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人生論(その2)(人生の諸問題@NBOファイナル その3:偏差値70の高校野球選手は大学に行くべきか?、その4:“超絶技巧タックル”に学ぶわれらの諸問題) [人生]

1日に続いて、人生論(その2)(人生の諸問題@NBOファイナル その3:偏差値70の高校野球選手は大学に行くべきか?、その4:“超絶技巧タックル”に学ぶわれらの諸問題)を取上げよう。

先ずは、昨年12月27日付け日経ビジネスオンラインが掲載した電通を経て独立した岡 康道氏と、コラムニストの小田嶋 隆氏を基本とした対談を、フリージャーナリストの清野 由美氏が聞き手として取りまとめた「人生の諸問題@NBOファイナル その3:偏差値70の高校野球選手は大学に行くべきか?」を紹介しよう。ーーは聞き手。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/134215/121900018/
・『ーー第2回からの続きです。「日経ビジネスオンライン」連載での最後のシーズンとなったのに、全4回のうちの2回を雑談で使ってしまいました。今回からは気を取り直して、「2018年を振り返る」の本題に入りたいと思います。 小田嶋:年末の話題で言えば、相撲協会と貴乃花(貴乃花 光司氏)ですかね。 岡:そうそう、貴乃花ね。 小田嶋:貴乃花はね、俺、これ、蛮勇を振るって、勇気を振り絞って言い切るけど……あの人、まずいよね。 全員:うーーん。(と、小田嶋さんの蛮勇に感嘆) 小田嶋:この先、彼は誰かが歯止めを掛けないといけない。人気のある人だから、国政選挙に出る線も濃いと思うんだけど、そもそも相撲協会的にすごく扱いに困っていたでしょう。それでも、一定の支持者が付いちゃっているから、それを無視できない。貴乃花で商売しようとしている層が出現しちゃっている。 岡:ある種、何かの星みたいなところに行っているよね。純粋だから、かえって始末に負えない。 小田嶋:純粋という言い方も何だけれども、言葉を言葉通りにしか解釈できないとか、文脈が分からないとか、そういう感じがすごくあって。 岡:そもそも相撲界って、中学を卒業したぐらいから入門するから、社会経験がゼロみたいな人たちだらけなんですよね。 小田嶋:そうそう。 岡:しかも、ほら、先代の貴乃花の息子ということは、要は大金持ちの相撲エリートで中卒だから、社会のことはほぼ1ミリも分かっていないはずです。 小田嶋:いわゆる「電車の切符を買ったことがない」というタイプなのかもしれない。なおかつ相撲協会の仕組みというのは、現役時代をそのまま反映しているということで、社会とか世間とかとは、とんでもない断絶が普通になっている世界。現役時代に番付1枚上が、絶対的に上だというのはいいんですよ。 岡:だから、そこは美しい猿山だよね(前回参照)。みんな、栄養がよくて、肌がつやつやしているし。 小田嶋:その猿山社会が、そのまんま協会の理事長や理事に横滑りするんですよ。大横綱だった人が理事長、大関が理事って具合に、番付そのままにマネジメント機関の地位が決まっていく。あいつは前頭止まりだったから、理事はここまででしょうと、全部連動しているんですよ』、相撲界をめぐる問題は、このブログでは、2月14日、10月17日でも「日本のスポーツ界」として取上げた。昨年は、その他のスポーツ界でも不祥事が頻発したが、やはり冒頭に相撲界が取り上げられるだけの酷さだった。
・『現役トップは競技団体トップに向くか?  岡:現役時代に一番強かった人が、協会で一番偉くなるというのは、これはほかの競技団体ではあまりないですね。 小田嶋:実は競技でトップに立っちゃう人というのは、ある意味、視野の狭い人ですからね。それこそ、余人の追随を許さぬほど、その道に精進したわけだから。 岡:そういう人は、そりゃマネジメントには向いていないですよ。 小田嶋:サッカーやバスケでは、名監督になった名選手は、ほぼいないです。だいたい補欠だったりした人が、後に名監督と呼ばれたりするようになる。 岡:例外が、王貞治さん。王さんみたいな人格者で、周りも見える一流選手で、一流監督というのは、王さん以外はいなかった。 小田嶋:王さんは超例外ですね。だいたい張本さんとか、ああなっちゃう。一番典型的なのは……。 岡:カネやん(笑)。 小田嶋:そう、カネやん。カネやんというのは、いい人で、面白い人だけど、マネジメントができる人じゃない。 岡:カネやんには無理だよ、そりゃ。 小田嶋:だけどカネやんみたいな人がトップに立っちゃうのが、相撲協会の体質なわけだよ。野球はいろいろ悪口を言われているけど、一応外部のコミッショナーを置くとか、あるいは企業のトップの人間との交流があるとか、球団社長がいて、監督がいて、コミッショナーがいて、GMがいてという指揮系統はそれなりに敷いている。 岡:まあ、混乱はしているけど、一応はそういうものがある。 小田嶋:その意味で、まるっきりのピラミッドじゃないわけです。一方で、相撲協会はああなっちゃっていますからね。 岡:すごいよね、あれ。 小田嶋:あれ、ひどいです。その中で貴乃花という人は、一種純粋すぎるというのか何というのか、融通がきかなすぎる。だから彼をめぐる騒動では、貴乃花も相撲協会も、どっちも味方できない感があったじゃないですか。 岡:どっちもどっち感があったね。 小田嶋:貴乃花は、モンゴルから相撲を取り戻せみたいなことを、いろいろなところで漏らしているけれど、あれはちょっと民族偏見が混じっている感が、どうしても漂うのね。言いたいことは分かるんだけど、白鵬だとかあの辺のモンゴルの連中が、日本の相撲を悪くしているという見方は、どちらかというと偏見で、それに乗っかっちゃっているネトウヨが結構いる。 岡:うーん。 --相撲はこのくらいにして、岡さんお得意のプロ野球に行きましょうか。 岡:そう、プロ野球と言えばドラフトだよ。ドラフト会議には、今年も行きましたよ。 --出ましたね、関係者枠』、相撲協会のガバナンスの酷さはスポーツ界でも突出しているが、「その猿山社会が、そのまんま協会の理事長や理事に横滑りするんですよ」であれば当然の結果だ。それなのに、スポーツ庁はどうも「お咎め」なしで済ませようとしているのも酷い話だ。
・『有名高校選手がそろってプロへ  小田嶋:すっかりDeNAの関係者として定着したね。 岡:そうです。横浜DeNAベイスターズのユニフォームのデザインをしている人間として。今年一番びっくりしたのは、甲子園で活躍した有名な高校生選手が、全員プロに行くことを選択したことですね。 小田嶋:ああ、確かに。 岡:去年の清宮幸太郎君以来、大学進学の価値がどんどん下がってきているんだな、と、ちょっとショックを覚えた。 小田嶋:高校生が日本のプロ野球に行くときは、その先にメジャーを見ている様子も増えたね。 岡:それもある。メジャーを見ているから、大学なんか行かないで、早くプロ入りをして力を付けた方がいい。なんといっても、大谷の成功例もあるしね。大阪桐蔭の藤原恭大、根尾昴、ピッチャーの柿木蓮、報徳の小園海斗、金足農業の吉田輝星君と、全員プロに行きましたからね。 小田嶋:さーっと名前が出てくるね。 ーーすごい。プロですね。 小田嶋:ドラフト解説の番組ができる。 岡:その中で驚いたのは、あれほど有名になった金足農業の吉田選手を、1位で指名した球団は、外れ1位の日ハムだけだったということです。だって準優勝投手だよ、彼は。しかもマスクもいい。それなのに、あとの11球団は見送ったというのは、これはなぜだろうという。 小田嶋:スカウトの目とメディアの目は違う、ということかな。 岡:スカウトもおそらくは吉田投手に斎藤佑樹の幻影を見たと思うんですよ。つまり、投げ過ぎの肩を心配したというより、すでに投手人生のピークを過ぎたんじゃないかということですよね。 小田嶋:高校ピークで、伸びしろがいかがなものか、と』、金足農業の吉田選手には、今後も大きく成長してスカウトの目をあかしてほしいものだ。
・『日ハム的には元が取れる  岡:でも、その中で、日ハムだけは別なんですよ。なぜなら斎藤佑樹を自分たちで獲得して、一流の投手にはならなかったけれど、観客動員は十分だし、うちら、ビジネスとして成功したでしょうと。 小田嶋:斎藤佑樹は鎌ケ谷のファイターズスタジアムの二軍のエースで、あそこにすごくお客が来ているから、たぶんは日ハム的には十分、元は取っています。だからあれは失敗じゃないよ、と。日ハムって、異常にくじ運がいいことも含めて、ちょっとそういう球団だよね。 岡:そもそも大谷も採っていれば、中田翔も採っているし、あと、ダルビッシュ有も採っている。すごいよね、このくじ運。 小田嶋:それで選手を上手にブランディングして、ポスティングで外に出して、莫大な金を得る。 岡:吉田投手と投げ合って勝った、大阪桐蔭のエース柿木も、日ハムは4位で指名しているんだよ。だから、甲子園で投げ合った2人という、すごい華やかなドラフトのラインナップになっている。これって、どちらかが育てばいいや、ということでしょう。まあ、これはまったくの僕の予測だけど。 小田嶋:いや、もうプロスカウトの目だよね(笑)』、日ハムはくじ運の良さだけでなく、戦略的にも優れているようだ。
・『岡:僕、ちょっと吉田君が気になったのは、試合前と試合の後に、センターに向かって刀を抜くポーズとか、刀をしまうポーズをやっていたでしょう。仲間と合図し合ってね。かわいいんだけど、子どもか、と。そのメンタルで、プロで投げられるのか、と、スカウトの目としてはそういう懸念はあった。 小田嶋:なるほど。そうすると、根尾オシになるわけか。 岡:そうなのよ。 小田嶋:根尾は、これまた大人ですからね。 岡:両親とお兄さんがお医者さんなので、周囲が恐れたのは、彼が野球は高校までと言って、医学部を受けるんじゃないかということだった。 小田嶋:勉強の方も偏差値が70いくつかで、医学部に行っても全然不思議はないという話だったね。 岡:だから根尾が対戦相手に出てきたら嫌だな、というのはあるよね。まあ、僕たちと対戦するわけはないんだけど(笑)。彼は中学のときはスキーの選手で、全日本で優勝して、日本代表としてイタリアで試合をしているんだよね。 小田嶋:頭のよさにしても、インタビューを聞いていたら別ものだものね。 岡:だから、日大の宮川選手の系譜なんです。根尾はいずれ、どういう形であれ、日本の野球界でマネジメント側に立って、全体を背負うんじゃないかと、18歳にして感じさせる。彼にとってはもう、医者になる以外は、大学に行くことの意味も、たぶんないんじゃないかな。 小田嶋:それは、今の世代ならではの話に思えるね。 岡:ああいう選手は、昔は6大学の早慶でやっていたんだけどね』、根尾がそんな凄い素質に恵まれた選手というのを、初めて知った。
・『素質に恵まれていて、勉強もできるのに  小田嶋:それのもう少し極端な例を言うと、江川の例になるんだろうな。 岡:確かに。 小田嶋:江川は、どういう育ち方をしたのかちょっと微妙なんだけど、ものすごい素質を持っていたことは絶対に確か。しかも、頭がそこそこいい。そこが彼の場合は裏目に出たんだけど、もしかしたら世界一かもしれない肩が自分に付いている。この肩を持った自分なら、慶應に入れるはずだ、と目標設定を間違えてしまった。 岡:早稲田にしておけば、絶対に通ったと思うんだけどね。 小田嶋:慶應は早稲田と違って、スポーツ枠がなかったからね。しかも、江川があまりにも注目され、全共闘が不正入試を許すのかと騒いだもんだから、大学としては江川を採る道がまったくなくなってしまった。 岡:それ、全共闘より、江川を選んでいた方が全然よかったのにね。 小田嶋:江川は作新学院でも、勉強の成績がよくて、野球をやらないで勉強1本に絞れば一般入試でも慶應に行けたかもしれないんだよ。でも、野球で行けるんだからといって野球を頑張ったら、野球じゃ慶應は入れない、ということになって、希望を裏切られたわけです。それで彼は法政に進学したんだけれど、慶應に入れなかったことが生涯のコンプレックスになった。新聞記者が江川の許にやってくると、「君、どこの大学?」というのが第一声だったというからね。 岡:新聞記者なんか問題にならないぐらいすごい肩があるのに、その肩にプライドを持つんじゃなくて、慶應に入れなかったことにコンプレックスを持つというのは、ちょっと気の毒なねじれだよね。 小田嶋:大学を出ておかなきゃ格好がつかないよ、という価値観が、我々の世代のころは、スポーツ選手でもまだまだ根強かった。 岡:阪神の監督なんて、大卒しか認めなかったからね。だから岡田はなったけど、掛布はなれなかったでしょう。 小田嶋:サッカー協会だって、早稲田なりを出てないとだめで、奥寺とか尾崎とか、高卒で一流だった選手は、協会じゃ偉くなれない。そういう時代がずっとありました。 岡:その中で、王さんは例外だった。 小田嶋:王さんは、いろいろな意味で例外』、江川が慶應に入れなかった一因に全共闘が出てきたのには驚いた。「大学を出ておかなきゃ格好がつかないよ、という価値観」はもう消え去ったのだろうか。
・『「ムラさん、あれは……」  岡:まあ、王さんだったら別に、それこそ早実から早稲田大学なんかは普通に行けたから。今、6大学野球がそれほど人気がなくなっちゃったでしょう。昔はプロ野球よりも、6大学野球の方が全然上だったのに。 小田嶋:そうそう、うちのおやじぐらいの世代の人たちは6大学野球を大好きだった人たちで、その流れで早稲田が大好きだった。だって、長嶋がプロに入ったことで、プロの地位がちょっと上がったと言われたぐらいだったからね。で、天覧試合を境に、マーケットが6大学からプロへと、逆転していったんだよね。 岡:1959年の巨人―阪神の天覧試合ね。長嶋が、天皇の退出時間の3分前にホームランを打って、試合を見事に終わらせたんだよね。でも投手の村山実は、死ぬまであれはファウルだと言い続けたんだよね。 小田嶋:その村山の霊前で、ミスターが手向けた言葉が「ムラさん、あれはホームランだったからね」という。そういう、ちょっと笑えるエピソードがいろいろあるところが、ミスターのすごいところなわけだけど。 岡:そうそう。昔はさ……。 --……と、だらだらと話は尽きませんが、紙幅の方はそろそろ尽きてきました。(次回、いよいよ最終回の大団円に続きます)』、「昔はプロ野球よりも、6大学野球の方が全然上だった」というのは初めて知った。確かに昔は6大学野球がマスコミによく取上げられていたようだ。

次に、この続きを12月28日付け日経ビジネスオンライン「人生の諸問題@NBOファイナル その4:“超絶技巧タックル”に学ぶわれらの諸問題」を紹介しよう。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/134215/122000020/
・『ーーいよいよ「人生の諸問題」の区切りの最終回となりました。前回からの続きです。みんなで2018年を振り返っています。2018年といえば、平昌冬季オリンピック・パラリンピックから幕が開き、そこからサッカーのワールドカップが続きました。前回は相撲と野球の話で終始してしまいましたが、スポーツ好きのお二人には、いろいろ話したいことがいっぱいあった年だったと思います。 岡:平昌冬季五輪って、今年だったんだ。 (ガクッ) 小田嶋:いや、もう、なんか、遠い。この間、流行語大賞で、「そだねー」という言葉が受賞していたけど、俺は5年前の流行だった、みたいな感覚で聞いた。 岡:昔は広告のコピーでも、2~3年はもっていたものだけど、最近は1年前、半年前がすごい昔に感じられるようになって、コピー自体も一瞬で流れていって、全然もたなくなっていますからね』、広告のコピーの寿命まで短くなったのは、時代の流れがそれだけ目まぐるしく、速くなってきたからなのだろうか。
・『--でも小田嶋さんは、平昌五輪のときにコメンテーターとして「報道ステーション」にちゃっかり出演していたじゃないですか。満面の笑みで、「いや、感動した」とか何とか言っていましたよね。 岡:そんな小泉純一郎みたいなことを言っていたのか。 小田嶋:あれね。 ーー出張先でテレビを見ていたら、いきなり小田嶋さんが出てきて、飲んでいたお茶を吹いちゃいましたよ。 小田嶋:うっかりと、何かよくないことを言っちゃわないか、自分的には大変だったのよ、実は。 岡:そうだよね。とりわけ小田嶋の場合は。 --危ない。 小田嶋:だから、我ながら、すごい官僚答弁になって(笑)。普段、切れ味のいい人が官僚答弁になるときは、どうしてああも切れ味が鈍るのかというと、ある種の事情を抱えているからだ、ということがよく分かりましたね。 岡:うーんとか言っていても、だめだしね。 小田嶋:たとえば、ちょっとはしゃいでしまいがちなフィギュアスケートの感想にしても、難しい。うっかりしたことを言えない。 岡:フィギュアだとコアなファンの反応が、結構大変なんだよ。前回、前々回冬季五輪のキム・ヨナね。あれ、僕は、応援したいな、なんて思っていたんだけど、なんか日本でそれを表出するのは、難しい雰囲気だった。とりわけキム・ヨナが出ているときに、家の中で応援するのは、はばかられた。 --家の中、とは? 小田嶋:だから、浅田真央さんじゃなくて、キム・ヨナを応援するって、ある種、何というか、キャバクラ嬢にお熱みたいな、そういうニュアンスが出てしまうから。 岡:もちろん僕はアスリートとして応援しているんだけど、キム・ヨナはバブルのときに、いちばんもてたタイプなんですよ。だから、応援したいけど、応援しちゃいけないって、気持ちにブレーキがかかる』、キム・ヨナを「家の中で応援するのは、はばかられた」、「キム・ヨナを応援するって、ある種、何というか、キャバクラ嬢にお熱みたいな、そういうニュアンスが出てしまうから」というのには、驚くと同時に納得した。
・『小田嶋:韓国の女子プロゴルファーとか、あと、ロシアのフィギュアスケーターにも、その匂いがある。キム・ヨナって顔立ちがきれいだ、というきれいさじゃなくて、動きだとか、振りだとか、表情だとか、彼女がつくり込んだものが大衆にアピールする、というきれいさだったんだよね。 岡:だから、セクシーということはいえる。 小田嶋:「彼女はセクシーである」というのは日本語だと、そのまんま「セクシー」なんだけど、中国語だとセクシーって「性感」って字になるんだよね。だから、そういうスケーターの記事には性感女王とか書いてある。 --それで? 小田嶋:いや、だから、その、中国語ってそういうふうに書いちゃうんだ、というお話です。 --どこで見たの? 小田嶋:いや、その、どこで見たのか思い出せないけど。ただ、ああ、中国では性感なんだ、こういうふうに言うんだ、って。 --違うかもしれないよ。 小田嶋:いや、でも、セクシーということを中国語で表現すると…… --官僚答弁になっていますよ。 岡:まあ、だから、次、行きましょう。 小田嶋:はい、次に。サッカー・ワールドカップですかね(やれやれ)』、WEB検索して確かめたところ、「セクシー」は中国語だと確かに「性感」(他に「妖媚」との訳も)のようだ(Weblio辞書)。
