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”右傾化”(その9)(片山杜秀氏 日本は“束ねられる”ファシズム化が進んでいる、国家として衰退…丸山議員的な連中に支配されている日本、ニューズウィーク日本版はなぜ 「百田尚樹現象」を特集したのか) [国内政治]

”右傾化”については、昨年12月27日に取上げた。今日は、(その9)(片山杜秀氏 日本は“束ねられる”ファシズム化が進んでいる、国家として衰退…丸山議員的な連中に支配されている日本、ニューズウィーク日本版はなぜ 「百田尚樹現象」を特集したのか)である。

先ずは、5月20日付け日刊ゲンダイが掲載した慶應義塾大学教授の片山杜秀へのインタビュー「片山杜秀氏 日本は“束ねられる”ファシズム化が進んでいる」を紹介しよう(Qは聞き手の質問、Aは片山氏の回答)。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/254019
・『この国は再びファシズムに侵されている――。現実を鋭く分析した思想史研究者の対談集「現代に生きるファシズム」(小学館新書)が話題だ。第1次世界大戦後のイタリアで生まれたファシズムはヒトラーのナチズムとも、中国や北朝鮮の全体主義とも、ロシアのそれとも違う。権力によって民衆が「束ねられている」状態を指すという。7年に迫ろうとする安倍1強政治の下、この国はどう変わっていったのか』、興味深そうだ。
・『Q:ファシズムはどの程度まで進んでいますか。 A:数字で示すのは難しいですが、かなりファシズム的状況にあると言っていいと思います。独裁政党こそありませんが、野党は与党に似たり寄ったり。保守主義的で、資本主義の延長線上に立って「この国をもう一度豊かにします」と幻想をうたっている点では、共産党以外の野党は与党と変わらない。 Q:国民に選択肢がないと? A:自動的に大政翼賛会化しています。55年体制のような与野党のイデオロギーの差異がない。思想や政策に十分な相違がないとすれば、有権者は同じことをやるなら経験を積んでいる政党の方が安全と考える。だから、安倍首相が面目を失うことがあっても、「悪夢のような民主党政権」とリフレインすると、一定数の国民がリセットされてしまう。現政権の方がマシだと考えて、失敗が棒引きになる。左派が警戒する憲法改正などしなくても、戦後民主主義の常識とは異なるフェーズに入っていることを深刻に認識する必要があります』、「自動的に大政翼賛会化しています。55年体制のような与野党のイデオロギーの差異がない。思想や政策に十分な相違がないとすれば、有権者は同じことをやるなら経験を積んでいる政党の方が安全と考える」、というのは現在の状況を的確に捉えているようだ。
・『没落する中間層が“希望の星”にすがりつく  Q:ファシズムは全体主義と混同されやすいですが、「特定の政治や経済の体制を呼びならわす言葉ではないと考えるべき」「体制論ではなく情況論の用語」と指摘されています。 A:個を原則的に認めないのが全体主義で、個のスペースが幾分なりとも保障されているかのような幻想を与えるのがファシズムと言えばわかりやすいでしょうか。みなさんを自由にするため、夢を取り戻すため。いっとき不自由になっても我慢して下さい。これがファシズムのやり方です。しばしば不自由のままで終わるのですが。同質化までは至らず、「束ねる・束ねられる」ことをたくさん感じているときがファシズム的状況と言えるでしょう。ファシズムは社会主義か自由主義かで割り切れない。変幻自在に形を変える。精神論や右翼的な旗印が有効であれば、それをトコトンやる。国民の団結を保つために社会主義的施策が有用であれば臆面もなくやる。理屈は抜き、束ねられれば手段を問わないのがファシズムです。 Q:右派に支えられる安倍政権が教育無償化などの福祉政策に走るわけですね。一方、国民が「束ねられてもいい」と考えるのはどういう背景が? A:資本主義の危機の時代に没落する中間層の“希望の星”としてファシズムが現れるからです。典型例はワイマール共和国時代のナチス支持者、トランプ米大統領に熱狂するラストベルトの白人労働者。