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防衛問題(その13)(トランプ高笑い 陸上イージス日本配備で米は10億ドル節約、イージス・アショアに大金を払い 日本は米国の「不沈空母」にされる 6000億円出して これですか…?、「予算1兆円」イージス・アショア 噴出する反対論といくつもの問題 再考 そして引き返す勇気が必要だ) [国内政治]

防衛問題については、6月16日に取上げた。今日は、(その13)(トランプ高笑い 陸上イージス日本配備で米は10億ドル節約、イージス・アショアに大金を払い 日本は米国の「不沈空母」にされる 6000億円出して これですか…?、「予算1兆円」イージス・アショア 噴出する反対論といくつもの問題 再考 そして引き返す勇気が必要だ)である。

先ずは、6月21日付け日刊ゲンダイ「トランプ高笑い 陸上イージス日本配備で米は10億ドル節約」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/256520
・『地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」の配備計画を巡る防衛省の適地調査が、ズサンすぎると猛批判を浴びている。東北の調査地点19カ所のうち9カ所で、山を見上げた角度を示す「仰角」が過大に計算されていた上、秋田・男鹿市付近の山の標高が3メートル低く報告されていたことも発覚。防衛省は、急峻な山が「レーダーを遮蔽する」として「不適」と判断していたのに、その根拠はグラグラ。改めて、秋田市の「陸自新屋演習場ありき」の調査だった可能性が浮き彫りになっている。 日刊ゲンダイは8日付で「陸上イージス配備 秋田市ありきの“アメリカ・ファースト”」と報道。北朝鮮のミサイル基地から新屋演習場の延長線上にはハワイ、もう一つの予定地、山口・萩市の延長線上にはグアムの米軍施設があり、これらの施設を効率的に守ることが防衛省の真の狙いと指摘した。さらなる調べで、安倍政権のアメリカ・ファーストを裏付ける新たな資料が見つかった』、「新たな資料」とは期待できそうだ。
・『米政界とつながりが強いシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」は今年5月、〈太平洋の盾:巨大な『イージス駆逐艦』としての日本〉との論文を公表。論文には〈秋田・萩に配備されるイージス・アショアのレーダーは、米本土を脅かすミサイルをはるか前方で追跡できる能力を持っており、それにより、米国の本土防衛に必要な高額の太平洋レーダーの建設コストを削減できる。(中略)恐らく10億ドルの大幅な節約が実現できる〉などと記されているのだ。 つまり、総額6000億円もの血税がつぎ込まれる可能性がある配備計画は、米国にとっていいことずくめ。日本円にして1000億円以上も軍事費を削れれば、トランプ米大統領は高笑いだろう。ステルス戦闘機「F35」の爆買いといい、安倍政権の“トランプ・ファースト”には呆れるしかない』、確かにハワイやグアムの米軍施設防衛に寄与するので、「10億ドルの大幅な節約」は可能だろう。

次に、東京新聞論説兼編集委員(元防衛省担当)の半田 滋氏が6月29日付け現代ビジネスに掲載した「イージス・アショアに大金を払い、日本は米国の「不沈空母」にされる 6000億円出して、これですか…?」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65539
・『防衛省が秋田市と山口県萩市への配備を計画している地対空迎撃システム「イージス・アショア」をめぐり、防衛省のミスがとまらない。両市の演習場を「適地」と断定した根拠は根底から揺らいでいるが、岩屋毅防衛相は「結果に影響はない」との主張を変えようとはしない。 弾道ミサイル迎撃に対応できるイージス護衛艦は4隻から8隻へと2倍に増える。そもそもイージス・アショアは必要なのか、という話だ。 イージス・アショアの導入決定に至る経緯を振り返ると、政治主導の足跡がみえる。同時に「米国製武器の『爆買い』」と「米国防衛」というふたつのキーワードが浮かび上がる。 防衛省のミスは、いつまで続くのだろうか』、ミスは質量とも信じられないような酷さだ。
・『あまりにミスが多すぎる  昨年6月、防衛省は秋田市の新屋演習場、萩市のむつみ演習場へのイージス・アショアの配備を両自治体に説明した。地元からは、強力なレーダー波(電磁波)による健康被害や攻撃対象となる不安から、「配備反対」の声があがった。 防衛省は約2億円の公費を投じて他の配備候補地を調査し、秋田県へは5月27日、新屋演習場が「適地」とする報告書を渡した。 ところが6月になって、19ヵ所の候補地のうち、9ヵ所でレーダー波を遮る山の仰角の数値を過大に計算して「不適」と断定していたことが判明。職員が「グーグルアース」のデータを読み間違えたことが原因だった。 このことを謝罪するため、防衛省は6月8日に秋田市で周辺住民に対する説明会を開いたが、その場で職員の一人が居眠りしていたことに住民が激怒。翌日、東北防衛局長が職員の居眠りを認め、陳謝した。 一方、岩屋防衛相は6月18日の記者会見で「津波の影響はない」としてきた新屋演習場に「津波対策の必要がある」と説明を一転させた。秋田県が公表している津波浸水想定と照合した結果、浸水域は2~5mに達することが判明したという。資料の見落としである。 さらに岩屋氏は、18日の記者会見では、あらたに1ヵ所の山の標高を誤表記していたと発表。また25日には、電波の強度を示す「電力束密度」という数値を示した部分に2ヵ所誤りがあることを発表し、「職員が手作業で打ち込み転記する際に間違いが発生した」と陳謝した。 データの「読み間違い」に「見落とし」「写し間違い」、さらには「居眠り」だ。秋田県の佐竹敬久知事は「念には念を入れて丁寧に説明しようという基本姿勢が欠けている。秋田弁で言えば『わっぱが(いい加減な)仕事』」と防衛省を批判した。 なぜ、防衛省は当事者意識を欠いたような仕事ぶりなのだろうか。 それは、イージス・アショアの導入経緯と関係している』、ここまで酷いミスを見せつけられると、「イージス・アショアの導入
」が政治主導で決められたことに対する、防衛官僚の「サボタージュ」ではとの疑いすら抱かせる。
・『そもそも、なぜ買うことに…?  日本のミサイル防衛システムは、飛来する弾道ミサイルをイージス護衛艦から発射する艦対空ミサイル「SM3」で迎撃を試み、失敗したら地対空ミサイル「PAC3」で迎撃するという二段階で対処する。 2003年12月、これらを米国から導入することを閣議決定し、これまで2兆円近い経費が米政府に支払われた。 その後、北朝鮮がミサイル発射を繰り返すのを受けて、防衛省は弾道ミサイル迎撃ができるイージス護衛艦を4隻から8隻に倍増することを決め、「あたご」型の2隻の改修を2012年度から開始、また最初から弾道ミサイル迎撃ができる「まや」型2隻の建造費を15、16年度防衛費に計上した。 イージス護衛艦に搭載する日米共同開発中の迎撃ミサイル「SM3ブロックⅡA」は従来型と比べ、射程がほぼ2倍に広がることから、防衛省は日本海に浮かべるイージス護衛艦は3隻から2隻に減らすことができるとも説明していた。 つまり、「イージス護衛艦の追加」と「迎撃ミサイルの高性能化」により、日本防衛に必要な武器類は揃うことが決まっていたのである。 そうした中で、イージス護衛艦の機能を地上に置き換えたイージス・アショアの導入が突如浮上した。安倍晋三首相の国会答弁がきっかけとなった。 安倍首相は17年2月15日の参院本会議で「わが国は米国の装備品を導入しているが、これらはわが国の防衛に不可欠なもの」と語り、「安全保障と経済は当然分けて考えるべきだが、これらは結果として米国の経済や雇用に貢献する」と続けた。 首相はこの答弁より前の同年2月10日、就任して間もないトランプ大統領とワシントンで首脳会談を行った。 会談後の記者会見でトランプ氏は「両国がさらなる投資を行い、防衛力をさらに高めていくことが大切だ」と強調。これを日本政府は「米国製武器のさらなる購入」を要求するものと受けとめ、前出の首相答弁につながった』、安倍首相の「わが国は米国の装備品を導入しているが、これらはわが国の防衛に不可欠なもの」との答弁は、イージス護衛艦で十分に足りているのに、あえて「イージス・アショア」を導入する必要性は何ら触れていない不誠実な答弁だ。
・『あっという間に1兆8000億円  早速、同月23日には自民党政調会が「弾道ミサイル防衛に関する検討チーム」を発足させ、翌月、安倍首相に提言を手渡した。 この提言は「新規アセットの導入」として「イージス・アショアもしくは終末高高度防衛ミサイル(THAAD)の導入について検討し、早急に予算措置を行うこと」を求めている。 この提言を受けて防衛省は、同年5月にはイージス・アショアを導入する方針を固め、8月には小野寺五典防衛相(当時)が訪米してマティス国防長官(同)にイージス・アショア導入の意向を伝えている。 そして同年12月19日、安倍内閣はイージス・アショア2基の導入を閣議決定したのである。 この間、わずか10ヵ月。「バイ・アメリカン(米国製品を買え)」を主張するトランプ氏との日米首脳会談をきっかけに、安倍首相が「米国製武器の追加購入」の方針を打ち出し、自民党との二人三脚により、イージス・アショア導入への道筋が付けられた。 防衛省によると、イージス・アショア2基の配備にかかる総額は4664億円。1発30億円ともされる48発分のミサイル購入費を含めれば、総額6000億円を超える。 安倍内閣は昨年12月、「105機のF35追加購入」を閣議了解しており、105機の購入費は安く見積もって約1兆2000億円とされる。 安倍政権はたった2回の閣議で総額1兆8000億円もの武器購入費を米政府に手渡すことを決めたことになる』、米国のご機嫌とりのために「総額6000億円を超える」「イージス・アショア導入」を決めたとは、いかにも安倍政権らしい。
・『「やらされている」防衛省  防衛省がイージス・アショアの「適地」をめぐる説明でミスを繰り返すのは、イージス・アショアが政治案件であることと無関係ではない。国防担当にもかかわらず、脇役に回され、地元対策を押しつけられた防衛省の不満がにじみ出た結果といえる。 ミスのいくつかは、地元紙や秋田県などの指摘で明らかになった。「やらされている」から「やっているフリ」をしているだけの防衛官僚と、イージス・アショアが配備されれば生活が一変しかねない地元とでは真剣さの度合いが違う。 秋田市と萩市が選ばれた理由について、防衛省の説明資料は「わが国全域を防護する観点から北と西に2基をバランス良く日本海側に設置する必要から候補地とした」としている。 しかし実は、北朝鮮の弾道ミサイル基地「舞水端里(ムスダンリ)」と秋田市を結んだ延長線上には米軍のアジア・太平洋方面軍司令部のあるハワイがあり、同じく萩市の先には米軍のアンダーセン空軍基地、アプラ海軍基地を抱えるグアムがある。 日米は弾道ミサイルの発射情報を共有しており、イージス・アショアが探知した情報はただちに米軍の情報ともなる。これにより、米軍は日本近海にイージス艦を配備することなく、北朝鮮はもちろん、ロシア、中国の弾道ミサイル発射情報を入手できるようになる。 ロシアのラブロフ外相が日本政府との北方領土交渉で「米国がアジア地域にミサイル防衛システムを展開することは、ロシアの安全保障に直接関わる問題だ」などと批判を繰り返し、日本のイージス・アショア配備に反対するのは、こうした理由からだ』、ロシアを怒らせることで、「北方領土交渉」が犠牲になるのも覚悟の上なのだろう。
・『本当に「日本防衛」のためなのか  一方、米国にとって日本のイージス・アショア配備はプラス材料以外の何ものでもない。 米国の保守系シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」は昨年5月、「太平洋の盾・巨大なイージス艦としての日本」との論考を発表する中で、かつて中曽根康弘首相が「日本列島を浮沈空母にする」と発言したことを引き合いに出し、イージス・アショアの有益性を論じた。 具体的には以下のように指摘している。 「日本のイージス・アショアは米本土を脅かすミサイルの前方追跡としての目的を果たす可能性があり、米国が本土防衛のために高価なレーダーを構築する必要性を軽減する。おそらく10億ドル(約1100億円)の大幅な節約となる」「ハワイ、グアム、東海岸、その他の戦略的基地などの重要地域を弾道ミサイルなどから守るため、イージス・アショアを使うことができる」 そして「日本のイージス・アショアに対する前向きで革新的な努力は日米の協力関係をさらに強化するだろう」と、安倍政権を持ち上げる言葉で締めくくっている。 この論考を読む限り、イージス・アショアは米国防衛に貢献する道具となるのは間違いない。日本からのカネで対日貿易赤字が減り、しかも米国の防衛に役立つのだから、トランプ氏は笑いがとまらないだろう。 岩屋防衛相は防衛省のミスが次々に明らかになった現在も、「秋田が『適地』」との判断を変えようとしない。萩市への配備に至っては、イージス・アショアの正面にあり、まともに電磁波を浴びかねない阿武町が町挙げて反対しても、岩屋氏はやはり「萩が『適地』」を撤回しない。 イージス・アショアは日本防衛ではなく、むしろ米国防衛のためのものではないかと思えてならない』、「日本防衛」のためではないので、「「やらされている」から「やっているフリ」をしているだけの防衛官僚」にとっては、サボタージュしたくなる気持ちは理解できる。米国にとっては、「本土防衛」費用が「10億ドルの大幅な節約」になり、「対日貿易赤字が減り」、「トランプ氏は笑いがとまらないだろう」、ここまで米国に貢いでも、日米貿易交渉では厳しく絞られるとすれば、踏んだり蹴ったりとなるだろう。

第三に、ジャーナリストの伊藤 博敏氏が8月15日付け現代ビジネスに掲載した「「予算1兆円」イージス・アショア、噴出する反対論といくつもの問題 再考、そして引き返す勇気が必要だ」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66538
・『地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」は、今年4月、1399億円で2基分の本体購入費の一部を米政府と契約するなど、秋田市の陸上自衛隊新屋演習場(秋田市)、同むつみ演習場(萩市)への配備に向けて、着々と既成事実を積み重ねている。 だが、イージス・アショアの導入を閣議決定した17年12月から燻っていた反対論がやむ気配はない。 イージス・アショア構成品の選定過程から不評は数多く、1基800億円から始まった取得費は、2基で2474億円と膨らみ、30年間の維持・運営費を含め、4459億円と公表されている。それに、迎撃ミサイルの取得費、建屋などの整備費を加え6000億円超となるのが確実だという。 加えて地元が「配備反対」の民意を示しており、配備計画を抜本的に見直すべきという意見が高まっている。「性能」と「価格」と「民意」で反対論が優勢となっているなか、イージス・アショアをゴリ押しする必要があるのか。以下に検証してみよう』、興味深そうだ。
・『防衛の専門家と住民の懸念と否定  まず、防衛の専門家は総じて懸念を表明、いずれも説得力がある。 『週刊新潮』は、軍事アナリストの豊田穣士氏が、<「神の盾」に穴という「亡国のイージス・アショア」>というタイトルで、7月18日号から3回連載。 「イージス」とはギリシャ神話の「あらゆる邪気を祓う盾」であり、それと陸上を意味する「アショア」とを掛け合わせた。そこに「穴」が空いているという豊田氏の指摘は深刻だ。 本サイトでも、防衛省担当記者歴27年という大ベテランの半田滋氏が、<イージス・アショアに大金を払い、日本は米国の「不沈空母」にされる>(19年6月29日配信)と題する記事を始め、何度も警鐘を鳴らし、指揮官としてイージス艦を運用したこともある坂上芳洋元海将補が、<イージス・アショア搭載レーダーの選定に専門家が抱いた「違和感」>(19年3月28日配信)と題して、苦言を呈した』、「防衛の専門家」がこれだけ「懸念を表明」するのは、武器導入では異例のことだ。
・『不評は、Googleアースに分度器で資料を作成、住民説明会では職員が居眠りをするなど防衛省側の真剣さ欠いた対応もあって、秋田県や山口県など地元に共通のものとなった。 なかでも秋田県では、参議院議院選挙で安倍晋三首相、菅義偉官房長官が、それぞれ2度も駆け付け、自民党の中泉松司候補にテコ入れしたが、野党統一の寺田静候補に2万票を超える大差で敗れた。 参院選で問われたのは、「イージス・アショアの配備計画に賛成か否か」の一点であり、「民意」は否定だった。 それを受けて佐竹敬久県知事は、「自分が応援した人が負けるのは悔しい」といいつつ、「再調査の前に新屋が最適地というのはおかしい」と反発、このままでは協議に応じない姿勢を示した。 反発を受けて防衛省は、予算計上を見送った。20年度予算の概算要求について、米軍再編関連経費を含め5兆3000億円超を計上する計画だが、イージス・アショアの導入費については、敷地造成や建屋整備などの関連経費を計上せず、金額を明示しない「事項要求」とした。配備地の正式決定を踏まえて額を見積もる。 その場しのぎの印象は拭えない』、地元を説得できないので、「事項要求」といった裏技まで使うとは、安倍政権も面子の維持に必死のようだ。
・『3つの疑義  ただ、民主党政権下で防衛政務官、防衛副大臣を歴任、外交・防衛問題に一家言を持つ長島昭久代議士は、今年6月、自民党に入党したが、「今回、明らかになった民意は、イージス・アショア配備計画を、一度、立ち止まって考えるいい機会になったのではないか」という。 長島代議士は、イージス・アショアを含むミサイル防衛網の構築に賛成の立場を明らかにしつつも、これまでイージス・アショアに関して3回の質問主意書を提出、6月18日の安全保障委員会で岩屋毅防衛相に「国防の所要を満たしているか」と、質した。 長島代議士には、少なくとも3つの疑義があるという』、「疑義」とはどういうものなのだろうか。
・『「第一に、イージス・アショアはBMD(弾道ミサイル防衛)対応として導入されましたが、弾道ミサイルの脅威だけでなく、巡航ミサイルや極超音速滑空弾など多種多様な備えが必要になっています。また10年後、20年後を考えると、北朝鮮以外の脅威に備えるシステムでなくてはならない」 長島代議士が想定しているのは、迎撃対象を広範囲にした統合防空システム(IAMD)。ここ数日、北朝鮮が日本海に向けて発射しているのは、弾道が低高度飛翔の新型短距離ミサイル。イージス・アショアで配備を予定されているSM3では対応し切れず、広範囲をカバーするIAMDが求められるという』、確かにIAMDの方が汎用的でよさそうだが、費用面ではどうなのだろう。
・『「第二は、昨年7月に選定されたレーダーが、未だ開発中で構想段階にとどまるロッキード・マーチン社製のLMSSRであること。しかも、2024年以降、米海軍がいっせいに配備するレイセオン社製のSPY-6との相互運用性がなく、今後、必須となるCEC(共同交戦能力)も持っていません。以上から、選定に大きな疑問を感じざるを得ません」 このレーダー選定問題は、前述の識者などが等しく指摘している。レーダーは、SPY-6とLMSSRで争われ、防衛省は「公正性、公平性を担保しつつ、選定作業を行なった」という。 だが、SPY-6は、米海軍が正式に採用を決め、製造を開始しているのに比べ、LMSSRは未完成品。日本企業の参画も加点材料とされたが、これも富士通の参加が見送られ、優位さが消えている』、防衛省がSPY-6ではなく、未完成品のLMSSRを決めた理由は何なのだろう。
・『「第三は、ソフトウェアの問題です。LMSSRは、ベースライン9というソフトウェアとの組み合わせですが、現在、最新ソフトのベースライン10が開発中で、24年には米軍の最新鋭イージス艦で、SPY-6とベースライン10が稼働することになっています。アナログデータ用の『9』に比べデジタル・データ用の『10』は、処理能力が飛躍的に向上する。開発スケジュールが確定している以上、『10』を採用すべきです」 ベースライン10の採用は、米軍との緊密な連係に基づくIAMDシステムの必要性の観点からも求められるという』、あえて旧式化するベースライン9を採用した理由も知りたいところだ。
・『こうしてイージス・アショアの問題点を論点整理すれば、最初にイージス・アショアありきだったうえ、レーダー選定にみられるようにSPY-6の優位性を無視してLMSSRを選定したように、「日本にとって必要な防衛装備」という観点を忘れた拙速さを指摘できる』、米国にいい顔をするために拙速に走ったとすれば、長期的な国益には反することになるが、安倍政権にとっては長期的な国益などどうでもいいようだ。
・『予算が1兆円近くになる  問題は、それにとどまらない。前出の坂上元海将補は、「今後、発生する費用も問題だ」と指摘する。 「未完成品のLMSSRは、完成してもミサイル実験を日本の責任において行なわねばならず、そのための試験施設建設や迎撃実験などに1000億円以上の費用が発生します。また、LMSSRは、DCS(一般輸入)で導入が計画されており、この場合、維持整備、技術更新等の経費は、全て日本政府が負わねばならないのです」 このように、算定されていない費用も莫大で、現時点で見積もられているのは、約6000億円だが、実験費用に加え、イージス・アショア自身を守るためには、巡航ミサイル対応のSM6の配備も必要になる。そうしたもろもろの費用を加算すると1兆円近くになるという。 そこで、立ち止まって再考、レーダー選定をもう一度、やり直して安く改変するとか、あるいはいっそイージス・アショアを高高度迎撃ミサイルシステムのサードに切り替えてはどうか、といった意見も出始めている。 サードは自走式も用意されており、地元の反対を経ずに、自衛隊及び米軍基地の数カ所の配備が可能となる。しかも1基千数百億円で、イージス・アショアより費用対効果は高い。巡航ミサイルは、イージス艦のSM-6に寄らなければならないが、対応は可能だ。 再考の次に必要なのは引き返す勇気。臨時国会は10月1日の消費税アップの直後に開かれる。その絶妙なタイミングを利用、1兆円を削り込むべきではないだろうか』、「未完成品のLMSSRは、完成してもミサイル実験を日本の責任において行なわねばならず、そのための試験施設建設や迎撃実験などに1000億円以上の費用が発生します。また、LMSSRは・・・維持整備、技術更新等の経費は、全て日本政府が負わねばならないのです」、何故こんなLMSSRの不当な条件を受け入れてまでこれを選択したのか、ますます疑念が募る。「再考の次に必要なのは引き返す勇気」、というのはその通りだろう。このまま安倍政権のイージス・アショアでの暴走を放置すべきではない。
タグ:日刊ゲンダイ 防衛問題 現代ビジネス 伊藤 博敏 半田 滋 イージス・アショア (その13)(トランプ高笑い 陸上イージス日本配備で米は10億ドル節約、イージス・アショアに大金を払い 日本は米国の「不沈空母」にされる 6000億円出して これですか…?、「予算1兆円」イージス・アショア 噴出する反対論といくつもの問題 再考 そして引き返す勇気が必要だ) 「トランプ高笑い 陸上イージス日本配備で米は10億ドル節約」 東北の調査地点19カ所のうち9カ所で、山を見上げた角度を示す「仰角」が過大に計算されていた上、秋田・男鹿市付近の山の標高が3メートル低く報告されていたことも発覚 「陸自新屋演習場ありき」の調査だった可能性が浮き彫りに 北朝鮮のミサイル基地から新屋演習場の延長線上にはハワイ 山口・萩市の延長線上にはグアムの米軍施設があり、これらの施設を効率的に守ることが防衛省の真の狙い 戦略国際問題研究所(CSIS) 米国の本土防衛に必要な高額の太平洋レーダーの建設コストを削減できる。(中略)恐らく10億ドルの大幅な節約が実現できる 「イージス・アショア」をめぐり、防衛省のミスがとまらない 「米国製武器の『爆買い』」と「米国防衛」 地元からは、強力なレーダー波(電磁波)による健康被害や攻撃対象となる不安から、「配備反対」の声 防衛省は当事者意識を欠いたような仕事ぶり 防衛官僚の「サボタージュ」 そもそも、なぜ買うことに…? 「イージス護衛艦の追加」と「迎撃ミサイルの高性能化」により、日本防衛に必要な武器類は揃うことが決まっていた イージス・アショアの導入が突如浮上 あっという間に1兆8000億円 日米首脳会談をきっかけに、安倍首相が「米国製武器の追加購入」の方針を打ち出し、自民党との二人三脚により、イージス・アショア導入への道筋が付けられた 「やらされている」防衛省 やらされている」から「やっているフリ」をしているだけの防衛官僚 ロシアのラブロフ外相が日本政府との北方領土交渉で「米国がアジア地域にミサイル防衛システムを展開することは、ロシアの安全保障に直接関わる問題だ」などと批判を繰り返し、日本のイージス・アショア配備に反対 本当に「日本防衛」のためなのか 「「予算1兆円」イージス・アショア、噴出する反対論といくつもの問題 再考、そして引き返す勇気が必要だ」 地元が「配備反対」の民意 防衛の専門家は総じて懸念を表明 「民意」は否定 反発を受けて防衛省は、予算計上を見送った 敷地造成や建屋整備などの関連経費を計上せず、金額を明示しない「事項要求」とした 3つの疑義 長島昭久代議士 長島代議士が想定しているのは、迎撃対象を広範囲にした統合防空システム(IAMD) 選定されたレーダーが、未だ開発中で構想段階にとどまるロッキード・マーチン社製のLMSSRであること LMSSRは、ベースライン9というソフトウェアとの組み合わせですが、現在、最新ソフトのベースライン10が開発中で、24年には米軍の最新鋭イージス艦で、SPY-6とベースライン10が稼働することになっています 「日本にとって必要な防衛装備」という観点を忘れた拙速さ 予算が1兆円近くになる LMSSRは、完成してもミサイル実験を日本の責任において行なわねばならず、そのための試験施設建設や迎撃実験などに1000億円以上の費用が発生 LMSSRは、DCS(一般輸入)で導入が計画されており、この場合、維持整備、技術更新等の経費は、全て日本政府が負わねばならないのです 立ち止まって再考、レーダー選定をもう一度、やり直して安く改変するとか、あるいはいっそイージス・アショアを高高度迎撃ミサイルシステムのサードに切り替えてはどうか、といった意見も出始めている 再考の次に必要なのは引き返す勇気
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公務員制度(その3)(財務省は生まれ変われるか?再生プロジェクトの中身を元財務官僚が検証、”市職員の政治的中立性”を蔑ろにする菅今治市長の責任、元駐イラン大使が強制わいせつで刑事告訴 公邸でセクハラ) [国内政治]

公務員制度については、昨年6月4日に取上げたままだった。今日は、(その3)(財務省は生まれ変われるか?再生プロジェクトの中身を元財務官僚が検証、”市職員の政治的中立性”を蔑ろにする菅今治市長の責任、元駐イラン大使が強制わいせつで刑事告訴 公邸でセクハラ)である。

先ずは、元財務官僚で明治大学公共政策大学院教授の田中秀明氏が昨年10月25日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「財務省は生まれ変われるか?再生プロジェクトの中身を元財務官僚が検証」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/183284
・『10月19日、決裁文書の改ざん、事務次官のセクハラ疑惑といった不祥事が続いた財務省が、コンプライアンス(法令順守)や内部統制などについての自己改革案をまとめた中間報告書として、「財務省再生プロジェクト進捗報告」を発表した。上司だけではなく部下からも人事評価する「360度評価」などが盛り込まれている。具体策は今後さらに詰めることになっているが、果たして、これで財務省は立ち直れるだろうか。 報告書を読み解くと、それなりにまとまっていると言えるが、結論を先に言えば問題点の分析が十分とは言えない。報告書で指摘されているように、コンプライアンスや内部統制、あるいは長時間労働・ハラスメントは問題だが、これらは、財務省の使命を達成する上で、最も大きな問題であろうか』、「問題点の分析が十分とは言えない」というのは、こうした報告書の通例だ。
・『360度評価と内部通報制度は改革の柱となるか  最初に、今回の報告書のポイントを整理する。 報告書は冒頭に、一連の不祥事により財務省の信頼が大きく低下していると述べる。そして、改革の目的や方向として、「こうした問題行為を二度と起こさないようにするためには、一連の問題行為の発生を許した財務省の組織風土を抜本的に改革することにより、常に国民の皆様の視点に立って時代にふさわしい仕事のやり方や働き方ができ、高い価値を社会に提供できる組織へと自らを変革し、コンプライアンス・内部統制が実質的に機能する組織風土を創り上げていく必要があると考えています」と記述する。 そこで、職員に対するアンケート調査やヒアリングを行い、財務省が組織として抱える課題を抽出し、改革の推進体制の設計を行った。その上で、若手・女性職員など幅広い職員の参画も得ながら、秋池玲子参与(ボストン・コンサルティング・グループ)と担当職員で今後必要となる改革の具体策について議論し、「財務省再生プロジェクト」として、具体策の方向性とその工程表を整理したのが、今般の報告書である』、通常の報告書とは違って、BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)の秋池氏が中心となって「アンケート調査やヒアリング」、「議論」などを行って出した力が入ったもののようだ。
・『アンケート調査及びヒアリングで抽出された問題としては、「継続的な実行や見直しが行われておらず、PDCAが回っていない」「今回の問題は、一部の部局に固有の問題ではなく、財務省全体に共通する問題」「様々な職員の役職・業務に応じた組織的な能力開発があまり行われていない」「360度評価の導入と内部通報制度の強化が必要」「人事評価について、何が評価されるのか、どのような人物像が求められているかがよくわからない」「本省では長時間労働が前提となっており、効率的な働き方をしようという意識が低い」「多様な人材の活躍・登用が必要」といったことが挙げられている。「財務省が人に推薦できる職場かと問われると、どちらとも言えない」という回答もあり、正直に答えた結果と言える。 そして、今後取り組むべき課題を整理し、コンプライアンスの確保と内部統制の構築を目指すためには組織風土の改革が必要とし、具体的には、(1)財務省の組織理念の確認・共有、(2)働き方改革・業務効率化、(3)人材育成、(4)双方向のコミュニケーション、(5)省内コミュニケーションを挙げる。 また、具体的に改革を推進するため、事務次官を本部長とするプロジェクト本部を立ち上げるとともに、(1)コンプライアンス推進、(2)人材育成、(3)働き方改革・業務効率化、(4)コミュニケーション向上の4つのタスクフォースを設置するという。来年夏頃までに、細部を検討し、報告書を出すという。 以上、改革案を概観したが、問題はこれで財務省が変わるかどうかである。書かれている内容の1つひとつに、特に違和感を覚えることはないが、全体として、問題を解決できるのか大いに疑問がある。コンプライアンスや内部統制などの問題は整理されているが、それで十分とは言えないからである。360度評価や内部通報制度は速やかに導入すればよいが、これらが果たして問題解決の最も重要な処方箋なのだろうか。また、内部統制を強化するということに異論はないが、何をどうやって強化するのか、よくわからない』、問題点を深く掘り下げずに、対応策だけ並べた印象だ。
・『コンプライアンスだけでは不十分 専門性の低下こそ問題の根元  今般の改革案は、直接的には、不祥事を繰り返さないために、コンプライアンスを徹底することに主眼が置かれている。職員からのヒアリングやアンケートなども実施され、問題点の洗い出しも行われている。コンプライアンスは当然に取り組むべき課題であるが、それが強化されれば、財務省の組織としてのパフォーマンスは向上するのだろうか。 一連の不祥事は、当事者の個人的な問題という側面もあるが、報告書も指摘するとおり、財務省という組織の風土やカルチャーに根差している。それは、長い間に蓄積されたものであり、組織そのもののあり方に関係する。とすると、それはコンプライアンスだけの問題ではない。報告書は、「常に国民の皆様の視点に立って時代にふさわしい仕事のやり方や働き方ができ、高い価値を社会に提供できる組織へと自らを変革」と記述する。 また、財務省の使命、すなわち「納税者としての国民の視点に立ち、効率的かつ透明性の高い行政を行い、国の財務を総合的に管理運営することにより、健全で活力ある経済及び安心で豊かな社会を実現するとともに、世界経済の安定的発展に貢献すること」も引用したい。本来、これこそが、目指すべき目標である。コンプライアンスや内部統制が充実すれば、組織の使命が達成され、高い価値を社会に提供できるようになるのだろうか』、確かに「財務省の使命」を達成することが、「目指すべき目標である」というのはその通りだ。
・『不祥事の根本的な問題は専門性が疎かになっていること  筆者は、財務省の組織としての最大の問題は、過度に政治化し、専門性が疎かになっていることだと考えている。それは、一連の不祥事の根源的な問題だ。 財務省は霞が関の中でも、予算編成や税制改正などを通じて、政治家とのつながりが強い役所であり、政治家との調整が重要である。人事面においても、政治家と調整できる能力が評価され、専門性に基づく経済や財政の分析は二の次である。これに対しては、本来は政治家が担うべき仕事を役人がやらざるを得ないからだという反論もあるだろうが、他国の財務省とは大きく異なっている。 筆者は、国際会議などで諸外国の財務省の担当者と会う機会があるが、彼らの多くは経済学の博士号を有している。日本の財務省に、経済学の博士号を有するチーフエコノミストはいるだろうか。また、法曹や会計士の資格を有する職員も財務省には必要だが、今の財務省に何人いるだろうか。報告書でも、「経済分析能力の強化をはじめ業務横断的な専門能力を強化する」といった記述はあるが、コンプライアンスなどと比べると、課題としての重要性は低く扱われている。 政治的な調整が不要だと言っているのではない。若手から幹部に至るまで、調整ばかりに駆けずり回っていることが問題である。それでも、財政規律が維持され、効果的な資源配分や公平かつ効率的な税制が達成できているのであれば、調整の仕事は評価すべきであろう。しかし、現実は、そうとは言えない』、確かに海外の財務省と比べると、専門能力の軽視は著しい。公共部門に限らず、民間企業も含め、最近は「「出来ない」とは答えるな、どうやったら「出来るか」を考えよ」といった処世訓がまかり通っているが、専門家が「出来ない・やるべきでない」と答え難くする圧力になることは確かだ。
・『たとえば、消費税の軽減税率や教育の無償化などは、高所得者をより優遇するものであるにもかかわらず、費用対効果の分析も乏しく、導入が決まってしまった。もちろん、民主主義のプロセスから言えば、最終的には、政策は内閣が判断すべきことになるが、財務省が証拠やデータに基づいてどこまで問題を提起し、議論を喚起しただろうか。 年末に発表される政府予算案の資料では、いわゆる埋蔵金(特別会計の積立金)を一般会計の歳入に繰り入れると、一般会計の財政赤字が減り、財政が健全化していると説明する。しかし、そのようなわけがない。諸外国のように、予算案策定時に、一般会計と特別会計を統合した貸借対照表を作れば、積立金の取り崩しにより財政が悪化することがわかるが、財務省はそのような資料は作成しない』、安倍政権を「忖度」して、不都合な事実を隠す体質は大いに問題にすべきだ。
・『人を入省年次別に順番に処遇 多くの管理職が1年で交代する  専門性低下の背景として、事務次官をはじめとする管理職が、ほぼ毎年人事異動することが挙げられる。平成に入ってから財務事務次官は24人いるが、2年以上務めた次官はたった3人である(事務次官の問題については、ダイヤモンド・オンライン2018年5月10日「財務省騒動で考える、省庁の『事務次官』は本当に必要か」を参照)。局長や課長も、秘書課長などごく一部を除いて、1年で異動する。 これは、幹部人事が役所に入った年次による順番となっているからである。たとえば、各局の総務課長は、ほぼ同期が同じ時期に就き、毎年、1年ずつ若返る。さらに、昔と比べて天下りが難しくなったので、同じポストに同期で交代して就くことも多い。こうした年次主義では専門性が身に付かず、キャリアが発展しないため、霞が関でも、最近は若くて優秀な職員ほど早期に辞めて、民間企業などに転職する。 要するに、人事は適材適所というより、人を入省年次別に順番に処遇する面が強いのだ。同期入省の中では、それなりに厳しい競争はあるものの、同期の中で選抜された後は順番である。 後輩が自分の上司になることは、民間企業では当たり前でも役所では例外である。佐川宣寿元理財局長は、森友学園問題で文書改ざんを指示したとされているが、彼は、そもそも理財局で働いた経験がなく、国有財産の仕事を知らなかったはずである。だから文書を改ざんしたとは言えないが、国有財産の仕事を熟知していたら、対応も違ったのではないか。 財務省でも、主計局・主税局・国際局は、その局で課長などを務めずに局長になることはほとんどないが、関税局・理財局・財務総合政策研究所、そして国税庁は違う。課長の経験がない人が落下傘のように、突然局長や国税庁長官となること多いのだ。これも専門性が疎かになっている事例である。 あるポストを1年しか務めないということがわかっていれば、何もリスクをとらず、前例を踏襲することが最も合理的な行動である。リスクを取って挑戦して失敗すれば、出世の道が閉ざされるからだ。サラリーマン社会であればよく見られる現象ではあるが、上司に対しては「忖度」、部下に対しては「パワハラ」という行動も、そうしたことが背景にある。報告書は、「幹部職員のリーダーシップに基づく推進と省を挙げた取組」を行うとしているが、1年で異動する幹部職員がどうやってリーダーシップなど発揮できるのか』、せめて3年程度を標準にすべきだろう。
・『役所にはそもそも「内部統制」の概念がない  報告書でも内部統制の問題が指摘されている。しかしそもそも、近年企業で導入されているような内部統制の考え方は役所にはない。政府の財務会計を規定する会計法には、内部牽制として契約担当者と支払担当者を区別する仕組みなどはあるが、驚くべきことに、内部統制や内部監査という言葉は法律に規定されていない。内部監査は財務大臣通知などの運用で行われているに過ぎない。 内部統制とは、簡単に言えば組織がその目的を効率的・効果的に達成する、あるいは業務の適正を確保するための体制を構築することであり、特に重要な点は、不正などのリスクを事前に分析し、それを減じるために適切な措置をとることである。また、具体的な手段の1つが内部監査である。報告書は中間報告とはいえ、内部統制の基本的な方向やリスク分析については書かれていない。 報告書は、一連の不祥事を受けてコンプライアンスの重要性を強調するが、それにはコストがかかること忘れてはならない。企業でも、粉飾会計の事件が続き、コンプライアンスを含めコーポレート・ガバナンスの強化が求められているが、幹部が不正に関わるとそれを事前に防ぐことは難しく、また防ごうとすると監視するためのコストが膨大になる。 コンプライアンスの強化で想定されるのは、上司が保身のために部下に過剰なコンプライアンスを求め、コストが増大することである。コンプライアンスだからと言って、残業時間が長くなることが良いことか。英国では、財務省が省庁の内部統制についてのガイドラインを出しているが、過剰なコストにならないように警告している。 また、「コンプライアンス」というと、新しい概念のように聞こえるが、従来の言葉で言えば、手続重視である。過去数十年に渡り、日本においても、成果志向の行政に向けた取り組みが行われてきたが、手続重視で懸念されるのは、時計の針が逆戻りすることである。職員は、手続きだけを守り、成果を改善することやリスクをとって新しいことに挑戦することは控えるだろう』、「手続重視」と「成果志向」は矛盾する部分もあるだろうが、基本的には両立を目指すべきだろう。
・『財務省再生のための2つの解決策 管理職は最低3年務めるべき  これまで問題を整理してきたが、これらを解決するためにはどうすればよいか。360度評価や内部通報制度など報告書に書かれていることに異論はないが、それで真の意味での組織改革になるかと問われれば、「否」である。以下では、特に必要な解決策について、人事管理と内部統制の2つの面に焦点を絞って考える。 人事については、第1に、管理職は原則として3年務めるようにするべきである。最初の1年で仕事や課題を勉強し、2年目で改善・改革案を実行し、3年目でその成果を評価するのだ。つまり、上司への忖度ではなく、3年でどのような成果を挙げたかを検証して、次の人事につなげる。もちろん、ポストによる業務の難しさの相違などは、考慮すべきである。 第2に、室長や課長クラスは、一部の省でも導入されているように、省内公募も導入すべきである。公募を導入するためには、まずポストごとに職務を定義し、それを遂行するために必要な能力を定義しなければならない。手を挙げた者を公平に評価することも求められる。そうすれば、上司を忖度したり、おべっかを使って出世したりすることは難しくなる。 また、公募しても任命されない場合は、その理由を説明する必要も出てくる。さらに、積極的に財務省以外からの登用も進めるべきであり、この点では、外部からの採用が増えている金融庁が参考になる。企業に限らず、役所でも「多様性」が人事のカギとなっている。 こうした人事管理にはコストがかかる。従来の人事評価は、比較という意味では、総合職でいえば、20人程度の同期の中でしか行われなかったので、人事コストは低かった、しかし、それでは、年次別の硬直的な人事を変えることはできない。 昨今、民間でも働き方改革の一環として、仕事内容や勤務地などを限定する「ジョブ型雇用」の必要性が指摘されているが、役所も同じである。ジョブ型雇用は、専門性を高めるための仕組みでもある。財務省に限らず、役所では、ゼネラリストを育てることに偏り過ぎている。まずは、プロフェショナルを育成し、その中からゼネラリストとして次官などを選抜するべきだ。公務員がプロフェッショナルとなれば、その専門性が市場で評価され、天下る必要もなくなるだろう』、「ジョブ型雇用」については、官民とも各職務別にジョブを如何に定義していくかは難問だろう。
・『長時間労働を常態化させる霞が関の「残業」の原因とは  内部統制と言うと、「統制」という言葉のイメージから身構えてしまいがちだが、実はそのようなものではない。長時間労働や働き方を見直すためには、まずは現在の業務内容やプロセスを分析し、どこに無駄があるか、どのプロセスを省力化できるか、どこに不正や間違いを犯すリスクがあるかを考える必要がある。電子決済などICTの活用も必要となるが、とかく役所は現在の仕事をそのままにしてICTを導入するので、システムの構築や運営に膨大なお金をかける一方で、仕事は効率化しない。 コンプライアンスというならば、内部通報だけではなく、内部監査委員会を設置し、そこには外部の専門家(社外取締役として)も加える。不正防止の要は、「視られている」という意識である。具体的には、局ごとに組織目的の達成を妨げるリスクの分析も求められる。 そもそも中央省庁には、内部管理や内部監査が法令に規定されていないことが問題である。財務省は、財務・会計の制度官庁として、会計法を改正して、内部統制や内部監査を規定しなければならない。ただし、これらの作業には、労働や時間などのコストがかかるので、他の業務を省力化する必要がある。) 霞が関の残業の元凶と言われるのは、国会対策、法令審査、予算編成の3つである。 最初の2つは財務省だけの問題ではないが、予算編成は財務省自身の問題である。毎年、予算編成は夏から12月まで続くが、半年も来年度の予算要求作業に費やしている国は、先進国ではあまりない。要求作業にエネルギーを使い過ぎているから、事後評価が疎かになり、予算や事業が効率化しないのだ。諸外国では、予算は中期財政フレームで3~4年の大枠を決めているので、毎年細かい査定などは行わない。毎年の予算編成は、政治的に重要な事項など、戦略的な問題に注力している』、決算を軽視しているので、「事後評価が疎かになり、予算や事業が効率化しないのだ」というのはそも通りだ。
・『現状はOBにとって耐え難い思い 財務省は霞が関の先頭を走れるか  筆者は財務省で働いた元公務員である。一連の不祥事は他人事ではなく、後輩たちが苦労しているのを見るのは耐え難い思いである。不祥事続きで、「財務省など解体すればよい」といった乱暴な意見もあるが、それでは問題は解決しない。今回の報告書は中間報告であり、今後その具体化が検討される。それを期待したいが、報告書は使命達成のための組織改革と言いつつ、検討の対象範囲が狭く、問題分析も十分とは言えない。 財務省の組織を守ることが目的ではない。財務省設置法は、「財務省は、健全な財政の確保、適正かつ公平な課税の実現、税関業務の適正な運営、国庫の適正な管理、通貨に対する信頼の維持及び外国為替の安定の確保を図ることを任務とする」と規定する。こうした任務を達成する上で、今の財務省に何が欠けているか、何がいったい一番大きな問題なのかを議論し、それを解決する処方箋が求められている。 財務省の問題に焦点を当てて議論してきたが、問題は大なり小なり霞が関全般に共通する。財務省には、霞が関の先頭に立って自己改革し、そのパフォーマンスを上げることにより、国民からの信頼を取り戻せるかが問われている』、中間報告は極めて不十分なようだが、筆者らの批判も踏まえて、最終報告書では大いにブラッシュ・アップしてほしいものだ。