・『ハリルホジッチ解任は禍根になる  岡:ワールドカップも、僕の中ではかなり昔感が出てしまっちゃっているね。 小田嶋:いや、ハリルホジッチを辞めさせたことについては、俺はいまだに納得していないぞ。その点については、俺は昔のこととして、流していない。あれはひどい話だった。きっとこの先、10年、20年にわたって、日本サッカーの禍根になると思います。 岡:ただ、今、森保一監督が結果を出しちゃっているでしょう。 小田嶋:そうなんです。森保さんが結果を出していることも、かえってよくないような気がするんだけど。もちろん、彼はすごく優秀な監督です。ただ、ハリル解任の問題というのは、試合に勝った負けたのことではなくて、日本のサッカー協会の指示系統の問題なんだよ。これまで、あらゆることを全部、外国人監督のせいにして乗り切ってきたという、そのアンフェアなガバナンス体質が、いまだに直ってないで、そのまま進んでいるということが、俺としてはとても引っ掛かるのね。 岡:ハリル解任劇を広告業界的に説明すると、結局、ハリルが本田圭佑選手を切ろうと思っていた、というところに焦点がある。本田を切ることだけはできないよ、というのが、広告業界の総意だったんです』、いくら「広告業界の総意」だったしても、監督にどこまで任せるかを明確にしなかったサッカー協会の罪はやはり重そうだ。
・『オシム監督の強烈なメッセージ  小田嶋:それはあり得る話だよね。もちろん広告業界の後ろには、有名なスポーツメーカーがいて、一番マネーを生んでくれるのは、やっぱり本田選手だったから。そのことはハリル以外の歴代外国人監督にとっても、昔から根深くある問題で。オシムさんが来たとき、最初の代表戦に招集したメンバーは、13人しかいなかった。それが全員スポンサーの付いてない選手で、偶然とはとうてい思えなかった。 岡:それは間違いなく、偶然ではないよ。 小田嶋:オシムが発したメッセージは、俺は企業とひも付きの選手は使わないよ、ということだったと思うんだよ。 岡:強烈なメッセージだよね。 小田嶋:それで、あのときもメンバー選出で揉めに揉めたわけです。これは日本に限らず、どの国でもそうなんだけど、スター選手にはファンがたくさん付いていて、スポンサーもたくさん付く。テレビ局も、一番数字が取れるぞ、という話になる。もちろんそういうスター選手は、そこそこの実力もあるし、ある程度の堅実な結果は得られる。でも、監督がスポンサーの意向を受け入れてしまうと、望ましいチーム改造はできない。 岡:だから西野監督って、最初から苦渋に満ちていたじゃないか。「俺のチームじゃない」と言っていたし、「終わったら辞めるんだ」ということもずっと言っていた。あれほどはっきり「辞めたい」と言いながら、就任する人はいないよ。 小田嶋:事情絡みを俺はのみ込むよ、ということだったんだろうけど。 岡:協会とか関係者とかに十分に言い含められてしぶしぶ表に出た、という感じだったものね。 小田嶋:とにかくハリル解任の責任が、どこに帰するのか、まるで分からなかった。あらゆる意味で日本的なやり方でしたね。 岡:その後、森保監督になって、チームが若返ったら、試合運びは断然速くなったよね。 小田嶋:そもそもハリルホジッチは「デュエル(1対1の競り合い)」ということを掲げて、速いチームを作ろうとしていたんです。今、サッカーは身もフタもなくスピードアップされているから、チームに速さがあるということは、勝ち方としてすごく気持ちがいい。 岡:森保ジャパンでは、スピード感のある、気持ちいい攻め方になっているよ。 小田嶋:森保監督は賢い人だから、ハリルホジッチがやろうとしたことの、いい部分をちゃんと拾っているんです。だから、今は戦術的には穴はないんだけど、あの協会のガバナンスのひどさというのだけは残っていて、これからもいろいろな影響を及ぼすんじゃないかと思います。 岡:僕はサッカーに詳しくないんだけれど、ワールドカップでは日本‐ベルギー戦で日本が2点を先取していたのに、後半、相手のなすがままに3点を取られて負けた試合がありましたよね。試合に際しては、事前にいろいろなシミュレーションをやっていると思うんですよ。1対0、1対1、あるいは逆転されたらどうするか、とかね。でも、あれを見ていた限りでは、「後半に2対0で勝っている状況」は想定されていなかったんだな、という感想を持ちました。 小田嶋:そうかもしれない。格上相手に後半、2対0で先行している、というシミュレーションはね。先行していたのに、後半でひっくり返されるという状況は、サッカーではあまり起きないことではあるんだけどね。 岡:ラグビーでは弱いチームが前半をリードして、後半にぼろぼろになるということはよくあるよね。この間のラグビーのテストマッチでも、イングランド代表を相手に、日本代表が前半15対10でリードしていたのに、後半はぼろぼろに負けた。 小田嶋:ラグビーでは、おなじみの展開だよね。あのパターンはアメフトも同じなのか? 岡:同じですね。実力のあるチームは後半に強い。 小田嶋:そうか。コンタクトの強いスポーツは、強いチームほど後半に強くなるんだね。ただ、サッカーは比較的それが表に出ないんだけどね。 岡:昔を振り返ってみると、「ドーハの悲劇」だって、同じパターンだったよね。最後の最後、よりによってロスタイムで気が抜けた瞬間に、ぼろぼろになったというのは、何だったんだろう、あれ、と、ずっと不思議に思っている。 --ということで、ある意味で岡さんにとって本丸、日大アメフト部事件に行きましょう。 岡:うん、これは話せば長くなる。 小田嶋:岡はアメフトについては一家言がある人だからね』、ワールドカップでの日本がベルギーに大逆転されたことや、「ドーハの悲劇」がサッカーではあまり起きないことなのに、実際には起きた理由を知りたかった。残念。
・『ついに岡康道が日大アメフト部事件を斬る  岡:僕たち、今、早稲田大学で偶然、同じ日に講義を受け持っているから、今年は小田嶋ともよく会ったよね。 小田嶋:講義後、麻雀になだれ込んだときの話題だったね、日大アメフト事件は。 --それ、同じ日に講義というのは、偶然ではないですね。先に麻雀ありきが見え見えです。 岡:いや、そんなことはない。 小田嶋:偶然です。 岡:それで、日大アメフト事件では、まず加害者と被害者がいるという前提で、犯罪シーンと目されるものがテレビやネットで流れたんです。あれは衝撃でした。僕は長い間、アメフトの選手としてプレーもしたし、プレーも見てきた。けれども、あのようなプレーは見たことがなかった。 小田嶋:やっぱりなかったか。 岡:ない。生涯で初めて見た。そのぐらいひどい。 小田嶋:だって明らかに、プレー時間が終わってからタックルしているものね。 岡:ただ、被害者の選手がその後23プレーをこなしたことは、みんな知らないでしょう。 岡:うん。だから、いろいろ騒がれたけど、結局、傷害罪とかそういったものは成立しなかったじゃないですか。 小田嶋:日大の内田さんに対しては、タックル指示が認定できないとして、不起訴処分が決定した。 岡:いったい誰がどういう犯罪を構成できるのか、という話に落着したんです。 小田嶋:でも、あのタックルのシーンは衝撃的だった。被害者の体だって、ありえないほどしなっていた』、「被害者の選手がその後23プレーをこなした」というのは初耳だ。
・『岡さんの深読み、宮川選手の深謀遠慮プレー説  岡:それを逆に言えば、宮川選手は相手がひどいダメージを受けない程度にタックルを加減した、ということなんだよ。ああいう派手なタックルをかければ、ベンチも納得するだろう。だけど、相手に決定的なダメージは負わせない、という超絶技巧のタックルだったわけ。 --本当ですか? 岡:いや、僕の推測ですけどね。 小田嶋:ということは、宮川選手って腕が立つんだね。 岡:これは本当ですが、宮川選手は、学生ではほとんどナンバーワンといっていいほどのタックラーなんですよ。彼は断然うまいのよ、日本一。 小田嶋:そうだったのか。彼は記者会見でも立派だったでしょう。この人、すごいと思いました。 岡:彼は記者会見だから立派だったんじゃなくて、大学に入ったときから立派だったんです。そもそも高校時代から選手としての評判は高かったんです。 小田嶋:ただ、日大フェニックスのあの監督とコーチは、明らかにばかじゃないですか。 岡:そこなんだよ。あくまでも僕の推測という前提で聞いてほしいんだけど、だから、あんなばかなやつらの指示を、宮川君のような優秀な選手が納得して聞くわけはないんです。ということは、彼はそれまで、上からの指示は上手にかわしていたんだと思う。 すると、ばかな監督とコーチは内心、面白くないですよね。それで「相手をつぶせ」とか、異常に感情的な指示を、あのゲームで出すに至ったわけです。「オマエは次の全日本に出るのは禁止だ」とまで言われてしまったら、選手はばかばかしいと思いながらも、形だけやって見せるしかない。これでいいんだろう、というのをやったのがあのプレーだったんです。 小田嶋:なるほど。 --だとしたら、すさまじい「人生の諸問題」の解決法ですが……ーーあくまでも岡さんの推測です、ということを、ここでもう一度お断りしておきます。 小田嶋:その後、日大側は学生がさらし者にされちゃうからうんぬんという、おためごかしの理由で記者会見をすごく止めていたけれど、彼はちゃんと表の場に出てきて、見事に説明したでしょう。あの記者会見を見て、ああ、この選手はただ者じゃないな、とびっくりした。 岡:ただ者じゃないですよ。本当のことを自分の言葉で言っているし、感動したもん。 小田嶋:とても20歳とは思えない。今は大谷翔平にしても、ゴルフの松山英樹、石川遼にしても、今の宮川君にしても、あの年齢で、ああいう立場に立つ選手が、身体的にも反射神経的にも精神的にも、非常にしっかりしていますね。そうじゃないと一流にはなれないんだろうけど。 岡:みんな、自分自身と、自分を取り巻く状況をマネジメントができる頭脳を持っているんですよ』、「ああいう派手なタックルをかければ、ベンチも納得するだろう。だけど、相手に決定的なダメージは負わせない、という超絶技巧のタックルだったわけ」との岡氏の推測は、説得力があり、感心した。ただ、小田嶋氏が「非常にしっかりして」いる選手として挙げたなかに、石川遼が入っていたのは違和感を感じた。肝心のアメリカで鳴かず飛ばずだったこともあり、私は顔も見たくない。
・『大谷選手のインタビューに感動  小田嶋:大谷翔平のインタビューを聞くと、完成度が高くて、ひっくり返るものね。 岡:今年の夏、僕、アナハイムのエンゼル・スタジアムで3試合見てきたんだよ。 小田嶋:おお、バーランダーからホームランを打った場面か? 岡:もう、素晴らしかったですよ。見ていて泣きそうになった(泣)。 小田嶋:バーランダーはアメリカ球界のエースですからね。そのエースからホームランを取ったというのは、とんでもない話で。 岡:次の日に、大谷が報復のデッドボールを受けたでしょう。 小田嶋:そうそう、その報復デッドボールについて記者が質問したときの、大谷の返しも見事だったね。 岡:「私もピッチャーをやるし、もちろんミスピッチもある。気にしていない」と。 小田嶋:相手は報復の話を聞いているんだけど、ピッチング技術にうまくすり替えていてさ。 岡:そのあたりのスマートさはどうだ、と、記者まで絶賛している。あっちでは3塁側がホームなんだけど、ベンチを見ていると、ベンチから身を乗り出しているのは大谷選手だけなんです。だからもう、すでにチームを引っ張っている感じ。 小田嶋:おお。 岡:日本から、かわいい男の子が来たぞ、というレベルではなく、すでに大谷がチームをまとめるリーダー格になっている。4番バッターでバーランダーからホームランを取って、ピッチャーもやって、ベンチから1人だけ身を乗り出すというのは、これはどうよ。これまでの日本人のすごい選手でもできなかったことですよ』、確かに大谷は凄い。来シーズンは手術の影響が残らないことを祈りたい。
・『「日大アメフト立て直し」という美談へのシフト  --もう一度、日大問題に戻しますか? 岡:そうだ。戻そう。それで、日大の監督とコーチはクビになった。それは当然だと僕も思う。次に、だめだめになった日大を立て直すために、京都大学でアメフトチームを甲子園ボウルに連れていった水野弥一監督を、日大が受け入れようとした。それは日大の父兄も了解して、選手も盛り上がったんです。ペナルティで1年のブランクがあっても、次は水野さんの下で甲子園ボウルへ行くぞ、とね。ところがここで、日大の新監督候補者を審査する選考委員会という、不思議な会が立ち上がっちゃって、そこに関学大のOBが送り込まれたんだよ。 小田嶋:どういうこと? 岡:日大は自浄力が機能しない状態だから、外部の目も入れましょう、その際は被害者側にも入ってもらって管理しましょう、という話になった。その選考委員会で、水野さんの日大新監督就任について、高齢であるとか何とか、いろいろな反対が唱えられて、結局、立命館出身の、実績が薄く、僕も知らない人が日大の後任監督になっちゃったわけ。 小田嶋:京大の老監督が乗り出して、日大を復活に導くってことになったら、それはものすごくアングルのいい話だよね。 岡:そうなんだよ。水野さんと、亡くなった日大の篠竹監督というのは、かつて甲子園ボウルで熱闘を繰り広げ、永遠のライバルと称されていた。となると、かつて伝説のライバルだった京大の水野監督が、日大フェニックスを、文字通り不死鳥のようによみがえらせる、という、すごいメディア映えのする話になる。完全に日大サイドのストーリーになっていっちゃうんです。 小田嶋:そうか。そのようないい話として着地されちゃあ、関学としては穏やかではなくなるね。 岡:主人公が、被害者である関学じゃなくて、加害者の日大になってしまう。こんなばかな話があるか、と。 小田嶋:それは、笑って見過ごせないだろうな。 岡:ということで、最大のライバルの立ち直りをつぶしにかかった。これは全部推測ですよ。でも、そうとしか読めないんだ、この話は。事実、日大は強いから、すでにもうフェニックスは、復活劇の主人公になりつつある。 小田嶋:不起訴処分になったことで、内田さんは懲戒解雇は無効だと、日大を訴えているよね。 岡:今度はまた、そういう泥沼に発展している。 小田嶋:こういうことって、メディアでばーっと騒がれて炎上するでしょう。そこで炎上して、半年ぐらいたった後に、ところで、あんなに炎上したあの事件ですけど、結局、不起訴になりました、みたいなことになっても、世間って、「ああ、そう」ぐらいしか反応しない。 岡:現時点では、もうどうでもよくなっている』、関学がそんな「汚い手」を使ったとは初めて知ったが、スポーツマンシップにもとる行為だ。
・『おっさん猿山問題はつづく  小田嶋:事件の消費サイクルが、すさまじく早くなっているんだよ。それで、輪島も死んだしな、とか、関係ないことがくっ付いてくる。輪島と日大アメフト部事件はもちろん全然関係ないんだけど、日大のあの、内田さんの上の田中理事長とツーカーだったという人も、この世からいなくなったんだからということで、いろいろ話が済んでいく。 岡:「そだねー」の消費の早さと同じだね。 小田嶋:そこに戻ったね。テレビが流行語大賞のベースにあった昔は、年末にその1年を振り返るちょうどいいフックになっていたんだけど、今はネットで火がつくようになって、その燃える速度が速くて、消える速度も速いから、前半の6月以前の流行語って5年ぐらい前の話感になって、ちょっと振り返るには距離があり過ぎるみたいになっているね。 岡:流行語大賞というのは、もう年間ベースでは成り立たなくなっている。 小田嶋:ツィッターのトレンドワードなんて、3日ぐらいしかもたないですからね。 岡:流行、じゃないけれど、今年は日大の次に、レスリングもボクシングも体操も相撲も、ってパワハラ問題がずらずらと出ましたね。 小田嶋:スポーツ団体のガバナンス問題表出の年だったね。でも、世間は、スポーツ競技団体って軍隊かよ、ということで驚いてみせていたけれど、あれって別にスポーツ団体だけの話じゃなくて、日本の男の組織全体の問題だと思うわけだよ。よって、要するに、日本のスポーツ競技団体のガバナンスの問題というのは、日本の組織というもののホモソーシャル的パワーバランスの問題と、全部がひとつながりだと思うんだよね、ということを俺は考えていて。 --えっと、何を言っているのですか? 岡:いや、さらに一回りして、第2回のおっさん問題の話に戻ったんだよ(こちら)。 小田嶋:そうそう。日本のおっさんは、みんな猿山に生きているという。 岡:俺たちはサルか、と。 小田嶋:だから俺が入院で身をもって経験した話――女性はどんな人とも、入院患者として打ち解けられるけれど、男は猿山の関係性の中でしか生きられないので、入院生活で孤立するという問題とも、つながっているんだよ。 --根が深いですね。 岡:だから難しいんだよ、あれ。 --どこが難しいですか。 岡:いや、ちょっと言ってみただけだけどさ』、「日本のスポーツ競技団体のガバナンスの問題というのは、日本の組織というもののホモソーシャル的パワーバランスの問題と、全部がひとつながりだと思うんだよね」との小田嶋氏の指摘は、言い得て妙だ。