もっと豊かになるはずだったのにどうもおかしい、社会のせいでうまくいかない、と感じている階層です。日本も似たような状況です。就職先は終身雇用で、何歳で結婚して子供を何人つくって、何歳までにマイホームを持って……といった従来の生活モデルが崩れた。そうすると、自由を少しばかり差し出しても、みんなで束ねられることで助け合い、危機的状況を乗り切ろうという発想になる。自由を取り戻すステップとして、束ねられることが必要だという思考に入っていきます』、「個を原則的に認めないのが全体主義で、個のスペースが幾分なりとも保障されているかのような幻想を与えるのがファシズム」、との説明はさすがだ。「資本主義の危機の時代に没落する中間層の“希望の星”としてファシズムが現れる」、との指摘も説得力がある。
・『3・11でフェーズが変わった  Q:ターニングポイントはいつですか。 A:3・11でしょう。冷戦構造崩壊後、そういうフェーズに入っていく流れはありましたが、3・11が決定的だと思います。この経験でフェーズが変わってしまった。日本が災害大国だという認識は共有されていましたが、政府は対応可能な防災計画を立て得ると説明し、国民の不安を打ち消してきた。ところが、東日本大震災では日本列島全体が揺れ動き、原発事故はいまだに収束しない。その後も各地で地震が頻発している。南海トラフ地震のリスクもある。いつ巨大災害に襲われても不思議ではない状況をウソとは言えない。地震予知は不可能だとオフィシャルに認めている状況下で、われわれは明日をも知れぬ身で生きている。2011年以降、日本人は刹那主義と虚無主義に陥ってしまいました。真面目に考えても対応できない災害と隣り合わせで暮らしているわけですから』、「地震予知」は既に学会で困難とされているにも拘らず、安倍首相は南海トラフ地震で「地震予知」などの対策を臆面もなく指示し、「やっている感」の醸成に努めているようだ。
・『Q:危機感の点で言うと、安倍政権は一時は中国包囲網に躍起になり、核・ミサイル開発に猛進する北朝鮮を“国難”と呼び、足元では韓国と対立を深めています。 A:内政で国民に対する訴えかけが弱くなると、外に向かうのは歴史が物語っています。富の再分配といった社会主義的政策で国民のガス抜きをするには、経済成長が必須。それができない場合は非常時の持続が有効に働く。北朝鮮がミサイルを発射するたびにJアラートを作動させれば、5年や10年は簡単にもってしまう。 Q:刹那主義、虚無主義、対外的緊張が重なればますます思考停止です。 A:リアルに考えれば、この国は経済成長しないかもしれない、貧富の格差が拡大するかもしれない、社会保障はますます削られていきそうだ……。安倍政権が夢物語を喧伝しても、不安は払拭されない。さらに、AI社会になれば人間は不要とされかねない。しかし、こうした問題が国民的議論に結びつかないのは、安倍政権がだましているからというよりも、国民が厳しい現実から目をそむけているからです。国民の気分も問題なのです。なぜかというと、現実を直視しても解決のしようがないから。こうして刹那主義や虚無主義が増幅され、便乗したファシズムのオポチュニスト(ご都合主義者)的な部分がかぶさってくる。世論ウケのいい政策を次々に打ち上げ、中途半端なまま別のテーマに移っていく。 Q:本来は、いい加減な政治に対する国民の怒りが爆発する局面です。 A:声を上げ続ける人は少数派。「実現不可能なことでも言ってくれるだけでうれしい」というレベルまで国民の思想が劣化していると思います。お上はうまく統制するため、下から文句が噴き出ないようおべんちゃらを言う。それを期待する国民感情がある。上下の平仄が合っている怖さがある。「おかしい」と訴える人の声は、「平仄が合っているんだからしょうがない」と考える人のニヒリズムにかき消される。原発事故への対応、反応もそうです。嫌な話を聞いても解決できないし、東京五輪の話題で盛り上がった方がいいという雰囲気でしょう。元号が変わった、新しい時代を迎えた、お札も変わる、それぞれの花を大きく咲かせることができる……。そんなことで内閣支持率が上がる。政府の考えと国民の求めが無限にかみ合っている。終末的ですね』、最近では北朝鮮が大人しくなっているが、一時は「Jアラート」で危機感を大いに煽っていた。学校の生徒を机の下に潜り込ませるなどはナンセンスの極みだが、マスコミも「忖度」して批判を控えているのは腹立たしい。「終末的」とは言い得て妙だ。
