So-net無料ブログ作成

不動産(その4)(不動産バブル崩壊?首都圏マンション契約率50%割れの衝撃、何かの予兆? 首都圏の新築マンションが、パッタリ売れなくなった、厚生労働省はただちにタワマンの健康被害を調査すべきと考える理由 高層階ほど現れる現象とは?、神戸市がブチ上げた「タワマン禁止令」の波紋 行き過ぎた都心回帰に「待った」がかかった) [経済]

不動産については、昨年10月20日に取上げた。今日は、(その4)(不動産バブル崩壊?首都圏マンション契約率50%割れの衝撃、何かの予兆? 首都圏の新築マンションが、パッタリ売れなくなった、厚生労働省はただちにタワマンの健康被害を調査すべきと考える理由 高層階ほど現れる現象とは?、神戸市がブチ上げた「タワマン禁止令」の波紋 行き過ぎた都心回帰に「待った」がかかった)である。

先ずは、3月2日付け日刊ゲンダイ「不動産バブル崩壊?首都圏マンション契約率50%割れの衝撃」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/248546
・『「初月契約率は49.4%と1991年8月(49.7%)以来の50%割れに」――不動産経済研究所が1月に発表した昨年12月の首都圏マンションの市場動向。バブル崩壊以来、27年ぶりの低さに、業界関係者は一様に衝撃を受けたという。 マンション市場の好不調の目安は70%とされ、それを大幅に下回る数字だった。 楽観的な意見では、不動産バブルは2020年の東京五輪までは続くとされてきたが、かなり怪しくなってきたのかもしれない。 「先日、今年1月の市場動向が発表され、契約率は67.5%と持ち直しました。12月の数字が悪かったのは、大手不動産会社による大量供給が原因かと思います」(不動産コンサルタントの長嶋修氏=さくら事務所会長) 具体的には住友不動産が大量の物件を売りに出した結果だが、それを単純に安心できない数字もある。 毎年、12月はこれまでも新築マンションが大量に販売されてきた。17年12月は6480戸、16年12月も7007戸と、月平均約3000戸からポンとはね上がっている。しかし、契約率は17年は72.5%、16年が76.6%とともに70%を上回っていたのだ』、本年5月の「首都圏マンションの市場動向」でも、契約率は60.0%と低迷している。
・『さらに、中古マンション価格にも陰りが見えてきた。東京カンテイによると、これまで全体を押し上げてきた都心6区の1月の価格(70平方メートル換算)が、0.5%減の7565万円と小幅ながら4カ月ぶりに下落してしまった。 むしろ、不動産バブルの終焉は世界的な傾向なのかもしれない。アメリカの住宅ローン金利(30年固定)は現在約4.5%ほどで、ピークから少し下がったとはいえ、ローンをしてまで家を買う人は減った。 イギリスはブレグジット(EU離脱)の影響で海外企業が逃げ出しているし、カナダや豪州は中国人の不動産投資に規制をかけ始めている。そもそも多くの国で移民受け入れを制限しているため、不動産需要は減ってきているのだ。 それなのに、国内では五輪が終わると、選手村を改築し、5000戸以上のマンションが大量に供給される。 「今の株価から類推すると、不動産は頭打ちで、都心3区でも10%くらい下がる可能性があります。ただ、晴海のマンションが売りに出された後、価格が下落するかは分かりません。その時の経済環境によると思われます」(長嶋修氏) あのバブル崩壊の悲しみは二度と味わいたくないが……』、都心6区の価格(70平方メートル換算)は、2月+0.3%、3月+0.3%、4月+1.1%、5月-02%と一進一退気味だ。

次に、7月17日付け現代ビジネス「何かの予兆? 首都圏の新築マンションが、パッタリ売れなくなった」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65902
・『土地価格は少なくとも東京五輪まで上がる――。そう信じて都心にマンションを買った人たちが、いま痛い目を見ている。開発されつくした首都圏に建つ、大量の売れ残りマンションはどうなるのか。 どう考えても作りすぎ  「うちも含めて、大手デベロッパーはみんな焦ってますよ。都心の新築マンションがまったく売れないんです。マンションは第1期の売り出しで、最低でも半分が即日で成約しなければ全室売り切れないと言われています。 アベノミクスがはじまったころは即日完売が当たり前だったのに、今は1期あたりの売り出し戸数を5分の1にして、『第1期即日完売』と無理やりアピールしています。売れている雰囲気を作るのに必死ですよ」(大手デベロッパー社員) 不動産価格は伸び続ける。居住用でも投資用でも、今買っておいて損はない。こんな商売文句で客を口説いていたデベロッパーが、揃って頭を抱えている。 6月17日に不動産経済研究所が発表した「首都圏のマンション市場動向」は、高止まりの続く不動産市場が完全な「曲がり角」にさしかかったことを示した。 東京23区における今年5月の新築マンション発売戸数は781戸で、前年同月と比べて36.3%も減少したのだ(契約率は65.8%で同3.9%減)。 ちなみに、首都圏で4月に発売された新築マンションは1421戸で、4月に1500戸を割り込んだのは27年ぶり。バブル崩壊直後の'92年並みの水準に逆戻りした。 アベノミクスが始まった'13年から、マンションは建てれば即日完売という状況が続いた。ところが今年5月、首都圏で即日完売となった新築マンションはわずか5棟22戸にとどまっている。 マンションが売れなくなった。原因は明確だ。近年の好景気ムードに押されて、あまりにもマンションを建てすぎてしまったのだ。 「特に顕著なのがタワーマンションです。超高層なら猫も杓子も売れていた時期がありましたが、今は竣工から5年が経過しても売れ残るケースが増えています。 たとえばゴールドクレストが建てた『勝どきビュータワー』は、2010年竣工にもかかわらず未入居物件の広告がいまだに出ています」(不動産ジャーナリストの山下和之氏) '19年5月時点での首都圏マンション完成在庫は3539戸にのぼる。アベノミクスが始まった'13年は1000戸台だったことを考えると、「作りすぎ感」が否めない。 供給過剰になれば、新築・中古問わずマンション在庫がダブつくのは当然だ。価格の頭打ちを迎え、割高でマンションを手にしてしまった住民たちは強く後悔している』、「今は1期あたりの売り出し戸数を5分の1にして、『第1期即日完売』と無理やりアピールしています」、というのは見栄張りに過ぎない。「5月時点での首都圏マンション完成在庫」が13年の3.5倍とは、これだけの「作りすぎ感」を出すほど、バブル色が強いようだ。懲りない業界だ。
・『中古も買い手がつかない  4年前に湾岸エリアで新築2LDKのタワーマンションを購入した30代男性はこう言う。 「2年間住んだあと、購入価格に300万円上乗せして売り出したのですが、半年経っても売れる気配がない。そこから400万円下げ、原価割れで売り出したのですが、若干問い合わせが増える程度。さらに200万円値下げした今になってようやく買い手がつくかな、という状況です」 市場が飽和するほどマンションを建て続けた理由は、少なくとも東京五輪が行われる2020年まで、首都圏の土地価格がずっと上がり続けると信じられてきたからだ。だが実際のところ不動産市場では、ジワジワと悲観的な予測が増えはじめている。 このことを裏付けるのが、6月10日に全国宅地建物取引業協会連合会(全宅連)が発表した「不動産市況DI(指数)」だ。 この指数は、3ヵ月前と現在の不動産価格の推移や取引実績を比較調査し、「現在」そしてさらに「3ヵ月後」の土地価格が上昇傾向、または下降傾向にあるのかを数値化したものである。 今年4月に行われた調査では、全国で5.4ポイントと前回('19年1月)比0.8ポイントの上昇がみられたが、関東に限ればマイナス3.1ポイントと、前回比2.6ポイントの下落を示したのだ。ちなみに関東は2調査連続のマイナスである。 それだけではない。「3ヵ月後」の見通しは全国ベースでマイナス6.2ポイント、関東ではマイナス12.8ポイントと、大幅なマイナス予測が出ているのだ』、やはりブームは過ぎ去っているのだろう。
・『投資家は「終わり」を見越している  この数字をどう読み解けばいいのか。前出・山下氏は言う。 「全宅連の調査対象は50坪程度の個人間売買物件で、商業地や大規模な宅地は含みません。ただ、この指数がマイナスであるということは、すでに地価が頭打ちとなり、下落に向かうと感じている人が増えてきていると言えます」 買った物件に住んで自分で使う、いわゆる「実需」ベースの購買層だけでなく、マンションバブルを牽引してきた投資家層も、不動産バブルの終わりを予期して動き出している。 住宅ジャーナリストの榊淳司氏が言う。「一時期人気を集めた晴海などの湾岸エリアや武蔵小杉で異変が起きています。地価上昇を下支えしていた中国人購買層がマンションを売りに回しはじめたのです。市況に敏感な彼らが引き揚げたということは、想定以上に値崩れのスピードが早い物件が出てくるかもしれません」 オフィスビル仲介大手の三鬼商事の調査によると、今年5月の都心5区のオフィス空室率は1.64%と、'02年1月以来最低を更新し続けている。 またインバウンド需要を見込み、都内では年間1万室近いホテルが新しく建てられ、山手線の狭いエリアで陣取り合戦が繰り広げられている。いわゆる商業用地の土地価格が伸びるウラで、住宅地の値段は下がり始めているのだ』、「中国人購買層がマンションを売りに回しはじめた」、というのも不吉な兆候だ。
・『日本最後のバブルが終わる  飽和から崩壊へと向かい始める不動産市場だが、「とはいえ五輪までは大丈夫」と楽観視する向きもある。だが、「それまで持たない」と構えていたほうがいい。 「五輪前により一段、価格が下がる契機があるとすれば、やはり10月の消費増税でしょう。本当は新築が欲しいけれど、さすがに予算オーバーだと考えている購入層は、同価格帯の新築・中古物件を回遊魚のように巡って検討を重ねています。 それが10月、個人所有の中古物件には消費税がかからない事実を目の当たりにして、新築の夢を捨て、みんながお得な中古を選ぶという市況が十分に想定できます。新築物件の売れ行きがさらに悪くなれば、不動産市場全体の値下がり傾向も強まるでしょう」(マンショントレンド評論家の日下部理絵氏) かねてから囁かれていた不動産バブルの崩壊が訪れたとき、どのようなエリアが大きく値を崩すことになるのか。「マンションレビュー」を運営する川島直也氏はこう語る。「新築物件でいえば、これまで人気だった世田谷区や大田区がすでに苦戦を強いられています。両区は『竣工残』、つまり完成後も売れ残っている物件の在庫が溜まってきています。また、ほかの人気エリアでも、駅遠物件が避けられる傾向は引き続き変わらないでしょう」 前出・日下部氏は、都心へのアクセスがよい人気エリアにも思わぬリスクがあると考える。「近年『穴場』と言われ、急激な地価上昇が続いているエリアが、逆に大きな痛手を負う可能性が高いです。都心へのアクセスが良好で割安な北千住、浦和、松戸などでは今後も大規模マンションの建築が予定されていますが、本来の土地評価以上に値上がりしている感が否めず、危険な買い物になるかもしれません」 これまで「お買い得」とされていたエリアのマンションも、首都圏の土地価格が下がれば一気に「不良債権」へと変化するのだから恐ろしい。 そのような状況下でも、価格が「下がらない」地域はあるのだろうか。 前出・榊氏はこう語る。「マイナス材料が多いなか、期待値が高いのが、五反田~泉岳寺周辺です。高輪ゲートウェイ駅新設に伴う再開発が進み、周囲には白金や御殿山など高級住宅街もある地域。『湾岸付近最後のフロンティア』と言えるでしょう」 首都圏はもはや開発の余地がない。数年にわたって続いた地価上昇は日本史上最後のバブルになるかもしれない。そして最後のバブルが今、崩壊しはじめたのだ、「最後のバブルが今、崩壊しはじめた」というのはその通りだろう。

第三に、住宅ジャーナリストの榊 淳司氏が6月24日付け現代ビジネスに寄稿した「厚生労働省はただちにタワマンの健康被害を調査すべきと考える理由 高層階ほど現れる現象とは?」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65372
・『身体への影響は?  我々の祖先は800万年ほど前に樹から地面に降りて、2本足での生活を始めたとされる。その後、ゴリラやチンパンジーとの分岐を経て200万年前にホモ属が現れ、今のホモ・サピエンスとなったのは40万年前から25万年前である。 その間、一度も樹上での生活には戻っていない。また、樹の上と地上を行ったり来たりという暮らしであったとも想定されていない。我々はもう何百万年も地上で暮らしてきた。 ところが現在、日本人の一部は日常的に1日に何度も200mの高度差を行き来する生活を行っている(たとえば日本のマンションはだいたい、1階あたり3mで換算できるので、タワーマンションの60階前後に住んでいると、上下の移動距離が片道約200mに達する)。 気圧は100m上ることで10hPa(ヘクトパスカル)下がる。気温も0.65度下がるとされている。200mなら、その倍になる。こういった急激な環境の変化を1日に何度も繰り返すことは、人体への悪影響につながらないのだろうか。 確かに超高層のオフィスビルを仕事場にしている人は多い。青年期や壮年期の男女なら悪影響は出にくいのかもしれない。ただし、時々体調を崩して低層ビルの職場へと転職する人もいるといわれる中、はたして小さな子どもや高齢者にとって、タワーマンションの上層階に住むことによる健康への悪影響は皆無だと言い切れるのだろうか。 私は主にマンションを中心とした住宅分野を専門とするジャーナリズム活動を行っている。仕事柄、様々なマンションに住む人と話す機会がある。気になるのは、現実的に「タワマンが身体に合わない」と考えて、転居していくケースが少なからずある、ということだ。 特に、タワマンの上層階は常に微動している状態にある。湯船にお水を張ってみるとわかるはずだ。地震でもないのに水面にさざ波が生じていることに気づくだろう。 翻って免震構造になっているタワマンは、柔構造といって自らが揺れることでエネルギーを逃がすしくみになっている。地震に限らず、台風で強風が吹きつけた場合でも同じ原理で揺れを逃がす。タワマンの上層階は天気のいい日でも強い風が吹いていることが多い。特にそういう時には体に感じるほどの微動が起こっている。 人には三半規管というものがある。耳の奥にあって平衡感覚を司るのが役目だ。この機能には個人差がある。 乗り物酔いをしやすい人とほとんど平気な人がいるが、それは三半規管の機能差だと考えられている。乗り物酔いをしやすい人がタワマンの上層階に住むと、いつも酔ったような状態になっているのではないか。あるいはそれが体調不良につながるのかもしれない。 私は最近、『限界のタワーマンション』(集英社新書)を上梓した。世間から憧れをもって見られているタワマンという住形態が含有している、様々なリスクを炙り出す内容となっている。 同書を執筆するにあたって、様々な人々の取材協力を得た。そこにはヨーロッパで行った調査も含まれている。一連の過程では、東京の湾岸にあるタワマンの多いエリアで長年小児科医を開業なさっている医師から話をうかがう機会があった。 その先生に「タワマンに住む子どもがかかりやすい疾患というのはありますか?」と聞いてみた。彼は自身のクリニックのカルテなどを調べてくれた結果、「有意のデータはないけれど、耳関連が多い印象ですね。ただ、耳の場合は耳鼻科に行かれるのでウチのデータでははっきりしません」という回答だった』、風の影響で「体に感じるほどの微動が起こっている」というのは薄気味悪い話だ。タワマンに入ろうという人の気が知れない。節税効果を狙っているのかも知れないが、健康あっての物種だろう。
・『欧州では「ありえない」  いっぽう、日本に住むイギリス人への取材や、ヨーロッパでのアンケート調査でわかった衝撃的な事実がある。それは、ヨーロッパ人にとってタワマンでの子育ては「ありえない」レベルで否定的だということだ。調べてみると、1970年代にはそういうコンセンサスができ上がったようだ。今でも国によっては法律で制限をしている。 私と編集者は、その根拠になった論文はないかとデータベースを探し回ったが、見つからなかった。ただ、医学的根拠というよりも彼らの感覚に基づくところが大きいように思える。ヨーロッパ的な感覚では、超高層建築は必要悪的な存在であって、それは決して喜んで住んだり崇めたりするようなものではない、ということらしい。 どこの国でも中世の街並みが残る旧市街と、やむを得ずに超高層建築を建てるビジネスゾーンは明解に分離されている。それが彼らの感覚なのだろう。日本でも京都や鎌倉といった街では、行政がタワマンの建築を明解に規制している。そのあたりはヨーロッパ的な感覚に近いのだろう。やや救いを感じる。 造形的な美醜の感覚はさておき、より深刻なのは健康面である。 もしタワマンに住むことによって健康被害が生じるような何かがあるのなら、我々はあらかじめそれを知っておかねばならないはずだ。 1990年代の終わりに、東海大学元講師の逢坂文夫氏が行った調査が語り継がれている。ここでは詳しく触れないが「高層階に住むほど妊婦の流産率が高くなる」という有意のデータが得られている。 私の知る限り、これ以後は高層階居住と人体の健康を関連される研究は行われていない。ちなみに、この逢坂氏の調査は当時の厚生省の委託で行われた。しかし、この研究結果を発表して以後、研究費が出てこなくなったという。 拙著『限界のタワーマンション』では、タワマン高層階に住む小学生は成績が伸びにくい、あるいは近視になりやすい、といった専門家の主張も紹介している。それぞれに説得力のある意見であり、エビデンスも存在する。 私は、タワマンというものが人体に対してまったく無害であるとはどうしても思えない。かつて建材に使用されていたアスベストは、長らく安全だと信じられてきたことで多くの人々に健康被害をもたらした。国民の健康を守る立場にある厚生労働省は、いち早く「タワマンと人体の健康」について本格的な調査を始めるべきだと考える。 タワマンが本格的に住宅市場に登場してから、まだ20年程度に過ぎない。もし、何らかの危険性が隠されているとすれば、今後20年でそれが噴出してもおかしくない。一刻も早い調査の着手が望まれる』、「高層階に住むほど妊婦の流産率が高くなる」、との厚労省の委託調査が1年で打ち切られたのは、関連業界の圧力があったためだろう。数年前にロンドン郊外のタワマンが火事になり大勢の死者が出たことがあったが、これは公営住宅だった。ロンドンでは公営住宅のタワマンはこの他にもあるようだ。「一刻も早い調査の着手が望まれる」との主張には大賛成だが、関連業界の激しい抵抗を乗り越えられるかは疑問だ。

第四に、7月11日付け東洋経済オンライン「神戸市がブチ上げた「タワマン禁止令」の波紋 行き過ぎた都心回帰に「待った」がかかった」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/291447
・『神戸市随一の繁華街である三宮(さんのみや)。一帯にはオフィスやマンションが林立し、兵庫県庁や神戸市役所などの行政機関も立ち並ぶ。JR三ノ宮駅を中心に阪急・阪神電鉄、地下鉄駅などを含めると、1日に数十万人が利用する一大ターミナルを形成している。 ところが、そのにぎわいに冷や水を浴びせかねない事態が起きている』、「タワマン禁止令」の背景を知りたいものだ。
・『神戸市の誤算  7月1日、神戸市議会で「タワマン禁止令」とも呼べる条例が可決された。 条例が施行される来年7月からは、JR三ノ宮駅周辺ではマンションや老人ホームなどがいっさい建設できなくなる(下の地図の赤囲み部分)。規制はその周辺地域(緑囲みの部分)にも及び、住宅部分の容積率(敷地面積に対する延べ床面積の割合)が最大でも400%までに制限される。 敷地面積は1000平方メートル以上が対象で、建物の形状にもよるが、おおむね8~10階程度の中規模マンションが限界で、タワーマンション(タワマン)は到底建てられない。 この条例に対しては、「都心回帰の流れに逆行するものだ」とエリア内でマンション開発実績のあるデベロッパーからは困惑の声が上がる。それでも今回、神戸市がこうした強硬策に乗り出した背景には、従来の市の政策における「誤算」があった。 もともと三宮は容積率が緩和されており、現在の容積率は最大で900%にも達する。緩和の狙いは、「企業や店舗の誘致を促すこと」(神戸市)だった。だが市の意向とは裏腹に、近年の都心回帰や職住近接の動きを受け、利便性の高い三宮にタワーマンションが続々と建設されていった。東洋経済が調べたところ、今回の規制対象区域内には20階建て以上のタワーマンションが、建設中を含め少なくとも24棟存在する。 1棟に数百世帯がひしめくタワマンは、それだけで人口の押し上げ要因となる。税収アップにも寄与するため、自治体にとっては決して悪い話ではない。それでも神戸市がタワマンを問題視するのは、市内の人口バランスに歪みが生じているからだ。 三宮が含まれる神戸市中央区の人口は、この20年間で3割近くも増加。他方で、神戸市全体の人口は2012年から減少に転じている。久元喜造神戸市長は、「中央区に対する人口の一極集中を抑止し、神戸市全体にバランスのとれた人口配置ができるようなまちづくりが必要だ」と市議会で答弁している。市によれば、急激な人口増加によって、同区では小学校などの教育施設が逼迫しているという。 そうして神戸市は昨年9月に「タワーマンションのあり方に関する研究会」を設立。そこで議題に上がったのが、タワマンの管理状況への懸念だった。2015年に市がタワマン居住者向けに行った調査では、8割以上の住民がマンション内での付き合いが「ほとんどない」もしくは「あまりない」と回答した』、「タワマン禁止令」を遅ればせながらも制定したのは、当然だろう。
・『タワマン「スラム化」の懸念  さらにマンションごとの修繕積立金が国土交通省の示す基準よりも不足していることを挙げ、管理組合の機能不全によってマンションの維持管理が滞れば、「スラム化の恐れもある」とまで言い切った。管理が行き届かないマンションへの懸念も、タワマン規制の流れを後押しした。 今回の条例は、タワマンを中心とした大型マンションを狙い撃ちした形だ。条例の対象となるマンションを敷地面積1000平方メートルとしたのは、「1000平方メートルを超えると(マンションが大型化し)戸数が急増する」(神戸市建築安全課)という判断からだ。 マンションの容積率の上限が400%に設定されたことも、階段や廊下といったマンションの共用部は容積率に参入されず、「同じ容積率でもマンションのほうが高くなってしまう」(同)ためだ。ただし、既存のマンションへの配慮から、建て替えに伴う建設のみ1回限り認めるよう条例案が修正された。 さらに、市全体での人口バランスの平準化から、神戸市の外れに位置し開発が進んでいなかった垂水区については、逆に容積率を緩和する措置も盛り込んだ。 こうしてタワマン排除に動き出した神戸市。だが、条例が施行されても、新規のマンション開発が一掃されるわけではなさそうだ。 中心市街地でのタワーマンション建設を封じる条例は、横浜市が先駆けて2006年に制定している。横浜駅および関内駅周辺でのマンション建設を禁止し、それより外側の一定地域では住宅部分の容積率の上限を300%に設定。神戸市よりさらに厳しい。 それでも、2015年には東急不動産が「ブランズ横濱馬車道レジデンシャル」を開発した。14階建てだが、低層部をホテルにすることで住宅部分の容積率を抑えた形だ。 神戸市においても、規制のかからない敷地面積が1000平方メートル未満のマンションを中心に、積極的な開発は続くと見られる。むしろ業界からは、「タワマンが今後建てられないとなれば、既存物件の希少価値が上がるだろう」という声もある』、「マンションごとの修繕積立金が国土交通省の示す基準よりも不足」しているので、「タワマン「スラム化」の懸念」とは驚かされた。とんでもないことだ。
・『企業誘致にも高い壁  条例のもう1つの目的である、オフィスや商業施設の集積促進はどうか。神戸市の条例では、400%という容積率の制限がかかるのは住宅部分のみ。例えばもともとの容積率が600%の土地であれば、低層階に商業施設を入れたり、一部フロアをホテルに転用したりすれば、残りの容積率200%をうまく使い切ることができる。 横浜市の条例制定時、市担当者は市議会での質問に対し「全部が住宅になるよりは、低層階に店舗や事務所が入ることで、街並みとしての賑わいあるいは景観等が維持される」と答弁している。マンションとオフィス・商業の複合施設を認めた背景には、路面店を増やして人の流れを作る思惑があり、神戸市も同様と見られる。だが、「複合施設は立地が限られる」(関西地盤のデベロッパー)ため、市のもくろみどおりに、にぎわいがもたらされるかは微妙だ。 企業誘致にしても、一筋縄ではいかない。総務省の「経済センサス」によれば、2016年6月時点で神戸市中央区に所在する事業所数は2万1258と、6年前に比べて1241減少した。大阪まで30分という近からず遠からずという立地が災いし、「大阪とは別個に支店を構えるほどのオフィス適地とは言いがたい」(大手デベロッパー幹部)。 今年5月には「丸亀製麺」などの外食チェーンを展開するトリドールホールディングスが、「グループの中枢拠点としての機能およびグループ全体を牽引する役割の強化を図る」ため、本社を神戸から東京・渋谷に移転すると発表した。神戸市もオフィス賃料の補助など支援策を打ち出してはいるが、東京の磁力に打ち勝つのは並大抵ではない。 タワマンを排した街はどんな表情を見せるのか、壮大な社会実験が始まった』、神戸市にとってオフィスの呼び込みは容易ではないだろうが、「タワマン禁止」の必要性だけは確かなようだ。
タグ:不動産 東洋経済オンライン 日刊ゲンダイ 現代ビジネス 榊 淳司 (その4)(不動産バブル崩壊?首都圏マンション契約率50%割れの衝撃、何かの予兆? 首都圏の新築マンションが、パッタリ売れなくなった、厚生労働省はただちにタワマンの健康被害を調査すべきと考える理由 高層階ほど現れる現象とは?、神戸市がブチ上げた「タワマン禁止令」の波紋 行き過ぎた都心回帰に「待った」がかかった) 「不動産バブル崩壊?首都圏マンション契約率50%割れの衝撃」 「何かの予兆? 首都圏の新築マンションが、パッタリ売れなくなった」 今は1期あたりの売り出し戸数を5分の1にして、『第1期即日完売』と無理やりアピールしています 中古も買い手がつかない 投資家は「終わり」を見越している 日本最後のバブルが終わる 最後のバブルが今、崩壊しはじめた 「厚生労働省はただちにタワマンの健康被害を調査すべきと考える理由 高層階ほど現れる現象とは?」 身体への影響は? 小さな子どもや高齢者にとって、タワーマンションの上層階に住むことによる健康への悪影響は皆無だと言い切れるのだろうか 「タワマンが身体に合わない」と考えて、転居していくケースが少なからずある タワマンの上層階は常に微動している状態にある 天気のいい日でも強い風が吹いていることが多い。特にそういう時には体に感じるほどの微動が起こっている いつも酔ったような状態に 体調不良につながるのかもしれない 『限界のタワーマンション』(集英社新書) 欧州では「ありえない」 ヨーロッパ人にとってタワマンでの子育ては「ありえない」レベルで否定的 ヨーロッパ的な感覚では、超高層建築は必要悪的な存在であって、それは決して喜んで住んだり崇めたりするようなものではない 「高層階に住むほど妊婦の流産率が高くなる」という有意のデータが得られている 調査は当時の厚生省の委託で行われた。しかし、この研究結果を発表して以後、研究費が出てこなくなったという 厚生労働省は、いち早く「タワマンと人体の健康」について本格的な調査を始めるべきだと考える 「神戸市がブチ上げた「タワマン禁止令」の波紋 行き過ぎた都心回帰に「待った」がかかった」 「タワマン禁止令」 R三ノ宮駅周辺ではマンションや老人ホームなどがいっさい建設できなくなる 敷地面積は1000平方メートル以上が対象 市内の人口バランスに歪みが生じているから 同区では小学校などの教育施設が逼迫 タワマン「スラム化」の懸念 マンションごとの修繕積立金が国土交通省の示す基準よりも不足 「スラム化の恐れもある」とまで言い切った 中心市街地でのタワーマンション建設を封じる条例は、横浜市が先駆けて2006年に制定 企業誘致にも高い壁
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

日本の構造問題(その11)(堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」、「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める) [経済]

日本の構造問題については、1月22日に取上げた。今日は、(その11)(堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」、「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める)である。

先ずは、2月21日付け日経ビジネスオンライン「堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00015/021200001/?P=1
・『「団塊の世代」など時代を切り取る数多くのキーワードを生み出した作家の堺屋太一さんが2月8日、亡くなりました。83歳でした。堺屋さんは1960年に旧通商産業省(現経済産業省)に入省後、大阪万博や沖縄海洋博の企画などに関わりました。経済企画庁長官も務め、戦後経済のプランナーとして活躍しました。 日経ビジネスは戦後70年の特別企画として2014年12月29日号の特集「遺言 日本の未来へ」で、戦後のリーダーたちが次代に遺す言葉を集めました。その中で堺屋さんは“遺言”として、「官僚主導の日本を壊し、『楽しい日本』をつくろう」というメッセージを託してくれました。 インタビューで堺屋さんは戦後日本を振り返り、「敗戦で日本人のメンタリティーは、物量崇拝と経済効率礼賛に180度変わった」「欧米が文明を転換している間に、日本はひたすら規格大量生産を続け、それが一時の繁栄をもたらし、バブルとなって大崩壊した」と分析していました。 堺屋さんをしのび、当時の記事を再掲載します。堺屋さんは、「3度目の日本」を目指そうと私たちに語りかけています。 ご冥福をお祈りいたします』、時代を風靡した堺屋氏の遺言とあれば、必読だ。
・『私は戦時中、大阪偕行社小学校という、陸軍の将校クラブ「偕行社」の附属小学校に通っていました。当然、その学校は軍隊教育が売り物で、体罰を交えながら帝国不敗という信念を叩き込まれました。陸軍の退役少将だった校長は、「我が大和民族は極東尚武の民であり、帝国軍人は忠勇無双である。よって我が陸海軍は無敵、不敗」と生徒たちに教え込んでいました。「我が1個師団は、米英の3個師団に対抗できる」――。そういう訓示を朝礼のたびにしておりました。 私は昭和17年の4月に入学したものですから、毎日のように『軍艦マーチ』が鳴って、戦果とどろく臨時ニュースが入ってきていました。当然、日本が勝っている、と私たちは思っていました。 ところが、だんだんと戦場が日本に近づいてくる。入学した時には南太平洋のはるかかなた、ガダルカナルで戦っていたのが、やがてラバウルになり、ソロモン諸島になり。ひょっとしたら日本は負けているのではないかと、小学校2年生の時にはそんな感じを持つようになっていました』、小学校2年生ながら、主戦場の変化で負けに気付くとは、さすがだ。
・『やがて空襲警報が鳴るようになって、昭和20年の2月1日だったんですが、奈良県御所市に古い実家があったので、そこに疎開しようと考えている、と親父に連れられて校長先生に言いに行きました。そうしたら校長先生は、「おたくは8連隊の近所で帝国陸軍に守られているから大丈夫だ」と言うのです。それでも父は疎開させました。結局、6月1日の空襲で丸焼けになっちゃったんです。それでもしばらく焼けなかった間に、大八車で荷物を運べたのは有難かったと思います。 終戦は疎開先の奈良県御所市の旧宅で迎えました』、軍人あがりの校長の助言を無視して疎開させた父親の判断もさすがだ。
・『「兵隊はアホやで」と大阪市民は冷めていた  終戦間際のことで、今でも記憶に鮮明に残っているのは、私の知る限り、大阪市内では反戦運動や停戦を求めるような動きは全くなかったということです。勝っている時にもちょうちん行列や旗行列もあった、という記憶はありません。 大阪市民は冷めていたのかもしれませんね。もしくは、まあ、いい加減だったんでしょう。 昭和19年、つまり敗戦の前年の11月か12月、学校で教えられた通りに町で出会った陸海軍の将校に挙手の敬礼をしていた時のことです。初めの頃は「行儀がいい」とか、「かわいい」とか言う声があったのに、その頃には「あの子ら何をやっているんね。アホやな。兵隊はアホやで」と、聞こえよがしに語る人が増えていました。 だから、少なくとも大阪の中心街では、既に昭和19年の年末にはそういう雰囲気が漂っていたのです。負け戦を感じ始めていて、その感情を抑えきれなくなっていたのでしょう』、「大阪の中心街では、既に昭和19年の年末には・・・負け戦を感じ始めていて」、空襲が始まる前から既にそんな雰囲気になっていたとは初めて知った。
・『その当時とはどんな時代だったかというと、B29が時々10機ほどの小編隊で、近所にあった砲兵工廠に爆弾を投下していました。まだ絨毯爆撃は始まっていませんでしたが、物資はどんどんなくなって食糧難になりかけていました。徴兵検査で不合格になった人まで徴兵されるような時代で、町では「贅沢は敵だ」ということで防空演習が盛んに行われていました。 それで年が明けた3月、東京大空襲は3月1日ですが、大阪は13日に大空襲がありました。その頃からしゃかりきになって一億玉砕という人が出たんですが、私は疎開前の昭和20年1月、先生が「一億玉砕」ということを言い出したことを覚えています。私は一瞬考えて、「日本国民一億が玉砕したら、この戦争は負けではありませんか」と先生に聞いて、ぽかぽか殴られた記憶があります』、勇気ある鋭い質問をしたとは、さすが堺屋少年だ。
・『官僚システムの行き着いた先が「一億玉砕」だった  私がこうした戦争中の経験から今に思うのは、なぜ一億玉砕が言い出されたのか。これが官僚システムの恐ろしいところだ、ということです。官僚というのは、消去法で可能性のある道だけを探る。要するに、この戦争は勝てない。しかし、日本は降参しない。そうすると玉砕よりほかはない。だから悪人でもアホでもない軍人や官僚が、真剣に一億玉砕だと言っていた。小学校の先生まで同じことを言い触れていた。 誰が考えても、一億玉砕したら日本は負けだということは分かっていたはずです。しかし、そういうことを言うと殴られる。それが、今の日本と非常によく似ている』、「官僚システムの行き着いた先が「一億玉砕」だった」とは言い得て妙だ。「今の日本と非常によく似ている」とは不気味だが、正論が押しつぶされる社会という意味であれば、理解できる。
・『官僚システムというのは、自分の官僚としての権限、立場、既定の方針などが変わらないことを前提としている。要するに、日本は降参しないということですね。それで勝てないとなったら、玉砕という選択しか残らない。それを当たり前のように吹聴して、それ以外のものを異端分子としてみんなで弾圧する。それを普通の官僚がみんなやるという官僚システムの恐ろしさを、子供心に思ったんですね』、これは多分に後付けの理屈だとは思うが、「官僚システムの恐ろしさ」を的確に指摘している。
・『そういう私も大学を卒業すると官僚になりました。1960年のことです。その当時は成長一途でしたから、官僚の方針と日本の国益は一致していました。この状態が1980年まで続きます。私は幸いにも、その頃の日本の大事件にほとんど主体的に関わりました。 大阪万国博覧会、沖縄復帰、石油ショック、阪神大震災の復興。小渕恵三内閣で経済企画庁長官をしていた時の大不況。戦後の大事件の多くに傍観者としてではなくて主体的に関われたことは、非常に幸せだったと思います。そして、私がやった仕事の多くは、官僚機構としては異端でした。例えば、万国博覧会を提唱するなんていうのは、大異端だったわけです』、異端の仕事をこなしてきたからこそ堺屋氏も成長したのだろう。
・『佐藤栄作総理は「沖縄の人口を減らすな」と言った  印象深かったことの1つに、沖縄復帰があります。私は沖縄復帰の日に、沖縄開発庁那覇事務所に通商産業部企画調整課長という肩書きで行き、そこで観光開発をやることになりました。 1972年4月の初め、佐藤栄作さんに総理公邸でお目にかかった時に、「総理が取り返された沖縄はどうなったら成功なんですか」と、訊ねました。それに対して佐藤さんは、「人口を減らすな」とお答えになりました。 当時、沖縄の人口は96万人でしたが、復帰後の15年間で約4割まで減少するだろうと言われていました。それは、地域コミュニティーがほとんど崩壊することを意味します。だから「沖縄復帰は悲劇である」というような論調もありました。 それに対して佐藤さんは、人口さえ減らなければ、それは喜んで住んでいることを意味するんだ。だから人口を減らすな。こういう話でした。 それで沖縄へ行って、どうやって人口を保つかを考えました。その時、気がついたんです。戦後日本というのは、官僚が東京一極集中政策を猛烈な勢いでやっていたんですね。それで特に全国規模の頭脳活動、つまり、経済産業の中枢管理機能と情報発信と文化創造活動の3つは東京以外でしちゃいけない、ということになっていた』、「沖縄の人口を減らすな」と言った」佐藤元首相の指示は、ずいぶん重い課題だったようだ。
・『官僚が進めた東京一極集中の弊害  だから金融貿易は東京以外でしちゃいけない。大きな会社の本社も東京に置け。そのために各種業界団体の本部事務局は東京に置けと。つまり、沖縄での頭脳活動は一切ダメというわけですよ。地方は頭がないんだから、手足の機能に専念しろ。つまり、農業や製造業、建設業の現場になれ、というわけです。その代わりに東京はお米を高く買い、建設補助金をばら撒き、公共事業を盛んにするという仕掛けにしていたんですね。 そんな官僚が作った規制から外れているのは、観光業しかありません。それで沖縄で観光開発を打ち出し、海洋博覧会を契機に沖縄を訪れる観光客の数を10倍にしようという話を作ったんです』、東京一極集中自体は、命令ではなく、行政が大きな裁量を持っているので、ここに働きかけるには、「業界団体の本部事務局は東京」に自ずから集中したということだろう。
・『その時にお目にかかったのが、世界的な観光プロデューサーと言われたアラン・フォーバスというアメリカ人です。この人は、当時の日本で行われていた観光開発は全部間違っている、と言うんです。道路を造るとか、飛行場を造るとか、ホテルを建てるとかいうのは、これらは観光を支える施設ではあるが、観光の施設ではないと。 じゃあ、観光に必要なものは何かというと、「あれがあるからそこへ行きたい」という“アトラクティブス”だと言うんです。それは6つの種類がある。ヒストリー、フィクション、リズム&テイスト、ガール&ギャンブル、サイトシーン、そしてショッピングだと。この6つの要素のうち3つそろえろと言うんですね』、さすが「世界的な観光プロデューサー」だが、こうした意見を聞く耳を持った堺屋氏の度量の大きさもにも感心させられた。
・『沖縄の悲しい歴史にはあえて目をつむった  それで結局、沖縄の観光開発では歴史にはあえて目をつむろうと考えました。当時、沖縄へ来る観光客のほとんどは「ひめゆりの塔」とか、「摩文仁の丘」とか、つまり戦争の悲しい歴史だった。それよりも、風光明媚を売ろうと。それで篠山紀信さんに撮影を頼んで、南沙織さんという若い歌手をモデルにして『美しき沖縄』という写真集を撮ったり、あるいはあえて批判精神に溢れる加藤登紀子さんや田端義夫さんに『西武門節』や『十九の春』という沖縄民謡を歌ってもらったり。そして最後に、沖縄は健康ランドというフィクションを流行らせた。プロ野球のキャンプは、その目玉です。 それで、沖縄に来る観光客の数は復帰前年には24万人だったんですが、それを10年間で10倍の240万人、1000万泊にすることを目標に掲げた。結局、14年かかりましたが、その後も観光客は増え続けています。 しかし、沖縄観光が成功する一方で、日本の青春もそこで終わったんです』、沖縄観光を成功させた功績は確かに大きいようだ。
・『「団塊の世代」の警鐘、聞き入れられず  そして石油ショックが来て、これで日本の青春が終わります。その後の10年を私は「紫雨の季節」と呼んでいるんです。温度は高いけれども、ロッキード事件が起こるなど何となく気色悪い。そんな時代が10年も続いたわけです。 この間に日本は、新しい産業、経済社会体制を作るべきだった。だけど、その時はまだイケイケどんどんの香りが高かったから、政治的にはロッキード事件など気色悪いことがあったけれども、経済的にはみんなまっしぐらに規格大量生産を追求していました。 日本万国博覧会の頃に、吉田寿三郎さんという厚労技官が来られて、戦後ベビーブーマーの問題が大変なことになると警鐘を鳴らされました。それを私は、「団塊の世代」と名付けたんですが、吉田さんは終戦直後に膨れ上がった人口がだんだんと年を取り重荷になるので、その時に備えなくてはならないとおっしゃっていた。しかし、それは当時の厚生労働省では完全に少数意見で、むしろ日本の最大の問題は人口過剰にあるという見方がまかり通っていた。 従って、海浜や沼沢を干拓し、離島や山間に道路を造って、いかにして可住地を広げるか、これが最大の課題だと言っていたわけです。人口過剰に対応するために、何としても土地を作らないといけない。このためには公共事業をばんばんやるべきだというような考え方です。田中角栄さんはその代表でしょう。それが、その後のバブルに繋がっていくんですね。 そもそも敗戦で日本人のメンタリティーは、物量崇拝と経済効率礼賛に180度変わっていました。戦争に負けたのは、アメリカの物量に負けたのだと。それが規格大量生産で高度成長を引っ張る原動力になっていました』、「団塊の世代」の契機が厚労技官の警鐘だったとは初耳だったが、それを聞き流して従来型の公共事業などを推進した政策ミスは、今にしてみれば重大だ。
・『規格大量生産時代が終焉。しかし日本は変わらなかった  実際、大阪万博は、日本が規格大量生産社会を実現したことを世界に知らしめた行事でした。1970年代は世界中がそうでした。しかし、その一方で70年代に世界の文明は転換します。きっかけは、ベトナム戦争でした。ベトナムで規格大量生産の武器で完全武装した米軍が、サンダルと腰弁当のベトコンに勝てなかった。なぜだということが盛んに議論されたんですね。その結論がまさに、規格大量生産の限界でした。アメリカで草の根運動や反戦運動が盛んになったのは、そうした文明の転換が背景にありました。 20世紀の技術というのは、大型化と大量化と高速化、この3つだけを目指していたんです。それでジャンボジェット機ができて、50万トンのタンカー船ができて、5000立米の溶鉱炉ができた。まさに、あらゆる分野で最高速度、最大規模の製品が生まれたのが、70年代でした。そこが限界だったんです。 それから以後、ジャンボジェットより大きな飛行機は、最近のエアバスの超大型機ぐらいまでありませんでしたし、50万トンのタンカーなんてもう造らなくなった。溶鉱炉も石油コンビナートも大きくなくなり、多様化の時代に文明が一気に変わったのです。 ところが日本は、その後もまだ高速化、大型化を志向し続けた。アメリカやヨーロッパが文明を転換をしている間に、日本はひたすら規格大量生産を続けた。だがら、その間の80年代に輸出が猛烈に伸びたわけです。欧米と日本の文明のズレが、一時の繁栄をもたらしたんです。これが1つの日本の頂点、戦後の頂点ですが、それでそれが行き過ぎてバブルになって大崩壊した』、「大型化と大量化と高速化」が世界では終わっていたのに、日本が気づくのが遅れたというのは、その通りで、バブルとその大崩壊という大きな代償を払わせられたのは残念だ。
・『役人が国民の人生を決めてきた  私は最近、「3度目の日本」ということを言っているんですよ。1度目の日本は明治日本。明治維新で誕生した、軍人と官僚が専制した日本です。この日本は、ただひたすら「強い日本」を目指していました。 2度目の日本というのは、戦後日本。これは「豊かな日本」を目指しました。規格大量生産で、官僚主導で東京一極集中、終身雇用、年功賃金。社会は核家族で住宅は小住宅・多部屋式。生まれたらすぐに教育を受けさせ、教育が終わったら直ちに就職。就職したら蓄財をして、その後で結婚して子供を産んで、家を買って、老後に備えるために年金を掛けろと。 官僚が個人の人生設計まで全てを決めていました。それに従っていれば、それなりの中流になれた。いわゆるジャパニーズドリームですね。逆に、官僚が敷いたルートから外れると、とことん損をした。役人の言う通りに生きるのが良い国民で、それに反するのは悪い国民だと。だからニートとか、パラサイトとか、もう散々悪く言われるんですよ。 官僚が作った人生設計に従うと、教育年限が延びるに従って結婚が遅くなるわけですよね。その結果、人口減少がものすごく速くなった。今、日本はなぜ人口が減少しているかというと、24歳以下の女性で子供を産む人が非常に少ない。アメリカは1000人の女性のうちで140人が24歳以下で子供を産むのに、日本は40人しか産まない。この差が今の日本の人口減少の最大の理由なんです。これはもう、全部役人が決めたんですね。 頭脳活動に関わりたい人は、東京に住まなきゃいけない。地方では住めない。例えばマスコミであるとか、貿易関係であるとか、国際関係だとか、これは必ず東京へ来いというような、官僚の思うがままの日本をつくったわけです。一人ひとりの官僚はそんな大げさなことをしているつもりじゃないんだけど、全体としてはそういう官僚の意志が働いている。いわゆる、「大いなる凡庸」という状態になっている』、この部分についてはやや誇張もある気もするが、興味深い指摘ではある。
・『「楽しい日本」を目指し官僚システムを壊せ  だから、今、日本がやらなきゃいけないのは、この官僚システムを壊すことです。 官僚は皆、ものすごい正義感を持っている。ちょうど戦争中の軍人が中国に侵略することも、真珠湾を不意打ちすることも、正義感を持ってやっていたのと同じように。この官僚の制度を破壊するというのが、3度目の日本です。 3度目の日本。それは、官僚制度ではなしに、本当の主権在民を実現する「楽しい日本」です。今、日本は「安全な日本」なんですよ。安全という意味では世界一安全です。だけど全然楽しくない。 例えばお祭りをやろうとしても、リオのカーニバルなんかでは何人も死ぬんですよ。そんな行事がいっぱいある。アメリカの自動車レース「デイトナ500」なんかもそうでしょう。楽しみと安全とを天秤にかけて、多少は危険だけどこの楽しさは捨てられない、というのが外国にはあるんですよ。 ところが日本は、どんなに楽しくても、少しでも危険があったらやめておけ、やめておけと、官僚が統制してしまう。それがマスコミや世間でも通っているんですよ。 安全だけでいいなら、監獄に入ればいい。それでもみんな入りたがらないのは、監獄には幸福を追求する選択性がないからです。その意味で、今の日本はまるで監獄国家とも言えるほどです。その監獄国家から、幸福の追求ができる選択国家にしなきゃいけない。そうすると、ベンチャーを起こす冒険心も復活する。この官僚主導からいかにして逃れるかが、これからの2020年までの最大の問題なんですね』、「今の日本はまるで監獄国家」とは言い得て妙だ。「官僚主導からいかにして逃れるか」が「最大の問題」というのには完全に同意する。ただ、私としては、官僚は狭義の官僚というより、民間企業にも根強く存在する官僚主義も含めた広義で捉えたい。