・『そしていつまでも「諸問題」はつづく  小田嶋:どこかのフェミの人たちが言っていたことで、それはそうだなと賛同できたのは、そういう組織は女性を強制的に入れないとだめだということだった。男って集まっちゃうとゴッドファーザーの世界になるんです、それこそ外国人でも(※そういえば、こんな回もありました→「男だったら、天下国家を語れるべき? 『ゴッドファーザー』と『おじさん』と『おばさん』と」)。 岡:そうね。陸上部と水泳部が比較的そうならないでいるのは、男女一様に練習をするからかもね。それと競技の性質からいって、個人競技が主体であるとか。 小田嶋:ともかく男だけ集めておくのはよくない。 岡:だから、この対談も清野さんがいるおかげで続いている。 小田嶋:そうそう、我々のいうところの上下関係とは違う、まったく別の立ち位置から、いつもナチュラルに説教してきますからね。 岡:うん。 --何ですか、その説教って。 小田嶋:いや、説教しているじゃないですか、いつも。 ヤナセ:いや、また、僕が途中入りしてすみませんが、説教じゃないですよね。オダジマさんの言葉の使い方が間違っています、すみません。 小田嶋:まとめの文面にも、説教感が出ているもんね。 ヤナセ:あ、せっかく僕が消そうとしたのに。 --しょうがない人たちだな、とは思っていますよ、おほほほ。 全員:……そうだね。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院・柳瀬研究室にて ーー「人生の諸問題NBO編」は、ここでいったん幕を閉じますが、諸問題チーム一同、またどこかでお目にかかれますことを楽しみにしています。今まで、ご愛読いただき、どうもありがとうございました』、「そういう組織は女性を強制的に入れないとだめだということだった。男って集まっちゃうとゴッドファーザーの世界になるんです」との指摘も、その通りで、大賛成だ。このシリーズが幕を閉じるのは、残念だ。このシリーズの一覧は下記リンク参照。
https://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070906/134215/
タグ:対談 セクシー 人生論 日経ビジネスオンライン ドーハの悲劇 大谷翔平 松山英樹、石川遼 日本のスポーツ界 小田嶋 隆 岡 康道 清野 由美 (その2)(人生の諸問題@NBOファイナル その3:偏差値70の高校野球選手は大学に行くべきか?、その4:“超絶技巧タックル”に学ぶわれらの諸問題) 「人生の諸問題@NBOファイナル その3:偏差値70の高校野球選手は大学に行くべきか?」 「2018年を振り返る」の本題 相撲協会と貴乃花 そもそも相撲界って、中学を卒業したぐらいから入門するから、社会経験がゼロみたいな人たちだらけなんですよね 相撲協会の仕組みというのは、現役時代をそのまま反映しているということで、社会とか世間とかとは、とんでもない断絶が普通になっている世界 その猿山社会が、そのまんま協会の理事長や理事に横滑りするんですよ。大横綱だった人が理事長、大関が理事って具合に、番付そのままにマネジメント機関の地位が決まっていく 現役トップは競技団体トップに向くか? 実は競技でトップに立っちゃう人というのは、ある意味、視野の狭い人 サッカーやバスケでは、名監督になった名選手は、ほぼいないです。だいたい補欠だったりした人が、後に名監督と呼ばれたりするようになる 有名高校選手がそろってプロへ 去年の清宮幸太郎君以来、大学進学の価値がどんどん下がってきているんだな、と、ちょっとショック スカウトの目とメディアの目は違う 高校ピークで、伸びしろがいかがなものか、と 日ハム的には元が取れる 根尾は、これまた大人ですからね 勉強の方も偏差値が70いくつかで、医学部に行っても全然不思議はないという話 根尾はいずれ、どういう形であれ、日本の野球界でマネジメント側に立って、全体を背負うんじゃないかと、18歳にして感じさせる 素質に恵まれていて、勉強もできるのに 江川の例 慶應は早稲田と違って、スポーツ枠がなかった 全共闘が不正入試を許すのかと騒いだもんだから、大学としては江川を採る道がまったくなくなってしまった 慶應に入れなかったことにコンプレックスを持つというのは、ちょっと気の毒なねじれだ 大学を出ておかなきゃ格好がつかないよ、という価値観が、我々の世代のころは、スポーツ選手でもまだまだ根強かった 昔はプロ野球よりも、6大学野球の方が全然上だったのに 「人生の諸問題@NBOファイナル その4:“超絶技巧タックル”に学ぶわれらの諸問題」 昔は広告のコピーでも、2~3年はもっていたものだけど、最近は1年前、半年前がすごい昔に感じられるようになって、コピー自体も一瞬で流れていって、全然もたなくなっていますからね キム・ヨナが出ているときに、家の中で応援するのは、はばかられた キム・ヨナを応援するって、ある種、何というか、キャバクラ嬢にお熱みたいな、そういうニュアンスが出てしまうから 中国語だとセクシーって「性感」 ハリルホジッチ解任は禍根になる ハリル解任の問題というのは、試合に勝った負けたのことではなくて、日本のサッカー協会の指示系統の問題 あらゆることを全部、外国人監督のせいにして乗り切ってきたという、そのアンフェアなガバナンス体質が、いまだに直ってないで、そのまま進んでいる 本田を切ることだけはできないよ、というのが、広告業界の総意だったんです オシム監督の強烈なメッセージ 最初の代表戦に招集したメンバーは、13人しかいなかった。それが全員スポンサーの付いてない選手 監督がスポンサーの意向を受け入れてしまうと、望ましいチーム改造はできない 今、サッカーは身もフタもなくスピードアップされているから、チームに速さがあるということは、勝ち方としてすごく気持ちがいい 日本‐ベルギー戦で日本が2点を先取していたのに、後半、相手のなすがままに3点を取られて負けた試合 先行していたのに、後半でひっくり返されるという状況は、サッカーではあまり起きない ついに岡康道が日大アメフト部事件を斬る 被害者の選手がその後23プレーをこなした 岡さんの深読み、宮川選手の深謀遠慮プレー説 ああいう派手なタックルをかければ、ベンチも納得するだろう。だけど、相手に決定的なダメージは負わせない、という超絶技巧のタックルだったわけ 彼はちゃんと表の場に出てきて、見事に説明したでしょう。あの記者会見を見て、ああ、この選手はただ者じゃないな、とびっくりした 宮川君 身体的にも反射神経的にも精神的にも、非常にしっかりしていますね 自分自身と、自分を取り巻く状況をマネジメントができる頭脳を持っているんですよ 大谷選手のインタビューに感動 私もピッチャーをやるし、もちろんミスピッチもある。気にしていない」 「日大アメフト立て直し」という美談へのシフト 京都大学でアメフトチームを甲子園ボウルに連れていった水野弥一監督を、日大が受け入れようとした 日大の新監督候補者を審査する選考委員会 そこに関学大のOBが送り込まれた 結局、立命館出身の、実績が薄く、僕も知らない人が日大の後任監督になっちゃった 主人公が、被害者である関学じゃなくて、加害者の日大になってしまう。こんなばかな話があるか、と おっさん猿山問題はつづく 今はネットで火がつくようになって、その燃える速度が速くて、消える速度も速いから、前半の6月以前の流行語って5年ぐらい前の話感になって、ちょっと振り返るには距離があり過ぎるみたいになっているね 世間は、スポーツ競技団体って軍隊かよ、ということで驚いてみせていたけれど、あれって別にスポーツ団体だけの話じゃなくて、日本の男の組織全体の問題だと思うわけだよ 日本のスポーツ競技団体のガバナンスの問題というのは、日本の組織というもののホモソーシャル的パワーバランスの問題と、全部がひとつながりだと思うんだよね そういう組織は女性を強制的に入れないとだめだ 男って集まっちゃうとゴッドファーザーの世界になるんです
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人生論(その1)(人生の諸問題@NBOファイナル その1:オダジマの鉄則「一言多いやつは出世しない」、その2:50代のあなた、大学教授に転職したいですか?) [人生]

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
今日は、人生論(その1)(人生の諸問題@NBOファイナル その1:オダジマの鉄則「一言多いやつは出世しない」、その2:50代のあなた、大学教授に転職したいですか?)を取上げよう。

先ずは、昨年12月25日付け日経ビジネスオンラインに掲載された:電通を経て独立した岡 康道氏とコラムニストの小田嶋 隆氏の対談を、フリージャーナリストの清野 由美氏が聞き手としてまとめた「人生の諸問題@NBOファイナル その1:オダジマの鉄則「一言多いやつは出世しない」」を紹介しよう。--は清野氏
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/134215/121700017/?P=1
・『ーーみなさまに呆れられ、時にディスられながらも、長ーく愛されてきた「人生の諸問題」。だらだらと永遠に続くかと思われた連載でしたが、いったん終了の節目を迎えました。 ということで、いつものメンバーが東京工業大学に集まりました。何で東工大?……それは本文中で追々、お伝えしていきましょう。では「人生の諸問題@NBOファイナル」スタート!』
・『干支が一回りしてしまいました  岡:いや、この連載はいったい何年ぐらい続いているのかな。 「日経ビジネスオンライン」のバックナンバーを検索しますと、スタートは2007年ですね。ということは、まるっと足掛け12年。 小田嶋:干支が一回りしたんだ。恐ろしいことに。 岡:12年って、今どき女の子と付き合い続けることだって難しい時間だよね。 小田嶋:だって始めたときは、俺たち、ギリ40代だったような気がする。 ーーそうなんです。「オレたち、もうすぐ50代になっちゃっうよ~」なんて、言い合っていました。 岡:それが今では60代だからね。 小田嶋:で、60歳になったときには、誰もそのことに触れなかったね。 岡:うん、なかったことにしていた。 ーーじゃーん、これが記念すべき第1回です(第1回はこちら)。「『文体模写』『他人日記』『柿』」という一見、意味不明のタイトルで、お二人が登場されています。 小田嶋:ああ、これか。 岡:僕たち、若い! お暇な方は、ぜひバックナンバー踏破に挑戦してみてください・・・岡:これ、当初は、おしゃれな場所で盛り上がってやっていなかった? 小田嶋:そう、まだ編集部に余裕があったころ。 岡:最初はおしゃれだったのに、だんだんだんだん経費削減になってきて。 そこで途中から日経BP社の怪人プロデューサーこと柳瀬博一さんが、カメラマン兼任になりました。じゃーん、ここで、その柳瀬さんも登場です。 ヤナセ:お邪魔しまーす』、12年も続いたというのは異例の長寿企画だったようだ。
・『柳瀬教授の研究室へようこそ  というか、今日は私たちが柳瀬さんの研究室にお邪魔をしています。柳瀬さんは今年の春に日経BP社をお辞めになって、4月に東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の教授に就任されたのです。 岡:なんと。 ーーしかも教授なのに、今日も柳瀬さんがカメラ担当だという。 小田嶋:いや、柳瀬さんも腕をずいぶん上げましたよ。 ヤナセ:ありがとうございます。 小田嶋:連載の途中から柳瀬さんがカメラをぶんぶんやるようになったけど、柳瀬さんの持っているカメラが、だんだんよくなっていくプロセスを、俺は目の当たりにしてきましたからね。最初はコンデジだったのが、望遠レンズのついているものになって、一眼になってと、だんだんレベルアップしてきた。 岡:自分への投資? というやつだよね(笑)。 ーーそれで、今は教授さまになっておられる。 小田嶋:自分への投資がムダになっていないのよ。 岡:それにしても、普通は連載といっても、なかなか、ここまで続かないよね。 おかげさまで、みんな、生きてここに。 小田嶋:誰も死なないで、みんな元気でここまで来れたというのはね、これは貴重なことですよ。 岡:誰も死なないというのは重要だけど、あと、みんな、はげなかったというのはね、大きい。 小田嶋:還暦超えのプライドとしてね。だいたい今の俺なんか、「若いやつ」って言うときに、40代を想定しているからね。10代、20代を飛び越えて。 岡:完全にそうだよね。昔だったら、「40代? オッサンじゃん」という立場だったのに。 小田嶋:この間、小石川高校のでかい同窓会があったじゃないか。 岡:100周年ね。 小田嶋:俺は盛大な式典の方には出席しないで、二次会みたいなところから参入したんだけど。 岡:盛大な式典の後に、それぞれの学年が分科会みたいになって二次会をやったんだよね』、ヤナセ氏が日経BP退職後、東工大教授になったとは大したものだ。
・『校長先生が小僧に見えるお年頃  小田嶋:そうしたら、でかい方の式典に出てきたやつが、「校長が小僧に見えた」ということを言っていた。 岡:つまり、我々からしたら、校長先生がグンと若い人になっているんだよ。 小田嶋:それは、俺たちが年寄りになったということもあるし、今時分の学校は校長先生を年功序列じゃなくて、優秀さで選ぶようになったということもある。 ーー最近では千代田区立麹町中学校で、「宿題なし、固定担任制も中間・期末テストも廃止」を標榜する校長先生が話題になりました。 小田嶋:公立の王道みたいな中学で、ビジネスイノベーションみたいなことが語られるようになっている。 岡:渋谷区長だって若いんだよ。博報堂出身の40代。 小田嶋:だいたい、お巡りさんに「ちょっと」と、止められると、相手は全部若いからね。素直に「ごめんなさい」と、言いにくいんだよね。 ーー何をやって止められているんだか……はさておき、小田嶋さんは同じことを10年前からボヤいていました。 小田嶋:だから、ますますそうなっている、ということです。 岡:僕は、その同窓会の分科会以来、ずっと風邪をひいているの。 小田嶋:ああ、あれ、外で行われたから。確かに寒かったよね。 岡:秋の夜に戸外って、あり得ないでしょう。 --文化祭みたいですね。 小田嶋:ほぼ文化祭の打ち上げでしたね。秋の繁忙期によく会場が取れたよね、ラッキー、ということだったんだけど、何とかガーデンという感じの、オープンエアな場所で、それは夏場は気持ちいいでしょうけれども、何でひざ掛けがあるの? という。 岡:めちゃくちゃ寒かった。 小田嶋:そりゃ、幹事が会場を押さえるのは大変だといっても、空いているに決まってるじゃん、って。 岡:ストーブが何機かあったんだけど、それはやっぱり女性陣が独占しますよね。僕は震えながら、我慢するしかなかった。それで次の日から、リンパ腺が腫れてきちゃってさ。 --え、おじいちゃま、大丈夫? 岡:なによ、それ。 小田嶋:今年の風邪は長いというしね』、「校長先生が小僧に見えるお年頃」とは、思わず微笑んでしまった。
・『ボヘミアン・ラプソディに泣く  岡:そうそう、すぐ治ると思ったら、もう全然治らなくて。病院で、ゴルフとかジムとかは行かないでくださいよ、って言われたんだけど、やっぱりゴルフに行ったりしていたの。それで余計にこじれたんですけどね。 小田嶋:せき風邪が結構、はやっているというからねえ。 岡:治らなくてねえ。ほら、お腹のみぞおちのところとか、いろいろ、あちこちが痛くなって。 小田嶋:そうそう、そうやって、やたら内臓に詳しくなっていく。 --私たち、今、老人クラブにいますか? ヤナセ:いや、一応、東工大の柳瀬研究室です。 小田嶋:ともかく、連載を続けられてよかった、ということだよ。 岡:とりわけ小田嶋なんて、ストレスも少なそうだしさ。 小田嶋:いや、意外とありますよ、これが。ちょっとオフレコですが、この間●●が●●になって、とても落ち込んだ。 岡:小田嶋にも、そんなことが起きるんだ。それは確かにきつい。 小田嶋:目の前が暗くなって、この2~3日、ふさぎ込んだよ。これでマージャンの打ち方も、ちょっと変わると思う(笑)。 岡:早い、弱い、明るい、が小田嶋の流儀なんだから、そこはずっと変えてほしくない。 小田嶋:いや、人生の暗転を味わい、そのプロセスの中で「ボヘミアン・ラプソディ」を鑑賞したんだけれどね・・・ 岡:ああ、それで、あのコラムの、あの文面ね。それはもう、染みるわね』、「そうやって、やたら内臓に詳しくなっていく」というの高齢者ならではだ。
・『「新潮45」休刊を振り返る  ーーそういえば、「新潮45」休刊は小田嶋さんに何か影響を与えましたか? 小田嶋:いきなり飛びましたね。……あれね、面倒くさかったです、ずっと。 岡:分かっていて聞くけど、例のLGBTの論文に端を発した休刊騒動のことだよね。 小田嶋:かつては日本の論壇の一端を担っていた、といわれていたんだけどね。2年前に編集長が代わったときに、編集部の体制がずいぶん変わって、俺の連載も政治的にかみ合わないものになってきて、間に立った編集者が苦慮していた。それで、晩年は「地方新聞を見て歩く」というような、絶対に政治的になりようのないテーマになっていたの。 岡:そういうことだったのね。 小田嶋:熊本日日新聞とか、上毛新聞とかに行って、「最近どうですか?」なんて話を聞いていたのは、安倍さんから俺を遠ざけるための工夫で(笑)。 岡:小田嶋が上毛新聞の経営状態とかを尋ねるって、明らかにヘンでしたからね。まあ、背景には、そういうことがあったわけだ。 小田嶋:それにしても、ここ1、2年のメディアの人たちの身の変遷というのは、すごいものがありますよ。NK新聞、A新聞、M新聞といったところから、ちょっと顔を知っている記者がずいぶんスピンアウトして、まるでパ・リーグの球団が減ったときみたいな感じを味わっています。 岡:どんな感じで動いているの? 小田嶋:大看板から、ネットのニュース媒体に移るパターンが多い。旧メディアにとどまって役員の地位を目論むより、新しい分野で何か始めないと、ちょっと後がないぞ的な感じが漂っていますよね。それこそ広告業界は、メディアよりも、よほど早くにそういうことが起こったんじゃないかと思うけど。 --岡さんが電通を辞めてTUGBOATを設立したのが1999年です。まだ20世紀のことでした』、大手新聞社からベテラン記者のかなりがスピンアウトしているとは、彼らを取り巻く環境がますます厳しくなっていることの表れだろう。