・『サンダース目線の民主社会主義的発想が必要  Q:流れを変える手だてはないのでしょうか。 A:仮に安倍政権が倒れても、世の中がガラリと変わることはないと思います。「決められない政治」を否定した結果、政治主導の名の下に内閣人事局が設置されて官僚は生殺与奪権を握られ、官邸は霞が関の情報を吸い上げて権力を肥大化させ、戦前・戦中にはなかった強力なファシズム体制を敷いた。「決められる政治」の究極の形態を実現したのです。唯一可能性があるとしたら、来年の米大統領選に再挑戦するバーニー・サンダース上院議員のような民主社会主義的な発想を広げることでしょう。人権を擁護し、ファシズム的なキレイごととは一線を画す社会を目指すのです。最大多数の国民がなるべく束ねられずに、しかし助け合って生きていく。人間社会の当たり前の理想を思想的にハッキリ表明する政党が大きな形をなさないとまずいでしょう。難しいですが。 Q:民主社会主義的なプランを掲げる政治勢力が必要だと。 A:高度成長が再現できれば、新たな政策実行にいくらでも予算が付き、昔ながらのパイの奪い合い政治でも結果オーライでうまくいく。しかし、もはやそこには戻れないでしょう。戻れるかのような甘言に何となくごまかされているうちに、残された貯金すら減らしているのが今の日本ではないですか。この現実認識を持てるか持てないかです。本当の現実を思い知れば、民主社会主義的な目線で考えるしかないのではないですか。最大多数の国民の人権と暮らしが守られ、人間を見捨てない国を目指すサンダース目線の政治が必要でしょう』、最後の主張はその通りだが、アメリカの政変に頼るしかないというのは、情けない限りだ。

次に、政治アナリストの伊藤惇夫氏が5月26日付け日刊ゲンダイに寄稿した「国家として衰退…丸山議員的な連中に支配されている日本」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/254736
・『「戦争を知っている世代がいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が中枢となった時はとても危ない」 田中角栄が残した言葉のひとつだ。今、その心配が現実のものになりつつある。ついに、現職の国会議員が「北方領土を戦争で取り返せ」と言い出した』、田中角栄も平和問題ではいい言葉を残したようだ。
・『自信喪失と虚勢  さて、この丸山某は単なる“特異例”だろうか。そうではない。こういう危険人物が堂々と跋扈する背景には、この国全体を覆う、なんともいやらしいムードが存在する。今の政治体制に異議を唱えたり問題点を指摘する人間に対し「反日」だの「左翼」だのといった悪罵を投げつける、いわゆる「ネトウヨ」や、教育勅語を礼賛し、「日本はすばらしい」「日本の歴史に誇りを持て」「悪いのは中国、韓国だ」といった言説をばらまく、自称保守派。テレビをつければ「日本凄い」番組があふれている。そうした連中、ムードに支えられて「1強」体制を謳歌しているのが安倍政権だ。こうした空気が続く限り、第2、第3の丸山某が出現する可能性は十分にある。 でも、実は彼らの言動は不安感、自信喪失の裏返しではないのか。本当はわかっているのかもしれない。この国が確実に「劣化」していく運命にあることを。だからこそ、虚勢を張るのではないか。 時代は平成から令和に変わったが、それだけで急に世の中が変わるわけじゃない。平成から続く、劣化現象が止まるわけでもない。わかりやすい例を一つ挙げよう。現在、日本の総人口は1億2414万4000人(2018年12月現在)、これが2050年には9515万人と1億人を切り、2100年には半分以下の4441万人になる。生産年齢人口も2005年の8442万人が2050年には4930万人に減少する。