次に、元外資系アナリストで小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏が3月8日付け東洋経済オンラインに寄稿した「「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/269653
・『オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。退職後も日本経済の研究を続け、『新・観光立国論』『新・生産性立国論』など、日本を救う数々の提言を行ってきた彼が、ついにたどり着いた日本の生存戦略をまとめた『日本人の勝算』が刊行された。 人口減少と高齢化という未曾有の危機を前に、日本人はどう戦えばいいのか。本連載では、アトキンソン氏の分析を紹介していく』、アトキンソン氏の主張は、鋭く深いので、このブログでもたびたび紹介してきたが、今回はさらに面白そうだ。
・『経営を「サイエンス」に変えよう  日本経済がこれほどまで長きにわたって低迷し続けている最大の理由は、経営戦略が間違っているからです。 日本以外の先進国ではこの30年間、できる限り経営をアートからサイエンスに変えていくべく、ビッグデータの活用をはじめ、調査分析能力の向上に努めてきました。私がアナリストとして駆け出しだった1990年ごろと比べて今の時代は、データの種類は非常に多く、データの入手も簡単です。高度な分析も、パソコンで簡単にできるようになりました。 データそれ自体には、価値はありません。ただ単にデータを集めるだけではなく、仮説を立て、分析・検証をしたうえで戦略を立案・実行するという経営スタイルがすでに一般的になりつつあります。 このような検証重視の動きは民間企業だけではなく、国の政策立案にも及んでいます。データに基づき仮説検証を行ったうえで政策を立案する方法は、evidence based policy makingといいます。 その方法は、とりあえずの仮説をデータで検証したうえで、シナリオ分析をし、客観性を強化していくというものです。人の感覚はデータを解釈するときや、データや分析をどう展開していくべきかを決めるときのみに使うことが基本となっています。データの結果を人間が見る、人の感覚をデータで確認する、この2つが重要だと思います。 一方、日本ではいまだに多くの経営者にとって、経営は「アート」のままです。「俺はそう思わないから」という根拠のない理由で、物事を判断する経営者がまだまだいます。国にいたっては、evidence based policy makingに必要不可欠な統計があのような状況です。最近になるまで統計の誤りに気づくことができないほど、データを大切にしてこなかったのでしょう。 アートという言葉は「芸術」と訳されることが多いので、なんだかすばらしいことのように感じるかもしれませんが、データを無視した感覚だよりなので、こと現代の企業経営にはそぐわない古い考え方なのです。 人口が激増している時代は、管理さえしっかりとやれば、誰が経営者になっても成功する可能性が高い時代でした。アートでもなんでもよかったのです。その成功体験を引きずって、「時代の幸運」を自分の経営手腕だと勘違いしている社長が多いと感じます。 しかし人口減少時代には、もっと高度な経営が求められているのです』、私が知る限り、evidence based policy makingをしてきた日本人経営者は、セブン・イレブン会長だった鈴木敏文氏ぐらいで、彼我の差は誠に大きい。
・『意見を言う前に、データに当たろう  『日本人の勝算』を書きながら、海外と国内の分析・調査・検証のレベルの違いを改めて認識しました。118人のエコノミストの書いた論文やリポートに目を通したのですが、海外では経済の動向や経済政策が徹底的に検証されていることを痛感したのです。 例えば、最低賃金に関する論文を探して検索すると、腐るほどの数の論文が発表されていることがわかります。加えて、最低賃金を分析した一つひとつの論文を集めて、コンセンサスや分析の偏重をさらに分析したメタ分析もされています。 それに比べて、日本では最低賃金の引き上げを提案すると、「最低賃金を上げたら、韓国のようになるぞ」とか、数パーセントの従業員にしか影響しないのにもかかわらず、「中小企業の大量倒産が起きるぞ」といった、実に幼稚な反論が返ってきます。 しかも、こういう幼稚な反論が、経営者や社会的に影響力の大きい人からも上がってくるので、いつもびっくりさせられます。 本来であれば、最低賃金をいくらあげたら、何パーセントの労働者に影響が出て、どのくらいの数の企業が、どういう影響を受けるかを分析し、議論するべきところです。しかし、極論、感情論、感覚的な反論が多いので、議論が一向に建設的になりません。 一般の方がこういう反論をしてくる分には気にもなりませんが、経営者や社会的に影響力の大きい人が、この程度の低レベルの議論しかできないとしたら、それは大問題です。 こういう状況を目の当たりにし続けているので、私は日本の生産性が異常に低い問題の原因は、労働者ではなく、経営者をはじめとした指導者にあると断言しているのです。 もちろん、データの裏付けもあります。世界経済フォーラム(WEF)の分析によると、労働者の人材評価は世界第4位なので、労働者に問題はありません。一方、統計的な分析に長けているIMDによる「IMD World Talent Ranking 2017」によると、日本の経営者ランキングは、機敏性が63カ国中第57位、分析能力が第59位、経営教育を受けたことがある割合が第53位、海外経験が第63位でした』、最低賃金引上げ論を主張している筆者には、日本人の反応がよほど腹に据えかねたのだろう。それにしても「日本の生産性が異常に低い問題の原因は、労働者ではなく、経営者をはじめとした指導者にあると断言」、というのには完全に同意する。
・『書籍や本連載でも繰り返し強調しているように、日本のような大幅な人口減少問題を抱えている先進国はほかにありません。日本はまさに世界のどの国も経験したことのない、未知の世界に突入するのです。 このように先が見通せない時代では、経営者の果たすべき役割は大きくなり、同時に責任は非常に重くなります。人口が増加するという経営者にとっての追い風は一切期待できない状況が訪れるので、個々の経営者のスキルアップが不可欠です。 なぜならば、生産性を上げないといけないこれからの時代は、逆に、生産性が上げづらくなる逆風が吹き始めるからです。 国際通貨基金(IMF)がまとめている論文には衝撃的な事実が映し出されています。IMFの分析では、年代別に見ると40代の社員の生産性が最も高く、労働人口に占めるこの世代の割合が高くなればなるほど、その国の生産性が高くなるという結果が出ています。 日本では、2015年までこの世代の割合が増えていたので、ちょうど第二次安倍政権が始まったころから、生産性が上がりやすい状況にありました。しかし、これからはこの世代の占める割合が減るので、状況はマイナスに変わります。 40代の減少という逆風が吹き始めているので、生産性向上はそう簡単に進まなくなります。だからこそ、経営者の改革が必要で、彼らを突き動かす力強い政策が不可欠なのです』、「40代の減少という逆風が吹き始めている」というのは初めて知ったが、確かに深刻だ。
・『日本の経営戦略の問題点はどこにあるのか  日本が今どんな状況に置かれているのかご理解いただいたところで、次に日本の経営戦略のどこに問題があるのかを検証したいと思います。 IMFがまとめた、1990年から2007年までの各国の生産性を見ると、1990年には世界10位だった日本の生産性は、それ以降低迷し、ほかの先進国と差が拡大してしまいました。つまり、この研究の分析期間がちょうど、日本の低迷が始まった時期と重なっているのです。 この研究は、生産性の向上の中身を分析しています。生産性は3つの要素に分解することができます。 1つは人的資本です。これは人間の数、働く日数、時間の投入などで計算することができます。 2つ目は物的資本です。簡単に言うと、設備投資、機械などへの投資です。1人の社員に対して、どのくらいの資本を設備投資などに使っているかを指します。 3つ目は全要素生産性です。全要素生産性は、人間と機械の使い方だけでは説明がつかない要素のことで、簡単に言うと生産性を計算して先の2つの要素を引いた残りです。 全要素生産性は説明が難しいのですが、技術、ブランド、デザイン、工夫、教育などだと捉えてください。工夫とは、人と資本の組み合わせを変えたり、ビジネスモデルをいじったり、ビッグデータを使ったりすることを意味しています。 同期間のG7のGDP成長率は2.1%でした。そのうち、人的資本によるものが0.5%、物的資本によるものが0.9%でした。 2.1%の生産性向上の中で人的資本と物的資本では説明がつかない0.8%が、全要素生産性による生産性の向上で、全体の4割弱を占めます。 日本も、人的資本では他国に負けているわけではありません。とくに労働市場への参加率を高めてきたことによって、生産年齢人口が減っても、労働人口は増えています。G7の平均成長率0.5%に比べ、日本は0.4%です。物的資本の増加率もG7平均の0.9%に比べ、あまり変わらない0.8%です。 ではなぜ、日本の生産性が先進国最低になってしまったのか。その原因は全要素生産性にあります。G7平均の0.8%に比べて、日本はたった0.2%で、G7の中で最下位です』、確かに全要素生産性の伸びが「G7の中で最下位」とは深刻だ。
・『日本で全要素生産性が伸びない2つの原因  日本で全要素生産性が伸びない原因は2つ考えられます。 原因1:高齢化  1つ目は、環境の問題です。同じIMFの研究では、高齢化の影響があるのではないかという仮説を示しています。 生産年齢人口に対する高齢者人口の比率と、全要素生産性の向上率との間に、強い相関関係が見られるようになりつつあると指摘しています(ただし、データがそろっておらず、まだ十分な検証はできていないので、あくまでも仮説だとされています)。 私は、この説はかなり的を射ているように感じます。高齢になればなるほど、若い頃のように工夫ができなくなるのは、どの国でも共通している傾向です。以前の記事でも指摘したように、高齢者はデフレを好み、若い人はインフレを好む傾向があるという分析結果とも合致しています。また年齢が高くなればなるほど保守的になり、若い人のように変化を好まなくなるものです』、「高齢化の影響」とは大いにありそうだ。
・『原因2:そもそも「苦手分野」だった  もう1つの原因が、そもそも日本では全要素生産性が相対的に低かったということです。このことを分析した研究も存在します。 日本の経営者は人を雇う、機械を買うなど、管理型の経営はうまいと思いますが、調査や分析に基づき、企業のあり方などに自ら進んで変化を起こすことが、とくに1964年以降あまりうまくなかったように見受けられます。 とくに「日本人が大好きな『安すぎる外食』が国を滅ぼす」で紹介した「いいものを、安く、たくさん」のように、コストを下げることは上手であっても、付加価値を高めることに関しては、これまでの歴史を紐解いても、芳しい実績はあまり見つかりません。 つまり日本の経営戦略は優秀な人を多く、安く使う、機械を使うという単純な管理の領域を超えていないとも言えるのです。わかりやすく言うと、いいものを安くは作れるけれど、ダサいのです。機能性を重視するあまり、デザイン性、ブランド力が弱い。人的・物的生産性はいいのですが、デザイン性やブランド力が伴わなければ、全体の生産性は低いままになってしまいます』、松下幸之助の「水道哲学」がいまだに大手を振るっているように、日本人にはデザイン性やブランド力は苦手のようだ。
・『一部の企業が頑張るだけでは、日本はもたない  ここ数年、日本で生まれた商品が、かつてのウォークマンのような世界的なヒットになることはほとんどなくなってしまいました。一方、日本企業はすばらしい部品を作っていて、iPhoneなどでも盛んに使われています。そういうすばらしい部品を手に入れやすい状況にあるにもかかわらず、世界的にヒットする最終商品を作れていないというのは、まさに人的・物的な生産性が高く、全要素生産性が低い最たる証拠です。 人口減少が加速する日本では、今後一部の企業だけが頑張っても、どうにもなりません。日本全国、津々浦々の企業に生産性向上への貢献をしてもらわないと、年金や社会保障費の捻出ができなくなります。それには、最も難しいと思われる全要素生産性の向上が不可欠になります。 先ほども説明したとおり、アベノミクスは40代の人口構成比が増えるという、誰も気がついていなかった追い風が吹く中で進められてきました。結果として、一定の成果を収めてきたのは事実です。しかし、これからは全面的に逆風が吹きます。正に正念場を迎えつつあるので、経営者改革は待ったなしです。 もちろん、いくら「経営者を改革すべし」と訴えても、政策が伴わなければ「お題目」にすぎません。だから私は、継続的に最低賃金を上げていくべきだと主張しているのです。この政策は、日本全国津々浦々の経営者に生産性を上げさせる「プレッシャー」をかけて、彼らを動かすことができる、唯一の政策なのです』、説得力溢れた主張で、諸手を挙げて賛成したい。
タグ:東洋経済オンライン 万国博覧会 日経ビジネスオンライン デービッド・アトキンソン 日本の構造問題 『日本人の勝算』 (その11)(堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」、「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める) 「堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」」 「団塊の世代」 戦後経済のプランナー 「遺言 日本の未来へ」 「官僚主導の日本を壊し、『楽しい日本』をつくろう」 「敗戦で日本人のメンタリティーは、物量崇拝と経済効率礼賛に180度変わった」 「欧米が文明を転換している間に、日本はひたすら規格大量生産を続け、それが一時の繁栄をもたらし、バブルとなって大崩壊した」 「兵隊はアホやで」と大阪市民は冷めていた 官僚システムの行き着いた先が「一億玉砕」だった この戦争は勝てない。しかし、日本は降参しない。そうすると玉砕よりほかはない。だから悪人でもアホでもない軍人や官僚が、真剣に一億玉砕だと言っていた 官僚システムというのは、自分の官僚としての権限、立場、既定の方針などが変わらないことを前提としている 私がやった仕事の多くは、官僚機構としては異端 佐藤栄作総理は「沖縄の人口を減らすな」と言った 官僚が進めた東京一極集中の弊害 金融貿易は東京以外でしちゃいけない。大きな会社の本社も東京に置け。そのために各種業界団体の本部事務局は東京に置けと 地方は頭がないんだから、手足の機能に専念しろ 世界的な観光プロデューサー アラン・フォーバス 道路を造るとか、飛行場を造るとか、ホテルを建てるとかいうのは、これらは観光を支える施設ではあるが、観光の施設ではない 観光に必要なものは何かというと、「あれがあるからそこへ行きたい」という“アトラクティブス” 沖縄の悲しい歴史にはあえて目をつむった 「団塊の世代」の警鐘、聞き入れられず 吉田寿三郎さんという厚労技官が来られて、戦後ベビーブーマーの問題が大変なことになると警鐘を鳴らされました 当時の厚生労働省では完全に少数意見で、むしろ日本の最大の問題は人口過剰にあるという見方がまかり通っていた いかにして可住地を広げるか、これが最大の課題だと言っていたわけです 規格大量生産時代が終焉。しかし日本は変わらなかった 日本は、その後もまだ高速化、大型化を志向し続けた 役人が国民の人生を決めてきた 「3度目の日本」 「楽しい日本」を目指し官僚システムを壊せ 「「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める」 経営を「サイエンス」に変えよう 日本経済がこれほどまで長きにわたって低迷し続けている最大の理由は、経営戦略が間違っているからです ビッグデータの活用をはじめ、調査分析能力の向上に努めてきました 仮説を立て、分析・検証をしたうえで戦略を立案・実行するという経営スタイルがすでに一般的になりつつあります evidence based policy making 日本ではいまだに多くの経営者にとって、経営は「アート」のままです 人口が激増している時代は、管理さえしっかりとやれば、誰が経営者になっても成功する可能性が高い時代 人口減少時代には、もっと高度な経営が求められているのです 意見を言う前に、データに当たろう 最低賃金の引き上げを提案すると、「最低賃金を上げたら、韓国のようになるぞ」とか、数パーセントの従業員にしか影響しないのにもかかわらず、「中小企業の大量倒産が起きるぞ」といった、実に幼稚な反論が返ってきます しかも、こういう幼稚な反論が、経営者や社会的に影響力の大きい人からも上がってくるので、いつもびっくりさせられます 私は日本の生産性が異常に低い問題の原因は、労働者ではなく、経営者をはじめとした指導者にあると断言 世界経済フォーラム(WEF)の分析によると、労働者の人材評価は世界第4位なので、労働者に問題はありません IMDによる「IMD World Talent Ranking 2017」によると、日本の経営者ランキングは、機敏性が63カ国中第57位、分析能力が第59位、経営教育を受けたことがある割合が第53位、海外経験が第63位 IMFの分析では、年代別に見ると40代の社員の生産性が最も高く、労働人口に占めるこの世代の割合が高くなればなるほど、その国の生産性が高くなるという結果 日本では、2015年までこの世代の割合が増えていたので、ちょうど第二次安倍政権が始まったころから、生産性が上がりやすい状況にありました。しかし、これからはこの世代の占める割合が減るので、状況はマイナスに変わります 日本の経営戦略の問題点はどこにあるのか 日本も、人的資本では他国に負けているわけではありません。とくに労働市場への参加率を高めてきたことによって、生産年齢人口が減っても、労働人口は増えています。G7の平均成長率0.5%に比べ、日本は0.4% 物的資本の増加率もG7平均の0.9%に比べ、あまり変わらない0.8% 日本の生産性が先進国最低になってしまったのか。その原因は全要素生産性にあります。G7平均の0.8%に比べて、日本はたった0.2%で、G7の中で最下位 日本で全要素生産性が伸びない2つの原因 高齢化の影響 そもそも「苦手分野」だった 調査や分析に基づき、企業のあり方などに自ら進んで変化を起こすことが、とくに1964年以降あまりうまくなかったように見受けられます コストを下げることは上手であっても、付加価値を高めることに関しては、これまでの歴史を紐解いても、芳しい実績はあまり見つかりません いいものを安くは作れるけれど、ダサいのです。機能性を重視するあまり、デザイン性、ブランド力が弱い 一部の企業が頑張るだけでは、日本はもたない 継続的に最低賃金を上げていくべきだと主張 日本全国津々浦々の経営者に生産性を上げさせる「プレッシャー」をかけて、彼らを動かすことができる、唯一の政策
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

労働(その2)(ゆとり世代の転職が絶えない「本当の理由」 「自分らしいキャリア」を社会が煽っている、JR東労組「3万人脱退」で問われる労組の意義 JR労組の脱退問題続報 「無所属」が大量発生、関連会社渡り歩いた「リストラ請負人」の末路 「自分は大丈夫」とのその自信 根拠ない自己暗示の賜物では?) [経済]

労働については、昨年2月22日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その2)(ゆとり世代の転職が絶えない「本当の理由」 「自分らしいキャリア」を社会が煽っている、JR東労組「3万人脱退」で問われる労組の意義 JR労組の脱退問題続報 「無所属」が大量発生、関連会社渡り歩いた「リストラ請負人」の末路 「自分は大丈夫」とのその自信 根拠ない自己暗示の賜物では?)である。

先ずは、教育社会学者の福島 創太氏が昨年11月10日付け東洋経済オンラインに寄稿した「ゆとり世代の転職が絶えない「本当の理由」 「自分らしいキャリア」を社会が煽っている」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/196235
・『日本で1年間に何人が転職を経験しているかご存じだろうか。総務省統計局の「労働力調査」によると、2016年の転職者は306万人。2008年のリーマンショック以降、転職者数は減少傾向にあったが、7年ぶりに300万人を超えた』、2017年は311万人と増加したが、2007,2008年には340万人いたのに比べるとそれほど多くはない。
・『転職市場の主役はアラサー世代  年齢別に見ると、25~34歳が77万人と最も多く、転職者全体の4分の1を占める。 昨今は35歳以上の転職者が増加していると言われるが、35~44歳の就業者全体に占める転職者の割合はここ5年間で大きな変化はなく、25~34歳は約7%、35~44歳は約4%だ。 転職市場における30代前後、いわゆるゆとり世代の存在感が依然として大きいことが統計から読み取れる。さらに別の調査からは、ここ20年でアラサーの転職がより一般化している実態が見えてくる。 1997年に労働省(現・厚生労働省)が実施した「若年者就業実態調査(対象は30歳未満の労働者)」では、「初めて勤務した会社で現在勤務していない」と回答したのが28.2%だったのに対し、2013年の厚労省による「若年者雇用実態調査(対象は15~34歳の労働者)」では、対象者の約半数(47.3%)が、勤務していないと答えている。2つの調査の回答を25~29歳に限定しても、1997年調査では同34%であったのに対し、2013年調査では同45%となっている。 若年層の転職が増えている背景に、非正規雇用者の増加があるのはよく知られたことだろう。「一般的に不安定で離職や転職が多くなる非正規雇用者の増加が、見かけ上の労働市場の流動化を促している面がある」と教育社会学者の中澤渉は指摘している。ただ、非正規雇用の増加だけがその理由ではない。リクルートワークス研究所が実施している「ワーキングパーソン調査」によれば、正規雇用の若者に関しても転職者は増加している』、「非正規雇用者の増加が、見かけ上の労働市場の流動化を促している面がある」というのは、その通りだが、その他要因の寄与の度合いはどの程度なのだろう。
・『若者は我慢が苦手だから転職するのか?  転職者へのインタビューで彼らに転職理由を聞くと、彼らはよく「自分らしいキャリア」という言葉で説明する。「自分がやりたい仕事」「自分の個性が発揮できる仕事」「自分ならではの仕事」を重視する姿勢が見て取れる。そうした若者に対し年配社員たちは、「下積みの時期やトレーニングがあってこそ、大きな実績や成果を出せる」という考えの下、転職していく部下を「わがまま」で「自分勝手」と思うケースが少なくない。 今の若者が昔より転職するようになったのは、本当に「我慢が苦手だから」「移り気だから」「やりたいこと探しが好きだから」なのだろうか。より広い視野で「若者の転職」をとらえると、違う理由も見えてくる。それは「転職しようという意思が芽生えやすい社会構造に変化したから」という理由だ。 転職市場に影響を与えた社会構造の変化とは、「少子高齢化社会の到来」と「企業間競争のグローバル化」である。この2つの変化がなぜ若年転職者の増加につながるのか、説明していこう。 まず少子高齢化はそのまま、労働年齢人口の減少を意味する。国が経済成長を掲げる中で、それを担う人材が減少しているのは致命傷といえる。少ない人数でも成長を維持できるよう、1人ひとりの人材ができるだけ早い段階から戦力として育つことを社会が求めることは非常に理にかなっている。 次に、企業間競争のグローバル化は企業の経営環境を厳しくし、人材への投資余力を奪っている。これにより企業が人材を長期に雇用すること、さらには就職したあとちゃんと一人前になるまでの育成の機会を提供することが難しくなった。 そして、こうした社会構造の変化により、できるだけ早く自立し、入社した会社の支援を受けることなく、自らキャリアを作り上げていける人材が求められることとなった。 自立したキャリアを実現するべく、彼らが受けるキャリア教育や就職活動も変化していった。「自分探しを前提とした“就職活動”」と「やりたいことを聞かれ続ける“キャリア教育”」の誕生だ。 就職活動で学生が企業に提出するエントリーシート(ES)は平均で25枚前後、多い人は100枚近くに上る。ESでは「志望動機」と「自己PR」の欄が設けられているため、自分がやりたいことや強みを各社の理念や事業内容に合わせて表現する必要がある。こうした「自己分析」というプロセスは、就職活動ではもはや当たり前となっているが、自己分析が行われだしたのはここ20年くらいのことだ。 それ以前はどのように就職活動がなされていたかというと、学歴、大学歴、あるいは研究室、さらにいえば家族などの縁故を基準とした採用と選考である。企業への就職を目指す学生すべてに、求人企業すべての情報が届くわけではなく、クローズドな状況でやりとりが行われてきた。インターネットの発達などにより今では就職の門戸が開かれた代わりに、自己分析など学生への要求も高度化しているのかもしれない』、「自分探しを前提とした“就職活動”」が今や流行だが、就活時点で自分のことをどれだけ分かっているのか、さらに自分自体も変わてゆくのを考えると、いささか疑問に感じる。
・『就活に合わせキャリア教育にも変化  そして、こうした就職活動の変化と呼応する形で発展してきたのがキャリア教育である。昨今、小学校に至るまでキャリア教育の弱年齢化が著しい。端緒は1998年の中学校学習指導要領の改訂で、職場見学や職場体験が学校行事として導入され始めた。1999年の中央教育審議会の答申には文部省(当時)関連の政策文書に初めて「キャリア教育」という用語が使用された。 そして、ゆとり教育において「総合的な学習の時間」が導入されたのに伴い、キャリア教育はどんどん広がっていった。さらに2011年の文部科学省の中央教育審議会の答申で、キャリア教育を通して身に付けさせるべき能力として「キャリアプランニング力」(自分のキャリアを自ら形成する力)が掲げられた。 20~30代前半のビジネスマンは程度の差こそあれこうしたキャリア教育と就職活動を乗り越えてきた。彼らにとってキャリアとは「やりたいこと」や「自分らしさ」を土台にして描くものなのだ。そして、彼らが社会によって誘導された「自分らしいキャリア」を求めた結果、転職者が増えているのが実情なのだ』、転職者が増えることはやむを得ないとしても、いつまでも「自分探し」に追われ、腰を落ち着けられない若者が増えることは問題もあるようだ。

次に、5月8日付け東洋経済オンライン「JR東労組「3万人脱退」で問われる労組の意義 JR労組の脱退問題続報、「無所属」が大量発生」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/219323
・『JR東日本(東日本旅客鉄道)の最大労働組合「東日本旅客鉄道労働組合」(以下、東労組)からの組合員の大量脱退が止まらない。4月末では3万人を超えたようだ。 会社側によれば、4月1日までの脱退者数は約2万8700人だった。その後の1カ月間で脱退の動きは落ち着きつつあるものの、2月1日時点で組合員が約4万6800人もいたことを考えると、依然として異常事態が続いている。同時に、約3万人の組合脱退者は今後、どういう選択をするのか、あらためて労組のあり方が問われている』、約4万6800人もいた組合員が、約3万人も脱退するとは、東労組は一体、どうなっているのだろう。
・『春闘の戦術行使に「お詫びと反省」  大量脱退のきっかけとなったのは、今年2月19日の東労組によるスト権行使の予告だった。その後、ストは回避され、春闘も妥結したが、脱退者は増え続けた。突然のスト権行使予告に対し、政府が「東労組には革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)が浸透している」との答弁書を出したことも大きく影響した。 東労組は4月6日に臨時中央執行委員会を開催し、中央執行委員長らの執行権停止などを決議、新体制へ向けて動きだした。12ある地方本部のうち東京、八王子、水戸の3つの地方本部から反発の動きがあったが、12日には「職場の声を尊重し(中略)新たなJR東労組を創りあげよう」をスローガンに第35回臨時大会を開催した。 前回、4月10日に東洋経済オンラインが報じたのはここまでの経緯だ(JR東労組、組合員2.8万人「大量脱退」の衝撃)。そして12日に開かれた臨時大会では、3月6日に東京・八王子・水戸の3地方本部が各労働委員会に申し立てていた会社側の不当労働行為(組合脱退強要)の告発を゛いったん”取り下げること、春闘で大量脱退を招いた闘争本部(執行部)の14名を対象に「制裁審査委員会」を設置することなどが決められた。大会後、東労組のホームページには春闘の戦術行使についてのお詫びと反省が載せられ、同時に「脱退を余儀なくされた皆さん、JR東労組への再結集を強く呼び掛けます」とした。 東労組の新体制は、6月に予定されている定期大会で確立される見通しだが、東労組関係者によれば「もともと予定していた会場での開催は難しい状況だ。組合員の大量脱退が影響し、開催費用などを見直し、会場も変更して実施することになりそうだ」という』、政府にここぞとばかりに東労組叩きをさせるスキを与えた執行部の責任は重大だ。東労組が執行部を入れ替え、お詫びと反省をしても、脱退者は戻るのだろうか。
・『一方、会社側は、4月末に期限が迫っていた36協定(労働基準法36条に基づく、時間外・休日労働に関する協定)の締結に追われた。 会社は従業員を法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えて労働させる場合や、休日出勤をさせる場合には、あらかじめ労組と36協定を結び、労働基準監督署に届け出なければならない。JR東日本では36協定の失効が4月末に迫っていた。つまり、新たな協定を結ばなければ、多くの従業員の休日出勤などが不可能になり、鉄道運行に支障を来す可能性があった。 JR東日本には、従業員数名から数百名まで大小約650もの事業所があるが、36協定は各事業所ごとにその代表者と締結する。これまでは、ほとんどの事業所で過半数を占めていた東労組が代表者となっていた。だが、組合員の大量脱退で過半数に満たない事業所が大半を占めることになった』、36協定は確かに悩ましい問題だろう。
・『「社友会」を通じて36協定締結  過半数の労組がない事業所では、投票によって代表者を決めなければいけない。東労組関係者によると、会社側は脱退者の受け皿として「社友会」という親睦団体を設立、脱退者が多い事業所では社友会が過半数の代表者になり締結を進めてきたという。ただ、会社側は「社友会は本社・支社など事業所ごとに自然発生的にできたもの」と関与は否定している。 結果的に4月25日、すべての事業所で36協定は締結された。会社側にしてみれば滑り込みセーフ、逆に副産物もあった。東労組が圧倒的多数だったここ数年は、36協定を3カ月ごと、あるいは半年ごとに締結してきた。東労組からすれば、それが会社側との話し合いの契機でもあった。しかし「今回はすべて期間は1年になった」(会社側)。東労組による「36闘争」で現場が振り回されるようなことはなくなったわけだ。 今後の焦点は、東労組を脱退した3万人の動きだ。脱退者の間では「これで高い組合費を払わなくて済む」「勉強会やデモなどに振り回されなくなったので、よかった」という声が大勢を占める。が、一方で「今後は何か問題が起こったら誰が守ってくれるのか、今のままでいいのか」と心配する声もある。 社友会はあくまで親睦団体で労組ではない。しかも、脱退者のうち社友会に参加した社員は半分にも満たない。「ほんの一握り」(会社側)という。つまり1万5000人を上回る社員は、いわば「無所属」の状態だ。 今後、社友会が新しい労組を設立するのではないか、という憶測も流れているが、その動きはなさそうだ。 組合員が減ったとはいえ依然JR東日本の最大労組である東労組は再結集を呼びかけ、新体制の下で巻き返しを図る動きだ。新体制では「労使共同宣言」を再締結する方向ともいわれる。 また、JR東海とJR西日本の最大労組が所属するJR連合系のジェイアール・イーストユニオン、東日本ユニオン、国労東日本など、ほかの労組(JR東日本には大小合わせると8労組ある)も組合員獲得を狙っている』、「JR東日本には大小合わせると8労組ある」というのには驚かされた。
・『「無所属」が心地良い?  しかし、東労組を脱退した約3万人の従業員は、当面現状のまま、どの労組にも属さないという選択をする可能性が大きい。 厚生労働省の労働組合基礎調査によれば、労組の組織率は年々下がり続け、2017年調査では17.1%(推定組織率)と2割もないというのが現状(1949年は55.8%)。 「労組がないほうが施策を進めるにもスムーズ」という労組不要論も含め、労組に対する考え方が時代とともに変わってきたことは否めない。 だが、大企業になればなるほど、現場で起こっているさまざまな問題を、会社側がすべて把握することは難しくなる。労組から指摘され改善されることも多い。さらに、就労条件・環境の改悪が行われた場合、会社側と団体交渉できるのは労組だけだ。 来年の春闘も各労組と会社側は個別交渉するが、現状のままなら、従業員の過半がどの労組にも属さない中で、労組の影響力低下は必至。そこで、従業員の主張や要求がどこまで認められるのか、注目されるところだ。 今後、東労組を脱退した約3万人は、どういう選択をしていくのか。労組のあり方があらためて問われるきっかけとなりそうだ』、東労組のみならず労働組合全般が抱える課題のようだ。さしあたり、東労組の今後が注目される。

