和策で、日銀が国債を購入することで金融機関に大量の資金を供給しているが、この量的金融緩和(つまり財政赤字)によって、社会保障費をまかなうことで、低所得の人たちを支えようという。 だが、これは格差をかえって拡大する。金融緩和を続ければ、株や不動産のバブルを作り出し、一部の富裕層と外国人投資家を潤すだけだからだ。 今の格差拡大は、一様に生じているのではない。中位の所得層の割合が継続的に低下しながら、ごく一部の富裕層の富の増大が突出する形になっている。 調査会社「ウエルスX」の報告書によれば、2017年で3000万ドル(約33億円)以上の資産を保有する「超富裕層」が多く住んでいる都市では、香港、ニューヨークについで東京が3位になっている。 こうした状況で、「貨幣発行益」のような持続可能性のない「財源」で社会保障をまかなっても、決して人々の将来不安はなくならない。国民を愚弄するような主張は慎まなければならない。 少子高齢化時代に社会保障の拡充のために今回の消費税増税が避けられないというなら、増収分の全額を社会保障や社会福祉へ充当し、納税者に負担増の恩恵が及ぶようにすべきである。 消費税の逆進性を緩和するということでも、それが筋である』、政権交代と共に「3党合意」は吹っ飛んでしまったようだ。「「超富裕層」が多く住んでいる都市では」、東京が3位とは初めて知ったが、「増収分の全額を社会保障や社会福祉へ充当し、納税者に負担増の恩恵が及ぶようにすべき」との金子氏の主張には全面的に賛成である。
・『財政再建は税体系や歳出の抜本見直しで  その一方で、財政赤字の削減を目指すためには、税体系全体の見直しか、歳出の見直しが必要だ。 いくつかすぐにできる改革がある。まず、より簡素で中立的な法人税への見直しが必要だ。 これだけ内部留保が積み上がる状況の下では、今なお60兆円もある繰越欠損金の優遇措置をさらに見直し、また企業が受け取る配当が法人税率より低い源泉分離20%の所得課税が適用されている配当益金不算入や依然として大きい租税特別措置の見直しなどを行うべきだろう。 また格差の是正を考慮するなら、金融所得への分離課税や軽減措置を見直すべきである。高所得者への最高税率の付加税率も検討に値するだろう』、これもその通りだ。
・『本当の財政危機とは何なのか 産業衰退と貿易黒字の減少  もちろん、経済成長率が上がらない状況が続けば、財政再建はますます遠のくというのはその通りだ。その意味で本当に問題なのは実は産業の衰退だ。 事実上の財政ファイナンス政策になっていて、金融緩和をやめるにやめられないまま長く続けてきた間に、産業衰退が一層進んでいる。 本来なら淘汰されるゾンビ企業が残り、また産業の新陳代謝が進まない。時代遅れの原発再稼働に突き進み、リニア新幹線や東京オリンピックの建設ブームに頼っていては、東京オリンピック後には経済成長率が落ち込むのは避けられない。 産業競争力が低下することで最も問題が深刻なのは貿易黒字の縮小である。 図を見てみよう。リーマンショックで円高に振れて貿易収支が赤字になった後、為替レートが元に戻ったが、貿易黒字はかつての半分以下にとどまっている。 しかも、貿易黒字の約7割は自動車が稼ぐ「一本打法」の競争力だ。かつて高い世界シェアを誇っていたスーパーコンピューター、半導体、太陽光電池、液晶製品、携帯音楽プレーヤー、カーナビなど見る影もない。 このことは、「アベノミクスがあと3年続けば日本の産業衰退が一気に露呈する」(『ダイヤモンド・オンライン』2018年9月18日)に書いた。 日本の産業衰退は1986年の日米半導体協定以降に始まったが、今やなけなしの自動車でさえ、年明けから始まる実質上の日米FTA交渉で、為替条項で円安誘導を抑えられ、関税か米国生産への切り替えなどで、輸出を抑えられる可能性が出てきている。 さらに世界で起きている電気自動車(EV)転換や化石燃料輸入を大幅に減らすエネルギー転換に立ち遅れれば、2020年代半ば以降に貿易黒字が消えていく危険性がある。 高齢化で国内の貯蓄も減るので、国内での国債が消化できなくなる。その時に、日本は本当の「財政危機」に直面する。 現在、外国人投資家が持つ国債の割合は1割を超えてきている。これが2割、3割となった状況で、国債格付けを下げられたら、日本国債の投げ売りが起き、収拾がつかない財政危機に陥れられてしまう。 1990年代初めはAAAだった格付けは下がり続け、今はシングルAでとどまっているが、それがBに移行していけば、財政危機は現実化していく。 粉飾の財政健全化計画で糊塗して、消費増税対策に狂奔している余裕はない。2027年を念頭に財政健全化を考えるなら、この最悪のリスクを真剣に考えなければならない時期に来ている』、説得力溢れた主張で、これにも全諸手を挙げて賛成だ。