次に、元東京地検特捜部検事で弁護士の郷原信郎氏が2月14日付け同氏のブログに掲載した「”市職員の政治的中立性”を蔑ろにする菅今治市長の責任」を紹介しよう。
https://nobuogohara.com/2019/02/14/%e5%b8%82%e8%81%b7%e5%93%a1%e3%81%ae%e6%94%bf%e6%b2%bb%e7%9a%84%e4%b8%ad%e7%ab%8b%e6%80%a7%e3%82%92%e8%94%91%e3%82%8d%e3%81%ab%e3%81%99%e3%82%8b%e8%8f%85%e4%bb%8a%e6%b2%bb%e5%b8%82/
・『今週木曜日発売の週刊文春(2019年2月21日号)の記事【加計誘致の今治市が大臣就任祝賀会で地方公務員法違反の疑い】 に、「本来公務員は政治的中立性が求められ、職務として祝賀会の事務を担った市職員は、政治的行為を制限した地方公務員法に違反する」「命令に逆らえず政治的活動に従事したとすれば、市長のパワハラにも当たる」との私コメントが掲載されている。 同記事で問題にされている市長は、加計学園問題に関して批判を受けてきた菅良二今治市長だったということで、今治市での加計学園の獣医学部設置問題を厳しく批判してきた私が、その批判の延長上で、今治市長を批判しているように思った人も多いかもしれない。 しかし、この大臣祝賀会を開催した「市長」が「今治市長」であることは、文春記者の取材を受けてコメントした時点では知らされていなかった。私は、事案の内容を聞き、地方公務員法に違反する行為を市役所職員に職務として行わせた市長の責任についてコメントしたものだ』、記者の取材は、ごく一部の事実だけを示して、それに対する「コメント」を求めるケースが多いので、大いにあり得る話だ。
・『「あっせん利得処罰法違反」についての週刊誌コメント  週刊文春からは、これまでにも法律の解釈・適用の問題についてコメントを求められることが多かったが、私としては、不正確なコメントをすると、自分の法律・コンプライアンスの専門家としての信用にも関わるので、慎重に検討し、必要に応じて文献・資料等も調査した上でコメントするようにしている。 私のコメントが大きな意味をもったのは、2016年2月の、甘利明氏(当時、経済財政担当大臣)のURの用地買収問題に関する「口利き・金銭授受疑惑」について週刊文春からコメントを求められ、「あっせん利得処罰法違反に該当する疑いがある」と指摘したことだった。この時は、あっせん利得処罰法の条文解釈のみならず、立法経緯や、甘利氏の政治家としての「影響力」に関わる政治経歴等も調べ、自信をもって「あっせん利得処罰法違反の疑い」を指摘した。この問題については、その後国会でも、衆議院予算委員会公聴会で公述人として、特殊法人のコンプライアンスについて意見を述べたが、その際にも、あっせん利得処罰法の適用に関して法律見解を述べた(【独法URのコンプライアンスの視点から見た甘利問題】)。 しかし、週刊文春に限らず、週刊誌からコメントを求められても、「法律違反の疑いがあるとは言えない」と述べ、コメントが掲載されなかったことも多い。最近では、週刊文春から、片山さつき大臣の問題について、「口利き疑惑があっせん利得処罰法違反に当たるのではないか」とコメントを求められたが、「権限に基づく影響力」に基づいて「口利き」をした事案とは考えられないので「あっせん利得処罰法違反の疑いはない」と答え、私のコメントは掲載されなかった。 今回は、先週土曜日に週刊文春の記者から電話があり、「現職市長が発起人となって国務大臣の就任祝賀パーティーを主催し、会費1万円で飲食を提供するパーティーを開き、その事務局事務を市職員が行った。パーティー収入の中から、10万円が国務大臣に『就任祝い金』として渡された」という事案について、法律に違反するかどうかの見解を求めてきた』、「法律違反の疑いがあるとは言えない」とのコメントであれば、「掲載されなかったことも多い」のはやむを得ないだろう。
・『「政治資金パーティー」への該当性  まず考えたのは、政治資金パーティーに関する政治資金規正法の規定に違反する可能性であった。もし、この祝賀パーティーが政治資金パーティーに該当するとすれば、政治資金規正法22条の9で、「地方自治体の職員が、その地位を利用して、政治資金パーティーに対価を支払つて参加することを求め、若しくは政治資金パーティーの対価の支払を受け、若しくは自己以外の者がするこれらの行為に関与すること」が禁止されており、この「地方自治体の職員」には、特別職・一般職であっても該当するので、市長の地位を利用して市役所職員に開催の事務を行わせたことは違法となる。 しかし、「政治資金パーティー」については、政治資金規正法8条の2で「対価を徴収して行われる催物で、当該催物の対価に係る収入の金額から当該催物に要する経費の金額を差し引いた残額を当該催物を開催した者又はその者以外の者の政治活動に関し支出することとされているもの」と定義されており、この「市長」が主催したパーティーについては、収入のうち10万円が国務大臣に対して「就任祝い金」として渡った事実があっても、収入から経費を差し引いた残額が、「政治活動に関し支出することとされている」と言えるか否かは微妙である。この祝賀会が政治資金パーティーに該当し、市長の行為が地位利用による政治資金パーティーへの参加を求める行為として「政治資金規正法違反の疑い」を指摘することは難しいと判断した。 ただ、政治資金規正法上の「政治資金パーティー」に該当するというためには、パーティーの目的や開催の経緯・会の収支・差額の使途などを、もう少し詳しく調べる必要があり、該当することを前提に政治資金収支報告書への記載義務や罰則適用を議論することはできない、ということであり、大臣就任祝賀として、大臣たる政治家を支持する「政治資金パーティー」に近いものであることに変わりはない』、なるほど。
・『市職員の祝賀会への関与と地方公務員法の「政治的行為の制限」  政治資金パーティーに形式上該当しないとした場合に、次に問題となるのは、国務大臣就任祝賀パーティーを市長が主催し、その事務や会費の募集に市職員が関わることと、地方公務員法の「政治的行為の制限」との関係だ。 「特別職地方公務員」に当たる市長には、政治的行為の制限はないが、「一般職地方公務員」である市職員には政治的中立性が求められる。その市職員が職務として政治家の大臣就任祝賀会の事務を行い、会費の募集に関わり、その会費収入の一部が、大臣たる政治家にわたったということは、常識的に考えても、地方公務員の政治的中立に関するコンプラインス違反だと言える。 市民にとっては、政治的に中立な立場で市の業務に従事しているはずの市職員が、特定の政治家を支持するパーティーの開催のために動員され、会費集めをさせられていること自体が許しがたい行為であることは明らかだ』、「「特別職地方公務員」に当たる市長には、政治的行為の制限はないが、「一般職地方公務員」である市職員には政治的中立性が求められる」、というのはよく理解できた。
・『地方公務員法36条2項は「政治的行為の制限」について  職員は、特定の政党その他の政治的団体又は特定の内閣若しくは地方公共団体の執行機関を支持し、又はこれに反対する目的をもつて、あるいは公の選挙又は投票において特定の人又は事件を支持し、又はこれに反対する目的をもつて、次に掲げる政治的行為をしてはならない。 と規定しており、この「次に掲げる政治的行為」の「三」が「寄附金その他の金品の募集に関与すること」とされている。 国務大臣の就任祝賀パーティーを行うことは、内閣の一員として任命された国務大臣を支持することを通して、「特定の内閣」を支持する目的と解することができるし、パーティーの会費の募集に関与することは、政治資金パーティー券の募集と同様に、「金品の募集」に当たると考えられる。 週刊文春の記事によれば、パーティーの〈お問合せ先〉は、「今治市総務調整課」、領収書には参加費1万円を領収した事務取扱者として、課長名の判子が押されている。とのことであり、パーティーの事務局を市の総務調整課職員が全面的に担い、会費の徴収まで行ったということになる』、今治市のやり方は、組織的で悪質だ。
・『祝賀会開催に関する市長の市職員への命令は「パワハラ的」  もっとも、特別職たる市長には、この「政治的行為の制限」は適用されないし、市職員が、上記の規定に反した場合も、罰則がなく、懲戒処分の対象になるだけなので、市長が市職員にそれをやらせたとしても、それ自体が、犯罪の共謀になるわけではない。 しかし、逆に言えば、このような「政治的行為の制限」に反する市職員の行為は、罰則の対象とはならないので、違反が認められた場合も、市当局として採り得る措置は、当該市職員に対して懲戒処分を行うことしかない。しかし、その「懲戒権者」は、市のトップである「市長」なのである。市長が主催した政治的活動としてのパーティーに、市長から指示されて事務を行ったり、会費を集めたりした市職員が、市長によって懲戒処分される、というのは全く本末転倒の話である。地方公務員法は、そもそも、「政治的行為の制限」に違反する行為が、首長の指示や命令によって行われることを予定していないのである。 それだけに、この問題は深刻である。市職員は、政治的中立を求められていることは十分に認識しているはずであり、本来、市長から、政治家の就任祝賀会の事務を行うよう命令を受けても、それを拒否するのが当然である。しかし、市職員にとっては、市長は市役所の組織のトップである。その命令に逆らえるはずがない。このような状況に追い込まれ、政治的活動に従事させられた市職員にとって、市長の命令はパワハラと評価することもできる』、なるほど、説得的だ。
・『菅市長の責任の重大性  週刊文春の記事によって、就任祝賀パーティーの発起人となった市長が、「菅良二今治市長」であることを知った(就任を祝賀されたのが国家公安委員会委員長である「山本内閣府特命担当大臣」であることは、コメントの確認をする際に知った。)。 記事によれば、菅市長は、「政治活動ではなく、大臣の祝賀会」と説明し、市側も「祝賀会は政治活動ではなく、儀礼的なもの」と回答しているようだが、大臣就任を祝うということ自体が、「大臣たる政治家への支持」という性格を持つのであり、「祝賀会」であることも、「儀礼的」であることも、政治活動であることを否定する根拠にはならない。 過去の同様の事例として、2013年11月に、自民党の武田良太衆院議員の防衛副大臣就任祝賀会を、田川市郡の全市町村の首長や地元県議らが発起人となって1人5千円の会費制で立食パーティー形式で開くに際して、自治体の首長らが呼びかけ、田川市職員が区長会などに参加を要請していたことが、公務員の政治的中立性が損なわれるなどとして、批判されたケースがある。 この事例では、市職員は、祝賀会への参加を要請しただけで、会費の徴収等の事務局事務を行ったとはされていないが、それでも「政治的中立性」に反することが問題となっている。 前記のとおり、今回の山本大臣の就任祝賀会は、今治市長が発起人となり、市職員が事務局を務め会費の徴収まで行ったのであり、地方公務員法が禁止する「政治的活動」の性格が一層顕著だということだ。 自治体職員の懲戒権者である首長自らが、公務員の政治的中立性に関するコンプライアンス違反を命令し、本来、納税者たる市民のために、政治的に中立的立場で職務を行うべき市職員が、「特定の政治家の政治活動の成果を祝うパーティー」を全面的にサポートすることは、到底許されることではない。 菅市長は違法行為の責任を直接問われるものではないが、政治的責任は極めて重大である』、「菅市長は違法行為の責任を直接問われるものではないが、政治的責任は極めて重大である」、との判断は説得的だ。

第三に、4月13日付け日刊ゲンダイ「元駐イラン大使が強制わいせつで刑事告訴 公邸でセクハラ」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/newsx/251873
・『元駐イラン大使の駒野欽一氏(72)が同大使を務めていた時に、テヘランの大使公邸で部下の女性職員にセクハラ行為を行っていたことが分かった。13日の毎日新聞が報じた。 同紙は、昨年8月に外務省人事課が作成した内部文書を入手。 それによると、駒野氏は、大使離任前日の2012年10月14日、女性にキスをするなどのセクハラ行為をし、その後も女性にメールを送り続けるなどしていた。翌年2月、同省官房長は駒野氏に対し「女性に一切コンタクトしないでほしい」などと注意したという。一方、女性はセクハラ行為で「急性ストレス反応」との診断を受け、一時休職。先月、強制わいせつ容疑で駒野氏を警視庁に刑事告訴した。告訴状で女性は「胸を触られスカートの下から手を入れられ、太ももをなでられた」などと、内部文書に記された行為より、はるかに悪質な被害を主張している』、よく考えてみれば、7年前の事件が今頃になって発覚した理由、セクハラ行為が「離任前日」になった理由、被害女性が「刑事告訴した」のが先月と大幅に遅れた理由、外務省として駒野氏への注意以外に処分はなかったのか、など疑問山積だ。お粗末極まる事件だが、警視庁はどうするのだろう。
タグ:日刊ゲンダイ 公務員制度 郷原信郎 ダイヤモンド・オンライン 田中秀明 同氏のブログ (その3)(財務省は生まれ変われるか?再生プロジェクトの中身を元財務官僚が検証、”市職員の政治的中立性”を蔑ろにする菅今治市長の責任、元駐イラン大使が強制わいせつで刑事告訴 公邸でセクハラ) 「財務省は生まれ変われるか?再生プロジェクトの中身を元財務官僚が検証」 自己改革案をまとめた中間報告書として、「財務省再生プロジェクト進捗報告」を発表 360度評価と内部通報制度は改革の柱となるか アンケート調査及びヒアリングで抽出された問題 コンプライアンスだけでは不十分 専門性の低下こそ問題の根元 不祥事の根本的な問題は専門性が疎かになっていること 人を入省年次別に順番に処遇 多くの管理職が1年で交代する 役所にはそもそも「内部統制」の概念がない 財務省再生のための2つの解決策 管理職は最低3年務めるべき 長時間労働を常態化させる霞が関の「残業」の原因とは 現状はOBにとって耐え難い思い 財務省は霞が関の先頭を走れるか 「”市職員の政治的中立性”を蔑ろにする菅今治市長の責任」 菅良二今治市長 「あっせん利得処罰法違反」についての週刊誌コメント 甘利明氏 URの用地買収問題に関する「口利き・金銭授受疑惑」 「政治資金パーティー」への該当性 市職員の祝賀会への関与と地方公務員法の「政治的行為の制限」 「特別職地方公務員」に当たる市長には、政治的行為の制限はないが、「一般職地方公務員」である市職員には政治的中立性が求められる 地方公務員法36条2項は「政治的行為の制限」について 祝賀会開催に関する市長の市職員への命令は「パワハラ的」 菅市長の責任の重大性 菅市長は違法行為の責任を直接問われるものではないが、政治的責任は極めて重大である 「元駐イラン大使が強制わいせつで刑事告訴 公邸でセクハラ」 元駐イラン大使の駒野欽一氏 大使離任前日の2012年10月14日、女性にキスをするなどのセクハラ行為をし、その後も女性にメールを送り続けるなどしていた 同省官房長は駒野氏に対し「女性に一切コンタクトしないでほしい」などと注意 女性はセクハラ行為で「急性ストレス反応」との診断を受け、一時休職。先月、強制わいせつ容疑で駒野氏を警視庁に刑事告訴 7年前の事件が今頃になって発覚した理由 セクハラ行為が「離任前日」になった理由 被害女性が「刑事告訴した」のが先月と大幅に遅れた理由 外務省として駒野氏への注意以外に処分はなかったのか 疑問山積
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東京電力問題(その3)(スマートメーターの発火事故が続発する「根深い事情」、東電の小売り事業会社社長が事実上「更迭」された裏事情、東電 再エネ事業分社化の裏に筆頭株主「お上」の意向、東京電力はなぜ 賠償金を「払い渋る」のか 突然の賠償金返還請求 膨大な資料要求も) [国内政治]

東京電力問題については、2017年5月27日に取上げたままだった。2年以上経った今日は、(その3)(スマートメーターの発火事故が続発する「根深い事情」、東電の小売り事業会社社長が事実上「更迭」された裏事情、東電 再エネ事業分社化の裏に筆頭株主「お上」の意向、東京電力はなぜ 賠償金を「払い渋る」のか 突然の賠償金返還請求 膨大な資料要求も)である。

先ずは、ジャーナリストの岡田幹治氏が本年3月12日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「スマートメーターの発火事故が続発する「根深い事情」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/196561
・『全国で切り替えが進められている次世代型の検針器「スマートメーター」の発火事故が続いている。 発火のほか異常音や照明がちらつくなどのトラブルも、東京電力と中部電力の管内で確認されている。 メーターに想定以上の電気が流れて発熱するためだが、原因のほとんどは製品の不良と施工ミスだ』、我が家も「スマートメーター」に切り替わったが、「発火事故」とは穏やかではない。
・『東電管内、27件の発火事故 異常音や照明のちらつきも  昨年11月30日午後2時ごろ、ランチタイムが終わりに近づき、客もまばらになっていた茨城県つくば市の飲食店に、アスファルトの舗装工事のような油っぽいニオイが漂った。 不審に思った店のマネジャーが外に出てみると、外壁に取り付けてあったスマートメーターから青白い炎が出ていた。あわてて備え付けの粉末消火器で消し止めたが、外壁が焼け焦げた。 店の電気が使えず、営業ができなくなったため、客には頭を下げて帰ってもらったという。 事故直後、マネジャーは「本当にびっくりした。気が付くのが遅かったら建物に燃え移っていた」「営業補償をもらいたいぐらい」などと話していたという。 「東京電力パワーグリッド」(東電の会社分割で2016年4月に発足した配送電会社=東電PG)は12月1日、自社のサイトでこの火災を公表し、6日には「原因は施工不良の可能性が高い」と発表している。 今年2月末に店を訪れると、マネジャーは「その件はいっさいコメントできない」と話すだけ。しかし痕跡は残っていた。 スマートメーターは真新しくなり、壁板が50センチ四方ほど取り換えられたことが、はっきりわかった。 発火まではいかないが、近所中に聞こえる異常音が出る事故も報道されている。 2017年元日、東京都江戸川区の住宅で、外壁に取り付けてあったスマートメーターから「ピーー」という、ものすごい音が出て鳴りやまず、大騒ぎになった。 当時、住人は留守だったが、向かいに住む夫婦が気づいて東電に電話で知らせ、1時間ほどで駆けつけた作業員がメーターを取り換え、異常音はおさまった。 取り換えにきた作業員が、このまま放っておけば火事になるところだった、と話したという(『東京新聞』昨年11月21日朝刊)。 東電管内だけでも、スマートメーターの発火事故は2016年5月から昨年末までに24件判明しており、今年も2月までに3件発生している(電磁波問題に取り組む市民団体「電磁波問題市民研究会=電磁波研」調べ)。 また東電PGによれば、異常音は約200件起きている。中部電力管内では、発火・異常音・室内の照明のちらつきといった「トラブル」が50件以上確認されている(注1)。 注1 日本に先駆けて切り替えが行われたアメリカやカナダなどでも、火災が多数発生している。米カリフォルニア州では2012年に、スマートメーターを設置した翌日に火災が発生し、1人が死亡する事故も起きている(加藤やすこ『電磁波による健康被害』)』、「つくば市の飲食店」のケースで、「マネジャーは「その件はいっさいコメントできない」と話すだけ」、というのは補償契約に守秘義務がついているためなのかも知れない。「発火事故は2016年5月から昨年末までに24件判明しており、今年も2月までに3件発生」、「異常音は約200件起きている」、というのは気味悪い話だ。
・『想定以上の電気が流れる原因は「製品不良」と「施工ミス」  スマートメーターは、通信機能を持ったデジタル式の電力量計だ。 従来のメーターがアナログ型で、検針員が毎月検針していたのに対し、電気使用量を30分ごとに(中継点を経由して)電力会社へ送信できる。 政府が閣議決定した「エネルギー基本計画」で「2020年代早期に全所帯・全事業所に導入する」と定めている。 電力会社最大手の東電管内では、すでに約1900万台を交換し、20年度中に全世帯2900万台の交換を終える計画だ。 そのスマートメーターで発火や異常音が起きるのはなぜなのか。 東電PGの説明によれば、メーター内に想定以上の電気が流れて発熱するためで、その原因は2つある。 1つは、東光東芝メーターシステムズ(埼玉県蓮田市)製のメーターの一部、約9万台に欠陥があったことだ。 設置した世帯にはダイレクトメールで連絡し、年末までに正常なメーターに取り換えるという(注2)。 もう1つの原因は、スマートメーターを取り付けた際の施工ミスだ。 スマートメーターでは電線が何本もネジで留められているが、その締め付けが弱かった場合などである。 再発防止対策として東電PGは、設置工事を発注した会社に注意を喚起し、約600人の作業員に研修を実施した。さらに、設置済みメーターから5200台を抽出してネジの締め付け具合をチェックし、全体の状況を把握するという。 だが、施行工事を一時停止し、全数を調べるといった大掛かりな調査をしたわけではなく、発火事故は今後も発生する可能性がある。 スマートメーターが設置された家庭では、できるだけ早く異常に気づけるよう、ニオイや音に常に注意しているくらいしか、対応策はないようだ。 注2 不良製品は、東光東芝メーターシステムズで15年3~12月に製造された型式「S43WS-TA」と16年8~9月に製造された型式「S18WS-TA」。スマートメーターの表面にメーカー名・型式・製造年が表記されているので、自宅のメーターが該当するかどうか確認できる』、「施工ミス」については「発火事故は今後も発生する可能性がある」、というのは困ったことだ。
・『なぜ見過ごされてきたのか 「安全性軽視」や慣れあい?  「不良製品」や「施工ミス」がなぜ見逃されてきたのか。 そこには日本の電力業界に根ざす「構造問題」があるように思われる。 まず「安全性軽視」だ。 東電の場合、2010年度に実証実験を始めたが、福島第一原発の事故で中断し、仕様変更などをして14年4月に切り替えを始めた。20年度末に導入を終えるという10電力会社の中では最短の計画を公表している。 そのために製品の製造と設置作業を急ぎに急いでいる(他社は中部電力の22年度末など、22~24年度)。その過程で安全が二の次にされた疑いがある。 東電管内では16年5月から発火事故が起きていたが、東電PGがそのことを自社のサイト(ホームページ)で発表したのは、最初の発火から2年半後、東京新聞が報道した翌日の昨年11月19日だった。 そのサイトでは、発生したのは「メーター内部の基板部分の発熱による焦げ跡や異音などの不具合」であり、「メーターの各種部品には難燃性の部材を使っているので、建物に被害を与える可能性は極めて低い」と記している。 しかし、つくば市の場合など、真夜中に発生して気づくのが遅れていたら、どうなっていただろうか。 スマートメーターの突然の発火に驚き、水をかけて消火しようとした人もいたが、これは感電の可能性のある危険な行為だ。 「スマートメーターは発火する可能性があること」や「消火には粉末式消化器を使うこと」などを事前に広報しておけば、このような行為は防げたはずだ。 次に指摘できるのは、「ファミリー企業」で仕事を分け合うことによる慣れ合いの体質だ。 東電発注の検針器は、東電幹部が天下りしているメーター製造会社4社が受注してきた 東光東芝メーターシステムズ(東電が35%出資する東光高岳の子会社)・大崎電気工業・三菱電機・GE富士電機メーターの4社だ。 スマートメーターでもこの「慣行」が続けば、コスト高・料金値上げの一因になると、原発事故の後、指摘され、メディアでも「スマートメーター利権」(『週刊ダイヤモンド』12年4月14日号)などと取り上げられた。 このため東電は、予定していた「指名入札」をやめ、「国際入札」にしたが、結果は従来と変わらなかった(網代太郎『スマートメーターの何が問題か』)。 その東光東芝メーターシステムズ製のメーターで、不良製品が9万台も出たのだ。競争もなく身内同士の受発注で、製造工程や品質の管理に甘さがあったと言われても仕方がない』、検針員が不要になるということで、導入を急いだのだろうが、安全性をないがしろにして急いだというのはお粗末だ。
・『情報隠す体質は変わらず 事故の「報告不要」を指示した総務省  安全性の軽視や閉鎖的な体質は、情報の公開が独りよがりで、都合の悪いことは隠す体質につながる。 たとえば、メーターの切り替え工事をする場合、施工業者から各家庭にチラシ1枚の連絡があり、断らない限り実施される。 配布される「取替工事のお知らせ」(チラシ)には、訪問予定日と工事の際の停電の有無が大きく記入されているだけで、何のために、どんなメーターに交換するのか、交換にはどんなリスクがあるのかなどの説明はない。 チラシが配布されたその日のうちに工事が行われ、知らないうちに交換された例や、偽りの説明をして強引に交換した例もあり、事実上の強制とみる人が多い。 ところで、電気製品の発火は、消費者庁などが運営する「事故情報データバンクシステム」に掲載(登録)し、広く消費者に知らせて注意を促すべき事故だ。 消費者安全法は、商品の安全性の問題で消費者が身体に一定程度の被害を受けたり、受ける恐れがあったりする事故の報告を行政機関に義務づけている。 実際、スマートメーターの発火事故は同システムに2017年1月から掲載されてきた。ところが、いつの間にか、東京都内の事故が掲載されなくなった。 原因は、総務省消防庁が18年4月、東京消防庁に「今後、報告しないよう」指示したことだった。 消防庁によれば、スマートメーターは東電PGの所有物であり、消費者が家の中で使う一般的な家電ではない。このような製品の火災は報告しないことに決めており、東京消防庁の運用は間違いだという。 これについて石田真敏総務相は昨年12月7日の会見で「スマートメーターの火災が複数発生している状況を踏まえると、消費者の注意を喚起することも重要だと考えられる。今後、消費者庁とも相談し、スマートメーターも報告対象とすることについて検討していきたい」と述べている。 昨年4月といえば、電磁波研などが、政府の全世帯への設置計画に対して、「スマートメーターの全戸強制をやめさせよう」と、訴え、衆院議員会館で集会を開いた時期だ。 その時期にあえて消防庁が「事故報告不要」の指示を出したことになる』、「事故の「報告不要」を指示した総務省」、というのは余りに政治的で不当な判断だ。国会でも責任を追及すべきだろう。

次に、3月28日付けダイヤモンド・オンライン「東電の小売り事業会社社長が事実上「更迭」された裏事情」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/198153
・『3月7日、買い物客が行き交う東京都葛飾区の大型ショッピングセンターに東京電力ホールディングス(HD)の小売り事業会社、東電エナジーパートナー(EP)の川崎敏寛社長の姿があった。トップ自らが買い物客に声を掛け、電気・ガスを売り込んでいたのである。 危機感の表れであり、自社の営業部隊を鼓舞する狙いもあったのだろう。川崎社長は今年に入ってから退任のうわさが社内外で広がっていたこともあり、最後のパフォーマンスだったのかもしれない。 東電グループの人事が3月13日に発表された。東電EPは川崎社長が退任し、秋本展秀・常務取締役サービスソリューション事業本部長が4月1日付で新社長に就任する。東電関係者によると、事実上の更迭だ。 2017年4月に就任した東電HDの小早川智明社長は、もともと東電EPの社長。いわゆる“東電守旧派”をぶち抜いて初の営業部門出身者がトップになったこともあり、小早川社長の後任として就任した川崎EP社長は当初、「次期HD社長候補の一人」とまでうわさされていた。 小早川HD社長はなぜ、就任から2年で川崎EP社長を更迭するのか』、確かに不自然な「更迭」だ。
・『自由化後に顧客離脱を食い止められず  最も大きな理由は、16年4月に電力小売りが全面自由化され、顧客離脱を食い止められなかったことにある。 東電は電力小売り全面自由化が始まる前の16年3月末時点で、一般家庭向けの「電灯」分野は約2700万件の顧客基盤を有していた。自由化が始まると、最大のライバルである東京ガスをはじめ、新規参入組に次々と顧客を奪われた。顧客基盤は今や2000万件にまで落ち込んでしまった。 それまで地域独占というぬるま湯に浸かっていた東電EPは、営業力が弱点だった。しかも東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故で、ブランドイメージは大幅に悪化していた。 電力自由化の対抗手段として、日本瓦斯やLIXILグループ、ベンチャー新電力であるパネイルなどと提携。ガスや住宅機器、AIなど電力以外の商材を組み合わせ、付加価値のあるサービスを展開して勝負する方針を打ち出しはした。 しかし、東電EPの営業部隊と提携先と設立した合弁会社のサービスでカニバリが起きるなど迷走。東電関係者によれば、特にLIXILやパネイルとの提携は鳴かず飛ばずで、目標未達の公算が大きいという。 では、業績面の責任だけがトップ交代の理由かといえば、そうではないようだ』、「一般家庭向けの「電灯」分野の顧客基盤」の喪失は確かに顕著だ。
・『筆頭株主である政府の影  積極的にアライアンスを推し進める東電EPの“大方針”は、17年5月に策定された新々総合特別事業計画に基づくもの。この計画には、東電の筆頭株主で政府が50%出資する原子力損害賠償・廃炉等支援機構が大きく関与した。 政府、つまり経済産業省の意向が働いている。政府が筆頭株主になって東電を事実上国有化して以降、東電のお目付役として経産官僚を送り込んできた。 今回の更迭は、小早川HD社長というよりは経産省の思惑が絡んでいると、多くの業界関係者が見ている。 秋本EP新社長は、管理部門が長く「当たり障りない人物」(東電関係者)。「経産省は省の言うことを聞くトップを据えたかったのだろう」と業界関係者は読む。 もっとも、地域独占ビジネスだったため、層が厚い別の部門に比べ営業畑の幹部人材は不足している。営業を主導する人物が見当たらなかったというのもあろう。 営業力増強の戦略を伴わないトップ交代であるなら、それで勝ち抜けるほど電力自由化後の競争は甘くはない』、この段階になっても、「経産省」の介入でEP社長をすげ替えたことで、東電社内の意欲は地に落ちてしまうだろう。

第三に、8月19日付けダイヤモンド・オンライン「東電、再エネ事業分社化の裏に筆頭株主「お上」の意向」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/212057
・『筆頭株主である国が求める「再エネの主力電源化」に沿う  夏の風物詩よろしく、東京電力ホールディングス(HD)が“花火”を打ち上げた。 東電HDは、2020年4月に再生可能エネルギー発電事業を分社化する方針を明らかにした。かねて小早川智明社長は「再エネの主力電源化を推し進め、再エネ事業で2030年度までに1000億円の利益創出を目指す」として、国内外で総規模600万~700万キロワットの再エネを開発する意向を打ち出していた。 分社化はこれを実現するためのものとして、同社は「迅速な意思決定のための責任と権限の明確化」などと狙いを説明している。 もっとも、東電HDが再エネに注力すべく分社化を決めた背景には“お上”の意向が働いているとの見方が、業界関係者の間では根強い。再エネの主力電源化は、政府の第5次エネルギー基本計画に沿ったものである。 なぜ“お上”に忠実に従うかといえば、国が筆頭株主であるからだ。 東電HDは、2011年3月の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故で、巨額の廃炉、賠償、除染などの費用を負った。 その東電HDを救済すべく、政府出資の原子力損害賠償・廃炉等支援機構(機構)が、東電HDの50%超の株式を取得して筆頭株主になり、東電HDは事実上の国有会社になった。機構は経産官僚を東電HDの取締役に送り込んでいる。 ということもあり、東電HDは政府に頭が上がらず、手足を縛られている状態である。特に政府から“ご指名”を受けて、2017年6月から就任した小早川社長は、「何でもいいから新しいことを打ち出せと、政府からハッパを掛けられている」と東電関係者は明かす。 震災以降に策定されている東電HDの再建計画において、今年度は第3次中期経営計画である「新々総合特別事業計画(新々総特)」の最終年度に当たることもあり、東電HDは再エネ事業の分社化にしろ、真新しさを出すのに必死なのである。 先日発表した、小売り事業会社である東電エナジーパートナー(EP)が、海外初としてタイに現地法人を設立し、エネルギーサービスを手掛けるのも、新しい取り組みをアピールする狙いがあるとみられる。 さらに小早川社長は近々、“電化戦略”なるものを発表する方針という。ここでAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を駆使し、再生可能エネルギーや電気自動車(EV)などの分散型エネルギーを活用した「スマートシティー」で中心的役割を担うなど、将来の電力ビジネスの姿を示したいようだ』、「新しい取り組みをアピール」するのはいいとしても、「タイに現地法人を設立し、エネルギーサービスを手掛ける」というのは、海外でのノウハウがないだけに乱暴な気がする。
・『柏崎刈羽が再稼働できないまま国による中計評価は棚上げ濃厚  今年度は、機構が新々総特の進捗状況を評価する期間でもある。新々総特では、福島第一原発の廃炉に8兆円、被災者への賠償に8兆円、除染・中間貯蔵に6兆円の計22兆円が必要と試算している。 これに向けて、東電HDは、2017年度から10年平均で廃炉・賠償費用を5000億円程度確保した上で、東電グループの主要4社で1600億~2150億円の連結経常利益を上げると目標を定めた。 2018年度決算は、連結経常利益がグループ4社で2765億円で新々総特の目標水準を上回った。一見すると、順調なようにも思える。 しかし、主力である電力小売り事業は、2016年4月に始まった電力小売り全面自由化による競争激化の影響で顧客を奪われ、販売電力量は3年連続で前年割れだ。19年度に入ってからも販売電力量の減少に歯止めがかかっていない。 また新々総特では、新潟県の柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働を19年度から見込んでいたが、再稼働に慎重な姿勢を見せる立地自治体の動向もあり、小早川社長は「残念ながら、今年度の再稼働を見通せる状況ではない」と認めた。1基あたり最大で約900億円のコスト削減につながり、“利益改善装置”ともいえる原発を再稼働できないのは大きな痛手だ。 東電関係者は「要は新々総特の評価はできないということ。だって柏崎刈羽の再稼働ができないんだから」と打ち明ける。 つまり、新々総特の評価は“棚上げ”される可能性が濃厚だ。そんな状態で東電HDは今秋から次の中期経営計画の策定作業に入る見込みで、小早川社長が掲げる電化戦略を次の中期経営計画の目玉として打ち出すとみられる。 東電HDの最大のミッションは、福島第一原発の廃炉、被災者への賠償、福島の復興の完遂である。そのためにお上の顔色うかがいではなく、しっかり稼ぎ続けられる戦略を描かねばならない』、「次の中期経営計画」にも余り期待できないようだ。

第四に、8月26日付け東洋経済オンライン「東京電力はなぜ、賠償金を「払い渋る」のか 突然の賠償金返還請求、膨大な資料要求も」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/299073
・『東京電力が2013年12月策定の新再建計画策定で表明した原発事故の賠償に関する「3つの誓い」の中に、次のようなくだりがある。 「2013年12月に成立した消滅時効特例法の趣旨を踏まえるとともに、最後の一人が新しい生活を迎えることができるまで、被害者の方々に寄り添い賠償を貫徹する」「ご請求手続きが煩雑な事項の運用等を見直し、賠償金の早期お支払いをさらに加速する 」 ところが、その誓いの文言とかけ離れた理不尽な対応が相次いでいる』、どういうことなのだろうか。
・『払い過ぎた賠償金5500万円を返還せよ  福島県内で農業資材販売店を経営する山田敏彦さん(仮名)は、東電の担当者から手渡された通知文の内容に目を疑った。 「今まで支払ってきた賠償額が本来払うべき金額よりも多すぎた。その一部の返還を求める」との趣旨が記されていたのだ。山田さんによれば、”精算金”として東電から返還を求められた金額は5500万円にのぼっていたという。年商の5割近い金額だ。 今年3月、山田さんは利益が落ち込んだ分の賠償を東電に請求した。原発事故によって段ボールや肥料などの売り上げが激減し、一向に回復の見込みが立たないためだ。 「今までの経験に照らすと、そろそろ東電の担当者が合意書案を届けに来るはずだ」。4月下旬、山田さんは何も疑わずに東電の回答を待っていた。 思いもよらぬ事態に発展したのは、それから間もなくのことだった。 5月10日、東電の福島事務所の担当者2人が山田さんの店を訪問し、驚くべき話を切り出した。「(山田さんのような)商工業者については、すでに2年分の賠償が一括して払われている。(それ以降の分については払い過ぎになっていることが判明したため)精算金のお支払いをお願いしたい」「いったん合意して支払われた賠償を返せとは、今さら何を言うのか」。山田さんは思わず声を上げ、書類を突き返した』、「払い過ぎた賠償金5500万円を返還せよ」というのは如何にも乱暴だ。
・『東電はなぜ賠償金の返還を求めたのか  「会社が存続できないかもしれない」。そばで話を聞いていた山田さんの妻は「ショックでめまいがした」と振り返る。 合意に基づいていったん支払った賠償金の返還を、なぜ東電は求めたのか。 8月1日、東京・永田町の参議院議員会館で、東電と政府、山田さんを支援する農業団体「福島県農民連」との間で交渉が持たれた。同席した山田さん夫妻を前に、東電の賠償担当者が理由の一端を明らかにした。 「(山田さんは)農家を相手に農業資材や農作物の種子を販売しているとお聞きしている。従来は農業と同等の風評被害があるとみなしたうえで賠償を支払ってきたが、商工業者については、すでに将来分として2倍相当の一括払い(=2年分)という賠償の方式をご案内している。(山田さんは)小売業をされていることから、(今回は)商工業の枠組みでとらえている」) 避難指示区域外の商工業者の営業損害について、東電は2015年8月に新たな賠償方針を発表している。それによれば、同年8月以降の損害は相当因果関係が認められた年間逸失利益の2倍(2年分)を一括して支払うとした(いわゆる「2倍賠償」)。そして、2倍賠償を支払った後も、引き続き損害が発生していることが確認できた場合には支払いを続ける方針を示している。 今年3月8日の参議院予算委員会で、参考人として出席した東電の小早川智明社長は、岩渕友・参議院議員(共産党)の質問に次のように答えている。 「2倍賠償額をお支払いしたうえで、やむを得ない特段の事情により事故と相当因果関係が認められる損害が一括賠償額を超過した場合については、個別に事情をうかがったうえで適切に対応させていただいております」 小早川氏は被害がある限り、賠償を続ける考えを示した』、説明があと1つ意味不鮮明だが、「山田さん」への賠償の基準が、「農業」から「商工業」に変わったことで、「賠償金」の「払い過ぎ」が発生したということなのだろうか。
・『追加賠償の実績は900件中14件にとどまる  とはいえ、追加賠償の実現は容易なことではない。岩渕議員への東電の回答によれば、商工業者が2倍賠償を受け取った後の追加賠償実績について、約900件の請求に対して合意はわずか14件(7月末時点)にとどまる。 「事業者の皆さんから怒りの声が上がっているんですよ」前出の予算委員会で岩渕議員は、避難指示が解除された地区の生鮮食品店が賠償を打ち切られた事例を挙げて、東電の姿勢を厳しく批判した。 岩渕議員が例に挙げた福島県浪江町では、2017年3月末で避難指示が解除されたものの、住民の居住率は今年3月時点でわずか6%にとどまる。こうした地域では多くの企業が再建の手がかりをつかめずにいる。 「東電からは、避難先での営業再開、ほかの事業に転換するなど、損害を軽減することができることを理由に損害が継続しているとは認められない、こういう回答が2018年12月にあった。(浪江町の事業者の)Aさんは、以前のように商売できるというんだったら、どうやったらできるのか教えてほしいと怒っている」 岩渕議員はこう言って小早川社長に詰め寄った。 地元に密着した農業関連企業でも、売れ行き不振による被害が現在も色濃く残っている。 「当社の場合、売り上げの大半が農業者向け。(賠償の基準がより厳格な)商工業者に割り振られたのは納得できない」(前出の山田さん) 東電の担当者は交渉の中で「決して打ち切りではない」「(個人的には)ゼロ回答は避けたい」と言いつつも、「(山田さんの希望に沿った)100点満点の回答は難しい」などと、苦しげな答弁を繰り返した。担当者が被災者と審査部門の板挟みになって苦悩する実態も浮かび上がる。 「請求通りに賠償が支払われない場合、事業継続が難しくなる。決算月の10月末には見極めを付けないといけないかもしれない」。山田さんの不安は募る一方だ』、確かに5500万円も返還させられれば、倒産せざるを得なくなるだろう。
・『5750枚に及ぶ書類の提出を求められた  「賠償の必要性を確認するため」として、5750枚にも及ぶ書類の提出を求められた農業者もいる。福島県内で花卉の栽培・販売を会社組織で営む渡部雅幸さん(48)だ。 渡部さんが提出を求められたのは、「総勘定元帳」と呼ばれる経理の台帳だ。総勘定元帳の提出要請は、すべての取引の記録を見せろということにほかならない。従来、東電の担当者に決算書と一部の月次書類を渡すだけで事足りていたが、今年4月に異変が生じた。 東電の担当者が自宅にやってきて、「総勘定元帳のコピーがほしい」と言い出し、1日がかりで印刷作業に立ち会った。 「いったい何が目的でそんなたくさんの書類が欲しいのか」。渡部さんは作業量が膨大になるがゆえに、東電の担当者に何度も再考を促したが、担当者は「東京の審査部門から求められている」というだけで、きちんとした理由の説明はなかったという。 それから約3カ月後の7月31日。従来より2カ月以上も遅れて、賠償金が渡部さんの会社の口座にようやく振り込まれた。金額は請求通りだった。 「書類を見て、これはOK、これはダメと判断したのならば理解もできるが、終わってみればすべてOK。いったい何のための作業だったのか」。渡部さんは拍子抜けした。 この間、渡部さんは背筋が寒くなる思いをした。東電の支払いの遅れが理由で地元の銀行や農協からつなぎの運転資金を借りざるをえず、納入業者には支払いの一部を待ってもらった。「資金繰りには本当に苦労した。種や苗を買えなくなりかけた」(渡部さん)』、「総勘定元帳のコピーがほしい」として、「5750枚にも及ぶ書類の提出を求められた」、というのは余りに形式的・官僚的なやり方だ。コピーや人件費のコストは度外視したようだ。
・『つかみにくい原発事故被害の実態  いったいなぜ大量の資料の提出を求められたのか。原発事故で落ち込んだ売り上げを少しでも回復すべく、渡部さんは2018年4月に花卉や観葉植物の小売店舗をオープンした。「そうした営業努力をする姿が普通の農家に見えないということで、徹底した審査の対象にされたのかもしれない」(渡部さん)。 原発事故による被害の実態はつかみにくい。東電は事業者の被害について、消費者による「風評」を理由にすることが多い。風評はそもそも根拠に基づかないため、時間の経過とともに解消に向かうというのが東電の見立てだが、一度離れた顧客は二度と戻らず、被害の多くが固定化しているのが実態だ。 渡部さんは原発事故を機に、全国展開するホームセンターからの注文を失った。「事故以来、8年以上もたつが、取引は再開できていない」という。県内の花卉市場を通じた販売も、事故前の5分の1に激減したままだという。 前出の3つの誓いの中で東電は、「被害者に寄り添い、賠償を貫徹する」との方針を掲げている。しかし、原発事故の賠償問題に詳しい大阪市立大の除本理史教授は、「被害の継続性のとらえ方について、東電の認識には問題がある。被害の実態を踏まえずに賠償を打ち切ることは、誓いそのものに反している」と批判する。 東電広報室は、山田さんなどの事例に関する記者の質問に対して、「個別の請求内容に関わるので、回答を差し控える」としている。そのうえで、「3つの誓いで述べられたことが守られていない」との指摘があることについて、「真摯に受け止め、『3つの誓い』を遵守し、より一層、被害を受けられた方々に寄り添った賠償を進めていく」と答えている。その言葉に偽りはないのだろうか、総点検が必要だ』、「被害の実態を踏まえずに賠償を打ち切ることは、誓いそのものに反している」、というのはその通りだ。東電の誠意ある対応が求められる。
タグ:東洋経済オンライン ダイヤモンド・オンライン 東京電力問題 東京電力問題(その3)(スマートメーターの発火事故が続発する「根深い事情」、東電の小売り事業会社社長が事実上「更迭」された裏事情、東電 再エネ事業分社化の裏に筆頭株主「お上」の意向、東京電力はなぜ 賠償金を「払い渋る」のか 突然の賠償金返還請求 膨大な資料要求も) (その3)(スマートメーターの発火事故が続発する「根深い事情」、東電の小売り事業会社社長が事実上「更迭」された裏事情、東電 再エネ事業分社化の裏に筆頭株主「お上」の意向、東京電力はなぜ 賠償金を「払い渋る」のか 突然の賠償金返還請求 膨大な資料要求も) 岡田幹治 「スマートメーターの発火事故が続発する「根深い事情」」 原因のほとんどは製品の不良と施工ミスだ 東電管内、27件の発火事故 異常音や照明のちらつきも 想定以上の電気が流れる原因は「製品不良」と「施工ミス」 なぜ見過ごされてきたのか 「安全性軽視」や慣れあい? 情報隠す体質は変わらず 事故の「報告不要」を指示した総務省 「東電の小売り事業会社社長が事実上「更迭」された裏事情」 就任から2年で川崎EP社長を更迭 自由化後に顧客離脱を食い止められず 一般家庭向けの「電灯」分野は約2700万件の顧客基盤を有していた 顧客基盤は今や2000万件にまで落ち込んでしまった 筆頭株主である政府の影 「東電、再エネ事業分社化の裏に筆頭株主「お上」の意向」 筆頭株主である国が求める「再エネの主力電源化」に沿う 柏崎刈羽が再稼働できないまま国による中計評価は棚上げ濃厚 「東京電力はなぜ、賠償金を「払い渋る」のか 突然の賠償金返還請求、膨大な資料要求も」 払い過ぎた賠償金5500万円を返還せよ 東電はなぜ賠償金の返還を求めたのか 追加賠償の実績は900件中14件にとどまる 5750枚に及ぶ書類の提出を求められた つかみにくい原発事故被害の実態
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クールジャパン戦略(その9)(ブラックホール会見でNHK記者が「日本の貢献は?」質問し世界が失笑!科学に“日本スゴイ”持ち込む愚、クールジャパン機構 :見えない黒字化への道筋 新体制の下 国内外企業にハイペースで投資、この1年で何が変わった? 昨年就任した北川CEOと加藤COOを直撃した)  [国内政治]