第三に、健康社会学者の河合 薫氏が11月20日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「関連会社渡り歩いた「リストラ請負人」の末路 「自分は大丈夫」とのその自信、根拠ない自己暗示の賜物では?」を紹介しよう。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/111600191/?P=1
・『空前の人手不足といわれるなか、50代以上のバブル世代に「リストラの嵐」が吹き荒れている。 東芝はグループで7000人削減、富士通はグループで5000人を配置転換、NECは3000人削減、三菱UFJフィナンシャル・グループは9500人分、三井住友フィナンシャルグループは4000人分、みずほフィナンシャルグループは1万9000人分の「業務量」削減……etc、etc. それぞれ「完遂」までの期間は違うし、人員削減、業務量の削減、配置転換と用いる用語も異なる。が、そこには、「50歳以上はいらない。君たちが我が社の成長の足枷になっているんだ!」というメッセージが色濃く漂う。リストラの柱が早期退職や配置転換である以上、そのターゲットがバブル世代であることは容易に想像できる』、年功賃金のカーブは緩やかになったとはいえ、依然存在しているなかでは、あり得る話だ。
・『「彼らは自分の立場をわかっていない」  ところが、メディアの扱いは実に冷ややか。数年前なら大ニュースだった大企業のリストラ劇が、ストレートニュースレベルで扱われ、不安にあえぐベテラン社員たちを憂う報道も激減した。 番組を作っているのが30代の若い社員であることが原因なのか? はたまた、50代の多くが、「自分は別」と高を括っているのか? 「50代以上は仕事へのモチベーションが低い。若い社員に嫉妬して足を引っ張ったり、定時になると残りの仕事をまわりに押し付け、さっさと帰る人もいます。安心だけを求める人は、もう、いらないんです。そのことを理解できない人が多すぎます。何やかんや言っても、『このまま乗り切れる』と思ってるんでしょう」 こう話すのは、某大企業の人事部の男性である。彼は何度も、「彼らは自分の立場をわかっていない」と繰り返した。 ……ふむ、なんとも。グサッと刺さる言葉だ。 これまで何度も書いてきたとおり、私は「50歳を過ぎた社員をどうやって『会社の戦力』にするかで、会社の寿命が決まる」と考えている。「使えるものを使わないことには、会社がつぶれちゃいますよ!」と本気で思っているし、その確信は以前にも増して強まっている。 2年後には大人(20歳以上)の「10人に8人」が40代以上、50代以上に絞っても「10人に6人」で、どこの職場も見渡す限りオッさんとオバさんだらけになる。おじさん、おばさんがこんなにいるのに、人手不足ってどういうこと? と脳内の猿たちはかなり混乱しているのである』、確かに着実に進む高齢化を逆手に取るかがカギというのは、その通りだ。
・『「不安を全く感じていない」50代社員の不思議  実際、私が知る限り、成長している企業では「50歳以上=お荷物」じゃない。 特にこの1年間で、50歳以上を「貴重な戦力」と捉え、彼らのモチベーションを高める知恵を絞る企業は確実に増えた。「役職定年になったら終わり」ではなく、本人のやる気さえあれば、新たな部署に異動させている会社もあった。 そういった企業では例外なく非正規が少ない。非正規と正社員の賃金格差、待遇格差も小さい。女性のパートさんが多い企業もあったが、「モチベーション向上のために、働きに応じて賃金がちゃんと上がる制度になっています」「長く働いてもらいたいので昇進制度を作りました」といった具合に、そこで働く人たちのモチベーションを沈滞させないよう工夫する。 それだけに昨今のリストラの嵐は、実に残念。ホントに残念である。大規模なリストラを発表した企業のトップたちは、「構造改革」「人員の適正化」という言葉を多用するけど、これってベテラン社員を生かす術を試みた末のリストラなのだろうか。 「何言ってんだよ! どんだけ50歳以上の給料が高いかわかって言ってるのか!?」とお叱りを受けそうだが、つまり、「鶏と卵」じゃないか、と。 結局のところ、「50歳になったらお払い箱」を前提にした経営をしてきた結果なのでは? という疑念が尽きないのである。申し訳ないけど。 が、その一方で、「自分の立場をわかっていない」というグサッとくる言葉を、完全には否定できない自分もいる。 つまり、鶏だか卵なのかわからないけど、あるときから学ぶことをやめ、新しいことにチャレンジするのをあきらめ、思考を停止させ、「会社員」という身分に安住している人たちが、確実に存在することを、最近やたらと痛感させられているのである。 前々回の記事(「増える月曜朝の中高年の縊死と就職氷河期の果て」 )で、50歳以上の会社員を「漠然とした不安を抱いている人たち」と書いた。 彼らは「自分の立場をわかっている」からこそ、「このままでいいのか? いいわけない。どうにかしなきゃ」と苦悩し、それでもまるで金縛りにでもあったように身動きができず、不安に押しつぶされる。 しかしながら、同じ50代会社員の中には「不安を全く感じていない人たち」もいる。彼らをうまく表現するのは非常に難しいのだが……、「ぬるい」、とでも言いますか。今は毎月お金をもらえているかもしれないけど、ある日突然「一円も稼げない自分」に直面し、苦労するのではないか、と。 仕事柄いろいろな方と接する機会があるが、「時代も変わっちゃったし、人生も長く延びちゃってるのに、ホントに今のままで大丈夫ですか?」と問いたくなるような人たちが、決して少なくないのである。 というわけで前置きが長くなった。今回は「変わる勇気」について、あれこれ考えてみよう思う』、興味深そうだ。
・『「自分は切る側の人間なんだ」という、変な優越感  もう10年ほど前になるが、50人の部下をリストラし、最後に人事部から渡された「リストラリスト」に自分の名前が載っていたという、いたたまれない話をしてくれた男性がいた。しかも、その方の結末は実にシュール。退職後、自分をまるで鉄砲玉のように使った会社に一言文句でも言ってやろうと株主総会へ乗り込んだところ、「当時の人事部長が警備保障会社の制服姿で立っていた」というものだった。 このときの男性以来、「リストラする側」だったことを告白してくれた人はいなかった。ところが先日、件の男性に匹敵、いや、もしかしたらそれ以上にひどい経験をした方から話を聞くことができた。そこで、まずは某大企業の部長さんだったその男性の話から紹介する。 「私はずっとどこかで『自分だけは大丈夫』と、過信していました。肩たたきされた同期を、蔑んでいたんです。安心や安定を求め、現状に満足してるから、ダメなんだよって。 でも、自分を救ってくれた人に出会えてやっと気づきました。現状に満足していたのは、自分でした。 実は……、私、55歳のときに関連会社に行かされることになったんです。一応、役員待遇です。前任者は最後はそこの社長になっていたので、自分もそうなると、勝手に信じ込んでいました」 ところが、現実は予想もしないものだった。 「私に与えられた仕事は、リストラです。コスト削減のために、何人もの社員をリストラさせられたんです。 それだけではありません。 予定していた人数のリストラが終わると、また、別の関連会社に行かされて、そこでも同じようにリストラをさせられました。人事部が差し出す名簿にしたがって、一緒に働いたこともない社員を切っていくんです。そして、それが終わると、また次の会社に行かされて。結局、3つの会社でリストラをしました。 部下の肩たたきは元の会社でもやっていましたが、さすがに自分のやっていることが嫌になってきましてね。みんな自分と年齢が変わらない人たちで、会社に定年までいることを前提に生きてきた人たちです。やっぱりね、気持ちのいいものではないですよ。 嫌がらせの電話が自宅にかかってきたこともありましたし、駅のホームでは線路側は歩かないようにしていました。精神的にものすごく疲弊しました。 でも、そんな気持ちとは裏腹に『自分は切る側の人間なんだ』という、変な優越感みたいなものがあった。散々手を尽くした末の人員削減なんだと。リストラは会社の問題ではなく、切られる側に問題があるという考えをずっと持っていましたから、余計そう思うようになったのでしょう。 それに……自分は経営側の人間なんだと思うと、自尊心が満たされるんです」』、「3つの会社でリストラをしました」とはご苦労なことだ。少なくとも2番目や3番目の会社では、それまでの悪評がいき渡っているので、白い目でみられ、居心地はさぞか悪かったろう。
・『「普通に考えれば、最後は私が切られますよね」  彼はこう続けた。「そんなある日、若い時にお世話になった会社の社長さんから、突然電話がかかってきましてね。『アンタ、何やってるんだ。そんなことやってないで、ウチに来い!』って言われて。最初は何を言われてるのかさっぱりわからなかった。そしたら、『アンタの会社ほど給料は出せないけど、さっさとやめて来い』と、また言われて。それでやっと目が覚めた。 普通に考えれば、最後は私が切られますよね。そんなこともわからなくなっていたんです。自分が見えてなかったんですよ。結局、1つの組織に長年いると、過去を生きるようになっていくんです。 私たちの世代は組織に残るのが当たり前でしたから、私は、その当たり前を手に入れた、選ばれた人材なんだと勘違いしていたんです。 でも、今思うと、私は必死でそう思い込もうと自己暗示をかけていただけなのかもしれません」 60歳を過ぎたこの男性は、現在も「恩人の社長さん」の会社の一社員として働いている。給料は以前の半額以下。「全く不満がないと言えば嘘になる、でも、ここには未来がある」と。 つまり、彼は“自己暗示”から開放され、「変わる勇気を持つ」ことに成功したのである。 しかし前職時代の彼は、間違った「つじつま合わせ」により「不安」を消した。会社に命じられたことをきっちりやれば、また道が開ける。そう妄信していたのだ。 肩たたきされる同僚と、されない自分。関連会社の社長で会社員生活を終える前任者と、それに続く自分。人は「これだ!」といったん確信を持つと、その確信を支持する情報だけを探し、受け入れ、確信に反する情報を無意識に排除する生き物だが、男性はまさにそれだった。 不安を感じていない人、いや、不安を消す自己暗示に長けた人たちは、独特の万能感を醸し出す。 いったい、この人たちの万能感はどこからくるのだろう? と不思議なくらい、自己肯定感が強く、彼らは決まって「自己責任」という言葉を多用する。彼らは自分が「影響力を持つ」ことに固執し、変化する現実に目を向けないから、なかなか適応できない。組織内の競争に勝ち、収入や役職、裁量の権限や人事権などの「自分と彼ら」を区別する“外的な力”を手に入れたことで、いつしか外的な力だけを偏重するようになり、適応力の礎となる“内的な力”を高めることがおろそかになってしまうのだ。 内的な力とは、誠実さや勇気、謙虚さや忍耐といった人格の土台だ。 謙虚さがあれば、自分を知ることができる。だからこそ、不安になり、「変わらなきゃ」「どうにかしなきゃ」と抗い、苦悩する。 とどのつまり、人から「不安」という感情が消えたとき、「変わる」必然性を認知できず劣化する。やがて「価値なき人材」と評され、挙げ句の果て「自分の立場をわかっていない」と揶揄されてしまうのだ』、心理学的な分析はさすがだ。
・『では、変わるにはどうすればいいのか  個人的な話で申し訳ないが、組織の外でフリーとして生きていると、「安心」というものは一生手に入れることができない尊いものであると痛感する。 常に不安と背中合わせの状況では、「今」を生きるしかない。どんなに仕事が増えても、どんなに稼ぐことができても、明日突然「仕事がなくなる」リスクは、いくつになっても、どれだけキャリアを重ねてもつきまとう。 組織外の人間に、指定席はない。それが用意されているのは、一部の天才だけ。普通の能力しかない自分は、今日、絶好調でたくさん稼げても、翌日、突然稼ぎがなくなるという痛い目に、何度も遭った。 そんな失敗を繰り返しているうちに、お金という有形の資産(外的な力)を得るには、その金を得るだけの無形の資産(内的な力)への投資が必要になることを必然的に学ぶ。つまり、今の仕事を続けるには、常に「今の自分」をアップデートすることが必要不可欠であり、ちょっと立ち止まる、ぶつかる、変わることを恐れないことが、不安への最良の対処だと学んでいくのだ。 時代が変わり、会社という組織のあり方も変わった今、「現在の地位」の賞味期限はすぐに切れる。なのに、人生は長くなる一方だ。 良く言えば安定、悪く言えば変化に乏しい会社という組織にいるだけでは、自分はなかなか見えづらい。地域を含めた社会の中で、様々な人と接する中で自分を知ることが、変わることへの第一歩だと思う。 不安の反対は安心ではない。動くこと。 その動く勇気を「会社員」の方たちにも持ってほしいと心から願います。なんだか上から目線のようで申し訳ないけど、こうやって書くことで、自分を戒めているのです……』、「良く言えば安定、悪く言えば変化に乏しい会社という組織にいるだけでは、自分はなかなか見えづらい。地域を含めた社会の中で、様々な人と接する中で自分を知ることが、変わることへの第一歩だと思う」というのは、説得力があって、その通りなのだろう。心したいことだ。
タグ:労働 東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン 河合 薫 (その2)(ゆとり世代の転職が絶えない「本当の理由」 「自分らしいキャリア」を社会が煽っている、JR東労組「3万人脱退」で問われる労組の意義 JR労組の脱退問題続報 「無所属」が大量発生、関連会社渡り歩いた「リストラ請負人」の末路 「自分は大丈夫」とのその自信 根拠ない自己暗示の賜物では?) 福島 創太 「ゆとり世代の転職が絶えない「本当の理由」 「自分らしいキャリア」を社会が煽っている」 2016年の転職者は306万人 転職市場の主役はアラサー世代 一般的に不安定で離職や転職が多くなる非正規雇用者の増加が、見かけ上の労働市場の流動化を促している面がある 「自分らしいキャリア」 「転職しようという意思が芽生えやすい社会構造に変化したから 少子高齢化社会の到来 企業間競争のグローバル化 できるだけ早く自立し、入社した会社の支援を受けることなく、自らキャリアを作り上げていける人材が求められることとなった 「自分探しを前提とした“就職活動”」 「やりたいことを聞かれ続ける“キャリア教育”」 キャリアプランニング力 「JR東労組「3万人脱退」で問われる労組の意義 JR労組の脱退問題続報、「無所属」が大量発生」 「東日本旅客鉄道労働組合」(以下、東労組) 2月1日時点で組合員が約4万6800人もいた 約3万人の組合脱退者 春闘の戦術行使に「お詫びと反省」 2月19日の東労組によるスト権行使の予告 その後、ストは回避され、春闘も妥結したが、脱退者は増え続けた 政府が「東労組には革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)が浸透している」との答弁書を出したことも大きく影響 中央執行委員長らの執行権停止などを決議、新体制へ向けて動きだした 臨時大会 闘争本部(執行部)の14名を対象に「制裁審査委員会」を設置 春闘の戦術行使についてのお詫びと反省 会社側は、4月末に期限が迫っていた36協定 の締結に追われた これまでは、ほとんどの事業所で過半数を占めていた東労組が代表者となっていた。だが、組合員の大量脱退で過半数に満たない事業所が大半を占めることになった 「社友会」を通じて36協定締結 今後の焦点は、東労組を脱退した3万人の動きだ 「これで高い組合費を払わなくて済む」「勉強会やデモなどに振り回されなくなったので、よかった」という声が大勢 脱退者のうち社友会に参加した社員は半分にも満たない ほかの労組(JR東日本には大小合わせると8労組ある)も組合員獲得を狙っている 「無所属」が心地良い? 就労条件・環境の改悪が行われた場合、会社側と団体交渉できるのは労組だけだ 「関連会社渡り歩いた「リストラ請負人」の末路 「自分は大丈夫」とのその自信、根拠ない自己暗示の賜物では?」 50代以上のバブル世代に「リストラの嵐」が吹き荒れている 「彼らは自分の立場をわかっていない」 私は「50歳を過ぎた社員をどうやって『会社の戦力』にするかで、会社の寿命が決まる」と考えている 「不安を全く感じていない」50代社員の不思議 「50歳になったらお払い箱」を前提にした経営をしてきた結果なのでは? 「変わる勇気」 「自分は切る側の人間なんだ」という、変な優越感 結局、3つの会社でリストラをしました 『自分は切る側の人間なんだ』という、変な優越感みたいなものがあった 自分は経営側の人間なんだと思うと、自尊心が満たされるんです 普通に考えれば、最後は私が切られますよね 私たちの世代は組織に残るのが当たり前でしたから、私は、その当たり前を手に入れた、選ばれた人材なんだと勘違いしていたんです 彼は“自己暗示”から開放され、「変わる勇気を持つ」ことに成功したのである 不安を感じていない人、いや、不安を消す自己暗示に長けた人たちは、独特の万能感を醸し出す 自己肯定感が強く、彼らは決まって「自己責任」という言葉を多用する 組織内の競争に勝ち、収入や役職、裁量の権限や人事権などの「自分と彼ら」を区別する“外的な力”を手に入れたことで、いつしか外的な力だけを偏重するようになり、適応力の礎となる“内的な力”を高めることがおろそかになってしまうのだ 人から「不安」という感情が消えたとき、「変わる」必然性を認知できず劣化する。やがて「価値なき人材」と評され、挙げ句の果て「自分の立場をわかっていない」と揶揄されてしまうのだ 良く言えば安定、悪く言えば変化に乏しい会社という組織にいるだけでは、自分はなかなか見えづらい。地域を含めた社会の中で、様々な人と接する中で自分を知ることが、変わることへの第一歩だと思う
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

人手不足(その1)(“人手不足倒産”が日本経済にとっては「いい倒産」である理由、人手不足の日本社会がすがるしかない 手放しで喜べぬ3つの解決策) [経済]

今日は、人手不足(その1)(“人手不足倒産”が日本経済にとっては「いい倒産」である理由、人手不足の日本社会がすがるしかない 手放しで喜べぬ3つの解決策)を取上げよう。

先ずは、元銀行員で久留米大学商学部教授の塚崎公義氏が5月18日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「“人手不足倒産”が日本経済にとっては「いい倒産」である理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/170323
・『東京商工リサーチや帝国データバンクによれば、「求人難」「人手不足」による倒産が増加しているという。いずれも件数は少ないものの、「労働力不足」で倒産する企業が増えているというのは、象徴的なニュースだ。 倒産は悲惨だ。経営者は、全財産を失って路頭に迷い、銀行は融資が返済されずに損失をかぶり、従業員は退職金も受け取れずに仕事を失って茫然自失となってしまうからだ。そうした当事者たちにとって、「いい倒産」など存在するはずはない。 筆者としても、倒産した企業の経営者を批判したり、倒産するような企業に金を貸すような銀行の無能を批判したりしているのではなく、ましてや他人の不幸は蜜の味だと喜んでいるわけでも全くない。当事者にとっては誠に不幸で残念な出来事であることは十分認識しながらも、マクロ的な視点で広く日本経済のことを考えると、人手不足倒産は「いい倒産」だ、と述べているのである。ぜひともご理解いただきたい』、批判を避けるための慎重な言い回しは手慣れたものだ。
・『人手不足になるほど景気がいいことを祝おう  倒産の話を始める前に、まずは人手不足になるほど景気がいいという状況を素直に祝おう。不足という単語は、否定的なニュアンスを持った言葉であり、何か日本経済に困ったことが生じているような印象を与えかねない言葉だが、バブル崩壊後の長期低迷期に日本経済を悩ませ続けた失業問題が消えうせた結果が人手不足なわけで、これは素直に喜ばないわけにはいくまい。 人手不足というのは経営者目線の言葉であり、労働者目線からは「仕事潤沢」とでも呼ぶべきだが、筆者にはキャッチコピー考案のセンスが乏しいので、どなたかに素晴らしい言葉を考えていただきたいと願っている次第である』、「人手不足というのは経営者目線の言葉」というのは言われてみればその通りだ。「仕事潤沢」というのは、やはりこなれてない言葉だ。
・『人手不足なので、倒産企業の労働者にも仕事は見つかる  失業が深刻なときの倒産は、文字通り悲惨だ。従業員は仕事を失い、失業者となるからだ。経営者と銀行が悲惨なのは言うまでもない。しかし、「人手不足倒産」が発生するような状況であれば、従業員は比較的容易に次の仕事が見つけられるから、それほど悲惨ではなさそうだ。 銀行も、不況型倒産が減っているだろうから、全体の貸倒動向に注目すれば、それほど悲惨ではなさそうだ。一般論として、景気がいいときには「高い金利でも借りたい」という企業が増えて利ざや収入も増え、多少の貸し倒れ損失は気にならないはずだ。この点は今回は当てはまっていないが。 経営者が悲惨なのは、何ともし難いが、不況や連鎖倒産といった外部要因で倒産したのではなく、労働力確保競争に負けて倒産したのだから、ある程度「自己責任」と言えるだろう。つまり、同業他社よりも低い給料しか提示できなかったことによる倒産なわけで、不運による倒産とは言えない面もあるはずだ。 マクロ経済から考えたときに、人手不足倒産がいい倒産だと言える理由は、日本経済全体として労働力が有効利用されるようになるということだ。人手不足倒産によって、「労働力を有効に活用できていない企業」から「有効に活用できている企業」へと労働力が移転するからだ。 労働力を有効に活用して高い利益を稼いでいる企業は、高い賃金が払えるから労働力が確保でき、人手不足倒産とは無縁だ。労働力を有効に活用できない企業は、利益が少ないので高い賃金が払えず、労働力が確保できなくなって人手不足倒産してしまうのだ。 そうだとすると、人手不足倒産によって失業し、新しい会社に雇われた労働者は、労働力をうまく利用できない会社から、労働力をうまく利用できる会社に「転職」したことになる。これは、日本経済にとって素晴らしいことだ。 「社員を上手に使っていい製品を作っているのに、業界全体の過当競争に伴う安売り競争に巻き込まれて利益が上がらず、賃上げができなかった。その結果、社員が高い給料を払っている他業界に引き抜かれてしまって倒産した」という会社があったとする。 だとすれば、労働力を上手に使っている会社が倒産することになってしまうが、業界全体として見た場合には、労働力を利益に結びつけられていないわけで、やはり労働力を上手に使えていない業界だ、ということになる。 いずれにしても、そうした企業の経営者には申し訳ないが、「その会社が倒産したことで、業界全体の過当競争が緩和され、生き残った会社は安売り競争をやめて適正な価格で販売するようになり、適正な利益を稼いで高い給料で人手を確保できるようになる」のだから悪い話ではない。 日本企業は過当競争体質で、せっかく良い物を作っても安売り競争を繰り広げてしまうから儲からないのだ、と言われる。それが、労働力不足で「良い物を適正な値段で売る」ようになれば、これまた素晴らしいことだ』、「「社員を上手に使っていい製品を作っているのに・・・」の例示は、例示そのものが矛盾しているが、それを除けば概ね正論だ。
・『穏当な労働力移動の方が倒産よりは望ましい  とはいえ、できれば倒産は避けたい。その意味では、人手不足倒産の件数が少ないことは救いだ。裏で人手不足による自主廃業、合併、会社の身売りなどが数多く行われているのだろう。 合併や企業の身売りなどにより、設備や労働力を同業他社が有効利用してくれるならいいことだ。「規模の経済」によって、日本経済が効率化していくからだ。資金力のある企業に吸収されれば、資金力を頼みに省力化投資を行うことで、労働力不足が緩和できる。 また、倒産してしまうと、企業に蓄積していたノウハウや顧客からの信頼といった「バランスシートに載っていない資産」が雲散霧消してしまう上に、バランスシートに載っている資産もスクラップ用に二束三文で買いたたかれたりしかねない。これは、日本経済にとって大きな損失だ。 したがって、人手不足倒産が懸念される事態に陥ったら、経営者は早めに合併や身売りや廃業を検討していただきたい。ご自身のためにも、日本経済のためにもだ。自社が生き残れるかもしれないといういちるの望みが残っているときには、必死になって生き残る可能性に賭けるのが経営者としては自然であろうが、それでつぶれてしまってはもったいない話で、日本経済の損失となる。冷静に考えて決断していただければ幸いである』、元銀行員だけあって、説得力がある主張だ。日本企業は苦しくなっても、必要以上に頑張ってしまう結果、大幅な債務超過となって、経営者のみならず、労働者にまで被害が及ぶケースが多い。これからは、傷が広がる前に、早目に見切ることも必要だろう。

次に、百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏が10月26日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「人手不足の日本社会がすがるしかない、手放しで喜べぬ3つの解決策」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/183394
・『2030年の人手不足は今の5倍以上?「もう日本が回らない」は本当か  以前から指摘されている「2030年問題」というものがある。2030年には日本人口の3分の1が高齢者になり、同時に大幅に生産年齢人口が減少することで、日本社会全体が回らなくなるのではないか、と懸念されている問題だ。 この問題については、いくつものシンクタンクが様々な試算を行っている。みずほ総研によれば、2016年に6648万人だった日本の労働力人口は、2030年には5880万人になると予測されている。単純計算で768万人の労働力減少が起きることになる。 この問題が厄介なのは、人口問題はかなり高い確率で現実のものになるということだ。いまさら日本人の出生率が急増するわけもなく、仮に今年や来年に増加したとしても、2030年の生産年齢人口には何の影響もない。 一方で、ひょっとすると高齢者の寿命は2030年頃にはもっと伸び、需要は拡大しているかもしれない。悪い方に予想が間違うことはあっても、いい方向に間違うことはないだろう。 10月23日にパーソル総合研究所と中央大学が発表した調査結果によれば、2030年の日本の人手不足は644万人になるという。厚生労働省の発表による昨年7月の人手不足は121万人だったので、2030年には現在の5倍以上の労働力不足がやってくるというわけだ。中央大学の阿部正浩教授によれば、この試算も賃金が上昇した場合であって、想定通りに賃金が上昇しなければ1000万人規模の人手不足に陥るという。 では、この問題はどう解決できるのだろうか。この2030年問題については、実は3つの具体的な解決策が提唱されている。3つとも「必ずしも好ましい対策とは言えない」という欠点を持っているにもかかわらず、おそらくその3つが未来の問題を解決してくれると期待されている。「手放しで喜べない3つの解決策」とは何か。1つずつ紹介していこう』、どのようなものなのだろうか。
・『【解決策1】労働参加年齢の上昇  労働力の統計には、生産年齢人口と労働力人口がある。生産年齢人口は15歳以上65歳未満の人口のことなので、これはどんな政策を用いても増加することはできない。一方で労働力人口は、一般には15歳以上で働く意思を持っている人口のことを指す。なので、労働参加率が上昇すれば労働人口は増えることになる。 たとえば、日本の従業員数は1984年に3936万人だったものが、2016年には5391万人と1455万人も増えている。なぜ増えたか、その要因としては人口増加よりも労働参加率の上昇の方が圧倒的に重要である。この30年間で女性の労働参加率が飛躍的に増加したのと同時に、1984年当時は55歳だった定年が現在では多くの企業で60歳以上に引き上げられていることが挙げられる』、なるほど。
・『もう高齢者や外国人に頼るしかないのか  翻って2030年のことを予測すると、その時代には70歳にならなければ満足な額の年金が支給されなくなるということが予想されている。年金が支給されなければ、ないしは年金が支給されてもその額が十分でなければ、生活が成り立たない高齢者がどうするかというと、働くしかない。 中国から見ると、現在でも日本は高齢者がたくさん働いている国に映るそうだが、それが2030年にははるかに大規模な社会現象となり、労働力不足は200万人規模の高齢者が埋めてくれることになる』、「定年」がない高齢者の労働参加率はどうなのだろう。
・『【解決策2】移民の活用  日本は欧米のような移民政策は絶対にとらない――。我々日本人はそう信じてきた。しかし海外の人から言わせると、現在の日本はすでに移民大国なのだという。 実際、2008年に48万人だった外国人労働者は、2017年には127万人まで増加している。前年比で言えば18%増と急激な増加率だ。どのような外国人が増えているのか、内訳を見ると実に全ての分類で増加しているのだ。技能実習も専門分野の在留資格も着々と増えているし、資格外活動の外国人も増加している。 さらに政府は、こうした実態に合わせるために、今後単純労働に関しても、外国人に対してビザを発行する方針を決定した。仮に外国人労働者の数が、今後(現在よりはペースダウンした)毎年10%の増加率で増えて行ったと仮定すると、どうなるだろうか。試算してみると、2030年の外国人労働者の数は400万人を超える。これは労働力不足を補うには十分なペースである』、外国人労働者の急増を社会が円滑に吸収し得るか、日本人の賃上げ圧力を抑制しないか、などが問題になる。
・『【解決策3】AI・ロボット活用  さて、実はこれが一番現実味が大きいと私が考えているものだが、人工知能の進化によって、2020年代を通じて人間が行う頭脳労働のかなりの部分がAIに置き換わるようになる。 現実に、メガバンクは10年間で1万9000人規模のリストラを計画しているが、これはRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)と呼ばれるAIによって、事務作業の多くが自動化されることを見込んだ数字である』、ホワイトカラーにとって深刻な脅威だ。
・『AIに仕事を奪われるのは正社員 この国は変質してしまうのか  私もこれまで『仕事消滅』 『「AI失業」前夜』といった著書を通じて、人工知能による仕事消滅論に警鐘を鳴らしてきた。仕事消滅の怖いところは、失業者が増えるのではなく、むしろ給料の高い頭脳労働者の仕事がなくなることだ。言い換えると、人工知能の問題は正社員の仕事を消滅させ、我々の仕事の大半をパートタイム労働だけにしてしまうことにある。 そもそも2030年に644万人の人手不足が発生するという試算の前提は、2030年の日本に7000万人分の労働需要があるという考え方に基づいている。人工知能が1000万人分の仕事を消滅させただけで、この問題はあっという間に解決してしまう。そして2020年代には、実際にAIはそれを上回るペースで人間の業務を効率化していくと予想されている。 以上が2030年問題に関して考えられている主な解決策のリストである。人工知能が頭脳労働を肩代わりしてくれ、外国人労働者がコンビニ・飲食店・宅配便・介護といった若手でないとできない仕事を担当してくれ、生活費の足りない高齢者が警備員・チラシのポスティング・清掃の仕事を請け負ってくれるのが、2030年の未来ではないか。 そのような未来を考えると、2030年問題の核心は、労働力ギャップよりも、日本という国がどこまで変質してしまうのかということだと思う。皆さんはこの問題を、どう考えるだろうか』、AIによるホワイトカラーの代替は残念ながら避けることは出来ないだろう。代替する仕組みを設計する技術者は、ごく少人数で済むので、影響は深刻だ。他方、高齢者の労働市場参加は、生活の必要性から進むだろう。現在問題になっている外国人労働者の問題は別途、取上げる予定だが、私は枠を広げることには、社会的な問題が大きく反対である。 
タグ:鈴木貴博 人手不足 ダイヤモンド・オンライン 塚崎公義 (その1)(“人手不足倒産”が日本経済にとっては「いい倒産」である理由、人手不足の日本社会がすがるしかない 手放しで喜べぬ3つの解決策) 「“人手不足倒産”が日本経済にとっては「いい倒産」である理由」 「求人難」「人手不足」による倒産が増加 マクロ的な視点で広く日本経済のことを考えると、人手不足倒産は「いい倒産」だ 不足という単語は、否定的なニュアンスを持った言葉 人手不足というのは経営者目線の言葉 労働者目線からは「仕事潤沢」とでも呼ぶべき 人手不足なので、倒産企業の労働者にも仕事は見つかる 経営者が悲惨 労働力確保競争に負けて倒産したのだから、ある程度「自己責任」と言える 同業他社よりも低い給料しか提示できなかったことによる倒産 人手不足倒産がいい倒産だと言える理由は、日本経済全体として労働力が有効利用されるようになるということだ 労働力を有効に活用できない企業は、利益が少ないので高い賃金が払えず、労働力が確保できなくなって人手不足倒産してしまうのだ その会社が倒産したことで、業界全体の過当競争が緩和され、生き残った会社は安売り競争をやめて適正な価格で販売するようになり、適正な利益を稼いで高い給料で人手を確保できるようになる 穏当な労働力移動の方が倒産よりは望ましい 人手不足倒産の件数が少ないことは救いだ。裏で人手不足による自主廃業、合併、会社の身売りなどが数多く行われているのだろう 倒産してしまうと、企業に蓄積していたノウハウや顧客からの信頼といった「バランスシートに載っていない資産」が雲散霧消してしまう上に、バランスシートに載っている資産もスクラップ用に二束三文で買いたたかれたりしかねない 経営者は早めに合併や身売りや廃業を検討していただきたい 「人手不足の日本社会がすがるしかない、手放しで喜べぬ3つの解決策」 2030年の人手不足は今の5倍以上? 手放しで喜べない3つの解決策 【解決策1】労働参加年齢の上昇 この30年間で女性の労働参加率が飛躍的に増加 定年が現在では多くの企業で60歳以上に引き上げられている 【解決策2】移民の活用 現在の日本はすでに移民大国 2017年には127万人まで増加 全ての分類で増加 政府は、こうした実態に合わせるために、今後単純労働に関しても、外国人に対してビザを発行する方針を決定 毎年10%の増加率で増えて行ったと仮定 2030年の外国人労働者の数は400万人を超える。これは労働力不足を補うには十分なペース 外国人労働者の急増を社会が円滑に吸収し得るか 日本人の賃上げ圧力を抑制しないか 【解決策3】AI・ロボット活用 メガバンクは10年間で1万9000人規模のリストラを計画 RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション) AIに仕事を奪われるのは正社員 怖いところは、失業者が増えるのではなく、むしろ給料の高い頭脳労働者の仕事がなくなること 人工知能の問題は正社員の仕事を消滅させ、我々の仕事の大半をパートタイム労働だけにしてしまうことにある 人工知能が頭脳労働を肩代わりしてくれ 外国人労働者がコンビニ・飲食店・宅配便・介護といった若手でないとできない仕事を担当してくれ 生活費の足りない高齢者が警備員・チラシのポスティング・清掃の仕事を請け負ってくれる 2030年問題の核心は、労働力ギャップよりも、日本という国がどこまで変質してしまうのかということだと思う
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ベンチャー(その2)(日本からアップルやグーグルが生まれない根本的な理由、金の亡者でもロマンチストでもないベンチャーキャピタルの二面性、大企業とスタートアップ企業の協業に潜む4つの落とし穴) [経済]

ベンチャーについては、昨年8月21日に取上げた。今日は、(その2)(日本からアップルやグーグルが生まれない根本的な理由、金の亡者でもロマンチストでもないベンチャーキャピタルの二面性、大企業とスタートアップ企業の協業に潜む4つの落とし穴)である。