次に、 慶應義塾大学 経済学部教授の土居 丈朗氏が3月18日付け東洋経済オンラインに寄稿した「政府のポイント還元事業、その「意外な狙い」 増税を機にキャッシュレス決済は普及するか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/271193
・『今年10月から実施されるキャッシュレス決済へのポイント還元事業に参加する決済事業者の募集が3月12日から始まった。所管する経済産業省は当初3月6日から始める予定にしていたが、募集開始に必要な準備に時間を要することから12日に延期した。 このキャッシュレス決済へのポイント還元事業は10月の消費税率引き上げに併せ、増税対策の一環として行われるのだが、その意外な狙いが見えてきた。 ポイント還元事業の対象事業者は2段階で募集する。2018年度内は事業に参加する決済事業者の仮登録申請を3月20日まで受け付ける(4月以降も順次参加できるようにする見込み)』、キャッシュレス決済の促進は分かるが、消費増税対策として打ち出したのは経産省の「悪ノリ」で筋が悪い。
・『大手カード会社やLINEなどが参加  次に、経済産業省は4月にも、登録された決済事業者を一覧にして中小・小規模事業者向けに公表することにしている。中小・小規模の小売店や飲食店舗などは、登録された決済事業者の中からどの事業者に加盟するかを決め、決済事業者経由でポイント還元が受けられる加盟店として登録する。その後、2019年10月から2020年6月までの9カ月間にキャッシュレス決済手段を使うと、支払った金額に応じて消費者にポイントが還元される。 キャッシュレス決済手段としては、クレジットカードと電子マネー、QRコードが想定されており、大手カード会社や非金融系のペイペイ、LINE、メルカリなどが参加する方針であると報道されている。 日本でキャッシュレス決済がなかなか浸透しない理由の1つは、加盟店手数料が高いことだ。中小・小規模事業者は、キャッシュレス決済の加盟店になろうにも、決済事業者に支払う加盟店手数料が高くて割が合わないことから、キャッシュレス決済手段の導入を躊躇している。 今回のポイント還元事業では、ポイント還元事業の期間中に加盟店手数料を3.25%以下にしなければ、事業の対象にならない。それとは別に加盟店手数料補助事業もあり、対象事業者になると、同じ対象期間中の加盟店手数料の3分の1は、国から補助金が出ることになっている。 さらに、キャッシュレス決済のための端末を中小・小規模事業者が導入する場合、国は導入費用の3分の2を補助する(残り3分の1は決済事業者が負担することが必要)。キャッシュレス決済の端末を導入したい中小・小規模事業者は、対象期間中なら事実上自己負担ゼロで導入できる。決済事業者から見れば、導入費用の3分の1だけ負担すれば、加盟店に決済端末を置いてもらえる。 こうして、政府はキャッシュレス決済の比率を高めようとしているが、この事業の効果がどれだけ上がるかはふたを開けてみなければわからない。ただ、この事業の予算をみると、キャッシュレス決済が浸透しそうな仕掛けが見え隠れする』、「日本でキャッシュレス決済がなかなか浸透しない理由の1つは、加盟店手数料が高いことだ」というのは経産省の主張であり、カード会社側は激烈な加盟店獲得競争をしているが、中小・小規模事業者ではコスト高になるので高止まりせざるを得ないと主張している。経産省側の主張だけを取上げるとは、さすが御用学者の面目躍如だ。
・『キャッシュレス関連予算は約2800億円  このポイント還元事業は、経済産業省の2019年度当初予算における「キャッシュレス・消費者還元事業」の1つである。それは4つの事業からなり、ほかの3つは、決済端末導入補助と加盟店手数料補助、キャッシュレス決済の周知・普及である。 4事業合計で2798億円が予算に計上されている。経済産業省の見込みでは、このうちポイント還元事業に千数百億円、キャッシュレス決済の周知・普及のために数十億円を使い、残りは決済端末の導入補助と加盟店手数料補助に使う予定である。もし1つの事業で想定より多く使うと、ほかの事業で使える予算がそれだけ減ることになる。 ポイント還元事業は消費者への還元が主目的であり、国民の関心も高い。しかし、予算の中には加盟店手数料の補助も含まれている。ということは、加盟店手数料の補助金で多く予算が使われると、ポイント還元事業に回せる予算がそれだけ減るということになる。 予算執行の側からみれば、キャッシュレス決済が普及しない一因である加盟店手数料を下げるように促すことができれば、キャッシュレス決済が進むだけでなく、消費者のポイント還元予算をより多く確保できるメリットがあるのだ。 ちなみに、ポイント還元事業では、消費者がキャッシュレス決済で支払った額に対し、中小の個別店舗には5%、フランチャイズチェーン加盟店には2%のポイント還元を行う。ただし、還元分の全額を国が補助金で出すわけではない。なぜなら、受け取ったポイントを期限までに使わずに失効すれば、消費者には還元されないことを考慮するからである』、なるほど。