クールジャパン戦略については、3月12日に取上げた。今日は、(その9)(ブラックホール会見でNHK記者が「日本の貢献は?」質問し世界が失笑!科学に“日本スゴイ”持ち込む愚、クールジャパン機構:見えない黒字化への道筋 新体制の下 国内外企業にハイペースで投資、この1年で何が変わった? 昨年就任した北川CEOと加藤COOを直撃した)である。

先ずは、4月18日付けLITERA「ブラックホール会見でNHK記者が「日本の貢献は?」質問し世界が失笑!科学に“日本スゴイ”持ち込む愚」を紹介しよう。
https://lite-ra.com/2019/04/post-4666.html
・『世界13か国、200人以上の研究者からなる国際プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ」が人類史上初めてブラックホールの撮影に成功した。 このプロジェクトには日本の研究者たちも参加しているのだが、国境を越えて構成されたチームが成し遂げた偉業を、日本のメディアはまたもや「日本スゴイ」の文脈で消費。それが世界の嘲笑を買うという、なんともお恥ずかしい展開となっている。 事が起きたのは、アメリカ政府の国立科学財団の会見だった。会見のなかで記者からブラックホール撮影に関する科学的な質問が飛ぶなか、NHKの記者はパネラーに対してこんな質問を投げたのだ。 「私は国際共同研究に関して質問があります。今回の成果が突出した共同研究であることは理解しております。それぞれの国、特に日本がどんな貢献をしたのかについてお聞かせください」 NHK記者の質問の最後の言葉「especially Japan」の言葉が場内に響いた瞬間、場内のあちこちから他国の記者の笑い声が漏れた。 それに対し会見出席者は、「日本は多くの国々と同様に非常に重要な役割を果たしました」「それぞれの国、それぞれの地域、それぞれのグループ、それぞれの研究所が専門知識をもち寄り、それぞれの仕事を果たしました」と半笑いで答え、日本の記者の愚問は一蹴されたかたちとなっている。 このNHK記者の1人前には高校生の女性が「今回のことは、科学界の国境を越えた協力による大きな功績だと思いますが、今後こうした共同作業は科学界においてひとつのモデルとなるでしょうか。なるとすれば、どういう課題があり、私たちには何ができるでしょうか」といった質問をして、パネラーから「That’s a great question」との言葉をもらっていただけに、余計に日本メディアのお粗末さが強調されていた。 この恥ずかしい一幕はニュースにもなっている。たとえば、「Japan Today」は4月12日に「NHK reporter laughed at for asking black hole team for more on Japan’s contributions(NHKの記者はブラックホール研究チームに対して日本の貢献について質問をしたことで物笑いの種になった)」と見出しをつけたニュースを配信。そのなかでは、「NHK記者の質問にある『とにかく、日本はどうですか?』という側面は、国際舞台で日本のアスリートの業績を自慢するのを愛する日本メディアのやり方を思い起こさせる」と皮肉られている。 人類史上初となる画期的な業績すらも「お国自慢」として消費しようとしてしまう日本のメディアのどうしようもなさは今日に始まったことではないが、こうして国際的に嘲笑の的になることで、いかにそれがおかしいことなのかが改めて浮き彫りになった』、直前の「高校生の女性」の質問が、「パネラーから「That’s a great question」との言葉をもらっていた」だけに、「NHKの記者」はよくぞ恥ずかしげもなく、国威発揚丸出しの質問をしたものだ。最近は安倍政権の御用機関化が著しいが、海外駐在記者にまで影響が及んでいるとは、恐ろしく、かつ恥ずかしいことだ。
・『「科学研究」と「おらが村の自慢」は何の関係もないし、むしろ結びつけてはいけないというのは国際的な常識だ。科学の発展は人類全体の共有の財産であり、どこか特定の国や政府だけのものではないからだ。 しかし、日本のメディアはそのことがまったくわかっていない。たとえば、こんなこともあった。 2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授は記者会見で「日本、日の丸の支援がなければ、こんなに素晴らしい賞を受賞できなかった。まさに日本が受賞した賞」と発言した。この発言は日本国内では特に問題とならなかったが、これに対してノーベル賞委員会は激怒。「あんな発言は絶対にしてはいけない」と異例の警告を発した(共同通信ロンドン支局取材班・編『ノーベル賞の舞台裏』筑摩書房)』、山中伸弥教授までが「日本よいしょ」発言をして、注意されるとは、日本全体がクールジャパンに毒されて正常な判断力を失ってしまったとすれば、恐ろしいことだ。
・『ノーベル賞受賞の益川敏英教授は国家による科学の軍事利用に警鐘  しかも科学技術の研究とナショナリズムを結びつけることは大きな危険性を孕んでいる。その技術は人を殺す道具にもなるからだ。 2008年にノーベル物理学賞を受賞した京都大学名誉教授の益川敏英氏は『科学者は戦争で何をしたか』(集英社新書)のなかでこのように綴っている。 〈ノーベル物理学賞や化学賞は、将来的に人類の発展に著しく貢献するであろうと評価された科学技術、そしてその開発に寄与した科学者に与えられるものですが、一方でその技術が戦争で使われる大量破壊兵器の開発に利用されてきたのも事実です。(中略)ノーベル賞を授与された研究は、人類の発展のためにも殺人兵器にも使用可能という諸刃の技術と言ってもいいでしょう〉 益川氏は、ノーベル賞受賞記念の講演でも自身の戦争体験にふれ、さらに「安全保障関連法に反対する学者の会」にも参加し、安倍政権の暴走に警鐘を鳴らしてきた人物だ。 そんな益川氏がここで科学技術の「危険性」を強調するのは、安倍政権が学術研究を軍事産業に利用しようとする動きを進めているからだ。 安倍政権は2015年から「安全保障技術研究推進制度」という制度を始めている。これは、防衛装備庁が設定したテーマに基づいて大学や企業などから研究を公募、採択されれば研究費が支給されるというもので、同年は3億円を予算として計上。この予算は激増を続けていて、17年度予算では110億にまで増えた。 これに対し、京都大学や名古屋大学などは「軍事研究は行わない」という方針を明確にする一方、日本学術会議が183の国公私立大学や研究機関を対象に行ったアンケート(2018年4月3日付朝日新聞記事より)によれば、そのうち30カ所が「安全保障技術研究推進制度」への「応募を認めたことがある」と回答したという』、益川氏が正常な判断力を保持され続けているのは喜ばしいことだ。防衛装備庁による「安全保障技術研究推進制度」へ、30の「国公私立大学や研究機関」は応募したとは、カネの魅力には抗し難いということのようだ。
・『メディアが「日本スゴイ、日本スゴイ」と煽る裏で進行する厳しい現実  厳しい経営を余儀なくされて背に腹を変えられない大学や研究者の頬を札束で叩き、カネで釣ろうとする施策は着実に成果を残しつつある。 「Japan Today」をはじめ、海外で皮肉られた「とにかく、日本はどうですか?」「日本スゴイ」ばかり煽る傾向は、あらゆる物事に対して「国家への貢献」を求める風潮と裏表の関係にある。そしてそれは、なんら前向きな影響をおよぼさない。 「日本スゴイ、日本スゴイ」と自己暗示をかけるばかりで、外ではなにが起きているかをメディアが伝えず、受け手も見ようとしなくなった結果、家電メーカーは凋落。液晶テレビやスマートフォンなどの分野で日本企業のプレゼンスはほとんどなくなってしまった。 それは科学技術の分野だけでなく文化・芸術でもそうだ。K-POPが世界中で確かな地位を占めつつあるなか(4月5日付ビルボードチャートでBLACKPINKはシングル・アルバムともに総合チャートに入り、次週のチャートではBTSの新作が首位をとる可能性が非常に高いと言われている)、ハリウッド映画のプロモーションで世界中をまわるスターが韓国までは来ても日本には来ないでそのまま帰っていく光景ももはや見慣れたものとなった。 「日本スゴイ、日本スゴイ」と殻の中に閉じこもっていい気持ちになっているのは勝手だが、それによってもたらされるのは「凋落」だけだということに、いい加減気づくべきだろう』、「「日本スゴイ、日本スゴイ」と自己暗示をかけるばかりで、外ではなにが起きているかをメディアが伝えず、受け手も見ようとしなくなった結果、家電メーカーは凋落。液晶テレビやスマートフォンなどの分野で日本企業のプレゼンスはほとんどなくなってしまった」、との批判は説得力があり、その通りだろう。

次に、8月22日付け東洋経済オンライン「クールジャパン機構、見えない黒字化への道筋 新体制の下、国内外企業にハイペースで投資」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/297595
・『官民ファンドの1つであるクールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)が、ここにきて矢継ぎ早に投資を加速させている。 「寄付を寄せてくれた世界中のアニメファンに感謝を伝えたい」 8月にクールジャパン機構が投資を決めたアメリカの日本製アニメ配信・販売会社「Sentai」のジョン・レッドフォードCEOは、こう言って犠牲者に哀悼の意を表した。 機構が投資を決める直前の7月、京都アニメーションの放火事件が発生し、35人が死亡した。レッドフォード氏はニッチ市場向け日本製アニメのライセンス事業を手がけるSentaiを2008年に設立。京アニを支援するクラウドファンディングサイトを立ち上げて寄付を呼びかけていた』、「ここにきて矢継ぎ早に投資を加速させている」、というが大丈夫なのだろうか。
・『「過去の反省を現在に生かしている」  2013年に設立されたクールジャパン機構の経営陣が一新されてから、ちょうど1年が経過した。 三菱商事出身でサンケイビル社長の飯島一暢会長、イッセイミヤケ社長や松屋常務執行役員などを務めた太田伸之社長に代わり、2018年6月に社長に就任したのがソニー・ミュージックエンタテインメント出身の北川直樹氏だ。北川氏を支えるCOO兼CIOには、投資ファンドのペルミラ・アドバイザーズ社長を務めていた加藤有治氏が就いた。 この2人が引っ張る形で、昨年10月以降、Sentaiを含む国内外の企業9社への投資を決定するなど、ハイペースで投資を実行している。 北川社長は「(旧経営陣が)5年間、何もないところから、相当苦労して案件を立ち上げた。その反省も含めて、現在に生かしている」と振り返る。 旧体制との違いは、「キャッシュフロー投資重視」「現地パートナー重視」「グローバルシナジー追求」など5つの投資ルールを掲げ、投資領域としてメディア・コンテンツ、ファッション・ライフスタイル、食・サービス、インバウンドの4分野を掲げたことだ。 加藤氏は「政策性という観点からは以前とまったく同じものを追求しているが、(収益性の観点では)事業基盤がすでに確立したもの、しかも海外で確立しているものを比較的重視している」と話す』、「事業基盤がすでに確立したもの、しかも海外で確立しているものを比較的重視している」、というのであれば、リスクは比較的小さそうだ。
・『「決別」を印象づけた動画コンテンツ企業への出資  中でも旧体制との“決別”を印象づけたのが、新体制として第1号案件となる、アメリカの動画コンテンツ制作・配信企業「Tastemade」(テイストメイド)への投資だ。ゴールドマン・サックスやアマゾンなど、著名な大手投資家を割当先とする3500万ドルの増資の一角に食い込むという「幸運」も重なった。 クールジャパン機構は約14億円を投じるが、その後三井物産がテイストメイドへの追加出資を決めるなど、クールジャパン機構が理想とする“呼び水効果”も発揮している。 新体制以降の9件の投資内訳は、メディアが5件に対し、インバウンドの投資はまだ0件。国内企業が4件、海外企業5件と海外企業への投資が目立ち、後述するEMW社のように、マジョリティ(過半数)出資の案件も登場した。 ビジネスを一から立ち上げる「ラフアンドピースマザー」と人工糸開発を行うベンチャー企業「Spiber」を除き、事業基盤が固まってキャッシュフローが出ている、手堅い企業への投資が増えている印象だ。 今年6月と7月には、日本酒関連のビジネスに立て続けに投資した。 「ワインと日本酒は消費者のプロファイルがよく似ている。クールジャパン機構とは共通のビジョンを持っており、お互いの強みを持ち寄って販売プラットフォームを強化していく」 中国・香港のワイン卸売「EMW」のエドワード・デュヴァル氏は、クールジャパン機構から約22億円の出資(実際の出資先はEMW社の持株会社であるTrio社)を受け入れた理由についてそう語った』、「EMW」への出資をテコに、日本酒販売への無理な圧力をかけるなどということは無しにしてほしいものだ。
・『アメリカのミレニアル世代に日本酒を売り込む  2003年設立の同社は上海や北京などの主要都市に6拠点を展開。機構としては、同社の販売ネットワークを生かし、2018年現在で220億円程度にとどまっている日本酒の輸出を大きく伸ばしていくことを狙っている。 7月に11億円の投資を決めたアメリカの「Winc」への出資も、現地における日本酒ブランドの確立を狙ったものだ。 日本酒輸出のうち、アメリカ向けは約3割。同社が販売するワインのメインターゲットは、1ボトル当たり15~20ドルを支払うジェネレーションXないしはミレニアル世代で、そうした人たちに高品質な日本酒を売り込んでいくという。 同社のジェフ・マクファーレン氏は「今年末か来年初めに複数商品を用意し、3~4年かけて500万ドルの売り上げを目指していく」と期待する。 加藤氏ら企業投資の「プロ」が参画し、投資手法は洗練されてきたものの、クールジャパン機構を取り巻く周囲の視線は厳しい。 「今後新たな産投(産業投資)出資を行う場合には、産業投資と産投機関との間で、あらかじめ出資時に、明確な出資条件を定めることが必要である」 財務省の財政制度等審議会は今年6月、官民ファンドの運営資金の原資を供給している産業投資特別会計に関連し、こんな提言を行った』、財政制度等審議会から注文が付いたのは当然だ。
・『「収益性に課題が生じたファンド」  クールジャパン機構や農林漁業成長産業化支援機構(通称A-FIVE)などの4つの官民ファンドは、「収益性に課題が生じたファンド」と位置付けられ、今年4月には収支計画を提出。今後も今年秋と2020年度、2021年度にそれぞれ計画と実績が検証されることになっている。 財務省理財局の山本大輔・財政投融資企画官は「官民ファンドの解散・清算時に出資元本と資本コスト以上を回収するというゴールが危ういようであれば、改善計画をつくってもらうことになる。解散までゴールを達成できるかどうかわからないのでは困るので、今後も定期的、かつ継続的に早め早めの手を打っていくことが求められる」と語る。 投資ファンドはそのビジネスの性格上、最初に赤字が膨らみ、徐々に利益に転じていく「Jカーブ」と呼ばれる収益曲線を描く。たしかにクールジャパン機構は設立してまだ6年弱で、収益化の途上にあるとも言える。しかし問題は、2033年に解散する機構の清算時に、本当に黒字で閉じることができるのか、その道筋が今のところ見えていないことだ。 官民ファンドは安倍政権が発足した2013年から2015年にかけて、相次いで設立された比較的新しい政策ツールだ。政策的必要性が高く、民間だけでは十分に資金が供給されない分野への資金供給はこれまで、日本政策投資銀行や国際協力銀行などの政府系金融機関が担っていたが、2019年3月末現在で5兆6968億円の産業投資残高のうち、官民ファンドは13%を占めるまで存在感を増している。 しかし、日本政策投資銀行など向けの出資は融資業務のリスクバッファーとして使われるのに対し、官民ファンド向け資金は投資の直接の原資となるなど、リスクが大きい。それなのに、新しい政策ツールということもあって、監視の目が十分行き届いていないという問題があった』、所管官庁や官民ファンドにとっては、「政策実現のための便利な入れ物」となっていたのは確かだ。
・『これまでの収支決算は179億円の繰越損失  クールジャパン機構がこうした外部の厳しい目を払拭するには、何よりも収益をあげるしかないだろう。 棒グラフが投資額、折れ線グラフが累積損益を表す。クールジャパン機構の見通しでは、2033年度までに累積損益が黒字になるとしている(クールジャパン機構の資料から引用) 機構は2013年の設立以降、合計38件の投資を行い、業績不振が批判されたマレーシアの商業施設など、3件のイグジット(投資回収)を果たした。その2019年3月末時点での収支決算は179億円の繰越損失だ。 この繰越損失は、約100億円の経費、約80億円の減損損失と引き当て処理からなる。これまで実現した3件のエグジットの収支は「トントン」で、肝心の投資に伴う利益を実現できていない。 カギを握るのは、主に旧体制下で進めた26件(29件投資し、3件は売却)のゆくえだが、エグジットのイメージはまだ見えない。 例えば、110億円を上限に出資するという中国・寧波での大規模商業施設「ジャパンモール事業」(2014年9月決定、110億円を上限に出資)は当初予定を延期し、2019年秋に開業予定という。機構の北川社長は「少なからずの額を投資しているものの、われわれが直接インボルブして(関わって)いないということが、初期案件での1つの形だった」と話す。 今年4月に公表された、クールジャパン機構の2033年度までの投資計画によると、単年度赤字は2023年度まで続き、累積損益が黒字化するのは2031年度。2028年度まで毎年181億円を投資する計画だ。 これだけの投資をこなすには投資に精通した人材を増やしていく必要がある。民間の投資ファンドと比べて決して待遇面で厚遇と言えない機構にどれだけ有為な人材を集められるか』、「ジャパンモール事業」など旧体制下で進めた案件でも、徹底的に見直すべきだろう。
・『「政策性」と「収益性」の二兎を追う難しさ  最大の問題は、クールジャパン政策の推進という「政策性」と、機構解散時に純資産がゼロを上回らなければならないという「収益性」の二兎を追う難しさだ。 クールジャパン機構を所管する経済産業省クールジャパン政策課の三牧純一郎課長は「機構ができる以前のクールジャパン政策は、補助金をつけてPRやプロモーションを行う情報発信系イベントが中心だった。ビジネス的な観点は強くなかったが、機構ができてビジネスにつなげるようになった。その差は大きい」と振り返る。 もちろん、何でも「クールジャパン」に仕立て上げればいいというものではないが、本当に政策性が重要なら、補助金という形式で、投じた公金が返ってくることを期待せずに、政策性をひたすら追求すればいい。しかし、官民ファンドでは収益性という「タガ」がわざわざはめられている。 それは、ビジネスとしてゴーイングコンサーンでないと、安定的に政策性を追求できないからだ。これまでの機構はその収益性さえクリアできなかったため、従来の補助金行政との違いを示せなかった。 なぜ公的資金を元手に日本企業ではなく、海外企業に出資して、日本酒や日本製アニメを売ってもらうのか。従来の公的資金の使い方と何が違うのか。まだ十分に理解されているとは言えない「官民ファンド」という新しい政策ツールの意義とリスクを、しっかりと説明していくことが求められている』、説明責任はしっかり果たして欲しいところだ。なお、クールジャパン機構については、このブログの6月28日「機構資本主義」、8月16日「闇営業」でも取上げているので、参考にされたい。

第三に、上記の続き、8月23日付け東洋経済オンライン「クールジャパン機構、この1年で何が変わった? 昨年就任した北川CEOと加藤COOを直撃した」を紹介しよう(Qは聞き手の質問)。
https://toyokeizai.net/articles/-/297340
・『官民ファンドの1つである、クールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)が厳しい批判にさらされている。 2013年に設立された同機構は、中国での大規模商業施設事業や日本のアニメやドラマの海外放送事業など、これまでに合計38件の投資を行い、うち3件をすでに売却した。2019年3月末現在で179億円の累積損失を抱え、財務省の財政制度等審議会が今年6月にまとめたリポートでは、「投資実績の低調等により、累積損失が生じている状況にある」と指摘された。 だが、昨年6月に就任したソニー・ミュージックエンタテインメント出身の北川直樹社長CEOと、投資ファンドのペルミラ・アドバイザーズ出身でCOO兼CIOを務める加藤有治氏によって、投資手法や投資先の選定、投資後の企業価値向上の方法が変化していることも事実だ。 クールジャパン政策を推し進めていくうえで、クールジャパン機構の果たす役割は何か。また、官民ファンドとしての運営上の課題は何か。2人に聞いた』、トップ2人へのインタビューとは興味深い。
・『「5つの投資方針」をはっきりさせた  Q:社長、COOにそれぞれ就任されて1年が経過しました。「旧体制」と何がいちばん違うのでしょうか。 北川:日本の魅力を世界に届けるための「5つの投資方針」をはっきりと決めて、スタートさせた。ただ、1つ言えるのは、(前会長の)飯島(一暢)さんや(前社長の)太田(伸之)さんらは、何もないところから相当苦労して5年間、案件をやってきた。その大変さの中にヒントはいっぱいある。僕らなりに、事業の精選のされ方など、反省も含めて現在に生かしている。 Q:新体制下でこれまで9件の投資を決定しました。その中に2人が理想とする投資案件はあったのでしょうか。 北川:カテゴリーは似ているかもしれないが、9件すべてタイプが違う。インバウンドがこれだけ取り上げられるようになったように、来年、再来年とやっていくうちに「クールジャパン」のあり方やポジションも変わっていくだろう。そういう状況の変化にどう対応していくかが重要だ。 Q:9件の中身をみると、吉本興業とNTTと組んで出資した国産プラットフォーム事業「ラフアンドピースマザー」と慶応義塾大発ベンチャーの「スパイバー」を除き、ビジネス基盤の固まった、キャッシュフローの出ている企業への、手堅い投資が目立つ印象です。 加藤:政策性という観点からいうと、従来とまったく同じものを追求しているが、(新体制では)より事業基盤が確立したものに投資している。しかも、海外で基盤が確立しているものという点を重視している。 9件の内訳は、グリーンフィールドが1件、グロースが6件、マジョリティー出資案件が2件。投資手法の多様化も図るし、分野もバランスをとっていく。グリーンフィールドはこういう政策をやりたいということに対して、テーラーメイドで作れるという利点はあるが、立ち上げのリスクがある。ただ、よいバランスの投資ができているのかな、と思う。 Q:今年4月に示された投資計画によると、今後10年間で毎年181億円ずつ、合計1800億円超の投資を計画しています。相当な投資件数と金額になると思いますが、今の機構の人材で十分なのでしょうか。また、投資対象は十分存在しますか。 北川:これから直面するのはそこだと思う。この11月で7期目となるが、このチームとなって投資件数は結構増えた。このペースでいくと、以前は想定していなかったことを想定し始めないといけない。 エグジットはこれから増えてくる。大きく人を増やすものでもなく、2人増えるだけでも助かる、という世界。加藤COOを中心に、チームを新たに編成し直すなど対応をしている。 加藤:ご指摘の通り、もしこのペースで投資を続けるなら、人員は増やさざるをえないかもしれない。一方、ファンドのサイズを上げることで投資効率を上げる方法もある。 ただ、政策性の観点からいうと、大きければいいというものでない。サイズ、政策性、収益性のバランスをうまくとりながら、効率よくチームを編成し、手厚くやるべきところは手厚く、案件サイズも工夫していく。 投資先も、簡単に見つかるということではないが、われわれのスタッフが正しい戦略に基づいて正しい努力をすれば、十分なパイプラインは積み上がる。投資対象に挙げている4分野の裾野は広く、投資対象はたくさんあるが、いい投資対象がたくさんあるかというと、そうでもない』、「(新体制では)より事業基盤が確立したものに投資している。しかも、海外で基盤が確立しているものという点を重視している」、というのは手堅いやり方だ。現在はベンチャーファンドも乱立気味で、資金はあり余っているようなので、「毎年181億円ずつ」に拘らず、弾力的に投資すべきだろう。
・『エグジットには2年以上、長い期間がかかる  Q:エグジット(投資案件の売却)に至った案件は今のところ3件で、共同投資先への売却や投資先による買い戻しが中心です。今後エグジットが本格化すると思われますが、IPOなど具体的なイメージがあるのでしょうか。 加藤:一般論でいうと、ファンドなので(IPOなどのエグジットを)当然積極的に検討する。検討を進めるにあたって、まず政策的な目的を一定程度達成できているか。それが第一義なので、満足する結果を生んでいるのなら、次のオーナーへ引き渡していく。 とはいえ、現実には投資して2年間やって、すぐエグジットするかというと、2年では満足いく政策目的を達成できないケースがほとんどだと思う。技術的にはそれよりも長い期間でエグジットしていくことになる。 Q:例えば、今年6月から7月にかけて、日本酒関連の投資が2件ありました。これらのビジネスがどういう状態になると、おっしゃるような「政策目的」が達成されたことになるのでしょうか。 加藤:案件ごとに政策KPI(重要業績評価指標)が決まっており、目標の70%を達成すると、一定程度達成できているということになる。そのハードルを越えてきたところでIPOなり、戦略的な買い手にバトンタッチしていくことになる。 Q:KPIの詳細は未公表のようですが、そのKPIの達成度は、最初の目標をいくらに設定するか次第で達成度が左右されるのではないですか。最初の目標の設定は適切なのでしょうか。 北川:正直に申し上げて(目標は)結構高い。僕らは高めの目標を先方(投資先)にプレゼンし、先方がこれくらいでどうですか、というケースが多い。新しいマーケットをお互いに開拓しようとしているので、多い少ないという議論はあると思う。先方の事情もあり、マーケットをまったく無視してやるわけにはいかない。 Q:例えば、日本酒の高い政策目標はどこから出てくるものですか。 北川:彼らが扱っているのはワインやシャンパンで、向こう(中国やアメリカ)のマーケットで日本酒の需要があるかが1つの目安になる。 加藤:付け加えると、量だけではなく質も大事。われわれの発想として、なるべくたくさん輸出してビジネスにしたいという話をするが、現場でやっている人たちの意見でいくと、いきなり何でもいいからたくさん売れ、というのは得なのか、となる。 今回の日本酒の案件では、日本のお酒というもののストーリーをきちんと語ってブランドを作ろうと。日本ブランドはいいものだ。クオリティーの背景にストーリーがあって、これなら高い金を払って買ってもいいよね、というのにふさわしいものを売ろうと。質、量両面を考えながらKPIを設定している』、「日本のお酒というもののストーリーをきちんと語ってブランドを作ろう」、というのはもっともだが、数多い日本酒の「ストーリーをきちんと」描き分けて、ブランドを作るというのは、なま易しくはないだろう。
・『政策性と収益性の両立は簡単ではない  Q:日本酒の輸出を伸ばしたり、日本酒のブランドをつくっていくという目的を達成する手段としては、補助金を出すなり、マーケティングするなどの方法もあると思います。機構のように企業に出資するやり方は、目的達成の手段として適切なのでしょうか。 北川:機構は今(2013年の設立から)6年目で、これは1つのトライアルだと思う。当然、補助金というやり方もある。効果的だと思うし、今いろんなやり方の中で、どれがいちばんいいのか。われわれがまさに証明していくことだと思っている。 正直言って、政策性と収益性、この2つをやっていくのはそんなに簡単なことではない。それは重々認識している。財政投融資の観点からは、政策性も収益性もちゃんとやってくれと。さらに、計画を立てて、投資を現実にやっていくことがすごく重要だ。 加藤:われわれとしては、バリュークリエーションチームを作り、企業投資の世界で確立されたバリュークリエーション手法をしっかり導入している。投資先の30数社全部に担当を貼り付けるわけにいかないが、例えば、マジョリティー(株式の過半数)をとっている先や(ビジネスをゼロから立ち上げる)グリーンフィールド案件、案件サイズの大きい先など、ハンズオンが必要な先にチームをきちんとつけている。 われわれは産業投資のお金を使って株主になっている。投資自体で価値は生まれないので、産業投資のお金にしっかり働いてもらうために、継続的に投資先の会社と協力し合い、株主としての役割をしっかり果たしていく。 Q:政策性と収益性の「二兎」を追うのは結構しんどいと思います。いっそのこと、目標をどちらか1つに絞ってはどうでしょうか。 北川:当事者として(二兎を追うことに)僕は違和感がない。会社というのはいつも2つを追っている。人を減らして売り上げを倍にしろとか。僕もそうやってきたので、目標が1つだけだなんてとんでもない。 Q:機構に課せられた収益性といっても、民間ファンドのように20%とか30%とかのリターンを求められているわけではない。投資元本が返ってくればいい、という建て付けです。 加藤:難易度は高いと思う。民間は、利益に向かって全力疾走でいい。しかし、クールジャパン機構は目標が2つある。全力疾走でなく、バランスでやるというところが難しい。振り切っていいならバンと押せばいいが、てんびんにかけてやらないと。 チームとよく話しているのは、政策目的と収益がトレードオフでなくなる瞬間もたまにある、ということだ。例えば、中国の日本酒案件は、KPI設定がすごく簡単にいった。 経営陣は次の成長の柱は日本酒だと言った。しかも日本酒は彼らのインフラにそのまま乗っかる。ストーリーも歴史もあって、ワインと同じようなカテゴリーで成長の柱にできる。こういうケースを見つけると、仕事のやりがいをすごく感じる』、ワインと日本酒では違いもありそうだが、プロがそう信じているのであれば、そうなのだろう。
・『吉本案件に変更はない  Q:既存の投資先の進捗状況を聞かせてください。最大110億円を投じる中国・寧波のジャパンモールの開業時期は、延期されて今年秋になる予定です。 北川:ブランド戦略がきちんとできて、成功させたいという阪急さんの思いがあるので、そのへんが見えるまで(開業時期が)なかなか決まってこなかったという事情があると思う。僕らは(相応の出資金)額を出しているが、中国のパートナーやテナントの問題はどうしてもH2Oリテイリングにある程度頼らざるをえない。 Q:沖縄の吉本興業との共同投資案件に世間の批判が集まっています。 北川:(社外取締役でつくり、投資案件を審議する)海外需要開拓委員会の議論も通過してきている案件だ。政策性と収益性をみて、反社かどうかも当然チェックしてスタートしている。 (吉本案件は)何度も聞かれるが、かなり厳しいチェックを(ほかの案件と)同じようにやっている。「(吉本案件を)どうするんですか」と聞かれても、別に何か決定自体が誤っていたわけではないし、「(投資方針の変更などは)ないですよ」と申し上げている。 Q:投資ファンドのビジネスモデル上、費用が先行する「Jカーブ」を描くのは理解できます。問題は、クールジャパン機構の存続期間である2033年までに本当にカーブが持ち上がっていくのか。相当未来の話なので、よくわからない。 北川:累損を単純に見ている人もいるので、そうではないんだと。懸念をもたれているポイントは違いますよ、というのをぜひご理解いただきたい。 加藤:いま(投資先の)ポートフォリオが30社を超えてきており、バリュークリエーションや投資先との連携の努力をきっちりやっていく。そして、これまで通りにパイプラインをしっかり積み上げ、政策的にも、経済的にもいいエントリーをする。 もう1つ、やはりミッションを忘れないということが重要だ。われわれのミッションは海外事業開拓支援。そのミッションのために適切な投資とは何なのか。それをつねに問い続けていく』、吉本案件は「海外需要開拓委員会の議論も通過してきている案件」として突っ張っているようだが、吉本興業自体が「闇営業」問題で揺れているだけに、環境の変化に柔軟に対応してゆくべきだろう。 
タグ:東洋経済オンライン litera クールジャパン戦略(その9)(ブラックホール会見でNHK記者が「日本の貢献は?」質問し世界が失笑!科学に“日本スゴイ”持ち込む愚、クールジャパン機構 :見えない黒字化への道筋 新体制の下 国内外企業にハイペースで投資、この1年で何が変わった? 昨年就任した北川CEOと加藤COOを直撃した) 「ブラックホール会見でNHK記者が「日本の貢献は?」質問し世界が失笑!科学に“日本スゴイ”持ち込む愚」 国際プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ」が人類史上初めてブラックホールの撮影に成功 アメリカ政府の国立科学財団の会見 NHKの記者はパネラーに対してこんな質問を投げたのだ。 「私は国際共同研究に関して質問があります。今回の成果が突出した共同研究であることは理解しております。それぞれの国、特に日本がどんな貢献をしたのかについてお聞かせください」 場内のあちこちから他国の記者の笑い声が漏れた NHK記者の1人前には高校生の女性が「今回のことは、科学界の国境を越えた協力による大きな功績だと思いますが、今後こうした共同作業は科学界においてひとつのモデルとなるでしょうか。なるとすれば、どういう課題があり、私たちには何ができるでしょうか」といった質問をして、パネラーから「That’s a great question」との言葉をもらっていた Japan Today NHKの記者はブラックホール研究チームに対して日本の貢献について質問をしたことで物笑いの種になった 「科学研究」と「おらが村の自慢」は何の関係もないし、むしろ結びつけてはいけないというのは国際的な常識だ 山中伸弥教授は記者会見で「日本、日の丸の支援がなければ、こんなに素晴らしい賞を受賞できなかった。まさに日本が受賞した賞」と発言 ノーベル賞委員会は激怒。「あんな発言は絶対にしてはいけない」と異例の警告を発した ノーベル賞受賞の益川敏英教授は国家による科学の軍事利用に警鐘 安倍政権は2015年から「安全保障技術研究推進制度」という制度を始めている 京都大学や名古屋大学などは「軍事研究は行わない」という方針を明確にする一方、日本学術会議が183の国公私立大学や研究機関を対象に行ったアンケート(2018年4月3日付朝日新聞記事より)によれば、そのうち30カ所が「安全保障技術研究推進制度」への「応募を認めたことがある」と回答 メディアが「日本スゴイ、日本スゴイ」と煽る裏で進行する厳しい現実 「日本スゴイ、日本スゴイ」と自己暗示をかけるばかりで、外ではなにが起きているかをメディアが伝えず、受け手も見ようとしなくなった結果、家電メーカーは凋落。液晶テレビやスマートフォンなどの分野で日本企業のプレゼンスはほとんどなくなってしまった 「クールジャパン機構、見えない黒字化への道筋 新体制の下、国内外企業にハイペースで投資」 「過去の反省を現在に生かしている」 クールジャパン機構の経営陣が一新されてから、ちょうど1年が経過 旧体制との違いは、「キャッシュフロー投資重視」「現地パートナー重視」「グローバルシナジー追求」など5つの投資ルールを掲げ、投資領域としてメディア・コンテンツ、ファッション・ライフスタイル、食・サービス、インバウンドの4分野を掲げたことだ 「決別」を印象づけた動画コンテンツ企業への出資 アメリカのミレニアル世代に日本酒を売り込む 「収益性に課題が生じたファンド」 4つの官民ファンドは、「収益性に課題が生じたファンド」と位置付けられ、今年4月には収支計画を提出。今後も今年秋と2020年度、2021年度にそれぞれ計画と実績が検証される これまでの収支決算は179億円の繰越損失 「政策性」と「収益性」の二兎を追う難しさ 「クールジャパン機構、この1年で何が変わった? 昨年就任した北川CEOと加藤COOを直撃した」 「5つの投資方針」をはっきりさせた エグジットには2年以上、長い期間がかかる 政策性と収益性の両立は簡単ではない 吉本案件に変更はない
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歴史問題(9)(「戦争には勝者も敗者もない」――川に人骨……戦時の悲惨さ知る亀井静香の原体験、飢餓 自殺強要 私的制裁--戦闘どころではなかった旧日本軍、米中ソ3国と同時に戦う! また裂き状態だった旧日本軍の意思決定) [国内政治]

昨日に続いて、歴史問題(9)(「戦争には勝者も敗者もない」――川に人骨……戦時の悲惨さ知る亀井静香の原体験、飢餓 自殺強要 私的制裁--戦闘どころではなかった旧日本軍、米中ソ3国と同時に戦う! また裂き状態だった旧日本軍の意思決定)を取上げよう。

先ずは、8月14日付けYahooニュース「「戦争には勝者も敗者もない」――川に人骨……戦時の悲惨さ知る亀井静香の原体験」を紹介しよう(Qは聞き手の質問、Aは亀井氏の回答)。
https://news.yahoo.co.jp/feature/1413
・『「川で泳ぐと、たくさんの人の骨が沈んでいるんです。悲惨ですよ」。広島県で終戦を迎えた元衆議院議員の亀井静香氏(82)は少年時代の記憶を語る。終戦から74年。不戦の誓いを立てた日本では、戦争を知る人たちが次々と鬼籍に入り、戦争の記憶は風化しつつある。現職の国会議員もほとんどが戦後世代。保守系政治家としてこの国の戦後政治を見てきた亀井氏に、自身の戦争体験について聞いた』、亀井静香氏はハト派の硬骨漢で、私も注目していた。郵政民営化問題では小泉に楯突いて離党、国民新党党首に。郵政選挙では堀江貴文氏を刺客に立てられたが、勝利。2017年に引退したのは残念だ。
・『ピカッと光った後に地響き  亀井静香氏は1936(昭和11)年に広島県山内北村(やまのうちきたそん、現・庄原市)で生まれた。県庁のある広島市から北東に80キロほど離れた山間の村。父は村の助役、4人きょうだいの末っ子で、姉2人、兄1人がいた。広島に原爆が投下されたのは1945年8月6日午前8時15分。当時8歳だった亀井氏は今も鮮明に覚えている。 Q:その瞬間は、どこで何をしていたのですか? A:国民学校3年のときだったかな。当時、小学校は校庭を全部イモ畑にして、児童はみんな朝からイモ畑の手入れに駆り出されていた。夏休みなのに。食料がなかったからね。それで朝8時過ぎ、私の通っていた川北小学校は少し高台にあるんですが、山並みの向こうから、ピカッと空に鮮烈な光が見えたんです。アレッと思ったらデーンと地響きがしてきた。 腹の底に響くような、とてつもない地響きだったよ。光った後にね。やがて、みなさんも知っているキノコ雲がサァーッと立ち上ってね。それは恐ろしいというよりも、いったい何が起きたんだろうという気持ちでした。あんな光景は初めて見た。 Q:当時、「原爆」という言葉は? A:知りませんでしたよ。いったい何が起きたんだろう? どうしたんだろう? って。私が生まれた山内北村はまだ村なんだけど、西側に現在の三次市(みよしし)があった。そこが空襲でやられたのかなぁとか、みんなでうわさし合っていた。やがて広島に落とされたのは新型爆弾らしいというのが口づてに伝わってきました。それから数日後ですよ。あの光に遭った人たちが、わが村にも逃げて来たのは。服も着ずに肌があらわな人、全身焼けただれた人、髪の毛が荒れ果てたままの人、それはもう凄まじい光景でした。 亀井静香氏は保守派として知られた政治家だ。1960年に東京大学経済学部を卒業後、2年ほどのサラリーマン生活を経て、警察庁に入庁。1971年、極左事件に関する初代統括責任者となる。1977年に退官、2年後の衆議院議員選挙に出馬、初当選した。自民党では、運輸大臣、建設大臣など閣僚も経験したが、2005年、郵政民営化に反対して自民党を離党。2017年の衆院選に出馬せず政界を引退した。 亀井氏は、幼い頃の郷里での体験が忘れられないという。いちばん上の姉は、原爆投下後の広島市内に入ったことで被爆した。入市被爆である。俳人で俳誌「茜」を主宰していた出井知恵子(いずいちえこ)さんだ。1929年生まれで、1986年に白血病で亡くなっている』、「数日後ですよ。あの光に遭った人たちが、わが村にも逃げて来たのは。服も着ずに肌があらわな人、全身焼けただれた人、髪の毛が荒れ果てたままの人、それはもう凄まじい光景でした」、「広島市から北東に80キロほど離れた山間の村」、にまで数日かけて逃げてきた被災者を目撃したのは強烈な体験だろう。
・『救援活動で被爆した姉  Q:ご家族も被爆されたとのことですが。 A:後で分かったんだが、姉も被爆していたんです。いちばん上の姉が。当時、三次の高等女学校の寄宿舎に住んでいたのですが、すぐに広島市内に救援活動に向かったといいます。多くの女学生と一緒にね。三次から爆心地へ通い続けた。それで二次被爆に遭ってしまったのです。 Q:つまり、三次にとどまっていれば……。 A:広島から70キロは離れているからね。行かなければ被爆はなかったんです。でも、そんなこと分からんから、当時は。それで、白血球の状態がだんだん悪くなって、苦しんで、最後は亡くなった。三次におれば、助かったかもしれません。 Q:お姉さんは、俳句を詠む人だったそうですね。 A:ええ、小さな雑誌を主宰しておりました。亡くなったときに当時の広島市長が、姉が生まれた私の実家の庭に句碑を立ててくれてね。そこにはこんな句が刻まれています。〈白血球 測る晩夏の渇きかな〉 白血球が増えたり減ったりしていたから、そういう恐怖感というようなものを姉は俳句にしたんだと思う。「渇きかな」というのはのどの渇きなんだろうね。姉のクラスメートの多くは同じ目に遭ってますよ。原爆訴訟(原爆被災者が、米国の原爆投下を国際法違反とし、戦争を起こした国を相手取り損害賠償請求を起こした訴訟)を起こした友人もいる。亡くなった人も少なくないですから……』、「いちばん上の姉が・・・二次被爆に遭ってしまった・・・白血病で亡くなった」、のも強烈な体験に違いない。
・『お国のために死ぬのが当たり前  亀井氏が生まれた1936年は、国内では二・二六事件が起き、世界ではナチス・ドイツが存在感を増していた時期だ。物心ついたときは、すでに戦争一色。亀井氏の家にも、通っていた学校にも天皇(昭和天皇)の写真が「御真影」として掲げられていたという。また、アメリカ兵がやって来たときに備えて、家には竹やりがあった。鬼ごっこや、かくれんぼと同じくらい、“戦争ごっこ”も日常だった。必然、幼かった亀井氏も愛国少年になったという。 Q:やはり、亀井さんも「天皇陛下、バンザイ」とか「鬼畜米英」とか? A:そりゃそうよ。だって、それが時代の空気だから。朝、学校に行くと、いちばんに天皇陛下の御真影に挨拶をする。毎日だよ。それは、忠君愛国ですから。そうでないと「非国民」にされる。当時の天皇陛下は生き神様です。 Q:小学生でも、ですか? A:もちろん。いまの人からすればおかしいと思うかもしれないけれど、疑問に思う人間はいなかったと思うね。ごく一部にね、「戦争反対」とか「このままじゃ負ける」と思っとった人がいたかもしれないけれど、ほとんどの人はみ~んな非常に素直に、とにかく鬼畜米英でしたよ。 Q:それは、親とか学校の先生とかに教わるものなんでしょうか。 A:教育もそうなんだけど、空気みたいなものだから。自然にね。時代の空気を吸っていると自然とそうなった。天皇陛下のため、お国のために死ぬのが当たり前だと。だから私のような子どもでも、戦争に負けたことがわかったときには肥後守という折り畳みの小刀を持って、兄貴を「一緒に死のう」って追っかけ回したくらいです。でも、兄貴には逃げられちゃいましたけどね』、文字通りの「愛国少年だった」ようだ。
・『川に沈む人骨  愛国少年だった亀井氏は地元小学校を卒業すると、県内トップレベルの私立修道中学校に進学。広島市内に寄宿した。そこでまた、戦争の悲惨さを目の当たりにする。 Q:当時の広島市内はどんな様子でしたか。 A:もう原爆から4年経っていたからね、焼け野原にバラック(粗末な小屋)がいっぱい立っていました。人間の生命力はすごいと思った。でもね、いまでも覚えているんだけど、川で泳ぐと、たくさんの人の骨が沈んでいるんですよ。 Q:人骨ですか? A:多くの人が熱くて川に逃げて死んだから。それはもう、おびただしい数だったよ。それから、街にはビルがあるでしょ。そのビルの壁には人の影が映ったまま残っている。写真機と一緒で、原爆の光で焼き付けられた人影の跡が。そういうのがあちこちにあった。悲惨ですよ。 だんだん悲しくなって、やがて憤りになってきた。なんで、こんな目に遭わなけりゃいけんのだって。それなのに、日本人は「過ちは繰り返しません」と反省ばかり。やったのはアメリカだよ。勝てば何でも許されるのか。そうじゃないでしょう』、「だんだん悲しくなって、やがて憤りになってきた」、というのは正義感の強い少年としては当然の反応だ。
・『とにかく戦争はやっちゃいかん  「戦争には勝者も敗者もない」というのが亀井氏の持論である。そして、一国のリーダーたる者、何があっても絶対に戦争への舵を切ってはいけないと力説する。 Q:そういう経験から、戦争は反対だと……。 A:経験のあるなしは関係ない。とにかく戦争はやっちゃいかんのだよ。戦争には勝者も敗者もない。それは、勝ったほうも負けたほうも悲惨だから。アメリカだって、ものすごい数の犠牲者を出しているでしょう。そりゃあ、大統領は戦死しないかもしれないけれど。日本の兵隊だろうが、アメリカの兵隊だろうが、死ぬことの悲惨さという面においては同じ。だから、戦争はしちゃいかんのです。 Q:しかし、当時の日本は戦争への道を突き進みました。 A:極端な話、飢え死にしたって戦争はしないほうがましです。当時の日本も、ABCD包囲網(アメリカ、イギリス、中華民国、オランダによる貿易制限措置。1940年頃から進められ、対日石油禁輸などで、日本は追い込まれていった)などで苦しんでいたとはいえ、それでも別の道を選択すべきだった。一国のリーダーは、耐えて、耐えて、国民に「我慢しろ」と言わないとあかん。戦争するわけにはいかないんだ、とね。だけど、それは大変なことですよ。 Q:なぜ、当時の指導者はそれができなかったのでしょうか。 A:言うは易し。当時は、国民もマスコミも「やれ」「やれ」「やれ」でしたからね。そういう中で、リーダーがそうじゃない道を模索して、それを実行するというのは、並大抵のことじゃない。それは分かる。しかしもう二度と、そういう道を選んではならんのです。 Q:いまは戦争を知らない世代が国会議員の大勢となり、戦争への理解が乏しくなった発言も見受けられます。 A:難しいけど、「戦争を知らない世代」とレッテル貼るわけにもいかんだろう。書物や口伝えで、戦争について理解しているやつもいる。それを「おまえたちは戦後生まれだから知っちゃおらん」って、決めつけちゃいかんよ。そんなこと言ったら歴史なんか成り立たないですよ。 丸山穂高議員がたたかれてたでしょ、この間。(たたくのは)「知らねえくせに、おまえ、戦争、戦争と言うな」という感覚があるんだよ、みんな。やっぱりそれは健全な感覚ってあるからね。一方で、国会議員が一般の人よりレベルが高いなんて考えも錯覚だよ。 Q:国会議員の質が下がったということでしょうか。 A:俺は、そんなことを言うほどの立場じゃないよ。神様じゃねえから。いや、俺なんか、神様から見れば、程度の悪い政治家だったなと思われてるよ。 ただ、戦争は駄目だよ。人を殺し合う。戦争っていうのは、その最たるものだ。俺は、平和主義者だぞ。だから、戦争は嫌に決まってる。人を殺すのが好きなわけねえじゃねえか』、「一国のリーダーは、耐えて、耐えて、国民に「我慢しろ」と言わないとあかん。戦争するわけにはいかないんだ、とね。だけど、それは大変なことですよ」、というのは根っからの「平和主義者」のようだ。安倍首相にはその爪の垢でも煎じて飲ませたいところだ。