先ずは、昨年11月28日付けダイヤモンド・オンライン「日本からアップルやグーグルが生まれない根本的な理由」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・若者の聖地である東京・渋谷に、起業家を支援するための大型施設が誕生する。起業といえばシリコンバレーが真っ先に浮かぶが、渋谷の新拠点はそれと一線を画している。ベンチャー企業という世界の片隅で起きている変化に目を凝らす特集の第1回(全6回)は、日本で始まった“胎動”を追う。
▽若者の聖地である渋谷に起業支援ビルがオープン
・2017年11月下旬、東京・渋谷の「タワーレコード渋谷店」の壁面には、9月20日に引退を発表した歌手・安室奈美恵さんのベストアルバムを宣伝する大型看板が掛かっていた。茶褐色の看板からは哀愁が漂い、まるで一時代の終わりを示すかのようだった。 タワレコといえば、1990年代、若者文化の情報発信拠点として一時代を築いた。安室さんのファッションをまねした女子高生、通称「アムラー」の“聖地”として栄えた。しかし、それも今は昔。若者は、スマートフォンの画面を眺めるばかりで、タワレコに備え付けられた大型モニターなど目もくれず、かつてのにぎわいはどこにもなくなっていた。
・だが、そんなタワレコの地で、新しいムーブメントが起きようとしている。それは、時代の転換を示す“シグナル”だった。 タワレコから道路を挟んだ向かい側に、えんじ色で「EDGEof」との文字が頂上に書かれた、地上8階建ての真っ白なビルがそびえ立つ。 実はこのビル、1階の飲食店を除き、起業家の育成・支援を行う複合施設となる予定だ。コワーキングスペースのほか、イベントスペースやショールームにメディアセンターもできるという。今秋からイベントが始まり、来春には正式オープンする予定だ。
・このビルを運営するEDGEof(エッジ・オブ)共同代表の小田嶋・アレックス・太輔氏は、「イノベーションは新しいコミュニティの中から生まれる。エッジな(最先端に立つ)人たちを集め、渋谷の地から新しい文化を創り、世界に発信していきたい」と話す。 もっとも、こうした起業支援施設は日本各地に数多く存在する。では、エッジ・オブは一体、何が違うのだろうか。それを説明する前に、起業支援の最前線であるシリコンバレーの現状を振り返ろう。
▽米トップ5に入る企業を育てたシリコンバレーの「エコシステム」
・現在、世界のトップ5社の時価総額を合計すると3.3兆米ドル(約372兆円)にも上る。この中のアップル、グーグル(アルファベット)、フェイスブックの3社は、いずれもシリコンバレーの会社だ。こうした企業を育てたのが、後述する「エコシステム」だと言われており、日本には十分にないものだ。
・そもそも、スタートアップ企業(ベンチャー企業)が成長するためには、投資家から資金を集めて優秀な人材を獲得し、製品やサービスに磨きをかけていく必要がある。もちろん、金融機関から融資を受ける手もあるが、時間のかかる審査を待っていては商機を失ってしまう。そこで投資家の出資を受ける場合が多い。
・そうしたスタートアップに資金を提供しているプレーヤーの一つが「ベンチャーキャピタル」(VC)だ。VCは、9割の投資が失敗したとしても、1割で大成功すればよいと考えており、金融機関では取ることができないリスクを負って出資してくれる。 また、「エンジェル投資家」も、スタートアップを足元で支えている。その多くが自ら企業経営者として成功を収め、財を成した人物たちだ。創業間もない企業にも寛容で、出資だけでなく、人材の紹介やアドバイスなども行う。 シリコンバレーには、こうした投資家たちがそこら中にいる。例えば大学で先端技術の研究に打ち込んでいる若者に、エンジェル投資家がポンとカネを提供し、新しい技術が花開くといったケースは枚挙に暇がない。
▽日本のベンチャー投資額は米国のわずか2%
・こうした投資家の厚みは、スタートアップの誕生と成長に大きく影響する。実際、2016年のベンチャー投資額は、米国の7.5兆円に対して、欧州が5353億円、日本は1529億円(米国の約2%)にとどまる(「ベンチャー白書2017」)。
・投資家から資金提供を受けて成長し、花開いたスタートアップ企業には大きく二つの道ができる。一つは株式上場(IPO)によって市場から資金を得て、さらに成長する道。そしてもう一つは、M&Aによって経営権を売却し、どこかの企業の傘下に入る道だ。 VCから出資を受けた企業は、ファンドの運用期間が5~10年程度であるため、10年足らずでどちらの道を選択するか迫られることになる。逆に言えば、こうした“期限”があるからこそ、急成長を果たすスタートアップが次々と生まれるのだ。
・特に、グーグルやアマゾンといった巨大IT企業はさらなる成長を果たすため、スタートアップの技術や人材を取り込もうと積極的にM&Aを仕掛けている。それもあって、米国ではVCから出資を受けたスタートアップの約9割がM&Aでどこかに売却されている。
・こうした仕組みによって、起業家には多額の資産が転がり込む。そこで、次なる起業につなげたり、自身が投資家となって別の企業を支援したりする。そうした“循環”を見て世界中から人と金が集まるため、情報交換や人材交流も活発となり、新産業の創出に至っているのだ。
・残念ながら、日本にはこうした土壌、いわゆる「エコシステム」が醸成されていない。新興企業のIPOこそ増えているものの、M&Aとなるとまだまだ限られている。 なぜなら、受け入れる側の日本の大手企業は、給与体系や人事体制が古いなど、受け皿になる“下地”がないからだ。また、スタートアップを育てて、その結果としてリターンを得ようという考え方ではなく、自社の新規事業のネタ探しが中心で、人材やノウハウを囲い込もうとするため、スタートアップは育たない。 海外企業からのM&Aにしても、言葉の壁が立ちはだかって対象になることはまれだ。
▽大企業や行政支援とは一線を画すエッジ・オブ
・話を戻そう。「エッジ・オブ」は、こうしたエコシステムを作る担い手になろうとしている。しかも、最初からグローバルを意識しているのが特徴だ。 コワーキングスペースのように“場所貸し”をする企業も増えているが、こぢんまりとしたケースが多い。入居者同士の交流を促し、化学反応を起こさせるためには、数百人程度を収容する規模感が必要であるにもかかわらずだ。 また、運営者にもスタートアップ経営者のような「熱量」が求められる他、さまざまな関係者を束ねる「顔」がいないと新しい機運が生まれにくい。
・行政主導のプログラムもあるが、熱心な担当者に依存する、つまり属人的なケースが多い。また、行政機関だから数年で異動・交代してしまい、一過性のものに陥りやすい。しかも、自治体ごとにバラバラで行われているため、広がりにも欠ける。
・エッジ・オブは、こうしたものたちとは一線を画している。単なる起業家支援ではなく、研究者や投資家との橋渡し、メディアとの連携、アーティストの招致などを通じて、新しいコミュニティ作りをしようとしているのだ。  実際、創業者6人は多彩な顔ぶれだ。
▽音楽、ゲーム、イベントなどに精通 多彩な経歴を持つ創業者たち
・小田嶋氏と共にCEOを担うのが、イノベーションプロデューサーであり音楽業界に関係の深いケン・マスイ氏だ。また、世界的な評価を受けているゲームクリエイターの水口哲也氏、伝説のシミュレーションゲーム「シムシティ」の開発者で投資家のダニエル・ゴールドマン氏、世界的プレゼンテーションイベントの日本版「TEDxTokyo(テデックス・トーキョー)」の創立に関わったトッド・ポーター氏。そして自らも連続起業家であり、世界中で起業家の支援・育成を行っているMistletoe(ミスルトゥ)ファウンダーの孫泰蔵氏がいる。いずれも、世界的に幅広い人的ネットワークを持っている人々だ。
・「6人の創業者たちは、幅広いネットワークを持っている。それらを活用し、メンバーをサポートしていきたい」(小田嶋代表)。 そんな小田嶋代表自身も、欧州のスタートアップ事情に通じており、今回のエッジ・オブ設立においても欧州、とりわけフランスから大きなヒントを得ている。というのも現在、フランスは欧州で最もベンチャー投資資金が集まっており、次のシリコンバレーとして世界からの注目が一気に集まっているからだ。
・連載の2回目では、スタートアップに対する投資熱が加速するフランスの今をレポートする)
http://diamond.jp/articles/-/150976

次に、ネットサービス・ベンチャーズ・マネージングパートナーの校條 浩氏が12月18日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「金の亡者でもロマンチストでもないベンチャーキャピタルの二面性」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・昨今、米国のベンチャーキャピタル(VC)への出資を検討する日本企業が増えてきている。 それ自体は意味があるのだが、そのときに気になるのが、「わが社は投資リターンを求めていない。あくまでVCから新事業情報を得るのが目的だ」という経営トップの発言だ。 ここには大きな誤解がある。それを明かす前にVCがどう理解されているのか、日本のウィキペディアを参考に見てみよう。
・「VCとは、ハイリターンを狙った投資を行う投資ファンドのこと。主に高い成長率を有する未上場企業に対して投資を行い、投資した企業を株式公開させたりして利益を得る。資金を投下するのと同時に経営コンサルティングを行い、投資先企業の価値向上を図る。担当者が取締役会等にも参加し、経営陣に対して多岐にわたる指導を行う」(筆者要約)
・必ずしも間違ったことを言ってはいないものの、シリコンバレーのVCの実態を知る者としては違和感がある。 その違和感を生む原因は、既存の株式投資の枠組みで語られていることだ。本物のVCは、既存市場や既存事業で成長している未上場企業へ投資してハイリターンを目指す、わけではない。 ではVCをどう理解すべきなのか。ここで、VC界の大物の一人、ビノッド・コースラ(Vinod Khosla)をご紹介しよう。
▽大物が説く本当の役割
・コースラは、米サン・マイクロシステムズを立ち上げた一人として有名だ。同社といえば、主に業務に利用される高性能のコンピューター「ワークステーション」の市場をけん引した会社である(後に米オラクルが買収)。 世界最高峰といわれるVC、クライナー・パーキンス(Kleiner Perkins Caufield & Byers)に転じたコースラは、そこでも大きな成果を残し、自らコースラ・ベンチャーズというVCを設立した。個人資産は1500億円超ともいわれる。
・そのコースラが強調することは二つ。一つは「主役は起業家であり、VCはそれを支援するプロデューサーである」ということ。次に「失敗」の重要性である。 「専門家や経験を積んだ経営者、それにVCによる未来事業に関する意見はほとんど当てにならない」とコースラは喝破する。 起業家は、24時間寝ても覚めても事業のことを考え、市場に最も近いところにいて最も多くの情報を持っている。専門家たちの「コンサルティング」や「指導」を真に受けてしまうような起業家が成功するのかといえば、答えは否だ。
・周りの誰も理解できない未来の市場を見据え、自分のビジョンのみを信じて切り開く。そうした起業家を発掘し、後押しし、本人の成長を助けること。それこそがVC本来の仕事であるのだと、コースラは言う。 また、世の中にインパクトを与えるような事業を創造するのに失敗は付きものだ、とも言う。失敗なく立ち上がるようなことはあり得ないし、逆に失敗がない事業はインパクトが小さい。
・よく誤解されることだが、何も失敗を奨励しているわけではない。失敗はない方がいい。 問題は、その質だ。致命的な失敗は避け、なるべく小さくし、早く結果が出る形で失敗を重ねる。失敗の条件を知ることが大きな成功への道につながっている。
・コースラもそうだが、実はVCの動機は、スタートアップを通して世界を変えるような新しい事業や産業を創造したい、という根源的な欲求にある。 もちろん、成功のバロメーターはもうけであるが、それが真の動機にはならない。世界を変えるような事業を創造すれば、巨万の富は後からついてくると考えているからである。
・とはいえ、VC自身も投資先企業の失敗を想定しているから、複数のスタートアップに投資することにより、リスクを抑えている。 失敗の可能性が大きい事業を多く手掛け、一握りの大成功した事業によって、全体の投資リターンを得る。そんなパラドックスを抱えるのが他の投資ファンドとは違うところだ。
▽「ジキルとハイド」の二面性
・一方、その資金は、年金ファンドや大学の基金のような「既存の枠組み」にいる金融機関から調達する。  なぜ、一寸先も分からないような事業創造へ投資するVCに、リスクに敏感で投資リターンの予想が中心課題である金融機関が出資するのか。 それは、VCに投資リターンの長期的なトラックレコードがあるからだ。実際、VCに投資する金融機関は、VCの仕事の中身にはあまり関知しない。あくまで関心は投資リターンなのだ。
・だから、VCの運用者であるジェネラルパートナー(GP)には、運用の仕方に関し最大限の裁量が与えられる一方で、VCへの出資者(LP)には投資リターンだけを心配するように役割分担がされている。 これが、お互いに全く文化や価値観の違うGPとLPの世界をつなぐことによって新しい産業を創造する、という見事なシリコンバレー流の仕組みなのだ。 その点、投資リターンが高ければ高いほど、よりよい案件が集まってくる。LPは必ず投資リターンを求めるべきで、冒頭の経営者の誤解はここにある。
・VCとは不思議なものだ。金の亡者でもロマンチストでもない。金もうけが動機ではないのに、巨額のもうけが成功の証しとなる。世界を変えたいという自己中心的な動機で、起業家という他人の成功を後押しする。  その実現のためには、折り目正しい金融機関から資金を調達し、利益を還元しながら、コンプライアンスや財務報告も完璧にこなす。そんな二面性がある。 真のVCとは、「ジキルとハイド」なのだ。(敬称略)
http://diamond.jp/articles/-/150305

第三に、Translink Capital(トランスリンク・キャピタル)マネージング・パートナーの秋元信行氏が12月27日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「大企業とスタートアップ企業の協業に潜む4つの落とし穴」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽大企業とスタートアップの協業が上手く行かない理由
・大手企業とスタートアップ企業とのオープンイノベーションを目指した取り組みが活況を呈している。以前はIT関連企業が多かったが、最近では金融や鉄道、食品、スポーツ業界などでも非常に積極的に取り組まれており、もはやオープンイノベーションはIT業界の専売特許ではなくなってきた。
・オープンイノベーションとは、自社内だけでなく、他社(異業種、スタートアップ企業、大学など)の技術やサービス・経験を組み合わせることで、新たな価値を創出しようとするもの。イノベーションが起こりにくい大手企業と、イノベーション発想は持っているものの企業としての総合力が不足しているスタートアップ企業が、互いの強みと弱みを補完し合う意味で協業するケースも多い。 特に「インキュベーションプログラム」「アクセラレーションプログラム」といった、オープンイノベーションへの取り組みが大企業で多く実施されるようになってきたのも最近の傾向だ。
・これは、大手企業側がプログラムを主催し、社外専門家のサポートを受けながら、技術・経営など様々な点からスタートアップ企業の成長を支援するもので、出資提携、協業等のオープンイノベーションのパートナーとなり得るスタートアップ企業の発掘を主な目的とするケースが多い。 また、大手企業がスタートアップ企業への出資、協業促進することを目的にしたコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を設立する動きも加速している。
・この大きな流れに呼応するように、最近では企業の垣根を超えたオープンイノベーション実務担当者、CVC関係者のコミュニティも形成され、各社の取り組み概要や失敗事例、ノウハウ共有が活発に行われている。だが、こうした取り組みが増加しているものの、その一方で、これらが事業として成功するケースはまだまだ少ないのが実情だ。
・取り組みが増えている今、なぜ失敗したのか、どこに落とし穴があるのかを学ぶことで、成功の可能性を高めることが必要になっている。そこで今回、大手企業がスタートアップ企業との協業で陥りがちである「代表的な落とし穴」について見ていきたい。
▽落とし穴1:手段の目的化
・落とし穴の1つ目は、「手段の目的化」だ。オープンイノベーションの本来の目的が明確になっており、常にそこを目指して活動していくことが徹底されていないと、単に短期間で「やっている感」を出すための取り組みに走ることになる。
・前述したとおり、「アクセラレーションプログラム」は、大手企業が自社の持つ総合的な企業力とスタートアップ企業の持つ斬新なアイデアとを掛け合わせて新たな価値を創出したり、スタートアップ企業に対してビジネスに資するメンタリングを提供したりすることで、その成長を加速させたりする。また、そのプログラムを通じて大手企業社員もスタートアップ企業と接することで、起業家目線を身につけ、自社企業文化に新しい風を吹き込む人材へ成長するなど、様々な目的がある。
・非常に意義ある取り組みではあるが、本来、目指していた目的を達成できたか否かを判定できる結果が出るには、かなり時間が掛かる。だが、変化の速い昨今のビジネスにおいて「結果が出始めるのは3年後くらいから」というものは、なかなか許容され難い。そこで、短期的に「成果を出している感」を醸し出す必要が出てきてしまう。ここで起こりがちなのが「手段の目的化」だ。
・プログラムそのものを無難に回すことや、イベントが盛り上がっているかどうかを重視してしまう。本来、その取り組みを行うことで結果に結びつけることが目的であるのに、盛り上げることそのものが目的化されてしまうといった状況である。
・また、大企業がスタートアップ企業に対して、少額な業務委託契約を発注する行為も、手段の目的化にあたるだろう。新たな価値創造といった大きな成果を目指す協業は、そう簡単に実現しない。しかし、短期的な「やっている感」を出すために、とりあえず下請け的業務をスタートアップ企業へ発注し、お茶を濁すという行為である。
・戦略的なシナジー創出を目的とするCVCの場合であれば、「とりあえずの出資件数稼ぎ」が該当するかもしれない。出資そのものは有望スタートアップ企業発掘のための手段であり、目的ではないケースでも、独立したCVCにとっては各年度のKPIのひとつに出資件数が採用されることが多い。短期的な成果として、出資件数稼ぎに注力してしまうのだ。これも、よくある「手段が目的化」しているケースだ。
▽落とし穴2:スタートアップへの「リスペクト」
・オープンイノベーションを推進するパートナーとして、大手企業がスタートアップ企業と対等な立場で案件に取り組む姿勢は非常に重要だ。 共に新たな価値創造を目指す仲間であるわけで、下請け扱いをしていたら新たな価値創造など実現するわけがない。感情的な部分ではあるが、スタートアップとの協業においては極めて重要である。
・このポイントは10年以上前から同じことが言われており、日々スタートアップ企業と接している大手企業の関連部門メンバーにはかなり浸透している。 だが、他部門メンバーなど全体にそのマインドが根付いていないケースも多い。いくつかの理由があるが、結局はスタートアップ企業をリスペクトすることが「腹落ち」していないのではないか。
・そこで、次のような考え方をしてもらうと「腹落ち」につながると思うので紹介したい。 昨今のスタートアップ企業は、社会課題の解決に正面から挑戦しているケースが増えている。本気で世の中を良くしたい、困っている人たちを助けたいという強いモチベーションを胸に起業している起業家が多い。それに対して、新規事業を立ち上げようとしている大手企業では、一人ひとりが社会課題の解決まで本質的に考えているとは言い難い。 産声をあげたばかりの小さな会社が、本気で社会課題の解決に向けて汗水垂らしている。彼らの信念、視座の高さを純粋に見れば、自然とリスペクトの念が湧いてくるはずだ。
▽落とし穴3:エッジに「ヤスリ掛け」
・新しい価値を生み出すアイデアや事業は、常に“エッジ”が立っているものだ。よって初期段階では、賛否両論が多く飛び交う傾向にある。オープンイノベーションを「異質なアセットの組み合わせによる新しい化学反応=新しい価値創出」と捉えるのであれば、なおさらである。
・しかし、大手企業がある案件を進めようとすると、社内関係部門との合意形成や経営幹部の承認を得る必要がある。様々な関係者からの要求や質問、疑問を解決するために尖った部分を丸くしていかざるをえないことが多々発生する。この「合意形成」プロセスが、まさに「エッジにヤスリを掛けてしまっている」行為だ。  その結果、エッジの効いた技術・サービスに魅力を感じ、スタートさせようとした取り組みは、丸くヤスリ掛けされ、結局多数の合意形成が可能な、無難な部分だけに限定した通常の業務委託契約になってしまう。 せっかくのオープンイノベーションを目指したスタートアップとの取り組みが、結局「少しだけ従来と違うアプローチをした業務委託契約」になってしまう。
▽落とし穴4:1/1評価
・大手企業によるスタートアップ企業への投資や協業がスタートした当初は、オープンイノベーションによる価値創造のための活動や案件に対して「ポートフォリオの一部」、全体の1/10や1/100といった見方がされる。 しかし少し時間が経過し始めると、「ポートフォリオの一部」という考え方が薄れ、協業案件や出資案件を一つひとつの独立案件として、1/1で評価し始めてしまう傾向がある。1件1件をきちんと評価すること自体を否定するものではないが、オープンイノベーションの取り組みは百発百中というわけにはいかず、1/1での評価には馴染まない活動である。
・こういった評価に移行すると、実質的に百発百中を求められることになり、失敗が許容されないという雰囲気が醸成され、活動そのものが萎縮していく。エッジの効いたスタートアップ企業との新たな取り組みに、チャレンジし難い環境が定着してしまうのだ。
▽落とし穴を避けるには?
・これらの落とし穴を避けるためにはいくつかポイントがあるが、重要な2点を紹介する。 1つ目は、骨太なゴール、実現したい青写真を明確化することである。オープンイノベーションやスタートアップ企業との協業もその実現手段であって、目的ではないはずである。その上で常にブレずに、骨太なゴールに向かうプロセスを回すことが重要である。
・アクセラレーションプログラム内のスタートアップ企業に対するメンタリングでよく指摘される、ゴール、それに向けてのマイルストーン、仮説、KPI設定を行い、それに向かってPDCAを回すといった作業を、大手企業自身の取り組みでも実践することが重要である。 注意しなければいけないのは、これらのプロセスがしっかりとゴールを向いているかである。これを徹底することが「手段の目的化」という落とし穴を回避する近道だ。
・2つ目は、評価手法の見直しだ。 オープンイノベーションは、実践の場に数多く立ち続けることが重要になる。そのため、アクセラレーションプログラムやインキューベーションプログラム、CVCなどの取り組みが活発化している現状は、非常に好ましい状況だと思う。しかし、ここで確認しなければならないのは、オープンイノベーションの推進を担う大手企業のメンバーに対する評価制度が、ある程度長い時間軸で、失敗を評価する仕掛けになっているか否かである。
・オープンイノベーションの取り組みは、チャレンジが大前提だ。しかし、チャレンジには必ず失敗がつきまとう。特にスタートアップ企業とのオープンイノベーションの場合、高い確率で失敗するだろう。しかし、失敗の中身をきちんと見ることが大切だ。大手企業では、社員の業績評価は半年サイクルが一般的だが、数年単位で取り組みを評価するなど、「失敗を評価しながら、成功を粘り強く待つ」仕掛けを持つことが何よりも重要である。
http://diamond.jp/articles/-/154463

第一の記事で、 『シリコンバレーの「エコシステム」』、は確かにうらやましいような素晴らしい仕組みだ。 『日本のベンチャー投資額は米国のわずか2%』、というのはさんざん言われていることだが、こうした記事のなかで読むと、改めて彼我の差の大きさを痛感させられる。 『大企業や行政支援とは一線を画すエッジ・オブ』、 『音楽、ゲーム、イベントなどに精通 多彩な経歴を持つ創業者たち』、などを読むと、エッジ・オブは面白いインキュベーションの場になる潜在力を秘めているようで、今後を注目したい。
第二の記事で、VC界の大物の一人、ビノッド・コースラ(Vinod Khosla)の主張はさすがに説得力がある。 『「専門家や経験を積んだ経営者、それにVCによる未来事業に関する意見はほとんど当てにならない」とコースラは喝破する。 起業家は、24時間寝ても覚めても事業のことを考え、市場に最も近いところにいて最も多くの情報を持っている。専門家たちの「コンサルティング」や「指導」を真に受けてしまうような起業家が成功するのかといえば、答えは否だ。 周りの誰も理解できない未来の市場を見据え、自分のビジョンのみを信じて切り開く。そうした起業家を発掘し、後押しし、本人の成長を助けること。それこそがVC本来の仕事であるのだ』、 『真のVCとは、「ジキルとハイド」なのだ』、などからみると、日本のVCの多くが大手銀行などの関連会社である現状は、心細い限りだ。
第三の記事で、『落とし穴』として、 『手段の目的化』、 『スタートアップへの「リスペクト」』、 『エッジに「ヤスリ掛け」』、 『1/1評価』、などが列挙されているが、なるほどと納得させられた。 『落とし穴を避けるには?』、ももっともであるが、実際にそれに従うのは容易ではなさそうだ。
タグ:ベンチャー ダイヤモンド・オンライン (その2)(日本からアップルやグーグルが生まれない根本的な理由、金の亡者でもロマンチストでもないベンチャーキャピタルの二面性、大企業とスタートアップ企業の協業に潜む4つの落とし穴) 「日本からアップルやグーグルが生まれない根本的な理由」 渋谷に起業支援ビルがオープン 「EDGEof」 米トップ5に入る企業を育てたシリコンバレーの「エコシステム」 日本のベンチャー投資額は米国のわずか2% 大企業や行政支援とは一線を画すエッジ・オブ 音楽、ゲーム、イベントなどに精通 多彩な経歴を持つ創業者たち 校條 浩 「金の亡者でもロマンチストでもないベンチャーキャピタルの二面性」 ビノッド・コースラ(Vinod Khosla) 主役は起業家であり、VCはそれを支援するプロデューサーである」 「失敗」の重要性 「専門家や経験を積んだ経営者、それにVCによる未来事業に関する意見はほとんど当てにならない」とコースラは喝破する 起業家は、24時間寝ても覚めても事業のことを考え、市場に最も近いところにいて最も多くの情報を持っている。専門家たちの「コンサルティング」や「指導」を真に受けてしまうような起業家が成功するのかといえば、答えは否だ 周りの誰も理解できない未来の市場を見据え、自分のビジョンのみを信じて切り開く。そうした起業家を発掘し、後押しし、本人の成長を助けること。それこそがVC本来の仕事であるのだ VCの動機は、スタートアップを通して世界を変えるような新しい事業や産業を創造したい、という根源的な欲求にある ジキルとハイド」の二面性 秋元信行 「大企業とスタートアップ企業の協業に潜む4つの落とし穴」 大企業とスタートアップの協業が上手く行かない理由 落とし穴1:手段の目的化 落とし穴2:スタートアップへの「リスペクト」 落とし穴3:エッジに「ヤスリ掛け」 落とし穴4:1/1評価 落とし穴を避けるには?
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

資本主義(知日派エモット氏:「衰退する西洋と日本の共通点」、デジタル時代、消費者は商品を「所有」できない 米国では「所有権」を取り戻す州法成立の動きも) [経済]

今日は、資本主義(知日派エモット氏:「衰退する西洋と日本の共通点」、デジタル時代、消費者は商品を「所有」できない 米国では「所有権」を取り戻す州法成立の動きも) を取上げよう。

先ずは、7月25日付けダイヤモンド・オンライン「「衰退する西洋と日本の共通点」知日派エモット氏語る ビル・エモット(国際ジャーナリスト)特別インタビュー」を紹介しよう(Qは聞き手の質問、Aはエモット氏の回答、+は回答内の段落)。
・元「エコノミスト」誌編集長で、知日派として著名なビル・エモット氏。同氏は最新作『「西洋」の終わり』で、日本や欧米先進国の繁栄の基盤となった「平等」と「開放性」が、衰退の危機にあると警鐘を鳴らしている。世界と日本は今、どう変容しようとしているのだろうか。 (「週刊ダイヤモンド」編集部 片田江康男)
Q:著書『「西洋」の終わり』の中で、西洋の繁栄を支えた二つのキーワードである「平等」と「開放性」が、衰退の危機にあると指摘しています。衰退のきっかけは何だったのでしょうか。
A:トリガーは、2008年のリーマンショックによって引き起こされた金融危機だと考えています。 世界中に広まったこの問題は、多くの人々に対して所得の減少や、教育や福祉など子どもたちに対するさまざまな機会の喪失、それによって将来への希望の喪失をもたらしました。
+一方で、元凶となった金融機関の経営陣や富裕層は生き残り、責任者が罰せられることはありませんでした。所得の低い人々を中心に被害を受けたということです。多くの人々はそんな実態を見て、西洋的市場メカニズムに疑問を持ち、信頼は大きく揺らぎました。 この影響が政治に及び、西洋の繁栄の基礎となった平等や開放性に対する信頼が地に落ちることになり、今は危険な状態にあります。
+これから日本や欧米先進国は平等や開放性の価値を再び認め、維持するのか、または、衰退して経済や政治が長い凋落の時代を迎えるのか、今はターニングポイントにあるといえるでしょう。
Q:格差の拡大も、世界中で問題視されています。
A:私は格差の拡大は、「平等の欠如」によって生まれる差だと考えています。 自分は政治的に存在を認められているのか。同じ権利があるのに、平等に扱われているのか。自分たちの声は届いているのか──。多くの人々は、リーマンショックで富裕層が生き残り、自分たちが損害を被ったことで、富裕層は政治的にも大きな力を持っているんだと分かってしまいました。 そこで、ドナルド・トランプ米大統領は選挙戦で、「忘れ去られていたアメリカ人のために」ということを強調して、支持を得たわけです。
▽日本の監視社会化は将来的な脅威となる
Q:日本でも、平等性や開放性は危機的状況にあるとみていますか。
A:日本でも平等については衰退していると思います。それによって収入の格差は拡大し、貧困率も上がっています。顕著なのが、増え続ける非正規雇用者と、正規雇用者とが分断されている点です。非正規雇用者はいつでも不安定な状況にあります。
+ですが、開放性については衰退しておらず、米国や英国のように閉鎖的な方向に進んでいるわけではありません。 ただ、残念なのが、開放性をさらに拡大する方向にはいっていない、いわば“ステイ”な状況だということです。日本が今後、成長してゆくためには、経済のダイナミズムが必要です。それには開放性の向上が大切なはずです。
Q:著書の中で、二つのキーワードから、西洋が従うべき八つの原則が示されていて、その中で監視社会は法の支配をむしばみ、平等を損なうと指摘しています。日本は共謀罪や特定秘密保護法等、国民への監視を強め、閉鎖的な方向へと進んでいるように見えます。
A:確かに、そうです。日本政府が最近通した法律の中には、監視社会を強める法律があります。監視する力が増すということは、政府の力が増すということ。将来的に平等や開放性が損なわれる脅威であるといえると思います。 こうした政府の動きには、日本国民は抵抗しなくてはならないのではないでしょうか。
Q:今、安倍政権の支持率は急落しています。これも著書にありましたが、政府は支持率が落ちると、短期的に支持を得るために、大衆迎合的な政策を打つ傾向があります。今後、安倍政権はどういう方向へ政策を進めると考えますか。
A:そもそも、安倍晋三首相は、ポピュリストです。これは何も新しいことではありません。 日本の政治の先行きを見通すのは非常に難しいのですが、私はフランス大統領選挙が参考になるのではと思っています。  マクロン仏大統領はポピュリストで穏健右派。短期間で多くの支持を集めました。同様に、日本では東京都知事選挙で大きな支持を集めた小池百合子氏も、ポピュリストであり穏健右派です。小池氏のように、新しいメッセージを示せば、短期間で多くの支持を集められることも実証されました。
+次にどのような政策が打ち出されるかの詳細は分かりません。楽観主義的な見方かもしれませんが、極端な政策が出てくることはないと思っています。  都知事選を見ていると多くの人々が、平等の欠如による格差拡大や不公平感、女性や子どもに対する支援の充実について、高い関心を持っていることが分かりました。つまり政治的には、こうしたテーマについて何かポジティブなことをやっていく、強いインセンティブになっているわけです。 もちろん、これからどのような政治や政党の勢いが増すのかについては分かりませんが。
Q:平等と開放性は、外的要因によって失われることもあります。日本でいえば、「北朝鮮情勢の不安定化」のように、二つのキーワードの価値観を全否定する存在が脅威として浮上すると、その脅威から自らの価値観を守るために、閉鎖的な政策にかじを切ることがあると思います。
A:確かに、外の脅威はいつの時代にもあります。今は北朝鮮やIS(過激派組織「イスラム国」)がそうで、欧州ではテロの脅威があります。 ですが、今がこれまでと違うのは、私たちの内部からこの二つのキーワードを衰退させる要因が生み出されているという事実です。
+私たちは「平等」と「開放性」がもたらした繁栄や強さをもう一度認識して、これまでの市場や社会の仕組みを再構築しなければならない時期にきています。 08年の金融危機を発端にした大惨事が、いかにして起きてしまったのか。それを振り返る必要があります。民主主義がカネで覆いかぶされてしまい、本来の民主主義の強さが半減されていなかったのか。富が一部の富裕層に独占されていなかったのか──。
+西洋の仕組みの脆弱さを正しく理解すれば、もう一度、私たちはかつての強さを取り戻すことができると考えています。
http://diamond.jp/articles/-/136184

次に、10月23日付け日経ビジネスオンラインがThe Economistの記事を転載した「デジタル時代、消費者は商品を「所有」できない 米国では「所有権」を取り戻す州法成立の動きも」を紹介しよう。
・かつて、「(ものを)所有」するということは、小切手を切るのと同じくらい単純な行為だった。何かを購入したら、それを所有することになった。壊れたら修理をするし、不要になったら売るか捨てる、といった具合だ。  一部の企業は、アフターサービス市場で儲ける技を編み出した。有料の長期保証を導入したり、メーカーが認定する修理店を展開したり、あるいはプリンター本体の価格は安く抑えて、定期的に買い替えが必要なインクカートリッジを高値で売りつけるといった手法を発案した。 ただ、利益をさらに絞り出すためのこうした手法が登場しても、何かを「所有する」という意味の本質が変わることはなかった。
▽今や消費者は「買った」商品の「使用を許されているだけ」だ
・ところが、デジタル時代においては、「所有」という概念はつかみどころのないものに変わってしまった。例えば、米電気自動車(EV)メーカー、テスラの最高経営責任者(CEO)、イーロン・マスク氏は、米ウーバー・テクノロジーズなどのライドシェア企業においてテスラのクルマを購入し、そのクルマを使ってウーバーなどの運転手が働くことを禁じている。
・あるいは米トラクターの「ジョンディア」を所有する人は、それを制御するソフトウェアをいじらないよう“推奨”されている。スマートフォンが登場して以来、消費者はデバイスの中のソフトに手を加える権利を奪われ、単にその使用を許されているだけ、ということを受け入れざるを得なくなっている。
・だが、デジタル化が進み、自動車や温度自動調節器、そして性具にいたるまで、あらゆる機器がメーカー側の都合でこれらの機器を自由にする権利がますます制限される中、誰が何を「どこまで所有し」、「コントロールできるのか」という問題が生じつつある。消費者は、今や最も基本的な「所有権」というものが脅かされていることを認識すべきだ。
・こうした最近の流れは、決して悪いことばかりではない。メーカー各社が、ますます複雑な技術により所有者の行動を制限しようとするのには、それなりに正当な理由がある。具体的には、著作権の保護だったり、機械の故障を防ぐことだったり、環境基準を満たすためだったり、ハッキングを防止するためといった理由がある。
▽ハリケーンに備え、遠隔操作でバッテリー寿命を伸ばしたテスラ
・場合によっては、メーカーがソフトを制御していることで、消費者が恩恵を受けるケースもある。例えば、9月に大型ハリケーン「イルマ」が米フロリダ州を襲った際、テスラは一部のモデルのソフトを遠隔で更新し、安全な場所へ避難できるようにバッテリーの寿命を延ばしたという。
・だが、商品にデジタルの面で様々な制限が課されれば課されるほど、商品の所有者よりも生産者の方が大きな裁量権を握るようになりつつある。これは、なかなか厄介な話だ。 どのクルマを買うかを選ぶだけでも難しいのに、そのクルマの使い方がどのように制限されるのか、また、どういった個人データをメーカー側が収集するのか、といったことをクルマの仕様から読み解かなければならないとなれば、なおさら困難だ。
・さらに、そうした仕組みによってメーカーの都合で商品が長くは使えないようになっていたら、消費者にとってはそれだけコストがかかることになる(注*1)。既に、スマホから洗濯機まで、あらゆる商品は修理がしにくくなっている。つまり、壊れたら修理されることはなく、廃棄されているのだ。 (注*1) 一部のスマートフォンは、電池がだめになっても電池だけを交換することができず、買い換えなければならないようなケースを指していると思われる)
▽家庭内の間取り情報を吸い上げる「ルンバ」
・消費者のプライバシーも脅かされている。例えば、米アイロボットの掃除機「ルンバ」が、床を掃除するだけでなく家庭内の間取りデータを収集し、メーカー側がそれを外部企業に売り込もうとしていると報じられた時は、ユーザーたちを愕然とさせた(しかし、アイロボットはそのような意図はないと強調している)。
・また、「ウィーバイブ」というバイブレーターを製造販売しているカナダのスタンダード・イノベーションは、そのユーザーに関する非常にプライベートな情報を収集、記録していることがハッカーによって暴かれた。これを受けて、同社は、原告1人当たり最大127ドル(約1万4300円)、総計で最大320万ドル(約3億6100万円)を支払うことで示談に同意した。
・さらに、トラクターのジョンディアについては、メーカーが認定したソフトしか使用が認められていないことに対し、農家側が反発している。問題が発生した場合、遠く離れた修理店まで行かなければならないため、繁忙期に故障が起きたら商売上、大きな痛手を被る可能性があるというのだ。一部の農家は、ユーザーが自分で直せないように組んであるソフトの制限を解除してある。制限を回避するために、東欧で開発されたソフトを利用しているという。
・こうしたメーカー側による消費者のプライバシーへの介入を前に消費者たちは、自分たちの所有権というものを注意深く守らなければならないことを改めて認識すべきだ。 自分の「所有物」に手を加え、改造したければ好きなように改造できる権利、そして、そこから収集されるデータを誰が使っていいのかを決める権利に至るまで、闘ってでも守らなければならない。
▽米国の十数の州では「修理する権利」を法制化する動きも
・米国ではこうした考え方が浸透し、「修理をする権利」というのを定めるための法案が十数の州で検討されている。また、欧州議会は、洗濯機などの製品をもっと修理しやすくするようにメーカーに働きかけている。  フランスの家電メーカーは、予想される耐用年数を買い手に伝えることを義務付けられている。それによって、修理しやすいかどうかがある程度わかるというわけだ。
▽デバイスによって得られる「自由」が損なわれる
・さらに、規制当局はもっと競争を促すために、メーカーが認定する修理店と同様に、独立系の修理店も商品に関する情報やスペア部品、修理ツールなどを入手できるようにするべきだろう。これは既に自動車業界では当たり前のルールとなっている。
・「所有」という概念は決して消滅しつつあるわけではない。その意味が変化しつつあるだけに、今よく考える必要があるということだ。 概してスマホをはじめとしたデバイスは、それを使う人にとって、様々なやりたいことを実現させるための手段という前提で販売されている。しかし、それが他の誰かにコントロールされているとなれば、せっかくそのデバイスの入手によって新たに手にした自由が損なわれてしまうことを意味する。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/224217/101900144/?P=1