・『医者と役員と、あと博士号を持っているやつ  岡:今では、かなり昔の話になってしまったけれど、なぜかというと、広告業界は制作者であっても、わりと早く現場から離される仕組みになっていたからなんです。たとえば大看板の編集長から、新興媒体の編集長に移る、というのは、まだ現場感でつながっているよね。でも広告業界の場合は、「40代になったら床の間を背負えよ」ということが、通念みたいになっていたんだよ。 小田嶋:床の間か。 岡:うん、そうやって現場から離されちゃう。でも、それで役員になる保証は、制作者にはほとんどないわけですよ。あとの15年間は、ただ何となく床の間の前にいる人として終わる。 小田嶋:床の間の置物人生か。 岡:それで、俺、床の間人生って、どうなの? みたいな感じになってしまって、自分の行く末を考えちゃったんだよね。まあ、それでもいいやと思う人も、たくさんいたんだけど、そうでもないだろう、と考えたのが僕だった。 小田嶋:我々も60歳を超えたからあれですが、会社員の人生の末期、という言葉は不穏当かもしれないけれど、フィニッシュの時期に役員になるかならないかというのは、結構大事なことで。 岡:それはそうですよ。 小田嶋:役員になって、会社に残ってあと何年かやる、あるいは子会社の社長とかになって、やっぱりあと何年かやる、という方向と、役員にギリ、なれませんでした、ということの差は結構でかくて。 岡:でかいよ。退職金も違うしさ。 小田嶋:それって本当は紙一重の差なんだけど、その差が紙一重どころじゃなくなる。それで、小石川みたいな半端な進学校のクラス会に、俺らの年代で来るやつは、役員になった方のやつだね。 岡:イヤな話だけどね。 小田嶋:同窓会の準備会みたいな集まりに行ったとき、みんなが偉いもんだから、「ああ、うちの学校って結構、ああ見えて、ちょっとした学校だったんだな」と、思ったんだけど、家へ帰って落ち着いて考えたら、そういうやつしか来ないということだった(笑)。 岡:身もフタもないんだよ。 小田嶋:医者と役員と、あと博士号を持っているやつと、って、そういうやつしか来てないんだよ。 オダジマ先生も、そこに入っていた、と。 小田嶋:俺は別枠。そこは自覚している。 岡:サラリーマンというのは、50代が超つらいんですよ。 ヤナセ:いや、分かります! ーーお、ヤナセ教授が参入です』、高校の同窓会はやはり成功者の集まりになってしまうようだ。
・『出世の真理に気づいたヤツは、バカなことしか言わなくなる  岡:なぜつらいかというと、会社人生の中で、ルールがよく分からないゲームが始まっちゃって、どうすれば勝つのか誰も分からないまま、勝ち負けがついていって、勝ったやつは役員になる。それで、負けたやつは、よく分からない。 小田嶋:これ、語弊があるかもしれないけれど、表現系の業界は、特にその分からなさ感は著しいよ。私が知っているメディア業界で役員をやっている人は、みんな結構……(以下、禁句)。 岡:それは広告だって同じですよ。何か作ったやつ、目立ったやつは、絶対偉くならないですから。 小田嶋:そういう人は、岡みたいにフリーになって独立するしかない。フリーになると、会社の同世代の偉くなったヤツ、偉くならなかったヤツを、外側から観察する立場になる。俺もメディア業界のちょっと外側から、同年代の似たようなやつの動向を眺めてきた。そういう観察を長年にわたって行ってきた結果、出した結論は、「一言多いやつは出世しない」というもので(笑)。 --珠玉の箴言byオダジマ先生。 岡:もう間違いないよ、それは。 --サイン色紙に添える言葉は、これで決定ですね。 小田嶋:たとえば俺の知っている在京キー局の中で、役員になったやつと、そうじゃないやつを比べてみると、俺の評価とはまったく違うわけです。あんなに優秀だった人が何で今、ここにいる?? とか、逆に、あのぼんくらが何で今、あそこにいる?? とか。 ヤナセ:あるある、あり過ぎるほどあります。 岡:それで、紛らわしいのは、「一言多いと偉くなれない」ということを感づいたやつらは、ばかなふりをするようになるじゃないか。 小田嶋:そうなるね。 岡:たとえば会議の席では、絶対に鋭い意見を言わなくなる。ということは、ばかなやつが偉くなっているのか、ばかなふりをしているやつが偉くなっているのか、よく分からない。あそこにいる役員のあいつが、本当のばかか、そうじゃないか、分からない。ルールも真実も、どんどん分からなくなって、これは苦しい。 ヤナセ:本当に苦しいです。僕の同年代である50代のサラリーマンは、みんなあがいていますね。(それがどうなっていくのか。第2回に続く。)』、広告業界は「フリーになって独立する」道があるだけ、うらやましく思える。「一言多いと偉くなれない」とはまさに至言だ。

次に、この続き、12月26日付け日経ビジネスオンライン「人生の諸問題@NBOファイナル その2:50代のあなた、大学教授に転職したいですか?」を紹介しよう。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/134215/121900019/?P=1
・『小田嶋:安倍さんが、70歳まで働ける世の中うんぬんって言い出しているでしょう。そこにどこかの大学の先生がツィッターで文句を付けていて、なるほどと思ったんだけど。「定年を延ばす」という言い方をすると、会社としては、給料は増やすとはいかなくとも、減らせなくなるわけだよね。 岡:会社からしたら、大変な人件費負担になる。 小田嶋:一方で、「70歳まで働ける社会」という言い方をすれば、60歳で1回クビを切って、再雇用をする段には、「今までの6割の給料でお願いしますよ」みたいな話が可能になる。 岡:いや、6割どころじゃないよ。僕の同期なんかは、週に数日出勤して、年収が3分の1、みたいな話になっている。 小田嶋:経験もあって、実績もある人間を現役時代の3分の1の給料で雇えるというのは、ある意味、会社にとってはおいしい話だし、定年後のやつらにとっても、メリットはあって、一種のウィン・ウィンになる。一方、そこそこ能力のある60歳以上の人間を、安く雇える市場ができた、ということは、若い世代にとっては、とんでもない話になる。 岡:そうだよ。若い人たちの席はどうするんだよ。 小田嶋:今、俺は大学の非常勤講師をしていて実感しているんだけど、我々みたいに、一応ほかの業界で食っていけているやつを、名誉職系で拾ってくると、大学側はすごく安上がりに人を使えるわけですよ。そうすると、若い学究の人たちを雇う必然性が、どんどん低下していく。 ヤナセ:はい、大学の非常勤の給料って、むちゃくちゃ安いですからね。 岡:僕もやっているから分かるけど、驚くほど安い。 小田嶋:30代の人間が非常勤講師をやりながら学問を続けて、いずれはテニュア(終身)の身分を得る道を探ろう、とすると、週に5コマとか6コマを担当しても、ちょっと食えない。 岡:学習院と立教と早稲田を掛け持ちして、その間をタクシーで移動しながら、という日常になる。 ヤナセ:いや、タクシーなんてとんでもない。その距離ならチャリですよ(笑)。 小田嶋:そういうひどい雇用状況なのに、俺自身、非常勤講師の話が来たときに、「光栄だ」と一瞬思ってしまったのは、俺の頭に古い価値観が埋まっていたからなんだよね。 要するに、俺らの親父の世代にとっては、大学で先生をやるということは、それがどんな形であれ、すごいことだった。だから、俺が非常勤の話を何となく引き受けちゃったのは、「親父が喜んだろうな」と、その感傷みたいなものにフラついちゃったからなんだよね。 岡:昭和の感傷だね。僕にもあるよ』、「そこそこ能力のある60歳以上の人間を、安く雇える市場ができた、ということは、若い世代にとっては、とんでもない話になる」というのは確かに深刻だ。
・『大学への転職は“魔が差した”?  ヤナセ:その感覚は、岡さんより一回り下の、僕の世代にもまだ残っています。僕が大学に転職したら、給料が減っちゃったけど、両親は喜んでいました(笑)。 小田嶋:うちの親父はもう亡くなっているから、よく考えると、喜ぶ人はいなかったんだけど(笑)。 岡:小田嶋のおふくろさんは、そういうところで喜ぶ人じゃないからね。 小田嶋:無責任な親戚は喜ぶけど、おふくろは、「何、ばかなことを言ってるの」てなぐらいの人だからね。 岡:健全なんだよ。 --ところで、柳瀬さんはどうして転職を決意したんですか。 ヤナセ:いや、あの、えーと、魔が差した、というか(笑)。 岡:しどろもどろじゃないか。 ヤナセ:いや、魔が差したんだけど、正直に言うと、ファイナル編第1回の岡さんの話と一緒です。要は誰もルールがまったく分からない、50代の会社員サバイバルゲームの中で、どういう風にこのあがきの沼の中から抜け出せるか、と苦しんでいたところに、一番きれいな玉が突然投げられて、それを打ち返したら、こうなった。超ざっくりに言うと、そういうことです。 岡:柳瀬さんは何歳? ヤナセ:54歳です。大学の話をいただいたときは53歳でした。 岡:まあ、いいと思うよ。55歳を超えると、体力がなくなるから、もう動けなくなる。 小田嶋:55歳を超えると、受け入れ側としても、「拾ってやった」みたいな話になっちゃうでしょう。そうなると、パワーバランスの主客が変わってくる。 岡:だって、昔の定年は55歳だったんだよ。それが今は、そこから、また新しく仕事を始めなければならなくなっている。世の中が、いつの間にか、わけの分からないものになっている。 --「100歳社会」という、恐ろしい言葉が流行したおかげですね。 岡:振り返ってみると、昔の会社にも定年後の再雇用はあった。電通にだって昔からあったんだよ。ただ昔は、それに応募するやつは少なかった。というのは、広告業界は寿命が短くて、早死にが多かったというのが一つあって。 小田嶋:激務で。 岡:激務というか、正確に言うと「激飲み」だよね。それに加えて、悪いこと、いい加減なことも含めて、昔は社員に金があった。みんな勤めているときに家を建てて、老後の蓄財にも、ある程度成功していた。 岡:そうすると、定年後に働く理由がない。しかも、定年後は10年も生きないんだから、再雇用の制度には誰も応募してこない。しかし、今はそこに応募が殺到して、倍率が上がってしまっていると聞きました。 小田嶋:マジか。 岡:今は、定年になったほぼ全員が、「はい」って手を挙げちゃう。 小田嶋:ということは、会社としては、年金を払わなくてよくなって、なおかつ低賃金で経験のあるやつを確保できて、と、やっぱりウィン・ウィンみたいな話になっている』、「今は、定年になったほぼ全員が、「はい」って手を挙げちゃう」、というのは、電通でもそうかと再認識した。
・『「経験知」なんて人事には邪魔なんです  岡:ある種、そうなっているかもしれない。でも、小田嶋は「経験のある」と言ったけれど、そこは違うんだよ。というのは、再雇用のときは、営業のやつを総務に、総務のやつをクリエーティブに、という具合に、昔の部署とは違う部署に行くように采配しているの。受け入れる部署にしたら、畑違いの人が来るわけだから、結局、みんなよく分からなくなっている。 --なぜわざわざ専門外にするんでしょうか。 小田嶋:歳を取っていて、ある程度の経験はあるんだけれど、肩書がない、という人がいると、現場では確かにやりにくいからね。 岡:その部署の専門的な技能がない人も困るし、経験があって先輩風を吹かせる年寄りも、そりゃ、やりにくい人ですよ。 小田嶋:俺らが受け入れ部署だったら、煙たいよね。 岡:だから、部署をずらすという人事のワザが編み出されるわけ。でもさ、クリエーティブが経理とかに行っちゃっても、やっぱり、これはこれで何も分からなくてさ(笑)。 小田嶋:この一連の話の根っこには、日本人の地位に対する了見の、あまりにも狭いところが凝縮されていると思うんだよね。この間、日経ビジネスオンラインの連載から本になった『スッキリ中国論 スジの日本、量の中国』(田中信彦・著)を読んで、俺はとても面白いな、と思ったんだけど・・・--日本人と中国人の思考、価値観の違いを「スジを重視する日本人」「量を重視する中国人」という観点から整理されていましたね。 小田嶋:要するに、中国人の基準は「量」だから、「年齢がいくつであれ、仕事があれば金がもらえるでしょ。だったら、働けばいいじゃん」といった考え方を、すっと取る。 岡:言われてみれば、そうなんだけどね。 小田嶋:そういうところは現実的で柔軟なんだよ。でも、日本人はそう考えないから、自分より2期下のやつが自分の上司だということに、心理的に耐えられない。 岡:そういうところの懐は浅い。 小田嶋:銀行なんかだと、一番出世のやつが役員になると、あとの全員が出向になる。下手すると40代半ばで、余生を決められてしまう。 岡:官僚なんかは、その最たるものだよね。同期から事務次官が出たら、あとの人たちは辞めざるを得なくなる。 小田嶋:一番出世以外の二番から下が全部、上に残らなくなるというあれは、一も二もなく、自分より年上のやつに指示できないという、不思議な心理の上に構築されたシステムだよね。これがメーカー系なんかだと、自分より3つ下のやつが有能で、自分の上司だ、なんていうことは結構あり得る話になっていて、受け入れられている。頭脳労働というか、虚業というか、エリートほど、そういう現実が受け入れられない。 岡:電通は受け入れているよ。部長と部下が2~3年ひっくり返っていることは普通になっていて、それはみんな耐えている。でも、60歳を過ぎた人が3分の1の年収で同じ社内にいるというのは、社内的にも本人的にもきつい』、「自分より2期下のやつが自分の上司だということに、心理的に耐えられない」というのは、現在の日本人の特徴だが、これも徐々に変わっていかざるを得ないだろう。
・『そりゃ家にいてもしょうがないけど……  --ただ、高齢化社会が進む中で、これからはその状態が普通になっていくんじゃないですか。 岡:でもさ、それってどうなの? 俺だったら、できないよ。3分の1の年収で経理とかをやれって言われても。 ーー岡さんは数字が苦手ですものね。 岡:いや、技能の話じゃなくて、心理の話をしているの。 ーーでも、定年後のその状況を受け入れている人は、その人の理由があるわけでしょう。収入の話だけじゃなくて、家に帰りたくない、ということもあるかもしれないじゃないですか。 岡:うん。まあ、家にいてもね……。 --しょうがないでしょう。 小田嶋:だから、妙なエリート意識を持ってしまうと、その先が難しくなる。これが再雇用じゃなくて、再就職だとなると、もっとややこしくなるよ。だって、何か面接みたいなものを受けなくちゃいけなくなるから。 岡:そうだよ。「何ができますか?」って聞かれて、「電通の部長ができます」みたいなことを言って、「ああ、何もできないんですね」となってしまう。言う方もイヤだし、言われる方はもっとつらい』、確かに日本の会社人間は、所属している会社でしか通用しないノウハウの塊りで、他の組織では使いものにならないケースも多い。
・『おっさん入院患者ほど迷惑な存在はない  小田嶋:町内会で、そういうオヤジが続出して、元経理部長と元営業部長が戦うという不毛な展開になって、みんなが迷惑しているという話を聞きますね。おっさんって本当につぶしが利かないのよ。 --そうなんですね。 小田嶋:これは入院してみれば、よく分かる。実際、俺が入院中に痛感したのは、おっさんの入院しているやつほど迷惑なやつはいない、ということだった。 岡:やっぱりそうだったか? 小田嶋:おばさんやおばあさんは、患者同士でも看護師さんとでも、すぐ友達になって、お見舞いのお菓子をみんなで分けたりして、なごやかにやっている。でも、おっさんは孤立しているの。 岡:ナースさんの中には、患者にため口で話しがちな人もいるじゃない? 小田嶋:いるいる。おっさんは、それが耐えられない。自分の娘ほどの人に、「〇〇さん、お薬、のんだぁ?」なんて、ため口でいわれると……。 岡:「なんだ、君は(怒)」になる。 小田嶋:俺は本部長だったんだ、って。 岡:ぎりぎりのところで役員になれなかったけど(笑)。 小田嶋:部長とか本部長とかの意識でずっとやって、やられてきた人たちだから、病院なんかで平等に扱われると、格落ちにされた感じになっちゃうんだよね。 --それについてはおじさんたちに同情します。ということは、話を戻すと、再雇用は社会のためにもなっているんじゃないですかね。 岡:おっさんたちを、会社がまとめて引き受けるというのはね、確かにその側面はある。 小田嶋:災害時の避難所でも、孤立するおじさんをよそに、おばさんたちはコミュニティーを自然につくって、食べ物を分け合ったりしていたと聞くからね。だから社交性においてはね……。 岡:もう全然勝てないでしょう。 小田嶋:おっさんというのは、結局、猿山しかつくれないから。 岡:上下関係が決まらないと、人間関係が決まらないんだよ』、「おっさん入院患者ほど迷惑な存在はない」、「上下関係が決まらないと、人間関係が決まらないんだよ」などは言い得て妙だ。
・『リベラルおじさんの世界の狭さ  小田嶋:ニワトリとか、サルとか、ゲラダヒヒとかと一緒なんですよ。女性の場合はボノボとか、もう少し進んだ段階の人たちだから、水平的な関係で社会を回していける。 岡:あれ、男はできないね。 小田嶋:年齢が5歳違うと口がきけないとか、年収で200万円違うと口がきけないとか。 岡:ほとんど同じ出身地で、同じ学歴で、同じ年収で、同じ年齢じゃないと話が合わない。 --狭っ。 小田嶋:そう、この狭さはいったい何よ、という話だよね。 岡:しかも我々は、内心に序列意識を持っているのに、表面上はリベラルな水平関係をつくっている風を装っているじゃない? 小田嶋:確かに俺にしても、戦後の東京育ちで、小石川出身ということで、表面上は一応リベラルだけど、中身は全然そうじゃないということが、だんだんはっきりしてきた。 --それって、入院中のおっさんよりもダメダメじゃないですか。 小田嶋:そうね……。それでいうと、世の中で一番、処置なしなのは、リベサヨみたいなおっさんやじじいで、その人たちが実は一番、世間知らずで威張っているという状況がある。 ヤナセ:分かります! --あ、またヤナセ教授が張り切って参入を。 ヤナセ:作家の鈴木涼美さんが、まさしく書いていました。鈴木さんはインテリのご両親のもとに生まれて、元日経新聞の記者で、慶應SFCの学生時代にAV女優をしていた人で、キャバクラで働いていたときの経験から書いたコラムに、印象的な記述がありましたよ。「リベラルなおじさんは大抵、キャバクラに来ても気前がよくない。おそらくトランプ米大統領の方がよほど気前は良い」(こちら)。つまり「トランプみたいなおっさんは威張っているけれど、金払いはいいし、意外とやさしい。一番だめな客は、『君みたいな仕事が、もっと解放されなきゃいけないんだ』とか言ってくる、自称リベラルおじさんだ」ということを書いているんですね。 --ああ、そういう説教系のリベラルおじさんは、岡さん小田嶋さんの自画像より、ずっと最悪ですね。 ヤナセ:そういうことを言うやつに限って払いは渋いし、エゴだし、エロだし、という話でした。 小田嶋:俺は鈴木涼美さんの本は、ラジオ番組「たまむすび」の中で、何回か推薦図書に挙げたことがあります。『身体を売ったらサヨウナラ』とか、タイトルも内容も「え?」というほど面白い。どういうふうに面白いかというと、文章はすごく面白いんだけど、書いていることは狂っている、という、いわく言い難い面白さなの。 岡:何、それ』、「説教系のリベラルおじさんは・・・ずっと最悪ですね」、確かにその通りなのだろう。