次に、8月14日付け日経ビジネスオンラインが掲載した一橋大学大学院特任教授(日本近現代軍事史)の吉田 裕氏へのインタビュー「飢餓、自殺強要、私的制裁--戦闘どころではなかった旧日本軍」を紹介しよう(Qは聞き手の質問)。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/080700039/?P=1
・『映画「この世界の片隅に」  2016年公開)が8月3日、NHKによって地上波放送で初めて放映された。こうの史代さんのマンガを原作とする劇場版アニメだ。主人公は、すずさん。絵を描くのが好きな18歳の女性だ。広島から呉に嫁ぎ、戦争の時代を生きる(関連記事「『この世界の片隅に』は、一次資料の塊だ」)。アジア・太平洋戦争中の、普通の人の暮らしを淡々と描いたことが共感を呼んだ。 一方、アジア・太平洋戦争中の、戦地における兵士の実態を、数字に基づき客観的に描写したのが、吉田裕・一橋大学大学院特任教授の著書『日本軍兵士』だ。「戦闘」の場面はほとんど登場しない。描くのは、重い荷物を背負っての行軍、食料不足による栄養失調、私的制裁という暴力、兵士の逃亡・自殺・奔敵、戦争神経症に苦しむ様子--。同書の記述からは、軍が兵士をヒトとして遇そうとした跡を感じることはできない。加えて、第1次世界大戦から主流となった「総力戦」*を戦う態勢ができていなかった事実が随所に垣間見られる。 *:軍隊だけでなく、国の総力を挙げて行う戦争。軍需物資を生産する産業力やそれを支える財政力、兵士の動員を支えるコミュニティーの力などが問われる なぜ、このような戦い方をしたのか。終戦記念日 を迎えたのを機に考える。吉田特任教授に話を聞いた』、興味深そうだ。
・『吉田さんはご著書『日本軍兵士』の中で衝撃的な数字を紹介しています。 支那駐屯歩兵第一連隊の部隊史を見てみよう 。(中略)日中戦争以降の全戦没者は、「戦没者名簿」によれば、2625人である。このうち(中略)1944年以降の戦没者は、敗戦後の死者も含めて戦死者=533人、戦病死者=1475人、合計2008人である。(後略)(支那駐屯歩兵第一連隊史)(出所:『日本軍兵士』) この部隊の戦没者のうち約76%が終戦前の約1年間に集中しています。しかも、その73%が「戦病死者」。つまり「戦闘」ではなく、戦地における日々の生活の中で亡くなった。敗戦色が濃厚になるにつれ、兵士たちは戦闘どころではなく、生きることに必死だった様子がうかがわれます。 戦病死の中には、「餓死」が大きなウエイトを占めていました。 日中戦争以降の軍人・軍属の戦没者数はすでに述べたように約230万人だが、餓死に関する藤原彰の先駆的研究は、このうち栄養失調による餓死者と、栄養失調に伴う体力の消耗の結果、マラリアなどに感染して病死した広義の餓死者の合計は、140万人(全体の61%)に達すると推定している*。(『餓死した英霊たち』)(出所:『日本軍兵士』) *:諸説あり 飢餓が激しくなると、食糧を求めて、日本軍兵士が日本軍兵士を襲う事態まで発生しました。 飢餓がさらに深刻になると、食糧強奪のための殺害、あるいは、人肉食のための殺害まで横行するようになった。(中略)元陸軍軍医中尉の山田淳一は、日本軍の第1の敵は米軍、第2の敵はフィリピン人のゲリラ部隊、そして第3の敵は「われわれが『ジャパンゲリラ』と呼んだ日本兵の一群だった」として、その第3の敵について次のように説明している。 彼等は戦局がますます不利となり、食料がいよいよ窮乏を告げるに及んで、戦意を喪失して厭戦的となり守地を離脱していったのである。しかも、自らは食料収集の体力を未だ残しながらも、労せずして友軍他部隊の食料の窃盗、横領、強奪を敢えてし、遂には殺人強盗、甚だしきに至っては屍肉さえも食らうに至った不逞、非人道的な一部の日本兵だった。(前掲、『比島派遣一軍医の奮戦記』)(出所:『日本軍兵士』』、「病死した広義の餓死者の合計は、140万人(全体の61%)」、というのは驚くべき数字だ。「第3の敵は「われわれが『ジャパンゲリラ』と呼んだ日本兵の一群だった」、戦争で重要な補給を軽視した日本軍の成れの果てだ。
・『負傷兵は自殺を強要される  この後の質問の前提にある日本軍兵士の悲惨な事態を読者の皆さんと共有するため、もう少し、引用を続けます。 兵士たちは飢餓に苦しむだけでなく、自殺を強要されたり、命令によって殺害されたりすることもありました。以下に説明する行為は「処置」 と呼ばれました。 (前略)戦闘に敗れ戦線が急速に崩壊したときなどに、捕虜になるのを防止するため、自力で後退することのできない多数の傷病兵を軍医や衛生兵などが殺害する、あるいは彼らに自殺を促すことが常態化していったのである。 その最初の事例は、ガダルカナル島の戦いだろう。(中略)撤収作戦を実施して撤収は成功する。しかし、このとき、動くことのできない傷病兵の殺害が行われた。(中略)(中略)視察するため、ブーゲンビル島エレベンタ泊地に到着していた参謀次長が、東京あて発信した報告電の一節に、次のような箇所がある。 当初より「ガ」島上陸総兵力の約30%は収容可能見込にして特別のものを除きては、ほとんど全部撤収しある状況なり(中略) 単独歩行不可能者は各隊とも最後まで現陣地に残置し、射撃可能者は射撃を以て敵を拒止し、敵至近距離に進撃せば自決する如く各人昇コウ錠[強い毒性を持つ殺菌剤]2錠宛を分配す これが撤収にあたっての患者処置の鉄則だったのである。(『ガダルカナル作戦の考察(1)』) つまり、すでに、7割の兵士が戦死・戦病死(その多くは餓死)し、3割の兵士が生存しているが、そのうち身動きのできない傷病兵は昇コウ錠で自殺させた上で、単独歩行の可能な者だけを撤退させる方針である。(出所:『日本軍兵士』』、「身動きのできない傷病兵は昇コウ錠で自殺させた上で、単独歩行の可能な者だけを撤退させる方針」、いくら劣勢にあったとはいえ、近代の軍とは思えないような酷いやり方だ。
・『第1次大戦時に修正できなかった精神主義  食糧が不足し餓死と背中合わせ。戦闘で負傷すれば、自殺を強要される。こうした“踏んだり蹴ったり”の環境では、戦闘どころではありません。戦争はもちろんしないに越したことはありません。しかし、仮にしなければならないとするなら、兵士をヒトとして遇し、十分な食糧と休息を与えるべきだったのではないでしょうか。 なぜ、アジア・太平洋戦争では、そんな態勢が作れなかったのでしょう。日清・日露というそれ以前の戦争では、兵士をヒトとして遇していたのでしょうか。 吉田:アジア・太平洋戦争の時ほど極端ではありませんが、日本軍に独特の精神主義が存在していました。典型は、歩兵による白兵突撃です。銃の先に銃剣を付け突撃し攻撃路を開く、というやり方。その背景には、「精神力で敵を圧倒する」という精神主義がありました。 日露戦争後、こうした考え方が軍内に広まっていきます。例えば、陸軍は歩兵操典などの典範令(教則本)を大改正して、ドイツ製の翻訳から、独自のものに改めました。内容的には、日本古来の伝統、精神を重視するものにした。例えば夜襲を重視しています。 Q:日露戦争当時の軍は、日露戦争は白兵突撃によって勝ったと認識していたのですか。司馬遼太郎さんが同戦争を描いた小説『坂の上の雲』の影響かもしれませんが、「二〇三高地の戦いにおける白兵戦は愚かな作戦だった」という印象を持っていました。乃木希典・第三軍司令官は、効果が小さいにもかかわらず、犠牲の多い、白兵突撃を繰り返した、と。 吉田:事実はともかく、「白兵戦によって勝った」「日本精神によって勝った」という“神話”を作ってしまったのです。 本来なら、その後に起きた第1次世界大戦を研究する中で、こうした精神主義を修正すべきでした。しかし、それができなかった。 例えば、歩兵による白兵突撃主義を取ったのは、日本軍だけではありません。欧州諸国の軍も同様でした。派手な軍服を着て、横一列に並んで突撃していったのです。しかし、第1次世界大戦を戦う中で挫折した。機関銃と戦車の登場が契機でした。 日本軍は、第1次世界大戦中の欧州の状況を詳しく研究しました。しかし、研究するのと参加するのとでは話が違います。欧州戦に参加しなかった日本軍は、第1次世界大戦をリアリティーをもって感じることができなかったのでしょう』、その後も1939年のノモンハン事件では、ソ連の圧倒的な戦車火砲の前に、日本陸軍は事実上、大敗北を喫しているのに、これも教訓にしなかった。精神主義の桎梏は根強いようだ。
・『部下による反抗恐れ私的制裁を容認  Q:兵士たちは餓死や処置を覚悟しなければならないだけでなく、私的制裁にも苦しめられました。私的制裁を苦にして、逃亡、奔敵(敵側に逃亡すること)、自殺に至る兵士が多数いました。 初年兵教育係りの助手を命じられたある陸軍上等兵による、初年兵への執拗な私的制裁によって、彼の班に属する初年兵28人のほとんどが「全治数日間を要する顔面打撲傷」を負った。このため、私的制裁を恐れた初年兵の一人が、自傷による離隊を決意して自分自身に向けて小銃を発砲したところ、弾丸がそれて他の初年兵に命中し、その初年兵が死亡する事件が起こった。(『陸軍軍法会議判例類集1』)(出所:『日本軍兵士』) なんとも悲惨な話です。なぜ、私的制裁を取り締まることができなかったのでしょう。 吉田:当時は、徹底的にいじめ、痛めつけることで、強い兵士をつくることができると考えられていました。この考えから抜け出すことができなかったのです。 加えて、私的制裁が古参兵にとってガス抜きの役割を果たしていたことが挙げられます。兵士たちは劣悪な待遇の下に置かれています。この鬱屈とした激情が上官に向かって爆発すると、軍としては困る。実際、上官に逆らう対上官犯 は戦争が進むにつれて増えていきました。これを、単に規制するだけでは、火に油を注ぐことになりかねません。そこで、「下」に向けて発散するのを容認する傾向がありました。 鬱屈とした激情を、「下」だけでなく「外」に向かって発散するのを容認する面もありました。 そうした教育の戦場における総仕上げが、「刺突」訓練だった。初年兵や戦場経験を持たない補充兵などに、中国人の農民や捕虜を小銃に装着した銃剣で突き殺させる訓練である。 藤田茂は、1938年末から39年にかけて、騎兵第二八連隊長として、連隊の将校全員に、「兵を戦場に慣れしむるためには殺人が早い方法である。すなわち度胸試しである。これには俘虜(捕虜のこと)を使用すればよい。4月には初年兵が補充される予定であるから、なるべく早くこの機会を作って初年兵を戦場に慣れしめ強くしなければならない」、「これには銃殺より刺殺が効果的である」と訓示したと回想している。(『侵略の証言』)(出所:『日本軍兵士』)』、「私的制裁が古参兵にとってガス抜きの役割を果たしていた」、「この鬱屈とした激情が上官に向かって爆発すると、軍としては困る・・・そこで、「下」に向けて発散するのを容認する傾向がありました」、いわば公認の「いじめ」のようだ。
・『軍刑法に私的制裁の禁止条項なし  Q:軍法会議は機能していなかったのですか。 吉田:陸軍や海軍の刑法には、私的制裁を禁止する条項がありませんでした。 陸軍刑法に「陵虐の罪」の規定があります。しかし、これは、兵士を裸にして木にくくりつけるなど非常に極端な行為を対象にするもので、日常的に起こる私的制裁を対象にするものではありませんでした。 取り締まるとすれば、一般の刑法の「暴行及び傷害の罪等」を適用する。 確かに、初年兵28人に「全治数日間を要する顔面打撲傷」を与えた陸軍上等兵は刑法の傷害罪で懲役6カ月の有罪判決を受けています。この事件は初年兵の一人が自傷を試みたことによって発覚しました。 Q:かつて見た、「ア・フュー・グッドメン」という映画を思い出しました。トム・クルーズ氏が主演で、軍に勤める法務官。海軍の基地で、ジャック・ニコルソン氏演じる司令官が「コードR」(規律を乱す者への暴力的制裁)を命じて、若い兵士を死に至らしめる。法務官が法廷で大ばくちを打って、司令官を有罪に持ち込む、というストーリーです。この「コードR」に相当するものが、当時の日本の軍刑法には存在しなかったのですね。 吉田:軍法会議に関する研究は実は進んでいないのです。法務省が資料を保管し、公開してこなかったのが一因です。今は、国立公文書館に移管されたようですが。二・二六事件をめぐる軍法会議の資料が閲覧できるようになったのは敗戦後50年もたってからのことです。これから新たな研究が出てくるかもしれません』、「敗戦後50年もたってから」、漸く「二・二六事件をめぐる軍法会議の資料が閲覧できるようになった」、というのは余りの遅さに驚かされたが、今後の資料解明を期待したい。

第三に、上記の続きを、8月15日付け日経ビジネスオンライ「米中ソ3国と同時に戦う! また裂き状態だった旧日本軍の意思決定」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/080700040/?P=1
・『(前編はこちら)日本は産業力が伴わないにもかかわらず、対中戦争を戦いつつ、対米戦争に突入していった。それどころではない、ソ連を加えた3カ国と同時に戦う方針を二度までも立てようとした。その背景には、政府と陸海軍が統一戦略を立てるのを妨げる明治憲法の仕組みがあった。高橋是清はこれを是正すべく、参謀本部の 廃止を主張したが……。引き続き、吉田裕・一橋大学大学院特任教授に話を聞く  前編では、アジア・太平洋戦争中の日本軍が、その兵士をヒトとして扱っていなかった点について、伺いました。今回は、日本軍が総力戦*態勢を整えていなかった点についてお聞きします。 *:軍隊だけでなく、国の総力を挙げて実施する戦争。軍需物資を生産する産業力やそれを支える財政力、兵士の動員を支えるコミュニティーの力などが問われる  食糧の調達が十分でなく、多くの餓死者が出ました。そこから容易に想像がつくように、他の軍需工業品についても、供給力が伴っていませんでした。産業に、総力戦を支える力がなかった。例として、吉田さんは軍靴に注目されています。 雨のために凍死するものが続出した。軍靴の底が泥と水のために糸が切れてすっぽり抜けてしまい、はきかえた予備の新しい地下足袋もたちまち泥にすわれて底が抜けてしまった。そのために、はだしで歩いていた兵隊がやられてしまったのである。雨水が体中にしみわたり、山上の尾根伝いに、深夜はだしで行軍していたら、精神的肉体的疲労も加わって、訓練期間の短くて、こき使われることの最も激しい老補充兵が、倒れてしまうのも当然のことであろう。(『遥かなり大陸の戦野』)(略) 頑丈な軍靴を作るためには、縫糸は亜麻糸でなければならなかった。亜麻の繊維から作られる亜麻糸は細くて強靭であり、特に、陸海軍の軍靴のように有事の動員に備えて長く貯蔵しておく必要があるものは、「絶対にこの糸で縫うことが必要である」とされていた(『製麻』)。 しかし、亜麻は日本国内では冷涼な気候の北海道でしか栽培することができない。そのため、日中戦争が始まると軍の需要に生産が追い付かなくなった。北朝鮮や満州での栽培も試みられたが十分な成果をあげることができず、結局、品質の劣る亜麻の繊維まで使わざるをえなくなった。 (中略) 以上のように、こうした基礎的な産業面でも、日本はかなり早い段階から総力戦上の要請に応えられなくなっていたのである。 なぜ、このような準備不足のまま、アジア・太平洋戦争に突入したのでしょう。日中戦争については、意図せず戦線が拡大していった面があります。満州事変は、関東軍が勝手に始めたもの。時の若槻礼次郎内閣が意思決定して開始したわけではありません。日中戦争の火蓋を切った盧溝橋事件にしても偶発的に始まった。しかし、対米戦はそうとは言えません。真珠湾攻撃によって、こちらから仕掛けたわけですから。 吉田:おっしゃるとおりですね。対中戦争は国家意思に基づいて始めたものではありません。盧溝橋事件も、偶発的に始まったことが最近の研究で明らかになっています。他方、対米戦は4度の御前会議を経たのち、閣議決定して開戦しました。』、「雨のために凍死するものが続出した。軍靴の底が泥と水のために糸が切れてすっぽり抜けてしまい、はきかえた予備の新しい地下足袋もたちまち泥にすわれて底が抜けてしまった」、というのでは、もはや戦争どころではない。確かに「総力戦*態勢を整えていなかった」ようだ。
・『統一した意思決定ができない明治憲法  Q:盧溝橋事件(1937年)によって日中戦争が始まる前の1935年に、陸軍で軍務局長を務めていた永田鉄山が刺殺されました。総力戦をにらみ、それに耐える国家体制を作るべく様々な構想を練っていた戦略家です。彼が生き続けていたら、その後の展開は違ったものになっていたでしょうか。 吉田:そういう考えは、あり得ます。彼は非常に優秀な軍事官僚で、重要人物です。しかし、彼一人で状況を変えることができたかは判断がつかないところです。私は、より大きなシステム上の問題があると考えています。 Q:システム上の問題とは? 吉田:明治憲法です。これが定める統治構造は分散的で、総力戦を戦うのに必要な統一的な意思決定をするのに不向きでした。さまざまな決定が折衷案もしくは両論併記になってしまうのです。 例えば、陸軍は対ソ戦をにらみ北進を主張する。海軍は石油をはじめとする東南アジアの資源を求めて南進を主張する。すると、結論は「南北併進」になってしまうのです。1941年7月に開かれた御前会議はこのような決定をくだしました。 さらに言えば、南北併進に基づく決定をしながら、政府は米国との外交交渉を継続するのです。戦争の準備をすれば日米関係は悪化します。外交交渉は進まない。つまり、その場しのぎの決定しかできず、それが悪循環を引き起こしたのです。陸海軍の間に統一戦略はない。政府と軍も進む方向が異なる。三つどもえの状態に陥っていました。 Q:明治憲法のどこに問題があったのですか。 吉田:いわゆる統帥権*の独立ですね。 *:作戦・用兵に関する命令。陸軍の統帥部として参謀本部が、海軍の統帥部として軍令部があった。それぞれのトップは参謀総長と軍令部長 総力戦を戦うのであれば、本来なら、国務(政府)と統帥(軍)が統一した戦略をもって臨む必要があります。しかし、これはなかなか実現しませんでした。 「国家機関の分立制」「政治権力の多元性」といわれる仕組みを採用していたからです。「統帥権の独立」を盾に、軍は政府の外に立つ。軍の中でも陸軍省と海軍省が分立している。軍令*については陸軍の参謀本部と海軍の軍令部が分立している。政府においても、各国務大臣は担当分野についてそれぞれが天皇を輔弼(ほひつ、補佐)する仕組み。各国務大臣の権限が強く、首相の権限は弱かったわけです。 Q:明治憲法は、なぜ「国家機関の分立制」を採ったのですか。 吉田:同憲法の起草者たちが政党勢力を恐れたからです。政党が議会と内閣を制覇し、天皇大権が空洞化して、天皇の地位が空位化することを恐れた。 総力戦を戦うならば、明治憲法を改正しこれを改める必要があったと思います』、「明治憲法」が「「国家機関の分立制」を採った」のは、「起草者たちが政党勢力を恐れたからです。政党が議会と内閣を制覇し、天皇大権が空洞化して、天皇の地位が空位化することを恐れた」、「天皇大権」維持のために「総力戦を戦う」のに不向きな体制を取ったようだ。
・『高橋是清が主張した参謀本部の廃止  Q:総力戦をにらんで、憲法を改正しようという具体的な動きがあったのですか。 吉田:首相や蔵相を務めた高橋是清が1920年に参謀本部廃止論を唱えています。この軍事上の機関が内閣のコントロールから独立して、軍事、外交、経済の面で影響力を及ぼしている、とみなしていました。陸軍大臣や海軍大臣の統制に服していた参謀総長や軍令部長が、だんだんそれを逸脱するようになってきたのです。 首相に在任中だった原敬も、「何分にも参謀本部は山県(有朋)の後援にて今に時勢を悟らず。元来先帝(明治天皇)の御時代とは全く異りたる今日なれば、統率権云々を振廻すは前途のため危険なり。(中略)参謀本部辺りの軍人はこの点を解せず、ややもすれば皇室を担ぎ出して政界に臨まんとす。誤れるの甚だしきものなり(下略)」(『原敬日記』)として参謀本部に批判的でした。 ただし、憲法改正までは言っていません。明治憲法は欽定憲法(天皇が国民に下賜した憲法)なので、「欠陥がある」とは言い出しにくいのです。もちろん、明治憲法も改憲の手続きを定めてはいたのですが。 参謀本部や軍令部は明治憲法が規定する機関ではありません。これらは、そもそも統帥権をつかさどる機関として設置されたのではありません。最初は、政治(政府)の影響力が軍に及ぶのを遮断する役割でした。明治の初期は、政治家であり軍人である西郷隆盛のような人が力を持っていました。そうすると、軍が政争に巻き込まれる可能性が生じます。それを避けようとしたのです。 統帥権の独立と言うけれど、明治憲法のどこにもそのような規定はありません。内閣が担う輔弼の役割の範囲外と書かれてはいないのです。そうではあるけれども、既成事実の積み上げによって、政治や社会が容認するところとなった。戦前の日本にはシビリアンコントロールが根付かなかったですし。内閣には常に陸海軍大臣という軍人の大臣がいたので、純粋なシビリアンの内閣は存在しませんでした。 そして、ある段階から、軍が自分の要求を通すための口実として統帥権を利用するようになったのです。ロンドン海軍軍縮条約(1930年に締結)あたりからですね。それに、政党も乗じるようになりました。 Q:当時、政友会の衆院議員だった鳩山一郎が、同条約の調印は統帥権の干犯だとして、時の浜口雄幸内閣を糾弾しました。 吉田:そうですね。 Q:高橋是清と原敬はどちらも政友会を率いて首相を務めました。政友会は親軍的なイメージがありますが、そうではないのですね。 吉田:ええ、少なくとも1920年代は親軍的ではありませんでした』、「参謀本部や軍令部は明治憲法が規定する機関ではありません。これらは、そもそも統帥権をつかさどる機関として設置されたのではありません。最初は、政治(政府)の影響力が軍に及ぶのを遮断する役割でした」、「ある段階から、軍が自分の要求を通すための口実として統帥権を利用するようになったのです」、問題は「明治憲法」だけでなく、慣習にもありそうだ。
・『日中、日米、日ソの3正面で戦う  Q:ここまでご説明いただいたような事情で、戦前・戦中の日本はずっと統一した意思決定ができなかった。 吉田:はい。そのため、1941年ごろには、3正面作戦を戦おうとしていました。なし崩し的に始まった日中戦争が泥沼化し、1941年12月には対米戦争が始まる時期です。 1941年6月に独ソ戦が始まると、陸軍はこれを好機ととらえ、対ソ戦を改めて検討し始めました。ドイツと共にソ連を東西から挟み撃ちにしようと考えたわけです。関東軍が満州で特種演習(関特演)を行ったのはこの文脈においてです。 この時、兵力はもちろん、大量の物資を満州に集積しました。「建軍以来の大動員」を言われる大きな動きでした。つまり、日露戦争よりも大規模な部隊を配備したわけです。しかし、予想に反してソ連が踏ん張り、極東に配備していた戦力を欧州戦線に移動しなかったので、対ソ戦は実現しませんでした。動員した兵力と物資は無駄になり、その後、ソ連とのにらみ合いに終始することになったわけです。 Q:ゾルゲ事件はこのころの話ですか。駐日ドイツ大使館員をカバーに利用していたソ連のスパイ、ゾルゲが、「日本が対ソ戦を始めることはない」との情報を得て、ソ連に通報。スターリンはこの情報を元に、対独戦に集中した、といわれています。 吉田:この頃の話ですね。ただし、スターリンはゾルゲがもたらした情報をさして重視しなかったといわれています。 Q:対中、対米、対ソ戦を同時に戦う。後知恵ではありますが、無謀に聞こえますね。 吉田:その通りですね。しかも、1942年の春ごろ、陸軍は再び対ソ戦を考えるのです。マレーシアを落とし、フィリピンを占領して、初期作戦を予定通り終えたことから、南方は持久戦に持ち込み、対ソ戦を始めようと考えた。満州に配置された関東軍の規模がピークを迎えるのはこの頃です。 同じ時期に海軍は、ミッドウェーやソロモン諸島に戦線を拡大します。米国の戦意をそぐのが目的でした。いずれも失敗に終わりますが。 初期作戦が終了した後も、陸海軍で統一した戦略がなかったわけです。陸海軍が統一した軍事戦略をようやく作ることができたのは1945年初頭のこと。本土決戦を前にしてのことでした』、「対ソ戦」を「独ソ戦が始まると、陸軍はこれを好機ととらえ、対ソ戦を改めて検討し始めました」、「1942年の春ごろ」と2度にわたって検討したというのでは、ソ連の対日参戦を批判する資格はなさそうだ。「陸海軍が統一した軍事戦略をようやく作ることができたのは1945年初頭」、日本は敗けるべくして敗けたようだ。
・『日露戦争時の「勝利の方程式」から抜け出せなかった  Q:陸軍がなぜそれほど対ソ戦にこだわったのか、また海軍はなぜマリアナ諸島やソロモン諸島のような遠くにまで戦線を拡大したのか、素人には理解できないところです。 吉田:日露戦争の時から続くロシア、ソ連の脅威が陸軍の頭から離れなかったのでしょう。加えて、満州事変のあと満州国を建国し、ソ連と国境を直接接するようになったことが大きい。しかも、ソ連の部隊増強ペースはかなり速かったのです。 Q:満州というソ連との緩衝地帯を自ら無くしておいて、その脅威におびえるとのいうのは、皮肉な話です。 吉田:その通りですね。 海軍も日露戦争の成功体験から逃れることができませんでした。海軍の基本的な考えは、日本海海戦*のような艦隊決戦で決着をつけること。そのため、太平洋を西進する米艦隊の戦力を、「漸減邀撃(ぜんげんようげき)」してそいでいく。具体的には、第1陣は潜水艦部隊、第2陣は一式陸上攻撃機を使った空爆、第3陣は魚雷を積んだ軽巡洋艦です。この一式陸上攻撃機の基地がマリアナ諸島のサイパンなどに置かれていました。 *:東郷平八郎司令官が率いる連合艦隊が、ロシアのバルチック艦隊を破った海戦 そして、艦隊の規模が同等になったところで、西太平洋で艦隊決戦を挑む。そのために巨大な戦艦「大和」や「武蔵」を建造したわけです。 しかし、艦隊決戦は対米戦争の最後まで行われることはありませんでした。マリアナ沖海戦は、空母を中心とする機動部隊同士の戦いになりました。ミッドウェー海戦も機動部隊が前衛を構成し、大和は後ろに控えているだけでした。燃料の石油を食いつぶしただけです。むしろ、空母を戦艦が守るかたちで布陣すべきでした。 ソロモン諸島の基地は、米国とオーストラリアを結ぶシーレーンを遮断する役割を担っていました。 前編で、陸軍は「白兵戦によって勝った」という“神話”ができたお話をしました。陸軍も海軍も、日露戦争の総括が甘かったのです』、「総括が甘かった」のは、「日露戦争」に限らず、太平洋戦争についてもいえるようだ。それにしても、安倍首相の戦前の日本美化は、これらの「総括」をしてないからこそなのではなかろうか。
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日本郵政(その12)(日本郵便とアフラックが がん保険の販売継続に固執する理由、郵便局員を「かんぽ乗り換え」の不正に走らせた2つの国策、日本郵政が「強気の謝罪会見」 首脳陣続投の背景に政治の影、日本郵政株売却に”重大な疑義”を生じさせた長門社長「冗談ではない」発言) [国内政治]

日本郵政については昨年5月26日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その12)(日本郵便とアフラックが がん保険の販売継続に固執する理由、郵便局員を「かんぽ乗り換え」の不正に走らせた2つの国策、日本郵政が「強気の謝罪会見」 首脳陣続投の背景に政治の影、日本郵政株売却に”重大な疑義”を生じさせた長門社長「冗談ではない」発言)である。

先ずは、7月30日付けダイヤモンド・オンライン「日本郵便とアフラックが、がん保険の販売継続に固執する理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/210230
・『販売継続の説得力失った日本郵便とアフラック  郵便局での保険販売を巡って、日本郵政傘下の日本郵便とアフラック生命保険に対する「自粛」包囲網がいよいよ狭まってきた。 日本郵便はこれまで、郵便局員による不適切販売を受けて、かんぽ生命保険の積極的な販売(募集)を自粛する一方で、アフラックのがん保険については、従来通りの募集を継続するというスタンスを一貫してとっている。 7月26日の機関投資家向け説明会でも、アフラックの米持ち株会社は郵便局での募集継続を明言している状況だ。 かんぽ商品のように、新規契約と解約の時期をうまく調整することによって、郵便局員の実績評価が大きく変わるような仕組みにはなっておらず、募集における構造上の問題は見当たらない、というのがアフラックとしての言い分だ。日本郵政の社外取締役を務めているアフラックのチャールズ・レイク会長の意向も、募集継続に大きく作用しているとみられる。 しかしながら、郵便局という一代理店で二重払い契約といった問題が発覚し、その全容は郵政グループとしていまだにつかめていないのが現状だ。 加えてアフラックとしても、不適切な募集事例がなかったか改めて独自に調査をするとしているにもかかわらず、なぜ足元では積極的な募集を続けて問題がないのかは、いまだまともに説明できていない』、記事にはないが、2017年12月に日本郵政は、アフラックに2700億円を出資、議決権7%は4年後には10倍になり、持分法適用会社になる。しかし、日本郵政から経営陣は送り込まないという変則的な資本提携だ。このため、アフラックは他の保険会社と立場が全く異なる。
・『導入が遅れた「条件付き解約制度」  そうした状況で、日本郵便の幹部は「うちとしては(アフラックのがん保険は)自粛したいのが本音」と25日前後から、周囲に盛んに漏らし始めている。それまで同幹部は、業績への影響が大きい募集の自粛を「なぜする必要があるのか」と言い放っていたが、募集を続けることの説明が日に日に苦しくなり、このままでは持たないと考えたようだ。 そこには、アフラック側の圧力が強いという構図にできればという意図が見え隠れするが、となると、積極募集の自粛を日本郵便に申し入れていた日本生命などの商品は、当然ながら自粛しないと支離滅裂な状況になる。 「かんぽ商品以外も自粛」という記事が、週末の27日から相次いだのはそうした背景がある。さらに、日本郵便として批判の矛先を何とかアフラックに向けたいという事情もあった。その一つが「条件付き解約」の導入が遅れてしまったことだ。 そもそも、アフラックのがん保険には、悪用などを防ぐために、契約日から保障開始までに3カ月間の免責期間(待機期間)がある。そのため旧契約から新契約に切り替える際には、保障が途切れないよう3カ月月間は新旧両方の保険料を払うことになるが、条件付き解約制度を利用すれば、保障の空白期間をつくらずに、新契約分の保険料だけを払えば済む仕組みになっている。 アフラックは条件付き解約制度を2014年に導入し、当時から日本郵便に導入を提案してきたようだが、日本郵便は「システム対応の問題もあり、当時は必要性を認識できなかった」という。 18年4月にアフラックのがん保険が改定(保険料免除条項を追加)になり、解約と新規契約のボリュームが膨らんだ昨年末になって、ようやく条件付き解約制度の導入を決めており、今年10月から適用する予定だったのだ。 そうして、顧客の負担軽減につながる制度の導入は後回しにする一方で、かんぽ商品については不適切な募集を放置していたことになり、経営陣が謳っていた「顧客本位」がいかに口だけだったかがよく分かる』、「アフラックは条件付き解約制度を2014年に導入し、当時から日本郵便に導入を提案してきたようだが、日本郵便は「システム対応の問題もあり、当時は必要性を認識できなかった」、というのは日本郵便側が如何に顧客を無視していたかを示している。
・『郵政グループと保険会社のいびつな上下関係  また、今回の問題を通じて一段と明確になったのが、日本郵便と保険会社のいびつな上下関係だ。販売自粛か継続かを巡って、日本郵便はアフラックの顔色を常にうかがってきた一方で、日生などに対しては売るか、売らないかの最終決定権は日本郵便側にあるかのような態度をとってきたからだ。 本来、商品を供給する保険会社は、代理店に対し教育、指導、監督する義務があり、一代理店である日本郵便に対しても強い立場にある。そのため、保険会社として募集自粛を日本郵便に一方的に通告することも可能だ。 実際、今年2月に日生などが節税保険(法人定期)を自主的に販売停止にした際は、委託していた日本郵便にも停止を通告している。 商品性自体に問題があったからという側面はあるものの、政治が絡む郵政グループの強大さを前にして、今回の問題では日生などは自粛に向けて協議の申し入れというかたちにとどめ、日本郵便は協議ぐらいは受けてあげましょうという姿勢で対応してきた。 そうこうするうちに、事態は郵便局でアフラックだけが今後も募集継続、という方向に傾き始めた。 日本郵便をはじめ郵政グループは、7月31日の定例会見に向けて、辞書のような分厚い想定問答集を目下作成しているというが、説明のあまりの苦しさに、「かんぽ以外は従来通り募集継続」と書いては消す姿が目に浮かぶようだ』、出資関係からみてアフラックの特別扱いは続くのだろう。

次に、デモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員の山田厚史氏が7月31日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「郵便局員を「かんぽ乗り換え」の不正に走らせた2つの国策」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/210316
・『高齢者を食い物に「郵政よ、お前もか!」  顔なじみのお客に損をさせると知りながら保険を売った郵便局員も犠牲者ではないか。 底なしの規模に広がるかんぽ生命の「不正販売」の源流を辿っていけば「郵政民営化の無理」に行き着く。 へき地・離島を含め全国津々浦々の郵便局が一律のサービスを行うという状況のもとで、「ノルマ達成」や「手数料稼ぎ」のために保険や投資信託などの金融商品を売らなければならない職員にモラル崩壊が起きていた。 アベノミクスによる「ゼロ金利政策」が事態を助長した。 客を踏み台にして自らが生き残ろうとする姿は「悪しき市場原理」の典型である』、「かんぽ生命の「不正販売」の源流を辿っていけば「郵政民営化の無理」に行き着く」、というのはその通りだ。
・『不利益な保険の乗り換えでノルマ達成、手数料稼ぎ  発端は一昨年から、かんぽ生命が力を入れてきた「保険の乗り換え」だ。 古い保険を解約し、新しい保険に乗り換えさせる。この過程で「お客様本位と言えない営業があった」と、かんぽ生命の植平光彦社長は認めた。 「お客様本位ではない」というのは、客に不利益を与える保険の販売があった、ということだ。 日本郵政に有利な「新規」の契約を勧める一方で、新規の契約を結んだ後も旧契約を解除せず、半年以上、保険料を二重払いさせる。顧客に無断で書類を偽造して契約するなどの案件が続々、明らかになった。 この種のズルは、営業現場で珍しくはないが、今回の件が悪質なのは「お客が損する保険」に乗り換えさせたことである。 かんぽ生命は2017年10月、「新ながいき君」という終身保険を売り出した。セールスポイントは「短期の入院でも保険金がおります」だ。 近年、入院日数は短くなっているが、従来の生命保険では一定期間を超える入院でないと保険金はおりない。「新ながいき君」は、入院したその日に5日分の入院費補助が出るので職員にとって「売りやすい保険」だった。 だが、この保険はお客にとっての「毒」が仕込まれていた。予定利率が年1%から0.5%へと引き下げられたからだ。 予定利率とは、保険料を算定する根幹に関わる金利だ。生命保険は満期や死亡時まで超長期の固定金利が決まっている。預金もそうだが、金利は高い方が顧客に有利なのは生命保険も同じ。支払う保険料が安くなったり、満期返戻金が大きくなったりする。 予定利率の高い保険に入っていれば「少ない保険料で大きな保障が買える」ということだ。 かんぽの予定利率の推移を見ると、昭和59年から年6%だった。平成2年に5.75%へと下がり、平成6年に3.75%、その後、5回切り下げられ2017年4月から0.5%になった。 平成が始まった頃加入した人たちは「利回り6%」という、今ではあり得ない高金利が生涯約束されている。5%台でも業界では「お宝保険」と呼ばれている。だが、多くの加入者は自分の入っている保険が「お宝」であることに気づいていない。 「お宝保険」は保険会社にとって「お荷物保険」である。アベノミクスの低金利政策で予定利率に見合う利回りを稼げる運用先は見当たらない。 逆ザヤになっている「お宝」を解約させ、金利の安い保険に乗り換えさせることは、かんぽ生命にとって都合がいい。 どのような論議が経営会議でなされたか明らかではないが、2017年に「新ながいき君」が売り出され、怒涛の「乗り換え」が各地の郵便局で始まった』、「予定利率の高い保険」から低い保険への乗り換えは、民間生保ではもっと前に大々的にやった。かんぽ生命は遅ればせながらやったようだ。
・『勧誘された高齢者 無保険になった人も  勧める時、営業職員は「新旧比較表」を示して説明する決まりになっている。 「予定利率」も比較項目のひとつだ。6%の保険が0.5%の保険になれば、どんな損がお客に発生するか、職員がきちんと説明すれば、応ずる顧客はいなかったのではないか。 「新旧比較表」の説明と併せ、顧客から「私は本書面全ページの内容を確認し、申し込みプランが私の意向に合致していることを確認しました」という誓約を取る。 「ご意向確認書」と呼ばれる書面だが、ここに署名・捺印させれば、あとでトラブルが起きても顧客は文句を言えない。「説明は受けている。分からなかったのは自己責任」となる。 損な乗り換えを勧められた人の多くは高齢者である。乗り換えに応じてしまった後にも問題が起きた。 新しい契約をしたが、後になって健康診断ではねられ、結果的に無保険になった例が続発している。 保険に当初、加入した時は元気でも、30年近くたつとあちこちにガタが出る。かんぽが指定する病院で検査をすれば保険に入れない人が出るのは、十分予想できたことだ。 新旧比較表に小さな字で次のように書かれていた。 「現在の保険を解約した場合は、新たなご契約が成立しなかったとしても、解約した保険は復元できません」 無保険になる人が出ることを予想していたような注意書きである。 「入院なら初日に5日分が出ます」といううたい文句につられて契約した結果が無保険。乗り換えに応じていなければ病気になっても保険で守られていた。 かんぽは顧客から「お宝」をはぎ取り、裸にして放り出したようなものだ』、新契約が「後になって健康診断ではねられ、結果的に無保険になった例が続発」、というのは当然予想される事態だ。「かんぽは顧客から「お宝」をはぎ取り、裸にして放り出したようなものだ」、というのはその通りだ。
・『ゆうちょ銀行の投信販売「ルール無視」でも調査せず  かんぽ生命、日本郵便、日本郵政の3社は社外の弁護士による特別調査委員会(第三者委員会)を設置し「事実を確認し、原因を徹底的に調査する」と発表した(7月24日)。 メンバーは検察庁OB3人、いわゆる「ヤメ検」による検証作業が始まる。 だが、この第三者委員会には、決定的な「手抜き」が潜んでいる。 調査の対象を「かんぽ生命の保険商品の取り扱い」に限定したことだ。 「かんぽの不正」に話題が集中しているが、「不正販売」はゆうちょ銀行の「投資信託販売」でも問題になっていた。 6月24日に行われた長門正貢・日本郵政社長の記者会見で「守るべきルールが順守されず、高齢者取引の4割で違反があった」と明らかにされた。 ゆうちょ銀行の担当役員は「70歳以上の高齢者に投資信託を販売する時は、お客に理解力があるか上司が確認する決まりになっているが、直営店の9割でルールが無視されていた」と違反を認め、頭を下げた。 投資信託は、かんぽの扱う生命保険より、さらに複雑な金融商品だ。ゆうちょ銀行の直営店でさえ9割に違反があったのなら、取り扱いを依頼されている日本郵便、つまり郵便局ではどうなっているのか。 金融の門外漢である郵便局員がノルマに追われ、投資信託を売っている現場で、ひどいことが起きてはいないのか。 不祥事の徹底解明を言いながら、第三者委員会は投信販売にメスを入れないのは理由があるようだ。踏み込めば、郵政民営化という十字架を背負う経営陣の責任がより明確になる。 市場原理になじまない全国一律の郵便事業を抱え、金融商品を売ってもうけなければ、民営化は立ち行かない。その結果、郵便局に過剰なノルマ販売などを強いて、老人を食い物にする「不正」を増殖させた構造が明らかになってしまう』、「第三者委員会は投信販売にメスを入れない」、というのは酷い話だ。
・『根源は「民営化」赤字の郵便支える必要  郵政民営化とは、国の事業だった郵便、貯金、簡易保険を株式会社にして、誰もが株を買えるよう市場に公開することだった。 小泉・竹中改革の看板政策だったが、自民党内でも「過疎地にも出店を義務付ける郵便事業は市場原理になじまない」「日本最大の貯蓄を抱える郵貯を外資に差し出す政策だ」などと侃々諤々(かんかんがくがく)の論議を呼んだ。 紆余曲折の末、郵政は4分割され、持ち株会社の日本郵政の下に、日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命が並ぶ体制になった。 懸案の上場は「親子上場」という特異な形が取られた。 銀行を見れば、メガバンクは金融グループを統括する持ち株会社だけが上場している。郵政グループは、持ち株会社の日本郵政だけでなく、ゆうちょ銀行もかんぽ生命も株を公開した。例外は郵便局を抱える日本郵便だ。 従業員19万4000人(臨時従業員含まず)を抱え、郵政グループでは圧倒的な存在感を持ちながら収益性が期待できないので上場は無理、と判断された。 だが日本郵便が赤字に陥れば、親会社である日本郵政の株価に反映する。郵便局の働きぶりが郵政株の売り出しに影響し、民営化の成否にもつながる。 郵便だけでは立ち行かない日本郵便は、ゆうちょ銀行・かんぽ生命の金融商品を扱って、手数料をもらうことでかろうじて黒字を維持している。 2018年3月末、ゆうちょ銀行から5981億円、かんぽ生命から3722億円の業務受託手数料を受け取った。赤字の郵便を金融事業が支える、という構造だ。 だが日本郵政にとって保険も投信も片手間でやるには重い仕事になってきた。 特に投資信託は、利回りを上げるため外国株や外債が組み込まれ、先物・スワップなど仕組みは複雑化するばかり。商品を理解できないまま本部や地方拠点が割り振る営業目標をこなすのに四苦八苦というのが現状だ。 1800兆円とされる個人金融資産の49.5%は65歳以上の高齢者が持っている(みずほ総研調べ)。オレオレ詐欺も悪質な訪問販売もここの層を狙っている。手っ取り早く成果を上げるため郵政グループも高齢者を狙ったのではないか。 投資信託の営業には「適合性の原則」が法律で定められている。投資判断ができる顧客でないと売ってはいけない、という決まりだ。ルールは現場で有名無実になっていた。 問題は、上司の立ち会いなしに売った、という営業形態にとどまらない。投資判断できない高齢者にどんな投信を売ったのか、そこがポイントだ。 高齢者に勧めてはいけないような投機性の高い複雑な投信を売っていたのではないか。 記者会見でこの点をただすと、横山邦男日本郵便社長は「お答えできない」と口をつぐんだ』、回答拒否を伝えた新聞記事は見た記憶がないので、恐らく記事にはしなかったのだろう。
・『経営陣の関心は高値での株式売り出し  郵便局には顧客の個人情報がある。郵便貯金がいくらあるか、職員は知っている。 貯金には金利は「ほぼゼロ」であることを残念に思う顧客に「利回りのいい投信におカネを移しませんか」と持ち掛ける。 例えば、それで顧客が貯金口座から投信の口座に100万円を移したとすれば、3万円程度(商品によって異なる)の販売手数料がゆうちょ銀行に落ちる計算だ。お客は100万円払って97万円の投資信託を買うことになる。 貯金から投信の「乗り換え」をさせるだけで3%の手数料。ゼロ金利のご時世でこんな商売はめったにない。顧客の口座を握っているからできる商売だ。 「お客様本位の営業が徹底していなかった」とは「お客を食い物にしていた」という意味ではないのか。 かんぽの「乗り換え」も、ゆうちょの「投信販売」も現場で起きていた。特別委の調査を「かんぽ」に限定したことは、現場で起きた事件の半面にしか光を当てないことを意味する。 持ち株会社の日本郵政は本部エリートの集団で現場から遠い。彼らにとっての懸案は、年内に予定している株式の第2次売り出しだ。 上場後発覚したオーストラリアの物流会社トールへの投資失敗など悪材料を帳消しに収益を示すことが課題となっている。だが頼みのゆうちょ・かんぽは超低金利で採算が悪化している。集めたカネを国債で運用していれば利ザヤが稼げたのは昔の話。日本株も頭打ちで運用収益は振るわない。 いきおい、投信や保険の手数料稼ぎに力を入れ、過剰なノルマを発生させた。金融事業を頼りに上場するという無理が現場に重い負担をかけてしまった』、最近の株価暴落で「株式売り出し」は夢のまた夢と消えたようだ。
・『モラル崩壊の追い打ち アベノミクスの超低利  振り返ると、かんぽと同様の「乗り換え」は、バブル崩壊後、1990年代半ばに生命保険業界で起きている。 5.5%だった予定利率が切り下げられ、生保各社は金利の低い新型保険を売り出し、「お宝保険」の解約を勧めた。 「顧客を欺く営業」と批判を受け、生保業界は総ざんげを迫られた。 その時、簡保は蚊帳の外で「顧客騙し」に加わらなかった。目先の収益のためズルすることは官業としてできなかった。 「異常な低金利が長期にわたって続く時、現場で必ずおかしなことが起こる」日本銀行総裁だった故三重野康氏の言葉である。副総裁として5度にわたる公定歩合の引き下げに関与し、日本をバブル経済に突入させた責任者の一人でもある。 あの頃は好景気で激烈な融資競争が起き、銀行員が「イケイケ」とばかり突っ走った。今はデフレ退治のアベノミクスが叫ばれ、「異次元の金融緩和」が始まって6年。金融機関は生き残るため、お客を食い物にするということか。 現場で起きた愚行を「手数料稼ぎ」「ノルマに追われた暴走」と非難することは容易だが、彼らを追い詰めたのは、過剰な収益目標であり、株価至上主義の経営である。 郵政各社の経営者の責任は重いが、その経営者を縛っているのが国策だ。 郵政民営化とアベノミクスによる超低金利。2つの国策が絡み合って19万人の郵政職場のモラルを崩壊させた』、説得力溢れた主張である。