第一の記事で、 『西洋の繁栄を支えた二つのキーワードである「平等」と「開放性」が、衰退の危機にある・・・トリガーは、2008年のリーマンショックによって引き起こされた金融危機』、 『元凶となった金融機関の経営陣や富裕層は生き残り、責任者が罰せられることはありませんでした。所得の低い人々を中心に被害を受けたということです。多くの人々はそんな実態を見て、西洋的市場メカニズムに疑問を持ち、信頼は大きく揺らぎました。 この影響が政治に及び、西洋の繁栄の基礎となった平等や開放性に対する信頼が地に落ちることになり、今は危険な状態にあります・・・そこで、ドナルド・トランプ米大統領は選挙戦で、「忘れ去られていたアメリカ人のために」ということを強調して、支持を得たわけです』、との鋭い指摘はさすがエモット氏ならではである。 『日本でも平等については衰退していると思います・・・ですが、開放性については衰退しておらず、米国や英国のように閉鎖的な方向に進んでいるわけではありません』、との日本の開放性についての指摘には違和感がある。 『日本政府が最近通した法律(共謀罪や特定秘密保護法等)の中には、監視社会を強める法律があります。監視する力が増すということは、政府の力が増すということ。将来的に平等や開放性が損なわれる脅威であるといえると思います。 こうした政府の動きには、日本国民は抵抗しなくてはならないのではないでしょうか』、 『08年の金融危機を発端にした大惨事が、いかにして起きてしまったのか。それを振り返る必要があります。民主主義がカネで覆いかぶされてしまい、本来の民主主義の強さが半減されていなかったのか。富が一部の富裕層に独占されていなかったのか──。』、などの指摘はその通りだ。
第二の記事で、 『今や消費者は「買った」商品の「使用を許されているだけ」だ』、との指摘は、これまで、自分では気づかなかったが、言われてみれば確かにその通りだ。ただ、日本ではかつて、湯沸かし器の不正修理で死亡事故が起きたこともあり、所有権が完全にはないことが一概に不合理な訳ではない。 『ハリケーンに備え、遠隔操作でバッテリー寿命を伸ばしたテスラ』、はいいとしても、 『家庭内の間取り情報を吸い上げる「ルンバ」』には、驚かされた。 『米国の十数の州では「修理する権利」を法制化する動きも』、というは、日本も見習う必要があるだろう。
今日は、「資本主義」とおおげさなタイトルをつけた割には、その端をかすっただけで終わってしまったが、今後、よりふさわしいネタが出てきてほしいものだ。
タグ:資本主義 ビル・エモット 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン The Economist (知日派エモット氏:「衰退する西洋と日本の共通点」、デジタル時代、消費者は商品を「所有」できない 米国では「所有権」を取り戻す州法成立の動きも) 「衰退する西洋と日本の共通点」知日派エモット氏語る ビル・エモット(国際ジャーナリスト)特別インタビュー」 『「西洋」の終わり』 日本や欧米先進国の繁栄の基盤となった「平等」と「開放性」が、衰退の危機にあると警鐘を鳴らしている トリガーは、2008年のリーマンショックによって引き起こされた金融危機だと考えています 元凶となった金融機関の経営陣や富裕層は生き残り、責任者が罰せられることはありませんでした。所得の低い人々を中心に被害を受けたということです 多くの人々はそんな実態を見て、西洋的市場メカニズムに疑問を持ち、信頼は大きく揺らぎました。 この影響が政治に及び、西洋の繁栄の基礎となった平等や開放性に対する信頼が地に落ちることになり、今は危険な状態にあります ドナルド・トランプ米大統領は選挙戦で、「忘れ去られていたアメリカ人のために」ということを強調して、支持を得たわけです 日本でも平等については衰退していると思います 開放性については衰退しておらず、米国や英国のように閉鎖的な方向に進んでいるわけではありません 共謀罪や特定秘密保護法等 日本政府が最近通した法律の中には、監視社会を強める法律があります。監視する力が増すということは、政府の力が増すということ。将来的に平等や開放性が損なわれる脅威であるといえると思います こうした政府の動きには、日本国民は抵抗しなくてはならないのではないでしょうか 08年の金融危機を発端にした大惨事が、いかにして起きてしまったのか。それを振り返る必要があります。民主主義がカネで覆いかぶされてしまい、本来の民主主義の強さが半減されていなかったのか。富が一部の富裕層に独占されていなかったのか──。 「デジタル時代、消費者は商品を「所有」できない 米国では「所有権」を取り戻す州法成立の動きも」 一部の企業は、アフターサービス市場で儲ける技を編み出した 今や消費者は「買った」商品の「使用を許されているだけ」だ メーカー各社が、ますます複雑な技術により所有者の行動を制限しようとするのには、それなりに正当な理由がある。具体的には、著作権の保護だったり、機械の故障を防ぐことだったり、環境基準を満たすためだったり、ハッキングを防止するためといった理由がある。 ハリケーンに備え、遠隔操作でバッテリー寿命を伸ばしたテスラ 家庭内の間取り情報を吸い上げる「ルンバ」 家庭内の間取りデータを収集し、メーカー側がそれを外部企業に売り込もうとしていると報じられた バイブレーターを製造販売しているカナダのスタンダード・イノベーション 非常にプライベートな情報を収集、記録していることがハッカーによって暴かれた メーカー側による消費者のプライバシーへの介入を前に消費者たちは、自分たちの所有権というものを注意深く守らなければならないことを改めて認識すべきだ 米国の十数の州では「修理する権利」を法制化する動きも メーカーが認定する修理店と同様に、独立系の修理店も商品に関する情報やスペア部品、修理ツールなどを入手できるようにするべきだろう
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

日本経済の構造問題(その4)(「人を大切にする日本企業」はウソ、One JAPAN「第二の労組」か「救世主」か、「ビジネスモデル革命」に中国が成功し 日本が乗り遅れる理由) [経済]

日本経済の構造問題については、8月1日に取上げたが、今日は、(その4)(「人を大切にする日本企業」はウソ、One JAPAN「第二の労組」か「救世主」か、「ビジネスモデル革命」に中国が成功し 日本が乗り遅れる理由) である。

先ずは、8月24日付けダイヤモンド・オンラインが、元マッキンゼーのディレクターおよび日本支社長で早稲田大学ビジネススクール教授の平野正雄氏と、マッキンゼージャパンて、コンサルタントを経て独立し、人材育成や組織改革に関するコンサルタントをしている伊賀泰代氏の対談を掲載した「平野正雄氏&伊賀泰代氏が喝破「人を大切にする日本企業」はウソ 平野正雄・早稲田大学ビジネススクール教授&伊賀泰代・組織・人事コンサルタント【特別対談・後編】」を紹介しよう(▽は小見出し、+は発言内の段落)。
・マッキンゼー日本支社長などを経て現在早稲田大学ビジネススクールで教鞭をとり、『経営の針路』を上梓した平野正雄氏。かたやマッキンゼーで採用担当を務めたのち、組織・人事コンサルタントとして活躍し、著書『採用基準』、『生産性』などの著書で組織・人事コンサルタントとして活躍中の伊賀泰代氏が、日本企業がこれから進むべき方向性や経済、組織改革について語る対談の後編。人をどう育てるかに話題は移り、人を大事にする日本企業のウソが暴かれる。
▽“Good is the enemy of great.”が通じない日本企業の役員
・伊賀 平野さんの本では人材育成についても詳しく書かれていました。日本企業は人を大切にすると言うが、それはウソだという指摘。私もまったく同感です。
・平野 先日、日本の超一流といわれている大企業の役員研修を担当しました。たぶん日本ではいいところにお勤めといわれる会社、まして、そこで役員にまでのぼりつめたなら万々歳といった会社です。役員研修に出向くと、なるほど「成功したサラリーマン」としてのプライドと余裕の雰囲気がありました。それで、僕は色々な世界企業の改革事例などを話したうえで研修の最後に”Good is the enemy of great. ”と大きく書かれたスライドで締めくくったんですが、「はあ?」という感じできわめて反応が薄かった(笑)。
+あなたたちはグッドでそれで満足しているかもしれないけれど、役員たるものはグレートを目指さなければだめだというメッセージです。「サラリーマンとして大会社に入って役員まで到達したのだから、悪くない人生だよな」とか、「ウチの会社は日本では一流会社で、今年は最高益も出てるし、頑張ってるよな」という「Good company, Good life」で満足せずに、役員たるもの「Great company, Great life」を目指してほしいのです。つまり、グッドはグレートになるための敵、つまり、偉大(great)な企業になれないのは、ほとんどの企業がそこそこ良い(good)に甘んじているからなのです。
+また、二つの企業のケースを出しました。ひとつはスマートフォンをつくっている、ファーウェイという世界一の通信機器会社。上場はしていないけれど、強烈なリーダーシップで世界を牽引しようというファミリーカンパニーです。もうひとつは米国のダナハーという、買収のみで大きくなって、買った会社にトヨタ流の改善を徹底的にやりとげて、バリューアップさせ、徹底的な合理性で急伸している会社です。でも、そのケースについて議論してもらったあとのフィードバックは、「我々に無関係だと思った」とか「あんまり参考にならなかった」というものです。学びの姿勢の薄さに衝撃でしたね。会社の決まりだから研修を受けているに過ぎないのです。
・伊賀 「Good では生き残れない」という意識が役員レベルでも共有されていないということでしょうか。世界ではどれだけ熾烈な競争が行われているのか、実感として理解されていないのかもしれません。
・平野 さきほど(前編)のデット経営ではありませんが、日本の優良企業のトップの「自分も会社もgoodでいい、そこそこの現状維持でいい」という意識が、会社の成長を阻害しています。これに対して、テスラ、グーグル、アマゾン、アリババなどの新興企業はもちろん、GEやJ&Jなどの伝統企業もいかにしてグレートになるのか、高い目標を掲げて邁進しています。
+何が違うかというと、CEOが「世界を変える」とか「実現したい世界」という明確なビジョンと野心を持っている。株主の期待をはるかに超えたところを目指しているので、配当もせず、議決権も渡さず、株主の言うことなんか聞いていられるか、自分はもっと先の未来を見ているんだ、という態度です。
+日本企業はかつて株主の影響力を排除して長期経営をやっていたら経営が緩んで、今、株主を意識した経営をしろ、と市場や役所に言われている。でも世界企業は、むしろ株主の影響力を排除してまで、長期視点で果敢なイノベーションに挑んでいる。なんだかな、という感じです。
▽そこそこの現状維持を重んじるデット文化の日本
・伊賀 そこの理解、とても大事だと思います。いまだに日本の経営層には「株主の要求ばかりを意識していると、長期的な成長ができない」といった認識が残っていたりしますが、今や世界を席巻している企業のトップはみんな、「株主の期待値なんて低すぎる」と考えていますよね。
+で、それに引っ張られて株主側の期待値も引き上げられてしまい、グレートカンパニーであるGEでさえも、ビヨンド・グレートになりきれていないと批判されてしまう。世界では、グレートかビヨンド・グレートかという比較になっているのに、日本ではいまだに「いい会社(グッド・カンパニー)であり続けること」が目標にされていたりする。
+これ、平野さんの本にあった、デット文化とエクイティ文化の違いの話が関係してるんだと思います。日本は経営者までもがデット文化で、利子がきちんと払えてデフォルトしない経営を目指している。だからリスクを取って次の大成長を狙いに行こうという意欲が高くない。でも、単一の競争市場で成長志向の人と現状維持の人がいれば、後者は遠からず淘汰されてしまいます。
+グローバル企業のトップに日本人がほとんどいないというのも、それを表しているように思います。欧米のグローバル企業のトップに就く人の中には、インドや中国など中進国出身者や、小国の出身者が少なくない。なのに、日本人はほとんどいません。
+「新卒で入った日本企業で最後は部長くらいにまではなりたいな」くらいのところで目標が止まってしまい、グローバル企業のリーダーを目指すなんて別世界だと思っているんですよね。これも大きな果実を得るためリスクを取るより、失敗しない人生のほうがいい、というデット文化の表れかなと。
+もちろん日本人全員が世界を目指す必要はないけど、少なくとも社会のリーダーを目指す2割くらいの人にとっては「舞台は当然、世界全体」という感覚が、わざわざ口にしなくてもあたりまえになってほしい。
・平野 また、日本の優秀な若者は、財閥系や公共系の会社に就職する傾向がまだまだ強いということもありますね。ただ、ここで声を大にして言いたいことは、日本企業が人を大切にするというのは大ウソだ、ということです。実際は、優秀な人を飼い殺しにしているだけです。
・伊賀 それは私も『採用基準』や『生産性』の中で何度も指摘しています。セクハラ防止や部下の健康管理の方法など「問題を起こさないようにするための研修」と、偉い人を呼んで講演をしてもらうといった目的や効果の不明確な研修が多く、次世代のリーダーを育てるための実務的、継続的な育成プログラムがほとんどありません。
・平野 伊賀さんにも興味を持ってもらえると思ったデータ(右図表参照)を『経営の針路』で紹介していますが、日本の企業が組織開発と人材教育にかける投資額は、他の先進国に較べて格段に低いのです。
・伊賀 確かにこのデータ、すごく面白かったので、いろんな人に紹介しました。あと額だけでなく、「人材育成への投資とは何か」という中身についても理解が進んでいません。よくあるのは「英語研修に補助を出す」「会計知識をつけるための通信教育費を出す」などですが、実際には人に投資をするというのは、時給の高い人、つまり経営者がどれくらい人材育成に時間を使うか、という話です。
+あとは、優秀な人材が本業に集中できるよう、付加価値の低い事務作業を最小化するための投資。これをやらないから、日本ではできるかぎり自分の専門分野に集中すべきコア人材が、毎月何時間も事務的な書類仕事に時間を奪われている。人を育てるための投資とは何のことなのか、本質的な部分も理解されていないと感じます。
・平野 YouTubeにGEのジャック・ウェルチのインタビューがアップされています。ウェルチは、事業のためなら血も涙もなく人を切ることで有名でした。「人だけを消して建物は残す中性子爆弾」になぞらえて「ニュートロンジャック」と揶揄されてきた人です。そのウェルチが「GEとは何ですか」と聞かれて、“My product is people.”、つまり「人だ」と答えている。
+リーダーを育成することが自分たちの使命で、経営の中枢は人だと。GEは120年あまりの歴史上10人しかトップがいない。長い時間をかけてリーダーを育成することこそが経営の中枢にあり、その結果、事業は成功し、企業が成長する。場合によっては、事業はすっかり入れ替えてもいい。なぜなら事業は競争状況や技術の変化によって成長の限界を迎えるから。リーダーシップ人材こそが経営の核であり、企業の持続的発展をもたらすものだ。だからリーダーの育成にトップの時間も会社の費用も傾ける。人を中心にした経営とは、そうあるべきです。
・伊賀 欧米の企業には長期の人材教育を根幹に据えた企業が多く、企業内大学も多いですよね。ヨーロッパ屈指のビジネス大学であるIMDもネスレが母体ですし。
・平野 人は採ったら適当にローテーションして、社内の評判と、ちょっとした業績とを合わせて役員候補にして、そして慌ててリーダー教育をする。日本ほど人を大切にしていない経営はないんじゃないか(笑)。
・伊賀 私もよく、「役員向けにリーダーシップの講演を」といった依頼を受けるのですが、いったいどういうことなのかと思います。リーダーシップを今から学ぶような人が役員になっていていいんでしょうか(笑)。彼らはむしろ、次世代のリーダーを育てるべく、リーダーシップを発揮している側の人のはずです。 講演なんて聴いているヒマがあったら、次の経営層である部長たちをグローバルな事業を率いるリーダーにするために、これからどんな経験をさせるべきなのか、そういったことを考えるのに時間を使うべきです。
・平野 おっしゃる通りでね、僕はマッキンゼーのパートナー(役員)を選ぶ委員会の委員をやっていたことがありました。当時は年間70人ぐらいパートナーを選ぶのに、年に2回選抜をします。僕は遠く離れたヒューストンとアトランタとメキシコシティのオフィスが担当だったのですが、それぞれの地に行って、候補者にインタビューして、来歴や業績を全部理解するというのにまず最低1週間かける。そして整理したものを持ち寄って委員が集まって、誰をパートナーにするか決める会議を、最低1週間かけてやる。
+なぜなら、パートナーの選抜とは「マッキンゼーの未来を作ること」だという重大な使命感がそこにあるから。それが年に2回ということは4週間で、その準備の資料を作ることも入れると、結局年に1ヵ月強を、現役のシニアコンサルタントが人のフェアな評価と会社のために時間を使う。リーダーの育成と選抜とは、そのくらい会社の根幹なわけですよね。
・伊賀 役員クラスの人間があれだけの時間を人材育成のために使う、というのは、私も驚きました。日本企業は人への投資に熱心と言われますが、新入社員向けに長すぎるほどの研修を行い、それによって自社の社風に染めていくとか、現場の新人に細かい技能を身に付けさせるための指導といったものが多く、一定以上のポジションになった人を戦略的に育成するという意識はまだまだ非常に希薄です。
▽どこに向かって競争力を高めるか リデザインすることが組織改革
・平野 データでも出しましたが、人材への投資と並んで組織への投資もしていませんね。組織は単なる人を入れる箱で、それを定期的にいじって、こっちの箱の人をこっちに移すとか、この2つの箱を一緒にするというのが、日本の組織改革なんですよ。
+組織を革新していくことがどれだけ経営にとって重要か。組織を革新するということは、働き方そのものを変えていくことです。働き方を変えて、人の評価のしかたを変えて、戦略に合わせて、その組織のモデルを変える。全般にどこへ向かって競争力を高めていくかをリデザインすることが組織改革です。でも、日本企業はその意識が非常に低い。だから人材教育とともに組織開発にも時間もコストもかけない。単なる部の統廃合でしかない。
・伊賀 社内の電話番号表の構成を定期的に変えているだけ、みたいな(笑)。
・平野 人を育てることを経営の中枢に置くという重要性。それから組織そのものが競争力に直結するという理解。この2つが決定的に日本の企業には欠けていましたね。
+それからいまの時代、世界的に富の格差が大きくなって、資本主義や市場主義の問題が露になっている。また、巨大企業はグローバル化を推進して、超国家的な存在になってきている。そのとき、経営には第三の柱としてエシカルであること、倫理性というものが重要になってくる。これはエコノミーを見る時のように数字で測定不可能だし、コンプライアンスのようにルールを守ってさえいればいいということでもない。誰かに決めてもらうものではなく、うちの会社はこういう理念でこういう価値観なのだと、自分たちで決めるものですね。そしてその企業の理念や価値観が組織に浸透することで、はじめて多様性のある人々をまとめていくことができる。
+そのためにも、人材教育や組織改革を通して、その理念や価値観、この会社にいる意味はなにか、われわれは社会に対してなにをすべきか、ということを共有していくような組織、経営になっていくべきですね。それはもちろん細かいルールではなくて大きな根幹部分の価値観を理解したら、あとは個々人がそれに沿って行動したり考えたりするというものです。それには、伊賀さんの本でいうように、一人ひとりがリーダーシップを持たなくてはならないのはいうまでもありません。
・伊賀 これからの企業経営を考えるための平野さんの本で、最終的な処方箋のひとつとして組織や人材育成という分野にスポットが当たったことは、その分野を専門とする私にはとても嬉しいことです。そういえばマッキンゼー出身の茂木敏充経済担当相も「人づくり革命」をスローガンに掲げていらっしゃいますし、今後は日本でも、もっと本質的な意味での人材育成に注目が集まるといいなと思います。今日はどうもありがとうございました。
http://diamond.jp/articles/-/139124

次に、10月12日付け日経ビジネスオンライン「One JAPAN「第二の労組」か「救世主」か 次々に生まれ始めた「共創」」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・大企業の若手・中堅有志が集う団体「One JAPAN」。パナソニックや富士ゼロックス、NTTグループ、トヨタ自動車、ホンダ、JR東日本、三菱重工業、富士通、日本郵便など名立たる大企業の有志が、参加団体としてずらりと並ぶ。 彼らはみな、「大企業病」を憂う。「新しいことをやってはいけない空気」「イノベーションを起こせない空気」の中でもがき、悩む。その打破を狙う。
・「若手が集まっただけでは何も変わらない」「企業に対して意見を言うばかりで『第二の労働組合』に過ぎない」「ずっと前から同じような取り組みはあった。今さら注目する必要はない」。当初、彼らに対して、こんな辛辣な批判があったことは確かだ。 2016年9月の発足から1年。彼らの「現在地」を追った。
・壮観だった。 9月10日、秋葉原UDXのイベントスペースは800人以上の参加者であふれ、立ち見が出た。人気アイドルのライブではない。大企業若手の有志団体「One JAPAN」の1周年イベントである。その冒頭、代表の濱松誠(パナソニック)は、One JAPANの「現在地」を見せるための“仕掛け”を用意していた。参加する45団体の代表全員を、いきなり壇上に上げたのである。
・スクリーン上に所狭しと写された各企業のロゴとともに40数人が並び、頭を下げると、会場から自然と拍手が起こった。日本を代表する企業がずらり。「組織、立場を越えて、僕たちはつながり始めた」。濱松はこう言って胸を張った。 大企業若手・中堅の有志が集まり、大企業同士のコラボレーションや働き方の提案などを実践する共同体として産声を上げたOne JAPAN。発足1周年のイベントで、濱松が改めて語った「価値」はこうだ。 1)大企業同士が組織を越えた共創を生み出せること、2)One JAPANで得た気付きを持ち帰り、自社の変革ができること。「この2つの役割をそれぞれ持つ組織はあるが、2つを併せ持つ組織はない。これが何より我々のユニークネスなのだ」と。
・One JAPANは、それぞれの大企業が企業内で持つ若手の有志団体が集まった共同体である。新規事業開発の担当者やエンジニア、マーケティング、営業、デザイナーなど、参加者の職種は様々だ。 1年前の発足時、26だった参加団体は45まで増え、それぞれの参加団体の人数を単純合計すると1万人を有に超える。それぞれの団体を飛び越え、この1年でOne JAPANの活動に実際に参加した人数(アクティブユーザー数)は1000人以上に登る。
・異なる企業の若手が、これだけの規模でともに活動する取り組みは歴史上、類を見ないだろう。1周年イベントに集まったのは若手だけではない。各企業の幹部クラスを始め、その注目は若手から幅広い世代に拡大している。
▽若手が集まっただけ、という批判
・ただし、発足時からOne JAPANに対して批判の声は根強い。 「若手が集まったことで、声が大きいように見えるだけ。会社に要求を突きつけるだけの『第二の労働組合』とみることもできる」「現に、彼らはまだ何も成し遂げていない」。本誌の取材に対し、ある製造業の幹部はこういい切る。 若手からも反発がある。別の製造業の若手社員は「彼らは目立ちたがりというか、単に意識が高い系というか…。『まずは社内で結果出せよ』って思います。私には興味がないし、(One JAPANに)入りたいとは思わない」と言う。
・何をもって「成し遂げた」と表現するかは難しい。 確かにOne JAPANは実際に製品やサービスを形にし、一般消費者に届けられるステージには到達していない。ただ、それを持って彼らの活動を批判するのは早計に過ぎる。
・1周年イベントのこの日、濱松は1年間の成果として、徐々に生まれ始めたコラボレーションを一番に挙げた。その実例を見ていこう。 禅寺にいたのは、2人のキャビンアテンダント(CA)と、“ロボット”だった。9月上旬、神奈川県鎌倉市の建長寺で開かれたイベント「ZEN2.0」に、一風変わったブースが展示され、行列ができた。
・このイベントは、「マインドフルネス」の国際会議。マインドフルネスとは瞑想をベースとしたプログラムであり、シリコンバレー企業なども注目する訓練法の一つである。 持ち込んだ3席の機内シートに座った一般参加者に、ANAのCAが脳波を計測するヘッドセットを取り付ける。“瞑想”の始まりだ。
▽One JAPANから生まれた“ロボット”
・「ゆっくり深呼吸をしてください」。設置されたロボットの語りに従って、体験者がリラックスを始めた。3分間の瞑想の間、ヘッドセットが脳波を計測し、そのデータを計算してスクリーンに映像が映し出された。 個人の脳の状態をもとに、スクリーン上に「ダリア」や「百日草」、「クチナシ」などの花が咲いていく。体験者の精神状態によって、花の大きさや色味が変化する仕組み。刻々と変わる瞑想の度合いが数字で映し出される。
・このコミュニケーション・ロボット「CRE-P(クリップ)」は、One JAPAN内のコラボレーションで生まれた。東芝の音声認識技術や広告代理店マッキャン・ワールドグループのデザインスキルなどを持ち寄った。ベンチャー企業リトルソフトウェアの感情認識AI(人工知能)などOne JAPAN外の技術も活用する。
・このプロジェクトに、One JAPAN参加企業であるANAも加わった。One JAPANに所属する小野澤綾花(ANAホールディングス)はこう言う。「きっかけはOne JAPANでの何気ない会話だった。クリップの存在を知って、『これならうちの会社でも何かできることがあるんじゃないか』って考えた」。上司に提案して、数ヶ月でブース展示までこぎつけた。
・ANAグループは飛行機に乗った後も疲れない「乗ると元気になるヒコーキ」プロジェクトを進めている。マインドフルネスの活用はこのプロジェクトの一環である。 ANAがマインドフルネスを実際に機内に取り入れるかは未定だが「体験会などをうまく使って、消費者からのフィードバックをデータとして溜めて行きたい」と小野澤は話す。
・小野澤の上司であるANAホールディングスデジタル・デザイン・ラボの津田佳明チーフ・ディレクターは「我々の部署は既存事業にとらわれずに新しい挑戦をするのが役割。他社とのコラボレーションを含め、部下には『とにかく自由にやってくれ』と言っている」と話す。こうした企業の姿勢とOne JAPANの自由な議論が、うまく噛み合い始めた。 クリップだけではない。One JAPANが大企業同士の技術を結ぶ存在として機能した例は他にもある。
▽富士通研究所が500万円を拠出
・8月中旬の東京・代官山。猛暑日のこの日、所属の異なる大企業の若手7~8人が、貸しキッチンスペースに集まった。AR(拡張現実)グラスを装着した女性がキッチンに立つ。調理法の指示をしているのはロボットだった……。 チームが結成されたのはその2週間前。8月4日にOne JAPANが初めて開いたハッカソンで出会った。ハッカソンとは、「ハック」と「マラソン」を組み合わせた造語で、あるテーマに基いて参加者がマラソンのように数時間から数日かけてアイデアを練り、競うイベントを指す。
・この日のテーマは「家族」。チームを結成したら3週間程度の準備期間を経て、8月25日に開く発表会で1位を決める。 One JAPANらしいのは、このハッカソンに参加企業がそれぞれの技術やサービスを事前提供したこと。ミサワホームはハッカソンの実験場となる住宅を実際に用意し、読売新聞は女性向け掲示板である「発言小町」の膨大なテキストデータを提供。その他にも、ロボットや通信用デバイスなど10以上の技術がずらりと並べられた。
・参加者はOne JAPANの参加者やその紹介を受けた大企業の若手。普段から技術やサービスに対する感度が高い彼らにとって、こうしたアイデア出しは“十八番”である。 この枠組みに、富士通の子会社である富士通研究所が乗った。「優れたアイデアには、発展させるための資金として総額500万円を拠出する」。ハッカソン会場の貸出しや運営も同社が買って出た。 有志団体の取り組みに、企業が本格的に正対し始めたのである。
・“お袋の味”を記録して再現したい――。8月4日の個人によるアイデア出しで、個性的なプレゼンをしたのが末田奈実(富士ゼロックス)だった。彼女のアイデアに興味を持ったり技術を提供したいと思ったりした数人が集まって、チームができあがった。 2週間程度の議論で、提案の骨格が固まった。母親が使う調理器具に加速度センサーや温度センサーを設置、母親には筋電位センサーを付けて、それぞれのデータを取る。それをAI搭載ロボットに記憶させる。
・実際に調理する際には、ARグラスに母親の作業の様子が自分の手に重ね合わさったように表示される。ロボットの音声と映像をもとに調理を進める仕組み。将来的には、介護サービスや高齢者の見守りへの適用も視野にビジネスモデルを探っていく――。
・8月25日。最終発表会に参加したチームは21。単なるアイデアではなく、それぞれが実際のモックアップを使ってプレゼンする様子に、富士通研究所幹部からも感嘆の声が挙がった。 21チームの中で、「cooklin’」と名付けた末田チームの案は最優秀に輝いた。One JAPANと富士通研究所の支援を受けながら、実際の事業化や製品化を目指して既に動き出し始めた。
・10月3日に開幕した国内最大の家電・IT関連の見本市「CEATEC(シーテック)ジャパン2017」。One JAPANは有志団体でありながら、シーテックでブースを展示した。 AI搭載ロボットのクリップに加えて、東芝デジタルソリューションズの音声合成技術と朝日新聞社のスマートフォン向けニュースアプリを組み合わせた試作品や、ハッカソンから生まれたインターホンと画像認識技術を組み合わせるサービスなどを展示した。
・One JAPANは、その一つ目の目的である「共創」のプラットフォームとしての存在感を強めつつある。  共同発起人である大川陽介(富士ゼロックス)はこう言う。「まず(One JAPAN内の)人の信頼があって、その上で自分たちが持っているリソースを持ち寄って『こんなことができるんじゃないか』と考え始める。だからこそ、すぐに動ける。自分の意思で動ける」
・これまで見てきたコラボレーションは、One JAPANの公式なイベントだけでなく、ふとした会話や人の紹介など、ゲリラ的に始まって数カ月で企画化し、それぞれの企業の稟議を通して形になったものばかり。「この指止まれ」で立ち上がる数々のプロジェクトは、何より大企業特有の遅々とした意思決定とは無縁である。
・前述の通り、批判はあろう。クリップにしろcooklin’にしろ、One JAPANは製品化にこぎつけていない。ただし、まだ発足1年である。 共同体ではなく、「実践」共同体――。One JAPANはこの言葉にこだわる。  だからこそ、彼らは共創についても「もっと挑戦しなければ」(代表の濱松)と謙遜する。「何も成し遂げていない」。この批判は、今後数年先に「実践」される成果を前に意味をなさなくなる可能性がある。
・次回は、発足1年を振り返り、今のOne JAPANの課題を共同発起人3人へのインタビューから明らかにする。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/100600170/100600001/?P=1

第三に、大蔵省出身で早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問の野口 悠紀雄氏が10月23日付け現代ビジネスに寄稿した「「ビジネスモデル革命」に中国が成功し、日本が乗り遅れる理由 いつの間にこんな差がついたのか…」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・中国では、フィンテック関連で新しい事業が続々と誕生している。価値の高いスタートアップ企業の数でも、中国はアメリカと拮抗する状態になっている。 500年前、官僚帝国である明は、優れた技術を持ちながらそれをフロンティア拡大に用いず、ヨーロッパに後れをとった。現在の中国が社会主義経済の残滓を引きずっていることは事実だ。しかし、最先端技術の面では、目覚ましい躍進を実現している。
・日本が長く模範としてきたドイツは、モノづくり一辺倒から脱却できずに、情報技術の進展に後れがちだった。しかし、ここ数年、スタートアップ企業が目覚ましく誕生している。IoTとの関連で、ドイツは生まれ変わるのかもしれない。 日本が古い産業や企業の体質から脱却するためには、人材の転換が必要だ。
▽中国は日本の66倍!
・まず、フィンテック(金融へのITの応用)関係のデータを見よう。 アクセンチュアのデータによって2016年のフィンテック関連投資額をみると、中国と香港の合計で102億ドルになった。これはアジア・パシフィック地域の投資総額112億ドルの実に91%だ。 日本は、わずか1億5400万ドルに過ぎない。中国・香港は、日本の66倍なのだ。「まるで比較にならない」というのが現状だ。
・Fintech100(フィンテック100社)は、国際会計事務所大手のKPMGとベンチャー・キャピタルのH2Venturesが作成するフィンテック関連企業のリストだ。2016年においては、アメリカが35社、中国が14社となっている。世界首位は電子マネーを提供するAnt Financial(後述)だ。 中国企業は、2014年は1社だけだったが、15年には7社となり、インターネット専業の損害保険会社の衆安保険(ZhongAn)が世界首位となった。 16年には、さらに中国企業が躍進しているわけだ。
・ところが、このリストに日本企業の名はない。ユニコーン企業で見ても、中国の躍進ぶりは著しい(「ユニコーン企業」とは、未公開で時価総額が10億ドル以上の企業)。 Sage UKがまとめた調査結果によると、ユニコーン企業数は、アメリカ144社、中国47社、インド10社などとなっている。 このように、中国ユニコーン企業の数は、アメリカのそれに近づいている。 ところが、日本のユニコーンは1社しかない。
▽中国ITを牽引する「BAT」
・中国のIT産業を支配しているBaidu(百度、バイドゥ)、Alibaba(阿里巴巴、アリババ)、Tencent(騰訊、テンセント)の3社は、「BAT」と呼ばれる。 バイドゥは検索とAI技術、アリババはEコマース、テンセントはソーシャル・ネットワーキング・サービスだ。 アリババはNY市場に、バイドウはNASDAQに上場している。アメリカ株のランキングとして、アリババは4位(時価総額 463億ドル)、バイドウは93位(91億ドル)だ。
・日本で時価総額が最大であるトヨタ自動車が、38位で時価総額が184億ドルであることと比較すると、BAT企業(とくにアリババ)の価値の高さが分かる。 「中国のフィンテック投資額が巨額」と上で述べた。この背後には、アリババ傘下の金融サービス企業Ant Financial Services Groupが、16年4月に45億ドルの資金調達をしたことがある。
▽もはや、モノマネではない
・BAT企業成長の背後に、中国政府がインターネットを外国から遮断して独自の国内マーケットを作ったこと、中国の人口が巨大であるために国内マーケットが巨大であること、という事情があることは間違いない。 そして、BATがこれまで提供してきたのは、アメリカで始まった新しいビジネスモデルのクローンでしかなかった。アリババはアマゾンの、テンセントはフェイスブックの、そしてバイドウはグーグルの、それぞれ「パクリ」だったのである。
・しかし、最近では、単なる模倣と言えない状況になっている。新しいサービスが次々と誕生し、それが急速に市民生活に浸透して、中国社会を変えつつあるのだ。 アリペイという電子マネーが中国で普及していること、それだけでなく東南アジアにも進出していることを、すでに述べた(「中国の『フィンテック』が日本のはるか先を行くのは当然だった」)。
・また、ビッグデータを活用できる点でも、BATは有利な立場にある。ビッグデータは、AI(人工知能)の発展には不可欠だ。AIを用いた自動車の自動運転が近い将来に可能になることを考えると、このことの意味は、きわめて大きい。
・「中国製品」というと、「安かろう、悪かろう」を想像する人が多い。そうしたものがいまだに多いことは事実だ。中国の製造業が、先進国との比較ではいまだに低い賃金の労働者に支えられているのは、まぎれもない事実である。 しかし、世界の最先端をゆく製品やサービスを供給できる企業が登場しているのも、事実なのである。
▽大航海に後れた中国。だが、いまは違う
・先に述べたように、大航海時代、官僚国家である明は、優れた技術を持ちながら、官僚国家であるためにそれを新しい社会の創出に用いることができず、ヨーロッパに後れをとった。 日本も同じ頃、遠洋航海ができる技術を持ち、東南アジアに進出し始めていたが、日本国内ではそうした人たちを異端視した。そして、江戸時代になってからの鎖国で閉じこもることになった。(参照・拙書『世界史を創ったビジネスモデル』第3章、新潮選書)
▽現代の中国はどうか?
・一方において、社会主義経済の残滓を引きずっている面がある。金融やエネルギー分野では、巨大国有企業の支配が続いている。 これら国有大企業は、「フォーチュン・ファイブハンドレッド」に名を連ねている。このリストにあるのは、売上高は大きいが、成熟企業であるため成長率は低い巨大企業だ。世界10位までのリストに、State Grid、China National Petroleum、Sinopec Groupという中国国有企業が入っている。
・政治とビジネスの癒着による腐敗も著しい。 共産党による一党独裁という政治体制が、市場経済という経済体制と根本的に相いれないことも間違いない。中国は、根源的なところで本質的な矛盾を抱えているのだ。
・しかし、それにもかかわらず、これまで見てきたように、新しい技術に支えられた新しいセクターが誕生しつつあることも事実だ。混沌と混迷の中から生まれてきたものは、すでに世界経済において無視できぬ地位を占めるに至っている。
▽ドイツはモノづくりに固執して後れた
・ドイツは、産業革命において先発国イギリスを追い抜いた。この状態は第2次大戦後も続いた。しかし、モノづくりに固執した。 1980年代、英米で新自由主義的な経済政策が取られ、自由な市場を基本とする経済活動が広がった。しかし、東ドイツは社会主義経済のままであり、西ドイツでも、「社会的市場経済」の考えが支配的だった。 そして1990年代からのIT革命においては、アメリカ、イギリス、アイルランドなど、マーケットを積極的に活用する経済に後れをとった。この点で日本と似ている。
・日本では、ドイツ経済がヨーロッパ経済を牛耳っているように報道される。しかし、経済成長率を見ても1人当たりGDPを見ても、イギリスやアイルランドに後れをとっている。 新しい産業の時代において、ドイツは立ち遅れつつあったのだ。
・ところが、この数年、ドイツでIT関係での先端的スタートアップ企業の誕生が目立つ。 スマートロックをブロックチェーンで運営するシステムを開発したSlock.itや、IoT(モノのインターネット)に対応したチェーンを開発するITOAなどのスタ―トアップ企業が注目される。 アクセンチュアの調査によると、2014年において、ドイツのフィンテック投資額は前年より843%増加した。 日本の伸び率が20%増でしかなかったのに比べると、大きく違う。
・上述したSage UKによる調査結果でユニコーン企業の数を見ると、ヨーロッパでは、イギリス(9社)が最多だが、ドイツ(6社)がそれに続く。都市別でも、ベルリン(5社)がロンドン(7社)に続く。 ベルリンは、ヨーロッパのシリコンバレーだと言われる。暫く前から、ベルリン郊外の町クロイツベルクは、世界で最もビットコインにフレンドリーな町だと言われている。
・IoTとの関係で、ドイツの製造業は生まれ変わるのかもしれない。 IoTは、インダストリー4.0という新しい産業革命を引き起こすとされている。宣伝文句どおりに捉えれば、その本質は、職人芸の延長線上にある従来のモノづくりの局所的、ミクロ的な最適化から脱却し、システム全体のマクロ的最適化を目的とするものである。 これは、思想の大きな転換だ。なぜドイツでこのような転換が生じたのか、大変興味深い。
・「IT分野で、日本は巨大な国内マーケットを持つ中国には太刀打ちできない」と考える人がいるかもしれない。しかし、ドイツを見るべきだ。ドイツの総人口は日本より少ない。そうであっても、以上で見たような変化が生じているのだ。
▽日本が転換するには、人材の転換が必要
・上で述べた中国とドイツの状況に対して、日本は、どのように対応すべきか? まず、日本の状況がどうなっているかを見よう。 日本人は、フィンテック、仮想通貨、ブロックチェーンの分野で、何に関心を持っているかと言えば、技術開発ではない。 前回述べたように、ビットコインの値上がりやICOによるトークンの値上がりで儲けることしか頭にない。ビットコインやICOを用いて新しいプロジェクトを起こそうとする動きは出てきていない(「ビジネスモデルの歴史的大転換に、日本だけが取り残されている」)。
・IoTについてもそうだ。これがマクロの最適化であるという視点はほとんどない。 IoTの本質が理解されていないことは、新聞等の報道で、「IoTとはすべてのモノをインターネットでつなげること」という説明がまかり通っていることを見ても明らかだ。 「すべて」をインターネットでつなげるのは、経済的に無意味であるばかりでなく、セキュリティホールを増やしてしまうという意味で、極めて危険なことだ。日本では、IoTは単に「センサーの需要を増やすもの」としてしか捉えられていない。
・このような状況を転換させる基本的な力は、人材だ。 まず、ハードウェア関連に偏っている日本の工学部教育を、ソフトウェア関連にシフトさせる必要がある。それだけでは十分でない。企業の人材もシフトさせる必要がある。これまでの日本の製造業で中心だったのは、モノづくりのエンジニアだ。それらの人々は、現在でも会社の意思決定に重要な影響力を持っている。上で述べたような変化に対応するには、情報分野の専門家が中心人材になる必要がある。
・日本の企業は、これまで、このような要請に対応できなかった。エレクトロニクス産業が劣化した基本的な原因は、そこにある。日本の技術が劣化したのではなく、技術の性格が変わり、そのシフトに日本企業が対応できなかったのだ。(参照・拙書『仮想通貨革命で働き方が変わる』(第4章)、ダイヤモンド社) 日本の企業が、要求される人材シフトに対応できるかどうかが、これからの日本の産業の命運を決める。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53215