・『不正防止策として還元額に上限  つまり、消費者がもらったポイントのうち失効しそうな分は、国は補助しないのだ。失効率は決済事業者が過去の実績データを持っていればその数字を用いるが、そうでない場合は国が失効率を40%と設定する。加えて、不正防止や高額取引の排除を目的に、決済事業者には消費者への還元額に上限を設けるよう求めている。 要するに、ポイント還元事業に割くことのできる予算には限りがあるということだ。したがって、ポイント還元事業により多く予算を充てるには、加盟店手数料を下げてもらうことが表裏一体になっているともいえよう。 経済産業省は、登録された決済事業者が提示する加盟店手数料などのデータを一覧にして公表することで、手数料を事業者間で比較できるようにして競争を促し、引き下げを強力に推し進める意向である。 このように、キャッシュレス・消費者還元事業は、消費増税対策の一環の事業ではあるが、キャッシュレス決済普及に向けた仕組みが埋め込まれた事業でもあるようだ』、「消費者がもらったポイントのうち失効しそうな分」が曲者だ。「決済事業者が過去の実績データを持っていればその数字を用いるが、そうでない場合は国が失効率を40%と設定」、とあるが、実績データの不適切な申告も大いにあり得ることだ。不正が生じる余地が大きく、制度設計がズサン過ぎる。
タグ:東洋経済オンライン 法人税減税 ダイヤモンド・オンライン 消費税増税問題 土居 丈朗 金子 勝 (その4)(無意味な消費増税対策や“粉飾計画”でなくまともに「財政危機」に向き合え、政府のポイント還元事業、その「意外な狙い」 増税を機にキャッシュレス決済は普及するか) 「無意味な消費増税対策や“粉飾計画”でなくまともに「財政危機」に向き合え」 財政健全化計画の「嘘」かさ上げされた成長率や物価 「中長期の経済財政に関する試算」 異次元緩和を柱にしたアベノミクスが5年半も続けられてきたが、それでも2%の物価上昇すらも実現できていない。それが、これから先の2~3年で経済が「正常化」するとはとても思えない 安倍政権の任期後に急速に正常化が進む? 成長率や物価上昇が思うように伸びないまま、日銀が国債などを購入し続けて、財政赤字のファイナンスを続けていくことになる 消費増税対策は無意味 数字のつじつま合わせ その1つが、クレジットカードなどを使ったキャッシュレス決済をすれば、増税2%分を超えて5%もポイントで還元する制度(つまり3%消費税減税)を、2020年の東京オリンピックまで導入することだ 公明党が抜け穴をカバーするために低所得者向けプレミアム付き商品券の発行を提案 自民党の税制調査会(宮沢洋一会長)は住宅ローン減税の拡充や自動車取得にかかる税負担の軽減措置などの検討を始めた 「消費増税対策」を名目にしたばらまきオンパレードの様相 減収は5.2兆円 内部留保を大幅に積み上げ、企業同士が受け取る配当収入を増やしただけだ 成長の果実で社会保障をまかなえるのか 思ったほどに経済が成長せず、減収効果が効いて税収不足になる。そして、国民に社会保障や福祉の実感が届かないまま、また社会保障の財源不足が強調されるという具合である 軽減税率で逆進性緩和の効果は疑問 「超富裕層」が多く住んでいる都市では、香港、ニューヨークについで東京が3位に 財政再建は税体系や歳出の抜本見直しで 本当の財政危機とは何なのか 産業衰退と貿易黒字の減少 1990年代初めはAAAだった格付けは下がり続け、今はシングルAでとどまっているが、それがBに移行していけば、財政危機は現実化 「政府のポイント還元事業、その「意外な狙い」 増税を機にキャッシュレス決済は普及するか」 キャッシュレス決済へのポイント還元事業 大手カード会社やLINEなどが参加 キャッシュレス関連予算は約2800億円 不正防止策として還元額に上限
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