第三に、8月1日付けダイヤモンド・オンライン「日本郵政が「強気の謝罪会見」、首脳陣続投の背景に政治の影」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/210546
・『終始強気だった日本郵政の長門社長  この程度か――。日本郵政が31日に開いた定例の記者会見で、長門正貢社長はそう言いたげな表情を、時折見せた。 2時間以上にわたる記者との質疑では余裕すら感じられ、用意していた想定問答が吹き飛び、言葉に詰まるような場面はほとんどなかったといえる。 最大で18万件超にも及ぶ保険の不適切販売を巡り、経営責任を問われた場面では「陣頭指揮をとって改善策を講じることが経営者としての責任」と言い切り、辞任を否定。また、問題を見過ごしてきた経営者としての資質とそれに伴う責任を聞かれたときは、一瞬困惑しながらも「論理が飛躍している」と何とかかわしてみせた。 不適切販売で、郵便局への信頼を失墜させたことへの謝罪会見だったにもかかわらず、そこまで強気の姿勢でいられたのは、前日にあった会合の影響が大きい。 その会合とは、郵便局の新たな利活用を推進する議員連盟(郵活連)の幹部会だ。 会長の野田毅氏をはじめ大物議員12人を前に、長門社長など日本郵政の首脳陣は、不適切販売の一連の経緯を説明。幹部議員から「今のような説明だけでは世間は納得しない」などと、厳しい言葉が飛んだものの、会合全体の雰囲気から、自らの首を差し出すほどの事態にはなっていないという感触をつかんだようだ』、強気の記者会見の前日に「郵便局の新たな利活用を推進する議員連盟(郵活連)の幹部会」があったとは、初耳だが、納得できる。
・『郵政首脳陣を激励した議員たちの本音  「おい、がんばれよ!」。会合が終わり、幹部議員からそう言われ背中を叩かれた日本郵便の横山邦男社長は、それまで見せたこともないような恐縮ぶりで、深く何度も頭を下げていたが、議員が去った後に見せたほっとしたような表情は、「なんとか辞めずにすみそうだ」という胸のうちを語っているかのようだった。 「明日(の会見)は、報道の人たちはどんなことを当ててくるんだろうね」。30日夜、長門社長は周囲にそう尋ね、新たな不適切販売の事例などを材料にして、メディアが責任を追求してくることを警戒していたという。 しかし、ふたを開けてみれば会見で想定外の事例をメディアから突き付けられるようなことはなく、政治の後ろ盾を再び得たという自信が、強気の姿勢を徐々に後押ししていった。 今後郵政グループは、顧客調査を本格化させ、問題の早期の幕引きを図る考えだが、首脳陣が描く「楽観シナリオ」通りに、果たして事が進んでいくのかどうか。 郵活連の会合後、にこやかに話していた幹部議員は「明日に会見あるんでしょ。まあそれ次第だけど、生ぬるい内容で世間の反感を買ったりしたら、俺が経営責任追及の急先鋒になるよ」と語ったその目は、全く笑っていなかった』、日本郵政は、民営化とは名ばかりで、やはり政治色が強いようだ。

第四に、元東京地検特捜部検事で弁護士の郷原 信郎氏が8月3日付け同氏のブログに掲載した「日本郵政株売却に”重大な疑義”を生じさせた長門社長「冗談ではない」発言」を紹介しよう。
https://nobuogohara.com/2019/08/03/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e9%83%b5%e6%94%bf%e6%a0%aa%e5%a3%b2%e5%8d%b4%e3%81%ab%e9%87%8d%e5%a4%a7%e3%81%aa%e7%96%91%e7%be%a9%e3%82%92%e7%94%9f%e3%81%98%e3%81%95%e3%81%9b%e3%81%9f%e9%95%b7/
・『かんぽ生命保険の不適切販売問題を受けて、かんぽ生命株式会社(以下、「かんぽ生命」)の植平光彦社長と、販売委託先の日本郵便株式会社(以下、「日本郵便」)の横山邦男社長が、7月10日に開いた記者会見については、【「日本郵政のガバナンス問題」としての保険不適切販売問題~日本郵便横山社長への重大な疑問】で詳しく述べたが、7月31日、日本郵政の長門正貢社長が、かんぽ生命の植平社長、日本郵便の横山社長とともに記者会見を開いた。 長門社長は、定例会見で質問に答えたことはあったものの、この問題についての記者会見に臨んだのは初めてだった、大変堂々とした態度で会見を主導し、質問をする記者を圧倒している感すらあった。 この会見の直前の7月29日、今年4月に行われた日本郵政によるかんぽ生命株式の売却に関して、郵政民営化委員会の岩田一政委員長が、記者会見で、「不祥事案は速やかに公表すべきだった。透明性が極めて重要だった」と指摘し、日本取引所グループの清田瞭最高経営責任者(CEO)も、「適切な情報開示がなかった」として問題視する発言したことが大きく報じられていた。 この点に関して質問を受けた長門社長は、かんぽ生命の植平社長に事実関係を説明させた後、株式売却の際には不祥事について全く認識がなかったとして反論し、「冗談ではない」と、岩田発言・清田発言に憤ってみせた。 かんぽ生命株式の売却に関して、民営化委員会の委員長や日本取引所のCEOに問題を指摘されたというのは、日本郵政グループとしてもその経営トップとしても、極めて深刻な事態だ。日本郵政の社長が、記者会見の場で、民営化委員会の委員長と日本取引所のCEOの問題の指摘に対して、感情的な言葉まで用いて反論したことを、どのように評価すべきか。 会見で長門社長の態度に圧倒されたせいか、今のところ、マスコミからの批判は、あまり見られない。しかし、政府は、この秋に、日本郵政株式の第3次売り出しを行って、売却収入を東日本大震災の復興財源にすることを予定している。その株式会社の社長の発言としては重大な疑問がある。予定どおりに日本郵政の株式を売り出すことは一層絶望的になった。それどころか、長門社長の下での株式売出しに投資家の理解を得ることも困難になったと言わざるを得ない』、「日本郵政の社長が、記者会見の場で、民営化委員会の委員長と日本取引所のCEOの問題の指摘に対して、感情的な言葉まで用いて反論した」、というのは大変な役者ぶりだ。「長門社長の態度に圧倒されたせいか、今のところ、マスコミからの批判は、あまり見られない」、というマスコミの腑抜けぶりにも改めて怒りを覚えた。
・『読売新聞記者との質疑応答  かんぽ株売出しについての長門社長の発言は、読売新聞の「ヨネザワ」という記者からの質問に答えたものだった。同記者は、「横山社長に1問、長門社長に2問お聞きします」と断った上で、まず、日本郵便の横山社長に対して 問題が拡大した背景に、本社経営陣全体で、問題の発覚当初から現場の理解・認識が甘かったのではないか。現場の情報が届いていたとして、本社に正しく伝えられていたのか。経営陣の意向に沿って塗り替えられた情報ではなかったのか。さきほど意見交換の場を作るというが、上の顔色をうかがうような意見交換では意味がない。社風、意識改革についてどう考えているのか。 と質問した。 それに対して、横山社長は、今後の施策の一つとしている、「現場社員との意見交換の場」については、「お客様のご不満の声や、自分たちが仕事をやっていくうえでこんなことがやりにくいというような声を広範に聞く会を設けようと思っている。万が一にも、私と参加者との間で、それを遮断する、出席者を制限するようなことがあるようであれば、それは断罪しないといけない」などと答えた。 そして、ヨネザワ記者は、2問目で、長門社長に、「今回の問題でかんぽ生命株の売却時にこの問題を把握していたか否かというのはひとつの焦点となっている」とした上で、 問題の把握のレベル感と公表のタイミングの正しい在り方についてどのように考えているのか伺いたいと思います。要は例えば調査を始めた時点とか、グレーな案件があった時点とか、それが黒と確定した時点とか、あるいは今回のように黒が大量にあった時点とか、そういうふうな公表するタイミングについてご自身の認識、あとは今批判の声も中には出ているわけですが、そのような声にどのように応えて、あるいは他社の状況も踏まえて、正しいのはどのようなタイミングでこのような問題を公表するべきかと考えるのかを教えてください。と質問した。 これに対して、長門社長は、大事なポイントを聞いて頂きまして、民営化委員会の岩田委員長がご発言になりました。日本証券取引所の清田さんが同じようなご発言をされました。4月4日にかんぽ生命の第二次売り出しをスタートいたしましたけれども、その時点でかんぽ、郵政の経営者はこの事象を知っていたのではないかと、こういうご発言でした。大変な発言でございまして、どういう文脈で、どういう情報に基づいておっしゃったのか知れませんけれども、これは騙して株を売ったという懸念があるぞと、こういうご発言なのですね。大変に重大な発言だと思います。岩田発言、清田発言について、私どもの認識をしっかりと申し上げたいと思います。と述べた上、かんぽ生命の植平社長に、不祥事を把握した経過を説明させ、株式売却の時点では、不適切販売の不祥事について全く認識がなく、開示すべき情報を開示しなかったものではないことを強調した。そこでの、植平社長と長門社長が14分にもわたって行った説明は、概ね以下のようなものであった。 不適正募集の事案が2018年度は20件程度存在しており、業法違反になっていると認定されるものが20件程度発生しているということ。そうした苦情のなかに乗り換えに関わるようなものが1件あった。 こういう不適正募集という事案はパーセンテージは非常に小さい。そのことをもって会社経営全体にとって重大と認識するには至っていない。 昨年度1年間でそういう数字があったことは、これは隠さずに、金融庁、総務省のほうにきっちりと報告している数字。黙って隠したという数字ではない。 4月4日にかんぽ株を発売するという決断は我々だけでできるわけではない。きちんと引受証券や弁護士を雇って、彼らにいろいろアドバイスをしてもらって出している。 持株のほうの立場で言えば、4月4日の時点はまだ全く白です。今回の6月27日の2万4千件は22件と比べても桁が違う、異次元の数字が出てきて、そのような認識になった。 日本郵政のガバナンスのことで言えば、6月の取締役会は株主総会後の臨時取締役会だが、ここでは本件は、全く議論になっていない。かんぽ生命の取締役会でその22件が報告されたのは5月の取締役会だった。 そして、このように説明した上で、長門社長は、 かんぽ生命の取締役会、私、ボードメンバーに入っておりますから、そこでその22件が報告されたのはやはり5月のかんぽの取締役会です。そういうことでございますので、岩田発言、清田発言は非常に重いので、この場をお借りして、冗談ではないということを申し上げておきたい。と言い切ったのである』、どうも「読売新聞の「ヨネザワ」という記者からの質問」なるものは、郵政の正当性の主張を引き出すための、サクラ的な色彩が濃そうだ。読売新聞はもともと安倍政権に近い存在だが、ここまで八百長質問するとは、記者魂も地に落ちたものだ。
・『ここで、長門社長は、「これ2問目でしたね。3問目があったかと思いますが。」と言って、さらに質問を促した。1問目から既に20分以上を経過しており、ヨネザワ記者も、さすがに、他の記者に遠慮したのか、「長くなってしまいましたが、最後に一問、端的に伺いたいと思います。」と言った上で、「今回の一連の問題を受けて、郵便局への信頼というのはまだあるとお考えでしょうか。」と質問した。 これに対して、長門社長は、「著しく本当にお客様の期待を裏切ったし、ブランドイメージを損なってしまったと感じております。」と述べた上で、我々、郵便配達を始めたのが148年前、明治4年でございます。2021年に150周年を迎えます。その日から毎日、日曜日はやっていませんが現在は、雨の日も風の日も郵便をお届けしていた。 保険業務を始めましたのが103年前です。この間、2万4千局の郵便局で、お客様の最も近いところにいると言って、このグループは地味だけど真面目だよね、というブランドを諸先輩、今も43万人の同僚の殆んどの人が誠実に働いて頂いてこのようなブランドを作って頂いたと思っていますが、大きく毀損してしまったと大変責任を痛感しております。 一刻も早く戻すべく現在のタスキを繋ぐということが我々の仕事だと思っております。と、自らの使命は信頼回復を図ることだと述べると、質問を受けてもいない横山社長が、 例えで一例申し上げれば、災害の時にいち早くどんな機関よりも早く郵便局を再開する、そして避難されておりますお客様をひとりでも多く探してその避難の先まで郵便を届ける、という大変な社会的使命を我が社の社員は全員が持っているということを私は知っております。と述べ、それを受けて、長門社長は、熊本地震の時の、「かんぽの宿阿蘇」で被災者の救援にあたった事例のことを話し、 これが私どものルーツだと思っております。当面のミッションはこれだと思っておりますので、一所懸命頑張って、本来のイメージにできるだけ早く戻すべくできるだけ頑張りたいと思っております。と述べて、ヨネザワ記者の質問への応答が終わった』、サクラ的な色彩がますます強まった。
・『質疑応答は、想定されていたものではないのか  この一人の記者との質疑応答は、合計で30分近くにも及んでいる。長門社長が、このタイミングで記者会見を開いて言いたかったことをすべて言い尽くしたような内容であり、質問自体を想定していたような印象を受ける。 横山社長への1問目は、「現場の情報が届いていたとしても経営陣の意向に沿って塗り替えられた情報ではなかったのか」というものだが、【前掲拙稿】でも述べたように、日本郵便での不適切な保険営業に関しては、総務省の指導やマスコミの追及を受けるなどをしており、横山社長が気づかなかったわけがないという点は、本来、記者側からは最大の追及ポイントのはずだ。ところが、ヨネザワ記者は、「現場からの情報が伝わらなかったために、経営陣は今回の不適切販売について認識していなかった」ということを前提にしており、実横山社長は、それを受けて、今後の施策を中心に答えている。 2問目の長門社長への質問も、民営化委員会委員長と日本取引所CEOからの批判をどう受け止めるか、というストレートな聞き方ではなく、婉曲的に「どの時点で、問題を公表するべきか」という「法的義務」についての説明を求めている。 そして、特に不自然なのは、2問目の質問に対して、長門社長が、岩田発言、清田発言に対して「冗談じゃない」と憤りを露わにした後、「3問目」を質問するように促したことである。 記者から、3つの質問を受けていたのに、3問目の質問の内容を忘れてしまった、というのであれば、聞き直すこともあるだろう。しかし、ヨネザワ記者は、3問質問したいと言っていたが、2問目までで既に20分もの時間を使っている。それを、わざわざ会見者の方から「3問目の質問」をさせるというのは、通常はあり得ない。しかも、その質問に対して、郵政の歴史だとか、郵便局職員の災害時の地域への貢献など、まさに会見者の方が言いたいことを延々と話し、ヨネザワ記者との質疑応答は、合計で30分にも及んだ。 会見全体が、このヨネザワ記者との質疑のように、個々の記者の質問全体に丁寧にすべて答えるものだったかと言えば、決してそうではない。 2つ前の質問で、「NHKクローズアップ現代」の記者が、以下のように質問した。 私どもは今から一年以上前の4月に、そちらに座っていらっしゃる日本郵便の佐野常務、それからかんぽ生命の堀家専務に対してですね、不適正な事例が今広がっているのではないかと、金融庁に届けるような違法行為まで起きているのではないかということで取材を申し入れて、その時に「信頼を裏切るような行為が少なくない数起こっている」、「会社として非常に深刻に受け止めている」、「郵便局に対して信頼を失ってはいけない、改めないといけない」というような発言をされております。 そういうような責任ある立場の方からのご発言がありながら、なぜその後も状況は変わらなかったのか。あるいは状態だけ見れば、例えば不適正事例という金融庁届出事例は20件から22件に増加しているし、あるいは局長が関与するような不適正事例、管理者が関与するような不適正事例も起こっています。根絶できていないというよりも、むしろ悪化をしているという傾向すら感じるような状況です。 なぜそれは止めることができなかったのか、また直近の調査で分かったと言いますが、一年以上前にそういう認識があったということとの整合性をどのように認識されているのかをお答えください。 この質問に対しては、かんぽ生命の植平社長が、「募集品質の向上のための総合対策を打った結果、苦情全体が大幅に減少してきている。高齢者の苦情が順次減ってきている。全体の品質が良化していると認識していた」「不適正募集の発生は減少してきている。」そのようななかで今回の問題の発生を直近のデータで認識をしたので、遡及して将来に向けての対策を打っていく意思決定をした」などと述べ、質問の趣旨とは全くかみ合わない答をしている。 そして、記者会見の場に、1年余り前にNHKの取材に対して、「信頼を裏切るような行為が少なくない数起こっている」「会社として非常に深刻に受け止めている」などと答えた執行役員が同席しているのに、その趣旨について説明させることもなく、横山社長から日本郵便側の認識を答えることもせず、長門社長は何も答えずに、質問への答を終えている。 少なくとも、このNHK記者の質問に対しては、質問の趣旨に忠実に、真摯に答える姿勢は全く窺われない。 読売新聞のヨネザワ記者との長時間にわたる質疑応答とは対照的だ』、「NHK記者」にはもっとツッコミの追加質問をしてもらいたいところだが、読売記者への応答だけで時間を費やしているだけに、無理だったのかも知れない。
・『長門社長発言をどう評価するか  問題は、このように会見者側で予め想定していたのではないかと思える質疑応答の中で、長門社長が述べたことの中身である。 確かに、日本郵政とかんぽ生命の正式に行われた会議、報告という面で言えば、正式な報告で不祥事を認識したのは6月下旬ということになるであろう。そして、そのような正式な会議、報告以外については、証拠は何もない。そういう意味では、長門社長が言うように、かんぽ生命株の売出しに関して、日本郵政、かんぽ生命の経営者も、不祥事を知っていたのに、それを隠して騙してかんぽ生命株を売却した疑いについて、「シロ」だというのは、証拠上は、法的判断としてはそうかもしれない。個人に疑いをかけられているとすれば、長門社長が「冗談ではない」というのも、正しいであろう。 しかし、岩田委員長や清田CEOが指摘したのは、そういう「経営トップとして不祥事を認識していたのに、騙して株を売った疑い」という個人の問題ではない。日本郵政という組織が保有していたかんぽ生命の株式を、一般投資家に売りつけたことに関して、そのかんぽ生命という会社の中身に関わる重要な事実が売出しの時点で開示されていなかった。岩田委員長は、そういう事象について、「郵政民営化を進めていく上で支障となる」と指摘し、清田CEOは、「証券市場への企業内容の適切な開示という面で問題がある」と指摘したということである。 それに対して、長門社長は、「売出しの時期は、自分達だけで決められるわけではない、開示の内容は、証券会社や弁護士がデューディリジェンスで確認し結果に基づいて決めている」と言っているのであるが、それは、問題を経営トップで個人の問題ととらえ、責任を否定しているだけで、組織としての問題を指摘する岩田発言、清田発言に対する反論には全くなっていない。 長門社長個人としてではなく、日本郵政グループの経営トップとして、保有していたかんぽ生命株式を一般投資家に売却した後、同社の保険販売に重大な問題が発生していることが明らかになって、株価が大きく値下がりしている。そのことについて経営者としてのどのように受け止めるのか、ということが問われているのである。ところが、長門社長は、「自分は知らなかったからシロだ」と個人レベルでの言い訳をしているのである。しかも、長門社長は、日本郵政の社長だけを務めているのではない。かんぽ生命、日本郵便の取締役でもある。それらの会社の事業活動が適切に行われることについて、取締役としての責任を負っている。会見での長門社長の発言からは、その自覚が全くないように思える。 日本郵政グループとして開いた会見の場で、特定の記者から都合の良い質問を受けて的外れの反論を行い、「冗談ではない」などと放言する長門氏が経営トップを務めている限り、日本郵政株の売出しをすることなど不可能であり、それを強行しようとすれば、政府として、投資家からの信頼を裏切ることになりかねない』、「個人の問題」と「組織としての問題」に切り分けて問題を整理する郷原氏の鋭い指摘はさすがだ。
・『「地域に寄り添う郵便局員」がなぜ顧客の利益を損なったのか  ヨネザワ記者に3問目の質問を促し、「郵便局への信頼」という言葉が出ると、長門社長は、「待ってました」とばかり、日本郵政150年の歴史の話を始め、横山社長が、「地域に寄り添い、そこに生きるお客様とともに共生している」として、その例として郵便局員の災害時の地域貢献の例を持ち出した。これも、想定どおりのプレゼンのような内容だ。 しかし、今、問題になっているのは、本来、地域と、地域住民に寄り添う存在のはずだった郵便局員が、露骨に顧客の利益を損なうような保険募集を行っていた事例が膨大な数発生しているという事実である。長門社長、横山社長には、そのような行為を行わざるを得ない状況に、多くの郵便局員を追い込んでしまった経営トップとしての責任が問われているのである。そのことの自覚があれば、「地域に寄り添う郵便局員」などという言葉が、軽々に口にできるとは思えない。 もう一つの問題は、長門社長が、今回の問題についての責任について問われ、「特別調査委員会メンバーは3人とも検察出身。厳しく調査して頂くためにお願いした。厳正な報告が出てくる」などと述べて、「検察出身の弁護士3名からなる特別調査委員会だから、経営陣に対しても厳正な調査結果が出てくるはずで、それによって責任の有無を判断する」と述べたことだ。 しかし、検察出身の弁護士による調査だから厳正な結果になるというのは全くの幻想である。これまでにも、第三者委員会や外部調査が、依頼者の経営者や政治家に手ぬるいと批判された事例の多くが、検察出身の弁護士によるものだ(小渕優子議員、舛添要一都知事の政治資金問題、日本大学アメフト部問題での第三者委員会など)。そして、この日本郵政の特別調査委員会の委員長の検察出身弁護士は、レオパレス21の第三者委員会の委員長を務めた弁護士である。その調査報告書について、第三者委員会格付け委員会の格付けでは、 退任してから既に 13 年が経過している過去の人物である元社長にのみ焦点を当て、その責任追及に多くのページを割いて いる。一方、2010 年から現在まで 9 年間社長を務めてきた前社長の関与についてはほとんど触れられていない。 調査スコープを矮小化して 1990 年代後半から 2000 年代前半のみを切り取り、創業者の責任のみを執拗に記述することでこの陥穽にはまり込んだのではなかろうか。と酷評されており、評価も非常に低い。今回の問題についても、過去の経営陣の責任の焦点を当て、現経営陣への責任追及を交わす方向での調査が行われないとも限らない。 いずれにしても、「検察出身の弁護士3名からなる第三者委員会」というだけでは現経営陣にも厳しい厳正な調査が行われるはずだということの根拠には全くならない。 出席した記者達を圧倒していたように思える長門社長ら3社長の記者会見だが、そこでの発言内容は、経営者としての傲慢さと独善を示すものでしかなかった。それが、日本郵政グループの危機を一層重大かつ深刻なものにすることは避けられないであろう』、説得力の溢れた主張で、全面的に同意したい。
タグ:日本郵政 ダイヤモンド・オンライン ヨネザワ 山田厚史 同氏のブログ (その12)(日本郵便とアフラックが がん保険の販売継続に固執する理由、郵便局員を「かんぽ乗り換え」の不正に走らせた2つの国策、日本郵政が「強気の謝罪会見」 首脳陣続投の背景に政治の影、日本郵政株売却に”重大な疑義”を生じさせた長門社長「冗談ではない」発言) 「日本郵便とアフラックが、がん保険の販売継続に固執する理由」 販売継続の説得力失った日本郵便とアフラック 日本郵政は、アフラックに2700億円を出資、議決権7%は4年後には10倍になり、持分法適用会社になる 導入が遅れた「条件付き解約制度」 郵政グループと保険会社のいびつな上下関係 「郵便局員を「かんぽ乗り換え」の不正に走らせた2つの国策」 高齢者を食い物に「郵政よ、お前もか!」 「不正販売」の源流を辿っていけば「郵政民営化の無理」に行き着く アベノミクスによる「ゼロ金利政策」が事態を助長 客を踏み台にして自らが生き残ろうとする姿は「悪しき市場原理」の典型 不利益な保険の乗り換えでノルマ達成、手数料稼ぎ 「新ながいき君」 逆ザヤになっている「お宝」を解約させ、金利の安い保険に乗り換えさせることは、かんぽ生命にとって都合がいい 勧誘された高齢者 無保険になった人も 新しい契約をしたが、後になって健康診断ではねられ、結果的に無保険になった例が続発 ゆうちょ銀行の投信販売「ルール無視」でも調査せず 特別調査委員会(第三者委員会) 根源は「民営化」赤字の郵便支える必要 経営陣の関心は高値での株式売り出し モラル崩壊の追い打ち アベノミクスの超低利 「日本郵政が「強気の謝罪会見」、首脳陣続投の背景に政治の影」 終始強気だった日本郵政の長門社長 郵便局の新たな利活用を推進する議員連盟(郵活連)の幹部会 郵政首脳陣を激励した議員たちの本音 郷原 信郎 「日本郵政株売却に”重大な疑義”を生じさせた長門社長「冗談ではない」発言」 株式売却の際には不祥事について全く認識がなかったとして反論し、「冗談ではない」と、岩田発言・清田発言に憤ってみせた 読売新聞記者との質疑応答 郵政の正当性の主張を引き出すための、サクラ的な色彩が濃そうだ 質疑応答は、想定されていたものではないのか 長門社長発言をどう評価するか 「地域に寄り添う郵便局員」がなぜ顧客の利益を損なったのか 本来、地域と、地域住民に寄り添う存在のはずだった郵便局員が、露骨に顧客の利益を損なうような保険募集を行っていた事例が膨大な数発生しているという事実である。長門社長、横山社長には、そのような行為を行わざるを得ない状況に、多くの郵便局員を追い込んでしまった経営トップとしての責任が問われているのである。そのことの自覚があれば、「地域に寄り添う郵便局員」などという言葉が、軽々に口にできるとは思えない
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高齢化社会(その13)(キレる老人 事故る老人が続出!定年で解放された後の心構え、“塩漬け”おじさんが定年後再就職で失敗する理由、海外からも揶揄される貧しき長寿国ニッポン) [国内政治]

高齢化社会については、7月3日に取上げた。今日は、(その13)(キレる老人 事故る老人が続出!定年で解放された後の心構え、“塩漬け”おじさんが定年後再就職で失敗する理由、海外からも揶揄される貧しき長寿国ニッポン)である。

先ずは、明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科教授の野田 稔氏が6月17日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「キレる老人、事故る老人が続出!定年で解放された後の心構え」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/205708
・『年寄りの行動を制限するのが正しいか?  高齢化にまつわるニュースが途切れません。高齢者の自動車運転問題は引きも切らず、麻生副総理の「老後2000万円貯蓄」問題などなど、少子高齢化が引き起こすさまざまな問題がとうとう噴出し始めました。 今後のドラスティックな変化からすれば、今などまだまだ前哨戦にすら差し掛かっていません。それですら、これだけの問題が起こるのです。果たしてこれからどうなるのか、本当に暗澹たる気分になります。 保険業界では、「長生きのリスク」といった言葉も生まれました。少子高齢化の未来絵図では、年金が不十分になることはほぼ確定的で、老後破産も珍しくはない世の中になりつつあります。健康寿命も長くなりますから、これまでよりも長く働ける世の中になりますが、必ずしも、それが明るい未来とは限りません。どうやら人によるようです。 長生きのリスクにはもう1つ、介護負担のリスクがあります。寝たきりになる、日常的に介護が必要になる、認知症になる、といったリスクも高まります。 日本はまだ高齢化社会に慣れていません。アクティブシニア(定年退職後も意欲的で元気なシニアのこと)が社会を担う、そんな明るい未来は見えてきません。 昨今の高齢者が起こす自動車事故に対応する形で、運転免許証の自主返納が進められていますが、どうしても車が必要になる地域も少なくありません。自動ブレーキなどの安全性能の高い車に限って高齢者の運転を許す限定免許も検討され始めました。 しかしながら、「年寄りの行動を制限するのが正しい」とはいえません。介護が大変だからと老人を拘束し、寝たきりを助長するのも間違っています。いずれ技術の助けを借りて、運転だけでなく記憶サポートや機械操作の支援なども一般化するでしょうが、まだ今はその入り口に差し掛かったにすぎません』、「日本はまだ高齢化社会に慣れていません」、「高齢者が起こす自動車事故」などの悲惨な事故を経験しないと、「自動ブレーキなどの安全性能の高い車」の開発が進まないというのも困ったことだ。
・『キレる老人は他人事ですませていいのか?  そうした生きにくい世の中のありさまを反映してか、キレる老人の話題も少なくありません。 キレやすいかどうかは、その人の性格にもよるでしょう。元々傲慢であったり、思慮深いとはいえない性格であったりすれば、加齢がそうした性格に拍車を掛ける可能性は大です。 例えば足元がおぼつかなくなって、時によろける、物覚えが悪くなる、道を忘れる、人の顔や名前を忘れる、手先が不器用になる、新しいデバイスやサービスなどに追いつけなくなる…等々。そうした加齢による能力低下を目の当たりにすると、自分に腹が立ち、イライラする。近しい人に八つ当たりしたり、路上で他人にぶつかっても、決して自分は悪くないと思ってしまう。その結果、相手をののしる。 こうした怒りがエスカレートすると、本格的な喧嘩に発展することも少なくないようです。相手を傷つける、あるいは自分が返り討ちに遭う。そんなことが頻発するようではたまりません。 もちろん私も、そうした現実は他人事だと思っていましたし、自分はキレない自信がありました。しかし、次に述べるような現実から、決して他人事ではないということが、残念ながらわかってしまったのです。 もしかしたら、加齢は思ったよりも早くやってくるものかもしれません。「キレる老人」は、わが身の明日の姿かもしれませんし、まだまだマスコミに取沙汰されているわけではありませんが、「キレる中高年」もまた現代の日本の姿なのではないでしょうか』、私は若い頃から短気だったが、10年ほど前に人間ドックの結果の診断を聞く際に、病院の対応が余りに酷いので、キレで担当の女性職員をどなりつけ、あとでやり過ぎだったと恥じた記憶がある。
・『知らず知らずのうちに怒りっぽい人間になっていた  実はここ1年ほど、とても怒りっぽくなっていたのです。妻に指摘されるまで、そんな自分の変化には全く気付きませんでした。今回はそんな自分を、皆さんの他山の石とすべく、カミングアウトします。 どれもこれも些細なことです。例えば、買い物客で賑わう夕方の時間帯にこんなことがありました。自宅の最寄り駅の近くの天ぷら店で、天ぷらをいくつかテイクアウトし、家に帰ったのです。家で改めて見ると、頼んだはずの舞茸の天ぷらが入っていません。値段はわずか110円。レシートを見ると、確かに購入していました。 カーッと頭に血が上りました。すぐにお店に電話をして、「どうなっているんだ!」と怒鳴りました。先方の受け答えもよくありませんでした。謝罪の言葉もそこそこに、「後日レシートを持参すれば返金する。あるいは今来ていただければ商品をお渡しする」という二者択一を迫ってきたのです。 さらに腹が立ちました。そして言い放ちました。 「ふざけるな!誰が間違ったんだ。こちらはこれから夕食だ。届けるのが筋だろう。ただ、忙しいのもわかるから、これから取りに行ってやる。その代わり、誠意を見せろよ!」 完全に喧嘩腰です。その様子を見ていた妻に、「あなたはそんな人ではなかった」と釘を刺されました。 それでも私はその店まで10分の道のりを、怒髪天を衝く勢いで戻りました。先方はエビの天ぷらを1本、サービスで用意していました。私は誠意だけ示してもらいたかったので、それで良しとして、エビは受け取らずに店を出ました。 その帰り道。だんだんと冷静になっていきます。確かに、自分は正論を言っている。間違ってはいない。とはいえ、誰でも間違うことはあるでしょう。しかも、忙しい時間帯です。それを「届けに来い!」は大人げがないなと。しかも、「誠意を見せろ」とはどう考えてもゆすりたかりの類いです。 妻の忠告にも理解が足りないと腹を立てていたのですが、それももっともな意見だと納得しました。 私は正義感が強い方なので、昔から間違いを放っておくことはできない性分でした。しかし、物事にウエイト付けはできます。今回のような出来事は、今までであれば、「仕方ないな」と苦笑して終わっていたはずです。 妻に指摘されたことは、それだけではありませんでした。1つは、車の助手席に乗って、家の駐車場から往来に出ようとした時に、自転車が1台、脇をすり抜けようとしました。その瞬間に、私はとっさに叫びました。「危ない!」と声を上げただけでなく、「何やっているんだ!」と怒鳴りつけました。運転者に声を上げて注意を喚起するだけならまだしも、わざわざウインドウを下ろして怒鳴りつけるのはやりすぎです。 あるいは、自分自身は全く覚えてないことも指摘されました。ある朝、始発駅で電車に乗る際に、のんびりと乗ろうとする人を押しのけて車内に入ったというのです。これは身に覚えがないだけに最初は半信半疑、しかし、なんとなく状況を思い出すにつれ、そんな気もしてきました。これは正直怖く感じました。 そこまで指摘されると、これは本気でまずいと思いました。そう思って振り返ってみると、1人でいる時でも、考えようによってはわざわざトラブルを買いに行っているようなことがありました。 そもそも理不尽が許せない性格です。許せなければ決して後に引かない方でもあります。しかし、今はあまりにも怒りの閾値(いきち)が低すぎます。言ってみれば、ダムの空き容量がほとんどない。こんなに沸点が低いのは大変危険であるとわかりました』、奥さんの指摘もあったのだろうが、「怒りの閾値が低すぎます」と自覚したのはいいことだ。
・『退職後は守ってくれる組織もないし、部下もいない  そこで、医学書を調べたり、インターネットで信用のおけそうなサイトを見たり、自分の症状についての情報収集をしました。その結果、「病気といえるほどのものではないのかな」と思いました。 しかし、安心はできません。 思い出して、録画していたNHKの「クローズアップ現代」を見ました。認知機能の衰えや情動コントロール力の低下を気にすべきは70歳以上だと知りました。人間、老化とともに徐々に前頭葉の働きが鈍くなっていくので、怒りを抑える力が弱くなっていくのだそうです。しかし、加齢によってその症状が顕著に出るのは少し先のようです。 ちなみに、私には直接関係なのですが、この番組で取り上げていたもう1つ重要なことは、大企業で組織に守られてきた人が、いきなり世間に放り出されて、自分でさまざまな手続きなどをしなければいけなくなった時に、キレやすくなるという事実でした。会社勤めをしていると役職者であれば、細かな事務は部下がやってくれます。自分で犯した些細なミスや無知は見逃されてきました。すべて部下や秘書任せの管理職や役員は少なくないでしょう。 そうなると、事前のリハビリなく退職後に世間に放り出されても、何もできないままです。 よく銀行の窓口で怒りをぶちまけている初老の男性がいますが、たぶんそういう方でしょう。ATMの前で怒鳴っている人を見たこともあります。慌てて駆け寄ってきた銀行員にも怒鳴っていました。 不甲斐ない自分に腹を立て、機械に腹を立て、教える人に腹を立て、しまいには、世間や周りの人にも腹を立てる。そうやって引退した人間の多くは孤立していくのです。少し謙虚になればいいものを、無用なプライドが邪魔をするのでしょうか。それまでミスを指摘されたり、叱られたりということに長く無縁できてしまったツケです。 これもまた、他山の石とすべきことです。皆さんは、こうした引退者にならないように、組織人としての人生において、気を抜くことなく自分を磨き続けてほしいのです。「人生100年時代」に、「上がり」などというステータスはないのです。 さて、私のケースに戻りましょう。 最初に試みたのが、本連載第16回で紹介したアンガ―マネジメントでした。怒りがこみ上げて、正論をぶつけたくなったら「6秒間我慢」を実践してみました。 自分が怒る瞬間を認知するという、認知行動療法も生活に取り入れました。 また、少し変わったところでは、貧乏ゆすりを我慢しなくなりました。これはインターネット情報だったのですが、貧乏ゆすりには意外にもリラックス効果があるそうです。周囲の方々には若干不快な思いをおかけしますが、怒鳴りつけられるよりはましであるとお許しください。 重要なことは怒りの沸点を高くすること、ダムがすぐに決壊しないように、心に余裕を作ることです。 理不尽なことに腹が立つスイッチは入っていいのです。ただ、それをすぐに外に向かってダダ漏れさせることがないように努力しました。 さらにその上で、以前にもこのコラムで取り上げた主治医に相談しに行きました。彼は心療内科の権威でもあります。 その結果は、「心配しなくていい」でした。「誰でも疲れていたり、ストレスがたまっていたりすると、そういうことがある。年齢が高くなるに従い、ますますそういう状態になるものですよ」と言われました。こう言われ、少し気が楽になりました。 加えて、抑肝散(よくかんさん)、甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)といった漢方薬も服用するようにしました。2つとも効能の一つが子どもの夜泣き・かんの虫の薬というところがなんとも笑わせますが、私には効くようです。 まだまだ加齢により「キレる老人」ではありませんが、今から注意すべきことはたくさんあります。皆さんはいかがでしょうか?もしストレスが強く、イライラすることが多いようであれば、同じように、すでに怒りっぽくなっているのではないでしょうか。そうであるならば、私の努力も少しは参考になるかもしれません』、「アンガ―マネジメント」は確かに有効だろう。
・『時間軸を変えて、生活の仕方を変えればいい  知能には結晶性と流動性の2種類があります。前者は学習や経験に基づいて蓄積された知能です。後者は新しい環境に慣れたり、新しいことを学んだりするための知能です。こちらは40代がピークといわれますが、結晶性の知能は75歳まで伸びるそうです。この2つの合成関数であるところの総合的知能のピークは56歳ですが、そこからの下降線は非常に緩やかだということです。 つまり、焦らなければ、まだまだ新しい環境にも慣れますし、新しい技術を覚え、新しいデバイスを使いこなすこともできるのです。 ただそれと同時に、定年5年前は、総合的知能のピークであり、これからは下り坂なのだということを、心のどこかで認識すべき頃合いだと思います。 だから必要だと感じたら、少しだけ生活のスピードを緩め、生活の時間軸を長くして、生き方全体を今の年齢に合わせるようにしてください。昔よりも動きが鈍い、物覚えが悪くなってしまった自分に、もっとやさしくなってください。そうした変化は、周りよりもはるかに手前で、自分だからこそ気がつくことでしょう。過ぎ去った過去の自分には戻れません。今の自分を受け入れて、今という時間を楽しめばいいのです。 そのために今後、今までよりも頭を下げる機会が多くなっても、人に物を教わることが増えても、今までよりも少しだけ道の端っこを遠慮がちに歩くようになっても、何事にもゆっくり時間を掛けるようになっても、いいじゃないですか。 そんな生き方を良しとする。それはそれで世の中が違って見えてくると思います。まだ、私はできていないのですが、少しずつやっていこうと思っています』、「必要だと感じたら、少しだけ生活のスピードを緩め、生活の時間軸を長くして、生き方全体を今の年齢に合わせるようにしてください」、というのは大いに役立つアドバイスだ。