第一の記事で、 『“Good is the enemy of great.”が通じない日本企業の役員』、というのは日本の経営者の目線の低さを象徴している。 『日本企業はかつて株主の影響力を排除して長期経営をやっていたら経営が緩んで、今、株主を意識した経営をしろ、と市場や役所に言われている。でも世界企業は、むしろ株主の影響力を排除してまで、長期視点で果敢なイノベーションに挑んでいる。なんだかな、という感じです』、というのも、目線の低さを象徴しているのかも知れない。 『ウェルチが「GEとは何ですか」と聞かれて、“My product is people.”、つまり「人だ」と答えている』、 『日本企業が人を大切にするというのは大ウソだ、ということです。実際は、優秀な人を飼い殺しにしているだけです』、 『組織は単なる人を入れる箱で、それを定期的にいじって、こっちの箱の人をこっちに移すとか、この2つの箱を一緒にするというのが、日本の組織改革なんですよ』、などは彼我の差を見事に指摘している。
第二の記事で、 『One JAPAN』のことを初めて知ったが、なかなか面白そうな取り組みだ。上手くいくことを祈りたい。
第三の記事で、 『BAT企業成長の背後に、中国政府がインターネットを外国から遮断して独自の国内マーケットを作ったこと、中国の人口が巨大であるために国内マーケットが巨大であること、という事情があることは間違いない・・・最近では、単なる模倣と言えない状況になっている。新しいサービスが次々と誕生し、それが急速に市民生活に浸透して、中国社会を変えつつあるのだ』、との指摘には、日本企業の立ち遅れに危機感を覚えざるを得ない。 『IoTについてもそうだ。これがマクロの最適化であるという視点はほとんどない。 IoTの本質が理解されていないことは、新聞等の報道で、「IoTとはすべてのモノをインターネットでつなげること」という説明がまかり通っていることを見ても明らかだ』、というのはその通りだ。  『ドイツはモノづくりに固執して後れた・・・この数年、ドイツでIT関係での先端的スタートアップ企業の誕生が目立つ』、も日本企業の立ち遅れを示している。ただ、日本として、 『ハードウェア関連に偏っている日本の工学部教育を、ソフトウェア関連にシフトさせる必要がある。それだけでは十分でない。企業の人材もシフトさせる必要がある』、というのは、対応策としては時間がかかり過ぎる。むしろ、現在の経営陣の考え方を切り替えさせるのが、先決なのではなかろうか。
タグ:baidu 野口 悠紀雄 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 1周年イベント 現代ビジネス alibaba Tencent 伊賀泰代 日本経済の構造問題 (その4)(「人を大切にする日本企業」はウソ、One JAPAN「第二の労組」か「救世主」か、「ビジネスモデル革命」に中国が成功し 日本が乗り遅れる理由) 平野正雄 平野正雄氏&伊賀泰代氏が喝破「人を大切にする日本企業」はウソ 平野正雄・早稲田大学ビジネススクール教授&伊賀泰代・組織・人事コンサルタント【特別対談・後編】 “Good is the enemy of great.”が通じない日本企業の役員 あなたたちはグッドでそれで満足しているかもしれないけれど、役員たるものはグレートを目指さなければだめだというメッセージです グッドはグレートになるための敵、つまり、偉大(great)な企業になれないのは、ほとんどの企業がそこそこ良い(good)に甘んじているからなのです 日本の優良企業のトップの「自分も会社もgoodでいい、そこそこの現状維持でいい」という意識が、会社の成長を阻害しています テスラ、グーグル、アマゾン、アリババなどの新興企業はもちろん、GEやJ&Jなどの伝統企業もいかにしてグレートになるのか、高い目標を掲げて邁進しています CEOが「世界を変える」とか「実現したい世界」という明確なビジョンと野心を持っている。株主の期待をはるかに超えたところを目指しているので、配当もせず、議決権も渡さず、株主の言うことなんか聞いていられるか、自分はもっと先の未来を見ているんだ、という態度です 日本企業はかつて株主の影響力を排除して長期経営をやっていたら経営が緩んで、今、株主を意識した経営をしろ、と市場や役所に言われている。でも世界企業は、むしろ株主の影響力を排除してまで、長期視点で果敢なイノベーションに挑んでいる。なんだかな、という感じです そこそこの現状維持を重んじるデット文化の日本 卒で入った日本企業で最後は部長くらいにまではなりたいな」くらいのところで目標が止まってしまい、グローバル企業のリーダーを目指すなんて別世界だと思っているんですよね 日本人全員が世界を目指す必要はないけど、少なくとも社会のリーダーを目指す2割くらいの人にとっては「舞台は当然、世界全体」という感覚が、わざわざ口にしなくてもあたりまえになってほしい ウェルチが「GEとは何ですか」と聞かれて、“My product is people.”、つまり「人だ」と答えている 日本ほど人を大切にしていない経営はないんじゃないか 組織を革新するということは、働き方そのものを変えていくことです。働き方を変えて、人の評価のしかたを変えて、戦略に合わせて、その組織のモデルを変える。全般にどこへ向かって競争力を高めていくかをリデザインすることが組織改革です One JAPAN「第二の労組」か「救世主」か 次々に生まれ始めた「共創」 One JAPAN 大企業の若手・中堅有志が集う団体 名立たる大企業の有志が、参加団体としてずらりと並ぶ 、「大企業病」を憂う。「新しいことをやってはいけない空気」「イノベーションを起こせない空気」の中でもがき、悩む。その打破を狙う 若手が集まっただけでは何も変わらない 企業に対して意見を言うばかりで『第二の労働組合』に過ぎない ずっと前から同じような取り組みはあった。今さら注目する必要はない 辛辣な批判 2016年9月の発足から1年 大企業同士が組織を越えた共創を生み出せること One JAPANで得た気付きを持ち帰り、自社の変革ができること この2つの役割をそれぞれ持つ組織はあるが、2つを併せ持つ組織はない。これが何より我々のユニークネスなのだ それぞれの大企業が企業内で持つ若手の有志団体が集まった共同体 、「マインドフルネス」の国際会議 富士通研究所が500万円を拠出 この指止まれ」で立ち上がる数々のプロジェクト 大企業特有の遅々とした意思決定とは無縁 「「ビジネスモデル革命」に中国が成功し、日本が乗り遅れる理由 いつの間にこんな差がついたのか…」 中国では、フィンテック関連で新しい事業が続々と誕生 Fintech100 アメリカが35社、中国が14社 日本企業の名はない Sage UK ユニコーン企業数は、アメリカ144社、中国47社、インド10社 日本のユニコーンは1社しかない 中国ITを牽引する「BAT」 BAT企業成長の背後に、中国政府がインターネットを外国から遮断して独自の国内マーケットを作ったこと、中国の人口が巨大であるために国内マーケットが巨大であること、という事情があることは間違いない 最近では、単なる模倣と言えない状況になっている。新しいサービスが次々と誕生し、それが急速に市民生活に浸透して、中国社会を変えつつあるのだ ビッグデータを活用できる点でも、BATは有利な立場にある 世界の最先端をゆく製品やサービスを供給できる企業が登場しているのも、事実なのである。 中国は、根源的なところで本質的な矛盾を抱えている 新しい技術に支えられた新しいセクターが誕生しつつあることも事実だ 混沌と混迷の中から生まれてきたものは、すでに世界経済において無視できぬ地位を占めるに至っている ドイツはモノづくりに固執して後れた この数年、ドイツでIT関係での先端的スタートアップ企業の誕生が目立つ ユニコーン企業の数 イギリス(9社)が最多だが、ドイツ(6社)がそれに続く IoTは、インダストリー4.0という新しい産業革命を引き起こすとされている IoTの本質が理解されていないことは、新聞等の報道で、「IoTとはすべてのモノをインターネットでつなげること」という説明がまかり通っていることを見ても明らかだ IoTについてもそうだ。これがマクロの最適化であるという視点はほとんどない ハードウェア関連に偏っている日本の工学部教育を、ソフトウェア関連にシフトさせる必要がある。それだけでは十分でない。企業の人材もシフトさせる必要がある
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

日本経済の構造問題(その3)(日本と仁丹を救うオッサンの「根拠なき確信」、なぜ、日本人は「空気」に左右されるのか?、薄利多売をやめなければ経済成長は望めない) [経済]

日本経済の構造問題については、1月26日に取上げたが、今日は、(その3)(日本と仁丹を救うオッサンの「根拠なき確信」、なぜ、日本人は「空気」に左右されるのか?、薄利多売をやめなければ経済成長は望めない) である。

先ずは、健康社会学者の河合薫氏が3月7日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「日本と仁丹を救うオッサンの「根拠なき確信」 仁丹曰く「案外、オッサンたちがこの国の希望かもしれない」」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・久々にいいニュースである。 昭和のオッサンたちの常備品だった「ひとつぶのんだら スーッとネ ジン ジン ジンタン ジンタカタッタッタタ~」の仁丹を製造する森下仁丹が、“第四新卒”の採用をスタートさせた。
・毎日新聞では「『第四新卒』おっさん、おばはんWANTED」 東京新聞では「森下仁丹が『第四新卒』採用へ おっさん、おばはん求む」  読売新聞では「求む中高年、森下仁丹が『第四新卒採用』」 日経新聞では「森下仁丹、50代中心の中途採用導入へ 幹部候補に 」 朝日新聞では……掲載なし(私が確認した限りでは……)。
・はい、そうです。ごらんのとおり“第四新卒”とは、おっさん、おばはんのこと。 森下仁丹の定義によれば、  「社会人としての経験を十分積んだ後も仕事に対する情熱を失わず、次のキャリアにチャレンジしようとする人材」をいい、「性別・年齢を問わず採用」 していくことを、第四新卒採用と呼ぶのだという。
・募集職種は、「食品・医薬品の営業、開発、製造および新規事業開発に関するマネージメント業務」で、前職での業種・職種は問わない、正社員採用(試用期間3カ月あり)。 求められる資質は「やる気」のみ!  そう。やる気だ。
・そこで今回は「やる気」についてアレコレ考えてみようと思う。 では早速(2週続きで動画からスタートになってしまった)、採用募集の動画をご覧ください。……泣けます! 「オッサンたちへ」 「あの頃は仕事がすべてだったんです。」  「ずっといた場所から出てみたい、そう思ったんです。」 「まだ、できると思うんです。」 「案外、オッサンたちがこの国の希望かもしれない。」 「オッサンも変わる。ニッポンも変わる。」
▽「瞬間、『やばいことしたな』と思ったものです(笑)」
・「案外、オッサンたちがこの国の希望かもしれない」――。 ふむ。いいコピーである。 「女性を輝かせる」前に「オッサンを輝かせろ!」と、私はこれまで幾度となく訴えていたので、やっとこういった会社が出てきたことが、率直にうれしい。
・現在、日本の総人口は約1億2700万人。そのうち大人人口(20歳以上)は約1億500万人。40代以上は約7700万人。これが2020年には約7800万人に増え、「大人の10人に8人」が40代以上になる。 つまり、「オッサンにニッポンを変えてもらわない」ことにはえらいことになる。「いやいや、あとは楽させてもらいますよ~」なんて50過ぎで、心の引退をされては現実問題として困るのである。
・で、ここで疑問がわくわけです。 「オッサンにやる気さえあれば、ニッポンは変わるのか?」と。 とかく昨今のオッサンたちはお疲れ気味。時折やる気を見せるものの「あの人、やる気だけはあるんだけど……」と、周りからちょっとばかりウザがられたり、やる気を見ればみせるほど周りのテンションを下げる“残念なオッサン”も少なくない。 いったいどんな「やる気」ならオッサン自身も、ニッポン(=会社)も変えることができるのだろうか?
・“オッサン”の連発で申し訳ないのだが、結論から述べると私はオッサンの「やる気」が、「人格的成長(personal growth)」というポジティブな心理的機能によるものなら、変わると確信している。 「人格的成長」とは「自分の可能性を信じる」気持ちのこと。専門家の中にはこれを「チャレンジ精神」と同一に扱う人もいるが、実際には異なる。 チャレンジ精神が、 自分の行動する力に価値を見出していることに対し、人格的成長は、自分の内在する力に価値を見出すもので、 先の動画でいえば 「まだ、できると思うんです」 という、実にシンプルかつ根拠なき確信である。
・そう。「根拠のなき確信」ほど、人間の底力を引き出す無謀な心の動きは存在しない。 実は森下仁丹の駒村純一社長も、自分の可能性にかけ、会社を変えたひとりだったのである(詳細は同社HPをご覧下さい。以下、抜粋して要約)。 
・駒村さんは元商社マン。イタリアに駐在した時には現地の出資先の社長も経験するなど、まさに順風満帆のキャリアを歩んだ人物である。 ところが、ある日ふと「このままではつまらない人生になってしまう」と感じ始める。引退に向けて安定した人生が約束されていたにも関わらず、だ。 そこで一念発起し、52歳で商社を退職したそうだ。 「早期退職の意向をメールで送ったときは、エンターキーを押した瞬間に、『やばいことしたな』と思ったものです(笑)。 (中略) 転職先が決まっていたわけではありません。まだまだ自分は一線で働きたいという思いだけで、退職を決めました」 駒村氏はこう語っている。
▽周りは敵ばかり
・退職後は、キャリアを生かし外資系企業を中心に就職活動を始めたが、就職先は決まらなかった。 無職となり5か月が過ぎようとしたとき、「経営状況が悪化している大阪の老舗企業が、経営の立て直しの人材を探している」と知り合いからオファーが届いた。それが森下仁丹だった。 「私には、そうした企業を黒字転換させてきた経験がある。自分のキャリアが生かせるかもしれない」 そう考えた駒村氏は、執行役員として入社。
・が、中に入って知った会社の現状は、想像以上に厳しいうえに社内には「やる気が失われていた」。 売り上げはピーク時の10分の1。それでも社員たちには「創業120年を超える老舗がつぶれるわけがない」と、危機感を全くもっていなかったのである。 そこで経営の立て直しを進めようとするのだが、「外から来たやつが何を言ってやがる」と反感を持つ人も多く、周りは敵ばかり。 「社内に蔓延する『つぶれるわけがない』という空気を変えるには、新しい風を入れるしかない」――。
・駒村氏は、外部の人材を積極的に起用し、管理職に抜擢。当然ながら、生え抜きの社員は猛反発。それでも氏はやり方を変えなかった。 「新しい人が来て結果を出していけば、それが刺激になる。会社が本気で変わろうとしているという危機感を持ってもらうためには、まず行動で示すことが大切でした。改革には痛みが伴う。その痛みを避けていては、前に進むことはできない」
・自分を信じ、中途採用を広げ、部長職の平均年齢も40代と大きく若返り、2006年には社長に就任。本社の工場敷地も売却し、財務状況を健全化させ、次のチャレンジをするための下地を整えた。 その結果、生まれたのが現在の経営の柱となっている、独自のシームレスカプセル技術。10年間で売り上げを倍にし、今に至っているのだという。
・「このままではつまらない人生になってしまう」という感覚は、まさしく「人格的成長」であり、「自分の内在する力に価値」を見出しているからこそ、「自分のキャリアが生かせるかもしれない」と考え、周りが敵だらけでも「会社を絶対に再生できる」と行動できた。 ただ、おそらく駒村氏自身が公言していない、「苦悩」や「情けない自分」との葛藤もあったはずだ。
▽「辞めなきゃよかった」という言葉が出そうになる
・前回(「やりがい搾取」の共犯?文科省公認の天職信仰)書いたとおり、すべてのサクセスストーリーは「後付け」で、そこには決して語られない、あるいは本人でさえも忘れてしまった「かっこ悪い自分」が例外なく存在する。 全くレベルは違うし、ここで個人的な話を持ち出すのはおこがましいのだが、私もそうだったから。前向きな気持ちで崖から飛び降りた先には、いくつもの鋭利な砂利が転がっていて。それを乗り越えるには節操なく自分の可能性を信じる気持ちと、痛みを痛みと思わないずぼらさが必要なのだ。
・私は「このままでいいのかな。もっとなんか出来るんじゃないかな。自分の言葉で伝える仕事がしたい」と、若気の至りで28歳のときスッチーを辞めたわけだが、実際に辞める決心をしたのは、「2年後の自分」を想像したときだった。 「2年後、今のままCAをしている自分と、他のことをやっている自分、どちらが魅力的か?」――。そんな問いがふとわいてきて、後者の自分に魅力を感じ、辞めた。 なぜ「2年後」で、なぜそういう問いになったのか、自分にも分からない。辞めたところでナニかが決まっているわけでもない。
・でも、「他のことをやっている自分の方が魅力的」という根拠なき確信が、辞めたあとの不安をワクワクした感情に変えたのである。 とはいえ、現実は想像以上に厳しい。 28歳の小娘に「自分の言葉」などあるわけがなく、元気いっぱい辞めたはいいけど、何も決まらない、進みたくても、前に進む道筋すらちっとも見つけられない自分がいて。
・スッチーの同期が「明日からロスだよ」なんて電話してくると、「辞めなきゃよかった」という言葉が出そうになり、でもその言葉を口にした途端、自分がどうにかなってしまいそうで、絶対に口にできなかったのである。  なので、気象予報士第1号となり合格当日にたまたま「ニュースステーション」に出演するまで、私は友だちと連絡をとっていない。 多分、潔く辞めたはいいけど「何者にもなれていない自分」が、ちょっとばかり恥ずかしかったんだと思う。
・ただ、そこに至るまで私が踏ん張れたのは、「それでいいんだよ。踏ん張れ」と背中を押してくれる人たちがいたからに他ならない。民間の気象会社で出会った気象庁のOBのおじいちゃんたち、社内でサポートしてくれた上司、そして、何よりも気象のずぶの素人の私を受け入れてくれた当時の社長さんがいたからこそ、私は砂利道をなんとか歩くことができた。
・そんなときに自分にできることといったら、気象の勉強をひたすらやることだけで。給料泥棒にならないよう、必死で勉強し、少しでも仕事の質をあげるべく努力することくらいしかできなかった。 おそらく駒村氏にも、痛みの伴う改革を断行するうえで応援団がいたのではないだろうか。同じように「会社の空気を変えなきゃ」と危機感を持ち、社外からきた駒村さんを信じ、駒村さんの可能性に賭けた人がいた。「敵」の中に数少ない応援団がいて、彼らがいたからこそ、駒村さんも自分に課せられた仕事の質を必死であげるべく努力したのだと思う。
▽「学び続ける覚悟」を持つこと
・人格的成長――。 「自分の内在する力に価値」を見出す、前に開かれた感覚である人格的成長は、あくまでも“今”を成長への通過点と捉え、不甲斐ない自分、自分に対する批判、といった向き合いたくない「自分の市場価値」を受け入れるまなざしを持ち、危機感を持つ感覚と言い換えることができる。 そして、目の前の仕事の「質」を高めるために、「自分にできること=学び」に励む。とにかく動く。アレコレ考えずにとにかく動く。自分をどうこうするのではなく、目の前の仕事を「少しでもいい仕事」にすべく努力する。その結果、人格的成長が強化されていくのである。
・つまり、真のやる気とは、結局のところ「学び続ける覚悟」を持つこと。 ほんのちょっとでもいいから、仕事の質を高めるべく勉強する。「自分の成果物」の価値を上げるべく邁進する。それが、結果的に自分を進化させ、「うん、成長したかも…」といった自負につながっていく。
・かなり前に本コラム(定年延長で激化する「“オッサン”vs若者」バトル)でも紹介したが、高齢者雇用を通じて生産性を10年で3倍まで向上させた「VITA NEEDLE社」(米マサチューセツ州のステンレス製のニードルやチューブといった特殊部品を製造する会社)の従業員もそうだった。 高齢者の方たちは、「自分を雇ってくれた会社」を信頼し、誠心誠意会社に尽くした。 自らの持つ能力と知見を最大限に生かし、積極的にスキルを磨き、社員同士で助け合い、互いにスキルを向上させ、自分の人生の集大成としてひたすら一生懸命働き、企業の生産性向上に寄与したのである。
・オッサンを求める「環境」に、「真のやる気」と「経験」という係数が加わればオッサンは化ける。でもって、オッサンが「環境」を変える。 これまで600名超の方たちをインタビューしてきたけど、いかなる状況になっても腐ることなく、自分を信じ、前に踏み出した“おっさん”たちがいた。
 +「まだ終わりたくない」と一念発起し転職を試みたものの、直後にリーマンショックが勃発。職安通いを強いられた元一流企業の部長53歳。
 +50代には仕事がないことに気付き、給与半減覚悟で小企業に転職したマンネン課長52歳。
 +「発展途上国で自分の技術を生かしたい」と英語学校に通い、青年海外協力隊に応募したメーカー勤務の男性49歳。
 +「もっと会社の役に立ちたい」と、誰も行きたがらない離島勤務を志願した部長さん53歳。
・中には私のインタビューに答えるうちに、「自分にももっとできることがあるのではないか」と前に踏み出した人たちもいた。 彼らはいずれも、誰もが知っている大企業に勤め、そこそこ出世していている人たちだったが、そういった属性を捨て、まる裸の「自分」に勝負をかけた人たちだった。 その“オッサン”たちは、みんなイイ顔をしていた。
・そんなオッサンたちを受け入れる質のいい環境が増える火付け役に、森下仁丹がなればいい、と心から願う。 ちなみに同社広報によれば、「社員数300人規模の会社なので採用は数人程度と考えていますが、3月6日午前中の時点で、応募数は約1000人に上っています」とのこと。おぉ!「やる気」に満ちたオッサンは、たくさんいるのだ。  オッサン、がんばれ! オバさん、がんばれ! はい、オバさんの私もがんばります!
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/030300094/

次に、2月20日付けダイヤモンド・オンライン「なぜ、日本人は「空気」に左右されるのか?『失敗の本質』が教える4つの罠」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・30年前の名著『失敗の本質』が今、熱い。日本軍の組織的失敗を分析した同書からは、行き詰った日本企業、日本社会の再生へのヒントが満載だ。今こそ、日本的組織の本質を問うべき時がきている。名著が分析した日本軍の敗因は数多くあるが、その中でも日本人の特性を象徴しているのが「空気」の存在。開戦時は多くの日本人が正確な情報を知らぬまま戦争に賛成していた。また、開戦後も軍部の暴走によって次々と非合理な作戦が実施された。なぜ、日本人は「空気」によって不可思議な判断をしてしまうのか。14万部のベストセラー『「超」入門 失敗の本質』の著者が、その秘密を読み解く。
▽それでも日本人は戦争を選んだ。戦争賛成派が多かった謎
・名著『失敗の本質』は、1939年に国境紛争として起こったノモンハン事件と、大東亜戦争における5つの軍事作戦の、計6つの作戦を日本軍の組織的な失敗例として取り上げて分析した書籍です。 戦争は私たち現代日本人にとって忌むべきものであり、二度と起こしてはならないことは明白です。暗く悲惨な戦争の歴史を振り返るとき、「平和」の大切さは一層重みを増してきます。
・しかし、多くの史実から太平洋戦争初期には、戦争に賛成する日本人が多かったことが指摘されています。よく言われるように、一部の軍人が戦争を始めたのではなく、戦争を選んだのもまた日本国民の総意であったと言えるのです。なぜ、あのときの日本人は、戦争に賛成してしまったのでしょうか。
・『証言記録兵士たちの戦争』(日本放送出版協会)等の書籍では、戦争初期に最前線に向かう日本の兵士は比較的楽天的で、日本軍が負けることなどまったく想像していなかったのを伺わせる証言が残っています。 また、『失敗の本質』で分析された各作戦においては、戦闘方法自体が効果を発揮していないにも関わらず、何度も同じ方法で部隊を投入して、敗北を重ねる姿が浮き彫りにされています。
・70年以上を経た今から見ても、日本軍がどうして「そういう方向」へ向かって行動したのか、わからないことが多々あります。そこには、危機的状況に陥ったときに合理的な判断を奪う、極めて日本人的な特性が見え隠れしています。 日本人は一つの目標が設定されたときには一致団結して立ち向かう強さを発揮しますが、逆にその強さゆえ、設定した目標自体を揺るがすような意見は徹底的に排除するような特性を持っています。戦時中、反戦思想を持つ国民を誰より強く糾弾したのも、同じ日本人の隣人でした。
・今でも、企業の不祥事や方向転換を拒んで経営破綻した企業のニュースを耳にするたびに、外側から見れば不思議に思えるようなことが多々あります。けれど、当事者からすれば、「そうせざるを得なかった」という極めて日本人的な組織の発想によって行動を左右されている事実があります。
・なぜ、日本人は開戦時、戦争に対して好意的だったのでしょうか。そして、開戦後、なぜ日本軍は合理的な判断ができなくなってしまったのでしょうか。今回は、『失敗の本質』で取り上げられている、日本人の判断に影響を与える「空気」の存在について紹介しましょう。
▽オセロの白が一瞬ですべて「黒」に変わる
・ロングセラーとなっている『「空気」の研究』(山本七平/文春文庫)に、興味深い事例が出てきます。海軍の伊藤長官と三上参謀が、戦艦「大和」の沖縄特攻について交わした会話です。伊藤長官は作戦検討の過程で醸成された「空気」を当初知らないため、「大和」の出撃を当然のごとく反対します。
・軍人から見れば「作戦として形を為さない」ことは明白だったからです。しかし、反対していた伊藤長官は、三上参謀の次の言葉で「空気」を理解するのです。
 三上参謀「陸軍の総反撃に呼応し、敵上陸地点に切りこみ、ノシあげて陸兵になるところまでお考えいただきたい」
 伊藤長官「それならば何をかいわんや。よく了解した」
・まるでボードゲームのオセロで、白の石がすべて一瞬で黒に変わるような瞬間です。合理的な思考から当然の反対を唱えていた伊藤長官は、まさに空気を理解しただけで一瞬のうちに結論を180度変えてしまいます。 この短い会話をどのように解釈するか、さまざまな見解があると思いますが、白か黒かをある一点の議論で染め抜いてしまい、本来白と黒が混在しているはずのものを一瞬にして一色に変えてしまったことは事実です。
・三上参謀の発言は「兵士が犠牲になっても大和特攻でその精神を見せるべき」という意図があると推測されますが、本来「大和の沖縄出撃」は、海軍とその乗組員が敢闘精神を発揮する、というだけの問題ではありません。 「大和」の沖縄出撃という大問題は、さまざまな要素を含んでいたはずです。海軍のメンツや覚悟もあったのでしょうが、他の要因「兵員の生命」「作戦成功率の問題」なども当然存在したはずです。
▽愚かな決定によって「白骨街道」が生まれた
・『失敗の本質』でも分析されているインパール作戦は、日本の第15軍司令官牟田口中将が中心となり、2000メートル以上の大山脈を越えてインドの国境地帯に進出する作戦ですが、補給の成算がないという、ずさん極まるものでした。 武器弾薬が極度に欠乏し、インパールへ向かった日本軍は追い込まれ、「銃を撃ってくる相手に石つぶてを投げて応戦した」場面もあったほどです。
・餓死者が続出する極限状態に陥ってもなお、河辺司令官と牟田口中将は撤退を決断できず、その2か月後にようやく撤退命令が出されると、日本軍が退却する道は、あまりに犠牲者が多いことで「白骨街道」と呼ばれます。 では、なぜこのような「驚くべき悲劇」を生み出す決断がなされたのでしょうか。何が愚かな決定をつくり出したのでしょうか?
▽「指揮官の個人的な熱意」は作戦遂行の判断材料か?
・牟田口中将は、ある日本軍参謀に「アッサム州かベンガル州で死なせてくれ」と語り、並々ならぬ熱意を訴えかけたとされています。また、上官である河辺司令官は私情から「何とかして牟田口の意見を通してやりたい」と考えていたようです。 しかし、ここで重要な点として、作戦遂行の可否を決断する際に、一指揮官の個人的な心情と上官との人間関係が「GOサインを出す」ための何割程度の根拠となるべきか、という問題です。
・当然のことですが、「軍事作戦」ですので、作戦の戦略的意義と勝算の有無こそが「GOサインを出すか否か」の判断基準の100%を占めるべきです。 同様に、戦艦「大和」が護衛の戦闘機のないまま沖縄へ向けて出撃する際にも、「作戦の成否勝算」よりも、海軍の「敵上陸地点に切りこみ、ノシあげて陸兵になる覚悟」によって上層部は「大和」特攻の「空気」を理解したのです。
▽議論の可否と関係ない「正論」で誤った判断を導く罠
・注意すべき点として、インパール作戦を熱望する牟田口中将や「大和」の沖縄特攻の主張には、小さな「正論」が含まれていることです。 (1)指揮官が作戦への積極性を持つ  (2)海軍側が、沖縄の上陸地点に乗り上げて陸兵になる強い覚悟
・このような、ある種「小さな正論」があることで、軍事的合理性や勝算、補給などの準備ができるかどうかなど、本来、作戦可否を決定する正しい比率を歪める悪影響を及ぼしているのです。 同じようなことは、実は日本の組織・社会では頻繁に起こっています。不祥事の隠ぺいがニュースとなるとき、「特殊な空気に包まれてしまった」という述懐がよく行われますが、この場合、「空気」は何かしらの説得的な効果を持って、不祥事を公表するより「黙っておいたほうがいい」と集団に思わせたということになります。本来、適切に行われるべき議論を封殺するのは、空気の得意技というところでしょうか。
・私たち日本人は、ある一つの事象を見て「全体像を類推する」ということをよく行います。座敷に上がる際に、脱いだ靴の揃え方で相手の性格を断じることもあるかもしれません。逆に言えば、身なりがきちんとしていることで、相手の行動を詳しく確認せずに「信頼できる人物」と思い込んでしまうこともあるでしょう。
・悪意を持ってこのような「歪んだ判断」を誘導するために、例えば靴の揃え方が悪いだけで、営業マンとして無能で出世させてはいけない人間だと断じることも可能です。
・空気の醸成とは、本来可否の判断に「関係のない正論」を持ち出して、判断基準を歪めることで間違った流れを生み出すことです。その影響は、以下の2つの形で及ぶことが多いようです。 (1)本来「それとこれとは話が別」という指摘を拒否する  (2)一点の正論のみで、問題全体に疑問を持たせず染め抜いてしまう
・悪意を伴った空気の醸成は、大東亜戦争のみではなく、現在の日本社会でも頻繁に見られる現象であり、正しい議論と判断を妨げるこの国の大きな足かせとなっています。一度皆さんも周囲で聞く議論をこの視点から眺めてみると、あまりの不条理さに驚くことになるのではないでしょうか。
▽正しい方向転換を妨げる空気を生み出す「4つの要素」
・本軍はなぜ、正しい方向転換ができなかったのでしょうか。なぜ、合理的な判断を妨げる「空気」というものが醸成されてしまったのでしょうか。 日本軍の作戦過程で何度も出現した「空気」について理解するために、現在、経営学等でも指摘されている、集団が誤った結論に飛びついてしまう心理的要因をもとに、以下の4つの要素にまとめてみましょう。
 (1)既にある多くの犠牲を取り戻したい心理(埋没費用)  サンク・コスト(埋没費用)は経済用語の1つでもあるのですが、簡単にいえば既に投下したが、回収不能だとわかったコストを意味します。 既に多くの犠牲を払ってしまったプロジェクトに対して、完成しても採算が取れないと(途中で)わかった場合でも、多くの人は投入した損失そのものを取り返すために、さらに損害を重ねることがあります。 日本軍の参謀たちは、ずさんな作戦計画で多数の兵士が犠牲となった戦場に、あくまで固執して部隊を投入しています。味方兵士の多大な犠牲を払ったことで、逆に勝つまで撤退できないと強く思い込む心理は、まさにサンク・コストの罠にはまっています。
 (2)未解決の問題への心理的重圧から逃げる  問題に対して解決策を見つけられない状態は、大変ストレスが溜まります。特定の集団が、ある問題に対して苦労して解決策を導いた場合、その解決策が実施の際に適切に機能しなくても、未解決の状態に戻りたくないという心理が働くことがあります。 当初組み上げられた「作戦計画」が上手くいかないことを認めると、未解決の状態へ逆戻りすることになります。この心理的重圧から逃げたいという欲求で、上手くいかない現実を認められない状態になるのです。
 (3)愚かな判断を生む人事評価制度  日本軍は「やる気を見せること・積極性」が組織内の人物評価として重視され、戦果や失敗責任については考慮される比率が低い集団でした。この歪んだ人事評価制度はのちに、無謀な作戦を実行し責任を取らない人物を日本軍の内部に増加させてしまい、敗北を決定的にします。 組織内政治、ゴマすりばかりが上手な人物が出世することになれば、実務能力があり判断の優れた人物が無能な人間の指揮下に入ることになり、前線の混乱と敗北は避けられないでしょう。 組織は内部で出世させる人物の「基準」によって、極端に無能になることもあれば、極めて優れた成果を生み出す集団にもなるのです。
 (4)グループ・シンク(集団浅慮)の罠  特定の集団内における関係性、立場などを客観的な事実より優先して物事を判断すれば、現実世界における目標達成力を失う原因になります。 歴史の長い老舗企業、巨大組織などで過去の関係性、肩書き、人間関係などが判断において大きな比重を占めるなら、その集団は外部における現実への対応能力を大きく損なうことになるでしょう。 ビルマ防衛の体制を崩壊させたインパール作戦では、牟田口中将が個人的な想いからインド国境への進軍をたびたび進言しますが、あまりの非合理さから日本軍内でも否定的な意見が相次ぎます。 しかし、牟田口と人間的な関係が深かった上司、河辺方面軍司令官は私情に動かされて無謀極まる作戦を止めませんでした。 非現実的な判断と行動の結果は、参加人員約10万のうち戦死者約3万、戦傷・後送者約2万、残存兵力約5万のうち半分以上が病人という「莫大な犠牲」で終わりました。
・以上が「空気」を生み出す4つの要素ですが、戦時中、日本人が合理的な議論を放棄して盲信してしまった事実は、大いに反省すべき点です。上層部の作戦に関わらず、大東亜戦争開始時には、戦争に反対する日本人より、戦争に肯定的だった日本人のほうが多かったこともまた事実なのです。 現代の日本企業においても、「空気」によって合理的な判断が妨げられている企業は数多く存在しているはずです。 敗戦という悲劇の歴史を忘れず、これからの日本と日本人は、「空気の欺瞞」を打ち破ることを肝に銘じるべきです。  ※この記事は、2012年4月17日に公開された記事を一部加筆修正したものです)
http://diamond.jp/articles/-/116655

第三に、ニッセイ基礎研究所 専務理事の櫨 浩一氏が7月31日付け東洋経済オンラインに寄稿した「薄利多売をやめなければ経済成長は望めない 日本は低収益・低賃金でいつまで頑張るのか」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・日本では今後さらに高齢化が進む。これまでと同じように15~64歳までの人口を労働力の中核となる生産年齢人口だと考えていると、労働人口が大きく減少してしまうことは避けられない。
・国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(平成29年推計)」では、生産年齢人口は2015年の7728.2万人から2065年には4529.1万人へと大きく減少すると予想している。政府は、65歳以上の高齢者の就業促進や、子育てをしながら就業をすることがより容易になるような社会への転換で、労働力の減少を緩和しようとしている。 それでも現実に起こる労働投入量の減少は、みかけの労働力人口の減少よりもずっと深刻なものとなる恐れが大きい。
▽このままでは労働時間は短くなり、生産性も下がる
・第1の原因は、今後追加的に加わる労働力は一人当たりの就業時間が短いと予想されることだ。 高齢者が若い人達と同じように毎週5日間フルタイムで働くということは難しく、65歳を超えるさらに高い年齢層が働くようになれば、差はより顕著になるはずだ。 また、より多くの人が子育てをしながら働けるようにするためには、今までよりも柔軟な働き方を提供する必要があり、労働時間は短くなるだろう。働き方改革で長時間労働の解消を図っていることも加わって、就業者1人当たりの就業時間はより短くなるはずだ。
・第2の原因は、就業者の平均年齢が高くなることで労働時間1時間あたりの生産性を低下させる圧力が加わることだ。経験を積むことで向上する能力もあるが、加齢による体力や集中力の低下は避けられず、高齢者が1時間働くことと、若い世代が1時間働くことでは生産に与える効果が違うことは否定できない。
・労働力の減少が続く中で、日本で生活する人たちが豊かさを維持し、生活水準を向上させていくためには、生産性を高めていく必要がある。政府や経済団体、エコノミストの提言でも、生産性向上の重要性は誰もが一致して主張するところだ。 さまざまな生産性の指標の中でも労働生産性は単純明快で分かりやすく、多くの議論で使われている。たとえば就業者1人当たりのGDP(国内総生産)を考えてみよう。
・就業者数が変わらなければ、労働生産性が高まると日本全体のGDPが増えるが、他方でGDPが増えていれば必ず労働生産性は上昇している。経済成長には労働生産性の向上が必ず伴う。したがって、経済成長のために労働生産性を向上させると言う場合、どうやって労働生産性を高めるのかということを言わなければ、何も言っていないに等しい。
・労働生産性を高めるためには、より多くの機械を導入して生産効率を高めることが考えられる。自動化を進めるために就業者1人当たりの機械設備を増やせば労働生産性は高まるが、設備への投資や維持更新を行うために国内生産のより大きな部分を割くという負担も増える。設備投資の拡大で労働生産性を高める戦略には限界がある。
▽ICT投資よりもTFPが問題なのではないか
・今年の経済財政白書は、日本の生産性がアメリカ、スウェーデンのそれよりも1時間当たり15~20ドル程度も下回っているとし、ICT(情報通信技術)への投資の必要性を強調している。しかし、1994年を起点として2015年までの労働生産性の要因別(TFP<全要素生産性>、ICT資本装備率、非ICT資本装備率)の累積寄与度の差をみると、日本とアメリカとの生産性の差のほとんどはTFP(全要素生産性)要因によると述べている。
・スウェーデンに対しても、差の約3分の2はTFP要因で、約3分の1がICT資本装備率要因だ。米国との労働生産性の比較では、ICT投資はほとんど寄与しておらず、非ICT投資についてはむしろ差を縮小する要因となっている。白書は、中小企業についてICT投資の不足が低生産性の原因であることを強調しているが、日本経済全体としてみれば投資量が足りないことが、他の先進諸国に比べて労働生産性が低い原因とは言えない。
・TFPは生産の増加のうちで、労働投入や生産設備などの資本の投入で説明できない部分のことだ。生産拡大に対するTFPの寄与を決めるものは、新製品の投入、新しい生産技術の採用といった技術進歩であるとされている。 日本に求められているのは、米国の新興企業のようにもっと独創的な新製品を作り出したり、欧州の老舗企業のようにブランドイメージを高めて高値で売れる良い製品を作りだしたりすることだろう。
・日本企業はかつて就業者1人当たりの設備を増やして労働生産性を高め、低コストで大量生産を行うことで成功してきた。日米の経済成長の差の大部分を説明しているTFPの寄与の違いは、中進国から高所得国へと成長する過程でのこうした成功体験が今も忘れられず、依然として薄利多売という戦略に固執していることに原因の一つがある。
▽「円安志向」、「誘致の人数目標」も従来の発想
・海外の物が安く買える円高を嫌い、安値で海外に日本製品が売れる円安を好むのも、薄利多売の考え方が日本経済全体に染みついているからだ。しかし、今は同じ戦略を日本よりも賃金の低いアジアの新興国が採用しており、同一の土俵で戦えば、賃金の高い日本は最初から圧倒的に不利である。
・訪日外国人観光客への対応でも、外国人向けの運賃の割引などの制度を作って、より多くの外国人観光客を誘致しようとしているが、これも薄利多売戦略の亜種というべきだろう。世界中の観光客に人気のハワイでは考え方が逆で、カマアイナ・レートと呼ばれる地元住民向けの安い料金が設定されていることがある。ハワイ州の消費税率は5%弱だがホテル宿泊客には高いホテル税が賦課される。つまり観光客からは高い税を取って地元の人達の税金を安くしようという考え方だ。
・労働力の余剰があって失業が大きな問題となっていた時代であればともかく、人手不足の深刻化が懸念される中で、低収益・低賃金を武器に薄利多売という戦略を続けるのでは、経済成長はおぼつかない。良いサービスからは、それに応じた適切な料金を徴収するということをもっと真剣に考えていかないと、日本で生活する人たちの生活は貧しくなっていってしまうだけだろう。
http://toyokeizai.net/articles/-/182449