・『「来たよ、敗者復活組」  小田嶋:俺自身、すごく不思議な読書体験をしたんだけど、書いてある内容の三分の一ぐらいは、まったく賛同できない話なのよ。でも、最後まで面白く読めてしまう。あんなに賛同できない話が、こんなに面白いのはすごいや、って。 岡:僕には分からない。 小田嶋:俺だって分からないよ。あんなに頭が切れて、物を知っていて、状況が見えているのに、あの世界にいたということの不思議さ。自分がそういう世界にいたことをあけすけに語りながら、そうじゃない自分を保って、二つの人格を行き来させて書いている。 --小田嶋さんも、ご自身のアル中体験については、同じように書いておられるのでは(『上を向いてアルコール』)。 岡:そうだね。小田嶋なら、すでに二つの人格を行き来して書いているよ(笑)。 小田嶋:あれは道を踏み外したというか。 岡:あれはあれで体を張っているから。美しい言い方をすると、アル中体験も、みごとにネタに昇華したじゃないか。 小田嶋:どうでしょうね。アル中体験は一長一短ですから。お酒問題のおかげで今、ここにある私、というのも一つのルートかもしれないけれど、お酒を飲まなかった側の人生というのも、絶対あったと俺は思っているから。 --そうしたら、どうなっているの? 小田嶋:うーん。そう言われると困るけど。 岡:まあ、なって、俺ぐらいなもんだよ。だって小石川の同窓会に行くと、「来たよ、敗者復活組」とか言われてさ。 ーー岡さんが小田嶋さんと一緒にされているんですか。 岡:仲間にされちゃっている。 --お気の毒にと、一応言っておきましょう。 小田嶋:岡だって、高校時代の投げやりな態度とか、そうそう褒められたものではなかったからね。 岡:そうね。 小田嶋:一方で、30代の後半から40代の頭という、人生で一番働ける時期を働かなかったというのは、俺にとって財産みたいなものかな、という意識もある』、「二つの人格を行き来させて書いている」とはどんなものなのだろうか。暇があれば、読んでみたいものだ。
・『名作、「北大事件」  岡:その時期をほとんど働いていないというのは、すさまじいことですよ。小学校のときはエースだったみたいな人が、中学で肩を壊して、高校、大学と野球をやらないでプロに入った、みたいなもんだから。 --例外的な体験ということで、物書きにとっては大事なネタになりますね。 小田嶋:いや、やっぱり高校時代に、投げやりな価値観を身に付けちゃったから。岡も俺もね。だから、その先にあった必然の成り行きという気もしていますけどね。 岡:同窓会で「敗者復活」とか言われるのは、高校時代に投げやりだったということもあるけど、現役時代に、スキーをするがために北大を受けて落ちたとか、意味不明な行動をしたことが、いまだに根底にある。 --北大事件、ありましたね。(お読みになりたい方はこちら。連載の中でも名作だと思います:担当Y) 岡:それで、浪人した次の年に、僕は京大を第一志望で受けたでしょう。でも、実は高校時代の志望校は東工大でもあったの。 --え。北大に京大に東工大って、なんかめちゃくちゃじゃないですか。 岡:このキャンパスには初めて来たんだけど、「東京工業大学」という名前に対しては、僕は親近感があるんですよね。だって、模試の志望校欄に「東工大」って、何度か書いたから、わりと親しんでいるの。 --……それだけの経験で? 岡:そうそう。 --最終的には受けてもいないのに? 小田嶋:だって岡は、最後の方まで「オレは理系だ」って言っていたものね。たぶん我々のいたころの小石川は、都立で東工大に行く学生が一番多い学校だった。 岡:伝統的に理系に強いからね。 小田嶋:我々の時代の前から、小石川からは東工大に行くんだ、というルートは何となくあったんだよ。 岡:東大の理系に行くほど勉強はしないけど、でも東工大には行っておこう、みたいなね。 --また語弊のある言い方を……。 岡:でもさ、物理とか化学とか、どんどん分からなくなっていくし、じゃあ、微分積分ができるかというと、それも分かりませんになっていく。それで「理系はやめよう」と、心を改めると、「文転」と言われて、周囲からちょっと格下に見られちゃう。そこで東大文系に行くならまだしも、僕、早稲田の文系に行っちゃったから(笑)。 --聞きようによっては、嫌味ですけど。 小田嶋:まあ、すごく理系偏重の学校で、しかも国立志向という雰囲気だったから、早稲田の文系なんかは、そういうふうに見られていましたね。 --ところで今回の「NBOファイナル編」のテーマは「2018年を振り返る」です。そちらを事前に設定して、お二人に伝えていました。 岡:そうね。じゃあ、そろそろ本題に入ろうか。 小田嶋:そろそろ雑談を切り上げないとね。 --って、本題に入るまでに、全4回のうち、すでに2回分を使ってしまいました。 岡:まあ、プロローグということで、いいんじゃないの。 --…(いくない) 小田嶋:華麗なるプロローグ、とか見出しに付けてみたら?(ということで、長いプロローグの後、第3回に続きます』、ここまでがプロローグとは恐れ入った。続きは明日以降に取上げるつもりである。
タグ:対談 人生論 小田嶋 隆 (その1)(人生の諸問題@NBOファイナル その1:オダジマの鉄則「一言多いやつは出世しない」、その2:50代のあなた、大学教授に転職したいですか?) 岡 康道 清野 由美 「人生の諸問題@NBOファイナル その1:オダジマの鉄則「一言多いやつは出世しない」」 人生の諸問題 柳瀬さんは今年の春に日経BP社をお辞めになって、4月に東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の教授に就任 今の俺なんか、「若いやつ」って言うときに、40代を想定しているからね。10代、20代を飛び越えて 小石川高校 校長先生が小僧に見えるお年頃 そうやって、やたら内臓に詳しくなっていく 「新潮45」休刊を振り返る NK新聞、A新聞、M新聞といったところから、ちょっと顔を知っている記者がずいぶんスピンアウトして、まるでパ・リーグの球団が減ったときみたいな感じを味わっています 医者と役員と、あと博士号を持っているやつ 同窓会の準備会 医者と役員と、あと博士号を持っているやつと、って、そういうやつしか来てないんだよ 出世の真理に気づいたヤツは、バカなことしか言わなくなる 「一言多いやつは出世しない」 「人生の諸問題@NBOファイナル その2:50代のあなた、大学教授に転職したいですか?」 「70歳まで働ける社会」 再雇用をする段には、「今までの6割の給料でお願いしますよ」みたいな話が可能になる そこそこ能力のある60歳以上の人間を、安く雇える市場ができた、ということは、若い世代にとっては、とんでもない話になる 大学の非常勤の給料って、むちゃくちゃ安い 大学への転職は“魔が差した”? 今は、定年になったほぼ全員が、「はい」って手を挙げちゃう 「経験知」なんて人事には邪魔なんです その部署の専門的な技能がない人も困るし、経験があって先輩風を吹かせる年寄りも、そりゃ、やりにくい人ですよ 中国人の基準は「量」だから、「年齢がいくつであれ、仕事があれば金がもらえるでしょ。だったら、働けばいいじゃん」といった考え方を、すっと取る 日本人はそう考えないから、自分より2期下のやつが自分の上司だということに、心理的に耐えられない そりゃ家にいてもしょうがないけど…… おっさん入院患者ほど迷惑な存在はない 上下関係が決まらないと、人間関係が決まらないんだよ リベラルおじさんの世界の狭さ そういう説教系のリベラルおじさんは、岡さん小田嶋さんの自画像より、ずっと最悪ですね 華麗なるプロローグ
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小田島氏対談(元アル中と下戸が語る 酒と依存とお仕事と【前】、【後】) [人生]

今日は、やや古い記事だが、小田島氏対談(元アル中と下戸が語る 酒と依存とお仕事と【前】、【後】)がとても面白かったので取上げよう。

先ずは、3月29日付け日経ビジネスオンライン「オダジマは就活で落とされたことがない 元アル中と下戸が語る、酒と依存とお仕事と【前】」を紹介しよう(▽は小見出し、Yは聞き手)。
・新社会人の皆様、就職おめでとうございます。日頃ご愛読いただいている日経ビジネスオンライン読者の皆様にも、ご子息が社会に出られる方が数多くいらっしゃると思います。今回は、弊誌サイトの人気筆者、小田嶋隆さんに、担当編集の私がインタビューする形で、仕事について、ためになるお話をしていただこうと思います。長くお読みの方はお分かりの通り、これ、企画的に話す方も聞く方も完全に人選ミスですが、普通のコラムとは違う点から、なにかお持ち帰りいただけるのではと祈っております。「え、オダジマタカシって誰?」 という方はこちらをどうぞ。(担当編集Y)
Y:『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』、3刷り突破だそうでおめでとうございます。小田嶋さんのアルコール中毒の経験談は書いてほしい話でしたし、長いお付き合いなのに知らない話がいっぱいあって面白かったです。
小田嶋:結果論ですけど、語りおろしスタイルだったのはよかったような気がしますね。私の文章だとやっぱり回りくどいから、こういう、扱いが難しい話を書くと印象としてちょっと重いものになると思うんですけど、語り口なので読みやすくはあるんじゃないかと。
Y:しかも、さすがミシマ社さんのお仕事だけあって、ところどころに「コラム」が入っていて、小田嶋さんの文章好きにも嬉しい。「酒と文章」「ヨシュア君とのこと」、とても面白かったです。
小田嶋:全部語り下ろしだと何かぬるいものになってしまうから、書いたものも入った方が引き締まるというのはあったかなと思います。
Y:あと、表紙や中面のイラスト。これは『ポテン生活』の方ですよね、木下晋也さん。この組み合わせは思いつかなかった。小田嶋さんのこの本に雰囲気ぴったりです。
小田嶋:たしか私がしゃがんで吐いている絵を、ポップ向けに描いていただきました(笑)。
▽アルコール依存は、時間の潰し方のひとつ
Y:アルコールに限らず「依存」について、いろいろな読み方ができる本だと思うんです。若い世代になると、もう依存先はアルコールじゃないかもしれませんが……。本の中で「時間があるからお酒を飲むんだ」って、すぱっと小田嶋さんは言い切っているじゃないですか。「人が酒を飲む理由としては、パチンコでもそうでしょうけど、他にやることがないから、というのが意外なほど支配的だったりします」と。
小田嶋:今の若い人たちは時間のつぶしようが多様化しているから、お酒を飲む人は減っているかもしれないですけど。今、ある程度の年齢になって唯一いいことって、時間のつぶし方が上手になったという。
Y:そうなんですよね。最近そう思うようになってきました。
小田嶋:ね。例えば「あれ、3時間空いちゃったよ」といったときに、途方に暮れないというか、むしろご褒美のように感じるじゃないですか。
Y:ありますね。
小田嶋:でも若いころのやっぱり今日1日どうしようというのは、すごくどうしようもなかったので、あれは若いときの独特の感覚だと思うけど、時間が長いんですよ。例えば人と約束して「3カ月後ね」と言われると、子供のころは「そんな日は永遠にやって来ないんじゃないか」と。20代のころでも「え、3カ月後?」と、約束することに違和感があったんだけど、今は平気で半年後の約束とかしているじゃないですか。
Y:それであっという間に来るんですよね、半年後が。
小田嶋:そう。それで本当に来るんですよ、半年なんて。それこそ2カ月なんて、え、もう来たのというぐらいすぐ来るでしょう。
小田嶋:若い連中の「この間」って、先週とか3日前だけど、我々が、「ほら、この間言っていたあれさ」というのが5年前だったりしますからね。
Y:するんですよ。恐ろしいですよ。
小田嶋:時間の感覚が全然違うということが、若いときは酒を飲む理由になっていた。2時間空いちゃったからどうしようもないから飲んじゃう、みたいなことだってあったわけですよ。
Y:なるほど。自分自身が空き時間をつくるのが嫌で、読みきれないくらい本を持ち歩く、みたいなことが。
小田嶋:そうそう。だからそれこそ文庫本を3つ、4つ持ってないと移動できないみたいな感じがありましたよね。ぼや~っとすることが難しいんですよね。若いときはね。
Y:思い出した。今回、働くことがお題なんですが、以前「ア・ピース・オブ・警句」で、小田嶋さんが大学4年生のころの話を書かれました。就活がイヤで、山小屋に逃げ出したと。
小田嶋:大学4年生のときの9月の連休ですね。10日間くらいだったかな。
Y:そのときは、山小屋に籠もってぼーっとしていたんでしょうか。
▽初日にいきなり出遅れた
小田嶋:いや、そうでもありませんでした。ある友人が「夏の間、八ヶ岳の山小屋でアルバイトをしているヤツに差し入れを持っていくから一緒に来ないか」と。そいつは大学を入り直したりして、年次がずれているんですね。
Y:じゃあ、就職活動する必要がまだない方で。
小田嶋:そう。「俺、就職活動なんだけど」といちおう言ったんだけど、そういう誘いは断れなかったんですね。じゃあ、ちょっと山で頭を冷やしてくるかと思って。山小屋といっても1カ所じゃなくて、何カ所かの知り合いのところを渡り歩いて、お土産を渡すような感じで。ただ、もう頂上に上がってしまえばそれぞれの山小屋は近い。2時間も歩けば次の山小屋に着く。だからぶらぶらしていましたよ。
Y:退屈しました?
小田嶋:どうでしょう。でも、あれで就職活動で会社を回る決意が、付いたといえば付いたんでしょうね。
Y:このお話を書いていただいたんですよね。長い連載の中でも好きな回です。就活生の方に参考になるかどうかは分かりませんが、プレッシャーが掛かりすぎているご子息がいらっしゃるならお役に立つかもしれませんので、こちら、ぜひ。→「無意味で、だからこそ偉大な」
小田嶋:山から9月の末に下りてきてすぐ、10月1日から会社を回り始めたんだけど、ただ私の就活は事前に下調べしてなかったおかげで、大事な初日を無駄にしちゃったんですよ。
Y:といいますと。
小田嶋:当時は、「指定校制度」というのがまだ残っていて。
Y:ああ、うちは東大しか採らないよ、みたいな。でも小田嶋さんの大学(早稲田大学)ならどこでもOKじゃないんですか。
小田嶋:いや、大学だけじゃなくて学部にも指定があったんですよ。だから早稲田でも文学部とか教育学部とかいうのはダメ、うちは法学部、経済学部しか採らない、という。銀行、商社だと文学部、教育学部あたりはお断りだと。そんなところに、「俺は早稲田の教育でーす」なんて行くと、あ、悪いんだけどうちの対象の学部に入ってないですよと言われて、「え?」と。結局10月1日は全部無駄足になりました。
Y:しかし、小田嶋さん、銀行や商社受けたんですか?
小田嶋:そういうわけでもないんですが、当時は、私だけじゃなくてみんな当時そうでしたけど、あんまり業種とか会社の規模とかということが分からなかったわけ。だから、とにかく有名企業に。
Y:知っているところに行こうと。
小田嶋:あとは「お堀が見えるところがいいな」みたいな。
Y:なんだか腹が立ってきました。準備していない割にめちゃくちゃ望みが高いじゃないですか。
▽就活で落とされたことがない?
・小田嶋:そうなんですよ。「会社の窓からお堀が見えると何かちょっとかっこいいじゃん」というようなミーハー心理からそう言っているだけですけど、でも、お堀の見える企業ってみんな一流企業だということがいまいち分かってなかった。 それで、1日目に大手町周辺は全部だめだということが分かって、失意のうちに帰ってきて、今後はちゃんと調べて、門前払いは喰わないところを受けようと。それで、1段外側のお堀でもいいやということに。
Y:それって江戸城の内堀から外堀ってことですか? 外堀通り沿いの会社に。
小田嶋:そうそう。内堀通りは諦めて外堀に。
Y:なんでそうお堀に拘るのか分かりません(笑)。
小田嶋:外堀に行くと、教育学部を受け入れてくれる企業があって、それで回ったのが食品のA社とB社と、あとぜんぜん違う業界大手のC社。その3つを回ったんですよ。
Y:回ったとおっしゃいますが、全部歩いて回れるじゃないですか。今の学生さんが聞いたら涙を流しそうなほどお手軽な就活ですね。で、ファンの方はご存じの通り、最終的にA社に行かれるわけですが、B社とC社はどうなったんでしょう。
小田嶋:その3つを受けて、B社は順調に重役面接まで行って、だけど「うちは北海道に行ってもらうよ」という話を聞いて、「じゃあ、やめた」と途中で撤退して。
Y:なるほど。リタイアしちゃった。C社はどうですか。
小田嶋:内定が出ましたよ。
Y:すごい。
小田嶋:C社とA社が内定したから、俺は落ちてないんです、よく考えてみれば。
Y:すごいですね。どちらも今なお人気企業だし。え? ということはもしかして、2日目で行ったところでほぼ終わりですか。就活は。
小田嶋:そうそう、終わりです。だからわりと簡単だったんですね。
Y:うわー。私も今の就活生の方に比べれば全然苦労はしていませんが、これはむかつく。でも、どうしてA社にされたんですか。
小田嶋:今でも覚えているんですけれど、就活で知り合った面白い男がいて、当人の言葉を信じれば、成績はひどいものだけれど、やってもいない運動系サークルの部長をしていました、みたいなホラ話で面接を通っているようなヤツ。いい度胸しているなと思っていたら、そいつもA社とC社に通ったんですよ。
Y:なんと。
小田嶋:彼から「2つ受かったけどどうする」と電話がかかってきて、うーん、俺はまだどっちか考えてないんだけどなと言ったら、「そういうときはね、学部の名簿を見て先輩に電話するんだよ」と。
Y:なるほど。実践的ですね。
▽先輩に電話して、C社を切る
小田嶋:そういう知恵を付けられたんですよ。ああ、それはいい考えだと教育学部の名簿を繰って、まずC社の先輩に3人ぐらい電話してみたら、3人が3人とも「うちは来ない方がいいよ」と。
Y:へえ。なぜでしょう。
小田嶋:「うちはすごく厳しいよ。20代のころはめったに午後11時前には帰れないよ。来るなら来るで覚悟を決めてから来た方がいい」みたいな言い方をされたんですよ。俺は、C社がそんな厳しい会社だと思ってなかったから。
Y:それでA社に。ちなみにその知恵を授けてくれた方は?