次に、健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏が7月2日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「“塩漬け”おじさんが定年後再就職で失敗する理由」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00030/
・『今回は「塩漬け」について考えてみる。 といっても美味(おい)しいらっきょうの塩漬けやら、白菜の塩漬けの作り方について書こうってわけではありませぬ。“組織への塩漬け”である。 「お恥ずかしながら、私、この歳になって出社拒否になってしまって。だらしないですよね」 こう切り出した男性は某大手企業の元常務。63歳で定年となり、8カ月後に再就職。これまでのキャリアを買われての就職だったそうだ。 男性の話は実に興味深く、私自身、改めて「社会的地位」「シニア」「再就職」の難しさを痛感したので、みなさんにもご意見をいただこうと思った次第である。 というわけで、まずは男性が直面した“リアル”からお聞きください』、興味深そうだ。
・『定年後、関連会社に再就職できたのだが‥‥  「定年になったらやることがなくなって“定年うつ”になるって脅されていたんですが、私の場合は幸い次が決まってたので大丈夫でした。 息子が海外に留学してるんで女房とゆっくり海外旅行したり、97歳の父親のいる実家に帰ったり。女房も専業主婦なので、私の自由時間に付き合ってくれましてね。 みんな定年になると奥さんともめるっていうのに、まぁ、8カ月ですから。我慢してくれたんでしょう。 再就職先は関連会社です。 以前は、いわゆる天下り先だったんですか、10年くらい前から積極的に同じ業界からシニア採用をしていましてね。私のように定年組や、早期退職してきた人も結構いて、昔の上司が呼んでくれたんです。 受け入れ体制はきちんとしていて研修期間もあるし、シニアも戦力としてみてくれると聞いていました。給料は下がりますが、本人の能力次第では70歳までいられるんです。 私は記憶力や体力は低下したけど、気力と仕事の質には自信があった。自分はまだまだできると思っていたので、自分のキャリアを生かしてがんばろうと張り切っていました。 ところが‥‥半年後に出社拒否です。完全にメンタルをやられてしまったんです。 理由ですか? まぁ、色々あります。期待に応えようとすればするほど空回りだったってこともあるし、上司とうまくいかなくてね。パワハラみたいなこともあったりで。やっぱり人間関係は大きいですね。 女房にも言えないから、家では心配させないように振るまったりして。 疲れちゃったんです。 あと‥‥せこい話なんですけど、前の会社のときはタクシーも自由に使えたし、周りも私のことをそれなりに扱ってくれた。ところが、再就職先では行きも帰りも電車だし、私はシニア社員の1人でしかない。 飲み屋ひとつとっても、扱いが変わります。 そんなのは分かっていたことだし、大したことじゃないって思っていたけど、実際に経験すると結構、プライドが傷つくわけです。 私を引っぱってくれた元上司は色々と気にかけてくれたんですが、それも情けなくて。結局、1年ももたずに辞めてしまった。周りに迷惑をかけるからそれだけは避けたかったんですが‥‥、情けないですよね』、「昔の上司が呼んでくれたんです」とはいえ、「半年後に出社拒否です。完全にメンタルをやられてしまったんです」、というのは驚きではあるが、あり得る話だ。
・『分かっていたけれど環境変化に対応できない  私みたいなのを、“塩が抜けない”って言い方をするらしいです(苦笑)。 自分では社外との人間関係があるし、趣味だってある。タコつぼ人間になっているなんて自覚は皆無でした。でも、実際は40年過ごした組織で、しっかり塩漬けになっていたんです。 幸い子どもも自立してますし、家のローンもないので、今は色々と勉強しています。そろそろ動き出さなきゃなぁと思っているので、同じ轍(てつ)を踏まないよう、次は一兵卒として再々就職先探しを始めるつもりです」 ‥‥以上です。 塩が抜けないーー。「手垢(てあか)がついている」という表現は今まで何度か耳にしてきたけど、言い得て妙といいますか、何といいますか。 同じ業界でも会社が変われば文化も変わる。それまでのやり方、それまでの考え方、それまで使っていた用語とは似て非なるものが山ほど存在する。 ちょっとだけ立ち止まって考えれば誰だって分かることなのに、それが知覚できない。過去の経験が目を曇らせてしまうのである。 そもそも私たちの心は自分が考える以上に習慣に動かされる。インプットは同じでも、心がどう処理するかでアウトプットが変わる。心理学でいうところの「知覚」だ』、「“塩が抜けない”」とは確かに上手い表現だ。
・『心は習慣に大きく影響されている  例えば、知覚の強固さを明らかにしたのが米国の教育心理学者ジェローム・シーモア・ブルーナー博士の「トランプ」を用いた実験である。組織論を語るときにたびたび引用されているので、ご存じの方も多いかもしれない。 この実験はトランプに「赤のスペード」と「黒のハート」を交ぜ、ほんの数秒だけ見せて「何のカードだったか?」を聞くという、実にシンプルなものだった。 普通に考えれば、視覚はきちんと目の前の情報を捉えるはずである。ところが、黒の「ハートの4」は「スペードの4」に、赤の「スペードの7」は「ハートの7」に見えてしまうことが分かった。 「黒はスペード」「赤はハート」という常識が、目を曇らせる。人間には一貫性を好む傾向があるため、過去の常識が見えているものまで変えてしまうのである。 おそらく件の男性は、自分では気づかぬうちに、自分が法律になってしまっていたのではないか。 「人間関係は大きかった」と男性が語るように、塩漬けになった心は、時に自分の価値観にそぐわぬ人を見下してしまったり、バカにしてしまったり、傷つけてしまったりすることもある。 本人に自覚がないだけに、“お偉い”言動が周りとの距離を広げてしまったのだろう。 では、いったいなぜ、塩は抜けないのか? それは「再就職=転職」 という認識の乏しさにあると、個人的には考えている。 「再就職が転職だなんて、当たり前だろ!? 何を言ってるんだ!!」と口をとがらせる人もいるかもしれない。 が、“再就職”という言葉が象徴するように、定年後、あるいは定年前に途中下車した人たちの転職は、「今の延長線上にある」というイメージが強い。 再就職とは転職であり、どんなに培ってきたキャリアがあろうと、どんなに高い役職に就いていたとしても、それは過去の遺物。とても難しいことかもしれないけど、その過去を一掃しない限り適応は無理。一時的でもいいから決別すべきだ。 たとえどんなに自分のキャリアが生かせる職場でもあっても、どんなに自分のキャリアが評価されての「引き」の“再就職”であっても、まずはその組織の一員になることが先決なのだ』、その程度の理屈は頭では分かっていても、「習慣に大きく影響されている」「心」はついてゆけないのだろう。
・『再就職での組織社会化はなかなか難しい  それは「組織内における自分の居場所を確立するために、必要な知識や技術を獲得するプロセス」である「組織社会化」を意識し、成功させること。 一般的には組織社会化は新卒社会人に対して用いられるが、実際には昇進や異動などに伴い、改めての組織社会化=再社会化が求められる。 特に、再就職での組織社会化は極めて重要であると同時に、実に難しい。 ひとつの組織で、長い時間をかけて、1つひとつ手に入れてきた外的なリソースが邪魔してしまうのだ。 とりわけ階層組織の上層部にいた人ほど、てこずりがちだ。本来、適応(=組織社会化)すること自体に莫大なエネルギーを注ぐ必要があるが、高い役職に就いて権力を手に入れたことで、エネルギーをどこから、どう捻出すればよいかさえ分からなくなってしまうのである。 権力(power)の働きがシステマティックに埋め込まれた会社組織では、権力者の言動は上司・部下関係のみならず、関連する団体や組織や一般社会にも影響を与え、権力者はそれによって他者からの干渉を免れることが可能となる。 その結果、周りが権力者に黙従せざるを得ないという非対称の人間関係が生まれ、権力者の思い通りに周りが勝手に動くため、自らエネルギーを費やさずとも、周りが勝手に居場所を作ってくれる。件の男性の言葉で言い換えると「それなりに扱ってくれる」のである。 ゆえに、偉い人が、再社会化するのは‥‥チョモランマを制覇するようなもの。極めてハードルが高い作業なのだ。 組織社会化では、 +自らに課された仕事を遂行する +良好な人間関係を築く +組織文化、組織風土、組織の規範を受け入れる +組織の一員としてふさわしい属性を身に付ける の4点が課題となり、新卒の場合にはこれらを包括的に獲得していくことが求められる。 ところが、熟練したキャリアの持ち主の再社会化には、「良好な人間関係の構築」が最優先課題となる。 なんせ、ただでさえ、注目されてしまうのだ。自分たちの居場所に新規加入した“偉い人”が、 「自分たちを大切に扱ってくれるだろうか?」「自分たちにどんな利益をもたらすのだろうか?」「ホントウに信頼に値する人物なのだろうか?」‥‥etc.etc. と周りは不安になる。 受け入れる「上司」も例外ではない。 以前、件の男性と同じようなカタチで再就職した人が「シニアがシニアを教育するのは、とても難しい」と話してくれたことがあった。上司となるシニアのほうは「見下されないようにしなきゃ」という警戒心を無自覚に抱いてしまうのだろう。 まさにシニアvsシニア、プライドの戦いである。 いや、それだけではない。 これまたややこしいことに、とりわけ権力ある地位にいた人ほど、思考が短絡化され、属性にひもづけられたステレオタイプで他者を見てしまいがちだ。 もっとストレートに言いますと‥‥、バカにする。 いや、もっと正確に言い換えると、年を取っていると思われたくない、大したことないと思われたくないという気持ちから、「自分がバカにされないように、相手をバカにする」のである。 ふ〜〜っ‥‥』、組織内の力学をここまで分析できるとは、さすがだ。
・『自分から動いて関係を作っていくしかない  書いているだけで切なくなってしまうのだが、「まぁまぁ、常務さん、くつろいでくださいよ?」などとチヤホヤしてくれる人は、新天地にはいないことを、しかと受け止め、自分からアクションを起こし、受け入れる側の不安や警戒心を解きほぐすしかない。 時には「これってどうやるのかね?」と周りに問い、時には「ありがとう」と感謝し、時には「すみません」と頭を下げる。そういった基本的でシンプルかつ、顔の見えるコミュニケーションにより、周りの信頼感が熟成され、適応を手助けしてくれるに違いない。 「結果を出さなきゃ」と前向きな気持ちがあると、つい自分の存在意義を示したくなるのが人間の性癖だが、急がば回れ。1年、いや2年たったときに「あなたに来てもらってよかった」と1人でも言ってくれる人がいたらもうけもんだ!くらいの気持ちで、人間関係作りに専念したほうがいい。 実はこういった小さなアクションを、現役、すなわち定年になる前からできるようになっておくと、案外スムーズに適応が加速する。専門用語でいうところの「予期的社会化」、平たくいうと「準備運動」である。新入社員の準備運動が「キャリア準備」なのに対し、再就職者のそれは「コミュニケーションの仕方の再認識」。組織社会化は組織に入る前から始まっていて、準備運動をどれだけ入念にやっていたかで、適応できるかどうかが左右されるのである。 実際、これまで私がインタビューしてきた人で、再就職に満足している人は例外なく、準備運動のできている人だった。そういう人たちは例外なく「名刺が全く役立たないゆるい人間関係」を持っている人だった。 ある人は資格を取るために通った専門学校で。 ある人は町内会で。 ある人はボランティアで。 年齢もバラバラ、会社もバラバラ、性別もバラバラ、のコミュニティの一員になったことで、 ある人は自分がいかに恵まれているかが分かった、と語り、 ある人はそこにいくと自分が若手だった、と笑い、 ある人は何年ぶりかに「ありがとう」と言われた、と顔をほころばせた。 ‥‥自分のことは他人を通じてしか分からない』、「これまで私がインタビューしてきた人で、再就職に満足している人は例外なく、準備運動のできている人だった」、というのはその通りなのだろう。ただ、まだ現役で頑張っている間に、それをやると組織から早目に追い出されるリスクもあるのかも知れない。

第三に、同じ河合氏が8月6日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「海外からも揶揄される貧しき長寿国ニッポン」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00035/?P=1
・『笑うに笑えないコラムがアメリカのブルームバーグ紙に掲載され、話題になっている。 原文のタイトルは……、「Stop Blaming America's Poor for Their Poverty ./In Japan, people work hard, few abuse drugs, crime is minimal and single mothers are rare. The country still has lots of poverty.」 翻訳すると……、「アメリカの貧困を自己責任にするな。日本を見よ、国民はみな真面目で勤勉で、薬物乱用や犯罪も少なく、シングルマザーも稀(まれ)なのに、貧困な人々がたくさんいるぞ!」。 つまり、貧困を個人の責任にしたがるアメリカ人、とりわけ保守系の人たちに「貧困は社会が作り出しているんだぜ!」と訴えるためのエビデンスとして、日本人の貧困っぷりが取り上げられたのである。 書いたのはブルームバーグのオピニオンライターで、ファイナンスの専門家だ。 コラムではタイトルに書かれていることを、1つひとつアメリカと日本の数字を示しながら、「ねっ、日本人ってすごいでしょ? こんな国民性を持つ日本人なら貧困に陥るわけないじゃん!」という世界が称賛する日本人的理論を展開。 「な・の・に、どういうわけか日本ってこんなに貧困率が高いんだぜ! 要するにさ、日本には政策的に深刻な問題があるってこと。貧困っていうのはさ、社会が作り出しているんだよ! 社会の問題なんだよ!」と、日本人が一向に正面から向き合おうとしないリアルを、海の向こうからアメリカ人が突きつけた、というわけ(以下、一部抜粋)。 「Given all of this good behavior, conservatives might expect that Japan's poverty rate would be very low. But the opposite is true; Japan has a relatively high number of poor people for an advanced country. Defined by the percentage of the population earning less than half of the median national income, Japan's poverty rate is more than 15% -- a little lower than the U.S., but considerably higher than countries such as Germany, Canada or Australia:」 (翻訳)「こうした良い行動の数々から、保守派の人たちは日本の貧困率は非常に低いと予想するかもしれない。しかし、真実は逆だ。日本の貧困率は先進国にしてはかなり高い。日本の相対的貧困率は15%以上で、アメリカより少し低いものの、ドイツ、カナダ、オーストラリアなどを上回っている。」』、日本の貧困問題をこれほど適格に指摘するとは、ブルームバーグのオピニオンライターもやるものだ。
・『さて、いかがだろうが。日本の貧困問題についてはこれまで何度も取り上げてきたが、こんな風に取り上げられてしまうと…、実に情けないお話である。 ちょうど1年前に、「食べるのに困る家は実際はない。今晩、飯を炊くのにお米が用意できないという家は日本中にない。こんな素晴らしいというか、幸せな国はない」と発言した国会議員がいたけど、国が貧しいわけではないのに、貧しい日本人が多い理由をどう考えているのだろうか。 日本の相対的貧困率はG7(先進7カ国)でワースト2位。ひとり親世帯に限るとOECD(経済協力開発機構)加盟国35カ国中ワースト1位。日本の母子家庭の母親の就業率は、84.5%と先進国の中でもっとも高いにも関わらず、突出して貧困率が高く、アメリカ36%、フランス12%、イギリス7%に対して、日本は58%と半数を超えているのである(OECDの報告より)。 生活を豊かにしたくて真面目に働いているのに、働けど働けど楽にならないという現実がある。貧困ラインは122万円なので、月額10万円ちょっとだ。これでどうやって暮らせというのだ。 人は「これだ!」と確信をいったんもってしまうと、その確信を支持する情報だけを探し、受け入れ、確信に反する情報を探すことも、受け入れることもできなくなるものだが、日本人、いや正確には政治を動かす日本人、はこういった心の動き、すなわち「確証バイアス」に陥っている。あるいは「貧乏人はどうなってもいい」とマジで考えているか。実に残念ではあるけど、そうとしか思えないのである』、「日本の母子家庭」の貧困率が突出して高いのは、確かに異常なのに、多くの経済学者やマスコミが無視しているのは残念なことだ。
・『貧困高齢者の増加が大きな問題  そして、今。シングルマザーの貧困問題以上に、深刻化しているのが65歳以上の貧困である。 2017年度の生活保護受給世帯数の月平均は164万810世帯で、2016年度の163万7045世帯を3765世帯上回り過去最多を更新。中でも高齢者世帯の増加率は高く、2017年度の月平均数は86万4708世帯で、実に全体の52.7%を占め、2016年度から2万7679世帯も増加している。 こういった数字を出すと、「それってただ単に65歳以上の人口が増えたからでは?」 と考える方もいるけど、1996年と2015年の生活保護受給率を比較すると、 +1996年は高齢者は約1900万人で、そのうち該当者は約29万人=1.5% +2015年は高齢者は約3380万人で、そのうち約97万人=2.9% と明らかに増加し、貧困高齢者は20年間で約70万人も増え、100人の高齢者のうち3人が生活保護受給者となった。 世帯別にみると、65歳以上の高齢者のいる世帯の貧困率は27.0%で、4世帯に1世帯以上(厚労省「国民生活基礎調査」)。65歳以上高齢者の単身世帯の貧困率はさらに深刻で、男性単身世帯で36.4%、女性の単身世帯では実に56.2%。65歳以上の女性のひとり暮らしでは、2人に1人以上だ。 2人で暮らしていればどちらかが病気になって無職になっても、片方が稼ぐことができるが、単身だとそれもできない。年金も2人合わせればなんとかなっても、単身だと家賃すら払えない場合もある。 今後はさらに単身世帯と無年金者が増えるという推計に鑑みれば、生活基盤が不安定な人はますます増える可能性は極めて高い。 高齢世帯ほど貧富の格差が広がる傾向はかねて指摘されていたが、先週のこのコラム「他人ごとではない老後破綻、60過ぎたら最低賃金に」に書いた通り、一部の高額な資産を持つ富裕層以外は、いつ、なんどき貧困状態になってもおかしくない。 書いているだけで気がめいってくるのだが、緊急に貧困対策を実行しないことには、一億総貧困社会に突入する。一握りの「豊かな高齢者」と大多数を占めるの 「貧困に苦しむ高齢者」に分かれる時代が到来するのだ。 繰り返すが、貧困は社会の問題である。個人の頑張りでどうにかなるものではないのである』、「一億総貧困社会に突入する」というのは冷徹な予測だ。
・『介護施設で低賃金で働く高齢  実は先週のコラムを公開した後、いつも感想を送ってくださる91歳の“お友達”が、介護施設内で働く高齢者についてメールをくれた。その内容はまさに「高齢者の貧困問題」を想起させるものだった。ここに紹介する。 「定年退職後の低賃金問題は、本当に深刻です。私のホームにも男性3名、女性1名の定年退職者が働いています。いずれも70代で、最高齢者は79歳の男性です。 彼らは時間をもてあまして働いているわけではありません。老後資金が足りないので、生活のために頑張って働いているのです。 正規のヘルパーでも賃金が安い介護業界で、彼らは文字通りの『低賃金』で毎日に耐えています。若いヘルパーは待遇の良い施設を探し、転職していきますが、高齢者にはその気力もありません。なので、黙々とただ働いています。ホームの仕事は重労働ですので、高齢者にはかなりきついはずです。でも、お金がないから頑張るしかない。誰かとおしゃべりするとか、一服いれる余裕もなく、毎日黙々と働いています。 私は最近、部屋の掃除、ベッドメーキング、洗濯などを自分でやるのが大変になったので、毎週1回、サポートを頼むことにしました。月4回で1万800円です。配属されたのは79歳の男性でした。彼は一生懸命に、やってくれましたが、男性で家事に不慣れ、さらに老化のためか、そのサービス内容はとても満足のいくものではありませんでした。 でも、私は高齢者の働き口を奪いたくありません。それに彼が一生懸命やっている姿を見ていたので、彼がやってくれた後に、もう一度、気にならない程度にやり直しています。 私は91歳になりますが、同じ高齢者でも80歳以下の人たちは、私の時代より大変なんじゃないでしょうか。聞くところによると、ホームでも働き口がある高齢者はまだいいそうです。それさえもかなわない人たちが大勢います。これから先を考えると、暗澹(あんたん)たる気持ちです」』、「私のホームにも男性3名、女性1名の定年退職者が働いています・・・老後資金が足りないので、生活のために頑張って働いているのです。 正規のヘルパーでも賃金が安い介護業界で、彼らは文字通りの『低賃金』で毎日に耐えています」、ご苦労さまというほかない。
・『高齢者が働ける場があることは良いのだが…  私は“お友達”からメールをもらうまで、人手不足が深刻な介護業界で、高齢者に働いてもらうのはとてもいいことだと考えていた。 つい先日も、補助業務に特化した仕事を担当する「助手」として高齢者を採用する施設が増えているとの報道があった。1日3時間、週3日程度勤務し、職員をサポートする。掃除、ベッドメーク、食事の配膳といった仕事を、高齢者スタッフが手助けすれば、介護福祉士さんは本来の業務に集中できる。介護士さんにとっても、入居者にとっても、そして、社会との接点が希薄になりがちな高齢者にとってもいいのではないか。そう考えていたのだ。 だが、“お友達”が教えてくれたのは、生活のために働く高齢者の姿だ。自分の親の老いを日々感じる中で、親と同じ年齢の人たちが若いヘルパーと同じ仕事をフルタイムで「低賃金に耐え、黙々と働いている」。 繰り返すが、貧困は社会が作り出している。一部の為政者たちの失政のせいで、80歳近くなっても低賃金に耐えて働かなくてはならない高齢者が量産されているのだ。 そんな中、延び続けているが日本の平均寿命だ。本当は喜ぶべきなのだろうけど、どうやって喜べばいいのか。個人的には「延びてしまった感」ありありで、気はめいるばかりだ。 世界に誇る「長寿国の寿命」がさらに延びてしまったのである(以下、おさらい)』、「80歳近くなっても低賃金に耐えて働かなくてはならない高齢者が量産されている」、というのは確かに「失政」のせいだ。。
・『さらに長くなる人生にどう向き合うか  2018年の日本人の平均寿命は、女性が87.32歳(世界2位)、男性が81.25歳(世界3位)で、いずれも過去最高を更新。男女ともに、がん、心疾患、脳血管疾患の「3大疾患」による死亡率が改善した影響で、「医療水準や健康意識の向上などの成果とみられる。平均寿命はさらに延びる可能性がある」らしい(by 厚労省の担当者)。 平均寿命が延びたと報じられると、決まって「寝たきりばかり増やしてどうするんだよ」的コメントが散見されるが、それは大丈夫だ。 介護を受けたり寝たきりになったりせず日常生活を送れる期間を示す「健康寿命」は男女とも平均寿命以上に延び、こちらも世界最高レベルに達している。 男性は01年に69.40歳だったが、07年に70.33歳と70歳を超え、16年は72.14歳。女性は01年に72.65歳だったが、16年は74.79歳まで延びた。結果、16年の平均寿命と健康寿命の差は男性8.84年、女性12.35年と短くなっているのである。 しかも、厚労省は、2040年までに健康寿命を3年以上延ばすと意気込んでいるので、健康寿命は男女とも75年以上になる可能性が高い。 健康寿命を延ばす前に、働く高齢者の8割を占める非正規の賃金を上げてくれ。しつこいけど貧困は社会が作り出すもので、貧困は世代を超えて連鎖するという現実を受け止めて欲しい』、このほど決まった最低賃金の引上げが、「非正規の賃金を上げてくれ」につながればいいのだが・・・。
タグ:クローズアップ現代 高齢化社会 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 野田 稔 河合 薫 「確証バイアス」 高齢化社会(その13)(キレる老人 事故る老人が続出!定年で解放された後の心構え、“塩漬け”おじさんが定年後再就職で失敗する理由、海外からも揶揄される貧しき長寿国ニッポン) (その13)(キレる老人 事故る老人が続出!定年で解放された後の心構え、“塩漬け”おじさんが定年後再就職で失敗する理由、海外からも揶揄される貧しき長寿国ニッポン) 「キレる老人、事故る老人が続出!定年で解放された後の心構え」 日本はまだ高齢化社会に慣れていません 自動ブレーキなどの安全性能の高い車に限って高齢者の運転を許す限定免許も検討され始めました キレる老人は他人事ですませていいのか? 「キレる老人」は、わが身の明日の姿かもしれませんし、まだまだマスコミに取沙汰されているわけではありませんが、「キレる中高年」もまた現代の日本の姿なのではないでしょうか 知らず知らずのうちに怒りっぽい人間になっていた 今はあまりにも怒りの閾値(いきち)が低すぎます 退職後は守ってくれる組織もないし、部下もいない 認知機能の衰えや情動コントロール力の低下を気にすべきは70歳以上だと知りました 人間、老化とともに徐々に前頭葉の働きが鈍くなっていくので、怒りを抑える力が弱くなっていく 大企業で組織に守られてきた人が、いきなり世間に放り出されて、自分でさまざまな手続きなどをしなければいけなくなった時に、キレやすくなるという事実 不甲斐ない自分に腹を立て、機械に腹を立て、教える人に腹を立て、しまいには、世間や周りの人にも腹を立てる。そうやって引退した人間の多くは孤立していくのです 少し謙虚になればいいものを、無用なプライドが邪魔をするのでしょうか。それまでミスを指摘されたり、叱られたりということに長く無縁できてしまったツケです アンガ―マネジメント 「6秒間我慢」 時間軸を変えて、生活の仕方を変えればいい 「“塩漬け”おじさんが定年後再就職で失敗する理由」 某大手企業の元常務。63歳で定年となり、8カ月後に再就職 昔の上司が呼んでくれたんです 半年後に出社拒否です。完全にメンタルをやられてしまったんです 分かっていたけれど環境変化に対応できない “塩が抜けない” 心は習慣に大きく影響されている 再就職とは転職であり、どんなに培ってきたキャリアがあろうと、どんなに高い役職に就いていたとしても、それは過去の遺物。とても難しいことかもしれないけど、その過去を一掃しない限り適応は無理 再就職での組織社会化はなかなか難しい 権力(power)の働きがシステマティックに埋め込まれた会社組織では、権力者の言動は上司・部下関係のみならず、関連する団体や組織や一般社会にも影響を与え、権力者はそれによって他者からの干渉を免れることが可能となる その結果、周りが権力者に黙従せざるを得ないという非対称の人間関係が生まれ、権力者の思い通りに周りが勝手に動くため、自らエネルギーを費やさずとも、周りが勝手に居場所を作ってくれる。件の男性の言葉で言い換えると「それなりに扱ってくれる」のである 権力ある地位にいた人ほど、思考が短絡化され、属性にひもづけられたステレオタイプで他者を見てしまいがちだ 自分から動いて関係を作っていくしかない これまで私がインタビューしてきた人で、再就職に満足している人は例外なく、準備運動のできている人だった 「海外からも揶揄される貧しき長寿国ニッポン」 ブルームバーグ紙 Stop Blaming America's Poor for Their Poverty ./In Japan, people work hard, few abuse drugs, crime is minimal and single mothers are rare. The country still has lots of poverty 日本には政策的に深刻な問題があるってこと。貧困っていうのはさ、社会が作り出しているんだよ! 社会の問題なんだよ!」と、日本人が一向に正面から向き合おうとしないリアルを、海の向こうからアメリカ人が突きつけた、というわけ 日本の相対的貧困率はG7(先進7カ国)でワースト2位 ひとり親世帯に限るとOECD(経済協力開発機構)加盟国35カ国中ワースト1位 日本の母子家庭 突出して貧困率が高く 貧困高齢者の増加が大きな問題 65歳以上高齢者の単身世帯の貧困率はさらに深刻 一億総貧困社会に突入する。一握りの「豊かな高齢者」と大多数を占めるの 「貧困に苦しむ高齢者」に分かれる時代が到来 介護施設で低賃金で働く高齢 私のホームにも男性3名、女性1名の定年退職者が働いています。いずれも70代で、最高齢者は79歳の男性です 黙々とただ働いています。ホームの仕事は重労働ですので、高齢者にはかなりきついはずです。でも、お金がないから頑張るしかない 高齢者が働ける場があることは良いのだが… 80歳近くなっても低賃金に耐えて働かなくてはならない高齢者が量産されている さらに長くなる人生にどう向き合うか 健康寿命を延ばす前に、働く高齢者の8割を占める非正規の賃金を上げてくれ。しつこいけど貧困は社会が作り出すもので、貧困は世代を超えて連鎖するという現実を受け止めて欲しい
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日本の政治情勢(その34)(今の日本をNYタイムズ紙が「独裁国家」と表現するのは当然、「安倍やめろ」で即排除 首相演説を“言論封じ”で守る矛盾、参院選「特定枠」の想像以上にひどい現実 自分の名前連呼せず 「付け足し」候補の悲哀、小田嶋 隆:誰かを落とすための一票だってある) [国内政治]

日本の政治情勢については、7月9日に取上げたばかりだが、参院選投票日も近づいた今日は、(その34)(今の日本をNYタイムズ紙が「独裁国家」と表現するのは当然、「安倍やめろ」で即排除 首相演説を“言論封じ”で守る矛盾、参院選「特定枠」の想像以上にひどい現実 自分の名前連呼せず 「付け足し」候補の悲哀、小田嶋 隆:誰かを落とすための一票だってある)である。

先ずは、元外交官で外交評論家の孫崎享氏が7月12日付け日刊ゲンダイに寄稿した「今の日本をNYタイムズ紙が「独裁国家」と表現するのは当然」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/258084
・『「日本は独裁国家か」――。国内外の多くの人が日本は民主主義国家だと思ってきた。そのため、今日まで「日本は独裁国家か」という質問すら、あり得なかった。 しかし、世界で最も権威のある新聞の一つ、ニューヨーク・タイムズ紙が5日、日本を「独裁国家」と表現した。重要なので翻訳する。〈日本は憲法によって報道の自由がうたわれている近代民主主義国である。本来ジャーナリストが『国家の敵』とみなされるような国ではない。だが、記者が記者会見に臨むのを拒否したり、記者を懐柔するため、政治家と記者との間でクラブ的関係を使う等、日本政府は時々、独裁国家を想起させる方法で行動する〉』、昨日のこのブログ、「安倍政権のマスコミへのコントロール(その11)」でも、紹介した通りである。
・『民主主義の根幹に「報道の自由」がある。「報道の自由」のない国に民主主義はない。その「報道の自由」に対して、さまざまな国際機関が日本の状態に警鐘を鳴らしている。 「国境なき記者団」は毎年報道の自由度についてのランキングを発表しており、今や日本は67位である。日本の前後にどのような国があるかといえば、59位にポーランド、60位にジョージア、61位にアルメニア、62位にハイチ、63位にボスニア・ヘルツェゴビナ、64位にクロアチア、65位にギリシャ、66位にニジェール、68位にマラウイである。いずれも世界的に独裁国家と評されたことのある国々であり、日本人が「仲間」と考えているであろう北欧やオランダ(4位)、スイス(6位)やドイツ(13位)は同じグループにいない。 今の日本は「忖度社会」といわれる。しかし、この忖度は、個々人が自由な判断で忖度しているのではない。政府の厳しい「アメとムチ」の中で社会全体が忖度を選択しているのである。安倍政権への隷属姿勢をとらなければポストを外され、隷属すればポストが与えられる。こういう状況が社会の隅々まで浸透している。その「アメとムチ」が最も厳しく実施されているのが、日本メディアと各省庁なのである』、最後の部分はその通りだろう。
・『2017年8月2日。福田元首相は「各省庁の幹部は皆、官邸(の顔色)を見て仕事をしている。恥ずかしく、国家の破滅に近づいている。忖度以上のことをしようとすり寄る人もいる。能力のない人が偉くなり、むちゃくちゃだ」と発言したが、この発言が指している状況は報道機関でも変わらない。日本はひたすら破壊に向かって進んでいるといえ、ニューヨーク・タイムズ紙が「独裁国家」と表現したのも当然である』、「福田元首相」までが官邸による各省庁支配を、「恥ずかしく、国家の破滅に近づいている」批判するとは驚かされた。「国家の破滅」とは、恐らく「民主主義国家の破滅」の意味だろう。

次に、7月18日付け日刊ゲンダイ「「安倍やめろ」で即排除 首相演説を“言論封じ”で守る矛盾」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/258517
・『15日のJR札幌駅前での安倍首相の演説中、肉声でヤジを飛ばした男性が警官にいきなり強制排除された。ネット上では〈言論封じだ〉と大炎上している。 排除された本人のソーシャルメディア「note」によると、安倍首相が好き勝手に権力を行使し、庶民生活が苦しくなる状況に怒りを感じていたところ、自分の住む札幌に安倍首相が来るというので〈直接文句を言う、またとないチャンスだ〉と演説会に向かった。 安倍首相が話し始めても周囲からヤジは聞こえない。覚悟を決め、自分が「帰れ」「やめろー」と叫ぶと、聴衆が一瞬ざわつき、ものすごい速度で警官が駆け付けた。あっという間に体の自由が奪われ、強制的に後方に排除されたという。 「増税反対」と声を上げた女性1人も同様に排除された』、単に「ヤジを飛ばした」だけで、「あっという間に」「強制的に排除された」というのは、いくら何でも行き過ぎだ。東京都議選最終日の秋葉原での安倍首相への「安倍やめろ」コールによほど懲りたのか、最近は応援演説日程も非公開になったようだ。警備強化の指示も出ていたのかも知れない。
・『公選法で規制される演説妨害は、演説を聞き取れなくするような行為を指す。肉声で、しかも言った瞬間での強制排除は言論封じにしか見えないが、警察は野党の演説については甘い。12日、山本太郎代表(れいわ新選組)は京都で共産候補の応援演説をした。 「演説が始まると男性が拡声器を使ってヤジを始めた。警察官がやってきたが、取り囲むだけで演説が終わるまでの約20分間ヤジは続けられた」(現場で目撃した男性) 演説者が安倍首相だと肉声でも即排除、山本太郎氏なら拡声器でも野放しということだ。 北海道警は「トラブルや犯罪を未然に防止するため措置を講じた。事実関係は確認中です」(広報課)と答えたが、いくら何でもやり過ぎだ。 「7日の中野駅前の安倍首相の演説で、〈安倍やめろ〉の大合唱になった。それを受けて、道警は〈ヤジがあってはならない〉と過剰に反応してしまったようです。2人もいきなり排除したのはさすがにやり過ぎだとの声が政府内からも上がっています。選挙戦最終日に予定されている首相の秋葉原演説で、ヤジにどう対応するのか官邸は頭を抱えています」(官邸担当記者) 聴衆の声に対して、力ではなく、言葉で向き合えないものか』、「2人もいきなり排除したのはさすがにやり過ぎだとの声が政府内からも上がっています」、というのは正常な判断だ。明日に予定されている「首相の秋葉原演説」は、どうなるのだろうか。

第三に、東洋大学教授の薬師寺 克行氏が7月19日付け東洋経済オンラインに寄稿した「参院選「特定枠」の想像以上にひどい現実 自分の名前連呼せず、「付け足し」候補の悲哀」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/292607
・『ちょうど1年前、当時の国会で審議され成立した公職選挙法の改正により、参院選比例区に「特定枠」が新設された。 その際、特定枠という制度がいかにひどいものかということをこの欄で取り上げたが、そのときは制度として多くの矛盾や問題がある点を指摘するにとどまった。ところが参院選が公示され、候補者が実際に活動を始めると、特定枠が生み出す現実は想像以上にひどいようだ』、「特定枠」のことはすっかり忘れていた。どんなに酷いのだろう。
・『特定枠候補は選挙区候補の「下働き」に  今回の参院選に特定枠で立候補したのは自民党が2人、「れいわ新選組」が2人の合計4人だった。候補者が少ないこともあってマスコミは特定枠について詳しく報じていないが、東京新聞が自民党の2人の特定枠候補を記事にしている(7月12日付朝刊など)。それに合わせて筆者も取材を受けたが、場当たり的な制度いじりがここまで選挙を歪めるのかと驚かされた。 自民党の特定枠候補は、選挙区が合区となった「鳥取・島根」と「徳島・高知」の2人で、候補者を出せないほうの県から立候補している。特定枠の制度上、2人は自民党比例区の当選順位の1位と2位に位置づけられるので、当選することは間違いない。 ほかの候補者のように一生懸命、選挙運動をしなくても当選するのであるからさぞかし喜んでいるかと思いきや、東京新聞のルポは候補者自身や支持者がこの制度の問題点や矛盾をいやというほど感じていることを伝えている。 「島根県枠」で特定枠候補となった元衆院議員の三浦靖氏(比例中国ブロック)は、「自分の選挙活動はほぼ何もできない」と話し、鳥取・島根選挙区に立候補した候補者の応援に徹しているという。特定枠候補は公職選挙法によって選挙事務所の設置や選挙カーの使用、ポスターの配布や掲示、さらには個人演説会も禁止されている。 つまり自分のための選挙運動はほぼすべてできない。したがって秘書や支持者も、選挙区候補の運動の下働きのようなことしかできなくなっているのだ。 「徳島県枠」の候補となった現職の参院議員、三木亨氏も選挙区候補の支援に徹している。三木氏は2013年に初当選したが、今回は自分の名前の連呼ができないまま当選することになる。次の参院選挙は2025年であるからこのままだと12年間、選挙運動ができない。「自分の名前を覚えてもらえないという不安はある」と語るのも、もっともなことだろう。 もちろん2人は全国を対象とする比例区の候補者だが、地元を出て活動をすることもない。あくまでも特定地域の代表なのである。 新聞に掲載された自民党比例区候補の広告での特定枠候補の扱いもひどいものだ。安倍首相の大きな写真とともに、31人の比例区候補者の顔写真と肩書などが一覧として並んでいる。ところが、特定枠の2人は、最下段に顔写真なしで名前と肩書だけがとってつけたように記されていた』、「特定枠候補は公職選挙法によって選挙事務所の設置や選挙カーの使用、ポスターの配布や掲示、さらには個人演説会も禁止されている」、選挙の洗礼を受けられない議員というのは、果たして議員といえるのか疑問だ。
・『特定枠候補が受ける、さまざまな冷遇の中身  特定枠候補は当落では優先的扱いを受けるが、選挙中の扱いは完全な付け足しでしかない。そもそも選挙は候補者の名前や顔とともに、政策や主張などを含め、どういう人物かを広く有権者に知ってもらうことで成り立っている。したがって、特定枠のように、意図的に候補者を見えなくするのは選挙とは言えない。そして、大半の有権者は特定枠という複雑怪奇な制度を知る機会もないまま投票日を迎えるだろう。 そもそも特定枠は、参院選で2つの県を1つの選挙区にする合区に伴い、議席がなくなってしまう側からの不満に対応するために作られた制度だ。建前上、自民党は地方を重視しているのだという姿勢を見せることになるはずだが、実際には特定枠候補はさまざまな「冷遇」を受けている。2人の地元支持者は、このことをどこまで知っているのだろうか。 一口に国会議員と言っても現行法では当選の仕方にいくつもの種類がある。衆院議員の場合、①小選挙区で当選②比例区で当選③小選挙区で落選したが、重複立候補した比例区で復活当選、の3種類の議員がいる。参院も①選挙区で当選②比例区で当選③比例区の特定枠で当選、とやはり3種類になる。 どういう選挙で当選しようが議員であることには変わりない。歳費などの差もない。しかし、政治の世界はそれほど単純ではない。とくに長く政権を担っている自民党は複雑である。 衆院議員はまず、小選挙区での当選を最優先する。小選挙区当選議員は比例区議員よりも、ましてや復活当選議員よりも格が上という意識がある。実際、比例区復活当選した議員が、落選した小選挙区での当選者が亡くなったり失職した場合に行われる補欠選挙に、衆院議員を辞職して立候補するというケースは多い。衆院議員をやめて衆院議員の補欠選挙に立候補するというのであるから、わけがわからない話である。 2000年代初め、衆議院の綿貫民輔議長(当時)が、補欠選挙への立候補を理由として、ある衆院議員の辞職願を受理しなかったことがある。残念ながら、綿貫議長の問題提起は真剣には受け止められないまま今日に至っている。 また、自民党内には参議院より衆議院が格上という意識が根強い。これまでの自民党総裁は全員が衆院議員であり、主要派閥の会長も大半が衆院議員だ。閣僚の数も圧倒的に衆院議員が多い。そのため党内で力を持つために参院議員から衆院議員に鞍替えを目指す議員も珍しくない。 背景には参院は「良識の府」であって、権力闘争は衆院議員のやることという不文律のようなものもあるようだ。 その参院で今回誕生する「特定枠議員」が周囲からどう見られるかは明らかだろう』、「合区に伴い、議席がなくなってしまう側からの不満に対応するために作られた制度」、如何に妥協のためとはいえ、選挙制度の基本に矛盾するような「特定枠」はやはり作るべきではなかった。
・『特定枠候補を増やすこともいずれ限界に  選挙制度は国民が理解しやすい単純なものがよいに決まっている。ところが、自民党は選挙制度を場当たり的に改正し、複雑でわかりにくいものにし続けてきた。その結果、議員の種類が増え、一種の議員格差を生みだし、政治をますますわかりにくくしている。 参院比例区の特定枠は今後どうなっていくのであろうか。東京などごく一部の地域の人口増が続く一方で、大半の地域の人口の減少は続いている。その結果、1票の格差が拡大し続け、遠からず再び違憲状態になってしまうことは確実だ。 ところが議員の既得権を守りたい政治の世界は、最高裁判所が求めるような抜本的改革には手を付けようとしない。自民党は憲法改正で「都道府県から最低1人ずつ、議員を選ぶ」案を盛り込み、1票の格差問題を解消しようと提案しているが、もちろん見通しは立っていない。 人口増の選挙区の議員定数を増やせば違憲状態は一時的には解消できるが、人口減少時代に議員定数を増やすことに国民は納得しないだろう。そうすると、できることは新たな合区を作ること。合区の対象となった県で、自民党は特定枠候補を増やし続けるのだろうか。しかし、非拘束名簿式が原則の比例区の候補者の中に、上位当選が保障される特定枠候補を増やしていくことは、いずれ限界に達するであろう。 1票の格差解消策としての合区は、わかりやすくかつ合理的な制度である。ほかにいい案がないのであれば、特定枠のような余計な手立てを講じず、単純な制度改正を進めていくしかないだろう』、結論部分はやや分かり難い。私は、枝葉を取り払って、「1票の格差解消策としての合区」は、「特定枠のような余計な手立てを講じず、単純な制度改正を進めていくしかないだろう」、とストーレートに主張したい。