第一の記事で、森下仁丹が商社出身の社長の下で、危機感が乏しい社員たちのなかで、再生した話は初めて知った。社長の苦労は並大抵ではなかったろう。 『“第四新卒”の採用』、も上手くいって欲しいものだ。 『私はオッサンの「やる気」が、「人格的成長(personal growth)」というポジティブな心理的機能によるものなら、変わると確信している・・・「根拠のなき確信」ほど、人間の底力を引き出す無謀な心の動きは存在しない・・・真のやる気とは、結局のところ「学び続ける覚悟」を持つこと・・・オッサンを求める「環境」に、「真のやる気」と「経験」という係数が加わればオッサンは化ける。でもって、オッサンが「環境」を変える』、などの指摘は興味深く、確かにその通りなのかも知れない。河合氏の記事は、いつも通り、ユーモアに溢れ、傑作だ。
第二の記事で、 『日本人は一つの目標が設定されたときには一致団結して立ち向かう強さを発揮しますが、逆にその強さゆえ、設定した目標自体を揺るがすような意見は徹底的に排除するような特性を持っています』、 『正しい方向転換を妨げる空気を生み出す「4つの要素」・・・既にある多くの犠牲を取り戻したい心理(埋没費用)・・・未解決の問題への心理的重圧から逃げる・・・愚かな判断を生む人事評価制度・・・グループ・シンク(集団浅慮)の罠』、などの指摘は大いに考えさせられる。
第三の記事で、 『ICT投資よりもTFPが問題なのではないか』、 『生産拡大に対するTFPの寄与を決めるものは、新製品の投入、新しい生産技術の採用といった技術進歩であるとされている』、 『「円安志向」、「誘致の人数目標」も従来の発想』、などの指摘はその通りだ。
タグ:東洋経済オンライン インパール作戦 森下仁丹 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 河合薫 失敗の本質 櫨 浩一 日本経済の構造問題 (その3)(日本と仁丹を救うオッサンの「根拠なき確信」、なぜ、日本人は「空気」に左右されるのか?、薄利多売をやめなければ経済成長は望めない) 日本と仁丹を救うオッサンの「根拠なき確信」 仁丹曰く「案外、オッサンたちがこの国の希望かもしれない」 、“第四新卒”の採用をスタートさせた 求められる資質は「やる気」のみ! 「女性を輝かせる」前に「オッサンを輝かせろ!」と、私はこれまで幾度となく訴えていたので、やっとこういった会社が出てきたことが、率直にうれしい オッサンの「やる気」が、「人格的成長(personal growth)」というポジティブな心理的機能によるものなら、変わると確信している 。「根拠のなき確信」ほど、人間の底力を引き出す無謀な心の動きは存在しない 駒村純一社長も、自分の可能性にかけ、会社を変えたひとりだった 元商社マン ある日ふと「このままではつまらない人生になってしまう」と感じ始める。引退に向けて安定した人生が約束されていたにも関わらず、だ。 そこで一念発起し、52歳で商社を退職 中に入って知った会社の現状は、想像以上に厳しいうえに社内には「やる気が失われていた」。 売り上げはピーク時の10分の1。それでも社員たちには「創業120年を超える老舗がつぶれるわけがない」と、危機感を全くもっていなかったのである 駒村氏は、外部の人材を積極的に起用し、管理職に抜擢。当然ながら、生え抜きの社員は猛反発。それでも氏はやり方を変えなかった すべてのサクセスストーリーは「後付け」で、そこには決して語られない、あるいは本人でさえも忘れてしまった「かっこ悪い自分」が例外なく存在する 真のやる気とは、結局のところ「学び続ける覚悟」を持つこと ・オッサンを求める「環境」に、「真のやる気」と「経験」という係数が加わればオッサンは化ける。でもって、オッサンが「環境」を変える オッサン、がんばれ! オバさん、がんばれ! はい、オバさんの私もがんばります! なぜ、日本人は「空気」に左右されるのか?『失敗の本質』が教える4つの罠 日本人の特性を象徴しているのが「空気」の存在 『「超」入門 失敗の本質』 日本人は一つの目標が設定されたときには一致団結して立ち向かう強さを発揮しますが、逆にその強さゆえ、設定した目標自体を揺るがすような意見は徹底的に排除するような特性を持っています 合理的な思考から当然の反対を唱えていた伊藤長官は、まさに空気を理解しただけで一瞬のうちに結論を180度変えてしまいます 愚かな決定によって「白骨街道」が生まれた 作戦遂行の可否を決断する際に、一指揮官の個人的な心情と上官との人間関係が「GOサインを出す」ための何割程度の根拠となるべきか、という問題 、「軍事作戦」ですので、作戦の戦略的意義と勝算の有無こそが「GOサインを出すか否か」の判断基準の100%を占めるべきです 議論の可否と関係ない「正論」で誤った判断を導く罠 ある種「小さな正論」があることで、軍事的合理性や勝算、補給などの準備ができるかどうかなど、本来、作戦可否を決定する正しい比率を歪める悪影響を及ぼしているのです 空気の醸成とは、本来可否の判断に「関係のない正論」を持ち出して、判断基準を歪めることで間違った流れを生み出すことです 正しい方向転換を妨げる空気を生み出す「4つの要素」 (1)既にある多くの犠牲を取り戻したい心理(埋没費用) (2)未解決の問題への心理的重圧から逃げる (3)愚かな判断を生む人事評価制度 (4)グループ・シンク(集団浅慮)の罠 薄利多売をやめなければ経済成長は望めない 日本は低収益・低賃金でいつまで頑張るのか このままでは労働時間は短くなり、生産性も下がる ICT投資よりもTFPが問題なのではないか 中進国から高所得国へと成長する過程でのこうした成功体験が今も忘れられず、依然として薄利多売という戦略に固執していることに原因の一つがある 「円安志向」、「誘致の人数目標」も従来の発想
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

脱税(ダイヤモンド・オンライン「国税局直轄 トクチョウ(特別調査部門)の事件簿」より) [経済]

今日は、脱税(ダイヤモンド・オンライン「国税局直轄 トクチョウ(特別調査部門)の事件簿」より) を取上げよう。これは、元国税調査官の上田二郎氏の活躍ぶりをTVドラマ化したものを、ダイヤモンド・オンラインが3月1日から6日まで5回シリーズで連載したものである。長目になるので、お急ぎの方は、1日、6日だけを読んでは如何。

第1回の3月1日付け「「正直者がバカを見る」脱税を見抜く 特別調査部門の目」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・トクチョウ(特別調査部門)とは、別名ピンク担当と呼ばれる国税局直轄の調査チームのこと。風俗店や飲食店の他、弁護士、司法書士、医師など、大口の申告漏れが見つかりそうな案件を対象に調査を行っている。調査のはじまりは、普通は見逃してしまうような小さな違和感。長年の経験と勘を頼りに、張り込みや潜入調査によって脱税者を追い詰めていく。17年間にわたりマルサで活躍した元国税調査官だからこそ明かせる、トクチョウの実力とは?TVドラマ化(「トクチョウの女」)される『国税局直轄トクチョウの事件簿』から、脱税調査の生々しい内幕を公開。
▽調査官の武器は知識と紙と鉛筆だけ
・税務調査は難しい仕事だ。若い調査官は自分の父親や、祖父のような年齢の人のところに調査に行かなければならない。相手は年上で、しかも、会社などの組織に属さず、自分の力で生活している実力者だ。そして、多くの場合には税金の専門家の税理士が関与している。
・税理士が国税OBだったりすると、かつての上司の場合も少なくない。調査は納税者側の土俵で行われるため、納税者が行っている事業の商慣習や業界用語、そして、業界で統一的に使用している帳簿類を知らなければ、相手に質問をすることもできない。こんな状況の中で調査官はパズルを紐解いていかなければならない。調査官の武器は知識と紙と鉛筆だけだ。
・統括官(管理職)から事案を交付された調査官は「調査の手引」を見て、調査先の業種・業態を勉強してから調査に臨む。「調査の手引」にはすべての業種が網羅されており、たとえば、建築業ならその商慣習、記録帳簿、調査の展開方法、過去の不正事例などが詳細に掲載されている。 業界のルールを知って経理処理を知っているからこそ、帳簿を見ていると不審な取引や不審な経理処理が浮かび上がってくる。
・個人課税部門の「調査の手引」は群青色で加除式になっている。加除式のため、新たな調査技法が見つかると、改定して最新の調査技法を加えることができる。「調査の手引」は先達からの贈り物だ。
▽一般調査と特別調査では何が違うのか
・税務署には多くの取引資料が存在している。法定調書として税務署に提出された資料や税務調査で収集した資料もたくさん存在するが、有効な資料は乏しいのが現状だ。調査官は納税者から事業の概況を聞き取り、帳簿を確認して感性を働かせてパズルを解いていくのだが、結果は調査官の実力に大きく左右されてしまう。
・このために税務署では調査を二極化している。調査を一般調査と特別調査に分けて、調査に濃淡をつけているのである。もちろん、マルサの強制調査ではないので、どちらの調査も納税者に協力を求めながら進める任意調査となる。
・しかし、一般調査と特別調査では調査内容が全く違う。一般調査は一件の調査日数が、平均で4日しか与えられていない。調査官は交付された事案を「時間の掛かる事案」と「比較的すぐ終わる事案」に分けて処理していくが、所詮、与えられた日数は4日しかない。
・統括官から調査指令を受けた調査官は、まず準備調査をする。自分なりに「調査の手引」を研究して調査内容を整理し、調査のポイントをピックアップする。そして、納税者に調査日時の連絡をして日程調整をすると、概ね1日が経過してしまう。 次に、実際に調査場所に臨場して納税者から事業概況を聴き取り、帳簿記録の説明を受けると、また1日が経過してしまう。続いて、必要がある場合に帳簿や領収書などの書類を借受けて、税務署に持ち返って分析すると、さらに1日が経過してしまう。
・最後に是正すべき事項があれば、納税者を説得して修正申告を提出してもらい、調査書類をまとめて調査報告書を作成する。そして、修正申告に伴った加算税の処理や調査結果の入力をすると、また1日が経過してしまう。 これで調査に与えられた4日間が終ってしまうということだ。もともと、一般調査では帳簿の表面を眺めるだけの薄っぺらな調査しかできないのが現状だ。読者のみなさんの中にも「重箱の隅をつつくような調査が行われている」という実感がある人がいるのでは無いだろうか。
▽特別調査部門では、調査日数が100日を超えることもある
・これに対して特別調査部門では、一件につき平均10日の調査日数が与えられている。取引先への反面調査(取引相手に内容の確認に行く調査)や銀行調査を考慮して、一般調査の倍以上の日数が与えられている。こうした深度の深い調査を行うことによって、課税の不公平の解消を目指しているのだ。
・特別調査部門では、故意に税負担を免れている人に対して一歩も引かない覚悟で調査を行っており、時に調査日数が100日を超える場合もある。申告納税制度の維持のためには「正直者がバカを見る」社会であってはならない。 もう少し特別調査部門について説明しておこう。
・個人課税部門、法人課税部門の中で、調査の花形部門が特別調査部門だ。個人、法人部門で所掌事務は若干ちがっているが、設置の主目的は、税務署全体の調査の士気を上げ、調査技法の先端技術の開発や困難事案の遂行をすることだ。 しかし、税務署内の案内表示を見ても、「特別調査部門」という文字はどこにもない。調査部門の中の一つの部門として、若しくは、調査部門の中に班として存在している。また、すべての税務署に配置されているわけではない。
・東京国税局管内では、点在する有名な繁華街を所轄する税務署はもちろん、タブロイド版の夕刊紙に紹介されるピンクゾーンを所轄する税務署にも配置されている。別名ピンク担当と呼ばれ、特定繁華街の掌握が主任務となる。
・調査は上席調査官と調査官がペアとなる「組調査(くみちょうさ)」を基本とし、調査効率の向上を目指すとともに、実践教育によって調査官に調査技法の伝承も行っている。 調査対象者の業種業態によっては、事業実態の解明のため無予告調査が必要になる場合もあり、これを主導するのも特別調査部門の役目だ。事案によっては、特別調査部門だけでは調査メンバーが足りないため、一般調査部門からも調査応援者を募って一斉調査の技法を経験させている。
・ここで特別調査部門の基本的な構成メンバーを紹介しておこう。
 ●統括国税調査官(トウカツ)  調査部門の指揮官で管理職。経験年数20年を越えるベテラン調査官。指揮官のため調査現場に出ることは少ない。しかし、調査畑の統括官によっては税務署内での指示より実践指導を重視し、現場に積極的に出ている者もいる。
 ●上席国税調査官(ジョウセキ) 経験年数15年から30年を超す者もいるベテラン調査官。長年培った調査経験で、若手の調査官を指導している。
 ●国税調査官(カン) 経験年数10年程度の調査官。バリバリの調査官で若手職員のホープ。仕事以外でも若手の兄貴的存在で、税務署全体をまとめる力も求められる。
・次回からは、特別調査部門の実力をケーススタディの形で紹介していく。 ※この記事は、2012年12月17日に公開された記事を、TVドラマ化(2017年3月4日放送、フジテレビ系列「トクチョウの女」)に合わせて一部修正して再公開したものです。
http://diamond.jp/articles/-/119330

第2回の2日付けの「「休眠口座の怪しい動き」に マルサ歴17年の勘が働いた」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・脱税に使われる道具のひとつが銀行口座。休眠口座や倒産した企業の口座、外国人が売却した口座など、多くの銀行口座が悪用されている。特別調査部門が監視しながらも、5年の間、調査に踏み切れなかった内科医。その調査のカギになったのは、遠隔地に開設された妻名義の預金口座だった。TVドラマ化(「トクチョウの女」)される『国税局直轄トクチョウの事件簿』から、脱税調査の生々しい内幕を公開。
▽不正な取引に使われる怪しい銀行口座の数々
・銀行の預金口座に休眠口座と呼ばれている口座がある。学生時代に使っていた口座。結婚前に使っていた旧姓の口座。転勤や転居で使わなくなってタンスの底に眠ってしまっている口座。これらの口座を使用しないで10年間放置していると、銀行が休眠口座として解約の扱いをしてしまうことがある。
・全国銀行協会の自主ルールでは、一律10年以上の利息収入以外の異動がない口座で残高が一万円以上で預金者と連絡が取れない口座又は、残高一万円未満の口座を休眠口座としている。現在までの休眠口座の累計は12万口座にのぼると推定されている。
・しかし、一度、休眠口座になった場合でも、本人が通帳や印鑑及び身分の確認の出来る免許証などを銀行に持参すれば口座を復活してくれる。上田は休眠口座が、突然、復活して悪さをすることをマルサの経験で知っていた。 使わなくなった口座を他人に売却する……。たとえば学生や外国人が、わずかのお金ほしさに口座を売ってしまう場合がある。特に外国人の場合は帰国する際に口座を売却してしまうため、売却口座が犯罪や脱税に使われているケースが多い。 倒産した法人名義の口座や、個人の口座もインターネットで売買されている。口座売買屋なる商売があるほどだ。他人名義の口座は間違いなく不正な取引に使われている。
▽脱税の道具は、妻名義の休眠口座だった
・東京国税局に採用後、税務署で4年間の調査経験を積んだところでマルサに招集され、足かけ20年をそこで過ごした上田は、たくさんの仮名預金や借名預金を見てきた。 銀行が窓口で本人確認を行うようになってから仮名預金は激減したが、それでも、様々な手を使って仮名預金が作られていた。一時期、流行ったのは国民健康保険証の偽造だ。パソコンが普及した結果、色つきの厚紙を使えば一昔前の保険証なら簡単に偽造ができた。
・実際に銀行で調査をしていると、不審な口座の新規開設に使われた本人確認書類が、偽造保険証であったことが何度もあり、発行された保険証の記号・番号を調べていくと実際には採番されていない偽の保険証だったケースがたくさんあった。マルサでは偽造番号を整理して偽造保険証を見破ることができるようにしていたのだ。
・妻の旧姓の口座も安易に脱税に使用されることがある。税務署にばれないと思っているらしいが、旧姓の口座などは、戸籍謄本から追えば直ぐに誰の使用している口座か判明してしまう。今回の内科医Hが使った脱税の道具は、妻名義の休眠口座だった。 特別調査部門のキャビネに棚卸事案となっている内科医Hがあった。棚卸事案とは調査選定したものの調査に踏み込むだけの端緒資料も無く、着手に踏み切れずに数年間放置されてしまった事案のことだ。H医師は5年間も調査着手されずに、毎年、翌年に繰越され続けてきた事案だった。
・H医師の申告状況は売上金額が2億円を超え、特別控除前の所得(利益)は6000万円を超えていた。事業専従者である妻も医師免許を取得して夫婦2人で診療をしており、妻の事業専従者給与額は年間3000万円にも及んでいた。 H医師の調査カードに一枚の資料が入っていた。調査カードとは、調査選定した事案の決算書や資料を入れておくカードのことだ。個人課税で使っている調査カードは、オレンジ色の厚紙に印刷され、5年間の申告状況の推移が一覧で確認できるものだった。
▽調査官の経験と感性がパズルのキーを見つけ出す
・調査カードには、売上や仕入、所得金額(利益)、申告納税額が記入され、過去の調査状況や接触状況等が整理されている。その中には毎年の確定申告書に添付された決算書が入っていて、調査で収集した資料や法定資料が挿入されている。 調査選定をするために最も重要なことは、調査カードを何度も見直すことだ。調査は税務職員の「感性」が最も重要で、同じ人間が見ても、その時々によって「ひっかかる」ものが違う。一度見た調査カードを2ヵ月後に見直すと、思わぬ点に気がついたり、逆に「いける」と思っていたことが、そうでもないと思えたりする。
・一人の人間が見ても、その時々によって「感性」が違うのだから、いろいろな人間が目を通すことがさらに重要だ。いろいろな人間が自分の「感性」と「経験」をフル動員して「調査のパズル」を解く「キー」を捜していく。  ある人は、学生時代に「ラーメン屋」でアルバイトをしたかもしれない。また、ある人は、建設作業員のアルバイトをしていたかもしれない。 どんな経験でも、今まで生きてきた中で何か調査に役に立つことが必ずある。過去の調査での経験、実家の家業、友人の事業、いくらでも事業に精通する機会はある。
・よって、調査カードを見る調査官が多ければ多いほど「調査のパズル」を解く「キー」に近づく確立が上がる。そして、各々の調査官が自分の意見を調査部門のメンバーに伝える。すると、他の職員が反論する場合もあるし、補足の意見を述べる場合もあるだろう。一人ひとりの経験値は小さくても、調査部門の全員の経験値を使えば「パズルのキー」は解けるかもしれない。
・そして、この調査選定の行為自体が税務職員全体の調査レベルの向上に繋がり、税務調査の充実が申告納税制度の不公平の解消につながっていく。 今回の調査で「パズルのキー」となったのは、遠隔地に開設された妻名義の預金口座の取引資料だった――。
http://diamond.jp/articles/-/119331

第3回の3日付けの「「逆L口座」から脱税の金の動きが見える」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・ 調査資料に記載された、たった一度の妻名義の口座への約30万円の振込が“調査の勘”にひっかかった。調べてみると、その口座は13年間眠っていて6年前に突然目覚めた口座であり、しかも、読み通りの「逆L口座」だった。果たしてこの口座は、脱税のための売上除外口座なのか!?
▽遠隔地に開設された妻名義の口座が「調査の勘」にひっかかる
・内科医Hの調査で「パズルのキー」となったのは、遠隔地に開設された妻名義の預金口座の取引資料だった。妻の旧姓ではなく実名の口座だ。なぜ、遠隔地に口座を開設したのかはわからない。H医師の転居状況を調べれば、かつて、その場所に住んでいたのかもしれないが……。
・取引資料には予防接種と記載してあり、妻名義の口座に約30万円が振込まれ、銀行名と支店名及び口座番号が記載されていた。資料には詳細の説明がなく、何の予防接種を行った報酬なのか、報酬の支払内訳にワクチンの材料費が含まれているのか、など詳細はまったくわからなかった。 ただ、報酬の支払時期が秋口から冬にかけて行われているため、一般的にインフルエンザ予防接種に係る報酬だろうと考えられた。資料は個人課税課の機動官が市役所に協力依頼して、予防接種の報酬の振込口座を資料化していたものだった。一般的に予防接種は自由診療だ。
・医師の診療報酬は患者が窓口で支払う自己負担金と、医師がレセプト請求をして国民健康保険等から後日振り込まれる、社会保険診療報酬に分かれる。いずれにしても保険診療報酬なら、売上金額はガラス張に近い。 これに対して、自由診療報酬は窓口で現金で支払われるため、売上除外に繋がり易い。しかし、診療所内で行ったインフルエンザの予防接種は一定の時期に行われ、ワクチンは翌年になると使用できない。そのため調査では、ワクチンの仕入本数を把握すると売上に正しく反映しているのか、いないのかが直ぐにわかってしまう。
・よって、一般的には診療所内で行った予防接種の売上を除外しても調査で直ぐにバレてしまうため、予防接種の売上を除外する医師は少ない。資料を収集した期間が短期間だったためか、資料に記載された振込は一回だけで、振込金額も30万円程度だった。そのため少額資料と判断され、収集されてから5年以上も活用されずにH医師は棚卸事案となっていた。 しかし、口座が事業専従者である妻名義であること。H医師の居住圏から電車で1時間以上も離れた他県に設定された銀行口座である事から、上田の「調査の勘」にひっかかるものがあった。
▽「逆L口座」は”たまり”を溜め込むための口座
・「これは、おもしろい資料かもしれない」。 上田はマルサで、たくさんの不正に使われている銀行口座を見てきた。不正に使われている口座の特徴は熟知している。たった一度の振込を資料化したものだったが、収集した機動官も「調査の感性」が働いていたに違いない。 「この銀行口座を復元(調査して口座の異動明細を作ること)すると、きっと逆L口座になっているはずだ」。上田の脳裏には、まだ見ていない「逆L口座」の姿がはっきりと映っていた。
・脱税に使用されている口座の特徴のひとつに「逆L口座」という呼び名がある。簿記の経験のある人にはわかりやすいかもしれない。銀行の通帳を思い出してほしい。預金通帳を見ると、一番左に「年月日」が記入してある。その右側は「取引内容」が記入され、「支払い金額」「預かり金額」「差引残高」と続いている。 預金の入金は銀行から見ると預り金(負債)の増加だ。したがって、入金は「貸し方」に記入される。「逆L口座」の特徴は、通帳に入金が続き、残高が一定額になると大きな金額で出金する口座の動きだ。出金は銀行から見ると負債の減少のため、借り方に記入される。 この口座の動きが「Lを逆から見たイメージ」に見えるため、税務の世界では「逆L口座」と呼んでいる。「逆L口座」の性格は一般的に「売上除外」や「たまり(脱税によって蓄財した資金)」の口座だ。
▽13年間眠っていた口座が、6年前に突然目覚めた
・税務調査では、仮装・隠ぺいの行為があった場合に7年間遡ることができる。確定申告しているのは事業主の医師Hで、妻の口座を使って売上を除外したと判断できれば、仮装・隠ぺいが成立する。そこで、7年間の調査を視野に入れて、口座の異動明細を調査した。数日後、銀行に依頼した口座照会の結果が税務署に届き、妻の口座の動きが判明した。
・口座には毎年、市役所から秋から初冬にかけて数回の振込入金があり、そのすべてが預金残高として溜まっていて、上田のイメージしていたとおりの「逆L口座」だった。一回当たりの振込金額は30万円から100万円に達する場合もあった。 7年間の振込総額は約1700万円にも達していたが、出金はたった一回しかなかった。5年前のクリスマスの少し前にATMで100万円を出金していた。出金場所は、H医師の自宅の最寄駅にあるATMコーナーだった。
・税務調査のヨミとして、この銀行口座を売上除外口座と判断するのは難しいかもしれない。なぜなら、市役所から振り込んでくるからだ。市役所は市民税を徴収する役所である。まさか、大胆にも、市役所からの振込入金を申告から除外していることは、一般的には考えにくい。H医師の確定申告状況から考えて、1700万円程度の金額を預金口座に放置しておいても、生活には全く支障は無い。
・しかし、妻名義の口座を調査した結果、売上除外口座と判断できる大きな特徴が見つかった。口座の異動状況を7年間調査したところ、7年前には口座の動きは全く無かった。そして、口座が6年前に動き出す直前に、ATMで1000円を入金して直後に1000円を出金していた。それ以前の移動状況は13年前と記載されていた。つまり、この口座は13年間眠っていて、6年前に突然目覚めた口座だった。 「よし、休眠口座が復活した」と上田は思った。
http://diamond.jp/articles/-/119332

第4回の4日付けの「「ATMでの1000円の入出金」は脱税口座の典型的な動き方」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・妻名義の銀行口座に溜め込まれた1700万円の現金。この口座は除外した売上を振り込んだ簿外預金なのか、それとも申告に上がっているものなのか、調査を行うだけの根拠が足りない。それでも、調査官の勘は「これは簿外預金だ」と言っている。調査に踏み切るべきかどうか、その結論は!?
▽口座復活を証明する「ATMを使った1000円の入出金」
・休眠口座が復活する場合や口座売買屋から買った口座の動きの特徴として、「ATMを使った1000円の入出金」と呼ぶ特徴のある動きをする場合がある。この動きは人間の行動性向からくる口座の動きだ。 口座を復活させたり口座売買屋から口座を買ったりすると、口座が実際に使える口座なのか、そうでないかを確かめるために、最初に1000円をATMで入金して確かめる人が多い。そして、その場で直ぐに出金して、口座が使えるかどうかを確かめるのだ。
・H医師の妻名義の口座も全く同じ動きをしていた。「ATMを使った1000円の入出金」が復活口座を証明していた。マルサで覚えた口座の動きの特徴の一つだ。 しかし、この口座がH医師の確定申告に反映(売上に上がっている)しているかどうかの判断は難しい。調査の着手前に、H医師の総勘定元帳を確認することは出来ない。確定申告した内容や過去の調査実績及び税務署で保有している資料から、口座が確定申告に反映している口座であるかどうかを判断する必要があった。
・個人の確定申告の場合、決算書の貸借対照表(資産負債調)に当座預金、定期預金、その他の預金と預金別に残高を記載する欄があるが、各々の預金の合計額を記載するため、口座別の明細が無い。 法人税の申告書であれば、預貯金の明細があって預金口座番号別に残高が記載してあるため、この口座が申告に反映しているかどうかの判断がつく。税務署ではこれをと公表口座(申告に反映している口座)と呼んでいた。
・しかし、個人の申告では、これを預金ごとの合計で記入するために、納税者が複数の預金口座を使用している場合には、残高を見ても公表口座の判断がつきにくい。H医師の貸借対照表には「その他の預金」に6500万円の残高があると記入されていた。 「その他の預金」には普通預金や通知預金、外貨預金までも含まれてしまう可能性がある。しかも、売上2億円を超えるH医師が、普通預金を1口座しか使っていないことは考えられない。 診療報酬の振込口座、カード振込用の口座、融資返済口座など、少し考えただけでも複数の口座が思い浮かぶ。まして、銀行もペイオフなどに備えて分散利用しているケースも多く、普通預金を5~6口座を使用していることが当たり前と考えられた。
▽取引照会の結果、口座の残高は1700万円にも達していた
・取引資料には預金残高の記入は無かった。振込金額が30万円程度ということから判断して、口座の残高は高額ではないと思えたのであろうか、今まで一度も調査選定に引っかからなかった。取引照会を行った結果、口座の残高は1700万円にも達していた。それでも、H医師が申告している「その他の預金」の残高が6500万円もあり、簿外預金という確信は持てなかった。
・しかし、上田はマルサの経験から、売上除外した口座だと確信していた。その根拠は、妻名義の口座は遠隔地に開設されており、口座には生活感が全く無かった。そして、「ATMを使った1000円の入出金」もあった。 普通に使っている口座なら一定額の入金があれば、経費の引落や口座振替など他の使用目的があるはずだが、口座には予防接種の振込以外は全く動きがなかった。しかも、口座の開設地はH医師の自宅から1時間以上も離れた学園都市だった。
・学園都市が調査の「パズルを紐解くキー」となった。実際にそうであったかは確認していない。上田が気づいた学園都市と口座の「パズルのキー」は口座開設日だった。妻名義の口座は、H医師の長男が大学に入学した年の5月に開設されていた。 もっとも、この想定は長男が現役で大学に合格したことを前提としていて、しかも、長男が本当に学園都市に入学したのかどうかは調べていない。ただ、上田には長男が学園都市の大学に入学したと仮定すると、1つのパズルが解けるような気がしていた。
・調査はパズルだ。上田は妻名義の口座は、長男の学校行事などのために開設した口座と推定した。不正に使われる口座の特徴として、口座の使用目的が変化するケースが挙げられる。 たとえば、口座売買屋が販売した口座などは、古い取引を調べると給与の振込口座であったものが、新しく所有者が替わって、外注費の振込口座に変化する場合がある。もっとも、サラリーマンであった人が、独立開業したなら、変化には問題が無い。
・しかし、サラリーマンだった時代から10年以上も休眠状態だった口座が突然動き出し、しかも、今までと全く違う動きをした場合には疑ってかかる必要がある。実際に使っていた人が、何らかの理由で口座を売却し、口座を買った人物が架空取引に使ったケースでは、口座は以前の動きと全く違う動きをすることになる。  これをマルサでは「口座の性格が変った」と呼んでいた。口座の動きを擬人化して「性格」と表現していたものだが、とてもわかり易い表現だった。H医師の妻が、長男の学校行事などのために開設した口座を、13年経って再び使い始めたと考えると「口座の性格が変った」に当てはまっていた。
▽簿外預金か否か、調査に踏み込む根拠が足りない
・医師資格を持つ妻名義の口座に、インフルエンザの予防接種の報酬が振り込まれている。妻名義の口座に振り込まれるのだから、妻が行った予防接種なのだろう。この報酬は事業主である医師Hの申告漏れと判断するべきか、妻の雑収入の申告漏れと判断するべきかについて、特別調査部門で意見交換を行った。  上田:「H医師の妻名義に1700万円も診療報酬が振込まれるけど、この振込は申告に反映していると思う?」
芝田上席:「H医師の売上は2億円以上もありますし、貸借対照表でも残高の範囲内ですし、申告に上がっているのではないでしょうか?」
上田:「そうかね?僕は申告に上がっていないと思うんだけど」 
芝田上席:「どうしてですか?」
上田:「遠隔地の口座なんだよね。何でこんな遠い銀行口座を使ったんだと思う?」
芝田上席:「一般的に遠隔地口座は、不正に使われやすいと言われますけどね。でも、根拠がそれだけで、調査選定は難しいのではないでしょうか。毎年、担当者は資料を見ているでしょうし、今まで調査できなかった理由は、公表預金であることが排除できなかったからですよね」
上田:「もちろん根拠は遠隔地だけではないよ。この口座には出金が一度しかないよね。恐らくこの時期(クリスマス前)からして、海外旅行にでも行ったんじゃないの?」
芝田上席:「確かにお正月の海外旅行代金の支払いなら、この頃かもしれませんね。クリスマスプレゼントの購入資金かもしれません。だからと言って簿外(売上除外した)取引とは言い切れませんよね」
上田:「もちろん。海外旅行の資金という推定が当っていても、除外した売上ということにはならない。僕が言いたいのは、そういうことではなくて、口座には生活感が無いということだよ。事業で使っている口座なら、もう少し他の取引があってもいいと思うんだよね」
芝田上席:「たとえば、口座引落とかですか?」 
上田:「もちろん口座引落があれば、ここから経費の支払があるため、事業口座と判断がつくよね」
芝田上席:「経費の支払いが無いからと言って、簿外と言うのも難しいと思いますが……」
上田:「僕が注目したのは手数料なんだ。前回のH医師の調査資料を見たら、調査資料に銀行の残高証明がついていたんだ。確定申告の際に税理士に提出して、資産負債調の作成資料にしていたと思うんだよね。ところが、この口座からは残高証明の手数料の支払が無い」
芝田上席:「なるほど。残高証明を取っているなら、毎年2月ごろに手数料が支払われていなければなりませんね」
▽調査官の勘がどうしても”簿外預金だ”と言っている
上田:「これも確証とはならないけどね。手数料もバカにならないから、通帳のコピーを税理士に渡せばすんでしまうからね」
芝田上席:「なるほど。ある口座は残高証明を口座から引き落として、ある口座は残高証明を取っていないのは変ですね。残高証明の取っていない口座は除外している可能性がある……」
上田:「いずれにしても決め手にはならない。通帳のコピーを税理士に提出して、資産負債調に計上していれば、問題は無いわけだから」
芝田上席:「何となく、課長が言わんとしていることはわかります。何か気になる部分ですね? しかし、前回のH医師の調査では、申告額が正しかったとして、申告是認していますからね。税理士がしっかり指導しているみたいですよ」
上田:「勘なんだよね。どうしても僕の勘が、この口座は簿外預金と言っているんだよね」
芝田上席:「課長がそこまで言うのなら、調査をやってみますか?」
http://diamond.jp/articles/-/119333

第5回の6日付けの「決め手は「100万円の出金」 暴かれた簿外預金」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・ついに着手したH医師への調査。これは上田にとって国税職員としての最後の調査だった。しかし、5年間も放置されてきた妻名義の口座は本当に収入除外の口座なのか。しかも調査期間は3ヵ月のみ。不安のまま始まった調査の行方を決めたのは、銀行の取引記録に残されたただ1度の出金記録だった。
▽ついに着手を決めた5年越しのH医師への調査
上田:「やっと、その気になってくれた?でも、最後の事案にしようね。申告是認になってもいいように、4月が過ぎてから着手しよう。 ところで、この妻名義の口座が申告漏れだった場合、H医師の収入除外として処理していいのかね」
芝田上席:「青色事業専従者の預金口座を使った収入除外ですから、H医師で修正申告をとって大丈夫だと思いますが」
上田:「医師資格を持つ妻が出張して診療しているのだから、妻の雑収入漏れと主張して来ないかね。妻の雑収入漏れであれば、実名預金に振り込んでくるのだから、単なる申告漏れとなり、重加算税の賦課が出来ない場合もあるよね。単なる申告忘れと主張する場合もありうる」
芝田上席:「それは大丈夫です。私の記憶ですが、何かそのような判例があったような気がします。後で判例を調べておきます」
上田:「もっとも、資料に記載されていた予防接種の日を調べたら、診療所の休診日ではないようだから、H医師が知らないところで行った予防接種とはならない。単なる申告忘れとは言わせないし、H医師が知らなかったとも言わせないけどね」
芝田上席:「なんだ。ちゃんと調べているんじゃないですか」
・H医師の調査は上田の最後の調査となった。一身上の都合で、国税局を早期退職することが決まっていたからだ。 東京国税局に採用されて、税務署で4年間の調査経験を積んだところでマルサに招集され、そこで足かけ20年間拘束されていた。上田は、マルサの調査経験で日本の裏側をつぶさに見てきた。国税局を早期退職するにあたり、マルサ以外の場所で過ごしてみたいと出した異動願いが認められ、上田は国税での最後の2年間をトクチョウの統括官として過ごしていたのだ。
▽ヨミ通り、妻の口座は簿外預金だった
・H医師の案件は、4月に着手したため、調査の終了期限までは3ヵ月しかなかった。税務署は7月に人事異動があるため、7月までに調査を終えなければならなかったのだ。担当は芝田上席1人に決めた。 調査に行ったものの、売上に反映している取引なら、直ぐに調査は終了となってしまう。前回の調査ではH医師の申告額は正しく、是認処理している。
・今年度の特別調査部門も、弁護士事案を含めて充実した調査が行えており、例え、調査結果が良くなかったとしても、特別調査部門の全体の結果にあまり影響を及ぼさなかった。 ただし、上田は「国税職員としてのラストの事案が申告額の是認では辛いな」と思っていた。全体の結果に影響を及ぼさないにしても、ラストの事案はラストの事案だ。何とか良い結果を望むのが人情だろう。しかし、指揮官には何もできない。調査に行った芝田上席の「第一報」を待つしかなかった。
・着手日の昼休みに、芝田上席から一報が入った。
芝田上席:「課長のヨミどおり、予防接種は簿外取引でした。総勘定元帳を確認しましたが、売上には上がっていません」
上田:「そう。良かったね。これで一安心だ。後はゆっくり詰めていけばいいね」
芝田上席:「どうします?この資料を相手にぶつけて(知っているかどうかを直接聞くこと)、早急な調査終了を目指しますか?」
上田:「いや、ゆっくり行こう。相手にいきなりぶつけると、それだけで調査が修了してしまうかもしれない。ここはゆっくり調査をして、他におかしな取引が無いかを確かめよう。銀行調査もやらなければならないよ」
芝田上席:「口座を相手にぶつけずに、調査のテーブルに上げてくるのは難しそうですよ」 
上田:「そうだね?なんと言っても出金が一度しかないので、リンクする口座も無さそうだからね」
芝田上席:「どうしましょうか?」
上田:「それを考えるのは担当者の仕事だよ。統括の仕事は選定で終わり。調査を自分の考えで展開していくのが、調査官の一番楽しいところじゃないの……」
芝田上席:「そうですね。もう少し、ゆっくり考えてみます。1700万円の売上除外があるのですからね。当然、重加算税の賦課もできますしね」
▽調査は心理戦、相手のどんな小さな変化も見逃せない
上田:「ところで、予防接種について聞いてみた?」
芝田上席:「まだ、聞いていません」
上田:「ちょっと聞いてごらん。H医師がどんな反応するか」
芝田上席:「診療所でやっている予防接種のことを答えるのではないでしょうか?」
上田:「それでいいんじゃない?出張の予防接種のことなんて聞くこと無いよ」
芝田上席:「狙いは何ですか?」
上田:「H医師の反応を見てみなよ。どんな顔をするか。小さな変化も見逃してはダメだよ。調査は心理戦だからね」
芝田上席:「H医師が知っているかどうか確かめるのでしょうか?」
上田:「もちろん知っているよ。H医院の診療日に、専従者の妻が予防接種に出かけているのだから、H医師が知らないわけがない」
芝田上席:「それでは狙いは何ですか?」
上田:「特に狙いがあるわけではない。しかし、切り口はそこだよ。ところで、芝田上席は、妻名義の口座に入ってくる予防接種の報酬は、手数料だけだと思っている?」
芝田上席:「どういうことですか?」
上田:「口座の入金額を見ると、一回当たり30万円も入金してくるよね。これは手数料収入なの?」
芝田上席:「なるほど。そういうことですか?予防接種のアンプルも医師持ちということですかね。診療所で行った予防接種の数とアンプルの仕入を比べれば、自ずとそこに答えが出てくるというわけですね」
上田:「そう簡単にいくのかは、やってみなければわからない。売上と仕入の両方を落としているのかもしれない。いずれにしても、そこが切り口になるはずだよ」
芝田上席:「わかりました。やってみます」
上田:「後は、芝田上席に任せるから、ゆっくり調査してよ。くれぐれも協力をもらって収集した貴重な資料がH医師に察知されて、収集先に余計な迷惑がかからないように気をつけてね」
▽口座から引き出された100万円が調査の行方を決めた
・資料は様々なところから協力を得て収集している。「収集先秘」となっている資料も多く、たとえ、申告から漏れていることがはっきりしても、場合によっては修正申告を提出するよう説得できない時もある。資料を納税者に開示できなければ売上が漏れている事実を追及できないからだ。
・H医師の案件は、結局、資料を開示することができずに、調査は終了までに2ヵ月以上かかった。最後の決め手は銀行調査だった。妻名義の口座から、たった一回の出金を調査した結果、出金に連動する動きがあった。 端緒の妻名義の口座から100万円を出金して別の妻名義の口座に入金し、150万円を旅行会社に振り込んでいたのだ。H医師には銀行調査を展開して、遠隔地口座に辿り着いたと説明した。
・H医師と妻は芝田上席の説明に「ばれてしまったらしかたがない。好きにしてください」と言っていたそうだ。 ところで、H医師の修正申告額は、6年間で売上除外1700万円。追徴税額680万円、重加算税230万円という重たい処理となった。延滞税や市民税を考慮すると、除外した売上のほとんどが追徴されることになる。
・上田は最後の調査でも、良い結果を出せたことに大いに満足していた。これで上田の最終章が本当に終った。大きな肩の荷を降ろした安心感の一方で、もう調査の神様に会うことができない。もう調査展開の醍醐味を味わえないことが、とても悲しかった。
http://diamond.jp/articles/-/119334