「外国人材」という名の移民を大量に受け入れたところで限界がある。これだけの人口減少国家が再び「過去の栄光」を取り戻すことなど不可能であることは明らかだ。 日本は国家としての衰退期を迎えている。だからこそ、そうした厳しい現実と向き合い、劣化を正面から受け止め、どう対処すべきかを真剣に考えなければいけない時期にきているはずだが、その先頭に立つべき政治こそが、実は最も激しい劣化現象に直面している。次回からは政治、政界を中心に具体的な劣化の現状を検証していくことにする』、「実は彼らの言動は不安感、自信喪失の裏返しではないのか。本当はわかっているのかもしれない。この国が確実に「劣化」していく運命にあることを。だからこそ、虚勢を張るのではないか」との捉え方は新鮮で説得力がある。今後の「検証」が楽しみだ。

第三に、5月31日付けNewsweek日本版「ニューズウィーク日本版はなぜ、「百田尚樹現象」を特集したのか」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/newsroom/2019/05/post-285_1.php
・『<大反響「百田尚樹現象」特集は、どのようにして生まれたのか。百田尚樹氏を取り上げたことへの賛否の声に、編集部の企画趣旨を説明します> ニューズウィーク日本版はなぜ、「百田尚樹現象」を特集したのか。 5月28日に発売された特集「百田尚樹現象」(6月4日号)に、大きな反響をいただいています。有難いことに、読んでくださった方から評価する声がたくさん届いていますが、なかには特集を告知した時点で「天下のNewsweekが特集するテーマですか?」「これ持ち上げてるの?disってるの?」という質問も見受けられたので、なぜこの特集を組むことにしたのか、お話しさせていただこうと思います。 そもそもの出発点は、『日本国紀』(幻冬舎)は一体誰が読んでいるのか、というシンプルな問いでした。65万部のベストセラー本として書店には平積みになっているのに、周りで「読んだ」という人には出会わない......。それでも、百田氏の本は小説も含めてヒットを重ね、ツイッターでの発言には「いいね」がたくさん付いていく。「見えない」世界を前にしたとき、2016年に駐在していたニューヨーク支局で、トランプ大統領の誕生とともに「もう1つのアメリカ」を突き付けられた経験を思い出しました。 当時、アメリカのリベラルメディアの多くは「トランプ現象」の本質とその広がりを見抜けていませんでした。ドナルド・トランプ氏を暴言王、差別主義者と批判し、アメリカ国民がそんな人を大統領に選ぶはずがないと、どこかで「信じて」いました。しかし結果として、投票した有権者の半数がトランプ氏に入れた。その現実を前にした時、米メディアのリベラルエリートたちは、自分たちは実はマジョリティーではなかった、東海岸と西海岸の都市部からは見えていない、もう1つのアメリカがあったのだと思い知ることになりました。 もちろん、百田現象とトランプ現象を同列に並べることはできません。そもそも、百田尚樹「現象」など存在しないという見方もあります。しかし、現象の広がり方や立場などに違いはあるにせよ、2人には共通点がありました。どちらもテレビ番組の手法を熟知し、ツイッターでポリティカル・コレクトネス(政治的公正さ)など意に介さない言動を繰り返す。 私がアメリカで取材していて、トランプ支持だがトランプ氏の過激な発言そのものは支持しないという人に多く出会ったように、百田氏の本を買う人たち全てが百田氏の考えに同調しているわけではないでしょう。それでも、まるで「隠れトランプ支持者」のように、ネット空間には百田氏の発言や考えを強く、または緩やかにでも支持する人たちが存在します。それが何を意味するのかを、メディアは捉えきれていないように思いました。 自分たちに見えていないものがあるのだとしたら、まずはそれを可視化したい、分からないものを読み解く特集を作りたい、というのが「百田尚樹現象」の企画趣旨です。加えて言えば、ニューズウィーク日本版には百田氏の著作によって出版社が利益を得ているから踏み込みづらいという「週刊誌メディアの作家タブー」がない、という事情もありました(この点は、「百田尚樹『殉愛』の真実」〈宝島社〉に詳しいです)。 さらに加えれば、(これは内輪の話になりますが)本誌編集長と副編集長を含め大阪で『探偵!ナイトスクープ』を番組開始当初から観て泣いたり笑ったりしていた人たちからは、昨今の百田氏の言動を見て、人情深い同番組の構成作家・百田尚樹との二面性を謎解きしたいという声も上がっていました』、「トランプ」氏と「百田尚樹」氏をダブらせるとは面白い発想だ。「2人には共通点がありました」、も言われてみればその通りなのかも知れない。