第四に、コラムニストの小田嶋 隆氏が7月19日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「誰かを落とすための一票だってある」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00031/?P=1
・『投票日も近いことなので、今回は選挙関連の話をする。 この話題は、おそらく荒れるだろう。 もちろん、読者の圧倒的多数が、黙って読んでくれる穏当な人たちであることは承知している。 ただ、インターネット上に公開されたテキストを取り巻く空気は、ごく少数の「声の大きい人たち」が作り上げる決まりになっている。であるから、揮発性の高い選挙の話題を含む文章は、毎度のことながら、あっという間に炎上する。そういうことになっている。 選挙の場合とは逆だ。 どういうことなのかというと、選挙の結果を左右しているのは、熱心な政党支持者による個々の一票であるよりは、むしろ最大多数を占める「投票に行かない人たち」の「投じられなかった票」だったりするということだ。それゆえ、皮肉なことだが、21世紀に入ってからこっちの、投票率が頭打ちの状況にあるわが国の選挙の結果は、「投票所にやって来なかった人たち」の巨大な沈黙を反映して、毎度毎度、「声のデカい人々」の蛮声を増幅する結果に落着している。 すぐ上のパラグラフは、ちょっとわかりにくい書き方になっている。 言い直してみる。 私は「投票に行かない最大多数の有権者による声なき声が世界を動かしている」と言いたかったのではない。 逆だ。私が強調したいと思っているのは「投票に行かない最大勢力である無党派層という人々の巨大な沈黙が、必ず投票に行く少数の極端な考えを抱いた人々の声を過度に強調する結果をもたらしている」ということで、つまりこの話のキモは、「黙っていると、短絡的で声のデカい少数派の好きなようにされてしまうよ」というところにある。 ただ、この話をあんまりくどくどと繰り返すのは得策ではない。 というのも、政治に対してシラけた気持ちを抱いている若い人たちは、選挙の度に繰り返される年長者によるおためごかしの説教にうんざりしているはずだからだ。 先週の今頃、以下のようなツイートを放流した。《若い人たちに投票を促すのに「説教」(君らのためなんだぞ) 「脅迫」(行かないとひどいことになるぞ) 「挑発」(老人の天下になっても良いわけだな?) 的なツイートを発信する人たちがいますが、どれも「若者は現状を把握できていない」と決めつけている点で失礼だし、逆効果だと思います。6:46 - 2019年7月10日》 若年層の投票率が長らく伸び悩んでいることの背景には、選挙の度にインターネット上の画面を埋め尽くす「激越な言葉」に対する、あらかじめの疲労感がある。 もう少し丁寧な言い方をすれば、令和の日本人が政治の話題を嫌うのは、政治そのものを忌避しているからというよりは、「論争的な場所に関与せねばならない機会」を何よりも恐れているからだということでもある』、情けない話だ。
・『上のツイートを書いた同じ日に、私は、引き続き以下のツイートを連投している。《私自身、投票に行かなかった時代、何がいやだといって上から説教されるのが一番不快でした。現状を把握できていない若者がいないとはいいませんが、彼らを投票から遠ざけている最大の理由は、日常の中で政治が忌避されているからです。選挙の時だけ「政治的になれ」と言われてもシラけます。6:48 - 2019年7月10日》 《10~20代の若い世代は、同世代のコミュニティの中で「政治的に振る舞う人間は面倒くさい」という認識を共有しています。さらに就活や入試の面接では、「政治・宗教に関する話題はタブー」であることを強く印象付けられます。こういう中で暮らしている人たちに「選挙に行け」と言うこと自体無理です。9:59 - 2019年7月10日》 政治への忌避感を持たされているのは、平成生まれの若者に限った話ではない。 この50年ほど、子供たちは、大人に成長していく過程の中で、最も身近な大人である両親や教師から、 「政治にはかかわらないほうが無難だぞ」「政治について考えるのはかまわない。ただし、他人のいる場所で政治的な発言をすると必ず友達を失うことになることは覚えておいたほうがよい」「いいかね。政治について語る人間とは距離を置くのが賢い処世なのだよ」てな調子で、こと政治と宗教については「知らないふり」「考えていないふり」を押し通しておくのが要らぬトラブルを避ける賢明な態度である旨をそれとなく聞かされながら育ってきた。 そんなふうに、なにかにつけて 「目立つな」「声をあげるな」「黙って大勢に従ったふりをしておけ」「本音とかは広告の裏にでも書いとけ」と言ってくるその大人たちが、あらまあびっくり、ひとたび選挙がはじまると態度を一変させて、 「政治は大切だよ」てなことを言い出す。 もっとも子供たちに政治的な振る舞い方を要求するのは、彼らの身近にいるリアルな大人ではない。テレビに出てくる文化人や、新聞の紙面で説教を垂れている「有識者」と呼ばれる、たぶんに芝居がかったロール(役割)としての「大人」だ。 彼らは 「投票を通じて自分の声を政治に反映させましょう」「無投票、白票は、現体制への承認と同様に解釈されるのですよ」「若い世代の投票率の低さが、老人優先の政策選択を招いています」てな調子で、作り声の政治賛美演説を押し付けてくる。 言われる側の若者にしてみれば、「うるせえ」と思わないほうがおかしい』、大人の「政治」に対するダブルスタンダード的な姿勢が、若者を遠ざけているというのは、その通りなのかも知れない。
・『私自身、長らく「うるせえばか」と思っていた。 じっさい、40歳になるまで、私は有効投票をしたことがない。 両親や周りの人間がグダグダうるさいので、投票所に足を運ぶところまでは付き合ったものの、どうしても候補者の名前を書く気持ちになれなかったからだ。 だから、投票用紙に自作の俳句を書き込んだり、好きなロックスターの名前を書いたりというカタチでその場をしのいでいた。 まあ、バカな話だ。弁解の余地があるとは思っていない。 ただ、ここで大切なのは、私が、単に「面倒くさいから投票には行かないよ」という消極的な理由で投票を回避していたのではない、ということだ。 現に私は何回か投票所に足を運んでいる。 それでもなお、私が有効な一票を投じなかったのは、私自身が、積極的に投票をボイコットする気持ちを持っていたということだ。 まあ、スネていたわけですね。 あなたの一票があなたの未来を作るのです的なおためごかしの演説に、なんだか猛烈に腹を立てていたということです。 はい。バカな反応でした。 反省しています。 ただ、40歳を過ぎた頃からは、毎回投票に行っている。 理由は、必ずしも一票の重みを自覚しはじめたからではない。 私が投票するようになったのは、メディアを通じて発言する機会を持つようになったことと関連している。 もう少し具体的に言うと、公共的な場所で、「言論人」に近い扱いを受けている人間が「えーと、選挙には行っていません」「えっ? 投票ならしてませんが?」みたいな発言を垂れ流すことが、絶対的に許されないことを、いくつかの機会を通じて思い知らされたからだ。 特にインターネットが普及してからは、 「オダジマは投票ボイコット組らしいぞ」「あいつ選挙にさえ行かないんだとさ」「そのくせ、政治には一家言あるみたいだぜ」「最悪だな」「クソだな」という感じの噂(まあ、半ば以上は事実だったわけだが)にずいぶん苦しめられた。 自業自得であることはよくわかっている。とにかく、私としては、説教のつむじ風みたいなコトバの塊が選挙の度に訪れることに閉口して、有効投票を実行する方向に方針変更した次第なのである』、小田嶋氏が、「40歳になるまで、私は有効投票をしたことがない」、「説教のつむじ風みたいなコトバの塊が選挙の度に訪れることに閉口して、有効投票を実行する方向に方針変更した次第」、などという告白には驚かされた。
・『そろそろ結論を述べる。 2日ほど前、以下のようなツイートを書き込んだ。《若い頃、自分が投票に行かなかった理由は、信頼できる政治家や支持できる政党を見つけられなかったからなのだが、20年ほど前から投票するようになったのは、「きらいな候補者を落選させ、不快な政党にダメージを与えるためには、当面、誰に投票すれば良いのか」という視点を得たからだと思っている。16:30 - 2019年7月16日》 このツイートは、意外に大きな反響を呼んで、これまでのところ、約4000件のRTと、7000件以上の「いいね」を獲得している。 反応してくれた人の全員が共感を抱いてくれたとは思っていないのだが、こういう考え方で投票するのもアリだという感想を通じて、何人かの投票回避派が、投票所に赴いてくれたらうれしい。 ことのついでに、絵に描いたような建前論を述べるなら、投票は、最も簡単で有効な政治参加だ。 その意味で、「投票」は「開票」で終了する動作ではない。 「選挙」自体も、「当落の決定」をもって決着するイベントではない。 政治における選挙の意味は、むしろ選挙期間が終わって、当選した議員が政治家としての第一歩を踏み出した時にはじまると言い換えてもよい。 じっさい「あいつはオレが投票した議員だ」ということになれば、おのずと見る目も違ってくる。 選挙の面白さは、投票した人間の思考や行動パターンが、ほかならぬ自らの投じた一票によって微妙に変化するところにある。 であるからして、選挙の時点で「死に票」を投じたのだとしても、一票の意味そのものは死なない。 投票した人間は、次の選挙までの間、自分の選挙区から選出された議員の一挙手一投足を、投票に行かなかった有権者よりはずっと真剣な目で監視することになる』、これはキレイ事過ぎる印象を受ける。不祥事を引き越した代議士で、辞職せずにいる人間も多いが、選挙民から辞職を迫られた例を思い出すことは出来そうもない。
・『自分が馬券を買っていない競馬中継のつまらなさを知っている人なら、逆の意味で見当がつくと思うのだが、なんであれ一票を投じておくことで、政治を見る目は、よりリアルになる。 最後に個人的な話をする。 この4月に投開票がおこなわれた統一地方選で、私が住んでいる地域では、区長選挙が実施された。選挙戦は、公示の時点で84歳になる現職と、新人で都議から転じた30代の候補者との一騎打ちになると見られていた。 私自身は、当初、この選挙について、さしたる関心を抱いていなかったのだが、ツイッターのタイムラインに流れてくる若い候補者の言動のいくつかを見るうちに、私は、彼を落選させなければいけないと考えるようになった。 というのも、若い候補者は、その時点で自分がいずれ国政に打って出ることを隠そうともしていなかったからだ。 「ってことは、うちの地域の区長のポストは、あんたにとって踏み台のひとつに過ぎないってことか?」と、住民として、そう受け止めないわけにはいかなかった。 もっとも、84歳の現職区長を積極的に支持できるのかというと、それも簡単なことではなかった。 年齢も年齢だし、それ以外にも、やがてめぐってくることがわかっていたはずの区長選に向けて、後継者を指名して後援会を一本化することができなかったのは、失態だと思ったからだ。 決め手となったのは、若い候補者を支持するアカウントが発した 《おい、東京都○区の若者、選挙行け! もしかしたら「将来の総理大臣の第一歩をオレは投票したんだぜ」と言えるかもしれねぇぞ》という高飛車なツイートだった。 こんな連中にうちの地域の大切なポストを踏み荒らされてはかなわない……そう思って私は、84歳の現職区長に投票した。 その私の一票は、結果として、投票した候補者が当選するという10何年かぶりの喜びをもたらした。 当選後3ヶ月を経過して、区長は、意外なほど元気に活躍している。 私自身は、まだ、支持とか応援というまでの気持ちには至っていないのだが、投票した責任は少し感じている。 誰かを落とすために投じた一票が、結果としてほかの誰かの政治生命を延命させることもある。 そうやって世界はまわっている。 区長にはがんばってほしいと思っている』、小田嶋氏のように当選後の活動を監視する選挙民が増えてくれればいいのだが・・・。
タグ:秋葉原 東洋経済オンライン 日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン 孫崎享 薬師寺 克行 日本の政治情勢 小田嶋 隆 (その34)(今の日本をNYタイムズ紙が「独裁国家」と表現するのは当然、「安倍やめろ」で即排除 首相演説を“言論封じ”で守る矛盾、参院選「特定枠」の想像以上にひどい現実 自分の名前連呼せず 「付け足し」候補の悲哀、小田嶋 隆:誰かを落とすための一票だってある) 「今の日本をNYタイムズ紙が「独裁国家」と表現するのは当然」 ニューヨーク・タイムズ紙が5日、日本を「独裁国家」と表現 記者が記者会見に臨むのを拒否したり、記者を懐柔するため、政治家と記者との間でクラブ的関係を使う等、日本政府は時々、独裁国家を想起させる方法で行動する 民主主義の根幹に「報道の自由」がある。「報道の自由」のない国に民主主義はない さまざまな国際機関が日本の状態に警鐘 「国境なき記者団」 報道の自由度についてのランキング 日本は67位 66位にニジェール、68位にマラウイである。いずれも世界的に独裁国家と評されたことのある国々 この忖度は、個々人が自由な判断で忖度しているのではない。政府の厳しい「アメとムチ」の中で社会全体が忖度を選択しているのである 「アメとムチ」が最も厳しく実施されているのが、日本メディアと各省庁なのである 福田元首相は「各省庁の幹部は皆、官邸(の顔色)を見て仕事をしている。恥ずかしく、国家の破滅に近づいている。忖度以上のことをしようとすり寄る人もいる。能力のない人が偉くなり、むちゃくちゃだ 「「安倍やめろ」で即排除 首相演説を“言論封じ”で守る矛盾」 JR札幌駅前での安倍首相の演説中、肉声でヤジを飛ばした男性が警官にいきなり強制排除された あっという間に体の自由が奪われ、強制的に後方に排除されたという 「安倍やめろ」コール 公選法で規制される演説妨害は、演説を聞き取れなくするような行為を指す 警察は野党の演説については甘い 山本太郎代表(れいわ新選組)は京都で共産候補の応援演説をした。 「演説が始まると男性が拡声器を使ってヤジを始めた。警察官がやってきたが、取り囲むだけで演説が終わるまでの約20分間ヤジは続けられた 2人もいきなり排除したのはさすがにやり過ぎだとの声が政府内からも上がっています 「参院選「特定枠」の想像以上にひどい現実 自分の名前連呼せず、「付け足し」候補の悲哀」 参院選比例区に「特定枠」が新設 特定枠候補は選挙区候補の「下働き」に 今回の参院選に特定枠で立候補したのは自民党が2人、「れいわ新選組」が2人の合計4人 自民党の特定枠候補は、選挙区が合区となった「鳥取・島根」と「徳島・高知」の2人で、候補者を出せないほうの県から立候補している 特定枠の制度上、2人は自民党比例区の当選順位の1位と2位に位置づけられるので、当選することは間違いない 特定枠候補は公職選挙法によって選挙事務所の設置や選挙カーの使用、ポスターの配布や掲示、さらには個人演説会も禁止されている。 つまり自分のための選挙運動はほぼすべてできない 特定枠候補が受ける、さまざまな冷遇の中身 特定枠は、参院選で2つの県を1つの選挙区にする合区に伴い、議席がなくなってしまう側からの不満に対応するために作られた制度だ 「誰かを落とすための一票だってある」 「投票に行かない最大勢力である無党派層という人々の巨大な沈黙が、必ず投票に行く少数の極端な考えを抱いた人々の声を過度に強調する結果をもたらしている 黙っていると、短絡的で声のデカい少数派の好きなようにされてしまうよ」 令和の日本人が政治の話題を嫌うのは、政治そのものを忌避しているからというよりは、「論争的な場所に関与せねばならない機会」を何よりも恐れているからだということでもある 彼らを投票から遠ざけている最大の理由は、日常の中で政治が忌避されているからです。選挙の時だけ「政治的になれ」と言われてもシラけます 活や入試の面接では、「政治・宗教に関する話題はタブー」であることを強く印象付けられます なにかにつけて 「目立つな」「声をあげるな」「黙って大勢に従ったふりをしておけ」「本音とかは広告の裏にでも書いとけ」と言ってくるその大人たちが、あらまあびっくり、ひとたび選挙がはじまると態度を一変させて、 「政治は大切だよ」てなことを言い出す 40歳になるまで、私は有効投票をしたことがない 投票用紙に自作の俳句を書き込んだり、好きなロックスターの名前を書いたりというカタチでその場をしのいでいた 私が投票するようになったのは、メディアを通じて発言する機会を持つようになったことと関連している 説教のつむじ風みたいなコトバの塊が選挙の度に訪れることに閉口して、有効投票を実行する方向に方針変更した次第 投票するようになったのは、「きらいな候補者を落選させ、不快な政党にダメージを与えるためには、当面、誰に投票すれば良いのか」という視点を得たからだ 「あいつはオレが投票した議員だ」ということになれば、おのずと見る目も違ってくる 投票した人間は、次の選挙までの間、自分の選挙区から選出された議員の一挙手一投足を、投票に行かなかった有権者よりはずっと真剣な目で監視することになる
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日本の政治情勢(その33)(安倍首相の評価が真っ二つに分かれる「これだけの理由」、安倍首相「沖縄の基地を減らすことに尽力すべき」と発言した過去「アンチ・リベラル」という姿勢、「日本、独裁政権のよう」ニューヨーク・タイムズが批判、小田嶋氏:プチホリエモンたちの孤独) [国内政治]

昨日に続いて、日本の政治情勢(その33)(安倍首相の評価が真っ二つに分かれる「これだけの理由」、安倍首相「沖縄の基地を減らすことに尽力すべき」と発言した過去「アンチ・リベラル」という姿勢、「日本、独裁政権のよう」ニューヨーク・タイムズが批判、小田嶋氏:プチホリエモンたちの孤独)を取上げよう。

先ずは、東京工業大学教授(政治学)の中島 岳志氏が7月8日付け現代ビジネスに寄稿した「安倍首相の評価が真っ二つに分かれる「これだけの理由」 自民党のあり方を疑問視していた時期も」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65698
・『いま権力の中心にある「自民党」とはどのような政党なのか? 安倍首相とはどんな人物なのか? これからの日本の選択を考える際の重要な指標となる、政治学者・中島岳志氏の最新作『自民党 価値とリスクのマトリクス』(スタンド・ブックス)。安倍首相を分析した章を特別公開!(初出:『論座』「中島岳志の『自民党を読む』」朝日新聞社)』、安倍首相の人物像とは興味深そうだ。
・『安倍晋三という政治家の「地金」  史上最長の首相在位期間が射程に入ってきた安倍晋三総理大臣。 肯定的な評価と否定的な評価に真っぷたつに分かれる人物ですが、どのようなヴィジョンや政策、特徴を持った政治家なのか、私たちははっきりとつかみ切れていないのではないでしょうか。 現役総理の著書をじっくり読むことで検証してみたいと思います。 安倍さんが著者として出している書籍は、共著を含めると基本的に以下の7冊です。 1『「保守革命」宣言― アンチ・リベラルへの選択』栗本慎一郎、衛藤晟一との共著 1996年10月、現代書林 2『この国を守る決意』岡崎久彦との共著 2004年1月、扶桑社 3『安倍晋三対論集 日本を語る』2006年4月、PHP研究所 4『美しい国へ』2006年7月、文春新書 5『新しい国へ― 美しい国へ 完全版』2013年1月、文春新書 6『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』百田尚樹との共著 2013年12月、ワック 7『日本の決意』2014年4月、新潮社 このうち実質的な単著は『美しい国へ』の一冊です。『新しい国へ』はその増補版。『「保守革命」宣言』は共著。『この国を守る決意』、『日本を語る』、『日本よ、世界の真ん中で咲 き誇れ』は対談本。『日本の決意』は総理大臣としてのスピーチ集なので、必ずしも本人が書いた原稿ではないでしょう。 石破茂さんや野田聖子さんに比べて、安倍さんは著書の少ない政治家であり、その著書も第一次安倍内閣以前に出版されたものが大半です。かつ、主著である『美しい国』も、過去の本などからのコピペに近い部分が散見されます。 そのため、ここでは比較的若い時期に、率直な意見を述べている『「保守革命」宣言』、『この国を守る決意』を中心に見ていくことで、安倍晋三という政治家の「地金(じがね)」の部分を明らかにしたいと思います』、「石破茂さんや野田聖子さんに比べて、安倍さんは著書の少ない政治家」、というのはやや意外だ。
・『議員生活は歴史認識問題からスタート  安倍さんが初当選したのは1993年の衆議院選挙です。この時、自民党は大転換期を迎えていました。 戦後最大の贈収賄事件であるリクルート事件などがあり、宮澤喜一内閣は政治改革の激流に飲み込まれていました。しかし、宮澤首相は小選挙区の導入などに消極的な態度を示したため、内閣不信任案が提出されます。 これに同調したのが、竹下派から分裂した小沢一郎さんや羽田孜さんらのグループ(改革フォーラム)でした。6月18日に衆議院が解散され、総選挙の結果、8月9日に野党勢力が結集する細川護熙内閣が成立することになります。 その5日前には、慰安婦問題について謝罪と反省を述べた「河野談話」が出されています。これが宮沢内閣の実質的な最後の仕事になりました。 安倍さんはいきなり野党の政治家としてキャリアをスタートさせます。そして、このことが安倍晋三という政治家を考える際、重要な意味を持ちます。 安倍さんは、この当時、自民党のあり方に疑問を持ったそうです。本当に自民党は保守政党なのか。保守としての役割を果たせているのか。そもそも保守とはなんなのか(『「保守革命」宣言』)。この思いが、野党政治家として〈保守政党として自民党の再生〉というテーマに向かっていくことになりました。 さて、非自民政権として発足した細川内閣ですが、組閣からまもなくの記者会見で、細川首相が「大東亜戦争」について「私自身は侵略戦争であった、間違った戦争であったと認識している」と述べました。 これに野党・自民党の一部は反発します。8月23日に党内に「歴史・検討委員会」が設置され、次のような「趣旨」を掲げました。 細川首相の「侵略戦争」発言や、連立政権の「戦争責任の謝罪表明」の意図等に見る如く、戦争に対する反省の名のもとに、一方的な、自虐的な史観の横行は看過できない。われわれは、公正な史実に基づく日本人自身の歴史観の確立が緊急の課題と確信する。(歴史・検討委員会編『大東亜戦争の総括』1995年、展転社) 彼らは、日本の歴史認識について「占領政策と左翼偏向の歴史教育」によって不当に歪められていると主張します。こんなことでは子どもたちが自国の歴史に誇りを持つことができない。 戦後の教育は「間違っていると言わなければならない」。「一方的に日本を断罪し、自虐的な歴史認識を押しつけるに至っては、犯罪的行為と言っても過言ではない」。そんな思いが血気盛んに語られました(前掲書)。  新人議員の安倍さんは、この委員会に参加し、やがて右派的な歴史認識を鼓舞する若手議員として頭角を現します』、出発点からして「右派的な歴史認識」では筋金入りのようだ。
・『「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」事務局長に  1997年には中川昭一さんが代表を務める「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が発足し、安倍さんは事務局長に就任しました。 この会の記録が書籍となって残されていますが、そこでは歴史教科書問題や慰安婦問題などをめぐって、官僚やリベラル派の政治家、左派的知識人に対する激しい批判が繰り返されています。 安倍さんの発言(登壇者への質問)を読んでいくと、その大半は慰安婦問題を歴史教科書に掲載することへの批判にあてられています。安倍さんの歴史教育についての思いは、次の言葉に集約されています。 私は、小中学校の歴史教育のあるべき姿は、自身が生まれた郷土と国家に、その文化と歴史に、共感と健全な自負を持てるということだと思います。日本の前途を託す若者への歴史教育は、作られた、ねじ曲げられた逸聞を教える教育であってはならないという信念から、今後の活動に尽力してゆきたいと決意致します。(日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会編『歴史教科書への疑問―若手国会議員による歴史教科書問題の総括』1997年、展転社) 小学校・中学校では、自国に対する誇りを醸成する教育をしなければならない。まずは、健全な愛国心を養う教育をしなければならない。左翼によって曲解され、捻じ曲げられた歴史観を教えてはならない。そう強く訴えます。 安倍さんは例えとして、子ども向けの偉人の伝記を取り上げます。小学生を対象に書かれた偉人伝には、その人物の立派な側面ばかりが綴られています。しかし、実際の人物は様々なネガティブな側面を持っています。酒に溺れたり、家庭の外に愛人をつくったり。この負の部分をどのように伝えるべきか。 安倍さんは「私もこういう素晴らしい人間になりたいなと思わせる気持ちを育成するということが大切」なので、まずは立派な部分だけを教えればよいと言います。負の部分を教えると「極めてひねくれた子供が出来上がっていく」のでよくない。人間は複雑な側面を持っているということがよくわかってきた段階で、負の側面を教えればよいので、歴史教育については小学校・中学校・高校と大学のような場所では「それなりに教える内容とか態度が違って(中略)いいんじゃないか」と続けます(前掲書)。 だから、慰安婦問題は歴史教科書で教える必要はない。自国への誇りを持たせるための教育段階では、教科書に掲載する必要などない。 社会問題になっているから掲載するというのであれば「『援助交際』を載せるつもりがあ るのかどうか」(前掲書)。性暴力の問題を教えるべきというのであれば、痴漢行為を行って捕まった「ある新聞のある論説主幹」の性暴力はどうなるのか。こちらのほうが性暴力の本質なのではないのか(前掲書)。そう主張します。 さらに元慰安婦の証言には「明らかに噓をついている人たちがかなり多くいる」と言及し、長年沈黙を続けてきたことへの疑問を述べたうえで、次のように発言しています。 もしそれが儒教的な中で五十年間黙っていざるを得なかったという、本当にそういう社会なのかどうかと。実態は韓国にはキーセン・ハウスがあって、そういうことを たくさんの人たちが日常どんどんやっているわけですね。ですから、それはとんでもない行為ではなくて、かなり生活の中に溶け込んでいるのではないかとすら私は思っているんです(略)。(前掲書) そして、慰安婦問題を追及する左派知識人への反発を述べます』、「負の部分を教えると「極めてひねくれた子供が出来上がっていく」のでよくない。人間は複雑な側面を持っているということがよくわかってきた段階で、負の側面を教えればよい」、には笑ってしまった。
・『アンチ左翼、アンチ・リベラル  安倍さんの最大の特徴は、「左翼」や「リベラル」に対する敵意を明確に示すところです。 最初の著作である『「保守革命」宣言』では、日本の「リベラル」はヨーロッパ型ではなく、アメリカ型であるとしたうえで、それは「社会主義」に極めて近いかたちの「福祉主義」であり、進歩主義と親和的であると言います。 また、村山富市内閣の「人にやさしい政治」はこの「リベラル」に当たると述べたうえで、自分の「保守」は「曖昧な「リベラル」的ムードに、明確に「否」と意思表示していく立場」であると規定します(『「保守革命」宣言』)。『「保守革命」宣言』のサブタイトルは、「アンチ・リベラルへの選択」です。 安倍さんは政治家になりたての頃、保守思想家・西部邁さんの保守の定義に「一番共鳴」したようですが(前掲書)、そもそもは保守への思想的関心よりも、アンチ左翼という思いが先行していたと率直に述べています。 私が保守主義に傾いていったというのは、スタートは「保守主義」そのものに魅か れるというよりも、むしろ「進歩派」「革新」と呼ばれた人達のうさん臭さに反発したということでしかなかったわけです。(前掲書) 安倍さんの左翼批判は加速していきます。首相就任を2年後に控えた2004年の対談本『この国を守る決意』では、露骨な左翼批判が繰り返されます。 安倍さんによると、左派の人たちは「全く論理的でない主張をする勢力」であり、「戦後の空気」のなかにあると言います(『この国を守る決意』)。 そうした人々は、例えば自国のことでありながら、日本が安全保障体制を確立しようとするとそれを阻止しようとしたり、また日本の歴史観を貶めたり、誇りを持たせないようにする行動に出ます。一方で、日本と敵対している国に対しての強いシンパシーを送ったり、そうした国の人々に日本政府に訴訟を起こすようにたきつけたり、いろいろなところでそういう運動が展開されています。(前掲書) 安倍さんは、自民党議員の一部も「戦後の空気」に感染していると指摘し、いら立ちをあらわにします。拉致問題をめぐっては「情」よりも、核問題に対処する「知」を優先すべきだという議論が党内から出てきたのに対し、「これはおかしいと思って、私はあらゆるテレビや講演を通じて、また国会の答弁などで徹底的に論破しました」と語っています(前掲書)。 ここで「論破」という言葉を使っているのが、安倍晋三という政治家の特徴をよく表していると言えるでしょう。相手の見解に耳を傾けながら丁寧に合意形成を進めるのではなく、自らの正しさに基づいて「論破」することに価値を見出しているというのがわかります。しかも、その相手は同じ自民党のメンバーです。 安倍さんは次のようにも言います。 戦後の外交安全保障の議論を現在検証すると、いわゆる良心的、進歩的、リベラルという言葉で粉飾した左翼の論者が、いかにいいかげんで間違っていたかがわかります。議論としては勝負あったということなのですが、いまだに政界やマスコミでスタイルを変えながら影響力を維持しています。(前掲書) このような一方的な勝利宣言をしたものの、不満はおさまりません。自分たちは正しく、 左翼が間違えていることが明確にもかかわらず、自分たちのほうが少数派で、「ちょっと変わった人たち」とされてきたことに納得がいかないと言います(前掲書)。 安倍さんが、アンチ左翼の標的とするのが、朝日新聞と日教組(日本教職員組合)です。 彼は初当選時から、マスコミに対する強い不信感を示しています。 『「保守革命」宣言』では1993年選挙において「日本新党や当時の新生党にマスコミは明らかな風を送りましたよね」と言及し、「自民党は倒すべき相手」とみなされていると指摘します(『「保守革命」宣言』)。 小選挙区比例代表並立制では50%の得票が必要になるため、マスコミを通じて多くの人に知ってもらう必要があり、「マスコミの権力というのはますます大きくなって いく」と警戒しています(前掲書)。 安倍さんは、繰り返し朝日新聞を目の敵にし、強い言葉で攻撃していきます。例えば、日本人の対アメリカ認識について、「国民を誤解するようにしむけている勢力」が存在していると指摘し、朝日新聞をやり玉に挙げています(『この国を守る決意』)。 また、日本人の教育が歪められているのは日教組の責任が大きいとして、警戒心を喚起します。村山内閣以降、自民党のなかにも日教組と交流する議員が出てきたものの、融和ムードは禁物で、「日教組に対する甘い見方を排したほうがいいと思います」と述べます。日教組は文部省とも接近することで「隠れ蓑」を手に入れ、「地方では過激な運動を展開しているというのが現実」と言います(前掲書)』、マスコミ・コントロールの重要性を当時から意識していたようだ。

次に、この続きの後編、「安倍首相「沖縄の基地を減らすことに尽力すべき」と発言した過去「アンチ・リベラル」という姿勢」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65706
・『靖国参拝は国家観の根本  安倍さんの具体的政策についてですが、首相就任以前の提言は、歴史認識や外交・安全保障の分野に集中しています。 まず力説するのが、靖国神社への首相参拝の正当性です。この問題はすでに中曽根内閣の時に決着済みで、公式参拝というかたちをとらなければ合憲という見解を強調します。 安倍さんは言います。靖国神社参拝を直接、軍国主義と結びつけるというのは全く見当外れな意見と言えましょう。ですから総理が自然なお気持ちで参拝をされる、そしてそれを静かに国 民も見守るということが、最も正しい姿だろうと思うのです。(前掲書) 安倍さんが靖国神社参拝にこだわるのは、そこに重要な国家観が集約されていると考えるからです。国家は命を投げうってでも守ろうとする国民がいなければ成立しない。だとすれば、国のために命を捨てた人の顕彰がなければ、国家は成り立たない。そう説きます。 靖国神社の問題は、常に国家の問題を考えさせられます。私たちの自由など、さまざまな権利を担保するものは最終的には国家です。国家が存続するためには、時として身の危険を冒してでも、命を投げうってでも守ろうとする人がいない限り、国家は成り立ちません。その人の歩みを顕彰することを国家が放棄したら、誰が国のために汗や血を流すかということですね。(前掲書)』、「国家は命を投げうってでも守ろうとする国民がいなければ成立しない。だとすれば、国のために命を捨てた人の顕彰がなければ、国家は成り立たない」、という国家主義的な信念が靖国神社参拝の背景にあったようだ。中国などから批判されて、その後、自粛しているのは、本人にとっては、さぞかし耐え難いことだろう。
・『日米安保強化を一貫して強調  外交・安全保障については、当初から一貫して「日米基軸」を強調し、日米安保の強化を説いています(『「保守革命」宣言』)。ちなみに安倍さんが大きな影響を受けたという西部邁さんは、一貫した日米安保反対論者でした。 安倍さんはアジア主義への警戒を強調します。 われわれはアジアの一員であるというそういう過度な思い入れは、むしろ政策的には、致命的な間違いを引き起こしかねない危険な火種でもあるということです。(前掲書) 日本は「欧米との方が、慣習的には分かり合える部分があるのかもしれない」。かつて岡倉天心が『東洋の理想』で説いた「アジアは一つ」という観念は、排除するべきであると主張します(前掲書)。 安倍さんが言及するのは、中国やベトナム、北朝鮮など共産主義国との価値観の違いです。同じアジアといっても国家体制が違いすぎる。価値の体系も違いすぎる。そのような国とは、やはり距離をとるべきだというのが主張の中心にあります。 この観点から、アジアに「マルチな対話機構」もしくは「集団安保機構」をつくって安全を確保すべきという意見に強く反発します。これは「絶対に不可能」と断言し、アメリカが最も重要であることを繰り返し確認します(前掲書)。 安倍さんは当選当初から、集団的自衛権を認めるべきとの見解を示していました。 「現行憲法のもとで後方支援の範囲内での行動の前提となる集団的自衛権くらいは、せめて認めなければならない」とし、憲法改正以前の問題だと論じています(前掲書)。 このような信念があったからこそ、のちに憲法九条の改正をせずに安保法制の整備を進めたのでしょう。 ただし、安倍さんが改憲に消極的だったというわけではありません。「憲法を不磨の大典のごとく祀りあげて指一本触れてはいけない、というのは一種のマインドコントロール」と述べ、次のように言います。 私は、三つの理由で憲法を改正すべきと考えています。まず現行憲法は、GHQが 短期間で書きあげ、それを日本に押し付けたものであること、次に昭和から平成へ、二十世紀から二十一世紀へと時は移り、九条等、現実にそぐわない条文もあります。 そして第三には、新しい時代にふさわしい新しい憲法を私たちの手で作ろうというクリエイティブな精神によってこそ、われわれは未来を切り拓いていくことができると思うからです。 (『この国を守る決意』) 親米派の安倍さんは、イラク戦争についてもアメリカを支持。自衛隊派遣についても民主制を定着させるという「大義」と石油確保という「国益」のために、積極的に進めるべきとの立場をとりました(前掲書)。 安倍さんの親米という姿勢は揺らぎません。 「世界の中の日米同盟」とは日米安保条約による日米のこの絆、同盟関係を世界のあらゆる場面で生かしていくということです。米国との力強い同盟関係を、世界で日本の国益実現のテコとするということでもあり、国際社会の協力構築にも資することになります。(前掲書) ただ、沖縄の基地負担については、しっかりと対策を講じなければならないと言及します。沖縄の基地は「可能な限り減らしていく」ことに尽力すべきであり、「沖縄に過度に基地が集中しているという現実には、やはりわれわれ政治家は、正面から向き合わなければならないと思います」と述べています(『「保守革命」宣言』)。 この点、沖縄県知事と対立し、辺野古移設を進める現在の安倍首相はどのように過去の発言を振り返るのでしょうか? おそらく辺野古移設こそが普天間基地の返還の唯一の方法であり、沖縄の負担軽減になると主張するのだと思いますが、沖縄の理解が得られていないというのが、玉城デニーさんが8万票以上の大差で勝利した2018年の沖縄県知事選挙の結果なのでしょう』、「「アジアは一つ」という観念は、排除するべきであると主張」するのは、いいにしても、西部邁と袂を分かっても「日米安保強化を一貫して強調」するのは、岸の流れを引く思いがあるのかも知れない。トランプが日米安保の見直しを主張しているのは、気が気ではないだろう。
・『政治家は結果責任をとることで免罪される  安倍さんが繰り返し語る思い出話に、祖父・岸信介とのエピソードがあります。 60年安保当時、首相だった祖父に馬乗りになりながら、デモ隊のまねをして「アンポハンターイ」と言うと、父・安倍晋太郎に叱られたというエピソードはよく知られています。 私が注目したいのは、岸が安保条約を通すために、安保条約に厳しい態度をとっていた大野伴睦の賛成を得ようとして「次の政権を大野氏に譲る」という趣旨の念書を書いたという話です。この点について、親族のひとりが岸に尋ねたところ、「たしか、書いたなあ」と答えたといいます。しかし、大野への首相禅譲はなされませんでした。要は約束を反故にしたのです。 親族が「それはひどいんじゃないの」と言うと、「ひどいかもしれないが、あの念書を書かなければ安保条約はどうなっていたかな」と言ったといいます(『この国を守る決意』)。 このエピソードを踏まえて、安倍さんは次のように言います。 私はその後、読んだマックス・ウェーバーの『職業としての政治』で、「祖父の決断はやむを得なかった」との結論に至りました。祖父の判断は、心情倫理としては問題があります。しかし、責任倫理としては、「吉田安全保障条約を改定する」という課題を見事に成就しています。とくに政治家は、結果責任が問われます。政治家は、国益を損なうことなく、そのせめぎ合いのなかでどう決断を下していくか―ということだろうと思います。(前掲書) このエピソードは『「保守革命」宣言』でも述べられており、安倍晋三という政治家の重要な指針になっているようです。 首相在任中の安倍さんの言葉については、その場しのぎのごまかしや不誠実さが目立つと指摘されます。しかし、安倍首相は動じていないでしょう。彼は祖父・岸信介の態度を継承しながら、心情倫理として問題があっても、結果責任をとることで免罪されると考えているのですから。 安倍首相の行動原理の「根」の部分には、岸の政治姿勢の継承という側面があると言えます』、やはり「岸の政治姿勢の継承」が「行動原理の「根」」にあったようだ。
・『日本型ネオコン勢力の権力奪取  さて、安倍さんの行政に対する姿勢や経済政策を見てみましょう。 1996年に出版された『「保守革命」宣言』では、「徹底した行革が必要だと思いますね」と述べ、徹底した民営化を進めていくべきだとの立場を示します。特に公務員削減を徹底すべきと強調し、10年間で半減を実現すべきと説きます。 実は、『「保守革命」宣言』、『この国を守る決意』において述べられている行政政策は、これだけです。経済政策については、まったく言及がありません。 社会保障政策についての言及が見られるのは、首相就任が目前に迫った2006年の著作(『日本を語る』、『美しい国へ』)以降です。それ以前は、繰り返しになりますが歴史認識問題や外交・安全保障問題に集中しています。 このバランスの悪さも、安倍さんの特徴ということができるでしょう。 ここまで、安倍さんの政治家としての「地金」を見てきました。 安倍さんの本来の関心は、横軸(価値の問題)に集中しています。そして、その姿勢は本人が言及するように「アンチ・リベラル」です。 わずかに語られる縦軸については、「徹底した行革」を強調していることから、「リスクの個人化」を志向していることがわかります。首相就任が迫る頃(2006年)になると、小泉構造改革の影響から格差・貧困問題が社会現象となり、政治家の多くが対応策を示すことを迫られました。 安倍さんは「再チャレンジ」という概念を打ち出して、構造改革・新自由主義路線を評価しながら、貧困問題をフォローすべきとの立場を打ち出すことになりますが、小泉改革への支持と継承という路線は揺らぎませんでした。 「アベノミクス」というリフレ(通貨再膨張)的経済政策が出てくるのは、一度、首相の座から降り、民主党政権(2009〜2012年)を経験したあとの話です。 よって、安倍さんはIVのタイプの政治家であると位置づけることができるでしょう。小泉純一郎さんは横軸にはあまり関心がなく、縦軸における「リスクの個人化」を進めることに強い関心があった政治家です(リンク先のグラフでは、縦軸に「リスクの社会化」VS「リスクの個人化」、横軸に「パターナル」VS「リベラル」を取っている)。そのあとを継いだ安倍さんは、タイプがまったく異なり、横軸に強い関心を示した政治家でした。 このふたりの路線が合流した時、日本型ネオコン(新保守主義)勢力としてのIVがヘゲモニーを握ることになったのです』、IVはグラフでは、「リスクの個人化」と「パターナル」である。なお、パターナリズムとは、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援することをいう。家族主義、温情主義、父権主義、家父長制(Wikipedia)。安倍首相のことがだいぶ理解できたようだ。

第三に、7月6日付けYahooニュースが朝日新聞記事を転載した「「日本、独裁政権のよう」ニューヨーク・タイムズが批判」を紹介しよう。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190706-00000045-asahi-int
・『米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は5日、菅義偉官房長官が記者会見で東京新聞記者の質問に対する回答を拒むなど、そのメディア対応を指摘したうえで、「日本は憲法で報道の自由が記された現代的民主国家だ。それでも日本政府はときに独裁政権をほうふつとさせる振る舞いをしている」と批判した。 同紙は、菅氏が会見で東京新聞記者の質問に「あなたに答える必要はありません」と述べたエピソードなどを紹介。菅氏ら日本政府に対するマスコミ関係者らの抗議集会が3月に開かれ、参加した600人が「Fight for truth(真実のためにたたかえ)」と訴えたことも伝えた。 一方で、同紙は日本政府の記者会見をめぐる振る舞いの背景には「記者クラブ」の存在があると指摘。「記者らはクラブから締め出されたり、情報にアクセスする特権を失ったりすることを恐れ、当局者と対立することを避けがちになる」との見方を示した。 日本政府のメディア対応をめぐり、海外の視線は厳しくなっている。言論と表現の自由に関する国連の特別報告者デービッド・ケイ氏は6月、日本メディアは政府当局者の圧力にさらされ、独立性に懸念が残るとの報告書をまとめている』、確かに現在の首相官邸のメディア対応には、目に余るものがあり、「日本、独裁政権のよう」との外紙の批判はもっともだ。