小田嶋:俺が「A社にするよ」と言ったら「じゃあ、お前がそっちに行くんなら俺はC社に行ってみるよ」と言って、それ以来連絡がない。どうしているのやらと思っているんですけどね。会えたら面白いなと思っているんですけど。
Y:しかしあれですか、最初のころに「人生の諸問題」で、面接の台本を岡さんとやりとりしたみたいな話をしたじゃないですか。それってもしかして効いたんですか。
小田嶋:そうそう、それは効いたの。すごく芝居がかった面接をやっていたんですよ。自分は優が3つだったかな、そのくらいしかなかったんですけど。
Y:それは少ないんですか。
小田嶋:少ない。すごく少ないです。20あればまあ優秀、15とかでも普通ぐらい。1けたというのはいくら何でもまずいでしょうという感じなんですよ。それで、自分は優が3つしかないけど、「優」という字はにんべんに「憂い」と書くと。要するに憂うつな学生生活を送ったものが取るものだと。自分は楽しい学校生活を送ってきたんだから、優が取れないのは仕方ない。でも実際社会に出てみたら学生生活を楽しんだ者の方が、会社員としては間違いなく使えるはずだ、という主張をしました。
Y:そこに何の証拠があるんですか。
小田嶋:何の証拠もないけど。
Y:面接官には受けたわけですね。
小田嶋:受けたんですよ。
Y:すごいというか、何というか。
▽情報が公開されないほうが精神的には楽かも
小田嶋:ひとつには、当時はまだ『面接の達人』みたいな、技術やパターンで切り抜けるガイド本やウェブサイトがなかったから。
Y:就活に明確な方法論がなかった。となると、「人生の大勝負にリスクは侵せない。マニュアルに頼ろう」ではなく、「どうやってこの苦境を頓知で抜けるか」みたいな発想が生まれる余地があったのかもしれませんね。
小田嶋:そう。どうやって受けるネタをやるのかというのが、特に成績の悪い人たちには「俺たちにとっての就活は、受けを取って一点突破することだ」という感じがあったんですよ。
Y:「サッポロビールの面接は、何を聞かれても黙りこくれ」とかそういうやつですね。
小田嶋:そうそう。最後に「男は黙ってサッポロビール」と言ったとか言わないとか、当時は、ああいう都市伝説が流れていたくらいだから。
Y:今なら、あっという間にフェイクニュース扱いされそうな。
小田嶋:どの会社でどういう面接があってこうこうです、という情報が全然なかった時代だから、会社も学生も結構適当にやっていたんですよ。息子の就活を見ていて思ったのは、お互い手のうちを全部明かしてやっちゃっていることの不幸さですね。だって、受ける側も50社とか受けちゃったりするでしょう。
Y:受けるというか、エントリーシートは全然出せる。
小田嶋:例えば恋人選びするときに、3人の中から選ぶとすごく狭いようだけど、じゃあ、50人の中から選べば、いい子を選べるのかという問題なわけですよ。選べるかもしれない。だけど、相思相愛になれたとして、下手すると49回失恋しなきゃいけない話になるでしょう。
Y:まあ、そうですね。
小田嶋:数を出せるから、落ちる会社も多くなる。じゃあなぜそんなに落ちなきゃいけないかというと、どこの企業も欲しがるような学生が50社も受けちゃうからですよね。我々の時代みたいに10月1日に解禁で、実際に面接を受ける人以外は履歴書を出さないというふうになっていれば、どんなに頑張ったって10月の第1週までに7つか8つですよ。そうなれば一番最優秀の生徒でも7つしか内定を取れないわけですよ。
Y:なるほど。無駄な競争が起こらない。
▽でも、あっという間に辞めました
小田嶋:そうそう。それで、企業の側も10月1日に来た子は自分のところを第1志望にしたんだと分かるから、だからある程度優遇するけど、10月2日とか3日に来たら、絶対、第一志望じゃないことは分かるから、「うちに何か用ですか」と。
Y:あはは。あれ、じゃ小田嶋さんも言われたでしょう。
小田嶋:そこで「実は指定学部制度を知らないでむなしく帰ってきました」と言って、ちょっと受けを取りました。
Y:ははあ。「情報があれば幸せかというと、そうでもないんじゃない?」みたいな話なんですかね。
小田嶋:そう。振られる子と、すごくモテて50人振る子とがいるわけだけど、でも、50人振ってうれしいのか。そういうわけでもないでしょう。会社だって、落とす人を増やしていいことがあるわけじゃない。
Y:一方でむやみに落とされたり、振られたりすると、自己否定に陥る危険はありますね。就職も恋愛もつまるところ相性ですから、落ちたり振られたりしても本来気に病むことじゃないんですけれど、数が重なるとダメージになりそう。
小田嶋:だから「出会いの数が多いほどいいんだ」という問題ではない。志望の会社に入れたら幸せか、というともちろんそれも違う。そもそも俺、そうして入った会社をあっという間に辞めてしまうわけですから。
Y:そう、問題は入社した後ですよね。そして小田嶋さんはお酒との付き合いに深く沈み込んでいくわけですが……。(後編に続きます)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/284031/032600028/?P=1

次に、後編を3月30日付け日経ビジネスオンライン「あの人の酒席に付き合うかどうかの判断基準 元アル中と下戸が語る、酒と依存とお仕事と【後】」を紹介しよう(▽は小見出し、Yは聞き手)。
Y:『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』を読んで、下戸の私に面白かったというか、興味深かったのが、「アルコールは本来たいして面白くもない人間関係を演劇化する」という指摘なんです(P.116)。
小田嶋:Yさんは飲まないんでしたっけ。
Y:それなりに好きですが、量は全然いけません。そして、自分ひとりでバーに行く人の気持ちがよく分からなかったりします。
小田嶋:ああ、居ますね。
Y:お酒を飲むためにわざわざああいう空間が用意されているのはなぜなのか。そもそも独り酒というのがすごく苦手で、自意識が過剰なんでしょうけど、身の置きどころがなくなっちゃうんですね。しかもお酒に強くもないから、薄くなった水割りをいつまでも舐めているという。で「バーに行く人って何が楽しいんでしょう?」と。
小田嶋:バーに独りで行って独りで飲む人間というのは、ひとつ考えられるのはアルコールを摂取している人間ですよね。ガソリンを入れるみたいな。
Y:ええ、でも、だったら部屋で飲んでいても同じなわけですよね。わざわざバーで飲むというのは、もしかしたら「独り、お酒を飲んでいる自分」を演じるという、演劇的な楽しみがあるのかな? と、これを読んで思ったわけです。
小田嶋:外から見たら別にかっこよくもないけど(笑)。アルコール依存症ではないとしたら、酒を自宅ではなく、外で飲む意味って、カウンターの内側に居る人、見知らぬお客さんも含めて、やっぱり他人との関係の中にあるんですよ。
Y:何らかの関係性、コミュニティーと、お酒は切り離せない。
小田嶋:ええ。だから、酒を含んだコミュニティーに依存している人たちというのは、コミュニティー依存でもあるわけですよ。だけど、酒そのものに対して依存している人間は、独りであれ5人であれ10人であれ、あるいは旅行中であれ勤務中であれ、酒がないといけないという人たちです。 アルコールそのものへの依存ではない大半の人は、独りで飲んでいるようで、マスターとの会話とか、他の人のやりとりが目当てだったりすると思うんだけどね。例えば「酔ったから言いますけど」とか、普段とは違う“酔っ払った自分”というキャラを作ることができるじゃないですか。そうすると、バカバカしい会話でも平気で入っていけたりする。仕事上の言いにくい話もできたりする。
Y:うーん。自分は酒が弱いんで、酔うこと自体を警戒するから、「酔っ払ったから言いますけれど」という便利なキャラになれないんですよね。仕事の飲みは、小田嶋さんはこなしていたほうですか。
▽「飲めないと仕事にならない」
小田嶋:1985年くらいかな、会社を辞めて、TBSラジオのアルバイトをしながらライター仕事もやって、「放送作家になろうか、どうしようか」、と思っていたころは、TBSの人とやたらとタダ酒を飲みまくって、お酒を覚えたという部分はあるといえばあります。
Y:なるほど。バブル前夜の1980年代。
小田嶋:そう。放送局周辺なんて打ち合わせと言っちゃえば伝票が切れちゃうわけだから、してみると放送作家との打ち合わせというのは、ディレクターにとっては一番飲む材料になるわけで、だから私はよく何だかんだと彼らと飲み歩いていたわけですよ。 でもそのころの酒はまだまだ楽しい酒ではあったんですけどね。いよいよやばくなったのは独りで飲むようになってからの話なんだけど、でも飲む機会があれば必ず逃さず飲むというふうになっていったのは、そのタダ酒の機会と、しかもそのタダ酒が仕事につながっていたわけですよ。
Y:はー。
小田嶋:今の出版界はそうでもないけど、昔は「編集者は飲めないと仕事にならないよ」と言われていた時代があったでしょう。編集者もそうだし、放送作家、ディレクター周辺も、仕事というとだいたい飲みに行って、そこでやんややんややっているうちに話がまとまって、よし、それじゃこの線で行きましょう、えっと、どの線だったっけみたいなやつですよ(笑)。
Y:ああ。でも、そういう場がないとコミュニケーションが取れない時代でもありましたね。
小田嶋:そう。当時は携帯もメールもなかったから、編集者と書き手というのは、大作家じゃなくても、単なるパシリのライターみたいな俺でも、「とにかく会って密に話をする」という習慣だったんですよ。原稿を渡す、渡さないもそうだし、直す、直さないとかタイトルをどうしようかとかということをいちいちやっていたんですよ。それぐらい仕事を、まあ、つまらない手間をかけてやっていたわけですよ。
小田嶋:ある意味、悪く言えば生産性がすごく低かったんだけど、よい面を言えば、みんなが顔を合わせて知恵を出し合って作っていた感覚はすごく強いんですよ。雑誌にしても番組にしても。
Y:ありました。
小田嶋:「こんな面白い特集企画どこから出てきたんですか」「ええっと、誰だっけ」という。ワイワイ飲んでいるときに、じゃあ、これで行こうよ、それ最高! なんていって決まるみたいなのが、あるといえばあったんですよね。特にサブカルってそういうものだったんですよ。集団的な宴会芸の延長で雑誌が、番組ができている、みたいな感じだったんですよね。
Y:あったかもしれません。
小田嶋:だからサブカル周辺のライターというのは、大酒飲みである必要はないけど、座持ちというのか、そういうところに顔を出せる人間である必要というのはちょっとあって、やっぱり仕事と不可分ではあったんですよ。この本の中であんまり仕事と不可分だったというところの話はしてないけど。酒が深まっていく過程の中には、「仕事」は間違いなくあった、ということです。
Y:仕事全般にまで敷延できるかどうか分かりませんけれども、でもそれこそ普通の会社だって「終わったら飲みに行く」というのは私が入ったころって普通にあった。でも、これまたいつの間にか誰も飲みに行かなくなった。
小田嶋:飲みニケーションという言葉は今の若い人たちはすごく嫌うし、俺も好きな言葉じゃない。とはいえ、それって仕事の前提だったでしょう。
Y:そうなんです。前提だったんですよ。飲み会に出なかったので「あいつ人嫌いだ」くらいに言われましたからね。お茶なら喜んで付き合うのに。
小田嶋:ね。だから好きとか嫌いとかいうんじゃなくて、前提だったわけですよ。 言い換えると、「飲みニケーション」という“のりしろ”がないと、会社組織というのは回らない、という前提があった。個々の人間の個々の能力というのは、それは勝手に発揮してくれればいいけど、その間のすき間を埋めるものは酒でしょうというのがあったわけですよ。
Y:先ほどの「酒の力で」「酒の場だから」というか、サブチャンネルみたいな。
小田嶋:そう。潤滑油がないと回らないでしょうとみんな思い込んでいたんですよ。
Y:実際、仕事の仕組みが大きく変わっていないなら、酒に限らずサブチャンネルは今でも必要なのかもしれませんが……。
小田嶋:私なんかは不幸にも仕事より酒が中心になっちゃったんだけど、同世代で「今の若いやつは酒に誘っても飲みに来ない」ということを嘆くヤツはすごく多い。
▽奢られると思うと、よけい行きたくなくなる?!
小田嶋:彼らは説教しようとか、やり込めてやろうと思っているんじゃなくて、善意でもって「若い部下に言いたいことを言わせてやろう」と、しかも自分の金で奢ってやろうと。どんなやつか知るには飲むのが一番だから、とか思って誘っているのに、「せっかくですけど」と言われるので、俺のこと嫌っているのかと思って傷つく、という。
Y:それってどっちも分かるな。
小田嶋:うん。やっぱりそれは、ある時代からは、「年の離れた男同士が飲むことに、何の意味があるんですか」という問いが発生しているわけですよ。
Y:改めて聞かれると、すごくまっとうな疑問ですね。
小田嶋:まっとうな質問です。だって、突き詰めれば意味ないでしょう。それで、若い人は「しょうがない、行かないでもない。だけど、奢られて借りをつくるのも嫌だし」みたいな気持ちになって。
Y:あー、若手は「貸し借り」って結構気にしますよね。
小田嶋:そうですね。奢られるのがうれしいかというと、借りになるわけだからあまり嬉しくないという。 それで、この話をどう落とすかというと、昔は会社員の間で「奢る、奢られる」「面倒を見る、見られる」という関係が先輩と後輩の間にあったわけですよ。俺はお前の先輩なんだから俺が金を出す。それは実は、行ってこいのパターナリズムを持っていて、「俺の言うことが聞けないのか」という部分もあり、あるいは「男というものの本当の生き方を教えてやる」みたいな部分も、いかに善意とは言えやはり含んでいないわけではない。
Y:逃げ場や、断りようがない形での関係性を強要された、と感じるわけですね。ああ、だから飲み会が嫌だったんだな。
小田嶋:飲みニケーションが崩壊したというのは、その関係性を強要されるメリットが弱くなったことでもある。「会社は特に俺たちを大事に思っていないらしいぞ、だったら先輩と無理に付き合う必要もない」という意識の変化が効いているんですよね。
Y:集団に帰属しても見返りが小さそうだ、と。だったら奢られるよりも、割り勘で借りを作らないほうがいい。
小田嶋:そうそう。飲むということが等価交換、割り勘で飲む世界になった瞬間に、「あんなおっさんと一緒に飲んでもしょうがないじゃん」と。そして、割り勘で飲む以上つまらない説教は聞きません、と。
▽割り勘でも飲みたい相手と行けばよい
Y:要するにそういうことですか。
小田嶋:そういうことですよ。最初に言ったけど、酒ってやっぱり人間と人間をつなぐ紐帯みたいな部分を持っている。だけど、それは等価交換の人間関係じゃないんですよ。やっぱりどこか上下関係だったり主従関係だったり、何かを含んでいる。
Y:「飲め」と言われたら飲まないわけには...みたいな感じの。
小田嶋:そう。「俺の酒が飲めないのか」というあの言い方に現れている。
Y:そうそう。あれが嫌で仕事相手と酒飲みに行きたくなくなった。強制されるのも嫌だし、酒ごときをさらっとこなせない自分も嫌になるし。
小田嶋:若手が飲みに行かないというのは、「俺の酒が飲めないのか」という言葉が出そうな雰囲気が、誘っている方、あるいはその会社の中にあるのを感じるからじゃないかと思いますね。「酒が取り持つ主従関係」みたいな。
Y:それを醸し出さない相手となら、もしかしたら若手も飲みに行きたいかもしれませんね。割り勘で(笑)。誘いたい方、行ったものかどうか迷っている若手の方、この辺が判断基準になるかと。 とはいえ、ストレスやらなにやら、自分を不機嫌にする材料は残念ながら生きていれば事欠かないわけで、そういう辛さから自分を救うものが、依存だったり、嗜癖だったりする、とも小田嶋さんは『上を向いてアルコール』で書いています。「大きな枠組みから言えば、われわれは結局のところなにかに依存していて、その依存先を都合次第で乗り換えているということですよ」(P141)「つまりまあ、わがままに生まれついてしまった人間は、他人から見れば好き放題に言いたいことを言っていてえらく気楽に見えるのかもしれませんが、本人としては、自分を機嫌良く保っておくそれだけのことにいつも苦労している。」(P144)
Y:だから我々は、酒やらなにやらの依存先を、小田嶋さんの言い方に依れば「詐術の1つ」として求める。でないとやっていられない。
小田嶋:そうです。本にも最後に書きましたけれど、皆さん、アル中の気持ちを体験してみたいなら、画面が割れたとか電池が寿命だとかで、3日間スマホなしの生活をしてみればいいわけです。ほとんどの人が禁断症状に襲われるはずで、これとすごく近い。
Y:あ、いま自分自身すごく腑に落ちました。不安や、つらいことがあったり、あまりモチベーションが上がらない仕事をやっているときに、気づくとふっとスマホを出して、Twitterとか見ているんですよね。それで、何か特別面白い話を読んだわけでもないのに、その後って何となく落ち着いているんです。確かに、アルコールがもたらす作用と似ているかもしれない。
小田嶋:そういうのはスマホだけに限りません。「テトリス」みたいなものへの依存ってあるじゃないですか。
Y:聞いたことがありますね。
▽ソリティア、マインスイーパ-ならできる理由
小田嶋:どなたかが書いていてなるほどと納得したんですが、「自分がうつになったときに『テトリス』だけはできた」というんですよ。生産的なことは仕事も家事も何もできなくなっていたときに、「テトリス」だけできたと。自分も原稿がどうしてもやりたくないときに、何もしないのかというと、「ソリティア」か何かやっているんですよ。
Y:「マインスイーパー」をずっとやっているという人の話も読んだ記憶があります。
小田嶋:そうそう。同じです。あれはまったくの無じゃなくて、何か頭の一部だけを使っている。あれはじきに依存を形成するんだけど、やっているときに、心の中に平安が訪れている。酒も、あるタイプの飲み方をしている人たちは、取りあえず酒が入っていると、それが素晴らしくいい気持ちだ、とかいうんじゃなくて、平安なんです。「ソリティア」や「マインスイーパ」を2時間でも3時間でもやっている人は、それに似た状況に入っているんじゃないですかね。別に、クリアしたり高得点を取りたいからじゃないと思う。で、スマホがこうした単純なゲームと似ているのは、「これこれの情報がぜひ欲しい」から触るわけじゃなくて、自分の頭で何か考えなきゃいけないことがつらい、面倒くさいからなんじゃないかと思うんですよ。
Y:そうか。やりたくない仕事、解決できそうもない不安に対して、直面して考えるのが嫌だから、自分のプロセッサーの処理能力をそっちに食わせちゃえ、みたいな。
小田嶋:そう。それ。プロセッサーの処理能力という言い方はいいと思いますよ。
Y:納得しました。つまりそっちに処理能力を取らせてしまえば、心配事が消えたわけじゃないけど、心への負荷が一時的に和らぐんだ。
小田嶋:そう、取りあえずね。例えば、失恋したばっかりのときに、ふっと暇になるとそのことを考えちゃう。それが嫌だからやたら仕事に励むとか、そんな感じ。
Y:うわ、分かる。しかも、スマホってものすごく安楽だしどこでも使えるし。「あなたが辛くなったときには、自動的に目を通して沈静用の薬液が供給されます」みたいな感じですね。こわ。
小田嶋:それで5秒とか10秒の時間をつぶしてくれるでしょう。
Y:確かに。
小田嶋:ちゃんとした時間じゃなくて。その電車の中の移動の7分とかそういう時間をちょっと見ていられるという、あの感じというのはすごく依存に近い。
▽依存は特殊なことではない、と、スマホで思う
Y:そこで「じゃ、スマホ依存って悪いことなのか」という疑問も出ると思いますが。
小田嶋:それは必ず悪いということでもないし、酒ほどは間違いなく悪いものじゃないです。酒をやめるときだって、要するに「無難な依存先に乗り換えようよ」ということではあるわけですよ。依存というものを人間の生活の中から外そう、ということじゃなくて。
Y:そうですね。全ての不安や不快をなくすことは無理なんですから。
小田嶋:無難な依存に乗り換えようよというところの中に、ランニング依存だとか、サッカー依存だとか、鉄道依存とかタカラヅカ依存だとかがある。なんならちょこちょこ依存先を変えていきましょうということです。「ネット断捨離」ってのも、もしかしたら時々やってもいいかもしれませんが、自分が言いたいのは、依存というのが特殊なことだと思っている人が多いけど、実はみんながしているんですよ、という話です。
小田嶋:スマホ依存がアルコール依存と同じようにやばいとは全然思わないけど、依存というのは人間が生きていく限り必ずあるものだから、なるべく無難なものに依存しましょうね、ぐらいな問題で、依存している人は変な人だとか、依存しているからあの人はだめだ、というのはちょっと違う。
Y:なるほど。しかしスマホ中毒の弊害ってなにがありますかね。
▽スマホ中毒は、考える時間の消滅を呼ぶ
小田嶋:ひとつは、周りのスマホ中毒していない人にとっては実に腹立たしく見えるらしいこと。これはマナーもあるけれど、たとえば、スマホを見られない立場、たとえばドライバーにとって、歩行者や自転車に乗っている人が、スマホに夢中になっている状況を考えれば分かりますよね。運転している側からしたらめっちゃめちゃ危ない。だけど本人は気づいてもいない。
Y:ああ、うちの奥様が反スマホ派でした。「PTAのLINEグループに入れない」とぶつぶつ言いながら、いまだにガラケーです。私がリビングでスマホに触ると不機嫌で、食事中は絶対禁止。
小田嶋:時間の使い方がだらしなく見える……らしい。私は妻と、たまに外食でいい店に行ったときに、スマホを使っていたら怒られた、というか呆れられた。こんなにおいしいものを食べていながら、そんなにスマホが楽しいの、と。 もうひとつは、時間の使い方がものすごくヘタになる。スマホを見てる時間って、モノをまったく考えていないですから。
Y:え、そうでしょうか?
小田嶋:自分は能動的に情報を探している、インプットしている、と思うかもしれませんけど、外から取り込んでいるときは、自分の思考は動いてません。プロセッサーの処理能力をダウンロードに喰われているだけですよ。だから、原稿を書くときはネット検索は出来る限りしない。
Y:なるほど……。お酒をやめられた小田嶋さんは、スマホもやめられるんでしょうかね。
小田嶋:それは分かりませんが、そういえば酒をやめるというのはどういうことなのかというのは、すごく説明しにくいんですよ。 というのは、たばこをやめた人間はすごく多いから、何となく見当は付くと思うんだけど、最初の2週間とか3週間は手持ちぶさたでかなわないということと、たばこへの渇望があるわけです。でも、やめて半年もすれば、もう自由になれるんですよ。なんであんなに吸いたかったのか、と。 酒についてもそれと同じ、と思っている人たちがいるんですけど、全然違う。
Y:どっちもやらないので分かりませんが、どう違うんでしょう。
▽断酒は失恋に似ている、かもしれない
小田嶋:どっちもやっていてどっちもやめた人間の、個人的な見解ですが、渇望感だったり肉体的な依存みたいなものは、もしかしたらたばこの方が強いんですよ。酒ってそんなに……もちろん(断酒して)最初の2~3週間というのは結構ひどいもので、禁断症状というのもあるんだけど、でももっとでっかいのは、精神的依存、のみならず、文化的依存みたいなやつなんです。
Y:文化? はて?