第1回で、『一般調査は一件の調査日数が、平均で4日しか与えられていない』、というのは一般調査とはいえ、本当に大変だろう。『「重箱の隅をつつくような調査が行われている」』との批判にも同情の余地がありそうだ。
第2回で、調査カードを 『一人の人間が見ても、その時々によって「感性」が違うのだから、いろいろな人間が目を通すことがさらに重要だ。いろいろな人間が自分の「感性」と「経験」をフル動員して「調査のパズル」を解く「キー」を捜していく』、というのはその通りだろう。休眠口座は確かに大きな手がかりになっているようだが、「休眠預金活用法」が昨年12月に成立したことで、こうした武器はやがて使えなくなるだろう。
第3回での 『「逆L口座」』、とはよく名づけたものだ。確かに脱税用口座では、そうなるのだろう。
第4回で、 『調査はパズルだ』、で、『「口座の性格が変った」』、などを手がかりに、検討していくのはなんとなく面白そうだ。
第5回で、『芝田上席:「どうしましょうか?」 上田:「それを考えるのは担当者の仕事だよ・・・」、とのやりとりは、どこの職場でも担当者と上司の間でありそうな会話なので、微笑みを禁じ得なかった。あだ、最後の、『妻名義の口座から100万円を出金して別の妻名義の口座に入金し・・・』、が 『売上除外1700万円』、にどのようにつながったのかの説明が省略されていたのが、残念だった。
銀行口座に個人番号が紐付けされると、国税の調査部門ももっと調査がやり易くなるのだろう。今後も大いに活躍してほしい。
タグ:第5回 第1回 第2回 脱税 第3回 第4回 ダイヤモンド・オンライン 休眠口座 (ダイヤモンド・オンライン「国税局直轄 トクチョウ(特別調査部門)の事件簿」より) 元国税調査官の上田二郎 「正直者がバカを見る」脱税を見抜く 特別調査部門の目」 特別調査部門 「調査の手引」 「調査の手引」にはすべての業種が網羅されており、たとえば、建築業ならその商慣習、記録帳簿、調査の展開方法、過去の不正事例などが詳細に掲載 一般調査と特別調査に分けて、調査に濃淡 一般調査は一件の調査日数が、平均で4日 「重箱の隅をつつくような調査が行われている」 特別調査部門では、一件につき平均10日の調査日数 時に調査日数が100日を超える場合 統括国税調査官(トウカツ) 上席国税調査官(ジョウセキ) 国税調査官(カン) 「「休眠口座の怪しい動き」に マルサ歴17年の勘が働いた 不正な取引に使われる怪しい銀行口座の数々 調査カード 一人の人間が見ても、その時々によって「感性」が違うのだから、いろいろな人間が目を通すことがさらに重要だ。いろいろな人間が自分の「感性」と「経験」をフル動員して「調査のパズル」を解く「キー」を捜していく 一人ひとりの経験値は小さくても、調査部門の全員の経験値を使えば「パズルのキー」は解けるかもしれない 「「逆L口座」から脱税の金の動きが見える 逆L口座 「「ATMでの1000円の入出金」は脱税口座の典型的な動き方 調査はパズルだ 不正に使われる口座の特徴として、口座の使用目的が変化するケースが挙げられる 「口座の性格が変った」 決め手は「100万円の出金」 暴かれた簿外預金 芝田上席:「どうしましょうか?」
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

日本経済の構造問題(その2)(元著名アナリストのデービッド・アトキンソン氏の日本診断) [経済]

今日は、昨日に続いて、日本経済の構造問題(その2)(元著名アナリストのデービッド・アトキンソン氏の日本診断) を取上げよう。デービッド・アトキンソン氏は、元外資系証券会社のアナリストで、現在は小西美術工藝社の社長をする傍ら、好きな日本を再生させるべく、 『新・所得倍増論』などを発表。同氏が東洋経済オンラインで3回にわたり連載した記事を紹介したい。なお、このブログでは、同氏の記事を2015年6月16日、7月2日、2016年5月18日、10月11日の4回、紹介している。

先ずは、昨年12月9日付け東洋経済オンライン「「1人あたり」は最低な日本経済の悲しい現実 日本の生産性は、先進国でいちばん低い」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・日本は「成熟国家」などではない。まだまだ「伸びしろ」にあふれている。 著書『新・観光立国論』で観光行政に、『国宝消滅』で文化財行政に多大な影響を与えてきた「イギリス人アナリスト」にして、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社社長であるデービッド・アトキンソン氏。
・彼が「アナリスト人生30年間の集大成」として、日本経済を蝕む「日本病」の正体を分析し、「処方箋」を明らかにした新刊『新・所得倍増論』が刊行された。そのポイントを解説してもらう。
▽さまざまなジャンルの世界ランキングで高位置にいるが
・「日本人は『○○の分野で世界第○位』という話が大好きだ」 これは初めて日本に来てから31年、私が日本の皆さんに対して抱いてきた率直な感想です。 私はバブル直前の1985年、日本にやってきました。そのころ日本はすでに「世界第2位の経済大国」で、国中に自信がみなぎっているのを感じました。いまは中国に抜かれて第3位になっていますが、それでも世界には190以上の国がある中での第3位ですから、たいへんすばらしいことだと思います。それ以外にも、輸出額、製造業生産額、ノーベル賞受賞数など、さまざまなジャンルの世界ランキングで、日本は高い地位を占めています。
・これらは、まさに「一流国家」というにふさわしい実績でしょう。そんなすばらしい実績を達成した日本人が、「自分の国は第○位だ」という話を喜ぶのは、ある意味で当然だと思います。 ですが、不思議なこともあります。日本ではなぜか、欧州では当たり前の「1人あたりで見て、世界第○位」という話はほとんど聞かれません。「全体で見て第○位」という話ばかりなのです。
・「全体で」「1人あたりで」、どちらで見るべきかはケースによって違いますが、国民1人ひとりの「豊かさ」や、個々人がどれだけ「潜在能力」を発揮しているかを見るには、「1人あたりで」のほうが適切なのは明らかです。同じ100億円の利益を上げている会社でも、従業員100人の会社と1000人の会社では、それぞれの社員の「豊かさ」や「潜在能力の発揮度合い」は10倍も違うという、きわめて当たり前の話です。
▽「1人あたり」で見ると、違った景色が見えてくる
・では、日本の実績を「1人あたり」の数値で見直すと、どんな風景が見えてくるでしょうか。きっと、驚かれることと思います。
 ・日本は「GDP世界第3位」の経済大国である→ 1人あたりGDPは先進国最下位(世界第27位)
 ・日本は「輸出額世界第4位」の輸出大国である→ 1人あたり輸出額は世界第44位
 ・日本は「製造業生産額世界第2位」のものづくり大国である→ 1人あたり製造業生産額はG7平均以下
 ・日本は「研究開発費世界第3位」の科学技術大国である→ 1人あたり研究開発費は世界第10位
 ・日本は「ノーベル賞受賞者数世界第7位」の文化大国である→ 1人あたりノーベル賞受賞者数は世界第39位
 ・日本は「夏季五輪メダル獲得数世界第11位」のスポーツ大国である→ 1人あたりメダル獲得数は世界第50位 
 注:生産性は世界銀行(2015年)、輸出額・製造業生産額はCIA(2015年)、研究開発費は国連(2015年)、ノーベル賞はWorld Atlas(2016年)、夏季五輪メダルはIOC(リオオリンピックまで)のデータをもとに筆者算出
・まだまだありますが、これくらいにしておきましょう。これだけでも、日本の「全体で見ると高いランキングにいるが、1人あたりで見るとその順位が大きく下がる国」という特徴が浮き彫りになるはずです。これは、単純に日本の人口が多いからです。先進国で1億人以上の人口を抱えている国は、米国と日本しかないのです。
・誤解しないでください。私は、「日本人は大したことのない人たちだ」などと言いたくて、これらの事実をご紹介したわけではありません。むしろ長年、日本人の皆さんと働いてきて、日本人の能力の高さに心からの敬意を抱いています。これは私の単なる感覚ではなく、国連の調査でも、日本は「労働者の質」が世界一高い国であることが明らかになっています。 能力が高いのに結果が良くない。これは、「潜在能力」が活かされていないことを示しています。逆に言えば、日本にはまだまだ「伸びしろ」があるということです。
▽なぜ、イギリス人がこんなことを書くのか
・1979年、私がまだ中学生だった頃、サッチャー首相がテレビのインタビューでこのような内容のことを語りました。 「みんながなにも反発せずに、しかたがないと言いながら、この国が衰退していくのを見るのは悔しい!産業革命、民主主義、帝国時代などで輝いたこの国が世界からバカにされるのは悔しい!」
・当時、戦争が終わってから、イギリスは経済のさまざまな分野でイタリア、フランス、ドイツや日本に大きく抜かれました。イギリスには過去の栄光以外になにもない、あとは沈んでいくだけだ、などと厳しい意見も聞かれ、世界からは「イギリス病」などと呼ばれ、衰退していく国家の見本のように語られていました。
・あの時代、まさか今のイギリスのように「欧州第2位」の経済に復活できるとは、ほとんどのイギリス人をはじめ、世界の誰も思っていませんでした。それほどサッチャー首相が断行した改革はすごかったのです。  これは、別にイギリス人のお国自慢ではありません。かつて「イギリス病」と言われ、世界から「衰退していく先進国」の代表だと思われたイギリスでも、「やらなくてはいけないことをやる」という改革を断行したことで、よみがえることができたという歴史的事実を知っていただきたいのです。
・サッチャー首相の言葉と同様に、みなさんにぜひ問いかけたいことがあります。 皆さんが学校でこんなに熱心に勉強して、塾にも通って、就職してからも毎日長い時間を会社で過ごし、有給休暇もほとんど消化せず、一所懸命働いているのに、「生産性は世界第27位」と言われて、悔しくないですか。労働者1人、1時間あたりで計算すると、イタリアやスペインすら下回ります。「先進国最下位」の生産性と言われて、悔しくないですか。
・「ものづくり大国」を名乗りながら、1人あたり輸出額は世界第44位と言われて、悔しくないですか。 こんなにも教育水準が高い国で、世界の科学技術を牽引するだけの潜在能力がありながら、1人あたりのノーベル賞受賞数が世界で第29位というのは、悔しくないですか。 私は悔しいです。
・「失われた20年」を経て、日本は経済成長をしないのが当たり前になりつつあります。かつてイギリスがそう呼ばれたように、「日本病」などと言われ、衰退していく先進国の代表のようにとらえられてしまうおそれもあります。実際、海外では、日本のことを研究する際には、経済政策の失敗例として扱われることが多いと聞きます。私がオックスフォードで日本について学んだときは、戦後の日本経済がいかに成功したかということが主たるテーマでしたので、非常に残念な変化です。
・だからこそ余計に、今の日本経済はごく一部の企業を除いて、「やるべきことをやっていない」という現状が我慢できません。日本人の「潜在能力」が活かされていないことが悔しくてたまりません。
▽GDP770兆円、平均年収1000万円も十分可能
・初めて日本にやってきてから、もう31年の月日が流れています。人生の半分以上を過ごしてきたこの国について今、私が思っていることはこの一言に尽きます。 日本はこの程度の国ではない。 私は、日本を「この程度」にとどめているのは、「世界ランキングが高い」という意識に問題があるのではないかと思っています。世界ランキングでの評価が高いから日本はすごい。世界ランキングが高いということは、日本人の潜在能力がいかんなく発揮されているからだと思い込んでいる方が多いのではないでしょうか。1人あたりのデータを見ずに、世界ランキングが高いということだけを見て、日本の実績は諸外国より上だと信じ込んでいる人が多いのではないでしょうか。 これは、恐ろしい勘違いです。
・1億人を超える人口大国・日本の世界ランキングが高いのは当たり前のことです。「1人あたり」で測れば、日本の潜在能力が発揮できていないことは明白です。まだ日本は成長の伸びしろがあるにもかかわらず、この「勘違い」によって、成長が阻まれているのです。
・日本の実績を「この程度」に押しとどめている原因を特定し、改革を実行すれば、日本は必ずや、劇的な復活を果たせるはずです。この「劇的な復活」とは、GDP770兆円(今の約1.5倍)、平均年収1000万円(今の約2倍)というレベルです。日本の「潜在能力」を考えれば、そのくらいはまったく不可能ではありません。
・まずは、日本が潜在能力を発揮できていない「日本病」とも言うべき病に陥っていることを、しっかりと認識してください。すべてはそこから始まります。
http://toyokeizai.net/articles/-/148121

次に、昨年12月16日の「日本は、ついに「1人あたり」で韓国に抜かれる 生産性向上を阻む「昭和の思考」という呪縛」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽労働人口で計るとさらに悪化する日本のランキング
・前回の記事(「『1人あたり』は最低な日本経済の悲しい現実」)では、日本の生産性が先進国で最低であることをご紹介しました。この記事には多くの反響をいただきました。 一番疑問視されたのは、日本は高齢者が多いから、生産性を計るために1人あたりGDPを使うと、日本の生産性が過小評価されるのではないかという指摘でした。すなわち、GDPを人口で割ると、経済にあまり貢献していない高齢者の比率が高いため、生産性の値が低くなるだろうとのことです。これは、一見もっともらしい指摘に聞こえます。
・しかし私は長年アナリストをやっていましたので、その調整はしてあります。高齢者が多いというのは、たしかに日本の1人あたりGDPを押し下げる要因となりますが、日本は高齢化だけではなく、少子化も進んでいます。つまり、子供の人数が少ないのです。あまり経済に貢献しない子供は、少なければ少ないほど、1人あたりGDPを押し上げる要因となります。 また、失業率を考える必要もあります。たとえばイタリアやスペインの失業率は、2桁に乗っています。つまり、実際に仕事をしている労働人口と名目上の労働人口の乖離が日本より大きくなっています。日本は失業率が低いですから、その分、1人あたりGDPを押し上げる要因となります。
・以上を考慮すると、「労働人口で見た日本の生産性は相対的に高くなって、最下位ではないだろう」というのは期待はずれです。実は、日本は全国民に占める仕事に就いている労働人口の比率が相対的に高いため、GDPを労働人口で割った生産性で見ると、逆にランキングが下がる結果となります。 なおかつ、日本は相対的に働く時間が長いので、1時間あたりで計算すると日本の順位はさらに下がります。 このままでは、生産性で韓国に抜かれる
・また、「日本の生産性が下がった理由」についての言及も多く見られましたが、実は日本の生産性は「下がった」わけではありません。1990年から現在にかけて、日本の生産性はわずかながら「上がって」います。日本の生産性が先進国最低になったのは、他の国と比べて、極端に「上がり方」が緩やかだったからです。
・実際、1990年から現在まで、アメリカ、ドイツ、イギリスの生産性は40%も上がっていますが、日本は20%しか上がっていません。特に、先進国の生産性は1995年以降爆発的に向上していたにもかかわらず、日本だけはほぼ横ばいで推移してきました。このため、1990年には世界第10位だった生産性が、第27位まで低迷してしまったのです。
・アジアの中でも、日本の優位性が次第に薄れています。2001年には日本の生産性はまだアジアトップでしたが、2002年に第2位、2007年に第3位、2010年に第4位、2015年には第5位まで低下しています。 実はこのままにしておきますと、数年後には、日本は生産性で韓国にすら抜かれることが予想されます。 1990年には、日本の購買力調整済みの1人あたりGDPは韓国の2.44倍でしたが、毎年そのギャップが縮まっており、2015年は1.04倍となっています。生産性はやがて収入に収斂していきますので、このままですと、生活水準で韓国の後塵を拝することになってしまいます。
・生産性を上げる必要があると主張していると、必ずと言っていいほど「生産性を上げる必要などない」と反論されます。生産性を上げるためにガツガツ働いても、幸せにはなれないのではないかという意見です。  気持ちはよくわかりますが、やはり生産性は上げなくてはなりません。
▽社会保障を続けるなら、生産性向上は不可欠
・まず、「GDP=人口×生産性」です。これから日本の人口は確実に減ります。人口が減りますので、生産性を上げないと、GDPは減ります。この簡単な理屈に、難しい経済理論は不要です。 「GDPが減ってもいいではないか」という反論も予想されます。同時に、「日本には日本の美徳がある。利益ではない、経済合理性ではない」などとも言われます。 ここで一番のポイントは、長寿と福祉です。皆さんの寿命が延びました。日本は、年金も介護も医療もとても充実しており、この支出は毎年増えています。これを支えているのは労働人口です。労働人口が減るなら、労働人口の生産性向上が求められます。これも極めて簡単な話です。
・「日本人の職人魂」「細部までこだわる」「利益ではない」「生産性や合理性ではない」というスタンスは、戦後、人口が爆発的に伸びるという「恵まれた」時代だからこそ許されました。今も同様のことを言うのであれば、それは昭和という「人口激増時代の後遺症」であり、「妄言」と言うしかありません。
・日本という先進国において人口が爆発的に増えれば、経済は成長します。モノが売れます。人が増えていれば、経営が下手でもなんとかなります。経営戦略などなくても利益が増え、株価が上がります。短期的に利益を重視しなくても、そのうち自然と利益が上がります。1円でも安く、大量に作りさえすれば、会社が栄えました。大した魅力のない観光地にも人がいっぱい来ます。人が増えているから、翌年はさらに来る。そうなると、魅力を磨く必要がなくなります。
・人口激増時代は、福祉制度を運営するのも容易でした。高齢者を支える人は毎年増えるのですから、ひとりひとりの労働者の効率や生産性を考える必要はありませんでした。極論を言えば、労働者は生産性を気にすることなく働くことができました。やりたい放題が許されたのです。ある意味で、素晴らしい時代だったと言えるでしょう。
・人口激増を背景に、生産性を気にしなくてもなんとかなるという「日本型資本主義」ができあがりました。アナリストとしては、これは人口激増時代だからこそ許された「甘え」であり、今も同様のことを言うのであれば、「妄想」と言わざるをえません。 今は、人口減少時代です。ひとりひとりの生産性を向上させる以外に、福祉制度を守っていく道はありません。長寿化に伴う福祉の支出を諦めるか、生産性を追わないという今までの「甘え」を諦めるか。私には、答えはハッキリしているように思います。
・もちろん、生産性向上の恩恵は福祉の維持だけに留まりません。長年低迷している、皆さんの給料も上がります。国連の調査によると、日本は労働者の質が世界一高い国です。さらに世界的に見て、大変な長時間労働をされています。高い給料をもらわないよりは、もらったほうがいいのではないでしょうか。生産性向上は、そのための方策でもあるのです。
http://toyokeizai.net/articles/-/149624

第三に、昨年12月23日付けの「日本を「1人あたり」で最低にした犯人は誰か 「世界最高の労働者」を活かせないという罪」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽生産性向上なしに、日本の問題は解決しない
・前々回(「1人あたり」は最低な日本経済の悲しい現実)と前回(日本は、ついに「1人あたり」で韓国に抜かれる)の記事で、日本の生産性が他国と比べて相対的に低下している現実を指摘し、生産性向上の必要性を訴えてきました。
・このような主張をしていると、必ず「生産性向上など必要ない」という意見をもらいます。しかし「GDP=人口×生産性」です。 人口が増えない中で、生産性を向上させないなら、これから確実に増える社会保障費をどうやってまかなうのか。先進国の中で貧困率がトップクラス、まさに「ワーキングプア大国」という現実をどう解決するのか。「生産性向上など必要ない」と主張する方にはぜひとも教えていただきたいのですが、納得のいく意見を聞いたことがありません。妙案がある方がいらっしゃいましたら、ご連絡をお待ちいたします。
・さて、記事への反応の中には、「問題提起だけで解決策が書かれていない」という批判もありましたので、今回はその点を解説していきたいと思います。
・まず、「あなたの会社の生産性は、こうすれば上がります」などという魔法の杖は存在しません。各企業が抱える問題はそれぞれですから、対応策も異なります。私自身、小西美術工藝社という300年以上続く会社の経営者として日々生産性向上に努めていますが、うまくいくことばかりではありません。さまざまな抵抗や反対にあい、改革が遅々として進まないことも珍しくありません。 ですが、ひとつだけはっきりしていることがあります。それは、「生産性が相対的に下がったのは、誰のせいか」ということです。「誰が生産性向上の責任を負っているのか」と言い換えても構いません。
▽生産性低下の犯人は「長い会議」などではない
・記事に対するコメントを拝見していると、「犯人探し」が盛んです。たとえば「会議が長い、根回しが大変、働き方が非効率。だから日本は生産性が低い」という意見がありました。たしかにそれらは日本の特徴かもしれませんが、別に今に始まった話ではありません。日本の生産性の伸びがほぼ止まったのは1990年代からですので、説明要因としては不十分でしょう。
・他にも、「画一的な教育が悪い」という意見もあります。かつて日本の教育は、「世界一勤勉な労働者を育成している」と高く評価されていましたが、最近では「個性やクリエイティビティを養うことができない」と言われ、さまざまなところでやり玉に挙がっています。
・私は日本の教育を受けたことがないので、日本の教育制度の是非を論じることに抵抗がありますが、外国人の視点から言わせていただくと、このようにかつて良いとされていたことが時代遅れと批判される現象の根底には、「経済の停滞」があるのではないかと考えています。これは世界的にもよくあるパターンです。
・たとえば、英国経済が低迷していた時代、私の母校でもあるオックスフォード大学は痛烈な批判に晒されていました。「アカデミズムに偏りすぎで卒業生はビジネスに向かない、社会で本当に役立つことを教えていない」という、どこかで聞いたことのある批判がなされていたのです。 ですが、経済が好転した今、オックスフォード大学の評価は180度変わり、2016年には「世界一」と言われるまでに復活しました。では、オックスフォード大学は何か変わったのでしょうか。いえ、オックスフォード大学の制度も文化も、12世紀からそれほど変わっていません(もちろん、多少の「調整」はしています)。にもかかわらず、経済が好転すると「成功の主要因」のように語られるのは、興味深い現象です。
・日本の教育に関する議論にも、同じことが言えるように思います。もちろん、日本の教育に何も問題がないとは言いませんが、それを「生産性停滞の犯人」と決めつけるのは、冷静に考えれば早計だと思います。  また、「日本人が勤勉でなくなった」という意見もあります。こういった人は、「働く人ひとりひとりが生産性を意識しなければいけない」という主張になりがちです。
・大変立派な姿勢ですし、生産性を高められれば、もしかしたらその人のお給料は上がるかもしれません。しかし、すべての労働者にそれを求めるのは、一言で言えば「過剰な期待」です。 労働者が自主的に生産性を高めることなど、世界の常識に照らせばあり得ません。「生産性が低いから会議には出ません、報告書も書きません」と言って許されるとは思えませんし、そもそも、労働者には生産性を上げる義務も、インセンティブもありません。
・日本では「従業員も経営者目線を持ちなさい」と言われることがあるようですが、そう言うならば、労働者にも経営者と同じだけの給料を支払わなければいけませんし、同じ権限を与えないと理屈が通りません。
・そもそも、経営改善は経営者の仕事です。だから「経営者」というのです。生産性の改善とはとりもなおさず「経営改善」のことですから、生産性を改善していく義務は、第一義的に経営者にあるはずです。極めて単純な話です。 国連の調査によると、日本の労働者の質は世界最高と言われています。世界最高の労働者から、先進国最低の生産性しか引き出せていない。私には、日本の経営者の「罪」は決して軽くないと思わずにはいられません。 高スキル構成比とは、「高スキル労働者」が全労働者に占める割合。主に数学的思考能力、識字能力、ITを使った問題解決能力などをベースに国連が独自に算出している(出所:国連データより筆者作成)
▽生産性を向上させないと、社会保障が守れない
・日本は今、年金、医療、介護に加えて、貧困、ワーキングプア、国の借金など、非常に多くの問題を抱えています。だから安倍政権は、600兆円というGDP目標を置き、女性の活躍、給料の引き上げ、内部留保の活用などを訴えています。人口が増えない中でGDPを増やすというアベノミクスの目標は、生産性を高めていこうということと同義です。
・この目標を達成するため、日本政府は公共投資、減税、低金利に続くゼロ金利とマイナス金利、円安誘導に規制緩和と、さまざまな手を打ってきました。政府は企業経営こそできませんが、それ以外にできることはほとんどやっていると思います。しかし、経営者は生産性向上のために動き出していません。「生産性を向上させるべき」という意見に賛同していないのか、その必要性を認識していないのか、自分の責任を感じていないのかはわかりませんが、動き出していないのは明らかです。
・私は本を出版する前の2年間、経営者が動き出さない理由をずっと考えていました。さまざまな仮説を立てて、データを分析して検証をしましたが、満足のいく説明はできませんでした。ですが、夏休みのある日、鎌倉のビーチで悟りました。「経営者のモチベーション」こそが問題であると。
・日本社会が抱える問題は、経営者にとっては「関係ないこと」です。どれほど社会保障費が膨らんで国の借金が増えても、どれほどワーキングプアが増えても、経営者は困りません。経営者には、自社に対する責任しかないのです。
・それに拍車をかけているのが、「日本型資本主義」という幻想です。多少極端な言い方ですが、「大切なのは利益ではない、合理性ではない。仕事は『道』である。日本の精神性を捨てるべきではない」などと言って、生産性改善に向かわない「怠慢」をごまかしてきました。いい加減な経営をしても、内部からのプレッシャーもありません。外部の不満が募って、たとえば敵対的買収の動きになっても、政府に頼んで規制で守ってもらってきました。事実、日本は1990年代から「世界一株価が上がらない国」になっています。
・昭和の時代なら、このやり方でも何とかなっていました。それは人口激増という恩恵があったからです。利益を気にしなくても、人口が増えるから、利益は後から自然についてきました。つまり、日本型資本主義は、単なる「人口激増依存型資本主義」だったのです。人口増加が止まった1990年代初頭に経済成長も止まった事実からも、それは明らかです。
・しかし、今は平成です。人口横ばい時代を経て、人口激減時代に入っています。日本型資本主義を支えた基礎条件が変わったのですから、いまだに「日本型資本主義」などといって甘えることは許されません。いま「日本型資本主義」などと言っているのは、まるで「天動説」を信じ続けている人を見たような滑稽さを感じます(この点については、回を改めて詳しくご説明します)。
▽生産性向上のため、政府は「外圧」となれ
・日本政府は、今まではずっと経営者を信じて、プレッシャーをかけてこなかったどころか、「ハゲタカ」などとも言われる外資系金融機関から日本企業を守るという形で、プレッシャーを軽減してきました。人口激増時代には、それで問題ありませんでした。しかし、人口増加が止まった今、この政策はうまくいきません。では、どうすればいいのでしょうか。
・私は、政府が公的年金などを通じて「日本一のアクティブ・シェアホルダー」となり、各社に生産性を上げるように強制するべきだと考えています。生産性を上げられない、無駄な内部留保を活用できない経営者は、有能な経営者が現れるまで首を切るべきでしょう。
・世界一有能な国民を預かっている以上、経営者には仕事を効率化し、生産性を上げていく義務があります。給料を抑えるだけという単純な戦略ではなく、「本物の経営」をするようにプレッシャーをかけるべきです。そのプレッシャーによって、経営者は株価を継続的に上げる経営をせざるをえなくなります。各社が努力をして、生産性を上げます。その努力の積み重ねによって、GDPは増えるのです。
・「そんなことをすると、リストラによって失業者が増える」という反論が予想されますが、今や、人が足りないから移民を迎え入れようという、極めて危険な動きがあります。移民にはさまざまなリスクもあります。人が足りないなら、今いる労働者の生産性を上げていくことによって補えばいいのです。こんなに生産性が低いのですから、移民を迎えることを考える前にやるべきことはあるはずです。
・極端なことを言えば、今までの日本の経営者は、「経営」をしてきませんでした。激増する人口という恵まれた環境に甘えて、「管理」をしてきただけです。今となっては不幸なことに、それで大成功を収めてしまいました。この大成功の幻想を追うあまり、人口減少時代に求められている経営に気づけないのだと思います。
・これからは経営者という立場の人たちには、きちんと「経営」をしてもらわないといけない時代に変わりました。経営者が危機感を持たず、人口減少時代にふさわしい「経営」をしないなら、強制的にでもさせるしかありません。 「アメリカのような極端な利益至上主義は人を幸せにしない」と言われます。その通りです。しかし、アメリカの極端な「利益至上主義」に対する批判を、日本の「利益否定・生産性軽視」の口実にしてはなりません。
・何度も言いますが、生産性を高めないかぎり、増え続ける社会保障を維持することも、先進国でトップクラスの貧困率を改善させることもできないのです。アベノミクスの真の狙いは生産性を上げることです。それを意識して、実行に移す以外に、日本が再生する方法はありません。
http://toyokeizai.net/articles/-/150913

一番目の記事にある 『1人あたり」は最低な日本経済の悲しい現実』、『かつて「イギリス病」と言われ、世界から「衰退していく先進国」の代表だと思われたイギリスでも、「やらなくてはいけないことをやる」という改革を断行したことで、よみがえることができたという歴史的事実を知っていただきたいのです』、というデービッド・アトキンソン氏は、分析もいいかげんではなく、「日本病」診断に最適な人物だろう。 『今の日本経済はごく一部の企業を除いて、「やるべきことをやっていない」という現状が我慢できません。 日本人の「潜在能力」が活かされていないことが悔しくてたまりません』、には「日本びいき」になった同氏の焦燥感が溢れている。
二番目の記事で、 『人口激増を背景に、生産性を気にしなくてもなんとかなるという「日本型資本主義」ができあがりました。アナリストとしては、これは人口激増時代だからこそ許された「甘え」であり、今も同様のことを言うのであれば、「妄想」と言わざるをえません』、との厳しい指摘は正論だ。
三番目の記事で、『「世界最高の労働者」を活かせないという罪』は、「経営者のモチベーション」にあるとの指摘は、その通りだ。日本ではすぐ「教育」が問題とする人々も多いが、オックスフォード大学が「イギリス病」時代には問題にされ、現在は高く評価されている例は面白く説得的だ。さらに 『「日本型資本主義」という幻想です。多少極端な言い方ですが、「大切なのは利益ではない、合理性ではない。仕事は『道』である。日本の精神性を捨てるべきではない」などと言って、生産性改善に向かわない「怠慢」をごまかしてきました。いい加減な経営をしても、内部からのプレッシャーもありません。外部の不満が募って、たとえば敵対的買収の動きになっても、政府に頼んで規制で守ってもらってきました。事実、日本は1990年代から「世界一株価が上がらない国」になっています』、と「日本型資本主義」が経営者の逃げ道になっている現状を、手厳しく批判しているのにも大賛成だ。 『政府が公的年金などを通じて「日本一のアクティブ・シェアホルダー」となり、各社に生産性を上げるように強制するべきだと考えています』、との提言は、そのうちGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用方針見直しにつながるかもしれない。 『今までの日本の経営者は、「経営」をしてきませんでした。激増する人口という恵まれた環境に甘えて、「管理」をしてきただけです。今となっては不幸なことに、それで大成功を収めてしまいました。この大成功の幻想を追うあまり、人口減少時代に求められている経営に気づけないのだと思います』、との指摘もその通りだ。この記事や 『新・所得倍増論』を、多くの経営者が読んで深く考え直してほしいところだ。
明日の金曜日は更新を休むので、土曜日にご期待を!
タグ:日本経済 東洋経済オンライン アナリスト サッチャー首相 失われた20年 デービッド・アトキンソン 構造問題 (その2)(元著名アナリストのデービッド・アトキンソン氏の日本診断) 小西美術工藝社の社長 『新・所得倍増論』 「「1人あたり」は最低な日本経済の悲しい現実 日本の生産性は、先進国でいちばん低い 日本は「成熟国家」などではない。まだまだ「伸びしろ」にあふれている さまざまなジャンルの世界ランキングで高位置にいるが 「1人あたり」で見ると、違った景色が見えてくる 世界からは「イギリス病」などと呼ばれ、衰退していく国家の見本のように語られていました 「欧州第2位」の経済に復活 サッチャー首相が断行した改革はすごかったのです 労働者1人、1時間あたりで計算すると、イタリアやスペインすら下回ります。「先進国最下位」の生産性 ものづくり大国 1人あたり輸出額は世界第44位 1人あたりのノーベル賞受賞数が世界で第29位 今の日本経済はごく一部の企業を除いて、「やるべきことをやっていない」という現状が我慢できません 日本は、ついに「1人あたり」で韓国に抜かれる 生産性向上を阻む「昭和の思考」という呪縛 ・アジアの中でも、日本の優位性が次第に薄れています 数年後には、日本は生産性で韓国にすら抜かれることが予想 社会保障を続けるなら、生産性向上は不可欠 「日本人の職人魂」「細部までこだわる」「利益ではない」「生産性や合理性ではない」というスタンスは、戦後、人口が爆発的に伸びるという「恵まれた」時代だからこそ許されました。今も同様のことを言うのであれば、それは昭和という「人口激増時代の後遺症」であり、「妄言」と言うしかありません 人口激増を背景に、生産性を気にしなくてもなんとかなるという「日本型資本主義」ができあがりました。アナリストとしては、これは人口激増時代だからこそ許された「甘え」であり、今も同様のことを言うのであれば、「妄想」と言わざるをえません 日本を「1人あたり」で最低にした犯人は誰か 「世界最高の労働者」を活かせないという罪 生産性向上なしに、日本の問題は解決しない あなたの会社の生産性は、こうすれば上がります」などという魔法の杖は存在しません 生産性低下の犯人は「長い会議」などではない 英国経済が低迷していた時代 オックスフォード大学は痛烈な批判に晒されていました 経済が好転した今、オックスフォード大学の評価は180度変わり、2016年には「世界一」と言われるまでに復活 生産性の改善とはとりもなおさず「経営改善」のことですから、生産性を改善していく義務は、第一義的に経営者にあるはずです 世界最高の労働者から、先進国最低の生産性しか引き出せていない。私には、日本の経営者の「罪」は決して軽くないと思わずにはいられません 生産性を向上させないと、社会保障が守れない 経営者のモチベーション」こそが問題 経営者には、自社に対する責任しかないのです 拍車をかけているのが、「日本型資本主義」という幻想です。多少極端な言い方ですが、「大切なのは利益ではない、合理性ではない。仕事は『道』である。日本の精神性を捨てるべきではない」などと言って、生産性改善に向かわない「怠慢」をごまかしてきました。いい加減な経営をしても、内部からのプレッシャーもありません。外部の不満が募って、たとえば敵対的買収の動きになっても、政府に頼んで規制で守ってもらってきました 生産性向上のため、政府は「外圧」となれ 日本一のアクティブ・シェアホルダー 生産性を上げられない、無駄な内部留保を活用できない経営者は、有能な経営者が現れるまで首を切るべきでしょう こんなに生産性が低いのですから、移民を迎えることを考える前にやるべきことはあるはずです 今までの日本の経営者は、「経営」をしてきませんでした。激増する人口という恵まれた環境に甘えて、「管理」をしてきただけです
nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感