第四に、コラムニストの小田嶋 隆氏が6月21日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「プチホリエモンたちの孤独」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00027/?P=1
・『先日来、香港の路上を埋め尽くしていたデモは、今後、どういう名前で呼ばれることになるのだろう。 現時点(6月19日までに報道されているところ)では、香港政府のトップが「逃亡犯条例」の改正を事実上断念する考えを示す事態に立ち至っている。 してみると、デモは「成功」したと見て良いのだろうか。 私は、まだわからないと思っている。 この先、北京の中国政府がどんな態度に出るのかがはっきりしていない以上、現段階で軽々にデモの成果を評価することはできない。 ただ、デモをどう評価するのかということとは別に、この1週間ほどは、海をはさんだこちら側からあの小さい島で起こっているデモを観察することで、むしろ自分たち自身について考えさせられることが多かった。 たとえば、香港市民のデモへの評価を通して、論者のスタンスが意外な方向からはっきりしてしまう。そこのところが私には面白く感じられた。 わたくしども日本人の香港のデモへの態度は、ざっと見て 1.中国政府を敵視する観点から香港市民によるデモを支持する立場 2.デモという手段での政治的な示威行為そのものを敵視するご意見 3.デモに訴える市民であれば、主張がどうであれとりあえず応援する気持ちを抱く態度 4.沈黙を貫く姿勢 という感じに分類できる。 だが、実際には、人々の反応はもう少し複雑なものになる。というよりも、SNS上でかわされている議論を見る限り、彼らの議論はほとんど支離滅裂だ。 理由は、たぶん、香港のデモに関する感想と、沖縄のデモへの評価の間で、一貫性を保つことが難しかったからだ。 実際、沖縄の基地建設をめぐって展開されているデモを 「単なる政治的な跳ね上がりであり、事実上の暴動と言っても過言ではない」「特定の政治的な狙いを持った勢力によって雇われた人間たちが、カネ目当てで参加しているアルバイト行列に過ぎない」てな言い方で論難している人間が、同じ口で香港のデモを「市民が自発的意思を表明した勇気ある民主主義の実践だ」と称賛するのは、ちょっとぐあいが悪い。昨今流行の言い方で言えば、「ダブルスタンダード」ということになる。 一方、沖縄のデモを手放しで応援していた同じ人間が、香港のデモに対しては見て見ぬふりのシカトを決め込んでいるのだとすると、それもまた一種のダブスタと言われても仕方がなかろう。 で、ネット上に盤踞する党派的な人々は、互いに、敵対する人間たちのダブルスタンダードを指摘し合ったりなどしながら、結局のところ、香港のデモのニュースを、単に、消費する活動に終始していた。 どういうことなのかと言うと、香港のデモをめぐる論戦に関わっている人々の多くは、デモ参加者の主張そのものにはほとんどまったく関心を抱いていなかったということだ。彼らが熱い関心を寄せていたのは、当地のデモの帰趨が自分たちの主張を補強する材料として利用できるかどうかということだけだった。 実にわかりやすいというのか何というのか、見ていてほとほと胸糞の悪くなる論戦だった。 彼らは、「香港と日本の民主主義の成熟度の違い」だとか「公正な選挙が担保されている国とそうでない国での、デモの重要度の違い」あるいは「反体制的な政治活動に関わる人間が命がけの危険を覚悟しなければならない国と、首相の人形を踏みつけにしても後ろに手が回る恐れのない国での、デモに参加する人々の覚悟の違い」あたりの前提条件を出し入れしながら、ランダムに浮かび上がる課題を、その都度自分の主張にとって有利に運ぶ方向で展開しようと躍起になっている。 実にバカな話だ』、確かに殆どの日本人にとっては、香港のデモは遠い海の彼方の出来事なのだろう。
・『この話題は、この6月の16日に日比谷公園周辺で展開された「年金」に関するデモ行進のニュースをめぐって、さらに醜い形で尾をひくことになる。 これも、詳細を追うと胸糞が悪くなるばかりなので、私は別の視点から、もっぱら自分の感想を書くつもりだ。 ということで、今回は、デモをめぐる議論の行方について思うところを書こうと思っている。 最初に結論を述べておく。 私は、先の震災以来、われわれの国が、極めて内圧の高い相互監視社会に変貌している感じを抱いていて、そのことの最もわかりやすい一例として、「デモ」を危険視し、「政治的であること」を異端視するマナーが、一般市民のための「常識」として共有されつつある現状を挙げることができると思っている。 21世紀の普通の日本人は、政治的な発言をする人間を、全裸でラッパを吹きながら歩いている人間を見る時のような目で遠巻きに観察するばかりで、決して近づこうとはしない。ましてや、話を聞くなんてことは金輪際考えない。なぜなら、自身の政治的なスタンスを明らかにすることは、寝室での個人的な趣味をあけすけに語ること以上にたしなみを欠いた、上品な隣人をどぎまぎさせずにはおかない、悪趣味でTPOをわきまえない、自分勝手で下品なマナーであって、あえて白昼堂々政治的な話題を開陳することは、社会的な自殺企図に等しいからだ。 ひとつ補足しておかなければならない。 「政治的」という言葉は、最近、少しずつ意味が変わりつつある。 まだ入院中だった6月の11日に私はこんなツイートを発信している。《この5年ほどの間に「政治的」という言葉は、もっぱら「反政府的」という意味でのみ使用され、解釈され、警戒され、忌避されるようになった。政権に対して親和的な態度は「政治的」とは見なされず、単に「公共的」な振る舞い方として扱われている。なんとも薄気味の悪い時代になったものだ。》 このツイートは、約3900回RTされ、約7100件の「いいね」が付いている。 「いいね」をクリックした全員が同意してくれたとは思わない。 しかし、同じ感想を抱いている人が相当数いることはたしかだと思う。 われわれは、「政治的」であることを自ら抑圧しながら、結果として、自分の意図とはかかわりなく、全員が「お上」の手先となって「非国民」を自動的にあぶり出す社会を形成しはじめている。 先の大戦に向かって傾斜して行く日常の中で、ある日、ふと気がついてみると、若い男女が手をつないで歩くことさえはばかられる社会が、すでに到来してしまっていた80年前の教訓を活かすこともできずに、私たちは、またしても同じ経路を歩きはじめている、と、私はそう思いながらここしばらくの世の中を眺めている。 もっとも、反体制的であろうが、現政権に親和的であろうが、どっちにしても政治に関わる態度そのものが一般社会の中で煙たがられる傾向は、この何十年かの間に、少しずつ進行してきた動かしがたい流れではあった。 ネット上で展開されるデモをめぐる論争が、毎度毎度極論のぶつかり合いに終始している現状も、結局のところ、平場の日常で政治を語ることが、タブー視されていることの裏返しだったりする。 別の言い方をすれば、極論でしか語れないバカだけが、政治について発言する社会では、賢い人たちは沈黙しがちになるわけで、そうするとますますバカだけが政治発言を繰り返す結果、政治は、どこまでもバカな話題になって行く。 21世紀の日本人は、普通の声量で、激することなく、互いの話に耳を傾けながら政治の話をするマナーを失って久しい。それゆえ、いまどき政治なんぞに関わって、ツバを飛ばし合っているのは、政治好きというよりは、単に議論好き論破好き喧嘩好きな、ねずみ花火みたいな連中ばかりという次第になる。 不幸ななりゆきだが、これが現実なのだから仕方がない』、「先の震災以来、われわれの国が、極めて内圧の高い相互監視社会に変貌している感じを抱いていて、そのことの最もわかりやすい一例として、「デモ」を危険視し、「政治的であること」を異端視するマナーが、一般市民のための「常識」として共有されつつある現状を挙げることができると思っている」、「われわれは、「政治的」であることを自ら抑圧しながら、結果として、自分の意図とはかかわりなく、全員が「お上」の手先となって「非国民」を自動的にあぶり出す社会を形成しはじめている」、などの危機感には強く同意する。
・『全共闘世代が大学生だった時代は、大学のキャンパスがまるごと政治運動の波に呑まれた政治の時代だったと言われている。 私は、彼らから見て10年ほど年少の世代だ。 一般的には、全共闘による政治運動が一段落して、キャンパスに空白と虚脱が広がっていた時代の学生だったということになる。 その、世間からは「シラケ世代」と言われた私たちの時代でも、政治は、依然としてキャンパスを歩き回る学生にとっての主要な話題のひとつだった。 ただ、この点は40歳以下の若い人たちには何回説明してもよくわかってもらえないポイントなのだが、70年代の学生にとって、政治は主要な話題でありながらも、なおかつ、その一方で、昼飯のサカナにして遊ぶバカ話の一部に過ぎなかった。 つまり、カジュアルな話題であったからこそ、誰もが気軽に口にしていたわけで、逆に言えば、政治向きの話題は、そうそう必死になってツバを飛ばしながら議論する話題でもなかったということだ。 このあたりの力加減は、とてもわかってもらいにくい。 私自身の話をすれば、大学時代、最も頻繁に行き来していたのは、「東洋思想研究会」(つまり創価学会ですね)というサークルに所属している(後に脱退しましたが)男だった。 民青の幹部だった男とも詩の同人誌を出しているとかの関係で、そこそこ懇意にしていた。 雄弁会というサークルにいたわりとはっきりと右寄りだった同級生(「皇室の万世一系は世界に誇り得る日本の財産だ」とか言ってました)とも、レコードの貸し借りを通じて互いに敬意を持って付き合っていた。 何が言いたいのかを説明する。 私は、自分が無節操なノンポリで、たいした考えもなく政治的に偏った人々と交友を深めていたという話を強調しているのではない。 政治がカジュアルな話題としてやりとりされている場所では、政治的な見解の違いは、致命的な対立を招きにくいものだという、とても当たり前の話をしているつもりだ。 であるから、若い人たちはピンと来ないかもしれないが、党派的な人々がゴロゴロ歩いていた70年代のキャンパスは、その一方で、その党派的な学生同士がわりとだらしなく党派を超えてツルんでいた場所でもあったのだ。 タイガースのファンは、カープのファンと相互に相手を敵視している。当たり前の話だ。だから、フィールド上でゲームが展開されているスタジアムで顔をあわせることになれば、当然、両者は罵り合うことになる。 ただ、平場の飲み屋で会えば、両者は、同じ「プロ野球ファン」という集合に属する「同好の士」になる。 つまり、出会う場所が場所なら、彼らは、話の噛み合う愉快な仲間同士でもあり得るわけで、少なくとも、インフィールドフライの何たるかさえ知らない野球音痴の課長代理なんかよりは、ずっと一緒にいて楽しい。 政治の場合は、もう少し複雑になる。 とはいえ、ネット上の、文字だけの付き合いとは違って、実際に生身の人間としてリアルな場所で話をすれば、支持政党が違っていてもまるで問題なく付き合えるはずだし、そもそも宗教や支持政党が違う程度のことで話ができなくなってしまうのは、未熟な人間の前提に過ぎない』、「全共闘世代が大学生だった時代」は、小田嶋氏のように牧歌的ではなく、もっとギスギスしていたように思う。
・『ネット上では、堀江貴文氏のツイートが話題になっている。 彼は、まず、今回の「年金」デモの参加者を、「税金泥棒」と決めつけている。《ほんとそんな時間あったら働いて納税しろや。税金泥棒め。》 さらに、デモの様子を伝える朝日新聞の記事を引用しつつ《バカばっか「生活できる年金払え」日比谷でデモ 政府の対応に抗議 (朝日新聞デジタル) …》という、挑発的なコメントを投げつけている。 このツイートにリプライする形で《やはりあなたはそんな考え方しかできず、デモ参加者をバカばっか、と一蹴するのですね。一度刑務に服した人なら人の気持ちがわかったかと思っていましたが、逆でしたね。庶民のささやかな抵抗すらこんな汚い言葉で一蹴するようなことだけはしないでほしい。人を傷つけるくらいなら黙っていなさい。》とツイートしたアカウントに対しては、 《え?バカはバカって言われないと自覚できないだろ?》という返答を返している。 私が強い印象を抱いたのは、堀江氏の主張の内容や口調そのものよりも、その彼の挑発的な極論を支持する人の数の多さと、その彼らの間に共有されているかに見える「連帯感」の強烈さだった。 ほとんど誰も堀江氏をたしなめようとしない。 そして、圧倒的な数のフォロワーが堀江氏の主張に賛同している。 われわれはいったいどんな異世界にまよいこんでしまったのであろうか。 以上の状況を踏まえて、私はこう書き込んだ。《堀江貴文氏が、無礼な口調で極論を拡散するのは、彼のビジネスでもあれば持ちキャラでもあるのだろう。賛同はできないし、支持もできないが、理解はできる。私が軽蔑してやまないのは、堀江氏によるこの種の発言に乗っかって浅薄な自己責任論を展開しているアカウントの卑怯な振る舞い方だ。》 実際、堀江貴文氏自身は、ときに、政府の施策をクソミソにやっつけるツイートを垂れ流していることからもわかる通り、政権に近い立場のアカウントではない。おそらく安倍首相の個人的な支持者でもないはずだ。 堀江氏は、その場その場で思いついた考えを、特に留保することなく、脊髄反射的に吐き出しているように見える。もちろん、堀江氏なりの基準で、言うべきことと言わずにおくべきことを見極めながら情報発信しているのだとは思うが、少なくとも彼が、なんらかの党派的な思惑に沿って発言内容を調整しているのではないことは事実だと思う。 ただ、それはそれとして、堀江氏のような一匹狼の論客が、政権にとって好都合な存在であることもまた事実ではある。 というのも、彼のような自己責任論者のオレオレ万能思想の実践者は、政府には一切期待しないわけだし、仮に政権に失策や不正があっても、まるで気にしない立場のインフルエンサーだからだ。 そんなわけで、「政治なんてそんなもんだろ?」「ってか、人間なんてもともと利己的なわけでどこが問題なんだ?」式の、北斗の拳(古い)式の中二病的ニヒリズム&自己超克思想を体現しているホリエモンは、自己啓発書籍にハマりがちなオレオレヒロイズム&一発逆転ロマンチシズム酩酊者にとってはヒーローになぞらえるに最もふさわしいピカレスクなキャラクターになる。 ついでに申せば +独立独歩 +背水の陣 +一点突破全面展開 +自己責任 +背水の陣 +徒手空拳 +この広い世界にオレ一人 という、自己陶酔的な世界観にカブれているプチホリエモンたちにとって、デモに集う人間は、「大勢でツルんでいる」時点で、どうにも矮小な存在に見える』、「彼のような自己責任論者のオレオレ万能思想の実践者は、政府には一切期待しないわけだし、仮に政権に失策や不正があっても、まるで気にしない立場のインフルエンサーだからだ」、というのは鋭い指摘だ。
・『「オレはどこまでもオレ自身としてオレ一人で勝負してやんよ」と思い極めているホリエモンフォロワーたちは、実際のところは「無党派層」という圧倒的なマジョリティーに属している。 が、そのマジョリティーを微分した一人ひとりの無党派の個人は、自分を孤立無援の徒手空拳の独立独歩のマイノリティーだと思いこんでいたりする。 で、自身を孤独なマイノリティーだと思いこんでいるからこそ「徒党を組む脆弱な個人の集合体」である、デモの人々を心の底から軽蔑しているわけなのだ。  さて、堀江氏による一連のツイートのハイライトは、米国在住の映画監督・想田和弘氏の《デモに参加するとなんで「税金泥棒」になるのだろうか。デモに参加するとどうやって税金を泥棒できるのだろうか。意味がわからない。香港のデモに参加した200万人は税金を泥棒しているのだろうか。》という問いかけに対して 《お前相変わらず文脈とか行間読めねーんだな。親切に教えてやるよ。このデモに参加してる奴の大半は実質的に納税してる額より給付されてる額の方が多いんだよ。それを税金泥棒って言ってんだよ》と回答した言葉の中にある。 この回答の中で、堀江氏は、納税額の少ない人間は、発言権も抑えられてしかるべきだという、空恐ろしい高額納税者万能思想をうっかりもらしてしまっている。 このおよそ尊大な思想に乗っかる形でデモ隊を罵倒しているプチ・ホリエモンたちは、もしかして、富豪揃いのメンバーズなのだろうか。 たぶん、ノーだ。 ネット上の架空人格として、「富裕層の自分」を選んだアカウントが多かったということなのだと思う。 つまり、彼らはそれほどまでに孤独なのだ』、「堀江氏は、納税額の少ない人間は、発言権も抑えられてしかるべきだという、空恐ろしい高額納税者万能思想をうっかりもらしてしまっている」、堀江氏にとっては「うっかり」ではないのかも知れない。「彼らはそれほどまでに孤独なのだ」とのオチはやや分かり難い印象を受けた。 
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日本の政治情勢(その32)(国会議員267人の選挙「余剰金が行方不明」の謎 調査対象の6割、公開資料で使途を追えず、議員秘書が語る「選挙余剰金」のすさまじい実態 現役3人が匿名回答「報告書はまったく違う」、公職選挙法の改正で「余剰金」の抜け穴を防げ 岩井奉信・日本大学法学部教授インタビュー、「最後のフィクサー」が直言 この国を破滅させるカネの亡者たち 安倍政権とその仲間たちこそ国民の敵) [国内政治]

日本の政治情勢については、5月30日に取上げた。今日は、(その32)(国会議員267人の選挙「余剰金が行方不明」の謎 調査対象の6割、公開資料で使途を追えず、議員秘書が語る「選挙余剰金」のすさまじい実態 現役3人が匿名回答「報告書はまったく違う」、公職選挙法の改正で「余剰金」の抜け穴を防げ 岩井奉信・日本大学法学部教授インタビュー、「最後のフィクサー」が直言 この国を破滅させるカネの亡者たち 安倍政権とその仲間たちこそ国民の敵)である。

先ずは、6月17日付け東洋経済オンラインが掲載したFrontline Press / 日本大学・岩井研究室による「国会議員267人の選挙「余剰金が行方不明」の謎 調査対象の6割、公開資料で使途を追えず」を紹介しよう(Qは聞き手の質問、Aは岩井氏の回答)。
・『選挙で余ったお金の使途が確認できない――。各候補の選挙運動費用の収支を示す書類を分析すると、お金を余らせてその使い道を公開資料で確認できない現職議員が、衆参両院で268人いることがわかりました。調査や分析の対象とした議員460人の6割近くに当たります。余剰金には、国からの政党助成金や国が負担する選挙ポスター代などが含まれており、「公的」な性質を帯びています。 なぜ、こんな事態が起きているのでしょうか?現行の制度に問題はないのでしょうか?取材記者グループ「Frontline Press (フロントラインプレス)」と日本大学・岩井奉信教授(政治学)の研究室は、「選挙運動費用の余剰金」をめぐる全体像を初めて明らかにしました』、意欲的な調査報道で、興味深そうだ。
・『公開情報をベースに調査を開始  この共同取材では、衆議院は2014年12月、参議院は2013年7月および2016年7月の選挙を対象とし、各議員が選挙管理委員会に提出した「選挙運動費用収支報告書」の要旨を集めることから始めました。「報告書」は官報や都道府県の公報に掲載されており、誰でも入手可能。国立国会図書館でも閲覧できます。 ただ、報告書提出の義務のない衆院比例代表に単独で立候補した議員などは、調査・分析の対象から外しています。余剰金が5万円未満の議員についても同様です。 選挙運動で余ったお金は「報告書」の数字から算出します。 必要な項目は3つです。まず、候補者が選挙資金として集めた「収入」。事務所の設営などに使った「支出」。そして、看板やポスター代などを税金で賄う「公費負担」です。 選挙運動の「収入」は、支持者からの寄付、政党からの資金、自己資金などから成ります。候補によっては多額の自己資金を「収入」に計上しているケースもあり、お金が余ったからといって、それ自体がすぐ問題になるわけではありません。ポイントは「余剰金の行方」です。 「収入」には、政治団体などを経由して候補者に入ってくる「政党本部からの資金」が一定の割合を占めている(政党公認候補の場合)。共産党を除く各政党は国から政党交付金を受け取っており、その額は年間で合計約320億円になる。一方、「支出」に含まれる「公費負担」とは、ポスターや法定ビラの印刷、選挙カーの借り上げ費用などを指す。報告書の支出欄にのみ記載し、収入欄には記載しない』、「公費負担」を別にしても、「国から政党交付金」が「年間で合計約320億円」も出しているのであれば、収支報告書はキチンとすべきだ。
・『使途不明の最高額約2725万円  共同取材チームは続いて、各議員に関係する政治団体の「政治資金収支報告書」に目を通すことにしました。 この報告書には、1年間の政治活動にかかったお金の動きが載っています。一方、選挙のときは公職選挙法によって、政治団体の会計とは別に、選挙用の会計帳簿を新たに作らなければなりません。そこに政治団体の資金を入れるケースが一般的。報告書を調べたのは「選挙後にお金が余った場合、再び政治団体に入れたのか」を確認するためです(ただし、政治団体は5万円未満の収入については、相手方の名称を報告書に記載する義務がない)。 対象は「余剰金」を出したすべての議員の政治団体です。すると、思いがけないことが次々に見えてきました。 「余剰金」を政治団体に戻したことを確認できず、使途がわからない議員が268人もいたのです。それら議員の余剰金を合計すると、約9億5000万円。最高額は約2725万円でした。 公選法は、余剰金の処理について何も定めていません。「政治団体への返却」や使いみちの報告も義務付けていません。ですから、余剰金をどう使っても公選法に触れることはないのです。 余剰金を政治団体に戻していたら、政治団体の収支報告書を調べることによって、余剰金の行方がわかります。では、政治団体に戻していなかったら?「報告の義務がない」という壁に阻まれ、誰でも閲覧できる公開情報では追うことができなくなるのです。 つまり、政党交付金や公費負担など「公的資金」でサポートされているにもかかわらず、余ったお金の行方を確認できないという事態が続出しているのです。 議員たちは、これをどう説明するのでしょうか』、「公選法は、余剰金の処理について何も定めていません」、というのではまさに「ザル法」の典型だ。
・『議員たちの言い分は「報告義務ない」  「公職選挙法では選挙運動費用の残金の使途について、とくに規定を設けていないし、報告義務もない。残金は法令に従って適正に処理しています」 余剰金の行方を確認できなかった議員への共同取材で、最も多かったのはこうした回答でした。与野党に違いはありません。自民党では、内部で“模範回答”が示されたのか、質問状に対し多くの議員が、一言一句、同じ文面の回答を寄せました。 余剰金に関する公選法の規定はないのに、「法令に従って適正に処理」とは、いったい、何を意味するのでしょうか。 「政治と金」に詳しい日大法学部・岩井奉信教授の話:「『適正に処理』といったあいまいな言葉で逃げるしか方法がなかったのでしょう」「政治活動に使ったなら、政治資金収支報告書に収入として余剰金の返却を記していなければなりません。それがないと、政治資金規正法違反(不記載)です。一方、余剰金を議員側が仮に私的流用していたとしても、それを公には言えないでしょう」』、「余剰金に関する公選法の規定はないのに、「「法令に従って適正に処理」」、とはよくぞ恥ずかし気もなく回答すると呆れる。
・『1円単位まで返却の議員「公金入っているから当然」  余剰金をピッタリ1円単位まで正確に政治団体に戻した議員はいるのでしょうか。 「ピッタリ組」は64人でした。 現職閣僚20人のうちでは、安倍晋三・首相、菅義偉・官房長官、山本順三・国家公安委員長の3人です。 そのほかの主な「ピッタリ組」を見ると、自民党では、小野寺五典・前防衛相、野田聖子・前総務相、稲田朋美・元防衛相、田村憲久・元厚生労働相、高市早苗・元総務相、伊吹文明・元文部科学相らがいます。 野党側では、枝野幸男・立憲民主党代表、野田佳彦・社会保障を立て直す国民会議代表、大塚耕平・国民民主党代表代行、福山哲郎・立憲民主党幹事長、安住淳・元財務相、山本太郎・参議院議員らが「ピッタリ組」でした。 こうした議員は、現行制度の枠内で、余剰金の行方を可能な限り明らかにしたと言えます。 「ピッタリ組」では例えば、大塚・国民民主党代表代行の事務所は次のように回答しています。「党本部の原資には政党交付金も含まれているため、余剰金が発生した場合には政党支部に戻すべきと考えている」 専門家は、余剰金の処理について公選法の見直しを指摘しています。 選挙をめぐる公費負担に詳しい日大法学部・安野修右助教の話:「候補者のために税金が使われているのだから、余ったお金の行き先は公選法ではっきりさせるよう規定すべきです。しかし、自らを縛るような法改正に議員が踏み出せるでしょうか」』、「自らを縛るような法改正に議員が踏み出せる」ようにさせるのが、マスコミの役割だろう。
・『行方を確認できない議員の50人余りは未回答  取材チームは、報告提出義務のない比例単独当選の衆院議員などを除く500人余りに質問状を送りました。余剰金の行方が確認できない国会議員268人のうち、6月14日現在、50人余りから回答が得られていません。 余剰金の行方をどこまで明らかにするのかは、各議員の政治姿勢に直結する問題です。共同チームはこの問題を引き続き取材していきます。 次回は閣僚を中心に、個別事情に迫ります。(この後の共同取材チームの紹介や追記は省略)』、この続きでは、「閣僚を中心にした個別事情」は省略して、議員秘書が語る実態を紹介しよう。

次に、この続きを、6月26日付け東洋経済オンライン「議員秘書が語る「選挙余剰金」のすさまじい実態 現役3人が匿名回答「報告書はまったく違う」」を紹介しよう(Qは聞き手の質問、Aは岩井氏の回答)。
https://toyokeizai.net/articles/-/288012
・『「法律で特段の報告の義務もない」――。選挙で余ったお金の行方を公開資料で確認できない衆参両院の現職国会議員268人のうち、多くの議員がこのフレーズを使って回答しました。そこに与野党の違いはありません。では、余剰金は一体、どこにいったのでしょうか。取材チームは、国会議員を最も間近で支える現職の秘書たちに接触を試みました。「実態を打ち明けるなら、匿名が絶対条件」。秘書が知る本当の余剰金の使い道とは?取材記者グループ「Frontline Press(フロントラインプレス)」と日本大学・岩井奉信(政治学)研究室の共同取材チームによる報告、その5回目です』、「実態」とは興味深そうだ。
・『「絶対匿名」の条件で明かされた内実  国会議員の秘書は、「公設秘書」と「私設秘書」にわかれます。公設秘書は、国費で給与が支払われるため、法律上の身分は国家公務員と同じ立場にあります。議員1人当たり3人まで、と国会法で決まっています。私設秘書は、議員が私的に雇うため人数に制限はありません。 つまり、永田町の国会議員会館や地元事務所などで働く秘書は、総勢で3000人近くいる計算です。 秘書の仕事は多岐にわたります。議員のスケジュール管理に始まり、国会質疑のための資料集め、陳情の処理、政治資金パーティーの運営や出席者の確保などです。選挙になると、効果的に主張を伝える広報戦略を立てたり、後援会組織を立ち上げたりします。そして最も重要な仕事が、選挙資金の収集と支持票の確保です。 したがって、「選挙運動費用の収支」や「余剰金の行方」についても実態を熟知しているはず――。そう考えて取材チームは秘書たちに取材を試みました』、「実態」を最も熟知している「秘書たち」の言い分はどんなものなのだろう。
・『X議員の秘書余剰金は「票のとりまとめ」にも  まずは、自民党のX国会議員のベテラン秘書。何人かの議員の秘書を経験しています。X議員の余剰金は5万円未満。そのため、調査・分析の「対象外」としていますが、この秘書の語る「余剰金の実態」はすさまじいものでした。 「選挙運動費用収支報告書に載せられない支出に使った。うちの余剰金はたしか、数万円だったと思うが、実は余った金はもっと多かったと引き継ぎを受けている。(本当の余剰金は)数百万だったと聞いている」「(そうなるのは)支援してくれる方が『領収書なしでいい』と言って、寄付の形でお金を渡してくれるからだ。もちろん現金。振り込みは記録に残ってしまう。だから、振り込みの金はしっかり説明できるところに使う。領収書を発行しないお金は、選挙の時、けっこうたくさん集まる。余剰金は、ぶっちゃけて言えば、票のとりまとめをお願いする意味を込めて、企業幹部や自治会関係者などの接待に使う。ほかには、選挙の手伝いに来てくれた方たちへの差し入れや弁当代、つまり飲食代。公選法では報酬をもらえる人数や額が決まっているので、報酬を渡せない人たちへのお礼として使っている。報酬といっても、現金を渡すのでなく、飲食代を事務所で負担するとか、野球やコンサートのチケットなどにして渡すとか。これは、ほかの議員事務所にいた時も同じだった」 Q:選挙運動費用収支報告書の数字は、デタラメなのでしょうか? A:「政治資金パーティーの収支報告と一緒で、ザルだし、収支報告の数字が全部正しいわけではない。例えば、パーティーの場合も、(政治資金規正法に基づく)政治資金収支報告書の収入を少なく記載するとか。現金でパーティー券を10枚とかまとめて買ってくれて、領収書も要らない、と言ってくれる中小企業の社長さんは多い。そういう金は収支報告書に載せられないので、表に出ない金となる」 Q:裏金? A:「そう、裏。選挙資金の収支報告書の場合、公費負担額は変更できないので、収入部分をいじる。少なくする。領収書を出してしまうと、(先方の)企業会計との関係で、こちらもしっかり(報告書の収入に)記載しないといけないから、領収書をもらわない形でお金をもらえるようにするのがポイント。世間のみなさんからはご批判を受けるかもしれないけど、秘書の力の見せどころ。(先方が)会社として支出すると、領収書が必要になってしまうので、相手のポケットマネーとして出してもらう。だから、会社員でなく、会社経営者からいただく。領収書を発行しないお金というのは、正々堂々説明できない使われ方をしていると言ってもいい。うちの事務所は(それらの資金集めを)秘書に任せきり(だから議員は知らないかもしれない)」』、「選挙運動費用収支報告書の数字」は、計上されない収入が多いのであれば、全く信頼に値しないようだ。その収入を経営者個人が出すのであればともかく、実際には企業にも裏金のプールがある場合も多く、そこから支払われているのだろう。
・『Y議員の秘書 「手伝ってくれた人にお礼必要」  続いては、参院自民党のY議員の秘書です。Y議員は今回の調査対象となった選挙で、100万円前後の余剰金を出しています。取材チームの質問に対しては「余剰金の使途に規制はない」「報告義務はないが、適正に処理」という内容の回答を寄せていました。 「秘書にとって一番ありがたいお金は、振り込み入金など金融機関を通じた金銭でなく、現金だ。選挙になると、僕ら秘書は、とにかく寄付してもらえるようにお願いして歩き回る。(余剰金は)選挙を手伝ってくれたのに、公選法上支払いができないみなさんに使う。主に食事代として。ミニ集会開催を企画してくれたり、演説の人集めを助けてくれたり(した人に)」 Q:公選法が定める以外の運動員に報酬を支払うと、法に抵触します。 A:「わかっている。今の公選法は、運動員報酬の規定が細かいし、規模も小さい。もう少し枠を広げてほしい。ボランティアとしてやってくれる人もいるが、甘えてばかりいると、『あの事務所は義理を知らない』『弁当すら出さない』と言われてしまう。地方ほど、こうした傾向は強いと思っている。公選法上、支払いができないことを説明することもあるが、気持ちの問題なので法律論を説明して終わりというわけにはいかない」 Q:お礼として数十万円の現金を渡すケースも? A:「むしろ、1万円とかの飲食代。あっという間に数十万になってしまう。今回の余剰金(100万円前後)は、そうやって使ったと記憶している。だから(報告書に収入の記載義務がある政治団体に)戻すことはできない。手元に残っていないから。(飲食に使った際、手帳などに誰にいくら使ったかの記録は)するわけない。もし見つかったら、証拠になってしまう。誰にいつ、いくらかはわからない」 Q:本当は使ってはいけない相手に対し、飲食代として使ったと? A:「そう」 Q:公選法で余剰金の処理が規定されていないことは知っているのでしょうか? A:「知っている。お金がたくさんある事務所は政治団体にしっかり戻すことができるかもしれないが、うちはお金がない事務所。その中で、やりくりをしている。私も個人的に数百万の借金をした」「(寄付を集める際に領収書を出さないお金も)ないとは言わない。100万円くらい(あった)。それも手元にはない。使っている。追及しないでほしいけど。(「投票依頼の趣旨?」)そういう感じ。(市町村の)議員というより、団体幹部のみなさんや社長のみなさんとか。10万円ほどの単位。参院選の場合、衆議院と違って(エリアも)広くお願いしないといけない。公明党に頼ってばかりいられない」』、「飲食代」ならまだしも、「10万円ほどの単位」で配るのは本来は「公選法」違反だ。
・『Z議員の秘書公選法の“抜け穴”は「承知」  もう1人、現職秘書に取材できました。自民党のZ衆院議員に仕えています。Z議員は2014年選挙で数百万円の余剰金を出しており、その行き先は公開資料で確認できません。そして、取材チームの質問には、やはり「報告義務がない」などと答えています。 「会計担当は私ではないのでわからない部分もあるが、200万~300万円は議員に戻したと思う。議員も、今回の選挙だけでなく、政治資金管理団体に(自分が)寄付するなどいろいろな場面で、自分の資金を使っているので、一部返済という趣旨」 Q:選挙運動費用収支報告書上、余剰金はもっとあります。残りは? A:「どこの事務所も同じだと思うが、選挙を助けてくれた人たちへのお礼に使った。現金は生々しいので飲食代を負担するとか。お店を用意して、支払いはあとで事務所が負担するようにしている。それと、選挙後の会合代とかに使った。(余剰金を政治団体に戻せば、その収支報告書の支出に記載しなければならないが、余剰金の使途は定められていないため、戻さずに使えば)報告書の支出欄に載せないで済む。使い勝手がいい。(公選法が余剰金の処理を定めていないことは)少なくとも私は知っていた。ある意味、抜け穴だと思う。でも公選法が変更されて、余剰金の処理方法が決まっても、なるべく領収書の要らないお金を集めて、同じことをすると思う」』、「余剰金の処理方法」の問題だけではないようだ。
・『元秘書の男性 「政治改革で使い道を透明にすればよかった」  X、Y、Zの3議員に仕える秘書たちが語った余剰金の実態。それらはすなわち、選挙運動費用収支報告書の内容は、選挙で使ったお金の動きとまったく合っていない、という事実です。永田町で有力政治家の秘書として長く働いてきた男性にも話を聞きました。 男性は取材に対し、選挙運動費用収支報告書に記載している金額よりも「実際はもっと(お金を)出している」と明言。そのうえで、報告書上は余剰金を含めて、収支を「プラスマイナスゼロで収めている」と話します。 「余剰金がゼロの人は、それなりに当選回数を重ねている人が多いのではないか。慣れている秘書がいるか、議員が選挙慣れしている。(余剰金が出ると問題視されることもあるので)ゼロにしておいたほうがいい。ゼロにするテクニックは(会計担当者や秘書が)それぞれで持っていると思う。使い切るためには、例えば、付き合いのある後援者に(物品などを)発注して、後で(収支を合わせることができる額の)請求書を出してもらう。私の経験から言えば、ゼロの人は(報告書の記載)以上に使っていると思う」 政治と金。この問題がなぜ、いつまでもくすぶるのでしょうか。政党助成金の制度や小選挙区制が導入された「政治改革」は1990年代、日本政治の大テーマでした。永田町を生き抜いてきた元秘書の男性はこう言いました。 「(かつての政治改革では)政治資金を小選挙区の話にすり替えてしまった。政治のお金をガラス張りにすればいいだけの話だった。どこから献金を受けたとか、使い道を透明にする法律(関連法の成立)ならよかったが、政治改革では、それを小選挙区の話にすり替えて、公費で政党助成をするという話にしてしまった。公費は、なくした方がすっきりすると思う。政治家は、自分でお金を集められる才覚がないとできないのではないか。人の話を吸い上げることができないといけない。話を聞いて、この人に寄付をしようと思わせられる人間でないと、いい政治はできない」 X、Y、Zの3議員の現職秘書もそろって、公選法の“抜け穴”を使って余剰金を使っていることを明かし、報告書の内容と実態が全く合致していないことを赤裸々に語っています。この問題をどう考えればいいのか。次回は、共同取材チームの一員でもある日本大学の岩井教授にじっくりと聞きます』、「(かつての政治改革では)政治資金を小選挙区の話にすり替え・・・公費で政党助成をするという話にしてしまった」というのは、重要な指摘だ。岩井教授の話が楽しみだ。

第三に、この続きを、7月3日付け東洋経済オンライン「公職選挙法の改正で「余剰金」の抜け穴を防げ 岩井奉信・日本大学法学部教授インタビュー」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/288639
・『衆参両院の現職国会議員のうち、選挙で余ったお金の行方を公開資料で確認できない議員は268人——。この数字は、取材記者グループ「Frontline Press(フロントラインプレス)」と日本大学・岩井奉信(政治学)研究室の共同取材チームによって明らかになったもので、調査・分析対象とした国会議員460人の実に6割近くに上ります。なぜ、こんなことが起きているのか。その背景には「公職選挙法の不備」という大問題が横たわっていることも見えてきました。共同チームに加わった岩井教授はこの問題をどう捉えているのでしょうか。公費も含まれることが多い余剰金の行方を明確にするには、制度をどう改善すればよいのでしょうか。岩井教授にじっくりと尋ねました』、興味深そうだ。
・『「お金のことは政治家本人に教えない」  Q:余剰金の使途を公開資料で追うことができない国会議員が、調査対象の約6割。この数字をどう思われましたか? A:「ただちに評価するのは難しいと思います。6割の事務所の中には、余剰金について(きちんとした処理方法を)わかっている事務所もあるだろうし、(意図して行方を)わからなくしている事務所もあるだろうし。ただ、余剰金の扱い方をわかっていないという事務所はあまりないと思います。(各党は)公職選挙法などについて、議員秘書を対象に研修を行っているはず。最低限の知識はどの議員の事務所もあるはずです」「昔の自民党でいえば、若手や新人の選挙の際には派閥がちゃんと世話をしていました。経験豊富なスタッフや秘書を付けたり。事情をわかっている秘書などが選挙事務所に入っていれば、(余剰金の扱いは)わかっているはずです。(派閥の力が弱くなった)いま、そうした仕組みはどうなっているんだろう、とは思います」 Q:余剰金には、税金を原資とするお金が含まれているケースも多いです。それぞれの議員たちは、その意味や処理方法をわかっているのでしょうか? A:「政治の世界は、お金のことは、議員や候補者本人に何も教えない、という世界だと言われています。ですから、政治家本人に聞いても何もわからないでしょう。お金に細かくて、いろいろとチェックする議員もいますが、そういう人は嫌がられます。(選挙のお金について)議員本人が知っているとしたら、それはまずいことでもあるんです。選挙違反で摘発されたとき、本人も責任を問われますから。知らないほうが政治家本人にとっても、事務所にとっても都合がいいんです」「選挙の会計担当者にまったく事情に通じていない人を起用するケースもよくあります。与党も野党も問わず、です。そして、(会計担当者に)『選挙期間中は海外にでも行っててくれ』と言って、選挙事務所には寄せ付けない。そうすると、警察に摘発されても、ほんとに何も知らないで通すことができる。会計担当者は、選挙運動費用収支報告書で(『出納責任者』として会計の)責任者となっているけど、実際は違うことが少なくない」』、議員本人だけでなく、会計担当者までも知らないことにしているとは、驚きだ。
・『実態は「全員が報告書の訂正必要」  Q:余剰金の行方を追えない多くの議員側からは「法令に従って適正に処理しています」という内容の回答が届きました。どこかで“すり合わせ”を行った印象を持ちました。 A:「268人について、1人ひとりの実態を追及したら、おそらく全員が『余剰金は政治団体に入れ、政治活動に使った』と言わざるをえなくなり、(政治団体の)政治資金収支報告書を訂正することになるでしょう。そうしないと、余剰金を私物化してしまったという話になり、一時所得として税金がかかってしまう。『法令に従って適正に処理』のような回答がいちばん無難なんです」「余剰金は、実は都合の良いお金なんです。だって、法律は何も規定してないんだから。法令に従って適正に処理していると言ってますが、処理の方法が定まってないんです」 Q:余剰金を1円単位まで、きちんと政治団体に入れて使途を明確にした議員もいます。調査対象の1割強、64人に過ぎませんでしたが。 A:「そうした議員の事務所は、余剰金に絡む問題の本質をしっかり理解しているのでしょう。使い道を追及されたらまずい、と。本当にわかっている秘書や会計責任者がいる事務所は、それくらいの数字なのかもしれません」「64人の顔ぶれを見ると、安倍晋三首相や菅義偉官房長官、立憲民主党の枝野幸男代表など党首クラスが目立ちます。やはり、それぞれの事務所には処理方法をわかっている秘書などがいて、報告書を確認しているんでしょうね。余剰金問題の本質を理解していて、とにかく帳尻はきちんと合わせる。その数字が本当かどうかはわからないですけどね。政治とお金の問題は、表向きは帳尻の世界。帳尻を合わせるか、合わせられないか。帳尻さえ合っていれば良いわけです」 Q:余剰金は「収入−支出+公費負担」で計算できます。公費負担はポスター制作などのお金であり、だからこそ、余ったお金には公金が含まれる。ところが、余剰金がピッタリとゼロの議員も多かったです。今回は調査の対象外としましたが、103人です。 A:「報告書で余剰金をゼロにした議員の事務所も、事情をわかっているといえるでしょう。わかっているからこそ、余剰金を処理しなくてもいいようにゼロにする。でも、現実問題としては、公費負担分を勘案して差額がピッタリとゼロになるなんて、あり得ませんよ。そうした議員は昔から与党と野党を問わずいます」』、「安倍晋三首相や菅義偉官房長官、立憲民主党の枝野幸男代表など党首クラス」の事務所は、「余剰金を1円単位まで、きちんと政治団体に入れて使途を明確にした」とはさすが手慣れたもののようだ。
・『公選法の改正、そして新法「政治活動法」を  Q:余剰金の使い道を明確にするには、現行の制度をどう変えればいいのでしょうか。 A:「余剰金の問題は、公選法の大きな欠陥だと思います。余剰資金についての処理の方法を定めていないから、使途不明金や裏金作りの温床になりかねない。かつての政治改革の時にも、この問題は議論にならなかった。おそらく『選挙でお金が余る』などということはないと思っているのでしょう。みんな、『選挙はお金が足りないもの』という固定観念がある」「余剰金は選挙資金とはいえ、広い意味では政治資金です。選挙資金も政治資金と同じように扱うべきです。余剰金も処理や報告のあり方について、今の法体系でいけば、公選法で何らかの規定を設けるべきでしょう」 Q:岩井先生は日頃から「政治活動法」が必要だと主張しています。この意味するところは? A:「現実問題として、選挙資金と政治資金を区別することは難しい。政治活動の中に選挙活動があるはずで、選挙資金は政治資金の一部です。公選法と政治資金規正法という2つの法律があり、そして扱う法律が違うから資金の処理の仕方が別、というのはどう考えてもおかしい。僕が主張する『政治活動法』は、この2つ、政治活動と選挙活動を一本化すべきというものです。そうすれば、選挙資金の処理の仕方もわかりやすくなり、そもそも余剰金などという問題も起こりません。政治資金の流れも、より透明性が高まると思います」』、「『政治活動法』は、この2つ、政治活動と選挙活動を一本化すべきというもの」、大賛成である。

第四に、全く趣向を変えて、6月23日付け現代ビジネスが掲載した空調設備工事会社ナミレイの会長などを経て武道総本庁総裁 政財暴に幅広い人脈 朝堂院 大覚氏へのインタビュー「「最後のフィクサー」が直言、この国を破滅させるカネの亡者たち 安倍政権とその仲間たちこそ国民の敵」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65412
・『老後資金2000万円騒動においても、露骨な富裕層庇護の姿勢や現場(官僚)への責任押し付け体質を赤裸々にさらし、どこまでも自己保身に終始する安倍政権。カミソリの異名をとった後藤田正晴を表裏で支え、あらゆる経済事件で暗躍してきた“最後のフィクサー”朝堂院大覚氏が、安倍政権に象徴されるいまの日本の支配者たちの腐敗、堕落の所業を一刀両断する』、興味深そうだ。
・『自民党政治が招いた拝金主義社会  安倍晋三首相はまた醜態を晒した。アメリカのトランプ大統領を平身低頭で招待し、大相撲の升席観戦など恥も外聞もない過剰接待を繰り返した。その成果というのか「見返り」が、あろうことか貿易交渉でのアメリカへの大幅譲歩、つまりぼったくられる事実を7月の参院選後まで公表しないでくれという密約でしかなったことを、当のトランプ大統領からバラされてしまったのだ。 さすがに日本のメディアや国民から「これは国を売る行為だ」と怒りの声が上がったが、当然のことである。 安倍首相のみならず、政官財を支配する日本の権力者たちの亡国の所業の数々は目に余るものの、すでにマヒしてしまったのか、国民の怒りはなぜか盛り上がりに欠けるように感じる。 しかし、明らかに日本は危機的状況にある。こうした現状を招いたのは、戦後長く続いた自民党政治の腐敗による「拝金主義」の蔓延にほかならいない。私はこのたび、評論家の佐高信氏とともに『日本を売る本当に悪いやつら』を上梓し、その拝金主義の源流と、いまの日本の支配者たちの体たらくを明らかにした。 佐高信さんとの対談をもとにした本書においてもっとも強調しなければならないことは、この戦後74年続く売国奴の政治家たちが日本人たちの労働力の質の低下を招いたということだ。このままでは今後100年経っても失われた質を取り戻すことは難しいだろう。 明治・大正・昭和にかけて児玉源太郎、新渡戸稲造らを始めとする多くの指導者が日本に大きな力をもたらした。その基礎になったのは武士道精神であった。いまの日本は町人の時代である。町人の時代にもっとも優先されるのはなにか。 それはカネだ。 町人の時代には拝金主義が広められ、カネを拝む人間が多くなり、正義が通じない時代をつくりあげた。だから国会においてもカネのためには平気でウソをつく、権力のためなら裏切る。すべて町人主義がまかりとおる世の中になってしまった。それはマスメディアも同じことである。 この拝金主義を広めるためにGHQが使ったエージェントが児玉誉士夫であり、戦後右翼とその力を利用した自民党政治である。この自民党政治による悪影響がもっとも大きい。 今回の佐高さんとの対談においても、その点を私はお話ししたつもりだが、これは私が経験した範囲での話であって、私が知らない場面でも同じようなことが行われていたはずだ。これが世界から日本人が信用されなくなった原因といえる』、「町人の時代には拝金主義が広められ、カネを拝む人間が多くなり、正義が通じない時代をつくりあげた・・・この拝金主義を広めるためにGHQが使ったエージェントが児玉誉士夫であり、戦後右翼とその力を利用した自民党政治である」というのは、なかなか面白い指摘だ。
・『戦争で得るものはなにもない  平成の失われた30年。平成の呪われた30年。この時代は次から次へと指導者が代わり、戦後日本人が築き上げたものをハゲタカファンドたちに献上することになった時代だ。もっとも大きいのは日本郵政による米保険大手アフラックへの2700億円近くに上る巨額出資である。 それではいかにすればわが日本が今の惨状から立ち上がることができるのか。そのためには国体と政体の変革が必要ではないか。カネを中心としたものではなく道義と行動力をもった政治家が必要だ。 私は3回逮捕されているが、1982年に起きた高砂熱学裁判をおよそ13年間闘い、一部無罪を勝ち取ったところ、95年からオウム真理教事件に巻き込まれた。その結果、親族にこれ以上迷惑をかけることができないことから松浦という名前を変えざるをえなくなった。そのときに周囲のアドバイスによって「朝堂院」を名乗ることになった。 というのも当時、私は国会改革運動をしており、参議院を廃止して衆議院の名前を朝堂院に変えること、そして最高指導者は7人にせよと主張していた。これは奈良~平安時代の七省、7人の卿(大臣)に由来する。朝堂院は奈良時代にあった、政務や儀式などを行う施設である。そしてその朝堂院はもともとは朝鮮にあった施設である。それを日本は取り入れていたのだ。 しかしいま安倍政権はさかんに日朝(日韓)戦争を起こそうと煽っている。われわれ日本人は明治維新戦争、日清戦争、日露戦争、第二次世界大戦を当事者として戦ったわけであるが、それによって得たものはなにもない。日本がやった戦争でだれが利益を得たのかを考えなければならない。日本人は殺されたり、武器を買わされたりしただけではないか。中途半端にカネをもつ数多くの政治家たちによって議論されるような国であれば、以前と同じような戦争をしてしまうだろう』、安倍政権批判はいいが、なにやら不吉な予言だ。
・『角栄、後藤田の遺訓  幕末ではイギリスのグラバーが倒幕派に武器を売り込み、対する徳川幕府をフランスが支援した。すべての戦争はその繰り返しなのである。 利益を得るのは軍事産業であり、一部の拝金主義者たちだ。イラン革命、イラク戦争を見れば明らかだ。革命や宗教、デモを利用して暴動を起こして戦争を起こすというパターンが決まっている。米国も戦争を生み出すためには同盟国を平気で裏切る。フィリピンの米軍基地撤退も米軍基地を潰したいから、軍事政権をアキノに倒させたのである。 戦争とはおしなべて人間によって作られるものだ。これに対峙する政治家には先を見通す力が必要だ。ともかく世界には戦争を回避する政治家が必要なのである。田中角栄や後藤田正晴は絶対に戦争をしちゃいけないと言っていたものだ。 安倍政権にたぶらかされてはならない。戦争ができるようにする憲法改正など絶対にしてはならないのである』、「田中角栄や後藤田正晴は絶対に戦争をしちゃいけないと言っていた」、「安倍政権にたぶらかされてはならない」、などは確かにその通りだ。
タグ:東洋経済オンライン 現代ビジネス 日本の政治情勢 (その32)(国会議員267人の選挙「余剰金が行方不明」の謎 調査対象の6割、公開資料で使途を追えず、議員秘書が語る「選挙余剰金」のすさまじい実態 現役3人が匿名回答「報告書はまったく違う」、公職選挙法の改正で「余剰金」の抜け穴を防げ 岩井奉信・日本大学法学部教授インタビュー、「最後のフィクサー」が直言 この国を破滅させるカネの亡者たち 安倍政権とその仲間たちこそ国民の敵) Frontline Press / 日本大学・岩井研究室 「国会議員267人の選挙「余剰金が行方不明」の謎 調査対象の6割、公開資料で使途を追えず」 公開情報をベースに調査を開始 「選挙運動費用収支報告書」 共産党を除く各政党は国から政党交付金を受け取っており、その額は年間で合計約320億円 使途不明の最高額約2725万円 「余剰金」を政治団体に戻したことを確認できず、使途がわからない議員が268人もいたのです。それら議員の余剰金を合計すると、約9億5000万円。最高額は約2725万円 公選法は、余剰金の処理について何も定めていません 議員たちの言い分は「報告義務ない」 1円単位まで返却の議員「公金入っているから当然」 候補者のために税金が使われているのだから、余ったお金の行き先は公選法ではっきりさせるよう規定すべきです 行方を確認できない議員の50人余りは未回答 「議員秘書が語る「選挙余剰金」のすさまじい実態 現役3人が匿名回答「報告書はまったく違う」」 「絶対匿名」の条件で明かされた内実 X議員の秘書余剰金は「票のとりまとめ」にも Y議員の秘書 「手伝ってくれた人にお礼必要」 Z議員の秘書公選法の“抜け穴”は「承知」 元秘書の男性 「政治改革で使い道を透明にすればよかった」 (かつての政治改革では)政治資金を小選挙区の話にすり替えてしまった。政治のお金をガラス張りにすればいいだけの話だった。どこから献金を受けたとか、使い道を透明にする法律(関連法の成立)ならよかったが、政治改革では、それを小選挙区の話にすり替えて、公費で政党助成をするという話にしてしまった 「公職選挙法の改正で「余剰金」の抜け穴を防げ 岩井奉信・日本大学法学部教授インタビュー」 「お金のことは政治家本人に教えない」 実態は「全員が報告書の訂正必要」 公選法の改正、そして新法「政治活動法」を 『政治活動法』は、この2つ、政治活動と選挙活動を一本化すべきというもの 朝堂院 大覚 「「最後のフィクサー」が直言、この国を破滅させるカネの亡者たち 安倍政権とその仲間たちこそ国民の敵」 後藤田正晴を表裏で支え、あらゆる経済事件で暗躍してきた“最後のフィクサー 自民党政治が招いた拝金主義社会 評論家の佐高信氏とともに『日本を売る本当に悪いやつら』を上梓 いまの日本は町人の時代である。町人の時代にもっとも優先されるのはなにか。 それはカネだ。 町人の時代には拝金主義が広められ、カネを拝む人間が多くなり、正義が通じない時代をつくりあげた 拝金主義を広めるためにGHQが使ったエージェントが児玉誉士夫であり、戦後右翼とその力を利用した自民党政治である 戦争で得るものはなにもない 安倍政権はさかんに日朝(日韓)戦争を起こそうと煽っている 中途半端にカネをもつ数多くの政治家たちによって議論されるような国であれば、以前と同じような戦争をしてしまうだろう 角栄、後藤田の遺訓 田中角栄や後藤田正晴は絶対に戦争をしちゃいけないと言っていたものだ 安倍政権にたぶらかされてはならない
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