小田嶋:うん。これ、うまく説明できないなと思っていたんだけど、この間い思いついたのは、「失恋に似ている」ということです。
Y:失恋ですか。
小田嶋:そう。失恋と言ってもいろいろなケースがありますが、たとえば5年付き合っていた女の人と別れると。大好きだから別れるわけじゃなくて、嫌いだから別れるということもあるでしょう。
Y:まあ、あるでしょうね。
小田嶋:嫌われる場合もあるし、嫌う場合もあるし。でも多くの場合、双方がもうお互い嫌になっちゃったということがあって別れるわけじゃないですか。でも5年付き合っていたということは、まあ、普通の事じゃないわけです。せいせいする一方で、「ああいうところに行くときには、いつも一緒に彼女がいた」という実感が、自分の生活、人生の、ほぼあらゆる瞬間にある。
Y:長い時間を共有していたわけですから……。
小田嶋:そうそう。その共有を全部どけたということは。
Y:そういった経験はもうできなくなるわけだ。
小田嶋:そう。音楽でも飯を食うのでも、あるいはテレビを見るのでも、今まで傍らにいた人間がいない、その味気のなさというのか、慣れなさというのがあるわけです。まして、話し合いの上で別れたのならともかく、大好きだったのに振られた場合というのは、これはとてもじゃないわけですよ。自分の心はまだ彼女のもとにあるのに、自分はたった独りであると。 これは非常に耐えがたいことです。嫌いでさえ結構耐えがたいんだから、もし好きだったらこれはとてもじゃないです。どっちにしても、振られたにしても振ったにしても決裂したにしても、どっちみちこの3つのうちですけど、やっぱり一定期間は日常に戻るのにそこそこ苦労するわけですよ。
Y:かつての恋人と聴いていた音楽とか行っていた店とか、そういうところに引っ掛かっている。そこが酒と似ていると。
小田嶋:そうそう。たとえば「酒なしで旅行に行くのってどうよ」とかそういうことで、大丈夫は大丈夫なんだけど、ふっとあるとき手持ちぶさたになったときに、あ、こういうときにあいつがいないというのは、結構深刻な空しさがあるな、と。どうしようかな、俺はいったい何をしたらいいんだろうと思ってしまうんですよ。 これが相手が女性だと電話しちゃうじゃないですか。でも電話でもしたら相手が「冗談じゃない」と言って会ってくれないかもしれない。やっぱりやめておこう。そうやって何とか日常に復帰しながら、彼女を……。
Y:忘れていくわけですね。
小田嶋:そうそう。一方で、電話したら「分かった」と言って復縁できちゃったら、これは別れられないですよ。「もう同じ人と5回ぐらい別れたんだけど、やっと本当に別れた」というのもよくあるじゃないですか。別れ話をして2週間会わなかったけど、やっぱりどちらからともなく連絡して、また3カ月、だらだらけんかしながら付き合ってとか。
▽人間だって、分かれるのは難しい
Y:そうですね。なるほど。で、酒は、電話するどころかコンビニで24時間買えるわけで。
小田嶋:そう。酒と分かれるのが難しいのは、その気になればいつでも手に入っちゃうということで、そんな200円かそこらでいつでも手に入るものから手を切るということの難しさというのは、これはなかなかね。
Y:たばこはそういうふうにはならないんですか。
小田嶋:たばこというのは依存物質だけど、たばこと共にあった経験というのが自分の人生を形づくっているわけじゃないんですよ。
Y:そうなんだ。
小田嶋:たばこを吸いながら見た映画は素晴らしかったけど、なしで見る映画はくだらん、とかそういう話じゃないんですよ。でも酒は、飲みながら見た映画とか、飲みながら見た野球とか、あるいは酒とともにあった景色とか、旅行に行って行きの電車の中でゆっくり飲みながら窓の景色を見るのって最高だよね、みたいなことがある。だから、酒なしで景色を見ていると、このしらじらしさは何だ、という。
Y:酒がないと「しらじらしい」という感じがする場所って、なるほどあるのかもしれません。  小田嶋:そうそう。それをレイモンド・チャンドラーは「色が薄くなったような」と表現したんですけど。世界から色が消えたような感じというのが、酒をやめるとずっとあるんですよ。
Y:失恋、というのは思いも付きませんでした。やっぱり、ある程度でもお酒に依存してみないと分からない感覚なのかな。
小田嶋:ルー・リードという人の歌の中に「ヘロイン」という歌があって、「Heroin, it's my wife and my life」と言っていますよね。だからヘロインは我が人生、我が妻と言っていますけど、ジャンキーからするとそういうことなんです。
Y:恋人、というのも考えてみれば、相互依存みたいなものかもしれませんけれど。
▽今も気がつくと思い出している……
小田嶋:ないと死ぬ、というほど必要じゃないけど、ないと人生がすごく味気なくなるぐらいなものですよ。なきゃないで済むけど。だから5年付き合っていた恋人と別れて、3年、4年たてばもうあんまり思い出すこともなくなったなとなるかもしれないけど、3カ月とかあるいは2週間とかだと、気が付くと思い出しているみたいな。 酒も、「気がつくと思い出している」みたいな存在ではあるんですよ。酒そのものじゃなくて、酒にまつわるあらゆるもの。恋人も、恋人そのものじゃなくて、恋人とした経験だとか恋人と行った場所だとか、そういう経験とかいろいろな込み込みのものとして思い出す。
(Y:(表示もれ?)ああ、だとしたら離婚した人はこの気持ちが分かりやすいかもしれない。離婚も、嫌な思い出もあるだろうけれど、何年か一緒に暮らした以上、何か素敵な思い出や忘れられない出来事はあるはずで、いなくなってせいせいした部分はともかくとして、いなくなったことにより、自分の人生のかなり大きな部分が意味を失ったということはあるはすよね。依存から離れることというのは、もしかしたら離婚に似ているんでしょうかね。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/284031/032600029/?P=1

第一の記事で、 『でも若いころのやっぱり今日1日どうしようというのは、すごくどうしようもなかったので、あれは若いときの独特の感覚だと思うけど、時間が長いんですよ。例えば人と約束して「3カ月後ね」と言われると、子供のころは「そんな日は永遠にやって来ないんじゃないか」と。20代のころでも「え、3カ月後?」と、約束することに違和感があったんだけど、今は平気で半年後の約束とかしているじゃないですか』、という時間感覚の違いはたしかに実感する。 『「会社の窓からお堀が見えると何かちょっとかっこいいじゃん」というようなミーハー心理からそう言っているだけですけど』、と小田島氏でも当時はそう考えていたというのには驚いた。 『我々の時代みたいに10月1日に解禁で、実際に面接を受ける人以外は履歴書を出さないというふうになっていれば、どんなに頑張ったって10月の第1週までに7つか8つですよ。そうなれば一番最優秀の生徒でも7つしか内定を取れないわけですよ・・・無駄な競争が起こらない』、なるほど近年の就活が激烈になっている理由の一端が伺えたようだ。
第二の記事で、 『例えば「酔ったから言いますけど」とか、普段とは違う“酔っ払った自分”というキャラを作ることができるじゃないですか。そうすると、バカバカしい会話でも平気で入っていけたりする。仕事上の言いにくい話もできたりする』、『特にサブカルってそういうものだったんですよ。集団的な宴会芸の延長で雑誌が、番組ができている、みたいな感じだったんですよね』、 『飲みニケーションが崩壊したというのは、その関係性を強要されるメリットが弱くなったことでもある。「会社は特に俺たちを大事に思っていないらしいぞ、だったら先輩と無理に付き合う必要もない」という意識の変化が効いているんですよね』、『飲むということが等価交換、割り勘で飲む世界になった瞬間に、「あんなおっさんと一緒に飲んでもしょうがないじゃん」と。そして、割り勘で飲む以上つまらない説教は聞きません、と』、『やりたくない仕事、解決できそうもない不安に対して、直面して考えるのが嫌だから、自分のプロセッサーの処理能力をそっちに食わせちゃえ、みたいな・・・つまりそっちに処理能力を取らせてしまえば、心配事が消えたわけじゃないけど、心への負荷が一時的に和らぐんだ』、などの指摘は大いに興味深い。 『無難な依存に乗り換えようよというところの中に、ランニング依存だとか、サッカー依存だとか、鉄道依存とかタカラヅカ依存だとかがある。なんならちょこちょこ依存先を変えていきましょうということです。「ネット断捨離」ってのも、もしかしたら時々やってもいいかもしれませんが、自分が言いたいのは、依存というのが特殊なことだと思っている人が多いけど、実はみんながしているんですよ、という話です』、依存をここまで深く掘り下げるとはさすがだ。(スマホは)『自分は能動的に情報を探している、インプットしている、と思うかもしれませんけど、外から取り込んでいるときは、自分の思考は動いてません。プロセッサーの処理能力をダウンロードに喰われているだけですよ。だから、原稿を書くときはネット検索は出来る限りしない』、も言われてみればその通りだ。 『それをレイモンド・チャンドラーは「色が薄くなったような」と表現したんですけど。世界から色が消えたような感じというのが、酒をやめるとずっとあるんですよ』、幸い酒依存ではないので、分からないが、そんあ状態に陥らないためにも、酒依存には気を付けたい。
タグ:日経ビジネスオンライン 小田島氏対談(元アル中と下戸が語る 酒と依存とお仕事と【前】、【後】) 「オダジマは就活で落とされたことがない 元アル中と下戸が語る、酒と依存とお仕事と【前】」 上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白 アルコール依存は、時間の潰し方のひとつ 若いころのやっぱり今日1日どうしようというのは、すごくどうしようもなかったので、あれは若いときの独特の感覚だと思うけど、時間が長いんですよ。例えば人と約束して「3カ月後ね」と言われると、子供のころは「そんな日は永遠にやって来ないんじゃないか」と。20代のころでも「え、3カ月後?」と、約束することに違和感があったんだけど、今は平気で半年後の約束とかしているじゃないですか 会社の窓からお堀が見えると何かちょっとかっこいいじゃん」というようなミーハー心理からそう言っているだけですけど 我々の時代みたいに10月1日に解禁で、実際に面接を受ける人以外は履歴書を出さないというふうになっていれば、どんなに頑張ったって10月の第1週までに7つか8つですよ。そうなれば一番最優秀の生徒でも7つしか内定を取れないわけですよ。 「あの人の酒席に付き合うかどうかの判断基準 元アル中と下戸が語る、酒と依存とお仕事と【後】」 特にサブカルってそういうものだったんですよ。集団的な宴会芸の延長で雑誌が、番組ができている、みたいな感じだったんですよね 飲みニケーションが崩壊したというのは、その関係性を強要されるメリットが弱くなったことでもある。「会社は特に俺たちを大事に思っていないらしいぞ、だったら先輩と無理に付き合う必要もない」という意識の変化が効いているんですよね 飲むということが等価交換、割り勘で飲む世界になった瞬間に、「あんなおっさんと一緒に飲んでもしょうがないじゃん」と。そして、割り勘で飲む以上つまらない説教は聞きません、と やりたくない仕事、解決できそうもない不安に対して、直面して考えるのが嫌だから、自分のプロセッサーの処理能力をそっちに食わせちゃえ、みたいな 納得しました。つまりそっちに処理能力を取らせてしまえば、心配事が消えたわけじゃないけど、心への負荷が一時的に和らぐんだ 無難な依存に乗り換えようよというところの中に、ランニング依存だとか、サッカー依存だとか、鉄道依存とかタカラヅカ依存だとかがある。なんならちょこちょこ依存先を変えていきましょうということです 依存というのが特殊なことだと思っている人が多いけど、実はみんながしているんですよ、という話です 自分は能動的に情報を探している、インプットしている、と思うかもしれませんけど、外から取り込んでいるときは、自分の思考は動いてません。プロセッサーの処理能力をダウンロードに喰われているだけですよ。だから、原稿を書くときはネット検索は出来る限りしない レイモンド・チャンドラーは「色が薄くなったような」と表現したんですけど。世界から色が消えたような感じというのが、酒をやめるとずっとあるんですよ
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孤独(SNSに一石投じる 下重暁子さん「孤独とは自分を知ること」、河合 薫氏:「孤独という病」は伝染し 職場を壊す SNSは孤独感を助長する) [人生]

今日は、孤独(SNSに一石投じる 下重暁子さん「孤独とは自分を知ること」、河合 薫氏:「孤独という病」は伝染し 職場を壊す SNSは孤独感を助長する)を取上げよう。

先ずは、6月4日付け日刊ゲンダイ「SNSに一石投じる 下重暁子さん「孤独とは自分を知ること」」を紹介しよう(▽は小見出し、Qは聞き手の質問、Aは下重氏の回答、+は回答内の段落)。なお、下重氏の略歴が最後についている。
・SNSでつながっていないと不安でしょうがない人が増えている。「孤独」を恐れ、群れていなければ、心配でしょうがない。そんな異様な社会に対して、「孤独こそ人生を豊かにする」と一石を投じたのがこの人、エッセイストの下重暁子さんだ。幻冬舎新書の「極上の孤独」は販売2カ月で27万部の大ヒット。孤独とは? 老いとは? 死に方とは? 孤独の達人に聞いた。
Q:「孤独」という言葉に注目し、著書を出したきっかけは何だったのでしょう。
A:昨年ニュースになった「座間9遺体事件」が、筆を執るきっかけのひとつでした。今や、スマホなどを使えば誰とでも簡単につながれる世の中です。事件の被害者の女性たちはSNSを通じて犯人に「死にたい」とメッセージを送りましたが、本当に「死にたい」と思っていた人はいなかったと報じられています。結局、被害者らは「寂しい」と感じて誰かに話を聞いてもらいたかっただけではないでしょうか
Q:「寂しい」、つまり「孤独」ということですよね。
A:「寂しい」というのは単なる感情でしょう。いっときの感情は、ひとりで映画を見に行ったり、好きな物を食べたりすることで解決するかもしれませんよね。「孤独」は覚悟です。独りで自分自身と向き合い、「自分はどんな人間か」と深く考えること。事件の被害者たちは、ネットで知り合っただけの人物に相談する前に、自分と向き合い、自ら知る努力をしたのでしょうか。もっと自分に興味を持たないとダメだと思います。
+誰しも、自らが気付いていない自分を持っているものです。気付いていない自分としっかり向き合い、対話することで、少しずつ「自分がどんな人間か」ということが分かってくる。それができれば、自分自身を大事にすることができます。これが「孤独」です。皆、他人にばかり興味を持ち、スマホなどを通じて広くつながろうとしている。つながりから少しでも疎外されると、「寂しい」と感じるのでしょう。
Q:通勤電車の中でも、皆スマホを凝視しています。多くはSNSでやりとりしている。誰かとつながっていないと心配という風潮です。
A:電車の中の風景は異様ですし、病的ですよ。ネットで何か調べるというのなら分かりますが、やはり皆SNSでやりとりしていますよね。私も「LINE」はやりますけど、友達は一番大事な3人だけです。LINEなどでつながり出したら、数限りなくつながってしまいます。人間がストレスを感じる一番の原因は「人との関係」。付き合いを広げれば広げるほどストレスは増すものです。
▽日本人は個が育たず政府も個を消そうとする
Q:「独居老人」という言葉に象徴されるように、「孤独」には「老い」というテーマが避けられません。著書でも触れられていますが、超高齢化社会への政府の対応をどう評価されますか。
A:国がやることは、まず疑ってみなければいけません。例えば、「3世代同居」を推進する政策です。おじいちゃん、おばあちゃんは孫と一緒に暮らせて幸せで面倒も見てくれるだろう、なんて考えるのはとんでもない。戦前多かった3世代同居がなぜなくなったかというと、あの濃密な人間関係に耐えられなくなったからです。代表的なのは嫁姑関係ですが、それを解消すべく核家族化が進んだ。今さら「元に戻す」というのは理解しがたいですね。
Q:安倍政権は「人生100年時代構想」や「1億総活躍」を掲げ、お年寄りにも生涯学習などを推奨しています。お年寄りも働ける社会を目指すといいますが、看板だけという印象でいまひとつピンときません。
A:ピンとこないというより、そんなことを「お上」から押し付けられる必要はありません。年をとって自ら選択し、学校に行って勉強する。それこそが生涯学習でしょう。国から言われることではありません。
Q:生き方にまで政府が介入している。
A:本当に冗談じゃありませんよ。ただ、日本人もそれに従う「いい国民」なんです。それは、各人の「個」が育っていないからでしょう。政府の側も「個」を消そうとしています。。
Q:生き方にまで政府が介入している。
A:本当に冗談じゃありませんよ。ただ、日本人もそれに従う「いい国民」なんです。それは、各人の「個」が育っていないからでしょう。政府の側も「個」を消そうとしています。
Q:どういうことでしょう。
A:自民党は改憲案で、最も重要な憲法13条に手を付けようとしています。今の条文にある「個人の尊厳」を「人の尊厳」に変えようとしているのです。「個人」とは一人一人違う個性を持った人間のこと。しかし、「人」は大多数のことです。つまり「個人」は必要がなく「人」を家族や組織という集団でまとめたい。そうすれば、政府は簡単に国民に言うことを聞かせることができる。
▽老いるとは個性的になること
Q:結局、今の政府は「お年寄りは働いて下さい」などと言い、財政のことしか考えていないようにみえます。働き続けることが幸せなのか。
A:年寄りほど、時間に余裕があって自分と向き合える人はいませんよ。現役時代は毎日会社に行って仕事をしなければいけませんし、小さい子供の面倒も見なければならない。自分が好きなものは何なのかとじっくり考える暇がなく、仮に見つかっていても実行する時間がなかった。年をとり、豊かな時間を獲得すれば、さまざまなことが実行できる。幸せなことだと思います。
Q:それが「個」を磨くということですね。
A:私は、つれあい(夫)の母親が100歳まで施設にいて、時々見舞いに行っていました。彼女はいつも自室に独りでしたが、多くの他の人は介護士に呼び出され集合すると、お歌を歌わされていた。童謡ですよ。あとは塗り絵です。好きな絵を描かせるなら分かりますが、塗り絵は人が描いたものをなぞるだけ。結局、施設も先ほどの憲法13条の話ではありませんが、「同じ年寄り」をつくりたいのです。その方が管理しやすく、費用もかかりませんから。予算が厳しく効率よく管理したいのでしょうが、年をとるということは「効率」とは無関係になるということでもあるのです
Q:政府も社会保障や介護、医療についてコスト面ばかり話題にする。まるで老人は生きていること自体が「悪」と言わんばかりです。
A:年を重ねるということは、個性的になるということで、ちっとも恥ずかしいことではありません。年金など、若い人に負担をかけてしまうと考える必要もない。しっかりと自分と向き合うことで、最低限の経済的自立と精神的自立をつくり上げることです。人生の最期まで自分らしく自由に生きることができれば、人に迷惑をかけることもありません。
Q:世間では孤独死などが社会問題と捉えられています。「死に方」について、心配している人も多いと思います。
A:それは、心配しても仕方がない面があります。突然、どこかで倒れ、野垂れ死んでしまうかもしれませんから。ただ、その時のために自分の最期の始末をする最低限のお金と、始末をしてくれる人は必要だと思います。
Q:「愛する家族に囲まれて」というのが、「幸せな死に方」と世間では考えられています。
A:私にはつれあいしかいませんし、囲んでくれる多くの家族はいません。野垂れ死んだっていいと思っています。先日、作家の五木寛之さんとも話したのですが、ホームレスのような人の方が豊かな死を迎えられるのではないかなあと。彼らはいつ死が訪れるか分からないという感覚が常にある。死の危険を常に意識するということは、自分の死と向き合っているということ。人間は生まれた時も死ぬ時も独り。当人が満足して死を迎えられるかが重要です。
Q:死に至るまで、自分と向き合う?