・『「リベラルはおもろないねぇ」への挑戦  企画にゴーサインが出てから、取材を進める上でのスタンスを「批判」ではなく「研究」と決めました。「百田人気を支えるもの」について、是非を問うのではなくフェアに研究しよう、と。仮説を立ててそれを立証するための素材を集めていくのではなく、「日本国紀は誰が読んでいるのか?」という小さな問いからスタートし、そこに連なる素材を探しながら一つ一つ検証する。演繹法ではなく、帰納法。 そういうスタンスの取材記事に、特集『沖縄ラプソディ』(2019年2月26日号)に長編ルポを書いてくれたノンフィクションライターの石戸諭氏はぴったりでした。前回も石戸氏は、沖縄の辺野古埋立てによる新基地計画に賛成か、反対か、なぜそう考えるのか、賛否が分かれる問題について双方から丁寧に聞き取りました。今回の特集も、企画段階から「百田研究」というアングルを提案してくれていた石戸氏に執筆をお願いすることにしました・・・石戸氏の、「批判」ではなく「研究」するという取材姿勢は、今回の特集記事を根底から支えています。石戸氏は百田氏に取材を依頼する際にも、自分とは「政治的な価値観や歴史観は異なる」と断った上で、百田氏は本当のところは何を考えていて、なぜそう思い、行動するのかを知りたい、と伝えました。 取材の目的を「自分と価値観の違う相手を論破する」こととせず、相手がなぜそう思うのかを「知りたい」という姿勢で聞こうとする。単に批判したいだけであれば、当人たちに取材せずにパソコンに向かって批判ありきの評論を書くこともできますが、私たちがやりたかったのは「批判」ではなく「研究」です。石戸氏の取材意図は、記事中にもこう書かれています。「インタビューでも主張すべきはしたが、ディベート的に言い負かすための時間にはしなかった。彼の姿勢を丁寧に聞くことが、私が知りたい現象の本質を浮かび上がらせると考えたからだ」。 また、記事中で紹介したように、百田氏がレギュラー出演しているネット番組『深相深入り!虎ノ門ニュース』を制作するDHCテレビの山田晃社長は「リベラルはおもろないねぇ」と言います。じゃあ面白いものを作るしかない、作ってみたい、という気持ちもありました。成功したかどうかは読者の判断に委ねるしかありませんが、計20ページという誌面を割いた特集は、そうした挑戦でもありました。 本特集に対して頂いているコメントは、可能な限り拝読しています。反応を含めて、百田現象を読み解く鍵となると思うからです。発売前から、百田氏ファンからの「センセ、凄い!!」というコメントもあれば、百田氏を取りあげたこと自体を批判する声もありました。特集しただけでハレーションが起きることも、百田現象の一端なのだと思います。読んでコメントしてくださっている方は、スタンスの違いにかかわらず、心から有難うございます(ヘイトスピーチは論外ですが)。 この特集は、まずは捉え切れていなかった事象について知ろうとし、可視化しようという試みでした。「百田尚樹現象」とは何なのか。2カ月以上の取材を経て、石戸氏は16ページの長編ルポをある「結論」で結びました。記事中に提示した素材のさらなる分析も含めて、今後の議論の一端になれば、とても嬉しいです』、「結論」のポイントだけでも書いてくれればいいのにとは思うが、「特集」を売るためには、こうした思わせぶりな紹介もやむを得ないのだろう。 