A:「死」について扱った海外の映画や書籍の題名が、“無難”な日本語に直されるケースをたびたび見てきました。日本人は死を正面から見ることを避ける傾向にある。怖いのは当たり前ですが、見るべきものは見なきゃいけない。孤独でなければ、直視できません。自分自身と対話できなければ、自分の死なんて分かりませんよ。
▽しもじゅう・あきこ 1936年生まれ。早大教育学部国語国文学科卒業。NHKでアナウンサーとして活躍後、フリーに転身。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。ジャンルはエッセー、評論、ノンフィクションなど。「家族という病」「鋼の女―最後の瞽女・小林ハル」など著書多数。日本ペンクラブ副会長、日本旅行作家協会会長を務める
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/230232/1

次に、健康社会学者の河合 薫氏が6月12日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「「孤独という病」は伝染し、職場を壊す SNSは孤独感を助長する」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・「孤独」が注目されている。「孤独は皮膚の下に入る」と、オカルトめいたフレーズで、孤独が健康に及ぼす悪影響ついてアチコチで訴えてきた身としては、少々昨今の盛り上がりに戸惑っている。
・ナニを戸惑っているかって? 「投げる方と受ける方」のズレ、だ。 孤独のリスクを訴える側は、孤独と健康、孤独と生産性、といった負の影響を訴える。 だが、孤独はめんどくさい人間関係からの解放でもあるため、「孤独=ゆゆしき問題」と考える人たちが危機を訴えれば訴えるほど、より孤独を肯定的に捉える情報が氾濫する。
・人間は独りで生まれ、独りで死ぬし、孤独をいかに生きるかを知ることは必ずしも悪いことではない。孤独感は取るに足らない瞬間に感じることもあれば、大切な人を失ったときに感じることもある。束の間の孤独感は日常にありふれているので、つい、私たちは「それも人生」と受け入れてしまいがちだ。
・だが、問題になっているのは「孤独という病」だ。 孤独とは「『社会的つながりが十分でない』と感じる主観的感情」で、家族といても、職場にいても、時として堪えがたいほど感じるネガティブな感覚である。
・孤独感を慢性的に感じているとそれが血流や内臓のうねりのごとく体内の深部まで入り込み、心身を蝕んでいく。まさに皮膚の下まで入り込み、心臓病や脳卒中、癌のリスクを高めてしまうのである。
・これまで蓄積されてきた孤独研究の中で「孤独」のプラス面は科学的にはいっさい確認されていない。 孤独研究は、1980年代に孤独を感じている人が倍増しているとの論文が発表されて以降、世界の関心事となった。2005年には、OECD(経済協力開発機構)報告書に初めて「孤独」に関する調査が盛り込まれ、2009年には「孤独は伝染する」との衝撃的な研究結果が発表された(“Alone in the Crowd: The Structure and Spread of Loneliness in a Large Social Network”)。
・孤独は伝染する――。 ふむ。皮膚の下に入る以上におぞましいフレーズである。今や孤独は個人の問題から社会問題へ、さらには組織(職場)問題へとひろがっているのである。 というわけで、今回は「孤独という病」について、アレコレ考えてみようと思う。
・まずは、「孤独は伝染する」との結論に至った研究内容から紹介する。 この論文は2009年に『Journal of Personality and Social Psychology』に掲載されたもので、シカゴ大学のJ.T.カシオポ教授らの研究チームによる分析である。カシオポ教授は、孤独感を軸に社会的ネットワーク研究を行なってきた社会神経学者の大家だ。
・“Alone in the Crowd:The Structure and Spread of Loneliness in a Large Social Network”と題されたこの論文では、マサチューセッツ州フラミンガムを中心に長年にわたって行なわれている健康調査のデータを用い(心身の健康状態、習慣、食事など)、5000人超の住民を60年以上追跡。健康調査に先駆け、参加者には「今後の2年間で自分がどこにいるか把握していると思う友人、親類、近隣者(=社会的ネットワーク)」を挙げてもらっていた情報を基に、「孤独感」の経時的な変化をプロットし、分析したのだ。
▽孤独が伝染するメカニズム
・その結果、「孤独感が伝染している」ことがわかったのである。 伝染のメカニズムはこうだ。 社会的ネットワークの周縁部の人々は友人が少ない。彼らは孤独感を感じていて、不安感が強い。孤独感を抱いている人は「他者をよそよそしい存在」と見がちなので、数少ない友人への不信感も強く、その孤独感と不信感に堪えきれず、残り少ない友人との関係までも断ち切ってしまう傾向が強い。
・関係を断ち切られた友人には、既にその人のネガティブな感情が伝染しているため、その友人もまた孤独感から友人を遮断するという、負のサイクルが連鎖する。その結果、まるで「毛糸のセーターが端からほつれる」ように、社会的ネットワークが段々と縮小し、やがて崩れていくとしたのである。
・そもそも私たちの感情は無意識のうちに他者から伝染している。楽しそうに笑っている人をみて自分も明るい気分になった経験や、悲しい目にあった友人の話を聞き暗い気持ちになった経験は誰しもあるだろう。これは「情動伝染」と呼ばれ、とりわけネガティブな感情ほど伝染しやすい。
・特に物理的に近くにいる人や、実際に顔を見たり声を聞いたりするときほど感情は伝染しやすいため、孤独感を抱いている友人の社会への不信感、鬱々とした気分、悲しみ、不安感が、知らず知らずのうちに伝染してしまうのである。
・先の研究によれば、孤独感の伝染力は、家族よりも友人からの方が強く、男性よりも女性へ広がりやすい。また、数㎞以内に住んでいる近隣者の間で最も伝染することがわかった。 加えてカシオポ教授らは、「孤独感は友人の友人の友人まで伝染する力がある」ことも確認した。「孤独感を持つ友人」がいる人が孤独感を持つ可能性は40~65%で、「孤独感を持つ友人の友人」の場合は14~36%。「友人の友人の友人」の場合では6~24%だという。
・これらの結果を受け、カシオポ教授らは、「孤独感は世界が敵対的だという感覚から始まり、社会的な脅威を警戒するようになる。孤独感を抱いている人は、他の人にネガティブな態度を取ったり自分が所属するコミュニティによそよそしい態度を取りがちになり、増々孤独感を募らせる」 と、いったん孤独の罠にはまると底なし沼のように孤独という病いに引込まれる、と指摘したのである。
・……。「友人の友人の友人」か。孤独感が伝染しやすいことは理解できるが、「友人の友人の友人」まで影響力があるとは、失礼ながら失笑してしまった(すみません)。少々、言い過ぎではないか、と。  実際「友人の友人の友人への伝染」には異論も多く、「そもそも似た者同士が友人になっているだけで伝染しているわけではない」とする意見や、「孤独感を招きやすい環境が影響しているだけ」との見解もある。
・一方、孤独感を抱く→関係を遮断する、という方程式は、個人的には至極納得した。 孤独感を抱いてるときって、なんとなく人が集まる会合などに行きづらいというか、行きたくないっていうか。行ったら行ったで、ますます孤独感が募ることだってある。 孤独感というより、疎外感といった方がいいかもしれない。
・いずれにせよ「孤独は伝染する」ことを追跡研究で具体的な数字にまで落とし込んだこの論文は、世界中の研究者の関心を集め、孤独研究は隆盛を極めることになる。
 +孤独を感じる人は死亡リスクが26%高い +孤独感は抑うつにつながり、自殺願望を増加させる +孤独感は血圧の上昇、ストレスホルモンの増加、免疫力の低下をもたらす +孤独感はアルツハイマー病や睡眠障害につながる +乳がん生存者のうち、孤独感の高い人はそうでない人に比べ再発率リスクが高い +孤独感は一日15本のタバコを吸うのと同等の健康被害をもたらす etc……といった健康問題との関連は複数報じられ、さらには、孤独を感じている社員は、
 +創造性が低い +仕事満足度が低い +パフォーマンスが低い +論理的思考能力の低下 +他者への攻撃性の増加 といった報告が相次ぎ、職場の孤独問題の解決策を模索する試みも進んでいる。
▽人間関係の希薄化が大きな要因
・なぜ、孤独が増えてしまったのか? 人間関係の希薄化が大きな要因であることは間違いない。 職場ではみなパソコンを見つめ、キーボードの音だけが鳴り響く。仕事も膨大なので無駄話をする時間もない。毎日同僚たちと顔を合わせているのに、互いに何を考え、何を悩んでいるのかを語り合う余裕もない。
・それ以上に孤独感を助長するのが、皮肉にもSNSなどの発達である。 そもそも人は類人猿の時代から身体活動を通じて集団を作り生き延びてきた。人が信頼をつなぎ、安心を得るには“共に過ごすこと”が必要不可欠。ところがSNS(交流サイト)の発達で共に過ごさなくてもつながることができるようになった。
・加えて、私たちは孤独を感じているときに、他人のちょっとだけ幸せそうなリアルを垣間みると、ネガティブな感情が高まる。家族と笑顔で映っている写真、同僚たちと楽しそうに飲んでいる写真、SNS上での楽しそうなコメントのやりとり……。いわゆる“リア充”に嫉妬する。 孤独感はポジティブな感情の「情動伝染」を低下させるという、実にやっかいな側面も持ち合わせているのだ。
・孤独は「個人の問題」としてではなく、医療費の増加、うつ病、自殺問題、高齢化社会への警鐘など「社会の問題」に発展し、孤独な働き手が健康を損ねれば、企業の生産性も下がる。 日本ではいまだに「健康は個人の問題」と捉えられているけど、世界的には「健康は社会の問題」とのパラダイムシフトが数年前から定着していて、世界保健機関(WHO)のヨーロッパ事務局は、1998年に「健康の社会的決定要因:確かな事実」を策定。2003年には第2版を公表し、孤独感が社会や組織に及ぼすリスクを積極的に取り上げている。
▽日本は「孤独大国」
・「おい、また海外の話かい?」と口を尖らせている人がいるかもしれないけど、日本は言わずと知れた「孤独大国」である。 2005年のOECDによる調査では、日本の社会的孤立の割合はOECD加盟国の中で最も高かった。友だちや同僚たちと過ごすことが「まれ」あるいは「ない」と答えた人の割合は、男性16.7%、女性14%で、OECD 加盟国21カ国中トップ。平均は6.7%なので、いかに高いかがわかる。
・また、2007年のユニセフによる子どもの幸福度の調査によると、「あなたは孤独を感じることがありますか?」という質問に対して、「孤独である」と回答した子どもは日本では29.8%。他国の5~7%を大幅に上回っていたのである。
・奇しくも先のOECD調査で、平均以下の5%だった英国で今年1月に「孤独担当大臣」が誕生したが、そのきっかけとなったのが「孤独が国家経済に及ぼす影響は年間320億ポンド(約4.9兆円)、雇用主に年間25億ポンドの損失を与える」という科学的エビデンスだ。
・英国では「孤独」を感じている人が国民7人に1人いるとされ、65歳以上の高齢者では、およそ10人に3人が「孤独」を感じながら生活。身体障害者の4人に1人は日常的に「孤独」を感じ、子どもを持つ親たちの4分の1が常に、もしくは、しばしば「孤独」を感じているという。
・そこで英国政府は、社会的弱者への精神的健康へのサポートの強化、孤独な人々がボランティアグループに参加したり近隣の人と関わる機会の提供、孤独対策のための基金の設立、主要な調査研究で活用するための、孤独に関する適切な指標を国家統計局(ONS)が設定するなどの方針を発表。特にNPO団体が数年前から行なっている、高齢者への電話サービスや、自宅訪問サービスには積極的に予算を投入している。
・繰り返すが、孤独は「孤独感」という主観的な感覚であり、経験である。「社会的つながりが十分ではないという主観的な感情」を健康社会学的な文脈で捉えれば、「私はあたたかく信頼できる人間関係を築いている(=積極的他者関係、positive relationship)」という感覚の欠如だ。
▽問題に対処する「心の体力」が低下
・これは「生きる力」を高める感覚のひとつで、「積極的他者関係」の高低は抑うつ傾向、ワークモチベーション、欠勤などと相関関係があり、ストレス対処力とも関係している。社会的動物である人間にとって「積極的他者関係」の欠如は、それ自体がストレスとなる。何らかの問題や困難に遭遇しても「なんとかしよう」と考えることができない。
・私が2006年に調査したときには、積極的な他者関係が欠如している人は、逃避行動をとることが多かった。慢性的に降り続く雨にびしょ濡れになっているため、問題に対処しようという「心の体力」が低下してしまうのだ。
・「孤独」と「つながり」はコインの表と裏ではなく、一本のレールでつながっている。両者が矛盾なく、同時に成り立っていることが健康である。 だが、積極的な他者関係が欠如すると、孤独感だけにひっぱられ、孤独という病いにおかされてしまうのだ。
・今回は「孤独という病」を理解してもらいたくて、取り上げました。「孤独感→周りへの不信感や敵対心→他者関係の遮断→さらなる孤独感→孤立→心身の不調」という孤独の悪循環である。  したがって、その解決策(企業での取り組み、個人の取り組み)はまたの機会に書きます。あしからず。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/061100163/?P=1

第一の記事で、 『誰しも、自らが気付いていない自分を持っているものです。気付いていない自分としっかり向き合い、対話することで、少しずつ「自分がどんな人間か」ということが分かってくる。それができれば、自分自身を大事にすることができます。これが「孤独」です。皆、他人にばかり興味を持ち、スマホなどを通じて広くつながろうとしている。つながりから少しでも疎外されると、「寂しい」と感じるのでしょう』、と「孤独」を自分としての理想的なものと捉えているようだ。 『(安倍政権は「人生100年時代構想」や「1億総活躍」を掲げ、お年寄りにも生涯学習などを推奨しています)・・・そんなことを「お上」から押し付けられる必要はありません。年をとって自ら選択し、学校に行って勉強する。それこそが生涯学習でしょう。国から言われることではありません』、『自民党は改憲案で、最も重要な憲法13条に手を付けようとしています。今の条文にある「個人の尊厳」を「人の尊厳」に変えようとしているのです。「個人」とは一人一人違う個性を持った人間のこと。しかし、「人」は大多数のことです。つまり「個人」は必要がなく「人」を家族や組織という集団でまとめたい。そうすれば、政府は簡単に国民に言うことを聞かせることができる』、との安倍政権批判には強く同意する。 『年を重ねるということは、個性的になるということで、ちっとも恥ずかしいことではありません。年金など、若い人に負担をかけてしまうと考える必要もない。しっかりと自分と向き合うことで、最低限の経済的自立と精神的自立をつくり上げることです。人生の最期まで自分らしく自由に生きることができれば、人に迷惑をかけることもありません』、には若干、元気づけられた気がする。
第二の記事での河合氏の孤独の捉え方は、下重氏とは大きく違っている。『少々昨今の盛り上がりに戸惑っている。 ナニを戸惑っているかって? 「投げる方と受ける方」のズレ、だ』、『問題になっているのは「孤独という病」だ。 孤独とは「『社会的つながりが十分でない』と感じる主観的感情」で、家族といても、職場にいても、時として堪えがたいほど感じるネガティブな感覚である。 孤独感を慢性的に感じているとそれが血流や内臓のうねりのごとく体内の深部まで入り込み、心身を蝕んでいく。まさに皮膚の下まで入り込み、心臓病や脳卒中、癌のリスクを高めてしまうのである』、うーん、さすがだ。『これまで蓄積されてきた孤独研究の中で「孤独」のプラス面は科学的にはいっさい確認されていない』、『孤独が伝染するメカニズム』、 『孤独感を助長するのが、皮肉にもSNSなどの発達』、『日本ではいまだに「健康は個人の問題」と捉えられているけど、世界的には「健康は社会の問題」とのパラダイムシフトが数年前から定着していて、世界保健機関(WHO)のヨーロッパ事務局は、1998年に「健康の社会的決定要因:確かな事実」を策定。2003年には第2版を公表し、孤独感が社会や組織に及ぼすリスクを積極的に取り上げている』、『日本は「孤独大国」』、『孤独感→周りへの不信感や敵対心→他者関係の遮断→さらなる孤独感→孤立→心身の不調」という孤独の悪循環である』、などの指摘は新鮮で説得力がある。私には得るところが大きい読みでのある記事だった。
タグ:孤独 日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン 河合 薫 (SNSに一石投じる 下重暁子さん「孤独とは自分を知ること」、河合 薫氏:「孤独という病」は伝染し 職場を壊す SNSは孤独感を助長する) 「SNSに一石投じる 下重暁子さん「孤独とは自分を知ること」」 SNSでつながっていないと不安でしょうがない人が増えている 孤独こそ人生を豊かにする 「極上の孤独」 「孤独」は覚悟です。独りで自分自身と向き合い、「自分はどんな人間か」と深く考えること 日本人は個が育たず政府も個を消そうとする 安倍政権は「人生100年時代構想」や「1億総活躍」を掲げ、お年寄りにも生涯学習などを推奨しています そんなことを「お上」から押し付けられる必要はありません。年をとって自ら選択し、学校に行って勉強する。それこそが生涯学習でしょう。国から言われることではありません 自民党は改憲案で、最も重要な憲法13条に手を付けようとしています。今の条文にある「個人の尊厳」を「人の尊厳」に変えようとしているのです 。「個人」とは一人一人違う個性を持った人間のこと。しかし、「人」は大多数のことです。つまり「個人」は必要がなく「人」を家族や組織という集団でまとめたい。そうすれば、政府は簡単に国民に言うことを聞かせることができる 老いるとは個性的になること 「「孤独という病」は伝染し、職場を壊す SNSは孤独感を助長する」 孤独は皮膚の下に入る 「投げる方と受ける方」のズレ 孤独のリスクを訴える側は、孤独と健康、孤独と生産性、といった負の影響を訴える 孤独はめんどくさい人間関係からの解放でもあるため、「孤独=ゆゆしき問題」と考える人たちが危機を訴えれば訴えるほど、より孤独を肯定的に捉える情報が氾濫する 問題になっているのは「孤独という病」だ 孤独感を慢性的に感じているとそれが血流や内臓のうねりのごとく体内の深部まで入り込み、心身を蝕んでいく。まさに皮膚の下まで入り込み、心臓病や脳卒中、癌のリスクを高めてしまうのである これまで蓄積されてきた孤独研究の中で「孤独」のプラス面は科学的にはいっさい確認されていない 今や孤独は個人の問題から社会問題へ、さらには組織(職場)問題へとひろがっているのである 孤独は伝染する シカゴ大学のJ.T.カシオポ教授らの研究チームによる分析 孤独が伝染するメカニズム その結果、まるで「毛糸のセーターが端からほつれる」ように、社会的ネットワークが段々と縮小し、やがて崩れていくとしたのである 孤独感を抱いている友人の社会への不信感、鬱々とした気分、悲しみ、不安感が、知らず知らずのうちに伝染してしまうのである 孤独感を抱く→関係を遮断する、という方程式は、個人的には至極納得 人間関係の希薄化が大きな要因 それ以上に孤独感を助長するのが、皮肉にもSNSなどの発達である 人が信頼をつなぎ、安心を得るには“共に過ごすこと”が必要不可欠。ところがSNS(交流サイト)の発達で共に過ごさなくてもつながることができるようになった 日本は「孤独大国」
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