タグ:日刊ゲンダイ 右傾化 伊藤惇夫 Newsweek日本版 (その9)(片山杜秀氏 日本は“束ねられる”ファシズム化が進んでいる、国家として衰退…丸山議員的な連中に支配されている日本、ニューズウィーク日本版はなぜ 「百田尚樹現象」を特集したのか) 「片山杜秀氏 日本は“束ねられる”ファシズム化が進んでいる」 この国は再びファシズムに侵されている 「現代に生きるファシズム」(小学館新書) 権力によって民衆が「束ねられている」状態 自動的に大政翼賛会化しています。55年体制のような与野党のイデオロギーの差異がない 安倍首相が面目を失うことがあっても、「悪夢のような民主党政権」とリフレインすると、一定数の国民がリセットされてしまう 没落する中間層が“希望の星”にすがりつく 個を原則的に認めないのが全体主義で、個のスペースが幾分なりとも保障されているかのような幻想を与えるのがファシズム 「束ねる・束ねられる」ことをたくさん感じているときがファシズム的状況 資本主義の危機の時代に没落する中間層の“希望の星”としてファシズムが現れるからです。典型例はワイマール共和国時代のナチス支持者、トランプ米大統領に熱狂するラストベルトの白人労働者 もっと豊かになるはずだったのにどうもおかしい、社会のせいでうまくいかない、と感じている階層です 3・11でフェーズが変わった 2011年以降、日本人は刹那主義と虚無主義に陥ってしまいました。真面目に考えても対応できない災害と隣り合わせで暮らしているわけですから 非常時の持続が有効に働く。北朝鮮がミサイルを発射するたびにJアラートを作動させれば、5年や10年は簡単にもってしまう 安倍政権が夢物語を喧伝しても、不安は払拭されない。さらに、AI社会になれば人間は不要とされかねない。しかし、こうした問題が国民的議論に結びつかないのは、安倍政権がだましているからというよりも、国民が厳しい現実から目をそむけているからです 刹那主義や虚無主義が増幅され、便乗したファシズムのオポチュニスト(ご都合主義者)的な部分がかぶさってくる。世論ウケのいい政策を次々に打ち上げ、中途半端なまま別のテーマに移っていく 政府の考えと国民の求めが無限にかみ合っている。終末的ですね サンダース目線の民主社会主義的発想が必要 「国家として衰退…丸山議員的な連中に支配されている日本」 「戦争を知っている世代がいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が中枢となった時はとても危ない」 田中角栄が残した言葉のひとつだ ついに、現職の国会議員が「北方領土を戦争で取り返せ」と言い出した 自信喪失と虚勢 今の政治体制に異議を唱えたり問題点を指摘する人間に対し「反日」だの「左翼」だのといった悪罵を投げつける、いわゆる「ネトウヨ」や、教育勅語を礼賛し、「日本はすばらしい」「日本の歴史に誇りを持て」「悪いのは中国、韓国だ」といった言説をばらまく、自称保守派。テレビをつければ「日本凄い」番組があふれている。そうした連中、ムードに支えられて「1強」体制を謳歌しているのが安倍政権だ 実は彼らの言動は不安感、自信喪失の裏返しではないのか。本当はわかっているのかもしれない。この国が確実に「劣化」していく運命にあることを。だからこそ、虚勢を張るのではないか 日本は国家としての衰退期を迎えている。だからこそ、そうした厳しい現実と向き合い、劣化を正面から受け止め、どう対処すべきかを真剣に考えなければいけない時期にきているはずだが、その先頭に立つべき政治こそが、実は最も激しい劣化現象に直面している 「ニューズウィーク日本版はなぜ、「百田尚樹現象」を特集したのか」 5月28日に発売された特集「百田尚樹現象」(6月4日号) 米メディアのリベラルエリートたちは、自分たちは実はマジョリティーではなかった、東海岸と西海岸の都市部からは見えていない、もう1つのアメリカがあったのだと思い知ることになりました 2人には共通点がありました 自分たちに見えていないものがあるのだとしたら、まずはそれを可視化したい、分からないものを読み解く特集を作りたい、というのが「百田尚樹現象」の企画趣旨 「リベラルはおもろないねぇ」への挑戦
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